## 人影なき血塗れ船

「船長、至急無電報が入りました」

太平洋沿海の救護船、太平丸の船長室へ、元気に無電係の<ruby><rb>伊藤次郎</rb><rt>いとうじろう</rt></ruby>青年が入って来た。

「この<ruby><rb>凪</rb><rt>なぎ</rt></ruby>に難波船でも有るまい、何だ」

「流血船の報告です」

「え？　――又か‼」

太平洋の<ruby><rb>鮫</rb><rt>さめ</rt></ruby>と異名を取った<ruby><rb>樫原</rb><rt>かしはら</rt></ruby>太市船長の顔が、急にぴんと<ruby><rb>引緊</rb><rt>ひきし</rt></ruby>まった。――伊藤青年は報告紙を見ながら、

「発信はアメリカの豪華船Ｐ・Ｆ号です、簡単に読みます。……本船は三月二日午前七時十分、東経百五十度、北緯二十度三分の海上に<ruby><rb>於</rb><rt>おい</rt></ruby>て、三本<ruby><rb>帆檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>の一漂流船あるを発見せり、<ruby><rb>依</rb><rt>よ</rt></ruby>って<ruby><rb>直</rb><rt>ただ</rt></ruby>ちに船員を派して検分せしに、船内には全く人影無く、船室、甲板、歩廊等、<ruby><rb>悉</rb><rt>ことごと</rt></ruby>く鮮血にまみれ居れり、恐らく大殺人惨劇の行われたるものと思わる。救助すべきもの無きに依り、本船は<ruby><rb>是</rb><rt>これ</rt></ruby>を放置せしまま母港に向け進航せり」

「又か、――又か、くそっ！」

樫原船長は<ruby><rb>卓子</rb><rt>テーブル</rt></ruby>を叩いて<ruby><rb>立上</rb><rt>たちあが</rt></ruby>った。

この奇怪な「流血船」の話は、もう半年も前から伝わっていた。――太平洋のまん中に亡霊の如く漂っている三本<ruby><rb>帆檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>の船、その中には全く人の姿無く、<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>も船内は到るところ生々しい鮮血にまみれていると……無気味な、<ruby><rb>血腥</rb><rt>ちなまぐさ</rt></ruby>い話なのである。

職務上の必要ばかりでなく、冒険好きな樫原船長はずっとこの奇妙な報知に注意していたが、季節風と海流とに関係なく、「流血船」は或る一定の線を西へ西へと流れている事が分った。太平丸が最初に報告を受けた時には、その船は<ruby><rb>加奈陀</rb><rt>かなだ</rt></ruby>の北西二百<ruby><rb>浬</rb><rt>カイリ</rt></ruby>の海上にあったが、それから半年のあいだに二千<ruby><rb>浬</rb><rt>カイリ</rt></ruby>以上も西へ来ているのだ。

「こんな馬鹿な話があるか」

船長が<ruby><rb>屹</rb><rt>きっ</rt></ruby>と眉をあげて<ruby><rb>云</rb><rt>い</rt></ruby>った。

「誰も乗っていない船が、半年間少しも針路を変えずに二千<ruby><rb>浬</rb><rt>カイリ</rt></ruby>以上も同じ方向へ漂流するなんて、そんな馬鹿げた事があるか、――そのうえ鮮血だ、兇悪な殺人だ、惨劇だ、まるで百年も昔の海洋小説のような事を云う、近頃の<ruby><rb>船乗</rb><rt>ふなのり</rt></ruby>はみんな頭がどうかしたに違いない」

「でなければ船長が臆病になられたのでしょう」

「な、なんだと⁉」

「失礼――」

若い伊藤青年は、にこにこ笑いながら一歩退いて云った。

「僕は<ruby><rb>斯</rb><rt>こ</rt></ruby>う云いたかったんです、流血船の話は半年も前から聞いています。そして船長は太平洋の鮫と異名のある人です。――どうして噂の実否を確めに行かないのですかと」

「馬鹿な事を、我々には沿海救護という大事な任務がある」

「Ｐ・Ｆ号の無電に依ると、流血船の位置は領海へ迫ること三百<ruby><rb>浬</rb><rt>カイリ</rt></ruby>ですよ船長、そこに何か惨劇があったとすれば、救護に行くのは我々の任務ではないでしょうか」

「ふうむ、――領海から三百<ruby><rb>浬</rb><rt>カイリ</rt></ruby>か、……」

船長は<ruby><rb>眤</rb><rt>じっ</rt></ruby>と伊藤の眼を<ruby><rb>覓</rb><rt>みつ</rt></ruby>めた。伊藤青年は力に溢れた微笑を見せている。――<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>にもさあ行きましょうと云いたそうだ。

「貴様に計られたな」

船長はやがて<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>るように云った。

「<ruby><rb>宜</rb><rt>よ</rt></ruby>し、臆病者と云われては俺の名が<ruby><rb>廃</rb><rt>すた</rt></ruby>る。出掛けよう」

「しめたッ」

「<ruby><rb>直</rb><rt>す</rt></ruby>ぐ無電で横浜の本部へ報告しろ、領海附近に漂流船あり、救護のため進路を変更す、と云うんだ、流血船の事には触れるな」

「<ruby><rb>畏</rb><rt>かしこま</rt></ruby>りました、船長」

伊藤次郎は<ruby><rb>活溌</rb><rt>かっぱつ</rt></ruby>に答えて<ruby><rb>踵</rb><rt>きびす</rt></ruby>を返した。

彼は得意であった。なにしろこの半年以来ずっと好奇心の的だった「流血船」を、<ruby><rb>愈々</rb><rt>いよいよ</rt></ruby>探険する運びになったのだ。――実を云うと、同じ救護船浦島丸の無電技師で川本順吉という友達と、<ruby><rb>何方</rb><rt>どっち</rt></ruby>が先に流血船の真相探険をするか、もう五週間も前から賭けをしていた。そのうえ当の浦島丸はいま、北部沿海に出動しているので、Ｐ・Ｆ号の無電は<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>と同様に聴いた<ruby><rb>筈</rb><rt>はず</rt></ruby>である。だから賭けをした手前にも、浦島丸に先立って流血船探険を決行する必要があったのだ。

「しめしめ、是で川本の奴をあっと云わせてやれるぞ」

伊藤青年は本部へ無電を打ちながら、会心の笑をもらすのであった。

太平丸は進路を西北西に変えた。海はすばらしい凪である。千二百<ruby><rb>噸</rb><rt>とん</rt></ruby>の小さな船だが救護船の特徴として荒天航行の設備は充分だし、速力も普通船より五割がた早い――大きなゆるい波のうねりを引裂きつつ、まるで<ruby><rb>辷</rb><rt>すべ</rt></ruby>るように<ruby><rb>航</rb><rt>はし</rt></ruby>って行く。

その日の暮れがた、恐ろしい濃霧に襲われた。そして冒険の第一歩が始まった。

## 海坊主に注意せよ

無電室で附近の海上に船のいない事を確めた伊藤青年は、後の係を助手に命じて置いて甲板へ出た。時は<ruby><rb>黄昏</rb><rt>たそがれ</rt></ruby>である。船の周囲は壁のように濃密な霧に包まれている。雨帽子や外套は<ruby><rb>忽</rb><rt>たちま</rt></ruby>ち濃霧に濡れ、雨の中にでもいるように、ぽとぽとと<ruby><rb>滴</rb><rt>しずく</rt></ruby>になって垂れて来る、――と、不意に、

「船がいるぞ、停れ」

と云う叫びが見張所から聞えて来た。

「船だ船だ、ゴースタン」

「ゴースタン」

喚きは喚きを呼んで、忽ち太平丸は速力を緩め、推進機の逆廻転をしながら<ruby><rb>舳</rb><rt>へさき</rt></ruby>をやや右へ転じた。その刹那に、霧の中からぽっかりと一艘の船影が現われた。

「船長三本<ruby><rb>帆檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>ですぜ」

伊藤青年は船長の側へ近寄って云った。

「うん、だがまだ予定の位置じゃない」

「それに舷灯も点けていません」

「まあ待て」

太平丸は<ruby><rb>号笛</rb><rt>ホイッスル</rt></ruby>を鳴らしながら、相手の方へ近寄って行った。そして両方の舷が<ruby><rb>殆</rb><rt>ほと</rt></ruby>んど<ruby><rb>触合</rb><rt>ふれあ</rt></ruby>うほど接近した時、相手の船上に風雨灯の光が見え、四五人の船員が舷門の方へ走って来た。太平丸の探照灯を<ruby><rb>真向</rb><rt>まっこう</rt></ruby>から浴びたこれらの船員たちはみんな赤髭の外人だった。

「<ruby><rb>何故</rb><rt>なぜ</rt></ruby>、霧笛を鳴らさんのか」

船長が英語で叫んだ。

「我々は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あらすか</span>ノ漁夫デス」

相手が答えた。「五時間ホド前ニ、<ruby><rb>巨</rb><rt>おお</rt></ruby>キナ海坊主ニ出会ッタノデス。皆ソレデ船内ニ隠レテイマシタノデ、何ニモ知リマセンデシタ」

「他に怪しい船は見なかったか？」

相手はひそひそと何か<ruby><rb>暫</rb><rt>しばら</rt></ruby>く<ruby><rb>囁合</rb><rt>ささやきあ</rt></ruby>っていたが、今度は別の声が答えた。

「昨日ノ朝、妙ナ船ニ会イマシタ、三本<ruby><rb>帆檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>ノ二千<ruby><rb>噸</rb><rt>トン</rt></ruby>バカリノ奴デス。船内ニハ誰モ居ナイ様子デ……<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>も<ruby><rb>彼処</rb><rt>かしこ</rt></ruby>モ血ダラケデシタ」

「その船は停っていたか？」

「西ノ方ヘ漂流シテイマシタ。――ソレヨリ、<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>附近ニ<ruby><rb>巨</rb><rt>おお</rt></ruby>キナ海坊主ガ出マスカラ注意シテ下サイ。奴ハ船ヘ襲イ掛ッテ来マス」

船長は嘲るように肩を<ruby><rb>竦</rb><rt>すく</rt></ruby>め、<ruby><rb>振返</rb><rt>ふりかえ</rt></ruby>って出発を命じた。――伊藤次郎は霧の<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>へ消えて行く漁船を見送りながら、変にぞくぞくと背筋の寒くなるのを覚えた。多少でも海上生活をしたもので、海坊主の話を聞かない者はないだろう。<ruby><rb>殊</rb><rt>こと</rt></ruby>に霧や<ruby><rb>靄</rb><rt>もや</rt></ruby>の多い海では<ruby><rb>屡々</rb><rt>しばしば</rt></ruby>見られる現象である。それは物の影が霧に映るからで、決して超自然のものではない。――<ruby><rb>然</rb><rt>しか</rt></ruby>し今、伊藤青年はアラスカ漁夫の話を聞いていて、妙に生々しい印象を受けたのだ。

――奴は船へ襲い掛って来ます。

という言葉は特に強く響いた。

「無気味だ、なんだか妙な気持がする、普通の海坊主とは違うのではないか……」

そんな事を思いながら無電室へ戻ってみると、<ruby><rb>丁度</rb><rt>ちょうど</rt></ruby>助手が<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>からかの無電を受けているところだった。助手は伊藤青年の顔を見るなり、

「浦島丸の川本さんです」

と云ってレシイバアを渡した。

「よう伊藤か」

相手は正に川本順吉だった。

「五週間まえの賭けは忘れないだろうな」

「それがどうした」

「驚くなよ、浦島丸は一昨日から流血船を捜していたんだが、一時間ばかり前に<ruby><rb>到頭</rb><rt>とうとう</rt></ruby>捉えたぞ」

伊藤青年は思わず<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しまった</span>と<ruby><rb>呻</rb><rt>うめ</rt></ruby>いた。

「おい、それは本当か」

「現に僕の<ruby><rb>船窓</rb><rt>まど</rt></ruby>から見えている、いま船員たちが乗込んで行ったところさ、気の毒だが賭けは僕の勝利らしいな、はははは」

既に海上は暮れている。この無気味な夜を冒して、彼等はいま流血船の探険を始めたのであろうか、――先手を打たれた<ruby><rb>口惜</rb><rt>くや</rt></ruby>しさよりも、伊藤次郎にはそれが心配になった。

「賭けに負けたのは認めるよ。それより川本、こんな夜の冒険は危い、朝になってからするように云って、早く皆を引揚げさせろ」

「なんだ、君は遠くにいて<ruby><rb>怯気</rb><rt>おじけ</rt></ruby>づいているのか、大丈夫だよ。相手は……」

そこ<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>云って、不意に川本の声が聞えなくなった。

「おい川本、どうしたんだ」

「川本、川本、……」

突然向うでガシャン！　と<ruby><rb>硝子</rb><rt>ガラス</rt></ruby>器でも壊れるような音がした。同時に川本の声で、

「う、海坊主が来た、あッ　あ――ッ、血みどろの手が……助けて<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れ」

「どうしたんだ、川本ッ」

「殺されるッ、海坊主だ、助けて呉れッ」

<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばりばり</span>ッと板の裂ける音と共に、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぎゃっ</span>という川本順吉の断末魔の悲鳴が聞えた。そして<ruby><rb>凡</rb><rt>す</rt></ruby>べてが<ruby><rb>森閑</rb><rt>しん</rt></ruby>と鎮まりかえった。

伊藤次郎は水を浴びたように、<ruby><rb>慄然</rb><rt>りつぜん</rt></ruby>と<ruby><rb>居竦</rb><rt>いすく</rt></ruby>んだ。アラスカ漁夫の話――奴は船へ襲い掛って来ます。……という無気味な言葉が、まざまざと耳の底へ蘇えって来た。

「大変だ！」

伊藤青年は脱兎の如く無電室からとび出して行った。

## 眼前に見る怪奇の船

樫原船長も顔色を変えた。

川本の言葉から推すと、海坊主が浦島丸へ侵入して、川本を惨殺したとしか思えない。川本は<ruby><rb>判</rb><rt>はっ</rt></ruby>きり海坊主だと云った。

――血みどろの手だ。

とさえ云った。

「全速力だ、霧などに構わずやれ」

船長は<ruby><rb>断乎</rb><rt>だんこ</rt></ruby>として叫んだ。

伊藤次郎は直ぐ戻り、無電で浦島丸を呼び続けた。然し<ruby><rb>遂</rb><rt>つい</rt></ruby>に答えは無かった。――船の位置だけでも先に聞いて置けば宜かったと思うが、もう<ruby><rb>今更</rb><rt>いまさら</rt></ruby>どうにも仕様がない。ただ、出来るだけ早く<ruby><rb>現場</rb><rt>げんじょう</rt></ruby>へ行って、危急の友を救うことである。

天の与えと云おうか、海の荒れる季節にも<ruby><rb>関</rb><rt>かか</rt></ruby>わらず風も無く、海上には緩いうねりがあるだけ、然も夜半前には全く霧も<ruby><rb>霽</rb><rt>は</rt></ruby>れたので、太平丸は湖上を行くように快走を続けることが出来た。――重苦しい夜が明けて朝が来た。四方は水平線の<ruby><rb>涯</rb><rt>はて</rt></ruby>まで眼を遮る物もない。

「もうそろそろ予定の位置だが」

船長は夜明け前から船橋に立って、望遠鏡を眼から離さず監視している。

「無電はどうだ――？」

「幾ら呼んでも応答がありません」

「間に合わないかな」

船長の声は呻くようだった。

午前十時、太平丸は進路を南方に変えて逆航を始めた。Ｐ・Ｆ号の示した位置を過ぎても流血船に会わないのだ。――それに浦島丸の姿が見えないのも<ruby><rb>訝</rb><rt>いぶか</rt></ruby>しい。

「この通り晴れているんだし、<ruby><rb>何方</rb><rt>どっち</rt></ruby>か一艘はみつかりそうなもんだな」

そう云っている内にも時間はずんずん経って午後三時になった。――もう少しすると霧の来る時間になる、そうなったら益々仕事が困難になる<ruby><rb>基</rb><rt>もと</rt></ruby>だ。どうかして霧の来ない内にと、全速力で逆航を続ける……と、それから間もなく、西方海上にぽつりと一艘の船影を発見した。――伊藤青年は双眼鏡を覗いたまま、

「船長、三本<ruby><rb>帆檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>ですね」

「――うん」

「今度こそ流血船ですぜ」

遂に発見した。近寄るに従って、灰色に塗った船体、三本<ruby><rb>帆檣</rb><rt>マスト</rt></ruby>、半ばから折れた煙突などが段々はっきりして来る。正に噂の流血船だ、怪奇の船だ。――約一時間にして、太平丸は百メートルまで接近して停まる。

「総員甲板へ集れ」

船長の命令一下、定位置員を除いて二十名の屈強な船員たちは上甲板へ集った。――その時既に、北方から猛烈な濃霧の<ruby><rb>押寄</rb><rt>おしよ</rt></ruby>せて来るのが見られた。

「本船は昨夜、浦島丸から無電を接受した。それに依ると我が友船は、この附近に於て奇怪な事件のため遭難したかに思われる、――その原因は向うに見える船だ。諸君も噂は聞いているだろう、あれこそ流血船だ」

「え、――流血船」

「流血船！」

船員たちのあいだに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざわざわ</span>と囁きが交わされた。

「俺は、是から<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の船へ乗込んで、怪奇の真相を探査しようと思う。我らの海上から迷蒙の噂を除こうと思う、併せて友船浦島丸の安否をも探るのだ。――然し是には多少の危険が伴うかも知れない。指命はしないから<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>と一緒に行きたい者は前へ出て呉れ」

「船長！」「船長！」「船長‼」

言下に全員が<ruby><rb>進出</rb><rt>すすみで</rt></ruby>た。――船長は頷いて、

「<ruby><rb>有難</rb><rt>ありがと</rt></ruby>う、然し五名だけは船へ残って貰わなければならん、それは<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>船にも危険が無い訳ではない。<ruby><rb>寧</rb><rt>むし</rt></ruby>ろ<ruby><rb>此方</rb><rt>こっち</rt></ruby>の方にこそ恐るべき怪異があると思われるからだ」

海坊主の事を云っているのだな、――伊藤青年はそう思いながら、自分は船長の蔭の方へ回っていた。

人選が<ruby><rb>定</rb><rt>きま</rt></ruby>って、短艇が下された時、濃霧が海上を密閉した。伊藤青年はそう云っては船長に許されぬ事が分っていたので、この霧を幸い、無電室を助手に頼んで置いて、素早く短艇の中へもぐり込んだ。

濃霧は渦を巻いて流れる。牛乳の中へでも浸っているようで、すっかり<ruby><rb>見透</rb><rt>みとお</rt></ruby>しが利かない。流血船の形も、ぼんやりとして、幻のように薄く、影のように揺れている……

絶海の洋上に浮く怪奇の船、半年のあいだ海上の謎だった惨劇の船、それが今、眼前に<ruby><rb>在</rb><rt>あ</rt></ruby>るのだ。

「あ！　ひどい油だ」

<ruby><rb>舷側</rb><rt>ふなべり</rt></ruby>にいた一人が叫んだ。

「船長、一面に重油が浮かんでいます」

「重油だって？」

船長が身を乗出した、――なる程、<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>の海面は見渡す限り重油で<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>われている。伊藤次郎も隅の方でそれを見た。

「浦島丸だ、浦島丸は<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>で沈没したのだ」

彼は見る見る<ruby><rb>蒼白</rb><rt>あおざ</rt></ruby>めてそう<ruby><rb>呟</rb><rt>つぶ</rt></ruby>やき、<ruby><rb>眤</rb><rt>じっ</rt></ruby>と瞑目した。

## わッ、みんな死んでいる！

お互いに位置を失わぬため、太平丸は絶えず霧笛を鳴らしていた。――ぼう、ぼう……という低い笛の音は、濃い霧の<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>から訴えるように<ruby><rb>咽</rb><rt>むせ</rt></ruby>ぶように淋しく響いて来る。場合が場合だけにその音色は、まるで地獄の<ruby><rb>呼声</rb><rt>よびごえ</rt></ruby>のようにさえ思われるのだった。

短艇は流血船の周囲をひと廻りした。そして右舷舷側に、半ば壊れた<ruby><rb>梯子</rb><rt>タラップ</rt></ruby>があるのをみつけて艇を繋いだ。

「先任、君は艇に残れ、何か怪しい事があったら<ruby><rb>拳銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>で合図するんだ」

「は、――」

「油断するなよ」

そう云って一人を短艇へ残し、船長は<ruby><rb>真先</rb><rt>まっさき</rt></ruby>に<ruby><rb>梯子</rb><rt>タラップ</rt></ruby>を登って行った。――甲板へ一歩<ruby><rb>踏出</rb><rt>ふみだ</rt></ruby>した<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とたん</span>に、人々は思わず息詰るような光景を見た。甲板は眼の届く限り、ぬらぬらと生々しい鮮血にまみれている。死骸を引摺ったかと思われるところや、池のような血溜りさえ見られる。そして……胸の悪くなるような血の匂いが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むっ</span>と鼻を<ruby><rb>衝</rb><rt>つ</rt></ruby>くのだ。

「是はひどい――」

誰かが思わず叫んだ。然し他の者は唇の色を蒼くしたまま、石のように固く立竦んでいた。――船長は声を励まして、

「みんな<ruby><rb>拳銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>を出せ、安全錠を外して、<ruby><rb>俺</rb><rt>わし</rt></ruby>が射てと云ったら遠慮なくぶっ放せ、――是から船内を探査する」

云われるままに、皆は<ruby><rb>夫々</rb><rt>それぞれ</rt></ruby><ruby><rb>拳銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>を<ruby><rb>取出</rb><rt>とりだ</rt></ruby>し、いつでも射てるように<ruby><rb>確</rb><rt>しっか</rt></ruby>りと右手に握った。船長は血溜りを避けつつ片手に懐中電灯、片手に<ruby><rb>拳銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>を持って船内へ下りて行く、――<ruby><rb>矢張</rb><rt>やは</rt></ruby>り血だ。歩廊も、壁も、天井までも生々しい血痕で埋まっている。どんな奇想天外の空想も、それだけの血を流す惨劇は考える事が出来まい。ネブカドネットの大虐殺でさえ、恐らくこの惨状には及ばぬだろう……<ruby><rb>遉</rb><rt>さすが</rt></ruby>に海の<ruby><rb>猛者</rb><rt>もさ</rt></ruby>たちも、この凄絶な光景には眼を<ruby><rb>外向</rb><rt>そむ</rt></ruby>けた。

流血船、流血船、――正に是こそ流血の船と呼ぶ以外に呼名はない。

船長は先に立って、中甲板から下甲板、船底に至るまで<ruby><rb>隈</rb><rt>くま</rt></ruby>なく調べ廻った。<ruby><rb>何処</rb><rt>どこ</rt></ruby>にも人の姿はない、死体の影も無い。到る処に壊れた船具や、木材の破片が散らばっているだけである。――荷物と思われる物さえ無いのだ。全くの無人船、ただ生々しい血潮だけが、恐るべき事件の跡を物語っている。

船底から中甲板まで戻って来た時だ。

「船長、銃声です！」と伊藤青年がとび出した。

「や、伊藤、君は一緒に来たのか」

「そんな事より、そら、――」

タン！　タン‼　左舷の外に鋭い<ruby><rb>拳銃</rb><rt>ピストル</rt></ruby>の音が聞えた。

「短艇で射っているんです」

「――来いッ」

何か起ったと思うより早く、船長は脱兎の如く上甲板へ<ruby><rb>駈上</rb><rt>かけあが</rt></ruby>っていた。――更に<ruby><rb>梯子</rb><rt>タラップ</rt></ruby>を下りると、短艇の中に残された一人が、

「船長、早く来て下さい」

「どうしたんだ、何かあったのか⁉」

「いま本船で銃声と悲鳴が聞えました」

云われて<ruby><rb>恟</rb><rt>ぎょっ</rt></ruby>としながら見やった、――霧笛がいつか絶えている。

「船長、直ぐ帰りましょう」

伊藤次郎が叫んだ。船長はじめ一同は、追われるように短艇へとび込んだ。――浦島丸の運命が、ありありと伊藤の頭に浮んで来た。何かあったのだ、川本が無電をかけて<ruby><rb>寄来</rb><rt>よこ</rt></ruby>した時と同じように、自分たちが流血船へ行っている後で、何か怪事が<ruby><rb>持上</rb><rt>もちあが</rt></ruby>ったのだ。怪事……そうだ、海坊主の――。

「ぎゃあ――ッ」霧の<ruby><rb>彼方</rb><rt>かなた</rt></ruby>から、再び<ruby><rb>凄</rb><rt>すさま</rt></ruby>じい悲鳴が聞えて来た。船長は身を乗出しながら、

「早く、早くしろ、もっと早く」と喚き続けた。

短艇が太平丸の舷側へ着くなり、伊藤次郎は船長より先に<ruby><rb>飛移</rb><rt>とびうつ</rt></ruby>っていた。見よ、――<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>には残留した船員たちの死体が転げている、あたり一面の鮮血だ。

「あッ　<ruby><rb>殺</rb><rt>や</rt></ruby>られた」

人々は恐怖の叫びをあげながら、思わず後へたじたじとなった。

「みんな<ruby><rb>四辺</rb><rt>あたり</rt></ruby>に注意しろ、怪しい者が見えたら構わずぶっ放すんだ」

船長は喚きながら死体の側へ<ruby><rb>跼</rb><rt>しゃが</rt></ruby>んだ。

なんという<ruby><rb>無慙</rb><rt>むざん</rt></ruby>な殺し方であろう、みんな頭蓋骨を一撃で粉砕されている。震える手で次々と調べて行くうち一人だけ<ruby><rb>微</rb><rt>かす</rt></ruby>かに息のある者がいた。そして船長が急いで抱き起すと、――彼は恐怖で<ruby><rb>剥出</rb><rt>むきだ</rt></ruby>された眼を海の方へ向けながら、

「海……海から――来た、<ruby><rb>彼奴</rb><rt>あいつ</rt></ruby>が……」

もつれる舌で、ようやくそこ<ruby><rb>迄</rb><rt>まで</rt></ruby>云ったが、そのまま<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がくり</span>と息絶えて<ruby><rb>了</rb><rt>しま</rt></ruby>った。

伊藤次郎はこのあいだに無電室へ駈けつけたが、哀れや<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>でも助手が、……恐らく川本順吉もそうであったろうと思われるように、無電機にのめりかかったまま、頭を砕かれて絶命していた。

「海坊主だ、海坊主だ」

伊藤次郎は憑かれたように、慄然としながら外へ<ruby><rb>跳出</rb><rt>とびだ</rt></ruby>した。

奇怪、奇怪、怪しい流血船と、船を襲う殺人怪魔、<ruby><rb>眼路</rb><rt>めじ</rt></ruby>の限り波また波の洋上に行われた、この亡霊の如き事件の謎は、果してどう解くべきであろうか？　――伊藤次郎は茫然として戻って来た。と<ruby><rb>其時</rb><rt>そのとき</rt></ruby>、

「見ろ、海坊主がいる」という叫びが聞えた。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はっ</span>として振向いたとたんに、――本船の左舷殆ど十メートルほどの波間に、<ruby><rb>巨</rb><rt>おお</rt></ruby>きな、<ruby><rb>凡</rb><rt>およ</rt></ruby>そ十<ruby><rb>呎</rb><rt>フィート</rt></ruby>もあるかと思われる灰色の怪物が<ruby><rb>浮上</rb><rt>うきあが</rt></ruby>っていた。

「海坊主！」と見るなり、伊藤青年は拳銃を取直して、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たんたんたん</span>‼　続けさまに三発狙撃した。同時に、<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>が当ったか否か、<ruby><rb>件</rb><rt>くだん</rt></ruby>の怪物は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ずぶり</span>と波間へ沈んだのである。

## 現われた十六名の怪外人

「やったぞ」

「海坊主を仕止めたぞ」

船員たちは歓声をあげながら、舷側に殺到して海面を眺めた、――その時、不意に濃霧が切れて、斜陽を決びた流血船の姿が<ruby><rb>判</rb><rt>はっ</rt></ruby>きりと見えた。

――今の<ruby><rb>弾丸</rb><rt>たま</rt></ruby>は当らなかった。だが今度浮いて来たら、と伊藤次郎は<ruby><rb>眤</rb><rt>じっ</rt></ruby>と海面を<ruby><rb>見戍</rb><rt>みまも</rt></ruby>っていたが、ふとその眼を流血船へ移したとたんに、

「――おや？」と不審そうな声をあげた。

急に伊藤次郎の眼色が変って来た。何かを発見したのだ。何かを！　見よ、彼の眉がきりきりと<ruby><rb>痙攣</rb><rt>ひきつ</rt></ruby>った。そして固く引結んだ唇に<ruby><rb>活々</rb><rt>いきいき</rt></ruby>とした<ruby><rb>微笑</rb><rt>ほほえみ</rt></ruby>が<ruby><rb>彫</rb><rt>きざ</rt></ruby>まれて来た。

「そうか、そうか、分ったぞ畜生！」

そう叫ぶと、伊藤青年は船長の側へ<ruby><rb>走</rb><rt>は</rt></ruby>せつけて、

「船長、もう一度流血船へ戻って下さい」

「なに？　どうするって⁉」

「直ぐ流血船へ踏込むんです、謎は解けました。憎むべき殺人鬼、海坊主の仮面をひん剥いてみせます、流血船のトリックを<ruby><rb>発</rb><rt>あば</rt></ruby>いてやるんです。急いで下さい！」

「本当か、大丈夫か⁉」

「<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>がす</rt></ruby>弾を用意して、早く、直ぐです」

船長は伊藤の手腕を信じていた。――時を移さず<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>がす</rt></ruby>弾を<ruby><rb>積込</rb><rt>つみこ</rt></ruby>み、決死の同志十名と共に、短艇は波を蹴って流血船へ向った。

同じ<ruby><rb>梯子</rb><rt>タラップ</rt></ruby>から<ruby><rb>猿</rb><rt>ましら</rt></ruby>のように、甲板へ上るとそのまま、伊藤次郎は先へ立って、ずんずん船底まで下りて行った。<ruby><rb>其処</rb><rt>そこ</rt></ruby>は塗料の腐る匂いで息が詰りそうである――然し伊藤次郎は、懐中電灯を差しつけながら、散らばっている船具や<ruby><rb>板片</rb><rt>いたきれ</rt></ruby>を<ruby><rb>掻退</rb><rt>かきの</rt></ruby>け<ruby><rb>蹴飛</rb><rt>けと</rt></ruby>ばし、塵も見逃すまじと船底の鉄板を<ruby><rb>検</rb><rt>しら</rt></ruby>べ廻った。

「どうするんだ」

船長は不服そうに、「<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>は船底だぞ、その鉄板のもう<ruby><rb>一重</rb><rt>ひとえ</rt></ruby>下は海だぞ」「そうでしょうか……」と<ruby><rb>落着</rb><rt>おちつ</rt></ruby>いた声で答えた時、伊藤青年は思わず<ruby><rb>占</rb><rt>し</rt></ruby>めた！　と叫び、

「<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>がす</rt></ruby>弾の用意」と振返った、「僕が今<ruby><rb>此処</rb><rt>ここ</rt></ruby>を<ruby><rb>明</rb><rt>あ</rt></ruby>けるから構わず中へ<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>がす</rt></ruby>弾を叩き込んで呉れ」

「鼠でも<ruby><rb>追出</rb><rt>おいだ</rt></ruby>そうと云うのか」

「そう、<ruby><rb>巨</rb><rt>おお</rt></ruby>きな鼠が出て来ますぜ、――そらッ」

叫びながら伊藤次郎が、うん――と鉄板の一部を持上げる。刹那！　<ruby><rb>待構</rb><rt>まちかま</rt></ruby>えていた連中が手に手に<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>がす</rt></ruby>弾を持って、その穴の中へ<ruby><rb>叩込</rb><rt>たたきこ</rt></ruby>んだ。――ばあん、ばあん、ばあん‼　<ruby><rb>瓦斯</rb><rt>がす</rt></ruby>弾の破裂する音が、大きく聞えた。

「みんな射撃の用意！」

伊藤青年が身を退けて叫ぶ。

「いま出て来るぞ」と、言い終らぬ間に、船底から大きく、

「助ケテ下サイ、手向イシマセン」

「命ダケハ、助ケテ下サイ」という英語の悲鳴が聞えて来た。呆気に取られて暫くは口も利けなかった船長は、急に穴の入口へ近づくと、

「出て来い、武器を捨てて出て来い、少しでも反抗すると射殺するぞ、早くしろ」

と喚きたてた。――その声に応ずる如く、苦しそうに咳をしながら、次々と十六名の外国人が現われて来た。

謎は解かれた。

彼等は×××国の密令を帯び、日本在住の間諜と密接な連絡をとるため、アラスカの某地から、日本の某海岸まで海底電線を敷設していたのである。――流血船という怪奇を装ったのは、他の船を近寄せぬためで、船底の下に、もう一つの敷設船が取付けてあった。また海坊主というのは敷設用の特殊な潜水服（軽金属で出来ている）であって、この潜水服は酸素管を持った自働式の物であり、両手は鋭い鋼鉄の<ruby><rb>鉤</rb><rt>かぎ</rt></ruby>になっている。多くの殺人を犯したのはこの鋼鉄の鉤であったのだ。そして浦島丸は、流血船の秘密を探知したために、全員虐殺のうえ沈められたという事である。

「すばらしい手柄だ」

帰航の途につきながら、船長は伊藤青年の手を固く固く<ruby><rb>握緊</rb><rt>にぎりし</rt></ruby>めて云った。

「だが<ruby><rb>夫</rb><rt>それ</rt></ruby>にしても、――どうして<ruby><rb>彼</rb><rt>あ</rt></ruby>の船底に隠れていた事が分ったのかね」

「偶然ですね、全くのところ偶然です」

伊藤青年は会心の笑をうかべながら、

「あの海坊主を射った時、ちょっと霧が切れて、流血船が<ruby><rb>判</rb><rt>はっ</rt></ruby>きり見えたでしょう？　船長、あの時僕は、流血船の<ruby><rb>吃水</rb><rt>きっすい</rt></ruby>がいやに深いのに気がついたんです。荷物も無し人もいないのに、吃水はまるで貨物満載の船ほど深くなっているんです、――それが発見の<ruby><rb>緒口</rb><rt>いとぐち</rt></ruby>でした。船内に何もなく、然も船があんなに深く入っているとすれば、船底の下に重量が懸っているに違いないと……」

「偉い、<ruby><rb>遉</rb><rt>さすが</rt></ruby>に無電技師だけあって観察が細いぞ、<ruby><rb>遉</rb><rt>さすが</rt></ruby>の俺もそこ迄は気がつかなかった。――今度は全く君に手柄を<ruby><rb>樹</rb><rt>た</rt></ruby>てられたよ」

船長は頼もしそうに伊藤青年を見守った。

「ただ残念なのは……浦島丸の危急に間に合わなかった事です。――親友の川本を死なした事です……」

伊藤次郎の眼にふっと涙が浮んだ。――帰航の海も、すばらしい凪であった。