アンネ・リスベットは、まるで、ミルクと血のようです。若くて、元気で、美しい<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>です。歯はまっ白に、ピカピカ光り、目はすみきっています。足は、ダンスをしているように、軽々としています。気持は、それよりももっと軽くて、陽気です。

で、このアンネ・リスベットは、どうなったでしょうか。<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>ん<ruby><rb>坊</rb><rt>ぼう</rt></ruby>の、おかあさんになりました。「みにくい赤ん坊」のおかあさんに。――そうです。赤ん坊は、きれいな子ではありませんでした。その子は、生れるとすぐ、みぞほり人夫の、おかみさんのところに、あずけられてしまいました。

おかあさんのアンネ・リスベットは、<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>さまのお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>に、働きに行きました。アンネ・リスベットは、絹とビロードの着物を着て、りっぱな<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中に、すわっていました。アンネ・リスベットのところには、すきま風一つ、<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>きこんではきませんでした。だれも、アンネ・リスベットに、らんぼうな言葉をかけてはなりませんでした。そんなことをすれば、アンネ・リスベットのからだに、さわるかもしれませんから。なにしろ、アンネ・リスベットは、伯爵さまの、赤ちゃんの、うばなのですから。

赤ちゃんは、王子のようにじょうひんで、天使のようにきれいでした。アンネ・リスベットは、この赤ちゃんを、心から、かわいがりました。ところが、自分の赤ん坊は、みぞほり人夫の家にいました。この家では、おなべがにたって、ふきこぼれるようなことは、ありませんでした。けれども、赤ん坊の口だけは、しょっちゅうあわをふきこぼしていました。

この家には、たいていのとき、だれもいませんでした。赤ん坊が泣きわめいても、それを聞きつけて、あやしてやろうとする者がいないのです。赤ん坊のほうは、泣いているうちに、いつのまにか、<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>いってしまいます。<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>ってさえいれば、そのあいだは、おなかがへっていることも、のどがかわいていることも、感じないものです。ほんとうに、眠りというものは、すばらしい発明ですよ。

それから、何年もたちました。時がたてば、草ものびる、と、よく言われますが、アンネ・リスベットの子供も、そのとおり、すくすくと大きくなりました。もっとも、あの子は、どうも、発育がよくない、と、人々は言いましたが。

さて、その子は、おかあさんがお金をやってあずけた、みぞほり人夫の家の人間に、すっかりなりきっていました。おかあさんのほうは、子供とは、まったく、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えん</span>がなくなってしまいました。町の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>さんになって、気持のよい、楽しい<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しをしていたのです。よそへ出かけるときには、ちゃんと、<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶって行ったものです。しかし、みぞほり人夫の家には、一度も行ったことがありませんでした。なぜって、その家は、町からたいへん<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れていたからです。それに、用事もありませんからね。

男の子は、みぞほり人夫の家の、家族のひとりになっていました。うちの人たちは、

「この子は、がつがつ食うなあ」と、言っていました。

そこで、食べるものぐらい、自分で働いて、かせがなければなりません。こうして、男の子は、マッス・イェンセンさんの、赤いウシのせわをすることになりました。じっさい、もうこんなふうに、<ruby><rb>家畜</rb><rt>かちく</rt></ruby>のせわをして、手伝いをすることができるほどになっていたのです。

伯爵のお屋敷の布さらし場では、くさりにつながれたイヌが、イヌ小屋の上に、えらそうにすわりこんで、お日さまの光をあびています。だれかが、そばを通りかかると、きまって、ワンワンほえたてます。雨の日には、このイヌは、自分の小屋の中にもぐりこんで、一しずくの雨にもぬれずに、暖かにしています。

いっぽう、アンネ・リスベットの子供も、お日さまの光をあびながら、みぞのふちにすわって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くい</span>をけずっています。春のころ、花の<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いている野イチゴのかぶを、三つばかり見つけました。そのときは、きっと今に実がなるぞ、と思って、楽しみにしたものです。ところが、実は一つもなりませんでした。<ruby><rb>霧雨</rb><rt>きりさめ</rt></ruby>がふってきました。雨の中にすわっていると、びしょぬれになってしまいました。けれども、まもなく、強い風が吹いてきました。ぬれて、からだにくっついている着物を、かわかしてくれました。

男の子は、お屋敷へ行くと、みんなに、つつかれたり、ぶたれたりしました。

「なんてきたない子だ。いやらしい子だ」と、下女も、下男も、言うのです。

でも、この子は、そういうことには、なれっこになっていました。かわいそうに、だれにも、かわいがられたことはないのです。

さて、それから、アンネ・リスベットの男の子は、どうなったでしょうか。ほかに、どうなるはずもありません。「だれにも、かわいがられたことはない」これが、この子の運命だったのです。

この子は、陸から船に乗りうつって、海に出ました。といっても、ちっぽけな船です。男の子は、船頭がお酒を飲んでいるあいだ、かじのところにすわっていました。いつも、きたならしい、よごれた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かっこう</span>をしていました。それに、寒そうに、ぶるぶるふるえていて、がつがつしていました。そのようすを見れば、だれでも、この子は、腹いっぱい、食べたことがないんだろう、と、思いそうです。いや、ほんとうに、そのとおりだったのです。

秋のおわりのことでした。風が吹きだして、雨もまじりはじめました。<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れもようの天気になってきました。

つめたい風が、あつい着物をとおして、はだまでしみ入りました。ことに、海の上ではそうです。いま、その海の上を、小さな<ruby><rb>帆</rb><rt>ほ</rt></ruby>かけ船が一そう、走っていました。船には、ふたりの人間しか、乗っていません。いや、もっと正しく言えば、ひとりと、はんぶんです。というのは、乗っていたのは、船頭と、<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>でしたから。

この日は一日じゅう、うす暗い天気でした。それが今は、ますます暗くなって、寒さも身を切るようでした。

船頭は、からだの底から、暖まろうと思って、ブランデーを飲みました。ブランデーのびんは、古いものでした。コップも、古いものでした。コップは、上のほうはなんでもありませんでしたが、足が折れていました。それで、木をけずって、青くぬったのを、足のかわりにしていました。一ぱいのブランデーでも、よくきくんだから、二はい飲めば、もっと、よくきくだろう、と、船頭は思いました。

小僧は、かじのところにすわっていました。タールでよごれた、かじかんだ手で、かじにしがみついていました。それにしても、みにくい小僧です。かみの毛はぼうぼう、からだは、ずんぐりむっくりです。この小僧は、いうまでもなく、みぞほり人夫の子供でした。教会の<ruby><rb>名簿</rb><rt>めいぼ</rt></ruby>では、アンネ・リスベットの子供となっていましたが。

風は、ヒューヒュー<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>きまくり、小船は、波にもまれました。帆は、風を受けてふくれました。船は、飛ぶように走っていきました。――まわりは、はげしい雨と風です。けれども、それだけではすみませんでした。――ストップ。――なんでしょう？　なにが、ぶつかったんでしょう？　なにが、くだけちったんでしょう？　なにが、船の中に、なだれこんできたんでしょう？

船は、くるくると、まわっています。大雨が、ザアッと降ってきたんでしょうか？　それとも、大波が、もりあがってきたんでしょうか？

少年は、かじのところで、大声にさけびました。

「イエスさま！」

船は、海の底にある大きな岩に、ぶつかったのです。そして、村の<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>にしずんでいる、<ruby><rb>古靴</rb><rt>ふるぐつ</rt></ruby>みたいに、海の底にしずんでしまいました。世間でよく言うように、人間はもちろん、ネズミ一ぴき、生きのこりませんでした。船には、たくさんのネズミのほかに、人間もひとり半、つまり、船頭と、みぞほり人夫の子供がいたのですが。

船のしずんでいくありさまを見ていたのは、ただ、鳴きさけぶカモメと、水の中の、さかなたちだけでした。けれども、そのカモメやさかなたちも、ほんとうは、よくは見ていなかったのです。なぜって、みんなは、水がどっと、船の中に流れこんで、船がしずんだとき、びっくりして、わきへ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてしまったのですから。

船は、水面からたった二メートルぐらいのところに、しずみました。ふたりは、海の底にほうむられました。ほうむられて、忘れられました。ただ、コップだけは、しずみませんでした。青くぬった、木の足のおかげで、ぷかり、ぷかりと、波のまにまに、<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>んでいたのです。やがて、波にはこばれて、海岸に打ちあげられると、くだけてしまいました。

いったい、どこにでしょう？　そして、いつのことでしょう？

いや、いや、その話は、もう、やめにしましょう。そのコップは、コップとしての、役目もりっぱにはたし、人にかわいがられてもきたのですから。

しかし、アンネ・リスベットの子供は、そういうわけにはいきませんでした。けれども、天国では、どんな<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>も、「だれにも、かわいがられることはない」などとは、言われないでしょう。

アンネ・リスベットは、それからも、町に住んでいました。もう、なん年も住んでいます。人からは、<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>さんと、呼ばれていました。奥さんは、むかし、<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>の家で、働いていたころのことを思い出しては、よく、人に話しました。そういうときには、とくべつに、ぐっと、胸をはったものでした。よそへ馬車で出かけたり、伯爵の奥さまや、男爵の奥さまがたと、話をしたことを、うれしそうに話しました。

