Soranoha

家なき子

いえなきこ

マロ エクトール・アンリ

生い立ち

わたしは捨すて子ごだった。

でも八つの年まではほかの子どもと同じように、母親があると思っていた。それは、わたしが泣なけばきっと一人の女が来て、優やさしくだきしめてくれたからだ。

その女がねかしつけに来てくれるまで、わたしはけっしてねどこにははいらなかった。冬のあらしがだんごのような雪をふきつけて窓まどガラスを白くするじぶんになると、この女の人は両手の間にわたしの足をおさえて、歌を歌いながら暖あたためてくれた。その歌の節ふしも文句もんくも、いまに忘わすれずにいる。

わたしが外へ出て雌牛めうしの世話をしているうち、急に夕立がやって来ると、この女はわたしを探さがしに来て、麻あさの前かけで頭からすっぽりくるんでくれた。

ときどきわたしは遊あそび仲間なかまとけんかをする。そういうとき、この女の人はじゅうぶんわたしの言い分を聞いてくれて、たいていの場合、優やさしいことばでなぐさめてくれるか、わたしの肩かたをもってくれた。

それやこれやで、わたしに物を言う調子、わたしを見る目つき、あまやかしてくれて、しかるにしても優やさしくしかる様子から見て、この女の人はほんとうの母親にちがいないと思っていた。

ところでそれがひょんな事情じじょうから、この女の人が、じつは養やしない親おやでしかなかったということがわかったのだ。

わたしの村、もっと正しく言えばわたしの育てられた村は――というのが、わたしには父親や母親という者がないと同様に、自分の生まれた村というものがなかったのだから――で、とにかくわたしが子どもの時代を過すごした村は、シャヴァノンという村で、それはフランスの中部地方でもいちばんびんぼうな村の一つであった。

なにしろ土地がいたってやせていて、どうにもしようのない場所であった。どこを歩いてみても、すきくわのはいった田畑というものは少なくて、見わたすかぎりヒースやえにしだのほか、ろくにしげるもののない草原で、そのあれ地を行きつくすと、がさがさした砂地すなじの高原で、風にふきたわめられたやせ木立ちが、所どころひょろひょろと、いじけてよじくれたえだをのばしているありさまだった。

そんなわけで、木らしい木を見ようとすると、丘おかを見捨みすてて谷間へと下りて行かねばならぬ。その谷川にのぞんだ川べりにはちょっとした牧草ぼくそうもあり、空をつくようなかしの木や、ごつごつしたくりの木がしげっていた。

その谷川の早い瀬せの末すえがロアール川の支流しりゅうの一つへ流れこんで行く、その岸の小さな家で、わたしは子どもの時代を送った。

八つの年まで、わたしはこの家で男の姿すがたというものを見なかった。そのくせ、『おっかあ』と呼よんでいた人はやもめではなかった。夫おっとというのは石工いしくであったが、このへんのたいていの労働者ろうどうしゃと同様パリへ仕事に行っていて、わたしが物心ものごころついてこのかた、つい一度も帰って来たことはなかった。ただおりふしこの村へ帰って来る仲間なかまの者に、便たよりをことづけては来た。

「バルブレンのおっかあ、こっちのもたっしゃだよ。相変あいかわらずかせいでいる、よろしく言ってくれと言って、このお金を預あずけてよこした。数えてみてください」

これだけのことであった。おっかあも、それだけの便たよりで満足まんぞくしていた。ご亭主ていしゅがたっしゃでいる、仕事もある、お金がもうかる――と、それだけ聞いて、満足まんぞくしていた。

このご亭主ていしゅのバルブレンがいつまでもパリへ行っているというので、おかみさんと仲なかが悪いのだと思ってはならない。こうやって留守るすにしているのは、なにも気まずいことがあるためではない。パリに滞在たいざいしているのは仕事に引き留とめられているためで、やがて年を取ればまた村へ帰って来て、たんまりかせいで来たお金で、おかみさんと気楽にくらすつもりであった。

十一月のある日のこと、もう日のくれに、見知らない一人の男がかきねの前に立ち止まった。そのときわたしは、門口かどぐちでそだを折おっていた。中にはいろうともしないで、かきねの上からぬっと頭を出してのぞきながら、その男はわたしに、「バルブレンのおっかあのうちはここかね」とたずねた。

わたしは、「おはいんなさい」と言った。

男は門かどの戸をきいきい言わせながらはいって来て、のっそり、うちの前につっ立った。

こんなよごれくさった男を見たことがなかった。なにしろ、頭のてっぺんから足のつま先まで板を張はったようにどろをかぶっていた。それも半分まだかわききらずにいた。よほど長いあいだ、悪い道をやって来たにちがいない。

話し声を聞いて、バルブレンのおっかあはかけだして来た。そして、この男がしきいに足をかけようとするところへ、ひょっこり顔を出した。

「パリからことづかって来たが」と男は言った。

それはごくなんでもないことばだったし、もうこれまでも何べんとなく、それこそ耳にたこのできるほど聞き慣なれたものだったが、どうもそれが『ご亭主ていしゅはたっしゃでいるよ。相変あいかわらずかせいでいるよ』という、いつものことばとは、なんだかちがっていた。

「おやおや。ジェロームがどうかしましたね」

と、おっかあは両手をもみながら声を立てた。

「ああ、ああ、どうもとんだことでね。ご亭主ていしゅはけがをしてね。だが気を落としなさんなよ。けがはけがだが命には別状べつじょうがない。だが、かたわぐらいにはなるかもしれない。いまのところ病院にはいっている。わたしはちょうど病室でとなり合わせて、今度国へ帰るについて、ついでにこれだけの事をことづけてくれとたのまれたのさ。ところで、ゆっくりしてはいられない。まだこれから三里(約十二キロ)も歩かなくてはならないし、もうおそくもなっているからね」

でもおっかあは、もっとくわしい話が開きたいので、ぜひ夕飯ゆうはんを食べて行くようにと言ってたのんだ。道は悪いし、森の中にはおおかみが出るといううわさもある。あしたの朝立つことにしたほうがいい。

男は承知しょうちしてくれた。そこで炉ろのすみにすわりこんで、腹はらいっぱい食べながら、事件じけんのくわしい話をした。バルブレンはくずれた足場の下にしかれて大けがをした。そのくせ、そこはだれも行く用事のない場所であったという証言しょうげんがあったので、建物たてものの請負人うけおいにんは一文の賠償金ばいしょうきんもしはらわないというのである。

「ご亭主ていしゅも気きのどくな。運が悪かったのよ」

と、男は言った。

「まったく、運が悪かったのよ。世間にはわざとこんなことを種たねに、しこたませしめるずるい連中れんちゅうもあるのだが、おまえさんのご亭主ていしゅときては、一文にもならないのだからな」

「まったく運が悪い」と男はこのことばをくり返しながら、どろでつっぱり返っているズボンをかわかしていた。その口ぶりでは、手足の一本ぐらいたたきつぶされても、お金になればいいというらしかった。

「なんでもこれは、請負人うけおいにんを相手あいてどって裁判所さいばんしょへ持ち出さなければうそだと、おれは勧すすめておいたよ」

男は話のしまいに、こう言った。

「まあ。でも裁判さいばんなんということは、ずいぶんお金の要いることでしょう」

「そうだよ。だが勝てばいいさ」

バルブレンのおっかあは、パリまで出かけて行こうかと思った。でも、それはずいぶんたいへんなことだった。道は遠いし、お金がかかる。

そのあくる朝、わたしは村へ行ってぼうさんに相談そうだんした。ぼうさんは、まあ向こうへ行って役に立つかどうか、それがよくわかったうえにしないと、つまらないと言った。それでぼうさんが代筆だいひつをして、バルブレンのはいっている慈恵じけい病院の司祭しさいにあてて、手紙を出すことにした。その返事は二、三日して着いたが、バルブレンのおっかあは来るにはおよばない、だが、ご亭主ていしゅが災難さいなんを受けた相手あいてにかけ合うについて、入費にゅうひのお金を送ってもらいたいというのであった。

それからいく日もいく週間もたった。ときおり手紙が届いて、そのたんびにもっと金を送れ金を送れと言って来る。いちばんおしまいには、これまでの手紙よりまたひどくなって、もう金がないなら、雌牛めうしのルセットを売っても、ぜひ金をこしらえろと言って来た。

いなかで百姓ひゃくしょうの仲間なかまにはいってくらした者でなければ、『雌牛を売れ』というこのことばに、どんなにつらい、悲しい思いがこもっているかわからない。百姓にとって、雌牛のありがたさは、一とおりのものではなかった。いかほどびんぼうでも、家内かないが多くても、ともかくも雌牛めうしが飼かってあるあいだは、飢うえて死ぬことはないはずだ。

それにうちの雌牛は、なにより仲なかよしのお友だちであった。わたしたちが話をしたり、その背中せなかをさすってキッスをしてやったりすると、それはよく聞き分けて、優やさしい目でじっと見た。つまりわたしたちはおたがいに愛あいし合っていたと言えば、それでじゅうぶんだ。

けれどもいまはその雌牛めうしとも、わたしたちは別わかれなければならなかった。『雌牛を売る』それでなければ、もうご亭主ていしゅを満足まんぞくさせることはできなかった。

そこでばくろう(馬売買の商人)がやって来て、細かく雌牛のルセットをいじくり回した。いじくり回しながらしじゅう首をふって、これはまるで役に立たない。乳ちちも出ないしバターも取れないと、さんざんなんくせをつけておいて、つまり引き取るには引き取るが、それもおっかあが正直な、いい人で気のどくだから、引き取ってやるのだというのであった。

かわいそうに、ルセットも、自分がどうされるかさとったもののように、牛小屋から出るのをいやがって鳴き始めた。

「後ろへ回って、たたき出せ」とばくろうはわたしに言って、首の回りにかけていたむちをわたした。

「いいえ、そんなことをしてはいけない」とおっかあはさけんだ。

それでルセットのはづな(馬の口につけて引くつな)をつかまえながら、優やさしく言った。

「さあ、おまえ出ておくれ。ねえ、いいかい」

ルセットはそれをこばむことができなかった。それで往来おうらいへ出ると、ばくろうはルセットを車の後ろにしばりつけた。馬がとことこかけだすと、ルセットはいやでもあとからついて行かなければならなかった。

わたしたちはうちの中にはいったが、しばらくのあいだまだルセットの鳴き声が聞こえていた。

もう乳ちちもなければバターもない。朝は一きれのパン、晩ばんは塩しおをつけたじゃがいものごちそうであった。

雌牛めうしを売ってから四、五日すると、謝肉祭しゃにくさいが来た。一年まえのこの日には、バルブレンのおっかあが、わたしにどら焼やきと揚あげりんごのごちそうをこしらえてくれた。それでたくさんわたしが食べると、おっかあはごきげんで、にこにこしてくれた。

けれどそのときは揚あげ物ものの衣ころもがパン粉こをとかす乳ちちや、揚げ物の油のバターをくれるルセットがいた。

もうルセットもいない、乳ちちもない、バターもない、これでは、謝肉祭しゃにくさいもなにもないと、わたしはつまらなそうに独ひとり言ごとを言った。

ところがおっかあはわたしをびっくりさせた。おっかあはいつも人から物を借かりることをしない人ではあったが、おとなりへ行って乳ちちを一ぱいもらい、もう一けんからバターを一かたまりもらって来て、わたしがお昼ごろうちへ帰って来ると、おっかあは大きな土どなべにパン粉こをあけていた。

「おや、パン粉」とわたしはそばへ寄よって言った。

「ああ、そうだよ」と、おっかあはにっこりしながら答えた。「上等なパン粉だよ、ご覧らん、ルミ、いいかおりだろう」

わたしはこのパン粉こをなんにするのか知りたいと思ったが、それをおしてたずねる勇気ゆうきがなかった。それにきょうが謝肉祭しゃにくさいだということを思い出させて、おっかあをふゆかいにさせたくなかった。

「パン粉こでなにをこさえるのだったけね」とおっかあはわたしの顔を見ながら聞いた。

「パンさ」

「それからほかには」

「パンがゆ」

「それからまだあるだろう」

「だって……ぼく知らないや」

「なあに、おまえは知っていても、かしこい子だからそれを言おうとしないのだよ。きょうが謝肉祭しゃにくさいで、どら焼やきをこしらえる日だということを知っていても、バターとお乳ちちがないと思って、言いださずにいるのだよ。ねえ、そうだろう」

「だって、おっかあ」

「まあとにかく、きょうのせっかくの謝肉祭しゃにくさいを、そんなにつまらなくないようにしたつもりだよ。このはこの中をご覧らん」

わたしはさっそくふたをあけると、乳ちちとバターと卵たまどと、おまけにりんごが三つ、中にはいっていた。

わたしがりんごをそぐ(小さく切る)と、おっかあは卵たまごを粉こなに混まぜて衣ころもをしらえ、乳ちちを少しずつ混ぜていた。

衣がすっかり練ねれると、土どなべのまま、熱灰あつばいの上にのせた。それでどら焼やきが焼け、揚あげりんごが揚がるまでには、晩食ばんしょくのときまで待たなければならなかった。正直に言うと、わたしはそれからの一日が、それはそれは待ち遠しくって、何度も、何度も、おさらにかけた布ぬのを取ってみた。

「おまえ、衣ころもにかぜをひかしてしまうよ。そうするとうまくふくれないからね」とかの女はさけんだ。けれど、言うそばからそれはずんずんふくれて、小さなあわが上に立ち始めた。卵たまごと乳ちちがぷんとうまそうなにおいを立てた。

「そだを少し持っておいで」とおっかあが言った。「いい火をこしらえよう」

とうとう明かりがついた。

「まきを炉ろの中へお入れ」

かの女がこのことばを二度とくり返すまでもなく、わたしはさっきからこのことばの出るのをいまかいまかと待ちかまえていたのであった。さっそく赤いほのおがどんどん炉ろの中に燃もえ上がり、この光が台所じゅうを明るくした。

そのときおっかあは、揚あげなべをくぎから外はずして火の上にのせた。

「バターをお出し」

ナイフの先でかの女はバターをくるみくらいの大きさに一きれ切ってなべの中へ入れると、じりじりとけ出してあわを立てた。

もうしばらくこのにおいもかがなかった。まあ、そのバターのいいにおいといったら。

わたしがそのじりじりこげるあまい音楽にむちゅうで聞きほれていたとき、裏庭うらにわでこつこつ人の歩く足音がした。

せっかくのときにだれがじゃまに来たのだろう。きっとおとなりからまきをもらいに来たのだ。

わたしはそんなことに気を取られるどころではなかった。ちょうどそのときバルブレンのおっかあが、大きな木のさじをはちに入れて、衣ころもを一さじ、おなべの中にあけていたのだもの。

するとだれかつえでことことドアをたたいた。ばたんと戸が開け放された。

「どなただね」とおっかあはふり向きもしないでたずねた。

一人の男がぬっとはいって来た。明るい火の光で、わたしはその男が大きなつえを片かたわきについているのを見つけた。

「やれやれ、祭りのごちそうか。まあ、やるがいい」とその男はがさつな声で言った。

「おやおやまあ」とバルブレンのおっかあが、あわててさげなべを下に置おいてさけんだ。

「まあジェローム、おまえさんだったの」

そのときおっかあはわたしのうでを引ひっ張ぱって、戸口に立ちはだかったままでいた男の前へ連つれて行った。

「おまえのとっつぁんだよ」

養父ようふ

おっかあはご亭主ていしゅにだきついた。わたしもそのあとから同じことをしようとすると、かれはつえをつき出してわたしを止めた。

「なんだ、こいつは……おめえいまなんとか言ったっけな」

「ええ、そう、でも……ほんとうはそうではないけれど……そのわけは……」

「ふん、ほんとうなものか。ほんとうなものか」

かれはつえをふり上げたままわたしのほうへ向かって来た。思わずわたしは後じさりをした。

なにをわたしがしたろう。なんの罪つみがあるというのだ。わたしはただだきつこうとしたのだ。

わたしはおずおずかれの顔を見上げたが、かれはおっかあのほうをふり向いて話をしていた。

「じゃあ感心に謝肉祭しゃにくさいのお祝いわいをするのだな、まあけっこうよ。おれは腹はらが減へっているのだ。晩飯ばんめしはなんのごちそうだ」とかれは言った。

「どら焼やきとりんごの揚あげ物ものをこしらえているところですよ」

「そうらしいて。だが何里も遠道とおみちをかけて来た者に、まさかどら焼やきでごめんをこうむるつもりではあるまい」

「ほかになんにもないんですよ。なにしろおまえさんが帰るとは思わなかったからね」

「なんだ、なんにもない。夕飯ゆうはんにはなにもないのか」とかれは台所を見回した。

「バターがあるぞ」

かれは天井てんじょうをあお向いて見た。いつも塩しおぶたがかかっていたかぎが目にはいったが、そこにはもう長らくなんにもかかってはいなかった。ただねぎとにんにくが二、三本なわでしばってつるしてあるだけであった。

「ねぎがある」とかれは言って、大きなつえでなわをたたき落とした。「ねぎが四、五本にバターが少しあれば、けっこうなスープができるだろう。どら焼やきなぞは下ろして、ねぎをなべでいためろ」

どら焼きをなべから出してしまえというのだ。

でも一言も言わずにバルブレンのおっかあはご亭主ていしゅの言うとおりに、急いで仕事に取りかかった。ご亭主は炉ろのすみのいすにこしをかけていた。

わたしはかれがつえの先で追い立てた場所から、そのまま動き得えなかった。食卓しょくたくに背中なかを向けたまま、わたしはかれの顔を見た。

かれは五十ばかりの意地悪らしい顔つきをした、ごつごつした様子の男であった。その頭はけがをしたため、少し右の肩かたのほうへ曲がっていた。かたわになったので、よけいこの男の人相にんそうを悪くした。

バルブレンのおっかあはまたおなべを火の上にのせた。

「おめえ、それっぱかりのバターでスープをこしらえるつもりか」とかれは言いながら、バターのはいったさらをつかんで、それをみんななべの中へあけてしまった。もうバターはなくなった……それで、もうどら焼やきもなくなったのだ。

これがほかの場合だったら、こんな災難さいなんに会えば、どんなにくやしかったかしれない。だが、わたしはもうどら焼やきもりんごの揚あげ物ものも思わなかった。わたしの心の中にいっぱいになっている考えは、こんなに意地の悪い男が、いったいどうしてわたしの父親だろうかということであった。

「ぼくのとっつぁん」――うっとりとわたしはこのことばを心の中でくり返した。

いったい父親というものはどんなものだろう、それをはっきりと考えたことはなかった。ただぼんやり、それはつまり、母親の声の大きいのくらいに考えていた。ところが、いま天から降ふって来たこの男を見ると、わたしはひじょうにいやだったし、こわらしかった(おそろしかった)。

わたしがかれにだきつこうとすると、かれはつえでわたしをつきのけた。なぜだ。これがおっかあなら、だきつこうとする者をつきのけるようなことはしなかった。どうして、おっかあはいつだってわたしをしっかりとだきしめてくれた。

「これ、でくのぼうのようにそんな所につっ立っていないで、来て、さらでもならべろ」とかれは言った。

わたしはあわててそのとおりにしようとして、危あぶなくたおれそこなった。スープはでき上がった。バルブレンのおっかあはそれをさらに入れた。

するとかれは炉ろばたから立ち上がって、食卓しょくたくの前にこしをかけて食べ始めた。合い間合い間には、じろじろわたしの顔を見るのであった。わたしはそれが気味が悪くって、食事がのどに通らなかった。わたしも横目でかれを見たが、向こうの目と出会うと、あわてて目をそらしてしまった。

「こいつはいつもこのくらいしか食わないのか」とかれはふいにこうたずねた。

「きっとおなかがいいんですよ」

「しょうがねえやつだなあ。こればかりしかはいらないようじゃあ」

バルブレンのおっかあは話をしたがらない様子であった。あちらこちらと働はたらき回って、ご亭主ていしゅのお給仕きゅうじばかりしていた。

「てめえ、腹はらは減へらねえのか」

「ええ」

「うん、じゃあすぐとこへはいってねろ。ねたらすぐねつけよ。早くしないとひどいぞ」

おっかあはわたしに、なにも言わずに言うとおりにしろと目で知らせた。しかしこの警告けいこくを待つまでもなかった。わたしはひと言も口答えをしようとは思わなかった。

たいていのびんぼう人の家がそうであるように、わたしたちの家の台所も、やはり寝部屋ねべやをかねていた。炉ろのそばには食事の道具が残のこらずあった。食卓しょくたくもパンのはこもなべも食器しょっきだなもあった。そうして、部屋へやの向こうの角かどが寝部屋であった。一方の角にバルブレンのおっかあの大きな寝台ねだいがあった。その向こうの角のくぼんだおし入れのような所にわたしの寝台があって、赤い模様もようのカーテンがかかっていた。

わたしは急いでねまきに着かえて、ねどこにもぐりこんだ。けれど、とても目がくっつくものではなかった。わたしはひどくおどかされて、ひじょうにふゆかいであった。

どうしてこの男がわたしのとっつぁんだろう。ほんとうにそうだったら、なぜ人をこんなにひどくあつかうのだろう。

わたしは鼻をかべにつけたまま、こんなことを考えるのはきれいにやめて、言いつかったとおり、すぐねむろうと骨ほねを折おったがだめだった。まるで目がさえてねつかれない。こんなに目のさえたことはなかった。

どのくらいたったかわからないが、しばらくしてだれかがわたしの寝台ねだいのそばに寄よって来た。そろそろと引きずるような重苦しい足音で、それがおっかあでないということはすぐにわかった。

わたしはほおの上に温かい息を感じた。

「てめえ、もうねむったのか」とするどい声が言った。

わたしは返事をしないようにした。「ひどいぞ」と言ったおそろしいことばが、まだ耳の中でがんがん聞こえていた。

「ねむっているんですよ」とおっかあが言った。「あの子はとこにはいるとすぐに目がくっつくのだから、だいじょうぶなにを言っても聞こえやしませんよ」

わたしはむろん、「いいえ、ねむっていません」と言わねばならないはずであったが、言えなかった。わたしはねむれと言いつけられた。それをまだねむらずにいた。わたしが悪かった。

「それでおまえさん、裁判さいばんのほうはどうなったの」とおっかあが言った。

「だめよ。裁判所ではおれが足場の下にいたのが悪いと言うのだ」そう言ってかれはこぶしで食卓しょくたくをごつんと打って、なんだかわけのわからないことを言って、しきりにののしっていた。

「裁判さいばんには負けるし、金はなくなるし、かたわにはなるし、びんぼうがじろじろ面つらをねめつけて(にらみつけて)いる。それだけでもまだ足りねえつもりか、うちへ帰って来ればがきがいる。なぜおれが言ったとおりにしなかったのだ」

「でもできなかったもの」

「孤児院こじいんへ連つれて行くことができなかったのか」

「だってあんな小さな子を捨すてることはできないよ。自分の乳ちちで育ててかわいくなっているのだもの」

「あいつはてめえの子じゃあねえのだ」

「そうさ。わたしもおまえさんの言うとおりにしようと思ったのだけれど、ちょうどそのとき、あの子が加減かげんが悪くなったので」

「加減が悪く」

「ああ、だからどうにもあすこへ連つれては行けなかったのだよ。死んだかもしれないからねえ」

「だがよくなってから、どうした」

「ええ、すぐにはよくならなかったしね、やっといいと思うと、また病気になったりしたものだから。かわいそうにそれはひどくせきをして、聞いていられないようだった。うちのニコラぼうもそんなふうにして死んだのだからねえ。わたしがこの子を孤児院こじいんに送ればやっぱり死んだかもしれないよ」

「だが……あとでは」

「ああ、だんだんそのうちに時がたって、延のび延びになってしまったのだよ」

「いったいいくつになったのだ」

「八つさ」

「うん、そうか。じやあ、これからでもいいや。どうせもっと早く行くはずだったのだ。だが、いまじゃあ行くのもいやがるだろう」

「まあ、ジェローム、おまえさん、いけない……そんなことはしないでおくれ」

「いけない、なにがいけないのだ。いつまでもああしてうちに置おけると思うか」

しばらく二人ともだまり返った。わたしは息もできなかった。のどの中にかたまりができたようであった。

しばらくして.バルブレンのおっかあが言った。

「まあ、パリへ出て、おまえさんもずいぶん人が変かわったねえ。おまえさん、行くまえにはそんなことは言わない人だったがねえ」

「そうだったかもしれない。だが、パリへ行っておれの人が変わったかしれないが、そこはおれを半殺はんごろしにもした。おれはもう働はたらくことはできない。もう金はない。牛は売ってしまった。おれたちの口をぬらすことさえおぼつかないのに、おたがいの子でもないがきを養やしなうことができるか」

「あの子はわたしの子だよ」

「あいつはおれの子でもないが、きさまの子でもないぞ。それにぜんたい百姓ひゃくしょうの子どもじゃあない。びんぼう人の子どもじゃあない。きゃしゃすぎて物もろくに食えないし、手足もあれじゃあ働はたらけない」

「あの子は村でいちばん器量きりょうよしの子どもだよ」

「器量がよくないとは言いやしない。だがじょうぶな子ではないと言うのだ。あんなひょろひょろした肩かたをしたこぞうが労働者ろうどうしゃになれると思うか。ありゃあ町の子どもだ。町の子どもを置おく席せきはないのだ」

「いいえ、あの子はいい子ですよ。りこうで、物がわかって、それで優やさしいのだから、あの子はわたしたちのために働はたらいてくれますよ」

「だが、さし当たりは、おれたちがあいつのために働いてやらなければならない。それはまっぴらだ」

「もしかあの子のふた親が引き取りに来たらどうします」

「あいつのふた親だと。いったいあいつにはふた親があったのか。あればいままでに訪たずねて来そうなものだ。あいつのふた親が訪ねて来て、これまでの養育料よういくりょうをはらって行くなどと考えたのが、ずいぶんばかげきっていた。気ちがいじみていた。あの子がレースのへりつきのやわらかい産着うぶきを着ていたからといって、ふた親があいつを訪ねに来ると思うことができるか。それに、もう死んでいるのだ。きっと」

「いいや、そんなことはない。いつか訪たずねて来るかもしれない……」

「女というやつはなかなか強情ごうじょうなものだなあ」

「でも訪ねて来たら」

「ふん、そうなりゃ孤児院こじいんへ差さし向けてやる。だがもう話はたくさんだ。おれはあしたは村長さんの所へあいつを連つれて行って相談そうだんする。今夜はこれからフランスアの所へ行って来る。一時間ばかりしたら帰って来るからな」

そのあいだにわたしはさっそく寝台ねだいの上で起き上がって、おっかあを呼よんだ。

「ねえ、おっかあ」

かの女はわたしの寝台のほうへかけてやって来た。

「ぼくを孤児院こじいんへやるの」

「いいえ、ルミぼう、そんなことはないよ」

かの女はわたしにキッスをして、しっかりとうでにだきしめた。そうするとわたしもうれしくなって、ほおの上のなみだがかわいた。

「じゃあおまえ、ねむってはいなかったのだね」とかの女は優やさしくたずねた。

「ぼく、わざとしたんじゃないから」

「わたしは、おまえをしかっているのではない。じゃあ、あの人の言ったことを聞いたろうねえ」

「ええ、あなたはぼくのおっかあではないんだって……そしてあの人もぼくのとっつぁんではないんだって」

このあとのことばを、わたしは同じ調子では言わなかった。なぜというと、この婦人ふじんがわたしの母親でないことを知ったのは情なさけなかったが、同時にあの男が父親でないことがわかったのは、なんだか得意とくいでうれしかった。このわたしの心の中の矛盾むじゅんはおのずと声に現あらわれたが、おっかあはそれに気がつかないらしかった。

「まあわたしはおまえにほんとうのことを言わなければならないはずであったけれど、おまえがあまりわたしの子どもになりすぎたものだから、ついほんとうの母親でないとは言いだしにくかったのだよ。おまえ、ジェロームの言ったことをお聞きだったろう。あの人がおまえをある日パリのブルチュイー町の並木通なみきどおりで拾って来たのだよ。二月の朝早くのことで、あの人が仕事に出かけようとするとちゅうで、赤んぼうの泣なき声ごえを聞いて、おまえをある庭の門口かどぐちで拾って来たのだ。あの人はだれか人を呼よぼうと思って見回しながら、声をかけると、一人の男が木のかげから出て来て、あわててにげ出したそうだよ。おまえを捨すてた男が、だれか拾うか見届みとどけていたとみえる。おまえがそのとき、だれか拾ってくれる人が来たと感じたものか、あんまりひどく泣なくものだから、ジェロームもそのまま捨てても帰れなかった。それでどうしようかとあの人も困こまっていると、ほかの職人しょくにんたちも寄よって来て、みんなはおまえを警察けいさつへ届とどけることに相談そうだんを決めた。おまえはいつまでも泣きやまなかった。かわいそうに寒かったにちがいない。けれど、それから警察へ連つれて行って、暖あたたかくしてあげてもまだ泣ないていた。それで今度はおなかが減へっているのだろうというので、近所のおかみさんをたのんで乳ちちを飲ました。まあ、まったくおなかが減っていたのだよ。

やっとおなかがいっぱいになると、みんなは炉ろの前へ連れて行って、着物をぬがしてみると、なにしろきれいなうすもも色をした子どもで、りっぱな産着うぶぎにくるまっていた。警部けいぶさんは、こりゃありっぱなうちの子をぬすんで捨すてたものだと言って、その着物の細かいこと、子どもの様子などをいちいち書き留とめて、いつどういうふうにして拾い上げたかということまで書き入れた。それでだれか世話をする者がなければ、さしずめ孤児院こじいんへやらなければなるまいが、こんなりっぱなしっかりした子どもだ、これを育てるのはむずかしくはない。両親もそのうちきっと探さがしに来るだろう。探し当てればじゅうぶんのお礼もするだろうから、と署長しょちょうさんがお言いなすった。このことばにひかれて、ジェロームはわたしが引き取りましょうと言ったのだよ。ちょうどそのじぶん、わたしは同い年の赤んぼうを持っていたから、二人の子どもを楽に育てることができた。ねえ、そういうわけで、わたしがおまえのおっかあになったのだよ」

「まあ、おっかあ」

「ああ、ああ、それで三月みつき目の末すえにわたしは自分の子どもを亡なくした。そこでわたしはいよいよおまえがかわいくなって、もう他人の子だなんという気がしなくなりました。でもジェロームは相変あいかわらずそれを忘わすれないでいて、三年目の末になっても、両親が引き取りに来ないというので、もうおまえを孤児院こじいんへやると言って聞かないので困こまったよ。だからなぜわたしがあの人の言うとおりにしなかった、と言われていたのをお聞きだったろう」

「まあ、ぼくを孤児院こじいんへなんかやらないでください」とわたしはさけんで、かの女にかじりついた。

「どうぞどうぞおっかあ、後生ごしょうだから孤児院へやらないでください」

「いいえ、おまえ、どうしてやるものか、わたしがよくするからね。ジェロームはそんなにいけない人ではないのだよ。あの人はあんまり苦労くろうをたくさんして、気むずかしくなっているだけなのだからね。まあ、わたしたちはせっせと働はたらきましょう。おまえも働くのだよ」

「ええ、ええ、ぼくはしろということはなんでもきっとしますから、孤児院こいじんへだけはやらないでください」

「おお、おお、それはやりはしないから、その代わりすぐねむると言ってやくそくをおし。あの人が帰って来て、おまえの起きているところを見るといけないからね」

おっかあはわたしにキッスして、かべのほうへわたしの顔を向けた。

わたしはねむろうと思ったけれども、あんまりひどく感動させられたので、静しずかにねむりの国にはいることができなかった。

じゃあ、あれほど優やさしいバルブレンのおっかあは、わたしのほんとうの母さんではなかったのか。するといったいほんとうの母さんはだれだろう。いまの母さんよりもっと優しい人かしら。どうしてそんなはずがありそうもない。

だがほんとうの父さんなら、あのバルブレンのように、こわい目でにらみつけたり、わたしにつえをふり上げたりしやしないだろうと思った……。

あの男はわたしを孤児院こじいんへやろうとしている。母さんにはほんとうにそれを引き止める力があるだろうか。

この村に二人、孤児院から来た子どもがあった。この子たちは、『孤児院の子』と呼よばれていた。首の回りに番号のはいった鉛なまりの札ふだをぶら下げていた。ひどいみなりをして、よごれくさっていた。ほかの子たちがみんなでからかって、石をぶつけたり、迷まよい犬いぬを追って遊ぶように追い回したりした。迷い犬にだれも加勢かせいする者がないのだ。

ああ、わたしはそういう子どものようになりたくない。首の回りに番号札を下げられたくない。わたしの歩いて行くあとから、『やいやい孤児院こじいんのがき、やいやい捨すて子ご』と言ってののしられたくない。

それを考えただけでも、ぞっと寒気さむけがして、歯ががたがた鳴りだす。わたしはねむることができなかった。やがてバルブレンも、また帰って来るだろう。

でも幸せと、ずっとおそくまでかれは帰って来なかった。そのうちにわたしもとろろとねむ気けがさして来た。

ヴィタリス親方の一座いちざ

その晩ばん一晩、きっと孤児院こじいんへ連つれて行かれたゆめばかりを見ていたにちがいない。朝早く目を開いても、自分がいつもの寝台ねだいにねているような気がしなかった。わたしは目が覚さめるとさっそく寝台にさわったり、そこらを見回したり、いろいろ試ためしてみた。ああ、そうだ、わたしはやはりバルブレンのおっかあのうちにいた。

バルブレンはその朝じゅう、なにもわたしに言わなかった。わたしはかれがもう孤児院こじいんへやる考えを捨すてたのだと思うようになった。きっとバルブレンのおっかあが、あくまでわたしをうちに置おくことに決めたのであろう。

けれどもお昼ごろになると、バルブレンがわたしに、ぼうしをかぶってついて来いと言った。

わたしは目つきで母さんに救すくいを求もとめてみた。かの女もご亭主ていしゅに気がつかないようにして、いっしょに行けと目くばせした。わたしは従したがった。かの女は行きがけにわたしの肩かたをたたいて、なにも心配することはないからと知らせた。

なにも言わずにわたしはかれについて行った。

うちから村まではちょっと一時間の道であった。そのとちゅう、バルブレンはひと言もわたしに口をきかなかった。かれはびっこ引き引き歩いて行った。おりふしふり返って、わたしがついて来るかどうか見ようとした。

どこへいったいわたしを連つれて行くつもりであろう。

わたしは心の中でたびたびこの疑問ぎもんをくり返してみた。バルブレンのおっかあがいくらだいじょうぶだと目くばせして見せてくれても、わたしにはなにか一大事が起こりそうな気がしてならないので、どうしてにげ出そうかと考えた。

わたしはわざとのろのろ歩いて、バルブレンにつかまらないようにはなれていて、いざとなればほりの中にでもとびこもうと思った。

はじめはかれも、あとからわたしがとことこついて来るのて、安心していたらしかった。けれどもまもなく、かれはわたしの心の中を見破みやぶったらしく、いきなりわたしのうで首をとらえた。

わたしはいやでもいっしょにくっついて歩かなければならなかった。

そんなふうにして、わたしたちは村にはいった。すれちがう人がみんなふり返って目を丸まるくした。それはまるで、山犬がつなで引かれて行くていさいであった。

わたしたちが村の居酒屋いざかやの前を通ると、入口に立っていた男がバルブレンに声をかけて、中にはいれと言った。バルブレンはわたしの耳を引ひっ張ぱって、先にわたしを中へつっこんでおいて、自分もあとからはいって、ドアをぴしゃりと立てた。

わたしはほっとした。

そこは危険きけんな場所とは思われなかった。それに先せんからわたしは、この中がいったいどんな様子になっているのだろうと思っていた。

旅館りょかん御料理おんりょうりカフェー・ノートルダーム。中はどんなにきれいだろう。よく赤い顔をした人がよろよろ中から出て来るのをわたしは見た。表のガラス戸は歌を歌う声や話し声で、いつもがたがたふるえていた。この赤いカーテンの後ろにはどんなものがあるのだろうと、いつもふしぎに思っていた。それをいま見ようというのである……

バルブレンはいま声をかけた亭主ていしゅと、食卓しょくたくに向かい合ってこしをかけた。わたしは炉ろばたにこしをかけてそこらを見回した。

わたしのいたすぐ向こうのすみには、白いひげを長く生やした背せいの高い老人ろうじんがいた。かれはきみょうな着物を着ていた。わたしはまだこんな様子の人を見たことがなかった。

長い髪かみの毛けをふっさりと肩かたまで垂たらして、緑と赤の羽根はねでかざったねずみ色の高いフェルト帽ぼうをかぶっていた。ひつじの毛皮の毛のほうを中に返して、すっかりからだに着こんでいた。その毛皮服にはそではなかったが、肩かたの所に二つ大きな穴あなをあけて、そこから、もとは録色だったはずのビロードのそでをぬっと出していた。ひつじの毛のゲートルをひざまでつけて、それをおさえるために、赤いリボンをぐるぐる足に巻きつけていた。

かれは長ながといすの上に横になって、下あごを左の手に支ささえて、そのひじを曲げたひざの上にのせていた。

わたしは生きた人で、こんな静しずかな落ち着いた様子の人を見たことがなかった。まるで村のお寺の聖徒せいとの像ぞうのようであった。

老人ろうじんの回りには三びきの犬が、固かたまってねていた。白いちぢれ毛のむく犬と、黒い毛深いむく犬、それにおとなしそうなくりくりした様子の灰はい色の雌犬めすいぬが一ぴき。白いむく犬は巡査じゅんさのかぶる古いかぶと帽ぼうをかぶって、皮のひもをあごの下に結ゆわえつけていた。

わたしがふしぎそうな顔をしてこの老人ろうじんを見つめているあいだに、バルブレンと居酒屋いざかやの亭主ていしゅは低ひくい声でこそこそ話をしていた。わたしのことを話しているのだということがわかった。

バルブレンはわたしをこれから村長のうちへ連つれて行って、村長から孤児院こじいんに向かって、わたしをうちへ置おく代わりに養育料よういくりょうが請求せいきゅうしてもらうつもりだと言った。

これだけを、やっとあの気のどくなバルブレンのおっかあが夫おっとに説といて承諾しょうだくさせたのであった。けれどわたしは、そうしてバルブレンがいくらかでも金がもらえれば、もうなにも心配することはないと思っていた。

その老人ろうじんはいつかすっかりわきで聞いていたとみえて、いきなりわたしのほうに指さしして、耳立つほどの外国なまりでバルブレンに話しかけた。

「その子どもがおまえさんのやっかい者なのかね」

「そうだよ」

「それでおまえさんは孤児院こじいんが養育料よういくりょうをしはらうと思っているのかね」

「そうとも。この子は両親がなくって、そのためにおれはずいぶん金を使わされた。お上かみからいくらでもはらってもらうのは当たり前だ」

「それはそうでないとは言わない。だが、物は正しいからといってきっとそれが通るものとはかぎらない」

「それはそうさ」

「それそのとおり。だからおまえさんが望のぞんでおいでのものも、すらすらと手にはいろうとはわたしには思えないのだ」

「じゃあ孤児院こじいんへやってしまうだけだ。こちらで養やしないたくないものを、なんでも養えという法律ほうりつはないのだ」

「でもおまえさんははじめにあの子を養いますといって引き受けたのだから、そのやくそくは守らなければならない」

「ふん、おれはこの子を養やしないたくないのだ。だからどのみちどこへでもやっかいばらいをするつもりでいる」

「さあ、そこで話だが、やっかいばらいをするにも、手近なしかたがあると思う」老人ろうじんはしばらく考えて、「おまけに少しは金にもなるしかたがある」と言った。

「そのしかたを教えてくれれば、おれは一ぱい買うよ」

「じゃあさっそく一ぱい買うさ。もう相談そうだんは決まったから」

「だいじょうぶかえ」

「だいじょうぶよ」

老人ろうじんは立ち上がって、バルブレンの向こうに席せきをしめた。ふしぎなことには、老人が立ち上がると、ひつじの毛皮服がむずむず動いて、むっくり高くなった。たぶん、もう一ぴき犬をうでの下にかかえているのだとわたしは思った。

この人たちは、いったいわたしをどうしようというのだろう。わたしの心臓しんぞうがまたはげしく打ち始めた。わたしはちっとも老人ろうじんから目をはなすことができなかった。

「おまえさんはこの子のためにだれか金を出さない以上いじょう、自分のうちに置おいて養やしなっていることはいやだという、それにちがいないのだろう」

「それはそのとおりだ……そのわけは……」

「いや、わけはどうでもよろしい。それはわたしにかかわったことではない。それでもうこの子が要いらないというのなら、すぐわたしにください。わたしが引き受けようじゃないか」

「おや、おまえさんはこの子を引き受けると言うのかね」

「だっておまえさんはこの子をほうり出したいんだろう」

「おまえさんにこんなきれいな子をやるのかえ。この子は村でもいちばんかわいい子だ。よく見てくれ」

「よく見ているよ」

「ルミ、ここへ来い」

わたしは食卓しょくたくに進み寄よった。ひざはふるえていた。

「これこれぼうや、こわがることはないよ」と老人ろうじんは言った。

「さあ、よく見てくれ」とバルブレンは言った。

「わたしはこの子をいやな子だとは言いやしない。またそれならば欲ほしいとも言わない。こっちは化け物は欲しくはないのだ」

「いやはや、こいつがいっそ二つ頭の化け物か、または一寸法師いっすんぼうしででもあったなら……」

「だいじにして孤児院こじいんにやりはしないだろう。香具師やしに売っても見世物に出しても、その化け物のおかげでお金もうけができようさ。だが子どもは一寸法師でもなければ、化け物でもない。だから見世物にすることはできない。この子はほかの子どもと同じようにできている。なんの役にも立たない」

「仕事はできるよ」

「いや、あまりじょうぶではないからなあ」

「じょうぶでないと、とんでもない話だ。……だれにだって負けはしないのだ。あの足を見なさい。あのとおりしっかりしている。あれよりすらりとした足を見たことがあるかい……」

バルブレンはわたしのズボンをまくり上げた。

「やせすぎている」と老人ろうじんは言った。

「それからうでを見ろ」とバルブレンは続つづけた。

「うでも同様だ。――まあこれでもいいが、苦しいことや、つらいことにはたえられそうもない」

「なに、たえられない。ふん、手でさわって調べてみるがいい」

老人ろうじんはやせこけた手で、わたしの足にさわってみながら、頭をふったり、顔をしかめたりした。

このまえ、ばくろうが来たときも、こんなふうであったことを、わたしは見て知っていた。その男もやはり牛のからだを手でさわったりつねったりしてみて、頭をふった。この牛はろくでもない牛だ、とても売り物にはならない、などと言ったが、でも牛を買って連つれて行った。

この老人ろうじんもたぶんわたしを買って連れて行くだろう。ああバルブレンのおっかあ。バルブレンのおっかあ。

不幸にもここにはおっかあはいなかった。だれもわたしの味方になってくれる者がなかった。

わたしが思い切った子なら、なあにきのうはバルブレンも、わたしを弱い子で、手足がか細くて役に立たぬと非難ひなんしたのではないかと言ってやるところであった。でもそんなことを言ったら、どなりつけられて、げんこをいただくに決まっているから、わたしはなにも言わなかった。

「まあつまり当たり前の子どもさね。それはそうだが、やはり町の子だよ。百姓ひゃくしょう仕事にはたしかに向いてはいないようだ。試ためしに畑をやらしてごらん、どれほど続つづくかさ」

「十年は続くよ」

「なあにひと月も続つづくものか」

「まあ、このとおりだ。よく見てくれ」

わたしは食卓しょくたくのはしの、ちょうどバルブレンと老人ろうじんの間にすわっていたものだから、あっちへつかれ、こっちへおされて、いいようにこづき回された。

「さあ、まずこれだけの子どもとして」と老人ろうじんは最後さいごに言った。「つまりわたしが引き受けることにしよう。もちろん買い切るのではない、ただ借かりるのだ。その借かり賃ちんに年に二十フラン出すことにしよう」

「たった二十フラン」

「どうして高すぎると思うよ。それも前ばらいにするからね。ほんとうの金貨きんかを四枚まいにぎったうえに、やっかいばらいができるのだからね」と老人ろうじんは言った。

「だがこの子をうちに置おけば、孤児院こじいんから毎月十フランずつくれるからな」

「まあくれてもせいぜい七フランか十フランだね。それはよくわかっているよ。だがその代わり食べさせなければならないからね」

「その代わり働はたらきもするさ」

「おまえさんがほんとにこの子が働けると思うなら、なにも追い出したがることはないだろう。ぜんたい捨すて子ごを引き取るというのは、その養育料よういくりょうをはらってもらうためではない、働はたらかせるためなのだ。それから金を取り上げこそすれ、給金きゅうきんなしの下男げなん下女げじょに使うのだ。だからそれだけの役に立つものなら、おまえさんはこの子をうちに置おくところなのだ」

「とにかく、毎月十フランはもらえるのだから」

「だが孤児院こじいんで、いや、そんならこの子はおまえさんには預あずけない、ほかへ預けると言ったらどうします。つまりなんにもおまえさんは取れないではないか。わたしのほうにすればそこは確たしかだ。おまえさんの苦労くろうはただ金を受け取るために、手を出しさえすればいいのだ」

老人ろうじんはかくしを探さぐって、なめし皮の財布さいふを引き出した。その中から四枚まい、金貨きんかをつかみ出して、食卓しょくたくの上にならべ、わざとらしくチャラチャラ音をさせた。

「だが待てよ」とバルブレンが言った。「いつかこの子のふた親が出てくるかもしれない」

「それはかまわないじゃないか」

「いや、育てた者の身になればなにもかまわなくはないさ。またそれを思わなければ、初はじめっからだれが世話をするものか」

「それを思わなければ初はじめっからだれが世話をするものか」――このことばで、わたしはいよいよバルブレンがきらいになった。なんという悪い人間だろう。

「なるほど、だがこの子のふた親がもう出て来ないだろうとあきらめたからこそ、おまえさんもこの子をほうり出そうと言うのだろう。ところで、どうかしたひょうしでこののちそのふた親が出て来たとして、それはおまえさんの所へこそまっすぐに行こうが、わたしの所へは来ないだろう。だれもわたしを知らないのだから」と老人ろうじんは言った。

「でもおまえさんがそのふた親を見つけ出したらどうする」

「なるほどそういう場合には、わたしたちで利益りえきを分けるのだね。ところで、ひとつ、きばってさしあたり三十フラン分けてあげようよ」

「四十フランにしてもらおう」

「いいや、この子の使い道はそこいらが相応そうおうな値段ねだんだ」

「おまえさん、この子をなんに使おうというのだ。足といえばこのとおりしっかりしたいい足をしているし、うでといえばこのとおりりっぱないいうでをしている。いま言ったことをどこまでもくり返して言うが、この子をいったいどうしようというのだ」

そのとき老人ろうじんはあざけるようにバルブレンの顔を見て、それからちびちびコップを干ほした。

「つまりわたしの相手あいてになってもらうのだ。わたしは年を取ってきたし、夜なんぞはまことにさびしくなった。くたびれたときなんぞ、子どもがそばにいてくれるといいおとぎになるのだ」

「なるほど、それにはこの子の足はじゅうぶんたっしゃだから」

「おお、それだけではだめだ。この子はまたおどりをおどって、はね回って、遠い道を歩かなければならない。つまりこの子はヴィタリス親方の一座いちざの役者になるのだ」

「その一座はどこにある」

「もうご推察すいさつあろうが、そのヴィタリス親方はわたしだ。さっそくここで一座をお目にかけよう」

こう言ってかれはひつじの毛皮服のふところを開けて、左のうでにおさえていたきみょうな動物を引き出した。それが、さっきからたびたび毛皮を下から持ち上げた動物であったのだ。だがそれは想像そうぞうしたように、犬ではなかった。

わたしはこのきみょうな動物を生まれて初はじめて見たとき、なんと名のつけようもなかった。

わたしはびっくりしてながめていた。

それは金筋きんすじをぬいつけた赤い服を着ていたが、うでと足はむき出しのままであった。実際じっさいそれは人間と同じうでと足で、前足ではなかった。黒い毛むくじゃらの皮をかぶっていて、白くももも色でもなかった。にぎりこぶしぐらいの大きさの黒い頭をして、縦たてにつまった顔をしていた。横へ向いた鼻の穴あなが開いていて、くちびるが黄色かった。けれどもとりわけわたしをおどろかしたのは、くちゃくちゃとくっついている二つの目で、それは鏡かがみのようにぴかぴかと光った。

「いやあ、みっともないさるだな」とバルブレンがさけんだ。

ああ、さるか。わたしはいよいよ大きな目を開いた。それではこれがさるであったのか。わたしはまださるを見たことはなかったが、話には聞いていた。じゃあこの子どものようなちっぽけな動物が、さるだったのか。

「さあ、これが一座いちざの花形はながたで」とヴィタリス親方が言った。「すなわちジョリクール君であります。さあさあジョリクール君」と動物のほうを向いて、「お客さまにおじぎをしないか」

さるは指をくちびるに当てて、わたしたちに一人一人キッスをあたえるまねをした。

「さて」とヴィタリスはことばを続つづけて、白のむく犬のほうに手をさしのべた。「つぎはカピ親方が、ご臨席りんせきの貴賓諸君きひんしょくんに一座いちざのものをご紹介しょうかい申しあげる光栄こうえいを有せられるでしょう」

このまぎわまでぴくりとも動かなかった白のむく犬が、さっそくとび上がって、後足で立ちながら、前足を胸むねの上で十文字に組んで、まず主人に向かってていねいにおじきをすると、かぶっている巡査じゅんさのかぶと帽ぼうが地べたについた。

敬礼けいれいがすむとかれは仲間なかまのほうを向いて、かたっぽの前足でやはり胸をおさえながら、片足かたあしをさしのべて、みんなそばに寄よるように合図をした。

白犬のすることをじっと見つめていた二ひきの犬は、すぐに立ち上がって、おたがいに前足を取り合って、交際社会(社交界)の人たちがするように厳おごそかに六歩前へ進み、また三足あとへもどつて、代わりばんこにご臨席りんせきの貴賓諸君きひんしょくんに向かっておじぎをした。

そのときヴィタリス親方が言った。

「この犬の名をカピと言うのは、イタリア語のカピターノをつめたので、犬の中の頭かしらということです。いちばんかしこくって、わたしの命令めいれいを代わってほかのものに伝つたえます。その黒いむく毛の若わかいハイカラさんは、ゼルビノ侯こうですが、これは優美ゆうびという意味で、よく様子をご覧らんなさい、いかにもその名前のとおりだ。さてあのおしとやかなふうをした歌い雌犬めすいぬはドルス夫人ふじんです。あの子はイギリス種だねで、名前はあの子の優やさしい気だてにちなんだものだ。こういうりっぱな芸人げいにんぞろいで、わたしは国じゅうを流して回ってくらしを立てている。いいこともあれば悪いこともある、まあ何事もそのときどきの回り合わせさ。おおカピ……」

カピと呼よばれた犬は前足を十文字に組んだ。

「カピ、あなた、ここへ来て、ぎょうぎのいいところをお目にかけてください。わたしはこの貴人きじんたちにいつもていねいなことばを使っています――さあ、この玉のような丸まるい目をしてあなたを見てござる小さいお子さんに、いまは何時だか教えてあげてください」

カピは前足をほどいて、主人のそばへ行って、ひつじの毛皮服のふところを開け、そのかくしを探さぐって大きな銀時計を取り出した。かれはしばらく時計をながめて、それから二声しっかり高く、ワンワンとほえた。それから、今度は三つ小声でちょいとほえた。時間は二時四十五分であった。

「はいはい、よくできました」とヴィタリスは言った。「ありがとうございます、カピさん。それで今度は、ドルス夫人ふじんになわとびおどりをお願いしてもらいましょうか」

カピはまた主人のかくしを探さぐって一本のつなを出し、軽くゼルビノに合図をすると、ゼルビノはすぐにかれの真向まむかいに座ざをしめた。カピがなわのはしをほうってやると、二ひきの犬はひどくまじめくさって、それを回し始めた。

つなの運動が規則きそく正しくなったとき、ドルスは輪わの中にとびこんで、優やさしい目で主人を見ながら軽快けいかいにとんだ。

「このとおりずいぶんりこうです」と老人ろうじんは言った。「それも比くらべるものができるとなおさらりこうが目立って見える。たとえばここにあれらと仲間なかまになって、ばかの役を務つとめる者があれば、いっそうそれらの値打ねうちがわかるのだ。そこでわたしはおまえさんのこの子どもが欲ほしいというのだ。あの子にばかの役を務めてもらって、いよいよ犬たちのりこうを目立たせるようにするのだ」

「へえ、この子がばかを務つとめるのかね」とバルブレンが口を入れた。

老人ろうじんは言った。「ばかの役を務めるには、それだけりこうな人間が入りようなのだ。この子なら少ししこめばやってのけよう。さっそく試ためしてみることにします。この子がじゅうぶんりこうな子なら、わたしといっしょにいればこの国ばかりか、ほかの国ぐにまで見て歩けることがわかるはずだ。だがこのままこの村にいたのでは、せいぜい朝から晩ばんまで同じ牧場ぼくじょうで牛やひつじの番人をするだけだ。この子がわからない子だったら、泣ないてじだんだをふむだろう。そうすればわたしは連つれては行かない。それで孤児院こじいんに送られて、ひどく働はたらかされて、ろくろく食べる物も食べられないだろう」

わたしも、そのくらいのことがわかるだけにはかしこかった。それにこの親方のお弟子でしたちはとぼけていてなかなかおもしろい。あれらといっしょに旅をするのは、ゆかいだろう。だがバルブレンのおっかあは……おっかあに別わかれるのはつらいなあ……

でもそれをいやだと言ってみたところで、バルブレンのおっかあとこの先いることはできない。やはり孤児院こじいんに送られなければならない。

わたしはほんとに情なさけなくなって、目にいっぱいなみだをうかべていた。するとヴィタリス老人ろうじんが軽くなみだの流れ出したほおをつついた。

「ははあおこぞうさん、大さわぎをやらないのはわけがわかっているのだな。小さい胸むねで思案しあんをしているのだな。それであしたは……」

「ああ、おじさん、どうぞぼくをおっかあの所へ置おいてください。どうぞ置いてください」とわたしはさけんだ。

カピが大きな声でほえたので、じゃまされてわたしはそれから先が言えなかった。そのとたん犬はジョリクールのすわっていた食卓しょくたくのほうへとび上がった。例れいのさるはみんながわたしのことで気を取られているすきをねらって、す早く酒をいっぱいついである主人のコップをつかんで、飲み干ほそうとしたのだ。けれどもカピは目早くそれを見つけて止めたのであった。

「ジョリクールさん」とヴィタリスが厳きびしい声で言った。「あなたは食いしんぼうのうえにどろぼうです。あそこのすみに行ってかべのほうを向いていなさい。ゼルビノさん、あなたは番をしておいでなさい。動いたらぶっておやり。さてカピさん、あなたはいい犬です。前足をお出しなさい。握手あくしゅをしましょう」

さるは息づまったような鳴き声を出して、すごすごすみのほうへ行った。幸せな犬は得意とくいな顔をして前足を主人に出した。

「さて」と老人ろうじんはことばをついで、「先刻せんこくの話にもどりましょう。ではこの子に三十フラン出すことにしよう」

「いや、四十フランだ」

そこでおし問答が始まった。だが老人ろうじんはまもなくやめて、「子どもにはおもしろくない話です。外へ出て遊ばせてやるがよろしい」と言った。そうしてバルブレンに目くばせをした。

「よし、じゃあ裏うらへ行っていろ。だがにげるな。にげるとひどい目に会わせるから」

バルブレンがこう言うと、わたしはそのとおりにするほかはなかった。それで裏庭へ出るには出たが、遊ぶ気にはなれない。大きな石にこしをかけて考えこんでいた。

あの人たちはわたしのことを相談そうだんしている。どうするつもりだろう。

心配なのと寒いのとでわたしはふるえていた。二人は長いあいだ話していた。わたしはすわって待っていたが、かれこれ一時間もたってバルブレンが裏うらへ出て来た。

かれは一人であった。あのじいさんにわたしを手わたすつもりで連つれて来たのだな。

「さあ帰るのだ」とかれは言った。

なに、うちへ帰る。――そうするとバルブレンのおっかあに別わかれないでもすむのかな。

わたしはそう言ってたずねたかったけれども、かれがひどくきげんが悪そうなのでえんりょした。

それで……だまってうちのほうへ歩いた。

けれどもうちまで行き着くまえに、先に立って歩いていたバルブレンはふいに立ち止まった。そうして乱暴らんぼうにわたしの耳をつかみながらこう言った。

「いいかきさま、ひと言でもきょう聞いたことをしゃべったらひどい目に会わせるから。わかったか」

おっかあの家

「おや」とバルブレンのおっかあはわたしたちを見て言った。「村長さんはなんと言いましたえ」

「会わなかったよ」

「どうして会わなかったのさ」

「うん、おれはノートルダームで友だちに会った。外へ出るともうおそくなった。だからあしたまた行くことにした」

それではバルブレンは犬を連つれたじいさんと取り引きをすることはやめたとみえる。

うちへ帰える道みちもわたしはこれがこの男の手ではないかと疑うたがっていたが、いまのことばでその疑うたがいは消えて、ひとまず心が落ち着いた。またあした村へ行って村長さんを訪たずねるというのでは、きっとじいさんとのやくそくはできなかったにちがいない。

バルブレンにはいくらおどかされても、わたしは一人にさえなったら、おっかあにきょうの話をしようと思っていたが、とうとうバルブレンはその晩ばん一晩じゅううちをはなれないので話す機会きかいがなかった。

すごすごねどこにもぐりながら、あしたは話してみようと思っていた。

けれどそのあくる日起き上がると、おっかあの姿すがたが見えない。わたしがそのあとを追ってうちじゅうをくるくる回っているのを見て、なにをしているとバルブレンは聞いた。

「おっかあ」

「ああ、それなら村へ行った。昼過ひるすぎでなければ帰るものか」

おっかあはまえの晩ばん、村へ行く話はしなかった。それでなぜというわけはないが、わたしは心配になってきた。わたしたちが昼過ぎから出かけるというのに、どうして待っていないのだろう。わたしたちの出かけるまえにおっかあは帰って来るかしらん。

なぜというしっかりしたわけはないのだが、わたしはたいへんおどおどしだした。

バルブレンの顔を見るとよけいに心配が積つもるばかりであった。その目つきからにげるためにわたしは裏うらの野菜畑やさいばたけへかけこんだ。

畑といってもたいしたものではなかった。それへなんでもうちで食べる野菜物やさいものは残のこらずじゃがいもでもキャベツでも、にんじんでも、かぶでも作りこんであった。それはちょっとの空き地もなかったのであるが、それでもおっかあはわたしに少し地面を残のこしておいてくれたので、わたしはそこへ雌牛めうしを飼かいながら野でつんで来た草や花を、ごたごた植えこんだ。わたしはそれを『わたしの畑』と呼よんでだいじにしていた。

わたしがいろいろな草花を集めては、植えつけたのは去年の夏のことであった。それが芽めをふくのはこの春のことであろう。早ざきのものでも冬の終わるのを待たなければならなかった。これから続つづいておいおい芽を出しかけている。

もう黄ずいせんもつぼみを黄色くふくらましていたし、リラの花も芽を出していた。さくらそうもしわだらけな葉の中からかわいいつぼみをのぞかせている。

どんな花がさくだろう。

それを楽しみにして、わたしは毎日出てみた。

それからまたわたしのだいじにしていた畑の一部には、だれかにもらっためずらしい野菜やさいを植えている。それは村でほとんど知っている者のない『きくいも』というものであった。なんでもいい味のもので、じゃがいもと、ちょうせんあざみと、それからいろいろの野菜やさいをいっしょにした味がするのであった。わたしはそっとこの野菜をじょうずに作って、おっかあをおどろかそうと思っていた。ただの花だと思わせておいて、そっと実のなったところを引きぬいて、ないしょで料理りょうりをして、いつも同じようなじゃがいもにあきあきしているおっかあに食べさせて、『まあルミ、おまえはなんて器用きような子だろう』と感心させてやろう。

こんなことを思い思いこのときも、まだ芽めが出ないかと思って、種たねのまいてある地べたに鼻をくっつけて調べていた。ふと気がつくとバルブレンがかんしゃく声で呼よびたてているので、びっくりしてうちへはいった。まあどうだろう。おどろいたことには、炉ろの前にヴィタリス老人ろうじんと犬たちが立っているではないか。

すぐとわたしはバルブレンがわたしをどうするつもりだということがわかった。老人がやはりわたしを連つれて行くのだ。それをおっかあがじゃましないように村へ出してやったのだ。

もうバルブレンになにを言ってみてもむだだということがわかっているから、わたしはすぐと老人ろうじんのほうへかけ寄よった。

「ああ、ぼくを連つれて行かないでください。後生ごしょうですから、連れて行かないでください」とわたしはしくしく泣なきだした。

すると老人ろうじんは優やさしい声で言った。「なにさ、ぼうや、わたしといればつらいことはないよ。わたしは子どもをぶちはしない。仲間なかまには犬もいる。わたしと行くのがなぜ悲しい」

「おっかあが……」

「どうせきさまはここには置おけないのだ」とバルブレンはあらあらしく言って、耳を引ひっ張ぱった。

「このだんなについて行くか、孤児院こじいんへ行くか、どちらでもいいほうにしろ」

「いやだいやだ、おっかあ、おっかあ」

「やい、それだとおれはどうするか見ろ」とバルブレンがさけんだ。「思うさまひっぱたいて、このうちから追い出してくれるぞ」

「この子は母親に別わかれるのを悲しがっているのだ。それをぶつものではない。優やさしい心だ。いいことだ」

「おまえさんがいたわると、よけいほえやがる」

「まあ、話を決めよう」

そう言いながら、老人ろうじんは五フランの金貨きんかを八枚まいテーブルの上にのせた。バルブレンはそれをさらいこむようにしてかくしに入れた。

「この子の荷物は」と老人が言った。

「ここにあるさ」とバルブレンが言って、青いもめんのハンケチで四すみをしばった包つつみをわたした。

中にはシャツが二枚まいと、麻あさのズボンが一着あるだけであった。

「それではやくそくがちがうじゃないか。着物があるという話だったが、これはぼろばかりだね」

「こいつはほかにはなにもないのだ」

「この子に聞けば、きっとそうではないと言うにちがいないが、そんなことを争あらそっているひまがない。もう出かけなければならないからな。さあおいで、こぞうさん、おまえの名はなんと言うんだっけ」

「ルミ」

「そうか、よしよし、ルミ。包つつみを持っておいで。先へおいで、カピ。さあ、行こう、進め」

わたしは哀訴あいそするように両手を老人ろうじんに出した。それからバルブレンにも出した。けれども二人とも顔をそむけた。しかも、老人はわたしのうで首をつかまえようとした。

わたしは行かなければならない。

ああ、このうちにもお別わかれだ。いよいよそのしきいをまたいだとき、からだを半分そこへ残のこして行くようにわたしは思った。

なみだをいっぱい目にうかべてわたしは見回したが、手近にはだれもわたしに加勢かせいしてくれる者がなかった。往来おうらいにもだれもいなかった。牧場ぼくじょうにもだれもいなかった。

わたしは呼よび続つづけた。

「おっかあ、おっかあ」

けれどだれもそれに答える者はなかった。わたしの声はすすり泣なきの中に消えてしまった。

わたしは老人ろうじんについて行くほかはなかった。なにしろうで首をしっかりおさえられているのだから。

「さようなら、ごきげんよう」とバルブレンがさけんだ。

かれはうちの中へはいった。

ああ、これでおしまいである。

「さあ、行こう、ルミ、進め」と老人ろうじんが言って。わたしのひじをおさえた。

わたしたちはならんで歩いた。幸せとかれはそう早く歩かなかった。たぶんわたしの足に合わせて歩いてくれたのであろう。

わたしたちは坂を上がって行った。ふり返るとバルブレンのおっかあのうちがまだ見えたが、それはだんだんに小さく小さくなっていった。この道はたびたび歩いた道だから、もうしばらくはうちが見えて、それから最後さいごの四つ角を曲がるともう見えなくなることをわたしはよく知っていた。行く先は知らない国である。後ろをふり返ればきょうの日まで幸福な生活を送ったうちがあった。おそらく二度とそれを見ることはないであろう。

幸い坂道は長かったが、それもいつか頂上ちょうじょうに来た。

老人ろうじんはおさえた手をゆるめなかった。

「少し休ましてくださいな」とわたしは言った。

「うん、そうだなあ」とかれは答えた。

かれはやっとわたしをはなしてくれた。

けれどカピに目くばせをすると、犬もそれをさとった様子がわたしには見えた。

それですぐと、ひつじ飼かいの犬のように、一座いちざの先頭からはなれてわたしのそばへ寄よって来た。

わたしがにげ出しでもすれば、すぐにかみついてくるにちがいない。

わたしは草深い小山の上に登ってこしをかけると、犬も後ろについていた。

わたしはなみだにくもった目で、バルブレンのおっかあのうちを探さがした。

下には谷があって、所どころに森や牧場ぼくじょうがあった。それからはるか下にいままでいたうちが見えた。黄色いささやかなけむりが、そこのけむり出しからまっすぐに空へ立ちのぼって、やがてわたしたちのほうへなびいて来た。

気の迷まよいか、そのけむりはうちのかまどのそばでかぎ慣なれたかしの葉のにおいがするようであった。

それは遠方でもあり、下のほうになってはいたが、なにもかもはっきり見えた。ただなにかがたいへん小さく見えたのは言うまでもない。

ちりづかの植えにうちの太っためんどりがかけ回っていたが、いつものように大きくは見えなかった。うちのめんどりだということを知っていなかったら、小さなはとだと思ったかもしれない。うちの横には、わたしが馬にしていつも乗った曲がったなしの木が、小川のこちらには、わたしが水車をしかけようとして大さわぎをしてきずきかけたほりわりが見えた。まあ、その水車にはずいぶんひまをかけたが、とうとう回らなかった。わたしの畑も見えた。ああ、わたしのだいじな畑が。

わたしの花がさいてもだれが見るだろう。わたしの『きくいも』をだれが食べるだろう。きっとそれはバルブレンだ。あの悪党あくとうのバルブレンだ。

もう一足あし往来おうらいへ出れば、わたしの畑もなにもかもかくれてしまうのだ。

ふと村からわたしのうちのほうへ通う往来の上に、白いボンネットが見えて、木の間にちらちら見えたりかくれたりしていた。

それはずいぶん遠方であったから、ぽっちり白く、春のちょうちょうのように見えただけであった。

けれど目よりも心はするどくものを見るものだ。わたしは、それがバルブレンのおっかあであることを知った。確たしかにおっかあだ、とわたしは思いこんでいた。

「さて出かけようか」と老人ろうじんが言った。

「ああ、いいえ、後生ごしょうですからも少し」

「じゃあ話とはちがって、おまえは、から(ぜんぜん)、足がだめだな。もうつかれてしまったのか」

わたしは答えなかった。ただながめていた。

やはりそれはバルブレンのおっかあであった。それはおっかあのボンネットであった。水色の前だれであった。足早に、気がせいているように、うちに向かって行くのであった。

白いボンネットはまもなくうちの前に着いた。戸をおし開けて、急いで庭にはいって行った。

わたしはすぐにとび上がって、土手の上に立ち上がった。そばにいたカピがおどろいてとびついて来た。

おっかあはいつまでもうちの中にはいなかった。まもなく出て来て、両うでを広げながら、あちこちと庭の中をかけ回っていた。

かの女はわたしを探さがしているのだ。

わたしは首を前に延のばして、ありったけの声でさけんだ。

「おっかあ、おっかあ」

けれどもそのさけび声は空に消えてしまった、小川の水音に消されてしまった。

「どうしたのだ。おまえ、気がちがったのか」とヴィタリスは言った。

わたしは答えなかった。わたしの目はまたバルブレンのおっかあをじっと見ていた。けれども向こうではわたしが上にいるとは知らないから、あお向いては見なかった。そうして庭をぐるぐる回って、往来おうらいへ出て、きょろきょろしていた。

もっと大きな声でわたしはさけんだ。けれども、初はじめの声と同様にむだであった。

そのうち老人ろうじんもやっとわかったとみえて、やはり土手に登って来た。かれもまもなく白いボンネットを見つけた。

「かわいそうに、この子は」とかれはそっと独ひとり言ごとを言った。

「おお、わたしを帰してください」と、わたしはいまの優やさしいことばに乗のって、泣なき声ごえを出した。

けれどもかれはわたしの手首をおさえて、土手を下りて往来おうらいへ出た。

「さあ、だいぶ休んだから、もう出かけるのだ」と、かれは言った。

わたしはぬけ出そうともがいたけれども、かれはしっかりわたしをおさえていた。

「さあカピ、ゼルビノ」と、かれは犬のほうを見ながら言った。

二ひきの犬がぴったりわたしにくっついた。カピは後ろに、ゼルビノは前に。

二足ふたあし三足みあし行くと、わたしはふり向いた。

わたしたちはもう坂の曲がり角を通りこした。もう谷も見えなければ家も見えなくなった。ただ遠いかなたに遠山とおやまがうすく青くかすんでいた。果はてしもない空の中にわたしの目はあてどなく迷まようのであった。

とちゅう

四十フラン出して子どもを買ったからといって、その人は鬼おにでもなければ、その子どもの肉を食べようとするのでもなかった。ヴィタリス老人ろうじんはわたしを食べようという欲よくもなかったし、子どもを買ったが、その人は悪人ではなかった。

わたしはまもなくそれがわかった。

ちょうどロアール川とドルドーニュ川と、二つの谷を分かった山の頂上ちょうじょうで、かれはふたたびわたしの手首をにぎった。その山を南へ下り始めて十五分も行ったころ、かれは手をはなした。

「まああとからぽつぽつおいで。にげることはむだだよ。カピとゼルビノがついているからな」

わたしたちはしばらくだまって歩いていた。

わたしはふとため息を一つした。

「わしにはおまえの心持ちはわかっているよ」と老人ろうじんは言った、「泣なきたいだけお泣き。だがまあ、これがおまえのためにはいいことだということを考えるようにしてごらん。あの人たちはおまえのふた親ではないのだ、おっかあはおまえに優やさしくはしてくれたろう。それでおまえも好すいていたから、それでそんなに悲しく思うのだろう。けれどもあの人は、ご亭主ていしゅがおまえをうちに置おきたくないと言えば、それを止めることはできなかったのだ。それにあの男だって、なにもそんなに悪い男というのでもないかもしれない。あの男はからだを悪くして、もうほかの仕事ができなくなっている。かたわのからだでは食べてゆくだけに骨ほねが折おれるのだ。そのうえおまえを養やしなっていては、自分たちが飢うえて死ななければならないと思っているのだ。そこでおまえにひとつ心得こころえてもらいたいことがある。世の中は戦争せんそうのようなもので、だれでも自分の思うようにはゆかないものだということだ」

そうだ、老人ろうじんの言ったことはほんとうであった。貴とうとい経験けいけんから出た訓言くんげん(教訓)であった。でもその訓言よりももっと力強い一つの考えしか、わたしはそのとき持っていなかった。それは『別わかれのつらさ』ということであった。

わたしはもう二度とこの世の中で、いちばん好すきだった人に会うことができないのだ。こう思うとわたしは息苦しいように感じた。

「まあ、わたしの言ったことばをよく考えてごらん。おまえはわたしといれば不幸ふしあわせなことはないよ」と老人ろうじんは言った。「孤児院こいじんなどへやられるよりはいくらましだかしれない。それで言っておくが、おまえはにげ出そうとしてもだめだよ。そんなことをすれば、あのとおりの広野原ひろのはらだ。カピとゼルビノがすぐとおまえをつかまえるから」

こう言ってかれは目の前のあれた高原こうげんを指さした。そこにはやせこけたえにしだが、風のまにまに波のようにうねっていた。

にげ出す――わたしはもうそんなことをしようとは思わなかった。にげていったいどこへわたしは行こう。

この背せいの高い老人ろうじんは、ともかく親切しんせつな主人であるらしい。

わたしは一息にこんなに歩いたことはなかった。ぐるりに見るものはあれた土地と小山ばかりで、村を出たらば向こうはどんなに美しかろうと思ったほど、この世界は美しくはなかった。

老人ろうじんはジョリクールを肩かたの上に乗せたり、背嚢はいのうの中に入れたりして、しじゅう規則きそく正しく、大またに歩いていた。三びきの犬はあとからくっついて来た。

ときどき老人はかれらに優やさしいことばをかけていた。フランス語で言うこともあったし、なんだかわからないことばで言うこともあった。

かれも犬たちもくたびれた様子がなかった。だがわたしはつかれた。足を引きずって、この新しい主人にくっついて歩くのが精せいいっぱいであった。けれども休ませてくれとは言いだし得えなかった。

「おまえがくたびれるのは木のくつのせいだよ」とかれは言った。「いずれユッセルへ着いたらくつを買ってやろう」

このことばはわたしに元気をつけてくれた。わたしはしじゅうくつが欲しいと思っていた。村長のむすこも、はたごやのむすこもくつを持っていた。それだから日曜というとかれらはお寺へ来て石のろうかをすべるように走った。それをわれわれほかのいなかの子どもは、木ぐつでがたがた、耳の遠くなるような音をさせたものだ。

「ユッセルまではまだ遠いんですか」

「ははあ、本音ほんねをふいたな」とヴィタリスが笑わらいながら言った。「それではくつが欲ほしいんだな。よしよし、わたしはやくそくをしよう。それも大きなくぎを底そこに打ったやつをなあ。それからビロードの半ズボンとチョッキとぼうしも買ってやる。それでなみだが引っこむことになるだろう。なあ、そうしてもらおうじゃないか。そしてあと六マイル(約四十キロ)歩いてくれるだろうなあ」

底そこにくぎを打ったくつ、わたしは得意とくいでたまらなかった。くつをはくことさええらいことなのに、おまけにくぎを打ってある。わたしは悲しいことも忘わすれてしまった。

くぎを打ったくつ、ビロードの半ズボンに、チョッキに、ぼうし。

まあバルブレンのおっかあがわたしを見たらどんなにうれしがるだろう。どんなに得意とくいになるだろう。

けれども、なるほどくつとビロードがこれから六マイル歩けばもらえるというやくそくはいいが、わたしの足はそんな遠方まで行けそうにもなかった。

わたしたちが出かけたときに青あおと晴れていた空が、いつのまにか黒い雲にかくれて、細かい雨がやがてぽつぽつ落ちて来た。

ヴィタリスはそっくりひつじの毛皮服にくるまっているので、雨もしのげたし、さるのジョリクールも、一しずく雨がかかるとさっそくかくれ家がににげこんだ。けれども犬とわたしはなんにもかぶるものがないので、まもなく骨ほねまで通るほどぬれた。でも犬はぬれてもときどきしずくをふり落とすくふうもあったが、わたしはそんなことはできなかった。下着までじくじくにぬれ通って、骨まで冷ひえきっていた。

「おまえ、じきかぜをひくか」と主人は聞いた。

「知りません。かぜをひいた覚おぼえがないから」

「それはたのもしいな。だがこのうえぬれて歩いてもしようがないことだから、少しでも早くこの先の村へ行って休むとしよう」

ところがこの村には一けんも宿屋やどやというものはなかった。当たり前の家ではじいさんのこじきの、しかも子どもに三びきの犬まで引き連つれて、ぬれねずみになった同勢どうぜいをとめようという者はなかった。

「うちは宿屋やどやじゃないよ」

こう言ってどこでも戸を立てきった。わたしたちは一けん一けん聞いて歩いて、一けん一けん断ことわられた。

これから四マイル(約六キロ)ユッセルまで一休みもしないで行かなければならないのか。暗さは暗し、雨はいよいよ冷つめたく骨身ほねみに通った。ああ、バルブレンのおっかあのうちがこいしい。

やっとのことで一けんの百姓家ひゃくしょうやがいくらか親切があって、わたしたちを納屋なやにとめることを承知しょうちしてくれた。でもねるだけはねても、明かりをつけることはならないという言いわたしであった。

「おまえさん、マッチを出しなさい。あしたたつとき返してあげるから」とその百姓家ひゃくしょうやの主人はヴィタリス老人ろうじんに言った。

それでもとにかく、風雨を防ふせぐ屋根だけはできたのであった。

老人ろうじんは食料しょくりょうなしに旅をするような不注意ふちゅういな人ではなかった。かれは背中せなかにしょっていた背嚢はいのうから一かたまりのパンを出して、四きれにちぎった。

さてこのときわたしははじめて、かれがどういうふうにして、仲間なかまの規律きりつを立てているかということを知った。さっきわれわれが一けん一けん宿やどを探さがして歩いたとき、ゼルビノがある家にはいったが、さっそくかけ出して来たとき、パンの切れを口にくわえていた。そのとき老人ろうじんはただ、

「よしよし、ゼルビノ……今夜は覚おぼえていろ」とだけ言った。

わたしはもうゼルビノのどろぼうをしたことは忘わすれて、ヴィタリスがパンを切る手先をぼんやり見ていた。ゼルビノはしかしひどくしょげていた。

ヴィタリスとわたしはとなり合ってジョリクールをまん中に置おいて、二つあるわらのたばの上、かれ草のたばの上にこしをかけて、三びきの犬はその前にならんでいた。カピとドルスは主人の顔をじっと見つめているのに、ゼルビノは耳を立ててしっぽを足の間に入れて立っていた。

老人ろうじんは命令めいれいするような調子で言った。「どろぼうは仲間なかまをはずれて、すみに行かなければならんぞ。夕食なしにねむらなければならんぞ」

ゼルビノは席せきを去って、指さされたほうへすごすご出て行った。それでかれ草の積つんである下にもぐりこんで、姿すがたが見えなくなったが、その下で悲しそうにくんくん泣ないている声が聞こえた。

老人ろうじんはそれからわたしにパンを一きれくれて、自分の分を食べながら、ジョリクールとカピとドルスに、小さく切って分けてやった。

どんなにわたしはバルブレンのおっかあのスープがこいしくなったろう。それにバターはなくっても、暖あたたかい炉ろの火がどんなにいい心持ちであったろう。夜着の中に鼻をつっこんでねた小さな寝台ねだいがこいしいな。

もうすっかりくたびれきって、足は木ぐつですれて痛いたんだ。着物はぬれしょぼたれているので、冷つめたくってからだがふるえた。夜中になってもねむるどころではなかった。

「歯をがたがた言わせているね。おまえ寒いか」と老人ろうじんが言った。

「ええ、少し」

わたしはかれが背嚢はいのうを開ける音を聞いた。

「わたしは着物もたんとないが、かわいたシャツにチョッキがある。これを着てまぐさの下にもぐっておいで。じきに暖あたたかになってねむられるよ」

でも老人ろうじんが言ったようにそうじき暖かにはならなかった。わたしは長いあいだわらのとこの上でごそごそしながら、苦しくってねむられなかった。もうこれから先はいつもこんなふうにくらすのだろうか。ざあざあ雨の降ふる中を歩いて、寒さにふるえながら、物置ものおきの中にねて、夕食にはたった一きれの固かたパンを分けてもらうだけであろうか。スープもない。だれもかわいがってくれる者もない。だきしめてくれる者もない。バルブレンのおっかあももうないのだ。

わたしの心はまったく悲しかった。なみだが首を流れ落ちた。

そのときふと暖あたたかい息が顔の上にかかるように思った。

わたしは手を延のばすと、カピのやわらかい毛が手にさわった。かれはそっと草の上を音のしないように歩いて、わたしの所へやって来たのだ。わたしのにおいを優やさしくかぎ回る息が、わたしのほおにも髪かみの毛けにもかかった。

この犬はなにをしようというのであろう。

やがてかれはわたしのすぐそばのわらの上に転ころげて、それはごく静しずかにわたしの手をなめ始めた。

わたしもうれしくなって、わらのとこの上に半分起き返って、犬の首を両うでにかかえて、その冷つめたい鼻にキッスした。かれはわずか息のつまったような泣なき声ごえを立てたが、やがて手早く前足をわたしの手に預あずけて、じつとおとなしくしていた。

わたしはつかれも悲しみも忘わすれた。息苦しいのどがからっとして、息がすうすうできるようになった。ああ、わたしはもう一人ではなかった。わたしには友だちがあった。

初舞台はつぶたい

そのあくる日は早く出発した。

空は青あおと晴れて、夜中のから風がぬかるみをかわかしてくれた。小鳥が林の中でおもしろそうにさえずっていた。三びきの犬はわたしたちの回りにもつれていた。ときどきカピが後足で立ち上がって、わたしの顔を見ては二、三度続つづけてほえた。かれの心持ちはわたしにはわかっていた。

「元気を出せ、しっかり、しっかり」

こう言っているのであった。

かれはりこうな犬であった。なんでもわかるし、人にわからせることも知っていた。この犬の尾おのふり方にはたいていの人の舌したや口で言う以上いじょうの頓知とんちと能弁のうべんがふくまれていた。わたしとカピの間にはことばは要いらなかった。初はじめての日からおたがいの心持ちはわかっていた。

わたしはこれまで村の外には出たことがなかったし、初はじめて町を見るのはなにより楽しみであった。

でもユッセルの町は子どもの目にそんなに美しくはなかったし、それに町の塔とうや古い建物たてものなどよりも、もっと気になるのはくつ屋の店であった。

老人ろうじんがやくそくをしたくぎを打ったくつのある店はどこだろう。

わたしたちがユッセルの古い町を通って行ったとき、わたしはきょろきょろそこらを見回した。ふと老人は市場いちばの後ろの一けんの店にはいった。店の外に古い鉄砲てっぽうだの、金モールのへりのついた服だの、ランプだの、さびたかぎだのがつるしてあった。

わたしたちは三段だんほど段を下りてはいってみると、それはもう屋根がふけてからのち、太陽の光がついぞ一度もさしこまなかったと思われる大きな部屋へやにはいった。

くぎを打ったくつなんぞを、どうしてこんな気味の悪い所で売っているだろう。

けれども老人ろうじんにはわかっていた。それでまもなくわたしは、これまでの木ぐつの十倍ばいも重たい、くぎを打ったくつをはくことになった。うれしいな。

老人の情なさけはそれだけではなかった。かれはわたしに水色ビロードの上着と、毛織けおりのズボンと、フェルトぼうしまで買ってくれた。かれのやくそくしただけの品は残のこらずそろった。

まあ、麻あさの着物のほか着たことのなかったわたしにとって、ビロードの服のめずらしかったこと。それにくつは。ぼうしは。わたしはたしかに世界じゅうでいちばん幸福な、いちばん気前のいい大金持ちであった。ほんとうにこの老人ろうじんは世界じゅうでいちばんいい人でいちばん情なさけ深い人だと思われた。

もっともそのビロードは油じみていたし、毛織けおりのズボンはかなり破やぶれていた。それにフェルトぼうしのフェルトもしたたか雨によごれて、もとの色がなんであったかわからないくらいであった。けれどもわたしはむやみにうれしくって、品物のよしあしなどはわからなかった。

ところで宿屋やどやに帰ってから、さっそくこのきれいな着物を着たいとあせっていたわたしをびっくりさせもし、つまらなくもさせたことは、老人ろうじんがはさみでそのズボンのすそをわたしのひざの長さまで切ってしまったことであった。

わたしは丸い目をしてかれの顔を見た。

「これはおまえをほかの子どもと同じように見せないためだよ。フランスではおまえはイタリアの子どものようなふうをするのだ。イタリアではフランスの子どものようなふうをするのだ」とかれは説明せつめいした。

わたしはいよいよびっくりしてしまった。

「わたしたちは芸人げいにんだろう。なあ。それだから当たり前の人のようなふうをしてはならないのだ。われわれがここらのいなかの人間のようなふうをして歩いたら、だれが目をつけると思うか。わたしたちはどこでも立ち止まれば、回りに人を集めなければならない。困ったことには、なんでもていさいを作るということが、この世の中でかんじんなことなのだよ」

こういうわけで、わたしは朝まではフランスの子どもであったが、その晩ばんはもうイタリアの子どもになっていた。

ズボンはやっとひざまで届とどいた。老人ろうじんはくつ下にひもをぬいつけて、フェルトぼうしの上にはいっぱいに赤いリボンを結むすびつけた。それから毛糸の花でおかざりをした。

わたしはほかの人がどう思うかは知らないが、正直に言えば自分ながらなかなかりっぱになったと思った。親友のカピも同じ考えであったから、しばらくわたしの顔をじっと見て、満足まんぞくしたふうで前足を出した。

わたしはカピの賛成さんせいを得えたのでうれしかった。それというのが、わたしが着物を着かえている最中さいちゅう、例れいのジョリクールめが、わたしのまん前にべったりすわって、大げさな身ぶりで、さんざんひとのするとおりのまねをして、すっかり仕度ができると、今度はおしりに手を当て、首をちぢめて、あざけるように笑わらったので、一方にそういう実意のある賛成者さんせいしゃのできたのがよけいにうれしかったのである。

いったいさるが笑うか笑わないかということは、学問上の問題だそうだ。わたしは長いあいだジョリクールと仲なかよくくらしていたが、かれはたしかに笑った。しかもどうかすると人をばかにした笑わらい方かたをしたものだ。もちろんかれは人間のようには笑わなかった。けれどもなにかおもしろいことがあると、口を曲げて、目をくるくるやって、あのしっぽをす早く働はたらかせる。そうしてまっ黒な目はぴかぴか光って、火花がとび出すかと思われた。

「さあ仕度ができたら」と最後さいごにぼうしを頭にかぶると老人ろうじんが言った。「わたしたちはいよいよ仕事にかからなければならない。あしたは市いちの立つ日だから、おまえは初舞台はつぶたいを務つとめなければならない」

初舞台。初舞台とはどんなことだろう。

老人ろうじんはそこで、この初舞台というのは、三びきの犬とジョリクールを相手あいてに芝居しばいをすることだと教えてくれた。

「でもぼく、どうして芝居しばいをするのか知りません」と、わたしはおどおどしながらさけんだ。

「それだから、わたしが教えてあげようというのだよ。教わらなけりゃわかりゃしない。この動物どももいっしょうけんめい自分の役をけいこしたものだ。カピが後足で立つのでも、ドルスがなわとびの芸当げいとうをやるのでも、みんなけいこをして覚おぼえたのだ。ずいぶん骨ほねの折おれたことではあったが、その代わりご覧らん、あのとおりかしこくなっている。おまえも、これからいろいろの役を覚えるためにはよほど勉強が要いる。とにかく仕事にかかろう」

これまでわたしは仕事といえば、畑にくわを入れるとか、石を切るとか、木をかるとかいうほかにはないように思っていた。

「さてわたしたちのやる狂言きょうげんは、『ジョリクール氏しの家来、一名とんだあほうの取りちがえ』というのだ。それはこういう筋すじだ。ジョリクール氏はこれまで一人家来を使っていた。それはカピという名前で、ジョリクール氏はこの家来に満足まんぞくしていたのだが、年を取ったのでひまを取ろうとする。それでカピは主人にひまを取るまえに、代わりの家来を見つけるやくそくをする。さてその後がまの家来というのは、犬ではなくって子どもなのだ。ルミと名乗るいなかの子どもなのだ」

「やあ、ぼくと同じ名前の……」

「いや、同じ名前ではない、それがおまえなんだ。おまえはジョリクール氏しの所へ奉公口ほうこうぐちを探さがしにいなかから出て来たのだ」

「おさるに家来はないでしょう」

「そこが芝居しばいだよ。さておまえはいきなり村からとび出して来た。それでおまえの新しい主人はおまえをあほうだと思う」

「おお、ぼく、そんなこといやです」

「人が笑わらいさえすれば、そんなことはどうでもいいじゃないか。さておまえは初はじめてこのだんなの所へ家来になってやって来た。そして食事のテーブルごしらえを言いつけられる。それ、ちょうどそこに、芝居しばいに使うテーブルがある。さあ、仕度におかかり」

このテーブルの上には、おさらに、コップに、ナイフが一本、フォークが一本、白いテーブルかけが一枚まい置おいてあった。

どうしてこれだけのものをならべようか。

わたしはそれを考えて、両手をつき出してテーブルによっかかって、ぽかんと口を開けたまま、なにから手をつけていいか困っていると、親方は両手を打って、腹はらをかかえて笑わらいだした。

「うまいうまい。それこそ本物だ」とかれはさけんだ。「わたしが先せんに使っていた子どもは狡猾こうかつそうな顔つきで、どうだ、あほうのまねはうまかろうと言わないばかりであった。おまえのはそれがいかにも自然しぜんでいい。どうしてすばらしいものだ」

「でもぼく、どうしていいのかわからないんです」

「それだからそんなにうまくやれるのだ。おまえに芝居しばいがわかるとかえって、いま思っているようなことをわざとするようになるだろう。なんでもいまのどうしていいかわからずに困こまっている心持ちを忘わすれないようにしてやれば、いつも上出来だよ。つまり役の性根しょうねは、さると人間が、主人と家来と身分を取りかえたついでに、ばかをりこうと取りかえて、とんだあほうの取りちがえ、これが芝居しばいのおかしいところなのだ」

『ジョリクール氏しの家来』は大芝居おおしばいというのではなかったから、二十分より長くは続つづかなかった。ヴィタリスはわたしたちにたびたびそれをくり返させた。わたしは主人がずいぶんしんぼう強いのでおどろいた。これまで村でよく動物をしこむところを見たが、ひどくしかったり、ぶったりしてやっとしこむのであった。ずいぶんけいこは長くやったが、親方は一度もおこったこともなければ、しかったこともなかった。

「さあ、もう一度やり直しだ」とかれは厳きびしい声で言って、いけないところを直した。「カピ、それはいけません。ジョリクール、気をつけないとしかりますぞ」

これがすべてであった。しかしそれでじゅうぶんであった。

わたしを教えながらかれは言った。「なんでもけいこには犬をお手本にするがいい。犬とさるとを比べてごらん。ジョリクールはなるほどはしっこいし、ちえもあるけれども、注意もしないし、従順じゅうじゅんでもないのだ。かれは教えられたことはわけなく覚おぼえるが、すぐそれを忘わすれてしまう。それにかれは言われたことをわざとしない。かえってあべこべなことをしたがる。それはこの動物の性質せいしつだ。だからわたしはあれに対してはおこらない。さるは犬と同じ良心りょうしんを持たない。あれには義務ぎむということばの意味がわかっていない。それが犬におとるところだ。わかったかね」

「ええ」

「おまえはりこうで注意深い子だ。まあなんによらずすなおに、自分のしなければならないことをいっしょうけんめいにするのだ。それを一生覚おぼえておいで」

こういう話をしているうち、わたしは勇気ゆうきをふるい起こして、芝居しばいのけいこのあいだなによりわたしをびっくりさせたことについてかれに質問しつもんした。どうしてかれが犬やさるやわたしに対してあんなにしんぼう強くやれるのであろうか。

かれはにっこり笑わらった。「おまえは百姓ひゃくしょうたちの仲間なかまにいて、手あらく生き物を取りあつかっては、言うことを聞かないと棒ぼうでぶつようなところばかり見てきたのだろう。だがそれは大きなまちがいだよ。手あらくあつかったところでいっこう役に立たない。優やさしくしてやればたいていはうまくゆくものだ。だからわたしは動物たちに優しくするようにしている。むやみにぶてばかれらはおどおどするばかりだ。ものをこわがるとちえがにぶる。それに教えるほうでかんしゃくを起こしては、ついいつもの自分とはちがったものになる。それではいまおまえに感心されたようなしんぼう力は出なかったろう。他人を教えるものは自分を教えるものだということがこれでわかる。わたしが動物たちに教訓きょうくんをあたえるのは、同時にわたしがかれらから教訓を受けることになるのだ。わたしはあれらのちえを進めてやったが、あれらはわたしの品性ひんせいを作ってくれた」

わたしは笑わらった。それがわたしにはきみょうに思われた。でもかれはなお続つづけた。

「おまえはそれをきみょうだと思うか。犬が人間に教訓きょうくんを授さずけるのはきみょうだろう。だがこれはほんとうだよ。

すると主人が犬をしこもうと思えば、自分のことをかえりみなければならない。その飼かい犬いぬを見れば主人の人がらもわかるものだ。悪人の飼っている犬はやはり悪ものだ。強盗ごうとうの犬はどろぼうをする。ばかな百姓ひゃくしょうが飼い犬はばかで、もののわからないものだ。親切な礼儀れいぎ正しい人は、やはり気質きしつのいい犬を飼っている」

わたしはあしたおおぜいの前に現あらわれるということを思うと、胸むねがどきどきした。犬やさるはまえからもう何百ぺんとなくやりつけているのだから、かえってわたしよりえらかった。わたしがうまく役をやらなかったら、親方はなんと言うだろう。見物はなんと言うだろう。

わたしはくよくよ思いながらうとうとねいった。そのゆめの中で、おおぜいの見物が、わたしがなんてばかだろうと言って、腹はらをかかえて笑わらうところを見た。

あくる日になると、いよいよわたしは心配でおどおどしながら、芝居しばいをするはずのさかり場まで行列を作って行った。

親方が先に立って行った。背せいの高いかれは首をまっすぐに立て、胸むねを前へつき出して、おもしろそうにふえでワルツをふきながら、手足で拍子ひょうしをとって行った。その後ろにカピが続つづいた。イギリスの大将たいしょうの軍服ぐんぷくをまねた金モールでへりをとった赤い上着を着、鳥の羽根はねでかざったかぶとをかぶったジョリクールがその背中せなかにいばって乗っていた。

ゼルビノとドルスが、ほどよくはなれてそのあとに続いた。

わたしがしんがりを務つとめていた。わたしたちの行列は親方の指図どおり適当てきとうな間をへだてて進んだので、かなり人目に立つ行列になった。

なによりも親方のふくするどいふえの音ねにひかれて、みんなうちの中からかけ出して来た。とちゅうの家の窓まどという窓はカーテンが引き上げられた。

子どもたちの群むれがあとからかけてついて来た。やがて広場に着いたじぶんには、わたしたちの行列に、はるか多い見物の行列がつながって、たいした人だかりであった。

わたしたちの芝居小屋しばいごやはさっそくできあがった。四本の木になわを結むすび回して、その長方形のまん中にわたしたちは陣取じんどったのである。

番組の第一は犬の演えんじるいろいろな芸当げいとうであった。わたしは犬がなにをしているかまるっきりわからなかった。わたしはもう心配で心配で自分の役を復習ふくしゅうすることにばかり気を取られていた。わたしが記憶きおくしていたことは、親方がふえをそばへ置おき、ヴァイオリンを取り上げて、犬のおどりに合わせてひいたことで、それはダンス曲であることもあれば、静しずかな悲しい調子の曲であることもあった。なわ張ばりの外に見物はぞろぞろ集まっている。わたしはこわごわ見回すと、数知れないひとみの光がわたしたちの上に集まっていた。

一番の芸当げいとうが終わると、カピが歯の間にブリキのぼんをくわえて、お客さまがたの間をぐるぐる回りを始めた。見物の中で銭ぜにを入れない者があると、立ち止まって二本の前足をこのけちんぼうなお客のかくしに当てて、三度ほえて、それから前足でかくしを軽くたたいた。それを見るとみんな笑わらいだして、うれしがってときの声を上げた。

じょうだんや、嘲笑ちょうしょうのささやきがそこここに起こった。

「どうもりこうな犬じゃないか。あいつは金を持っている人といない人を知っている」

「そら、ここに手をかけた」

「出すだろうよ」

「出すもんか」

「おじさんから遺産いさんをもらったくせに、けちな男だなあ」

さてとうとう銀貨ぎんかが一枚まいおく深ふかいかくしの中からほり出されて、ぼんの中にはいることになった。そのあいだ親方は一言ごんもものは言わずに、カピのぼんを目で見送りながら、おもしろそうにヴァイオリンをひいた。まもなくカピが得意とくいらしくぼんにいっぱいお金を入れて帰って来た。

いよいよ芝居しばいの始まりである。

「さてだんなさまがたおよびおくさまがたに申し上げます」

親方は、片手かたてに弓ゆみ、片手にヴァイオリンを持って、身ぶりをしながら口上こうじょうを述のべだした。

「これより『ジョリクール氏しの家来。一名とんだあほうの取りちがえ』と題しまするゆかいな喜劇きげきをごらんにいれたてまつります。わたくしほどの芸人げいにんが、手前みそに狂言きょうげんの功能こうのうをならべたり、一座いちざの役者のちょうちん持ちをして、自分から品ひんを下げるようなことはいたしませぬ。ただ一言ごん申しますることは、どうぞよくよくお目止められ、お耳止められ、お手拍子てびょうしごかっさいのご用意を願ねがっておくことだけでございます。始はじまり」

親方はゆかいな喜劇きげきだと言ったが、じつはだんまりの身ぶり狂言きょうげんにすぎなかった。それもそのはずで、立役者たてやくしゃの二人まで、ジョリクールも、カピもひと言も口はきけなかったし、第三の役者のわたしもふた言とは言うことがなかった。

けれども見物に芝居しばいをよくわからせるために、親方は芝居の進むにつれて、かどかどを音楽入りで説明せつめいした。

そこでたとえば勇いさましい戦争せんそうの曲をひきながら、かれはジョリクール大将たいしょうが登場を知らせた。大将はインドの戦争でたびたび功名こうみょうを現あらわして、いまの高い地位ちいにのぼったのである。これまで大将はカピという犬の家来を一人使っていたが、出世していてお金が取れて、ぜいたくができるようになったので、人間の家来をかかえようと思っている。長いあいだ動物が人間の奴隷どれいであったけれども、それがあべこべになるときが来たのである。

家来の来るのを待つあいだに、大将は葉巻はまきをふかしながらあちこちと歩き回る。見物の顔にかれがたばこのけむりをふっかけるふうといったら、見物みものであった。なかなか来ないのでじれて、人間がかんしゃくを起こすときのように目玉をくるくる回し始める。くちびるをかむ。じだんだをふむ。三度目にじだんだをふんだときに、わたしがカピに連つれられて舞台ぶたいに現あらわれることになる。

わたしが役を忘わすれていれば犬が教えてくれるはずになっていた。

やがてころ合いのじぶんに、かれは前足をわたしのはうへ出して、大将たいしょうがわたしを紹介しょうかいした。

大将たいしょうはわたしを見ると、がっかりしたふうで両手を上げた。なんだ、これがわざわざ連つれて来た家来かい。それからかれは歩いて来て、わたしの顔をぶえんりょにながめた。そうして肩かたをそびやかしながら、わたしの回りを歩き回っていた。その様子がそれはこっけいなので、だれもふき出さずにはいられなかった。見物がなるほど、このさるはわたしをあほうだと思っているなとなっとくする。そうして見物もやはりわたしをあほうだと思いこんでしまう。

芝居しばいがまたいかにもわたしのあほうさの底そこが知れないようにできていた。することなすことにさるはかしこかった。

いろいろとわたしを試験しけんをしてみた末すえ、大将たいしょうはかわいそうになって、とにかく朝飯あさめしを食たべさせることにする。かれはもう朝飯の仕度のできているテーブルを指さして、わたしにすわれといって合図をした。

「大将の考えでは、この家来にまあなにか食べるものでも食べさしたら、これほどあほうでもなくなるだろうというのですが、さて、どんなものでしょうか」と、ここで親方が口上こうじょうをはさんだ。

わたしは小さなテーブルに向かってこしをかけた。テーブルの上には食器しょっきがならんで、さらの上にナプキンが置おいてあった。このナプキンをわたしはどうすればいいのだろう。

カピがその使い方を手まねで教えてくれた。しばらくしげしげとながめたあとで、わたしはナプキンで鼻をかんだ。

そのとき大将たいしょうが腹はらをかかえて大笑おおわらいをした。そうしてカピはわたしのあほうにあきれ返って、四つ足ででんぐり返しを打った。

わたしはやりそこなったことがわかったので、またナプキンをながめて、それをどうすればいいかと考えていた。

やがて思いついたことがあって、わたしはそれを丸まるく巻まいてネクタイにした。大将たいしょうがもっと笑わらった。カピがまたでんぐり返しを打った。

そのうちとうとうがまんがしきれなくなって、大将がわたしをいすから引きずり下ろして、自分が代わりにこしをかけて、わたしのためにならべられている朝飯あさめしを食べだした。

ああ、かれのナプキンをあつかうことのうまいこと。いかにも上品に軍服ぐんぷくのボタンの穴あなにナプキンをはさんでひざの上に広げた。それからパンをさいて、お酒を飲む優美ゆうびなしぐさといったらない。けれどいよいよ食事がすんで、かれが小ようじを言いつけて、器用きように歯をせせって(つついて)見せたとき、割われるほど大かっさいがほうぼうに起こって、芝居しばいはめでたくまい納おさめた。

「なんというあほうな家来だろう。なんというかしこいさるだろう」

宿屋やどやに帰る道みち、親方はわたしをほめてくれた。わたしはもうりっぱな喜劇役者きげきやくしゃになって、主人からおほめのことばをいただいて、得意とくいになるほどになったのである。

読み書きのけいこ

ヴィタリス親方の小さな役者の一座いちざは、どうしてなかなかたっしゃぞろいにはちがいなかったが、その曲目はそうたくさんはなかったから、長く同じ町にいることはできなかった。

ユッセルに着いて三日目には、また旅に出ることになった。

今度はどこへ行くのだろう。

わたしはもう大胆だいたんになって、こう質問しつもんを親方に発してみた。

「おまえはこのへんのことを知っているか」と、かれはわたしの顔を見ながら言った。

「いいえ」

「じゃあなぜ、どこへ行くと言って聞くのだ」

「知りたいと思って」

「なにを知りたいのだ」

わたしはなんと答えていいかわからないので、だまっていた。

「おまえは本を読むことを知っているか」

かれはしばらく考え深そうにわたしの顔を見て、こうたずねた。

「いいえ」

「本にはこれからわたしたちが旅をして行く土地の名やむかしあったいろいろなことが書いてある。一度もそこへ来たことがなくっても、本を読めばまえから知ることができる。これから道みち教えてあげよう。それはおもしろいお話を聞かせてもらうようなものだ」

わたしはまるっきりものを知らずに育った。もっともたったひと月村の学校に行ったことがあった。けれどその月じゅうわたしは一度も本を手に持ったことはなかった。わたしがここに話をしている時代には、フランスに学校のあることをじまんにしない村がたくさんあった。よし学校の先生のいる所でも、その人はなんにも知らないか、さもなければなにかほかに仕事があって、預あずかった子どもの世話をろくろくしない者が多かった。

わたしたちの村の学校の先生がやはりそれであった。それは先生がものを知らないというのではないが、わたしが学校に行っているひと月じゅうかれはただの一課かをすら教えなかった。かれはほかにすることがあった。その先生は商売がくつ屋であった。いやだれもそこから皮のくつを買う者がなかったから、ほんとうは木ぐつ屋だと言ったほうがいい。かれは一日こしかけにこしをかけて木ぐつにするけやきやくるみの木をけずっていた。そういうわけでわたしはなにも学校では教わらなかったし、ABCアベセをすら教わらなかった。

「本を読むってむずかしいことでしょうか」

わたしはしばらく考えながら歩いて、こう聞いた。

「頭のにぶい者にはむずかしいが、それよりも習いたい気のない者にはもっとむずかしい。おまえの頭はにぶいかな」

「ぼくは知りません。けれども教えてくだされば習いたいと思います」

「よしよし、考えてみよう。まあ、ゆっくり教えてあげよう。たっぷりひまはあるからね」

たっぷりひまがあるからゆっくりやろう。なぜすぐに始めないのだろう。わたしは本を読むことを習うのがどんなにむずかしいか知らなかった。もう本を開ければすぐに中に書いてあることがわかるように思っていた。

そのあくる日歩いて行くとちゅう、親方はこしをかがめて、ほこりをかぶった板きれを拾い上げた。

「はら、これがおまえの習う本だ」とかれは言った。

なにこの板きれが本だとは。わたしはじょうだんを言っているのだろうと思って、かれの顔を見た。けれどかれはいっこうにまじめな顔をしていた。わたしは木ぎれをじっと見た。

それはうでぐらい長さがあって、両手をならべたくらいはばがあった。そのうえには字も絵も書いてはなかった。

わたしはからかわれるような気がした。

「あすこの木のかげへ行って休んでからにしよう。そこでどういうふうにわたしがこれを使って、本を読むことを教えるか、話してあげよう」と親方は言って、わたしのびっくりしたような顔を笑わらいながら見た。

わたしたちは木のかげへ来ると、背嚢はいのうを地べたに下ろして、そろそろひなぎくのさいている青草の上にすわった。ジョリクールはくさりを解といてもらったので、さっそく木の上にかけ上がって、くるみを落とすときのように、こちらのえだからあちらのえだをゆすぶってさわいでいた。犬たちはくたびれて回りに丸まるくなっていた。

親方はかくしからナイフを出して、いまの板きれの両側りょうがわをけずって、同じ大きさの小板を十二本こしらえた。

「わたしはこの一本一本の板に一つずつの字をほってあげる」とかれはわたしの顔を見ながら言った。わたしはじっとかれから目を放さなかった。「おまえはこの字を形で覚おぼえるのだ。それを一目見てなんだということがわかれば、それをいろいろに組み合わせてことばにするけいこをするのだ。ことばが読めるようになれば、本を習うことができるのだ」

やがてわたしのかくしはその小さな木ぎれでいっぱいになった。それでABCアベセの字を覚おぼえるのにひまはかからなかったけれども、読むことを覚えるのは別べつの仕事であった。なかなか早くはいかないので、ときにはなぜこんなものを教わりたいと言いだしたかと思って、後悔こうかいした。でもこれは、わたしがなまけ者でもなく、負けおしみが強かったからである。

わたしに字を教えながら親方は、それをいっしょにカピにも教えてみようかと思い立った。犬は時計から時間を探さがし出すことを覚おぼえたくらいだから、文字を覚えられないことはなかった。それでカピとわたしは同級生になって、いっしょにけいこを始めた。犬はもちろん口で言えないから、木ぎれが残のこらず草の上にまき散ちらされると、かれは前足で、言われた文字をその中から拾い出して来なければならなかった。

はじめはわたしもカピよりはずっと進歩が早かった。けれどわたしは理解りかいこそ早かったが、物覚ものおぼえは、犬のほうがよかった。犬は一度物を教わると、いつもそれを覚えて忘わすれることがなかった。わたしがまちがうと親方はこう言うのである。

「カピのはうが先に読むことを覚えるよ、ルミ」

そう言うとカピはわかったらしく、得意とくいになってしっぽをふった。

そこでわたしはくやしくなって気を入れて勉強した。それで犬がやっと自分の名前の四つの字を拾い出してつづることしかできないのに、わたしはとうとう本を読むことを覚おぼえた。

「さて、おまえはことばを読むことは覚えたが、どうだね、今度は譜ふを読むことを覚えては」と親方が言った。

「譜を読むことを覚おぼえると、あなたのように歌が歌えますか」とわたしは聞いた。

「ああ。そうするとおまえもわたしのように歌が歌いたいと思うのかい」と親方が答えた。

「とてもそんなによくはできそうもないと思いますけれども、少しは歌いたいと思います」

「じゃあわたしが歌を歌うのを聞くのは好すきかい」

「ええ、わたしは、なによりそれが好きです。それはうぐいすの歌よりずっと好きです。けれどもまるでうぐいすの歌とはちがいますね。あなたが歌っておいでになると、ぼくは歌のとおりに泣なきたくなることもあるし、笑わらいたくなることもあります。ばかだと思わないでください。あなたが静しずかにさびしい歌をお歌いになると、わたしはまたバルブレンのおっかあの所へ帰ったような気がするのです。目をふさいで聞いていると、またうちにいるおっかあの姿すがたが目にうかびますけれども、歌はイタリア語だからわかりません」

わたしはあお向いてかれを見た。かれの目にはなみだがあふれていた。そのときわたしはことばを切って、

「気にさわったのですか」とたずねた。

かれは声をふるわせながら言った。「いいや、気にさわるなんということはないよ。それどころかおまえは、わたしを遠い子どもだったむかしにもどしてくれた。そうだ、ルミや、わたしは歌を教えてあげよう。そうしておまえは情なさけ深いたちだから、やはりその歌で人を泣かせることもできるし、人にほめられるようにもなるだろう」

かれは言いかけてふとやめた。わたしはかれがそのとき、そのうえに言うことを好このまないらしいのがわかった。わたしにはかれがそんなに悲しく思うわけがわからなかった。でもあとになって、それはある悲しい事情じじょうから初はじめてわかった。いずれわたしの話の進んだとき、それを言うおりがあるであるう。

そのあくる日、かれは小さく木を切って文字を作ったと同様に音譜おんぷをこしらえた。

音譜はABCアベセより入りくんでいた。今度は習うのにもいっそう骨ほねも折おれたし、たいくつでもあった。あれほど犬に対してしんぼうのいい親方も、一度ならずわたしにはかんにんの緒おを切ったこともあった。かれはさけんだ。

「畜生ちくしょうに対しては、かわいそうな、口のきけないものだと思ってがまんするけれど、おまえではまったく気ちがいにさせられる」と、こうかれは言って、芝居しばいのように両手を空に上げて、急にまた下に下ろして、はげしくももを打った。

自分がおもしろいと思うと、まねをしてはおもしろがっているジョリクールは、今度も主人の身ぶりをまねていた。毎日わたしのけいこのときに、さるはいつもそばにいるので、わたしがつかえでもすると、そのたんびにがっかりした様子をして、かれが両うでを空に上げて、また下に下ろしては、ももを打つところを見ると、わたしはしょげずにはいられなかった。

「ご覧らん、ジョリクールまでが、おまえをばかにしている」と親方がさけんだ。

わたしが思い切った子なら、さるがばかにしているのは生徒せいとばかりではなく、先生までもばかにしているのだと言ってやりたかった。けれども失礼しつれいだと思ったし、こわさもこわいのでえんりょして、心のうちでそう思うだけで満足まんぞくした。

とうとう何週間もけいこを続つづけて、わたしは親方が書いた紙から、曲を読むことができるようになった。もう親方も、両手を空に上げなかった。それどころかかえって、歌うたんびにほめてくれて、この調子でたゆまずやってゆけば、きっとえらい歌うたいになれると言ってくれた。

むろんこれだけのけいこが一日でできあがるはずはなかった。何週間のあいだ何か月のあいだ、わたしのかくしはいつも小さな木ぎれで、いっぱいになっていた。

しかし、わたしの課業かぎょうは学校にはいっている子どものそれのように、規則きそく正しいものではなかった。親方が課業を授さずけてくれるのは、そのひまな時間だけであった。

毎日決まった道のりだけは歩いて行かなければならなかった。もっともその道のりは村と村との間が遠いか近いか、それによって長くもなり短くもなった。いくらかでも、収入しゅうにゅうのある機会きかいを見つけしだい、そこで止まって芝居しばいをうたなければならなかった。犬たちやジョリクール氏しに役々の復習ふくしゅうをもさせなければならなかった。朝飯あさめしも昼飯ひるめしもてんでんに自分で用意しなければならなかった。読書なり音楽なりの仕事は、つまりそういうもののすんだあとのことであった。まあいちばんよく教えてもちったのは、休憩きゅうけいの時間で、木の根かたや、小砂利こじゃりの山の上や、または芝生しばふなり、道ばたの草の上が、みんなわたしの木ぎれをならべる机つくえが代わりになった。

この教育法きょういくほうはふつうの子どもの受けるそれとは、少しも似にたところがなかった。ふつうの子どもなら、ただ勉強するほかに仕事はないし、それでもかれらはしじゅうあたえられた宿題しゅくだいをやる時間がないといって、ぶつぶつ言うのである。

けれど、勉強に使う時間のあるなしよりも、もっとたいせつなものがあった。それはその仕事に専念せんねんするということであった。授さずかった課業かぎょうを覚おぼえるのは、覚えるために費ついやされる時間ではなくって、それは覚えたいと思う熱心ねっしんであった。

幸いにわたしは、ぐるりに起こる出来事に心をうばわれることなしに、むちゅうに勉強のできるたちであった。もしそのじぶんわたしが、部屋へやの中に閉とじこもって、両手で耳をふさいで、目を本にはりつけたようにしているのでなければ、勉強のできない生徒せいとのようであったら、わたしになにができたろう、なにもできはしない。なぜというに、わたしには、閉じこもる部屋もなかった。往来おうらいに沿そって前へ前へと進みながら、ときどきもうつまずいてたおれそうになるほど痛いたい足の先を、見つめ見つめしてゆかなければならなかった。

だんだんわたしはおかげでいろんなことを覚おぼえた。と同時に親方の授さずけてくれた課業かぎょう以上いじょうに有益ゆうえきな長い旅行をした。わたしがバルブレンのおっかあの所にいたじぶんには、ごくやせっぽちな子どもであった。みんながわたしを見て言ったことばで、その様子はよくわかる。「町の子どもだ」と、バルブレンは言ったし、「ひどくひょろひょろした手足の子だ」と親方は言った。

ところが親方のあとについて、広い青空の下に困難こんなんな生活を続つづけているあいだに、わたしの手足は強くなり、肺臓はいぞうは発達はったつし、皮膚ひふは厚あつくなり、ちょうどかぶとをかぶったように寒さをも暑さをもしのぐことができるようになった。

こうして、このつらいお弟子でし修業しゅぎょうのおかげで、わたしは少年時代に、たいていの困難こんなんに打ち勝ってゆく力を養やしなうことのできたのは、あとで思えばひじょうな幸福であった。

山こえて谷こえて

わたしたちはフランスの中央ちゅうおうの一部、たとえばローヴェルニュ、ル・ヴレー、ル・リヴァレー、ル・ケルシー、ル・ルーエルグ、レ・セヴェンネ、ル・ラングドックというような土地土地をめぐって歩いた。

わたしたちの流行はしごく簡単かんたんであった。どこでもかまわずまっすぐに出かけて行って、あまりびんぼうでない町だと見ると、まず行列を作る用意を始めて、犬たちに着物を着せかえてやり、ドルスの髪かみにくしを入れてやる。カピが老兵ろうへいの役をやっているときは、目の上に包帯ほうたいをしてやる。最後さいごにいやがるジョリクールに大将たいしょうの軍服ぐんぷくを着せる。これがなによりいちばんやっかいな仕事であった。なぜというにこのさるは、これが仕事にかかるまえぶれだということを知りすぎるほど知っていて、なんでも着物を着させまいとするために、それはおかしな芸当げいとうを考え出すのであった。そこでわたしはしかたがないからカピを加勢かせいに呼よんで来て、二人がかりでどうやらこうやらおさえつけて、言うことを聞かせるのであった。

さて一座いちざ残のこらずの仕度ができあがると、ヴィタリス親方は例れいのふえでマーチをふきながら村の中へはいって行く。

そこでわれわれのあとからついて来る群衆ぐんしゅうの数が相応そうおうになると、さっそく演芸えんげいを始めるが、ほんの二、三人気まぐれな冷ひやかしのお客だけだとみると、わざわざ足を止める値打ねうちもないので、かまわずずんずん進んで行く。

一つの町に五、六日も続つづけて滞留たいりゅういているようなときには、カピがついていさえすれば、親方はわたしを一人手放して外へ出してくれた。親方はつまりわたしをカピに預あずけたのである。

「おまえは同じ年ごろの子どもがたいがい学校に行っている時代に、ひょんなことからフランスの国じゅうを歩く回り合わせになっているのだ」と親方はあるときわたしに言った。「だから学校へ行く代わりに、自分で目を開いて、よくものを見て覚おぼえるのだ。見てわからないものがあったら、かまわずにわたしに質問しつもんするがいい。わたしだってなんでも知っているわけではないが、一とおりおまえの知りたい心を満足まんぞくさせるだけのことはできるだろう。わたしもいまのような人間でばかりはなかった。かなりむかしはいろいろほかの気のきいたことも知っていた」

「どんなことを」

「それはまたいつか話そうよ。ただまあ、むかしから犬やさるの見世物師みせものしでもなかったことだけ知ってもらえばよい。なんでも人間は心がけしだいで、いちばん低ひくい位置いちからどんなにも高い位置いちに上ることができる。これも覚おぼえていてもらいたい。それでおまえが大きくなったとき、どうかまあ、気のどくな旅の音楽師おんがくしが自分を養やしない親おやの手から引きさらって行ったときには、つらくもこわくも思ったようなものも、つまりそれがよかったのだと思って、喜よろこんでくれるときがあればいいと思うのだ。まあ、こうして境遇きょうぐうの変かわるのが、つまりはおまえのために悪くはないかもしれないのだからな」

いったいこの親方はもとはなんであったろう、わたしは知りたいと思った。

さてわたしたちはだんだんめぐりめぐって行って、ローヴェルニュからケルシーの高原にはいった。これはおそろしくだだっ広くってあれていた。小山が波のようにうねっていて、開けた土地もなければ、大きな樹木じゅもくもなかったし、人通りはごく少なかった。小川もなければ池もない。所どころ水がかれきって、石ばかりの谷川が目にはいるだけであった。その原っぱのまん中にバスチード・ミュラーという小さな村があった。わたしたちはこの村のある宿屋やどやの物置ものおきに一夜を過すごした。

「そうだ、この村だったよ」とヴィタリス親方が言った。「しかもこの同じ宿屋だったかもしれないが、のちに何万という軍勢ぐんぜいを率ひきいる大将たいしょうがここで生まれたのだ。初はじめはうまやのこぞうから身を起こして、公爵こうしゃくがなり、のちには王さまになった。名前をミュラーと言った。みんながその人を英雄えいゆうと呼よんで、この村をもその名前で呼ぶことになった。わたしはその男を知っていた。たびたびいっしょに話をしたこともあった」

わたしもさすがにことばをはさまずにはいられなかった。

「うまやのこぞうだったときにですか」

「いいや」と親方は笑わらいながら答えた。「もう王さまだったじぶんにだよ。今度初はじめてわたしはこの地方にやって来たのだ。わたしはその男が王さまだったナポリの宮殿きゅうでんで知り合いになったのだ」

「あなたは王さまと知り合いなのですか」

わたしのこういった調子は少しこっけいであったとみえて、親方はさもゆかいそうに笑わらいだした。

わたしたちはうまやの戸の前のこしかけにこしをかけて、昼間の太陽のぬくもりのまだ残のこっているかべに背中せなかをおしつけていた。われわれの頭の上におっかぶさっている大きないちじくの木の中で夕ぜみが鳴いていた。母屋おもやの屋根の上には、いま出たばかりの満月まんげつが静しずかに青空に上がっていた。その日は昼間こげるように暑かったので、それがいっそう心持ちよく思われた。

「おまえ、とこにはいりたいか」と親方はたずねた。「それともミュラー王の話でもしてもらいたいと思うか」

「ああ、どうぞそのお話をしてください」

そこで親方はわたしとこしかけの上にいるあいだ、長物語をしてくれた。親方が話をしているうちに、だんだん青白い月の光がななめにさしこんできた。わたしはむちゅうになって耳を立てた。両方の目をすえてじっと親方の顔を見ていた。

わたしはまえにこんなむかし物語などを聞いたことがなかった。だれがそんな話をして聞かせよう。バルブレンのおっかあはとても話すわけがない。かの女はそんな話は少しも知らなかった。かの女はシャヴァノンで生まれて、たぶんはそこで死ぬのだろう。かの女の心は目で見るかぎりをこえて先へは行かなかった。それもアンドゥーズ山の頂いただきから見晴らす地平線上に限かぎられていた。

わたしの親方は王さまに会ったことがある。その王さまはかれと話をした。いったいこの親方は若わかいときなんであったろう。それがどうしてこの年になって、いまのような身の上になったのだろう……

わたしの、活発に鋭敏えいびんに働はたらく幼おさない想像そうぞうと好奇心こうきしんは、この一つのことにばかり働はたらいた。

七里ぐつをはいた大男

南部地方の高原のかわききった土地をはなれてのち、わたしたちは、いつも青あおとした谷間の道を通って、旅を続つづけた。これはドルドーニュ川の谷で、わたしたちは毎日少しずつこの谷を下りて行った。なにしろこの地方は土地が豊ゆたかで、住民じゅうみんも従したがって富貴ふうきであったから、わたしたちの興行こうぎょうの度数もしぜん多くなり、例れいのカピのおぼんの中へもなかなかたくさんのお金が投げこまれた。

ふと空中に、ふうわりとちょうど霧きりの中にくもの糸でつり下げられたように、橋が一つ、大きな川の上にかかっていた。川はその下にごくおだやかに流れていた――これはキュブザックの橋で、川はドルドーニュ川であった。

あれた町が一つ、そこには古いおほりもあり、岩屋もあり、塔とうもあった。修道院しゅうどういんのあれたへいの中には、せみが雑木ぞうきの中で、そこここに止まって鳴いていた――これはセンテミリオン寺であった。

けれどそれもこれもみんなわたしの記憶きおくの中でこんがらがって、ぼやけてしまっているが、そののちほどなく、ひじょうに強い印象いんしょうをあたえた景色けしきが現あらわれた。それは今日でもありありと、全体のうきぼりがさながら目の前に現れるくらいあざやかであった。

わたしたちはあるごくびんぼうな村に一夜を明かして、あくる日夜の明けないうちから出発した。長いあいだわたしたちは、ほこりっぽい道を歩いて来て、両側りょうがわにはしじゅうぶどう畑ばかりを見て来たのが、ふと、それはあたかも目をさえぎっていた窓かけがぱらりと落ちたように、眼界がんかいが自由に開けた。

大きな川が一つ、わたしたちのそのとき行き着いた丘おかのぐるりをゆるやかに流れていた。この川のはるか向こうに不規則ふきそくにゆがんだ地平線までは、大都市の屋根や鐘楼しょうろうが続つづいて散ちらばっていた。どれが家だろう。どれがえんとつだろう。中でいちばん高い、いちばん細いのが、五、六木、柱のように空につっ立って、そのてっぺんからまっ黒なけむりをふき出しては、風のなぶるままに、たなびいて、町の真上まうえに黒いガスの雲をわかしていた。川の上には、ちょうど中ほどの河岸かし通りに沿そって数知れない船が停泊ていはくして、林のようにならんだ帆柱ほばしらや、帆づなや、それにいろいろの色の旗はたを風にばたばた言わせながらおし合いへし合いしていた。がんがんひびく銅どうや鉄の音やつちの音、そういう物音の中に、河岸かし通りをからから走って行くたくさんの車の音が交じって聞こえた。

「これがボルドーだ」と親方がわたしに言った。

わたしのような子どもにとっては――その年までせいぜいクルーズのびんぼう村か、道みち通って来たいくつかのちっぽけな町のほかに見たことのない子どもにとっては、これはおとぎ話の国であった。

なにを考えるともなく、わたしの足はしぜんと止まった。わたしはじっと立ち止まったまま、前のほうをながめたり、後ろのほうをながめたり、ただもうぼんやりそこらを見回していた。

しかし、ふとわたしの目は一点にとどまった。それは川の面をふさいでいるおびただしい船であった。

つまりそれはなんだかわけのわからない、ごたごたした活動であったが、それが自分でもはっきりつかむことのできない、ひじょうに強い興味きょうみをわたしの心にひき起こした。

いくそうかの船は帆ほをいっぱいに張はって、一方にかたむきながら、ゆうゆうと川を下って行くと、こちらからは反対に上って行った。島のように動かずに止まっているものもあれば、どうして動いているかわからないで、くるくる回っている船もあった。最後さいごにもう一つ、帆柱ほばしらもなければ、帆もなしに、ただえんとつの口から黒いけむりのうずを空に巻まきながら、黄ばんだ水の上に白いあわのあぜを作りながら、ずんずん走っているものもあった。

「ちょうどいまが満潮まんちょうだ」と親方はこちらから問いかけもしないのに、わたしのおどろいた顔に答えて言った。

「長い航海こうかいから帰って来た船もある。ほら、ペンキがはげてさびついたようになっているだろう。あすこへは港をはなれて行く船がある。川のまん中にいる船が満潮にかじを向けるようなふうに、いかりの上でくるくる回っている。けむりの雲の中を走って行く船は引き船だ」

わたしにとってはなんということばであろう。なんという目新しい事実であろう。

わたしたちが、パスチードとボルドーを通じている橋の所へ来るまでに、親方はわたしが聞きたいと思った質問しつもんの百分の一に答えるだけのひまもなかった。

これまでわたしたちはけっしてとちゅうの町で長逗留ながとうりゅうをすることはなかった。なぜというに、しじゅう見物をかえる必要ひつようから、しぜん毎日興行こうぎょうの場所をも変かえなければならなかった。それに『名高いヴィタリス親方の一座いちざ』の役者では、狂言きょうげんの芸題げいだいをいろいろにかえてゆく自由がきかなかった。『ジョリクール氏しの家来』『大将たいしょうの死』『正義せいぎの勝利しょうり』『下剤げざいをかけた病人』、そのほか三、四種しゅの芝居しばいをやってしまえば、もうおしまいであった。それで一座いちざの役者の芸げいは種切たねぎれであった。そこでまた場所を変かえて、まだ見ない見物の前で、これらの狂言きょうげんを、相変あいかわらず、『下剤をかけた病人』か、『正義の勝利』をやらなければならなかった。

しかし、ボルドーは大都会である。見物は容易よういに入れかわったし、場所さえ変えると毎日三、四回の興行こうぎょうをすることができた。それでもカオールに行ったときのように、『いつでも同じことばかりだ』とどなられるようなことはなかった。

ボルドーを打ち上げてから、わたしたちはポーへ行かなければならなかった。そのとちゅうでは大きなさばくをこえなければならなかった。さばくはボルドーの町の門からピレネーの連山れんざんまで続つづいていて、『ランド』という名で呼よばれていた。

もうわたしもおとぎ話にある若わかいはつかねずみのように、見るもの聞くものが驚嘆きょうたんや恐怖きょうふの種たねになるというようなことはなかった。それでもわたしはこの旅行の初はじめから、親方を笑わらわせるような失敗しっぱいを演えんじて、ポーに着くまで、そのためなぶられどおしになぶられるほかはなかった。

わたしたちは七、八日のちボルドーを出発した。ガロンヌ川沿岸えんがんの土地を回ったのち、ランゴンで川をはなれて、モン・ド・マルサンへ行く道をとった。その道はつま先下がりに下がっていった。もうぶどう畑もなければ、牧場ぼくじょうもない。果樹園かじゅえんもない、ただまつと灌木かんぼくの林があるだけであった。やがて人家もだんだん少なくなり、だんだんみすぼらしくなった。とうとうわたしたちは大きな高原のまん中にいた。所どころ高低こうていはあっても、日の届とどくかぎり野原であった。畑地はたちもなければ森もない、遠方から見るとただ一色のねずみ色の土地であった。道の両側りょうがわがうす黒いこけや、しなびきった灌木かんぼくや、いじけたえにしだでおおわれていた。

「わたしたちはランドの中に来たのだ」と親方が言った。「このさばくのまん中まで行くには二十里か二十五里(八十キロか百キロ)行かなければならない。しつかり足に元気をつけるのだぞ」

元気をつけなければならないのは足だけではなかった。頭にも、胸むねにも、元気をつけなければならなかった。なぜといって、もう終わる時のないように広いさばくの道を歩いて行くとき、だれでもばんやりして、わけのわからない悲しみと、がっかりしたような心持ちに胸むねがふさがるのであった。

そののちもわたしはたびたび海上の旅をしたが、いつも大洋のまん中で帆ほかげ一つ見えないとき、わたしはやはりこの無人むじんの土地で感じたとおりの言いようもない悲しみを、また経験けいけんしたことがあった。

大洋の中にいると同様に、わたしたちの日は遠い秋霧あきぎりの中に消えている地平線まで届とどいていた。ひたすら広漠こうばくと単調たんちょうが広がっている灰色はいいろの野のほかに、なにも目をさえぎるものがなかった。

わたしたちは歩き続つづけた。でも機械的きかいてきにときどきぐるりと見回すと、やはりいつまでも同じ場所に立ち止まったまま、少しも進んでいないように思われた。目に見える景色けしきはいつでも同じことであった。相変あいかわらずの灌木かんぼく、相変わらずのえにしだ、相変わらずのこけであった。風がふくとやわらかなわらびの葉がなよなよと動いて、まるで波の走るように高く低ひくく走った。

ずいぶん長いあいだをおいて、たまさか、わたしたちはちょいとした森を通りぬけることがあったが、その森はふつうの森のように、とちゅうの興きょうをそえるようなものではなかった。いつもまつの木の森で、そのえだはこずえまで風に打ち落とされていた。幹みきに長く、深い傷きずがえぐれていた。その赤い傷口からすきとおったまつやにのなみだが流れ出していた。風が傷口からふきこむと、いかにも悲しそうな音楽を奏そうして、この気のどくなまつがみずから痛いたみをうったえる声のように聞かれた。

わたしたちは朝から歩き続つづけていた。親方は夜までにはどこかとまれる村に着くはずだと言っていた。けれど夜になっても、その村らしいものは見えなかったし、人家に近いことを知らせるけむりも上がらなかった。

わたしはくたびれたし、ねむたかった。わたしたちは前途ぜんとはただ原っぱを見るだけであった。

親方もやはりくたびれていた。かれは足を止めて道ばたに休もうとした。

わたしはそれよりも、左手にあった小山に登って、村の火が見えるかどうか見たいと思った。

わたしはカピを呼よんだが、カピもやはりくたびれていたので、呼んでも聞こえないふりをしていた。これはいつでも言うことを聞きたくないときにカピのやることであった。

「おまえ、こわいのか」とヴィタリスは言った。

この質問しつもんがすぐにわたしを奮発ふんぱつさして、一人で行く気を起こさせた。

夜はすっかり垂たれまくを下ろした。月もなかった。空の上には星の光がうすもやの中にちらちらしていた。歩いて行くと、そこらのさまざまな物がぼんやりした光の中できみょうな幽霊ゆうれいじみた形をしているように見えた。野生のえにしだが、頭の上にぬっと高く延のびて、まるでわたしのほうへ向かって来るように見えた。上へ登れば登るほどいばらや草むらはいよいよ深くなって、わたしの頭をこして、上でもつれ合っていた。ときどきわたしはその中をくぐってぬけて行かなければならなかった。

けれどわたしはぜひも頂上ちょうじょうまで登らなければならないと決心した。でもやっとのこと登ってみれば、どちらを見ても明かりは見えなかった。ただもうきみょうな物の形と、大きな樹木じゅもくが、いまにもわたしをつかもうとするようにうでを延のばしているだけであった。

わたしは耳を立てて、犬の声か、雌牛めうしのうなり声でも聞こえはしないかと思ったが、ただもうしんと静しずまり返っていた。

どうかして聞き取ろうと思うから、耳をすませて、自分の立てる息の音さええんりょをして、わたしはしばらくじっと立っていた。

ふとわたしはぞくぞく身ぶるいがしだした。このさびしい、人気ひとけのない荒野原あらのはらの静しずけさが、わたしをおびやかしたのであった。なんにわたしはおびえたのであったか、たぶんあまり静しずかなことが……夜が……とにかく言いようのない恐怖きょうふがわたしの心にのしかかるようにしたのであった。わたしの心臓しんぞうは、まるでそこになにか危険きけんがせまったようにどきついた。

わたしはこわごわあたりを見回した。するとそのとき、遠方に大きな姿すがたをしたものが木の中で動いているのを見た。それといっしょにわたしは木のえだのがさがさいう音を聞いた。

わたしは無理むりに、それは自分の気の迷まよいだと思いこもうとした。きっとそれは木のえだか灌木かんぼくのかげかなんぞだったのだ。

けれど、そのとき風は、木の葉を動かすほどの軽い風もふいてはいなかった。はげしい風でふかれるか、だれかがさわらないかぎり動くはずはなかったのである。

「だれかしら」

いや、この自分のほうを目ざしてやって来る大きな影法師かげぼうしが人間であるはずがなかった――わたしのまだ知らないなにかのけものか、またはおそろしい大きな夜鳥か、大きなばけぐもが木の上をとびこえて来るのだ。なんにしても確たしかなことは、この化け物はおそろしく長い足をしていて、ばかばかしく早く飛んで来るということであった。

それを見るとわたしはあわてて、あとをも見ずに、足に任まかせて小山をかけ下りて、ヴィタリスのいる所までにげようとした。

けれどきみょうなことに、登るときだけに早くわたしの足が進まなかった。わたしはいばらや、雑草ざっそうのやぶの中に転ころがって、二足ごとにひっかかれた。

ちくちくするいばらの中からはい出して、わたしはふと後ろをふり向いてみた。怪物かいぶつはいよいよ近くにせまっていた。もういまにも頭の上にとびかかりそうになっていた。

運よく野原はそういばらがなかったので、いままでよりは、早くかけだすことができた。

でもわたしがありったけの速力そくりょくで、競争きょうそうしても、その怪物かいぶつはずんずん追いぬこうとしていた。もう後ろをふり返る必要ひつようはなかった。それがわたしのすぐ背中せなかにせまっていることはわかっていた。

わたしは息もつけなかった。競争でつかれきっていた。ただはあすう、はあすう言っていた。しかし最後さいごの大努力だいどりょくをやって、わたしは転ころげこむように親方の足もとにかけこんだ。三びきの犬はあわててはね起きて、大声でほえた。わたしはやっと二つのことばをくり返した。

「化け物が、化け物が」

犬たちのけたたましいほえ声よりも高く、はちきれそうな大笑おおわらいの声を聞いた。それと同時に親方は両手でわたしの肩かたをおさえて、無理むりに顔を後ろにふり向けた。

「おばかさん」とかれはさけんで、まだ笑いやめなかった。「まあよく見なさい」

そういうことばよりも、そのけたたましい笑わらい声こえがわたしを正気に返らせた。わたしは片目かためずつ開けてみた。そうして親方の指さすほうをながめた。

あれほどわたしをおどかした怪物かいぶつはもう動かなくなって、じつと往来おうらいに立ち止まっていた。

その姿すがたを見ると、正直の話わたしはまたふるえだした。けれど今度はわたしも親方や犬たちのそばにいるのだ。草やぶのしげった中に独ひとりぼっちいるのではなかった……わたしは思い切って目を上げて、じっとその姿を見つめた。

けものだろうか。

人だろうか。

人のようでもあって、胴はあるし、頭も両うでもあった。

けものらしくもある。けれどもかぶっていた毛むくじゃらな身の皮と、それをのせているらしい二本の長細いすねは、それらしい。

夜はいよいよ暗かったが、この黒い影法師かげぼうしは星明かりにはっきりと見えた。

わたしはしばらく、それがなんだかまだわからずにいたのであったが、親方はやがてその影法師に向かって話をしかけた。

「まだ村にはよほど遠いでしょうか」と、かれはていねいにたずねた。

話をしかけるところから見れば人間だったか。

だがそれは返事はしないで、ただ黙った。その笑い声は鳥の鳴き声めいていた。

するとけものかな。

主人はやはり問いを続つづけた。

こうなると、それが今度口をきいて返事をしたら、やはり人間にちがいなかった。

ところでわたしのびっくりしたことには、その怪物かいぶつは、この近所には人家はないが、ひつじ小屋は一けんあるから、そこへ連つれて行ってやろうと言った。

おやおや、口がきけるのに、なぜけものような前足があるのだろう。

わたしに勇気ゆうきがあったら、その男のそばへ行って、どんなふうに前足ができているか見て来るところであったろうが、わたしはまだ少しこわかった。そこで背嚢はいのうをしょい上げてひと言も言わずに親方のあとについて行った。

「これでおまえ、正体がわかったろう」と親方は言って、道みち歩きながらも笑わらっていた。

「でもぼくはまだなんだかわかりません。じやあこのへんには大男がいるのですか」

「そうさ。竹馬に乗っていれば大男にも見えるさ」

そこでかれはわたしに説明せつめいしてくれた。砂地すなじや沼沢しょうたくか多いランド地方の人は、沼地ぬまちを歩くとき水にぬれないように、竹馬に乗って歩くというのであった。なんてわたしはばかだったのであろう。

「これでこのへんの人が、七里ぐつをはいた大男になって、子どもをこわがらせたわけがわかったろうね」

裁判所さいばんしょ

ポー市にはゆかいな記憶きおくがある。そこは冬ほとんど風のふかない心持ちのいい休み場であった。

わたしたちはそこに冬じゅういた。金もずいぶんたくさん取れた。お客はたいてい子どもたちであったから、同じ演芸えんげいを何度も何度もくり返してやってもあきることがなかった。金持ちの子どもたちで、多くはイギリス人とアメリカ人の子どもであった。ぽちゃぽちゃとかわいらしく太った男の子、それに、大きな優やさしい、ドルスの目のような美しい目をした女の子たちであった。そういう子どもたちのおかげでわたしはアルバートだのハントリだのという菓子かしの味を覚おぼえた。なぜというに子どもたちはいつでもかくしにいっぱいお菓子をつめこんで来ては、ジョリクールと犬とわたしに分けてくれたからであった。

けれども春が近くなるに従したがって、お客の数はだんだん少なくなった。芝居しばいがすむと一人ずつまた二人ずつ、子どもたちはやって来て、ジョリクールとカピとドルスに握手あくしゅをして行った。みんなさようならを言いに来たのであった。そこでわたしたちもまたなつかしい冬の休息所を見捨みすてて、またもや果はて知しれない漂泊ひょうはくの旅に出て行かなければならなかった。それはいく週間と知らない長いあいだ、谷間をぬけ山をこえた。いつもピレネー連山れんざんのむらさき色のみねを横に見た。それはうずたかくもり上がった雲のかたまりのように見えていた。

さてある晩ばんわたしたちは川に沿そった豊ゆたかな平野の中にある大きな町に着いた。赤れんがのみっともない家が多かった。とんがった小砂利こじゃりをしきつめた往来おうらいが、一日十二マイル(約十九キロ)も歩いて来た旅行者の足をなやました。親方はわたしに、ここがツールーズの町だと言って、しばらくここに滞留たいりゅうするはずだと話した。

例れいによってそこに着いていちばん初はじめにすることは、あくる日の興行こうぎょうにつごうのいい場所を探さがすことであった。

つごうのいい場所はけっして少なくはなかったが、とりわけ植物園の近傍きんぼう(近所)のきれいな芝生しばふには、大きな樹木じゅもくが気持ちのいいかげを作っていて、そこへ広い並木道なみきみちがほうぼうから集まっていた。その並木道の一つで第一回の興行こうぎょうがすることにした。すると初日しょにちからもう見物の山を築きずいた。

ところで不幸ふこうなことに、わたしたちが仕度をしているあいだ、巡査じゅんさが一人そばに立っていて、わたしたちの仕事を不快ふかいらしい顔で見ていた。その巡査はおそらく犬がきらいであったか、あるいはそんな所にわれわれの近寄ちかよることをふつごうと考えたのか、ひどくふきげんでわたしたちを追いはらおうとした。

追いはらわれるままにわたしたちはすなおに出て行けばよかったかもしれなかった。わたしたちは巡査にたてをつくほどの力はないのであったが、しかし親方はそうは思わなかった。

かれはたかが犬を連つれていなかを興行こうぎょういて回る見世物師みせものしの老人ろうじんではあったが、ひじょうに気位きぐらいが高かったし、権利けんりの思想しそうをじゅうぶんに持っていたかれは、法律ほうりつにも警察けいさつの規律きりつにも背そむかないかぎりかえって警察から保護ほごを受けなければならないはずだと考えた。

そこで巡査じゅんさが立ちのいてくれと言うと、かれはそれを拒絶きょぜつした。

もっとも親方はひじょうにていねいであった。親方があまりはげしくおこらないとき、または他人をすこし愚弄ぐろう(ばかにする)しかけるときするくせで、まったくかれはそのイタリア風の慇懃いんぎん(ばかていねい)を極端きょくたんに用もちいていた。ただ聞いていると、かれはなにか高貴こうきな有力ゆうりょくな人物と応対おうたいしているように思われたかもしれなかった。

「権力けんりょくを代表せられるところの閣下かっかよ」とかれは言って、ぼうしをぬいでていねいに巡査じゅんさにおじぎをした。「閣下は果はたして、右の権力より発動しまするところのご命令めいれいをもって、われわれごときあわれむべき旅芸人たびげいにんが、公園においていやしき技芸ぎげいを演えんじますることを禁止きんしせられようと言うのでございましょうか」

巡査じゅんさの答えは、議論ぎろんの必要ひつようはない、ただだまってわたしたちは服従ふくじゅうすればいいというのであった。

「なるほど」と親方は答えた。「わたくしはただあなたがいかなる権力けんりょくによって、このご命令めいれいをお発しになったか、それさえ承知しょうちいたしますれば、さっそくおおせつけに服従ふくじゅういたしますことを、つつしんで誓言せいごんいたしまする」

この日は巡査じゅんさも背中せなかを向けて行ってしまった。親方はぼうしを手に持ってこしを曲げたまま、にやにやしながら、旗はたを巻まいて退しりぞく敵てきに向かって敬礼けいれいした。

けれどその翌日よくじつも、巡査はまたやって来た。そうしてわたしたちの芝居小屋しばいごやの囲かこいのなわをとびこえて、興行こうぎょうなかばにかけこんで来た。

「この犬どもに口輪くちわをはめんか」と、かれはあらあらしく親方に向かって言った。

「犬に口輪をはめろとおっしゃるのでございますか」

「それは法律ほうりつの命ずるところだ。きさまは知っているはずだ」

このときはちょうど『下剤げざいをかけた病人』という芝居しばいをやっている最中さいちゅうでツールーズでは初はじめての狂言きょうげんなので、見物もいっしょうけんめいになっていた。

それで巡査じゅんさの干渉かんしょうに対して、見物がこごとを言い始めた。

「じゃまをするない」

「芝居しばいをさせろよ、おまわりさん」

親方はそのときまず見物のさわぐのをとどめて、さて毛皮のぼうしをぬぎ、そのかざりの羽根はねが地面の砂すなと、すれすれになるほど、三度まで大げさなおじぎを巡査じゅんさに向かってした。

「権力けんりょくを代表せられる令名れいめい高き閣下かっかは、わたくしの一座いちざの俳優はいゆうどもに、口輪くちわをはめろというご命令めいれいでございますか」

とかれはたずねた。

「そうだ。それもさっそくするのだ」

「なに、カピ、ゼルビノ、ドルスに口輪くちわをはめろとおっしゃるか」親方は巡査じゅんさに向かって言うよりも、むしろ見物に対して聞こえよがしにさけんだ。「さてさてこれは皮肉なお考えですな。なぜと申せば、音に名高き大先生たるカピ君ぎみが、鼻の先に口輪をかけておりましては、どうして不幸ふこうなるジョリクール氏しが服すべき下剤げざいの調合を命ずることができましょう。物もあろうに口輪くちわなどとは、氏が医師いしたる職業しょくぎょうがふさわしからぬ道具であります」

この演説えんぜつが見物をいっせいに笑わらわした。子どもたちの黄色い声に親たちのにごった声も交じった。親方はかっさいを受けると、いよいよ図に乗って弁べんじ続つづけた。

「さてまたかの美しき看護婦かんごふドルス嬢じょうにいたしましても、ここに権力けんりょくの残酷ざんこくなる命令めいれいを実行いたしましたあかつきには、いかにしてあの巧妙こうみょうなる弁舌べんぜつをもって、病人に勧すすめてよくその苦痛くつうを和やわらぐる下剤げざいを服用させることができましょうや。賢明けんめいなる観客諸君かんきゃくしょくんのご判断はんだんをあおぎたてまつります」

見物人の拍手はくしゅかっさいと笑わらい声ごえで、しかしその答えはじゅうぶんであった。みんなは親方に賛成さんせいして巡査じゅんさを嘲弄ちょうろうした。とりわけジョリクールがかげでしかめっ面つらをするのをおもしろがっていた。このさるは『権力けんりょくが代表せられる令名れいめい高き閣下かっか』の真後まうしろに座ざをかまえてこっけいなしかめっ面をして見せていた。巡査じゅんさは両うでを組んで、それからまた放して、げんこつをこしに当てて、頭を後ろに反そらせていた。そのとおりをさるはやっていた。見物人らはおかしがって、きゃっきゃっと言っでいた。

巡査はそのときふとなにをおもしろがっているのか見ようとして後ろをふり向いた。するとしばらくのあいださると人間とはたがいににらみ合わなければならなくなった。どちらが先に目をふせるか問題であった。

群衆ぐんしゅうはおもしろがって金切り声を上げていた。

「きさまの飼かい犬いぬがあすも口輪くちわをしていなかったらすぐきさまを拘引こういんする。それだけを言いわたしておく」

「さようなら閣下かっか。ごきげんよろしゅう。いずれ明日」と親方は言って頭を下げた。

巡査じゅんさが大またに出て行くと、親方はこしをほとんど地べたにつくほどに曲げて、からかい面づらに敬礼けいれいしていた。そして芝居しばいは続つづけて演えんぜられた。

わたしは親方が犬の口輪くちわを買うかと思っていたけれども、かれはまるでそんな様子はなかった。その晩ばんは巡査とけんかをしたことについては一言ごんの話もなしに過すぎた。

わたしはとうとうがまんがしきれなくなって、こちらからきりだした。

「あしたもしカピが芝居しばいの最中さいちゅうに、口輪くちわを食い切るようなことがあるといけませんから、まえからそれをはめておいて慣ならしてやらないでもいいでしょうか。わたしたちはカピによくはめているように教えこむことができるでしょう」

「おまえはあれらの小さな鼻の上にそんな物をのせたいとわたしが思っているというのか」

「でも巡査じゅんさがやかましく言いますから」

「おまえはんのいなかの子どもだな。百姓ひゃくしょうらしくおまえは巡査をこわがっているのか。心配するなよ。わたしはあしたうまい具合に取り計らって、巡査がわたしをつかまえることのできないようにするし、そのうえ犬がふゆかいな目に会わないようにしてやるつもりだ。それに見物も少しはうれしがるだろう。この巡査じゅんさはおかげでわたしたちによけいな金もうけをさせてくれることになるだろう。おまけにあいつは、わたしがあいつのためにしくんでおいた芝居しばいで道化役どうけやくを演えんじることになるだろう。さてあしたは、おまえはあそこへジョリクールだけを連つれて行くのだ。おまえはなわ張ばりをして、ハーブで二、三回ひくのだ。やがておおぜい見物が集まって来れば、巡査じゅんさめさっそくやって来るだろう。そこへわたしは犬を連つれて現あらわれることにする。それから茶番が始まるのだ」

わたしはそのあくる日一人で行きたいことは少しもなかったけれども、親方の言うことには服従ふくじゅうしなければならないと思った。

さてわたしはいつもの場所へ出かけて、囲かこいのなわを回してしまうと、さっそく曲をひき始めた。見物はぞろぞろほうぼうから集まって来て、なわ張ばりの外に群むらがった。

このごろではわたしもハープをひくことを覚おぼえたし、なかなかじょうずに歌も歌った。とりわけわたしはナポリ小唄こうたを覚おぼえて、それがいつも大かっさいを博はくした。けれどもきょうだけは見物がわたしの歌をほめるために来たのでないことはわかっていた。

きのう巡査じゅんさとの争論そうろんを見物した人たちは残のこらず出て来たし、おまけに友だちまで引ひっ張ぱって来た。いったいツールーズの土地でも巡査はきらわれ者になっていた。それで公衆こうしゅうはあのイタリア人のじいさんがどんなふうにやるか。「閣下かっか、いずれ明日」と言った捨すてぜりふの意味がなんであったか、それを知りたがっていたのである。

それで見物の中には、わたしがジョリクールと二人だけなのを見て、わたしの歌っている最中さいちゅう口を入れて、イタリアのじいさんは来るのかと言ってたずねる者もあった。

わたしはうなずいた。

親方は来ないで、先に巡査じゅんさがやって来た。ジョリクールがまっ先にかれを見つけた。

かれはさっそくげんこつをこしの上に当てて、こっけいないばりくさった様子で、大またに歩き回った。群衆ぐんしゅうはかれの道化芝居どうけしばいをおかしがって手をたたいた。

巡査はこわい目つきをしてわたしをにらみつけた。

いったいこの結末けつまつはどうなるだろう。わたしは少し心配になってきた。ヴィタリス親方がいてくれれば、巡査じゅんさに答えることもできよう。巡査がわたしに立ちのけと命令めいれいしたら、わたしはなんと言えばいいのだ。

巡査じゅんさはなわ張ばりの外を行ったり来たりしていた。それもわたしのそばを通るときには、なんだか肩かたごしにわたしをにらみつけるようにした。それでいよいよわたしは気が気でなかった。

ジョリクールは事件じけんの重大なことを理解りかいしなかった。そこでおもしろ半分なわ張ばりの中で巡査じゅんさとならんで歩きながら、その一挙一動いっきょいちどうを身ぶりおかしくまねていた。おまけにわたしのそばを通るときには、やはり巡査のするように首を曲げて、肩かたごしににらみつけた。その様子がいかにもこっけいなので、見物はなおのことどっと笑わらった。

わたしはあんまりやりすぎると思ったから、ジョリクールを呼よび寄よせた。けれどもかれはとても言うことを聞くどころではなかった。わたしがつかまえようとすると、ちょろちょろにげ出して、す早く身をかわしては、相変あいかわらずとことこ歩いていた。

どうしてそんなことになったかわからなかったが、たぶん巡査じゅんさはあんまり腹はらを立てて気がちがったのであろう。なんでもわたしがさるをけしかけているように思ったとみえて、いきなりなわ張ばりの中へとびこんで来た。

と思うまにかれはとびかかって来て、ただ一打ちでわたしを地べたの上にたたきたおした。

わたしが目を開いて起き上がろうとすると、ヴィタリス老人ろうじんはどこからとび出して来たものか、もうそこに立っていた。かれはちょうど巡査じゅんさのうでをおさえたところであった。

「わたしはあなたがその子どもを打つことを止めます。なんというひきょうなまねをなさるのです」とかれはさけんだ。

しばらくのあいだ二人の人間はにらみ合って立っていた。

巡査じゅんさはおこってむらさき色になっていた。

親方はどうどうとした様子であった、かれは例れいの美しいしらが頭をまっすぐに上げて、その顔には憤慨ふんがいと威圧いあつの表情ひょうじょうがうかべていた。その顔つきを見ただけで巡査を地の下にもぐりこませるにはじゅうぶんであった。

けれどもかれはどうして、そんなことはしなかった。かれは両うでを広げて親方ののど首をつかまえて、乱暴らんぼうに前へおし出した。

ヴィタリス親方はよろよろとしてたおれかけたが、す早く立ち直って、平手で巡査のうで首を打った。

親方はがんじょうな人ではあったが、なんといっても老人ろうじんであった。巡査じゅんさのほうは年も若いし、もっとがんじょうであった。このけんかがどうなるか、長くは取っ組めまいと、わたしははらはらしていた。

けれども取っ組むまでにはならなかった。

「あなたはどうしようというのです」

「わたしといっしょに来い」と巡査じゅんさは言った。「拘引こういんするのだ」

「なぜあの子を打ったのです」と親方は質問しつもんした。

「よけいなことを言うな。ついて来い」

親方は返事をしないで、わたしのほうをふり向いた。

「宿屋やどやへ帰っておいで」とかれは言った。「犬といっしょに待っておいで。あとで口上こうじょうで言って寄よこすから(ことずてをするから)」

かれはそのうえもうなにも言う機会きかいがなかった。巡査じゅんさはかれを引きずって行った。

こんなふうにして、親方が余興よきょうにしくんだ狂言きょうげんはあっけなく結末けつまつがついた。

犬たちは初はじめ主人のあとについて行こうとしたけれども、わたしが呼よび返すと、服従ふくじゅうに慣ならされているので、かれらはわたしのほうへもどって来た。気をつけてみるとかれらは口輪くちわをはめていた。けれどもそれはふつうの金あみや金輪かなわではなくって、ただ細い絹糸きぬいとを二、三本、鼻の回りに結むすびつけて、あごの下にふさを垂たらしてあった。白いカピは赤い糸を結むすんでいた。黒いゼルビノは白い糸を結んでいた。そうしてねずみ色のドルスは水色の糸を結んでいた。気のどくな親方はこんなふうにして、いかめしい権力けんりょくの命令めいれいを逆ぎゃくに喜劇きげきの種たねに利用りようしようとしていたのである。

群衆ぐんしゅうはさっそく散ちってしまった。二、三人ひま人じんが残のこっていまの事件じけんを論ろんじ合っていた。

「あのじいさんがもっともだよ」

「いや、あの男がまちがっている」

「なんだって巡査じゅんさは子どもを打ったのだ。子どもはなにもしやしなかった。ひと言だって口をききはしなかった」

「とんだ災難さいなんさ。巡査に反抗はんこうしたことを証明しょうめいすれば、あのじいさんは刑務所けいむしょへやられるだろう、きっと」

わたしはがっかりして宿屋やどやへ帰った。

わたしはこのころでは毎日だんだんと親方が好すきになっていた。わたしたちは朝から晩ばんまでいっしょにくらしてきた。どうかすると夜から朝までも同じわらのねどこにねむっていた。どんな父親だって、かれがわたしに見せたような行ゆき届とどいた注意をその子どもに見せることはできなかった。かれはわたしに字を読むことも、計算することも教えてくれたし、歌を歌うことも教えてくれた。長い流浪るろうの旅のあいだに、かれはこのことあのことといろいろにしこんでくれた。たいへん寒い日には、毛布もうふを半分わけてくれたし、暑い日にはいつもわたしの代わりに荷物をかついでくれた。それから食事のときでもかれはけっして、自分がいい所を食べて悪い所をわたしにくれるというようなことはしなかった。それどころか、かれはいい所も悪い所も同じように分けてくれた。なるほどときどきはわたしがいやなほど、ひどく乱暴らんぼうに耳を引ひっ張ぱることもあったけれど、わたしに過失かしつがあれば、それもしかたがなかった。一言ごんで言えばわたしはかれを愛あいしていたし、かれはわたしを愛していた。

だからこの別わかれはわたしにはなによりつらいことであった。

いつまたいっしょになれるだろうか。

いったいどのくらい牢屋ろうやへ入れておくつもりなのだろう。

そのあいだわたしはどうしたらいいだろう。どうして生きてゆこう。

ヴィタリス親方はいつもからだに金かねをつけている習慣しゅうかんであった。それが引ひっ張ぱられて行くときになにもわたしに置おいて行くひまがなかった。

わたしはかくしに五、六スーしか持っていなかった。それだけでジョリクールと犬とわたしの食べるだけの物が買えようか。

わたしはそれから二日のあいだ、宿屋やどやから外へ出る気にもならずに、ぼんやりくらしてしまった。さるも犬もやはりすっかりしょげきっていた。

やっとのことで三日目に一人の男が親方の手紙を届とどけて来た。その手紙によると、親方はこのつぎの土曜日に、警察権けいさつけんに反抗はんこうし、かつ巡査じゅんさに手向かいをした科とがで裁判さいばんを受けるはずになっていた。

「わたしがかんしゃくを起こしたのは悪かった」と手紙に書いてあった。「とんだ災難さいなんを招まねいたがいまさらいたしかたもない。裁判所さいばんしょへ来てごらん、教訓きょうくんになることがあるであろう」

こういって、それからなお二、三の注意を書きそえて、自分に代わって犬やさるたちをかわいがってくれるようにと書いてあった。

わたしが手紙を読んでいるあいだ、カピがわたしの両足の間にはいって、鼻を手紙にこすりつけて、くんくんやっていた。かれが尾おをふる具合で、わたしはかれがこの手紙が主人から来たことを知っていると思った。この三日のあいだにかれが少しでもうれしそうな様子を見せたのはこれが初はじめてであった。

わたしは土曜日の朝早く裁判所さいばんしょに行って、いの一番に傍聴席ぼうちょうせきにはいった。巡査じゅんさとのけんかを目撃もくげきした人たちの多くがやはり来ていた。わたしは裁判所に出るのがなんだかこわかったので、大きなストーブのかげにはいってかべにくっついて、できるだけ小さくからだをちぢめていた。

どろぼうをして拘引こういんされた男や、けんかをしてつかまった男が初はじめに裁判さいばんを受けた。弁護人べんごにんは無罪むざいを言いい張はっていたけれど、それはみんな有罪ゆうざいを宣告せんこくされた。

いちばんおしまいに親方が引き出された。かれは二人の憲兵けんぺいの間にはさまってこしかけにかけていた。

はじめにかれがなにを言ったか、人びとがかれになにをたずねたか、わたしはひじょうに興奮こうふんしきっていたのでよくわからなかった。

わたしはただじっと親方を見ていた。

かれはしらが頭を後ろに反そらせて、まっすぐに立っていた。かれははじて苦んでいるように見えた。裁判官さいばんかんは尋問じんもんを始めた。

「おまえは、おまえを拘引こういんしようとした警官けいかんを何回も打ったことを承認しょうにんするか」と、裁判官は言った。

「何回も打ちはいたしません、閣下かっか」と親方は言った。「わたしはただ一度手を上げました。わたくしはいつもの演芸えんげいをいたしまする場所にまいりますと、ちょうど警官がわたくしの連つれています子どもを地の上に打ちたおすところを見たのでございます」

「その子はおまえの子ではないだろう」

「はい、しかしわたくしの実子同様にかわいがっております。それで警官けいかんがかれを打ちますところを見て、わたしはかっととりのぼせまして、警官が打とうとする手をおさえました」

「おまえは警官を打ったろう」

「警官けいかんがわたくしに向かって手をあげましたから、わたくしはもはや警官としてではない、通常の人としてこれに向かってのであります。まったくいかりに乗じた結果けっかであります」

「おまえぐらいの年輩ねんぱいでいかりに乗ずるということはないはずだ」

「そうです。そういうはずはないのですが、人はおうおう不幸ふこうにして過失かしつにおちいりやすいのです」

巡査じゅんさはそれから自分の言い分を申し立てた。それは打たれたことよりも、より多く自分が嘲弄ちょうろう(あざける)された事実についてであった。

親方の目はそのあいだ部屋へやの中を探さがすようであった。それはわたしがいるかどうか探しているのだということがわかっていたから、わたしは思い切ってかくれ場所からとび出して、おおぜいの中をおし分けながら、前へ出て、いちばん前の列の、かれの席せきに近い所へ出た。かれのさびしい顔はわたしを見るとかがやきだした。わたしの目にもなみだがあふれ出した。

まもなく裁判さいばんは決まった。かれは二か月の禁固きんこと、百フランの罰金ばっきんに処しょせられることになった。

ああ、二か月の禁固きんこ。

ドアは開かれた。なみだにぬれた目の中からわたしは、かれが憲兵けんぺいのあとからついて行くのを見た。ドアはその後ろからばたんと閉とざされた。ああ、二か月の別わかれ。

どこへわたしは行こう。

船の上

わたしが重たい心で、赤い目をふきふき宿屋やどやに帰ると、ちょうど亭主ていしゅが庭に出ていた。

わたしは犬のいる所へ行こうとしてその前を通ると、かれはわたしを引き止めた。

「どうだ、親方は」とかれは言った。

「有罪ゆうざいの宣告せんこくを受けました」

「どのくらい」

「二か月の禁固きんこです」

「罰金ばっきんはどのくらい」

「百フラン」

「二か月……百フラン」かれは二、三度くり返した。

わたしはずんずん行こうとした。するとかれはまた引き止めた。

「その二か月のあいだおまえはどうするつもりだ」

「ぼくはわかりません」

「おや、おまえわからないと。おまえ、とにかく自分も食べて、犬やさるに食べ物を買ってやるお金がなければなるまい」

「いいえ、ないのです」

「じゃあ、おまえはわたしが養やしなってくれると思っているのか」

「いいえ、わたしはだれのやっかいになろうとも思いません」

それはまったくであった。わたしはだれのやっかいにもなるつもりはなかった。

「おまえの親方はこれまでも、もうずいぶんわたしに借かりがある」とかれは言った。「わたしは二か月のあいだ金をはらってもらえるかどうかわからずに、おまえをとめておくことはできない。出て行ってもらわなければならないのだ」

「出て行く。どこへ行ったらいいでしょう」

「それはわたしの知ったことではない。わたしはおまえのおやじでも親方でもなんでもないからな。どうしておまえの世話をしてやれよう」

しばらくのあいだわたしは目がくらくらとした。亭主ていしゅの言うことはもっともであった。どうしてかれがわたしの世話をしてくれよう。

「さあ、犬とさるを連つれて出て行ってくれ。親方の荷物は預あずかっておく。親方が刑務所けいむしょから出て来れば、いずれここへ寄よるだろうし、そのときこちらの始末しまつもつけてもらおう」

このことばから、ある考えがわたしの心にうかんだ。

「いずれそのときはお勘定かんじょうをはらうことになるでしょうから、それまでわたしを置おいてはくださいませんか。その勘定にわたしのぶんも加くわえてはらえばいいでしょう」

「おやおや、おまえの親方は二日分の食料しょくりょうぐらいははらえるかもしれんが、二か月などはとてもとてもだ。そりやあまるで別べつな話だよ」

「わたしはいくらでも少なく食べますから」

「だが、犬もいればさるもいる。いけないいけない。出て行ってくれ。どこかいなかで仕事を見つけて、金をもらって歩けばいいのだ」

「でも親方が刑務所けいむしょから出て来たときに、どうしてわたしを探さがすでしょう。きっとこちらへ訪たずねて来るにちがいありません」

「だからおまえもその日にここへ帰って来ればいいのだ」

「それでもし手紙が届とどいたら」

「手紙は取っておいてやるよ」

「でもわたしが返事を出さなかったら……」

「まあいつまでもうるさいな。急いで出て行ってくれ。五分間の猶予ゆうよをやる。五分たってわたしが帰って来ても、まだここにいれば承知しょうちしないから」

わたしはこの男と言い合うのはむだだということを知っていた。わたしは出て行かなければならなかった。

わたしは犬とジョリクールを連つれにうまやへ行った。それから肩かたにハープをしょって、宿やどを出た。

わたしは大急ぎで町を出なければならなかった。なぜというに、犬に口輪くちわがはめてないのだから、巡査じゅんさにとがめられてもなんと答えようもなかった。わたしには金がないといおうか、それはまったくであった。わたしはかくしにたった十一スーしか持たなかった。それだけでは口輪を買うにも足りなかった。巡査がわたしを拘引こういんするかもしれない。親方もわたしも二人とも刑務所けいむしょに入れられたら、犬やさるはどうなるだろう。わたしは自分の位置いちに責任せきにんを感じていた。

わたしが足早に歩いて行くと、犬たちが顔を上げてながめた。その様子をどう見ちがえようもなかった。かれらは腹はらが減へっていた。

わたしの背嚢はいのうに乗っていたジョリクールは、しじゅうわたしの耳を引ひっ張ぱって無理むりに自分の顔を見させようとした。わたしが顔を向けると、かれはせっせと腹はらをかいて見せた。

わたしもやはり腹がすいていた。わたしたちは朝飯あさめしを食べなかった。わたしの持っている十一スーでは昼食と晩食ばんしょくを食べるには足りなかった。そこでわたしたちは一食で両方兼帯けんたいの昼食を食べて、満足まんぞくしなければならなかった。

わたしたちは巡査じゅんさに出っくわさないように、少しでも急いで市中をはなれなければならなかったから、どの道をどう行くなんていうことはかまわなかった。どの道を歩いても同じことであった。どこへ行っても食べるには金が要いるし、宿屋やどやへとまれば宿銭やどせんを取られる。それにねむる場所を見つけるくらいはたいしたことではなかった。このごろの暖あたたかい季節きせつではわたしたちは野天にねむることができた。

さしせまっているのは食物だ。

一休みもせずに、わたしたちは二時間ばかり歩き続つづけたあとで、やっと立ち止まることができた。そのあいだ犬たちはたのむような目つきでしじゅうわたしの顔を見た。ジョリクールは耳を引ひっ張ぱって、絶たえずおなかをさすっていた。

とうとう、わたしはここまで来ればもうなにもこわがることはないと思うところまで来てしまった。わたしはすぐそこにあったパン屋にとびこんだ。

わたしは一斤半きんはんパンを切ってくれと言った。

「おまえさん、二斤におしなさいな。二斤のパンはどうしても要いりますよ」とおかみさんは言った。「それでもそれだけの同勢どうぜいにはたっぷりとは言えない。かわいそうに、畜生ちくしょうにはじゅうぶん食べさしておやんなさい」

おお、どうして、むろんわたしの同勢にはたっぷりではなかった。けれどもわたしの財布さいふにはたっぷりすぎた。

パンは一斤きん五スーであった。二斤買えば十スーになる。わたしはあしたどうなるかわからないのに、手もとを使いきるのはりこうなことではなかった。わたしはおかみさんに打ち明けて一斤半でたくさんだというわけを話して、それ以上いじょうを切きらないようにていねいにたのんだ。

わたしは両うでにしっかりパンをかかえて店を出た。犬たちがうれしがって回りをとび回った。ジョリクールが髪かみの毛けを引ひっ張ぱってうれしそうにくっくっと笑わらった。

わたしたちはそこから遠くへは行かなかった。

まっ先に目に当たった道ばたの木の下でわたしはハープを幹みきによせかけて、草の上にすわった。犬たちはわたしの向こうにすわった。カピはまん中に、ドルスとゼルビノはその両わきにすわった。くたびれていないジョリクールは、きょろきょろとうの目たかの目で、なんでもまっ先に一きれせしめようとねらっていた。

パンを同じ大きさに分けるのはむずかしい仕事であった。わたしはできるだけ同じ大きさにして、五きれにパンを切った。そのうえいくつかの小さなきれに割って一きれずつめいめいに分けた。

わたしたちよりずっと少食だったジョリクールはわりがよかった。それでかれがすっかり満腹まんぷくしてしまったとき、わたしたちはやはり腹はらがすいていた。わたしはかれのぶんから三きれ取って背嚢はいのうの中にかくして、あとで犬たちにやることにした。それからまだ少し残のこっていたので、わたしはそれを四つにちぎって、てんでに一きれずつ分けた。それが食後のお菓子かしであった。

このごちそうがけっして食後の卓上演説たくじょうえんぜつを必要ひつようとするほどりっぱなものではなかったのはもちろんであるが、わたしは食事がすんだところで、いまがちょうど仲間なかまの者に二言三言いいわたす機会だと感じた。わたしはしぜんかれらの首領しゅりょうではあったが、この重大な場合に当たって、かれらに死生をともにすることを望のぞむだけの威望いぼうの足たりないことを感じていた。

カピはおそらくわたしの意中を察さっしたのであろう。それでかれはその大きなりこうそうな目を、じつとわたしの日の上にすえてすわっていた。

「さて、カピ、それからドルスも、ゼルビノも、ジョリクールも、みんなよくお聞き。わたしはおまえたちに悲しい知らせを伝つたえなければならないのだよ。わたしたちはこれから二か月も親方に会うことができないのだよ」

「ワウ」とカピがほえた。

「これは親方のためにも困こまったことだし、わたしたちのためにも困ったことなのだ。なぜといって、わたしたちはなにもかも親方にたよっていたのだから、それがいま親方がいなくなれば、わたしたちにはだいいちお金がないのだ」

この金ということばを言いだすと、カピはよく知っていて、後足で立ち上がって、ひょこひょこ回り始めた。それはいつも『ご臨席りんせきの貴賓諸君きひんしょくん』から金を集めて回るときにすることであった。

「ああ、おまえは芝居しばいをやれというのだね。カピ」とわたしは言った。「それはいい考えだが、どこまでわたしたちにできるだろうか。そこが考えものだよ。うまくゆかない場合には、わたしたちはもうたった三スーしか持っていない。だからどうしても食べずにいるほかはない。そういうわけだから、ここはたいせつなときだと思って、おまえたちはみんなおとなしくぼくの言うことを聞いてくれなければだめだ。そうすればおたがいの力でなにかできるかもしれない。おまえたちはみんなしていっしょうけんめい、ぼくを助けてくれなければならない。わたしたちはおたがいにたより合ってゆきたいと思うのだ」

こういったわたしのことばが、残のこらずかれらにわかったろうとはわたしも言わないが、だいたいの趣意しゅいは飲みこめたらしかった。かれらは同じ考えになってはいた。かれらは親方のいなくなったについて、そこになにか大事件だいじけんが起こったことを知っていた。それでその説明せつめいをわたしから聞こうとしていた。かれらがわたしの言って聞かせた残のこらずを理解りかいしなかったとしても、すくなくともわたしがかれらの身の上を心配してやっていることには満足まんぞくしていた。それでおとなしくわたしの言うことに身を入れて聞いて、満足まんぞくの意味を表していた。

いやお待ちなさい。なるほどそれも、犬の仲間なかまだけのことで、ジョリクールには、いつまでもじっとしていることが望のぞめなかった。かれは一分間と一つ事に心を向けていることができなかった。わたしの演説えんぜつの初はじめの部分だけはかれも殊勝しゅしょうらしくたいへん興味きょうみを持って傾聴けいちょうしていたが、二十とことばを言わないうちに、かれは一本の木の上にとび上がって、わたしたちの頭の上のえだにぶら下がり、それからつぎのえだへととび回っていた。カピが同じやり方でわたしを侮辱ぶじょくしたならば、わたしの自尊心じそんしんはずいぶん傷きずつけられたにちがいなかった。けれどもジョリクールがどんなことをしようと、わたしはけっしておどろかなかった。かれはずいぶん頭の空っぽな、軽はずみなやつだった。

けれどそうはいうものの、少しはふざけたいのもかれとして無理むりはなかった。わたしだってやはり同じことをしたかったと思う。わたしもやはりおもしろ半分木登りをしてみたかった。けれどもわたしの現在げんざいの位置いちの重大なことが、わたしにそんな遊びをさせなかった。

しばらく休んだあとで、わたしは出発の合図をした。わたしたちはどうせ、どこかただでとまる青天井あおてんじょうの下を見つけさえすればいいのだから、なにより、あしたの食べ物を買う銭ぜにをいくらかでももうけることが、さし当たっての問題であった。

小一時間ばかり歩くと、やがて一つの村が見えてきた。

びんぼう村らしくって、あまりみいりの多いことは望のぞめないが、村が小さければ巡査じゅんさに出会うことも少なかろうと考えた。

わたしはさっそく一座いちざの服装ふくそうを整ととのえて、できるだけりっぱな行列を作りながら、村へはいって行った。運悪くわたしたちはあのふえがなかったし、そのうえヴィタリス親方のりっぱなどうどうとした風采ふうさいがなかった。軍楽隊ぐんがくたいの隊長たいちょうのようなりっぱな様子でかれはいつも人目をひいていた。わたしには背せいの高いという利益りえきもないし、あのりっぱなしらが頭も持たなかった。それどころかわたしはちっぽけで、やせっぽちで、そのうえひどくやつれた心配そうな顔をしていたにちがいなかった。

行列の先に立って歩きながら、わたしは右左をきょろきょろ見回して、わたしたちがどういう効果こうかを村の人たちにあたえているか、見ようとした。ごくわずか――と情なさけないけれど言わなければならなかった。だれ一人あとからついて来る者もなかった。

ちょっとした広場のまん中に泉いずみがあって、木かげがこんもりしている所を見つけると、わたしはハープを下ろしてワルツを一曲ひき始めた。曲はゆかいな調子であったし、わたしの指も軽く動いた。けれどもわたしの心は重かった。

わたしはゼルビノとドルスに向かって、いっしょにワルツをおどるように言いつけた。かれらはすぐ言うことを聞いて、拍子ひょうしに合わせてくるくる回り始めた。

けれどもだれ一人出て来て見ようとする者もなかった。そのくせ家の戸口では五、六人の女が編あみ物ものをしたり、おしゃべりをしているのを見た。

わたしはひき続つづけた。ゼルビノとドルスはおどり続つづけた。

一人ぐらい出て来る者があるだろう。一人来ればまた一人、だんだんあとから出て来るにちがいなかった。

わたしはあくまでひき続つづけた。ゼルビノとドルスもくるくるじょうずに回っていた。けれども村の人たちはてんでこちらをふり向いて見ようともしなかった。

けれどもわたしはがっかりしまいと決心した。わたしはいっしょうけんめいハープの糸が切れるほどはげしくひいた。

ふと一人、ごく小さい子が初はじめて、うちの中からちょこちょことかけ出して、わたしたちのほうへやって来た。

きっと母親があとからついて来るであろう。その母親のあとから、仲間なかまが出て来るだろう。そうして見物ができれば、少しのお金が取れるであろう。

わたしは子どもをおびえさせまいと思って、まえよりは静しずかにひいた。そうして少しでもそばへ引ひき寄よせようとした。両手を延のばして、片足かたあしずつよちよち上げて、かれは歩いて来た。もう二足か三足で、子どもはわたしたちの所へ来る。ふと、そのしゅんかん母親はふり向いた。きっと子どもの姿すがたの見えないのを見て、びっくりするにちがいない。

でもかの女はやっと子どもの行くえを見つけると、わたしの思ったようにすぐあとからかけては来ないで自分のほうへ呼よび返した。すると子どもはおとなしくふり返って母親のほうへ帰って行った。

きっとこのへんの人は、ダンスも音楽も好すかないのだ。きっとそんなことであった。

わたしはゼルビノとドルスを休ませて、今度は、わたしの好すきな小唄こうたを歌い始めた。わたしはこんなにいっしょうけんめいになったことはなかった。

二節せつ目の終わりになったとき、背広せびろを着て、ラシャのぼうしをかぶった男が目にはいった。その男はわたしのほうへ歩いて来るらしかった。

とうとうやって来たな。

わたしはそう思って、いよいよむちゅうになって歌った。

「これこれこぞう、ここでなにをしている」と、その男はどなった。

わたしはびっくりして歌をやめた。ぽかんと口を開いたまま、そはへ寄よって来るその男をぼんやりながめた。

「なにをしているというのだ」

「はい、歌を歌っています」

「おまえはここで歌を歌う許可きょかを得えたか」

「いいえ」

「ふん、じやあ行け。行かないと拘引こういんするぞ」

「でも、あなた……」

「あなたとはなんだ、農林監察官のうりんかんさつかんを知らないか。出て行け、こじきこぞうめ」

ははあ、これが農林監察官か。わたしは親方の見せたお手本で、警官けいかんや監察官かんさつかんに反抗はんこうすると、どんな目に会うかわかっていた。わたしはかれに二度と命令めいれいをくり返させなかった。わたしは急いでわき道へにげだした。

こじきこぞうか、ひどい言いぐさだ。わたしはこじきはしなかった。わたしは歌を歌ったまでだ。

五分とたたないうちに、わたしはこの人情にんじょうのない、そのくせいやに監視かんしの行き届とどいている村をはなれた。

犬たちは頭かしらを垂たれて、すごすごあとからついて来た。きっとつまらない目に会ったことを知っていた。

カピはしじゅうわたしたちの先頭に立って歩いていた。ときどきふり向いては例れいのりこうそうな目で、いったいどうしたのですと言いたそうに見えた。ほかのものがかれの位置いちに置おかれたのだったら、きっとわたしにそれをたずねたであろうけれども、カピはそんな無作法ぶさほうをするには、あんまりよくしつけられていた。

かれはふに落ちないのを、いっしょうけんめいがまんしているふうを見せるだけで満足まんぞくしていた。

ずっと遠くこの村からはなれたとき、わたしは初はじめてかれらに(止まれ)という合図をした。それで三びきの犬はわたしの回りに輪わを作った。そのまん中にはカピがじっとわたしに目をすえていた。

わたしはかれらがわからずにいることを、ここで説明せつめいしてやらなければならなかった。「わたしたちは興行こうぎょうの許可きょかを得えていないから、追い出されたのだよ」とわたしは言った。

「へえ、それではどうしましょう」と、カピは首を一ふりふってたずねた。

「だからわたしたちは今夜はどこか野天でねむって、晩飯ばんめしなしに歩くのだ」

晩飯ばんめしということばに、みんないちどにほえた。わたしはかれらに三スーの銭ぜにを見せた。

「知ってるとおり、わたしの持っているのはこれだけだ。今夜この三スーを使ってしまえば、あしたの朝飯あさめしになにも残のこらない。きょうはとにかく少しでも食べたのだから、これはあしたまでとっておくほうがいいようだ」こう言って、わたしは三スーをまたかくしに入れた。

カピとドルスはあきらめたように首を下げた。けれどもそれほどすなおでなかったし、そのうえ大食らいであったゼルビノは、いつまでもぶうぶううなっていた。わたしはこわい目をしてかれを見たが、効きき目めがなかった。

「カピ、ゼルビノに言ってお聞かせ。あれはわからないようだから」と、わたしは忠実ちゅうじつなカピに言った。

カピはさっそく前足でゼルビノをたたいた。それはいかにも二ひきの犬の間に言い合いが始まっているように見えた。言い合いというようなことばを犬に使うのは少し無理むりだと言うかもしれないが、動物だってたしかにその仲間なかまに通用する特別とくべつなことばがあった。犬だけで言えば、かれらは話すことを知っているだけではない、読むことも知っていた。かれらが鼻を高く空に向けたり、顔を下げて地べたをかいだり、やぶや石の上をかぎ回ったりするところをご覧らんなさい。ふとかれらはとある草むらの前で立ち止まる。またはかべの前で立ち止まって、しばらくはじっと目をすえている。わたしたちが見てはその上になにもないが、犬はわたしたちの理解りかいしないふしぎな文字で書かれた、いろいろの変わったことをそこに読み分けるのである。

カピがゼルビノに言ったこともわたしにはわからなかった。なぜと言うに、犬には人間のことばがわかっても、人間はかれらのことばを理解りかいしないのだ。わたしがただ見たところでは、ゼルビノは道理に耳をかたむけることをこばんだ。なんでも三スーのお金をすぐに使ってしまえと言い張はったようであった。カピは腹はらを立てて歯をむき出すと、少しおくびょう者のゼルビノはすごすごだまってしまった。だまるということばにも少し説明せつめいが要いるが、ここではころりと横になることを言うのである。

そこで残のこったのは今夜の宿やどの問題だけだ。

時候じこうはよし、暖あたたかい、いい天気であった。だから青天井あおてんじょうの下にねむることはさしてむずかしいことではなかった。ただこのへんに悪いおおかみでもいるようなら、それをさけるようにすればよかった。おおかみよりもおそろしい農林監察官のうりんかんさつかんからさけることもさらに必要ひつようであった。

わたしたちは白い道の上をずんずんまっすぐに進んで行った。山のはしに落ちかけた赤い夕日の最後さいごの光が空から消えるころまで、宿やどを求もとめて歩き続つづけたが、まだ見つからなかった。

もう善悪ぜんあくなしに、どうでもとまらなければならなかった。やっと林の間に出た。そこここに大きな花かこう岩がんが転ころがっていた。この場所はずいぶんあれたさびしい所であったが、それよりいい場所は見つからなかった。それに花こう岩の中にはいってねむれば、しめっぽい夜風を防ふせぐたしにもなろうと思った。ここでわたしたちというのは、さるのジョリクールとわたし自身のことを言うので、犬たちは外でねむったところでかぜをひく気づかいもなかった。わたしは自分のからだをだいじにしなければならなかった。わたしのしょっている責任せきにんは重かった。わたしが病気になったらわたしたちみんなどうなるだろう。またわたしがジョリクールの看病かんびょうをしなければならないようだったら、今度はわたしがどうなるだろう。

わたしたちは石の間にほら穴あなのような所を見つけた。そこにはまつの落ち葉がたまっていた。これで、上には風を防ふせぐ屋根があり、下にはしいてねるふとんができた。これはひじょうに具合がよかった。足りないのは食べ物ばかりであった。わたしはおなかのすいていることを考えまいと努つとめた。ことわざにも言うではないか、『ねむるのは食べるのだ』と。

いよいよ横になるまえに、わたしはカピに張はり番ばんをたのむと言った。するとこの忠実ちゅうじつな犬はわたしたちといっしょにまつ葉の上でねむろうとはしないで、わたしの野営地やえいちの入口に、歩哨ほしょうのように横になっていた。わたしはカピが番をしてくれればだれも案内あんないなしに近づけないと思ったから、落ち着いてねむることができた。

でもこれだけは心配はなかったが、すぐにはねむりつけなかった。ジョリクールはわたしの上着の中にくるまって、そばでぐっすりねむっていた。ゼルビノとドルスは、わたしの足もとでからだをのばしていた。けれどもわたしの心配はからだのつかれよりも大きかった。

この旅行の第一日は悪かった。あくる日はどんなであろう。わたしは腹はらが減へったし、のどがかわいていた。それでいてたった三スーしか持っていなかった。あしたいくらかでももうけなかったら、どうしてみんなに食べ物を買ってやることができよう。それに口輪くちわはどうしよう。これから歌を歌う許可きょかは、いったいどうしたらいいだろう。許ゆるしてくれるだろうか。さもないとわたしたちはみんな、やぶの中でおなかが減へって死んでしまうだろう。

こういうみじめな、あわれっぽい疑問ぎもんを心の中でくり返しくり返しするうちに、わたしは暗い空の上にかがやいている星を見た。そよとの風もなかった。どこもかしこもしんとしていた。木の葉のそよぐ音もしない。鳥の鳴く声もしない。街道かいどうを車のとろとろと通る音もしない。目の届とどく限かぎりは青白い空が広がっていた。わたしたちは独ひとりぼっちであった。世の中から捨すてられていた。

なみだは目の中にあふれた。バルブレンのおっかあはどうしたろう。気のどくなヴィタリスは。

わたしはうつぶしになって、顔を両手でかくして、しくしく泣ないていた。するとふと、かすかな息が髪かみの毛けにふれるように思った。わたしはあわててふり向いた。そのひょうしに大きなやわらかな舌したがなみだにあふれたわたしのほおをなめた。それはカピが、わたしの泣き声を聞きつけて、あのわたしの流浪るろうの初はじめての日にしてくれたように、今度もわたしをなぐさめに来てくれたのである。

両手でわたしはかれの首をおさえて、そのしめった鼻にキッスした。かれは二、三度おし殺ころしたような悲しそうな鼻声を出した。それがわたしといっしょに泣ないてくれるもののように思われた。

わたしはねむって目が覚さめてみると、もうすっかり明るくなっていた。カピはわたしの前にすわったままじっとわたしを見ていた。小鳥が林の中で歌を歌っていた。遠方のお寺で朝の祈祷きとうのかねが鳴っていた。太陽はもう空の上に高く上って、つかれた心とからだをなぐさめる光を心持ちよく投げかけていた。

わたしたちはかねの音ねを目当てに歩き出した。そこには村があって、パン屋もきっとあるにそういなかった。昼食も夕食もなしにねどこにはいれば、だれにだって空腹くうふくが『おはよう』を言いに来る。わたしは思い切って、三スーを使ってしまう決心をした。そのあとではどうなるか、それはそのときのことにしよう。

村に着くと、パン屋がどこだと聞く必要ひつようもなかった。わたしたちの鼻がすぐにその店に連つれて行ってくれた。においをかぎつけるわたしの感覚かんかくは、もう犬に負けずにするどかった。遠方からわたしは温かいパンの、うまそうなにおいをかぎつけた。

一斤五スーするパンを三スーではたんとは買えなかった。わたしたちはてんでんに、ほんの小さなきれを分け合った。それで朝飯あさめしもあっけなくすんでしまった。

わたしたちはきょうこそいくらかでももうけなければならなかった。わたしは村の中を歩いて、どこか芝居しばいにつごうのいい場所を見つけようとした。それに村の人びとの顔色を見て、敵てきか味方か探さぐろうとした。

わたしの考えはすぐに芝居を始めようというのではなかった。それには時間があまり早すぎた。けれどいい場所が見つかれば、昼ごろ帰って来て、わたしたちの運命を決する機会きかいをとらえるつもりであった。

わたしがこの考えに心をうばわれていると、ふとだれか後ろからとんきょうな声を上げる者があった。あわててわたしがふり向くと、ゼルビノがわたしのほうへ向かってかけて来る。そのあとから一人のおばあさんが追っかけて来るのを見た。もうすぐ何事が起こったかということはわかった。わたしがほかへ気を取られているすきをねらって、ゼルビノは一けんの家にかけこんで、肉を一きれぬすみだしたのであった。かれはえものを歯の間にくわえたまま、にげ出して来たのであった。

「どろぼう、どろぼう」とおばあさんはさけんだ。「そいつをつかまえておくれ。そいつらみんなつかまえておくれ」

おばあさんのこう言うのを聞いて、わたしはとにかく自分にも罪つみがある。いやすくなくともゼルビノの犯罪はんざいに責任せきにんがあると感じた。そこでわたしはかけ出した。もしおばあさんがぬすまれた肉の代価だいかを請求せいきゅうじたら、なんと言うことができよう。どうして金をはらうことができよう。それでわたしたちがつかまえられれば、きっと刑務所けいむしょに入れられるだろう。

わたしがにげ出して行くのを見て、ドルスとカピもさっそくわたしの例れいにならった。かれらはわたしのかかとについて走った。ジョリクールはわたしの肩かたに乗ったまま、落ちまいとしてしっかり首にかじりついた。

だれかほかの者もさけんでいた。待て、どろぼう……そしてほかの人たちも仲間なかまになって追っかけていた。けれどもわたしたちはどんどんかけた。恐怖きょうふがわたしたちの速力そくりょくを進めた。わたしはドルスがこんなに早く走るのを見たことがなかった。かの女の足はほとんど地べたについていなかった。横町を曲がって、野原をつっ切って、まもなくわたしたちは追っ手をはるかぬいてしまった。けれどもやはりどんどんかけ続つづけて、いよいよ息がつけなくなるまで止まらなかった。わたしたちは少なくとも三マイル(約五キロ)も走った。ふり返って見るともうだれも追っかけて来なかった。カピとドルスはやはりわたしのすぐ後について来た。ゼルビノは遠くにはなれていた。たぶんぬすんだ肉を食べるので手間を取ったのであろう。

わたしはかれを呼よんだ。けれどもかれはひどい刑罰けいばつに会うことを知りすぎるほど知っていた。そこでわたしのほうへは寄よって来ないで、できるだけ早くかけ出したのである。かれは飢うえていた。それだから肉をぬすんだのだ。けれどもわたしはそれを口実こうじつとして許ゆるすことはできなかった。かれはぬすみをした。わたしが仲間なかまの間に規律きりつを保たもとうとすれば、罪つみを犯おかしたものは罰ばっせられなければならない。それをしなかったら、つぎの村へ行って、今度はドルスが同じ事をするであろう。そうなるとカピまでが誘惑ゆうわくに負けないとは言えぬ。

わたしはゼルビノに対し、公然刑罰こうぜんけいばつを加くわえなければならなかった。けれどもそれをするためにはかれをつかまえなければならなかった。それはたやすいことではなかった。

わたしはカピのほうへ向いた。

「行ってゼルビノを探さがしておいで」とわたしは重おもしく言った。

かれはさっそく言いつけられたとおりするために出て行った。けれどもいつものような元気のないことをわたしは見た。かれの顔つきを見ていると、憲兵けんぺいとしてかれはわたしの言いつけを果はたすよりも、弁護人べんごにんとしてゼルビノをかばってやりたいように見えた。

わたしはかれが囚人しゅうじんを連つれて帰って来るのを、べんべんとこしかけて待つほかはなかった。気ちがいじみたかけっこをしたあとで、休息するのがうれしかった。わたしたちが休んだ所はちょうどこんもりした木かげと、両側りょうがわに広びろと野原の開けた、堀割ほりわりの岸であった。ツールーズを出て初はじめて、青あおした、すずしいいなか道に出たのだ。

一時間たったが、犬たちは帰って来なかった。わたしはそろそろ心配になりだしたとき、やっとカピが独ひとりぼっち首をうなだれたまま帰って来た。

「ゼルビノはどうした」

カピはおどおどした様子で、平伏へいふくした。わたしはかれのかたっぽの耳から血の出ているのを見た。わたしはそれで様子をさとった。ゼルビノはこの憲兵けんぺいに戦たたかいをしかけてきたのである。わたしはカピがそうして、いやいやわたしの命令めいれいに従したがいながらも、ゼルビノとの格闘かくとうにわざと負けてやったことがわかった。そしてそのため自分もやはりしかられるものと覚悟かくごしているらしく思われた。

わたしはかれをしかることができなかった。わたしはしかたがないから、ゼルビノが自分から帰って来るときを待つことにした。わたしはかれがおそかれ早かれ後悔こうかいして帰って来て、刑罰けいばつを受けるだろうと思っていた。

わたしは一本の木の下に、手足をふみのばして横よこになった。ジョリクールはしっかりとうでにだいていた。それはこのさるまでがゼルビノと仲間なかまになる気を起こすといけないと思ったからであった。ドルスとカピはわたしの足の下でねむっていた。時間がたった。ゼルビノは出て来なかった。とうとうわたしもうとうととねむりこけた。

四、五時間たってわたしは目を覚ました。日かげでもう時刻のよほどたったことがわかったが、それは日かげを見て知るまでもなかった。わたしの胃ぶくろは一きれのパンを食べてからもう久ひさしい時間のたつことをわめきたてていた。それに二ひきの犬とジョリクールの顔つきだけでも、かれらの飢うえきっていることはわかった。カピとドルスは情なさけない目つきをして、じっとわたしを見つめた。ジョリクールはしかめっ面つらをしていた。

でもやはりゼルビノは帰ってはいなかった。

わたしはかれを呼よびたてたり、口ぶえをふいたりしたけれどもむだであった。たぶんごちそうをせしめたので、すっかり腹はらがふくれて、どこかのやぶの中に転ころがって、ゆっくり消化させているのであろう。

やっかいなことになってきた。わたしがここを立ち去れば、ゼルビノはわたしたちを見つけることができないから、そのまま行くえ知れずになってしまう。かといってここにこのままいては、少しでも食べ物を買うお金をもうける機会きかいがまるでなかった。

わたしたちの空腹くうふくはいよいよやりきれなくなってきた。犬たちは哀願あいがんするような目つきをたえずわたしに向けた。そしてジョリクールはおなかをさすって、おこって、きゃっきゃっとさけんでいた。

それでもゼルビノはまだ帰って来なかった。もう一度わたしはカピをやって、なまくらものの行くえを探さがさせた。けれども三十分たってから、やはりカピだけ独ひとりぼんやり帰って来た。

どうしたらいいであろう。

ゼルビノは罪つみを犯おかしたが、またかれの過失かしつのためにわたしたちはこんなひどい目に会わされることになったのであるが、かれをふり捨すてることはできなかった。三びきの犬を満足まんぞくに連つれて帰らなかったら、親方はなんと言うであろう。それになんといっても、わたしはあのいたずら者のゼルビノをかわいがっていた。

わたしは晩ばんがたまで待つ決心をした。けれどなにもせずにいることはできるものではなかった。わたしたちはなにかしていればきっとこれほどひどい空腹くうふくがこたえないであろうと思った。

わたしはなにか気をまぎらすことを考え出したなら、さし当たりこれほどひもじい思いを忘わすれるかもしれない。

なにをしたらよかろう。

わたしはこの問題をいろいろ考え回した。そのときわたしが思い出したのは、ヴィタリス親方がいつか言ったことに、軍隊ぐんたいが長い行軍こうぐんで疲労ひろうしきると、楽隊がくたいがそれはゆかいな曲を演奏えんそうする、それで兵隊へいたいの疲労を忘わすれさせるようにするというのであった。

そうだ。わたしがなにかゆかいな曲をハープでひいたら、きっと空腹くうふくを忘れることができるかもしれない。わたしたちはみんなひどく弱りきっている。でもなにかゆかいな曲をひいたら、かわいそうな二ひきの犬たちも、ジョリクールといっしょにおどりだして、時間が早く過すぎるかもしれない。

わたしは二本の木によせかけておいた楽器がっきを取り上げて、堀割ほりわりのほうに背中せなかを向けながら、動物たちの列を作ってならばせ、ダンス曲をひき始めた。

初はじめのうちは、犬もさるもダンスをする気にもなれないらしかった。かれらの欲望よくぼうは食べ物のほかになかった。そのいじらしい様子を見ると、わたしの胸むねは痛いたんだ。けれどもかわいそうに、かれらも空腹くうふくを忘わすれなければならなかった。わたしはいよいよ調子を高く早くとひいた。すると少しずつだんだんに、音楽がその偉力いりょくを現あらわしてきた。かれらはおどりだした。わたしはひき続つづけた。

「うまい」――ふとわたしはすみきった子どもの声でこうさけぶのを聞いた。その声はすぐ後ろから聞こえた。わたしはあわててふり向いた。

一せきの遊船ゆうせんが堀割ほりわりの中に止まっていた。その小舟こぶねを引ひっ張ぱっている二ひきの馬は、向こう岸に休んでいた。それはきみょうな小舟であった。わたしはまだこんなふうな船を見たことはなかった。

それは堀割にうかんでいるふつうの船に比くらべて、ずっとたけが短かった。そして水面からわずか高い甲板かんぱんの上には、ガラスしょうじをたてきった船室があり、その前にはきれいなろうかがあって、つたの葉でおおわれていた。

そこには二人、人がいた。一人はまだ若わかい貴婦人きふじんで、美しい、そのくせ悲しそうな顔をしていた。もう一人はわたしぐらいの年ごろの男の子で、これはあお向けにねているらしかった。

「うまい」と声をかけたのは、あきらかにこの子どもであった。

わたしはかれらを見つけて、一度はたいへんびっくりしたが、落ち着くと、わたしはぼうしを取って、かれらの賞賛しょうさんに感謝かんしゃの意を表ひょうした。

「あなたはお楽しみにやっておいでなのですか」と、貴婦人きふじんは外国なまりのあるフランス語で言った。

「わたしは犬をしこんでいるのです。それに……自分の気晴らしにも」

子どもはなにか言った。婦人はそのほうにのぞきこんだ。

「あなた、まだやってもらえますか」と、そのとき貴婦人きふじんはこちらを向いて言った。

なにかやってくれるか。やらなくってどうするものか。こういうところへ来てくれたお客のために、どうしてやらずにいられよう。わたしはそれを二度と言われるまでも待たなかった。

「ダンスにしましょうか。喜劇きげきにしましょうか」とわたしは聞いた。

「ああ、喜劇だ、喜劇だ」と子どもがさけんだ。

けれども貴婦人きふじんは口をはさんで、「まあ先にダンスを」と言った。

「ダンスはだって短すぎるもの」と子どもは言った。

「お客さまのお望のぞみとございましたら、ダンスのあとでちがった番組をいろいろとりかえてごらんにいれましょう」

これはうちの親方の使う口上こうじょうの一つであった。わたしはなるべくかれと同じようなしかつめらしい言い方でやろうと努つとめた。だがなおよく考えると、喜劇きげきを所望しょもうしてくれなかったことは結局けっきょくありがたかった。なぜといって、どうそれをやるかくふうがつかなかった。ゼルビノという役者が一枚まい足りないばかりではない、芝居しばいをするには衣装いしょうも道具もなかった。

とにかくわたしはハープを取り上げて、まずワルツの第一節せつをひいた。カピは前足でドルスのこしをだいて、じょうずに拍子ひょうしを取りながらおどり回った。つぎにジョリクールが一人でおどって、それからそれとわたしたちは順々じゅんじゅんに番組を進めていった。もう少しもくたびれたとは思わなかった。かわいそうな動物どもは、やがて昼飯ひるめしの報酬ほうしゅうの出ることを知って、いっしょうけんめいにやった。わたしもそのとおりであった。

するととつぜん、みんながいっしょになってダンスをしている最中さいちゅうに、ゼルビノがやぶのかげから出て来た。そして仲間なかまがそのそばを通ると、かれはずうずうしくもその仲間に割りこんで来た。

ハープをひきひき役者たちの監督かんとくをしながら、わたしはときどき子どものほうを見た。かれはわたしたちの演技えんぎにひじょうなゆかいを感じているらしく見えたが、からだを少しも動かさなかった。寝台ねだいの上にあお向いたまま、ただ両手を動かして拍手はくしゅかっさいした。半身不随はんしんふずいなのかしら、板の上に張はりつけられたように見えた。

いつのまにか風で船が岸にふきつけられていたので、いまは子どもをはっきり見ることができた。かれは金茶色の髪かみの毛けをしていた。顔色は青白くて、すきとおった皮膚ひふのもとに額ひたいの青筋あおすじすら見えるほどであった。その顔つきには病人の子どもらしい、おとなしやかな、悲しそうな表情ひょうじょうがあった。

「あなたがたのお芝居しばいのさじき料りょうがいかほどですね」と、貴婦人きふじんはたずねた。

「おなぐさみに相応そうおうした代だいだけいただきます」

「じゃあ、お母さま、たんとおやりなさい」と子どもが言った。かれはそのうえなにかわたしにわからないことばでつけ加くわえていた。すると貴婦人きふじんは、

「アーサがお仲間なかまの役者たちをそばで見たいと言うのですよ」と言った。

わたしはカピに目くはせをした。大喜おおよろこびでかれは船の中へとびこんで行った。

「それから、ほかのは」とアーサと呼よばれたこの子どもはさけんだ。

ゼルビノとドルスがカピの例れいにならった。

「それからおさるは」

ジョリクールもわけなくとびこむことができたろう。でもわたしは安心がならなかった。一度船に乗ったら、きっとなにか貴婦人きふじんの気にいらないような悪さをするかもしれなかった。

「おさるは気があらいの」と貴婦人はたずねた。

「いいえ、そうではありませんが、なかなか言うことを聞きませんから、失礼しつれいでもあるといけないと思います」

「おや、それではあなた、連つれておいでなさい」

こう言って貴婦人きふじんはかじのほうに立っていた男に合図をした。この人は出て来て、へさきから岸に板をわたした。

肩かたにハープをかけて、ジョリクールをうでにだいたまま、わたしは板をわたった。

「おさるだ。おさるだ」とアーサはさけんだ。その子どもを貴婦人きふじんはアーサと呼よんでいた。

わたしはかれのそばへ寄って、かれがジョリクールをなでたりさすったりしているとき、わたしは注意してその様子を見た。実際じっさいにかれは一枚まいの板に皮でからだを結むすびつけられていた。

「あなた、お父さんはあるの」と貴婦人きふじんはたずねた。

「いえ、いまは独ひとりぼっちです」

「いつまで」

「二か月のあいだ」

「二か月ですって、まあかわいそうに、あなたぐらいの年ごろに、どうして独りぼっち置おき去りにされるようなことになったの」

「そんな回り合わせになったのです」

「あなたの親方さんはふた月のあいだにたんとお金を持って帰れと言いつけたのではないのですか。そうでしょう」

「いいえ、おくさん、親方はわたしになにも言いつけはしません。ただい一座いちざののものといっしょに、そのあいだ食べてゆかれさえすればそれでいいんです」

「それで、どれだけお金が取れましたか」

わたしは答えようとしてちゅうちょした。わたしはこの美しい婦人ふじんの前では一種いっしゅのおそれを感じたけれども、貴婦人きふじんはひじょうに親切に話しかけてくれたし、その声はいかにも優やさしかったから、わたしはほんとうのことを打ち明ける決心をした。またそれをしてならない理由はなにもなかった。

そこでわたしは貴婦人きふじんに向かって、ヴィタリスとわたしが別わかれたいちぶしじゅうを話した。ヴィタリス親方がわたしを保護ほごするために、刑務所けいむしょに連つれて行かれたこと、それから親方がいなくなってから、金を取ることができなくなった次第を話した。

わたしが話をしているあいだ、アーサは犬と遊んでいたが、わたしの言ったことばはよく耳に止めていた。

「じゃあきみたち、みんなずいぶんおなかがすいているだろう」とかれは言った。

このことばを動物たちはよく知っていて、犬は喜よろこんでほえ始めるし、ジョリクールははげしくおなかをこすった。

「ああ、お母さま」とアーサがさけんだ。

貴婦人きふじんは聞き知らないことばで、半分開けたドアのすきから頭を出しかけていた女中に、なにか二言三言いった。まもなく女中は食物をのせたテーブルを運んで来た。

「おかけ」と貴婦人は言った。

わたしは言われるままにさっそく、ハープをわきへ置おいて、テーブルの前のいすにこしをかけた。犬たちはわたしの回りに列を作ってならんだ。ジョリクールはわたしのひざの上でおどっていた。

「きみの犬はパンを食べるの」とアーサはたずねた。

「パンを食べるどころですか」

わたしが一きれずつ切ってやると、かれらはむさぼるようにして見るまに平たいらげてしまった。

「それからおさるは」とアーサは言った。

けれども、ジョリクールのことで気をもむ必要ひつようもなかった。わたしが犬にやっているあいだ、かれは横合いから肉入りのパンを一きれさらって、テーブルの下にもぐって、息のつまるほどほおばっていた。

わたし自身もパンを食べた。ジョリクールのようにのどにはつまらせなかったけれど、同じようにがつがつして、もっとたくさんほおばった。

「かわいそうに、かわいそうに」と貴婦人きふじんは言った。

アーサはなにも言わなかったが、大きな目を見張みはってわたしたちをながめていた。わたしたちのよく食べるのにびっくりしたのであろう。わたしたちはてんでんに腹はらをすかしきっていた。肉をぬすんで少しは腹はらにこたえのあるはずのゼルビノまでが、がつがつしていた。

「きみはぼくたちに会わなかったら、きょうの昼飯ひるめしはどうするつもりだったの」とアーサがたずねた。

「なにを食べるか当てがなかったのです」

「じゃああしたは」

「たぶんあしたはまた運よく、きょうのようなお客さまにどこかで会うだろうと思います」

アーサはわたしとの話を打ち切って、そのとき母親のほうにふり向いた。しばらくのあいだかれらは外国語で話をしていた。かれはなにかを求もとめているらしかったが、それを母親は初はじめのうち承知しょうちしたがらないように見えた。

するうち、ふと子どもはくるりと向き返った。かれのからだは動かなかった。

「きみはぼくたちといっしょにいるのはいやですか」とかれはたずねた。

わたしはすぐ返事はしないで、顔だけ見ていた。わたしはこのだしぬけの質問しつもんにめんくらわされていた。

「この子があなたがたにいっしょにいてくださればいいと言っているのですよ」と貴婦人きふじんがくり返した。

「この船にですか」

「そうですよ。この子は病気で、この板にからだを結ゆわえつけていなければならないのです。それで昼間のうち少しでもゆかいにくらせるように、こうして船こ乗せて外へ出るのです。それであなたがたの親方が監獄かんごくにはいっておいでのあいだ、よければここにわたしたちといっしょにいてください。あなたのその犬とおさるが毎日芸げいをしてくれば、アーサとわたしが見物になってあげる。あなたはハープをひいてくれるでしょう。それであなたはわたしたちに務つとめてくれることになるし、わたしたちはわたしたちで、あなたがたのお役に立つこともありましょう」

船の上で。わたしはまだ船の上でくらしたことがなかったが、それはわたしの久ひさしい望のぞみであった。なんといううれしいこと。わたしは幸福に心のくらむような感じがした。なんという親切な人たちだろう。わたしはなんと言っていいかわからなかった。

わたしは貴婦人きふじんの手を取ってキッスした。

「かわいそうに」とかの女は優やさしく言った。

かの女はわたしのハープを聞きたいと言った。そのくらい手軽ななぐさみですむことなら、わたしはどうかして、自分がどんなにありがたく思っているか見せたいと思った。

わたしは楽器がっきを手に取って、船のへさきのほうへ行って、静しずかにひき始はじめた。

貴婦人きふじんはふとくちびるに小さな銀ぎんの呼子よぶこぶえを当てて、するどい音ねを出した。

わたしはなぜ貴婦人がふえをふいたのであろうと思って、ちょいと音楽をやめた。それはわたしのひき方が悪いからであったか、それともやめろという合図であったか。

自分の身の回りに起こるどんな小さなことも見のがさないアーサは、わたしの不安心ふあんしんらしい様子を見つけた。

「お母さまは馬を行かせるために、ふえをふいたんだよ」とかれは言った。

まったくそのとおりであった。馬に引かれた小舟こぶねは、そろそろと岸きしをはなれて、堀割ほりわりの静しずかな波を切ってすべって行った。両側りょうがわには木があった。後ろにはしずんで行く夕日のななめな光線が落ちた。

「ひきたまえな」とアーサが言った。

頭をちょっと動かしてかれは母親にそばに来いという合図をした。かれは母親の手を取って、しっかりにぎった。わたしはかれらのために、親方の教えてくれたありったけの曲をひいた。

最初さいしょの友だち

アーサの母親はイギリス人であった、名前をミリガン夫人ふじんと言った。後家ごけさんで、アーサは一人っ子であった。少なくとも生きているただ一人の子どもだと考えられていた。なぜというに、かの女はふしぎな事情じじょうのもとに、長男をなくした。

その子は生まれて六月むつき目に人にさらわれてしまった。それからどうしたかかいもく行くえがわからなかった。もっともその子がかどわかされたころ、ちょうどミリガン夫人ふじんはじゅうぶんの探索たんさくをすることのできない境遇きょうぐうであった。かの女の夫おっとは死にかかっていたし、なによりもかの女自身がひどくわずらって、身の回りにどんなことが起こっているか、まるっきりわからずにいた。かの女が意識いしきを取り返したときには、夫は死んでいたし、赤子はいなくなっていた。かの女の実の弟に当たるジェイムズ・ミリガン氏しはイギリスはもちろん、フランス、ベルギー、ドイツ、イタリアとほうぼうに子どもを探さがさせたが、結局けっきょく行くえは知れなかった。そうなるとあとつぎの子どもがないので、この人がにいさんの財産ざいさんを相続そうぞくするつもりでいた。

ところがやはり、ジェイムズ・ミリガン氏しは、にいさんからなにも相続することができなかった。なぜというに、夫人ふじんの夫おっとの死後七か月目に、夫人の二番目のむすこのアーサが生まれたのであった。

けれどもお医者たちはこの病身な、ひよわな子どもの育つ見こみはないと言った。かれはいつ死ぬかもしれなかった。その子が死んだ場合には、ジェイムズ・ミリガン氏しは財産ざいさんを相続そうぞくすることになるであろう。

そう思ってかれはあてにして待っていた。

けれども医者の予言よげんはなかなか実現じつげんされなかった。アーサはなかなか死ななかった。もう二十度も追っかけ追っかけ、なんぎな病やまいという病にかかって、それでも生きていた。そのたんびにこの子を生かしたものは母親の看護かんごの力であった。

最後さいごの病は腰疾ようしつ(こしの病気)であった。それにはしじゅう板にねかしておくがいいというので、板の上にからだを結ゆわえつけて動けないようにした。けれどそれをそのままうちの中に閉じこめておけば、今度は気鬱きうつと空気の悪いために死ぬかもしれない。

そこでかの女は子どものためにきれいな、ういて動く家をこしらえてやって、フランスの国じゅうのいろいろな川を旅行しているのであった。その両岸の景色けしきは、病人の子どもがねながら、ただ目を開いていさえすれば、目の前に動いて行くのであった。

もちろんこのイギリスの貴婦人きふじんとむすこについて、わたしはこれだけのことを残のこらず、初はじめての日に聞きいたのではなかった。わたしはときどきかの女といるあいだに少しずつ細かい話を聞いた。

わたしが初めの日に聞いたことは、ただこの船の名が白鳥号ということ、それからわたしが部屋へやと定められた船室がどんなものであるかということだけであった。

わたしは高さ七尺しゃく(約二メートル)、はば三、四尺(約〇・九~一・二メートル)のかわいらしい船室を一つ当てがわれた。それはなんというふしぎな部屋へやにおもわれたであろう。部屋のどこにもしみ一つついていなかった。

その船室に備えつけたたった一つの道具は、衣装いしょう戸だなであった。けれどなんという戸だなだろう。寝台ねだいとふとんとまくらと毛布もうふとがその下から出て来た。そして寝台についた引き出しには、はけやくしやいろいろなものがはいっていた。いすやテーブルというようなものも少なくともふつうの形をしたものはなかったが、かべに板がぴったりついている、それを引き出すと四角なテーブルといすになった。この小さな寝台ねだいにねむることをどんなにわたしは喜よろこんだであろう。生まれて初はじめてわたしはやわらかいしき物をはだに当てた。バルブレンのおっかあのうちのはひじょうに固かたくって、いつもあらくほおをこすった。ヴィタリス老人ろうじんとわたしはたいていしき物なしでねむった。木賃宿きちんやどにあるものは、みんなバルブレンのおっかあのうちのと同様にごりごりしていた。

わたしはあくる朝早く起きた。一座いちざの連中れんじゅうが一晩ひとばんどんなふうに過すごしたか知りたかったからである。

見るとかれらはみんなまえの晩ばん入れてやった所にいて、このきれいな小舟こぶねはもう何か月もかれらの家であったかのようによくねいっていた。犬たちはわたしが近づくとはね起きたが、ジョリクールは片目かためを開いているくせに動かなかった。かえってラッパのような大いびきをかき始めた。

わたしはすぐにそのわけをさとった。ジョリクールはたいへんおこりっぽかった。かれは一度腹はらを立てると、長いあいだむくれていた。いまの場合は、ゆうべわたしがかれを船室に連つれて行かなかったのをおもしろく思わなかったので、わざとふてねをして、ふきげんを示しめしていたのであった。

わたしはなぜかれを甲板かんぱんの上に置おいて行かなければならなかったか、そのわけを説明せつめいすることができなかった。それで少なくとも外見だけでも、わたしはかれにすまなかったと感じているふうを見せるために、かれをうでにだいて、なでたりさすったりしてやった。

初はじめはかれもむくれたままでいたが、まもなく、気が変かわりやすい性質せいしつだけに、なにかほかのことに考えが移うつって、手まねで、よし、外へ散歩さんぽに連つれて行くなら、かんべんしてやろうという意を示しめした。

甲板かんぱんをそうじしていた男が、気軽に板をわたしてくれたので、わたしは部下を連つれて野原へ出た。

犬とかけっこしたり、ジョリクールをからかったり、ほりをとんだり、木登りをしたりして遊んでいるうちに時間がたった。帰ってみると、馬ははこやなぎの木につながれて、すっかり仕度ができていて、小舟こぶねはいつでも出発するようになっていた。

わたしたちがみんな船の上に乗ってしまうと、まもなく船をつないだ大づなは解とかれて、船頭はかじを、御者ぎょしゃは手たづなを取った。引きづなの滑車かっしゃがぎいぎい鳴って、馬は引き船の道をカッパカッパ歩きだした。

これでも動いているかと思うはど静しずかに船は水の上をすべって行った。そこに聞こえるものは小鳥の歌と、船に当たる水の音、それから馬の首につけたすずのチャランチャランだけであった。

所どころ水はこい緑色に見えてたいへん深いようであった。そうかと思うと水晶すいしょうのようにすみきっていて、水の底そこできらきら光る小石だの、ビロードのような水草をすかして見ることができた。

わたしが水の中をじっとのぞきこんでいると、だれかがわたしの名前を呼よんだ。それはアーサであった。かれは例れいの板に乗せられて運び出されていた。

「きみ、よくねられたかい、野原にねむるよりも」とかれはたずねた。わたしは半分、ミリガン夫人ふじんにあいさつするように、ていねいによくねむられたことを話した。

「犬は」アーサが聞いた。

わたしはかれらを呼よんだ。かれらはジョリクールといっしょにかけて来た。このさるはいつも芝居しばいをやらされると思うときするように、しかめっ面つらをしていた。

ミリガン夫人ふじんはむすこを日かげに置おいて、自分もそのそばにすわった。

「それでは、あちらへ犬とさるを連つれて行ってください。わたしたちは課業かぎょうがありますから」とかの女は言った。

わたしは連中れんじゅうを連つれてへさきのほうへ退しりぞいた。

あの気のどくな病人の子どもに、どんな課業かぎょうができるのだろう。

わたしはかれの母親が手に本を持って、むすこに課業を授さずけけているのを見た。

かれはそれを覚おぼえるのがなかなか困難こんなんであるらしく見えた。しじゅう母親は優やさしく責せめていたが、同時になかなか手ごわかった。

「いいえ」とかの女は最後さいごに言った。「アーサ、あなたはまるで覚おぼえていません」

「ぼく、できません。お母さま、ぼく、ほんとにできないんです」とかれは泣なくように、言った。「ぼく病気なんです」

「あなたの頭は病気ではありません。アーサ、病人だからといって、だんだんばかになるような子をわたしは好すきません」

これはずいぶん残酷ざんこくなようにわたしには思われた。けれどかの女はあくまで優やさしい親切な調子で言った。

「なぜ、あなたはわたしにこんな情なさけない思いをさせるでしょう。あなたが習いたがらないのが、どんなにわたしには悲しいかわかるでしょう」

「ぼく、できません、お母さま、ぼくできないんです」こう言ってかれは泣なきだした。

けれどもミリガン夫人ふじんは子どものなみだに負かされはしなかった。そのくせかの女はひじょうに感動して、ますます悲しそうになっていた。

「わたしもけさあなたをルミや犬たちと遊ばせてあげたいのだけれど、すっかりお話を覚おぼえるまでは遊ばせることはできません」こう言ってかの女は本をアーサにわたして、一人置おき去りにしたまま向こうへ行った。

わたしの立っていた所までかれの泣なき声ごえが聞こえた。

あれほどまでに愛あいしているらしい母親がどうしてこのかわいそうな子どもにこれほど厳格げんかくになれるのであろう。アーサの覚おぼえられないのは病気のせいなのだ。かの女は優やさしいことば一つかけないではいってしまうのであろうか。

しばらくたってかの女はもどって来た。

「もう一度二人でやってみましょうね」とかの女は優しく言った。

かの女は子どものわきにこしをかけて、本を手に取って、『おおかみと小ひつじ』というお話を読み始めた。アーサはその読み声について文句もんくをくり返した。

三度初はじめからしまいまで読み返して、それから本をアーサに返して、あとは一人で習うように言いつけて、船の中にはいってしまった。

わたしはアーサのくちびるの動くのを見た。

かれはたしかにいっしょうけんめい勉強していた。

けれどもまもなく目を本からはなした。かれのくちびるは動かなくなった。かれの目はきょろきょろとあてもなく迷まよったが、本にはもどって来なかった。

ふとかれの目はわたしの目を見つけた。

わたしは課業かぎょうを続つづけてやるようにかれに目くばせした。かれは注意を感謝かんしゃするように微笑びしょうした。そしてまた本を読み始めた。けれどもまえのようにやはりかれは考えを一つに集めることができなかった。かれの目は川のこちらの岸から向こう岸へと迷まよい始めた。ちょうどそのとき一羽わのかわせみが矢のように早く船の上をかすめて、青い光をひらめかしながら飛んだ。

アーサは頭を上げてその行くえを見送った。鳥が行ってしまうと、かれはわたしのほうをながめた。

「ぼく、これが覚おぼえられない」とかれは言った。「でもぼく、覚おぼえたいんだ」

わたしはかれのそばへ行った。

「この話はそんなにむずかしくはありませんよ」とわたしは言った。

「うん、むずかしい。……たいへんむずかしいんだ」

「ぼくにはずいぶん易やさしいと思えますよ。あなたのお母さまが読んでいらっしゃるときに聞いていて、ぼくはたいてい覚おぼえました」

かれはそれを信しんじないように微笑びしょうした。

「言ってみましょうか」

「できるもんか」

「やってみましょうか。本を持っていらっしゃい」

かれはまた本を取り上げた。わたしはその話を暗唱あんしょうし始めた。わたしはほとんど完全かんぜんに覚おぼえていた。

「やあきみ、知っているの」

「そんなによくは知りません。けれどこのつぎのときまでには、一つもちがえずに言えるでしょう」

「どうして覚おぼえたの」

「あなたのお母さまが読んでいらっしゃるあいだ、ぼくは聞いていました。ただいっしょうけんめいに、そこらの物を見向したりなんぞせずに、聞いていたのです」

かれは顔を赤くした、そして目をそらした。

「ぼくもきみのようにやってみよう」とかれは言った。「けれど一々のことばをどうしてそう覚おぼえたか、言って聞かしてくれたまえ」

わたしはそれをどう説明せつめいしていいかわからなかった。そんなことを考えてみたことはなかった。けれどやれるだけは説明してみた。

「このお話はなんの話でしょう」とわたしは言った。「ひつじのことでしょう。ねえ、だからなにより先にぼくはひつじのことを考えました。それからひつじはなにをしているか考えます。『多くのひつじは安全なおりの中で住んでいました』というのだから、ひつじがおりの中で安心して転ころがってねむっているところが見えてきます。そういうふうに目にうかべると忘わすれません」

「そうだそうだ」とかれは言った。「ぼくは見えるよ。黒いひつじだの、白いひつじだの、おりも、格子こうしも見える」

「ひつじの番をするのはなんですか」

「犬さ」

「ひつじがおりの中にいて番をしないですむとき、犬はなにをするでしょう」

「なんにも仕事はない」

「では犬はねむってもいいでしょう。ですから、『犬はねむっていました』と言うのです」

「そうだ。わけはない」

「ええ、わけはないのですとも、今度はほかのことに移うつります。では犬といっしょに番をするのはだれです」

「ひつじ飼かいさ」

「その犬やひつじ飼いは、ひつじがだいじょうぶだと思うとなにをしていたでしょう」

「犬は、ねむっていたのさ、ひつじ飼いは、遠くのほうへ行って、ほかのひつじ飼いたちとふえをふいて遊んでいた」

「あなたはそれが見えますか」

「ええ」

「どこにいます」

「にれの木のかげに」

「一人ですか」

「いいえ、近所のひつじ飼かいといっしょに」

「そらひつじやおりや犬やひつじ飼いのことを考えてごらんなさい。それができれば、このお話の初はじめのほうは暗唱あんしょうができるでしょう」

「ええ」

「やってごらんなさい」

「多くのひつじは安全なおりの中におりましたから、犬はみなねむっていました。ひつじ飼いも大きなにれの木のかげに、近所のひつじ飼いたちとふえをふいて遊んでいました。――覚おぼえていた、覚おぼえていた、まちがいはなかった」

アーサは両手を打ってさけんだ。

「あともそういうふうにして覚えたらどうです」

「そうだな、きみといっしょにやればきっと覚えられる。ああ、お母さまがどんなに喜よろこぶだろう」

アーサはやがてお話残のこらずを心の目にうかべるようになった。わたしはできるだけ一々の細かい話を説明せつめいした。かれがすっかり興味きょうみを持ってきたときに、わたしたちはいっしょに文句もんくをさらった。そして十五分あとでは、かれはすっかり卒業そつぎょういていた。

やがて母親は出て来たが、わたしたちがいっしょにいるのでふきげんらしかった。かの女はわたしたちが遊んでいたと思った。けれどアーサはかの女に口をきかせるいとまをあたえなかった。

「ぼく、覚おぼええました」とかれはさけんだ。「ルミが教えてくれました」

ミリガン夫人ふじんは、びっくりしてわたしの顔を見た。けれどかの女がわけを問うさきに、アーサは『おおかみと小ひつじ』のお話を暗唱あんしょうしだした。わたしはミリガン夫人の顔を見た。かの女の美しい顔は微笑びしょうにほころびた。そのうちわたしはかの女の目になみだがうかんだと思った。けれどかの女はあわててむすこのほうをのぞきこんで、そのからだに両うでをかけた。かの女が泣ないていたかどうか確たしかではなかった。

「ことばには意味がないのだから、目に見える事がらを考えなければいけないのです。ルミはぼくにふえをふいているひつじ飼かいだの、犬だのひつじだの、それからおおかみだのを考えさせてくれました。おまけにひつじ飼いのふいていた節ふしまで聞こえるようになりました。お母さま、ぼく、歌を歌ってみましょうか」

こう言ってかれは、イギリス語の悲しいような歌を歌った。

今度こそミリガン夫人ふじんはほんとうに泣ないていた。なぜならかの女が席せきを立ったとき、わたしはアーサのほおがかの女のなみだでぬれているのを見た。そのとき夫人ふじんはわたしのそばに寄よって、わたしの手を自分の手の中におさえて、優やさしくしめつけた。

「あなたはいい子です」とかの女は言った。

わたしがこのちょいとした出来事を長ながと書くにはわけがある。ゆうべまではわたしも宿やどなしのこぞうで、一座いちざの犬やさるたちを連つれて、船のそばへやって来て、病人の子どもをなぐさめるだけの者であった。けれどこの課業かぎょうのことから、わたしは犬やさるから引きはなされて、病人の子どもの相手あいてになり、ほとんど友だちになったのである。

もう一つ言っておかなければならないことがある。それはずっとあとで知ったことであるが、ミリガン夫人ふじんは実際じっさいこのむすこの物覚ものおぼえの悪いこと、もっと正しく言えばなにも物を覚えないことを知って、ふさぎきっていた。病人の子ではあっても、勉強はさせておきたいと夫人は思った。それには病気が長びくだろうから、いまのうち物を習う習慣しゅうかんをつけておいて、いつか回復かいふくしたとき、むだになった時間を取り返すことができるようにしたいと考えたのであった。

ところがその日までもかの女はそれが思うようにならないでいた。アーサはけっして勉強することをいやだとは言わなかったが、注意と熱心ねっしんがまるでがけていた。書物を手にのせればいやとは言わずに受け取った。手は喜よろこんでそれを受け取ろうとして開いたが、心はまるで開かなかった。ただもう機械きかいのように動いて、しいて頭におしこまれたことばを空くうにくり返しているというだけであった。

そういうわけでむすこに失望しつぼうした母親の心には、絶たえ間まのない物思いがあった。

だから、アーサがいまたった半時間でお話を覚おぼえて、一時をちがえず暗唱あんしょうして聞かせるのを聞いたとき、かの女のうれしさというものはなかった。それはもっともなわけであった。

わたしはいま思い出しても、この船の上で、ミリガン夫人ふじんやアーサと過すごしたあのじぶんが、少年時代でいちばんゆかいなときであったと思う。

アーサはわたしに熱あつい友情ゆうじょうを寄よせていた。わたしのほうでもわざとでなしに、また気のどくという同情どうじょうからでなしに、しぜんとかれを兄弟のように思っていた。二人はけんか一つしたことはなかった。かれにはかれのような身分にありがちないばったところはみじんもなかった。わたしのほうも少しもひけめは感じなかった。またひけめを感じなければならないなどと思ったことすらなかった。

これはきっとわたしが子どもで、世の中を知らないためであったろう。しかしそれにはたしかに、ミリガン夫人ふじんの行ゆき届とどいた親切のおかげもあった。かの女はたいてい自分の子どものようにしてわたしに話しかけた。

それにこの船の旅がわたしにはじつにおもしろかった。一時間とたいくつしたこともなければ、つかれたと思うこともなかった。朝から晩ばんまでわたしの心はいつも充実じゅうじつしきっていた。

鉄道ができて以来いらい、フランス南部地方の運河うんがを見に来る人もなければ、知る人すらないようになったが、でもこれはやはりフランス名物の一つであった。

わたしたちはローラゲーのヴィーフランシュから、アヴィニオンヌまで行って、アヴィニオンヌからノールーズの岩まで行った。ノールーズにはこの運河の開鑿者かいさくしゃであるリケの記念碑きねんひが、大西洋たいせいように注ぐ水と地中海ちちゅうかいに落ちる水とが分かれる分水嶺ぶんすいれいの頂いただきに建たてられてあった。

それからわたしたちは水車の町であるカステルノーダリを下って、中世の都会であったカルカッソンヌへ、それから貯水溝ちょすいこうのめずらしいフスランヌの閘門こうもん(船を高低の差のある水面に上げたり下ろしたりするしかけのある水門)をぬけてベジエールに下った。

おもしろい所ではわたしたちはたいそうゆっくり船を進めた。けれど景色けしきがつまらなくなると馬は引き船の道を早足にとっとっとかけた。

いつどこでとまって、いつまでにどこまでへ着かなければならないということもなかった。毎日同じ決まった食事の時間に露台ろだいの上に集まって、静しずかに両岸の景色けしきをながめながら食事をした。日がしずむと船は止まった。日がのぼると船はまた動き出した。

雨でも降ふると、わたしたちは船室の中にはいって、勢いきおいよく燃もえた火を取り巻まいてすわる。病人の子どもがかぜをひかないためであった。そういうとき、ミリガン夫人ふじんはわたしたちに本を読んで聞かせたり、画帳を見せたり、美しいお話をして聞かせたりした。

それから夜、晴れた日には、わたしには一つ役目があった。船が止まったときわたしはハープをおかに持って下りて、少し遠くはなれた木のかげにこしをかける。それから木のえだのしげった中にかくれて、いっしょうけんめいにひいたり、歌を歌ったりするのである。静しずかな晩ばんなど、アーサは、だれがひいているか見えないようにして、遠くの音楽を聞くことを好このんだ。そこでわたしがアーサの好すきな曲をひくと、かれは「アンコール」(もっと)と声をかける。それでわたしは同じ曲を二度くり返してひくのである。

それはバルブレンのおっかあの炉ろばたに育ち、ヴィタリス老人ろうじんとほこりっぽい街道かいどうを流浪るろうして歩いたいなか育ちの少年にとっては思いがけない美しい生活であった。

あの気のどくな養母ようぼがこしらえてくれた塩しおのじゃがいもと、ミリガン夫人ふじんの料理番りょうりばんのこしらえるくだもの入りのうまいお菓子かしやゼリーやクリームやまんじゅうと比くらべると、なんというそういであろう。

あのヴィタリス親方のあとからとぼとぼくっついて、沼ぬまのような道や、横なぐりの雨や、こげつくような太陽の中を歩き回るのと、この美しい小舟こぶねの旅と比べては、なんというそういであろう。

料理りょうりはうまかった。そうだ、まったくすばらしかった。腹はらも減へらないし、くたびれもしないし、暑すぎもせず、寒すぎもしなかった。けれどほんとうに正直なことを言えば、わたしがいちばん深く感じたのは、この夫人ふじんと子どもの、めずらしい親切と愛情あいじょうであった。

二度もわたしはわたしの愛あいしていた人たちから引きはなされた。最初さいしょはなつかしいバルブレンのおっかあから、それからヴィタリス親方から、わたしは犬とさるといっしょに空腹くうふくで、みじめなまま捨すてられた。

そこへ美しい夫人ふじんがわたしと同じ年ごろの子どもを連つれて現あらわれた。わたしをむかえて、まるでわたしが兄弟ででもあるようにあつかってくれた。

たびたびわたしはアーサが寝台ねだいに結ゆわえつけられて、青い顔をしてねむっているところを見ると、わたしはかれをうらやんだ。健康けんこうと元気に満みちたわたしが、かえって病人の子どもをうらやんだ。

それはわたしがうらやむのは、この子を引き包つつんでいるぜいたくではなかった。美しい小舟こぶねではなかった。それはかれの母親であった。ああ、どのくらいわたしは自分の母親を欲ほしがっているだろう。

かれの母はいつでもかれにキッスした。そして、かれはいつでもしたいときに、両うでにかの女をだくことができた。その優やさしい夫人ふじんの手はたまたまわたしに向けられることもあっても、わたしからは思い切ってそれにさわり得えないのではないか。わたしは自分にキッスしてくれる母親、わたしがキッスすることのできる母親を持たないことを悲しいと思った。

あるいはいつかまたわたしもバルブレンのおっかあには会うことがあるかもしれない。それはどんなにかうれしいことであろう。でもわたしはもうかの女を母親と呼よぶことはできない。なぜならかの女はわたしのほんとうの母親ではないのだから。

わたしは独ひとりぼっちだった。わたしはいつでも独りぼっちでいなければならない……だれの子どもでもないのだ。

わたしはもうこの世の中は、そうなんでも思うようになる所でないことを知るだけに大きくなっていた。それでわたしは母親もないし、家族もないから、友だちでもあればどんなにうれしいだろうと思っていた。だからこの小舟こぶねに来て、わたしは幸福であった。ほんとうに幸福であった。けれど、ああ、それは長く続つづけることはできなかった。わたしがまたむかしの生活に返る日はおいおいに近づいていた。

捨すて子ご

旅の日数ひかずのたつのは早かった。親方が刑務所けいむしょから出て来る日がずんずん近づいていた。船がだんだんツールーズから遠くなるに従したがって、わたしはこの考えに心を苦しめられていた。

船の旅はこのうえなくおもしろかった。なんの苦労くろうもなければ、心配もなかった。これがせっかく水の上を気楽に通って来た道を、今度は足でとぼとぼ歩いて帰らなけれはならないときがじき来るのだ。

これはたまらなくおもしろくないことであった。そうなればもう寝台ねだいもなければ、クリームもない。お菓子かしもなけれは、テーブルを取り巻まいた楽しい夜会もなくなるのだ。

でもそれよりもこれよりもいちばんつらいのは、ミリガン夫人ふじんとアーサとに別わかれることであった。わたしはこの人たちの友情ゆうじょうからはなれなければならないであろう。そのつらさはバルブレンのおっかあに別れたときと同じことであろう。

わたしはある人びとをしたったり、その人びとからかわいがられると、もう一生その人たちといっしょにくらしたいと思う。それがあいにくいつもじきその人たちと別わかれなければならないようになる。いわばちょうどその人たちと別れるために、愛あいし愛されたりするようなものであった。

このごろの楽しい生活のあいだに、ただ一つこの心痛しんつうがわたしの心をくもらせた。

ある日とうとうわたしは思い切って、ミリガン夫人ふじんに、ツールーズへ帰るにはどのくらいかかるだろうと聞いた。親方が刑務所けいむしょから出る日に、わたしは刑務所の戸口で待っていようと思ったのである。

アーサはわたしが帰って行くという話を聞くと、急にさけびだした。

「帰っちゃいやだ、ルミ。行ってしまってはいやだ」

かれはすすり泣なきをしていた。

わたしはかれに、自分がヴィタリス親方のものになっていること、かれが金を出して両親からわたしを借かりていること、用のあるときいつでも帰って行かなければならないことを話した。

わたしは両親のことを話した。けれどもそれがほんとうの父親でも母親でもないことは話さなかった。わたしは自分が捨すて子ごであることをはじに思った――往来おうらいで拾われた子どもだということを白状はくじょうすることをはじに思った。わたしは孤児院こじいんの子どもというものがどんなにあなどられるものであるか知っていた。世の中で捨すて子ごであるということほどいやなことがあろうとは、わたしには思えなかった。それをミリガン夫人ふじんやアーサに知られることを好このまなかった。それを知られたら、あの人たちはわたしをきらうようになるだろう。

「お母さま、ルミはどうしても止めておかなければだめですよ」とアーサは言い続つづけた。

「わたしもルミをここへ止めておくことはたいへんけっこうだと思うけれど」とミリガン夫人ふじんは答えた。「わたしたちはずいぶんあの子が好すきなのだからね。でもこれには二つやっかいなことがある。第一にはルミがいたがっているかどうか……」

「ああ、それはいますとも、いますとも」とアーサがさけんだ。「ねえルミ、行きたかないねえ、ツールーズへなんか」

「第二には」と、ミリガン夫人ふじんがかまわず続つづけた。「この子の親方が手放すだろうか、どうかということですよ」

「ルミが先です。ルミが先です」とアーサは言い張はった。

ヴィタリスはいい親方であった。かれがわたしにものを教えてくれたことに対しては、わたしはひじょうに感謝かんしゃしていた。けれどもかれとくらすのと、アーサとこうしてくらすのとではとても比較ひかくにはならなかった。同時に親方に持つ尊敬そんけいと、ミリガン夫人ふじんとその病身の子どもに対して持つ愛着あいちゃくとは比較にはならなかった。わたしはこういう外国人を、世話になった親方よりありがたいものに思うのはまちがっていると感じていた。けれどもそれはそのとおりにちがいなかった。わたしはミリガン夫人とアーサを心から愛あいしていた。

「ルミがわたしたちの所にいても、いいことばかりはないでしょう」とミリガン夫人ふじんは続つづけた。

「この船にだって遊び半分ではいられません。ルミもやはりあなたと同じようにたくさん勉強をしなければなりません。とても青空の下で旅をして回るような自由な境涯きょうがいではないでしょう」

「ああ、ぼくの思っていることがおわかりでしたら……」とわたしは言いかけた。

「ほらほらね、お母さま」とアーサが口を出した。

「ではわたしたちがこれからしなければならないことは」とミリガン夫人ふじんが言った。「この子の親方の承諾しょうだくを受けることです。わたしはまあ手紙をやってここへ来てもいようにたのんでみましょう。こちらからツールーズへは行かれないからね。わたしは汽車賃きしゃちんを送ってあげて、なぜこちらから汽車に乗って行かれないか、そのわけをよく書いてあげましょう。つまりこちらへ呼よぶことになるのだが、たぶん承知しょうちしてくださることだろうと思うから、それで相談そうだんしたうえで、親方がこちらの申し出を承知してくだされば、今度はあなたのご両親と相談することにしましょう。むろんだまっていることはできないからね」

この最後さいごのことばで、わたしの美しいゆめは破やぶれた。

両親に相談そうだんする。そうしたらかれらはわたしが内証ないしょうにしようとしていることをすぐ言いたてるだろう。わたしが捨すて子ごだということを言いたてるだろう。

ああ捨すて子ご。そうなればアーサもミリガン夫人ふじんもわたしをきらうようになるだろう。

まあ自分の父親も母親も知らない子どもが、アーサの友だちであったか。

わたしはミリガン夫人の顔をまともにながめた。なんと言っていいか、わたしはわからなかった。かの女はびっくりしてわたしの顔を見た。わたしがどうしたのか、かの女はたずねようとしたが、わたしはそれに答えもできずにいた。たぶん親方が帰って来るという考えに気が転倒てんとうしていると考えたらしく、かの女はそのうえしいては問わなかった。

幸いにじきねむる時間が来たので、アーサからいつまでもふしぎそうな目で見られずにすんだ。やっと心配しながら自分の部屋へやに一人閉とじこもることができた。これはわたしが白鳥号に乗り合わせて以来いらい初はじめてのふゆかいな晩ばんであった。それはおそろしくふゆかいな、長い熱病ねつびょうをわずらったような心持ちであった。わたしはどうしたらいいだろう。なんと言えばいいのだ。

たぶん親方はわたしを手放さないであろう。それなればかれらはどうしたってほんとうのことは知らずにいよう。かれらは、わたしの捨すて子ごだということを知らずにすむだろう。素性すじょうを知られることについてのわたしの羞恥しゅうちと恐怖きょうふがあまりひどかったので、もうアーサ母子おやこと別わかれても、しかたがない。ヴィタリスがなんでも自分といっしょに来いと主張しゅちょうすることを希望きぼうし始めたくらいであった。そうなれば少なくともかれらはこののちわたしを思い出すたんびにいやな気がしないであろう。

それから三日たってミリガン夫人ふじんはヴィタリスに送った手紙の返事を受け取った。かれは夫人の文意をよくくんで、向こうから来てかの女に会おうと言って来た。つぎの土曜日の二時の汽車で、セットへ着くはずにするからと言って来た。わたしは犬たちとジョリクールを連つれて、かれに会いに停車場ていしゃじょうまで行くことを許ゆるされた。

その朝になると、犬たちはなにか変かわったことでも起こると思ったか、ひどくはしゃいでいた。ジョリクールだけは知らん顔をしていた。わたしはひじょうに興奮こうふんしていた。きょうこそわたしの運命が決められる日であった。わたしに勇気ゆうきがあったら、親方にたのんで捨すて子ごだということをミリガン夫人ふじんに言ってもらわないようにたのむことができたであろう。けれどもわたしはかれに対してすら『捨すて子ご』ということばを口に出して言うことができないような気がしていた。わたしは犬をひもでつないで、ジョリクールは上着の下に入れて、停車場ていしゃじょうの片かたすみに立って待っていた。わたしは身の回りに起こっていることはほとんど目にはいらなかった。汽車の着いたことを知らせてくれたのは犬であった。かれらは主人のにおいをかぎつけた。

ふとわたしのおさえているひもを前に引くものがあった。わたしはうっかり見張みはりをゆるめていたので、かれらはぬけ出したのであった。ほえながらかれらは前へとび出した。わたしはかれらが親方にとびかかるのを見た。ほかの二ひきに比くらべてははげしくしかもしたたかにカピが、いきなり主人のうでにとびかかった。ゼルビノとドルスがその足にとびかかった。

親方はわたしを見つけると、手早くカピをどけて、両うでをわたしのからだに投げかけた。初はじめてかれはわたしにキッスした。

「ああよく無事ぶじでいてくれた」とかれはたびたび言った。

親方はこれまでわたしにつらくはなかったが、こんなふうに優やさしくはなかった。わたしはそれに慣なれていなかった。それでわたしは感動して、思わずなみだが目の中にあふれた。それにいまのわたしの心持ちはたやすく物に動かされるようになっていた。わたしはかれの顔をながめた。刑務所けいむしょにはいっているまにかれはひじょうに年を取った。背中せなかも曲がったし、顔は青いし、くちびるに血の気けはなかった。

「ルミ、わたしは変かわったろう。なあ」とかれは言った。「刑務所けいむしょはけっしてゆかいな所ではなかった。それに苦労くろうというものは、たちの悪い病気のようなものだ。けれどもう出て来ればだいじょうぶだ。これからはよくなるだろう」

それから話の題を変かえてかれは言い続つづけた。

「わたしの所へ手紙を寄よこしたおくさんのことを話しておくれ。どうしてそのおくさんと知り合いになったのだ」

わたしはここで、どうして白鳥号に乗って堀割ほりわりをこいでいたミリガン夫人ふじんとアーサに出会ったか、それからわたしたちの見たこと、したことについてくわしく話した。わたしは自分でもなにを言っているのかわからないほど、のべつまくなしに話をした。こうしてわたしは親方の顔を見ると、これから別わかれてミリガン夫人ふじんの所にいたいと言いだす気にはなれなかった。

わたしたちはまだ話のすっかりすまないうちに、ミリガン夫人のとまっているホテルに着いた。親方は夫人が手紙でなんと書いて来たか、それは言わなかったから、わたしはかの女の申し出がどんなものであるかなんにも知らなかった。

「そのおくさんはわたしを待っていられるのかな」と、わたしたちがホテルにはいったときにかれは言った。

「ええ、ぼくがいまおくさんの部屋へやに案内あんないしましょう」とわたしは言った。

「それにはおよばないよ」とかれは答えた。「わたしは一人で上がって行く。おまえはここでジョリクールや、犬たちといっしょにわたしを待っておいで」

わたしは、いつでもかれに従順じゅうじゅんであったけれども、この場合はかれといっしょにミリガン夫人ふじんの部屋に行くことが、わたしとしてむろん正当でもあり自然しぜんなことだと思っていた。けれども手まねでかれがわたしのくちびるに出かかっていることばをおさえると、わたしはいやいや犬やさるといっしょに下に残のこっていなければならなかった。

どうしてかれはミリガン夫人と話をするのにわたしのいることを好このまなかったか。わたしはこの質問しつもんを心の中でくり返しくり返したずねた。それでもまだ明快めいかいな答えが得えられずに考えこんでいたときにかれはもどって来た。

「行っておくさんに、さようならを言っておいで」とかれはことば短に言った。「わたしはここで待っていてやる。あと十分のうちにたつのだから」

わたしはかみなりに打たれたような気がした。

「それ」とかれは言った。「おまえはわたしの言ったことがわからないか。なにを気のぬけた顔をして立っている。早くしないか」

かれはまだこんなふうにあらっぽくものを言ったことがなかった。機械的きかいてきにわたしは服従ふくじゅうして、立ち上がった。なにがなんだかわからないような顔をしていた。

「あなたはおくさんになんとお言いに……」二足三足行きかけてわたしは問いかけた。

「わたしはおまえがなくてならないし、おまえにもわたしは必要ひつようなのだ。従したがってわたしはおまえに対するわたしの権利けんりを捨すてることはできませんと言ったのさ。行って来い。いとまごいがすんだらすぐ帰れ……」

わたしは自分が捨すて子ごだったという考えばかりに気を取られていたから、わたしがこれですぐに立ち去らなければならないというのは、きっと親方がわたしの素性すじょうを話したからだとばかり思っていた。

ミリガン夫人ふじんの部屋へやにはいると、アーサがなみだを流している。そのそばに母の夫人が寄よりそっているところを見た。

「ルミ、きみ行ってはいやだよ。ねえ、ルミ、行かないと言ってくれたまえ」とかれはすすり泣なきをした。

わたしはものが言えなかった。ミリガン夫人ふじんがわたしの代わりに答えた。つまりわたしがいま親方に言われたとおりにしなければならないことを、アーサに言って聞かせた。

「親方さんにお願いしましたが、あなたをこのままわたしたちにくださることを承知しょうちしてくださいませんでした」とミリガン夫人ふじんは、いかにも悲しそうな声で言った。

「あの人は悪い人だ」とアーサがさけんだ。

「いいえ、あの人は悪い人ではありません」とミリガン夫人は言った。「あの人にはあなたがだいじで手放せないわけがあるのです。それにあの人はあなたをかわいがっていられる……あの人はああいう身分の人のようではない、どうしてりっぱな口のきき方をなさいました。お断ことわりになる理由としてあの人の言われたのは――そう、こうです、――わたしはあの子を愛あいしている、あの子もわたしを愛している。わたしがあれに授さずけている世間の修業しゅぎょうは、あれにとって、あなたがたといるよりもずっといい、はるかにいいのだ。あなたはあれに教育を授けてくださるでしょう。それはほんとうだ。なるほどあなたはあれのちえを養やしなってはくださるだろう、だがあれの人格じんかくは作れません。それを作ることのできるのは人生の艱難かんなんばかりです。あれはあなたの子にはなれません。やはりわたしの子どもです。それはどれほどあれにとって居心地いごこちがよかろうとも、あなたの病身のお子さんのおもちゃになっているよりは、はるかにましです。わたしもできるだけあの子どもを教えるつもりですから――とこうお言いになるのですよ」

「でもあの人、ルミの父さんでもないくせに」とアーサはさけんだ。

「それはそうです。でもあの人はルミの主人です。ルミはあの人のものです。さし当たりルミはあの人に従したがうほかはありません。この子の両親が親方さんにお金で貸かしたのですから。でもわたしはご両親にも手紙を書いて、やれるだけはやってみましょう」

「ああ、いけません。そんなことをしてはいけません」とわたしはさけんだ。

「それはどういうわけです」

「いいえ、どうかよしてください」

「でもそのほかにしかたがないんですもの」

「ああ、どうぞよしてください」

ミリガン夫人ふじんが両親のことを言いださなかったなら、わたしは親方がくれた十分の時間以上いじょうをさようならを言うために費ついやしたであろう。

「ご両親たちはシャヴァノンにいるんでしょう」とミリガン夫人はたずねた。

それには答えないで、わたしはアーサのほうへ行って、両うでをかれのからだに回して、しばらくはしっかりだきしめていた。それからかれの弱いうでからのがれて、わたしはふり向いてミリガン夫人ふじんに手をさし延のべた。

「かわいそうに」と、かの女はわたしの額ひたいにキッスしながらつぶやいた。

わたしは戸口へかけて行った。

「アーサ、わたしはいつまでもあなたを愛あいします」とわたしは言って、こみ上げて来るなみだを飲みこんだ。「おくさん、わたしはけっしてけっしてあなたを忘わすれません」

「ルミ、ルミ……」とアーサがさけんだ。その後のことばはもう聞こえなかった。

わたしは手早くドアを閉とじて外に出た。一分間ののち、わたしはヴィタリスといっしょになっていた。

「さあ出かけよう」とかれは言った。

こうしてわたしは最初さいしょの友だちから別わかれた。

ふぶきとおおかみ

またわたしは親方のあとについて痛いたい肩かたにハープを結むすびつけたまま、雨が降ふっても、日が照てりつけても、ちりやどろにまみれて、旅から旅へ毎日流浪るろうして歩かなければならなかった。広場であほうの役を演えんじて、笑わらったり泣ないたりして見せて、「ご臨席りんせきの貴賓諸君きひんしょくん」のごきげんをとり結むすばなければならなかった。

長い旅のあいだ再三さいさんわたしは、アーサやその母親や白鳥号のことを考えて足が進まないことがあった。きたならしい村にはいると、わたしはあのきれいな小舟こぶねの船室をどんなに思い出したろう。それに木賃宿きちんやどのねどこのどんなに固かたいことであろう。(もう二度とアーサとも遊べないし、その母親の優やさしい声も聞くことはできない)それを考えるだけでもおそろしかった。

これほど深い、しつっこい悲しみの中で、うれしいことには、一つのなぐさめがあった。それは親方がまえよりはずっと優しく、温和になったことであった。

かれのわたしに対する様子はすっかり変かわっていた。かれはわたしの主人というより以上いじょうのものであるように感じた。もうたびたび思い切って、かれにだきつきたいと思うほどのことがあった。それほどにわたしは愛情あいじょうを求もとめていた。けれどもわたしにはそれをする勇気ゆうきがなかった。親方はそういうふうになれなれしくすることを許ゆるさない人であった。

初はじめは恐怖きょうふがわたしをかれから遠ざけたけれど、このごろはなんとは知れないが、ぼんやりと、いわば尊敬そんけいに似にた感情かんじょうがかれとわたしをへだてていた。

わたしがいよいよ村の家を出るじぶんには、ふつうのびんぼうな階級かいきゅうの人たちと同じように親方を見ていた。わたしは世間なみの人からかれを区別くべつすることができずにいたが、ミリガン夫人ふじんと二か月くらしたあいだに、わたしの目は開いたし、ちえも進んだ。よく気をつけて親方を見ると、態度たいどでも様子でも、かれにはひじょうに高貴こうきなところがあるように見えた。かれの様子にはミリガン夫人のそれを思い出させるところがあった。

そんなときわたしは、ばかな、親方はたかが犬やさるの見世物師みせものしというだけだし、ミリガン夫人ふじんは貴婦人きふじんである、それが似にかよったところがあるはずがないと思った。

だがそう思いながら、よくよく見ると、わたしの目がまちがわないことが確たしかになった。親方はそうなろうと思えば、ミリガン夫人が貴婦人であると同様に紳士しんしになることができた。ただちがうことは、ミリガン夫人がいつでも貴婦人であるのに反して、親方がある場合だけ紳士であるということであった。でも一度そうなれば、それはりっぱな紳士になりきって、どんな向こう見ずな、どんな乱暴らんぼうな人間でも、その威勢いせいにおされてしまうのであった。

だからもともと向こう見ずでも、乱暴でもなかったわたしは、よけい威勢に打たれて、言いたいことも言い得えずにしまった。それは向こうから優やさしいことばでさそい出してくれるときでもそうであった。

セットをたってからのち、しばらくわたしたちはミリガン夫人ふじんのことや、白鳥号に乗っていたあいだのことを口に出すことをしなかった。けれどもだんだんとそれが話の種たねになるようになって、まず親方がいつも話の口を切った。そうしてそれからは一日も、ミリガン夫人の名前の口にのぼらない日はないようになった。

「おまえは好すいていたのだね、あのおくさんを」と親方が言った。「そうだろう、それはわたしもわかっている。あの人は親切であった。まったくおまえには親切であった。その恩おんを忘わすれてはならないぞ」

そのあとでかれはいつも言い足した。

「だがしかたがなかったのだ」

こう言う親方のことばを、初はじめはわたしもなんのことだかわからなかった。するうちだんだんそれは、ミリガン夫人ふじんがそばへ置おきたいという申し出をこばんだことをさして言うのだとわかった。

親方がしかたがなかったと言ったとき、こういう考えになっていたのは確たしかであった。そのうえこのことばの中には後悔こうかいに似にた心持ちがふくまれていたように思われた。かれはアーサのそばにわたしを残のこしておきたいと思ったのであろう。けれどそれはできないことだったというのである。

でもなぜかれがミリガン夫人ふじんの申し出を承知しょうちすることができなかったか、よくはわからなかったし、あのとき夫人がくり返し言って聞かしてくれた説明も、あまりよくはわからずにしまったが、親方が後悔こうかいしているということがわかって、わたしは心の底そこに満足まんぞくした。

もうこれでは親方も承知しょうちしてくれるだろう。そうしてこれはわたしにとって大きな希望きぼうの目標もくひょうになった。

それにしても、なぜ白鳥号には出会わないのであろう。

それはローヌ川を上って行くはずであった。そうしてわたしたちはその川の岸に沿そって歩いていた。

それで歩きながらわたしの目は両側りょうがわを限かぎっている丘おかや、豊饒ほうじょうな田畑よりも、よけい水の上に注がれていた。

わたしたちがアルルとか、タラスコンとか、アヴィニオン、モンテリマール、ヴァランス、ツールノン、ヴィエンヌなど、という町に着いたときに、いちばん先にわたしの行ってみるのは、波止場はとばか橋の上で、そこから川の上流を見たり、下流を見たり、わたしの目は白鳥号を探さがした。遠方に半分、深い霧きりにかくれてぼんやりした船のかげでも見つけると、それが白鳥号であるかないか、見分けられるほど大きくなるのを待つのであった。

でもそれはいつも白鳥号ではなかった。

ときどきわたしは思い切って船頭に聞いてみた。わたしの探さがす美しい船の模様もようを話して、そういう船を見なかったかとたずねた。でもかれらはけっしてそういう船の通るのを見たことがなかった。

このごろでは親方も、わたしをミリガン夫人ふじんにわたそうと決心していた。少なくともわたしにはそう想像そうぞうされたから、もはやわたしの素性すじょうを告つげたり、バルブレンのおっかあに手紙をやったりされるおそれがなくなった。そのほうの事件じけんは親方とミリガン夫人との間の相談そうだんでうまくまとめてくれるだろう。そう思って、わたしの子どもらしいゆめでいろいろに事件を処理しょりしてみた。ミリガン夫人はわたしをそばに置おきたいと言うだろう。親方はわたしに対する権利けんりを捨すてることを承知しょうちしてくれるだろう。それでいっさい事ずみだ。

わたしたちは何週間もリヨンに滞在たいざいしていた。そのあいだひまさえあればいく度もわたしはローヌ川と、ソーヌ川の波止場はとばに行ってみた。おかげでエーネー、チルジット、ラ・ギョッチエール、ロテル・デューなどという橋のことは、生えぬきのリヨン人同様によく知っていた。

しかしやはりわからなかった。とうとう白鳥号を見つけることはできなかった。

わたしたちはとうとうリヨンを去らなければならなかった。そしてディジョンに向かった。それでわたしはもうミリガン夫人ふじんに二度と会う希望きぼうを捨すてなければならなかった。それはリヨンでフランス全国の地図を調べてみたが、どうしても白鳥号がロアール川に出るには、これより先へ川を上って行くことのできないことを知ったからであった。船はシャロンのほうへ別わかれて行ったのであろう。そう思ってわたしたちはシャロンに着いたが、やはり船を見ることなしにまた進まなければならなかった。これがわたしの夢想むこうの結末けつまつであった。

いよいよいけなくなったことは、冬がいまや目近まぢかにせまってきたことであった。わたしたちは目も見えないような雨とみぞれの中をみじめに歩き回らなければならなかった。夜になってわたしたちがきたない宿屋やどやかまたは物置ものおき小屋ごやにつかれきってたどり着くと、もうはだまで水がしみ通って、わたしたちはとても笑顔えがおをうかべてねむる元気はなかった。

ディジョンをたってから、コートドールの山道をこえたときなどは、雨にぬれて骨ほねまでもこおる思いをした。ジョリクールなどは、わたしと同様いつも情なさけない悲しそうな顔をしていた。よけい意地悪くなっていた。

親方の目的もくてきは少しでも早くパリへ行き着くことであった。それは冬のあいだ芝居しばいをして回れるのはパリだけであった。わたしたちはもうごくわずかの金しか得られなかったので、汽車に乗ることもできなかった。

道みちの町や村でも、日和ひよりのつごうさえよければ、ちょっとした興行こうぎょうをやって、いくらかでも収入しゅうにゅうをかき集めて、出発するようにした。寒さと雨とで苦しめられながら、でもシャチヨンまではどうにかしてやって来た。

シャチヨンをたってから、冷つめたい雨の降ふったあとで、風は北に変かわった。

もういく日かしめっぽい日が続つづいたあとでは、わたしたちも顔にかみつくようにぶつかる北風を、いっそ気持ちよく思っていたが、まもなく空は大きな黒い雲でおおわれて、冬の日はすっかりかくれてしまった。大雪の近づいていることがわかっていた。

わたしたちがちょっとした大きな村に着くまではまだ雪にもならなかった。でも親方は、なんでもトルアの町へ早く行こうとあせっていた。そこは大きい町だから、ひじょうに悪い天気で五、六日にち逗留とうりゅうしても、少しは興行こうぎょうを続つづけて回る見こみがあった。「早くとこにおはいり」とその晩ばん宿屋やどやに着くと親方は言った。「あしたはなんでも早くからたつのだ……だが雪に降ふりこめられてはたまらないなあ」

でもかれはすぐにはとこにはいらなかった。台所の炉ろのすみにこしをかけて、寒さむさでひどく弱っているジョリクールを暖あたためていた。さるは毛布もうふにくるまっていても、やはり苦しがって、うめき声をやめなかった。

あくる日の朝、わたしは言いつけられたとおり早く起きた。まだ夜が明けてはいなかった。空はまっ暗な雲が低ひくく垂たれて、星のかげ一つ見えなかった。ドアを開けると、はげしい風がえんとつにふき入って、危あぶなくゆうべ灰はいの中にうずめたほだ火をまい上げそうにした。

宿屋やどやの亭主ていしゅは親方の顔を見て、

「わたしがあなただったら、きょうは出るどころではありません。いまにひどいふぶきになりますぜ」

「わたしは急いでいるのだ」と親方は答えた。「その大ふぶきの来るまえにトルアまで行きたいと思っている」

「六、七里(約二十四~二十八キロ)もありますよ。一時間やそこらで行けるものですか」

でもかまわずわたしたちは出発した。

親方はジョリクールをしっかりからだにだきしめて、自分の温かみを少しでも分けてやろうとした。犬は固かたいこちこちな道を歩くのをうれしがって、先に立ってかけた。親方はデイジョンでわたしにひつじの毛皮服を買ってくれたので、わたしは毛を裏にしてしっかり着こんだ。これがこがらしでべったりからだにふきつけられていた。

わたしたちは口を開くのがひどくふゆかいだったので、だまりこんで歩きながら、少しでも暖あたたまろうとして急いだ。

もう夜明けの時間をよほど過すぎていたが、空はまだまっ暗であった。東のほうに白っぽい帯おびのようなものが雪の間に流れてはいたが、太陽は出て来そうもなかった。

野景色のげしきを見わたすと、いくらか物がはっきりしてきた。葉をふるった木も見えるし、灌木かんぼくや小やぶの中でかれっ葉ががさがさ風に鳴っていた。

往来おうらいにも畑にも出ている人はなかった。車の音も聞こえないし、むちの鳴る音も聞こえなかった。

ふと北の空に青白い筋すじが見えたが、だんだん大きくなってこちらのほうへ向かって来た。そのときわたしたちはきみょうながあがあいうささやき声のような音を聞いた。それはがんか野の白鳥のさけび声であったろう。この気ちがいじみた鳥の群むれは、わたしたちの頭の上を飛とんだと思うと、もう北から南のほうへおもしろそうにかけって行った。かれらが遠い空の中に見えなくなると、やわらかな雪片せっぺんが静しずかに落ちて来た。それは空中を遊び歩いているように見えた。

わたしたちが通って行く道は喪中もちゅうのようにしずんでさびしかった。あれきって陰気いんきな野原の上にただ北風のはげしいうなり声が聞こえた。雪片が小さなちょうちょうのように目の前にちらちらした。絶たえずくるくる回って、地べたに着くことがなかった。

わたしたちはまた少ししか歩いてはいなかった。雪の降ふるまえにトルアに着くということは、むずかしいことに思われた。けれどわたしは心配しなかった。雪が降りだせば風がやんで、かえって寒さもゆるむだろうと思った。

わたしはまだ雪風というものがどんなものだかよく知らなかった。

しかしまもなくそれがほんとうにわかった。しかもわたしにはけっして忘わすれることのできないものであった。

雲が東北からむくむく集まって来た。そこの空にかすかな明るみが見えたと思うと、やがて雲のふところが開いて、どんどん大きな雪のかたまりが落ちて来た。もう空中をちょうちょうのようにはまわなかった。ふんぷんとすばらしい勢いきおいで降ふって来て、わたしたちの目鼻を開けられないようにした。

「とてもトルアまではだめだ。なんでもうちを見つけしだい休むことにしよう」と親方が言った。

わたしは親方がそう言うのを聞いてうれしかったけれども、いったいうまく休むうちが見つかるであろうか。まだそこらが白くならないまえにわたしが見ておいたかぎりでは、一けんもうちは見えなかった。そればかりではない。おいおい村に近づいているという気配も見えなかった。

わたしたちの前には底知そこしれぬ黒い森が横たわっていた。わたしたちを包つつんでいる両側りょうがわの丘陵きゅうりょうもやはり深い森であった。

雪はいよいよはげしく降ふってきた。わたしたちはだまって歩いた。親方はおまけにひつじの毛皮服を持ち上げて、ジョリクールが楽に息のできるようにしてやった。ただときどき首を左右に動かさなければ息ができなかった。

犬たちももう先に立ってかけることができなかった。かれらはわたしたちのかかとについて歩いて、早く休むうちを求もとめたがっているような顔をしていたが、それをあたえてやることができなかった。

道はいっこうにはかどらなかった。わたしたちはとぼとぼ骨ほねを折おって歩いた。目を開けてはいられなかった。じくじくぬれた着物がこおりついたまま歩いて行った。もう深い森の中にはいっていたが、まっすぐな道で、わたしたちはさえぎるもののないあらしにふきさらされていた。そのうち風はいくらか静しずまったが、雪のかたまりはますます大きくなって、みるみる積つもった

わたしは親方がなにか探さがし物ものをするように、おりおり左のほうへ目を注ぐのを見たが、かれはなにも言わなかった。なにをかれは見つけようとするのであろう。

わたしは長い道の向こうばかりまっすぐに見ていた。この森がもうほどなくおしまいになって、人家が現あらわれてきはしないかという望のぞみをかけていた。

だが目の届とどく限かぎり両側りょうがわは雪にうずまった林であった。前はもう二、三間(四~五メートル)先が雪でぼんやりくもっていた。

わたしはこれまで暖あたたかい台所の窓まどガラスに雪の降ふるところを見ていた。その暖かい台所がどんなにかはるか遠いゆめの世界のように思われることであろう。

でもやはり行くだけは行かなければならなかった。わたしたちの足はだんだん深く雪の中にもぐりこんだ。そのときふと、なにも言わずに親方が左手を指さした。なるほど、わたしはぼんやりと、空き地の中に堀立小屋ほったてごやのようなものを見た。

わたしたちはその小屋に通う道を探さがさなければならなかった。でも雪がもう深くなって、道という道をうずめてしまったので、これは困難こんなんな仕事であった。わたしたちはやぶの中をかけ回って、みぞをこえて、やっとのことで小屋へ行く道を見つけて中へはいることができた。

その小屋は丸太まるたやしばをつかねて造つくったもので、屋根も木のえだのたばを積つみ重ねて、雪が間から流れこまないように固かたくなわでしめてあった。

犬たちはうれしがって、元気よく先に立ってかけこんだ、ほえながらたびたびかわいた土の上をほこりを立てて転ころげ回まわっていた。

わたしたちの満足まんぞくもかれらにおとらず大きかった。

「こういう森の中の木を切ったあとには、きこりの小屋があるはずだと思っていた」と親方が言った。「もういくら雪が降ふってもかまわないぞ」

「そうですとも。雪なんかいくらでも降れだ」とわたしは大いばりで言った。

わたしは戸口――というよりも小屋に出入しゅつにゅうする穴あなというほうが適当てきとうで、そこにはドアも窓まどもなかったが――そこまで行って、わたしは上着とぼうしの雪をはらった。せっかくのかわいた部屋へやをぬらすまいと思ったからである。

わたしたちの宿やどの構造こうぞうはしごく簡単かんたんであった。備そなえつけの家具も同様で、土の山と、二つ三つ大きな石がいすの代わりに置おいてあるだけであった。それよりもありがたかったのは、部屋のすみに赤れんがが五、六枚まい、かまどの形に積つんであったことである。なによりもまず火を燃もやさなければならぬ。

なによりも火がいちばんのごちそうだ。

さてまきだが、このうちでそれを見つけることは困難こんなんではなかった。

わたしたちはただかべや屋根からまきを引きぬいて来ればよかった。それはわけなくできた。

まもなくたき火の赤いほのおがえんえんと立った。むろん小屋はけむりでいっぱいになったが、そんなことはいまの場合かまうことではなかった。わたしたちの欲ほっしているのは火と熱ねつであった。

わたしは両手をついて、腹はらばいになって火をふいた。犬は火のぐるりをゆうゆうと取り巻まいて、首をのばして、ぬれた背中せなかを火にかざしていた。

ジョリクールはやっと親方の上着の下からのぞくだけの元気が出て、用心深く鼻の頭を外に向けてそこらをながめ回した。安全な場所であることを確たしかめて満足まんぞくしたらしく、急いで地べたにとび下りて、たき火の前のいちばん上等な場所を占領せんりょうして、二本の小さなふるえる手を火にかざした。

親方は用心深い、経験けいけんに積つんだ人であるから、その朝わたしが起き出すまえに道中の食料しょくりょうを包つつんでおいた。パンが一本とチーズのかけであった。わたしたちはみんな食物を見て満足まんぞくした。

情なさけないことにわたしたちはごくわずかしか分けてもらえなかった。それはいつまでここにいなければならないかわからないので、親方がいくらか晩飯ばんめしに残のこしておくほうが確実かくじつだと考えたからであった。

わたしはわかったが、しかし犬にはわからなかった。それでかれらはろくろく食べもしないうちにパンが背嚢はいのうに納おさめられるのを見ると、前足を主人のほうに向けて、そのひざがしらを引っかいた。目をじっと背嚢につけて、中の物をぜひ開けさせようといろいろの身ぶりをやった。けれども親方はまるでかまいつけなかった。

背嚢はとうとう開かれなかった。犬はあきらめてねむる決心をした。カピは灰はいの中に鼻をつっこんでいた。わたしもかれらの例れいにならおうと考えた。けさは早かった。いつやむか、見当のつかない雪を見てくよくよしているよりも、白鳥号に乗って、ゆめの国にでも遊んだほうが気が利きいている。

わたしはどのくらいねむったか知らなかった。目が覚さめると雪がやんでいた。わたしは外をながめた。雪はひじょうに深かった。無理むりに出て行けばひざの上までうずまりそうであった。

何時だろう。

わたしはそれを親方にたずねることができなかった。なぜなら例れいのカピが時間を示しめした大きな銀時計は売られてしまった。かれは罰金ばっきんや裁判さいばんの費用ひようをはらうためにありったけの金を使ってしまった。そしてディジョンでわたしの毛皮服を買うときに、その大きな時計も売ってしまったのであった。

時計を見ることができないとすれば、日の加減かげんで知るほかはないが、なにぶんどんよりしているので、何時だか時間を推量すいりょうするのが困難こんなんであった。

なんの物音も聞こえなかった。雪はあらゆる生物の活動をそれなりこおらせてしまったように思われた。

わたしは小屋の入口に立っていると、親方の呼よぶ声が聞こえた。

「これから出て行けると思うかな」とかれはたずねた。

「わかりません。あなたのいいようにしたいと思います」

「そうか、わたしはここにいるほうがいいと思う。まあまあ屋根はあるし、たき火もあるのだから」

それはほんとうであったが、同時にわたしは食物のないことを思い出した。けれどもわたしはなにも言わなかった。

「どうせまた雪は降ふってくるよ。とちゅうで雪に会ってはたまらない。夜はよけい寒くなる。今夜はここでくらすほうが無事ぶじだ。足のぬれないだけでもいいじゃないか」

そうだ。わたしたちはこの小屋に逗留とうりゅうするほかはない。胃いぶくろのひもを固かたくしめておく、それだけのことだ。

夕飯ゆうはんに親方が残のこりのパンを分けた。おやおや、もうわずかしかなかった。すぐに食べられてしまった。わたしたちはくずも残のこさず、がつがつして食べた。このつましい晩食ばんしょくがすんだとき、犬はまたさっきのようにあとねだりをするだろうと思っていたが、かれらはまるでそんなことはしなかった。今度もわたしは、どのくらいかれらがりこうであるか知った。

親方がナイフをズボンのかくしにしまうと、これは食事のすんだ知らせであったから、カピは立ち上がって、食物を入れたふくろのにおいをかいだ。それから前足をふくろにのせてこれにさわってみた。この二重の吟味ぎんみで、もうなにも食物の残のこっていないことがわかった。それでかれはたき火の前の自分の席せきに帰って、ゼルビノとドルスの顔をながめた。その顔つきはあきらかにどうもしんぼうするほかはないよという意味を示しめしていた。そこでかれはあきらめたというように、ため息をついて全身を長ながとのばした。

「もうなにもない。ねだってもだめだよ」かれはこれを大きな声で言ったと同様、はっきりと仲間なかまの犬たちに会得えとくさしていた。

かれの仲間なかまはこのことばを理解りかいしたらしく、これもやはりため息をつきながらたき火の前にすわった。けれどゼルビノのため息はけっしてほんとうにあきらめたため息ではなかった。おなかの減へっているうえに、ゼルビノはひじょうに大食らいであった。だからこれはかれにとっては大きな犠牲ぎせいであった。

雪がまたずんずん降ふりだしていた。ずいぶんしつっこく降っていた。わたしたちは白い地べたのしき物が高く高くふくれ上がって、しまいに、小さな若木わかぎや灌木かんぼくがすっかりうずまってしまうのを見た。夜になっても、大きな雪片せっぺんがなお暗い空からほの明るい地の上にしきりなしに落ちていた。

わたしたちはいよいよここへねむるとすれば、なによりいちばんいいことは、できるだけ早くねつくことであった。わたしは昼間火でかわかしておいた毛皮服にくるまってまくらの代わりにした。平ったい石に頭をのせて、たき火の前に横になった。

「おまえはねむるがいい」親方が言った。「わたしのねむる番になればおまえを起こすから。この小屋ではけものもなにも心配なことはないが、二人のうち一人は起きていて、火の消えないように番をしなければならない。用心してかぜをひかないように気をつけなければいけない。雪がやむとひどい寒さになるからな」

わたしはさっそくねむった。親方がまたわたしを起こしたときには、夜はだいぶふけていた。たき火はまだ燃もえていた。雪はもう降ふってはいなかった。

「今度はわたしのねむる番だ」と親方が言った。「火が消えたら、ここへこのとおりたくさん採とっておいたまきをくべればいい」

なるほどかれはたき火のわきに小えだをたくさん積つみ上げておいた。わたしよりずっと少ししかねむれない親方は、わたしがいちいちかべからまきをぬくたんびに音を立てて目を覚さまさせられることをいやがった。それでわたしはかれのこしらえておいてくれたまきの山から取っては、そっと音を立てずに火にくべれはよかった。

たしかにこれはかしこいやり方ではあったけれど、情なさけないことに親方は、これがどんな意外な結果けっかを生むかさとらなかった。

かれはいまジョリクールを自分の外とうですっかりくるんだまま、たき火の前にからだをのばした。まもなくしだいに高く、しだいに規則きそく正しいいびきで、よくねいったことが知れた。

そのときわたしはそっと立ち上がって、つま先で歩いて、外の様子がどんなだか、入口まで出て見た。

草もやぶも木もみんな雪にうまっていた。日の届とどくかぎりどこも目がくらむような白色であった。空にはぽつりぽつり星の光がきらきらしていた。それはずいぶん明るい光ではあったが、木の上に青白い光を投げているのは雪の明かりであった。もうずっと寒くなっていた。ひどくこおっていた。すきまからはいる空気は氷のようであった。喪中もちゅうにいるような静しずけさの中に、雪の表面のこおりつく音がいく度となく聞こえた。

「ああ、この森のおくで雪の中にうめられてわたしたちはどうすればいいのだ。この雪と寒さの中で、この小屋でもなかったらどうなったであろう」

わたしはそっと音のしないように出たのであったが、やはり犬たちを起こしてしまった。中でもゼルビノは起き上がってわたしについて来た。夜の荘厳そうごんはかれにとってなんでもなかった。かれはしばらく景色けしきをながめたが、やがてたいくつして外へ出て行こうとした。

わたしはかれに中にはいるように命令めいれいした。ばかな犬よ。このおそろしい寒さの中でうろつき回るよりは、暖あたたかいたき火のそばにおとなしくしていたほうがどのくらいいいか知れない。かれは不承不承ふしょうぶしょうにわたしの言うことを聞いたが、しかしひどくふくれっ面つらをして、目をじっと入口に向けていた。よほどしつっこい、いったん思い立ったことを忘わすれない犬であった。

わたしは、まっ白な夜をながめながらまだ二、三分そこに立っていた。それは美しい景色けしきではあったし、おもしろいと思ったが、なんとも言えないさびしさを感じた。むろん見まいと思えば目をふさいで中にはいって、そのさびしい景色を見ずにいることはできるのだが、白いふしぎな景色がわたしの心をとらえたのであった。

とうとうわたしはまたたき火のそばへ帰って、二、三本まきをたがいちがいに火の上に組み合わせて、まくらの代わりにした石の上にこしをかけた。

親方はおだやかにねむっていた。犬たちとジョリクールもまたねむっていた。ほのおが火の中から上って、ぴかぴか火花を散ちらしながら屋根のほうまで巻まき上がった。ぱちぱちいうたき火のほのおの音だけが夜の沈黙ちんもくを破やぶるただ一つの音であった。

長いあいだわたしは火をながめていたけれど、だんだん我知われしらずうとうとし始めた。わたしが外へ出てまきをこしらえる仕事でもしていたら、日を覚さましていられたかもしれなかったが、なにもすることもなくって火にあたっているので、たまらなくねむくなってきた。そのくせしょっちゅう自分ではいっしょうけんめい目を覚さましているつもりになっていた。

ふとはげしいほえ声にわたしは目が覚めて、とび上がった。まっ暗であった。わたしはかなり長いあいだねむったらしく、火はほとんど消きえかかっていた。もう小屋の中にほのおが光ってはいなかった。

カピはけたたましくほえたてていた。けれどふしぎなことにゼルビノの声もドルスの声もしなかった。

「どうした。どうした」と親方が目を覚さましてさけんだ。

「知りません」

「おまえはねむっていたのだな。火も消えている」

カピは入口までかけ出して行ったが、外へとび出そうとはしなかった。出口でウウ、ウウ、ほえていた。

「どうした。どうしたというんだろう」わたしは今度は自分にたずねた。

カピのほえ声に答えて、二声三声、すごい悲しそうなうなり声が聞こえた。それはドルスの声だとわかった。そのうなり声は小屋の後ろから、しかもごく近い距離きょりから聞こえて来た。

わたしは外へ出ようとした。けれど親方はわたしの肩かたに手をのせて引き止めた。

「まあまきをくべなさい」かれは命令めいれいの調子で言った。

言いつけられたとおりにわたしがしていると、かれは火の中から一本小えだを引き出して、火をふき消して、燃もえている先を吹ふいた。

かれはそのたいまつを手に持った。

「さあ、行って見て来よう」とかれは言った。「わたしのあとについておいで。カピ、先へ行け」

外へ出ようとすると、はげしいほえ声が聞こえた。カピはこわがって、あとじさりをして、わたしたちの間に身をすくめた。

「おおかみだ。ゼルビノとドルスはどこへ行ったろう」

なにをわたしが言えよう。二ひきの犬はわたしのねむっているあいだに出て行ったにちがいない。ゼルビノはわたしがねつくのを待って、ぬけ出して行った。そしてドルスが、そのあとについて行ったのだ。

おおかみがかれらをくわえたのだ。親方が犬のことをたずねたとき、かれの声にはその恐怖きょうふがあった。

「たいまつをお持ち」とかれは言った。「あれらを助けに行かなければならない」

村でわたしはよくおおかみのおそろしい話を開いていた。でもわたしはちゅうちょすることはできなかった。わたしはたいまつを取りにかけて帰って、また親方のあとに続つづいた。

けれども外には犬も見えなければおおかみも見えなかった。雪の上にただ二ひきの犬の足あとがぽつぽつ残のこっていた。わたしたちはその足あとについて小屋の回りを歩いた。するとややはなれて雪の中でなにかけものが転ころがり回ったようなあとがあった。

「カピ、行って見て来い」と親方は言った。同時にかれはゼルビノとドルスを呼よび寄よせる呼よび子こをふいた。

けれどこれに答えるほえ声は聞こえなかった。森の中の重苦しい沈黙ちんもくを破やぶる物音はさらになかった。カピは言いつけられたとおりにかけ出そうとはしないで、しっかりとわたしたちにくっついていた。いかにも恐怖きょうふにたえない様子であった。いつもはあれほど従順じゅうじゅんでゆうかんなカピが、もう足あとについてそれから先へ行くだけの勇気ゆうきがなかった。わたしたちの回りだけは雪がきらきら光っていたが、それから先はただどんよりと暗かった。

もう一度親方は呼よび子こをふいて、迷まよい犬いぬを呼びたてた。でもそれに答える声はなかった。わたしは気が気でなかった。

「ああ、かわいそうなドルス」親方はわたしの心配しきっていることをすっぱり言った。

「おおかみがつかまえて行ったのだ。どうしてあれらを放してやったのだ」

そう、どうして――そう言われて、わたしは答えることばがなかった。

「行って探さがして来なければ」とわたしはしばらくして言った。

わたしは先に立って行こうとしたけれど、かれはわたしを引き止めた。

「どこへ探しに行くつもりだ」とかれはたずねた。

「わかりません、ほうぼうを」

「この暗がりでは、どこに行ったかわかるものではない。この雪の深い中で……」

それはほんとうであった。雪がわたしたちのひざの上まで積つもっていた。わたしたちの二本のたいまつをいっしょにしても、暗がりを照てらすことはできなかった。

「ふえをふいても答えないとすると、遠方へ行ってしまっているのだ」とかれは言った。

「わたしたちは、むやみに進むことはならない。おおかみはわれわれにまでかかって来るかもしれない。今度は自分を守ることができなくなる」

かわいそうな犬どもを、その運命うんめいのままに任まかせるということは、どんなに情なさけないことであったろう。

――われわれの二人の友だち、それもとりわけわたしにとっての友だちであった。それになにより困こまったことは、それがわたしの責任せきにんだということであった。わたしはねむりさえしなかったら、かれらも出て行きはしなかった。

親方は小屋に帰って行った。わたしはそのあとに続つづきながら、一足ごとにふり返っては、立ち止まって耳を立てた。

雪のほかにはなにも見えなかった。なんの声も聞こえなかった。

こうしてわたしたちが、小屋にはいると、もう一つびっくりすることがわたしたちを待っていた。火の中に投げこんでおいたえだは勢いきおいよく燃もえ上がって、小屋のすみずみの暗い所まで照てらしていた。けれどもジョリクールはどこへ行ったか見えなかった。かれの着ていた毛布もうふはたき火の前にぬぎ捨すててあった。けれどかれは小屋の中にはいなかった。親方もわたしも呼よんだ。けれどかれは出て来なかった。

親方の言うには、かれの目を覚さましたときには、さるはわきにいた。だからいなくなったのは、わたしたちが出て行ったあとにちがいなかった。燃もえているたいまつを雪の積つもった地の上にくっつけるようにして、その足あとを見つけ出そうとした。でもなんの手がかりもなかった。

どこかたばねたまきのかげにでもかくれているのではないかと思って、わたしたちはまた小屋へ帰って、しばらく探さがし回った。いく度もいく度も同じすみずみを探した。

わたしは親方の肩かたに上って、屋根に葺ふいてあるえだたばの中を探してみた。二度も三度も呼よんでみた。けれどもなんの返事もなかった。

親方はぷりぷりかんしゃくを起こしているようであった。わたしはがっかりしていた。

わたしは親方に、おおかみがかれまでも取って行ったのではないかとたずねた。

「いいや」とかれは言った。「おおかみは小屋の中までははいっては来なかっただろう。ゼルビノとドルスは外へ出たところをくわえられたかと思うが、この中までははいって来られまい。たぶんジョリクールはこわくなって、わたしたちの外に出ているあいだにどこへかかくれたにちがいない。それをわたしは心配するのだ。このひどい寒さでは、きっとかぜをひくであろう。寒さがあれにはなにより効きくのだから」

「じゃあどんどん探さがしてみましょうよ」

わたしたちはまたそこらを歩き回った。けれどまるでむだであった。

「夜の明けるまで待たなければならない」と親方が言った。

「どのくらいで明けるでしょう」

「二時間か三時間だろう」

親方は両手で頭をおさえてたき火の前にすわっていた。

わたしはそれをじゃまする勇気ゆうきがなかった、わたしはかれのわきにつっ立って、ただときどき火の中にえだをくべるだけであった。一、二度かれは立ち上がって戸口へ行って、空をながめてはじっと耳をかたむけたが、また帰って来てすわった。

わたしはかれがそんなふうにだまって悲しそうにしていられるよりも、かまわずわたしにおこりつけてくれればいいと思った。

三時間はのろのろ過すぎた。その長いといったら、とても夜がおしまいになる時がないのかと思われた。

でも星の光がいつか空からうすれかけていた。空がだんだん明るく、夜が明けかかっていた。けれども明け方に近づくに従したがって、寒さはいよいよひどくなった。戸口からはいって来る風が骨ほねまでこおるようであった。

これでジョリクールを見つけたとしても、かれは生きているだろうか。

見つけ出す希望きぼうがほんとにあるだろうか。

きょうもまた雪が降ふりださないともかぎらない。

でも雪はもう来なかった。そして空にばら色の光がさして、きょうの好天気こうてんきを予告よこくするようであった。

すっかり明るくなって、樹木じゅもくの形がはっきり見えるようになった。親方もわたしもがっかりして、棒ぼうをかかえて小屋を出た。

カピはもうゆうべのようにびくついてはいないようであった。目をしっかり親方にすえたまま、いつでも合図しだいでかけ出す仕度をしていた。

わたしたちが下を向いてジョリクールの足あとを探さがし回っていると、カピが首を上に上げてうれしそうにほえ始めた。かれはわたしたちに地べたではなく、上を見ろといって合図をしたのであった。

小屋のわきの大きなかしの木のまたで、わたしたちはなにか黒い小さなもののうごめく姿すがたを見つけた。

これがかわいそうなジョリクールであった。夜中に犬のほえる声におびえて、かれはわたしたちが出ているまに、小屋の屋根によじ上った。そしてそこから一本のかしの木のてっべんに登って、そこを安全な場所と思って、わたしたちの呼よぶ声にも答えず、じっとからだをかがめてすわっていたのであった。

かわいそうな弱い動物。かれはこごえてしまったにちがいない。

親方がかれを優やさしく呼よんだ。かれは動かなかった。わたしたちはかれがもう死んでいると思った。

数分間親方はかれを続つづけさまに呼んだ。けれどさるはもう生きているもののようではなかった。

わたしの心臓しんぞうは後悔こうかいで痛いたんだ。どれほどひどく罰ばっせられたことだろう。

わたしはつぐないをしなければならない。

「登ってつかまえて来ましょう」とわたしは言った。

「危あぶないよ」

「いいえ、だいじょうぶです。わけなくできますよ」

それはほんとうではなかった。それは危険きけんでむずかしい仕事であった。大きなこの木は氷と雪をかぶっているので、それはずいぶん困難こんなんな仕事であった。

わたしはごく小さかったじぶんから木登りをすることを習った。それでこの術じゅつには熟練じゅくれんしていた。わたしはとび上がって、いちばん下のえだにとびついた。そして木のえだをすけて雪が落ちて日の中にはいって来たが、でもどうやら木の幹みきをよじて、いちばんしっかりしたえだに手がかかった。ここまで登れば、あとは足をふみはずさないように気をつければよかった。

わたしは登りながら、優やさしくジョリクールに話しかけた。かれは動かないで、目だけ光らせてわたしを見ていた。

わたしはほとんど手の届とどく所へ来て、手をのばしてつかまえようとした。するとひょいとかれはほかのえだにとびついてしまった。

わたしはそのえだまでかれを追っかけたけれど、人間の情なさけなさ、子どもであっても、木登りはさるにはかなわなかった。

これでさるの足が雪でぬれていなかったら、とてもかれをつかまえることはできそうもなかった。かれは足のぬれることを好このまなかった。それでじきにわたしをからかうのがいやになって、えだからえだへととび下りて、まっすぐに主人の肩かたにとび下りた。そして上着の裏うらにかくれた。

ジョリクールを見つけるのはたいへんなことであったがそれだけではすまなかった。今度は犬を探さがさなければならなかった。

もうすっかり昼になっていた。わけなくゆうべの出来事のあとをたどることができた。雪の中でわたしたちは犬の死んだことがわかった。

わたしたちは十間けん(約十八メートル)ばかりかれらの足あとをつけることができた。かれらは続つづいて小屋からぬけ出した。ドルスが、ゼルビノのあとに続ぞくいた。

それからほかのけものの足あとが見えた。一方にはおおかみどもは犬にとびかかって、はげしく戦たたかったしるしが残のこっていた。こちらにはおおかみがえものをつかんでゆっくり食べて歩いて行った足あとが残っていた。もうそこには、そこここに赤い血が雪の上にこぼれているほかには、犬のあとはなにも残っていなかった。

かわいそうな二ひきの犬は、わたしのねむっているあいだに死にに行ったのであった。

でもわたしたちはできるだけ早く帰って、ジョリクールを温めてやらなければならなかった。わたしたちは小屋へ帰った。親方がさるの足と手を持って、赤んぼうをおさえるようにして、たき火にかざすと、わたしは毛布もうふを温めて、その中へ転ころがす仕度をした。けれども毛布ぐらいでは足りなかった。かれは湯たんぽと温かい飲み物を求もとめていた。

親方とわたしはたき火のそばにすわって、だまってまきの燃もえるのをながめた。

「かわいそうに、ゼルビノは。かわいそうに、ドルスは」

わたしたちは代わりばんこにこんなことばをつぶやいた。初はじめに親方が、つぎにはわたしが。

あの犬たちは、楽しいにつけ苦しいにつけ、わたしたちの友だちであり、道連みちづれであった。そしてわたしにとっては、わたしのさびしい身の上にとっては、このうえないなぐさめであった。

わたしがしっかり見張みはりをしなかったことは、どんなにくやしいことだったろう。おおかみはそうすれば小屋までせめては来なかったろうに。火の光におそれて遠方に小さくなっていたであろうに。

どうにかしていっそ親方がひどくわたしをしかってくれればよかった。かれがわたしを打ってくれればよかった。

けれどかれはなにも言わなかった。わたしの顔を見ることすらしなかった。かれは火の上に首をうなだれたまま、おそらく犬がなくなって、これからどうしようか考えているようであった。

ジョリクール氏し

夜明けまえの予告よこくはちがわなかった。

日がきらきらかがやきだした。その光線は白い雪の上に落ちて、まえの晩ばんあれほどさびしくどんよりしていた森が、きょうは目がくらむほどのまばゆさをもってかがやき始めた。

たびたび親方はかけ物の下に手をやって、ジョリクールにさわっていたが、このあわれな小ざるはいっこうに温まってこなかった。わたしがのぞきこんでみると、かれのがたがた身ぶるいをする音が聞こえた。

かれの血管けっかんの中の血がこおっていたのである。

「とにかく村へ行かなければならない。さもないとジョリクールは死ぬだろう。すぐたつことにしよう」

毛布もうふはよく温まっていた。それで小ざるはその中にくるまれて、親方のチョッキの下のすぐ胸むねに当たる所へ入れられた。わたしたちの仕度ができた。

小屋を出て行こうとして、親方はそこらを見回しながら言った。

「この小屋にはずいぶん高い宿代やどだいをはらった」

こう言ったかれの声はふるえた。

かれは先に立って行った。わたしはその足あとに続つづいた。わたしたちが二、三間げん(四~六メートル)行くと、カピを呼よんでやらなければならなかった。かわいそうな犬。かれは小屋の外に立ったまま、いつまでも鼻を、仲間なかまがおおかみにとられて行った場所に向けていた。

大通りへ出て十分間ほど行くと、とちゅうで馬車に会った。その御者ぎょしゃはもう一時間ぐらいで村に出られると言った。これで元気がついたが、歩くことは困難こんなんでもあり苦しかった。雪がわたしのこしまでついた。

たびたびわたしは親方にジョリクールのことをたずねた。そのたんびにかれは、小ざるはまだふるえていると言った。

やっとのことでわたしたちはきれいな村の白屋根を見た。わたしたちはいつも上等な宿屋やどやにとまったことはなかった。たいてい行っても追い出されそうもない、同勢どうぜい残のこらずとめてくれそうな木賃宿きちんやどを選んだ。

ところが今度は親方がきれいな看板かんばんのかかっている宿屋へはいった。ドアが開いていたので、わたしはきらきら光る赤銅あかのなべがかかって、そこから湯気のうまそうに上っている大きなかまどを見ることができた。ああ、そのスープが空腹くうふくな旅人にどんなにうまそうににおったことであろう。

親方は例れいのもっとも『紳士しんし』らしい態度たいどを用いて、ぼうしを頭にのせたまま、首を後ろにあお向けて、宿屋やどやの亭主ていしゅにいいねどこと暖あたたかい火を求もとめた。初はじめは宿屋の亭主もわたしたちに目をくれようともしなかった。けれども親方のもっともらしい様子がみごとにかれを圧迫あっぱくした。かれは女中に言いつけて、わたしたちを一間ひとまへ通すようにした。

「早くねどこにおはいり」と親方は女中が火をたいている最中さいちゅうわたし言った。わたしはびっくりしてかれの顔を見た。なぜねどこにはいるのだろう。わたしはねどこなんかにはいるよりも、すわってなにか食べたほうがよかった。

「さあ早く」

でも親方がくり返した。

服従ふくじゅうするよりほかにしかたがなかった。寝台ねだいの上には鳥の毛のふとんがあった。親方がそれをわたしのあごまで深くかけた。

「少しでも温まるようにするのだ」とかれは言った。「おまえが温まれば温まるほどいいのだ」

わたしの考えでは、ジョリクールこそわたしなんぞよりは早く温まらなければならない。わたしのほうは、いまではもうそんなに寒くはなかった。

わたしがまだ毛のふとんにくるまってあったまろうと骨ほねを折おっているとき、親方はジョリクールを丸まるくして、まるで蒸むし焼やきにして食べるかと思うほど火の上でくるくる回したので、女中はすっかりびっくりした。

「あったまったか」と親方はしばらくしてわたしにたずねた。

「むれそうです」

「それでいい」かれは急いで寝台ねだいのそばに来て、ジョリクールをねどこにつっこんで、わたしの胸むねにくっつけて、しっかりだいているようにと言った。かわいそうな小ざるは、いつもなら自分のきらいなことをされると反抗はんこうするくせに、もういまはなにもかもあきらめていた。かれは見向きもしないで、しっかりだかれていた。けれどもかれはもう冷つめたくはなかった。かれのからだは焼やけるようだった。

台所へ出かけて行った親方は、まもなくあまくしたぶどう酒を一ぱい持って帰って来た。かれはジョリクールに二さじ三さじ飲ませようと試こころみたけれど、小ざるは歯はを食いしばっていた。かれはぴかぴかする目でわたしたちを見ながら、もうこのうえ自分を責せめてくれるなとたのむような顔をしていた。それからかれはかけ物の下から片かたうでを出して、わたしたちのほうへさし延のべた。

わたしはかれの思っていることがわからなかった。それでふしぎそうに親方の顔を見ると、こう説明せつめいしてくれた。

わたしがまだ来なかったじぶん、ジョリクールは肺炎はいえんにかかったことがあった。それでかれのうでに針はりをさして出血させなければならなかった。今度病気になったのを知ってかれはまた刺絡しらく(血を出すこと)してもらって、先せんのようによくなりたいと思うのであった。

かわいそうな小ざる。親方はこれだけの所作しょさで深く感動した。そしてよけい心配になってきた。ジョリクールが病気だということはあきらかであった。しかもひじょうに悪くって、あれほど好すきな砂糖さとう入りのぶどう酒すらも受けつけようとはしないのであった。

「ルミ、ぶどう酒をお飲み。そしてとこにはいっておいで」と親方が言った。「わたしは医者を呼よんで来る」

わたしもやはり砂糖入りのぶどう酒が好きだということを白状はくじょうしなければならない。それにわたしはたいへん腹はらが減へっていた。それで二度と言いつけられるまも待たず、一息にぶどう酒を飲んでしまうと、また毛ぶとんの中にもぐりこんだ。からだの温かみに、酒まではいって、それこそほとんど息がつまりそうであった。

親方は遠くへは行かなかった。かれはまもなく帰って来た。金ぶちのめがねをかけた紳士しんし――お医者を連つれて来た。さるだと聞いては医者が来てくれないかと思って、ヴィタリスは病人がなんだということをはっきり言わなかった。それでわたしがとこの中にはいって、トマトのような赤い顔をしていると、医者はわたしの額が手を当てて、すぐ「充血じゅうけつだ」と言った。

かれはよほどむずかしい病人にでも向かったようなふうで首をふった。

うっかりしてまちがえられて、血でも取られてはたいへんだと思って、わたしはさけんだ。

「まあ、ぼくは病人ではありません」

「病人でない。どうして、この子はうわごとを言っている」

わたしは少し毛布もうふを上げて、ジョリクールを見せた。かれはその小さな手をわたしの首に巻まきつけていた。

「病人はこれです」とわたしは言った。

「さるか」とかれはさけんで、おこった顔をして親方に向かった。「きみはこんな日にさるをみせにわたしを連つれ出したか」

親方はなかなか容易よういなことでまごつくような、まのぬけた男ではなかった。ていねいにしかも例れいの大おおふうな様子で、医者を引き止めた。それからかれは事情じじょうを説明せつめいして、ふぶきの中に閉とじこめられたことや、おおかみにこわがってジョリクールがかしの木にとび上がったこと、そこで死ぬほどこごえたことを話した。

「病人はたかがさるにすぎないのですが、しかしなんという天才でありますか。われわれにとってどれほどだいじな友だちであり、仲間なかまでありますか。どうしてこれほどのふしぎな才能さいのうを持った動物をただの獣医じゅういやなどに任まかされるものではない。村の獣医というものはばかであって、その代わりどんな小さな村でも、医師といえば学者だということはだれだって知っている。医師の標札ひょうさつの出ているドアの呼よびりんをおせば、知識ちしきがあり慈愛じさい深い人にかならず会うことができる。さるは動物ではあるが、博物学者はくぶつがくしゃに従したがえば、かれらはひじょうに人類じんるいに近いので、病気などは人もさるも同じようにあつかわれると聞いている。のみならず学問上の立場から見ても、人とさるがどうちがうか、研究してみるのも興味きょうみのあることではないでしょうか」

こういうふうに説とかれて、医者は行きかけていた戸口からもどって来た。

ジョリクールはたぶんこのめがねをかけた人が医者だということをさとったとみえて、またうでをつき出した。

「ほらね」と親方がさけんだ。「あのとおり刺絡しらくしていただくつもりでいます」

これで医者の足が止まった。

「ひじょうにおもしろい。なかなかおもしろい実験じっけんだ」とかれはつぶやいた。

一とおり診察しんさつして、医者はかわいそうなジョリクールが今度もやはり肺炎はいえんにかかっていることを告つげた。医者はさるの手を取って、その血管けっかんに少しも苦しませずにランセット(針)をさしこんだ。ジョリクールはこれできっと治なおると思った。刺絡しらくをすませて、医者はいろいろと薬剤やくざいにそえて注意をあたえた。わたしはもちろんとこの中にはいってはいなかった。親方の言いつけに従したがって、看護婦かんごふを務つとめていた。

かわいそうなジョリクール。かれは自分を看護してくれるのでわたしを好すいていた。かれはわたしの顔を見てさびしく笑わらった。かれの顔つきはひじょうに優やさしかった。

いつもあれほど、せっかちで、かんしゃく持ちで、だれにもいたずらばかりしていたかれが、それはもうおとなしく従順じゅうじゅんであった。

その後毎日、かれはいかにわたしたちをなつかしがっているかを示しめそうと努つとめた。それはこれまでたびたびかれのいたずらの犠牲ぎせいであったカピに対してすらそうであった。

肺炎はいえんのふつうの経過けいかとして、かれはまもなくせきをし始めた、この発作ほっさのたびごとに小さなからだがはげくふるえるので、かれはひどくこれを苦しがった。

わたしの持っていたありったけの五スーで、わたしはかれに麦菓子むぎがしを買ってやった。けれどこれはよけいかれを悪くした。

かれのするどい本能ほんのうで、かれはまもなくせきをするたんびにわたしが麦菓子をくれることに気がついた。かれはそれをいいことにして、自分のたいへん好すきな薬をもらうために、しじゅうせきをした。それでこの薬はかれをよけい悪くした。

かれのこのくわだてをわたしが見破みやぶると、もちろん麦菓子むぎがしをやることをやめたが、かれは弱らなかった。まずかれは哀願あいがんするような目つきでそれを求もとめた。それでくれないと見ると、かれはとこの上にすわって両手を胸むねの上に当てたまま、からだをゆがめて、ありったけの力でせきをした。かれの額ひたいの青筋あおすじがにょきんととび出して、なみだが目から流れた。そしてのどのつまるまねをするのが、しまいには本物になって、もう自分でおさえることができないほどはげしくせきこんだ。

わたしはいつも親方が一人で出て行ったあと、ジョリクールといっしょに宿屋やどやに残のこっていた。ある朝かれが帰って来ると、宿やどの亭主ていしゅがとどこおっている宿料しゅくりょうを要求ようきゅうしたことを話した。かれがわたしに金の話をしたのはこれが初はじめてであった。かれがわたしの毛皮服を買うために時計を売ったということはほんのぐうぜんにわたしの聞き出したことであって、そのほかにはかれのふところ具合がどんなに苦しいか、ついぞ打ち明けてもらったことはなかったが、今度こそかれはもうわずか五十スーしかふところに残のこっていないことを話した。

こうなってただ一つ残のこった手だてとしては、今夜さっそく一興行こうぎょうやるほかにないとかれは考えていた。

ゼルビノもドルスもジョリクールもいない興行。まあ、そんなことができることだろうか、とわたしは思った。

それができてもできなくても、どう少なく見積みつもってもすぐ四十フランという金をこしらえなければならないとかれは言った。ジョリクールの病気は治なおしてやらなければならないし、部屋へやには火がなければならないし、薬も買わなければならないし、宿やどにもはらわなければならない。いったん借かりている物を返せば、あとはまた貸かしてもくれるだろう。

この村で四十フラン。この寒空といい、こんなあわれない一座いちざでなにができよう。

わたしが、ジョリクールといっしょに宿やどに待っているあいだに親方がさかり場で一けん見世物小屋を見つけた。なにしろ野天のてんで興行こうぎょうするなんということはこの寒さにできない相談そうだんであった。かれは広告こうこくのびらを書いて、ほうぼうにはり出したり、二、三枚まいの板でかれは舞台ぶたいをこしらえたりした。そして思い切って残のこりの五十スーでろうそくを買うと、それを半分に切って、明かりを二倍ばいに使うくふうをした。

わたしたちの部屋へやの窓まどから見ていると、かれは雪の中を行ったり来たりしていた。わたしはどんな番組をかれが作るか、心配であった。

わたしはすぐにこの問題を解とくことができた。というのは、そのとき村の広告屋こうこくやが赤いぼうしをかぶってやって来て、宿屋やどやの前に止まった。たいこをそうぞうしくたたいたあとで、かれはわれわれの番組を読み上げた。

その口上こうじょうを聞いていると、よくもきまりが悪くないと思われるほど親方は思い切って大げさなふいちょうをした。なんでも世界でもっとも高名な芸人げいにんが出る――それはカピのことであった――それから『希世きせいの天才なる少年歌うたい』が出る。その天才はわたしであった。

それはいいとして、この山勘口上やまかんこうじょうで第一におもしろいことは、この興行こうぎょうに決まった入場料にゅうじょうりょうのなかったことであった。われわれは見物の義侠心ぎきょうしんに信頼しんらいする。見物は残のこらず見て聞いてかっさいをしたあとで、いくらでもお志こころざししだいにはらえばいいというのである。

これがわたしにはとっぴょうしもなくだいたんなやり方に思われた。だれがわたしたちをかっさいする者があろう。カピはたしかに高名になってもいいだけのことはあったけれど、わたしが……わたしが天才だなどとは、どこをおせばそんな音ねが出るのだ。

たいこの音を聞くと、カピはほえた。ジョリクールはちょうどひじょうに悪かった最中さいちゅうであったが、やはり起き上がろうとした。たいこの音とカピのほえ声を聞くと、芝居しばいの始まる知らせであるということをさとったようであった。

わたしは無理むりにかれをねどこにおしもどさなければならなかった。するとかれは例れいのイギリスの大将たいしょうの軍服ぐんぷく――金筋きんすじのはいった赤い上着とズボン、それから羽根はねのついたぼうしをくれという合図をした。かれは両手を合わせてひざをついて、わたしにたのみ始めた。いくらたのんでも、なにもしてもらえないとみると、かれはおこって見せた。それからとうとうしまいにはなみだをこぼしていた。かれに向かって、今夜芝居しばいするなんという考えを捨すてなければならないことを納得なっとくさせるには、たいへんな手数のかかることがわかっていた。それよりもかくれて出て行くほうがいいとわたしは思った。

親方が帰って来ると、かれはわたしにハープをしょったり、いろいろ興行こうぎょうに入りようなものを用意するように言いつけた。それがなんの意味だということを知っているジョリクールは、今度は親方に向かって請求せいきゅうを始めた。かれは自分の希望きぼうを表すために苦しい声をしばり出したり、顔をしかめたり、からだを曲げたりするよりいいことはなかった。かれのほおにはほんとうになみだが流れていたし、親方の手におしつけたのは心からのキッスであった。

「おまえも芝居しばいがしたいのか」と親方はたずねた。

「そうですとも」とジョリクールのからだ全体がさけんでいるように思われた。かれは自分がもう病人でないことを示しめすために、とび上がろうとした。でもわたしたちは外へかれを連つれ出せば、いよいよかれを殺ころすほかはないことをよく知っていた。

わたしたちはもう出て行く時刻じこくになった。出かけるまえにわたしは長く持つようにいい火をこしらえて、ジョリクールを毛布もうふの中にすっかりくるんだ。かれはまたさけんで、できるだけの力でわたしをだきしめた。やっとわたしたちは出発した。

雪の中を歩いて行くと、親方はわたしに今夜はしっかりやってもらいたいということを話した。もちろん一座いちざの主おもな役者たちがいなくなっていては、いつものようにうまくいくはずはなかったが、カピとわたしとでおたがいにいっしょうけんめいにやれるだけはやらなければならなかった。なにしろ四十フラン集めなければならなかった。

四十フラン。おそろしいことであった。できない相談そうだんであった。

親方はいろいろなことを用意しておいたので、わたしたちがすべきいっさいのことはろうそくの火をつけることであった。けれどこれはむやみにつけてしまうこともできない。見物がいっぱいになるまではひかえなければならない。なにしろ芝居しばいのすむまでに明かりがおしまいになるかもしれないのであった。

わたしたちがいよいよ芝居小屋にはいったとき、広告屋こうこくやはたいこをたたいて、最後さいごにもう一度村の往来おうらいを一めぐりめぐり歩いていた。

カピとわたしの仕度ができてから、わたしは外へ出て、柱の後ろに立って見物の来るのを待っていた。

たいこの音はだんだん高くなった。もうそれはさかり場に近くなって、ぶつぶつ言う人の声も聞こえた。たいこのあとからは子どもがおおぜい調子を合わせてついて来た。たいこを打ちやめることなしに、広告屋こうこくやは芝居小屋しばいごやの入口にともっている二つの大きなかがり火のまん中に位置いちをしめた。こうなると見物はただ、中にはいって場席ばせきを取れば、芝居しばいは始められるのであった。

おやおや、いつまで見物の行列は手間を取ることであろう。それでも戸口のたいこはゆかいそうにどんどん鳴り続つづけていた。村じゅうの子どもは残のこらず集まっているにちがいなかった。けれど四十フランの金をくれるものは子どもではなかった、ふところの大きい、物おしみをしない紳士しんしが来てくれなければならなかった。

とうとう親方は始めることに決心した。でも小屋はとてもいっぱいになるどころではなかった。それでもわたしたちはろうそくというやっかいな問題があるので、このうえ長くは待てなかった。

わたしはまずまっ先に現あらわれて、ハープにつれて二つ三つ歌を歌わなければならなかった。正直に言えばわたしが受けたかっさいはごく貧弱ひんじゃくだった。わたしは自分を芸人げいにんだとはちっとも思ってはいなかったけれど、見物のひどい冷淡れいたんさがわたしをがっかりさせた。わたしがかれらをゆかいにしえなかったとすると、かれらはきっとふところを開けてはくれないであろう。わたしはわたしが歌った名誉めいよのためではなかった。それはあわれなジョリクールのためであった。ああ、わたしはどんなにこの見物を興奮こうふんさせ、かれらを有頂天うちょうてんにさせようと願ねがっていたことだろう……けれども見物席けんぶつせきはがらがらだったし、その少ない見物すら、わたしを『希世きせいの天才』だと思っていないことは、わかりすぎるほどわかっていた。

でもカピは評判ひょうばんがよかった。かれはいく度もアンコールを受けた。カピのおかげで興行こうぎょうが割われるようなかっさいで終わった。かれらは両手をたたいたばかりでなく、足拍子あしびょうしをふみ鳴らした。

いよいよ勝負の決まるときが来た。カピはぼうしを口にくわえて、見物の中をどうどうめぐりし始めた。そのあいだわたしは親方の伴奏ばんそうでイスパニア舞踏ぶとうをおどった。カピは四十フラン集めるであろうか。見物に向かってはありったけのにこやかな態度たいどを示しながら、この問題がしじゅうわたしの胸むねを打った。

わたしは息が切れていた。けれどカピが帰って来るまではやめないはずであったから、やはりおどり続つづけた。かれはあわてなかった。一枚まいの銀貨ぎんかももらえないとみると、前足を上げてその人のかくしをたたいた。

いよいよかれが帰って来そうにするのを見て、もうやめてもいいかと思ったけれど、親方はやはりもっとやれという目くばせをした。

わたしはおどり続つづけた。そして二足三足カピのそばへ行きかけて、ぼうしがいっぱいになっていないことを見た。どうしていっぱいになるどころではなかった。

親方はやはりみいりの少ないのを見ると、立ち上がって、見物に向かって頭を下げた。

「紳士しんしならびに貴女きじょがた。じまんではございませんが、本夕ほんせきはおかげさまをもちまして、番組どおりとどこおりなく演えんじ終わりましたとぞんじます。しかしまだろうそくの火も燃もえつきませんことゆえ、みなさまのお好このみに任まかせ、今度は一番てまえが歌を歌ってお聞きに入れようと思います。いずれ一座いちざのカピ丈じょうはもう一度おうかがいにつかわしますから、まだご祝儀しゅうぎをいただきませんかたからも、今度はたっぷりいただけますよう、まえもってご用意を願ねがいたてまつります」

親方はわたしの先生ではあったが、わたしはまだほんとうにかれの歌うのを開いたことはなかった。いや、少なくともその晩ばん歌ったように歌うのを開いたことがなかった。かれは二つの歌を選えらんだ。一つはジョセフの物語で、一つはリシャール獅子王ししおうの歌であった。

わたしはほんの子どもであったし、歌のじょうずへたを聞き分ける力がなかったが、親方の歌はみょうにわたしを動かした。かれの歌を聞いているうちに、目にはなみだがいっぱいあふれたので、舞台ぶたいのすみに引っこんでいた。

そのなみだの霧きりの中から、わたしは、前列のこしかけにすわっていた若わかいおくさんがいっしょうけんめい手をたたいているのを見た。わたしはまえから、この人が一人、今夜小屋に集まった百姓ひゃくしょうたちとちがっていることを見つけた。かの女は若わかい美しい貴婦人きふじんで、そのりっぱな毛皮の上着だけでもこの村一番の金持ちにちがいないとわたしは思った。かの女はいっしょに子どもを連つれていた。その子もむちゅうでカピにかっさいしていた。ひじょうによく似にているところを見れば、それはかの女のむすこであった。

初はじめの歌がすむと、カピはまたどうどうめぐりをした。ところがそのおくさんはぼうしの中になにも入れなかったのを見て、わたしはびっくりした。

親方が第二の曲をすませたとき、かの女は手招てまねきをしてわたしを呼よんだ。

「わたし、あなたの親方さんとお話ししたいんですがね」とかの女は言った。

わたしはびっくりした。(そんなことよりもなにかぼうしの中へ入れてくれればいい)とわたしは思った。カピはもどって来た。かれは二度目のどうどうめぐりでまえよりももっとわずか集めて来た。

「あの婦人ふじんがなにか用があると言うのか」と親方がたずねた。

「あなたにお話がしたいそうです」

「わたしはなにも話すことなんかない」

「あの人はなにもカピにくれませんでした。きっといまそれをくれようというんでしょう」

「じゃあ、カピをやってもらわせればいい。わたしのすることではない」

そうは言いながら、かれは行くことにして、犬を連つれて行った。わたしもかれらのあとに続つづいた。そのとき一人の僕ぼく(下男)が出て来て、ちょうちんと毛布もうふを持って来た。かれは婦人ふじんと子どものわきに立っていた。

親方は冷淡れいたんに婦人ふじんにあいさつをした。

「おじゃまをしてすみませんでした。けれどわたくし、お祝いわいを申し上げたいと思いました」

でも親方は一言ごんも言わずに、ただ頭を下げた。

「わたくしも音楽の道の者でございますので、あなたの技術ぎじゅつの天才にはまったく感動いたしました」

技術の天才。うちの親方が。大道の歌うたい、犬使いの見世物師みせものしが。わたしはあっけにとられた。

「わたしのような老おいぼれになんの技術ぎじゅつがありますものか」とかれは冷淡れいたんに答えた。

「うるさいやつとおぼしめすでしょうが」と婦人ふじんはまた始めた。

「なるほどあなたのようなまじめなかたの好奇心こうきしんを満足まんぞくさせてあげましたことはなによりです」とかれは言った。「犬使いにしては少し歌が歌えるというので、あなたはびっくりしておいでだけれど、わたしはむかしからこのとおりの人間ではありませんでした。これでも若わかいじぶんにはわたしは……いや、ある大音楽家の下男げなんでした。まあおうむのように、わたしは主人の口まねをして覚おぼえたのですね。それだけのことです」

婦人ふじんは答えなかった。かの女は親方の顔をまじまじと見た。かれもつぎほのないような顔をしていた。

「さようなら、あなた」とかの女は外国なまりで言って、「あなた」ということばに力を入れた。

「さようなら。それからもう一度今夜味わわせていただいた、このうえないゆかいに対してお礼を申し上げます」こう言ってカピのほうをのぞいて、ぼうしに金貨きんかを一枚まい落とした。

わたしは親方がかの女を戸口まで送って行くだろうと思ったけれど、かれはまるでそんなことはしなかった。そしてかの女がもう答えない所まで遠ざかると、わたしはかれがそっとイタリア語で、ぶつぶこごとを言っているのを聞いた。

「あの人はカピに一ルイくれましたよ」とわたしは言った。そのときかれは危あぶなくわたしにげんこを一つくれそうにしたけれど、上げた手をわきへ垂たらした。

「一ルイ」とかれはゆめからさめたように言った。「ああ、そうだ、かわいそうに、ジョリクールはどうしたろう。わたしは忘わすれていた。すぐ行ってやろう」

わたしはそうそうに切り上げて、宿やどへ帰った。

わたしはまっ先に宿屋やどやのはしごを上がって部屋へやへはいった。火は消えてはいなかったが、もうほのおは立たなかった。

わたしは手早くろうそくをつけた。ジョリクールの声がちっともしないので、わたしはびっくりした。

やがてかれが陸軍大将りくぐんたいしょうの軍服ぐんぷくを着て、手足をいっぱいにつっぱったまま、毛布もうふの上に横になっているのを見た。かれはねむっているように見えた。

わたしはからだをかがめて、優やさしくかれの手を取って引き起こそうとした。

その手はもう冷つめたかった。

親方がそのとき部屋にはいって来た。

わたしはかれのほうを見た。

「ジョリクールが冷つめたいんですよ」とわたしは言った。

親方はそばへ来て、やはりとこの上にのぞきこんだ。

「死んだのだ」とかれは言った。「こうなるはずであった。ルミや、おまえをミリガン夫人ふじんの所から無理むりに連つれて来たのは悪かった。わたしは罰ばっせられたのだ。ゼルビノ、ドルス、それから今度はジョリクール……だがこれだけではすむまいよ」

パリ入り

まだパリからはよほどはなれていた。

わたしたちは雪でうずまった道をどこまでも歩いて行かなければならなかった。朝から晩ばんまで北風に顔を打たれながら、とぼとぼ歩いて行かなければならなかった。

この長いさすらいの旅はどんなにつらかったろう。親方が先に立って歩く。続つづいてわたし、その後からカピがついて来た。こうして一列になって、わたしたちは何時間も、何時間も、ひと言も口をきかずに、寒さで血の気けのなくなった顔をして、ぬれた足と空っぽな胃いぶくろをかかえて歩き続つづけた。とちゅうで行き会う人はふり返って、わたしたちの姿すがたが見た。まさしくかれらはきみょうに思ったらしかった。このじいさんは、子どもと犬をどこへ連つれて行くのであろう。

沈黙ちんもくはわたしにとって、つらくもあり悲しくも思われた。わたしはしきりと話をしたかったけれど、やっと口を切ると、親方はぷっつり手短に答えて、顔をふり向けもしなかった。うれしいことにカピはもっと人づき(人づき合い)がよかった。それでわたしが足を引きずり引きずり歩いて行くと、ときどきかれのぬくい舌したが手にさわった。かれはあたかもお友だちのカピがここについていますよというように、優やさしくなめてくれた。そこでわたしもさすり返してやった。わたしたちはおたがいに心持ちをさとり合った。おたがいに愛あいし合っていた。

わたしにとっては、これがなによりのたよりであったし、カピもそれをせめてものなぐさめとしているらしかった。物に感ずる心は犬の心も子どもの心もさしてちがいがなかった。

こうしてわたしがカピをかわいがってやると、カピもそれになぐさめられて、いくらかずつ仲間なかまをなくした悲しみをまぎらしてゆくようであった。でも習慣しゅうかんの力はえらいもので、ときどき立ち止まっては、一座いちざの仲間なかまが後から来るのを待ちうけるふうであった。それはかれが以前いぜん一座の部長であったとき、座員を前にやり過すごして、いちいち点呼てんこする習慣しゅうかんがあったからである。けれどそれもほんの数秒時間のことで、すぐ思い出すと、もうだれも後から来るはずがないと思ったらしく、すごすご後から追い着いて来て、ドルスもゼルビノも来ませんが、それでやはりちがってはいないのですというように親方をながめるのであった。その目つきには感情かんじょうとちえがあふれていて、見ていると、こちらも引き入れられるように思うのであった。

こんなことは、ちっとも旅行をゆかいにするものではなかったが、わたしたちの気をまぎらす種たねにはなった。

行く先ざきの野面のづらはまっ白な雪でおおわれて、空には日の光も見えなかった。いつも青白い灰はい色の空であった。畑はたをうつ百姓ひゃくしょうのかげも見えなかった。馬のいななきも聞こえなければ、牛のうなりも聞こえなかった。ただ食に飢うえたからすが、こずえの上で虫を探さがしあぐねて悲しそうに鳴いていた。村で戸を開けているうちはなくって、どこもしんと静しずまり返っていた。なにしろ寒気がひどいので、人間は炉ろのすみにちぢかまっているか、牛小屋や物置ものおき小屋ごやでこそこそ仕事をしていた。

でこぼこな、やたらにすべる道をまっしぐらにわたしたちは進んで行った。

夜はうまややひつじ小屋で一きれのパン、晩飯ばんめしにはじつに少ない一きれのパンを食べてねむった。その一きれが昼飯と晩飯をかねていた。

ひつじ小屋に明かすことのできるのは、中での楽しい晩ばんであった。ちょうど雌めひつじが子どもに乳ちちを飲ませる時節じせつで、ひつじ飼かいのうちには、ひつじの乳をかってにしぼって飲むことを許ゆるしてくれる者もあった。でもわたしたちはひつじ飼いに向かっていきなり、腹はらが減へって死にそうだとも話しえなかったけれど、親方は例れいのうまい口調でそれとなしに、「この子どもはたいへんひつじの乳ちちが好すきなのですよ。それというのが赤子のじぶん飲みつけていたものですから、それでよけい子どものじぶんが思い出されるとみえます」というように言うのであった。この作り話の効きき目めがいつもあるわけではなかったが、たまにそれが当たるといい一晩ひとばんが過すごされた。そうだ、わたしはほんとにひつじの乳ちちを好すいていた。だからこれがもらえると、そのあくる日はずっと、元気になったように感じた。

パリに近づくにしたがって、いなか道がだんだん美しくなくなるのが、きみょうに思われた。もう雪も白くはないし、かがやいてもいなかった。わたしはどんなにかパリをふしぎな国のように言い聞かされていたことであろう。そしてなにかとっぴょうしもないことが始まると思っていた。それがなんであるか、はっきりとは知らなかった。わたしは黄金の木や、大理石の町や玉でかざったご殿てんがそこにもここにも建たっていても、ちっともおどろきはしなかったであろう。

われわれのようなびんぼう人がパリへ行って、いったいなにができるのであろう。わたしはしじゅうそれが気になりながら、それを親方に聞く勇気ゆうきがなかった。かれはずいぶんしずみきってふきげんらしかった。

けれどある日とうとうかれのほうからわたしのほうへ近づいて来た。そしてかれのわたしを見る目つきで、このごろしじゅう知りたいと思っていたことを知ることができそうだと感じた。

それはある大きな村から遠くない百姓家ひゃくしょうやにとまった朝のことであった。その村はブアシー・セン・レージェという名であることは、往来おうらいの標柱ひょうちゅうでわかった。

さてわたしたちは日の出ごろ宿やどをたって、別荘べっそうのへいに沿そって、そのブアシー・セン・レージェの村を通りぬけて、とある坂の上にさしかかった。その坂のてっぺんから見下ろすと、目の前には果はてしもなく大きな町が開けて、いちめんもうもうと立ち上がった黒けむりの中に、所どころ建物たてもののかげが見えた。

わたしはいっしょうけんめい目を見張みはって、けむりやかすみの中にぼやけている屋根や鐘楼しょうろうや塔とうなどのごたごたした正体を見きわめようと努つとめていたとき、ちょうど親方がやって来た。ゆるゆると歩いて来ながら、いままでの話のあとを続つづけるというふうで、

「これからわたしたちの身の上も変かわってくるよ。もう四時間もすればパリだから」と言った。

「へえ、ではあすこに遠く見えるのが、パリなんですか」とわたしは問うた。

「うん」

親方がそう言って指さしをしたとき、ちょうど日がかっとさして、ちらりと金色こんじきにかがやく光が目にはいったように思った。

まったくそのとおりであった。やがて黄金の木を見つけるであろう。

「わたしたちはパリへ行ったら別わかれようと思う」とかれはとつぜん言った。

すぐに空はまた暗くらくなった。黄金の木は見えなくなった。わたしは親方に目を向けた。かれもまたわたしを見た。わたしの青ざめた顔色とふるえるくちびるとは、わたしの心の中のあらしをはっきりと現あらわしていた。

「おまえ、心配しているとみえるね。悲しいか。わたしにはわかっているよ」

「別わかれるんですって」わたしはやっとつぶやいた。

「ああそうだよ。別れなければね」

こう言ったかれの調子がわたしの目になみだをさそった。もう久ひさしくわたしはこんな優やさしいことばを聞かなかった。

「ああ、あなたはじつにいい人です」とわたしはさけんだ。

「いや、いい子はおまえだよ。じつに親切ないい子だ。人間は一生にしみじみ人の親切を感ずるときがあるものだ。何事もよくいっているときには、だれが自分といっしょにいるか、ろくろく考えることなしに世の中を通って行く。けれど物事がちょいちょいうまくいかなくなり、悪いはめには落ちてくるし、とりわけ人間が年を取ってくると、だれかにたよりたくなるものだ。わたしがおまえにたよると聞いたら、びっくりするかもしれないが、でもそれはまったくだよ。ただおまえがわたしのことばを聞き、わたしをなぐさめてくれて、なみだを流してくれると、わたしはたまらないほどうれしい。わたしも不幸ふしあわせな人間であったよ」

わたしはなんと言っていいかわからなかった。わたしはただかれの手をさすった。

「しかも不幸ふこうなことには、わたしたちはおたがいのあいだがだんだん近づいてこようというじぶんになって、別わかれなければならないのだ」

「でもあなたはわたしをたった一人パリへ捨すてて行くのではないでしょう」とわたしはこわごわたずねた。

「いいや、けっしてそんなことはない。おまえはこの大きな町で自分一人なにができよう。わたしはおまえを捨てる権利けんりがないのだ。それは覚おぼえておいで。わたしはあの優やさしいおくさんが、おまえを引き取って自分の子にして育てようというのを、聞かなかった。あの日からわたしはおまえのためにできるだけつくしてやる義務ぎむができたのだ。だがわたしはいまの場合、なにもしてやることができない。それでわたしは別わかれるのがいちばんいいと考えたわけだ。それもほんのしばらくのあいだだ。わたしたちはこの時候じこうの悪い二、三か月だけも別わかれているほうがいいのだ。カピのほかみんないなくなってしまった一座いちざでは、パリにいてもなにができよう」

かれの名が出ると、かわいいカピはわたしたちのそばへやって来た。かれは前足を右の耳の所へ上げて、軍隊ぐんたい風の敬礼けいれいをして、それを胸むねに置おいて、あたかもわたしたちはかれの誠実せいじつに信頼しんらいすることができるというようであった。親方は犬の頭に優やさしく手を当てそれをおさえた。

「そうだよ。おまえは善良ぜんりょうな忠実ちゅうじつな友だちだ。けれど情なさけないことにはほかのものがいないでは、もうたいしたことはできないのだ」

「でもわたしのハープは……」

「わたしもおまえのような子どもが二人あれば、うまくゆくのだ。けれど老人ろうじんがたった一人、男の子を連つれたのでは、ろくなことはない。わたしはまだ老おいくちたというのでもない。まあいっそめくらになるか、足の骨ほねでも折おれてくれればいいのだ。だがまだわたしは人びとの足を止めさせ、目をつけさせるほど情なさけないありさまにもなってはいない。それにお上かみの救助きゅうじょを受けるようなはずかしいことはできない。そこでわたしはおまえを冬の終わりまで、ある親方の所へやろうと心を決めた。親方はおまえをほかの子どもたちの仲間なかまに入れてくれるだろう。そこでおまえはハープをひけばいいのだ」

「そうしてあなたは」とわたしはたずねた。

「わたしはパリでは顔を知られている。たびたびこちらへは来ていたことがある。このまえおまえの村へ行ったときも、パリから行ったのだ。大道でハープやヴァイオリンをひくイタリアの子どもらにけいこをしてやる。わたしはただ広告こうこくをさえすれば欲ほしいだけの弟子でしは集まるのだ。そこでそのあいだにゼルビノとドルスの代わりになる犬を二ひきしこもうと思う。それから春になってルミ、またいっしょに出かけようよ。まあ当分は勇気ゆうきと忍耐にんたいが必要ひつようだ。わたしたちはこれまでちょうどつごうの悪い、間あいの時節じせつばかり通って来た。春になればだんだん境遇きょうぐうも楽になる。そこでわたしはおまえを連つれて、ドイツとイギリスを回るつもりだ。そのうちおまえも大きくなるし、考えも進んでくる。わたしはおまえにたくさんのことを教えて、りっぱな人間にしてやる。わたしはそれをミリガン夫人ふじんとやくそくした。おまえにイギリス語を教えだしたのもそのわけだ。おまえはフランス語とイタリア語を話すことができる。これはおまえの年ごろの子どもとしてはえらいことだ。おまえはからだもじょうぶだし、どうしてこの先、運の開ける望のぞみはじゅうぶんある」

たぶん親方がこう言ってわたしのために計画してくれたことは、みんないちばんいいことにちがいなかった。けれどそのときにはわたしはただ二つのことだけしか考えられなかった。

わたしたちは別わかれなければならない。そしてわたしはよその親方の所へ行かなければならない。

流浪るろうのあいだにわたしはいくたりかの親方に会ったが、いつもほうぼうからやとい入れて使っている子どもたちをひどく打ったりたたいたりする者が多かった。かれらはひじょうに残酷ざんこくであった。ひどく口ぎたなかったり、いつも酔よっぱらっていた。わたしはそういうおそろしい人間の一人に使われなければならないのであろうか。

それでもし運よく親切な親方に当たるとしても、これはまた一つの変化へんかであった。初はじめが養母ようぼ、それから親方、それからまた一人――それはいつでもこうなのであろうか。わたしはいつまでもその人を愛あいして、その人といっしょにいることのできる相手あいてを見つけることができないのであろうか。

だんだんわたしは親方に引きつけられるようになっていた。かれはほとんど父親というものはこんなものかとわたしに思わせた。

でもわたしはほんとうの父親を持つことがないのだ。うちを持つことがないのだ。この広い世界に、いつも独ひとりぼっちなのだ。だれの子でもないのだ。

わたしにも言うことはあった。だが親方は「勇気ゆうきを持て」とわたしに求もとめた。わたしはこのうえかれに苦労くろうを加くわえることを望のぞまなかった。けれどつらいことであった。かれと別わかれるのはまったくつらいことであった。

かれも重ねてわたしに泣なきつかれるのがうるさいと思ったように、かまわずどんどん歩きだした。わたしは引きずられるようにして後に続つづいた。

わたしはその後について行くと、まもなく橋をわたって川をこした。その橋はこのうえなくきたなくって、どろが深く積つもっていた。その上を黒い石炭くずのような雪がかぶさって、そこにふみこむとくるぶしまでずぶりとはいった。

橋のたもとからは、村続つづきでせまい宿場しゅくばがあった。村がつきると、また野原になって、野原にはこぎたない家が散ちらばっていた。往来おうらいには荷車がしじゅう行ったり来たりしていた。わたしは、親方の右手に寄よりそって歩いた。カピは後からついて来た。

いよいよ野原がおしまいになって、わたしたちは果はてしのない長い町の中にはいった。両側りょうがわには見わたすかぎり家が建たてこんでいた。それもボルドーや、ツールーズや、リヨンなどに比くらべては、ずっとびんぼうらしいあわれな小家こいえばかりであった。

雪がほうぼうにうず高く積つみ上げられていて、黒く固かたまったかたまりの上に、灰はいやくさった野菜やさいや、いろいろのきたない廃物はいぶつが投げ捨すてられてあった。空気はいやなにおいにむせるようであった。その中を荷車がごろごろ通って行くが、人びとはそれをうまくかわしかわし歩いていた。

「ここはどこです」とわたしは言った。

「パリだよ」

どこに大理石のうちがあるか。それから黄金の木が。そしてりっぱに着かざった人たちが。これが見たい見たいとあこがれていたパリであったか。わたしはこんな場所で、親方に別わかれて……カピに別れて、この冬じゅうくらさなければならなかったのか。

ルールシーヌ街まちの親方

いま、わたしのぐるりを取とり巻まいているものは、気味の悪いものばかりであったが、わたしはいっしょうけんめい好奇こうきのの目を見張みはって新しい周囲しゅういを見回した。そのためにいまの身の上にさしせまっただいじのことは忘わすれるくらいであった。

パリの町の中に深くはいればはいるほど、見るものごとにわたしの幼おさない夢想むそうとだんだんへだたるようになった。こおりついたみぞからは、なんともいえないくさいいきれが立っていた。雪と氷がいっしょにとけて固かたまったいうす黒いどろが、荷車の輪わにはねとばされて、そこらの小店のガラス戸に厚板あついたのようにへばりついていた。確たしかにパリはボルドーにもおよばなかった。

これまで通って来た町に比くらべては、だいぶんりっぱな広い町で、いくらかきれいな店もならんだ通りを長いこと歩いて、親方はついと右へ曲がると、急にみすぼらしい町に出た。高い黒い家のならんだまん中に、例れいのいやなにおいのするどぶがあった。たくさんある居酒屋いざかやの店先で、おおぜいの男女ががやがや言いながら、お酒を飲んでいた。

町の角には、ルールシーヌ街まちと書いた札ふだが打ってあった。

親方は案内あんないを知っているらしくせまい通りにこみ合う往来おうらいの人の群むれを分けて進んだ。わたしはそのそばに寄よりそって歩いた。

「おい、気をつけて、わたしの姿すたがを見失みうしなわないように」と親方が注意した。けれどかれの注意は必要ひつようがなかった。なぜといって、わたしはかれの後にくっついて歩いたうえ、おまけにかれの上着のすそをしっかりとおさえていたのであった。

わたしたちは大きな路地をつっ切って、もう一日じゅう日の光がけっしてもれたことのないような、きたならしい、じめじめした一けんの家にはいった。それはこれまでわたしの見たかぎりのいちばんひどい家であった。

「ガロフォリさんはいるかね」と親方が、ランプの光で、ぼろをドアにぶら下げていた男にたずねた。

「知らねえや。上がって見て来い」とその男はうなった。「はしごだんのいちはんてっぺんだ。それおまえの鼻っ先に見えてるじゃないか」

「ガロフォリというのは、ルミ、おまえに話した親方だよ。ここが住まいだ」階段かいだんを上がりながら親方はこう言った。その階段かいだんは厚あついどろがこちこちに積つもって、ややもするとすべって足を取られそうになった。街まちといい、家といい、はしご段だんといい、いよいよわたしを安心させる性質せいしつのものではなかった。いったい今度の親方というのはどんな男であろう。

四階のてっぺんに上がって、ドアをたたくことなしに親方はすぐ前のドアをおし開けて、穀物倉こくもつぐらのような大きな屋根裏やねうらの部屋へやにはいった。部屋のまん中はがらんとしていて、四方のかべにぐるりと寝台ねだいみんなで十二ならべてあった。一度は白かったことのあるかべと天井が、いまではけむりとすすとちりでよごれきって、なんとも知れない色をしていた。かべの上にはすみで人間の首だの、花や鳥だのが落書きしてあった。

「ガロフォリさん、いるのかい」と親方がたずねた。「あんまり暗くってだれも見えない。ヴィタリスだよ」

かべにかけたうす暗いランプの明かりですかすと、部屋へやにはだれもいないらしかった。すると弱いのろのろした声が、親方のことばに答えた。

「ガロフォリさんは出かけましたよ。二時間ほどしなければ帰りませんよ」

こう言いながら十三ばかりの子どもが出て来た。わたしはその子のきみょうな様子におどろいた。いまでもそのとき見たとおりを目にうかべることができる。いわば胴体どうたいがなくって、足からすぐ首が生えているように見えた。その大きな頭は、まるでつり合いもなにもとれていなかった。そんなふうなからだつきでけっしてりっぱとは言えなかったが、その顔にはしかしきみょうに人をひきつけるものがあった。悲しみと優やさしみの表情ひょうじょう、そしてそれから……たよりなげな表情であった。かれの大きな目は同情どうじょうをふくんで、相手あいての目をひきつけずにはおかないのであった。

「確たしかに二時間すれば帰って来るのかね」と親方がたずねた。

「確かですよ。もう昼飯ひるめしの時間ですからね。ここで食べるのはガロフォリさんばかりですから」

「そうかい。もしそのまえに帰って来たら、ヴィタリスという人が来て、二時間たつとまた来ると言って帰ったと言ってください」

「かしこまりました」

わたしも親方について行こうとすると、かれはわたしを止めた。

「おまえはここにおいで」とかれは言った。「少し休んでいるがいい」

「…………」

「おお、わたしは帰って来るよ」とかれはわたしの心配そうな顔つきを見て安心させるようにまた言った。わたしは例れいの服従ふくじゅうの習慣しゅうかんから、それをいやとは言えなかった。

「きみはイタリア人かい」

親方の重い足音がもうはしご段だんの上に聞こえなくなったときに、イタリア語で子どもがたずねた。親方といっしょにいるあいだにわたしはイタリア語がぽつぽつわかっていたが、まだ自由には使えなかった。

「いいえ」と、わたしはフランス語で答えた。

「おやおや、つまらないなあ。きみがイタリアだといいんだがなあ」とかれは大きな目で見ながら、ほんとにつまらなそうに言った。

「きみはどこ」

「リュッカだよ。きみもそうだと、いろいろ聞きたいと思ったのだ」

「ぼくはフランス人です」

「そう、それはいいね」

「おや、きみはイタリア人よりも、フランス人のほうが好すきなの」

「おお、そうじゃない。ぼくがそれはいいねと言ったのは、きみのことを考えて言ったのだ。だってきみがイタリア人だったら、きっとガロフォリ親方に使われにここへやって来たのだろうから、そうすると気のどくだと思ってね」

「じゃあ、あの人悪い人なんですか」

子どもは答えなかった。けれどわたしにあたえた目つきはことばよりも多くを語った。かれはこの話を続つづけるのを好このまないように炉ろのほうへ行った。炉のたなの上に大きななべがあった。わたしは火に当たろうと思ってそばへ寄よると、このなべがなんだか変かわった形をしているのに気がついた。なべのふたにはまっすぐな管くだがつき出して、蒸気じょうきがぬけるようになっていた。そのふたはちょうつがいになっていて、一方には錠じょうがかかっていた。

「なぜ錠ががかっているの」と、わたしはふしぎそうにたずねた。

「ぼくがスープを飲まないようにさ。ぼくはなべの番を言いつかっているけれど、親方はぼくを信用しんようしないのだ」

わたしはほほえまずにはいられなかった。

するとかれは悲しそうに言った。

「きみは笑わらうね。ぼくが食いしんぼだと思うからだろう。でもきっときみがぼくの境遇きょうぐうだったら、ぼくと同じことをしたかもしれないよ。ぼくはぶたではないけれど、腹はらが減へっている。だからなべの口からスープのにおいがたてば、ますます腹が減ってくるのだ」

「ガロフォリさんはきみにじゅうぶん食べるものをくれないの」

「ああ、それが罰ばつなんだ…」

「まあ……」

「そうだ。それにこれだけのことは話してもいい」と少年は続つづけた。「きみももしあの人を親方に持つんだったら、心得こころえになることだからね。ぼくの名前はマチアと言うよ。ガロフォリはぼくのおじさんだ。ぼくの母さんはいるが、六人の子どもをかかえているし、たいへんびんぼうでくらしがたたないでいる。ガロフォリが去年来たとき、ぼくをいっしょに連つれて帰ったのさ。いったいぼくよりはつぎの弟のレオナルドを連れて行きたかったのだ。レオナルドはぼくとちがって器量きりょうがいいのだからね。お金をもうけるには不器量ぶきりょうではだめだよ。ぶたれるか、ひどく悪口を言われるだけだ。でもぼくの母さんはレオナルドが好すきで手ばなさないから、やはりぼくが来ることになったのだ。ああ、うちをはなれて、親兄弟や、小ちゃな妹に別わかれるのはどんなにつらかったろう。

ガロフォリ親方はこのうちへ子どもをたくさん置おいてあって、中にはえんとつそうじもあれば、紙くず拾いもある。働はたらくだけの力のない者は町で歌を歌ったりこじきをしている。ガロフォリはぼくに二ひき小さな白いはつかねずみをくれて、それを往来おうらいで見世物に出させて、毎晩まいばん三十スー持って帰って来なければならないと言いわたした。三十スーに一スーでも不足ふそくがあれば、不足だけむちでぶたれるのだ。きみ、三十スーもうけるにはずいぶん骨ほねが折おれる。けれどぶたれるのはもっとつらい。とりわけガロフォリが自分で手を下ろすときはよけい痛いたいのだ。それでぼくは金を取るためいろんなことをしてみるが、よく不足なことがあった。たいていほかの子どもたちが夜帰って来て、決められた金を持って来たとき、ぼくは自分の分に足りないとガロフォリは気ちがいのようにおこった。もう一人仲間なかまにやはりはつかねずみの見世物を出す子どもがある。このほうは四十スーと決められているのだが、毎晩まいばんきっとそれだけの金を持って帰る。そんなときぼくはその子がどんなふうにして金をもうけるか見たいと思って、いっしょについて行った……」

かれはことばを切った。

「それで」とわたしはたずねた。

「おお、見物のおくさんたちは決まってこう言うのだ。きれいな子のほうへおやりよ。みっともない子どものほうでなく、と。そのみっともない子どもというのはむろんぼくだった。そこでぼくはもうその子とは行かないことにした。ぶたれるのは痛いたいけれど、そんなことをしかもおおぜいの人の前で言われるのはもっとつらい。きみはだれからも、おまえはみにくいと言われたことがないから知るまい。だがぼくは……さてとうとうガロフォリは、ぶってもたたいてもぼくには効きき目めがないのをみて、ほかのしかたを考えた。それは毎晩まいばんぼくの晩飯ばんめしのいもを減へらすのだ。きさまの皮はいくらひっぱたいても平気で固かたいが、胃いぶくろはひもじいだろうと言った。それはつらいが、でもぼくのねずみの見世物を見ている往来おうらいの人に向かって、どうか一スーください、くださらないと、今夜はおいもが食べられませんとは言われない。人はそんなことを言ったって、なにもくれるものではないよ」

「じゃあ、どうするとくれるの」

「それはきみ、だれだって自分の心を満足まんぞくさせるためにくれるのだ。なんでもなく人に物をくれるものではないよ。その子どもがかわいらしくって、きれいであるか、あるいはその人たちの亡なくした子どものことを思い出させるとかいうならくれる。子どもはおなかがすいているからかわいそうだと思って、くれる者はない。ああ、こんなことで長いあいだにぼくは世の中の人の心持ちがわかってきた。ねえ、きょうは寒いじゃないか」

「ああ、ひどい寒さだね」

「ぼくはこじきをしてから、だんだん太れないで青くなった」と少年は続つづいて言った。「ぼくはずいぶん青い顔をしている。それでぼくはたびたび人が、あのびんぼう人の子どもはいまに飢うえて死ぬだろうと言っているのを聞いた。だが苦しそうな顔つきは、楽しそうな顔つきではできないことをしてくれる。その代わりひじょうにひもじい目をこらえなければならない。とにかくおかげでだんだんぼくを気のどくがる人が近所にできた。みんな、ぼくのもらいの少ないときにはパンやスープをめぐんでくれる。これはぼくのいちばんうれしいときで、ガロフォリにぶたれもしないし、晩飯ばんめしにいもがもらえなくっても、どこかでなにか昼飯ひるめしにもらって食べて来るから苦しいこともなかった。けれどある日ガロフォリが、ぼくが水菓子屋みずがしやにもらった一さらのスープを飲んでいるところを見つけると、なぜぼくがうちで晩飯ばんめしをもらわずに平気で出て行くか、そのわけを初はじめて知った。それからはぼくにうちで留守番るすばんさせて、このスープの見張みはりを言いつけた。毎朝出て行くまえに肉と野菜やさいをなべに入れて、ふたに錠じょうをかってしまう。そしてぼくのすることはそのにえたつのを見るだけだ。ぼくはスープのにおいをかいでいる。だがそれだけだ。スープのにおいでは腹はらは張はらない。どうしてよけい空腹くうふくになる。ぼくはずいぶん青いかい。ぼくはもう外へ出ないから、みんながそう言うのを聞かないし、ここには鏡かがみもないのだからわからない」

「きみはほかの人よりかよけい青いとは思えないよ」とわたしは言った。

「ああ、きみはぼくを心配させまいと思ってそう言うのだ。けれどぼくはもっともっと青くなって、早く病気になるほうがうれしいのだ。ぼくはひじょうに悪くなりたいのだ」

わたしはあきれて、かれの顔をながめた。

「きみはわからないのだ」とかれはあわれむような微笑びしょうをふくんで言った。「ひどく加減かげんが悪くなればみんなが世話をしてくれる。さもなければ死なせてくれる。ぼくを死なせてくれればなにもかもおしまいだ。もう腹はらを減へらすこともないし、ぶたれることもないだろう。それにぼくたちは死ねば天にのぼって神様といっしょに住むことになるのだ。そうだ、そうなればぼくは天にのぼって、上から母さんや、クリスチーナを見下ろすことができる。神様にたのんで妹を不幸ふしあわせにしないようにしてもらうこともできる。だからぼくは病院へやられればうれしいと思うよ」

病院――というとわたしはむやみにおそろしい所だと思いこんでいた。わたしはいなか道を旅をして来たあいだ、どんなに気分が悪く思うときでも、病院へやられるかもしれないと思い出すといつでも力が出て、無理むりにも歩いたものだった。マチアのこういうことばにわたしはおどろかずにはいられなかった。

「ぼくはいまではずいぶんからだの具合が悪くなっている。だがまだガロフォリのじゃまになるほど悪くはなっていない」と、かれは弱い、ひきずるような声で話を続つづけた。「でもぼくはだんだん弱くなってきたよ。ありがたいことにガロフォリはまるっきりぶつことをやめずにいる。八日まえにもぼくの頭をうんとひどくぶった。おかげでこのとおりはれ上がった。見たまえ、この大きなこぶを。あいつはきのうぼくに、これはできものだと言った。そう言ったあの人の様子はなんだかまじめだった。おそろしく痛いたむのだ。夜になるとひどく目がくらんでまくらに頭をつけるとぼくはうなったり泣ないたりする。それがほかの子どものじゃまになるのをガロフォリはひどくきらっている。だから二日か三日のうちにいよいよあの人もぼくを病院へやることに決めるだろうと思う。ぼくは先せんに慈恵病院じけいびょういんにいたことがある。お医者さんはかくしに安いお菓子かしをいつも入れているし、看護婦かんごふの尼あまさんたちがそれは優やさしく話をしてくれるよ。こう言うんだ。ぼうや、舌したをお出しとか、いい子だからねとかなんでもなにかしたいたんびに、『ああ、おしよ』と言ってくれる。それがうちにいる母さんと同じ調子なんだ。ぼくはどうも今度は病院へ行くほど悪くなっていると思う」

かれはそばへ寄よって来て、大きな目でじっとわたしを見た。わたしはかれの前に真実しんじつをかくす理由はなかったが、しかしかれの大きなぎょろぎょろした目や、くぼんだほおや、血の気けのないくちびるがどんなにおそろしく見えるかということを、かれに語ることを好このまなかった。

「きみは病院へ行かなければならない。ずいぶん悪いと思うよ」

「いよいよかね」

かれは足を引きずりながらのろのろ食卓しょくたくのほうへ行って、それをふき始めた。

「ガロフォリがまもなく帰って来る」とかれは言った。「ぼくたちはもう話をしてはいけない。もうこれだけぶたれているのだ。このうえよけいなぐられるのは損そんだからね。なにしろこのごろいただくげんこは先せんよりもずっと効きくからね。人間はなんでも慣なれっこになるなんて言うが、それはお人よしの言うことだよ」

びっこひきひきかれは食卓しょくたくの回りを回って、さらやさじならべた。勘定かんじょうすると二十枚まいさらがあった。そうするとガロフォリは二十人の子どもを使っているのだ。でも寝台ねだいは十二しか見えなかったから、かれらのある者は一つの寝台に二人ねむるのだ。それにとにかくなんという寝台であろう。なんというかけ物であろう。かけ物の毛布もうふはうまやから、もう古くなって馬が着ても暖あたたかくなくなったようなしろものを、持って来たにちがいない。

「どこでもこんなものかしら」と、わたしはあきれてたずねた。

「なにがさ」

「子どもを置おく所は、どこでもこんなかしら」

「そりゃ知らないがね、きみはここへは来ないほうがいいよ」と、少年は言った。「どこかほかへ行くようにしたまえ」

「どこへ」

「ぼくは知らない。どこでもかまわない。ここよりはいいからねえ」

どこへといって、どこへわたしは行こう。――ぼんやり当てもなしに考えこんでいると、ドアがあいて、一人の子どもが部屋へやの中にはいって来た。かれは小わきにヴァイオリンをかかえて、手に大きな古材木ふるざいもくを持っていた。わたしはガロフォリの炉ろにたかれている古材木の出所と値段ねだんもわかったように思った。

「その木をくれよ」とマチアは子どものほうへ寄よって行った。けれど子どもは材木を後ろにかくした。

「ううん」とかれは言った。

「まきにするんだからおくれよ。するとスープがおいしくにえるから」

「きみはぼくがこれをスープをにるために持って来たと思うか。ぼくはきょうたった三十六スーしかもらえなかった。だからこの材木ざいもくをぶたれないおまじないにするのだ。これで四スーの不足ふそくの代わりになるだろう」

「やっぱりやられるよ。なんの足しになるものか。順じゅんぐりにやられるんだ」

マチアはそう機械的きかいてきに言って、あたかもこの子どもも罰ばっせられると思うのがかれに満足まんぞくをあたえるもののようであった。わたしはかれの優やさしい悲しそうな目のうちに、険けわしい目つきの表れたのを見ておどろいた。だれでも悪い人間といっしょにいると、いつかそれに似にてくるということは、わたしがのちに知ったことであった。

一人一人子どもたちは帰って来た。てんでんにはいって来ると、ヴァイオリン、ハープ、ふえなど自分の楽器を寝台ねだいの上のくぎにかけた。音楽師おんがくしでなく、ただ慣ならしたけものの見世物をやる者は、小ねずみやぶたねずみをかごの中に入れた。

それから重い足音がはしご段だんにひびいて、ねずみ色の外とうを着た小男がはいって来た。これがガロフォリであった。

はいって来るしゅんかん、かれはわたしに目をすえて、それはいやな目つきでにらめた。わたしはぞっとした。

「この子どもはなんだ」と、かれは言った。

マチアはさっそくていねいにヴィタリス親方の口上こうじょうをかれに伝つたえた。

「ああ、じゃあヴィタリスが来たのか」とかれが言った。「なんの用だろう」

「わたしはぞんじません」とマチアが答えた。

「おれはきさまに言っているのではない。この子どもに話しているのだ」

「親方がいずれもどって来て、用事を自分で申し上げるでしょう」と、わたしは答えた。

「ははあ、このこぞうはことばの値打ねうちを知っている。要いらぬことは言わぬ。おまえはイタリア人ではないな」

「ええ、わたしはフランス人です」

ガロフォリが部屋へやにはいって来たしゅんかん、二人の子どもがてんでんにかれの両わきに席せきをしめた。そしてかれのことばの終わるのを待っていた。やがて一人がそのフェルト帽ぼうをとって、ていねいに寝台ねだいの上に置おくと、もう一人はいすを持ち出して来た。かれらはこれを同じようなもったいらしさと、行儀ぎょうぎよさをもって、寺小姓てらこしょうが和尚おしょうさんにかしずくようにしていた。ガロフォリがこしをかけると、もう一人の子どもがたばこをつめたパイプを持って来た。すると第四の子どもがマッチに火をつけてさし出した。

「いおうくさいやい。がきめ」とかれはさけんで、マッチを炉ろの中に投げこんだ。

この罪人ざいにんはあわてて過失かしつをつぐなうために、もう一本のマッチをともして、しばらく燃もやしてから主人にそれをささげた。けれどもガロフォリはそれを受け取ろうとはしなかった。

「だめだ。とんちきめ」とかれは言って、あらっぽく子どもをつきのけた。それからかれはもう一人の子どものほうを向いて、おせじ笑わらいをしながら言った。

「リカルド、おまえはいい子だ。マッチをすっておくれ」

この「いい子」はあわてて言いつけどおりにした。

「さて」とガロフォリは具合よくいすに納おさまって、パイプをふかしながら言った。

「おこぞうさんたち、これから仕事だ。マチア、帳面だ」

こう言われるまでもなく、子どもたちはガロフォリのまゆの動き方一つにも心を配っていた。そのうえにガロフォリがわざわざ口に出して用向きを言いつけてくれるのは、たいへんな好意こういであった。

ガロフォリはマチアの持って来たあかじみた小さな帳面には目もくれなかった。初はじめのいおうくさいマッチをつけた子どもに、来いと合図をした。

「おまえにはきのう一スー貸かしてある。それをきょう持って来るやくそくだったが、いくら持って来たな」

子どもは赤くなって、当惑とうわくを顔に表して、しばらくもじもじしていた。

「一スー足りません」とかれはやっと言った。

「はあ、おまえは一スー足りないのかね。それでいいのだね」

「きのうの一スーではありません。きょう一スー足りないのです」

「それで二スーになる。おれはきさまのようなやつを見たことがない」

「わたしが悪いんではないんです」

「言いい訳わけをしなさんな。規則きそくは知っているだろう。着物をぬぎなさい。きのうの分が二つ、きょうの分が二つ。合わせて四つ。それから横着おうちゃくの罰ばつに夕食のいもはやらない。リカルド、いい子や。おまえはいい子だから、気晴らしをさせてやろう。むちをお取り」

二本目のマッチをつけた子どものリカルドが、かべから大きな結むすび目めのある皮ひもの二本ついた、柄えの短いむちを下ろした。そのあいだに二スー足りない子どもは上着のボタンをはずしていた。やがてシャツまでぬいでからだをこしまで現あらわした。

「ちょっと待て」とガロフォリがいまいましい微笑びしょうを見せて言った。

「たぶんきさまだけではあるまい。仲間なかまのあるということはいつでもゆかいなものだし、リカルドにたびたび手数をかけずにすむ」

子どもたちは親方の前に身動きもせずに立っていたが、かれの残酷ざんこくなじょうだんを開いて、みんな無理むりに笑わらわされた。

「いちばん笑ったやつはいちばん足りないやつだ」とガロフォリが言った。「きっとそれにちがいない。いちばん大きな声で笑ったのはだれだ」

みんなは例れいの大きな材木ざいもくを持って、まっ先に帰って来た子どもを指さした。

「こら、きさまはいくら足りない」とガロフォリがせめた。

「わたしのせいではありません」

「わたしのせいではありませんなんかと言うやつは、一つおまけにぶってやろう。いくら足りないのだ」

「わたしは大きな材木を一本持って来ました。りっぱな材木です」

「それもなにかになる。だがパン屋へ行ってその棒ぼうでパンにかえてもらって来い。いくらにかえてくれるか。いくら足りないのだ。言ってみろ」

「わたしは三十六スー持って来ました」

「この悪者め、四スー足りないぞ。それでいて、そんなしゃあしゃあした面つらをして、おれの前につっ立っている。シャツをぬげ。リカルドや、だんだんおもしろくなるよ」

「でも材木ざいもくは」と子どもがさけんだ。

「晩飯ばんめしの代わりにきさまにやるわ」

この残酷ざんこくなじょうだんが罰ばっせられないはずの子どもたちみんなを笑わらわせた。それからほかの子どもたちも一人一人勘定かんじょうをすました。リカルドがむちを手に持って立っていると、とうとう五人までの犠牲者ぎせいしゃが一列にかれの前にならべられることになった。

「なあ、リカルド」とガロフォリが言った。「おれはこんなところを見るといつも気分が悪くなるから、見ているのはいやだ。だが音だけは聞ける。その音でおまえのうでの力を聞き分けることができる。いっしょうけんめいにやれよ。みんなきさまたちのパンのために働はたらくのだ」

かれは炉ろのほうへからだを向けた。それはあたかもかれがこういう懲罰ちょうばつを見ているにしのびないというようであった。

わたしは一人すみっこに立って、いきどおりとおそれにふるえていた。これがわたしの親方になろうとする男なのである。わたしもこの男に言いつけられた物を持って帰らなければ、やはりリカルドに背中せなかを出さねばならなかった。ああ、わたしはマチアがあれほど平気で死ぬことを口にしているわけがわかった。

ぴしり、第一のむちがふるわれて、膚はだに当たったとき、もうなみだがわたしの目にあふれ出した。わたしのいることは忘わすれられていたと思っていたけれど、それは考えちがいで、ガロフォリは目のおくからわたしを見ていた。

「人情にんじょうのある子どもがいる」とかれはわたしを指さした。「あの子はきさまらのような悪党あくとうではない。きさまらは仲間なかまが苦しんでいるところを見て笑わらっている。この小さな仲間を手本にしろ」

わたしは頭のてっぺんから足のつま先までふるえた。ああ、かれらの仲間か……。

第二のむちをくって犠牲ぎせいはひいひい泣なき声ごえを立てた。三度目には引きさかれるようなさけび声を上げた。ガロフォリが手を上げた。リカルドはふり上げたむちをひかえた。わたしはガロフォリがさすがに情なさけを見せるのだと思ったが、そうではなかった。

「きさまらの泣き声を聞くのはおれにはどのくらいつらいと思う」とかれはねこなで声で犠牲ぎせいに向かって言いかけた。「むちがきさまらの皮をさくたんびにさけび声がおれのはらわたをつき破やぶるのだ。ちっとはおれの苦しい心も察さっして、気のどくに思うがいい。だからこれから泣なき声ごえを立てるたんびによけいに一つむちをくれることにするからそう思え。これもきさまらが悪いのだ。きさまらがおれに対してちっとでも情なさけや恩おんを知っているなら、だまっていろ。さあ、やれ、リカルド」

リカルドがむちをふり上げた。皮ひもは犠牲ぎせいの背中せなかでくるくる回った。

「おっかあ。おっかあ」とその子どもがさけんだ。

ありがたい。わたしはこのうえこのおそろしい呵責かしゃくを見ずにすんだ。なぜといってこのしゅんかんドアがあいて、ヴィタリス親方がはいって来たからである。

人目でかれはなにもかも了解りょうかいした。かれははしご段だんを上がりながらさけび声を聞いたので、すぐリカルドのそばにかけ寄よって、むちを手からうばった。それからガロフォリのほうへくるりと向いて、うで組みをしたままかれの前につっ立った。

これはいかにもとっさのあいだに起こったので、しばらくはガロフォリもぽかんとしていた。けれどもすぐ気を取り直しておだやかに言った。

「どうもおそろしいようじゃないか。なにね、あの子どもは気がちがっているのだ」

「はずかしくはないか」ヴィタリスがさけんだ。

「それ見ろ、わたしもそういうことだ」とガロフォリがつぶやいた。

「よせ」とヴィタリス親方が命令めいれいした。「とぼけるなよ。おまえのことだ。子どもではない。こんな手向かいのできないかわいそうない子どもらをいじめるというのは、なんというひきょうなやり方だ」

「この老おいぼれめ。よけいな世話を焼やくな」とガロフォリが急に調子を変かえてさけんだ。

「警察けいさつものだぞ」とヴィタリスが反抗はんこうした。

「なに、きさま、警察でおどすのか」とガロフォリがさけんだ。

「そうだ」と、わたしの親方は乱暴らんぼうな相手あいての気勢きせいにはちっともひるまないで答えた。

「ははあ」とかれはあざ笑わらった。「そんなふうにおまえさんは言うのだな。よしよし、おれにも言うことがあるぞ。おまえのしたことはなにも警察けいさつに関係かんけいはないが、おまえさんに用のあるという人が世間にはあるのだ。おれがそれを言えば、おれが一度名前を言えば……はてはずかしがって頭をすぼめるのはだれだろうなあ。世間が知りたがっているその名前を言い回っただけでも、はじになる人がどこかにいるぞ」

親方はだまっていた。はじだ。親方のはじだ。なんだろう。わたしはびっくりした。けれど考えるひまのないうちに、かれはわたしの手を引ひっ張ぱった。

「さあ、行こう、ルミ」とかれは言った、そうして戸口までぐんぐんわたしを引っ張った。

「まあ、いいやな」ガロフォリが今度は笑わらいながらさけんだ。「きみ、話があって来たんだろう」

「おまえなんぞに言うことはなにもない」

それなり、もうひと言も言わずに、わたしたちははしご段だんを下りた。かれはまだしっかりわたしの手をおさえていた。なんというほっとした心持ちで、わたしはかれについて行ったろう。わたしは地獄じごくの口からのがれた。わたしが思いどおりにやれば、親方の首に両手をかけて、強く強くだきしめたところであったろう。

(つづく)

底本 / Source edition

底本:「家なき子(上)」春陽堂少年少女文庫、春陽堂
1978(昭和53)年1月30日発行
※底本中、難解な語句の説明に使われた括弧内の文章は、割り注になっています。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年4月29日作成
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書誌 / Bibliography
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マロ エクトール・アンリ「家なき子──01 (上)」(新字新仮名)、底本『家なき子(上)』春陽堂少年少女文庫、春陽堂、1978年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 042924_001047, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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