Soranoha

小切手

こぎって

中谷 宇吉郎

かねというと、何だか資本主義の道具の一つのように響く。しかし、錢ぜにには、全くそういう匂いがない。

錢ときくと、すぐ聯想されるのは、五錢の白銅貨である。子供の頃、年に一度の村の祭の日に、この白銅貨を貰うしきたりになっていた。その白い冷たい白銅貨を、しっかり掌の中に握りしめて、盛り場まで行く。着く頃には、掌の中はすっかり汗ばんで、白銅貨は、生温かくなっている。五十年後の今日まで、こういうことを憶えているところを見ると、幼な心に、よほど嬉しかったにちがいない。

錢の定義は、こういう風に考えると、手の中に握れるもの、ということになる。そうすると、かねの方は、錢とは別のものという意味で、握れないもの、即ち空くうなものということになりそうである。

まことに妙な定義のようであるが、又それでいいのかもしれないという氣もする。もっとも、かねは資本主義の道具の一つという假定の下での話である。資本主義と限らず、何でも主義と名がつく以上、それは空なものであってちっとも差支えがなく、むしろその方が本當であろう。

それだったら、資本主義の本家アメリカには、錢というものが無いはずだということになる。事實そのとおりであって、アメリカ人には、恐らく、われわれがもっている錢という觀念は無さそうである。もちろん、この話は、米國資本組織の齒車の中にはいっているアメリカ人のことである。その齒車からはずれている連中、即ち、黒人の大多數、外國移民などはその限りではない。

私達が今住んでいるところは、かなり高級な住宅地で、住民は、たいてい金持である。貧乏人といえば、私たちのような外國人か、その近所隣りの少數の仲間くらいである。

ところで、この頃、同じ町に住んでいるという意味で、そういう金持の連中にも、少し近附きが出來た。主として、末の娘の同級生の家庭である。この末っ子の餘惠で、女房は、大分金持連中の生活樣式を見たわけであるが、驚くべきことには、そういう金持の夫人達が、普段はほとんど金を持っていないというのである。普通、五弗くらいしか金としては持っていないらしい。

高級自動車を二臺持ち、浴室が五つ六つある家に住むというのが、この程度の金持の平均である。そういう家の夫人達が、普段は五弗くらいしか現金を持っていないというのは、一寸面白い話である。食糧品店でも、洋服屋でも、電氣瓦斯その他の支拂でも、全部小切手で濟ますので、金はいらないのである。小切手に關する觀念が、日本とはまるでちがうので、あれは日常生活用のものになっている。從って亭主とは別に、女房が自分の小切手帳をもっているのが普通である。

亭主が儲ける金は、もちろん銀行にそのままはいるようになっているのであろう。女房が使う金も、小切手であって、銀行の帳尻の上で全部片が附いて行く。一家何人の家族かは知らないが、そういう連中の全部が消費する金額と、主人が儲ける金額とが、銀行の帳面の上で、躍っているだけである。それでこの連中は、錢とは全く關係なしに、生きていると言ってもいいわけであろう。即ち、かねという空なものの上に立って、事業も成り立っているし、又家族も生きて行っている、ということになる。

日本でも、大きい會社では、こういう風にして、事業が成り立っているのであろう。アメリカと日本との違いは、一般の家庭生活にまで、このかねという空なものの力がはいり込んでいるという點にある。アメリカの強みも弱みもここにあるので、この組織に一寸でも不安のかげがさしたら、それこそたいへんである。しかしアメリカの經濟が確立している以上、錢などに關係なしで、皆が勝手な暮しが出來るのであるから、こんな結構な話はない。

日本の場合はと聞かれると、一寸即答に困るが、錢ぜに、即ち十圓銅貨を汗ばむほどに握っている人もあろうし、一方何十億圓というかね、即ち空なものが、國中を濶歩している場合もあろう。東京を一足出ると、一九五四年型のキャディラックが、千年前の牛車と、ちょいちょい路上で對面するのであるから、錢とかねとが入り亂れていても、別に不思議ではない。

底本 / Source edition

底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2024年11月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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中谷 宇吉郎「小切手」(旧字新仮名)、底本『百日物語』文藝春秋新社、1956年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 061451_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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