Soranoha

たけくらべ

たけくらべ

樋口 一葉

(一)

廻まわれば大門おほもんの見返みかへり柳やなぎいと長ながけれど、お齒はぐろ溝どぶに燈火ともしびうつる三階がいの騷さわぎも手てに取とる如ごとく、明あけくれなしの車くるまの行來ゆきゝにはかり知しられぬ全盛ぜんせいをうらなひて、大音寺前だいおんじまへと名なは佛ほとけくさけれど、さりとは陽氣ようきの町まちと住すみたる人ひとの申まをしき、三島神社みしまじんじやの角かどをまがりてより是これぞと見みゆる大厦いゑもなく、かたぶく軒端のきばの十軒けん長屋ながや二十軒けん長屋ながや、商あきなひはかつふつ利きかぬ處ところとて半なかばさしたる雨戸あまどの外そとに、あやしき形なりに紙かみを切きりなして、胡粉ごふんぬりくり彩色さいしきのある田樂でんがくみるやう、裏うらにはりたる串くしのさまもをかし、一軒けんならず二軒けんならず、朝日あさひに干ほして夕日ゆふひに仕舞しまふ手當てあてこと〲しく、一家か内ないこれにかゝりて夫それは何なにぞと問とふに、知しらずや霜月しもつき酉とりの日ひ例れいの神社じんじやに欲深樣よくふかさまのかつぎ給たまふ是これぞ熊くま手での下くだごしらへといふ、正月しようぐわつ門松かどまつとりすつるよりかゝりて、一年ねんうち通とほしの夫それは誠まことの商賣人しようばいにん、片手かたてわざにも夏なつより手足てあしを色いろどりて、新年着はるぎの支度したくもこれをば當あてぞかし、南無なむや大鳥大明神おほとりだいめうじん、買かふ人ひとにさへ大福だいふくをあたへ給たまへば製造せいぞうもとの我等われら萬倍まんばいの利益りゑきをと人ひとごとに言いふめれど、さりとは思おもひのほかなるもの、此このあたりに大長者だいちやうじやのうわさも聞きかざりき、住すむ人ひとの多おほくは廓者くるはものにて良人おつとは小格子こがうしの何なにとやら、下足札げそくふだそろへてがらんがらんの音おともいそがしや夕暮ゆふぐれより羽織はおり引ひきかけて立出たちいづれば、うしろに切火きりび打うちかくる女房にようぼうの顏かほもこれが見納みおさめか十人にんぎりの側杖そばづえ無理情死むりしんぢうのしそこね、恨うらみはかゝる身みのはて危あやふく、すはと言いはゞ命いのちがけの勤つとめに遊山ゆさんらしく見みゆるもをかし、娘むすめは大籬おほまがきの下新造したしんぞとやら、七軒けんの何屋なにやが客廻きやくまわしとやら、提燈かんばんさげてちよこちよこ走ばしりの修業しゆげう、卒業そつげうして何なににかなる、とかくは檜舞臺ひのきぶたひと見みたつるもをかしからずや、垢あかぬけのせし三十あまりの年増としま、小こざつぱりとせし唐棧とうざんぞろひに紺足袋こんたびはきて、雪駄せつたちやら〱忙いそがしげに横抱よこだきの小包こづゝみはとはでもしるし、茶屋ちやゝが棧橋ざんばしとんと沙汰さたして、廻まわり遠どほや此處こゝからあげまする、誂あつらへ物ものの仕事しごとやさんと此このあたりには言いふぞかし、一體たいの風俗ふうぞくよそと變かはりて女子おなごの後帶うしろおびきちんとせし人ひと少すくなく、がらを好このみて巾廣はゞひろの卷帶まきおび、年増としまはまだよし、十五六の小癪こしやくなるが酸漿ほうづきふくんで此姿このなりはと目めをふさぐ人ひともあるべし、所ところがら是非ぜひもなや、昨日きのふ河岸店かしみせに何紫なにむらさきの源氏名げんじな耳みゝに殘のこれど、けふは地廻ぢまわりの吉きちと手馴てなれぬ燒鳥やきとりの夜店よみせを出だして、身代しんだいたゝき骨ほねになれば再ふたゝび古巣ふるすへの内儀姿かみさますがた、どこやら素人しろうとよりは見みよげに覺おぼえて、これに染そまらぬ子供こどももなし、秋あきは九月ぐわつ仁和賀にわかの頃ころの大路おほぢを見み給たまへ、さりとは宜よくも學まなびし露ろ八が物眞似ものまね、榮喜えいきが處作しよさ、孟子もうしの母はゝやおどろかん上達じようたつの速すみやかさ、うまいと褒ほめられて今宵こよひも一廻まわりと生意氣なまいきは七つ八つよりつのりて、やがては肩かたに置手おきてぬぐひ、鼻歌はなうたのそゝり節ぶし、十五の少年せうねんがませかた恐おそろし、學校がくかうの唱歌しようかにもぎつちよんちよんと拍子ひやうしを取とりて、運動會うんどうくわいに木きやり音頭おんどもなしかねまじき風情ふぜい、さらでも教育きやういくはむづかしきに教師きやうしの苦心くしんさこそと思おもはるゝ入谷いりやぢかくに育英舍いくえいしやとて、私立しりつなれども生徒せいとの數かずは千人にん近ちかく、狹せまき校舍かうしやに目白押めじろおしの窮屈きうくつさも教師きやうしが人望じんぼういよ〱あらはれて、唯たゞ學校がくこうと一ト口くちにて此このあたりには呑込のみこみのつくほど成なるがあり、通かよふ子供こどもの數々かず〱に或あるひは火消ひけし鳶人足とびにんそく、おとつさんは刎橋はねばしの番屋ばんやに居ゐるよと習ならはずして知しる其道そのみちのかしこさ、梯子はしごのりのまねびにアレ忍しのびがへしを折おりりましたと訴うつたへのつべこべ、三百びやくといふ代言だいげんの子こもあるべし、お前まへの父とゝさんは馬うまだねへと言いはれて、名なのりや愁つらき子心こゞころにも顏かほあからめるしほらしさ、出入でいりの貸座敷いゑの祕藏息子ひざうむすこ寮住居りようずまひに華族くわぞくさまを氣取きどりて、ふさ付つき帽子ぼうし面おももちゆたかに洋服ようふくかる〲と花々敷はな〲しきを、坊ぼつちやん坊ぼつちやんとて此子このこの追從ついしようするもをかし、多おほくの中なかに龍華寺りうげじの信如しんによとて、千筋すぢとなづる黒髮くろかみも今いまいく歳とせのさかりにか、やがては墨染すみぞめにかへぬべき袖そでの色いろ、發心はつしんは腹はらからか、坊ぼうは親おやゆづりの勉強べんきようものあり、性來せいらいをとなしきを友達ともだちいぶせく思おもひて、さま〲の惡戯いたづらをしかけ、猫ねこの死骸しがいを繩なわにくゝりてお役目やくめなれば引導いんだうをたのみますと投なげつけし事ことも有ありしが、それは昔むかし、今いまは校内かうない一の人ひととて假かりにも侮あなどりての處業しよげうはなかりき、歳としは十五、並背なみぜいにていが栗ぐりの頭髮つむりも思おもひなしか俗ぞくとは變かはりて、藤本信如ふぢもとのぶゆきと訓よみにてすませど、何處どこやら釋しやくといひたげの素振そぶりなり。

(二)

八月ぐわつ廿日はつかは千束神社せんぞくじんじやのまつりとて、山車屋臺だしやたいに町々まち〱の見得みえをはりて土手どてをのぼりて廓内なかまでも入込いりこまんづ勢いきほひ、若者わかものが氣組きぐみ思おもひやるべし、聞きゝかぢりに子供こどもとて由斷ゆだんのなりがたき此このあたりのなれば、そろひの浴衣ゆかたは言いはでものこと、銘々めい〱に申合まをしあわせて生意氣なまいきのありたけ、聞きかば膽きももつぶれぬべし、横町組よこてうぐみと自みづからゆるしたる亂暴らんぼうの子供大將こどもたいしやうに頭かしらの長ちやうとて歳としも十六、仁和賀にわかの金棒かなぼうに親父おやぢの代理だいりをつとめしより氣位きぐらいゑらく成なりて、帶おびは腰こしの先さきに、返事へんじは鼻はなの先さきにていふ物ものと定さだめ、にくらしき風俗ふうぞく、あれが頭かしらの子こでなくばと鳶人足とびにんそくが女房にようぼうの蔭口かげぐちに聞きこえぬ、心こゝろ一ぱいに我わがまゝを徹とほして身みに合あはぬ巾はゞをも廣ひろげしが、表町おもてまちに田中屋たなかやの正太郎しようたらうとて歳としは我われに三つ劣おとれど、家いへに金かねあり身みに愛嬌あいけうあれば人ひとも憎にくまぬ當たうの敵かたきあり、我われは私立しりつの學校がくかうへ通かよひしを、先方さきは公立こうりつなりとて同おなじ唱歌しようかも本家ほんけのやうな顏とほをしおる、去年こぞも一昨年おととしも先方さきには大人おとなの末社まつしやがつきて、まつりの趣向しゆこうも我われよりは花はなを咲さかせ、喧嘩けんくわに手出てだししのなりがたき仕組しくみも有ありき、今年ことし又またもや負まけけにならば、誰だれだと思おもふ横町よこてうの長吉ちようきちだぞと平常つねの力ちからだては空からいばりとけなされて、辧天べんてんぼりに水みづおよぎの折をりも我わが組くみに成なる人ひとは多おほかるまじ、力ちからを言いはゞ我わが方はうがつよけれど、田中屋たなかやが柔和おとなしぶりにごまかされて、一つは學問がくもんが出來できおるを恐おそれ、我わが横町組よこてうくみの太郎吉たらうきち、三五郎らうなど、内々ない〱は彼方あちらがたに成なりたるも口惜くちをし、まつりは明後日あさつて、いよ〱我わが方かたが負まけ色いろと見みえたらば、破やぶれかぶれに暴あばれて暴あばれて、正太郎しようたらうが面つらに疵きず一つ、我われも片眼かため片足かたあしなきものと思おもへば爲しやすし、加擔人かたうどは車屋くるまやの丑うしに元結もとゆひよりの文ぶん、手遊屋おもちやゝの彌助やすけなどあらば引ひけは取とるまじ、おゝ夫それよりは彼かの人ひとの事こと彼あの人ひとの事こと、藤本ふぢもとのならば宜よき智惠ちゑも貸かしてくれんと、十八日にちの暮くれれちかく、物ものいへば眼口めくちにうるさき蚊かを拂はらひて竹村たけむらしげき龍華寺りうげじの庭先にはさきから信如しんによが部屋へやへのそりのそりと、信のぶさん居ゐるかと顏かほを出だしぬ。

己おれの爲する事ことは亂暴らんぼうだと人ひとがいふ、亂暴らんぼうかも知しれないが口惜くやしい事ことは口惜くやしいや、なあ聞きいてくれ信のぶさん、去年きよねんも己おれが處ところの末弟すゑの奴やつと正太郎組しようたらうぐみの短小野郎ちびやらうと萬燈まんどうのたゝき合あひから始はじまつて、夫それといふと奴やつの中間なかまがばらばらと飛出とびだしやあがつて、どうだらう小ちいさな者ものの萬燈まんどうを打うちこわしちまつて、胴揚どうあげにしやがつて、見みやがれ横町よこてうのざまをと一人にんがいふと、間拔まぬけに背せのたかい大人おとなのやうな面つらをして居ゐる團子屋だんごやの頓馬とんまが、頭かしらもあるものか尻尾しつぽだ尻尾しつぽだ、豚ぶたの尻尾しつぽだなんて惡口あくこうを言いつたとさ、己おらあ其時そのとき千束樣ぞくさまへねり込こんで居ゐたもんだから、あとで聞きいた時ときに直樣すぐさま仕しかへしに行ゆかうと言いつたら、親父とつさんに頭あたまから小言こゞとを喰くつて其時そのときも泣寢入なきねいり、一昨年おととしはそらね、お前まへも知しつてる通とほり筆屋ふでやの店みせへ表町おもてまちの若衆わかいしゆが寄合よりあつて茶番ちやばんか何なにかやつたらう、あの時とき己おいらが見みに行いつたら、横町よこてうは横町よこてうの趣向しゆかうがありませうなんて、おつな事ことを言いひやがつて、正太しようたばかり客きやくにしたのも胸むねにあるわな、いくら金かねが有あるとつて質屋しちやのくづれの高利貸かうりかしが何なんたら樣さまだ、彼あんな奴やつを生いかして置おくより擲たゝきころす方はうが世間せけんのためだ、己おいらあ今度こんどのまつりには如何どうしても亂暴らんぼうに仕掛しかけて取とりかへしを付つけようと思おもふよ、だから信のぶさん友達ともだちがひに、夫それはお前まへが嫌いやだといふのも知しれてるけれども何卒どうぞ我おれの肩かたを持もつて、横町組よこてうぐみの耻はじすゝぐのだから、ね、おい、本家本元ほんけほんもとの唱歌しようかだなんて威張ゐばりおる正太郎しようたらうを取とつちめて呉くれないか、我おれが私立しりつの寢ねぼけ生徒せいとといはれゝばお前まへの事ことも同然どうぜんだから、後生ごせうだ、どうぞ、助たすけると思おもつて大萬燈おほまんどうを振廻ふりまわしておくれ、己おれは心しんから底そこから口惜くやしくつて、今度こんど負まけたら長吉ちようきちの立端たちばは無ないと無茶むちやにくやしがつて大幅おほはゞの肩かたをゆすりぬ。だつて僕ぼくは弱よわいもの。弱よわくても宜いいよ。万燈まんどうは振廻ふりまわせないよ。振廻ふりまわさなくても宜いいよ。僕ぼくが這入はいると負まけるが宜いいかへ。負まけても宜いいのさ、夫それは仕方しかたが無ないと諦あきめるから、お前まへは何なにも爲しないで宜いいから唯たゞ横町よこてうの組くみだといふ名なで、威張ゐばつてさへ呉くれると豪氣がうぎに人氣じんきがつくからね、己おれは此樣こんな無學漢わからづやだのにお前まへは學ものが出來できるからね、向むかふの奴やつが漢語かんごか何なにかで冷語ひやかしでも言いつたら、此方こつちも漢語かんごで仕しかへしておくれ、あゝ好いい心持こゝろもちださつぱりしたお前まへが承知しようちをしてくれゝば最もう千人力にんりきだ、信のぶさん有ありがたうと常つねに無ない優やさしき言葉ことばも出いでるものなり。

一人にんは三尺じやく帶おびに突つツかけ草履ぞうりの仕事師しごとしの息子むすこ、一人にんはかわ色いろ金巾かなきんの羽織はをりに紫むらさきの兵子帶へこおびといふ坊樣仕立ぼうさましたて、思おもふ事ことはうらはらに、話はなしは常つねに喰くひ違ちがひがちなれど、長吉ちようきちは我わが門前もんぜんに産聲うぶごゑを揚あげしものと大和尚夫婦だいおしようふうふが贔屓ひゐきもあり、同おなじ學校がくかうへかよへば私立しりつ私立しりつとけなされるも心こゝろわるきに、元來ぐわんらい愛敬あいけうのなき長吉ちようきちなれば心こゝろから味方みかたにつく者ものもなき憐あはれさ、先方さきは町内てうないの若衆わかいしゆどもまで尻押しりおしをして、ひがみでは無なし長吉ちようきちが負まけを取とる事こと罪つみは田中屋たなかやがたに少すくなからず、見みかけて頼たのまれし義理ぎりとしても嫌いやとは言いひかねて信如しんによ、夫それではお前まへの組くみに成なるさ、成なるといつたら嘘うそは無ないが、成なるべく喧嘩けんくわは爲せぬ方はうが勝かちだよ、いよ〱先方さきが賣うりに出でたら仕方しかたが無ない、何なにいざと言いへば田中たなかの正太郎位しようたらうぐらゐ小指こゆびの先さきさと、我わが力ちからの無ないは忘わすれて、信如しんによは机つくえの引出ひきだしから京都きやうとみやげに貰もらひたる、小鍛冶こかぢの小刀こがたなを取出とりだして見みすれば、よく利きれそうだねへと覗のぞき込こむ長吉ちようきちが顏かほ、あぶなし此物これを振廻ふりまわしてなる事ことか。

(三)

解とかば足あしにもとゞくべき毛髮かみを、根ねあがりに堅かたくつめて前髮まへがみ大おほきく髷まげおもたげの、赭熊しやぐまといふ名なは恐おそろしけれど、此髷これを此頃このごろの流行はやりとて良家よきしゆの令孃むすめごも遊あそばさるゝぞかし、色白いろしろに鼻筋はなすぢとほりて、口くちもとは小ちいさからねど締しまりたれば醜みにくからず、一つ一つに取とりたてゝは美人びじんの鑑かゞみに遠とほけれど、物ものいふ聲こゑの細ほそく清すゞしき、人ひとを見みる目めの愛嬌あいけうあふれて、身みのこなしの活々いき〱したるは快こゝろよき物ものなり、柿色かきいろに蝶鳥てうどりを染そめたる大形おほがたの浴衣ゆかたきて、黒襦子くろじゆすと染分絞そめわけしぼりの晝夜帶ちうやおび胸むねだかに、足あしにはぬり木履ぼくりこゝらあたりにも多おほくは見みかけぬ高たかきをはきて、朝湯あさゆの歸かへりに首筋くびすぢ白々しろ〲と手拭てぬぐひさげたる立姿たちすがたを、今いま三年ねんの後のちに見みたしと廓くるわがへりの若者わかものは申まをしき、大黒屋だいこくやの美登利みどりとて生國せいこくは紀州きしう、言葉ことばのいさゝか訛なまれるも可愛かわゆく、第だい一は切きれ離はなれよき氣象きしやうを喜よろこばぬ人ひとなし、子供こどもに似合にあはぬ銀貨ぎんくわ入いれの重おもきも道理だうり、姉あねなる人ひとが全盛ぜんせいの餘波なごり、延ひいては遣手新造やりてしんぞが姉あねへの世辭せじにも、美みいちやん人形にんげうをお買かひなされ、これはほんの手鞠代てまりだいと、呉くれるに恩おんを着きせねば貰もらふ身みの有ありがたくも覺おぼえず、まくはまくは、同級どうきうの女生徒ぢよせいと二十人にんに揃そろひのごむ鞠まりを與あたへしはおろかの事こと、馴染なじみの筆ふでやに店たなざらしの手遊てあそびを買かひしめて、喜よろこばせし事こともあり、さりとは日々にち〱夜々や〱の散財さんざい此歳このとしこの身分みぶんにて叶かなふべきにあらず、末すゑは何なにとなる身みぞ、兩親れうしんありながら大目おほめに見みてあらき詞ことばをかけたる事ことも無なく、樓ろうの主あるじが大切たいせつがる樣子さまも怪あやしきに、聞きけば養女やうぢよにもあらず親戚しんせきにてはもとより無なく、姉あねなる人ひとが身賣みうりの當時たうじ、鑑定めきゝに來きたりし樓ろうの主あるじが誘さそひにまかせ、此地このちに活計たつきもとむとて親子おやこ三人みたりが旅衣たびごろも、たち出いでしは此譯このわけ、それより奧おくは何なになれや、今いまは寮りようのあづかりをして母はゝは遊女ゆうぢよの仕立物したてもの、父ちゝは小格子こがうしの書記しよきに成なりぬ、此身このみは遊藝ゆうげい手藝學校しゆげいがくかうにも通かよはせられて、其そのほうは心こゝろのまゝ、半日はんにちは姉あねの部屋へや、半日はんにちは町まちに遊あそんで見み聞きくは三味さみに太皷たいこにあけ紫むらさきのなり形かたち、はじめ藤色絞ふぢいろしぼりの半襟はんゑりを袷あはせにかけて着きて歩あるきしに、田舍物いなかものいなか者ものと町内てうないの娘むすめどもに笑わらはれしを口惜くやしがりて、三日か三夜よ泣なきつゞけし事ことも有ありしが、今いまは我われより人々ひと〲を嘲あざけりて、野暮やぼな姿すがたと打うちつけの惡にくまれ口ぐちを、言いひ返かへすものも無なく成なりぬ。二十日はお祭まつりなれば心こゝろ一ぱい面白おもしろい事ことをしてと友達ともだちのせがむに、趣向しゆこうは何なになりと各自めい〱に工夫くふうして大勢おほぜいの好いい事ことが好いいでは無ないか、幾金いくらでもいゝ私わたしが出だすからとて例れいの通とほり勘定かんでうなしの引受ひきうけに、子供中間こどもなかまの女王樣又によわうさまゝたとあるまじき惠めぐみは大人おとなよりも利ききが早はやく、茶番ちやばんにしよう、何處どこのか店みせを借かりて往來わうらいから見みえるやうにしてと一人ひとりが言いへば、馬鹿ばかを言いへ、夫それよりはお神輿みこしをこしらへてお呉くれな、蒲田屋かばたやの奧おくに飾かざつてあるやうな本當ほんたうのを、重おもくても搆かまいはしない、やつちよいやつちよい譯わけなしだと捻ねぢ鉢卷はちまきする男子をとこのそばから、夫それでは私わたしたちが詰つまらない、皆みんなが騷さわぐを見みるばかりでは美登利みどりさんだとて面白おもしろくはあるまい、何なんでもお前まへの好いい物ものにおしよと、女おんなの一むれは祭まつりを拔ぬきに常盤座ときはざをと、言いいたげの口振くちぶりをかし、田中たなかの正太しようたは可愛かわいらしい眼めをぐるぐると動うごかして、幻燈げんとうにしないか、幻燈げんとうに、己おれの處ところにも少すこしは有あるし、足たりりないのを美登利みどりさんに買かつて貰もらつて、筆ふでやの店みせで行やらうでは無ないか、己おれが映うつし人てで横町よこちやうの三五郎ろうに口上こうじようを言いはせよう、美登利みどりさん夫それにしないかと言いへば、あゝ夫それは面白おもしろからう、三ちやんの口上こうじようならば誰だれも笑わらはずには居ゐられまい、序ついでにあの顏かほがうつると猶なほおもしろいと相談さうだんはとゝのひて、不足ふそくの品しなを正太しようたが買物役かいものやく、汗あせに成なりて飛とび廻まわるもをかしく、いよ〱明日あすと成なりては横町よこちやうまでも其沙汰そのさた聞きこえぬ。

(四)

打うつや皷つゝみのしらべ、三味さみの音色ねいろに事ことかゝぬ塲處ばしよも、祭まつりは別物べつもの、酉とりの市いちを除のけては一年ねん一度どの賑にぎはひぞかし、三島みしまさま小野照をのてるさま、お隣社となりづから負まけまじの競きそひ心こゝろをかしく、横町よこてうも表おもても揃そろひは同おなじ眞岡木綿まおかもめんに町名ちやうめうくづしを、去歳こぞよりは好よからぬ形かたをつぶやくも有ありし、口くちなし染そめの麻あさだすき成なるほど太ふときを好このみて、十四五より以下いかなるは、達磨だるま、木兎みゝづく、犬いぬはり子こ、さま〲の手遊てあそびを數多かずおほきほど見得みゑにして、七つ九つ十一つくるもあり、大鈴おほすゞ小鈴こすゞ背中せなかにがらつかせて、驅かけ出だす足袋たびはだしの勇いさましく可笑をかし、群むれれを離はなれて田中たなかの正太しようたが赤筋入あかすぢいりの印半天しるしばんてん、色白いろじろの首筋くびすぢに紺こんの腹はらがけ、さりとは見みなれぬ扮粧いでだちとおもふに、しごいて締しめし帶おびの水淺黄みづあさぎも、見みよや縮緬ちりめんの上染じやうぞめ、襟えりの印しるしのあがりも際立きわだちて、うしろ鉢卷はちまきに山車だしの花はな一枝し、革緒かわをの雪駄せつたおとのみはすれど、馬鹿ばかばやしの中間なかまには入いらざりき、夜宮よみやは事ことなく過すぎて今日けふ一日にちの日ひも夕ゆふぐれ、筆ふでやが店みせに寄合よりあひしは十二人にん、一人にんかけたる美登利みどりが夕化粧ゆふげしやうの長ながさに、未まだか未まだかと正太しようたは門かどへ出でつ入いりつして、呼よんで來こい三五郎らう、お前まへはまだ大黒屋だいこくやの寮りようへ行いつた事ことがあるまい、庭先にはさきから美登利みどりさんと言いへば聞きこえる筈はづ、早はやく、早はやくと言いふに、夫それならば己おれが呼よんで來くる、萬燈まんどうは此處こゝへあづけて行ゆけば誰だれも蝋燭ろうそくぬすむまい、正太しようたさん番ばんをたのむとあるに、吝嗇けちな奴やつめ、其手間そのてまで早はやく行ゆけと我わが年とししたに叱しかられて、おつと來きたさの次郎左衞門じろざゑもん、今いまの間まとかけ出だして韋駄天いだてんとはこれをや、あれ彼あの飛とびやうが可笑をかしいとて見送みおくりし女子おなごどもの笑わらふも無理むりならず、横よこぶとりして背せひくゝ、頭つむりの形なりは才槌さいづちとて首くびみぢかく、振ふりむけての面おもてを見みれば出額でびたいの獅子鼻しゝばな、反齒そつぱの三五郎らうといふ仇名あだなおもふべし、色いろは論ろんなく黒くろきに感心かんしんなは目めつき何處どこまでもおどけて兩れうの頬ほうに笑ゑくぼの愛敬あいけう、目めかくしの福笑ふくわらひに見みるやうな眉まゆのつき方かたも、さりとはをかしく罪つみの無なき子こなり、貧ひんなれや阿波あわちゞみの筒袖つゝそで、己おれは揃そろひが間まに合あはなんだと知しらぬ友ともには言いふぞかし、我われを頭かしらに六人にんの子供こどもを、養やしふ親おやも轅棒かぢぼうにすがる身みなり、五十軒けんによき得意塲とくいばは持もちたりとも、内證ないしようの車くるまは商賣しようばいものゝ外ほかなれば詮せんなく、十三になれば片腕かたうでと一昨年おとゝしより並木なみきの活版所かつぱんじよへも通かよひしが、怠惰なまけものなれば十日とうかの辛棒しんぼうつゞかず、一ト月つきと同おなじ職しよくも無なくて霜月しもつきより春はるへかけては突羽根つくばねの内職ないしよく、夏なつは檢査塲けんさばの氷屋こほりやが手傳てつだひして、呼聲よびごゑをかしく客きやくを引ひくに上手じやうずなれば、人ひとには調法てうはうがられぬ、去年こぞは仁和賀にわかの[#「仁和賀」は底本では「仁賀和」]臺引だいひきに出いでしより、友達ともだちいやしがりて萬年町まんねんちやうの呼名よびな今いまに殘のこれども、三五郎らうといへば滑稽者おどけものと承知しやうちして憎にくむ者ものの無なききも一徳とくなりし、田中屋たなかやは我わが命いのちの綱つな、親子おやこが蒙かうむる御恩ごおんすくなからず、日歩ひぶとかや言いひて利金りきん安やすからぬ借かりなれど、これなくてはの金主樣きんしゆさまあだには思おもふべしや、三公こう己おれが町まちへ遊あそびに來こいと呼よばれて嫌いやとは言いはれぬ義理ぎりあり、されども我われは横町よこてうに生うまれて横町よこてうに育そだちたる身み、住すむ地處ぢしよに龍華寺りうげじのもの、家主いゑぬしが長吉ちようきちが親おやなれば、表おもてむき彼方かなたに背そむく事ことかなはず、内々ない〱に此方こちの用ようをたして、にらまるゝ時ときの役廻やくまわりつらし。正太しようたは筆ふでやの店みせへ腰こしをかけて、待まつ間まのつれ〲に忍しのぶ戀路こひぢを小聲こゞゑにうたへば、あれ由斷ゆだんがならぬと内儀かみさまに笑わらはれて、何なにがなしに耳みゝの根ねあかく、まぢくないの高聲たかごゑに皆みんなも來こいと呼よびつれて表おもてへ驅かけ出だす出合頭であいがしら、正太しようたは夕飯ゆふめしなぜ喰たべぬ、遊あそびに耄ほうけて先刻さつきにから呼よぶをも知しらぬか、誰樣どなたも又またのちほど遊あそばせて下くだされ、これは御世話おせわと筆ふでやの妻つまにも挨拶あいさつして、祖母ばゝが自みづからの迎むかひに正太しようたいやが言いはれず、其そのまゝ連つれて歸かへらるゝあとは俄にはかに淋さびしく、人數にんずは左さのみ變かはらねど彼あの子こが見みえねば大人おとなまでも寂さびしい、馬鹿ばかさわぎもせねば串談じやうだんも三ちやんの樣やうでは無なけれど、人好ひとずきのするは金持かねもちの息子むすこさんに珍めづらしい愛敬あいけう、何なんと御覽ごらんじたか田中屋たなかやの後家ごけさまがいやらしさを、あれで年としは六十四、白粉おしろいをつけぬがめつけ物ものなれど丸髷まるまげの大おほきさ、猫ねこなで聲ごゑして人ひとの死しぬをも搆かまはず、大方おほかた臨終おしまいは金かねと情死しんじうなさるやら、夫それでも此方こちどもの頭つむりの上あがらぬは彼あの物ものの御威光ごいくわう、さりとは欲ほしや、廓内なかの大おほきい樓うちにも大分だいぶの貸付かしつけがあるらしう聞ききましたと、大路おほぢに立たちて二三人にんの女房にようぼうよその財産たからを數かぞへぬ。

(五)

待まつ身みにつらき夜半よはの置炬燵おきごたつ、それは戀こひぞかし、吹風ふくかぜすゞしき夏なつの夕ゆふぐれ、ひるの暑あつさを風呂ふろに流ながして、身みじまいの姿見すがたみ、母親はゝおやが手てづからそゝけ髮がみつくろひて、我わが子こながら美うつくしきを立たちて見み、居ゐて見み、首筋くびすぢが薄うすかつたと猶なほぞいひける、單衣ひとへは水色友仙みづいろゆうぜんの凉すゞしげに、白茶金しらちやきんらんの丸帶まるおび少すこし幅はゞの狹せまいを結むすばせて、庭石にはいしに下駄げだ直なほすまで時ときは移うつりぬ。まだかまだかと塀へいの廻まわりを七度たび廻まわり、欠伸あくびの數かずも盡つきて、拂はらふとすれど名物めいぶつの蚊かに首筋くびすぢ額ひたいぎわしたゝか螫さゝれ、三五郎らう弱よわりきる時とき、美登利みどり立出たちいでゝいざと言いふに、此方こなたは言葉ことばもなく袖そでを捉とらへて驅かけ出だせば、息いきがはづむ、胸むねが痛いたい、そんなに急いそぐならば此方こちは知しらぬ、お前まへ一人ひとりでお出いでと怒おこられて、別わかれ別わかれの到着とうちやく、筆ふでやの店みせへ來きし時ときは正太しようたが夕飯ゆふめしの最中もなかとおぼえし。あゝ面白おもしろくない、おもしろくない、彼あの人ひとが來こなければ幻燈げんとうをはじめるのも嫌いや、伯母おばさん此處こゝの家うちに智惠ちゑの板いたは賣うりませぬか、十六武藏むさしでも何なんでもよい、手てが暇ひまで困こまると美登利みどりの淋さびしがれば、夫それよと即坐そくざに鋏はさみを借かりて女子おなごづれは切拔きりぬきにかゝる、男をとこは三五郎らうを中なかに仁和賀にわかのさらひ、北廓ほくくわく全盛ぜんせい見みわたせば、軒のきは提燈ちようちん電氣燈でんきとう、いつも賑にぎはふ五丁てう町まち、と諸聲もろごゑをかしくはやし立たつるに、記憶おぼえのよければ去年こぞ一昨年おととしとさかのぼりて、手振てぶり手拍子てびやうしひとつも變かはる事ことなし、うかれ立たちたる十人にんあまりの騷さわぎなれば何事なにごとと門かどに立たちちて人垣ひとがきをつくりし中なかより。三五郎らうは居ゐるか、一寸ちよつと來きてくれ大急おほいそぎだと、文次ぶんじといふ元結もとゆひよりの呼よぶに、何なんの用意よういもなくおいしよ、よし來きたと身みがるに敷居しきゐを飛とびこゆる時とき、此この二タ股また野郎やらう覺悟かくごをしろ、横町よこてうの面つらよごしめ唯たゞは置おかぬ、誰だれだと思おもふ長吉ちようきちだ生なまふざけた眞似まねをして後悔こうくわいするなと頬骨ほうぼね一撃うち、あつと魂消たまげて逃入にげいる襟ゑりがみを、つかんで引出ひきだす横町よこてうの一むれ、それ三五郎らうをたゝき殺ころせ、正太しようたを引出ひきだしてやつて仕舞しまへ、弱虫よはむしにげるな、團子屋だんごやの頓馬とんまも唯たゞは置おかぬと潮うしほのやうに沸わきかへる騷さわぎ、筆屋ふでやが軒のきの掛提燈かけぢようちんは苦くもなくたゝき落おとされて、釣つりらんぷ危あぶなし店先みせさきの喧嘩けんくわなりませぬと女房にようぼうが喚わめきも聞きかばこそ、人數にんずは大凡おほよそ十四五人にん、ねぢ鉢卷はちまきに大萬燈おほまんどうふりたてゝ、當あたるがまゝの亂暴狼藉らんぼうらうぜき、土足どそくに踏込ふみこむ傍若無人ぼうじやくぶじん、目めざす敵かたきの正太しようたが見みえねば、何處どこへ隱かくした、何處どこへ逃にげた、さあ言いはぬか、言いはぬか、言いはさずに置おくく物ものかと三五郎らうを取とりこめて撃うつやら蹴けるやら、美登利みどりくやしく止とめる人ひとを掻かきのけて、これお前まへがたは三ちやんに何なんの咎とががある、正太しようたさんと喧嘩けんくわがしたくば正太しようたさんとしたが宜よい、逃にげもせねば隱かくしもしない、正太しようたさんは居ゐぬでは無ないか、此處こゝは私わたしが遊あそび處どころ、お前まへがたに指ゆびでもさゝしはせぬ、ゑゝ憎にくらしい長吉ちようきちめ、三ちやんを何故なぜぶつ、あれ又また引ひきたほした、意趣いしゆがあらば私わたしをお撃ぶち、相手あいてには私わたしがなる、伯母おばさん止とめずに下くだされと身みもだへして罵のゝしれば、何なにを女郎じよらうめ頬桁ほうげたたゝく、姉あねの跡あとつぎの乞食こじきめ、手前てめへの相手あいてにはこれが相應さうおうだと多人數おほくのうしろより長吉ちようきち、泥草鞋どろざうりつかんで投なげつければ、ねらひ違たがはず美登利みどりが額際ひたいぎはにむさき物ものしたゝか、血相けつさうかへて立たちあがるを、怪我けがでもしてはと抱だきとむる女房にようぼう、ざまを見みろ、此方こつちには龍華寺りうげじの藤本ふぢもとがついて居ゐるぞ、仕しかへしには何時いつでも來こい、薄馬鹿野郎うすばかやらうめ、弱虫よはむしめ、腰こしぬけの活地いくぢなしめ、歸かへりには待伏まちぶせする、横町よこてうの闇やみに氣きをつけろと三五郎らうを土間どまに投出なげだせば、折をりから靴音くつおとたれやらが交番かうばんへの注進ちうしん今いまぞしる、それと長吉ちようきち聲こゑをかくれば丑松うしまつ文次ぶんじその余よの十餘人よにん、方角はうがくをかへてばら〱と逃足にげあしはやく、㧞ぬけ裏うらの露路ろぢにかゞむも有あるべし、口惜くやしいくやしい口惜くやしい口惜くやしい、長吉ちようきちめ文次ぶんじめ丑松うしまつめ、なぜ己おれを殺ころさぬ、殺ころさぬか、己おれも三五郎らうだ唯たゞ死しぬものか、幽靈ゆうれいになつても取殺とりころすぞ、覺おぼえて居ゐろ長吉ちようきちめと湯玉ゆだまのやうな涙なみだをはら〱、はては大聲おほごゑにわつと泣なき出いだす、身内みうちや痛いたからん筒袖つゝそでの處々ところ〲引ひきさかれて背中せなかも腰こしも砂すなまぶれ、止とめるにも止とめかねて勢いきほひの悽すさまじさに唯たゞおど〱と氣きを呑のまれし、筆ふでやの女房にようぼう走はしり寄よりて抱だきおこし、背中せなかをなで砂すなを拂はらひ、堪忍かんにんをし、堪忍かんにんをし、何なんと思おもつても先方さきは大勢おほぜい、此方こつちは皆みなよわい者ものばかり、大人おとなでさへ手てが出だしかねたに叶かなはぬは知しれて居ゐる、夫それでも怪我けがのないは仕合しあはせ、此上このうへは途中とちうの待まちぶせが危あぶない、幸さいはひの巡査おまわりさまに家うちまで見みて頂いたゞかば我々われ〱も安心あんしん、此通このとほりの子細しさいで御座ござります故ゆゑと筋すぢをあら〱折をりからの巡査じゆんさに語かたれば、職掌しよくしようがらいざ送おくらんと手てを取とらるゝに、いゑ〱送おくつて下くださらずとも歸かへります、一人ひとりで歸かへりますと小ちいさく成なるに、こりや怕こわい事ことは無ない、其方そちらの家うちまで送おくる分ぶんの事こと、心配しんぱいするなと微笑びしようを含ふくんで頭つむりを撫なでらるゝに彌々いよ〱ちゞみて、喧嘩けんくわをしたと言いふと親父とつさんに叱しかられます、頭かしらの家うちは大屋おほやさんで御座ござりますからとて凋しほれるをすかして、さらば門口かどぐちまで送おくつて遣やる、叱しからるゝやうの事ことは爲せぬわとて連つれらるゝに四隣あたりの人ひと胸むねを撫なでゝはるかに見送みおくれば、何なにとかしけん横町よこてうの角かどにて巡査じゆんさの手てをば振ふりはなして一目散もくさんに逃にげぬ。

(六)

めづらしい事こと、此炎天このえんてんに雪ゆきが降ふりはせぬか、美登利みどりが學校がくかうを嫌いやがるはよく〱の不機嫌ふきげん、朝飯あさはんがすゝまずば後刻のちかたに鮨やすけでも誂あつらへようか、風邪かぜにしては熱ねつも無なければ大方おほかたきのふの疲つかれと見みえる、太郎樣たらうさまへの朝參あさまゐりは母かゝさんが代理だいりしてやれば御免ごめんこふむれとありしに、いゑ〱姉ねえさんの繁昌はんじようするやうにと私わたしが願ぐわんをかけたのなれば、參まゐらねば氣きが濟すまぬ、お賽錢さいせん下くだされ行いつて來きますと家いへを驅かけ出だして、中田圃なかたんぼの稻荷いなりに鰐口わにぐちならして手てを合あはせ、願ねがひは何なにぞ行ゆきも歸かへりも首くびうなだれて畔道あぜみちづたひ歸かへり來くる美登利みどりが姿すがた、それと見みて遠とほくより聲こゑをかけ、正太しようたはかけ寄よりて袂たもとを押おさへ、美登利みどりさん昨夕ゆふべは御免ごめんよと突然だしぬけにあやまれば、何なにもお前まへに謝罪わびられる事ことは無ない。夫それでも己おれが憎にくまれて、己おれが喧嘩けんくわの相手あいてだもの、お祖母ばあさんが呼よびにさへ來こなければ歸かへりはしない、そんなに無暗むやみに三五郎らうをも撃ぶたしはしなかつた物ものを、今朝けさ三五郎らうの處ところへ見みに行いつたら、彼奴あいつも泣ないて口惜くやしがつた、己おれは聞きいてさへ口惜くやしい、お前まへの顏かほへ長吉ちようきちめ草履ざうりを投なげたと言いふでは無ないか、彼あの野郎やらう亂暴らんぼうにもほどがある、だけれど美登利みどりさん堪忍かんにんしてお呉くれよ、己おれは知しりながら逃にげて居ゐたのでは無ない、飯めしを掻込かつこんで表おもてへ出でやうとするとお祖母ばあさんがお湯ゆに行ゆくといふ、留守居るすゐをして居ゐるうちの騷さわぎだらう、本當ほんたうに知しらなかつたのだからねと、我わが罪つみのやうに平ひらあやまりに謝罪あやまつて、痛いたみはせぬかと額際ひたいぎわを見みあげれば、美登利みどりにつこり笑わらひて何なに負傷けがをするほどでは無ない、夫それだが正しようさん誰だれが聞きいても私わたしが長吉ちようきちに草履ざうりを投なげられたと言いつてはいけないよ、もし萬一ひよつとお母つかさんが聞ききでもすると私わたしが叱しかられるから、親おやでさへ頭つむりに手てはあげぬものを、長吉ちようきちづれが草履ざうりの泥どろを額ひたいにぬられては踏ふまれたも同おなじだからとて、背そむける顏かほのいとをしく、本當ほんとに堪忍かんにんしておくれ、みんな己おれが惡わるい、だから謝あやまる、機嫌きげんを直なほして呉くれないか、お前まへに怒おこられると己おれが困こまるものをと話はなしつれて、いつしか我家わがやの裏近うらちかく來くれば、寄よらないか美登利みどりさん、誰だれも居ゐはしない、祖母おばあさんも日ひがけを集あつめに出でたらうし、己おればかりで淋さびしくてならない、いつか話はなした錦繪にしきゑを見みせるからお寄よりな、種々いろ〱のがあるからと袖そでを捉とらへて離はなれぬに、美登利みどりは無言むごんにうなづいて、佗わびた折戸をりどの庭口にはぐちより入いれば、廣ひろからねども、鉢はちものをかしく並ならびて、軒のきにつり忍艸しのぶ、これは正太しようたが午うまの日ひの買物かひものと見みえぬ、理由わけしらぬ人ひとは小首こくびやかたぶけん。町内てうない一の財産家ものもちといふに、家内かないは祖母ばゞと此子これこ二人ふたり、萬よろづの鍵かぎに下腹したはら冷ひえて留守るすは見渡みわたしの總長屋そうながや、流石さすがに錠前でうまへくだくもあらざりき、正太しようたは先さきへあがりて風入かぜいりのよき塲處ところを見みたてゝ、此處こゝへ來こぬかと團扇うちわの氣きあつかひ、十三の子供こどもにはませ過すぎてをかし。古ふるくより持もちつたへし錦繪にしきゑかず〱取出とりいだし、褒ほめらるゝを嬉うれしく美登利みどりさん昔むかしの羽子板はごいたを見みせよう、これは己おれの母かゝさんがお邸やしきに奉公ほうこうして居ゑる頃ころいたゞいたのだとさ、をかしいでは無ないか此この大おほきい事こと、人ひとの顏かほも今いまのとは違ちがふね、あゝ此母このかゝさんが生いきて居ゑると宜いいが、己おれが三つの歳とし死しんで、お父とつさんは在あるけれど田舍いなかの實家じつかへ歸かへつて仕舞しまつたから今いまは祖母おばあさんばかりさ、お前まへは浦山うらやましいねと無端そゞろに親おやの事ことを言いひ出だせば、それ繪ゑがぬれる、男をとこが泣なく物ものでは無ないと美登利みどりに言いはれて、己おれは氣きが弱よわいのかしら、時々とき〲種々いろ〱の事ことを思おもひ出だすよ、まだ今時分いまじぶんは宜いいけれど、冬ふゆの月夜つきよなにかに田町たまちあたりを集あつめに廻まわると土手どてまで來きて幾度いくども泣ないた事ことがある、何なにさむい位くらゐで泣なきはしない、何故なぜだか自分じぶんも知しらぬが種々いろ〱の事ことを考かんがへるよ、あゝ一昨年おととしから己おれも日ひがけの集あつめに廻まわるさ、祖母おばあさんは年寄としよりだから其そのうちにも夜よるは危あぶないし、目めが惡わるいから印形いんげうを押おしたり何なにかに不自由ふじゆうだからね、今いままで幾人いくたりも男をとこを使つかつたけれど、老人としよりに子供こどもだから馬鹿ばかにして思おもふやうには動うごいて呉くれぬと祖母おばあさんが言いつて居ゐたつけ、己おれが最もう少すこし大人おとなに成なると質屋しちやを出ださして、昔むかしの通とほりでなくとも田中屋たなかやの看板かんばんをかけると樂たのしみにして居ゐるよ、他處よその人ひとは祖母おばあさんを吝けちだと言いふけれど、己おれの爲ために儉約つましくして呉くれるのだから氣きの毒どくでならない、集金あつめに行ゆくうちでも通新町とほりしんまちや何なにかに隨分ずいぶん可愛想かあいさうなのが有あるから、嘸さぞお祖母ばあさんを惡わるくいふだらう、夫それを考かんがへると己おれは涙なみだがこぼれる、矢張やつぱり氣きが弱よわいのだね、今朝けさも三公こうの家うちへ取とりに行いつたら、奴やつめ身體からだが痛いたい癖くせに親父おやぢに知しらすまいとして働はたらいて居ゐた、夫それを見みたら己おれは口くちが利きけなかつた、男をとこが泣なくてへのは可笑をかしいでは無ないか、だから横町よこてうの野蕃漢じやがたらに馬鹿ばかにされるのだと言いひかけて我わが弱よわいを恥はづかしさうな顏色かほいろ、何心なにごゝろなく美登利みどりと見合みあはす目めつまの可愛かわゆさ。お前まへの祭まつりの姿なりは大層たいそうよく似合にあつて浦山うらやましかつた、私わたしも男をとこだと彼あんな風ふうがして見みたい、誰だれのよりも宜よく見みえたと賞ほめられて、何なんだ己おれなんぞ、お前まへこそ美うつくしいや、廓内なかの大卷おほまきさんよりも奇麗きれいだと皆みんながいふよ、お前まへが姉あねであつたら己おれは何樣どんなに肩身かたみが廣ひろかろう、何處どこへゆくにも追從ついて行いつて大威張おほゐばりに威張ゐばるがな、一人ひとりも兄弟けうだいが無ないから仕方しかたが無ない、ねへ美登利みどりさん今度こんど一處しよに寫眞しやしんを取とらないか、我おれは祭まつりの時ときの姿なりで、お前まへは透綾すきやのあら縞じまで意氣いきな形なりをして、水道尻すいだうじりの加藤かとうでうつさう、龍華寺りうげじの奴やつが浦山うらやましがるやうに、本當ほんたうだぜ彼奴あいつは屹度きつと怒おこるよ、眞青まつさきに成なつて怒おこるよ、にゑ肝かんだからね、赤あかくはならない、夫それとも笑わらふかしら、笑わらはれても構かまはない、大おほきく取とつて看板かんばんに出でたら宜いいな、お前まへは嫌いやかへ、嫌いやのやうな顏かほだものと恨うらめるもをかしく、變へんな顏かほにうつるとお前まへに嫌きららはれるからとて「嫌きららはれるからとて」はママ美登利みどりふき出だして、高笑たかわらひの美音びをんに御機嫌ごきげんや直なほりし。

朝冷あさすゞはいつしか過すぎて日ひかげの暑あつくなるに、正太しようたさん又また晩ばんによ、私わたしの寮りようへも遊あそびにお出いでな、燈籠とうろうながして、お魚さかな追おひますよ、池いけの橋はしが直なほつたれば怕こはい事ことは無ないと言いひ捨ずてに立出たちいでる美登利みどりの姿すがた、正太しようたうれしげに見送みおくつて美うつくしと思おもひぬ。

(七)

龍華寺りうげじの信如しんによ、大黒屋だいこくやの美登利みどり、二人ふたりながら學校がくこうは育英舍いくえいしやなり、去さりし四月ぐわつの末すゑつかた、櫻さくらは散ちりて青葉あをばのかげに藤ふぢの花見はなみといふ頃ころ、春季しゆんきの大運動會だいうんどうくわいとて水みづの谷やの原はらにせし事ことありしが、つな引ひき、鞠まりなげ、繩なわとびの遊あそびに興きやうをそへて長ながき日ひの暮くるゝを忘わすれし、其折そのをりの事こととや、信如しんによいかにしたるか平常へいぜいの沈着おちつきに似にず、池いけのほとりの松まが根ねにつまづきて赤土道あかつちみちに手てをつきたれば、羽織はをりの袂たもとも泥どろに成なりて見みにくかりしを、居ゐあはせたる美登利みどりみかねて我わが紅くれないの絹きぬはんけちを取出とりいだし、これにてお拭ふきなされと介抱かいほうをなしけるに、友達ともだちの中なかなる嫉妬やきもちや見みつけて、藤本ふぢもとは坊主ぼうずのくせに女をんなと話はなしをして、嬉うれしさうに禮れいを言いつたは可笑をかしいでは無ないか、大方おほかた美登利みどりさんは藤本ふぢもとの女房かみさんになるのであらう、お寺てらの女房かみさんなら大黒だいこくさまと言いふのだなどゝ取沙汰とりさたしける、信如しんによ元來ぐわんらいかゝる事ことを人ひとの上うへに聞きくも嫌きらひにて、苦にがき顏かほをして横よこを向むく質たちなれば、我わが事こととして我慢がまんのなるべきや、夫それよりは美登利みどりといふ名なを聞きくごとに恐おそろしく、又またあの事ことを言いひ出だすかと胸むねの中なかもやくやして、何なにとも言いはれぬ厭いやな氣持きもちなり、さりながら事ことごとに怒おこりつける譯わけにもゆかねば、成なるだけは知しらぬ體ていをして、平氣へいきをつくりて、むづかしき顏かほをして遣やり過すぎる心こゝろなれど、さし向むかひて物ものなどを問とはれたる時ときの當惑たうわくさ、大方おほかたは知しりませぬの一ト言ことにて濟すませど、苦くるしき汗あせの身みうちに流ながれて心こゝろぼそき思おもひなり、美登利みどりはさる事ことも心こゝろにとまらねば、最初はじめは藤本ふぢもとさん藤本ふぢもとさんと親したしく物ものいひかけ、學校がくかう退ひけての歸かへりがけに、我われは一足あしはやくて道端みちばたに珍めづらしき花はななどを見みつくれば、おくれし信如しんによを待合まちあはして、これ此樣こんなうつくしい花はなが咲さいてあるに、枝えだが高たかくて私わたしには折をれぬ、信のぶさんは脊せいが高たかければお手てが屆とどきましよ、後生ごせう折をつて下くだされと一むれの中なかにては年長としかさなるを見みつけて頼たのめば、流石さすがに信如しんによ袖そでふり切きりて行ゆきすぎる事こともならず、さりとて人ひとの思おもはくいよ〱愁つらければ、手近てぢかの枝えだを引寄ひきよせて好惡よしあしかまはず申譯まうしわけばかりに折をりて、投なげつけるやうにすたすたと行過ゆきすぎるを、さりとは愛敬あいきやうの無なき人ひとと惘あきれし事ことも有ありしが、度たびかさなりての末すゑには自おのづから故意わざとの意地惡いぢわるのやうに思おもはれて、人ひとには左さもなきに我われにばかり愁つらき處爲しうちをみせ、物ものを問とへば碌ろくな返事へんじした事ことなく、傍そばへゆけば逃にげる、はなしを爲すれば怒おこる、陰氣いんきらしい氣きのつまる、どうして好よいやら機嫌きげんの取とりやうも無ない、彼あのやうなこ六づかしやは思おもひのまゝに捻ひねれて怒おこつて意地いぢはるが爲したいならんに、友達ともだちと思おもはずは口くちを利きくも入いらぬ事ことと美登利みどり少すこし疳かんにさはりて、用ようの無なければ摺すれ違ちがふても物ものいふた事ことなく、途中とちうに逢あひたりとて挨拶あいさつなど思おもひもかけず、唯たゞいつとなく二人ふたりの中なかに大川おほかわ一つ横よこたはりて、舟ふねも筏いかだも此處こゝには御法度ごはつと、岸きしに添そふておもひおもひの道みちをあるきぬ。

祭まつりは昨日きのふに過すぎて其そのあくる日ひより美登利みどりの學校がくかうへ通かよふ事ことふつと跡あとたえしは、問とふまでも無なく額ひたいの泥どろの洗あらふても消きえがたき恥辱ちゞよくを、身みにしみて口惜くやしければぞかし、表町おもてまちとて横町よこちやうとて同おなじ教塲けうじやうにおし並ならべば朋輩ほうばいに變かわりは無なき筈はづを、をかしき分わけ隔へだてと常日頃つねひごろ意地いぢを持もち、我われは女をんなの、とても敵かなひがたき弱味よわみをば付目つけめにして、まつりの夜よの處爲しうちはいかなる卑怯ひきやうぞや、長吉ちやうきちのわからずやは誰たれも知しる亂暴らんぼうの上うへなしなれど、信如しんによの尻しりおし無なくは彼あれほどに思おもひ切きりて表町おもてまちをば暴あらし得ゑじ、人前ひとまへをば物識ものしりらしく温順すなほにつくりて、陰かげに廻まわりて機械からくりの糸いとを引ひききしは藤本ふぢもとの仕業しわざに極きはまりぬ、よし級きうは上うへにせよ、學ものは出來できるにせよ、龍華寺りうげじさまの若旦那わかだんなにせよ、大黒屋だいこくやの美登利みどり紙かみ一枚まいのお世話せわにも預あづからぬ物ものを、あのやうに乞食こじき呼よばはりして貰もらふ恩おんは無なし、龍華寺りうげじは何どれほど立派りつぱな檀家だんかありと知しらねど、我わがが姉あねさま三年ねんの馴染なじみに銀行ぎんこうの川樣かわさま、兜町かぶとちやうの米樣よねさまもあり、議員ぎいんの短小ちいさま根曳ねびきして奧おくさまにと仰おほせられしを、心意氣氣こゝろいきゝに入いらねば姉あねさま嫌きらひてお受うけはせざりしが、彼あの方かたとても世よには名高なだかきお人ひとと遣手衆やりてしゆの言いはれし、嘘うそならば聞きいて見みよ、大黒だいこくやに大卷おほまきの居いずば彼あの樓いゑは闇やみとかや、さればお店みせの旦那だんなとても父とゝさん母かゝさん我わが身みをも粗略そりやくには遊あそばさず、常々つね〱大切たいせつがりて床とこの間まにお据すへなされし瀬戸物せとものの大黒樣たいこくさまをば、我われいつぞや坐敷ざしきの中なかにて羽根はねつくとて騷さわぎし時とき、同おなじく並ならびし花瓶はないけを仆たほし、散々さん〲に破損けがをさせしに、旦那だんな次つぎの間まに御酒ごしゆめし上あがりながら、美登利みどりお轉婆てんばが過すぎるのと言いはれしばかり小言こゞとは無なかりき、他ほかの人ひとならば一通とほりの怒おこりでは有あるまじと、女子衆達をんなしゆたちにあと〱まで羨うらやまれしも必竟ひつきやうは姉あねさまの威光いくわうぞかし、我われ寮住居りようずまいに人ひとの留守居るすいはしたりとも姉あねは大黒屋だいこくやの大卷おほまき、長吉風情ちやうきちふぜいに負ひけを取とるべき身みにもあらず、龍華寺りうげじの坊ぼうさまにいぢめられんは心外しんぐわいと、これより學校がくかうへ通かよふ事ことおもしろからず、我わがまゝの本性ほんせうあなどられしが口惜くやしさに、石筆せきひつを折をり墨すみをすて、書物ほんも十露盤そろばんも入いらぬ物ものにして、中なかよき友ともと埓らちも無なく遊あそびぬ。

(八)

走はしれ飛とばせの夕ゆふべに引ひきかへて、明あけの別わかれに夢ゆめをのせ行ゆく車くるまの淋さびしさよ、帽子ぼうしまぶかに人目ひとめを厭いとふ方樣かたさまもあり、手拭てぬぐひとつて頬ほうかぶり、彼女あれが別わかれに名殘なごりの一撃うち、いたさ身みにしみて思おもひ出だすほど嬉うれしく、うす氣味きみわるやにたにたの笑わらひ顏がほ、坂本さかもとへ出いでては用心ようじんし給たまへ千住せんじゆがへりの青物車あをものぐるまにお足元あしもとあぶなし、三島樣しまさまの角かどまでは氣違きちがひ街道かいだう、御顏おんかほのしまり何いづれも緩ゆるみて、はゞかりながら御鼻おんばなの下したなが〱と見みえさせ玉たまへば、そんじよ其處そこらに夫それ大たいした御男子樣ごなんしさまとて、分厘ふんりんの價値ねうちも無なしと、辻つぢに立たちて御慮外ごりよぐわいを申まをすもありけり。楊家やうかの娘むすめ君寵くんちようをうけてと長恨歌ちようごんかを引出ひきいだすまでもなく、娘むすめの子こは何處いづこにも貴重きちようがらるゝ頃ころなれど、此このあたりの裏屋うらやより赫奕姫かくやひめの生うまるゝ事ことその例れい多おほし、築地つきぢの某屋それやに今いまは根ねを移うつして御前ごぜんさま方がたの御相手をんあいて、踊おどりに妙みやうを得ゑし雪ゆきといふ美形びけい、唯今たゞいまのお座敷ざしきにてお米こめのなります木きはと至極しごくあどけなき事ことは申まをすとも、もとは此所こゝの卷帶黨まきおびづれにて花はながるたの内職ないしよくせしものなり、評判ひやうばんは其頃そのころに高たかく去さるもの日々ひゞに踈うとければ、名物めいぶつ一つかげを消けして二度ど目めの花はなは紺屋こうやの乙娘おとむすめ、今いま千束町せんぞくまちに新しんつた屋やの御神燈ごじんとうほのめかして、小吉こきちと呼よばるゝ公園こうえんの尤物まれものも根生ねをひは同おなじ此處こゝの土成つちなりし、あけくれの噂うはさにも御出世ごしゆつせといふは女をんなに限かぎりて、男をとこは塵塚ちりづかさがす黒斑くろぶちの尾をの、ありて用ようなき物ものとも見みゆべし、此界隈このかいわいに若わかい衆しゆと呼よばるゝ町並まちなみの息子むすこ、生意氣なまいきざかりの十七八より五人にん組ぐみ七人にん組ぐみ、腰こしに尺しやく八の伊達だてはなけれど、何なんとやら嚴いかめしき名なの親分おやぶんが手下てかにつきて、揃そろひの手てぬぐひ長提燈ながてうちん、賽さいころ振ふる事ことおぼえぬうちは素見ひやかしの格子先かうしさきに思おもひ切きつての串談じようだんも言いひがたしとや、眞面目まじめにつとむる我わが家業かげうは晝ひるのうちばかり、一風呂ふろ浴あびて日ひの暮くれゆけば突つきかけ下駄げたに七五三の着物きもの、何屋なにやの店みせの新妓しんこを見みたか、金杉かなすぎの糸屋いとやが娘むすめに似にて最もう一倍ばい鼻はながひくいと、頭腦あたまの中なかを此樣こんな事ことにこしらへて一軒けんごとの格子かうしに烟草たばこの無理むりどり鼻紙はながみの無心むしん、打うちつ打うたれつ是これを一世せの譽ほまれと心得こゝろゑれば、堅氣かたぎの家いゑの相續息子そうぞくむすこ地廻ぢまわりと改名かいめいして、大門際おほもんぎわに喧嘩けんくわかひと出でるもありけり、見みよや女子をんなの勢力いきほひと言いはぬばかり、春秋はるあきしらぬ五丁町てうまちの賑にぎわひ、送おくりの提燈かんばんいま流行はやらねど、茶屋ちやゝが廻女まわしの雪駄せつたのおとに響ひゞき通かよへる歌舞音曲かぶおんぎよくうかれうかれて入込いりこむ人ひとの何なにを目當めあてと言問ことゝはゞ、赤あかゑり赭熊しやぐまに裲襠うちかけの裾すそながく、につと笑わらふ口元くちもと目めもと、何處どこが美よいとも申まをしがたけれど華魁衆おいらんしゆとて此處こゝにての敬うやまひ、立たちはなれては知しるによしなし、かゝる中なかにて朝夕あさゆふを過すごせば、衣きぬの白地しらぢの紅べにに染しむ事こと無理むりならず、美登利みどりの眼めの中なかに男をとこといふ者ものさつても怕こわからず恐おそろしからず、女郎ぢよらうといふ者ものさのみ賤いやしき勤つとめとも思おもはねば、過すぎし故郷こけふを出立しゆつたつの當時たうじないて姉あねをば送おくりしこと夢ゆめのやうに思おもはれて、今日此頃けふこのごろの全盛ぜんせいに父母ふぼへの孝養こうよううらやましく、お職しよくを徹とほす姉あねが身みの、憂ういの愁つらいの數かずも知しらねば、まち人びと戀こふる鼠ねづみなき格子かうしの呪文じゆもん、別わかれの背中せなに手加减てかげんの秘密おくまで、唯たゞおもしろく聞きゝなされて、廓くるわことばを町まちにいふまで去さりとは耻はづかしからず思おもへるも哀あはれなり、年としはやう〱數かぞへの十四、人形にんげう抱だいて頬ほうずりする心こゝろは御華族ごくわぞくのお姫樣ひめさまとて變かはりなけれど、修身しうしんの講義こうぎ、家政學かせいがくのいくたても學まなびしは學校がくかうにてばかり、誠まことあけくれ耳みゝに入いりしは好すいた好すかぬの客きやくの風説うはさ、仕着しきせ積つみ夜具やぐ茶屋ちやゝへの行ゆきわたり、派手はでは美事みごとに、かなはぬは見みすぼらしく、人事ひとごと我事わがこと分別ふんべつをいふはまだ早はやし、幼おさなな心ごゝろに目めの前まへの花はなのみはしるく、持もちまへの負まけじ氣性ぎせうは勝手かつてに馳はせ廻まわりて雲くものやうな形かたちをこしらへぬ、氣違きちがひ街道かいだう、寢ねぼけ道みち、朝あさがへりの殿とのがた一順じゆんすみて朝寢あさねの町まちも門かどの箒目はゝきめ青海波せいがいはをゑがき、打水うちみづよきほどに濟すみし表町おもてまちの通とほりを見渡みわたせば、來くるは來くるは、萬年町まんねんてう山伏町やまぶしてう、新谷町しんたにまちあたりを塒ねぐらにして、一能のう一術じゆつこれも藝人げいにんの名なはのがれぬ、よか〱飴あめや輕業師かるわざし、人形にんげうつかひ大神樂だいかぐら、住吉すみよしをどりに角兵衞獅子かくべいじゝ、おもひおもひの扮粧いでたちして、縮緬ちりめん透綾すきやの伊達だてもあれば、薩摩さつまがすりの洗あらひ着ぎに黒繻子くろじゆすの幅狹帶はゞせまおび、よき女をんなもあり男をとこもあり、五人にん七人にん十人にん一組くみの大おほたむろもあれば、一人にん淋さびしき痩やせ老爺おやぢの破やれ三味線ざみせんかゝへて行ゆくもあり、六つ五つなる女をんなの子こに赤襻あかだすきさせて、あれは紀きの國くにおどらするも見みゆ、お顧客とくいは廓内かくないに居いつゞけ客きやくのなぐさみ、女郎ぢよろうの憂うさ晴はらし、彼處かしこに入いる身みの生涯せうがいやめられぬ得分とくぶんありと知しられて、來くるも來くるも此處こゝらの町まちに細こまかしき貰もらひを心こゝろに止とめず、裾すそに海草みるめのいかゞはしき乞食こじきさへ門かどには立たたず行過ゆきすぎるぞかし、容貌きりようよき女太夫をんなだゆうの笠かさにかくれぬ床ゆかしの頬ほうを見みせながら、喉自慢のどじまん、腕自慢うでじまん、あれ彼あの聲こゑを此町このまちには聞きかせぬが憎にくしと筆ふでやの女房にようぼう舌したうちして言いへば、店先みせさきに腰こしをかけて往來ゆきゝを眺ながめし湯ゆがへりの美登利みどり、はらりと下さがる前髮まへがみの毛けを黄楊つげの鬂櫛びんぐしにちやつと掻かきあげて、伯母をばさんあの太夫たゆうさん呼よんで來きませうとて、はたはた驅かけよつて袂たもとにすがり、投なげ入いれし一品しなを誰たれにも笑わらつて告つげざりしが好このみの明烏あけがらすさらりと謠うたはせて、又また御贔負ごひいきをの嬌音きやうおんこれたやすくは買かひがたし、彼あれが子供こどもの處業しわざかと寄集よりあつまりし人ひと舌したを卷まいて太夫たゆうよりは美登利みどりの顏かほを眺ながめぬ、伊達だてには通とほるほどの藝人げいにんを此處こゝにせき止とめて、三味さみの音ね、笛ふゑの音ね、太皷たいこの音ね、うたはせて舞まはせて人ひとの爲せぬ事ことして見みたいと折をりふし正太しようたに咡さゝやいて聞きかせれば、驚おどろいて呆あきれて己おいらは嫌いやだな。

