Soranoha

人工衛星へ汲取舟が行く話

じんこうえいせいへくみとりぶねがいくはなし

中谷 宇吉郎

本当に人間が住める人工衛星が、いつごろ出来るかは、いまのところまだわからない。しかし十年ぐらいのうちには出来るだろうというのが、一般の見通しになっている。数年の誤差はあっても、いずれ出来るには、ちがいない

ところでそうなった時に、一番困るのは排泄はいせつ物の処理である。小便の方は再生して純水をとり、それを水として使うとしても、カスが出る。それと大便とは、何とかして捨てなければならないが、人工衛星の軌道の上では捨てるところがない。

重力のないところでは、ものを捨てても、そのままいつまでも目の前に浮いている。そんなものがいつまでも窓の外に浮いていられては困る。爆薬をしこんで、外で爆発させても、そのチリは軌道に近いところを宇宙塵となって回ることであろう。地球のまわりに、そんなもので「土星の環」ができるのは、どうもありがたくない。

それでは小さいドラムかんにつめて、小型ロケットをつけて放り出し、軌道速度と逆の方向に噴射させたらということも考えられる。そうすれば速度が落ちるので、ドラムかんは軌道をはずれ、地球に向って落ちてゆく。そして大気圏にはいると、流星となって燃えてしまう。これもどうも、何となく後味の悪い案である。中秋の明月の晩、月をめでていると、スーッと流星がとぶ、これがあれだと思うと、月見の宴もだいぶ興がそがれるであろう。

一番よいのは、地球へもって帰って捨てる案である。どうせいろいろな物資を補給するための宇宙ボートが、人工衛星へものを届けるにちがいない。その帰りに持って帰ってもらうのが一番簡単である。帰りは汲くみ取舟になるわけである。

宇宙時代になっても、やはり汲取舟は必要だというのが、人間なのである。(昭和三十二年十二月)

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
初出:「毎日新聞」
1957(昭和32)年12月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2022年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「人工衛星へ汲取舟が行く話」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059784_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite