Soranoha

右門捕物帖

うもんとりものちょう

佐々木 味津三

1

――ひきつづき第十二番てがらにうつります。

事の勃発ぼっぱついたしましたのは、前回の身代わり花嫁騒動が、いつもながらのあざやかな右門の手さばきによってあのとおりな八方円満の解決を遂げてから、しばらく間を置いた二月上旬のことでしたが、それも正確に申しますればちょうど二日のことでした。毎年この二月二日は、お将軍日と称しまして、江戸城内ではたいへんめでたい日としていましたので、というのは元和げんな九年のこの二月二日に、ご当代家光いえみつ公がご父君台徳院秀忠ひでただ公から、ご三代の将軍職をお譲りうけになられましたので、それをお祝い記念する意味から、この日をお将軍日と唱えまして、例年なにかお催し物をするしきたりでしたが、で、ことしも慣例どおりなにがな珍しい物を催そうと、いろいろ頭をひねった結果が、上覧相撲ずもうをということに話が決定いたしました。それというのが、将軍さまから、相撲にせい、という鶴つるの一声がございましたので、たちまちこれに決定したのですが、しかしお将軍さまという者は、偉そうに見えましても、存外これでたわいがないとみえまして、いつも木戸銭なしでご覧できるご身分なんだから、どうせお催しになるなら幕内力士の、目ぼしいところにでも相撲をさせたらよさそうなものを、どうしたお物好きからか、当日召しいだされた連中は、いずれも三段目突き出し以下の、取り的連中ばかりでありました。もっとも、相撲通のかたがたにいわせると、相撲のほんとうにおもしろいところは、名のある力士どうしの型にはまってしまった取り組みではなくて、こういうふうに取り的連中の全然予測できないもののほうが、ずっと溌溂はつらつでおもしろいという話ですから、その点から申しますと、存外将軍さまもすみにおけないお見巧者であったことになりますが、いずれにしてもその日お呼び出しにあずかった者どもは、番付面に名があるにはあっても、虫めがねで大きくしなければその存在がわからない、いわゆる拡大鏡組の連中ばかりでありました。

しかし、そう申しますと、ひどくこの虫めがね組が取るに足らない雑兵ぞうひょうのように聞こえますが、これがなかなかどうして、ただの取り的どもだと思うとたいへんな勘違いで、実にこのお三代家光公の寛永年間は、そのかみ垂仁すいにん天皇の七年に、はじめて野見のみの宿禰すくねと当麻たいまの蹴速けはやとがこの国技を用いて以来、古今を通じて歴史的に最も相撲道が全盛をきわめた時代でありました。それが証拠は、今も伝わる日の下開山の横綱制度は、実にこの寛永年間にはじめて朝廷からお許しなされたもので、その第一世だった明石あかし志賀之助しがのすけは身のたけ六尺五寸、体量四十八貫、つづいて大関を張った仁王におう仁太夫にだゆうは身のたけ七尺一寸、体量四十四貫、同じく大関だった山颪やまおろし嶽右衛門たけえもんは体量四十一貫、身のたけ六尺八寸といったように、いずれもその時代全盛をきわめた関取連中は、大仏さんの落とし子みたいな者ばかりでしたから、したがってその幕下に位する者どもも、番付面でこそは虫めがね組の取り的連中でありましたが、同じ取り的は取り的でも、今の国技館で朝暗いうちにちょこちょこと取ってしまう連中に比較すると、どうして、つり鐘とちょうちんほどな相違の者ばかりでありました。

なかでもいちばん人気を呼んだものは、当日の結び相撲だった秀ひでの浦うら三右衛門さんえもんと、江戸錦えどにしき四郎太夫しろうだゆうの一番でありました。それというのは、秀の浦が三段目突き出しの小相撲にしては割に手取りのじょうずでしたが、どうしたことか珍しい小男で、そのうえいたっての醜男ぶおとこであったに反し、相手方の江戸錦四郎太夫はまた、当時相撲取り中第一の美男子だったという評判のうえに、力量かっぷく共に将来の大関とうわさされた新進気鋭の若相撲でしたから、その醜男と美男子の取り組みという珍奇な手合わせが、珍しもの好きな有閑階級の大名旗本たちに刺激となったとみえまして、始まらぬまえからもうたいへんな人気でありました。いや、それよりも大奥のお局つぼね、腰元、お女中たちの間における美男相撲江戸錦の人気はむしろすさまじいくらいで――

「な、九重さま。あなた、わたしのひいき相撲ずもうに、断わりなしでご声援なさいましたら、そのままではほっておきませぬぞ!」

「汐路しおじさまこそ口はばったいことをおっしゃりますな! 江戸錦はわたしのひいき相撲にござりますゆえ、めったなことを申しますると、晩にお灸きゅうをすえてしんぜましょうぞ」

といったようなぐあいで、いずれもまだ江戸錦その者にはお目にかかったことがないくせに、もう寄るとさわるとたいへんな評判でありました。

しかし、そこへいくと、さすがに将軍さまはお大腹で、江戸八百万石三百諸侯旗本八万騎のご統領だけがものはございます。江戸錦が染め物の名やら、秀の浦が干菓子の名やら、いっこうお気にも止めないで、余は暇つぶしにさえなればよいぞ、といったような、いたってのご沈着ぶりを示しながら、定めのとおり九ツのお城太鼓が打ち出されますと、右に御台みだい、左にご簾中れんちゅうを従えさせまして、吹上御苑ぎょえんに臨時しつらえましたお土俵の正面お席にお着座なさいました。ひきつづいて現われましたものは、おなじみ松平伊豆守いずのかみを筆頭に、いずれも今、世にときめいている閣老諸公たちです。それから、加賀百万石を禄高ろくだかがしらの三百諸侯、つづいて美姫びき千名と注された、いずれ劣らぬ美形たちのお局、腰元、お女中の一群でありました。これがまた自然そうなったものか、美男相撲の江戸錦が結びを張っている東方に着座したので、その反対の秀の浦がいる西方はまた、いつのまにそうなったものか、大久保彦左衛門以来とかくに大名連と仲のよろしくない旗本八万騎の連中でありました。しかも、当時は旗本どもがいちばんはばをきかした時代で、おなじみのがまん会なぞというものをこしらえ、寒中にかたびら一枚で扇子を使ってみたり、暑中にこそでを重ねてあつものをすすってみたり、まぐべからざるところにつむじを曲げて、じゅうぶんまっすぐに通ったら通れる世の中を、意地にも横にはっていこうというような、変にいこじの強い連中が全盛をきわめていた時代でしたから、もちろん八万人は誇張ですが、これが三十人五十人集まると、不思議とそこに妙な空気がかもされだすものとみえまして、べつに東方が憎いという理由はないはずなのに、だんだん取り組みが結び相撲の江戸錦秀の浦の一番に近づいてくると、自然にその声援が殺気を帯びて、ことごとに東方の大名連中に当たりだしました。

「秀の浦、しっかりしろよ! 相撲は顔で取るものでない、力で取るものじゃ。家名にかけても天下のご直参が声援するによって、負けるなよ! 負けるなよ! 負けるなよ!」

至極もっともなことをいいながら、しきりとつらあてがましい声援を始めました。すると、これが奇態なもので、大名たちのうちにも気骨のある者が交じっているのか、応じて叫ぶ声がきこえました。

「いや、相撲とて、醜男より美男子のほうがよいに決まっているぞ。江戸錦負けやるなッ。負けやるなッ」

これも一理あることを叫びながら、遠慮せずに旗本どもの声援を交ぜっ返しました。それを聞いてすっかり悦にいったものは、いうまでもなくお局連のお女中群で――、

「ま! 意気なことをおっしゃる殿さまじゃ。江戸錦! そのとおりでありますぞ、わらわが控えているほどに、負けてはなりませぬぞ。勝ってたもれよ! 勝ってたもれよ!」

身のたしなみをうち忘れ顔で、中にははしたなくもほおさえも染めながら、ここを先途と声援をつづけました。

ところで、気にかかるのはわれわれのむっつり右門がどこにいるか、その居どころですが、こういう催しごとのあるたびごとに、いつもお町方付きの与力同心たちは、警衛警備がその第一の目的でしたから、かれら一統のさし控えていた席はちょうど東方西方のまんなかになっている棧敷さじき土間でありました。

だから、自然両方の声援ぶりがいちどきに耳にもはいり、目にもはいりますので、さっそく場所がらもわきまえず十八番おはこのお株を始めましたものは、右門のいるところ必ず影の形に沿うごとくさし控えている例のおしゃべり屋伝六です。

「おッ、ね、だんなだんな! ちょっとあちらをご覧なせえましよ。世の中にゃ妙な顔をした女もあるもんじゃござんせんか。いま黄色い声で江戸錦に声援した腰元は、目が三角につり上がっていますぜ。あの顔で江戸錦をものにする気でいるんだから笑わせるぜ。――だが、そのうしろにちんまりとすわっている小がらのほうは、なかなか話せそうだな、ひと苦労するなら、まずあの辺かね」

そうかと思うと、今度は河岸かしを変えて、旗本席のほうをしきりにじろじろ見回していたようでしたが、うるさくまた話しかけました。

「ね、ちょっと、だんな、だんな! あそこのすみにとぐろを巻いている三人の旗本どもは、ずいぶんと人を食ったやつらじゃござんせんか。将軍さまがご出座なさっているというのに、恐れげもなくおしりを向けて、さかんにちびりちびりと杯をなめていますぜ」

なかには相撲より酒の好きなのもいることだろうし、反対にまた酒よりも玉ころがしの好きな旗本だっていることでしょうから、なにもいちいちそでを引いて呼びたてるにはあたらないことですが、黙っていたら頭痛でもするのか、ひっきりなしにうるさく話しかけました。

しかし、右門は何を話しかけられても、お手のもののむっつり屋を決め込んで、よほどたいくつしたものか、しきりにあごのまばらひげをまさぐりつづけました。また、これは右門のごとき捕物名人にしてみるとそうあるのが当然なことで、何か右門畑のネタにでもなりそうな事件でもが起きかかっているなら格別ですが、うち見たところ旗本どもに親のかたきがいるというわけでもなし、べつにまた腰元たちの群れの中に秘密な親類筋があるというわけでもありませんでしたから、例の苦み走った秀麗きわまりない顔に、おりおりなまあくびすらものせながら、いたってたいくつげな様子でありました。

でも、さすが上覧相撲のありがたさには、だれも見苦しい物言いなぞをつける者はなくて、定めの番数は滞りなくとんとんと運び、いよいよ待たれた江戸錦と秀の浦の結び相撲にあいなりました。お約束どおりまず木の音がはいると、これにて本日は打ち止めの口上があってから、声自慢らしい呼び出しの美声につられて、ゆうぜんと東のたまりから、土俵に姿を現わしたものは、これぞお局群に呼び声高い江戸錦四郎太夫でありました。見ると、いかさま呼び声の高いだけがものはあって、筋骨隆々とした六尺豊かな肉体は見るからにほれぼれとするような健康美をたくわえ、けわしからず、めめしからぬ整ったその顔は、なにさま相撲取り中第一の美男を思わするものがありました。さればこそ、お局群の熱狂ぶりは、正気のほどが疑われるくらいで、江戸錦ィ、江戸錦という声援とともに、いずれもぽっとほおを染めながら、棧敷さじきの前へのめり出してしまいました。

それをあざけり顔で、冷ややかな笑えみを見せながら、つづいておどり出るように姿を見せたものは、ききしにまさる醜男の、西方結び相撲秀の浦です。だが、この秀の浦が、なるほど珍しいくらいな小男の醜男でしたが、剽悍ひょうかんの気その全身にみなぎりあふれて、見るからにひとくせありげな、ゆだんのならぬつらだましいでありました。だから、旗本連の熱狂したことはまた当然なことで、剽悍そのもののような秀の浦のつらだましいがひとしおたのもしくでも思えたものでありましょう。負けず劣らずに声をそろえて、しきりと秀の浦に声援をつづけました。

ために、場内は刻一刻と殺気だって、東の声援、西の呼び声、喧々囂々けんけんごうごうと入り乱れながら、ほとんど耳も聾ろうせんばかりでしたが、しかし、名人はいかなる場合においてもやはり名人です。依然あごのまばらひげをまさぐりながら、しきりとたいくつそうになまあくびをつづけていましたが、そのとき右門は東の棧敷のお局群から、突如として聞こえた不思議な叫び声をふと聞きつけて、ぎろりその眼を光らせました。今まではもとよりのこと、今もお局たちのここを先途と声援しつづけている相手は、いずれもが美男相撲の江戸錦であるに、どうしたことか、そのお局のひと声高く突如として呼びあげた相手は、意外、西の醜男の秀の浦でしたので、ささいなること針のごときできごとであっても、断じて見のがし聞きのがしたことのない右門の眼が烱々けいけいとして異常な輝きを増すと、鋭いことばがすかさずに、あいきょう者のところへ飛んでまいりました。

「な、伝六ッ」

「えッ?」

「世の中にゃいか者食いの女もあるもんじゃねえか。どんな顔のどんなお腰元だかわからねえが、しきりと金切り声で秀の浦を声援しているやつがあるぜ」

「どうどう? どこですか」

「ほら、あっちのいちばんすみの奥から、さかんにやっているじゃねえか」

「いかさまね。女の旗本というのも聞いたことがねえから、虫のせいかな――」

主従が疑問のまなこを光らしていぶかり合っているとき、土俵の上では仕切り直すこと六回、ようやく阿呍あうんの呼吸合するのとききたったとみえて、まず江戸錦の左の腕が、じり、じりと砂の上におろされました。つづいて剽悍児秀の浦の松かさみたいな左のこぶしが、同じくじりじりと砂の上におろされましたので、さっと軍配が引かれるといっしょに、肉弾相打って国技の精緻せいちが、いまやそこに現出されんとした瞬間――まことにどうも変な結果になったものでした。にらみ合っただけで一合も渡り合わずに、突然江戸錦がぷいと立ち上がって、にたり微笑を漏らすと、

「おいどんが負けでごんす」

つぶやきながら、さっさとたまりへ引き揚げてしまったからです。それも一突きなりと突きあったうえで、そのうえ土俵を割ったとしたなら、まだ同じあっけなさでも考えようがあるというものですが、今立ち上がるか、いま取り組むかと、さんざん手に汗をにぎらしたうえで、行司が軍配を引くや同時に、ぷいと背をうしろに向けながら、おいどんが負けでごんすと、にやつきにやつき引き揚げてしまいましたので、あっけないというよりか、人を食ったその相撲ぶりに、西も東もあらばこそ、今はもうごっちゃになりながら、いっせいに総立ちとなって、口々にののしり叫びました。

「なんじゃ、見苦しい八百長やおちょうか! 八百長ならさし許さんぞ、もう一度取り直せッ。行司、なにをまごまごいたしおるか! 取り直させんか! 取り直させんか!」

無理もないので、いずれもそれを八百長相撲と解したものか、なかにはお場所がらもわきまえず、土俵に駆け上がってしきりと怒号するものすらもありました。

しかし、それらの騒ぎをよそにながめて、ただひとり微笑を含みながら、わが活躍のときようやくきたるとばかりに、烱々けいけいと眼を鋭く光らしていたものは、余人ならぬわれらの大立て者むっつり右門でありました。この珍中の珍とすべき世にもたぐいのない珍奇な相撲をながめて、早くもわれわれの捕物名人は、なにごとか常人に異なるところを発見したらしく、将軍家ご一統がふきげんな面持ちで、揚げ幕の向こうにお姿を消すまでそこに両手をつきながらお見送りしていましたが、伊豆守様を最後に上うわつ方かたのご一統、いずれも引き揚げてしまったのを知ると、ふりかえりざまに鋭く伝六へいいました。

「さ! 伝六ッ、どうやらまた忙しくなったようだぞ」

「えッ、どこかに忍術使いでもいるんですか」

「あいかわらずのひょうきん者だな。今の相撲を見なかったのか!」

「見たからこそ、いってるんじゃござんせんか。あんなおかしな相撲ってものは、へその緒切ってはじめてなんだからね。西方の棧敷さじきに忍術使いでもいやがって、あんなまねをさせたんじゃねえかと思うんですよ」

珍相撲の原因を忍術使いにもっていったところが、いかにも伝六らしい解釈でしたので、右門はあいも変わらぬあいきょう者のひょうきんな答弁に、こらえきれぬ笑えみがこみあげてきたものか、朱を引いたようなその美しいくちびるに、ほのぼのと微笑をのせていましたが、例の蝋色鞘ろいろざやを音もなく腰にすると、すぐさま立ち向かったところは、いわずと知れた東方力士のしたくべやでした。

2

だが、右門主従がいで向かうと同時に、目色を変えてあわただしく立ち上がりながらそのあとを追った三人づれの、同じような同心隊がありました。まことに久しぶりでのお目見えですが、あとからの三人づれは、だれでもないあのおなじみのあばたの敬四郎とその一党でした。こやつは二番てがらの生首事件と、六番てがらの村正事件と、つづいて八番てがらほりもの事件に、つごう三回顔をさらして、三回が三回右門と張り合い、三回ともに打ち負かされたあげく、最後の八番てがらの卍まんじ騒動のときなどは、せっぱつまって腹までも切ろうとしたところを、右門の情けと義侠ぎきょうであやうく救い出されているんですから、いかに厚顔無恥でも、もうそのあばたづらをさらすまいと思われましたが、人の持って生まれた性分がらというものは、しかたがないものとみえます。どれほどかれが意気張ってみても、しょせん右門との取り組みは問題になるまいと思われますのに、またしてもそこへ割ってはいろうとしたものでしたから、八番てがら以来すっかりけいべつの度を増している伝六が、さっそくに口をとがらして右門のそでを引きました。

「ちぇッ、身のほどを知らねえ親方だな。あのいもづらのだんなが、またしつこく追っかけてきましたぜ」

いわれて右門もはじめてそれと気がついたようでしたが、しかしわれらの捕物名人は、その秀麗な面のように、心がらのすがすがしいいたって大腹な寛仁長者でした。

「ほほう、さすがは敬公だな。おめえのように、そうがみがみとたなおろしをするもんじゃねえよ。きょうここに詰めかけていた与力同心は、南北あわせて何十騎いたか知らねえが、今の変なあの一番を見て、こいつ臭そうだなとにらんだものは、おれをのぞいてあの敬四郎一人だけじゃねえか。了見はちっと気に食わねえが、さすが腕っききだけがものはあるから、ほめてやれよ、ほめてやれよ」

「だって、あのげじげじ、きっとまただんなのじゃまをしますぜ」

いっているまに、右門と顔を合わせて、こづらにくいせせら笑いをその醜い顔に見せていたようでしたが、ふたりをつきのけるようにしながら駆けぬけると、案の定もう功を争いだしたものでしたから、おこぜのごとくカンカンになってしまったものは義憤児伝六でありました。

「それ、ご覧なせえまし、いううちに、もうじゃまだてを始めたんじゃござんせんか。だんなもあの江戸錦を洗ってみるお考えだったんでがしょう」

「そうだよ」

「なら、だんなのほうがひと足はええんだから、こっちへ玉をさらったらどうですか」

「まあそう鳴るなよ、鳴るなよ。おれの知恵は、いつだって出どころが違うじゃねえか。ほしいものならやっときな――」

それを右門はあくまでもすがすがしい大腹で、微笑を含みながら見ながめていましたが、そのときはからずも、いま出どころが違うといった右門のその明知の鏡にちらりと映じ写ったものは、そこのしたくべやの明け荷の前に、腕組みをしている一人の勧進元かんじんもとらしい年寄りでありました。青ざめ顔でしんねりむっつりと腕を組んでいる様子が、やはり今の珍相撲の一番に頭を悩ましてでもいるらしく思われましたので、右門は目ざとくもそれを認めると、あばたの敬四郎たち一党に気づかれないようにというつもりから、腰にしていた白扇をそっと抜きとって、こっそりそのほうへ投げつけました。年寄りはおどろいたように面をあげたので、右門は目まぜでいざないながら、棧敷さじきのすみの目だたないところへ連れていくと、さっそくに尋問を開始いたしました。

「思うに、そちの思案していることも、今のあの奇怪至極な勝負に胸を痛めてのことじゃろうと察するが、どうじゃ、違ったか」

「へえい……」

「ではわからぬ。どうじゃ、違ったか」

「いいえ、おめがねどおりでござんす」

「するとなんじゃな、やっぱりあの一番は、わしのにらんだとおり八百長ではなかったのじゃな」

「ええ、もう八百長どころか、どうしてあんな遺恨相撲になったかと、いっしょうけんめいそれを思案していたのでごんす」

「ほほうのう。やっぱり、遺恨相撲じゃったか。わしもちらりとあの秀の浦とやらいう西方相撲の仕切りぐあいを見たとき、あやつの目のうちにただならぬ殺気が見えたゆえ、どうもおかしいなと思うていたのじゃが、ではなんじゃな。そちの口裏から推しはかってみるに、今までふたりは遺恨なぞ含むようなかかり合いはなかったというのじゃな」

「ええ、もう遺恨どころか、もともとあの野郎どもは相べやで、そのうえ相弟子でしどうしの評判な仲よしだったんでござんすのに、さっきの仕切りぐあいを見ると、だんなもお気づきでござんしたろうが、秀の浦めがどうしたことか、封じ手の鉄砲をかませようとしたんでござんすよ」

「ほほう、西方相撲のあのときの妙な手つきは、あれが鉄砲というのか」

「ええ、そうでごんす。それも、あの野郎の鉄砲とくると、がらはちまちまっとしていてちっせえが、わっちたち仲間でもおじ毛立つくれえな命取りでごんしてな。あの野郎からその鉄砲をくらって、今まで三人も土俵で命をとられたやつがあるんで、爾後じごいっさい使ってならぬときびしく親方が封じ手にしておいたんでごんすが、バカにつける薬はねえとみえて、将軍さまのご面前だというのに、野郎めがその封じ手の鉄砲をかませようとしたものだから、さすが江戸錦や、さきざき大物になるだろうと評判されているだけがものはあって、命取りの鉄砲に会っちゃかなわねえと早くも気がついたものか、あんなふうに殿さまがたからおしかりをうけるようなことになっちまったんでござんすよ」

果然、右門のいぶかしとにらんだとおり、表面ただの珍奇と見えたあれなる結び相撲のかくれた裏面のうちには、容易ならぬ封じ手の命までをもねらおうとした遺恨が含まれていたとはっきりわかったものでしたから、もう事がここまであばかれてまいりますれば、いよいよこの先はわれらの捕物名人の独擅場どくせんじょうとなるべきはずでありました。

そこで、従来の右門ならば、つねにかれの好んで用いるからめて攻めの吟味方法によって、まず第一に江戸錦その者を洗いたて、いかなる原因によってそれなる相手がたの秀の浦から、関取りたちもおじ毛立つと称されている命取りの鉄砲をかまされようとまでされるにいたったか、それを詮索せんさくし推断するのが事の順序でしたが、しかしこしゃくなことには、あばたの敬四郎がすでにもう江戸錦を独占していましたので、ここにおいて右門の選ばねばならぬ進路は、勢い直接に秀の浦その者に当たらなければならなくなりました。右門としてはあまり好ましくない大手攻めの吟味方法でしたが、今となっては事情やむをえないことでしたから、伝六に目くばせすると、うち連れだって、ただちに西方相撲連のしたくべやにはせ向かいました。

雨となるか、あらしとなるか、いかなる遺恨子細によってかかる封じ手を用いようとするにいたったか、事は疑問の慓悍児ひょうかんじ秀の浦の告白にすべての興味がつながれることになりましたが、しかし総じて物事というものは、とかくいま一歩ひと息というところで蹉跌さてつしがちなものです。

「え? 秀の浦でごんすかい。あの野郎は、だれかごひいき筋のお客から、お酒のごちそうがあるんだとか申しまして、ほんの今ひと足先にけえりましたよ」

はせつけて秀の浦の在否をきくと、惜しいことにひと足違いでたち帰ったあとといったので、右門はいささかの狼狽ろうばいも見せませんでしたが、伝六がすっかりあわを吹いてしまって、八つ当たりにどなり散らしました。

「バカ野郎ども! おれさまたちが御用があるっていうのに、なぜ無断でけえしたんだ!」

「だって、からだがあきゃ、こっちの気ままでごんすからね。あの野郎もきょうの一番で、うめえご祝儀にあずかれると思ったか、まるくなってけえりましたよ」

「どっちへ行ったかわからねえか」

「さあね。どことも行き先ゃいわねえようでしたが、ここをまっすぐ北のほうへめえりましたよ」

だいたいの方角がわかりましたものでしたから、右門はまだぶつぶつ鳴っている伝六を促して、ただちにそのあとを追いました。なにしろ、小男の醜男の相撲取りという特徴のある相手でしたので、道々足を取りながら追っていくと、牛込御門のほうを目ざしていったという事実が判明したものでしたから、右門は居合わした詰め所の御門番衆について、それから先の行き先を尋ねました。

「いましがた色の黒い出っ歯の相撲取りがここを通ったはずでござりまするが、さだめしご門鑑改めをしたのでありましょうな」

「ええ、いたしました。秀の浦とやら、姫の浦とやら申したようでござりまするが、あいつのことでござりまするか」

「さよう。ご門を外へ出てからどちらへ参ったか、お気づきではござりませなんだか」

「それがちょっと妙なんでございますよ。相撲取りなどが乗るにしては分にすぎた駕籠かごが一丁、向こうの濠端ほりばたに待ち受けていましてな、まえから話でもついていたものか、あごでしゃくってそれに乗ると、濠端を四ツ谷のほうへいったようでござりましたよ」

しだいに秀の浦の身辺が、疑問と不審の黒雲に包まれだしましたものでしたから、右門はわざわざ出馬したかいがあるといいたげな面持ちで、すぐさま言われたとおり、濠端を四ツ谷目ざして追いかけました。

3

けれども、そこまでははっきりと足跡が取れましたが、そこから先が少々ふつごうなことになってしまいました。というのは、ご門番が教えたような身分不相応の駕籠を打たせていったというその距離は、ほんのそこから二、三町ばかりのことだけで、佐内坂への曲がりつじまでさしかかると、そこにもう一丁からの別な町駕籠が待ち構えていて、ほとんどむりやりのように秀の浦をそのほうへ移し乗せながら、四人の替え肩づきでいっさんに駆けだしていったということが判明したからです。それも、駆け去っていった方向がだいたいながらもわかればまだいいのですが、あいにくと時刻はしゃくなたそがれどきで、あまつさえ乗せ移していったというその駕籠が、前の上駕籠とは品の違った、いっこう目じるしも特徴もない町駕籠でしたため、残念なことにはだれにきいてもその先がわからなくなってしまったものでしたから、とうとう伝六が音を上げてしまいました。

「ちぇッ、おかしなまねをしやあがるじゃござんせんか。どこへ消えちまったんでござんしょうね」

しきりと首をひねっていましたが、しかし右門はいたっておちつきはらったものでした。せっかく追いかけてきた肝心の秀の浦が行き先不明になったとしたら、当然の順序として、大手攻めの吟味方針は、ここに一頓挫とんざをきたさなければならないはずでしたのに、ごく物静かにいったものです。

「では、伝六、いつもの駕籠にしようかな」

「えッ、いつもというと、あの例のいつもの駕籠ですかい!」

「そうだよ。おまえと差しで、仲よくいこうじゃねえか」

「ちぇッ、ありがてえッ。おらにゃあのもぐら野郎がどこへ消えたかわからねえが、だんなにゃ先の先までもう見通しがついているとみえらあ。――ざまアみろい! あばたの野郎! 口まねするんじゃねえが、うちのだんなはちょっとできが違うぞッ!」

しかし、ひとりで伝六が強がって、さっそく駕籠を連れてきたまでは無事でしたが、右門があごをなでなでゆったりとそれへ乗ると同時に、がぜんそこから例の右門流が小出しにされだしました。

「行き先は八丁堀じゃ。それもゆっくりでよいぞ」

のみならず、八丁堀のそのお組屋敷へ駕籠を乗りつけると、意外や事件にさじを投げてしまったといったような面持ちで、ぬくぬくと置きごたつの中にはいりながら、草双紙かなんかをべらべらとやりだしたものでしたから、当然のごとくに口をとがらしました者は伝六でした。

「ちぇッ、ぬか喜びさせるにもほどがあるじゃごわせんかッ。ここはだんなのうちですぜ。さっき駕籠とおっしゃったときゃ、例のとおりと特にお断わりなさいましたから、てっきり秀の浦の野郎の行き先に眼がついてのことだろうと思ってましたが、珍しくもない、ここはだんなのねぐらじゃござんせんか。それとも、どこかその辺の押し入れの中にでも、秀の浦の野郎がころがっているというんですかい!」

しきりとずけずけ例のお株を始めましたが、しかし右門はまったくもうさじを投げきったといいたげな顔で、草双紙のにしき絵に見入っていたものでしたから、かんしゃく持ちの伝六ががらにもなく偉い啖呵たんかをきってしまいました。

「じゃ、もうかってになさるがいいや。うすみっともねえ。むっつり右門のだんなともあろうおかたが、このぐれえなネタ切れで、さじを投げるってことがありますかッ。だんなはそれでいいかもしれませんが、あっしにゃ因縁づきの相手だからね。あばたのだんななんかに、みすみすとしっぽを巻いてたまりますかい。あとで後悔しなさんな!」

自分ひとりでてがらにでもしようというつもりからか、ぷんぷんおこって出ていったようでしたが、駆けだしていくと同時でありました。表へ出るか出ないうちに、かみつくような声をあげて、けたたましく呼びたてました。

「ね、だんな、だんな! 大至急、大至急! 薄気味のわるいことをするやつがあるもんじゃござんせんか! うちの屋敷の門前に、死人を入れた駕籠がすえてありますぜッ」

聞くや、右門もちょいとぎくりしたようでしたが、しかしほんのそれは一瞬だけのことでした。にんまり微笑を含みながら顔をのぞかせると、右門はやはり底知れぬ慧眼けいがんの持ち主です。ろくろく見改めもしないうちから、ことごとく伝六をおどろかしていいました。

「たぶん、秀の浦の死骸しがいじゃねえか」

「えッ⁈ そのとおりですが、どうしてまた見ないうちにそんなことがわかりますかい」

「そのくれえな目先が見えなくてどうするかい。おまえの言いぐさじゃねえが、こんなことで音を上げるような右門だったら、それこそみなさまがたに会わする顔がねえや。さっき左内坂で新手の駕籠が奪い乗せるように秀の浦をさらっていったと聞いたときから、おそらく無事なからだじゃけえるめえと思ったからこそ、こうして行火あんかにぬくまりながら、騒ぎの起きるのを待ってたんだ。だが、それにしても、この死骸をおれの門前にすえておくなあちっと解せねえな。なにかそこらに書いたものでもありゃしねえかい」

「ありますよ、ありますよ。暗くてよくはわからねえが、ここに紙切れみたいなものが張ってありますぜ」

「そうかい。じゃ、だれのいたずらか、ぞうさなくめぼしがつくだろう。ちょっくら龕燈がんどうを持ってきてみせな」

伝六の持ち運んできた龕燈をさしつけてみると、果然その紙片には次のごとき文句が書かれてありました。

「――おきのどくだが、むっつり右門も今度はびっくり右門になったようだな。たぶん、きさまの会いたいやつはこの死人だろうから、顔だけは拝ましてやらあ。せいぜい悔やしがって、じだんだでも踏みな――」

だれともはっきりした名まえは書いてなかったので、伝六はむろんのことに首をひねりましたが、しかし右門は読み下すと同時に、かんからと大笑しながら吐き出すようにいいました。

「笑わしゃがるね、敬四郎のしわざだよ。それにしても、およそ子どもっぽいいたずらをしたもんじゃねえか。悔やしがってじだんだ踏めとしてあるが、どこのじだんだを踏むのかな」

「じゃ、あのいもづらのだんながしたんですかい」

「そうさ、敬四郎でなきゃ、こんな自慢たらしい狂言はやらないよ。きっと、そこらあたりでこっちの様子でも伺っているにちげえねえから、ちょっくらその辺を捜してきてみな」

いったとき、案の定、あばたの敬四郎がうしろにその一党を引きつれて、しかもいかなる嫌疑けんぎのもとにか、あの美男相撲の江戸錦を高手小手にいましめながら、せせら笑いわらい近よってまいりましたので、何をいうかと待ちかまえていると、近づくやまずこづら憎げにいどみかかりました。

「おきのどくだが、今度はお先にご無礼したな。何もかもめぼしがついてしまったから、てがらはこっちへちょうだいするぜ」

むろんのことに、伝六はかんかんになったようでしたが、しかし右門はいたってゆうぜんとしたものでした。例のあの苦み走った男まえに、ほんのりと微笑を見せると、物静かにききたずねました。

「とおっしゃいますと、なんでござりまするか、あの一番が遺恨相撲であったことも、それなる江戸錦がこの秀の浦の下手人であるということも、すっかり眼がついたというのでござりますな」

「あたりめえだ。眼がついたからこそ、こうしてきさまにも拝ませに連れてきたんじゃねえか」

「でも、ちょっと不思議じゃござんせぬか」

「何が不思議だ」

「遺恨を仕掛けられたものこそ江戸錦のほうなんだから、その江戸錦が秀の浦をあやめるたあ、ちっと筋が通らないように思いますがね」

「だって、こういうれっきとした証拠がありゃ、しかたがねえじゃねえか」

「ほほう、りっぱな印籠いんろうのようだが、どこかに江戸錦の持ち物だっていう目じるしでもござんすかな」

「そのでかい字が読めねえのか、印籠の表に、ひいきより江戸錦へ贈るっていう金泥きんでい流しの文字がちゃんと書いたるじゃねえか」

「なるほどね。この字が見えねえようじゃ、おれもあき盲にちげえねえや。そうするとなんですな、昔からよくある古い型だが、この印籠が秀の浦の死骸しがいのそばにでも落っこちていたというんですな」

「いうまでもねえや。それも、ただのところに落っこちていたんじゃねえんだ。この江戸錦の野郎をいくら締め上げても、知らぬ存ぜぬと言い張って遺恨相撲の子細をぬかしゃがらねえから、それなら秀の浦とふたりを突き合わして白状さしてやろうと、こやつめをしょっぴきながら秀の浦のあとを追っかけていったら、かわいそうに、四ツ谷見付の土手先でこの駕籠へはいったまま、あけに染まってゴネっているんだ。しかも、その駕籠の中にこの印籠が落っこちていたんだから、だれだって江戸錦が下手人と思うに不思議はねえじゃねえか」

事実としたら、いかさまこれは、敬四郎が江戸錦を下手人と思うに不思議はないことでした。左内坂から行き先不明になった秀の浦が死骸となって駕籠にのったまま四ツ谷見付の土手先にころがっていて、その駕籠の中の死骸のそばに、江戸錦所有の印籠が落ちていたというんですから、まことに敬四郎が大得意になって、こんな狂言じみた死骸持ち運びの一幕を演じたのは当然のことです。が、しかし、われらのむっつり右門は常に別あつらえの頭脳の持ち主です。早くもなにごとか思い当たったとみえて、うそうそと笑いながら龕燈がんどうを駕籠の中へ差し入れると、しきりに秀の浦の傷口を見調べていたそうでしたが、――と刃先の血のりをぬぐって、そのまま不用意に捨ておいていったらしいふところ紙がそこにころがっていたのを見つけて、すばやくそれをたもとに拾い入れると、もうこれさえ見つかればおれのものだといわぬばかりに、莞爾かんじとうち笑えみながらいいました。

「いや、どうもけっこうなおみやげをわざわざお届けくださりまして、ありがとうござんした。だが、いかにてまえがひとり者でも、死人と同居はあまりぞっといたしませんからな。せっかくながら、お持ち帰りを願いますかな。では、失礼つかまつりますよ」

いたって皮肉に言い去ると、あごをなでなでへやの内へ取って返したようでしたが、そこへ伝六が目をぱちくりさせながらやって来たのを見ると、猪突ちょとつに命令を発しました。

「さ、忙しいぞ。きさまこれから大急行でお城まで行ってこい!」

「えッ、お城なんぞに今ごろ何か用があるんですかい。さすがのだんなも、今度という今度は、あのあばたづらにしてやられたんで、退職願いでもしようとおっしゃるんですかい」

不意に御殿へ行ってこいといったものでしたから、いつもながらの伝六がすっかりそれを辞職願いと勘違いしたのも無理のないことですが、しかし右門はポンと大きく胸をたたくと、しかるようにいいました。

「江戸八百八町がごひいきのむっつり右門じゃねえか。退職願いを出すなあ敬四郎のほうだよ」

「じゃ、なんですかい、だんなはまだ勝つつもりでいらっしゃるんですかい」

「おかしなことをいうね。するてえと、なにかい、おまえこそおれが負けるとでも思っているのかい」

「だって、そう思うよりほかにしかたがねえじゃござんせんか。秀の浦の死骸しげえのそばに江戸錦の持ち物の印籠いんろうがおっこちていたっていやあ、だれだってもうしっぽを巻くよりほかにしかたがねえんだからねえ」

「あきれたもんだな。じゃ、おまえにきくが、おまえはいったい江戸錦がふたりいると思っているのかい」

「ちぇッ、バカにしなさんな! そんなこと、ひとりにきまってるじゃござんせんか」

「そうだろ。だとしたら、おまえももうちっとりこうになってみねえな。江戸錦が殺した殺したというが、その江戸錦ゃああの相撲が終わるからずっと今まで、敬四郎の野郎がそばにくっついて番をしているはずじゃねえのかい」

「な、なるほどね。大きにそれにちげえねえや。あばたの野郎自身も、たしかにそういいましたっけね。いくら江戸錦を締めあげても遺恨の子細を白状しねえので、四ツ谷見付までしょっぴいていったら、秀の浦の死骸しげえにぶっつかったとは、たしかにはっきりいいましたっけね」

「そうだろ、にもかかわらず、あばたの大将ときちゃ、てめえで本人の張り番をしていたことをすっかり忘れちまっているんだからね。そんなでくの棒のくせに、折り紙つきのこの右門と張り合おうというのは大違いだよ」

「ちげえねえ、ちげえねえ、そのせりふを聞いて、すっかり溜飲りゅういんが下がりやした。じゃ、なんですね、だれかほかに下手人があって、そやつが江戸錦に罪をきせるため印籠の細工をしたというんですね」

「あたりめえさ。だから、お城へひとっ走り行ってこいといってるんだよ」

「まあま、待ってください。行くはいいが、お城にその肝心の下手人がいるとでもいうんですかい」

「聞くまでもねえこったよ。おれの目玉が安物でねえ証拠をいま見せてやるから驚くな。下手人は女だぜ」

ずばりと断定するように言い切ると、なにやらごそごそたもとの中を探っていたようでしたが、まもなく右門の取り出したものは、さっきすばやく駕籠の中から拾い取ってしまっておいたあのふところ紙でありました。妙な品物でしたので、伝六は目をぱちくりさせていましたが、右門は莞爾かんじとばかりうち笑えむと、それを伝六の眼の前にさしつけながらいいました。

「どうだ、早わざに驚いたろ。まず第一は、この紙ににじんでいる赤い色が二通りになっているから、目のくり玉をあけてよく調べてみなよ」

「いかにもね。こっちのべたべたにじんでいるどす黒いやつア、たしかに血の色にちげえねえが、そっちのちっちぇえ赤い色は、どうやら口紅のあとじゃござんせんかい」

「そうだよ、ふところ紙に口紅のあとがついているとするなら、この紙の持ち主が女であるこたあ確かだろ。そこで、第二はこの紙そのものだがね、おまえのような無粋なやつあ、このなまめかしいふところ紙がなんてえ品物かも知るめえなあ」

「ちぇッ、つまらんところでたなおろしなんぞしなくたってようがすよ。無粋だろうと、ぶこつだろうと、大きなお世話じゃござんせんか。なんてえ紙ですかい」

「これが有名な筑紫漉つくしずきだよ」

「へへえ、なるほどね。筑紫漉といやあ思い出しましたが、大奥のお腰元が使うとかいう紙ゃあこれですね」

「そうさ。だから、これでこのふところ紙の持ち主ぁ女で、しかも大奥のお腰元だっていうことがわかったろ。しかるにだ、まだ一つおれでなくっちゃ見破ることのできねえネタがあるんだが、さっき秀の浦の傷口を調べてみたら、あれあおまえ、だんびらやわきざしの切り傷じゃなくて、たしかに懐剣の突き傷だったぜ」

「そうですか、わかりやした、わかりやした。じゃ、ほんとうの下手人は、大奥の女中の中にいるからしょっぴいてこいというんですね」

「そのとおり。だが、おまえ、ただどなり込んでいったって下手人は容易にゃ見つからねえはずだが、どうして本人をしょっぴいてくるつもりかい」

「ちぇッ。こう見えたって、だんなの一の子分じゃござんせんか。はばかりながら、見当はもうついていますよ。だんなはお忘れなすったかもしらねえが、あの結び相撲のときに、お腰元の中からしきりと秀の浦へ声援したやつがあったじゃござんせんか。あいつを捜し出してしょっぴいてきたら、よし下手人でなかったにしたって、何か目鼻がつくでがしょう」

「偉いッ! そのとおりだが、まだ一つ忘れてならんことがあるぞ。きっと、あの時刻に外出をしたやつがあるはずだからな。いたら三人でも五人でもかまわねえから、みんなしょっぴいてきなよ」

「がってんの助だ。自慢じゃねえが、こういうことああっしの畑なんだから、あごでもなでなで待っていなせえよ」

威勢よく伝六が駆けだしていったものでしたから、ここにおいてむっつり右門はほんとうにあごをなでなで、その帰りを待つこととなりました。

4

かくして、時を消すことおよそ小半刻こはんとき――。

「だんなだんな、大てがらですぜ。ホシの女あましょっぴいてきましたから、さ、とっくり首実検をなせえましよ」

叫びながら伝六が表玄関に威勢よく駕籠かごをのりつけて、鼻高々とひとりの御殿女中を引ったててまいりましたものでしたから、右門はおもむろに短檠たんけいのあかしをかきたてると、まずそれなる女の首実検に取りかかりました。

ところが、それなる腰元がまた、こはそもなんと形容したらよいのか、まるでいもりのようなあくどさを備えた女でありました。わけても、そのくちびるにこってり塗られた口紅の赤さというものは、さながらいもりの赤い腹のごとき毒々しさを示していましたものでしたから、さすがの右門もちょっと毒気に当てられぎみで、ややしばしまゆをひそめていたようでしたが、やがて威厳を持った重々しいことばが、ずばりとその口から放たれました。

「すなおに白状すればそのように、強情を張らばまたそのように、相手方しだいによって変通自在の吟味をするのが右門の本領じゃ。いったんてまえの目に止まったら、おしでも口をあけさせないではおかぬによって、そなたも心してすなおに白状なさるがよいぞ。お名はなんと申さるるか」

実際またむっつり右門の名まえを聞いているほどの者でしたら、事実右門がみずから折り紙をつけたとおり、変通自在慧眼けいがん無類、この世にかれの明知と眼力の届かない者はないはずでしたから、その、出方しだいによってはずいぶん慈悲もいとわないといわぬばかりのことばを聞けば、たいていの者が恐れ入るべきはずでしたが、このくちびる赤き毒の花は、あくまでも、われらの捕物名人むっつり右門の烱眼けいがんをおおいくらまそうとしたものか、反対に食ってかかりました。

「いっさい白状せぬというたらなんとなさりまするか」

「ここで白状させてお目にかけまするわ」

「ま、自慢たらしい。こことおっしゃりまして、お偉そうにおつむをたたきなさいましたところをみますると、知恵で白状させてみせるとおっしゃいますのでござりまするな」

「さようじゃ。頭をたたいてここといえば、知恵よりほかにないはずでござる。それも、右門の知恵袋ばかりは、ちっとひとさまのとは品物が違いまするぞ」

「あなたさまの知恵袋とやらが別物でござりまするなら、わたしの強情も別物でござります。いま道々聞けば、秀の浦とやらを殺害の嫌疑けんぎでお呼び立てじゃそうにござりまするが、わたしも二の丸様付きの腰元のなかでは人にそれと名まえを知られた秋楓あきかえで、いかにも知恵比べいたそうではござりませぬか」

「ほほう、なかなか強情なことを申さるるな。では、どうあっても、秀の浦をあやめた下手人ではないと申さるるか」

「もとよりにござります」

「でも、あの御前相撲ずもうがうち終わってからまもなく外出をしたことは確かでござろうがな!」

「確かでござりまするが、それがいかがいたしました」

「いかがでもない。これなる伝六へあの時刻ごろ外出をしたものがあったら、三人五人と数はいわずに皆連れてまいれと申したところ、そなたひとりだけを召し連れて帰ったによって、そなたに下手人の疑いかかるは理の当然でござらぬか。それに、第二の証拠はこのふところ紙じゃ。見れば、そなたの内ぶところから顔をのぞかせている紙もこれと同じ品じゃが、それでも強情を言り張りますか!」

「えッ!」

ぎょッとしながら、あわててそれなる秋楓といった御殿女中がふところ紙に手を添えたとたん!――まことに疾風迅雷しっぷうじんらいの早さでありました。右門があけに染まった証拠のふところ紙を右手に擬して、やにわに女の身近へにじり寄るや、判でも押し取るようにその紙切れを毒々しい紅殻べにがら染めのくちびるへ押しつけたと見えましたが、そこに古い紅跡と新しい紅跡が二つ並んで押されたのを知ると、女の心を突きえぐるようにいい叫びました。

「人のくちびるは千人千色、似たのは二つとないはずじゃ! しかるに、この二つの紅跡は、小じわの数までそっくり似ているではないか! これでもまだ右門と知恵比べすると申さるるか! たわけものめがッ!」

まことに右門ならでは考えつかぬ意表を突いた証拠攻めですが、いわれたとおり新旧二つの紅跡を比較すると、げに小じわの数までが似たりも似たり、寸分たがわぬ一つのものの相似を示していたものでしたから、ここにいたって、いかに強情がまんの腰元もついに自白を余儀なくさせられたかに見られましたが、がぜん事件はそこから意外な結果を呼びまねきました。女が首筋までも青々と血色を失って、毒々しいそのくちびるをわなわなと震わせながら、なにやらもじもじとふところの中で片手を動かしていたようでしたが、実に彼女もまた電光石火の早さでありました。すでにここへ来るまえから隠し持っていたものか、ぎらり懐剣を抜き放ったかと見るまに、右門ほどの早わざ師ですらも止めるいとまのないほどの早さで、ぐさりとおのが乳ぶさに突き立てましたものですから、さすがの右門もあっと驚いて、殺してならじとその手を押えながら、ののしるごとくにしかりつけました。

「早まったことをいたしてなんとするか! すなおに申さば、ずいぶんと慈悲をかけまいものでもなかったのに、死なば罪が消えると思うかッ」

「いえいえ! 罪からのがれたいための自殺ではござりませぬ! 罪を後悔すればこそ、覚悟のうえのことにござります。それが証拠は、この内ぶところに書き置きがござりますゆえ、ご慈悲があらば今すぐお読みくださりませ!」

「なに、書き置き⁈ では、もしこの右門を言いくるめえたら格別、かなわぬときは自殺しようと、まえから用意してまいったのか!」

「は、どのように隠しだていたしましても、いま八丁堀でご評判のあなたさまに、しょせんたち打ちはかのうまいと存じましたゆえ、いよいよ罪に服さねばならぬときがまいりましたら、いさぎよう身を殺しまして、そのかわりに用意のこれなる書き置きをお読みねがうつもりでござりました。それに、生き長らえたままで白状いたしましたら、いくじなきものよとのそしりもござりまするが、わが身を殺すとともにいたす自白ならば、おなごのいささかばかりな操もたちますことゆえ、かくお目前を汚しました。どうぞ、かわいそうとおぼしめしくださりましたら、はようこれなる書き置きをご覧くださりませ」

苦しい息の下からあえぎあえぎ語り終わると、女は用意の一封を右門の手に渡しておいて、ばったりそこへあけに染まりながらうち伏しましたので、右門も今はなんじょうちゅうちょすべき、ただちにその封を押し開きました。見ると、それはさすがに御殿仕えの筆跡もうるわしく、水茎の跡も新しい次のような一文が書かれてありました。

「――秀の浦の下手人は、いかにもてまえでござります。なれども、それには深い子細のあることにござりますゆえ、その子細からお聞きくださりませ。詳しく申せば長い物語で、それももう六歳むとせほど昔のことでござりまするが、そもそもの事の起こりは、あの美男相撲と評判の江戸錦様がもとでござります。今こそあのかたさまは人もきらう裸稼業かぎょうのお相撲取りに身を落としてでござりまするが、身がらお素姓を申しますれば、由緒ゆいしょ正しき五百石取りの旗本真柄まがら権之丞ごんのじょう様の、ただおひとりのお落胤らくいんにござります。なれども、悲しいことに、そのお腹さまがあまりご身分でない婢女はしためでござりましたゆえ、ただおひとりの跡取りでありながらとかくうとんぜられがちなところへ、ふと悪心をいだきましたものはそれなる真柄家へご奉公の用人でござりました。名は大島弥三郎やさぶろうと申しますかたでござりまするが、思いのほかに悪知恵の深いかたでござりましたゆえ、おぞましきことには主家横領をたくらみ、六歳むとせまえにそのときご病身の主人権之丞様を毒殺いたし、みずから遺言書をこしらえつくって、養子の内約あったごとくに装い、りっぱなお血筋の江戸錦様を巧みに放逐いたしましたうえ、まんまと旗本五百石の家禄かろくを横領してしまいなされました。なれども、首尾よく主家横領はいたしましたものの、すねに傷もつだけに江戸錦様のいられることは目の上のこぶでござりましたゆえ、これをもついでにあやめようと思いたたれてごくふうなさりましたのが、今日ご不審のもととなった秀の浦とのあの一番でござりました。それというのも、わたしとあの秀の浦とが幼なじみの間がらゆえ、わたしに事情を打ちあけなされまして、秀の浦にあの封じ手を使わするようそそのかしたのでござります。むろんのことに、かようなまわりくどい手段を講じました子細は、土俵の上での殺傷ならば、うまうま犯跡をくらましえられますものと思いましたからでござりまするが、それはそれでよいといたしまして、ご不審が一つおありでござりましょう。と申しますのは、そういうわたしが、なぜにまたそのような悪人の大島弥三郎様から、おぞましい悪事の荷担相談をうけるにいたりましたか、それがご不審でござりましょうと存じまするが、お笑いくださりますな。恋は思案のほかとたとえのとおり、その悪人の弥三郎様を悪人と知りながら、わたしは恋しているのでござります。さればこそ、悪事を悪事と知って、つい罪の深間にはいりましたが、江戸錦様はさすがお血統のかただけのものがござります。あのとき早くも秀の浦の殺意を見破り、あのような番狂わせの相撲となりましたゆえ、口さがない下司げす下郎をなまじ生かしておかば、のちの災いと存じまして、わたしが秀の浦をおびき出し、四ツ谷見付の土手ぎわで、おめがねどおりあやめたのでござります。あの印籠いんろうはもとよりわたしの細工もの、ちょうど手もとにあの品がござりましたゆえ、さも江戸錦様の持ち物らしく見せかけて、あのような金泥きんでいで名まえを書きこみ、あわよくば江戸錦様に罪をきせようためでござりました。もうこれでいっさいがおわかりのことと存じますゆえ、なにとぞお慈悲を持ちまして、悪人にはござりまするがわたしには掛け替えのない心の思い人、大島弥三郎めをご寛大のご処分くださりませ。右あらあら書きしたためたしだいにござります――」

右門は一気に読みくだすと同時に、じっと腕をくんでややしばし思案にふけっていましたが、恋に狂って罪を犯したいたましい女の命が、もうそのとき完全に絶たれてしまっているのを見ると、決然として立ち上がりながら、蝋色鞘ろいろざやをがっきと腰にして、ののしるごとくに言い放ちました。

「せっかくだが、大島弥三郎とかいった旗本奴やっこは、もう見のがしちゃおかれねえや。このかわいそうな腰元の命を取ったのも、けっきょく野郎のしわざのようなもんじゃねえか。さ! 伝六ッ、駕籠だッ、駕籠だッ。今度はほんとうの駕籠だッ!」

「ちぇッ、ありがてえや! もうのがしっこねえぞ!」

伝六が丸くなって表へ飛び出していきましたので、右門はそのまになおこの場にいたっても優しい心がらから、押し入れの絹夜具を取り出すと、ふうわり死骸しがいの上に掛けておいて駕籠の用意のできるのを待ち受けていましたが、まもなく伝六の呼びたてる声がありましたものでしたから、時を移さず駕籠にうち乗りました。むろんのことに、命じた先は、旗本屋敷の林立している番町でありました。

5

いつもながら所捜しは伝六が得意で、目ざした番町の内でこそはありませんでしたが、濠ほり一つ向こうへ越した市ガ谷本村町のかど地面に、それなる不逞漢ふていかん弥三郎が、今、旗本真柄まがら弥三郎に成りすまして、そしらぬ顔に高禄こうろくの五百石を私しているということがわかりましたものでしたから、右門はゆうぜんとして駕籠をおりると、おどろき怪しんでいる門番のおやじをしりめにかけながら、ずっと玄関にかかりました。

――と、はいるや同時に、ちらりと右門の目を射たものは、そこの玄関先に不行儀そのもののごとく脱ぎすてられている三足の雪駄せったと、それからまだ土のつかない一足のわらじでありました。人が出はいりするために設けられた玄関ですから、雪駄があろうと、わらじがあろうと、べつに不思議も不審もなさそうに思われましたが、右門の観察眼はしばしばいうごとく、少しばかりできが違いますので、早くもそれと見ると、微笑しながら伝六にささやきました。

「あぶねえあぶねえ、いまひと足おくれたら、おれたちもこの寒空に旅へ出かけなきゃならなかったかもしれねえぜ」

「えッ。じゃ、野郎め、事のバレたのをかぎつけやがって、逐電の用意をしているとでもいうんですかい」

「そうさ、この不行儀な雪駄の脱ぎぐあいをまずよく見ねえな。三足が三足ともに、あっちへ一方、こっちへ一方飛び飛びになっているところをみると、どうやらはき主があわてて駆けつけて、あわてて駆け上がったらしい様子だよ。しかも、見りゃどれもこれも印伝鼻緒で、金めらしい二枚裏だからな。おそらく、このはき主ゃ、道楽仲間の悪旗本連だよ。そのうえに、土のちっともつかねえ真新しいわらじが、はくのを待つばっかりでこちらむきにそろえてあるとすりゃ、野郎が逐電の覚悟をつくりゃがって、大急ぎに道楽仲間を呼び寄せたとしきゃ読めねえじゃねえか」

「いかさまね。じゃ、ここで待ち伏せしててやりましょうか」

「ああ。しだいによると、野郎たちダンビラ抜くかもしれんから、十手の用意をしておくがいいぜ」

うまいぐあいに寒竹笹かんちくささの浅い繁みが玄関わきの左手にあったものでしたから、伝六は十手、右門はゆうぜんとふところ手をしたままで姿をかくしながら、様子やいかにと耳をそばだてていると、果然どやどやとあわただしい足音をさせて一刻をも争い顔にそこへ姿をみせた者は、右門のにらんだとおり、ひと目にそれと察しられる三人の旗本と、それから旅装束の一人でありました。念を押してみるまでもなく、旅装束のその小がらのやつが、目ざした不逞漢弥三郎とわかりましたものでしたから、右門はのっそりと両手を懐中にしたままで姿を見せると、満面に莞爾かんじとした笑えみをのせながら、黙ってぬうッとその面前に立ちふさがりました。

ぎょッとなったのは、むろんのことに四人の者で、それも立ちふさがった相手が不敵なことに、両手を懐中にしたままでにこやかにうち笑ってさえいたものでしたから、ややしばしぼうぜんと気をのまれたもののようでしたが、ようやくそれと気がついたのでありましょう――、

「さては、きさまが右門じゃなッ。まんまと鼻をあかしてやろうと存じていたが、もうこうなりゃあ水のあわじゃ。それッ、おのおの、ぬかりたもうなッ」

いうや、三人の旗本がいっせいにけしきばむと、期したるごとくにその強刀へ手をかけて、必死に弥三郎をうしろにかばいました。とみるや、右門は期したることではありましたが、できうべくんばけがもさせず、事も荒だてずにとり押えたいと思いましたので、いたってしずかに威嚇いたしました。

「抜くはよろしいが、ちとおん身たちでは手にあまる相手でござるぞ。それでも刃向かいだていたされるか」

しかるに、向こう見ずなやつがあればあるものでした。

「ほざくなッ。義によってせっかく逐電させようと思いたったわれわれ三人じゃ。きさまこそ、たかが不浄役人の分際で、直参旗本を見くびると命がないぞッ」

おろかなところへ旗本風を吹かして、いっせいに抜き放ちながら刃ぶすまをこしらえましたので、右門はゆうぜんとふところ手をしたまま、微笑しいしい三人の太刀たちの構えをうち見守っていましたが、と……弥三郎はけっきょく笑止千万な鍍金めっき旗本でありました。右門のぶきみなくらいにゆうぜんとしたおちつきぶりを見て、とうてい三人の悪友だけではわが身の安全がおぼつかないと思ったものか、いきなり家の内めがけて逃げ出しましたものですから、もう事ここにいたらば、右門に待たれるものはおなじみのあの草香流のみです。どこか別の出口をたよって遠くへ逐電したらあとがめんどうと思いましたので、おもむろにふところから両手を出すと、ぽきぽきと小気味よげに節鳴りをさせていましたが、もうそれが鳴れば、草香流の物をいうのは実に一瞬のうちのことでありました。

「ちょっくら地獄までいって涼んできなせえよッ」

叫ぶや、刃先の下をかいくぐって、右、左、まんなかと、疾風迅雷しっぷうじんらいの早さであっさり三人をのけぞらしておくと、さあ伝六ッとばかりに、弥三郎のあとを追って屋内深く駆け入りました。

ところが、どうもこれが奇態です。先に駆け込んでいったとはいうものの、たった七足か十足ぐらいの相違でしたから、まだどこかに弥三郎がまごまごしていなければならないはずでしたが、天にもぐったか地にもぐったか、不思議とその姿が見えませんでしたから、例のごとくに伝六がまず音をあげてしまいました。

「まるでのみみてえな野郎だね。どこの廊下口も雨戸はちゃんと締まっているんだから、表へ逃げ出したはずあねえと思うんだが、野郎め畳のめどへでももぐったんでしょうかね」

またそう思われるのも無理がないので、出口出口の雨戸は厳重にかぎがかけられたままでしたから、とするならばいきおいまだ屋敷内に潜伏していなければならないはずでしたのに、へやべやを捜してみても、押し入れご不浄までのぞいてみても、どうしたことか杳ようとしてその行くえがわからなかったものでしたから、とうとう弥三郎をのみにしてしまいました。

その言い方がいかにも伝六らしい比喩ひゆでしたから、右門もほほえむともなくほほえみながら、しきりにあごのまばらひげをまさぐっていましたが、そのときはしなくも捕物名人の耳に伝ってきたものは、ざアざアという水の流れる音です。それもどうやら一時にあふれ出るような水音で、あまつさえその方角がまだのぞいてみなかった召し使いどもの用いる湯殿のほうでしたから、右門は時を移さずにやって行くと、この世におれの目の届かないところはないはずだといわぬばかりに、ぎろり中をのぞきました。

と――、果然水音の出どころはそれなる湯殿の中で、不思議なことに丸い湯ぶねはちゃんとふたがきせられてあるにかかわらず、その周囲には今おけからあふれ出たばかりらしい暖かそうなお湯がもうもうと湯気をたてながら流れていたものでしたから、右門はそれを認めるや、くすり大きく笑っていたようでしたが、いきなり歩みよって、しっかり湯おけのふたを上から押えつけると、笑いわらい、伝六へ命じました。

「長生きはしてえもんじゃねえか。今日さまが毎日東から出るこたあ知っているが、まだこんな珍しい湯おけを見たことがねえよ。ついでのことに、伝馬町までみやげにしてやろうから、どこかその辺へ駆けていって、力のありそうな駕籠屋どもを三、四人ひっぱってきなよ」

「なるほどね、こいつあいかにも珍品にちげえねえや。じゃ、ひとっ走りいってきますから、しっかりふたを押えていなせえよ」

魯鈍ろどんなること伝六ごときものをもってしても、ふたはふさったままでいるのに、外には今なかからあふれ出でもしたような、お湯の流れ伝わっているそんな化けぶろおけは、めったにお目もじのできない品物でしたから、早くもそれと知ったか、丸くなって表へ飛び出していったようでしたが、まもなく命じたとおりの屈強な裸人足どもを四人引き連れまして、珍しくも気のきいたことには、がんじょうな麻なわすらも携えてまいりましたので、右門はただちに人足どもに命じて、じゅうぶんに湯おけをふたごとくくらしました。

といっしょに、ばちゃばちゃと中でもがきながら、案の定言い叫んだ弥三郎の声がありました。

「恐れ入りましてござります。もうけっしてむだなお手数はおかけいたしませぬによって、どうかふただけお取りくださいまし。とても湯気がこもって生きた心持ちはござりませぬゆえ、ふただけはお取りのけくださいまし」

しかし、右門は厳としていいました。

「うすみっともねえ泣きごとをいうな。加賀百万石のお殿さまだっても、お湯に浸ったままで江戸の町を道中するなんておぜいたくはなさらねえじゃねえか。それに、きさまひとりのために命を失ったものがふたりもあるんだから、熱いくらいはがまんしろ」

きびしくしかりつけておくと、いかさま加賀百万石をうちしのぐ珍道中ぶりで、人足どもにそれをかつがせながら、草香流におまじないをされたままで玄関先にのけぞっている悪旗本どもをしり目にかけつつ、さっさと伝馬町へ急がせました。

いうまでもなく、伝馬町にはあばたの敬四郎が例のあの悪い癖を出して、見当違いなホシとも知らずに、きっと今も無実の美男相撲ずもう、江戸錦四郎太夫を痛み吟味にかけているだろうと思ったからでありますが、案の定乗りつけてみると、ありとありたけの責め道具をそこに並べて、いたけだかになりながら必死と痛めつづけていましたものでしたから、右門はやにわに敬四郎の目前へどかりふろおけをうちすえさせると、微笑を含みながら、やや皮肉にいいました。

「やぶにらみもいいかげんにしなせえよ。さっきの死骸の駕籠のお礼に、人間の湯づけを一匹おみやげに持ってまいりましたから、じっくりとこの中の野郎をご覧なせえな」

いうや、ぷつりとなわを切って、ふたを取りはずしてやったものでしたから、ゆでだこのようなまっかな顔でへとへとになりながら飛び出した者は、旅装束をつけたままで湯づけの道中をしてきた不逞漢ふていかん弥三郎でした。

といっしょで、感謝あまったものか、江戸錦が、うしろ手にいましめられたままの大きなからだをがばとそこへ折り曲げると、右門のほうを伏し拝むようにしながら、白州の砂礫されきにしみるほどな大粒の涙をぼろぼろとはふり落としました。

しかし、右門はいつもながらの右門でした。いたたまらないもののごとくこそこそと逃げていったあばたの敬四郎のうしろ姿を笑止げに見送りながら、そのいましめをぷっきりほどいてやると、物静かにいいました。

「もうこうなりゃ、右門というあっしがお味方だから、お血筋の真柄家を再興するなり、おすきならば関取り修業を励むなり、お気ままにしなせえよ。――では、伝六、そっちの湯づけのほうは揚がり屋敷へおっぽり込んでおいてな、江戸錦どんとあとからゆっくりやって来なよ。豪気に寒いようだから、お近づきのしるしにお関取りといっしょで寄せなべでもつつこうじゃねえか」

言いおくと、ふところ手の中からあごをなでなで、ゆうぜんと歩み去りました。

――これは余談ですが、人はやはり身に備わった芸技と、その命運の示すところに左右されるものとみえて、りっぱなお直参にもなれる身分でありながら、断然江戸錦は関取修業をつづけ、のち三年にして関脇せきわけの栄位を修め、恰幅かっぷく貫禄かんろくならびにその美貌びぼうから、一世の人気をほしいままにしたということでした。

底本 / Source edition

底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年2月16日公開
2005年7月6日修正
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書誌 / Bibliography
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佐々木 味津三「右門捕物帖──12 毒色のくちびる」(新字新仮名)、底本『右門捕物帖(二)』春陽文庫、春陽堂書店、1982年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 000560_000111, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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