Soranoha

雷神

らいじん

中谷 宇吉郎

雷さまといえば、虎の皮の褌をしめた鬼が、沢山の太鼓をたたいている姿を思い出す。

ああいう雷さまは、一体誰が考案したものか知らないが、なかなかいい。雷と電光とは、夏の景物の中では、出色のもので、少々怖いが、しかし威勢がよくて、悪気がない。虎の皮の褌をしめた雷さまも、決して悪鬼ではなくて、何となく親しめる鬼である。

その雷さまの中での傑作は、宗達の『風神雷神』ではないかと思う。先年アメリカ各地で開催された日本美術展は大成功であったが、あの時にも、この宗達の『風神雷神』は、なかなか評判がよかった。

宗達が、ああいう雷神の着想を、何処から得たかは、一寸興味のある問題である。宗達以前に、日本にああいうものがあったのか、或いは支那にあったのか、よく知らない。もっとも調べてみようと思うほどの道楽気もない。

ところで、偶然のことで、西域画の中に、いろいろな雷さまの絵があることを知った。西洋および古代印度の文化が、西域タクラマカンの沙漠地帯を越えて、東漸して来た経路は、今ではよく調べられている。法隆寺壁画の西方浄土の脇仏の顔は、パミールに近い僻地に残っているウズベクの女の顔であるという説まで出ている。あのタクラマカンの死の荒野には千年の昔、流砂に圧し潰された古代の住居跡が沢山残っており、其処からいろいろな遺物や絵が発掘された。今世紀の初め頃、中央亜細亜の探検が盛んに行なわれた頃は、世界的な西域ブームが巻き起こされた。

それ等の西域画の大部分は、仏教関係のもので、仏陀や弥勒たちと対照的に、いろいろな魔衆が描かれている。その中に、雷さまもいるのであるが、いずれも宗達の雷神とは、甚だ縁の遠いものである。

古い時代には、鶏と何か観念上のつらなりがあったらしく、鶏に似た怪鳥けちょうの姿の雷がいる。その他、太鼓をもった醜悪な顔の怪童みたような雷、鳥と獣との間の子みたような奇怪な雷などいろいろあるが、宗達の雷神と較べたら、到底脚下にも及ばないものばかりである。

それで、もしあの中央亜細亜の雷神たちから、一躍して宗達の雷神に飛躍したのだったら、宗達という人は、よほど傑い天才だったにちがいない。

アメリカの美術館では、宗達の屏風というと、まるで待遇がちがう。事実、ヨーロッパの第一級の名画と較べて、ちっとも遜色がないものであるから、それが当然なのである。

宗達と限らず、日本人は概括的にいって、芸術方面に優れている民族ではないかと思う。科学の方は、どうも少し苦手なようである。

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
初出:「西日本新聞」
1955(昭和30)年8月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2021年10月27日作成
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「雷神」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059802_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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