むかしむかし、ひとりの<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>とそのおかみさんがおりました。ふたりは、海のすぐそばの<ruby><rb>小屋</rb><rt>こや</rt></ruby>に住んでいました。漁師はまい日<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>つりにでかけました。あけてもくれても、魚つりばかりしていました。

あるとき、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はつりざおのそばにすわって、きらきらかがやく水のなかをじっとのぞきこんでいました。漁師は、いつまでもすわったきりでした。

と、とつぜん、つり糸が<ruby><rb>水底</rb><rt>みなそこ</rt></ruby>ふかくぐんぐんしずんでいきました。漁師がさおをあげてみますと、大きなヒラメがかかっていました。すると、そのヒラメが漁師にむかっていいました。

「ねえ、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>さん、おねがいだから、わたしを生かしておいてください。わたしは、ほんとうはヒラメではなくって、<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>をかけられている<ruby><rb>王子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>なんです。あなたがわたしを<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したところで、なんの<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>にたちましょう。食べてもおいしくはありませんよ。どうかもういちどわたしを水のなかにいれて、にがしてください。」

「よしよし。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「そんなにいろいろいいたてなくてもいい。口のきけるヒラメなら、にがさずにおくもんかい。」

こういって、漁師はきらきらかがやいている水のなかへ、もういちど<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をはなしてやりました。ヒラメは<ruby><rb>水底</rb><rt>みなそこ</rt></ruby>へもぐっていきましたが、あとへ長い<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>のすじをのこしていきました。そこで、漁師は立ちあがって、おかみさんのいる<ruby><rb>小屋</rb><rt>こや</rt></ruby>にかえっていきました。

「おまえさん、きょうはなんにもとれなかったのかい。」

と、おかみさんがたずねました。

「うん、なんにもだ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「ヒラメを一ぴきとりはしたがな、そいつが<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>をかけられた<ruby><rb>王子</rb><rt>おうじ</rt></ruby>だっていうもんだから、またにがしてやっちまった。」

「で、おまえさん、そいつになんにもたのまなかったの。」

と、おかみさんがたずねました。

「そうよ。」

と、漁師はいいました。

「いったい、なにをたのもうっていうんだい。」

「あきれたねえ。」

と、おかみさんがいいました。

「こんな<ruby><rb>小屋</rb><rt>こや</rt></ruby>にいつまでも住んでるなんて、いやんなっちゃうよ。このなかはくさくって、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>がむかむかするじゃないの。小さなうちをひとつほしいっていやあよかったのに。もういっぺんいって、そのヒラメをよびだしてさ、わたしたちゃ小さなうちがほしいっていってごらんよ。きっと、くれるから。」

「それにしてもなあ――」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「なんだって、もういっぺんいくんだい。」

「だってさ、おまえさん、そいつをつかまえて、またにがしてやったんだろ。だから、きっと、なんとかしてくれるさ。すぐいっといでよ。」



<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>は、それでもまだ気がすすみませんでしたが、おかみさんに<ruby><rb>反対</rb><rt>はんたい</rt></ruby>しようとも思いませんので、海へでかけていきました。さっきのところへきてみますと、海はすっかりみどり色と黄色になっていて、もうきらきらひかってはいませんでした。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>は海べに立って、こういいました。

<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>さん　小人さん　きておくれ

ヒラメさん　海のヒラメさん

おれの<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のイルゼビルが

おれの思うようにならんのだ

すると、あのヒラメがおよいできて、いいました。

「なんです、おかみさんはなにがほしいっていうんです。」

「いやなあ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「おれはおまえをつったろう。だから、おまえになにかたのめばよかったと、<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のやつがいうんだよ。あれはもうぼろ<ruby><rb>小屋</rb><rt>ごや</rt></ruby>に住むのはいやで、小さなうちが一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>ほしいんだそうだ。」

「おかえりなさい。おかみさんには、もううちができていますよ。」

と、ヒラメがいいました。

こういわれて、漁師が家にかえってみますと、おかみさんはもう小屋にはいませんでした。そこには小さな家が一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>たっていて、おかみさんは戸口のベンチにこしかけていました。おかみさんは<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>の手をとって、いいました。

「まあ、はいってごらん。まえよりはずっといいよ。」

ふたりはなかへはいりました。家には、小さな<ruby><rb>玄関</rb><rt>げんかん</rt></ruby>と、小さなりっぱな<ruby><rb>居間</rb><rt>いま</rt></ruby>と、ベッドのおいてある小べやがありました。それに、<ruby><rb>台所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>も<ruby><rb>食堂</rb><rt>しょくどう</rt></ruby>もあります。どのへやにもじょうとうの<ruby><rb>道具</rb><rt>どうぐ</rt></ruby>がそろっていて、入り用なものは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すず</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しんちゅう</span>でまことにみごとにそなえつけができていました。さらに家のうしろには、ニワトリやアヒルのいる小さな<ruby><rb>庭</rb><rt>にわ</rt></ruby>もありましたし、いろんな<ruby><rb>野菜</rb><rt>やさい</rt></ruby>や、くだものの木のうわっている、ちょっとした畑もありました。

「ごらんよ。」

と、おかみさんがいいました。

「わるくないじゃあないか。」

「まったくだ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>がいいました。

「ずうっとこのまんまでいてもらいたいもんだ。もう、これでいいとしてくらそうぜ。」

「まあ、よく考えてみようよ。」

と、おかみさんはいいました。

それから、ふたりはなにか食べて、ベッドにはいりました。

こうして、一週間か二週間は、うまいぐあいにすぎました。ところが、そのうちに、おかみさんがこんなことをいいだしました。

「ねえ、おまえさん、このうちはせますぎるよ。それにさ、<ruby><rb>庭</rb><rt>にわ</rt></ruby>だって畑だって小さすぎるよ。ヒラメは、もっと大きいうちだってあたしたちにくれられたろうにねえ。あたしゃ大きい石のお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に住んでみたいよ。ヒラメのところへいって、お城をもらっといでよ。」

「あきれたなあ、おまえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「このうちでたくさんじゃないか。なんだってお城に住みたいなんていうんだ。」

「なにいってんだい。いいから、いっといでよ。ヒラメにゃそのくらいのこと、いつだってできるんだよ。」

と、おかみさんがいいました。

「そいつあ、いけねえよ、おまえ。」

と、漁師はいいました。

「ヒラメはこのうちをおれたちにくれたばっかりじゃないか。いますぐいくなんて、おれはまっぴらごめんだ。そんなことをすりゃ、ヒラメだって気をわるくすらあ。」

「いいから、いってきてよ。」

と、おかみさんがいいました。

「そのくらいのこと、ヒラメならうまくやってのけるよ。よろこんでしてくれるさ。さあさあ、いっといでよ。」

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>は気がおもくて、いきたくはありませんでした。

「こいつは、どうもよくねえ。」

と、漁師はひとりごとをいいましたが、しかたなくでかけていきました。

海にきてみますと、水の色はすっかりスミレ色とあい色と<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>になっていて、おまけにどろっとしていて、もうまえのようにみどり色や黄色ではありませんでした。でも、まだおだやかでした。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はそこに立って、いいました。

<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>さん　小人さん　きておくれ

ヒラメさん　海のヒラメさん

おれの<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のイルゼビルが

おれの思うようにならんのだ

「どうしたんです、おかみさんは、いったいなにがほしいんです。」

と、ヒラメがいいました。

「それがなあ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>ははんぶんびくびくしながら、いいました。

「大きな石のお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に住みたいっていうんだよ。」

「おかえりなさい。おかみさんは戸口に立っていますよ。」

と、ヒラメがいいました。

そこで、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はひきかえして、家へかえろうと思いました。ところが、もどってみますと、そこには大きな石のお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>がそびえています。おかみさんは、ちょうど<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>の上に立っていて、いまなかにはいろうとしているところでした。おかみさんは漁師の手をとって、

「なかへおはいりよ。」

と、いいました。

こういわれて、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>がおかみさんといっしょになかへはいってみますと、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のなかには、<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>をしきつめた、大きな入り口の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>がありました。そして、そこには<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつか</rt></ruby>いたちがおおぜいいて、大きな<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>をつぎつぎとあけてくれました。

ぐるりの<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>は、みんなぴかぴかひかっていて、美しい壁かけがかかっていました。へやのなかのいすやテーブルは<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>でできていて、<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>からは<ruby><rb>水晶</rb><rt>すいしょう</rt></ruby>のシャンデリアがさがっていました。そして、どのへやにもどの小べやにも、すっかりじゅうたんがしきつめてありました。しかもテーブルの上には、ごちそうや、とびきりじょうとうのブドウ<ruby><rb>酒</rb><rt>しゅ</rt></ruby>が、いまにもテーブルをおしつぶしてしまいそうなくらい、いっぱいのせてありました。

それから、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のうしろには大きな<ruby><rb>庭</rb><rt>にわ</rt></ruby>があって、そこには<ruby><rb>馬小屋</rb><rt>うまごや</rt></ruby>も牛小屋もありました。そして、りっぱな<ruby><rb>馬車</rb><rt>ばしゃ</rt></ruby>も、いく台かおいてありました。

また、<ruby><rb>世</rb><rt>よ</rt></ruby>にも美しい草花や、おいしいくだものの木のうわっている、大きなすばらしい<ruby><rb>花壇</rb><rt>かだん</rt></ruby>もありました。それにまた、たっぷり半マイル（一ドイツマイルは七・五キロメートル）はある<ruby><rb>遊園</rb><rt>ゆうえん</rt></ruby>もあって、そこには大きなシカでも、小さなシカでも、ウサギでも、人のほしいと思うものは、なんでもおりました。

「どう、よかあない。」

と、おかみさんがいいました。

「まったくよ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>がいいました。

「ずうっとこのまんまでいたいもんだ。おれたちゃこのきれいなお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に住むんだぞ。これでもう、いいとしようぜ。」

「まあ、よく考えてみようよ。」

と、おかみさんはいいました。

「とにかく、ねるとしようよ。」

こうして、ふたりはベッドにはいりました。

つぎの朝、おかみさんのほうがさきに目をさましました。ちょうど<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>があけたばかりのところでした。おかみさんは、ベッドのなかから、目のまえにひろがっているすばらしい土地をながめました。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はまだ手足をのばして、ねていました。すると、おかみさんはひじで漁師の<ruby><rb>横</rb><rt>よこ</rt></ruby>っ<ruby><rb>腹</rb><rt>ぱら</rt></ruby>をつっついて、いいました。

「おまえさん、おきて、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>のそとを見てごらんよ。ねえ、あたしたち、ここらじゅうの王さまになれないもんかね。ヒラメのとこへいっといでよ。あたしたちゃ、王さまになりたいんだもの。」

「いやんなっちゃうなあ、おまえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>がいいました。

「なんだって王さまになんかなりたいんだ。おれは王さまなんぞ、ごめんこうむる。」

「へえ、そうかい。」

と、おかみさんがいいました。

「おまえさんが王さまになりたくなけりゃ、あたしが王さまになるよ。ヒラメのとこへいってきとくれ。あたしゃ、王さまになりたいんだよ。」

「おどろいたなあ、おまえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「どうしてまた、王さまになんかなりたいんだ。おれは、そんなこというのは、いやだよ。」

「なにがいやなのさ。」

と、おかみさんはいいました。

「ぐずぐずいわずに、さっさといってきとくれよ。あたしゃ、どうしたって王さまになるんだから。」

そこで、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はでていきましたが、おかみさんが王さまになりたいなどというものですから、すっかりよわりきっていました。

（こいつはよくねえ。よくねえこった。）

と、漁師は思いましたので、いきたくはありませんでした。しかし、どうにもしかたなく、でかけていきました。

海べへきてみますと、海はすっかり黒ずんでネズミ色をしていました。水は<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>のほうからブツブツわきかえっていて、くさったようないやなにおいが、ぷんぷんしていました。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はそこに立って、いいました。

