Soranoha

たけくらべ

たけくらべ

樋口 一葉

一

廻れば大門おほもんの見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝どぶに燈火ともしびうつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来ゆききにはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前だいおんじまへと名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三嶋神社みしまさまの角をまがりてよりこれぞと見ゆる大厦いゑもなく、かたぶく軒端のきばの十軒長屋二十軒長や、商ひはかつふつ利きかぬ処ところとて半なかばさしたる雨戸の外に、あやしき形なりに紙を切りなして、胡粉ごふんぬりくり彩色さいしきのある田楽みるやう、裏にはりたる串くしのさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく、一家内これにかかりてそれは何ぞと問ふに、知らずや霜月しもつき酉とりの日例の神社に欲深様よくふかさまのかつぎ給たまふこれぞ熊手の下ごしらへといふ、正月門松とりすつるよりかかりて、一年うち通しのそれは誠の商買人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着はるぎの支度もこれをば当てぞかし、南無なむや大鳥大明神おほとりだいめうじん、買ふ人にさへ大福をあたへ給へば製造もとの我等万倍の利益をと人ごとに言ふめれど、さりとは思ひのほかなるもの、このあたりに大長者のうわさも聞かざりき、住む人の多くは廓者くるわものにて良人おつとは小格子こがうしの何とやら、下足札そろへてがらんがらんの音もいそがしや夕暮より羽織引かけて立出たちいづれば、うしろに切火きりび打かくる女房の顔もこれが見納めか十人ぎりの側杖そばづえ無理情死しんぢうのしそこね、恨みはかかる身のはて危ふく、すはと言はば命がけの勤めに遊山ゆさんらしく見ゆるもをかし、娘は大籬おほまがきの下新造したしんぞとやら、七軒の何屋が客廻しとやら、提燈かんばんさげてちよこちよこ走りの修業、卒業して何にかなる、とかくは檜舞台ひのきぶたいと見たつるもをかしからずや、垢あかぬけのせし三十あまりの年増としま、小ざつぱりとせし唐桟とうざんぞろひに紺足袋こんたびはきて、雪駄せつたちやらちやら忙がしげに横抱きの小包はとはでもしるし、茶屋が桟橋とんと沙汰さたして、廻り遠どほや此処ここからあげまする、誂あつらへ物ものの仕事やさんとこのあたりには言ふぞかし、一体の風俗よそと変りて、女子おなごの後帯うしろおびきちんとせし人少なく、がらを好みて巾広はばびろの巻帯、年増はまだよし、十五六の小癪こしやくなるが酸漿ほうづきふくんでこの姿なりはと目をふさぐ人もあるべし、所がら是非もなや、昨日きのふ河岸店かしみせに何紫なにむらさきの源氏名げんじな耳に残れど、けふは地廻りの吉きちと手馴れぬ焼鳥の夜店を出して、身代たたき骨になれば再び古巣への内儀かみさま姿すがた、どこやら素人しろうとよりは見よげに覚えて、これに染まらぬ子供もなし、秋は九月仁和賀にわかの頃の大路を見給へ、さりとは宜よくも学びし露八ろはちが物真似、栄喜ゑいきが処作しよさ、孟子もうしの母やおどろかん上達の速すみやかさ、うまいと褒ほめられて今宵こよひも一廻りと生意気は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそそり節、十五の少年がませかた恐ろし、学校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動会に木きやり音頭もなしかねまじき風情ふぜい、さらでも教育はむづかしきに教師の苦心さこそと思はるる入谷いりやぢかくに育英舎とて、私立なれども生徒の数は千人近く、狭き校舎に目白押の窮屈さも教師が人望いよいよあらはれて、唯ただ学校と一ト口にてこのあたりには呑込のみこみのつくほど成るがあり、通ふ子供の数々に或あるひは火消鳶人足ひけしとびにんそく、おとつさんは刎橋はねばしの番屋に居るよと習はずして知るその道のかしこさ、梯子はしごのりのまねびにアレ忍びがへしを折りましたと訴へのつべこべ、三百といふ代言の子もあるべし、お前の父ととさんは馬だねへと言はれて、名のりや愁つらき子心にも顔あからめるしほらしさ、出入りの貸座敷いゑの秘蔵息子寮住居りようずまゐに華族さまを気取りて、ふさ付き帽子面おももちゆたかに洋服かるがると花々しきを、坊ちやん坊ちやんとてこの子の追従ついしようするもをかし、多くの中に龍華寺りうげじの信如しんによとて、千筋ちすぢとなづる黒髪も今いく歳とせのさかりにか、やがては墨染すみぞめにかへぬべき袖そでの色、発心ほつしんは腹からか、坊は親ゆづりの勉強ものあり、性来せいらいをとなしきを友達いぶせく思ひて、さまざまの悪戯いたづらをしかけ、猫の死骸しがいを縄にくくりてお役目なれば引導をたのみますと投げつけし事も有りしが、それは昔、今は校内一の人とて仮にも侮あなどりての処業はなかりき、歳としは十五、並背なみぜいにていが栗の頭髪つむりも思ひなしか俗とは変りて、藤本信如ふぢもとのぶゆきと訓よみにてすませど、何処どこやら釈しやくといひたげの素振そぶりなり。

二

八月二十日は千束せんぞく神社のまつりとて、山車屋台だしやたいに町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内なかまでも入込いりこまんづ勢ひ、若者が気組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由断のなりがたきこのあたりのなれば、そろひの裕衣ゆかたは言はでものこと、銘々に申合せて生意気のありたけ、聞かば胆きももつぶれぬべし、横町よこてう組と自らゆるしたる乱暴の子供大将に頭かしらの長ちようとて歳も十六、仁和賀にわかの金棒かなぼうに親父の代理をつとめしより気位ゑらく成りて、帯は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足とびにんそくが女房の蔭口かげぐちに聞えぬ、心一ぱいに我がままを徹とほして身に合はぬ巾はばをも広げしが、表町おもてまちに田中屋の正太郎しようたらうとて歳は我れに三つ劣れど、家に金あり身に愛敬あいけうあれば人も憎くまぬ当の敵かたきあり、我れは私立の学校へ通ひしを、先方さきは公立なりとて同じ唱歌も本家のやうな顔をしおる、去年こぞも一昨年おととしも先方さきには大人の末社まつしやがつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩けんくわに手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば、誰れだと思ふ横町の長吉ちようきちだぞと平常つねの力だては空からいばりとけなされて、弁天ぼりに水およぎの折も我が組に成る人は多かるまじ、力を言はば我が方がつよけれど、田中屋が柔和おとなしぶりにごまかされて、一つは学問が出来おるを恐れ、我が横町組の太郎吉たろきち、三五郎など、内々は彼方あちらがたに成たるも口惜くちをし、まつりは明後日あさつて、いよいよ我が方かたが負け色と見えたらば、破れかぶれに暴れて暴れて、正太郎が面つらに疷きず一つ、我れも片眼片足なきものと思へば為しやすし、加担人かたうどは車屋の丑うしに元結もとゆひよりの文ぶん、手遊屋おもちややの弥助やすけなどあらば引けは取るまじ、おおそれよりはあの人の事あの人の事、藤本のならば宜よき智恵も貸してくれんと、十八日の暮れちかく、物いへば眼口にうるさき蚊を払ひて竹村しげき龍華寺の庭先から信如が部屋へのそりのそりと、信のぶさん居るかと顔を出しぬ。

己おれの為する事は乱暴だと人がいふ、乱暴かも知れないが口惜くやしい事は口惜しいや、なあ聞いとくれ信さん、去年も己れが処の末弟すゑの奴と正太郎組の短小野郎ちびやらうと万燈まんどうのたたき合ひから始まつて、それといふと奴の中間なかまがばらばらと飛出しやあがつて、どうだらう小さな者の万燈を打ぶちこわしちまつて、胴揚どうあげにしやがつて、見やがれ横町のざまをと一人がいふと、間抜に背のたかい大人のやうな面をしてゐる団子屋の頓馬とんまが、頭かしらもあるものか尻尾しつぽだ尻尾だ、豚の尻尾だなんて悪口あくこうを言つたとさ、己らあその時千束様せんぞくさまへねり込んでゐたもんだから、あとで聞いた時に直様じきさま仕かへしに行ゆかうと言つたら、親父とつさんに頭から小言こごとを喰くつてその時も泣寐入なきねいり、一昨年おととしはそらね、お前も知つてる通り筆屋の店へ表町の若衆わかいしゆが寄合よりあつて茶番か何かやつたらう、あの時己れが見に行つたら、横町は横町の趣向がありませうなんて、おつな事を言ひやがつて、正太ばかり客にしたのも胸にあるわな、いくら金が有るとつて質屋のくづれの高利貸が何たら様だ、あんな奴を生して置くより擲たたきころす方が世間のためだ、己おいらあ今度のまつりにはどうしても乱暴に仕掛て取かへしを付けようと思ふよ、だから信さん友達がひに、それはお前が嫌やだといふのも知れてるけれども何卒どうぞ我おれの肩を持つて、横町組の耻はぢをすすぐのだから、ね、おい、本家本元の唱歌だなんて威張りおる正太郎を取とつちめてくれないか、我おれが私立の寐ぼけ生徒といはれればお前の事も同然だから、後生だ、どうぞ、助けると思つて大万燈おほまんどうを振廻しておくれ、己れは心しんから底から口惜しくつて、今度負けたら長吉の立端たちばは無いと無茶にくやしがつて大幅の肩をゆすりぬ。だつて僕は弱いもの。弱くても宜いいよ。万燈は振廻せないよ。振廻さなくても宜いよ。僕が這入はいると負けるが宜いかへ。負けても宜いのさ、それは仕方が無いと諦あきらめるから、お前は何も為しないで宜いから唯横町の組だといふ名で、威張つてさへくれると豪気がうぎに人気じんきがつくからね、己れはこんな無学漢わからずやだのにお前は学ものが出来るからね、向ふの奴が漢語か何かで冷語ひやかしでも言つたら、此方こつちも漢語で仕かへしておくれ、ああ好いい心持ださつぱりしたお前が承知をしてくれればもう千人力だ、信さん有がたうと常に無い優しき言葉も出いづるものなり。

一人は三尺帯に突つッかけ草履の仕事師の息子、一人はかわ色金巾がなきんの羽織に紫の兵子帯へこおびといふ坊様仕立じたて、思ふ事はうらはらに、話しは常に喰ひ違ひがちなれど、長吉は我が門前に産声うぶごゑを揚げしものと大和尚だいおしよう夫婦が贔負ひいきもあり、同じ学校へかよへば私立私立とけなされるも心わるきに、元来愛敬のなき長吉なれば心から味方につく者もなき憐あはれさ、先方さきは町内の若衆わかいしゆどもまで尻押しりおしをして、ひがみでは無し長吉が負けを取る事罪は田中屋がたに少なからず、見かけて頼まれし義理としても嫌やとは言ひかねて信如、それではお前の組に成るさ、成るといつたら嘘うそは無いが、なるべく喧嘩は為せぬ方が勝だよ、いよいよ先方さきが売りに出たら仕方が無い、何いざと言へば田中の正太郎位小指の先さと、我が力の無いは忘れて、信如は机の引出しから京都みやげに貰もらひたる、小鍛冶こかぢの小刀こがたなを取出して見すれば、よく利れそうだねへと覗のぞき込む長吉が顔、あぶなし此物これを振廻してなる事か。

三

解かば足にもとどくべき毛髪かみを、根あがりに堅くつめて前髪大きく髷まげおもたげの、赭熊しやぐまといふ名は恐ろしけれど、此髷これをこの頃の流行はやりとて良家よきしゆの令嬢むすめごも遊ばさるるぞかし、色白に鼻筋とほりて、口もとは小さからねど締りたれば醜くからず、一つ一つに取たてては美人の鑑かがみに遠けれど、物いふ声の細く清すずしき、人を見る目の愛敬あふれて、身のこなしの活々いきいきしたるは快き物なり、柿色に蝶鳥てふとりを染めたる大形の裕衣ゆかたきて、黒襦子くろじゆすと染分そめわけ絞りの昼夜帯ちうやおび胸だかに、足にはぬり木履ぼくりここらあたりにも多くは見かけぬ高きをはきて、朝湯の帰りに首筋白々と手拭てぬぐひさげたる立姿を、今三年の後のちに見たしと廓くるわがへりの若者は申き、大黒屋だいこくやの美登利みどりとて生国せうこくは紀州、言葉のいささか訛なまれるも可愛かわゆく、第一は切れ離れよき気象を喜ばぬ人なし、子供に似合ぬ銀貨入れの重きも道理、姉なる人が全盛の余波なごり、延ひいては遣手やりて新造しんぞが姉への世辞にも、美いちやん人形をお買ひなされ、これはほんの手鞠代てまりだいと、くれるに恩を着せねば貰ふ身の有がたくも覚えず、まくはまくは、同級の女生徒二十人に揃そろひのごむ鞠を与へしはおろかの事、馴染なじみの筆やに店たなざらしの手遊てあそびを買しめて喜ばせし事もあり、さりとは日々夜々にちにちややの散財この歳としこの身分にて叶かなふべきにあらず、末は何となる身ぞ、両親ありながら大目に見てあらき詞ことばをかけたる事も無く、楼の主あるじが大切がる様子さまも怪しきに、聞けば養女にもあらず親戚しんせきにてはもとより無く、姉なる人が身売りの当時、鑑定めききに来たりし楼の主が誘ひにまかせ、この地に活計たつきもとむとて親子三人みたりが旅衣、たち出いでしはこの訳、それより奥は何なれや、今は寮のあづかりをして母は遊女の仕立物、父は小格子の書記に成りぬ、この身は遊芸手芸学校にも通はせられて、そのほかは心のまま、半日は姉の部屋、半日は町に遊んで見聞くは三味さみに太鼓にあけ紫のなり形、はじめ藤色絞りの半襟はんゑりを袷あはせにかけて着て歩るきしに、田舎者いなか者と町内の娘どもに笑はれしを口惜くやしがりて、三日三夜泣きつづけし事も有しが、今は我れより人々を嘲あざけりて、野暮な姿と打うちつけの悪にくまれ口を、言ひ返すものも無く成りぬ。二十日はお祭りなれば心一ぱい面白い事をしてと友達のせがむに、趣向は何なりと各自めいめいに工夫して大勢の好い事が好いでは無いか、幾金いくらでもいい私が出すからとて例の通り勘定なしの引受けに、子供中間の女王様によわうさま又とあるまじき恵みは大人よりも利きが早く、茶番にしよう、何処どこのか店を借りて徃来わうらいから見えるやうにしてと一人が言へば、馬鹿を言へ、それよりはお神輿みこしをこしらへておくれな、蒲田屋かばたやの奥に飾つてあるやうな本当のを、重くても搆かまいはしない、やつちよいやつちよい訳なしだと捩ねぢ鉢巻をする男子おとこのそばから、それでは私たちがつまらない、皆みんなが騒ぐを見るばかりでは美登利さんだとて面白くはあるまい、何でもお前の好い物におしよと、女の一むれは祭りを抜きに常盤座ときはざをと、言ひたげの口振くちぶりをかし、田中の正太は可愛らしい眼をぐるぐると動かして、幻燈にしないか、幻燈に、己れの処にも少しは有るし、足りないのを美登利さんに買つて貰つて、筆やの店で行やらうでは無いか、己れが映し人てで横町の三五郎に口上を言はせよう、美登利さんそれにしないかと言へば、ああそれは面白からう、三ちやんの口上ならば誰れも笑はずにはゐられまい、序ついでにあの顔がうつると猶なほおもしろいと相談はととのひて、不足の品を正太が買物役、汗に成りて飛び廻るもをかしく、いよいよ明日あすと成りては横町までもその沙汰さた聞えぬ。

四

打つや鼓つづみのしらべ、三味の音色ねいろに事かかぬ場処も、祭りは別物、酉とりの市いちを除のけては一年一度の賑にぎはひぞかし、三嶋みしまさま小野照をのてるさま、お隣社となりづから負けまじの競ひ心をかしく、横町も表も揃ひは同じ真岡まおか木綿に町名くづしを、去歳こぞよりは好よからぬ形かたとつぶやくも有りし、口なし染の麻だすきなるほど太きを好みて、十四五より以下なるは、達磨だるま、木兎みみづく、犬はり子、さまざまの手遊を数多きほど見得にして、七つ九つ十一つくるもあり、大鈴小鈴背中にがらつかせて、駆け出す足袋たびはだしの勇ましく可笑をかし、群れを離れて田中の正太が赤筋入りの印半天しるしばんてん、色白の首筋に紺の腹がけ、さりとは見なれぬ扮粧いでたちとおもふに、しごいて締めし帯の水浅黄みづあさぎも、見よや縮緬ちりめんの上染じようぞめ、襟ゑりの印のあがりも際立きわだちて、うしろ鉢巻きに山車だしの花一枝し、革緒かわをの雪駄せつたおとのみはすれど、馬鹿ばやしの中間なかまには入らざりき、夜宮よみやは事なく過ぎて今日一日の日も夕ぐれ、筆やが店に寄合しは十二人、一人かけたる美登利が夕化粧の長さに、未まだか未だかと正太は門かどへ出つ入りつして、呼んで来い三五郎、お前はまだ大黒屋の寮へ行つた事があるまい、庭先から美登利さんと言へば聞える筈はづ、早く、早くと言ふに、それならば己おれが呼んで来る、万燈は此処ここへあづけて行けば誰れも蝋燭ろうそくぬすむまい、正太さん番をたのむとあるに、吝嗇けちな奴め、その手間で早く行けと我が年したに叱しかられて、おつと来たさの次郎左衛門じろざゑもん、今の間とかけ出して韋駄天いだてんとはこれをや、あれあの飛びやうが可笑しいとて見送りし女子おなごどもの笑ふも無理ならず、横ぶとりして背ひくく、頭つむりの形なりは才槌さいづちとて首みぢかく、振むけての面おもてを見れば出額でびたいの獅子鼻ししばな、反歯そつぱの三五郎といふ仇名あだなおもふべし、色は論なく黒きに感心なは目つき何処までもおどけて両の頬ほうに笑ゑくぼの愛敬、目かくしの福笑ひに見るやうな眉まゆのつき方も、さりとはをかしく罪の無き子なり、貧なれや阿波あわちぢみの筒袖つつそで、己れは揃ひが間に合はなんだと知らぬ友には言ふぞかし、我れを頭かしらに六人の子供を、養ふ親も轅棒かぢぼうにすがる身なり、五十軒によき得意場は持もちたりとも、内証の車は商買ものの外なれば詮せんなく、十三になれば片腕と一昨年おととしより並木の活判処かつばんじよへも通ひしが、怠惰なまけものなれば十日の辛棒つづかず、一ト月と同じ職も無くて霜月しもつきより春へかけては突羽根つくばねの内職、夏は検査場ばの氷屋が手伝ひして、呼声をかしく客を引くに上手なれば、人には調法がられぬ、去年こぞは仁和賀の台引きに出いでしより、友達いやしがりて万年町まんねんてうの呼名今に残れども、三五郎といへば滑稽者おどけものと承知して憎くむ者の無きも一徳なりし、田中屋は我が命の綱、親子が蒙かうむる御恩すくなからず、日歩とかや言ひて利金安からぬ借りなれど、これなくてはの金主様きんしゆさまあだには思ふべしや、三公己れが町へ遊びに来いと呼ばれて嫌やとは言はれぬ義理あり、されども我れは横町に生れて横町に育ちたる身、住む地処は龍華寺のもの、家主いゑぬしは長吉が親なれば、表むき彼方かなたに背そむく事かなはず、内々に此方こつちの用をたして、にらまるる時の役廻りつらし。正太は筆やの店へ腰をかけて、待つ間のつれづれに忍ぶ恋路を小声にうたへば、あれ由断がならぬと内儀かみさまに笑はれて、何がなしに耳の根あかく、まぢくないの高声に皆みんなも来いと呼つれて表へ駆け出す出合頭であいがしら、正太は夕飯なぜ喰べぬ、遊びに耄ほうけて先刻さつきにから呼ぶをも知らぬか、誰様どなたも又のちほど遊ばせて下され、これは御世話と筆やの妻にも挨拶あいさつして、祖母ばばが自からの迎ひに正太いやが言はれず、そのまま連れて帰らるるあとは俄にはかに淋さびしく、人数にんずはさのみ変らねどあの子が見えねば大人までも寂しい、馬鹿さわぎもせねば串談じようだんも三ちやんの様では無けれど、人好きのするは金持の息子さんに珎めづらしい愛敬、何と御覧じたか田中屋の後家さまがいやらしさを、あれで年は六十四、白粉おしろいをつけぬがめつけ物なれど丸髷まるまげの大きさ、猫なで声して人の死ぬをも搆かまはず、大方臨終おしまいは金と情死しんじうなさるやら、それでも此方こちどもの頭つむりの上らぬはあの物の御威光、さりとは欲しや、廓内なかの大きい楼うちにも大分の貸付があるらしう聞きましたと、大路に立ちて二三人の女房よその財産たからを数へぬ。

五

待つ身につらき夜半よはの置炬燵おきごたつ、それは恋ぞかし、吹風ふくかぜすずしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそそけ髪つくろひて、我が子ながら美くしきを立ちて見、居て見、首筋が薄かつたと猶なほぞいひける、単衣ひとへは水色みづいろ友仙ゆふぜんの涼しげに、白茶しらちや金きんらんの丸帯少し幅の狭いを結ばせて、庭石に下駄直すまで時は移りぬ。まだかまだかと塀へいの廻りを七度び廻り、欠伸あくびの数も尽きて、払ふとすれど名物の蚊に首筋額ぎわしたたか螫さされ、三五郎弱りきる時、美登利立出でていざと言ふに、此方こなたは言葉もなく袖を捉とらへて駆け出せば、息がはづむ、胸が痛い、そんなに急ぐならば此方こちは知らぬ、お前一人でお出いでと怒られて、別れ別れの到着、筆やの店へ来し時は正太が夕飯の最中もなかとおぼえし。ああ面白くない、おもしろくない、あの人が来なければ幻燈をはじめるのも嫌、伯母さん此処ここの家うちに智恵の板は売りませぬか、十六武蔵むさしでも何でもよい、手が暇で困ると美登利の淋しがれば、それよと即坐に鋏はさみを借りて女子おなごづれは切抜きにかかる、男は三五郎を中に仁和賀のさらひ、北廓ほくくわく全盛見わたせば、軒は提燈ちようちん電気燈、いつも賑にぎはふ五丁町、と諸声もろごゑをかしくはやし立つるに、記憶おぼえのよければ去年こぞ一昨年おととしとさかのぼりて、手振手拍子ひとつも変る事なし、うかれ立たる十人あまりの騒ぎなれば何事と門かどに立ちて人垣をつくりし中より、三五郎は居るか、一寸ちよつと来てくれ大急ぎだと、文次ぶんじといふ元結もとゆひよりの呼ぶに、何の用意もなくおいしよ、よし来たと身がるに敷居を飛こゆる時、この二タ股また野郎やらう覚悟をしろ、横町の面つらよごしめ唯ただは置かぬ、誰れだと思ふ長吉だ生なまふざけた真似をして後悔するなと頬骨ほうぼね一撃うち、あつと魂消たまげて逃入る襟がみを、つかんで引出す横町の一むれ、それ三五郎をたたき殺せ、正太を引出してやつてしまへ、弱虫にげるな、団子屋の頓馬とんまも唯は置かぬと潮うしほのやうに沸かへる騒ぎ、筆屋が軒の掛提燈は苦もなくたたき落されて、釣りらんぷ危なし店先の喧嘩なりませぬと女房が喚わめきも聞かばこそ、人数にんずは大凡おほよそ十四五人、ねぢ鉢巻に大万燈ふりたてて、当るがままの乱暴狼藉らうぜき、土足に踏み込む傍若無人、目ざす敵かたきの正太が見えねば、何処へ隠くした、何処へ逃げた、さあ言はぬか、言はぬか、言はさずに置く物かと三五郎を取こめて撃つやら蹴けるやら、美登利くやしく止める人を掻かきのけて、これお前がたは三ちやんに何の咎とががある、正太さんと喧嘩がしたくば正太さんとしたが宜い、逃げもせねば隠くしもしない、正太さんは居ぬでは無いか、此処は私が遊び処、お前がたに指でもささしはせぬ、ゑゑ憎くらしい長吉め、三ちやんを何故なぜぶつ、あれ又引たほした、意趣があらば私をお撃ぶち、相手には私がなる、伯母さん止めずに下されと身もだへして罵ののしれば、何を女郎め頬桁ほうげたたたく、姉の跡つぎの乞食め、手前てめへの相手にはこれが相応だと多人数おほくのうしろより長吉、泥草履つかんで投つければ、ねらひ違たがはず美登利が額際にむさき物したたか、血相かへて立あがるを、怪我でもしてはと抱きとむる女房、ざまを見ろ、此方こちには龍華寺の藤本がついてゐるぞ、仕かへしには何時いつでも来い、薄馬鹿野郎め、弱虫め、腰ぬけの活地いくじなしめ、帰りには待伏せする、横町の闇やみに気をつけろと三五郎を土間に投出せば、折から靴音たれやらが交番への注進今ぞしる、それと長吉声をかくれば丑松うしまつ文次その余よの十余人、方角をかへてばらばらと逃足はやく、抜け裏の露路にかがむも有るべし、口惜しいくやしい口惜しい口惜しい、長吉め文次め丑松め、なぜ己れを殺さぬ、殺さぬか、己れも三五郎だ唯死ぬものか、幽灵ゆうれいになつても取殺すぞ、覚えてゐろ長吉めと湯玉のやうな涙はらはら、はては大声にわつと泣き出いだす、身内や痛からん筒袖の処々引さかれて背中も腰も砂まぶれ、止めるにも止めかねて勢ひの悽すさまじさに唯おどおどと気を呑のまれし、筆やの女房走り寄りて抱きおこし、背中せなをなで砂を払ひ、堪忍かんにんをし、堪忍をし、何と思つても先方さきは大勢、此方こちは皆よわい者ばかり、大人でさへ手が出しかねたに叶かなはぬは知れてゐる、それでも怪我のないは仕合しあはせ、この上は途中の待ぶせが危ない、幸ひの巡査おまわりさまに家まで見て頂かば我々も安心、この通りの子細で御座ります故ゆゑと筋をあらあら折からの巡査に語れば、職掌がらいざ送らんと手を取らるるに、いゑいゑ送つて下さらずとも帰ります、一人で帰りますと小さく成るに、こりや怕こわい事は無い、其方そちらの家うちまで送る分の事、心配するなと微笑を含んで頭つむりを撫なでらるるに弥々いよいよちぢみて、喧嘩をしたと言ふと親父とつさんに叱かられます、頭かしらの家は大屋さんで御座りますからとて凋しほれるをすかして、さらば門口かどぐちまで送つて遣やる、叱からるるやうの事は為せぬわとて連れらるるに四隣あたりの人胸を撫でてはるかに見送れば、何とかしけん横町の角にて巡査の手をば振はなして一目散に逃げぬ。

六

めづらしい事、この炎天に雪が降りはせぬか、美登利が学校を嫌やがるはよくよくの不機嫌、朝飯がすすまずば後刻のちかたに鮨やすけでも誂あつらへようか、風邪にしては熱も無ければ大方きのふの疲れと見える、太郎様への朝参りは母かかさんが代理してやれば御免こふむれとありしに、いゑいゑ姉ねえさんの繁昌はんじようするやうにと私が願ぐはんをかけたのなれば、参らねば気が済まぬ、お賽銭さいせん下され行つて来ますと家を駆け出して、中田圃なかたんぼの稲荷いなりに鰐口わにぐちならして手を合せ、願ひは何ぞ行きも帰りも首うなだれて畦道あぜみちづたひ帰り来る美登利が姿、それと見て遠くより声をかけ、正太はかけ寄りて袂たもとを押へ、美登利さん昨夕ゆふべは御免よと突然だしぬけにあやまれば、何もお前に謝罪わびられる事は無い。それでも己おれが憎くまれて、己れが喧嘩けんくわの相手だもの、お祖母ばあさんが呼びにさへ来なければ帰りはしない、そんなに無暗むやみに三五郎をも撃ぶたしはしなかつた物を、今朝けさ三五郎の処へ見に行つたら、彼奴あいつも泣いて口惜くやしがつた、己れは聞いてさへ口惜しい、お前の顔へ長吉め草履を投げたと言ふでは無いか、あの野郎乱暴にもほどがある、だけれど美登利さん堪忍しておくれよ、己れは知りながら逃げてゐたのでは無い、飯を掻込かつこんで表へ出やうとするとお祖母さんが湯に行くといふ、留守居をしてゐるうちの騒ぎだらう、本当ほんとに知らなかつたのだからねと、我が罪のやうに平あやまりに謝罪あやまつて、痛みはせぬかと額際を見あげれば、美登利につこり笑ひて何負傷けがをするほどでは無い、それだが正さん誰れが聞いても私が長吉に草履を投げられたと言つてはいけないよ、もし万一ひよつとお母つかさんが聞きでもすると私が叱かられるから、親でさへ頭つむりに手はあげぬものを、長吉づれが草履の泥を額にぬられては踏まれたも同じだからとて、背そむける顔のいとをしく、本当に堪忍しておくれ、みんな己れが悪るい、だから謝る、機嫌を直してくれないか、お前に怒られると己れが困るものをと話しつれて、いつしか我家の裏近く来れば、寄らないか美登利さん、誰れも居はしない、祖母おばあさんも日がけを集めに出たらうし、己ればかりで淋しくてならない、いつか話した錦絵にしきゑを見せるからお寄りな、種々いろいろのがあるからと袖そでを捉らへて離れぬに、美登利は無言にうなづいて、佗わびた折戸の庭口より入れば、広からねども鉢ものをかしく並びて、軒につり忍艸しのぶ、これは正太が午うまの日の買物と見えぬ、理由わけしらぬ人は小首やかたぶけん町内一の財産家ものもちといふに、家内は祖母ばばと此子これ二人、万よろづの鍵かぎに下腹冷えて留守は見渡しの総長屋、さすがに錠前くだくもあらざりき、正太は先へあがりて風入りのよき場処ところを見たてて、此処へ来ぬかと団扇うちわの気あつかひ、十三の子供にはませ過ぎてをかし。古くより持つたへし錦絵かずかず取出とりいだし、褒めらるるを嬉しく美登利さん昔しの羽子板を見せよう、これは己れの母かかさんがお邸やしきに奉公してゐる頃いただいたのだとさ、をかしいでは無いかこの大きい事、人の顔も今のとは違ふね、ああこの母さんが生きてゐると宜いが、己れが三つの歳とし死んで、お父とつさんは在るけれど田舎の実家へ帰つてしまつたから今は祖母おばあさんばかりさ、お前は浦山うらやましいねと無端そぞろに親の事を言ひ出せば、それ絵がぬれる、男が泣く物では無いと美登利に言はれて、己れは気が弱いのかしら、時々種々いろいろの事を思ひ出すよ、まだ今時分は宜いけれど、冬の月夜なにかに田町たまちあたりを集めに廻ると土手まで来て幾度も泣いた事がある、何さむい位で泣きはしない、何故だか自分も知らぬが種々の事を考へるよ、ああ一昨年おととしから己れも日がけの集めに廻るさ、祖母さんは年寄りだからそのうちにも夜るは危ないし、目が悪るいから印形いんげうを押たり何かに不自由だからね、今まで幾人いくたりも男を使つたけれど、老人としよりに子供だから馬鹿にして思ふやうには動いてくれぬと祖母さんが言つてゐたつけ、己れがもう少し大人に成ると質屋を出さして、昔しの通りでなくとも田中屋の看板をかけると楽しみにしてゐるよ、他処よその人は祖母さんを吝けちだと言ふけれど、己れの為に倹約つましくしてくれるのだから気の毒でならない、集金あつめに行ゆくうちでも通新町とほりしんまちや何かに随分可愛想かわいさうなのが有るから、さぞお祖母さんを悪るくいふだらう、それを考へると己れは涙がこぼれる、やつぱり気が弱いのだね、今朝も三公の家うちへ取りに行つたら、奴め身体からだが痛い癖に親父に知らすまいとして働いてゐた、それを見たら己れは口が利けなかつた、男が泣くてへのは可笑をかしいでは無いか、だから横町の野蕃漢じやがたらに馬鹿にされるのだと言ひかけて我が弱いを耻はづかしさうな顔色かほいろ、何心なく美登利と見合す目つきの可愛かわゆさ。お前の祭の姿なりは大層よく似合つて浦山しかつた、私も男だとあんな風がして見たい、誰れのよりも宜く見えたと賞ほめられて、何だ己れなんぞ、お前こそ美くしいや、廓内なかの大巻おほまきさんよりも奇麗だと皆みんながいふよ、お前が姉であつたら己れはどんなに肩身が広かろう、何処どこへゆくにも追従ついて行つて大威張りに威張るがな、一人も兄弟が無いから仕方が無い、ねへ美登利さん今度一処に写真を取らないか、我おれは祭りの時の姿なりで、お前は透綾すきやのあら縞じまで意気な形なりをして、水道尻すいだうじりの加藤でうつさう、龍華寺の奴が浦山しがるやうに、本当だぜ彼奴あいつはきつと怒るよ、真青に成つて怒るよ、にゑ肝だからね、赤くはならない、それとも笑ふかしら、笑はれても搆かまはない、大きく取つて看板に出たら宜いいな、お前は嫌やかへ、嫌やのやうな顔だものと恨めるもをかしく、変な顔にうつるとお前に嫌らはれるからとて美登利ふき出して、高笑ひの美音に御機嫌や直りし。

朝冷あさすずはいつしか過ぎて日かげの暑くなるに、正太さん又晩によ、私の寮へも遊びにお出でな、燈籠とうろうながして、お魚追ひましよ、池の橋が直つたれば怕こわい事は無いと言ひ捨てに立出たちいづる美登利の姿、正太うれしげに見送つて美くしと思ひぬ。

七

龍華寺の信如、大黒屋の美登利、二人ながら学校は育英舎なり、去りし四月の末つかた、桜は散りて青葉のかげに藤の花見といふ頃、春季の大運動会とて水みづの谷やの原にせし事ありしが、つな引、鞠まりなげ、縄とびの遊びに興をそへて長き日の暮るるを忘れし、その折の事とや、信如いかにしたるか平常へいぜいの沈着おちつきに似ず、池のほとりの松が根につまづきて赤土道に手をつきたれば、羽織の袂たもとも泥に成りて見にくかりしを、居あはせたる美登利みかねて我が紅くれないの絹はんけちを取出とりいだし、これにてお拭ふきなされと介抱をなしけるに、友達の中なる嫉妬やきもちや見つけて、藤本は坊主のくせに女と話をして、嬉うれしさうに礼を言つたは可笑をかしいでは無いか、大方美登利さんは藤本の女房かみさんになるのであらう、お寺の女房なら大黒さまと言ふのだなどと取沙汰とりさたしける、信如元来かかる事を人の上に聞くも嫌ひにて、苦き顔して横を向く質たちなれば、我が事として我慢のなるべきや、それよりは美登利といふ名を聞くごとに恐ろしく、又あの事を言ひ出すかと胸の中もやくやして、何とも言はれぬ厭いやな気持なり、さりながら事ごとに怒りつける訳にもゆかねば、なるだけは知らぬ躰ていをして、平気をつくりて、むづかしき顔をして遣やり過ぎる心なれど、さし向ひて物などを問はれたる時の当惑さ、大方は知りませぬの一ト言にて済ませど、苦しき汗の身うちに流れて心ぼそき思ひなり、美登利はさる事も心にとまらねば、最初はじめは藤本さん藤本さんと親しく物いひかけ、学校退ひけての帰りがけに、我れは一足はやくて道端に珎めづらしき花などを見つくれば、おくれし信如を待合して、これこんなうつくしい花が咲てあるに、枝が高くて私わたしには折れぬ、信のぶさんは背せいが高ければお手が届きましよ、後生折つて下されと一むれの中にては年長としかさなるを見かけて頼めば、さすがに信如袖ふり切りて行ゆきすぎる事もならず、さりとて人の思はくいよいよ愁つらければ、手近の枝を引寄せて好悪よしあしかまはず申訳ばかりに折りて、投つけるやうにすたすたと行過ぎるを、さりとは愛敬あいけうの無き人と惘あきれし事も有しが、度かさなりての末には自おのづから故意わざとの意地悪のやうに思はれて、人にはさもなきに我れにばかり愁つらき処為しうちをみせ、物を問へば碌ろくな返事した事なく、傍そばへゆけば逃げる、はなしを為すれば怒る、陰気らしい気のつまる、どうして好よいやら機嫌の取りやうも無い、あのやうなむづかしやは思ひのままに捻ひねれて怒つて意地わるが為したいならんに、友達と思はずは口を利くも入らぬ事と美登利少し疳かんにさはりて、用の無ければ摺すれ違ふても物いふた事なく、途中に逢あひたりとて挨拶あいさつなど思ひもかけず、唯いつとなく二人の中に大川一つ横たはりて、舟も筏いかだも此処には御法度ごはつと、岸に添ふておもひおもひの道をあるきぬ。

祭りは昨日きのふに過ぎてそのあくる日より美登利の学校へ通ふ事ふつと跡たえしは、問ふまでも無く額の泥の洗ふても消えがたき耻辱ちぢよくを、身にしみて口惜くやしければぞかし、表町とて横町とて同じ教場におし並べば朋輩ほうばいに変りは無き筈を、をかしき分け隔てに常日頃意地を持ち、我れは女の、とても敵かなひがたき弱味をば付目にして、まつりの夜よの処為しうちはいかなる卑怯ひきやうぞや、長吉のわからずやは誰たれも知る乱暴の上なしなれど、信如の尻おし無くはあれほどに思ひ切りて表町をば暴あらし得じ、人前をば物識ものしりらしく温順すなほにつくりて、陰に廻りて機関からくりの糸を引しは藤本の仕業に極きわまりぬ、よし級は上にせよ、学ものは出来るにせよ、龍華寺さまの若旦那わかだんなにせよ、大黒屋の美登利紙一枚のお世話にも預からぬ物を、あのやうに乞食呼よばはりして貰もらふ恩は無し、龍華寺はどれほど立派な檀家だんかありと知らねど、我が姉あねさま三年の馴染なじみに銀行の川様、兜町かぶとてうの米よね様もあり、議員の短小ちいさま根曳ねびきして奥さまにと仰おほせられしを、心意気気に入らねば姉さま嫌ひてお受けはせざりしが、あの方とても世には名高きお人と遣手衆やりてしゆの言はれし、嘘うそならば聞いて見よ、大黒やに大巻の居ずはあの楼いゑは闇やみとかや、さればお店みせの旦那とても父ととさん母かかさん我が身をも粗畧そりやくには遊ばさず、常々大切がりて床の間にお据へなされし瀬戸物の大黒様をば、我れいつぞや坐敷の中にて羽根つくとて騒ぎし時、同じく並びし花瓶はないけを仆たほし、散々に破損けがをさせしに、旦那次の間に御酒ごしゆめし上りながら、美登利お転婆が過ぎるのと言はれしばかり小言は無かりき、他の人ならば一通りの怒りでは有るまじと、女子衆をんなしゆ達にあとあとまで羨うらやまれしも必竟ひつきやうは姉さまの威光ぞかし、我れ寮住居ずまいに人の留守居はしたりとも姉は大黒屋の大巻、長吉風情ふぜいに負ひけを取るべき身にもあらず、龍華寺の坊さまにいぢめられんは心外と、これより学校へ通ふ事おもしろからず、我ままの本性あなどられしが口惜しさに、石筆せきひつを折り墨をすて、書物ほんも十露盤そろばんも入らぬ物にして、中なかよき友と埒らちも無く遊びぬ。

八

走れ飛ばせの夕べに引かへて、明けの別れに夢をのせ行く車の淋さびしさよ、帽子まぶかに人目を厭いとふ方様かたさまもあり、手拭てぬぐひとつて頬ほうかふり、彼女あれが別れに名残の一撃ひとうち、いたさ身にしみて思ひ出すほど嬉しく、うす気味わるやにたにたの笑ひ顔、坂本へ出いでては用心し給たまへ千住せんぢゆがへりの青物車あをものぐるまにお足元あぶなし、三嶋様の角までは気違ひ街道、御顔おんかほのしまり何いづれも緩ゆるみて、はばかりながら御鼻おんはなの下ながながと見えさせ給へば、そんじよ其処そこらにそれ大した御男子様ごなんしさまとて、分厘ふんりんの価値ねうちも無しと、辻に立ちて御慮外を申まうすもありけり。楊家やうかの娘君寵くんちようをうけてと長恨歌ちようごんかを引出ひきいだすまでもなく、娘の子は何処いづこにも貴重がらるる頃なれど、このあたりの裏屋より赫奕姫かくやひめの生るる事その例多し、築地つきぢの某屋それやに今は根を移して御前さま方の御おん相手、踊りに妙を得し雪といふ美形びけい、唯今のお座敷にてお米のなります木はと至極あどけなき事は申とも、もとは此町ここの巻帯党まきおびづれにて花がるたの内職せしものなり、評判はその頃に高く去るもの日々に踈うとければ、名物一つかげを消して二度目の花は紺屋こうやの乙娘おとむすめ、今千束町せんぞくまちに新つた屋の御神燈ほのめかして、小吉こきちと呼ばるる公園の尤物まれものも根生ねおひは同じ此処ここの土成し、あけくれの噂うはさにも御出世といふは女に限りて、男は塵塚ちりづかさがす黒斑くろぶちの尾の、ありて用なき物とも見ゆべし、この界隈かいわいに若い衆しゆと呼ばるる町並の息子、生意気ざかりの十七八より五人組七人組、腰に尺八の伊達だてはなけれど、何とやら厳いかめしき名の親分が手下てかにつきて、揃そろひの手ぬぐひ長提燈ながでうちん、賽さいころ振る事おぼえぬうちは素見ひやかしの格子先かうしさきに思ひ切つての串談じようだんも言ひがたしとや、真面目につとむる我が家業は昼のうちばかり、一風呂浴びて日の暮れゆけば突つきかけ下駄に七五三の着物、何屋の店の新妓しんこを見たか、金杉かなすぎの糸屋が娘に似てもう一倍鼻がひくいと、頭脳あたまの中をこんな事にこしらへて、一軒ごとの格子に烟草たばこの無理どり鼻紙の無心、打ちつ打たれつこれを一世せの誉ほまれと心得れば、堅気の家の相続息子地廻じまわりと改名して、大門際おほもんぎわに喧嘩けんくわかひと出るもありけり、見よや女子おんなの勢力いきほひと言はぬばかり、春秋はるあきしらぬ五丁町の賑にぎはひ、送りの提燈かんばんいま流行はやらねど、茶屋が廻女まわしの雪駄せつたのおとに響き通へる歌舞音曲おんぎよく、うかれうかれて入込いりこむ人の何を目当と言問こととはば、赤ゑり赭熊しやぐまに裲襠うちかけの裾すそながく、につと笑ふ口元目もと、何処が美よいとも申がたけれど華魁衆おいらんしゆとて此処にての敬ひ、立はなれては知るによしなし、かかる中にて朝夕あさゆふを過ごせば、衣きぬの白地しらぢの紅べにに染しむ事無理ならず、美登利の眼の中に男といふ者さつても怕こわからず恐ろしからず、女郎といふ者さのみ賤いやしき勤めとも思はねば、過ぎし故郷を出立しゆつたつの当時ないて姉をば送りしこと夢のやうに思はれて、今日この頃の全盛に父母への孝養うらやましく、お職を徹とほす姉が身の、憂ういの愁つらいの数も知らねば、まち人恋ふる鼠ねづみなき格子の咒文じゆもん、別れの背中せなに手加減の秘密おくまで、唯おもしろく聞なされて、廓くるわことばを町にいふまで去りとは耻はづかしからず思へるも哀あはれなり、年はやうやう数への十四、人形抱いて頬ほうずりする心は御華族のお姫様とて変りなけれど、修身の講義、家政学のいくたても学びしは学校にてばかり、誠あけくれ耳に入いりしは好いた好かぬの客の風説うはさ、仕着せ積み夜具茶屋への行ゆきわたり、派手は美事に、かなはぬは見すぼらしく、人事我事分別をいふはまだ早し、幼な心に目の前の花のみはしるく、持まへの負けじ気性は勝手に馳はせ廻りて雲のやうな形をこしらへぬ、気違ひ街道、寐ねぼれ道、朝がへりの殿がた一順すみて朝寐の町も門かどの箒目ははきめ青海波せいがいはをゑがき、打水よきほどに済みし表町の通りを見渡せば、来るは来るは、万年町まんねんてう山伏町やまぶしてう、新谷町しんたにまちあたりを塒ねぐらにして、一能一術これも芸人の名はのがれぬ、よかよか飴あめや軽業師、人形つかひ大神楽だいかぐら、住吉すみよしをどりに角兵衛獅子かくべいじし、おもひおもひの扮粧いでたちして、縮緬透綾ちりめんすきやの伊達もあれば、薩摩さつまがすりの洗ひ着に黒襦子くろじゆすの幅狭帯はばせまおび、よき女もあり男もあり、五人七人十人一組の大たむろもあれば、一人淋しき痩やせ老爺おやぢの破やれ三味線ざみせんかかへて行くもあり、六つ五つなる女の子に赤襷あかだすきさせて、あれは紀の国おどらするも見ゆ、お顧客とくいは廓内かくないに居つづけ客のなぐさみ、女郎の憂さ晴らし、彼処かしこに入る身の生涯せうがいやめられぬ得分ありと知られて、来るも来るも此処らの町に細かしき貰もらひを心に止めず、裾に海草みるめのいかがはしき乞食さへ門かどには立たず行過ゆきすぎるぞかし、容貌きりようよき女太夫おんなだゆうの笠かさにかくれぬ床ゆかしの頬を見せながら、喉自慢のどじまん、腕自慢、あれあの声をこの町には聞かせぬが憎くしと筆やの女房舌うちして言へば、店先に腰をかけて徃来ゆききを眺ながめし湯がへりの美登利、はらりと下る前髪の毛を黄楊つげの鬂櫛びんぐしにちやつと掻かきあげて、伯母さんあの太夫さん呼んで来ませうとて、はたはた駆けよつて袂たもとにすがり、投げ入れし一品しなを誰たれにも笑つて告げざりしが好みの明烏あけがらすさらりと唄はせて、又御贔負ごひいきをの嬌音きやうおんこれたやすくは買ひがたし、あれが子供の処業しわざかと寄集りし人舌を巻いて太夫よりは美登利の顔を眺めぬ、伊達には通るほどの芸人を此処にせき止めて、三味さみの音ね、笛の音、太鼓の音、うたはせて舞はせて人の為せぬ事して見たいと折ふし正太に咡ささやいて聞かせれば、驚いて呆あきれて己おいらは嫌やだな。

九

如是我聞によぜがもん、仏説阿弥陀経ぶつせつあみだけう、声は松風に和くわして心のちりも吹払はるべき御寺様おんてらさまの庫裏くりより生魚なまうをあぶる烟けぶなびきて、卵塔場らんたうばに嬰子ややの襁褓むつきほしたるなど、お宗旨によりて搆かまひなき事なれども、法師を木のはしと心得たる目よりは、そぞろに腥なまぐさく覚ゆるぞかし、龍華寺の大和尚だいおしよう身代と共に肥へ太りたる腹なり如何いかにも美事に、色つやの好よきこと如何なる賞ほめ言葉を参らせたらばよかるべき、桜色にもあらず、緋桃ひももの花でもなし、剃そりたてたる頭つむりより顔より首筋にいたるまで銅色あかがねいろの照りに一点のにごりも無く、白髪しらがもまじる太き眉まゆをあげて心まかせの大笑ひなさるる時は、本堂の如来によらいさま驚きて台座より転まろび落給おちたまはんかと危ぶまるるやうなり、御新造ごしんぞはいまだ四十の上を幾らも越さで、色白に髪の毛薄く、丸髷まるまげも小さく結ひて見ぐるしからぬまでの人がら、参詣人さんけいにんへも愛想よく門前の花屋が口悪る嚊かかもとかくの蔭口かげぐちを言はぬを見れば、着ふるしの裕衣ゆかた、総菜そうざいのお残りなどおのづからの御恩も蒙かうむるなるべし、もとは檀家だんかの一人成しが早くに良人おつとを失なひて寄る辺なき身の暫時しばらくここにお針やとひ同様、口さへ濡ぬらさせて下さらばとて洗ひ濯そそぎよりはじめてお菜ごしらへは素もとよりの事、墓場の掃除に男衆おとこしゆの手を助くるまで働けば、和尚さま経済より割出しての御不憫ごふびんかかり、年は二十から違うて見ともなき事は女も心得ながら、行ゆき処どころなき身なれば結句よき死場処と人目を耻ぢぬやうに成りけり、にがにがしき事なれども女の心だて悪るからねば檀家の者もさのみは咎とがめず、総領の花といふを懐胎もうけし頃、檀家の中にも世話好きの名ある坂本の油屋が隠居さま仲人なかうどといふも異な物なれど進めたてて表向きのものにしける、信如もこの人の腹より生れて男女なんによ二人の同胞きようだい、一人は如法によほうの変屈ものにて一日部屋の中にまぢまぢと陰気らしき生むまれなれど、姉のお花は皮薄かわうすの二重腮にぢうあごかわゆらしく出来たる子なれば、美人といふにはあらねども年頃といひ人の評判もよく、素人しろうとにして捨てて置くは惜しい物の中に加へぬ、さりとてお寺の娘に左ひだり褄づま、お釈迦しやかが三味しやみひく世は知らず人の聞え少しは憚はばかられて、田町たまちの通りに葉茶屋の店を奇麗にしつらへ、帳場格子のうちにこの娘こを据へて愛敬を売らすれば、秤はかりの目はとにかく勘定しらずの若い者など、何がなしに寄つて大方毎夜十二時を聞くまで店に客のかげ絶えたる事なし、いそがしきは大和尚、貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の幾日いくかは説教日の定めもあり帳面くるやら経よむやらかくては身躰からだのつづき難しと夕暮れの椽先ゑんさきに花むしろを敷かせ、片肌ぬぎに団扇うちわづかひしながら大盃おほさかづきに泡盛あわもりをなみなみと注つがせて、さかなは好物の蒲焼かばやきを表町のむさし屋へあらい処をとの誂あつらへ、承りてゆく使ひ番は信如の役なるに、その嫌やなること骨にしみて、路を歩くにも上を見し事なく、筋向ふの筆やに子供づれの声を聞けば我が事を誹そしらるるかと情なく、そしらぬ顔に鰻屋うなぎやの門かどを過ぎては四辺あたりに人目の隙すきをうかがひ、立戻つて駈け入る時の心地、我身限つて腥なまぐさきものは食べまじと思ひぬ。

父親てておや和尚は何処どこまでもさばけたる人にて、少しは欲深の名にたてども人の風説うはさに耳をかたぶけるやうな小胆にては無く、手の暇あらば熊手の内職もして見やうといふ気風なれば、霜月の酉とりには論なく門前の明地あきちに簪かんざしの店を開き、御新造に手拭ひかぶらせて縁喜の宜いいのをと呼ばせる趣向、はじめは耻かしき事に思ひけれど、軒ならび素人の手業てわざにて莫大ばくだいの儲もうけと聞くに、この雑踏の中といひ誰たれも思ひ寄らぬ事なれば日暮れよりは目にも立つまじと思案して、昼間は花屋の女房に手伝はせ、夜に入りては自身みづからをり立て呼たつるに、欲なれやいつしか耻かしさも失せて、思はず声こわだかに負ましよ負ましよと跡を追ふやうに成りぬ、人波にもまれて買手も眼まなこの眩くらみし折なれば、現在後世ごせねがひに一昨日おとつひ来たりし門前も忘れて、簪三本七十五銭と懸直かけねすれば、五本ついたを三銭ならばと直切ねぎつて行ゆく、世はぬば玉の闇やみの儲もうけはこのほかにも有るべし、信如はかかる事どもいかにも心ぐるしく、よし檀家の耳には入らずとも近辺の人々が思わく、子供仲間の噂にも龍華寺では簪の店を出して、信さんが母かかさんの狂気面きちがひづらして売つてゐたなどと言はれもするやと耻かしく、そんな事はよしにしたが宜う御坐りませうと止めし事もありしが、大和尚大笑ひに笑ひすてて、黙つてゐろ、黙つてゐろ、貴様などが知らぬ事だわとて丸々相手にしてはくれず、朝念仏に夕勘定、そろばん手にしてにこにこと遊ばさるる顔つきは我親ながら浅ましくして、何故その頭つむりをまろめ給ひしぞと恨めしくもなりぬ。

もとより一腹ぷく一対つゐの中に育ちて他人交ぜずの穏かなる家の内なれば、さしてこの児こを陰気ものに仕立あげる種は無けれども、性来おとなしき上に我が言ふ事の用ひられねばとかくに物のおもしろからず、父が仕業も母の所作も姉の教育したても、悉皆しつかいあやまりのやうに思はるれど言ふて聞かれぬものぞと諦あきらめればうら悲しきやうに情なく、友朋輩ほうばいは変屈者の意地わると目ざせども自おのづから沈みゐる心の底の弱き事、我が蔭口を露ばかりもいふ者ありと聞けば、立出たちいでて喧嘩口論の勇気もなく、部屋にとぢ籠こもつて人に面おもての合はされぬ臆病おくびやう至極の身なりけるを、学校にての出来ぶりといひ身分がらの卑いやしからぬにつけて然さる弱虫とは知る者なく、龍華寺の藤本は生煮えの餅のやうに真しんがあつて気になる奴と憎がるものも有ありけらし。

十

祭りの夜は田町の姉のもとへ使を吩附いひつけられて、更ふくるまで我家へ帰らざりければ、筆やの騒ぎは夢にも知らず、翌日あすになりて丑松文次その外の口よりこれこれであつたと伝へらるるに、今更ながら長吉の乱暴に驚けども済みたる事なれば咎めだてするも詮せんなく、我が名を仮りられしばかりつくづく迷惑に思われて、我が為なしたる事ならねど人々への気の毒を身一つに脊負せおひたるやうの思ひありき長吉も少しは我が遣やりそこねを耻はづかしう思ふかして、信如に逢あはば小言や聞かんとその三四日は姿も見せず、やや余炎ほとぼりのさめたる頃に信さんお前は腹を立つか知らないけれど時の拍子だから堪忍して置いてくんな、誰れもお前正太が明巣あきすとは知るまいでは無いか、何も女郎めらうの一疋ぴき位相手にして三五郎を擲なぐりたい事も無かつたけれど、万燈まんどうを振込んで見りやあ唯ただも帰れない、ほんの附景気につまらない事をしてのけた、そりやあ己れが何処までも悪るいさ、お前の命令いひつけを聞かなかつたは悪るからうけれど、今怒られては法かたなしだ、お前といふ後だてが有るので己らあ大舟に乗つたやうだに、見すてられちまつては困るだらうじや無いか、嫌やだとつてもこの組の大将で居てくんねへ、さうどちばかりは組まないからとて面目なささうに謝罪わびられて見ればそれでも私わたしは嫌やだとも言ひがたく、仕方が無い遣る処までやるさ、弱い者いぢめは此方こつちの耻になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方が無い、正太に末社がついたらその時のこと、決して此方こつちから手出しをしてはならないと留とどめて、さのみは長吉をも叱しかり飛ばさねど再び喧嘩けんくわのなきやうにと祈られぬ。

