Soranoha

冬彦抄

ふゆひこしょう

横光 利一

畏友、冬彦は詩の生活に於て何を喜んで来たのであらうか。彼は凡庸な詩人のやうに、感覚を愛した。象徴を愛した。歌を愛した。しかし、それは彼の教養のしからしめた所である。もし、彼が非凡な神の鞭を感じ得るものであるならば、――さうして、彼は感じた。確に、彼は彼の教養によつて知り得られた詩を否定した。そこから、彼の詩は始り出した。生活の呼吸が、詩形の振幅を拡張した。構成が始つた。生活の模倣から、生活をして、芸術を模倣せしめた。即ち芸術に位置を与へた彼は、新しくリズムの反逆と苦闘しなければならなかつた。難解な峡谷に身悶えた帆船――自滅はこのとき行はれるであらう――神はそのとき現れるであらう。――私は何を書いたのであらうか。即ち、畏友、冬彦の歴史である。さて、彼の詩は彼の不吉な神を解体し始めた。神との闘争が現れた。偶像を破壊する偶像の浮沈、仮説の信仰、さうして、その彼方への肉迫と退却、無と有との間隔の計量、及びその一つを残した他の一切の高さからの墜落による高さ――かくして、畏友冬彦は「戦争」へと馳け登つた。その何人も未だ夢想だにしなかつた厳格な睥睨、その氷山のごとき奇峭な体格、その摂理ある皺襞の投影。われわれは、もし此の高貴な「戦争」の底辺を知らんと願ふなら、ただ呆然として彼の立方を眺めるに如かないであらう。

底本 / Source edition

底本:「定本 横光利一全集 第十三卷」河出書房新社
1982(昭和57)年7月30日初版発行
1999(平成11)年10月20日第3刷発行
底本の親本:「書方草紙」白水社
1931(昭和6)年11月5日
初出:「詩と詩論 第五册」
1929(昭和4)年9月20日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。
入力:悠歩
校正:惣野
2020年3月28日作成
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書誌 / Bibliography
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横光 利一「冬彦抄」(新字旧仮名)、底本『定本 横光利一全集 第十三卷』河出書房新社、1982年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059689_000168, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite