Soranoha

半七捕物帳

はんしちとりものちょう

岡本 綺堂

一

その頃、わたしはかなり忙がしい仕事を持っていたので、どうかすると三月みつきも四月も半七老人のところへ御無沙汰することがあった。そうして、ときどき思い出したように、ふらりと訪ねてゆくと老人はいつも同じ笑い顔でわたしを迎えてくれた。

「どうしました。しばらく見えませんね。お仕事の方が忙がしかったんですか。それは結構。若い人が年寄りばかり相手にしているようじゃあいけませんよ。だが、年寄りの身になると、若い人がなんとなく懐かしい。わたくしのところへ出這入りする人で、若い方かたはあなただけですからね。伜はもう四十で、ときどき孫をつれて来ますが、孫じゃあ又あんまり若過ぎるので。はははははは」

実際、半七老人のところへ出入りするのは、みな彼と同じ年配の老人であるらしかった。その故ふるい友達もだんだんほろびてゆくと、老人がある時さすがにさびしそうに話したこともあった。ところが、ある年の十二月十九日の宵に、わたしは詰まらない菓子折を持って、無沙汰の詫びと歳暮の礼とをかねて赤坂の家をたずねると、老人は二人連れの客を門口かどぐちへ送り出すところであった。客は身なりのなかなか立派な老人と若い男とで、たがいに丁寧に挨拶して別れた。

「さあ、お上がんなさい」

わたしが入れ代って座敷へ通されると、いつも元気のいい老人が今夜はいっそう元気づいているらしく、わたしの顔を見るとすぐ笑いながら云い出した。

「今そこでお逢いなすった二人連れ、あれは久しい馴染なじみなんですよ。年寄りの方は水原忠三郎という人で、わかい方は息子ですが、なにしろ横浜と東京とかけ離れているもんですから、始終逢うというわけにも行かないんです。それでも向うじゃあ忘れずに、一年に三度や四たびはきっとたずねてくれます。きょうもお歳暮ながら訪ねて来て、昼間からあかりのつくまで話して行きました」

「はあ、横浜の人達ですか。道理で、なかなかしゃれた装なりをしていると思いましたよ」

「そうです、そうです」と、老人は誇るようにうなずいた。「今じゃあ盛大にやっているようですからね。水原のお父さんの方はわたくしより七つか八つも年下でしょうが、いつも達者で結構です。あの人もむかしは江戸にいたんですが……。いや、それについてこんな話があるんです」

こっちから誘い出すまでもなく、老人の方から口を切って、水原という横浜の商人と自分との関係を説きはじめた。

文久元年十二月二十四日の出来事である。日本橋、通旅籠町とおりはたごちょうの家持ちで、茶と茶道具一切いっさいを商あきなっている河内屋十兵衛の店へ、本郷森川宿じゅくの旗本稲川伯耆ほうきの屋敷から使が来た。稲川は千五百石の大身たいしんで、その用人の石田源右衛門が自身に出向いて来たのであるから、河内屋でも疎略には扱わず、すぐ奥の座敷へ通させて、主人の重兵衛が挨拶に出ると、源右衛門は声を低めて話した。

「余の儀でござらぬが、御当家を見込んで少々御相談いたしたいことがござる」

稲川の屋敷には狩野探幽斎かのうたんゆうさいが描いた大幅の一軸がある。それは鬼の図で、屋敷では殆ど一種の宝物として秘蔵していたのであるが、この度たびよんどころない事情があって、それを金五百両に売り払いたいというのであった。河内屋は諸大家へも出入りを許されている豪商で、ことに主人の重兵衛は書画に格段の趣味をもっているので、その相談を聞いて心が動いた。しかし自分の一存では返答もできないので、いずれ番頭と相談の上で御挨拶をいたすということに取り決めて、源右衛門をひと先ず帰した。

「しかし当方ではちっと急ぎの筋であれば、なるべく今夜中に返事を聞かせて貰いたいが、どうであろうな」と、源右衛門は立ちぎわに云った。

「かしこまりました。おそくも夕刻までに御挨拶をいたします」

「たのんだぞ」

主人と約束して、源右衛門は帰った。重兵衛はすぐに番頭どもを呼びあつめて相談すると、かれらもやはり商人であるから、探幽斎の一軸に大枚五百両を投げ出すというについては、よほど反対の意見があらわれた。しかし主人は何分にも其の品に惚れているので、結局その半金二百五十両ならば買い取ってもよかろうということに相談がまとまった。先方でも急いでいるのであるから、すぐに使をやらねばなるまいというので、若い番頭の忠三郎が稲川の屋敷へ出向くことになった。忠三郎が出てゆく時に、重兵衛はよび戻してささやいた。

「大切なお品を半金に値切り倒すといっては、先様さきさまの思召おぼしめしがどうあろうも知れない。万一それで御相談が折り合わないようであったならば、三百五十両までに買いあげていい。ほかの番頭どもには内証で、別に百両をおまえにあずけるから、臨機応変でいいように頼むよ」

内証で渡された百両と、表向きの二百五十両とを胴巻に入れて、忠三郎は森川宿へ急いで行った。用人に逢って先ず半金のかけあいに及ぶと、源右衛門は眉をよせた。

「いかに商人あきんどでも半金の掛合いはむごいな。しかし殿様がなんと仰しゃろうも知れない。思召しをうかがって来るからしばらく待て」

半時ときほども待たされて、源右衛門はようよう出て来た。先刻から殿様といろいろ御相談を致したのであるが、なにぶんにも半金で折り合うわけには行かない。しかし当方にも差し迫った事情があるから、ともかくも半金で負けておく。勿論、それは半金で売り渡すのではない。つまり二百五十両の質かたにそちらへあずけて置くのである。それは向う五年間の約束で、五年目には二十五両一歩の利子を添えて当方で受け出すことにする。万一その時に受け出すことが出来なければ、そのまま抵当流れにしても差しつかえない。どうか其の条件で承知してくれまいかというのであった。

忠三郎もかんがえた。自分の店は質屋渡世でない。かの一軸を質に取って二百五十両の金を貸すというのは少し迷惑であると彼は思った。しかし主人があれほど懇望こんもうしているのを、空手からてで帰るのも心苦しいので、彼はいろいろ思案の末に先方の頼みをきくことに決めた。

「いや、いろいろ無理を申し掛けて気の毒であった。殿様もこれで御満足、拙者もこれで重荷をおろした」と、源右衛門もひどく喜んだ。

二百五十両の金を渡してすぐ帰ろうとする忠三郎をひきとめて、屋敷からは夜食の馳走が出た。源右衛門が主人になって酒をすすめるので、少しは飲める忠三郎はうかうかと杯をかさねて、ゆう六ツの鐘におどろかされて初めて起った。

「大切の品だ。気をつけて持ってゆけ」

源右衛門に注意されて、忠三郎はその一軸を一応あらためた上で、唐桟とうざんの大風呂敷につつんだ。軸は古渡こわたりの唐更紗とうさらさにつつんで桐の箱に納めてあるのを、更にその上から風呂敷に包んだのである。彼はそれを背負って屋敷から貸してくれた弓張提灯をとぼして、稲川の屋敷の門を出た。ゆう六ツといってもこの頃は日の短い十一月の末であるから、表はすっかり暗くなっていた。しかも昼間から吹きつづけてた秩父颪おろしがいつの間にか雪を吹き出して、夕闇のなかに白い影がちらちらと舞っていた。

傘を持たない忠三郎は、大切な品を濡らしてはならないと思って、背中から風呂敷包みをおろして更に左の小脇にかかえ込んだ。森川宿ではどうにもならないが、本郷の町まで出れば駕籠屋がある。忠三郎はそれを的あてにして雪のなかを急いだ。幸いに雪は大したことでもなかったが、やがて小雨こさめが降り出して来た。雪か霙みぞれか雨か、冷たいものに顔を撲たれながら、彼は暗い屋敷町をたどってゆくうちに、濡れた路に雪踏せったを踏みすべらして仰向あおむきに尻餅を搗いた。そのはずみに提灯の火は消えた。

別に怪我もしなかったが、提灯を消したのには彼は困った。町まで出なければ火を借りるところは無い。そこらに屋敷の辻番所はないかと見まわしながら、殆ど手探り同様でとぼとぼ辿たどってゆくと、雨は意地悪くだんだんに強くなって来た。寒さに凍こごえる手にかの風呂敷包みをしっかり抱えながら、忠三郎は路のまん中らしいところを歩いてくると、片側に薄く明るい灯のかげが洩れた。頭のうえで寝鳥の羽搏はばたきがきこえた。忠三郎はうすい灯のかげに梢を見あげてぎょっとした。それは森川宿で名高い松円寺の化け銀杏であった。銀杏は寺の土塀から殆ど往来いっぱいに高く突き出して、昼でもその下には暗い蔭を作っているのであった。

この時代にはいろいろの怪しい伝説が信じられていた。この銀杏の精もときどきに小児こどもに化けて、往来の人の提灯の火を取るという噂があった。又ある人がこの樹の下を通ろうとすると、御殿風の大女房が樹梢こずえに腰をかけて扇を使っていたとも伝えられた。ある者は暗闇で足をすくわれた。ある者は襟首を引っ掴んでほうり出された。こういう奇怪な伝説をたくさん持っている化け銀杏の下に立ったときに、忠三郎は急に薄気味悪くなった。昼間は別になんとも思わなかったのであるが、寒い雨の宵にここへ来かかって、かれの足は俄かにすくんだ。しかし今更引っ返すわけにも行かないので、彼はこわごわにその樹の下を通り過ぎようとする途端である。氷のような風が梢からどっと吹きおろして来たかと思うと、かれのすくめた襟首を引っ掴んで、塀ぎわの小さい溝どぶのふちへ手ひどく投げ付けた者があった。忠三郎はそれぎりで気を失ってしまった。

風は再びどっと吹きすぎると、化け銀杏は大きい身体からだをゆすって笑うようにざわざわと鳴った。

二

「もし、おまえさん。どうしなすった。もし、もし……」

呼び活いけられて忠三郎は初めて眼をあくと、提灯をさげた男が彼のそばに立っていた。男は下谷したやの峰蔵という大工で、化け銀杏の下に倒れている忠三郎を発見したのであった。

「ありがとうございます」

云いながら懐中ふところへ手をやると、主人から別に渡された百両の金は胴巻ぐるみ紛失していた。驚いて見廻すと、抱えていた一軸も風呂敷と共に消えていた。自分の羽織も剥はがれていた。忠三郎は声をあげて泣き出した。

峰蔵は親切な男で、駒込こまごめまで行かなければならない自分の用を打っちゃって置いて、泥だらけの忠三郎を介抱して、ともかくも本郷の通りまで連れて行って、自分の知っている駕籠屋にたのんで彼を河内屋まで送らせてやった。河内屋でも忠三郎の遅いのを心配して、迎いの者でも出そうかといっているところへ、半分は魂のぬけたような忠三郎が駕籠に送られて帰って来たので、その騒ぎは大きくなった。勿論捨てて置くべきことではないので、稲川の屋敷へも一応ことわった上で、その顛末てんまつを町奉行所へ訴え出た。

なにぶんにも暗やみであるのと、投げられるとすぐ気を失ってしまったのとで、忠三郎はなんにも心当りがなかった。しかしそれが化け銀杏の悪戯いたずらでないことは判り切っていた。彼を引っ掴んだのは化け銀杏であるとしても、かれの所持品や羽織までも奪いとって立ち去った者はほかにあるに相違ない。本郷の山城屋金平という岡っ引がその探索を云い付けられたが、金平はあいにく病気で寝ているので、その役割が隣りの縄張りへまわって、神田の半七が引き受けることになった。

「稲川の屋敷の奴が怪しい」

半七は先ずこう睨にらんだ。忠三郎を酔わして帰して、あとから尾つけて来てその一軸を取り返してゆく。悪い旗本にはそんな手段をめぐらす奴がいないともいえない。そこで手を廻してだんだん探ってみると、稲川の主人は行状のいい人で、今度大切の一軸を手放すというのも、自分の知行所がこの秋ひどい不作であったので、その村方の者どもを救ってやるためであるということが判った。それほどの人物が追剥ぎ同様の不埒を働く筈がない。半七は更にほかの方面に手をつけなければならなくなった。

「おい、仙吉。おめえに少し用がある」と、彼は子分の一人を呼んだ。「今夜からふた晩三晩、あの化け銀杏の下へ行って張り込んでいてくれ。それも黙っていちゃあいけねえ。なにか鼻唄でも歌って、木の下をぶらりぶらり行ったり来たりしているんだ。寒かろうが、まあ我慢してやってくれ。おれも一緒にいく」

日が暮れるのを待って半七と仙吉は松円寺の塀の外へ行った。半七は遠く離れて、仙吉ひとりが鼻唄を歌いながら木の下をうろ付いていたが、四ツ(午後十時)を過ぎる頃まで何も変ったことはなかった。

「百両の仕事をして、ふところがあったけえので、当分出て来ねえかな」

それでも二人は毎晩根こんよく網を張っていると、十一月の晦日みそかの宵である。まだ五ツ(午後八時)を過ぎたばかりの頃に、低い土塀を乗り越して一つの黒い影のあらわれたのを、半七は星明かりで確かに見つけた。仙吉は相変らず鼻唄を歌って通った。黒い影は塀のきわに身をよせてじっと窺っているらしかったが、忽ちひらりと飛びかかって仙吉の襟髪をつかんだ。覚悟はしていながらも余り器用に投げられたので、仙吉は意気地なくそこへへたばってしまった。それでも物に馴れているので、かれは倒れながら相手の足を取った。

それを見て半七もすぐに駈け寄ったが、もう遅かった。黒い影は仙吉を蹴放して、もとの塀のなかへ飛鳥のように飛び込んでしまった。

「畜生。ひどい目に逢わせやがった」と、仙吉は泥をはらいながら起きた。「だが、親分。もう判りました。あんないたずらをする奴は寺の坊主に相違ありませんよ。わっしのそばへ寄って来たときに、急に線香の匂いがしました」

「おれもそうらしいと思った。今夜は先ずこれでいい」

相手が出家である以上、町方まちかたでむやみに手をつけるわけにも行かないので、半七はそれを町奉行所へ報告すると、町奉行所から更にそれを寺社奉行に通達した。寺社奉行の方で取り調べると、松円寺には当時住職がないので、留守居の僧が寺をあずかっていたのである。それは円養という四十ばかりの僧で、ほかに周道という十五六の小坊主と、権七という五十ばかりの寺男がいる。そのなかで最も眼をつけられたのは周道であった。かれは年の割に腕っ節が強く、自分でも武蔵坊弁慶の再来であるなどと威張っている。きっとこいつが化け銀杏の振りをして、往来の人を嚇おどしたのであろうと見きわめを付けられた。

寺社奉行の吟味をうけて、周道は正直に白状した。この寺の銀杏が化けるという伝説のあるを幸いに、彼はときどきに忍び出て、自分の腕だめしに往来の人を取って投げたのである。現に二十四日の雨の宵にも通りがかりの男を投げ倒したことがあると申し立てた。その男は河内屋の忠三郎に相違ない。しかし周道は単にその男を投げ出しただけで、所持品などにはいっさい手をつけた覚えはないと云い張った。何さま逞ましげな悪戯いたずら小僧ではあるが、まだ十五六の小坊主が百両の金を奪い、あわせて羽織まで剥ぎ取ろうとは思えないので、彼は吟味の済むまで入牢じゅろうを申し付けられた。

周道の白状によって考えると、彼がいたずらに忠三郎を投げ出したあとへ、何者か来合わせて其の所持品を奪い取ったのであろうというので、その探索方を再び半七に云い付けられた。しかしこの探索はよほど困難であった。寺の奴等の仕業ならば格別、単に周道が忠三郎を投げ倒して気絶させたあとへ、あたかも通りかかった者がふとした出来心で奪いとって行ったとすると、差し当りなんにも手掛りがない。半七もこれには少し行き悩んでいると、ここに又一つ事件が起った。

それはこの化け銀杏の下へ女の幽霊が出るというのであった。現に本郷二丁目の鉄物屋かなものやの伜が友達と二人づれで松円寺の塀外を通ると、そこに若い女がまぼろしのように立ち迷っていた。さなきだにこの頃はいろいろの噂が立っている折柄であるから、二人は胆きもを冷やして怱々そうそうに駈けぬけてしまったが、鉄物屋の伜はその晩から風邪かぜを引いたような心持で床に就いているというのである。これも何かの手がかりになるかも知れないと思って、半七はその鉄物屋をたずねて病中の伜に逢った。せがれは清太郎といって今年十九の若者であった。

「おまえさんが見たという幽霊はどんなものでしたえ」

「わたくしも怖いのが先に立って、たしかに見定めませんでしたが、提灯の火にぼんやり映ったところは、なんでも若い女のようでした」

「女はこっちを見て笑いでもしたのかえ」

「いいえ、別にそんなこともありませんでしたが、なにしろ怖いので忽々に逃げて来ました。もう四ツ(午後十時)に近い頃に、女がたった一人で、場所もあろうに、あの化け銀杏の下に平気で立っている筈がありません。あれはどうして唯者じゃあるまいと思われます」

「そうですねえ」と、半七も考えていた。「そこで、その女は髪の毛でも散らしていましたかえ」

「髷まげはなんだか見とどけませんでしたが、髪は綺麗に結っていたようです」

もしや狂女ではないかと想像しながら、半七はいろいろ訊いてみたが、清太郎はふた目とも見ないで逃げ出してしまったので、なにぶんにも詳しい返答ができないと云った。彼は飽くまでもこれを化け銀杏の変化へんげと信じているらしいので、半七も結局要領を得ないで帰った。

「化け銀杏め、いろいろに祟る奴だ」

彼は肚はらのなかでつぶやいた。

三

鉄物屋の清太郎が見たという若い女は、気ちがいでなければ何者であろう。おそらく寺の留守坊主に逢いに来る女ではあるまいかと半七は鑑定した。かれは子分どもに云いつけて、その坊主の行状を探らせたが、円養は大酒呑みでこそあれ、女犯にょぼんの関係はないらしいとのことであった。女の幽霊の正体は容易に判らなかった。

十二月十六日の朝である。半七が朝湯から帰ってくると、河内屋の番頭の忠三郎が待っていた。

「やあ、番頭さん。お早うございます」と、半七は挨拶した。「例の一件はなにぶん捗はかがいかねえので申し訳がありません。まあ、もう少し待ってください。年内には何とか埒らちをあけますから」

「実はそのことで出ましたのでございます」と、忠三郎は声をひそめた。「昨晩わたくしの主人が或るところで彼かの一軸いちじくをみましたそうで……」

「へえ、そうですか。それは不思議だ。して、それが何処にありましたえ」

忠三郎の報告によると、ゆうべ芝の源助町ちょうの三島屋という質屋で茶会があった。河内屋の主人重兵衛も客によばれて行った。その席上で、三島屋の主人がこの頃こういうものを手に入れたと云って、自慢たらだらで出してみせたのが彼かの探幽斎の鬼の一軸であった。稲川家の品は忠三郎が途中で奪われてしまって、重兵衛はまだその実物をみないのであるが、用人の話と忠三郎の話とを綜合してかんがえると、その図柄といい、表装といい、箱書はこがきといい、どうもそれが稲川家の宝物であるらしく思われてならなかった。しかもそれが贋物にせものでない、たしかに狩野探幽斎の筆であると重兵衛は鑑定した。よそながら其の品の出所しゅっしょをたずねると、牛込赤城下あかぎしたのある大身たいしんの屋敷から内密の払いものであるが、重代の品を手放したなどということが世間にきこえては迷惑であるから、かならず出所を洩らしてくれるなと頼まれているので、その屋敷の名を明らさまに云うことは出来ないとのことであった。

その以上に詮議のしようもないので、重兵衛はそのまま帰って来たが、なにぶんにも腑に落ちないので、とりあえず半七の処へ報しらせてよこしたのであった。主人の話によって考えると、どうしてもそれは稲川家の品である。図柄も表装も箱書も寸分違わないと忠三郎も云った。

「いよいよ不思議ですね」と、半七も眉をよせた。「その三島屋というのはどんな家うちですえ」

三島屋は古い暖簾のれんで、内証も裕福であるように聞いていると、忠三郎は説明した。主人又左衛門は茶の心得があるので、河内屋とも多年懇意にしているが、これまで別に悪い噂を聞いたこともない。まさか三島屋一家の者がそんな悪事を働く筈もないから、おそらく不正の品とは知らずに何処からか買い入れたものであろうと彼は云った。

「そうかも知れませんね」と、半七はしばらく考えていた。「どっちにしても、それが確かに稲川の屋敷の品だかどうだか、それをよく詮議して置かなければなりませんよ。さもないと、物が間違いますからね。おまえさんがみれば間違いもなかろうが、念のために稲川の屋敷の御用人を一緒に連れて行ったらどうです。二人がみれば間違いはありますまい。だが、最初から表向きにそんなことを云って、万一違っていた時には、おたがいに気まずい思いをしなければなりませんからね」

「ごもっともでございます。主人も、もし間違った時に困ると心配して居りました」

「それだから、おまえさんが御用人を連れて行って、うまく話し込むんですね。このお方は書画が大変にお好きで、こちらに探幽の名作があるということを手前の主人から聞きまして、ぜひ一度拝見したいと申されるので、押し掛けながら御案内しましたとか何とか云えば、向うも大自慢だから喜んで見せるでしょう。もし又なんとか理窟を云って、飽くまでも見せるのを拒こばむようならばちっとおかしい。ねえ、そうじゃありませんか。そうなれば、また踏ん込んで表向きに詮議も出来ます。どっちにしても、御用人を連れて行って一度見て来てください」

「承知いたしました」

忠三郎は怱々に帰った。

その晩にでも再びたずねて来るかと、半七は心待ちに待っていたが、忠三郎は姿をみせなかった。その明くる日も来なかった。おそらく用人の方に何か差し支えがあって、すぐには行かれなかったのであろうと思いながらも、半七は内心すこし苛々いらいらしていると、その晩に子分の仙吉が顔を出した。

「親分。探幽の一件はまだ心当りが付きませんかえ」

「むむ。ちっとは心当りがねえでもないが、どうもまだしっかりと掴むわけにも行かねえので困っているよ」

「そうですか。いや、それについて飛んだお笑いぐさがありましてね。なんでも物を握って見ねえうちは、糠ぬかよろこびは出来ませんね」と、仙吉は笑った。

「おめえ達のお笑いぐさはあんまり珍らしくもねえが、どうした」と、半七はからかうように訊きいた。

「それがおかしいんですよ。わっしの町内に万助という糴せり呉服屋があるんです。こいつはちっとばかり書画や骨董こっとうの方にも眼があいているので、商売の片手間に方々の屋敷や町屋まちやへはいり込んで、書画や古道具なんぞを売り付けて、ときどきには旨い儲けもあるらしいんです。その万助の奴がどこからか探幽の掛物を買い込んだという噂を聞いて、だんだん調べてみると、それがおまえさん、鬼の図だというんでしょう」

「むむ」と、半七も少しまじめになって向き直った。「それからどうした」

「それからすぐに万助の家へ飛び込んで、よく調べてみると、万助の奴め、ぼんやりしている。どうしたんだと訊くと、その探幽が贋物にせものだそうで……」

半七も思わず笑い出した。

「まったくお笑いぐさですよ」と、仙吉も声をあげて笑った。「なんでも二、三日まえ、あいつが御成道おなりみちの横町を通ると、どこかの古道具屋らしい奴と紙屑屋とが往来で立ち話をしている。なに心なく見かえると、その古道具屋が何だか古い掛物をひろげて紙屑屋にみせているので、そばへ寄って覗いてみると、それが鬼の図で狩野探幽なんです。万助の奴め、そこで急に商売気を出して、その古道具屋にかけ合って、なんでも思い切って踏み倒して買って来たんです。古道具屋の方も、探幽か何だか、碌にわからねえ奴だったと見えて、いい加減に廉やすく売ってしまったので、万助は大喜び、とんだ掘り出しものをして一と身代盛りあげる積りで、家へ帰って女房なんぞにも自慢らしく吹聴していたんですが、実は自分にもまだ確かに見きわめが付かねえので、ある眼利めききのところへ持って行って鑑定して貰うと、なるほどよく出来ているが真物ほんものじゃあない、これはたしかに贋物だと云われて、万助め、がっかりしてしまったんです。野郎、千両の富籤とみくじにでも当った気でいたのを、大番狂わせになったんですからね。はははははは。いや、万助ばかりじゃあねえ、わっしも実はがっかりしましたよ」

「いや、がっかりすることはねえ」と、半七は笑いながら云った。「仙吉。おめえにしちゃあ大出来だ。これからもう一度万助のところへ行って、その贋物を売った道具屋はどんな奴だか、よく訊いて来てくれ」

「でも親分、それは贋物ですぜ」

「贋物でもいい。それを売った奴が判ったら、それからすぐにそいつの居どこを突きとめて来てくれ。なるたけ早いがいいぜ」

「承知しました」

仙吉は怱々そうそうに出て行った。

あくる朝になっても忠三郎は顔をみせないので、半七は日本橋辺へ用達しに行った足ついでに、通旅籠町とおりはたごちょうの河内屋をたずねると、忠三郎はすぐに出て来た。かれは気の毒そうに云った。

「親分さん。まことに申し訳ございません。早速うかがいたいと存じて居りますのですが、なにぶんにも稲川様のお屋敷の方が埒らちが明きませんので……」

「御用人が一緒に行ってくれないんですかえ」

「年末は御用繁多で、とてもそんな所へ出向いてはいられないから、来春の十五日過ぎ頃まで待っていろと仰しゃるので……。それを無理にとも申し兼ねて、わたくしの方でも困って居ります」

「そりゃあまったく困りましたね。年末と云ったってまだ二十日前だから、そんなに忙がしいこともあるまいに……」

「わたくしもそう思うのですが、なにぶんにも先方でそう仰しゃるもんですから……」と、忠三郎もひどく困ったらしい顔をしていた。

「いや、ようございます」と、半七はうなずいた。「向うでそう云うなら、こっちにも又考えがあります。まあ、御安心なさい。もう大抵の見当はつきましたから」

忠三郎に安心させて、半七は神田の家へ帰ってくると、仙吉が待っていた。

「親分、わかりました」

「判ったか」

「万助の奴をしらべて、すっかり判りました。贋物を売った古道具屋は御成道の横町で、亭主は左の小鬢こびんに禿はげがあるそうです」

四

師走の町の寒い風に吹かれながら、日の暮れかかる頃に半七は下谷へ出て行った。御成道の横町で古道具屋をたずねると、がらくたばかり列ならべた床店とこみせ同様の狭い家で、店の正面に煤すすけた帝釈たいしゃく様の大きい掛物がかかっているのが眼についた。小鬢に禿のある四十ばかりの亭主が行火あんかをかかえて店番をしていた。

「おお、立派な帝釈様がある。それは幾らですえ」と、半七はそらとぼけて訊いた。

それを口切りに、半七はこのあいだの探幽斎の掛物のことを話し出した。

「わたしはあれを買った万さんを識しっているが、安物買いの銭うしないで、とんだ食わせものを背負い込んだと、しきりに滾こぼしぬいていましたよ。はははははは」

「だって、おまえさん」と、亭主は少し口を尖らせて云い訳らしく云った。「まったくお値段との相談ですよ、中身は善いか悪いか知りませんが、あの表装だけでも三歩や一両の値打ちはありますからね。して見れば、中身は反古ほごだって損はない筈です。わたしもあんなものは手がけたことが無いので、一旦はことわったのですけれど、近所ずからで無理にたのまれて、よんどころなく引き取ったのですが、年の暮にあんな物を寝かして置くのも迷惑ですから、二百でも三百でも口銭こうせんが付いたら売ってしまう積りで、通りかかった屑屋の鉄さんを呼んで、店のまえであの掛地をみせているところへ、横合いからあの人が出て来て、何でもおれに売ってくれろと、自分の方から値をつけて、引ったくるように買って行ってしまったんですから、食わせ物も何もあったもんじゃありませんよ」

「そりゃあお前さんの云う通りだ。万さんもなかなか慾張っているからね。ときどき生爪なまづめを剥がすことがあるのさ。そこで、あの掛地はどこの出物でものですえ」

「さあ、生まれは何処だか知りませんが、ここへ持って来たのは、裏の大工の家うちのお豊さんですよ」

裏の大工は峰蔵という親方で、娘に弟子の長作を妻めあわせて、近所に世帯を持たせてあるが、道楽者の長作は大工というのは表向きで、この頃は賽の目の勝負ばかりを争っている。舅しゅうとの峰蔵も心配して、いっそ娘を取り戻そうかと云っているが、もともと好いて夫婦になった仲なので、お豊がどうしても承知しない。峰蔵は堅気かたぎな職人であるのに、とんだ婿を取って気の毒だと亭主は話した。それを聴いてしまって、半七は何げなくうなずいた。

「そりゃあまったく気の毒だね。なぜ又そんなやくざな奴に娘をやったんだろう」

「なに、長作もはじめは堅い男だったんですが、ふいと魔が魅さして此の頃はすっかり道楽者になってしまったんです」

「その長作の家はどこだね」

「すぐ向う裏です。露地をはいって二軒目です」

半七はその足で向う裏の長作の家をたずねると、女房のお豊が内から出て来た。お豊はようよう十八九で、まだ娘らしい女振りであったが、さすがにもう眉を剃そっていた。かれの白い顔はいたましく蒼ざめていた。

「長さんはお家うちですかえ」

「今ちょいと出ましたが……。どちらから」

「わたしは松円寺の近所から来ましたが……」

「また誘い出しに来たんですか」と、お豊はひたいを皺しわめた。「もう止してくださいよ」

「なぜです」

「なぜって……。おまえさんは藤代ふじしろ様の御屋敷へ行くんでしょう」

松円寺のそばには藤代大二郎という旗本屋敷のあることを半七は知っていた。その屋敷のうちに賭場とばの開かれることは、お豊が今の口ぶりで大抵推量された。

「お察しの通り、藤代の御屋敷へ行くんですが、まだ誰にも馴染なじみがないもんですから、こちらの大哥あにいに連れて行って貰わなければ……」

「いけませんよ。なんのかのと名をつけて誘い出しに来ちゃあ……。誰がなんと云っても、内の人はもうそんなところへはやりませんよ」

「長さんはほんとうに留守なんですかえ」

「嘘だと思うなら家じゅうをあらためて御覧なさい。きょうは用達しに出たんですよ」

「そうですか」と、半七は框かまちに悠々と腰をおろした。「おかみさん。済みませんが煙草の火を貸しておくんなさい」

「内の人は留守なんですよ」と、お豊はじれったそうに云った。

「留守でもいいんです。実はね、わたしの知っている本郷の者が、このあいだの晩に森川宿を通ると、化け銀杏の下に女の幽霊の立っているのを見たんです。野郎、臆病なもんだから碌々に正体も見とどけずに逃げてしまったんですよ。いや、いくじのねえ野郎で……。江戸のまん中に化け物なんぞのいる筈がねえ。わたしなら直ぐに取っ捉まえてその化けの皮を剥いでやるものを、ほんとうに惜しいことをしましたよ。ははははは」

お豊は黙って聴いていた。

「勿論わたしが見た訳じゃあねえんだから、間違ったら、ごめんなさいよ」と、半七はお豊の顔をのぞきながら云った。「ねえ、おかみさん。その幽霊というのはお前さんじゃありませんでしたかえ」

「冗談ばっかり」と、お豊はさびしく笑っていた。「どうせわたしのようなものはお化けとしか見えませんからね」

「いや、冗談でねえ、ほんとうのことだ。その幽霊は藤代の屋敷へ自分の亭主を迎えに行ったんだろうと思う。惚れた亭主は博奕ばくちばかり打っている。それが因もとで父っさんの機嫌が悪い。両方のなかに挟まって苦労するのは、可哀そうにその幽霊ばかりだ。ねえ、おかみさん。その幽霊が真っ蒼な顔をしているのも無理はねえ。かんがえると実に可哀そうだ。わたしも察していますよ」

お豊は急にうつむいて、前垂れの端はしをひねっていたが、濃い睫毛まつげのうるんでいるらしいのが半七の眼についた。

「そりゃあほんとうに察していますよ」と、半七はしみじみ云い出した。「亭主は道楽をする。節季師走せっきしわすにはなる。幽霊だって気が気じゃあねえ。家のものだって質しちに置こうし、よそから預かっている物だって古道具屋にも売ろうじゃあねえか。眼と鼻のあいだの道具屋へ鬼の掛地を売るなんかは、あんまり浅はかのようにも思われるが、そこが女の幽霊だ。無理もねえ。それに……」