罪のない子は横町の三五郎なり、思ふさまに擲たたかれて蹴けられてその二三日は立居も苦しく、夕ぐれ毎ごとに父親てておやが空車からぐるまを五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、三公はどうかしたか、ひどく弱つているやうだなと見知りの台屋に咎められしほど成しが、父親はお辞義の鉄てつとて目上の人に頭つむりをあげた事なく廓内なかの旦那は言はずともの事、大屋様地主様いづれの御無理も御尤ごもつともと受ける質たちなれば、長吉と喧嘩してこれこれの乱暴に逢あひましたと訴へればとて、それはどうも仕方が無い大屋さんの息子さんでは無いか、此方こつちに理が有らうが先方さきが悪るからうが喧嘩の相手に成るといふ事は無い、謝罪わびて来い謝罪て来い途方も無い奴だと我子を叱りつけて、長吉がもとへあやまりに遣られる事必定ひつぢやうなれば、三五郎は口惜くやしさを噛かみつぶして七日十日と程をふれば、痛みの場処の愈なほると共にそのうらめしさも何時いつしか忘れて、頭かしらの家の赤ん坊が守りをして二銭が駄賃をうれしがり、ねんねんよ、おころりよ、と背負しよひあるくさま、年はと問へば生意気ざかりの十六にも成りながらその大躰づうたいを耻かしげにもなく、表町へものこのこと出かけるに、何時も美登利と正太が嬲なぶりものに成つて、お前は性根しやうねを何処へ置いて来たとからかはれながらも遊びの中間は外れざりき。

春は桜の賑にぎわひよりかけて、なき玉菊が燈籠とうろうの頃、つづいて秋の新仁和賀しんにわかには十分間に車の飛ぶ事この通りのみにて七十五輛りようと数へしも、二の替りさへいつしか過ぎて、赤蜻蛉あかとんぼう田圃たんぼに乱るれば横堀に鶉うづらなく頃も近づきぬ、朝夕あさゆふの秋風身にしみ渡りて上清じやうせいが店の蚊遣香かやりこう懐炉灰くわいろばいに座をゆづり、石橋の田村やが粉挽こなひく臼うすの音さびしく、角海老かどゑびが時計の響きもそぞろ哀れの音ねを伝へるやうに成れば、四季絶間なき日暮里につぽりの火の光りもあれが人を焼く烟けぶりかとうら悲しく、茶屋が裏ゆく土手下の細道に落かかるやうな三味の音ねを仰いで聞けば、仲之町なかのてう芸者が冴さえたる腕に、君が情の仮寐かりねの床にと何ならぬ一ふし哀れも深く、この時節より通ひ初そむるは浮かれ浮かるる遊客ゆふかくならで、身にしみじみと実のあるお方のよし、遊女つとめあがりの去る女ひとが申き、このほどの事かかんもくだくだしや大音寺前にて珎めづらしき事は盲目按摩めくらあんまの二十ばかりなる娘、かなはぬ恋に不自由なる身を恨みて水みづの谷やの池に入水じゆすいしたるを新らしい事とて伝へる位なもの、八百屋の吉五郎きちごらうに大工だいくの太吉がさつぱりと影を見せぬが何とかせしと問ふにこの一件であげられましたと、顔の真中まんなかへ指をさして、何の子細なく取立てて噂うはさをする者もなし、大路を見渡せば罪なき子供の三五人手を引つれて開いらいた開らいた何の花ひらいたと、無心の遊びも自然と静かにて、廓くるわに通ふ車の音のみ何時に変らず勇ましく聞えぬ。

秋雨あきさめしとしとと降るかと思へばさつと音して運びくる様なる淋しき夜、通りすがりの客をば待たぬ店なれば、筆やの妻は宵よひのほどより表の戸をたてて、中に集まりしは例の美登利に正太郎、その外には小さき子供の二三人寄りて細螺きしやごはじきの幼なげな事して遊ぶほどに、美登利ふと耳を立てて、あれ誰たれか買物に来たのでは無いか溝板どぶいたを踏む足音がするといへば、おやさうか、己おいらは少ちつとも聞かなかつたと正太もちうちうたこかいの手を止めて、誰れか中間なかまが来たのでは無いかと嬉うれしがるに、門かどなる人はこの店の前まで来たりける足音の聞えしばかりそれよりはふつと絶えて、音も沙汰さたもなし。

十一

正太は潜くぐりを明けて、ばあと言ひながら顔を出すに、人は二三軒先の軒下をたどりて、ぽつぽつと行く後影、誰だれだ誰れだ、おいお這入はいりよと声をかけて、美登利が足駄を突かけばきに、降る雨を厭いとはず駆け出いださんとせしが、ああ彼奴あいつだと一ト言、振かへつて、美登利さん呼んだつても来はしないよ、一件だもの、と自分の頭つむりを丸まろめて見せぬ。

信のぶさんかへ、と受けて、嫌やな坊主つたら無い、きつと筆か何か買ひに来たのだけれど、私たちが居るものだから立聞きをして帰つたのであらう、意地悪るの、根性まがりの、ひねつこびれの、吃どんもりの、歯はッかけの、嫌やな奴め、這入つて来たら散々と窘いぢめてやる物を、帰つたは惜しい事をした、どれ下駄をお貸し、一寸ちよと見てやる、とて正太に代つて顔を出せば軒の雨だれ前髪に落ちて、おお気味が悪るいと首を縮めながら、四五軒先の瓦斯燈がすとうの下を大黒傘肩にして少しうつむいてゐるらしくとぼとぼと歩む信如の後かげ、何時までも、何時までも、何時までも見送るに、美登利さんどうしたの、と正太は怪しがりて背中をつつきぬ。

どうもしない、と気の無い返事をして、上へあがつて細螺きしやごを数へながら、本当に嫌やな小僧とつては無い、表向きに威張つた喧嘩は出来もしないで、温順をとなしさうな顔ばかりして、根性がくすくすしてゐるのだもの憎くらしからうでは無いか、家の母かかさんが言ふてゐたつけ、瓦落々々がらがらしてゐる者は心が好いのだと、それだからくすくすしている信さん何かは心が悪るいに相違ない、ねへ正太さんさうであらう、と口を極めて信如の事を悪く言へば、それでも龍華寺はまだ物が解つてゐるよ、長吉と来たらあれははやと、生意気に大人の口を真似れば、お廃よしよ正太さん、子供の癖にませた様でをかしい、お前は余つぽど剽軽ひやうきんものだね、とて美登利は正太の頬ほうをつついて、その真面目がほはと笑ひこけるに、己おいらだつても最少もすこし経ては大人になるのだ、蒲田屋かばたやの旦那のやうに角袖外套かくそでぐわいとうか何か着てね、祖母おばあさんがしまつて置く金時計を貰もらつて、そして指輪もこしらへて、巻烟草まきたばこを吸つて、履く物は何が宜よからうな、己おいらは下駄より雪駄せつたが好きだから、三枚裏にして襦珎しゆちんの鼻緒といふのを履くよ、似合ふだらうかと言へば、美登利はくすくす笑ひながら、背せいの低い人が角袖外套に雪駄ばき、まあどんなにか可笑をかしからう、目薬の瓶びんが歩くやうであらうと誹をとすに、馬鹿を言つていらあ、それまでには己らだつて大きく成るさ、こんな小ちいつぽけでは居ないと威張るに、それではまだ何時の事だか知れはしない、天井の鼠があれ御覧、と指をさすに、筆やの女房つまを始めとして座にある者みな笑ひころげぬ。

正太は一人真面目に成りて、例の目の玉ぐるぐるとさせながら、美登利さんは冗談にしてゐるのだね、誰れだつて大人に成らぬ者は無いに、己らの言ふが何故なぜをかしからう、奇麗な嫁さんを貰つて連れて歩くやうに成るのだがなあ、己らは何でも奇麗のが好きだから、煎餅せんべいやのお福のやうな痘痕みつちやづらや、薪まきやのお出額でこのやうなが万一もし来ようなら、直じきさま追出して家へは入れて遣やらないや、己らは痘痕あばたと湿しつつかきは大嫌ひと力を入れるに、主人あるじの女は吹出して、それでも正さん宜く私が店へ来て下さるの、伯母さんの痘痕あばたは見えぬかえと笑ふに、それでもお前は年寄りだもの、己らの言ふのは嫁さんの事さ、年寄りはどうでも宜いとあるに、それは大失敗おほしくじりだねと筆やの女房おもしろづくに御機嫌を取りぬ。

町内で顔の好いのは花屋のお六さんに、水菓子やの喜いさん、それよりも、それよりもずんと好いはお前の隣に据つてお出いでなさるのなれど、正太さんはまあ誰れにしようと極めてあるえ、お六さんの眼つきか、喜いさんの清元きよもとか、まあどれをえ、と問はれて、正太顔を赤くして、何だお六づらや、喜い公、何処が好い者かと釣りらんぷの下を少し居退ゐのきて、壁際かべぎわの方へと尻込しりごみをすれば、それでは美登利さんが好いのであらう、さう極めて御座んすの、と図星をさされて、そんな事を知る物か、何だそんな事、とくるり後を向いて壁の腰ばりを指でたたきながら、廻れ廻れ水車みづぐるまを小音おんに唱うたひ出す、美登利は衆人おほくの細螺を集めて、さあもう一度はじめからと、これは顔をも赤らめざりき。

十二

信如が何時も田町へ通ふ時、通らでも事は済めども言はば近道の土手々前どてでまへに、仮初かりそめの格子門かうしもん、のぞけば鞍馬くらまの石燈籠いしどうろに萩はぎの袖垣そでがきしをらしう見えて、椽先ゑんさきに巻きたる簾すだれのさまもなつかしう、中がらすの障子のうちには今様いまやうの按察あぜちの後室こうしつが珠数じゆずをつまぐつて、冠かぶつ切きりの若紫わかむらさきも立出たちいづるやと思はるる、その一ト搆かまへが大黒屋の寮なり。

昨日きのふも今日も時雨しぐれの空に、田町の姉より頼みの長胴着が出来たれば、暫時すこしも早う重ねさせたき親心、御苦労でも学校まへの一寸の間まに持つて行つてくれまいか、定めて花も待つてゐようほどに、と母親よりの言ひつけを、何も嫌やとは言ひ切られぬ温順おとなしさに、唯ただはいはいと小包みを抱へて、鼠小倉ねづみこくらの緒のすがりし朴木歯ほうのきばの下駄ひたひたと、信如は雨傘さしかざして出いでぬ。

お歯ぐろ溝どぶの角より曲りて、いつも行ゆくなる細道をたどれば、運わるう大黒やの前まで来し時、さつと吹く風大黒傘の上を抓つかみて、宙へ引あげるかと疑ふばかり烈はげしく吹けば、これは成らぬと力足を踏こたゆる途端、さのみに思はざりし前鼻緒のずるずると抜けて、傘よりもこれこそ一の大事に成りぬ。

信如こまりて舌打はすれども、今更何と法のなければ、大黒屋の門に傘を寄せかけ、降る雨を庇ひさしに厭いとふて鼻緒をつくろふに、常々仕馴しなれぬお坊さまの、これは如何いかな事、心ばかりは急あせれども、何としても甘うまくはすげる事の成らぬ口惜くやしさ、ぢれて、ぢれて、袂たもとの中から記事文の下書きして置いた大半紙を抓み出し、ずんずんと裂きて紙縷こよりをよるに、意地わるの嵐またもや落し来て、立かけし傘のころころと転ころがり出いづるを、いまいましい奴めと腹立たしげにいひて、取止めんと手を延ばすに、膝ひざへ乗せて置きし小包み意久地いくぢもなく落ちて、風呂敷は泥に、我わが着る物の袂までを汚しぬ。

見るに気の毒なるは雨の中の傘なし、途中に鼻緒を踏み切りたるばかりは無し、美登利は障子の中ながら硝子がらすごしに遠く眺めて、あれ誰れか鼻緒を切つた人がある、母かかさん切れを遣つても宜う御座んすかと尋ねて、針箱の引出しから友仙ちりめんの切れ端をつかみ出し、庭下駄はくも鈍もどかしきやうに、馳はせ出でて椽先の洋傘かうもりさすより早く、庭石の上を伝ふて急ぎ足に来たりぬ。

それと見るより美登利の顔は赤う成りて、どのやうの大事にでも逢あひしやうに、胸の動悸どうきの早くうつを、人の見るかと背後うしろの見られて、恐る恐る門の傍そばへ寄れば、信如もふつと振返りて、これも無言に脇わきを流るる冷汗、跣足はだしに成りて逃げ出したき思ひなり。

平常つねの美登利ならば信如が難義の体ていを指さして、あれあれあの意久地なしと笑ふて笑ふて笑ひ抜いて、言ひたいままの悪にくまれ口、よくもお祭りの夜よは正太さんに仇あだをするとて私たちが遊びの邪魔をさせ、罪も無い三ちやんを擲たたかせて、お前は高見で采配さいはいを振つてお出いでなされたの、さあ謝罪あやまりなさんすか、何とで御座んす、私の事を女郎女郎と長吉づらに言はせるのもお前の指図、女郎でも宜いいでは無いか、塵ちり一本お前さんが世話には成らぬ、私には父ととさんもあり母かかさんもあり、大黒屋の旦那も姉さんもある、お前のやうな腥なまぐさのお世話には能ようならぬほどに、余計な女郎呼よばはり置いて貰ひましよ、言ふ事があらば陰のくすくすならで此処ここでお言ひなされ、お相手には何時いつでも成つて見せまする、さあ何とで御座んす、と袂を捉とらへて捲まくしかくる勢ひ、さこそは当り難うもあるべきを、物いはず格子のかげに小隠れて、さりとて立去るでも無しに唯うぢうぢと胸とどろかすは平常つねの美登利のさまにては無かりき。

十三

此処は大黒屋のと思ふ時より信如は物の恐ろしく、左右を見ずして直ひたあゆみに為せしなれども、生憎あやにくの雨、あやにくの風、鼻緒をさへに踏切りて、詮せんなき門下もんしたに紙縷こよりを縷よる心地、憂うき事さまざまにどうも堪たへられぬ思ひの有しに、飛石の足音は背より冷水ひやみづをかけられるが如ごとく、顧みねどもその人と思ふに、わなわなと慄ふるへて顔の色も変るべく、後向きに成りて猶なほも鼻緒に心を尽すと見せながら、半なかばは夢中にこの下駄いつまで懸りても履ける様には成らんともせざりき。

庭なる美登利はさしのぞいて、ゑゑ不器用なあんな手つきしてどうなる物ぞ、紙縷は婆々縷ばばより、藁わらしべなんぞ前壺まへつぼに抱かせたとて長もちのする事では無い、それそれ羽織の裾すそが地について泥に成るは御存じ無いか、あれ傘が転がる、あれを畳んで立てかけて置けば好よいにと一々鈍もどかしう歯がゆくは思へども、此処に裂きれが御座んす、此裂これでおすげなされと呼かくる事もせず、これも立尽して降雨袖に侘わびしきを、厭いとひもあへず小隠れて覗うかがひしが、さりとも知らぬ母の親はるかに声を懸けて、火のしの火が熾おこりましたぞえ、この美登利さんは何を遊んでゐる、雨の降るに表へ出ての悪戯いたづらは成りませぬ、又この間のやうに風引かうぞと呼立てられるに、はい今行ゆきますと大きく言ひて、その声信如に聞えしを耻はづかしく、胸はわくわくと上気して、どうでも明けられぬ門の際きわにさりとも見過しがたき難義をさまざまの思案尽して、格子の間より手に持つ裂れを物いはず投げ出いだせば、見ぬやうに見て知らず顔を信如のつくるに、ゑゑ例いつもの通りの心根と遣やる瀬なき思ひを眼に集めて、少し涙の恨み顔、何を憎んでそのやうに無情つれなきそぶりは見せらるる、言ひたい事は此方こなたにあるを、余りな人とこみ上あぐるほど思ひに迫れど、母親の呼声しばしばなるを侘しく、詮方せんかたなさに一ト足二タ足ゑゑ何ぞいの未練くさい、思はく耻かしと身をかへして、かたかたと飛石を伝ひゆくに、信如は今ぞ淋しう見かへれば紅入べにいり友仙の雨にぬれて紅葉もみぢの形かたのうるはしきが我が足ちかく散ちりぼひたる、そぞろに床ゆかしき思ひは有れども、手に取あぐる事をもせず空むなしう眺めて憂き思ひあり。

我が不器用をあきらめて、羽織の紐ひもの長きをはづし、結ゆわひつけにくるくると見とむなき間に合せをして、これならばと踏試ふみこころむるに、歩きにくき事言ふばかりなく、この下駄で田町まで行く事かと今さら難義は思へども詮方なくて立上る信如、小包みを横に二タ足ばかりこの門をはなるるにも、友仙の紅葉目に残りて、捨てて過ぐるにしのび難く心残りして見返れば、信さんどうした鼻緒を切つたのか、その姿なりはどうだ、見ッとも無いなと不意に声を懸くる者のあり。

驚いて見かへるに暴れ者の長吉、いま廓内なかよりの帰りと覚しく、裕衣ゆかたを重ねし唐桟とうざんの着物に柿色の三尺を例いつもの通り腰の先にして、黒八の襟ゑりのかかつた新らしい半天、印の傘をさしかざし高足駄たかあしだの爪皮つまかわも今朝けさよりとはしるき漆の色、きわぎわしう見えて誇らし気なり。

僕は鼻緒を切つてしまつてどう為しようかと思つてゐる、本当に弱つてゐるのだ、と信如の意久地なき事を言へば、そうだらうお前に鼻緒の立たちッこは無い、好いや己おれの下駄を履はいて行ゆきねへ、この鼻緒は大丈夫だよといふに、それでもお前が困るだらう。何己れは馴れた物だ、かうやつてかうすると言ひながら急遽あわただしう七分三分に尻端折しりはしをりて、そんな結ゆわひつけなんぞよりこれが爽快さつぱりだと下駄を脱ぐに、お前跣足はだしに成るのかそれでは気の毒だと信如困り切るに、好いよ、己れは馴れた事だ信さんなんぞは足の裏が柔らかいから跣足で石ごろ道は歩けない、さあこれを履いてお出で、と揃そろへて出いだす親切さ、人には疫病神やくびようがみのやうに厭いとはれながらも毛虫眉毛まゆげを動かして優しき詞ことばのもれ出いづるぞをかしき。信さんの下駄は己れが提げて行かう、台処だいどこへ抛ほをり込んで置たら子細はあるまい、さあ履き替へてそれをお出しと世話をやき、鼻緒の切れしを片手に提げて、それなら信さん行てお出いで、後刻のちに学校で逢はうぜの約束、信如は田町の姉のもとへ、長吉は我家の方かたへと行別れるに思ひの止とどまる紅入べにいりの友仙は可憐いぢらしき姿を空しく格子門の外にと止とどめぬ。

十四

この年三の酉とりまで有りて中なか一日はつぶれしかど前後の上天気に大鳥神社の賑にぎわひすさまじく、此処ここをかこつけに検査場けんさばの門より乱れ入る若人わかうど達の勢ひとては、天柱くだけ地維ちいかくるかと思はるる笑ひ声のどよめき、中之町なかのてうの通りは俄にわかに方角の替りしやうに思はれて、角町すみてう京町きようまち処々ところところのはね橋より、さつさ押せ押せと猪牙ちよきがかつた言葉に人波を分くる群もあり、河岸かしの小店こみせの百囀ももさへづりより、優にうづ高き大籬おほまがきの楼上まで、絃歌の声のさまざまに沸き来るやうな面白さは大方の人おもひ出でて忘れぬ物に思おぼすも有るべし。正太はこの日日がけの集めを休ませ貰もらひて、三五郎が大頭おほがしらの店を見舞ふやら、団子屋の背高せいたかが愛想気あいそげのない汁粉やを音おとづれて、どうだ儲まうけがあるかえと言へば、正さんお前好い処へ来た、我おれが餡あんこの種なしに成つてもう今からは何を売らう、直様すぐさま煮かけては置いたけれど中途なかたびお客は断れない、どうしような、と相談を懸けられて、智恵無しの奴め大鍋おほなべの四辺ぐるりにそれッ位無駄がついてゐるでは無いか、それへ湯を廻して砂糖さへ甘くすれば十人前や二十人は浮いて来よう、何処でも皆なそうするのだお前の店とこばかりではない、何この騒ぎの中で好悪よしあしを言ふ物が有らうか、お売りお売りと言ひながら先に立つて砂糖の壺を引寄すれば、目ッかちの母親おどろいた顔をして、お前さんは本当に商人あきんどに出来てゐなさる、恐ろしい智恵者だと賞めるに、何だこんな事が智恵者な物か、今横町の潮吹きの処とこで餡が足りないッてこうやつたを見て来たので己れの発明では無い、と言ひ捨てて、お前は知らないか美登利さんの居る処を、己れは今朝から探してゐるけれど何処どこへ行ゆつたか筆やへも来ないと言ふ、廓内なかだらうかなと問へば、むむ美登利さんはな今の先己れの家の前を通つて揚屋町あげやまちの刎橋はねばしから這入はいつて行いつた、本当に正さん大変だぜ、今日はね、髪をかういふ風にこんな嶋田しまだに結つてと、変てこな手つきして、奇麗だねあの娘こはと鼻を拭ふきつつ言へば、大巻さんより猶なほ美いいや、だけれどあの子も華魁おいらんに成るのでは可憐かわいさうだと下を向ひて正太の答ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば、己れは来年から際物屋きわものやに成つてお金をこしらへるがね、それを持つて買ひに行くのだと頓馬とんまを現はすに、洒落しやらくさい事を言つてゐらあそうすればお前はきつと振られるよ。何故なぜ何故。何故でも振られる理由わけが有るのだもの、と顔を少し染めて笑ひながら、それじやあ己れも一廻りして来ようや、又後のちに来るよと捨て台辞ぜりふして門かどに出て、十六七の頃までは蝶てふよ花よと育てられ、と怪しきふるへ声にこの頃此処の流行はやりぶしを言つて、今では勤めが身にしみてと口の内にくり返し、例の雪駄せつたの音たかく浮きたつ人の中に交りて小さき身体からだは忽たちまちに隠れつ。

