## 一

「そういうわけで、来年のお正月の<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>は、この<ruby><rb>再建</rb><rt>さいけん</rt></ruby>日本のかくごをかためるためにも、<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>しておごそかにとりおこなわなければなりません。」

先生のわかわかしい顔が赤くもえたってきたのは、教室のすみでまっ赤にやけているストーブのせいばかりではなかった。

六十二人の少年のしんけんな目が、先生の<ruby><rb>熱情</rb><rt>ねつじょう</rt></ruby>にいっせいにこたえて、<ruby><rb>教壇</rb><rt>きょうだん</rt></ruby>の上の顔を見つめている。

うす日のさす<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>の外を、十二月のからっ風がヒューッとふいていっても、それに気をとられる者もなかった。教室の中はしんとして、みんな先生のつぎのことばを待ちかまえている。

「さて、本校では<ruby><rb>例年</rb><rt>れいねん</rt></ruby>のとおり、六年級の男女から、それぞれ一名の<ruby><rb>代表者</rb><rt>だいひょうしゃ</rt></ruby>をえらんで、全校の男子、女子にかわって、<ruby><rb>式場</rb><rt>しきじょう</rt></ruby>で新年のあいさつをのべさせることにきまりました。この級からは、みなさんに男子の<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>をえらびだしてもらわなければなりません。これはみなさんが<ruby><rb>在学中</rb><rt>ざいがくちゅう</rt></ruby>ただいちどしか<ruby><rb>出会</rb><rt>であ</rt></ruby>うことのできない重い<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>めです。みなさんの<ruby><rb>希望</rb><rt>きぼう</rt></ruby>、みなさんのかくごを、この<ruby><rb>新時代</rb><rt>しんじだい</rt></ruby>の<ruby><rb>新年拝賀式</rb><rt>しんねんはいがしき</rt></ruby>にりっぱにいいあらわしてもらうには、どの友人を立たせたらよいか。まじめに<ruby><rb>投票</rb><rt>とうひょう</rt></ruby>してほしいと思う。今、<ruby><rb>投票</rb><rt>とうひょう</rt></ruby>用紙をくばるから、あの人ならと思う名まえを一つだけ書いてください。」

六十二人の少年たちの<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>が、どれもこれも、急にドキドキしてきた。

「五分間考えて、それから書く。なお、いちばん<ruby><rb>投票数</rb><rt>とうひょうすう</rt></ruby>の多い人が<ruby><rb>代表者</rb><rt>だいひょうしゃ</rt></ruby>、そのつぎの人が<ruby><rb>代表候補者</rb><rt>だいひょうこうほしゃ</rt></ruby>――つまり<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>に急にさしつかえがおこったとき、その人にかわってあいさつをする、いわば<ruby><rb>補欠選挙</rb><rt>ほけつせんきょ</rt></ruby>になるのだからそのつもりで――では、<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>と<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>、この紙をみんなにくばって。」

先生はうで時計を見ながら、<ruby><rb>級長</rb><rt>きゅうちょう</rt></ruby>の<ruby><rb>高木光吉</rb><rt>たかぎこうきち</rt></ruby>と<ruby><rb>副級長</rb><rt>ふくきゅうちょう</rt></ruby>の<ruby><rb>中条奈良夫</rb><rt>ちゅうじょうならお</rt></ruby>とに、小さく切った<ruby><rb>投票</rb><rt>とうひょう</rt></ruby>用紙をくばらせた。

二十分とたたないうちに、<ruby><rb>選挙</rb><rt>せんきょ</rt></ruby>はすらすらと終わった。そして、<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>が<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>、<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>が<ruby><rb>代表候補者</rb><rt>だいひょうこうほしゃ</rt></ruby>ということにきまった。

「新年<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>の全校男子<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>は<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>、<ruby><rb>代表候補者</rb><rt>だいひょうこうほしゃ</rt></ruby>は<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>。こうきまったうえは、<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>に<ruby><rb>投票</rb><rt>とうひょう</rt></ruby>しなかった者も、<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>を自分たちの<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>にえらんだことになる。これが<ruby><rb>選挙</rb><rt>せんきょ</rt></ruby>のだいじなところだ。しょくんのクラスが<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>をえらびだした。そして、しょくんは、みんなこのクラスの一<ruby><rb>員</rb><rt>いん</rt></ruby>なのだから、とうぜんきみたちみんなで<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>をえらびだしたことになるんだ。わかったね。」

そちこちで、いくつかの顔がうなずいた。

「では、まだ少し時間は早いが、これで終わりにする。みんな帰ってよろしい。」

わっと、うれしそうなざわめきをあげて、みんな帰りじたくをした。

## 二

<ruby><rb>高木光吉</rb><rt>たかぎこうきち</rt></ruby>は、寒い風の中を大またにあるきだしていた。かれの心ははずんでいた。全校の<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>としてのべようとすることばが、もうさっきから頭の中へ、いくつもいくつもうかんできているのだった。

<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>をこえて、林ぞいの道へ出た。草は白くかれて、落ち葉が風にふかれて追っかけっこをしている。

「おーい。ノッポーォ、もっとゆっくりあるけえ！」

ふりかえると、なかよしの<ruby><rb>内藤</rb><rt>ないとう</rt></ruby>が、せなかのランドセルをバタンバタンいわせながら走ってくる。<ruby><rb>高木</rb><rt>たかぎ</rt></ruby>はわらいながら立ちどまって、

「よーし、早くこい。」というように手をあげた。

ノッポは<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>のあだ名だった。かれは<ruby><rb>成績</rb><rt>せいせき</rt></ruby>も級一番だが、<ruby><rb>体格</rb><rt>たいかく</rt></ruby>もだんぜんずばぬけていた。ちびの<ruby><rb>内藤</rb><rt>ないとう</rt></ruby>なぞは、かれの<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>くらいしかない。

「ぼく、お正月の<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>をちゅうもんしにいったんだよ。そしたら、<ruby><rb>洋服屋</rb><rt>ようふくや</rt></ruby>のおじさんめ、『四年生かね。』ときくのさ、いやになっちゃった。」

と、そばへくるなりそういって、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>とうでをくみながらあるきだした。

「うふふふ……そりゃ、だけど……。」

といいかけて、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>はふと口をつぐんだ。

「お正月の<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>」ということばが、つめたい風のように心をかすめたのだ。かれはつぎだらけの自分の<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>を見た。ズックのくつは、ちんぼつしかけたボートのようにへしつぶれて、先のほうから指がのぞいている。これがあとにもさきにも<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しいかれのただ一まいの着物、ただ一<ruby><rb>足</rb><rt>そく</rt></ruby>のくつだった。<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>のはれの<ruby><rb>壇上</rb><rt>だんじょう</rt></ruby>にあがるにも、これよりほかに着るものも、はくものもないのだ。

かれの足は急にのろくなった。<ruby><rb>内藤</rb><rt>ないとう</rt></ruby>はかまわずしゃべりつづける。

「ねえ、こんどの<ruby><rb>式</rb><rt>しき</rt></ruby>には、これまでにないみたいな<ruby><rb>演説</rb><rt>えんぜつ</rt></ruby>をやってくれよ、うんとがんばって――。」

「うん、やるよ。」

だが、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>の声はさびしくしずんでいた。

<ruby><rb>内藤</rb><rt>ないとう</rt></ruby>とわかれて家のほうへあるきながら、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>はいろいろと考えた。自分がもし<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>をことわれば、<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>が出る。自分のずばぬけて大きいからだが、このやぶれ<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>で<ruby><rb>壇</rb><rt>だん</rt></ruby>の上に立つすがたと、あのキチンとしたりっぱな<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>が<ruby><rb>壇</rb><rt>だん</rt></ruby>の上へあがったすがたとが見える。

今までだって、こんなうすぎたないなりをした<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>が出たことはなかった。なにしろ、だいじな<ruby><rb>式</rb><rt>しき</rt></ruby>なのだからと思うと、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>はこんどの<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>は<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>にゆずるほうが学校のためであり、クラスのためではあるまいかとうたがうようになっていた。

## 三

<ruby><rb>路地</rb><rt>ろじ</rt></ruby>のおくの、またそのおくの、あぶなっかしい三げん<ruby><rb>長屋</rb><rt>ながや</rt></ruby>の一けんが<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>の家だった。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、学校にいたときのままのやぶれズボンのひざをだいて、くったくそうに<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>によりかかっていた。母は、<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>めしのときに使ったばかりのちゃぶ<ruby><rb>台</rb><rt>だい</rt></ruby>をすえて、<ruby><rb>内職</rb><rt>ないしょく</rt></ruby>のハンケチのへりかがりに<ruby><rb>余念</rb><rt>よねん</rt></ruby>もなかった。

家じゅうにたったひとつの十六<ruby><rb>燭</rb><rt>しょく</rt></ruby>の<ruby><rb>電燈</rb><rt>でんとう</rt></ruby>が、親子のすがたをぼんやり<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らしていた。

かれらは、一家の<ruby><rb>心棒</rb><rt>しんぼう</rt></ruby>になる主人を持たない、気のどくな人たちだった。

「いいのかい、勉強は？」

母が仕事の手をとめずにきいた。

「うん、ぜんぶ、<ruby><rb>考査</rb><rt>こうさ</rt></ruby>すんだんだ。あさって<ruby><rb>通信簿</rb><rt>つうしんぼ</rt></ruby>ですよ。」

「ああ、そうなのかい。」

母は顔をあげて<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>のほうをちょっと見たが、またそのまませっせと仕事をつづけた。

まるでじかに<ruby><rb>霜</rb><rt>しも</rt></ruby>が<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>の上におりてくるような寒い<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>だった。

母はときどき手のひらに<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をはきかけては仕事をすすめていった。<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かだ。遠く<ruby><rb>線路</rb><rt>せんろ</rt></ruby>を走ってゆく<ruby><rb>貨物列車</rb><rt>かもつれっしゃ</rt></ruby>のとどろきが、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>をゆすぶるようにはっきり聞こえてくる。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>がふうっと長いため<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をついた。

「おまえ、なにか心配なことでもあるのかい。<ruby><rb>変</rb><rt>へん</rt></ruby>に元気がないね。」

母は、わざと子どもの顔を見ないで、きいた。

そういわれると、今までいっしょうけんめいにおさえていたことばが、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>のくちびるからいちどにとびだした。

「ぼく、どうしても決心がつかないんだ。」

かれはとうとう、きょう学校で<ruby><rb>選挙</rb><rt>せんきょ</rt></ruby>のあったことから、いっそ<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>の当日は<ruby><rb>欠席</rb><rt>けっせき</rt></ruby>して<ruby><rb>中条</rb><rt>ちゅうじょう</rt></ruby>にかわってもらおうかと思っていることまで、のこらず母に話してしまった。

「ぼく、自分だけで考えて、<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>をやめるかやめないか決心するつもりだったけれど、わからなくなっちゃったんです。」

かれはさいごにそういって口をつぐんだ。

母は仕事の手をとめて、じっと<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>の顔を見つめた。

「つまり、おまえは、やぶれた<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>を着た<ruby><rb>生徒</rb><rt>せいと</rt></ruby>がいては学校の<ruby><rb>面目</rb><rt>めんもく</rt></ruby>にかかわるというのだね。」

「――。」

「だけど、<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>が口をきいたり、新年のあいさつをしたりするわけではないでしょう。」

「そりゃそうだけど――。」

「それなら、<ruby><rb>代表</rb><rt>だいひょう</rt></ruby>でごあいさつをするおまえの心さえよごれていなければ、さしつかえないようにおかあさんには思えるのだがね。」

「――。」

「さもなければ、お金がなくてやぶれた着物を着ている人は、みんないけない人だということになりはしないかい。」

「そんなこと――。」

「おまえのおかあさんも、着物ではんだんすると、あんまりいいおかあさんではないことになりそうだね。」

そうだ！　着物がなんだ。

「わかりました。おかあさん！」

「ほんとにわかったのかえ。いい着物が着られないから学校の<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>があげられないなんて、かりにも考えるようではだめですよ、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>。」

「わかりました。ぼく、学校やクラスの<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>を<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>つけないような、りっぱなあいさつをきっとしてみせます。」

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は大きな声で返事をしてニッコリわらった。

母もわらって、かがりかけたハンケチをとりあげた。

十六<ruby><rb>燭</rb><rt>しょく</rt></ruby>の<ruby><rb>電燈</rb><rt>でんとう</rt></ruby>が急にぱっと明るくなったように思われた。

## 四

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>の父親は鉄道の<ruby><rb>駅員</rb><rt>えきいん</rt></ruby>だったが、五年まえに<ruby><rb>事故</rb><rt>じこ</rt></ruby>のために<ruby><rb>殉職</rb><rt>じゅんしょく</rt></ruby>した。その後、母は、<ruby><rb>女手</rb><rt>おんなで</rt></ruby>ひとつで<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>をいままでそだててきたのだった。

母は、午前中はある<ruby><rb>病院</rb><rt>びょういん</rt></ruby>のそうじ<ruby><rb>女</rb><rt>おんな</rt></ruby>として<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>き、帰ってからは<ruby><rb>輸出向</rb><rt>ゆしゅつむ</rt></ruby>きのハンケチのへりかがりを<ruby><rb>内職</rb><rt>ないしょく</rt></ruby>にしていた。どちらも大した金にはならなかったので、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>にやぶれない、さっぱりした<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>を着せておくことはむずかしかった。

ゆうべ<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>にああはいったものの、母もあのつぎだらけの<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>で、わが子をはれがましい<ruby><rb>式場</rb><rt>しきじょう</rt></ruby>の<ruby><rb>壇</rb><rt>だん</rt></ruby>の上に立たせたくなかった。なんとかして、お正月までには新しい<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>を買ってやりたいものだ――心の中ではそう思っていた。だが、その金をどうやってつくったらよかろうか。

二十四日の午後であった。

今にも雪が落ちてきはすまいかと思われる空の下を、五、六人の小学生がガヤガヤ話しながらやってくる。<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>も<ruby><rb>内藤</rb><rt>ないとう</rt></ruby>もその中にいた。午前は<ruby><rb>終業式</rb><rt>しゅうぎょうしき</rt></ruby>で<ruby><rb>通信簿</rb><rt>つうしんぼ</rt></ruby>をいただき、午後あらためて、新年<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>の<ruby><rb>式場</rb><rt>しきじょう</rt></ruby>の<ruby><rb>準備</rb><rt>じゅんび</rt></ruby>のお手つだいにいった帰りなのだ。かれらの学校は、まだ出来て<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>がないために、<ruby><rb>講堂</rb><rt>こうどう</rt></ruby>の<ruby><rb>設備</rb><rt>せつび</rt></ruby>がなかった。だいじな<ruby><rb>式</rb><rt>しき</rt></ruby>や<ruby><rb>学芸会</rb><rt>がくげいかい</rt></ruby>のときには、二階の教室を三つぶちぬいて、<ruby><rb>臨時</rb><rt>りんじ</rt></ruby>に会場をつくることになっていた。かれらはワイワイさわぎながら、<ruby><rb>机</rb><rt>つくえ</rt></ruby>をかたづけたり、<ruby><rb>演壇</rb><rt>えんだん</rt></ruby>をきずいたりしてきたあとなので、まだなんとなく気持ちがはしゃいでいた。

林のはずれを右へまがって、大通りへつづく<ruby><rb>横町</rb><rt>よこちょう</rt></ruby>まできたとき、<ruby><rb>陽気</rb><rt>ようき</rt></ruby>な<ruby><rb>楽隊</rb><rt>がくたい</rt></ruby>の<ruby><rb>曲</rb><rt>きょく</rt></ruby>が流れてきた。

「わァい、<ruby><rb>楽隊</rb><rt>がくたい</rt></ruby>だ。」

いちばんに<ruby><rb>内藤</rb><rt>ないとう</rt></ruby>がかけだした。みんな負けずにドッと走った。

大通りへ出てみると、もうすぐそこまで、赤い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のぼり</span>を先頭に立てた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひろめ</span>屋の一<ruby><rb>隊</rb><rt>たい</rt></ruby>が進んできている。長いささ<ruby><rb>竹</rb><rt>だけ</rt></ruby>と<ruby><rb>門松</rb><rt>かどまつ</rt></ruby>を立てならべ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しめ</span>をはりわたした通りのまん中を、いつも見かけるマーケットの<ruby><rb>楽隊</rb><rt>がくたい</rt></ruby>がねり歩いているのだった。

「なあんだ。マーケットの売り出しか。」

だれかがばかにしたようにいった。

それでも、みんなは動かずに見ていた。

「おや？」

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は自分の目をうたぐった。先頭に立って、二メートルちかくもある<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>ざおをかついでくる女の人が、見たことのある人のように思えたのだ。

もういちど見なおすと、いきなりぐいと何かがかれの<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をつきあげてきた。

「おかあさんだ！」

頭に手ぬぐいをかぶり、えりに「<ruby><rb>丸市</rb><rt>まるいち</rt></ruby>マーケット」と白くそめぬいた赤いはんてんを着て、<ruby><rb>地下</rb><rt>じか</rt></ruby>たびで足ごしらえをしたすがたは、いつもとまるでようすはちがっていたが、自分の母親を見あやまるはずはなかった。

手ぬぐいのはしから、そそけた<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>がのぞいて、風にゆれている。つめたい<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>ざおをおさえた両手の指は、かじかんでふくらんでいるように見える。まい朝おべんとうをつめてくださる手、まい<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>「おやすみ。」とやさしくふとんのえりをおさえてくださるその手の指が――。

「おかあさん！」

だんがんのようにとびだしていって、母の首ったまにかじりつきたかった。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のぼり</span>を母の手からひったくって自分の<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>にかつぎたかった。

だが、母はそしらぬ顔で、<ruby><rb>楽隊</rb><rt>がくたい</rt></ruby>に足なみをあわせて進んでいく。

まわりには友だちが、自分をとりまいて立っている。

とびだすことはできない。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、ボーッと目のまえがかすんでくるような気がした。

「つまんないや。いこう。」

だれかがいった。しかし、その声は<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>の耳にははいらなかった。

きょう、お昼に、かれが、<ruby><rb>例</rb><rt>れい</rt></ruby>によって<ruby><rb>全甲</rb><rt>ぜんこう</rt></ruby>の<ruby><rb>通信簿</rb><rt>つうしんぼ</rt></ruby>を見てもらおうと意気ごんで帰った家には、昼めしのしたくをしたちゃぶ<ruby><rb>台</rb><rt>だい</rt></ruby>が、白いふきんをかぶって、さびしくかれを待っているばかりで、母のすがたは見えなかった。そのわけもはじめてわかった。母は、<ruby><rb>病院</rb><rt>びょういん</rt></ruby>から帰ったあと、ハンケチのへりかがりをしていただけでは、この年の<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れが<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>せないので、新しいしごとをはじめたのだ。

## 五

その夜、かれは、思いこんだようすで、<ruby><rb>楽隊</rb><rt>がくたい</rt></ruby>の<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>もちのしごとはぜひ自分にさせてもらいたいと<ruby><rb>熱心</rb><rt>ねっしん</rt></ruby>にたのんだ。しかし「学校を<ruby><rb>卒業</rb><rt>そつぎょう</rt></ruby>するまでは、家のくらしのことなど気にするものではありません。」という母のひとことで、ぴたりととめられてしまった。

だが、よく日から学校の休みになった<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、母が<ruby><rb>病院</rb><rt>びょういん</rt></ruby>からまわってくる<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>をはかって、<ruby><rb>丸市</rb><rt>まるいち</rt></ruby>マーケットへ出かけていった。どうしても母にかわって<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>もちがやりたかったのだ。いや、母に<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>もちをさせておくにしのびなかったのだ。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>のかたい決心に動かされて、母はかれをつれて、二<ruby><rb>階</rb><rt>かい</rt></ruby>のマーケットの<ruby><rb>事務所</rb><rt>じむしょ</rt></ruby>へあがっていった。

「十三にしては、ずいぶんでかい子だな。これならだいじょうぶだろう。」

<ruby><rb>事務所</rb><rt>じむしょ</rt></ruby>の人は、<ruby><rb>測量</rb><rt>そくりょう</rt></ruby>するような目で<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>をながめてから、そばに立っている母にいった。

こうして<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>はついにその<ruby><rb>希望</rb><rt>きぼう</rt></ruby>をたっすることができた。

ひざの下までとどく、おとなの赤いはんてんを着た<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>のかっこうは、わかいサンタクロースのようであった。かれは、そのすがたでからだの三<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>もありそうな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のぼり</span>をになって、<ruby><rb>楽隊</rb><rt>がくたい</rt></ruby>のまっ先をいせいよく進んだ。

思いもかけない<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>のすがたを見つけて、からかったり、ひやかしたりする友だちもあった。しかし、今の<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>はそんなことはまるで気にもかけなかった。

おりよく、母のところへは、きんじょの人が何まいかの着物の<ruby><rb>仕立</rb><rt>した</rt></ruby>てをたのんできた。これはハンケチのへりかがりよりは、ずっと<ruby><rb>割</rb><rt>わり</rt></ruby>のよいしごとであった。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は午前中は<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>のあいさつの下書きをつくったり、それを<ruby><rb>暗</rb><rt>あん</rt></ruby>しょうして、うまく話をする<ruby><rb>練習</rb><rt>れんしゅう</rt></ruby>にむちゅうだった。そして母が<ruby><rb>病院</rb><rt>びょういん</rt></ruby>のそうじをすまして帰ってくると、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のぼり</span>をかつぎにでかけた。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>が、父のイハイをおさめた<ruby><rb>仏壇</rb><rt>ぶつだん</rt></ruby>に向かってお話のけいこをしていると、母が帰ってきてニコニコしながらそれを聞いていることなどもあった。

母と子は、<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れの一週間を、こうして力をあわせて<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>いた。

おおみそかの日、夕食のすぐあとで、母は<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>に手ぬぐいとシャボンと金とをわたした。

「<ruby><rb>床屋</rb><rt>とこや</rt></ruby>へいってらっしゃい。帰りにおふろへよってくるんですよ。」

「<ruby><rb>床屋</rb><rt>とこや</rt></ruby>なんか――。」

「いいからいっていらっしゃい。あしたはおまえにはだいじな日ではありませんか。」

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、だいどころでお正月のごちそうがにえているにおいをかぎながら出かけていった。

## 六

「さァ、もうお正月ですよ。<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>。」

母の声に<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、ムックリおきあがって<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>どこの上にすわった。キラリとかれの目にとびこんできたものがあった。とこのわきにキチンとたたんでおいてある新しい<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>の金ボタンの光りだった。

見あげると、母がかっぽう着のすがたで、にこやかにかれを見おろしている。

かれは<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>と母の顔を見くらべた。

「着てごらん。」

だが<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>はすぐには手がだせなかった。

「おぞうにがこげてしまうよ。早くしないと――。」

「はい。」と返事をして立ちあがると、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は手早くその新しい<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>を着た。着てしまうと<ruby><rb>変</rb><rt>へん</rt></ruby>にからだを動かしてはわるいような気がした。

「むこうを向いてごらん。――ちょうどいいようだね。とてもりっぱだよ。」

しかし、<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、母に<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>を向けたまま返事ができなかった。何か、あついものが<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をいっぱいにした。大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のぼり</span>をかついで寒い風の中を進んでいく母のすがたが、目のまえのやぶれたしょうじの上をとおっていくのだ。

おぞうにがこげるといって<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>をせきたてた母親は、いつまでも<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>を立たせてながめていた。

<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>の学校で<ruby><rb>拝賀式</rb><rt>はいがしき</rt></ruby>がおこなわれている<ruby><rb>時刻</rb><rt>じこく</rt></ruby>に、母は<ruby><rb>校舎</rb><rt>こうしゃ</rt></ruby>のすぐうらにある<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>ガ<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の<ruby><rb>朝霜</rb><rt>あさしも</rt></ruby>をふんで、そこにたたずんでいた。<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスごしに、<ruby><rb>式場</rb><rt>しきじょう</rt></ruby>のありさまを見まもっているのだ。すがすがしい<ruby><rb>初日</rb><rt>はつひ</rt></ruby>の光りがうしろからさして、ひっつめた<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>を<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らすのが、まるで頭のまわりに光りの<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>をかけたように見えた。くちびるには、さも<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>げなほおえみがうかび、<ruby><rb>柔和</rb><rt>にゅうわ</rt></ruby>な目には、深い<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びの色があった。

けれども、新しい<ruby><rb>洋服</rb><rt>ようふく</rt></ruby>にからだをつつんで、全校の<ruby><rb>視線</rb><rt>しせん</rt></ruby>をあびながら、はれの<ruby><rb>壇上</rb><rt>だんじょう</rt></ruby>に立った<ruby><rb>光吉</rb><rt>こうきち</rt></ruby>は、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>のそとの冬がれの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>から、母の<ruby><rb>慈愛</rb><rt>じあい</rt></ruby>のまなこが自分を見まもっていてくれることを、まったく知らなかった。