Soranoha

天河と星の数

あまのがわとほしのかず

寺田 寅彦

天の河が無数の星の集合したものだという事は今日では誰も知っているが、何故にあのような帯状をなして密集しているかという事はちょっと分らぬ疑問である。この疑問はやがて天体の構造如何という事になるので、昔から幾多の天文学者の想像力を逞しうする種になっていた。ある人は天体の星は扁平な薄い長方形の中に散布していて、その中ほどに我が太陽系が居るものと想像した。こういう扁平な板のような天体の中央に居て八方を眺めたと仮定すると、板の面に沿うた方向には沢山の星が重なって帯のように見えるはずでこれがすなわち天の河である。しかし板の面に斜めな方向にはいくらの厚みもないから、従って見える星の数も少ないといって説明した。これは面白い考えではあるが確かにその通りだという証拠もない、ただ一つの想像説に過ぎないのである。想像だけでは物足りない、確かな事実を捕えたいというのが学者の願である。しかし事実を得るのは寝ていて考えるだけでは出来ぬ仕事である。近頃ベルギーの天文台年報にストローバンという人が出した「銀河に対する星の分布」と題する論文の抜書を見ると、驚くべき学者の根気の結果が現われている。問題はつまり銀河に対して天球を数千の区劃に分ち各区中の星屑の数を数えるというのである。これがために用いた天体図や写真に含まれていた星の数は百万を少し越えている。それでも全体の天球の十分一くらいを数えたに過ぎぬので、すっかり数え上げるにはまだどのくらいかかるか分らぬ。しかしこれだけの研究によって天の河を距さるに従って星の密集の度が減ずる模様がよほどよく分って来たのである。宇宙に関する吾等の知識を増すだけの目的でこんな面倒な仕事を撓たゆまずに続けている学者の熱心を多とすべきものではあるまいか。

(明治四十一年八月二十四日『東京朝日新聞』)

底本 / Source edition

底本:「寺田寅彦全集 第十二巻」岩波書店
1997(平成9)年11月21日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第六巻」岩波書店
1986(昭和61)年1月7日第2刷発行
初出:「東京朝日新聞」
1908(明治41)年8月24日
※初出時の署名は「閑人」です。
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2022年6月26日作成
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書誌 / Bibliography
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寺田 寅彦「天河と星の数」(新字新仮名)、底本『寺田寅彦全集 第十二巻』岩波書店、1997年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 060973_000042, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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