Soranoha

永遠の詩人

えいえんのしじん

萩原 朔太郎

永遠の詩人

宿命生涯を貫く

萩原朔太郎

僕は少年の時、島崎藤村氏と薄田泣菫氏の詩を愛讀した。やや長じて後は、蒲原有明氏や北原白秋氏の作を讀んだ。

藤村氏と泣菫氏とは、少年時代の僕にとつて共に同じやうに好きであつた。しかしどつちかと言へばむしろ泣菫の方が好きであつた。その理由は、泣菫の詩に於ける特殊な佶屈の言葉と、その詩情に本質してゐる孤獨な憂鬱の陰影とが僕の個性に近く接觸するものがあつたからだ。之れに反して藤村の詩は、僕にとつてあまりにナイーヴで明るすぎ、陰影のない不滿さを感じさせた。もし藤村をゲーテとすれば、當時の泣菫はキーツであつた。そして僕の個性は、ゲーテよりもキーツやシエレーに近かつた。

然るに最近、再び兩者の詩を讀み返して見て、やはり藤村の方がよく、眞の本質的なポエヂイをもつたところの、眞の純粹の詩であるといふことを強く感じた。泣菫の方は、どういふものか、僕にとつて昔の魅力を無くしてしまつた。

その理由の一つは、兩者の詩共、昔の初版の原本でなく、後に改造社や新潮社で出したところの、自選詩集によつて讀んだ爲であるか知れない。その泣菫氏の自選詩集には、僕が昔愛讀した詩が殆んど皆オミツトされ、僕の嫌ひだつた詩ばかりがしかも多くの斧鉞を加へて集めてある。泣菫氏の詩は、その初期の物(暮笛集・ゆく春)ほどよく、純粹なリリシズムが盛られて居るのに、自選詩集には、却つてその詩情を稀薄にした後期の敍事詩風の作が多く入れられてある。

この自選詩集に對する不滿は、蒲原有明氏についても同じであつた。自選詩集に採録されてる有明の詩は、彼の中での最も惡い作品であり、多くは修辭的の技巧に凝つて、リリツクの純眞性を喪失してゐるやうなものばかりである。しかもそれが、詩情を失つた詩人の修辭學的な凝り性によつて、原作よりもずつと惡く改作されてる。

島崎藤村氏が、獨り彼等の中での例外だつた。藤村氏の自選詩集には、過去の作品での最も秀れたもの、最も純粹で美しいものばかりが選りぬいてある。たまたま斧鉞を加へられたと思ふ個所も、決して原作の詩情を失はないばかりか、却つて原作よりも善くなつて居る。そしてこの一つの事が、他の何人にもまさつて、藤村氏が眞の本質的の詩人であり、生れたる宿命の詩人であることを證左して居る。

つまり言へば薄田泣菫氏や蒲原有明氏やは、或る若い時代だけ詩人であり、後に年を取つてからは、本質的にそのリリシズムを喪失してしまつたのである。(そしてリリシズムを無くした時代に、その自選詩集が編纂された。)然るに島崎藤村氏だけは、今日の老年に至るまで、一貫してその魂に純のリリツクを所有して居るところの、眞の宿命的な詩人であつた。

それ故に藤村氏の文學は、彼が詩を書かなくなつてからも、そのすべての小説作品を通じて、旺盛な詩的情熱で一貫して居る。藤村氏の場合で言へば、單に「詩」といふ文學の形式が、「小説」といふ文學の形式に變つたにすぎなかつた。變化したものは形式である。文學の精神する本質のものではなかつた。藤村氏に於ける文學の本質は、その「若菜集」の出發から、大作「夜明け前」の今日に至る迄、一貫して本質上の「詩」であり、詩精神なのである。

底本 / Source edition

底本:「萩原朔太郎全集 第九卷」筑摩書房
1976(昭和51)年5月25日初版発行
底本の親本:「帝國大學新聞」
1936(昭和11)年4月27日
初出:「帝國大學新聞」
1936(昭和11)年4月27日
入力:きりんの手紙
校正:岡村和彦
2021年2月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/059328_000067/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/059328_000067/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/059328_000067/

萩原 朔太郎「永遠の詩人──宿命生涯を貫く」(旧字旧仮名)、底本『萩原朔太郎全集 第九卷』筑摩書房、1976年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059328_000067, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite