Soranoha

日曜年

にちようねん

中谷 宇吉郎

日支事變後しばらくして、北支へ行ったことがある。その時たしか北京へ行く車中だったかと思うが、アメリカの大學の教授だという人に會った。

車中の退屈しのぎに雜談をしているうちに「日曜年(サベティック・イエァ)の旅行だ」という話が出た。聞いてみると、アメリカの大學では、六年間勤めると、七年目は、一年間の休暇が貰えるので、その時に旅行をしたり、何處かへ行って研究をしたりするのだという話であった。その間もちろん月給は貰える、すなわち日曜日に相當するものが、年にもあるわけで、いわば日曜年なのである。

われわれ大學に勤めている者から見たら、たいへんいい制度で、日本の大學も、こういう制度を眞似たらいいだろうなどと話し合ったことがある。ところが、アメリカへ來て、子供たちをいろいろな學校へ入れてみると、どの學校にも、この制度があるようである。小學校の先生にも、もちろんこの權利があるので、近く日曜年がとれるので、日本へ行ってみたいなどという人にも會った。

アメリカの教育は、私の知る限りでは、相當巧く行っているようであるが、その一番の原因は、小學校の教育がよいためではないかと思う。そしてそれがよいのは、小學校の先生の俸給が、かなり多い點にあるように考えられる。もちろん他の殷賑産業の從業員、あるいは大學の教授などと較べれば少ないが、その差があまりひどくないのである。それに小學校の先生は、門戸を張る必要がないので、相當生活は樂なようである。

その一つの現われは、ヨーロッパ旅行が、小學校の先生方のなかに、かなりはやっている點にも窺われる。末娘の受持の先生も、昨年の夏休みに、同じ小學校の同僚の先生と、ヨーロッパへ遊びに行った。

歐洲旅行などというから、何か會議にでも出席するのかと思ったら、そうではなかった。「子供たちにヨーロッパの地理や歴史を教えるにも、一度實地を見ておいた方がいいから」という話で、すっかり恐れ入った。政府かあるいはよその金で旅行するのではなく、自分の金で行くのである。聞いてみると、だいたい一ヵ月分くらいの收入を節約すると、夏休みにヨーロッパへ行ってこられるのだそうである。一ヵ月分の收入は、大體ヨーロッパ往復の船賃に相當する。ヨーロッパの方が、生活費が安いので、滯在期間中アメリカの生活費をそっちへ廻すと、餘裕が出るので、ヨーロッパ内の汽車賃がほぼ賄えるという話であった。

小學校の先生が、時々夏休みにヨーロッパへ遊びに行くことができ、そのうえ七年目ごとに、まる一年日曜年があるようなら、小學校教育も良くなるのが當然である。

底本 / Source edition

底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2026年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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中谷 宇吉郎「日曜年」(旧字新仮名)、底本『百日物語』文藝春秋新社、1956年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 061482_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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