揉もまれて出いでし廓くるわの角、向ふより番頭新造ばんとうしんぞのお妻つまと連れ立ちて話しながら来るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く、初々ういういしき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、鼈甲べつかうのさし込、総ふさつきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色ごくざいしきのただ京人形を見るやうに思はれて、正太はあつとも言はず立止まりしまま例いつもの如くは抱きつきもせで打守るに、彼方こなたは正太さんかとて走り寄り、お妻どんお前買ひ物が有らばもう此処でお別れにしましよ、私はこの人と一処に帰ります、左様ならとて頭かしらを下げるに、あれ美いちやんの現金な、もうお送りは入りませぬとかえ、そんなら私は京町で買物しましよ、とちよこちよこ走りに長屋の細道へ駆け込むに、正太はじめて美登利の袖そでを引いて好く似合ふね、いつ結つたの今朝けさかへ昨日かへ何故はやく見せてはくれなかつた、と恨めしげに甘ゆれば、美登利打しほれて口重く、姉さんの部屋で今朝結つて貰つたの、私は厭いやでしようが無い、とさし俯向うつむきて往来ゆききを耻ぢぬ。

十五

憂うく耻かしく、つつましき事身にあれば人の褒めるは嘲あざけりと聞なされて、嶋田の髷まげのなつかしさに振かへり見る人たちをば我れを蔑さげすむ眼つきと察とられて、正太さん私わたしは自宅うちへ帰るよと言ふに、何故今日は遊ばないのだらう、お前何か小言を言はれたのか、大巻さんと喧嘩けんくわでもしたのでは無いか、と子供らしい事を問はれて答へは何と顔の赤むばかり、連れ立ちて団子屋の前を過ぎるに頓馬は店より声をかけてお中が宜よろしう御座いますと仰山な言葉を聞くより美登利は泣きたいやうな顔つきして、正太さん一処に来ては嫌やだよと、置きざりに一人足を早めぬ。

お酉さまへ諸共もろともにと言ひしを道引違ひきたがへて我が家やの方かたへと美登利の急ぐに、お前一処には来てくれないのか、何故其方そつちへ帰つてしまふ、余あんまりだぜと例の如く甘へてかかるを振切るやうに物言はず行ゆけば、何の故ゆゑとも知らねども正太は呆あきれて追ひすがり袖を止とどめては怪しがるに、美登利顔のみ打赤めて、何でも無い、と言ふ声理由わけあり。

寮の門をばくぐり入るに正太かねても遊びに来馴れてさのみ遠慮の家にもあらねば、跡より続いて椽先ゑんさきからそつと上るを、母親見るより、おお正太さん宜く来て下さつた、今朝から美登利の機嫌が悪くて皆なあぐねて困つてゐます、遊んでやつて下されと言ふに、正太は大人らしう惶かしこまりて加減が悪るいのですかと真面目に問ふを、いいゑ、と母親怪しき笑顔をして少し経てば愈なほりませう、いつでも極りの我まま様さん、さぞお友達とも喧嘩しませうな、真実ほんにやり切れぬ嬢さまではあるとて見かへるに、美登利はいつか小座敷に蒲団ふとん抱巻かいまき持出でて、帯と上着を脱ぎ捨てしばかり、うつ伏し臥ふして物をも言はず。

正太は恐る恐る枕まくらもとへ寄つて、美登利さんどうしたの病気なのか心持が悪いのか全体どうしたの、とさのみは摺寄すりよらず膝に手を置いて心ばかりを悩ますに、美登利は更に答へも無く押おさゆる袖にしのび音ねの涙、まだ結ひこめぬ前髪の毛の濡ぬれて見ゆるも子細わけありとはしるけれど、子供心に正太は何と慰めの言葉も出いでず唯ただひたすらに困り入るばかり、全体何がどうしたのだらう、己れはお前に怒られる事はしもしないに、何がそんなに腹が立つの、と覗のぞき込んで途方にくるれば、美登利は眼を拭ぬぐふて正太さん私は怒つてゐるのでは有りません。

それならどうしてと問はれれば憂き事さまざまこれはどうでも話しのほかの包ましさなれば、誰れに打明けいふ筋ならず、物言はずして自づと頬ほほの赤うなり、さして何とは言はれねども次第次第に心細き思ひ、すべて昨日の美登利の身に覚えなかりし思ひをまうけて物の耻かしさ言ふばかりなく、成事なることならば薄暗き部屋のうちに誰たれとて言葉をかけもせず我が顔ながむる者なしに一人気ままの朝夕を経へたや、さらばこの様やうの憂き事ありとも人目つつましからずはかくまで物は思ふまじ、何時までも何時までも人形と紙雛あねさまとをあひ手にして飯事ままことばかりしてゐたらばさぞかし嬉しき事ならんを、ゑゑ厭や厭や、大人に成るは厭やな事、何故なぜこのやうに年をば取る、もう七月ななつき十月とつき、一年も以前もとへ帰りたいにと老人としよりじみた考へをして、正太の此処にあるをも思はれず、物いひかければ悉ことごとく蹴けちらして、帰つておくれ正太さん、後生ごせうだから帰つておくれ、お前が居ると私は死んでしまふであらう、物を言はれると頭痛がする、口を利きくと目がまわる、誰れも誰れも私の処へ来ては厭やなれば、お前も何卒どうぞ帰つてと例に似合ぬ愛想あいそづかし、正太は何故なにとも得ぞ解きがたく、烟のうちにあるやうにてお前はどうしても変てこだよ、そんな事を言ふ筈はづは無いに、可怪をかしい人だね、とこれはいささか口惜くちをしき思ひに、落ついて言ひながら目には気弱の涙のうかぶを、何とてそれに心を置くべき帰つておくれ、帰つておくれ、何時まで此処に居てくれればもうお友達でも何でも無い、厭やな正太さんだと憎くらしげに言はれて、それならば帰るよ、お邪魔さまで御座いましたとて、風呂場に加減見る母親には挨拶あいさつもせず、ふいと立つて正太は庭先よりかけ出いだしぬ。

十六

真一文字に駆けて人中を抜けつ潜くぐりつ、筆屋の店へをどり込めば、三五郎は何時いつか店をば売しまふて、腹掛のかくしへ若干金なにがしかをぢやらつかせ、弟妹いもと引つれつつ好きな物をば何でも買への大兄様おほにいさん、大おほ愉快の最中もなかへ正太の飛込み来しなるに、やあ正さん今お前をば探してゐたのだ、己れは今日は大分の儲もうけがある、何か奢おごつて上やうかと言へば、馬鹿をいへ手前てめへに奢つて貰ふ己れでは無いわ、黙つてゐろ生意気は吐つくなと何時になく荒らい事を言つて、それどころでは無いとて鬱ふさぐに、何だ何だ喧嘩けんくわかと喰べかけの餡あんぱんを懐中ふところに捻ねぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か長吉か、何処で始まつた廓内なかか鳥居前か、お祭りの時とは違ふぜ、不意でさへ無くは負けはしない、己れが承知だ先棒は振らあ、正さん胆きもッ玉をしつかりして懸りねへ、と競ひかかるに、ゑゑ気の早い奴め、喧嘩では無い、とてさすがに言ひかねて口を噤つぐめば、でもお前が大層らしく飛込んだから己れは一途いちづに喧嘩かと思つた、だけれど正さん今夜はじまらなければもうこれから喧嘩の起りッこは無いね、長吉の野郎片腕がなくなる物と言ふに、何故どうして片腕がなくなるのだ。お前知らずか己れも唯今たッたいまうちの父とつさんが龍華寺の御新造ごしんぞと話してゐたを聞いたのだが、信さんはもう近々何処かの坊さん学校へ這入はいるのだとさ、衣ころもを着てしまへば手が出ねへや、空からつきりあんな袖のぺらぺらした、恐ろしい長い物を捲まくり上るのだからね、さうなれば来年から横町も表も残らずお前の手下だよと煽そやすに、廃よしてくれ二銭貰ふと長吉の組に成るだらう、お前みたやうのが百人中間なかまに有たとて少ちつとも嬉しい事は無い、着きたい方へ何方どこへでも着きねへ、己れは人は頼まない真ほんの腕ッこで一度龍華寺とやりたかつたに、他処よそへ行かれては仕方が無い、藤本は来年学校を卒業してから行くのだと聞いたが、どうしてそんなに早く成つたらう、為様しやうのない野郎だと舌打しながら、それは少しも心に止まらねども美登利が素振のくり返されて正太は例の歌も出ず、大路の徃来ゆききの夥おびただしきさへ心淋しければ賑やかなりとも思はれず、火ともし頃より筆やが店に転がりて、今日の酉とりの市目茶々々に此処も彼処かしこも怪しき事成りき。

美登利はかの日を始めにして生れかはりし様の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束からやくそくはてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも耻かし気に顔のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌かつぱつさは再び見るに難かたく成ける、人は怪しがりて病ひの故せいかと危ぶむも有れども母親一人ほほ笑みては、今にお侠きやんの本性は現れまする、これは中休みと子細わけありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順おとなしう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたと誹そしるもあり、表町は俄にはかに火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な夜なの弓張提燈ゆみはりでうちん、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そぞろ寒げに、折ふし供する三五郎の声のみ何時に変らず滑稽おどけては聞えぬ。

龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出たちいづる風説うわさをも美登利は絶えて聞かざりき、有し意地をばそのままに封じ込めて、此処しばらくの怪しの現象さまに我れを我れとも思はれず、唯何事も耻かしうのみ有けるに、或る霜の朝水仙の作り花を格子門かうしもんの外よりさし入れ置きし者の有けり、誰たれの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懐なつかしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに伝へ聞くその明けの日は信如が何がしの学林に袖の色かへぬべき当日なりしとぞ。

底本 / Source edition

底本:「にごりえ・たけくらべ」新潮文庫、新潮社
1949(昭和24)年6月30日発行
2003(平成15)年1月10日116刷改版
2008(平成20)年6月10日128刷
初出:「文学界」文学界雑誌社
1895(明治28)年1~3、8、11、12月、1896(明治29)年1月
※このファイルには、以下の青空文庫のテキストを、上記底本にそって修正し、組み入れました。
「たけくらべ」(入力:青空文庫、校正:米田進、小林繁雄)
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:酔いどれ狸
校正:岡村和彦
2014年10月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/056041_000064/

樋口 一葉「たけくらべ」(新字旧仮名)、底本『にごりえ・たけくらべ』新潮文庫、新潮社、1949年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 056041_000064, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite