とある家の垣根から
蔓草がどんなにやさしい手をのばしても
あの雲をつかまえることはできない
遠いのだ
あんなに手近にうかびながら
とある木の梢の
終りの蝉がどんなに小さく鳴いていても
すぐそれがわきかえるような激しさに変る
鳴きやめたものがいつせいに目をさますのだ
町の曲り角で
田舎みちの踏切で
私は立ち止つて自分の影を踏む
太陽がどんなに遠くへ去つても
あの日石畳に刻みつけられた影が消えてしまつても
私はなお強く 濃く 熱く
今在るものの影を踏みしめる
ひのきおく
木下 夕爾
とある家の垣根から
蔓草がどんなにやさしい手をのばしても
あの雲をつかまえることはできない
遠いのだ
あんなに手近にうかびながら
とある木の梢の
終りの蝉がどんなに小さく鳴いていても
すぐそれがわきかえるような激しさに変る
鳴きやめたものがいつせいに目をさますのだ
町の曲り角で
田舎みちの踏切で
私は立ち止つて自分の影を踏む
太陽がどんなに遠くへ去つても
あの日石畳に刻みつけられた影が消えてしまつても
私はなお強く 濃く 熱く
今在るものの影を踏みしめる
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913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c木下 夕爾「火の記憶──広島原爆忌にあたり」(新字旧仮名)、底本『日本の詩歌 26 近代詩集』中央公論社、1970年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 060959_002088, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079