話を半分聞きかけて、お豊は衝つっと起ちあがったかと思うと、彼女は格子こうしにならんだ台所から跣足はだしで飛び出して、井戸端の方へ駈けて行こうとするのを、半七は追い掛けてうしろから抱きすくめた。

「いけねえ。いけねえ。幽霊が死んだら蘇生いきかえってしまうばかりだ。まあ、騒いじゃあいけねえ。おめえの為にならねえ」

泣き狂うお豊を無理に引き摺って、半七は再び家のなかへ連れ込んだ。

「親分さん。済みません。どうぞ殺して……殺してください」と、お豊はそこに泣き伏した。彼女は半七の身分を覚ったらしかった。

「もう判ったかね」と、半七はうなずいた。「あの掛地を持って来たのは長作だろう。ほかには何も持って来なかったかえ。羽織を持って来やしなかったか」

「持ってまいりました」と、お豊は泣きながら云った。

「先月の二十四日の晩だろうね」

「左様でございます」

「もう斯こうなったらしようがねえ。何もかもぶち撒まけて云って貰おうじゃあねえか。長作はあの掛地と羽織を持って来て、なんと云ったえ」

「博奕に勝って、その質かたに取って来たと云いました。掛地や泥だらけの羽織はすこしおかしいと思いましたけれど、羽織の泥は干して揉み落して、そのままにしまっておきました」

「その羽織はまだあるかえ」

「いいえ、もう質しちに入れてしまいました」

「おめえのお父っさんも、その晩に森川宿の方へ行ったろう。なんの用で行ったんだ」

「内の人を迎えに行ったのでございます」と、お豊は云った。「藤代様のお屋敷の大部屋で毎日賭場が開けるもんですから、長作はその方へばかり入り浸びたっていて、仕事にはちっとも出ません。お父っさんも心配して、今夜はおれが行って引っ張って来ると云って、雪のふる中を出て行きますと、途中で行き違いになったと見えまして、長作は濡れて帰って来ました。それから一時いっときほども経ってからお父っさんも帰って来ました。門口かどぐちから長作はもう帰ったかと声をかけましたから、もう帰りましたと返事をしますと、そのまま自分の家へ帰ってしまいました」

「それから長作はどうした」

「あくる朝は仕事に出ると云って家を出て、やっぱりいつもの博奕場へはいり込んだようでございました。それからはちっとも家に落ち着かないで……。それまではどんなに夜が更ふけても、きっと家へ帰って来たんですが、その後はどこを泊まりあるいているのですか、三日も四日もまるで帰らないことがあるもんですから、わたくしも心配でたまりません。といって、お父っさんの耳へ入れますと、また余計な苦労をかけなければなりませんから、わたくしがそっと藤代様のお屋敷に迎いに行きましたが、夜は御門が厳重に閉め切ってあるので、女なんぞは入れてくれません。どうしようかと思って、松円寺の塀の外に立っていて、いっそもうあの銀杏に首でも縊くくってしまおうかと考えていますと、そこへ二人連れの男が通りかかったもんですから、あわてて其処を逃げてしまいました」

「長作はそれぎり帰らねえのか」

「それから二、三度帰りました」

「掛地や羽織のほかに金を見せたことはねえか」

「掛地や羽織を持って帰ったときに、博奕に勝ったと云って、わたくしに十両くれました。けれども、その後に又そっくり取られてしまったからと云って、その十両をみんな持ち出してしまいました。だんだんに押し詰まっては来ますし、家には炭団たどんを買うお銭あしもなくなっていますし、お父っさんの方へもたびたび無心にも行かれませんし、よんどころなしにその羽織を質に入れたり、掛地を道具屋の小父さんに買って貰ったりして、どうにかこうにか繋いで居りますと、長作はけさ早くに何処からかぼんやり帰って来まして、一文無しで困るから幾らか貸してくれと云います。貸すどころか、こっちが借りたいくらいで、あの羽織も質に置き、掛地も売ってしまったと申しますと、長作は急に顔の色を悪くしまして、黙ってそれぎり出て行ってしまいました。出るときにたった一言ひとこと、誰が来て訊いても掛地や羽織のことはなんにも云うなと申して行きました」

「そうか。よし、それでみんな判った。いや、まだ判らねえところもあるが、そこはまあ大目おおめに見て置く」と、半七は云った。「それにしても、長作の居どこの知れるまではお前をこのままにして置くわけには行かねえ。ともかくも町内預けにして置くからそう思ってくれ」

半七はすぐ家主を呼んで来てお豊を引き渡した。それから更に峰蔵を自身番へ呼び出して調べると、正直な彼は恐れ入って素直に申し立てた。

「実はあの晩、長作を迎いに行きまして、ちょうど行き違いになって松円寺のそばを通りますと、化け銀杏の下に一人の男が倒れていました。介抱して主人の家へ送りとどけてやりましたが、その男は河内屋の番頭で、胴巻に入れた金と大切の掛地と双子ふたこの羽織とを奪とられましたそうでございます。その時はなんにも気がつきませんでしたが、あとで聞きますと長作はその晩に掛地と泥だらけの双子の羽織とを持ち帰りましたそうで、それを聞いたわたくしは慄然ぞっとしました。しかし、今更どうすることも出来ませんので、娘にもそのわけをそっと云い聞かせまして、係り合いにならないうちに早く長作と縁を切ってしまえと意見をしましたが、娘はまだ長作に未練があるとみえまして、どうも素直に承知いたしません。困ったものだと思って居りますうちに、娘もいよいよ手許てもとが詰まったのでございましょう。その羽織を質に入れたり、掛地を道具屋に売ったりしたもんですから、とうとうお目に止まったような次第で、なんとも申し訳がございません」

お豊が井戸へ飛び込もうとした仔細もそれでわかった。

半七が大抵想像していた通り、かれは亭主の悪事を知っていたのであった。

その明くる日の夕方、長作は藤代の屋敷へはいろうとするところを、かねて網を張っていた仙吉に召捕られた。忠三郎を投げ倒したのは周道のいたずらで、長作はなんにも係り合いのないことであった。彼はその晩博奕に負けてぼんやり帰ってくると、雪まじりの雨のなかに一人の男が倒れているのを見つけたので、初めは介抱してやるつもりで立ち寄ったが、かれの胴巻の重そうなのを知って、長作は急に気が変った。まず胴巻だけを奪い取って行きかけたが、毒食らわば皿までという料簡になって、彼は更に忠三郎が大事そうに抱えている風呂敷包みを奪った。羽織まで剥ぎ取った。しかも悪銭は身につかないで、百両の金も酒と女と博奕でみんなはたいてしまった。

「舅や女房はなんにも知らないことでございます。どうぞ御慈悲をねがいます」と、彼は云った。

実際なんにも知らないと云えないのであるが、さすがに上かみの慈悲であった。峰蔵もお豊も叱りおくだけで赦された。しかし長作の罪科は今の人が想像する以上に重いものであった。かれは路に倒れている人を介抱しないばかりか、あまつさえ其の所持品を奪い取るなど罪科重々であるというので、引き廻しのうえ獄門ときまって、かれの首は小塚ッ原に晒さらされた。

寺社奉行の命令で、松円寺の化け銀杏は往来に差し出ている枝をみな伐きり払われてしまった。

これだけの話を聴いても、わたしにはまだ判らないことがあった。

「お豊が古道具屋へ売った探幽の鬼は贋物にせものだったのですね。そうすると、忠三郎という番頭は稲川の屋敷から贋物を受け取って来たのでしょうか」

「そうです、そうです」と、半七老人はうなずいた。「稲川の屋敷でも初めから贋物をつかませるほどの悪気はなかったのですが、五百両を半分に値切られたので、苦しまぎれに贋物を河内屋へ渡して、ほん物の方を又ほかへ売ろうと企たくらんだのです」

「どうしてそんな贋物が拵えてあったのでしょう。初めから企んだことでもないのに……」

「それはこういうわけです。探幽のほん物は昔から稲川の家に伝わっていたんですが、なんでも先代の頃にどこかでその贋物を見つけたんだそうです。贋物とはいえ、それがあんまりよく出来ているので、こんなものが世間に伝わると、どっちが真物だか判らなくなって、自分の家の宝物に瑕きずがつくというので、贋物を承知で買い取って、再び世間へ出さないように、屋敷の蔵のなかへしまい込んで置いたのです。昔はよくこんなことがありました。それをここで持ち出して、今もいう通り、贋物を河内屋の番頭に渡してやって、ほん物の方を芝の三島屋へ四百両に売ったんです。そういういきさつがありますから、稲川の用人は何とか理窟をつけて、三島屋へ一緒に行くことを拒こばんだわけなんです。そこで、この一件が表向きになると、稲川の用人は先ずわたくしのところへ飛んで来ました。勿論、河内屋の方へも泣きを入れて、万事は主人の知らないこと、すべて用人が一存で計らったのだという申し訳で、どうにかこうにか内済になりました。金は当然返さなければなりませんから、稲川の屋敷から二百五十両を河内屋へ返し、贋物の鬼を取り戻したんですが、稲川の主人もちょっと変った人で、畢竟ひっきょうこんなものを残して置くから心得ちがいや間違いが起るのだと云って、節分せつぶんの晩にその贋物の鬼を焼き捨ててしまったそうです。節分の晩が面白いじゃありませんか。

河内屋からわたくしのところへ礼に来ましたが、とりわけて番頭の忠三郎はひどくそれを恩にきて、その後もたびたびわたくしを訪ねてくれました。それが今帰って行った水原さんで、維新後に河内屋は商売換えをしてしまいましたが、水原さんは横浜へ行って売込み商をはじめて、それがとんとん拍子にあたって、すっかり盛大になったんですが、それでも昔のことを忘れないで、わたくしのような者とも相変らず附き合っていてくれます。実はきょうも、例の化け銀杏の一件を話して帰ったんですよ」

底本 / Source edition

底本:「時代推理小説 半七捕物帳(二)」光文社文庫、光文社
1986(昭和61)年3月20日初版1刷発行
※「糴《せり》」の「入」の部分を、底本は「ハ」のようにつくっているが、ここでは「糴」として入力した。
※事件の発端となる日付を、底本は「文久元年十二月二十四日の出来事である。」としているが、本作品中の後の記述に照らせば、事件は十一月の末に起こっていなければ辻褄が合わないと思われる。
入力:tatsuki
校正:山本奈津恵
1999年11月6日公開
2004年2月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/000960_000082/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/000960_000082/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/000960_000082/

岡本 綺堂「半七捕物帳──27 化け銀杏」(新字新仮名)、底本『時代推理小説 半七捕物帳(二)』光文社時代小説文庫、光文社、1986年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000960_000082, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite