Soranoha

惜櫟荘

せきれきそう

中谷 宇吉郎

亡くなった岩波(茂雄)さんが、熱海に別莊をつくる時に、庭にあった櫟の老木を助けたという話がある。海岸に近い斷崖の上に、百坪あまりの土地が得られて、そこに三十坪の別莊をつくることにしたのである。その眞ん中に、櫟の木が一本あった。請負の人が、どうもこの木が邪魔になるので、伐ってしまおうとした。

それを聞いた岩波さんは、絶對に伐ってはいけないという嚴命を下した。櫟は雜木であって、庭木にはならない下等な木であるが、それだからなおのこと、この木は伐ってはいけない、というのである。今の若い人たちに聞かしたら、隨分非論理的だというであろうが、明治の日本人には、こういう人がたくさんあったのである。

それでも心配だったと見えて、今度は、庭師や土工の連中に「この木をどうしても伐ると言うのなら、その前に我輩の腕を切れ」と言い渡したそうである。岩波さんは、この自分の科白にすっかり惚れ込んでしまって、完成後、お客を招待する毎に、この科白を聞かせたものであった。中には、二三度も聞かされた人もあったことであろう。

もっとも庭ができ上って見ると、この櫟はなかなかいい。庭全體を芝生にして、木は一本も植えてない。芝生の向う側は崖になっていて、小松の植込みが、頭だけを出し、その上は海である。櫟の老木は、唯一本この芝生の中に立っているが、その位置は軒先に近く、少し壺がはずれているところが、櫟らしい。

この美談は、露伴先生のお耳に達し、けっきょくこの別莊には、惜櫟莊という名前がついた。これもなかなかいい名前である。

ところで話はアメリカになるが、私たちの住んでいたシカゴ郊外の住宅地ウィネツカに、この惜櫟莊と全く同じ別莊があって、ちょっと驚いた。シカゴはミシガン湖畔にあり、湖岸に沿って北方に、ずっと住宅地がつづいている。そのうち湖にすぐ面した土地は非常に高價で、大金持の別莊地になっている。ミシガン湖は、湖といっても、日本本州の半分以上もあり、見たところは全くの海である。湖岸も斷崖になっていて、熱海とそっくりの地形である。

その斷崖の上に、ウィボルトという百貨店の先代の未亡人が、別莊をつくって住んでいる。その孫娘が、うちの末娘と同級生だったので、一度遊びに行ったことがある。

行って見て驚いたことには、家の大體の配置も、庭の芝生も、海の景色も、惜櫟莊そっくりなのである。ただ櫟の代りに、大きい松が一本、丁度惜櫟莊の櫟と同じような位置に植わっている。なかなか趣味が高尚である。岩波さんは非常に凝り屋で、こういうことにやかましい人であるが、アメリカにも全く同じ趣味の人がいることを知って、大いに驚いた。

底本 / Source edition

底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2026年4月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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中谷 宇吉郎「惜櫟荘」(旧字新仮名)、底本『百日物語』文藝春秋新社、1956年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 061459_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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