Soranoha

霧を捕える話

きりをとらえるはなし

中谷 宇吉郎

ハワイに現在三つの産業がある。甘蔗と、パイナップルと、観光事業とである。

ところで、近年のハワイの発展ぶりは、大いに目覚ましいが、すぐ困って来るのは、土地の問題である。何といっても、小さい島のことであるから、農地が住宅地に食われると、新しい農地を探さねばならないが、可耕農地はほとんど使いつくされている。其処で目をつけたのは火口内の台地である。

ハワイ群島は火山で出来たもので、どの島にも、大きい火山がある。そのうち二つを除いては、とっくに死火山になっているので、其処には、非常に広い火口が残されている。この台地をパイナップル畑として開墾することは、大分前から着手され、現在では、もうほとんど完了している。

地味はよいらしいのであるが、一つ困ることは、水が足りない点である。周囲は外輪山でかこまれているので、川はこの台地へは流れ込まない。結局外輪山でかこまれた区域内に降る雨だけが、水資源である。ところが厄介なことには、風は外輪山の上をいわば素通りするので、すぐ近くの山腹にはうんと雨の降るところがあるのに、この火口内には、あまり雨が降らない。それで水には非常に困っている。もう少し水が得られたら、パイナップルの収穫は、飛躍的に増すはずなのである。

それでホノルルのパイナップル研究所には、地形による降雨量の変化を研究している気象学者がいる。大きい立木の下に、沢山の雨量計を置いて、雨量に差があるか否かを調べてみた。ところが驚いたことには、立木の下では、いつでも数倍、時には十倍以上の雨量があったそうである。すぐ近くの、木の影響のない所に置いた雨量計と比較しての話である。

理由はきわめて簡単で、雨雲の粒、即ち霧が、木の葉にくっついて、雫しずくとなって落ちて来るからである。それでこの研究者は、網か糸かを使って、霧粒を捕えて、雫として採る方法を、いろいろ工夫していた。設備の費用と、耐久力と、霧の捕捉量と、その水による増収量とを計算すれば、経済的に成り立つか否かが決定されるわけである。

ところが面白いことには、北大の低温研究所でも、数年前に、たしか三年か続けて、北海道東部の海霧の研究をしたことがある。結果は時の所長堀教授の手で、英文の「霧の研究」という大部な報告として発表されている。

これは霧粒を防霧林で捕えて、内陸にはいるのを防ぐのが目的であった。霧粒を立木で捕える点では、ハワイの研究と全く同じことで、研究方法も非常に似ている。霧が欲しい場合と、霧を防ぎたい場合と、全く反対の場合に、同じ研究が役立つところが一寸面白い。

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
初出:「西日本新聞」
1955(昭和30)年9月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2021年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「霧を捕える話」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059773_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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