Soranoha

私の読書遍歴

わたしのどくしょへんれき

中谷 宇吉郎

有名な人の読書遍歴をよむと若い人たちは、鼓舞されるよりも、畏縮してしまう方が多いであろう。例えば、清水幾太郎氏の『読書と人生』を読んでも、辰野隆氏の『忘れ得ぬ人々』中の谷崎潤一郎の中学時代の話をみても、びっくり仰天するばかりであろう。事実私もびっくり仰天しているのである。

中学の一年生頃から、『ファウスト』を読んだり、高等学校へはいる前から、原書の小説や専門書を、どんどん読破したりしているのだから、今の若い諸君には、まるで神話のような話である。しかしそういう人は、実は例外であって、誰でも真似の出来ることではない。

妙なことで自慢をするようであるが、私などは、読書には、きわめて晩熟であった。もっとも田舎で育ったものは、たいていそうであるが、小学校時代は立川文庫、中学時代は小説の貸本だときまっていたものである。講談の速記が、最高級の本であった。語学だって、中学の五年になって、イソップがやっと読めるくらいであったから、戦後学生の怠け者程度の力であろう。それでも大学を出た頃は、専門書ならばいわゆる原書を読むのに、そう不自由しなかったから、あまり早くあきらめてしまう必要はない。

本らしい本を初めて読み出したのは、高等学校へはいってからである。ピアノなどというものは、名前は知っていたが、中学時代には、遂に実物を見たことも、聴いたこともなかった。高等学校へはいったら、その本物があったので、急に文化生活に近づいたような気がした。

本もそのとおりで、急に講談でない本が、周囲にたくさん出て来て、どれも非常に珍しかった。たまたま四宮兼元先生が、哲学雑誌の編集者の地位を辞して、四高の先生になって来られ、その講義が非常に人気があった。そのせいもあって、急に学生間に哲学書が流行り出した。

私は理科だったので哲学書といつても「いつても」はママダーウィンやヘッケルのものを主として読み出した。岩見重太郎から一躍「宇宙の謎」にとんだので、少し勝手がちがったが、面白いことは非常に面白かった。それで一生生物学をやろうという決心をした。三年になると、大学の工科や理科の物理化学方面へ行く男は力学と製図をやり、医科と動植物希望者とは、そのかわりに顕微鏡実習と解剖をやることになっていた。私はちゅうちょなく後者を選んだ。

ところが三年生になってから岩波の哲学叢書に凝りだした。動機はあまりはっきりしないがあの麻の装釘が、何となく学問的に見えたからであろう。今から考えてみると妙な話であるが、紀平さんの『認識論』などという、晦渋かいじゅうをきわめた本が、ひどく深遠に見えて、三度くらいも繰り返して熟読これ務めたものであった。

三年の終り頃になって、田辺さんの『最近の自然科学』に凝り出した。これは『認識論』とはちがって、たいへんはっきりしていた。そのかわり内容がひどく高級で、電磁的質量や相対性原理の生まれるまでの物理学の悩みが、ひどく高級な学問のように思われ出して来た。それで物理学こそ我が生涯をかけるべき学問であると、急に態度を変えることにした。それで折角犬の解剖までやったのであるが、卒業二月前くらいになって、物理学科志望ということに変更した。

ところが厄介なことには、物理の入学試験には、力学がある。それを全然やっていなかったので、慌てて独学を始めた。しかし当時は簡単な力学の教科書などはなかったので、たしかダッフの教科書だったかを、図書館から借り出して来て、大急ぎで勉強した。とにかく無茶な話であるが、それでもどうにか東大の物理学科へ入学出来たので、そのままずるずると、物理学でめしを食うことになってしまった。

もっとも生物学だって、物理学だって、この調子で男子一生の仕事ときめたのだから、大学へはいっても、途中で少々ぐらぐらしたこともあった。しかし三年になって、寺田寅彦先生の指導を受けるようになって、やっと物理学の面白味がわかり、その後はまず落着いたわけである。寺田先生の下についたのも『冬彦集』や『藪柑子集』のおかげであるから、これも読書遍歴の一つといっていいかもしれない。

人間の一生などというものは案外他愛のないものである。あまり深刻に考えなくても、そう心配したものでもない。もっとも本当に傑くなろうと思ったら、そうも言ってはいられないだろうが、本などいい加減に手当り次第読んでいても、結構どうにかなって行くものらしい。(昭和二十五年六月)

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
初出:「朝日新聞」
1950(昭和25)年6月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2022年3月27日作成
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「私の読書遍歴」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059803_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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