Soranoha

釘

くぎ

グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール

ある商人しょうにんが、市いちへ行きました。うまく商売しょうばいをして、もっていった品物しなものを、みんな売ってしまいました。おかげで、さいふは金貨きんかやら銀貨ぎんかやらで、いっぱいにふくらみました。

商人は、日の暮くれないうちに、家へ帰ろうと思いました。そこで、金貨をいれた旅行りょこうかばんを馬にのせて、でかけました。お昼になり、商人は、とある町でひとやすみしました。やがて、またでかけようとすると、その店の下男げなんが、商人の馬をひいてきて、

「だんな。左の後足あとあしの金靴かなぐつの釘が、一本ぬけていますよ。」と、いいました。

「いや、ぬけていたってかまわんよ。これから、まだ六時間ばかり乗のっていくんだが、そのあいだぐらいは、金靴も落おちはしないだろう。わしは今、いそいでいるんでな。」

と、商人は答えました。

商人は、お昼すぎにも、また、馬からおりてやすみました。馬にも、えさをやらせました。

すると、その店の下男が、商人のいる部屋へやにはいってきて、いいました。

「だんな。あの馬の左の後足の金靴が、とれていますよ。鍛冶屋かじやへつれていきましょうか。」

「いや、とれていたってかまわんよ。まだ、二、三時間は乗のっていかねばならんが、そのくらいは、金靴がなくてもだいじょうぶだろう。わしは今、いそいでいるんでな。」

と、商人は答えました。

こうして、商人は、馬に乗のってでかけました。しかし、いくらも行かないうちに、馬は足をひきはじめました。足をひいているうちに、こんどは、つまずきはじめました。つまずきつまずき、行くうちに、とうとう、馬はばったりたおれて、足を一本折おってしまいました。

こうなっては、しかたがありません。商人は、馬をそのままにしておいて、かばんを馬からおろすと、肩かたにかつぎました。それから、てくてく歩いて、夜おそくなってから、やっと、家にたどりつきました。

「あの、いまいましい釘のおかげで、さんざんなめにあってしまった。」

と、商人はひとりごとをいいました。

”いそぐときには、まわり道でも安全あんぜんな道をえらぶほうが、かえって早い。“というのは、このことですね。

底本 / Source edition

底本:「グリムの昔話(2)林の道編」童話館出版
2000(平成12)年12月10日第1刷発行
2015(平成27)年5月20日第15刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 9 いばらひめ」実業之日本社
1964(昭和39)年
※表題は底本では、「釘《くぎ》」となっています。
入力:sogo
校正:木下聡
2024年11月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール「釘」(新字新仮名)、底本『グリムの昔話(2)林の道編』童話館出版、2000年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 061553_001091, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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