むかし昔、あるところにびんぼうな<ruby><rb>信心</rb><rt>しんじん</rt></ruby>ぶかい<ruby><rb>少女</rb><rt>むすめ</rt></ruby>がありました。少女はおかあさんと<ruby><rb>二人</rb><rt>ふたり</rt></ruby>ぎりでくらしていましたが、食べるものがもうなんにもありません。それで、少女は、（野いちごでもさがすつもりでしょうか、）<ruby><rb>郊外</rb><rt>まちのそと</rt></ruby>の森へ行きました。森の中で少女にであったのは、見たことのないおばあさんです。このおばあさんは少女の心配をちゃんと承知していて、少女に、つぼふかいお<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>を一つやりました。このお鍋は、少女が、「おなべや、ぐつぐつ！」と言うと、上等のおいしい<ruby><rb>黍</rb><rt>きび</rt></ruby>のおかゆをぐつぐつこしらえます、それから、「おなべや、おしまい！」と言うと、おかゆをこしらえるのをやめるのです。

少女はこのお鍋をおかあさんのとこへ持ってかえりました。それからは、親子ふたりとも、貧乏やひもじいことと<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>きりになり、食べたい時には、いつなんどきでも、おいしいおかゆを食べていました。

ある日、少女の<ruby><rb>留守</rb><rt>るす</rt></ruby>に、おかあさんが、

「おなべや、ぐつぐつ！」と言ってみると、お鍋は、おかゆをこしらえてくれました。おかあさんは、おなかいっぱい<ruby><rb>食</rb><rt>た</rt></ruby>べたので、こんどは、お鍋にぐつぐつをやめてもらおうと思いました。けれども、なんと言ったらいいのか、わかりません。

それですから、お鍋は、いつまでもいつまでも、ぐつぐつ、ぐつぐつ<ruby><rb>煮</rb><rt>に</rt></ruby>えています。おかゆがお鍋のふちからあふれてきても、お鍋は、やっぱり、ぐつぐつ、ぐつぐついっています。そのうちに<ruby><rb>台所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>じゅうがおかゆでいっぱいになり、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>じゅうがおかゆでいっぱいになり、おとなりの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>がおかゆでいっぱいになり、それから、<ruby><rb>往来</rb><rt>おうらい</rt></ruby>がおかゆでうずまり、まるで、世界じゅうの人たちにおなかいっぱい食べさせなくては承知できないとでもいうふうでした。

どうもたいへんなことになったものですが、さてどうしたらいいか、どこのだれにもわからないのです。やっとのことで、それでもまだ、おかゆのおしこんでこない<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が、たった一軒のこっていたときに、少女がもどってきて、たった<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>、

「おなべや、おしまい！」と言いましたら、お鍋はぐつぐついわなくなりました。でも、この町へかえってこようとするものは、ぱくぱく、ぱくぱく、自分の<ruby><rb>通</rb><rt>とお</rt></ruby>り<ruby><rb>路</rb><rt>みち</rt></ruby>を食べあけなければなりませんでした。