<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>さん　小人さん　きておくれ

ヒラメさん　海のヒラメさん

おれの<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のイルゼビルが

おれの思うようにならんのだ

「どうしたんです、おかみさんはなにがほしいっていうんです。」

と、ヒラメがいいました。

「それがなあ。」

と、漁師はいいました。

「王さまになりたいっていうんだよ。」

「おかえりなさい。おかみさんはもうのぞみどおりになっていますよ。」

と、ヒラメがいいました。

そこで、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はかえっていきました。お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のそばまできてみますと、お城はまえよりもずっと大きくなって、大きな門にはすばらしいかざりがしてあります。<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>のまえには<ruby><rb>番兵</rb><rt>ばんぺい</rt></ruby>が立っています。そこらじゅうに、おおぜいの<ruby><rb>兵隊</rb><rt>へいたい</rt></ruby>がいて、たいこやラッパもたくさんありました。

お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のなかへはいってみますと、なにもかもがほんものの<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>に<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>をとりあわせたものばかりでした。ビロードのおおいには、大きな金のふさがついていました。

<ruby><rb>大広間</rb><rt>おおひろま</rt></ruby>の<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>があきますと、そこには<ruby><rb>宮中</rb><rt>きゅうちゅう</rt></ruby>のお<ruby><rb>役人</rb><rt>やくにん</rt></ruby>が、ひとりのこらず、いならんでいました。そして<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>のおかみさんは、金とダイヤモンドでできている高い<ruby><rb>玉座</rb><rt>ぎょくざ</rt></ruby>にすわり、大きな金のかんむりをかぶって、金と<ruby><rb>宝石</rb><rt>ほうせき</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しゃく</span>をもっていました。そして、おかみさんの両がわには、わかい<ruby><rb>侍女</rb><rt>じじょ</rt></ruby>がそれぞれ六人ずつ一<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>にならんで立っていました。そのひとりひとりは、頭の高さだけじゅんじゅんに<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>がひくくなっていました。

漁師はおかみさんのまえまで歩いていきますと、立ちどまって、いいました。

「おやおや、おまえは王さまになったのかい。」

「そうだよ、あたしゃ王さまだよ。」

と、おかみさんはこたえました。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はそこにつっ立ったまま、おかみさんをじろじろながめていました。こうして、しばらくながめてから、漁師はいいました。

「なあ、おまえ、おまえが王さまたあ、すばらしいこった。もうこのうえのぞむのはよそうぜ。」

「それがねえ、おまえさん。」

と、おかみさんはちっともおちつかないようすで、いいました。

「あたしゃあ、すっかりあきあきしちまって、もうどうにもがまんができないんだよ。ヒラメのところへいってきとくれ。あたしゃ王さまなんだから、こんどは、どうしても<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>になりたいんだよ。」

「じょうだんじゃないよ、おまえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「どうしてまた、皇帝になんかなりたいんだ？」

「おまえさん、ヒラメのとこへいってきとくれよ。あたしゃ、皇帝になりたいんだもの。」

「だがなあ、おまえ。」

と、漁師はいいました。

「ヒラメだって、<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>になんかするこたあできない。おれは、ヒラメにそんなこというのはいやだ。皇帝といやあ、国じゅうにひとりっきりしかいないもんだ。いくらヒラメだって皇帝をこしらえるこたあできない。どうしたって、そんなこたあできない。できやしないよ。」

「なんだって。」

と、おかみさんがいいました。

「あたしが王さまで、おまえさんはただの、あたしの<ruby><rb>夫</rb><rt>おっと</rt></ruby>なんだよ。すぐいってくれるね。さあ、すぐいってきておくれよ。ヒラメは、王さまだってこしらえたんだもの、<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>だってこしらえられるさ。あたしゃ、どんなことをしても皇帝になりたいんだよ。すぐいってきておくれ。」

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はどうしてもいかなければなりません。それで、でかけるにはでかけましたが、なんだか<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>で心配でなりませんでした。そして歩きながら、ひとりで考えました。

（こいつぁあ、よくねえ、よくねえことになるぞ。<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>たあ、あんまりあつかましすぎらあ。ヒラメだって、しまいにゃいやになっちまうぞ。）

こんなことを考えながら、海べにきてみますと、海はまっ黒で、どろどろしていました。そして、<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>のほうからブツブツわきかえりはじめましたので、たちまち、あわだらけになりました。しかもその上を、つむじ風がふきまくるものですから、水はちりぢりにちぢれました。このありさまを見て、漁師はおそろしくなりました。けれども、<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べに立って、いいました。

<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>さん　小人さん　きておくれ

ヒラメさん　海のヒラメさん

おれの<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のイルゼビルが

おれの思うようにならんのだ

「どうしたんです、おかみさんはなにがほしいっていうんですか。」

と、ヒラメがいいました。

「それがねえ、ヒラメさん、<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>になりたいっていうんだよ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はこたえました。

「おかえりなさい。おかみさんはのぞみどおりになっていますよ。」

と、ヒラメがいいました。

そこで、漁師は家にかえりました。もどってみますと、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>ぜんたいが<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>づくりになっていて、まっ白な<ruby><rb>石</rb><rt>せっ</rt></ruby>こうの<ruby><rb>彫像</rb><rt>ちょうぞう</rt></ruby>もおいてあれば、<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>のかざりもついていました。

<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>のまえでは<ruby><rb>兵隊</rb><rt>へいたい</rt></ruby>たちが<ruby><rb>行進</rb><rt>こうしん</rt></ruby>して、ラッパをふいたり、大だいこや小だいこをうちならしていました。お城のなかでは、<ruby><rb>男爵</rb><rt>だんしゃく</rt></ruby>や<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>や<ruby><rb>公爵</rb><rt>こうしゃく</rt></ruby>が、<ruby><rb>家来</rb><rt>けらい</rt></ruby>としていったりきたりしていました。そしてその人たちが、<ruby><rb>純金</rb><rt>じゅんきん</rt></ruby>でできている<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>をあけてくれました。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>がなかにはいってみますと、おかみさんは<ruby><rb>玉座</rb><rt>ぎょくざ</rt></ruby>にすわっていました。その玉座は、ひとかたまりの<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>でつくってあって、高さはたっぷり二マイルぐらいもありそうでした。そして、おかみさんは金のかんむりをかぶっていましたが、その高さがまた、三エレ（二メートル）ほどもあって、ダイヤモンドとルビーがちりばめてありました。それから、かたほうの手には<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しゃく</span>をもち、もういっぽうの手には<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>のしるしの、<ruby><rb>宝珠</rb><rt>ほうじゅ</rt></ruby>をもっていました。

そのうえ、おかみさんの両がわには、<ruby><rb>近衛兵</rb><rt>このえへい</rt></ruby>が二<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>にずらっとならんでいました。それがまた、<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>のたけ二マイルもある大男から、ひとりずつじゅんじゅんに小さくなって、おしまいはわたしの<ruby><rb>小指</rb><rt>こゆび</rt></ruby>ぐらいしかない小男までがならんでいるのでした。そのまえには、ちょうどおなじ数だけの<ruby><rb>公爵</rb><rt>こうしゃく</rt></ruby>と<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>が立っていました。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はそのなかを歩いていって、まんなかに立ちどまって、いいました。

「おまえ、<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>になったのかい。」

「そうだよ、あたしは皇帝だよ。」

と、おかみさんはこたえました。

それから、漁師はまた歩いていって、立ちどまりますと、おかみさんをつくづくながめました。しばらくこうしてながめてから、いいました。

「なあ、おまえ、おまえが<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>たあ、すばらしいこった。」

「おまえさん、なんだってそんなとこにつっ立ってるんだい。あたしゃ皇帝になったけど、こんどは<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>にもなりたいんだよ。ヒラメのとこへいってきとくれ。」

と、おかみさんがいいました。

「あきれてものもいえねえな。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「いったい、おまえがなりたくないってものは、ないのかい。<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>になんかなれっこねえよ。法王といやあ、キリスト<ruby><rb>教</rb><rt>きょう</rt></ruby>の<ruby><rb>世界</rb><rt>せかい</rt></ruby>でたったひとりしかいないんだからな。いくらヒラメだって、法王はこしらえられねえよ。」

「おまえさん、あたしゃ<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>になりたいんだよ。さあ、はやくいってきとくれよ。あたしゃ、なんでもかんでもきょうのうちに法王になりたいんだもの。」

と、おかみさんがいいたてました。

「いやだよ、おまえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「おれは、そんなこというのはごめんだ。そいつはよくねえぜ。あんまりあつかましすぎるもの。ヒラメにだって、おまえを<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>にするなんてこたあ、できやしないよ。」

「おまえさん、なにをばかなこといってんだい。」

と、おかみさんがいいました。

「<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>にすることができるんなら、法王にだってできるはずさ。さっさといってきとくれ。あたしゃ皇帝で、おまえさんは、ただのあたしの<ruby><rb>夫</rb><rt>おっと</rt></ruby>なんだよ。すぐいってきてくれるかい。」

こういわれますと、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はびくびくして、でていきました。けれども、からだの力がすっかりぬけてしまったようです。からだはがたがたふるえ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひざ</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふくらはぎ</span>はがくがくしていました。

風が<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>の上をビュウビュウふきまくっています。雲は<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>のようにはやくとんでいます。日がくれかかって、あたりがくらくなってきました。<ruby><rb>木</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>が、木からバラバラとおちてきました。水は<ruby><rb>煮</rb><rt>に</rt></ruby>えくりかえるように、とどろきゆれて、バチャバチャと岸べをうっていました。

遠くのほうに、いくそうかの<ruby><rb>船</rb><rt>ふね</rt></ruby>が見えました。船は<ruby><rb>波</rb><rt>なみ</rt></ruby>の上で、おどったりはねたりしながら、<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>をうって、たすけをもとめていました。

しかし、空のまんなかには、まだわずかながら青いところが見えました。そのまわりは、ひどい<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のときのように、まっかでした。

このありさまに<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はすっかりおじけづいて、おどおどしながら、<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べに立って、いいました。

<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>さん　小人さん　きておくれ

ヒラメさん　海のヒラメさん

おれの<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のイルゼビルが

おれの思うようにならんのだ

「どうしたんです、おかみさんはなにがほしいっていうんですか。」

と、ヒラメがいいました。

「それがねえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はこたえました。

「<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>になりたいっていうんだよ。」

「おかえりなさい。おかみさんはのぞみどおりになっていますよ。」

と、ヒラメがいいました。

そこで、漁師はかえっていきました。もどってみますと、こんどは、りっぱな<ruby><rb>宮殿</rb><rt>きゅうでん</rt></ruby>でかこまれた大きな<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>のようなものがたっています。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>が人ごみをおしわけていきますと、そのなかは、何千というあかりであかあかとてらされていました。おかみさんは<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>の<ruby><rb>衣装</rb><rt>いしょう</rt></ruby>を<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>につけて、まえよりもずっと高い<ruby><rb>玉座</rb><rt>ぎょくざ</rt></ruby>にすわり、大きな金のかんむりを三つもかぶっていました。

そのまわりには、<ruby><rb>坊</rb><rt>ぼう</rt></ruby>さんたちがおおぜいいました。それから、両がわには、ろうそくが二<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>に立てられていました。そのなかのいちばん大きいのは、<ruby><rb>世界</rb><rt>せかい</rt></ruby>でいちばん大きい<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>ぐらいもふとくて大きく、いちばん小さいのは<ruby><rb>台所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>の<ruby><rb>豆</rb><rt>まめ</rt></ruby>ろうそくぐらいしかありませんでした。

<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>や王さまがひとりのこらずそこにいて、おかみさんのまえにひざまずいて、そのくつにせっぷんしていました。

「おまえ――」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいって、おかみさんをじろじろながめました。

「<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>になったのかい。」

「そうだよ、あたしは法王だよ。」

と、おかみさんはいいました。

それから、漁師はそばへあゆみよって、おかみさんをじいっと見つめました。そのようすは、まるで明るいお日さまを見ているようでした。こうして、しばらく見つめてから、いいました。

「なあ、おまえ、おまえが<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>たあ、すばらしいこった。」

けれども、おかみさんは、まるで木のようにしゃちほこばって、<ruby><rb>身動</rb><rt>みうご</rt></ruby>きひとつしません。

そこで、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいいました。

「おまえ、もうこれでいいとしろよ。おまえは<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>なんだぞ。もうこれいじょうのものにはなれやしねえ。」

「まあ、よく考えてみるよ。」

と、おかみさんはいいました。

こうして、ふたりはベッドにはいりました。けれども、おかみさんはまだ<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>してはいませんでした。おかみさんは<ruby><rb>欲</rb><rt>よく</rt></ruby>の<ruby><rb>皮</rb><rt>かわ</rt></ruby>がつっぱって、どうしてもねむることができません。こんどはなんになってやろうかと、そんなことばかり考えていたのです。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>のほうは、すぐにぐっすりとねむりこんでしまいました。むりもありません。一日じゅうかけずりまわったんですからね。

ところがおかみさんのほうは、どうにもねむることができず、ひと<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>じゅう、ごろごろねがえりばかりうっていました。そして、こんどなれるのはなんだろうと、いっしょうけんめい考えていましたが、なにひとつ思いつくことができませんでした。

そうしているうちに、とうとう、お日さまがのぼりだしました。おかみさんは東の空が明るくなってくるのを見ますと、ベッドのはしにからだをおこして、そっちのほうをじっとながめていました。こうして、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>のそとにお日さまがのぼってくるのを見ますと、おかみさんは、

（ふん、あたしにも、お日さまやお月さまをのぼらせることはできないもんかね。）

と、こんなことを考えました。

「おまえさん。」

と、おかみさんはいいながら、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>のあばら<ruby><rb>骨</rb><rt>ぼね</rt></ruby>をひじでつつきました。

「おきて、ヒラメのとこへいってきとくれ。あたしゃ<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまになりたいんだよ。」

漁師はまだねぼけまなこでいましたが、びっくりぎょうてんして、ベッドからころげおちました。そして、じぶんがききちがえたのではないかと思って、目をこすりこすり、

「ねえ、おまえ、いまなんていったんだい。」

と、たずねました。

「おまえさん。」

と、おかみさんはいいました。

「あたしゃあね、じぶんでお日さまやお月さまをのぼらせることもできないで、お日さまやお月さまがのぼっていくのを、ただぼんやりながめているだけじゃ、どうにも<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>ができないんだよ。じぶんでのぼらせることができないようなら、もう一時間だっておちついちゃいられないよ。」

こういって、おかみさんはおそろしい顔をして<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>をにらみつけたものですから、漁師はふるえあがってしまいました。

「さあ、さっさといってきとくれ。あたしゃ<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまになりたいんだよ。」

と、おかみさんがいいました。

「なあ、おまえ。」

と、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はいって、おかみさんのまえにひざまずきました。

「そんなこたあ、ヒラメにゃできやしないよ。<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>や<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>にならすることもできるけどさ。おねがいだから、このまま法王でがまんしていてくれよ。」

それをききますと、おかみさんはものすごく<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてました。<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の<ruby><rb>毛</rb><rt>け</rt></ruby>はさかだってぼうぼうになり、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>ははだけました。そうして、漁師をけとばして、さけびました。

「あたしゃあ、もうがまんできない。もうこれっぱかしもがまんできない。おまえさん、いってくれるかい。」

そこで、<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>はあわててズボンをはいて、気がくるったようにかけだしました。

ところが、おもては、ものすごい<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>があれくるっていましたので、漁師はほとんど立っていることもできないくらいでした。

家や木ぎはひっくりかえり、山やまはぐらぐらゆれて、岩はごろごろと海のなかにころがりおちました。空はまっ黒で、かみなりがとどろきわたり、いなびかりがぴかぴかひかっていました。海は<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>の<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>か山ぐらいもあるまっ黒な<ruby><rb>大波</rb><rt>おおなみ</rt></ruby>をもりあげていました。その大波のひとつひとつのてっぺんには、白いかんむりのようにあわがわきたっていました。

<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>は大声をはりあげてどなりましたが、じぶんの声もきこえないくらいでした。

<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>さん　小人さん　きておくれ

ヒラメさん　海のヒラメさん

おれの<ruby><rb>女房</rb><rt>にょうぼ</rt></ruby>のイルゼビルが

おれの思うようにならんのだ

「どうしたんです、おかみさんはなにがほしいっていうんですか。」

と、ヒラメがいいました。

「それがねえ、<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまになりたいっていうんだよ。」

「おかえりなさい。おかみさんは、もとのぼろ<ruby><rb>小屋</rb><rt>ごや</rt></ruby>のなかにいますよ。」

と、ヒラメがいいました。

ふたりは、それからずうっと、いまでも、その小屋のなかにすわっていますよ。