Soranoha

救国論

きゅうこくろん

中谷 宇吉郎

現在の日本は、どうひいき目にみても、安定した国の姿ではない。米ソ両陣営の谷間にもがいているというのは、少し極端であるが、その傾きがなくもない。問題は、今の四つの島からの生産では、九千万人に近い人間が生きて行くのに必要な物資が、生産されないという点にある。

その一番わかり易い例が、食糧である。今年は例外であるが、平年では、少なくも一千万石の米に相当する食糧が足りない。その食糧、あるいはそれを輸入する外貨を、外国の援助によって得ているうちは、実質的の独立は出来ない。すべての悩みの根元は、ここにある。

それで何か全部の日本人が、外国の助けを借りないで、腹いっぱいに「白米」が食えるような方法が見つかれば、それが現時における最善の救国論になるわけである。「白米」というのは、われわれ日本人が最も喜ぶ主食という意味である。

政府の方でも、もちろんこの点は充分に考えて、米の一割増産とか、土地改良とか、いろいろな施策を講じておられる。しかしそのほかに、現在考慮を払われていない妙案が一つある。それは日本酒を輸出するという案である。

これには、二つの資料があって、その一つは、米国の米の生産が、近年急激に増して来て、それが日本の一等米、或いはそれ以上の品質になっている、という点である。近年米国南部および加州の一部では、水田米作が普及してきて、肥後の寿司米のような米が、どんどん出て来ている。亜熱帯の気候で、水田米作には絶好の地理的条件にあるので、別に不思議なことではない。土地はまだまだ充分にあるので、需要さえあれば、米はまだいくらでも出来る。

いま一つの資料は、米国人が、日本酒を案外に好むという点である。いつかワシントンで、もと司令部にいた人のところを訪れたら、日本酒を出された。誰かに貰ったのかときいたら、「ワシントンの酒店で、日本酒を売ってない店は一軒もないよ」という返事であった。

事実、シカゴでも、パーティに人をよんで、日本酒、ウイスキー、カクテルと揃えておくと、十人中九人まで日本酒を所望する。初めは好奇心であるが、飲んでみて、誰も彼も、非常に美味いと感心する。まんざらのお世辞でもなさそうである。

それで一つ妙案が浮んだわけであるが、日本酒をアメリカに宣伝して、大いに売り込む。そして代金を米で貰うことにしたら、恐らく、アメリカに輸出する日本酒のために潰す米の、少なくも三倍の米が、日本へはいって来ることになるであろう。

これは半分冗談であるが、現在のイギリスで、最重要輸出品の一つが、ウイスキーであることは、知っておく必要がある。

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
初出:「西日本新聞」
1955(昭和30)年7月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2021年5月27日作成
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「救国論」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059772_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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