(九)

如是我聞によぜがもん、佛説阿彌陀經ぶつせつあみだけう、聲こゑは松風まつかぜに和くわして心こゝろのちりも吹拂ふきはらはるべき御寺樣おんてらさまの庫裏くりより生魚なまうをあぶる烟けぶなびきて、卵塔塲らんたうばに嬰兒やゝの襁褓むつきほしたるなど、お宗旨しうしによりて搆かまひなき事ことなれども、法師はうしを木きのはしと心得こゝろゑたる目めよりは、そゞろに腥なまぐさく覺おぼゆるぞかし、龍華寺りうげじの大和尚だいおしよう身代しんだいと共ともに肥こへ太ふとりたる腹はらなり如何いかにも美事みごとに、色いろつやの好よきこと如何いかなる賞ほめ言葉ことばを參まゐらせたらばよかるべき、櫻色さくらいろにもあらず、緋桃ひもゝの花はなでもなし、剃そりたてたる頭つむりより顏かほより首筋くびすぢにいたるまで銅色あかゞねいろの照てりに一點てんのにごりも無なく、白髮しらがもまじる太ふとき眉まゆをあげて心こゝろまかせの大笑おほわらひなさるゝ時ときは、本堂ほんどうの如來によらいさま驚おどろきて臺座だいざより轉ころび落給おちたまはんかと危あやぶまるゝやうなり、御新造ごしんぞはいまだ四十の上うへの幾いくらも越こさで、色白いろしろに髮かみの毛け薄うすく、丸髷まるまげも小ちいさく結ゆひて見みぐるしからぬまでの人ひとがら、參詣人さんけいにんへも愛想あいそよく門前もんぜんの花屋はなやが口惡くちわる嚊かゝも兎角とかくの蔭口かげぐちを言いはぬを見みれば、着きふるしの浴衣ゆかた、總菜そうざいのお殘のこりなどおのずからの御恩ごおんも蒙かうむるなるべし、もとは檀家だんかの一人にん成なりしが早はやくに良人おつとを失うしなひて寄よる邊べなき身みの暫時しばらくこゝにお針はりやとひ同樣どうやう、口くちさへ濡ぬらさせて下くださらばとて洗あらひ濯そゝぎよりはじめてお菜さいごしらへは素もとよりの事こと、墓塲はかばの掃除さうぢに男衆をとこしゆの手てを助たすくるまで働はたらけば、和尚おしやうさま經濟けいざいより割出わりだしての御不憫ごふびんかゝり、年としは二十から違ちがうて見みともなき事ことは女をんなも心得こゝろゑながら、行ゆき處ところなき身みなれば結句けつくよき死塲處しにばしよと人目ひとめを恥はぢぬやうに成なりけり、にが〱しき事ことなれども女をんなの心こゝろだて惡わるからねば檀家だんかの者ものも左さのみは咎とがめず、總領そうりやうの花はなといふを懷胎もうけし頃ころ、檀家だんかの中なかにも世話好せわずきの名なある坂本さかもとの油屋あぶらやが隱居ゐんきよさま仲人なかうどといふも異いな物ものなれど進すすめたてゝ表向おもてむきのものにしける、信如しんによも此人このひとの腹はらより生うまれて男女なんによ二人ふたりの同胞きやうだい、一人ひとりは如法によはうの變屈へんくつものにて一日にち部屋へやの中なかにまぢ〱と陰氣ゐんきらしき生むまれなれど、姉あねのお花はなは皮薄かわうすの二重ぢう腮あごかわゆらしく出來できたる子こなれば、美人びじんといふにはあらねども年頃としごろといひ人ひとの評判ひやうばんもよく、素人しろうとにして捨すてゝ置おくは惜をしい物ものの中なかに加くわへぬ、さりとてお寺てらの娘むすめに左ひだり褄づま、お釋迦しやかが三味しやみひく世よは知しらず人ひとの聞きこえ少すこしは憚はゞかられて、田町たまちの通とほりに葉茶屋はぢやゝの店みせを奇麗きれいにしつらへ、帳塲格子ちやうばかうしのうちに此娘このこを据すへて愛敬あいけうを賣うらすれば、秤はかりの目めは兎とに角かく勘定かんぢやうしらずの若わかい者ものなど、何なにがなしに寄よつて大方おほかた毎夜まいよ十二時じを聞きくまで店みせに客きやくのかげ絶たえたる事ことなし、いそがしきは大和尚だいおしやう、貸金かしきんの取とりたて、店みせへの見廻みまわり、法用はうようのあれこれ、月つきの幾日いつかは説教日せつけうびの定さだめもあり帳面ちやうめんくるやら經けうよむやら斯かくては身體からだのつゞき難がたしと夕暮ゆふぐれの縁先ゑんさきに花はなむしろを敷しかせ、片肌かたはだぬぎに團扇うちわづかひしながら大盃おほさかづきに泡盛あはもりをなみ〱と注つがせて、さかなは好物こうぶつの蒲燒かばやきを表町おもてまちのむさし屋やへあらい處ところをとの誂あつらへ、承うけたまわりてゆく使つかひ番ばんは信如しんによの役やくなるに、其その嫌いやなること骨ほねにしみて、路みちを歩あるくにも上うへを見みし事ことなく、筋向すじむかふの筆ふでやに子供こどもづれの聲こゑを聞きけば我わが事ことを誹そしらるゝかと情なさけなく、そしらぬ顏かほに鰻屋うなぎやの門かどを過すぎては四邊あたりに人目ひとめの隙すきをうかゞひ、立戻たちもどつて駈かけ入いる時ときの心地こゝち、我身わがみ限かぎつて腥なまぐさきものは食たべまじと思おもひぬ。

父親和尚ちゝおやおしようは何處どこまでもさばけたる人ひとにて、少すこしは欲深よくふかの名なにたてども人ひとの風説うはさに耳みゝをかたぶけるやうな小膽せうたんにては無なく、手ての暇ひまあらば熊手くまでの内職ないしよくもして見みやうといふ氣風きふうなれば、霜月しもつきの酉とりには論ろんなく門前もんぜんの明地あきちに簪かんざしの店みせを開ひらき、御新造ごしんぞに手拭てぬぐひかぶらせて縁喜ゑんぎの宜いいのをと呼よばせる趣向しゆこう、はじめは恥はづかしき事ことに思おもひけれど、軒のきならび素人しろうとの手業てわざにて莫大ばくだいの儲もうけと聞きくに、此雜沓このざつとうの中なかといひ誰たれも思おもひ寄よらぬ事ことなれば日暮ひくれよりは目めにも立たつまじと思案しあんして、晝間ひるまは花屋はなやの女房にようぼうに手傳てつだはせ、夜よに入いりては自身みづからをり立たちて呼よびたつるに、欲よくなれやいつしか恥はづかしさも失うせて、思おもはず聲こゑだかに負まけましよ負まけましよと趾あとを追おふやうに成なりぬ、人波ひとなみにのまれて買手かひても眼まなこの眩くらみし折をりなれば、現在げんざい後世ごせねがひに一昨日おとつひ來きたりし門前もんぜんも忘わすれて、簪かんざし三本ほん七十五錢せんと懸直かけねすれば、五本ほんついたを三錢せんならばと直切ねぎつて行ゆく、世よはぬば玉たまの闇やみの儲もうけはこのほかにも有あるべし、信如しんによは斯かかる事ことどもいかにも心こゝろぐるしく、よし檀家だんかの耳みゝには入いらずとも近邊きんぺんの人々〲が思おもはく、子供中間こどもなかまの噂うはさにも龍華寺りうげじでは簪かんざしの店みせを出だして、信のぶさんが母かゝさんの狂氣顏きちがひづらして賣うつて居いたなどゝ言いはれもするやと恥はづかしく、其樣そんな事ことは止よしにしたが宜よう御座ござりませうと止とめし事ことも有ありしが、大和尚だいおしよう大笑おほわらひに笑わらひすてゝ、默だまつて居ゐろ、默だまつて居ゐろ、貴樣きさまなどが知しらぬ事ことだわとて丸々まる〱相手あいてにしては呉くれず、朝念佛あさねんぶつに夕勘定ゆふかんぢよう、そろばん手てにしてにこ〱と遊あそばさるゝ顏かほつきは我親わがおやながら淺あさましくして、何故なぜその頭つむりは丸まろめ給たまひしぞと恨うらめしくも成なりぬ。

元來もとより一腹ぷく一對つゐの中なかに育そだちて他人たにん交まぜずの穩おだやかなる家いへの内うちなれば、さして此兒このこを陰氣いんきものに仕立したてあげる種たねは無なけれども、性來せいらいをとなしき上うへに我わが言いふ事ことの用もちひられねば兎角とかくに物もののおもしろからず、父ちゝが仕業しわざも母はゝの處作しよさも姉あねの教育したても、悉皆しつかいあやまりのやうに思おもはるれど言いふて聞きかれぬ物ものぞと諦あきらめればうら悲かなしき樣やうに情なさけなく、友朋輩ともほうばいは變屈者へんくつものの意地いぢわると目めざせども自おのづから沈しづみ居ゐる心こゝろの底そこの弱よわき事こと、我わが蔭口かげぐちを露つゆばかりもいふ者ものありと聞きけば、立出たちいでゝ喧嘩口論けんくわこうろんの勇氣ゆふきもなく、部屋へやにとぢ籠こもつて人ひとに面おもての合あはされぬ憶病至極おくびやうしごくの「憶病至極の」はママ身みなりけるを、學校がくかうにての出來できぶりといひ身分みぶんがらの卑いやしからぬにつけても然さる弱虫よわむしとは知しる物ものなく、龍華寺りうげじの藤本ふぢもとは生煮なまにえの餠もちのやうに眞しんがあつて氣きに成なる奴やつと憎にくがるものも有ありけらし。

(十)

祭まつりの夜よは田町たまちの姉あねのもとへ使つかひを吩附いひつけられて、更ふくるまで我家わがやへ歸かへらざりければ、筆ふでやの騷さわぎは夢ゆめにも知しらず、明日あすに成なりて丑松うしまつ文次ぶんじその外ほかの口くちよりこれ〱で有あつたと傳つたへらるゝに、今更いまさらながら長吉ちようきちの亂暴らんぼうに驚おどろけども濟すみたる事ことなれば咎とがめだてするも詮せんなく、我わが名なを借かりられしばかりつく〲迷惑めいわくに思おもはれて、我わが爲なしたる事ことならねど人々ひと〲への氣きの毒どくを身み一つに背負せおいたる樣やうの思おもひありき、長吉ちようきちも少すこしは我わが遣やりそこねを恥はづかしう思おもふかして、信如しんによに逢あはゞ小言こごとや聞きかんと其その三四日かは姿すがたも見みせず、やゝ餘炎ほとぼりのさめたる頃ころに信のぶさんお前まへは腹はらを立たつか知しらないけれど時ときの拍子ひようしだから堪忍かんにんして置おいて呉くんな、誰たれもお前まへ正太しようたが明巣あきすとは知しるまいでは無ないか、何なにも女郎めらうの一疋ひき位ぐらゐ相手あひてにして三五郎らうを擲なぐりたい事ことも無なかつたけれど、萬燈まんどうを振込ふりこんで見みりやあ唯たゞも歸かへれない、ほんの附景氣つけけいきに詰つまらない事ことをしてのけた、夫そりやあ己おれが何處どこまでも惡わるいさ、お前まへの命令いひつけを聞きかなかつたは惡わるからうけれど、今いま怒おこられては法かたなしだ、お前まへといふ後うしろだてが有あるので己おらあ大舟おほぶねに乘のつたやうだに、見みすてられちまつては困こまるだらうじや無ないか、嫌いやだとつても此組このくみの大將たいしやうで居いてくんねへ、左樣さうどぢ計ばかりは組くまないからとて面目めんぼくなさゝうに謝罪わびられて見みれば夫それでも私わたしは嫌いやだとも言いひがたく、仕方しかたが無ない遣やる處ところまでやるさ、弱よわい者ものいぢめは此方こつちの恥はぢになるから三五郎らうや美登利みどりを相手あひてにしても仕方しかたが無ない、正太しようたに末社まつしやがついたら其時そのときのこと、决けつして此方こつちから手出てだしをしてはならないと留とゞめて、さのみは長吉ちようきちをも叱しかり飛とばさねど再ふたゝび喧嘩けんくわのなきやうにと祈いのられぬ。

