Soranoha

大生寺

だいしょうじ

中谷 宇吉郎

福岡県浮羽郡の浮羽町に、大生寺という臨済宗の古刹がある。そこの方丈芝原行戒師とは、前から知り合いだったので、さる六月の北九州旅行で、二晩ご厄介になった。

寺は山腹にあって、筑後平野を一望に見渡し、緑蔭清風の申し分ない環境であった。境内の結構にも、京洛の古寺の面影があり、庭石にも石壇にも、美しい苔がついていて、水が非常に綺麗であった。九州にもこういう寺があるかと、驚いたくらいであった。

私は非常に落着いた気分で、二夜を過ごしたが、その間行戒師と、柄になく、支那古代の神仙道と禅宗との関係について、話し合う機会を得て、大いに啓発されるところがあった。

一時露伴の『仙書参同契』に凝って、その解説『古代東洋への郷愁』を、三月がかりで書いたくらい熱をあげたことがある。その時、神仙道のうち、その本宗たる丹道の奥義が、禅宗のそれと、非常によく似ているのに、大いに驚いた。

支那古代のいわゆる神仙道は、内容が非常に多岐にわたっていて、大部分は、神変怪異を説く原始宗教であった。もっともその起りは非常に古く、春秋まで遡ることができる。日本でいえば、もちろん有史以前である。

この古代神仙道時代は、七百年ばかり続いて、その間は秦の始皇帝が徐福を蓬莱の島につかわして、不老長生の仙薬を探したり、漢の武帝が方士を諸国に派遣して、神仙を索めたりしていた時代である。幻術妖術の域を脱せず、宗教の体には成っていなかった。

ところが、後漢の桓帝の時代(西紀一四五年頃)に魏伯陽が、『周易参同契』なる一書を著わして、丹道という立派な一つの宗教を樹立した。それまでも類似のものはあったが、それは丹を練って不老長生の仙界に入ることを目的とした外丹、即ち原始宗教の一派であった。

魏伯陽の説く内丹の道は、肉体的の不死を得ることが目的ではなく、生死を超越した心境を悟得するにあって、禅宗でいえば悟り、基督教でいえば信に入るのと同じものである。

修練の道は、小乗的教法を採らず、最も端的に、全精神の飛躍的転換を求めるのであって、大乗仏教と同じ形を採っている。その方法としては、閑静にして太明太暗ならざる空房に坐して、志を虚無に帰して丹道を修練するというのである。即ち禅室において坐禅をくむのと、全く同じやり方である。

ところが驚くべきことは、この魏伯陽の現われたのは達磨西来より五百年も前のことである。そこで行戒師の解釈によると、支那へ渡来した昔の禅僧たちは、当時すでに支那にあった、こういう宗教の形式を巧く採り入れて、自家のものとしたので、禅宗が支那においてたちまちにして、あの隆盛をみたのであろうというのである。いかにも近代風な面白い解釈である。

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
初出:「西日本新聞」
1955(昭和30)年8月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2021年10月27日作成
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「大生寺」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059788_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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