あの、かわいらしい、伯爵のぼっちゃまは、それはそれは愛らしくて、神さまの天使のようでした。この上もなく心のやさしい子供でした。ぼっちゃまは、アンネ・リスベットに、とてもなついていました。アンネ・リスベットも、ぼっちゃまが大好きでした。ふたりは、キスをしたり、ふざけあったりしました。ぼっちゃまは、アンネ・リスベットにとっては、大きなよろこびでした。自分の命のつぎに、だいじなものでした。

そのぼっちゃまも、今は大きくなって、十四<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>になっています。勉強もよくできる、美しい少年です。

アンネ・リスベットは、赤ちゃんのときに、だいてあげてから、ぼっちゃまには、一度も、会ったことがありませんでした。それもそのはず、伯爵のお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>へは、もう何年も、行ったことがなかったのです。お屋敷へ行くのには、かなりの旅行をしなければならなかったのです。

「一度、思いきって行ってこよう」と、アンネ・リスベットは、言いました。「すてきな、わたしのかわいい、ぼっちゃまのところへ、すぐ行ってこよう。きっと、ぼっちゃまも、わたしのことをこいしがって、心にかけていてくださるにちがいないわ。むかしは、天使のような、小さな<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を、わたしの首にまきつけて、『アン・リス』とおっしゃったものだわ。そうそう、あのころは、バイオリンのような、声をしていらっしゃったわ。そうだわ、思いきって、お目にかかりに行ってこよう」

アンネ・リスベットは、しばらく、ウシ車に乗せていってもらいました。それからは、自分の足で歩いて、伯爵のお屋敷にきました。大きなお屋敷は、むかしのままで、光りかがやいています。おもてのお庭も、むかしのとおりです。

けれども、家の中にいる人たちは、アンネ・リスベットの見たこともない人ばかりです。むこうでも、だれひとり、アンネ・リスベットを知っている者はありません。もちろん、アンネ・リスベットが、むかし、うばとして、このお屋敷でたいせつな人だった、ということなどは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知りません。

「いいわ。もうすぐ奥さまが、わたしのことを、みんなに話してくださるわ。ぼっちゃまだって、きっと。ああ、早く、ぼっちゃまにお目にかかりたい」と、アンネ・リスベットは思いました。

とうとう、アンネ・リスベットは、このお屋敷にきたのです。でも、長いこと、待たなければなりませんでした。その、待っているあいだが、どんなに長く感じられたことでしょう。

うちのかたたちが、<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>につく前に、アンネ・リスベットは、奥さまのところに呼ばれました。奥さまは、やさしい言葉をかけてくださいました。かわいいぼっちゃまには、食事のあとで、お目にかかることになりました。しばらくしてから、また、呼ばれました。

ああ、ぼっちゃまは、すっかり大きくなって、ひょろ長くなっています。でも、美しい目と、天使のような口もとだけは、むかしのままです。ぼっちゃまは、アンネ・リスベットを見ました。けれども、ひとことも、言いませんでした。はっきりとは、おぼえがなかったのです。ぼっちゃまは、すぐに、くるりとふりむいて、むこうへ行こうとしました。アンネ・リスベットは、その手をとって、口にあてました。

「ああ、もう、いいよ」と、ぼっちゃまは言って、部屋から出ていってしまいました。

このぼっちゃまこそ、アンネ・リスベットが、どんなものよりも、強く愛してきた人です。今でもやっぱり、愛している人です。この世での、いちばんの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほこり</span>なのです。ところが、そのぼっちゃまは、さっさと行ってしまったのです。

アンネ・リスベットは、お屋敷を出て、広い大通りを歩いていきました。心の中は、悲しくてたまりません。

「ぼっちゃまは、あんなによそよそしくなってしまった。わたしのことなどは、なんにも考えていらっしゃらないし、ひとことも、話しかけてはくださらなかった。ああ、わたしは、あのぼっちゃまを、小さいころ、昼も夜も、だいてあげたのに。それに、今だって、心の中では、ずうっと、だいてあげているのに」

そのとき、大きな、黒いカラスが、目の前の道の上に、おりてきました。カラスは、カー、カー、鳴きたてました。

「まあ、いやだこと。おまえは、ほんとに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えんぎ</span>のわるい鳥だねえ」と、アンネ・リスベットは言いました。

それから、みぞほり人夫の家によりました。入り口に、おかみさんが立っていました。そこで、ふたりは話をはじめました。

「おまえさん。なかなか、たいしたもんらしいじゃないか」と、みぞほり人夫のおかみさんが、話しかけました。「まんまるく、ふとってさ。さぞかし、ぐあいがいいんだね」

「ええ、まあねえ」と、アンネ・リスベットは、言いました。

「あのとき、ふたりの乗ってた船が、しずんじゃってね」と、おかみさんは言いました。

「船頭のラルスも、あの子も、おぼれちゃったんだよ。ふたりとも、もう、おしまいさ。わたしは、今に、あの子が、いくらかは、<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しをたすけてくれると思ってたんだがねえ。あんたも、もう、あの子のために、お金をつかう必要はなくなったよ、アンネ・リスベットさん」

「ふたりとも、おぼれてしまったんですか！」と、アンネ・リスベットは言いました。でもそれきり、そのことについては、なんにも言いませんでした。

いま、アンネ・リスベットの心は、悲しみで、いっぱいだったのです。アンネ・リスベットは、伯爵のぼっちゃまを、心から愛していました。そのぼっちゃまに、会いたいばかりに、遠い道を歩いていったのです。それなのに、ぼっちゃまは、ひとことも、アンネ・リスベットに、話しかけてくれなかったではありませんか。それに、今度の旅行では、お金もずいぶんかかりました。しかも、それにくらべて、大きなよろこびは、えられなかったのです。けれども、そのことは、今は、なんにも言いませんでした。こんなことを、みぞほり人夫のおかみさんに話して、それで、気持を軽くしたいとは、思わなかったのです。それどころか、こんな話をすれば、おかみさんは、この人は、もう、伯爵さまのお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>では、だいじにされてはいないんだ、と思うにきまっています。

そのとき、カラスがまたもや、カーカー鳴きながら、頭の上を飛んでいきました。

「あの、えんぎのわるい鳴き声のおかげで」と、アンネ・リスベットは言いました。「きょうは、わたし、ほんとに、びっくりさせられたわ」

アンネ・リスベットは、おかみさんへのおみやげに、コーヒーまめとキクヂシャを持ってきました。おかみさんは、コーヒーが飲めるので、大よろこびです。さっそく、いれることにしました。アンネ・リスベットも、一ぱい、たのみました。そこで、おかみさんは、コーヒーをいれに、むこうへ行きました。アンネ・リスベットは、<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろしましたが、そのうちに、うとうと<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>ってしまいました。

眠っているあいだに、アンネ・リスベットは、ふしぎな<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>を見ました。いままで、一度も夢になど見たことのない人が、その夢の中にあらわれたのです。それは、アンネ・リスベットの子供でした。この家で、おなかをすかして、泣きわめいていた、あの男の子です。だれにも、かまってもらえなかった、あの子です。そして今は、神さまだけがごぞんじの、深い海の底に、横たわっている、あの子の夢を見たのです。夢の中でも、アンネ・リスベットは、いま、腰かけている部屋の中に、やっぱり、腰かけていました。おかみさんも、同じように、コーヒーをいれに行っています。コーヒー豆をいるにおいが、ぷんぷんしてきました。

そのとき、戸口に、きれいな子供があらわれました。伯爵のぼっちゃまのように、美しい子供です。その子はこう言いました。

「いま、世界はほろびます。さあ、ぼくに、しっかり、つかまってください。なんといっても、あなたは、ぼくのおかあさんですからね。あなたは、天国に、ひとりの天使を持っているんですよ。さあ、ぼくに、しっかりつかまってください」

こう言うと、天使は、アンネ・リスベットのほうへ、手をさしのべました。と、そのとたんに、すさまじいひびきがとどろきました。まぎれもなく、世界がはれつした音です。天使は、空へ<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>びあがりました。しかし、その手は、アンネ・リスベットのはだ着のそでを、しっかりと、つかんでいます。アンネ・リスベットは、なんだか、足が地面から<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れたような気がしました。ところが、そのとき、なにかおもたいものが、足にぶらさがりました。いや、背中のほうまで、よじのぼってくるものもあります。まるで、何百人もの女に、しがみつかれているみたいです。その女たちは、口々に、こう言っているではありませんか。

「あんたが、すくわれるんなら、わたしたちだって、すくわれてもいい。つかまろう、つかまろう」

こうして、みんなが、われもわれもと、すがりつくのです。でも、あんまり大ぜいすぎます。

「ビリ、ビリ」と、音がしました。そでが、ちぎれました。とたんに、アンネ・リスベットは、ものすごいいきおいで、落ちていきました。そのとき、はっと目がさめました。もうすこしで、腰かけていた、椅子といっしょに、ひっくりかえるところでした。頭の中が、すっかり、ごちゃごちゃになっていました。それで、どんな夢を見たのか、ちょっと思い出すこともできませんでした。けれども、いやな夢だったことだけは、たしかです。

それから、おかみさんといっしょに、コーヒーを飲みながら、いろんな話をしました。

やがて、アンネ・リスベットは、別れをつげて、近くの町に行きました。その町で、荷馬車の<ruby><rb>御者</rb><rt>ぎょしゃ</rt></ruby>に会って、その人の車に乗せてもらって、その晩のうちに、自分の住んでいる町へ、帰ろうと思ったのです。ところが、御者に会ってみると、あくる日の夕方でなければ、出かけない、ということでした。

アンネ・リスベットは、もし今夜、この町にとまるとすれば、どのくらいのお金がかかるかを考えてみました。それから、自分の町までの、道のりを考えてみました。そして、大通りを行かないで、海べにそっていけば、三キロぐらいは近そうだ、と心に思いました。

空を見れば、きれいに晴れわたっていて、お月さまが、まんまるくかがやいています。そこで、アンネ・リスベットは、歩いていくことにきめました。あしたは、うちに帰ることができるでしょう。

お日さまが、しずみました。夕べをつげる<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>が、まだ鳴っています。おやおや、それは、鐘ではありません。<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>の中で、大きなカエルが鳴いているのでした。

やがて、そのカエルたちも、鳴くのをやめました。あたりは、しーんと、しずかになりました。鳥の鳴き声一つ、聞えません。今は、すべてのものが、しずかに眠っているのです。フクロウだけは、まだ、<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>にかえっていませんでした。森は、ひっそりとしています。アンネ・リスベットの歩いている浜べも、しーんとしています。聞えるものといえば、ただ、砂をふむ、自分の足音ばかりです。海のおもてには、さざなみ一つ、立っていません。深い水の中からは、音一つ聞えません。海の底にあるものは、生きているものも、死んでいるものも、みんなひっそりと、だまりこくっています。

アンネ・リスベットは、どんどん歩いていきました。世間でよく言うように、なんにも考えてはいませんでした。今のアンネ・リスベットは、考えるということから、離れていました。けれども、考えのほうでは、アンネ・リスベットから、離れてはいませんでした。考えというものは、わたしたちから、離れるようにみえても、離れているのではありません。ただ、うつらうつらしているだけなのです。いきいきと働いていた考えが、うつらうつらしていることもあります。まだ、働きださない考えが、うつらうつらしていることもあるのです。しかし、考えというものは、いつかはきっと、おもてにあらわれてきます。それは、わたしたちの心の中で、動きだすこともありますし、頭の中でうごめくこともあります。それから、わたしたちの上に、降ってわいてくることもあります。

「よい行いは、祝福をもたらす」という言葉があります。また、「罪をおかせば、死にいたる」という言葉もあります。ほかにも、書かれたり、言われたりしている言葉は、たくさんあります。けれども、人はそれを知らないのです。思い出せないのです。アンネ・リスベットが、やはり、そうでした。けれども、そういうものが、ふっと、おもてにあらわれて、心に浮んでくることがあります。

罪も、徳も、すべて、わたしたちの心の中にあります。あなたの心の中にも、わたしの心の中にも！　それらは、目に見えない小さな穀物のつぶのように、ひそんでいるのです。そこへ、外から、お日さまの光が一すじ、さしてきます。でなければ、わるい手がさわりにきます。あなたは、町かどを、右か左にまわります。ええ、それだけで、きまってしまうのです。小さなつぶは、ゆすぶられているうちに、ふくらんできて、はじけとびます。そして、そのしるを、あなたの血の中にそそぎこみます。そうなると、あなたはもう、走りつづけなければなりません。

人の心を不安にする考えも、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>を見ているときには、気がつかないものです。しかし、そのあいだも、働きつづけているのです。アンネ・リスベットも、夢を見ながら、歩いていました。心の中では、いろいろな考えが動いていました。

二月二日の、聖母おきよめの祝日から、つぎの祝日のあいだまでに、心には、たくさんの借りができます。一年のあいだの、決算ですが、忘れられてしまうものも、たくさんあります。たとえば、わたしたちは、神さまをはじめ、となりの人や、わたしたち自身の良心にたいしても、罪をおかしています。口に出しておかしているときもあれば、心の中でおかしていることもあるのですが、そういうものは、たいてい、忘れられてしまいます。

わたしたちは、ふつう、そんなことは考えません。アンネ・リスベットも、同じでした。そのはずです。アンネ・リスベットは、国の法律や、規則に合わないようなことは、なに一つ、していないのですから。それどころか、アンネ・リスベットは、みんなから、正直で感心な、りっぱな女だと思われているのです。そのことは、アンネ・リスベット自身も、ちゃんと知っていました。

さて、アンネ・リスベットは、海べにそって歩いていきました。――おや、むこうに、なにかがありますよ。アンネ・リスベットは、あゆみをとめました。波に打ちあげられているのは、なんでしょう？　古い、男の<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>です。どこか、海の上で、船から落ちたものでしょう。

アンネ・リスベットは、なおも、近づいていきました。立ちどまって、それをながめました。――おや、まあ、横たわっているのは、なんでしょう？　<ruby><rb>一瞬</rb><rt>いっしゅん</rt></ruby>、アンネ・リスベットは、ぎょっとしました。けれども、よくよく見れば、べつに、びっくりするほどのものではありません。海草とヨシが、大きな細長い石の上に、まつわりついているだけではありませんか。もっとも、それが、人間のからだそっくりに見えたのです。

ただの海草と、ヨシにすぎませんが、それでも、アンネ・リスベットは、すっかり、おどろいてしまいました。なおも、先へ歩いていくうちに、今度は、子供のころ聞いた話が、いろいろ頭に浮んできました。

たとえば、「浜のゆうれい」についての<ruby><rb>迷信</rb><rt>めいしん</rt></ruby>です。これは、さびしい海べに打ちあげられて、ほうむられずに、そのままになっている、死人のゆうれいの話です。それから、「浜にさらされたもの」というのも、あります。こちらは、死んだ人の、からだのことです。べつに、だれにも、わるいことをするわけではありません。ところが、「浜のゆうれい」のほうは、旅人が海べを、ひとりきりで歩いていると、そのあとをつけてきます。そして、その人の背中に、しっかりとしがみついて、

「どうか、墓地へ、連れていってください。ちゃんと、教会の土の中にうめてください」と、たのむそうです。そのときに、「つかまろう、つかまろう」と、言うのだそうです。

アンネ・リスベットは、なんの気なしに、この言葉をくりかえして、つぶやきました。と、とつぜん、昼間見た夢が、はっきりと、目の前に浮んできました。夢の中では、大ぜいの母親が、「つかまろう、つかまろう」と、さけびながら、しがみついてきたのです。世界はしずみ、はだ着のそではちぎれて、自分は、子供の天使の手から離れて、落ちていったのです。その天使は、最後のさばきのときに、自分を天国へと引きあげにきてくれたのですが。

いっぽう、自分の子、血をわけた、自分のほんとうの子は、どうでしょう。その子は、いま、海の底に横たわっているのです。一度も、愛したことのない、いいえ、それどころか、思ってさえもみたことのない子です。もしかしたら、その子が、浜のゆうれいとなって出てきて、「つかまろう、つかまろう。墓地へ、連れていってください」と、さけぶかもしれません。

こんなことを考えると、なんだか、心配でたまらなくなってきました。ぐんぐん、足を速めました。おそろしさが、つめたい、ぬらぬらした手のように、せまってきました。みぞおちの上に、しっかりとくっつきました。アンネ・リスベットは、もうすこしで、気が遠くなりそうでした。

海の上をながめると、なんだか、ぼうっと、かすんできました。こい<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>が、<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しよせてきて、草むらや木々のまわりに、からみつきました。すると、その草むらや、木々は、なんともいえない、気味のわるい形になりました。お月さまを見ようとして、うしろをふりかえってみました。お月さまは、光をうしなった、青白いえんばんみたいです。

そのとき、何かおもたいものが、手や足にくっついてきました。「つかまろう、つかまろう」という、あのゆうれいだな、と心の中で思いました。

もう一度、ふりむいて、お月さまを見ると、お月さまの青白い顔が、まるで、すぐ目の前にせまっているようです。霧が、白いリンネルのように、肩にかかってきました。そのとき、「つかまろう、つかまろう。墓地へ、連れていってください」という声が、したようです。それといっしょに、すぐ近くで、うつろな声がしました。沼のカエルや、カラスどもの声ではありません。なぜなら、そんなものの姿は、どこにも見えないのですから。

すると、今度は、「わたしを、ちゃんと、土の中に、うめてください。ちゃんと、土の中に、うめてください」という声が、はっきり、聞えてきたではありませんか。たしかに、これは、海の底に横たわっている、自分の子供が、浜のゆうれいとなって、出てきたのにちがいありません。この子は、墓地に連れていって、教会の土の中に、ちゃんとうめてやらないうちは、心の平和がえられないのです。

そこで、アンネ・リスベットは、墓地へ子供を連れていって、うめてやろうと思いました。教会のあるほうにむかって、歩きだしました。ところが、しばらく歩いていくと、しがみついているゆうれいが、だんだん軽くなってきました。しまいには、とうとう、重みを感じなくなってしまいました。

そこで、アンネ・リスベットは、また考えをかえて、さっきの近道に引きかえそうとしました。ところが、そのとたんに、また、あのゆうれいに、しっかりと、しがみつかれてしまいました。「つかまろう、つかまろう」そういう声は、まるで、カエルの鳴き声のようでした。悲しそうな、鳥の鳴き声のようでもありました。しかし、たしかに、はっきりと聞えました。「わたしを、ちゃんと、土の中に、うめてください。ちゃんと、土の中に、うめてください」

霧は、つめたく、ぬらぬらしていました。けれども、アンネ・リスベットの手や顔が、つめたく、ぬらぬらしていたのは、そのためではありません。おそろしさのためだったのです。アンネ・リスベットは、おそろしさを、ひしひしと身に感じました。心のうちには、大きな場所が、ぽっかり口を開きました。そこに、今まで、一度も感じたことのない、考えがあらわれてきました。

北の国のデンマークでは、春になると、たった一晩のうちに、ブナの森が、いっせいに、みどりの芽を出すことがあります。そして、あくる日、お日さまの光を受けると、若々しい美しさに、光りかがやくことがあります。わたしたちの生活の中に、まかれている罪のたねも、それと同じように、あっというまにふくらんで、考えや言葉や、行いのうちに、芽を出すことがあります。良心が目をさますと、それは、またたくうちに、ぐんぐんのびて大きくなります。

神さまは、わたしたちが思いもしないときに、良心を呼びさまします。そうなれば、もう、言いわけはゆるされません。行いが証明となり、考えは言葉となって、その言葉は、広く世の中にひびきわたるのです。わたしたちは、こういうものが、自分のうちにあって、しかも、よく、押しころされなかったものだと、おどろきます。また、わたしたちは、ごうまんな気持から、考えなしにまきちらしたものを見て、おどろきます。心の中には、徳も、ひそんでいます。そのいっぽう、悪も、ひそんでいます。それらは、どんなひどい土地でも、芽を出して、のびていくものです。

今、ここに言いあらわしたことが、アンネ・リスベットの頭の中に、芽を出してきました。アンネ・リスベットは、おそろしさにうちのめされて、地べたにくずおれました。しばらくは、ただ、そのまま、地べたをはっていきました。

「わたしを、地の中にうめてください。地の中にうめてください」という声がしました。アンネ・リスベットは、いっそ、自分を、地の中にうめてしまいたいと思いました。もしも、お墓にはいることによって、なにもかも忘れることができるものならば。――

アンネ・リスベットにとっては、しんけんに目ざめる、ひとときでした。もちろん、おそろしさと、不安とは、つきまとっています。迷信は、アンネ・リスベットの血を、ときには、つめたくひやし、ときには、あつく燃やしました。今まで、口にしたこともないようなことが、つぎつぎと、頭に浮んできました。まぼろしのようなものが、お月さまの光をうけた、雲のかげのように、音もなくそばを通りすぎました。それは、前に、話には聞いていたものです。

四頭のウマが、目や鼻からほのおをはきながら、燃える馬車を、ひいていました。馬車の中には、何百年も前に、このあたりをおさめていた、わるい<ruby><rb>殿</rb><rt>との</rt></ruby>さまが乗っていました。なんでも、この殿さまは、毎晩、ま夜中に馬車に乗って、自分の領地に行き、すぐまた引きかえすのだという話です。けれども、この殿さまは、わたしたちが、よく、死神について思い浮べるように、青白くはありません。それどころか、炭のように、それも、火の消えた炭のように、まっ黒でした。

殿さまは、アンネ・リスベットにむかって、うなずいて手まねきしました。

「つかまろう、つかまろう。そうすれば、また、<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>の馬車に乗って、自分の子供のことも、忘れられるぞ」

アンネ・リスベットは、いっそう、足を速めました。墓地にたどりつきました。ところが、黒い<ruby><rb>十字架</rb><rt>じゅうじか</rt></ruby>と、黒いカラスたちが、目の前に入りみだれていて、その見わけが、はっきりとつきません。カラスたちは、昼間と同じように、カー、カー、鳴きさけんでいます。けれども、いまは、ようやく、カラスたちの言おうとしている意味が、わかりました。

「わたしは、カラスのおかあさん。わたしは、カラスのおかあさん」と、カラスたちは、口々にさけんでいるのでした。

カラスのおかあさんは、子供が、まだ飛べないうちに、<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>からつき落すということです。それで、カラスのおかあさんというのは、なさけしらずのひどいおかあさんのことなのです。アンネ・リスベットは、自分も、カラスのおかあさんと同じだと、気がつきました。きっと、いまに、自分も、こういう黒いカラスに、かえられてしまうでしょう。そして、お墓がほってやれないといって、このカラスたちと同じように、しょっちゅう、鳴きわめかなければならないかもしれません。

はっとして、アンネ・リスベットは、地べたに身を投げだし、かたい土を、手でほりはじめました。たちまち、指からは血がほとばしり出ました。

「わたしを、地の中にうめてください。地の中にうめてください」という声が、たえず聞えました。

アンネ・リスベットは、ニワトリが鳴いて、東の空が赤くそまってくるのを、おそれました。なぜって、それまでに、自分の仕事をやりおえないと、なにもかも、だめになってしまうのです。

そのとき、ニワトリが鳴いて、東の空が赤くなってきました。――けれども、お墓はまだ、半分しかほれていないのです。氷のようにつめたい手が、頭から顔へすべりおりて、胸までさがってきました。

「お墓は、まだ、やっと半分！」と、ため息まじりに、言う声がしました。なにかが、アンネ・リスベットのからだから、ふわふわと<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れて、海の底へもどっていきました。いうまでもなく、浜のゆうれいです。アンネ・リスベットは、打ちのめされて、地べたにたおれました。もう、考える力も、感じる力も、ありません。

アンネ・リスベットが、気がついたときには、もう、すっかり明るくなっていました。ふたりの男が、自分をだきおこしてくれています。見れば、そこは墓地ではなくて、海べでした。しかも、その海べの砂の中に、アンネ・リスベットは、深い穴をほっていたのです。それに、指もけがをして、血が出ていました。青くぬった、木の足のコップがくだけていて、それで、指を切ったのです。

アンネ・リスベットは、病気でした。良心のカードの中に、迷信のカードがまぜられて、その中から一枚、引きぬかれたのです。そのため、いまは、はんぶんの<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>しか、持っていませんでした。あとのはんぶんは、自分の子供が、海の底に持っていってしまったのです。その魂のはんぶんは、いま、海の底に、しっかりと、しばりつけられています。それを取りもどさないうちは、天国にのぼっていって、神さまのおめぐみを受けることはできないでしょう。

アンネ・リスベットは、やっとの思いで、家に帰ってきました。けれども、今までとは、がらりと、人がかわってしまいました。頭の中は、もつれた糸玉のように、もつれにもつれていました。けれどもその中を、一つの考えだけが、はっきりとつらぬいていました。それは、浜のゆうれいを教会の墓地に連れていって、お墓をほってやり、そうすることによって、魂の全部をとりもどすということでした。

アンネ・リスベットは、<ruby><rb>幾晩</rb><rt>いくばん</rt></ruby>も、幾晩も、家から、姿をけすようになりました。そういうときには、きまって、海べにいるところを、人に見つけられました。もちろん、アンネ・リスベットは、浜のゆうれいが出てくるのを、待っていたのです。

こんなふうにして、まる一年たちました。

ある晩のこと、とつぜん、アンネ・リスベットは、また、姿をけしてしまいました。ところが、今度は、なかなか、見つからないのです。あくる日は、一日じゅう、みんなで、さがしまわりました。でも、やっぱり、だめでした。

夕方になって、<ruby><rb>役僧</rb><rt>やくそう</rt></ruby>が、夕べの<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>を鳴らすために、教会の中へはいっていきました。ふと見ると、<ruby><rb>聖壇</rb><rt>せいだん</rt></ruby>の前に、アンネ・リスベットが、ひざまずいているではありませんか。アンネ・リスベットは、朝早くから、ずっとここにいたのです。からだの力は、もう、ほとんど<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>けきっているようでした。けれども、目は光りかがやき、顔にも生き生きとした、赤みがさしています。お日さまの最後の光が、アンネ・リスベットの上を照らしました。聖壇の上にひろげられている聖書のかざり<ruby><rb>金</rb><rt>がね</rt></ruby>を、キラキラと照らしました。そこには、預言者ヨエルの言葉が書いてありました。「なんじら、ころもをさかずして、心をさき、なんじらの神にかえるべし」――

「それは、ぐうぜんだよ」と、人々は言いました。世の中のたいていのことは、ぐうぜんだと言われるものですね。

お日さまに照らされているアンネ・リスベットの顔には、はっきりと、平和とおめぐみが、あらわれていました。

「とても、よい気持です」と、アンネ・リスベットは、言いました。

とうとう、アンネ・リスベットは、うちかったのです。ゆうべは、自分の子供の、浜のゆうれいがそばにやってきて、こう言いました。

「おかあさん。あなたはぼくのために、お墓をはんぶんしか、ほってくれませんでした。でも、この一年間というものは、あなたの心の中に、しっかりと、ぼくを入れておいてくれましたね。子供にとっては、おかあさんが、自分の心の中に、入れておいてくれるのが、なによりもうれしいことなんですよ」

こう言って、前にとっていった魂のはんぶんを、アンネ・リスベットにかえしました。それから、アンネ・リスベットを、この教会に案内してきたのです。

「いまは、わたしは、神さまのおうちにいます。ここでは、どんな人も、しあわせです」と、アンネ・リスベットは言いました。

お日さまが、すっかりしずみました。そのとき、アンネ・リスベットの魂は、高く高く、天にのぼっていきました。そこでは、もうおそろしいと思うことはありません。この世で、りっぱにたたかいぬいた人にとってはです。アンネ・リスベットこそ、そういう、りっぱにたたかいぬいた人なのです。