罪つみのない子こは横町よこてうの三五郎らうなり、思おもふさまに擲たゝかれて蹴けられて其その二三日にちは立居たちゐも苦くるしく、夕ゆふぐれ毎ごとに父親ちゝおやが空車からぐるまを五十軒けんの茶屋ちやゝが軒のきまで運はこふにさへ、三公こうは何どうかしたか、ひどく弱よわつて居いるやうだなと見知みしりの臺屋だいやに咎とがめられしほど成なりしが、父親ちゝおやはお辭氣じぎの「お辭氣の」はママ鐵てつとて目上めうへの人ひとに頭つむりをあげた事ことなく廓内なかの旦那だんなは言いはずともの事こと、大屋樣おほやさま地主樣ぢぬしさまいづれの御無理ごむりも御尤ごもつともと受うける質たちなれば、長吉ちようきちと喧嘩けんくわしてこれこれの亂暴らんぼうに逢あひましたと訴うつたへればとて、それは何どうも仕方しかたが無ない大屋おほやさんの息子むすこさんでは無ないか、此方こつちに理りが有あらうが先方さきが惡わるからうが喧嘩けんくわの相手あひてに成なるといふ事ことは無ない、謝罪わびて來こい謝罪わびて來こい途方とほうも無ない奴やつだと我子わがこを叱しかりつけて、長吉ちようきちがもとへあやまりに遣やられる事こと必定ひつぢやうなれば、三五郎らうは口惜くやしさを噛かみつぶして七日十日と程ほどをふれば、痛いたみの塲處ばしよの癒なほると共ともに其そのうらめしさも何時いつしか忘わすれて、頭かしらの家いへの赤あかん坊ぼうが守もりをして二錢せんが駄賃だちんをうれしがり、ねん〱よ、おころりよ、と背負しよひあるくさま、年としはと問とへば生意氣なまいきざかりの十六にも成なりながら其大躰そのづうたいを恥はづかしげにもなく、表町おもてまちへものこ〱と出でかけるに、何時いつも美登利みどりと正太しようたが嬲なぶりものに成なつつて「成なつつて」はママ、お前まへは性根しやうねを何處どこへ置おいて來きたとからかはれながらも遊あそびの中間なかまは外はづれざりき。

春はるは櫻さくらの賑にぎわひよりかけて、なき玉菊たまぎくが燈籠とうろうの頃ころ、つゞいて秋あきの新仁和賀しんにわがには十分ぷん間かんに車くるまの飛とぶ事こと此通このとほりのみにて七十五輛りようと數かぞへしも、二の替かわりさへいつしか過すぎて、赤蜻蛉あかとんぼう田圃たんぼに亂みだるれば横堀よこぼりに鶉うづらなく頃ころも近ちかづきぬ、朝夕あさゆふの秋風あきかぜ身みにしみ渡わたりて上清じやうせいが店みせの蚊遣香かやりかう懷爐灰くわいろばいに座ざをゆづり、石橋いしばしの田村たむらやが粉挽こなひく臼うすの音おとさびしく、角海老かどゑびが時計とけいの響ひゞききもそゞろ哀あわれの音ねを傳つたへるやうに成なれば、四季き絶間たえまなき日暮里につぽりの火ひの光ひかりも彼あれが人ひとを燒やく烟けぶりかとうら悲かなしく、茶屋ちやゝが裏うらゆく土手下どてしたの細道ほそみちに落おちかゝるやうな三味みの音ねを仰あほいで聞きけば、仲之町藝者なかのてうげいしやが冴さえたる腕うでに、君きみが情なさけの假寐かりねの床とこにと何なにならぬ一ふし哀あわれも深ふかく、此時節このじせつより通かよひ初そむるは浮うかれ浮うかるゝ遊客ゆふかくならで、身みにしみ〲と實じつのあるお方かたのよし、遊女つとめあがりの去さる女ひとが申まうしき、此このほどの事ことかゝんもくだ〱しや大音寺前だいおんじまへにて珍めづらしき事ことは盲目按摩めくらあんまの二十ばかりなる娘むすめ、かなはぬ戀こひに不自由ふじゆうなる身みを恨うらみて水みづの谷やの池いけに入水じゆすいしたるを新あたらしい事こととて傳つたへる位くらゐなもの、八百屋やをやの吉きち五郎らうに大工だいくの太吉たきちがさつぱりと影かげを見みせぬが何なんとかせしと問とふに此この一件けんであげられましたと、顏かほの眞中まんなかへ指ゆびをさして、何なんの子細しさいなく取立とりたてゝ噂うわさをする者ものもなし、大路おほぢを見渡みわたせば罪つみなき子供こどもの三五人にん手てを引ひきつれて開ひいらいた開ひらいた何なんの花はなひらいたと、無心むしんの遊あそびも自然しぜんと靜しづかにて、廓くるわに通かよふ車くるまの音おとのみ何時いつに變かわらず勇いさましく聞きこえぬ。

秋雨あきさめしと〱降ふるかと思おもへばさつと音おとして運はこびくる樣やうなる淋さびしき夜よ、通とほりすがりの客きやくをば待またぬ店みせなれば、筆ふでやの妻つまは宵よひのほどより表おもての戸とをたてゝ、中なかに集あつまりしは例れいの美登利みどりに正太郎しようたらう、その外ほかには小ちいさき子供こどもの二三人にん寄よりて細螺きしやごはじきの幼おさなげな事ことして遊あそぶほどに、美登利みどりふと耳みゝを立たてゝ、あれ誰たれか買物かひものに來きたのでは無ないか溝板どぶいたを踏ふむ足音あしおとがするといへば、おや左樣さうか、己おいらは少ちつとも聞きかなかつたと正太しようたもちう〱たこかいの手てを止とめて、誰だれか中間なかまが來きたのでは無ないかと嬉うれしがるに、門かどなる人ひとは此店このみせの前まへまで來きたりける足音あしおとの聞きこえしばかり夫それよりはふつと絶たえて、音おとも沙汰さたもなし。

(十一)

正太しようたは潜くゞりを明あけて、ばあと言いひながら顏かほを出だすに、人ひとは二三軒げん先さきの軒下のきしたをたどりて、ぽつ〱と行ゆく後影うしろかげ、誰たれだ誰たれだ、おいお這入はいりよと聲こゑをかけて、美登利みどりが足駄あしだを突つツかけばきに、降ふる雨あめを厭いとはず驅かけ出いださんとせしが、あゝ彼奴あいつだと一ト言こと、振ふりかへつて、美登利みどりさん呼よんだつても來きはしないよ、一件けんだもの、と自分じぶんの頭つむりを丸まるめて見みせぬ。

信のぶさんかへ、と受うけて、嫌いやな坊主ぼうずつたら無ない、屹度きつと筆ふでか何なにか買かひに來きたのだけれど、私わたしたちが居ゐるものだから立聞たちぎきをして歸かへつたのであらう、意地惡いぢわるの、根性こんぜうまがりの、ひねつこびれの、吃どんもりの、齒はツかけの、嫌いやな奴やつめ、這入はいつて來きたら散々さん〲と窘いぢめてやる物ものを、歸かへつたは惜おしい事ことをした、どれ下駄げたをお貸かし、一寸ちよつと見みてやる、とて正太しようたに代かわつて顏かほを出だせば軒のきの雨あまだれ前髮まへがみに落おちて、おゝ氣味きみが惡わるいと首くびを縮ちゞめながら、四五軒けん先さきの瓦斯燈がすとうの下したを大黒傘だいこくがさ肩かたにして少すこしうつむいて居ゐるらしくとぼ〱と歩あゆむ信如しんによの後うしろかげ、何時いつまでも、何時いつまでも、何時いつまでも、見送みおくるに、美登利みどりさん何どうしたの、と正太しようたは怪あやしがりて背中せなかをつゝきぬ。

何どうもしない、と氣きの無ない返事へんじをして、上うへへあがつて細螺きしやごを數かぞへながら、本當ほんたうに嫌いやな小僧こぞうとつては無ない、表向おもてむきに威張ゐばつた喧嘩けんくわは出來できもしないで、温順をとなしさうな顏かほばかりして、根性こんじようがくす〱して居ゐるのだもの憎にくらしからうでは無ないか、家うちの母かゝさんが言いふて居ゐたつけ、瓦落がら〱して居ゐる者ものは心こゝろが好いいのだと、夫それだからぐず〱して居ゐる信のぶさん何なにかは心こゝろが惡わるいに相違さうゐない、ねへ正太しようたさん左樣さうであらう、と口くちを極きわめて信如しんによの事ことを惡わるく言いへば、夫れでも龍華寺りうげじはまだ物ものが解わかつて居ゐるよ、長吉ちようきちと來きたら彼あれははやと、生意氣なまいきに大人おとなの口くちを眞似まねれば、お廢よしよ正太しようたさん、子供こどもの癖くせにませた樣やうでをかしい、お前まへは餘よつぽど剽輕ひやうきんものだね、とて美登利みどりは正太しようたの頬ほうをつゝいて、其眞面目そのまじめがほはと笑わらひこけるに、己おいらだつても最少もすこし經たてば大人おとなになるのだ、蒲田屋かばたやの旦那だんなのやうに角袖外套かくそでぐわいとうか何なにか着きてね、祖母おばあさんが仕舞しまつて置おく金時計きんどけいを貰もらつて、そして指輪ゆびわもこしらへて、卷煙草まきたばこを吸すつて、履はく物ものは何なにが宜よからうな、己おいらは下駄げたより雪駄せつたが好すきだから、三枚まい裏うらにして繻珍しゆちんの鼻緒はなをといふのを履はくよ、似合にあふだらうかと言いへば、美登利みどりはくす〱笑わらひながら、背せいの低ひくい人ひとが角袖外套かくそでぐわいとうに雪駄せつたばき、まあ何どんなにか可笑をかしからう、目藥めぐすりの瓶びんが歩あるくやうであらうと誹をとすに、馬鹿ばかを言いつて居いらあ、それまでには己おいらだつて大おゝきく成なるさ、此樣こんな小ちいつぽけでは居いないと威張ゐばるに、夫それではまだ何時いつの事ことだか知しれはしない、天井てんじやうの鼠ねづみがあれ御覽ごらん、と指ゆびをさすに、筆ふでやの女房つまを始はじめとして座ざにある者ものみな笑わらひころげぬ。

正太しようたは一人ひとり眞面目まじめに成なりて、例れいの目めの玉たまぐる〱とさせながら、美登利みどりさんは冗談じようだんにして居ゐるのだね、誰たれだつて大人おとなに成ならぬ者ものは無ないに、己おいらの言いふが何故なぜをかしからう、奇麗きれいな嫁よめさんを貰もらつて連つれて歩あるくやうに成なるのだがなあ、己おいらは何なんでも奇麗きれいのが好すきだから、煎餅せんべいやのお福ふくのやうな痘痕みつちやづらや、薪まきやのお出額でこのやうなのが萬一もし來こようなら、直ぢきさま追出おひだして家うちへは入いれて遣やらないや。己おいらは痘痕あばたと濕しつつかきは大嫌だいきらひと力ちからを入いれるに、主人あるじの女をんなは吹出ふきだして、夫それでも正しようさん宜よく私わたしが店みせへ來きて下くださるの、伯母おばさんの痘痕あばたは見みえぬかえと笑わらふに、夫それでもお前まへは年寄としよりだもの、己おいらの言いふのは嫁よめさんの事ことさ、年寄としよりは何どうでも宜いいとあるに、夫それは大失敗おほしくじりだねと筆ふでやの女房にようぼうおもしろづくに御機嫌ごきげんを取とりぬ。

町内てうないで顏かほの好よいのは花屋はなやのお六さんに、水菓子みずぐわしやの喜きいさん、夫それよりも、夫それよりもずんと好よいはお前まへの隣となりに据すわつてお出いでなさるのなれど、正太しようたさんはまあ誰だれにしようと極きめてあるえ、お六さんの眼めつきか、喜きいさんの清元きよもとか、まあ何どれをえ、と問とはれて、正太しようた顏かほを赤あかくして、何なんだお六づらや、喜きい公こう、何處どこが好いい者ものかと釣つりらんぷの下したを少すこし居退ゐのきて、壁際かべぎはの方はうへと尻込しりごみをすれば、それでは美登利みどりさんが好いいのであらう、さう極きめて御座ござんすの、と圖星づぼしをさゝれて、そんな事ことを知しる物ものか、何なんだ其樣そんな事こと、とくるり後うしろを向むいて壁かべの腰こしばりを指ゆびでたゝきながら、廻まわれ〱水車みづぐるまを小音こおんに唱うたひ出だす、美登利みどりは衆人おほくの細螺きしやごを集あつめて、さあ最もう一度どはじめからと、これは顏かほをも赤あからめざりき。

(十二)

信如しんによが何時いつも田町たまちへ通かよふ時とき、通とほらでも事ことは濟すめども言いはゞ近道ちかみちの土手々前どてゝまへに、假初かりそめの格子門かうしもん、のぞけば鞍馬くらまの石燈籠いしどうろに萩はぎの袖垣そでがきしをらしう見みえて、縁先ゑんさきに卷まきたる簾すだれのさまもなつかしう、中なかがらすの障子しようじのうちには今樣いまやうの按察あぜちの後室こうしつが珠數じゆずをつまぐつて、冠かぶつ切きりの若紫わかむらさきも立出たちいづるやと思おもはるゝ、その一ツ搆かまへが大黒屋だいこくやの寮りようなり。昨日きのふも今日けふも時雨しぐれの空そらに、田町たまちの姉あねより頼たのみの長胴着ながどうぎが出來できたれば、暫時すこしも早はやう重かさねさせたき親心おやごころ、御苦勞ごくろうでも學校がくかうまへの一寸ちよつとの間まに持もつて行いつて呉くれまいか、定さだめて花はなも待まつて居ゐようほどに、と母親はゝおやよりの言いひつけを、何なにも嫌いやとは言いひ切きられぬ温順おとなしさに、唯たゞはい〱と小包こづゝみを抱かゝへて、鼠小倉ねづみこくらの緒をのすがりし朴木齒ほうのきばの下駄げたひた〱と、信如しんによは雨傘あまがささしかざして出いでぬ。

お齒はぐろ溝どぶの角かどより曲まがりて、いつも行ゆくなる細道ほそみちをたどれば、運うんわるう大黒だいこくやの前まへまで來きし時とき、さつと吹ふく風かぜ大黒傘だいこくがさの上うへを抓つかみて、宙ちうへ引ひきあげるかと疑うたがふばかり烈はげしく吹ふけば、これは成ならぬと力足ちからあしを踏ふみこたゆる途端とたん、さのみに思おもはざりし前鼻緒まへはなをのずる〱と㧞ぬけて、傘かさよりもこれこそ一の大事だいじに成なりぬ。

信如しんによこまりて舌打したうちはすれども、今更いまさら何なんと法ほうのなければ、大黒屋だいこくやの門もんに傘かさを寄よせかけ、降ふる雨あめを庇ひさしに厭いとふて鼻緒はなををつくろふに、常々つね〲仕馴しなれぬお坊ぼうさまの、これは如何いかな事こと、心こゝろばかりは急あせれども、何なんとしても甘うまくはすげる事ことの成ならぬ口惜くやしさ、ぢれて、ぢれて、袂たもとの中なかから記事文きじぶんの下書したかきして置おいた大半紙おほばんしを抓つかみ出だし、ずん〱と裂さきて紙縷こよりをよるに、意地いぢわるの嵐あらしまたもや落おとし來きて、立たてかけし傘かさのころころと轉ころががり出いづるを、いま〱しい奴やつめと腹立はらたたしげにいひて、取止とりとめんと手てを延のばすに、膝ひざへ乘のせて置おきし小包こづゝみ意久地いくぢもなく落おちて、風呂敷ふろしきは泥どろに、我わが着きる物ものの袂たもとまでを汚よごしぬ。

見みるに毒きの氣どくなるは「毒きの氣どくなるは」はママ雨あめの中なかの傘かさなし、途中とちうに鼻緒はなをを踏ふみ切きりたるばかりは無なし、美登利みどりは障子しようじの中なかながら硝子がらすごしに遠とほく眺ながめて、あれ誰だれか鼻緒はなをを切きつた人ひとがある、母かゝさん切きれを遣やつても宜よう御座ござんすかと尋たづねて、針箱はりばこの引出ひきだしから反仙ゆふぜんちりめんの切きれ端はしをつかみ出だし、庭下駄にはげたはくも鈍もどかしきやうに、馳はせ出いでゝ縁先えんさきの洋傘かうもりさすより早はやく、庭石にはいしの上うへを傳つたふて急いそぎ足あしに來きたりぬ。

それと見みるより美登利みどりの顏かほは赤あかう成なりて、何どのやうの大事だいじにでも逢あひしやうに、胸むねの動悸どうきの早はやくうつを、人ひとの見みるかと背後うしろの見みられて、恐おそる〱門もんの傍そばへ寄よれば、信如しんによもふつと振返ふりかへりて、此これも無言むごんの脇わきを流ながるゝ冷汗ひやあせ、跣足はだしに成なりて逃にげ出だしたき思おもひなり。

平常つねの美登利みどりならば信如しんによが難義なんぎの體ていを指ゆびさして、あれ〱彼あの意久地いくぢなしと笑わらふて笑わらふて笑わらひ拔ぬいて、言いひたいまゝの惡にくまれ口ぐち、よくもお祭まつりの夜よは正太しようたさんに仇あだをするとて私わたしたちが遊あそびの邪魔じやまをさせ、罪つみも無ない三ちやんを擲たゝかせて、お前まへは高見たかみで釆配さいはいを「釆配を」はママ振ふつてお出いでなされたの、さあ謝罪あやまりなさんすか、何なんとで御座ござんす、私わたしの事ことを女郎じよらう女郎じよらうと長吉ちようきちづらに言いはせるのもお前まへの指圖さしづ、女郎じよらうでも宜いいでは無ないか、塵ちり一本ぽんお前まへさんが世話せわには成ならぬ、私わたしには父とゝさんもあり母かゝさんもあり、大黒屋だいこくやの旦那だんなも姉あねさんもある、お前まへのやうな腥なまぐさのお世話せわには能ようならぬほどに餘計よけいな女郎じよらう呼よばはり置おいて貰もらひましよ、言いふ事ことがあらば陰かげのくす〱ならで此處こゝでお言いひなされ、お相手あいてには何時いつでも成なつて見みせまする、さあ何なんとで御座ござんす、と袂たもとを捉とらへて捲まくしかくる勢いきほひ、さこそは當あたり難がたうもあるべきを、物ものいはず格子かうしのかげに小隱こかくれて、さりとて立去たちさるでも無なしに唯たゞうぢ〱と胸むねとゞろかすは平常つねの美登利みどりのさまにては無なかりき。

(十三)

此處こゝは大黒屋だいこくやのと思おもふ時ときより信如しんによは物ものの恐おそろしく、左右さゆうを見みずして直ひたあゆみに爲せしなれども、生憎あやにくの雨あめ、あやにくの風かぜ、鼻緒はなををさへに踏切ふみきりて、詮せんなき門下もんしたに紙縷こよりを縷よる心地こゝち、憂うき事ことさま〲に何どうも堪たへられぬ思おもひの有ありしに、飛石とびいしの足音あしおとは背せより冷水ひやみづをかけられるが如ごとく、顧かへりみねども其人そのひとと思おもふに、わな〱と慄ふるへて顏かほの色いろも變かわるべく、後向うしろむきに成なりて猶なほも鼻緒はなをに心こゝろを盡つくすと見みせながら、半なかばは夢中むちうに此下駄このげたいつまで懸かゝりても履はける樣やうには成ならんともせざりき。

庭にはなる美登利みどりはさしのぞいて、ゑゝ不器用ぶきような彼あんな手てつきして何どうなる物ものぞ、紙縷こよりは婆々縷ばゝより、藁わらしべなんぞ前壺まへつぼに抱だかせたとて長ながもちのする事ことでは無ない、夫それ〱羽織はをりの裾すそが地ちについて泥どろに成なるは御存ごぞんじ無ないか、あれ傘かさが轉ころがる、あれを疊たゝんで立たてかけて置おけば好よいにと一々鈍もどかしう齒はがゆくは思おもへども、此處こゝに裂きれが御座ござんす、此裂これでおすげなされと呼よびかくる事こともせず、これも立盡たちつくして降雨ふるあめ袖そでに詫わびしきを、厭いとひもあへず小隱こかくれて覗うかゞひしが、さりとも知しらぬ母はゝの親おやはるかに聲こゑを懸かけて、火ひのしの火ひが熾おこりましたぞえ、此この美登利みどりさんは何なにを遊あそんで居ゐる、雨あめの降ふるに表おもてへ出でての惡戯いたづらは成なりませぬ、又また此間このあひだのやうに風引かぜひかうぞと呼立よびたてられるに、はい今いま行ゆきますと大おゝきく言いひて、其聲そのこゑ信如しんによに聞きこえしを耻はづかしく、胸むねはわくわくと上氣じようきして、何どうでも明あけられぬ門もんの際きわにさりとも見過みすごしがたき難義なんぎをさま〲の思案しあん盡つくして、格子かうしの間あいだより手てに持もつ裂きれを物ものいはず投なげ出いだせば、見みぬやうに見みて知しらず顏がほを信如しんによのつくるに、ゑゝ例いつもの通とほりの心根こゝろねと遣やる瀬せなき思おもひを眼めに集あつめて、少すこし涙なみだの恨うらみ顏がほ、何なにを憎にくんで其そのやうに無情つれなきそぶりは見みせらるゝ、言いひたい事ことは此方こなたにあるを、餘あまりな人ひととこみ上あぐるほど思おもひに迫せまれど、母親はゝおやの呼聲よびごゑしば〱なるを詫わびしく、詮方せんかたなさに一ト足あし二タ足あしゑゝ何なんぞいの未練みれんくさい、思おもはく耻はづかしと身みをかへして、かた〱と飛石とびいしを傳つたひゆくに、信如しんによは今いまぞ淋さびしう見みかへれば紅入べにいり友仙ゆうぜんの雨あめにぬれて紅葉もみぢの形かたのうるはしきが我わがが足あしちかく散ちりぼひたる、そゞろに床ゆかしき思おもひは有あれども、手てに取とりあぐる事ことをもせず空むなしう眺ながめて憂うき思おもひあり。

我わが不器用ぶきようをあきらめて、羽織はをりの紐ひもの長ながきをはづし、結ゆわひつけにくる〱と見みとむなき間まに合あわせをして、これならばと踏試ふみこゝろむるに、歩あるきにくき事こと言いふばかりなく、此下駄このげたで田町たまちまで行ゆく事ことかと今いまさら難義なんぎは思おもへども詮方せんかたなくて立上たちあがる信如しんによ、小包こづゝみを横よこに二タ足あしばかり此門このもんをはなれるにも、友仙ゆうぜんの紅葉もみじ目めに殘のこりて、捨すてゝ過すぐるにしのび難がたく心殘こゝろのこりして見返みかへれば、信のぶさん何どうした鼻緒はなをを切きつたのか、其姿そのなりは何どうだ、見みッとも無ないなと不意ふいに聲こゑを懸かくる者もののあり。

驚おどろいて見みかへるに暴あばれ者ものの長吉ちようきち、いま廓内なかよりの歸かへりと覺おぼしく、浴衣ゆかたを重かさねし唐棧とうざんの着物きものに柿色かきいろの三尺じやくを例いつもの通とほり腰こしの先さきにして、黒くろ八の襟ゑりのかゝつた新あたらしい半天はんてん、印しるしの傘かさをさしかざし高足駄たかあしだの爪皮つまかわも今朝けさよりとはしるき漆うるしの色いろ、きわ〲しう見みえて誇ほこらし氣げなり。

僕ぼくは鼻緒はなをを切きつて仕舞しまつて何どう爲しようかと思おもつて居ゐる、本當ほんとうに弱よわつて居ゐるのだ、と信如しんによの意久地いくぢなき事ことを言いへば、左樣そうだらうお前まへに鼻緒はなをの立たちッこは無ない、好いいや己おれの下駄げたを履はいて行ゆきねへ、此鼻緒このはなをは大丈夫だいぢやうぶだよといふに、夫それでもお前まへが困こまるだらう。何なに己おれは馴なれた物ものだ、斯かうやつて斯かうすると言いひながら急遽あわたゞしう七分ぶ三分ぶに尻端しりはし折をりて、其樣そんな結ゆわひつけなんぞより是これが夾快さつぱりだと下駄げたを脱ぬぐに、お前まへ跣足はだしに成なるのか夫それでは氣きの毒どくだと信如しんによ困こまり切きるに、好いいよ、己おれは馴なれた事ことだ信のぶさんなんぞは足あしの裏うらが柔やわらかいから跣足はだしで石いしごろ道みちは歩あるけない、さあ此これを履はいてお出いで、と揃そろへて出だす親切しんせつさ、人ひとには疫病神やくびやうがみのやうに厭いとはれながらも毛虫眉毛けむしまゆげを動うごかして優やさしき詞ことばのもれ出いづるぞをかしき。信のぶさんの下駄げたは己おれが提さげて行ゆかう、臺處だいどこへ抛ほうり込こんで置おいたら子細しさいはあるまい、さあ履はき替かへて夫それをお出だしと世話せわをやき、鼻緒はなをの切きれしを片手かたてに提さげて、それなら信のぶさん行いつてお出いで、後刻のちに學校がくかうで逢あはうぜの約束やくそく、信如しんによは田町たまちの姉あねのもとへ、長吉ちようきちは我家わがやの方かたへと行別ゆきわかれるに思おもひの止とゞまる紅入べにいりの友仙ゆうぜんは可憐いぢらしき姿すがたを空むなしく格子門かうしもんの外そとにと止とゞめぬ。

(十四)

此年このとし三の酉とりまで有ありて中なか一日にちはつぶれしかど前後ぜんごの上天氣じやうてんきに大鳥神社おほとりじんじやの賑にぎわひすさまじく、此處こゝかこつけに檢査塲けんさばの門もんより亂みだれ入いる若人達わかうどたちの勢いきほひとては、天柱てんちうくだけ地維ちいかくるかと思おもはるゝ笑わらひ聲こゑのどよめき、中之町なかのちやうの通とほりは俄にわかに方角ほうがくの替かはりしやうに思おもはれて、角町すみちやう京町きやうまち處々ところ〲のはね橋ばしより、さつさ押おせ〱と猪牙ちよきがゝつた言葉ことばに人波ひとなみを分わくる群むれもあり、河岸かしの小店こみせの百囀もゝさへづりより、優ゆうにうづ高たかき大籬おほまがきの樓上ろうじやうまで、絃歌げんかの聲こゑのさま〲に沸わき來くるやうな面白おもしろさは大方おほかたの人ひとおもひ出いでゝ忘わすれぬ物ものに思おぼすも有あるべし。正太しようたは此日このひ日ひがけの集あつめを休やすませ貰もらひて、三五郎らうが大頭おほがしらの店みせを見舞みまふやら、團子屋だんごやの背高せいたかが愛想氣あいそげのない汁粉しるこやを音おとづれて、何どうだ儲まうけがあるかえと言いへば、正しようさんお前まへ好いい處ところへ來きた、我おれが饀あんこの種たねなしに成なつて最もう今いまからは何なにを賣うらう、直樣すぐさま煮にかけては置おいたけれど中途なかたびお客きやくは斷ことはれない、何どうしような、と相談そうだんを懸かけられて、智惠無ちゑなしの奴やつめ大鍋おほなべの四邊ぐるりに夫それッ位くらい無駄むだがついて居ゐるでは無ないか、夫それへ湯ゆを廻まわして砂糖さとうさへ甘あまくすれば十人にん前まへや二十人にんは浮ういて來こよう、何處どこでも皆みんな左樣そうするのだお前まへの店とこばかりではない、何なに此騷このさわぎの中なかで好惡よしあしを言いふ物ものが有あらうか、お賣うりお賣うりと言いひながら先さきに立たつて砂糖さとうの壺つぼを引寄ひきよすれば、目めッかちの母親はゝおやおどろいた顏かほをして、お前まへさんは本當ほんとうに商人あきんどに出來できて居ゐなさる、恐おそろしい智惠者ちゑしやだと賞ほめるに、何なんだ此樣こんな事ことが智惠者ちゑしやな物ものか、今いま横町よこちやうの潮吹しほふきの處とこで饀あんが足たりないッて此樣こうやつたを見みて來きたので己おれの發明はつめいでは無ない、と言いひ捨すてゝ、お前まへは知しらないか美登利みどりさんの居ゐる處ところを、己おれは今朝けさから探さがして居ゐるけれど何處どこへ行ゆつたか筆ふでやへも來こないと言いふ、廓内なかだらうかなと問とへば、むゝ美登利みどりさんはな今いまの先さき己おれの家うちの前まへを通とほつて揚屋町あげやまちの刎橋はねばしから這入はいつて行ゆつた、本當ほんとうに正しやうさん大變たいへんだぜ、今日けふはね、髮かみを斯かういふ風ふうにこんな島田しまだに結ゆつてと、變へんてこな手てつきをして、奇麗きれいだね彼あの娘こはと鼻はなを拭ふきつゝ言いへば、大卷おほまきさんより猶なほ美いいや、だけれど彼あの子こも華魁おいらんに成なるのでは可憐かわいさうだと下したを向むひて正太しようたの答こたふるに、好いいじやあ無ないか華魁おいらんになれば、己おれは來年らいねんから際物屋きわものやに成なつてお金かねをこしらへるがね、夫それを持もつて買かひに行ゆくのだと頓馬とんまを現あらはすに、洒落しやらくさい事ことを言いつて居ゐらあ左そうすればお前まへはきつと振ふられるよ。何故々々なぜ〲何故なぜでも振ふられる理由わけが有あるのだもの、と顏かほを少すこし染そめて笑わらひながら、夫それじやあ己おれも一廻まわりして來こようや、又また後のちに來くるよと捨すて臺辭ぜりふして門かどに出でて、十六七の頃ころまでは蝶てふよ花はなよと育そだてられ、と怪あやしきふるへ聲こゑに此頃このごろ此處こゝの流行はやりぶしを言いつて、今いまでは勤つとめが身みにしみてと口くちの内うちにくり返かへし、例れいの雪駄せつたの音おとたかく浮うきたつ人ひとの中なかに交まじりて小ちいさき身躰からだは忽たちまちに隱かくれつ。

揉もまれて出いでし廓くるわの角かど、向むかうふより番頭新造ばんとうしんぞのお妻つまと連つれ立だちて話はなしながら來くるを見みれば、まがひも無なき大黒屋だいこくやの美登利みどりなれども誠まことに頓馬とんまの言いひつる如ごとく、初々うい〱しき大島田おほしまだ結ゆひ錦わたのやうに絞しぼりばなしふさ〱とかけて、鼈甲べつかうのさし込こみ、總ふさつきの花はなかんざしひらめかし、何時いつよりは極彩色ごくさいしきのたゞ京人形きようにんげうを見みるやうに思おもはれて、正太しようたはあつとも言いはず立止たちどまりしまゝ例いつもの如ごとくは抱だききつきもせで打守うちまもるに、彼方こなたは正太しようたさんかとて走はしり寄より、お妻つまどんお前まへ買かひ物ものが有あらば最もう此處こゝでお別わかれにしましよ、私わたしは此人このひとと一處しよに歸かへります、左樣さやうならとて頭かしらを下さげげるに、あれ美みいちやんの現金げんきんな、最もうお送おくりは入いりませぬとかえ、そんなら私わたしは京町きやうまちで買物かいものしましよ、とちよこ〱走ばしりに長屋ながやの細道ほそみちへ驅かけ込こむに、正太しようたはじめて美登利みどりの袖そでを引ひいて好よく似合にあふね、いつ結ゆつたの今朝けさかへ昨日きのふかへ何故なぜはやく見みせては呉くれなかつた、と恨うらめしげに甘あまゆれば、美登利みどり打うちしほれて口重くちおもく、姉ねえさんの部屋へやで今朝けさ結ゆつて貰もらつたの、私わたしは厭いやでしようが無ない、とさし俯向うつむきて往來ゆきゝを恥はぢぬ。

(十五)

憂うく恥はづかしく、つゝましき事こと身みにあれば人ひとの褒ほめるは嘲あざけりと聞きゝなされて、嶋田しまだの髷まげのなつかしさに振ふりかへり見みる人ひとたちをば我われれを蔑さげすむ眼めつきと察とられて、正太しようたさん私わたしは自宅うちへ歸かへるよと言いふに、何故なぜ今日けふは遊あそばないのだらう、お前まへ何なにか小言こごとを言いはれたのか、大卷おほまきさんと喧嘩けんくわでもしたのでは無ないか、と子供こどもらしい事ことを問とはれて答こたへは何なんと顏かほの赤あからむばかり、連つれ立だちて團子屋だんごやの前まへを過すぎるに頓馬とんまは店みせより聲こゑをかけてお中なかが宜よろしう御座ございますと仰山げうさんな言葉ことばを聞きくより美登利みどりは泣なきたいやうな顏かほつきして、正太しようたさん一處しよに來きては嫌いやだよと、置おきざりに一人ひとり足あしを早はやめぬ。

お酉とりさまへ諸共もろともにと言いひしを道みち引違ひきたがへて我わが家やの方かたへと美登利みどりの急いそぐに、お前まへ一處しよには來きて呉くれないのか、何故なぜ其方そつちへ歸かへつて仕舞しまふ、餘あんまりだぜと例れいの如ごとく甘あまへてかゝるを振切ふりきるやうに物言ものいはず行ゆけば、何なんの故ゆゑとも知しらねども正太しようたは呆あきれて追おひすがり袖そでを止とゞめては怪あやしがるに、美登利みどり顏かほのみ打赤うちあかめて、何なんでも無ない、と言いふ聲こゑ理由わけあり。

寮りようの門もんをばくゞり入いるに正太しようたかねても遊あそびに來馴きなれて左さのみ遠慮ゑんりよの家いへにもあらねば、跡あとより續つづいて縁先ゑんさきからそつと上あがるを、母親はゝおや見みるより、おゝ正太しようたさん宜よく來きて下くださつた、今朝けさから美登利みどりの機嫌きげんが惡わるくて皆みんなあぐねて困こまつて居ゐます、遊あそんでやつて下くだされと言いふに、正太しようたは大人おとならしう惶かしこまりて加减かげんが惡わるいのですかと眞面目まじめに問とふを、いゝゑ、と母親はゝおや怪あやしき笑顏ゑがほをして少すこし經たてば愈なほりませう、いつでも極きまりの我わがまゝ樣さん、嘸さぞお友達ともだちとも喧嘩けんくわしませうな、眞實ほんにやり切きれぬ孃ぢようさまではあるとて見みかへるに、美登利みどりはいつか小座敷こざしきに蒲團ふとん抱卷かいまき持出もちいでゝ、帶おびと上着うわぎを脱ぬぎ捨すてしばかり、うつ伏ぶし臥ふして物ものをも言いはず。

正太しようたは恐おそる〱枕まくらもとへ寄よつて、美登利みどりさん何どうしたの病氣びようきなのか心持こゝろもちが惡わるいのか全體ぜんたい何どうしたの、と左さのみは摺寄すりよらず膝ひざに手てを置おいて心こゝろばかりを腦なやますに、美登利みどりは更さらに答こたへも無なく押おさゆる袖そでにしのび音ねの涙なみだ、まだ結ゆひこめぬ前髮まへがみの毛けの濡ぬれて見みゆるも子細わけありとはしるけれど、子供心こどもごゝろに正太しようたは何なんと慰なぐさめの言葉ことばも出いでず唯たゞひたすらに困こまり入いるばかり、全體ぜんたい何なにが何どうしたのだらう、己おれはお前まへに怒おこられる事ことはしもしないに、何なにが其樣そんなに腹はらが立たつの、と覗のぞき込こんで途方とはうにくるれば、美登利みどりは眼めを拭ぬぐふて正太しようたさん私わたしは怒おこつて居ゐるのでは有ありません。

夫それならどうしてと問とはれゝば憂うき事ことさまざま是これは何どうでも話はなしのほかの包つゝましさなれば、誰だれに打明うちあけいふ筋すぢならず、物言ものいはずして自おのづと頬ほゝの赤あかうなり、さして何なにとは言いはれねども次第々々しだい〱に心細こゝろぼそき思おもひ、すべて昨日きのふの美登利みどりの身みに覺おぼえなかりし思おもひをまうけて物ものの恥はづかしさ言いふばかり無なく、成なる事ことならば薄暗うすくらき部屋へやのうちに誰たれとて言葉ことばをかけもせず我わが顏かほながむる者ものなしに一人ひとり氣きまゝの朝夕てうせきを經へたや、さらば此樣このひやうの憂うき事ことありとも人目ひとめつゝましからずは斯かくまで物ものは思おもふまじ、何時いつまでも何時いつまでも人形にんげうと紙雛好あねさまとを相手あいてにして飯事まゝごとばかりして居ゐたらば嘸さぞかし嬉うれしき事ことならんを、ゑゝ厭いや〱、大人おとなに成なるは厭いやな事こと、何故なぜ此このやうに年としをば取とる、最もう七月なゝつき十月とつき、一年ねんも以前もとへ歸かへりたいにと老人としよりじみた考かんがへをして、正太しようたの此處こゝにあるをも思おもはれず、物ものいひかければ悉こと〲く蹴けちらして、歸かへつてお呉くれ正太しようたさん、後生ごしやうだから歸かへつてお呉くれ、お前まへが居ゐると私わたしは死しんで仕舞まふであらう、物ものを言いはれると頭痛づつうがする、口くちを利きくと目めがまわる、誰たれも〱私わたしの處ところへ來きては厭いやなれば、お前まへも何卒どうぞ歸かへつてと例れいに似合にあはぬ愛想あいそづかし、正太しようたは何故なにとも得ゑぞ解ときがたく、畑はたのうちにあるやうにてお前まへは何どうしても變へんてこだよ、其樣そんな事ことを言いふ筈はづは無ないに、可怪をかしい人ひとだね、と是これはいさゝか口惜くちをしき思おもひに、落おちついて言いひながら目めには氣弱きよわの涙なみだのうかぶを、何なにとて夫それに心こゝろを置おくべき歸かへつてお呉くれ、歸かへつてお呉くれ、何時いつまで此處こゝに居ゐて呉くれゝば最もうお朋達ともだちでも何なんでも無ない、厭いややな正太しようたさんだと憎にくらしげに言いはれて、夫それならば歸かへるよ、お邪魔じやまさまで御座ございましたとて、風呂塲ふろばに加减かげん見みる母親はゝおやには挨拶あいさつもせず、ふいと立たつて正太しようたは庭先にはさきよりかけ出いだしぬ。

(十六)

眞ま一文字もんじに驅かけて人中ひとなかを拔ぬけつ潜くゞりつ、筆屋ふでやの店みせへをどり込こめば、三五郎らうは何時いつか店みせをば賣仕舞うりしまふて、腹掛はらがけのかくしへ若干金なにがしかをぢやらつかせ、弟妹おとうといもと引ひきつれつゝ好すきな物ものをば何なんでも買かへの大兄樣おあにいさん、大愉快おほゆくわいの最中もなかへ正太しようたの飛込とびこみ來きしなるに、やあ正しようさん今いまお前まへをば探さがして居ゐたのだ、己おれは今日けふは大分だいぶの儲もうけがある、何なにか奢おごつて上あげやうかと言いへば、馬鹿ばかをいへ手前てめへに奢おごつて貰もらふ己おれでは無ないわ、默だまつて居ゐろ生意氣なまいきは吐つくなと何時いつになく荒あらい事ことを言いつて、夫それどころでは無ないとて鬱ふさぐに、何なんだ何なんだ喧嘩けんくわかと飯たべかけの饀あんぱんを懷中ふところに捻ねぢ込こんで、相手あいては誰だれだ、龍華寺りうげじか、長吉ちようきちか、何處どこで始はじまつた廓内なかは鳥居前とりゐまへか、お祭まつりの時ときとは違ちがふぜ、不意ふいでさへ無なくは負まけはしない、己おれが承知しようちだ先棒さきぼうは振ふらあ、正しようさん膽きもッ玉たまをしつかりして懸かゝりねへ、と競きそひかゝるに、ゑゝ氣きの早はやい奴やつめ、喧嘩けんくわでは無ない、とて流石さすがに言いひかねて口くちを噤つぐめば、でもお前まへが大層たいさうらしく飛込とびこんだから己おれは一途づに喧嘩けんくわかと思おもつた、だけれど正しようさん今夜こんやはじまらなければ最もう是これから喧嘩けんくわの起おこりッこは無ないね、長吉ちやうきちの野郎やらう片腕かたうでがなくなる物ものと言いふに、何故なぜどうして片腕かたうでがなくなるのだ。お前まへ知しらずか己おれも唯今たつたいまうちの父とつさんが龍華寺りうげじの御新造ごしんぞと話はなして居ゐたを聞きいたのだが、信のぶさんは最もう近々ちか〲何處どこかの坊ぼうさん學校がくがうルビの「がくがう」はママへ這入はいるのだとさ、衣こゝもを着きて仕舞しまへば手てが出でねへや、唐からつきり彼あんな袖そでのぺら〱した、恐おそろしい長ながい物ものを捲まくり上あげるのだからね、左さうなれば來年らいねんから横町よこちやうも表おもても殘のこらずお前まへの手下てしただよと煽そやすに、廢よして呉くれ二錢せん貰もらふと長吉ちやうきちの組くみに成なるだらう、お前まへみたやうのが百人にん中間なかまに有あつたとて少ちつとも嬉うれしい事ことは無ない、着つきたい方はうへ何方どこへでも着つきねへ、己おれは人ひとは頼たのまない眞ほんの腕うでッこで一度ど龍華寺りうげじとやりたかつたに、他處よそへ行ゆかれては仕方しかたが無ない、藤本ふぢもとは來年らいねん學校がくかうを卒業そつげうしてから行ゆくのだと聞きいたが、何どうして其樣そんなに早はやく成なつたらう、爲樣しやうのない野郎やらうだと舌打したうちしながら、夫それは少すこしも心こゝろに止とまらねども美登利みどりが素振そぶりのくり返かへされて正太しようたは例れいの歌うたも出でず、大路おほぢの往來ゆきゝの夥おびたゞしきさへ心淋こゝろさびしければ賑にぎやかなりとも思おもはれず、火ひともし頃ごろより筆ふでやが店みせに轉ころがりて、今日けふの酉とりの市いち目茶々々めちや〲に此處こゝも彼處かしこも怪あやしき事こと成なりき。

美登利みどりはかの日ひを始はじめにして生うまれかはりし樣やうの身みの振舞ふるまい、用ようある折をりは廓くるわの姉あねのもとにこそ通かよへ、かけても町まちに遊あそぶ事ことをせず、友達ともだちさびしがりて誘さそひにと行ゆけば今いまに今いまにと空約束からやくそくはてし無なく、さしもに中なかよし成なりけれど正太しようたとさへに親したしまず、いつも耻はづかし氣げに顏かほのみ赤あかめて筆ふでやの店みせに手踊てをどりの活溌かつぱつさは再ふたゝび見みるに難かたく成なりける、人ひとは怪あやしがりて病やまひの故せいかと危あやぶむも有あれども母親はゝおや一人ひとりほゝ笑ゑみては、今いまにお侠きやんの本性ほんしようは現あらはれまする、これは中休なかやすみと子細わけありげに言いはれて、知しらぬ者ものには何なんの事こととも思おもはれず、女をんならしう温順おとなしう成なつたと褒ほめるもあれば折角せつかくの面白おもしろい子こを種たねなしにしたと誹そしるもあり、表町おもてまちは俄にはかに火ひの消きえしやう淋さびしく成なりて正太しようたが美音びおんも聞きく事ことまれに、唯たゞ夜よな〱の弓張提燈ゆみはりでうちん、あれは日ひがけの集あつめとしるく土手どてを行ゆく影かげそゞろ寒さむげに、折をりふし供ともする三五郎らうの聲こゑのみ何時いつに變かはらず滑稽おどけては聞きこえぬ。

龍華寺りようげじの信如しんによが我わが宗しゆうの修業しゆげうの庭にはに立出たちいづる風説うわさをも美登利みどりは絶たえて聞きかざりき、有ありし意地いぢをば其そのまゝに封ふうじ込こめて、此處こゝしばらくの怪あやしの現象さまに我われを我われとも思おもはれず、唯たゞ何事なにごとも耻はづかしうのみ有ありけるに、或ある霜しもの朝あさ水仙すいせんの作つくり花ばなを格子門かうしもんの外そとよりさし入いれ置おきし者ものの有ありけり、誰だれの仕業しわざと知しるよし無なけれど、美登利みどりは何なにゆゑとなく懷なつかしき思おもひにて違ちがひ棚だなの一輪りんざしに入いれて淋さびしく清きよき姿すがたをめでけるが、聞きくともなしに傳つたへ聞きく其その明あけの日ひは信如しんによが何なにがしの學林がくりんに袖そでの色いろかへぬべき當日たうじつなりしとぞ(終をわり)

底本 / Source edition

底本:「文藝倶樂部第二卷第五編」博文館
1896(明治29)年4月
初出:(一)~(三)「文學界 二十五號」文學界雜誌社
1895(明治28)年1月30日
(四)~(六)「文學界 二十六號」文學界雜誌社
1895(明治28)年2月28日
(七)~(八)「文學界 二十七號」文學界雜誌社
1895(明治28)年3月30日
(九)~(十)「文學界 三十二號」文學界雜誌社
1895(明治28)年8月30日
(十一)~(十二)「文學界 三十五號」文學界雜誌社
1895(明治28)年11月30日
(十三)~(十四)「文學界 三十六號」文學界雜誌社
1895(明治28)年12月30日
(十五)~(十六)「文學界 三十七號」文學界雜誌社
1896(明治29)年1月30日
※「夫《それ》」と「夫《そ》れ」、「祭《まつり》」と「祭《まつ》り」の混在は、底本通りです。
※「萬燈」と「万燈」、「愛嬌」と「愛敬」、「島田」と「嶋田」、「構」と「搆」、「恥」と「耻」、「拔」と「※[#「抜」の「友」に代えて「丿/友」、U+39DE]」の混在は、底本通りです。
※初出時の署名は、「樋口一葉女史」です。
※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。
入力:万波通彦
校正:猫の手ぴい
2018年4月26日作成
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リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/055671_000064/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/055671_000064/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/055671_000064/

樋口 一葉「たけくらべ」(旧字旧仮名)、底本『文藝倶樂部第二卷第五編』博文館、1896年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 055671_000064, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite