ある<ruby><rb>商人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>が、<ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>へ行きました。うまく<ruby><rb>商売</rb><rt>しょうばい</rt></ruby>をして、もっていった<ruby><rb>品物</rb><rt>しなもの</rt></ruby>を、みんな売ってしまいました。おかげで、さいふは<ruby><rb>金貨</rb><rt>きんか</rt></ruby>やら<ruby><rb>銀貨</rb><rt>ぎんか</rt></ruby>やらで、いっぱいにふくらみました。

商人は、日の<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れないうちに、家へ帰ろうと思いました。そこで、金貨をいれた<ruby><rb>旅行</rb><rt>りょこう</rt></ruby>かばんを馬にのせて、でかけました。お昼になり、商人は、とある町でひとやすみしました。やがて、またでかけようとすると、その店の<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>が、商人の馬をひいてきて、

「だんな。左の<ruby><rb>後足</rb><rt>あとあし</rt></ruby>の<ruby><rb>金靴</rb><rt>かなぐつ</rt></ruby>の釘が、一本ぬけていますよ。」と、いいました。

「いや、ぬけていたってかまわんよ。これから、まだ六時間ばかり<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>っていくんだが、そのあいだぐらいは、金靴も<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>ちはしないだろう。わしは今、いそいでいるんでな。」

と、商人は答えました。

商人は、お昼すぎにも、また、馬からおりてやすみました。馬にも、えさをやらせました。

すると、その店の下男が、商人のいる<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>にはいってきて、いいました。

「だんな。あの馬の左の後足の金靴が、とれていますよ。<ruby><rb>鍛冶屋</rb><rt>かじや</rt></ruby>へつれていきましょうか。」

「いや、とれていたってかまわんよ。まだ、二、三時間は<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>っていかねばならんが、そのくらいは、金靴がなくてもだいじょうぶだろう。わしは今、いそいでいるんでな。」

と、商人は答えました。

こうして、商人は、馬に<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>ってでかけました。しかし、いくらも行かないうちに、馬は足をひきはじめました。足をひいているうちに、こんどは、つまずきはじめました。つまずきつまずき、行くうちに、とうとう、馬はばったりたおれて、足を一本<ruby><rb>折</rb><rt>お</rt></ruby>ってしまいました。

こうなっては、しかたがありません。商人は、馬をそのままにしておいて、かばんを馬からおろすと、<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>にかつぎました。それから、てくてく歩いて、夜おそくなってから、やっと、家にたどりつきました。

「あの、いまいましい釘のおかげで、さんざんなめにあってしまった。」

と、商人はひとりごとをいいました。

”いそぐときには、まわり道でも<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>な道をえらぶほうが、かえって早い。“というのは、このことですね。