Soranoha

生活の組織

せいかつのそしき

中谷 宇吉郎

敗戰後の混亂時代に、生活の組織というものについて考えさせられたことがある。

食糧難の結果、止むを得ないことではあったが、皆が買い出しに出かけて、薯や野菜をつめた大きいリュックを背負って、汽車の窓から出入りした。あの汽車で薯や野菜だけを輸送したら、買い出しの量の何十倍かを運べたであろう。食糧と同時に、人間まで運ぶので、輸送難を益々深刻化したわけである。

食糧不足には、二つの要素があって、一つは食糧そのものの不足、今一つは輸送及び配分の問題である。そして後者の方が、とかく閑却され勝ちであるが、案外に重要な要素をなしている。そしてそれは組織の問題である。

敗戰後の數年間に、われわれがなめたあの困難の中には、組織が崩壞したために原因する部分が、相當の割合を占めていたようである。

もちろん戰爭中及び敗戰後というような非常時において、組織の重要性は、十分に認められていたことで、今更述べたてるまでもない。統制などということも、その點を考えて作られたものである。しかし私が言おうとするのは、もっと深いところにある組織、いわば生活の組織ともいうべきものである。

この生活の組織は、日本のような國では、非常に複雜になっている。生鮮食料品を常用していることが、一つの大きな原因であるが、その他新舊兩樣の生活樣式が混っている、という點もある。それで統制が巧く行かなかったのである。

アメリカは、個人主義の國であって、各自が勝手に羽をのばしたがる。その點で、國全體としての生活の組織は、なかなか複雜になる。しかしこの頃感じたことは、統制の形式を採らないで、この生活の組織が、なかなか巧く立っているという點である。

夏休みに、小學校の先生が、ヨーロッパへよく旅行する、という話を、前に書いたが、これなども、生活の組織が立っているので、巧く行くのである。普通そういう人たちは、アパートに住んでいるが、たいたい「たいたい」はママ留守中の三ヵ月を、友人か、その紹介の人に貸して行く。それでその間の家賃はいらないのである。

巧いことには、そういう借り手が始終ある。夏の三ヵ月には、どこの大學にも夏期大學があって、それに六回出席すると、マスターの學位がとれる。そういう希望者もたくさんあって、その連中は、こういう友人のアパートを借りると、安くかつ便利に三ヵ月を暮らせる。家具や寢具はもちろんのこと、臺所用品も全部揃っているからである。

こういうふうに、兩方巧く行くのは、組織が出來ているためである。

底本 / Source edition

底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2025年7月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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中谷 宇吉郎「生活の組織」(旧字新仮名)、底本『百日物語』文藝春秋新社、1956年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 061458_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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