Soranoha

マリアの子ども

マリアのこども

グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール

ある大きな森のまえに、ひとりの木こりが、おかみさんといっしょに住んでいました。子どもは、三つになる女の子がたったひとりしかありませんでした。

木こり夫婦ふうふはたいへん貧乏びんぼうで、その日その日のパンもなく、子どもになにを食べさせたらよいか、とほうにくれるほどでした。

ある朝、木こりは心配しんぱいごとに胸むねをいためながら、森へしごとにでかけました。木こりが森のなかで木を切っていますと、ふいに、背せの高い美しい女の人が目のまえにあらわれました。みれば、女の人はぴかぴかかがやく星のかんむりを頭にいただいています。女の人は、木こりにむかっていいました。

「あたしは聖母せいぼマリア、幼子おさなごキリストの母です。おまえは貧乏びんぼうで、その日のものにもこまっていますね。あたしのところへおまえの子どもをつれていらっしゃい。あたしがその子をつれていって、めんどうをみてあげましょう。」

木こりはいわれたとおり、子どもをつれてきて、聖母マリアにわたしました。マリアはその子をつれて、天国てんごくにのぼっていきました。子どもはたいへんしあわせでした。さとうのはいったパンを食べたり、あまいミルクをのんだりしました。そして、金きんの着物きものをきて、かわいい天使てんしたちといっしょにあそびました。

やがて、この子が十四になったときのことです。ある日、聖母せいぼマリアがこの子をよびよせて、いいました。

「あのね、あたしはこれから長い旅たびにでます。それで、おまえにこの天国の十三の扉とびらのかぎをあずけておきます。このうちの十二の扉はあけて、なかにあるりっぱなものを見てもいいんですよ。でも、十三ばんめの扉は、この小さなかぎで、あくことはあきますけど、でもあけてはいけません。ようく注意ちゅういして、あけないようにするんですよ。さもないと、おまえはふしあわせになりますからね。」

女の子は、きっといいつけをまもります、と約束やくそくしました。

やがて、聖母せいぼマリアが旅にでてしまいますと、女の子は天国の住まいの見物けんぶつをはじめました。まい日ひとつずつ扉とびらをあけているうちに、いつのまにか、十二ばんめの住まいまですっかり見てしまいました。

どの住まいにも(1)使徒しとがひとりずついて、大きなみ光ひかりにつつまれていました。女の子は、ひかりかがやくあたりのすばらしいようすを見て、大よろこびでした。かわいい天使てんしたちも、いつも女の子のあとについていって、女の子といっしょに、うれしがっていました。

こうして、あとには、いよいよ、あけてはいけないといわれている扉とびらが、ひとつのこっているだけになりました。女の子は、そこになにがかくされているのか、知りたくてなりません。それで、小さい天使てんしたちにむかっていいました。

「あたし、みんなはあけないし、それに、なかへはいったりもしないわ。ただ、そっとあけて、ちょっとすきまからのぞいてみたいの。」

「まあ、いけないわ。」

と、小さな天使たちはいいました。

「それはよくないことよ。だって、聖母せいぼマリアさまがそんなことをしてはいけないっておっしゃったんですもの。それに、あなたはふしあわせなめにおあいになるかもしれなくってよ。」

そういわれて、女の子はだまっていましたが、心のなかの見たいという気持ちだけは、すこしもかわりませんでした。それどころか、もういっときもおちついていることができないほど、見たくて見たくてたまらなくなっていたのです。

あるとき、小さな天使たちがみんなでかけてしまったあとで、女の子は、

(いまならあたしひとりだから、のぞいて見たってかまやしない。あたしが見たってことは、だれにもわかりゃしないんだもの。)

と、考えました。

女の子はその扉とびらのかぎをえらびだしますと、それを手にとって、錠じょうにさしました。そして、さしこんだかぎをぐっとまわしました。すると、扉とびらがぱっとあきました。とたんに、(2)三位一体さんみいったいの神かみさまの、火とみ光ひかりにつつまれているすがたが、女の子の目にうつりました。

女の子はびっくりして、しばらくのあいだは、ぼんやりつっ立ったまま、ながめていました。けれども、やがて、そのみ光ひかりに指をちょっとふれてみました。すると、その指がすっかり金色きんいろになってしまいました。と、きゅうに、女の子は、なんだかとってもこわくなって、扉とびらをかたくしめるがはやいか、あわててにげだしました。

ところが、それからというものは、女の子はどんなことをしてみても、なんとなくこわくてたまらないのです。胸むねはしょっちゅうどきどきしていて、ちっともしずまることがありません。それに、指さきについた金色は、どんなにあらってみても、こすってみても、さっぱりおちないのです。

それからまもなくして、聖母せいぼマリアは旅たびからかえってきました。マリアは女の子をよんで、天国てんごくのかぎをかえすようにいいました。女の子がかぎたばをさしだしますと、マリアは女の子の目をじっと見つめて、いいました。

「十三ばんめの扉とびらはあけなかったでしょうね。」

「はい。」

と、女の子はこたえました。

マリアが女の子の胸むねに手をあててみますと、心臓しんぞうがどきどきうっています。それで、マリアには、女の子がいいつけをやぶって、扉とびらをあけたことが、わかりました。そこでもういちど、マリアは、

「きっとあけなかったのね。」

と、いいました。

「はい。」

と、女の子ももういちどこたえました。

そのとき、マリアは、天国てんごくの光にさわったため金色きんいろになっている女の子の指さきを見て、やっぱりこの子がいいつけをまもらなかったことを、はっきりと知りました。

そこで、さらにもういちど、

「ほんとうにあけなかったのね。」

と、念ねんをおしました。

「はい。」

と、女の子は三度めもこたえました。

すると、マリアは、

「おまえは、あたしのいいつけをきかなかったばかりか、うそまでもいいましたね。おまえは、もう天国にいる資格しかくがありません。」

と、いいました。

それから、女の子はぐっすりねむりました。ところが目がさめてみますと、どうでしょう。いつのまにかじぶんは下界げかいにおりて、荒あれ野ののまんまんなかにねているではありませんか。

女の子は大声をあげてさけぼうとしましたが、どうしたものか、うんともすんともいうことができません。女の子ははねおきて、かけだそうとしました。ところが、どっちをむいても、いちめんにイバラがおいしげっていて、ゆくてをさえぎっているではありませんか。これでは、とてもつきぬけることはできません。

女の子がとじこめられてしまったこの荒あれ野のには、うろのある一本の古い木がありました。女の子は、ここをすみかにするよりほかしかたがありません。夜になると、そのなかにもぐりこんで、ねむりました。それから、嵐あらしや雨のときには、このなかにかくれていました。といっても、これはみじめなくらしでした。ですから、天国てんごくのたのしかったことや、かわいらしい天使てんしたちとあそんだことを思いだしますと、そのたびに、女の子はさめざめと泣なくのでした。

食べものといえば、木の根ねや草の実みがあるばかりです。女の子はそれを、歩けるだけ遠くまで歩いていっては、さがしまわりました。秋には地面じめんにおちたクルミや木この葉はをあつめて、うろのなかにはこびこみました。クルミは冬のあいだの食べものなのです。

やがて、雪と氷こおりにとざされるようになりますと、女の子はあわれなけものみたいに、木の葉のあいだにもぐりこんで、こごえないようにしました。そのうちに、きている着物きものがぼろぼろになって、すこしずつからだからちぎれおちました。

やがてまた、お日さまがあたたかにてりはじめますと、女の子はすぐにそとへでて、その木のまえにすわりました。長い髪かみの毛けは、女の子のからだを、マントのように、すっぽりとくるんでいました。

こうして、一年また一年とたっていきました。女の子は世よのなかのつらさ、なさけなさを、しみじみとあじわいました。

木ぎが、ふたたびみずみずしい若葉わかばをつけはじめたころのことでした。あるとき、この国の王さまが、森で狩かりをして、シカを追おっていきました。ところが、シカは森をかこんでいるやぶのなかににげこんでしまいました。そこで、王さまは馬からおりて、しげみをおしわけおしわけ、つるぎで道をきりひらいてすすんでいきました。

こうして、やっとのことでそこをつきぬけていきますと、あの木の下に、目もさめるような美しいむすめがすわっているではありませんか。むすめはからだじゅう足のつまさきまで、金色きんいろの髪かみの毛けですっかりつつまれています。王さまはじっと立ちどまって、びっくりしてむすめの顔を見つめていましたが、やがてむすめに話しかけて、

「おまえはだれだね。どうしてこんな荒あれ野ののなかにいるのだね。」

と、たずねました。

けれども、むすめはなんにもへんじをしませんでした。だって、口をひらくことができないのですもの。王さまはなおもことばをつづけて、

「わしといっしょに城しろへこないかね。」

と、いいました。

するとむすめは、ほんのちょっとうなずいてみせました。

そこで、王さまはむすめをだきあげて、じぶんの馬にのせ、お城へむかって馬をすすませていきました。

お城しろへかえりますと、むすめは王さまから美しい着物きものをはじめ、いろんなものをたくさんいただきました。むすめは口こそきくことはできませんでしたが、たいそう美しくて、かわいらしいので、王さまは心のそこからこのむすめがすきになりました。そしてまもなく、むすめと婚礼こんれいの式をあげました。

一年ばかりたったとき、お妃きさきさまは男の子を生みました。ある晩ばんのこと、お妃さまがひとりで寝床ねどこにねていますと、聖母せいぼマリアがすがたをあらわして、こういいました。

「おまえがほんとうのことをいって、いけないといわれていた扉とびらをあけたことを白状はくじょうすれば、おまえの口がひらいて、もとのように話すことができるようにしてあげましょう。でも、おまえが罪つみをあらためないで、いつまでもがんこにうそをいいはるのなら、この赤ちゃんをつれていってしまいますよ。」

このとき、お妃きさきさまはへんじをするために、口をきくことができるようになりました。けれども、あいかわらず強情ごうじょうをはって、

「いいえ、いけないといわれた扉とびらはあけはいたしませんでした。」

と、こたえました。

すると、聖母せいぼマリアは、生まれたばかりの赤ちゃんをお妃きさきさまの腕うでからとって、子どもといっしょにきえてしまいました。

あくる朝、赤ちゃんのすがたがどこにも見えませんので、だれいうとなく、お妃さまは人食ひとくい鬼おにだ、じぶんの子どもを殺ころしてしまったのだ、といううわさをしはじめました。お妃さまもそれをのこらずききましたが、といって、それに反対はんたいすることもできません。もっとも王さまは、お妃さまが心からすきでしたので、そんなことばには耳をもかそうとはしませんでした。

一年たって、お妃きさきさまはまた男の子を生みました。その晩ばん、聖母せいぼマリアがまたもお妃さまのところへあらわれて、いいました。

「おまえが、いけないといわれていた扉とびらをあけたことを白状はくじょうすれば、赤ちゃんもかえしてあげますし、舌したもうごくようにしてあげましょう。けれども、おまえが罪つみをくいあらためないで、あいかわらずうそをいいはるのなら、この赤ちゃんもつれていってしまいますよ。」

ところが、お妃さまはこんども、

「いいえ、とめられておりました扉は、あけはいたしませんでした。」

と、いいました。

すると、マリアはお妃さまの腕うでから赤ちゃんをとって、天国てんごくへつれていってしまいました。

あくる朝、またまた赤ちゃんのすがたが見えませんので、みんなは、お妃きさきさまがのんでしまったのだと、大声にいいたてました。王さまのご相談役そうだんやくの人たちは、お妃さまを裁判さいばんにかけるように、と、もうしたてました。

けれども、王さまはお妃さまがかわいくてなりませんので、そんなことは頭から信用しんようしようとはしませんでした。そして、ご相談役の人たちに、こんご二度とそんなことをもうすと、死刑しけいにいたすぞ、ときびしくいいわたしました。

そのつぎの年、お妃さまは美しい女の子を生みました。と、その晩ばん、またしても聖母せいぼマリアがあらわれて、

「あたしのあとについておいで。」

と、いいました。

マリアはお妃きさきさまの手をとって、天国てんごくにつれていき、お妃さまに上のふたりの子どもを見せてやりました。ふたりは、地球ちきゅうをおもちゃにしてあそんでいましたが、お妃さまを見ると、にっこりわらいました。お妃さまがそのすがたを見てよろこんでおりますと、聖母マリアがいいました。

「おまえの心は、まだとけないの。おまえが、いけないといわれていた扉とびらをあけたと白状はくじょうしさえすれば、ふたりのぼうやはかえしてあげるんですよ。」

ところがお妃さまは、

「いいえ、いけないといわれておりました扉とびらは、あけはいたしませんでした。」

と、三度めもこたえてしまいました。

そこでマリアは、お妃きさきさまをふたたび地上ちじょうにおろして、三ばんめの赤ちゃんもとりあげてしまったのです。

あくる朝になって、このことが知れわたりますと、だれもかれもが、

「お妃さまは人食ひとくい鬼おにだ。裁判さいばんにかけろ。」

と、口ぐちにさけびたてました。

こうなっては、さすがの王さまも、もうご相談役そうだんやくの人たちをはねつけるわけにはいきません。こうして、裁判がひらかれました。しかし、お妃さまはへんじをすることもできませんし、いいわけをすることもできません。そこで、とうとう、火あぶりの刑けいにきまってしまいました。

そこで、まきがはこびこまれました。いよいよ、お妃きさきさまは柱はしらにしばりつけられました。やがて、そのまわりじゅうに火がもえだしました。そのとき、お妃さまの胸むねのなかにすくっていた思いあがりのあつい氷こおりがとけて、お妃さまは心のそこから後悔こうかいしました。そして、

(せめて死しぬまえに、あたしが扉とびらをあけましたと白状はくじょうすることができたら、どんなにうれしいかしれない。)

と、思いました。

すると、きゅうに声がでるようになりました。お妃さまは大声にさけびました。

「ああ、マリアさま、あたしが扉とびらをあけました。」

と、どうでしょう、そのとたんに、雨がざあざあふりだして、たちまちほのおをけしてしまったではありませんか。お妃きさきさまの頭の上に、ひとすじの光がさしたかと思うと、聖母せいぼマリアが地上ちじょうにおりてきました。マリアは、ふたりの男の子を両わきにつれ、生まれたばかりの赤ちゃんを腕うでにだいています。マリアはお妃さまにむかってやさしく、

「じぶんの罪つみをくいて懺悔ざんげをするものは、ゆるされるのですよ。」

と、いいながら、三人の子どもをわたして、お妃さまの舌したをうごくようにしてくれました。しかもそればかりか、お妃さまに一生いっしょうのしあわせをもさずけてくださったのです。

(1)使徒しとというのは、イエス=キリストが教おしえをひろめるためにえらんだ十二人の弟子でしのことです。

(2)三位一体さんみいったいというのは、キリスト教きょうで、父である天てんの神かみと、子であるキリストと、聖霊せいれいの三つはもともと一体であるという教理きょうりです。

底本 / Source edition

底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2019年8月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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書誌 / Bibliography
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グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール、グリム ヴィルヘルム・カール「マリアの子ども」(新字新仮名)、底本『グリム童話集(1)』偕成社文庫、偕成社、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059522_001091, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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