Soranoha

「悪魔の足跡」

「あくまのあしあと」

中谷 宇吉郎

ゼサップ氏の本に引用されている「悪魔の足跡」というのは、非常に不思議な現象である。

英国の南西部に、デヴォン州という州がある。一八五五年二月七日の夜、その州に大雪が降った。翌朝人々はいつものとおり働きに出かけたのであるが、新しく積もった雪の表面に、不思議な足跡を発見した。

それは馬蹄型の跡で、長さ四インチ、幅三インチくらいあった。不思議なことには、この足跡は、一直線にならんでいて、互いの距離は一定、どれも正確に八インチ半と決まっていた。それに普通の鳥や獣の足跡だったら、一方に雪をけっているはずなのに、この足跡は、垂直に雪を圧しつけた形になっていた。

伝え聞いた人々は、大勢集まって来て、小田原評定をした。そしてこういうことの好きな連中が、跡をつけて行った。足跡は時には草むらや藪の中をくぐって、何処までもつづいていた。根気よくその跡をつけて、三時間半も歩いた男もいたそうであるが、そのうちにこの「悪魔の足跡」が恐ろしくなって止めてしまった。

というのは、この足跡がどうしても鳥や獣の足跡とは考えられないことが出て来たからである、第一に高い塀のところへ来ても、足跡の方は全く平気であった。あたかも塀をつき抜けたかの如くに、向う側につづいている。家の方へ向かってまっすぐに行って先が見えなくなったこともある。そこで切れたものと思ったら、驚いたことには、屋根の上にちゃんと同じ足跡がついている。しかも足跡間の距離は、依然として八インチ半である。

この足跡は一本の線になっていたわけではなく、この地方の方々にあった。そのうち一番人を驚かせたのは、エクゼ河を横切った足跡であった。この河は、この付近で幅が二マイルもあるが、こっち側の足跡は堤防のところで切れ、その対岸に、延長線に沿って、ちゃんと足跡がつづいていた。何列もあった足跡の総延長は、百マイル以上に上っていた。

ゼサップ先生は、この足跡を、宇宙人が特殊の放射線を使って、宇宙船の高度測定をした痕ではないかと言っている。アメリカ人は、一つ現実を離れると、とんでもない逆の方向に行くらしい。この事件は、当時の英国で大評判になった。というのは、その十五年前、一八四〇年に、スコットランドの山岳地帯で、不思議な動物の足跡が、数回発見された記憶がまだ残っていたからである。その時も普通の四足獣の足跡ではないということがわかっただけで、正体はつかめなかった。

この数年来、ヒマラヤの雪男の足跡が、大いに世界を騒がせているが、これもいつも英国の登攀隊が発見している。英国人と奇怪な足跡とは、昔から因縁があるようである。

底本 / Source edition

底本:「中谷宇吉郎随筆選集第三巻」朝日新聞社
1966(昭和41)年10月20日第1刷発行
1966(昭和41)年10月30日第2刷発行
底本の親本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
初出:「西日本新聞」
1955(昭和30)年8月
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2021年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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中谷 宇吉郎「「悪魔の足跡」」(新字新仮名)、底本『中谷宇吉郎随筆選集第三巻』朝日新聞社、1966年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059760_001569, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite