Soranoha

三つのことば

みっつのことば

グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール

むかし、スイスの国に、ひとりの年をとった伯爵はくしゃくが住んでおりました。伯爵にはむすこがひとりしかありませんでしたが、そのむすこはばかで、なにひとつおぼえることができないありさまでした。

そこで、あるとき、おとうさんがいいました。

「これ、せがれ、わしはおまえの頭になにひとついれてやることができん。そこで、こんどはひとつ、わしの思っていることをやってみたい。おまえはこの土地をはなれなければいかん。つまり、わしはおまえを、ある名高い先生にあずけようと思うのだ。その先生が、おまえをなんとかしてくださるだろう。」

こうして、若者わかものは知らない町にやられて、その先生のところにまる一年おりました。一年たって、むすこはかえってきました。そこで、おとうさんはたずねました。

「どうだ、せがれ、なにをおぼえてきた。」

「おとうさん、ぼくは犬のことばをおぼえてきました。」

と、むすこはこたえました。

「ああ、なんということだ。」

と、おとうさんは思わず大きな声でいいました。

「おまえのおぼえてきたのは、それだけなのか。では、おまえをほかの町へやって、べつの先生にあずけるとしよう。」

こうして、若者わかものはまたつれていかれました。そして、この先生のところにも、やっぱり一年いました。むすこがかえってきますと、おとうさんがまたたずねました。

「せがれ、なにをおぼえてきた。」

すると、むすこはこたえました。

「おとうさん、ぼくは鳥のことばをおぼえてきました。」

それをきいて、おとうさんはかんかんにおこって、いいました。

「このろくでなしめ、だいじな時間をつぶして、なにひとつおぼえてきもしない。よくそれで、はずかしくもなく、わしのまえへこられたものだ。わしはおまえを三人めの先生のところへやる。だがこんどもなにひとつおぼえてこないようだったら、わしはもうおまえの親ではないぞ。」

むすこは三人めの先生のところにも、まる一年おりました。かえってきますと、おとうさんがたずねました。

「せがれ、なにをおぼえてきた。」

すると、むすこがこたえていいました。

「おとうさん、ことしはカエルのことばをおぼえてきましたよ。」

これをきいたとたん、おとうさんはかんかんに腹はらをたてて、いすからとびあがり、家来けらいたちをよんで、いいました。

「この男は、もうわしのむすこではない。わしはこいつを追おいだしてやる。おまえたちはこいつを森へつれだして、殺ころしてしまえ。いいか、しかともうしつけたぞ。」

家来たちは、むすこをつれだしはしましたが、いざ殺すとなると、かわいそうで、とてもそんなことはできません。で、そのまま、むすこをにがしてやりました。そのかわり、家来けらいたちは子ジカの舌したと目を切りとって、それをむすこを殺した証拠しょうこの品しなとして、伯爵はくしゃくのところへもってかえりました。

そこで、若者わかものは旅たびにでかけました。しばらくして、とあるお城しろのまえにきましたので、ひと晩ばんの宿やどをたのみました。

「よろしい。」

と、そのお城しろの城主じょうしゅがいいました。

「あの下の古い塔とうのなかで、夜よをあかすつもりがあるなら、あそこへいきなさい。だが、そのまえに注意ちゅういしておくが、命いのちはないものと思いなさい。というのは、あの塔のなかには、山犬がいっぱいいて、ひっきりなしにほえたり、うなったりしているのだ。しかも、きまった時間ごとに、人間をひとりずつあのなかにいれてやらねばならんのだが、それをあの犬どもはたちまちくいつくしてしまうのだ。」

じつは、そのためにこの国じゅうがこまりきって、かなしみにしずんでいたのですが、だれにもどうすることもできなかったのです。ところが、若者わかものはすこしもおそれるようすもなく、こういいました。

「まあ、わたしをそのほえくるっている犬のところへやってください。それから、なにか犬にやるものをください。だいじょうぶ、わたしに害がいをくわえるようなことはさせません。」

若者がどうしてもじぶんでいくといいはりますので、お城しろの人たちは山犬にやる食べものをいくらかわたして、それから若者を下の塔とうへつれていきました。

若者がなかへはいっていきますと、犬どもはほえつくどころか、いかにもうれしそうにしっぽをふりながら、まわりによってきて、若者のなげてやるものを食べました。こうして、若者にはなんの害がいもくわえませんでした。

あくる朝、若者わかものがかすり傷きずひとつうけずに、元気なすがたをあらわしたときには、だれもかれもびっくりしました。若者は城主じょうしゅにむかっていいました。

「あの犬どもは、どうしてここに巣すくって、この国に害がいをなしているのか、犬のことばでわたくしに話してくれました。じつは、あの犬どもは魔法まほうをかけられておりまして、あの塔とうのなかにあるたくさんの宝たからものの番ばんをしていなければならないのです。そして、その宝ものがとりだされるまでは、いっときもやすむことができないのです。なお、どうしたら、その宝ものがとりだせるかということも、犬どもの話からききとってまいりました。」

これをきいた人たちは、みんな大よろこびでした。城主じょうしゅは、若者わかものがこのことをうまくやりとげたら、じぶんのむすこにしようといいました。

若者はもういちど塔とうにおりていきました。そして、どうしたらいいかちゃんとこころえていましたので、そのとおりにやって、黄金こがねのいっぱいつまっている長持ながもちをはこびだしました。

それからというものは、犬のほえ声はまるできこえなくなりました。それどころか、犬はみんなどこかへいってしまって、こうしてこの国の難儀なんぎがすくわれたのです。

それからしばらくたったとき、若者は、ふと、ローマへいってみたくなりました。そのとちゅう、とある沼ぬまのほとりをとおりかかりますと、沼のなかでたくさんのカエルがガアガアないていました。若者は耳をすまして、カエルたちのしゃべっていることをきいているうちに、すっかりゆううつになって、かなしくなってきました。

ようやく若者わかものはローマにつきましたが、ちょうどそのときは、法王ほうおうがなくなって、法王の相談役そうだんやくの人たちは、だれをその後継あとつぎにしたらよいか、たいへんまよっているところでした。みんなはいろいろまよったすえ、けっきょく、神かみさまの奇跡きせきのあらわれた人を法王にえらぼうということに、意見いけんがまとまりました。

ところが、ちょうどそういうことにきまったとき、伯爵はくしゃくのむすこが教会きょうかいにはいってきたのです。と、とつぜん、どこからともなく、雪のように白いハトが二羽わとんできて若者わかものの両方の肩かたにとまりました。坊ぼうさんたちはこれを見て、これこそ神かみさまのおつげだと思いましたので、すぐその場ばで若者にむかって、法王ほうおうになってくれる気はないか、と、たずねました。

若者は、そんなりっぱな位くらいにつく値ねうちがじぶんにあるかどうかわかりませんので、しばらくためらってしまいましたが、二羽わのハトがしきりにすすめてくれるものですから、とうとう、

「承知しょうちしました。」

と、もうしました。

そこで、若者は聖油せいゆをぬってきよめられ、坊ぼうさんになる式をうけました。ここへくるとちゅう、カエルたちが、この人はやがて法王になるといっているのをきいたとき、若者はびっくりしましたが、こうしてとうとう、それがほんとうになってしまったのです。

若者は、ミサをおこなわなければなりませんでしたが、もちろん、そのやりかたはなんにも知りません。けれども、二羽わのハトがいつも肩かたの上にとまっていて、なにからなにまで若者の耳にささやいてくれました。

底本 / Source edition

底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2022年5月27日作成
2023年9月5日修正
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール「三つのことば」(新字新仮名)、底本『グリム童話集(1)』偕成社文庫、偕成社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059843_001091, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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