庭というものも、行きつくところに行きつけば、見たいものは整えられた土と垣根だけであった。こんな見方がここ十年ばかり<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>の頭を領していた。樹木をすくなく石もすくなく、そしてそこによく人間の手と足によって固められ、すこしの<ruby><rb>窪</rb><rt>くぼ</rt></ruby>みのない、何物もまじらない青みのある土だけが、自然の胸のようにのびのびと<ruby><rb>横</rb><rt>よこた</rt></ruby>わっている、それが見たいのだ、ほんの少しの傷にも土をあてがって<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>め、小砂利や、ささくれを<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いて、彼は庭土をみがいていた、そして百<ruby><rb>坪</rb><rt>つぼ</rt></ruby>のあふるる土のかなたに見るものはただ垣根だけなのだ、垣根が<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>になり<ruby><rb>掛物</rb><rt>かけもの</rt></ruby>になり<ruby><rb>屏風</rb><rt>びょうぶ</rt></ruby>になる、そこまで<ruby><rb>展</rb><rt>ひろ</rt></ruby>げられた土のうえには何も見えない、彼は土を平手でたたいて見て、ぺたぺたした親しい肉体的な音のするのを愛した。土はしめってはいるが、手の平をよごすようなことはない、そしてこれらの土のどの部分にも、何等かの手入れによって、彼の指さきにふれない土はなかった。土はたたかれ<ruby><rb>握</rb><rt>にぎ</rt></ruby>り返され、あたたかに取り交ぜられて三十年も、彼の手をくぐりぬけて<ruby><rb>齢</rb><rt>とし</rt></ruby>を取っていた。人間の手にふれない土はすさんできめが<ruby><rb>粗</rb><rt>あら</rt></ruby>いが、人の手にふれるごとに土はきめをこまかくするし、そしてつやをふくんで美しく練れて来るのだ。

若い女中が彼のことをあんなに家にばかりいて、なにが<ruby><rb>愉</rb><rt>たの</rt></ruby>しくて生きているんだろうと、裏庭を<ruby><rb>掃</rb><rt>は</rt></ruby>きながら言っていたが、一人の女中はあれでも何か愉しみがあるのよ、庭でしょうさといって笑った。彼も<ruby><rb>書斎</rb><rt>しょさい</rt></ruby>にいてそれを聞いてひとりで笑った。つまり彼に最後にのこったものはやはり庭だけなのだ、終日掃きながら掃いたあとのうつくしさが見たいばかりに、そのうつくしさに何かを、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>らく<ruby><rb>一生涯</rb><rt>いっしょうがい</rt></ruby>の落ちつく先をちらとでも見たいのだ、ばかばかしい話だが、そんなふうに言うより<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>はない。一生涯の落ちつく先を土に見たって何になるといえばそれまでだが、掃いたあとを見かえると、いままでにないものが現われている、毎日掃くのだから落葉とかゴミとかいう<ruby><rb>些細</rb><rt>ささい</rt></ruby>な固形物すら見当らないのに、やはりよごれがあった。その眼にとまらないものを掃き上げると、そこからべつな<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>んだ景色が見えて来ていた。彼はその景色が見たいばかりに掃くのだ、いやなことを心にためておくと、どうにも心の置場のないような<ruby><rb>不愉快</rb><rt>ふゆかい</rt></ruby>を感じるが、それを書いてしまうとさっぱりする、さっぱりした心持で何かをあらたに受けいれようとする構えに、するどい動きとも静観ともいいがたいものがある、あいつだよ、あんなふうなものが掃いたあとの、土の上に見られるのである。いろいろなものに取り<ruby><rb>憑</rb><rt>つ</rt></ruby>かれ、さまざまなものに熱中して見たが、行きついて見るとつまり庭だけが眼に見えて来ていた、朝起きてから夕方まで眼の行くところは庭よりほかはない。ある意味でそれは庭であるよりも、一つの<ruby><rb>空漠</rb><rt>くうばく</rt></ruby>たる世界が作り上げられていて、それが彼を呼びつづけているのだとでも、ふざけて言ったら言えるのだろう。

彼は<ruby><rb>猫</rb><rt>ねこ</rt></ruby>が庭に出ると<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>って<ruby><rb>趁</rb><rt>お</rt></ruby>った。猫は庭で過って<ruby><rb>蝶</rb><rt>ちょう</rt></ruby>とか、とかげなぞ趁うと、土の上に<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>あとをのこした。猫の爪あとは土をかみそりの<ruby><rb>刃</rb><rt>は</rt></ruby>のようにほそく切り、あとで土をあてがってなおそうとしても、切れ傷は深くのこった。だから猫が庭に出ると彼は<ruby><rb>縁側</rb><rt>えんがわ</rt></ruby>に出て、えたいの判らない言葉で<ruby><rb>呶鳴</rb><rt>どな</rt></ruby>った。えたいの判らない言葉はえたいのわからないままに、猫は叱られたことを意識に入れた。だから彼の家の猫は庭に下りられぬものに心得、庭では垣根にそうたすみずみをつたって歩き、決して広場の土のねているなめらかな<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>を通らなかった。猫が庭を歩いてはならぬきまりをつけたのも、彼だったのだ。もちろん、植木やは彼の庭でしごとをする前には、庭の入口で<ruby><rb>地下足袋</rb><rt>じかたび</rt></ruby>を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いで、裏にもようのない足袋にはきかえねばならなかった。地下足袋のうらには、じごくのようながじがじした、いやらしい<ruby><rb>蛇腹文様</rb><rt>じゃばらもよう</rt></ruby>があって、土にくい<ruby><rb>込</rb><rt>こ</rt></ruby>み、土を一どきにきざんでしまうからである。

彼がはじめてこの土地に家を建てた時に、民さんという男をつかっていたが、どうにも<ruby><rb>怠</rb><rt>なま</rt></ruby>け者で朝出の時間が<ruby><rb>喰</rb><rt>く</rt></ruby>い<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ったり、不意に休んだりするので<ruby><rb>我慢</rb><rt>がまん</rt></ruby>ができなくなり、納得ずくで別れた。君が来てくれない日はこちらでも仕事に手がつかずに、一日をふいにしてしまう、君ももう判っているだろうから別れようじゃないかということになり、民さんも済みませんと素直にそういい出入りしなくなった。それから十何年かが<ruby><rb>経</rb><rt>た</rt></ruby>ったが、その後、この男が<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>の中にあらわれたことは何十度だか分らない、庭手入れのたびに民さんのことがしじゅう頭にあった。はじめて家を建て、庭を作った時の男だから彼には女のようにわすられなかったのである。女でもこうはゆくまいと思われるくらいだ、ほとんど最初二三年のあら庭の時代には、毎日民さんとあい、木の事、石の事、下草の事をはなし合い、意見をまじえて庭作りをやった。民さんの生あたたかい小便をしているうしろから、どうかしたはずみに、きんたまを見たことがあった。きんたまは、昼すぎの<ruby><rb>斜</rb><rt>なな</rt></ruby>めの日にうかんで、いろは白かった。きんたまにも、白いのもあり黒いのもあることを知ったが、この男のぽかんとした放心状態のなかから下っているきんたまは、やさしいなりをしていた。彼はお三時の茶を植木やと<ruby><rb>一緒</rb><rt>いっしょ</rt></ruby>にしながら言った。

「君のきんたまは白いね。」

「<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>はいつそれを見たんです。」

「先刻、<ruby><rb>納屋</rb><rt>なや</rt></ruby>の前で見た。なぜあそこで小便をした。」

「済みません。」

「しかし君にも似合わない色白なきんたまを持っているね。」

「あはは、こいつあ<ruby><rb>遣</rb><rt>や</rt></ruby>られた。」

「おれはね、きんたまという<ruby><rb>奴</rb><rt>やつ</rt></ruby>はみんな黒いもんだと思いこんでいた、ところがそうじゃない。」

「はは、よくそんなに見なすったものだ。」

「<ruby><rb>僅</rb><rt>わず</rt></ruby>かな時間でも大切なものはよく見とどけられるものだよ。」

民さんに二番目の男の子ができた時、彼は名附親になりうんと気取って、<ruby><rb>秋彦</rb><rt>あきひこ</rt></ruby>という名前をつけてやった。他人の子供に名前をつけたのがはじめてだった。民さんは植木屋の夏がれどきに<ruby><rb>八百屋</rb><rt>やおや</rt></ruby>をやり、貸シが多くなりもだもだのあげく、長屋のお<ruby><rb>内儀</rb><rt>かみ</rt></ruby>さんの顔をぶん<ruby><rb>殴</rb><rt>なぐ</rt></ruby>り、その場で<ruby><rb>巡査</rb><rt>じゅんさ</rt></ruby>につかまって留置場にほうり込まれた。民さんのお内儀さんが来てたすけてくれといい、彼は海岸にある大森警察署に行って、<ruby><rb>請人</rb><rt>うけにん</rt></ruby>の<ruby><rb>印形</rb><rt>いんぎょう</rt></ruby>を<ruby><rb>捺</rb><rt>お</rt></ruby>してこの男が<ruby><rb>鉄柵</rb><rt>てっさく</rt></ruby>の中から出てくるのを<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>えた。はんこを捺して人間の<ruby><rb>身柄</rb><rt>みがら</rt></ruby>を引取ったこともはじめてだったが、変な気のものであった。

「湯にはいったらどうか。」

「済みません。」

ちょうど、品川近くの<ruby><rb>風呂屋</rb><rt>ふろや</rt></ruby>の前にかかったからである。

民さんは二三日の留置場の生活がよほど<ruby><rb>応</rb><rt>こた</rt></ruby>えたと見え、<ruby><rb>松</rb><rt>まつ</rt></ruby>の手入れをしていながら、ここでこうしていた方がどれだけいいか分らないといった。ああいうところには、二度と行くものではないと、彼も民さんの手つだいをしながら、<ruby><rb>柔</rb><rt>やわ</rt></ruby>らかい日ざしの晩春をたのしんだ。どういうものか民さんはよく顔をこするくせがあって、<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>の手で顔をこするのですぐ顔はよごれて、くろくなった。そのたびに彼は白い少年のようなきんたまを眼にうかべた。

なりの高い早足のこの男とあわない日はなく、はじめて家を建てた時の植木屋というものは、こんなにも親身に<ruby><rb>可愛</rb><rt>かわい</rt></ruby>くなるものかと思われるくらいだった。何をするにも民さん、何を食うのにも民さんというふうに、お昼のお菜まで彼は民さんにわけるようになっていた。君ちょっと<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>を<ruby><rb>叩</rb><rt>たた</rt></ruby>いてくれとか、雨のふる日は納屋にはいって竹の<ruby><rb>簀子</rb><rt>すのこ</rt></ruby>を編もうとか、ある一処にとくさを植え合い顔をつき寄せたり、二人で<ruby><rb>植木溜</rb><rt>うえきだめ</rt></ruby>に行くために<ruby><rb>奥馬込</rb><rt>おくまごめ</rt></ruby>の<ruby><rb>田圃道</rb><rt>たんぼみち</rt></ruby>を行き、くたびれると、おい一服しようと土手の草の上に<ruby><rb>跼</rb><rt>しゃが</rt></ruby>んで<ruby><rb>煙草</rb><rt>たばこ</rt></ruby>を<ruby><rb>喫</rb><rt>の</rt></ruby>み、ほとんど終日食っ附いて一日をくらしていた。好きになるということは恐ろしいことに違いない、どこにもこの男に<ruby><rb>秀</rb><rt>すぐ</rt></ruby>れたところなぞなく、怠け者で<ruby><rb>小汚</rb><rt>こぎた</rt></ruby>ないが、受け答えの返事の声が、ずば抜けて早く大声で元気だった。何よりもらくにつき合える。どういう彼のまわりの人間よりも、らくに民さんとなら話される、こういうことがかねがね彼に必要であったし、その必要が民さんによって、申分なくみたされていたからだ。彼は民さんとのつきあいを男女の関係について考えてみたが、好きになるということは顔にある器量なんか、しまいにもんだいでなくなることも判ったし、好きということは毎日のすることがらが、だらしなく批評なしで解きあえることも、しだいにわかって来ていた、それに男女間には肉体のつながりがあるから、好きになったら<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>ったものではない、きらいになるまで続くのであろう、好きときらいと、このふたつの言葉を<ruby><rb>抛</rb><rt>ほう</rt></ruby>り出してしまえば、そのほかの言葉は人間の世界ではいらないことになる、民さんが女なら彼はもっと好きになっていたのであろう、全くどこがどうということもないのに、何でも聞いてやるようになるものだ。

彼ははじめ<ruby><rb>篠竹</rb><rt>しのだけ</rt></ruby>ばかりを庭のまわりに植えたが、三年経ってから篠竹の庭を<ruby><rb>壊</rb><rt>こわ</rt></ruby>しはじめた。竹はだんだん彼にうるさい思いをさせ、よわよわしい末流の<ruby><rb>風雅</rb><rt>ふうが</rt></ruby>につき落されそうで、危なくてひやひやしてならなかった。<ruby><rb>飽</rb><rt>あ</rt></ruby>きることもそうだが、土が見られないのと、土のうつくしさが<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>されることもおもな原因だった。そこで彼の命令によって民さんは篠竹の株を起しはじめた。たいへんな数の篠竹は二十や三十の株ではなかった。<ruby><rb>藪畳</rb><rt>やぶだたみ</rt></ruby>を起す<ruby><rb>風塵</rb><rt>ふうじん</rt></ruby>と同様の<ruby><rb>捲</rb><rt>ま</rt></ruby>き起しは、民さんの顔をまっ黒にさせ、株はまるでどうにも手のつけようのないほど山積されて行った。どこにも<ruby><rb>貰</rb><rt>もら</rt></ruby>い手のない篠竹はとなりの寺の土手に植え、そして後の分は空地なぞに<ruby><rb>棄</rb><rt>す</rt></ruby>てることにした。<ruby><rb>牛車</rb><rt>うしぐるま</rt></ruby>で<ruby><rb>搬</rb><rt>はこ</rt></ruby>んだものをもったいないにはもったいないが、取り棄てるより外に用いようはなかった。一本ものこさずに抜き取った庭は、がらんとして空あかりばかりが、あふれて<ruby><rb>飜</rb><rt>ひるがえ</rt></ruby>った、民さんは言った。

「次に何を植えるんです。」

「次には、……」

彼はなぜか<ruby><rb>羞</rb><rt>はず</rt></ruby>かしそうに、<ruby><rb>芭蕉</rb><rt>ばしょう</rt></ruby>をうえるのだといった。その理由はわからないがこの男の前で、いつもあらたに木を植えるときには、なぜか口ごもった<ruby><rb>遠慮</rb><rt>えんりょ</rt></ruby>がちな言い方をしていた。樹木のことでは何でも知っている男の前には、彼といえどもいくらかの<ruby><rb>羞恥</rb><rt>しゅうち</rt></ruby>の気ざしなしには、ものが言えなかった。一体、芭蕉はどこに植えるのだといったから、家のまわりに植えるのだといった。そんなに芭蕉が大量に集まるかも問題だが、植木溜にあってもほんの五六本くらいである、あとは<ruby><rb>素人買</rb><rt>しろうとが</rt></ruby>いをして歩かなければ集まらないと、民さんは事の困難なことを<ruby><rb>仄</rb><rt>ほの</rt></ruby>めかした。<ruby><rb>池上</rb><rt>いけがみ</rt></ruby>本門寺の下寺の庭、馬込<ruby><rb>界隈</rb><rt>かいわい</rt></ruby>の<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>の庭、大森は<ruby><rb>比較的</rb><rt>ひかくてき</rt></ruby>暖かいので芭蕉を植えるのに、育ちも悪くはないから、こくめいに<ruby><rb>捜</rb><rt>さが</rt></ruby>し歩いてあそこで一本、ここで二本というふうに<ruby><rb>頒</rb><rt>わ</rt></ruby>けてもらったり、売ってくれるものなら買いとるように<ruby><rb>気永</rb><rt>きなが</rt></ruby>にやるほかはなかった。一どきに篠竹の谷をこわして移植したようなわけにはゆかない、あの時も悪場から<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>り出すのに、まるで竹と毎日すもうを取っていたようなものだと民さんは言った。

芭蕉は間もなくいくつかの森を形取って植えられ、彼はその下をくぐりぬけ生々しい緑を見上げたが、その緑がペンキのようになま新しくて、<ruby><rb>妙</rb><rt>みょう</rt></ruby>に落ちつきがなくそわそわしたものばかりであった。彼は三十何本かある植込みから、芭蕉の広葉の数をすくなくするため、<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>っ<ruby><rb>端</rb><rt>ぱし</rt></ruby>から広葉を切り落して行った。そしてそこに見たものは不自然な、がらんとした身にそわぬ明るさだった、こんなつもりではなかったと、彼は葉かげで無理にもおちつこうと向きをかえようとして見たが、もう彼は完全にこの派手な葉の広い<ruby><rb>旺盛</rb><rt>おうせい</rt></ruby>なものが、庭を一挙に打ちこわしていることに、眼がとどまった。しかも<ruby><rb>茎</rb><rt>くき</rt></ruby>も幹も、うそのような旺盛さが、彼のしたことの過ちであることを教えた。

「しまった、こんな物を植えるんじゃなかった。」

「旦那、こいつはね、遠見のものですよ。」

彼ははなれて民さんのいう遠見で引立つことを知った。芭蕉は庭の奥にほとんど思いがけない場所に、捨て置きに植えるよりほかはなかった。彼はいったい何を考えていたのだ、何を芭蕉の森からさぐり当てようとしていたのだ、それから先に聞くべきであった。彼は答えることを知らなかった。

「では、抜きますか。」

「君さえ我慢してくれればいいんだ。」

「抜いてしまいましょう。」

民さんは彼の頭にあることをうまく、言いあててくれた。あれほど六十日の間苦心してあつめた芭蕉を、抜いてしまうために彼は民さんにその言葉をいいあらわすことには、さすがに言うべき度胸がなかった。人間の労力というものが<ruby><rb>応</rb><rt>こた</rt></ruby>えてくるのだ、二三日後にそれを言ってもいまはそんなことは言えない、<ruby><rb>幾</rb><rt>いく</rt></ruby>ら何でもまるでめちゃくちゃみたいなことは、らくにいえるものではない、僕はね、こんどは少しの疑いもなく、うまく<ruby><rb>嵌</rb><rt>は</rt></ruby>まると思いこんでやったのだ、だが、まるでようすが違ってしまった、君はどうか、彼は民さんの返事を待ったが、民さんは居処を<ruby><rb>嫌</rb><rt>きら</rt></ruby>われたんです、こいつはすみの方にいた方がよかったのですといった。いどころを<ruby><rb>厭</rb><rt>いや</rt></ruby>がっていることも判るが、こんな派手なものがどうして好きになったのかと言ったら、民さんは派手なのも、くすんだのもみんな、好きずきですといい、彼もやっとそれを人間くさい解釈をして見て笑った。芭蕉は掘り返され近所のほしい人にも頒け、幹のほそい分はそのまま畑のわきに捨てさせた。わずか一本の芭蕉でも、根土を<ruby><rb>擁</rb><rt>だ</rt></ruby>き込んだ重量は、それが二三本立のものになると荷車につけないと、重くて肩では運べなかった。彼は掘り返された土のどろどろした、<ruby><rb>荒廃</rb><rt>こうはい</rt></ruby>の感じをどうまとめるかにも、頭が<ruby><rb>奪</rb><rt>と</rt></ruby>られた。そして次に起るもんだいは、どういう樹木をその芭蕉のあとにあしらうかということだった。何を持って来ても呼吸のあわない庭畳には、最後に彼は松よりほかにえらぶべき樹木のないことが、判って来た。

「松だね、松よりほかにないな。」

「だからわたしははじめっから松だといったんです。旦那は固くなるからといってつッぱねた。」

「松はいやだがやはり松だね。」

「松は掘り返して棄てるわけに行きませんよ、あいつは金を食う。」

「<ruby><rb>溜</rb><rt>ため</rt></ruby>に行こう。」

彼は民さんと植木溜に出かけた。大森の奥の<ruby><rb>奥沢</rb><rt>おくさわ</rt></ruby>というところに、松ばかりの広大な植木溜があった。赤土の<ruby><rb>禿山</rb><rt>はげやま</rt></ruby>や谷をそのままあしらった松の溜場には、姿を生かしてどんな松でも、おもうように選ぶことができていた。永年にわたる松のこしらえはどの松を見ても、<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>をためされ<ruby><rb>撥</rb><rt>ばち</rt></ruby>と<ruby><rb>搦</rb><rt>から</rt></ruby>み竹をはさみこんで、苦しげにしかし<ruby><rb>亭亭</rb><rt>ていてい</rt></ruby>として<ruby><rb>聳</rb><rt>そび</rt></ruby>えていた。ある松は何十年もはりがねでしばられたまま、<ruby><rb>伸</rb><rt>の</rt></ruby>びればしんを折られ、幹ばかり太るようなしつけで生き続けていた。ある松はうつ向きに<ruby><rb>捩</rb><rt>ね</rt></ruby>じ<ruby><rb>伏</rb><rt>ふ</rt></ruby>せられ、起き上ろうとすればいやでも地上を<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>うような形のままで、勢いをためされていた、しかもある松はいきなり<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れかかるような位置をつづけ、そのなりで固まったふしぎな形相で小さい谷間から、ぶら下っていた。どれにも、人間の手でいわゆる面白いかたちを<ruby><rb>折檻</rb><rt>せっかん</rt></ruby>されながら、かたちを作っているのだ、それらの松はすべて根元に二人、さきに二人というように人夫四人がかりでないと、<ruby><rb>搬出</rb><rt>はんしゅつ</rt></ruby>できないところの<ruby><rb>背丈</rb><rt>せたけ</rt></ruby>は三四間くらいあった。ある松はわずか六尺しか丈はなかったが、<ruby><rb>侏儒</rb><rt>こびと</rt></ruby>のようにいじめつくされた枝と幹ばかりが太くなり、不具者のような形態が<ruby><rb>崎嶇</rb><rt>きく</rt></ruby>として枝をまじえていた。こんな松がおもしろいという<ruby><rb>褒</rb><rt>ほ</rt></ruby>め言葉にあずかるのだ。よくいじめた松がよく売られるし市価がつくのだ。

「まるでかたわ者ばかりじゃないか、そこらじゅうで<ruby><rb>啼</rb><rt>な</rt></ruby>き声が立っているようだ、君は何とも思わんか。」

「旦那のかんがえていることは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばかばか</span>しいことですよ、わたしなぞ松の溜場にはいると、きゅっとからだが<ruby><rb>緊</rb><rt>しま</rt></ruby>って来るほど快い気持です。」

「ところが僕はここに来ると人間の<ruby><rb>化</rb><rt>ばけ</rt></ruby>の皮が見えてくるんだ、それぞれに小細工をして生かしているのを見ると、金魚の方がよほどありのまま生きているようだ。」

これらは決しておもちゃの<ruby><rb>盆栽</rb><rt>ぼんさい</rt></ruby>ではない、盆栽でないこれらの松は太さはそれほど眼に立たないが、ことごとく<ruby><rb>普通</rb><rt>ふつう</rt></ruby>の自然に生えた樹木にくらべると、まずすでに初老のよわいをかさねているのだ。苦しんでいるものは人間ばかりではない、ここにも、<ruby><rb>軽業芸</rb><rt>かるわざげい</rt></ruby>をつくして広大な空の下で、いわゆる、なんにも言わないでいる<ruby><rb>黙</rb><rt>だま</rt></ruby>っている人がいたのだ、この松どもは、どれを見ても人ですよ、どれも人といっしょにくらして、植木屋のいうとおりになって育ってきたものどもですよ、民さんのそんな言葉に<ruby><rb>対</rb><rt>む</rt></ruby>きあっている松は、なるほど、どれも、人に似ていた、人も人、はりつけになっているようなもの、<ruby><rb>横殴</rb><rt>よこなぐ</rt></ruby>りになぐられて倒れかかっている奴、あるいは<ruby><rb>飢</rb><rt>う</rt></ruby>えて這いつくばい、なお起き上がろうとしているのもあったが、どれにも、喜びとか、<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>り上るとかいう歓相のそれがなく、小さな<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びごえや<ruby><rb>唏</rb><rt>すす</rt></ruby>りなきの声でなければ、妙に息苦しいものが<ruby><rb>喘</rb><rt>あえ</rt></ruby>ぎながら見えていた。樹木というものから悲しみをおぼえるということは、その形からでは容易にくみとれないものだ、しかしここにある乱立<ruby><rb>相鬩</rb><rt>あいせめ</rt></ruby>いでいる松どもは、<ruby><rb>淋漓</rb><rt>りんり</rt></ruby>たる悲しいものを人間から<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えられていないものはない、普通の樹木に決して見られない人くさいものが、立派な形の奥の方で<ruby><rb>悶</rb><rt>もだ</rt></ruby>えているのだ、この悶えのつらいものほど美しい形をととのえて<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>っていた。

「まるでこりゃ芸者だね。」

「どうして芸者に見えるんです。」

「さんざ<ruby><rb>吊</rb><rt>つ</rt></ruby>られてさ、そのあげくまた売られてしまうとこなぞ、よく似ている。」

「苦しめられて休む間がないんですよ、しじゅう根は切られていてそいつが治る間がないんだ。」

「幹のいろがもう<ruby><rb>老年</rb><rt>としより</rt></ruby>だ、しかも変にそだった年寄だね。」

ここで二本とか三本とか組み合っている松に、しるしをつけて買い入れた、<ruby><rb>蔽</rb><rt>おお</rt></ruby>いかぶさっているものには、それを受けとどめるような形の松をえらび、さらに一本きりで立たなければならない松には、裏にも表にも、見どころのあるものをえらんだ。

「松をいじくればもうあとに、何もないな。」

「行きどまりですよ。」

おもちゃはここで絶えていた。翌日から彼と民さんとは、二十何本かの松を植え込み、<ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>り日にはゆううつな暗緑のかたまりを、庭のまわりに眺めた。落着きはらったものが、どうやら庭をかたちづけて来た。この間じゅう、民さんは怠けて朝は<ruby><rb>遅</rb><rt>おそ</rt></ruby>く、どうかすると迎えにやっても、昼<ruby><rb>頃</rb><rt>ごろ</rt></ruby>にならなければ出て来なかった。彼は庭じゅうをうろうろして民さんを待ち、何度も使を出し、表にかれのやってくる方向をながめに出た。どの道路からも、植木屋はやって来ないで、彼のむかっ腹は我慢のならないものになった。部屋に上って仕事をしようとしても、そんな落ちつきを失った彼には、書くべきことがらが<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っているために、片っ端から<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げを打っていた。

庭はまだ出来上っていない、あせればあせるほど、この植木屋さんの朝出の時間が<ruby><rb>遅</rb><rt>おく</rt></ruby>れ、彼自身が迎えにゆくと、やっと起きて出て来て、済みませんというだけであった。その顔色にゆうべの酒気がのこり、<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>てから何時間も経っていないしぶしぶした、そんな<ruby><rb>睡眠</rb><rt>すいみん</rt></ruby>不足の眼附だった。こういう幾日かを過してから、彼はこの男と納得ずくでわかれたのである。後でかれの内儀さんが、浅草のどこかに勤めていることを聞いたが、その勤め先に仕事<ruby><rb>仕舞</rb><rt>じまい</rt></ruby>から晩に出掛けていたらしく、ごたごたがあって相当永い間民さんは夜も<ruby><rb>睡</rb><rt>ねむ</rt></ruby>れないことがあるらしかった。かれの内儀さんはあさぎいろの<ruby><rb>皮膚</rb><rt>ひふ</rt></ruby>をした、かれの好きらしい、ちょっとどこか女ざかりを見せている女だったのだ。彼はそれきり民さんとはあわず、三年経ち五年経ち、戦争があって民さんは家を売って<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>に落ちて行った。彼は民さんの代りに来た村さんに、しじゅう民さんの動静を聞いたが、それが彼のくちぐせになり、もう一度民さんと庭のことで顔をつき合し、たった一言で事を片づける無遠慮な声が聞きたかったし、かれと柔らかい下草を植えるために<ruby><rb>跼</rb><rt>かが</rt></ruby>みこんで見たかった。そんな仕事のあいだに一本の煙草をすう<ruby><rb>旨</rb><rt>うま</rt></ruby>さ、軽い<ruby><rb>冗談</rb><rt>じょうだん</rt></ruby>のやりとりをするしたしさは、彼の持つ社会的などこにも見当らない親密なものばかりであった。彼は妙な男なのだ、いちど別れた職人を、機会をえらんで会おうとするのである。彼の民さんに対する考えがだんだんに固まって来たのは、ついこの間坂の下で民さんと行きあい、彼はちょっと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いて一度遊びに来るようにいって、そのまま別れたときから、いっそうかれのことが頭から<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れなかった。<ruby><rb>金屑物</rb><rt>かなくずもの</rt></ruby>が金になっている時分で、民さんは金物をあつめる車を引いているといい、また普通のバタ屋になっているという<ruby><rb>噂</rb><rt>うわさ</rt></ruby>もあり、その片手間に植木屋もやっているが、おもに鉄屑買いに身をやつしているということだ、彼はこの話をふんがいするような顔附で、べつの植木屋から聞いたが、黙ってそれの批評はしなかった。

何か民さんにさせる仕事はないかと、彼は彼の庭をぐるぐる<ruby><rb>見廻</rb><rt>みまわ</rt></ruby>したが、植木も石も入れる余地もなく、職人をつかって重い石の<ruby><rb>据附</rb><rt>すえつけ</rt></ruby>に<ruby><rb>監督</rb><rt>かんとく</rt></ruby>をする気なぞ、もう頭のどこにもなかった。かれに与える仕事はまずない。仕事はすくなくとも<ruby><rb>纏</rb><rt>まとま</rt></ruby>った金のしごとでなければ、せっかく出してやっても何にもならない訳だ、そんな金のかかる仕事は彼の庭では何一つなかった。庭はそのままで完成され、どう動かしようもないのだ、樹木は<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れて行っても、それはそのまま庭の景色には一向<ruby><rb>差支</rb><rt>さしつか</rt></ruby>えのないような、他の景色の<ruby><rb>賑合</rb><rt>にぎわ</rt></ruby>いが補っていてくれていた。土を見たい彼には、全く土がしだいに広場をつくり、他の何物にも<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>びがたい<ruby><rb>重畳</rb><rt>ちょうじょう</rt></ruby>たるおもむきを加えていたから、樹木の枯れたのには、それに代るものを植え附けようとはしなかった。完成されたものはその内部でこわれていても、外がわの美しさがそれを保っていてくれたからである。

彼は三十年もかかって、やっと<ruby><rb>辿</rb><rt>たど</rt></ruby>りついたような例の土と垣根だけを見る庭の談義を茶の間でひとくさりしゃべると、例によって庭をぐるぐる廻った。<ruby><rb>檻</rb><rt>おり</rt></ruby>の中のくまみたいに彼は用があっても、なくても、庭をぐるぐる廻るくせなのである。何とかして民さんにしごとを出すものが、見つからないかと捜して歩くのだ、庭というものはぐるぐる廻っていれば、やり直すところ、向きをかえる物、<ruby><rb>鋏</rb><rt>はさみ</rt></ruby>を入れるものなぞが、自然にわかって来る、しかし相当な手間代になるような仕事は、どこにも見つからなかった。しばらくして彼は縁側に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろして<ruby><rb>茫然</rb><rt>ぼうぜん</rt></ruby>と庭を眺めた。そしてやっと、彼はかなり大きな仕事であり彼にもちょっとこれには手を出すと困るようなものを、見つけた。<ruby><rb>僅</rb><rt>わず</rt></ruby>かな印税でくらしている彼には、かなりに重荷になるものだが、どうしても、これはやりかえなければならないものであった。彼は老職人の村さんとお三時の時にいった。

「垣根をそっくり代えよう。」

村さんは驚いてまだあの垣根は三年くらいにしかならないのに、代えなくともよいのにといった。彼はいった。君と民さんと二人でこの仕事をやってくれまいか、外の職人をつかうならこの仕事はやらないつもりだ、二人で<ruby><rb>仲善</rb><rt>なかよ</rt></ruby>く、君はあの人をたすけるつもりで遣ってほしいのだ、昔、この庭を作った男が鉄屑を拾って歩いていると聞くと、この仕事を出して、ほっとさせてやりたいのだと彼はいった。

「つまり僕はもう<ruby><rb>一遍</rb><rt>いっぺん</rt></ruby>あの男に庭ではたらいてもらいたいのだ、あの男がうろうろ動いているのが見たいんだ。」

「へえ。」

「垣根はいまやりかえると僕の生きている間のしごとでは、この垣根をつくるのが大方お終いの仕事らしいんだ、わかるね、このお終いのしごとをあの男にやらせたいのだ。」

「なるほど。」

「垣根は何年持つかね。」

「何の垣根です。」

「<ruby><rb>胡麻穂</rb><rt>ごまほ</rt></ruby>だ。」

「七八年はもちますね。」

「そしたらこれは最後の垣根になるな、もう二度はやりかえなくとも、よいわけじゃないか。」

「そんな気の弱いことを<ruby><rb>仰</rb><rt>おっしゃ</rt></ruby>って、……」

「いや正直なところそうなんだ、そこで民さんとやってもらいたい意味もわかるだろう。」

「わかります。」

「庭でも家でも、はじめに働いてくれた人はわすられないものだよ、そこで、君が民さんをたずね、どれだけ<ruby><rb>費</rb><rt>い</rt></ruby>るか<ruby><rb>請負</rb><rt>うけおい</rt></ruby>にしてもらいたい。」

「はい、きっと民さんも喜ぶことでしょう。」

「すぐかかってもいいんだ。材料の金は先に<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>すことにしよう。」

「そうして頂けば明日にもかかることが出来ます。旦那は妙なお人だね。」

「僕は妙な人間なんだ。」

胡麻穂というのは黒竹の小枝の葉をふるい、それを<ruby><rb>揃</rb><rt>そろ</rt></ruby>えて仕上げる垣根だった。仕上りはすだれ文様になり、どうぶちは青竹でおさえ、垣の上は割竹で<ruby><rb>笠</rb><rt>かさ</rt></ruby>を作り<ruby><rb>棕梠縄</rb><rt>しゅろなわ</rt></ruby>で編みこんだものである。彼の好みのまま、永年この垣根ばかり作らせていた。ただ、黒竹の小枝の揃え方のいかんによって垣を美しくも、みにくくもさせていた。

翌日の夕方、民さんは村さんと一緒に仕事帰りに来たが、民さんの背後に若い男が一人つれ立ち、彼をみるとていねいにお辞儀をした。彼はこの若者を見たことがない、民さんは<ruby><rb>無沙汰</rb><rt>ぶさた</rt></ruby>をわび、仕事を出してもらえた礼をいった。ところで大体どれくらい費るか、損のないように予算を話してくれというと、民さんは、ええと、胡麻穂が一<ruby><rb>把</rb><rt>わ</rt></ruby>二百五十円とすると二十把はいるし、青竹は十本<ruby><rb>束</rb><rt>たば</rt></ruby>で幾ら幾らになり、棕梠縄は二十束と見ていくらいくらになります、それに手間代だが職人十五人かかるとすると、それがこれこれになるといって、すぐ<ruby><rb>埒</rb><rt>らち</rt></ruby>の行く民さんらしい<ruby><rb>即答</rb><rt>そくとう</rt></ruby>の妙を現わしたが、手間代なぞどっちに廻っても自身のものだからと、かれらしい<ruby><rb>大雑把</rb><rt>おおざっぱ</rt></ruby>な言い方で二万円くらいかかるでしょうといった。せっかくの仕事だから後でお<ruby><rb>腹</rb><rt>なか</rt></ruby>のいたむような<ruby><rb>請</rb><rt>う</rt></ruby>け方はするなと、彼は注意して言った。仕事は<ruby><rb>綺麗</rb><rt>きれい</rt></ruby>に出していただいたのであるから、あとも綺麗にしますと、彼は<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>していい、きゅうにうしろを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り返って例の若い男を彼に引き合せた。若い男はまたていねいに彼に<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>をした。

「こいつは名をつけていただいた二番目の秋彦です。」

「秋彦君だったか、どうもそうらしいと思ったが、……」

<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>の長いおやじに似た秋彦は、また、<ruby><rb>鄭重</rb><rt>ていちょう</rt></ruby>に頭を下げた。民さんと村さんは用件の話が済むと、したしい<ruby><rb>背後姿</rb><rt>うしろすがた</rt></ruby>を見せて<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>って行った。彼は飲みさしの手がついているけれどと言って、和製のぶどう酒を一本秋彦の手に渡した。こういうときは、おやじが受け取らないで、この場合、従者である<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>の方が受け取るものであることも、秋彦はこころえているらしかった。庭はもう<ruby><rb>闇</rb><rt>やみ</rt></ruby>が<ruby><rb>亘</rb><rt>わた</rt></ruby>っていたので、十何年ぶりかで庭を見る民さんは、すぐには庭のもようについては何もいわなかった。

翌朝、民さんはしごとにかかる前に、おぼえのある彼処此処に眼にとめていたが、かれの最初の言ったことは庭は十五年前とはずっとよくなった、どこにもみがきがかかっていて、どこでも眼が遊べるようになっていますと、えらいことを言った。きっと、これくらいには、大せつにまもられてはいると思ったが、こりゃまるで、はこいりむすめですねと、久しぶりでかれは<ruby><rb>奇矯</rb><rt>ききょう</rt></ruby>の言葉を<ruby><rb>弄</rb><rt>ろう</rt></ruby>して見せた。

「しかし旦那、まるで松は半分<ruby><rb>伐</rb><rt>き</rt></ruby>ってしまいましたね。」

一年に一本くらい枯れて行ったから、十五年間には十五本枯れたことに、なっていた。かれはまた<ruby><rb>柘榴</rb><rt>ざくろ</rt></ruby>、<ruby><rb>柚子</rb><rt>ゆず</rt></ruby>、<ruby><rb>紅梅</rb><rt>こうばい</rt></ruby>、……ずいぶん枯れてしまいましたね、<ruby><rb>柏</rb><rt>かしわ</rt></ruby>、<ruby><rb>杏</rb><rt>あんず</rt></ruby>、<ruby><rb>柿</rb><rt>かき</rt></ruby>、いたや、なぞはまるで見ちがえるように、枝にも<ruby><rb>瘤</rb><rt>こぶ</rt></ruby>がついて大した木にふとっていますな、時時、ひょんなしごとをやっていて、ふいにお宅の庭のことを人にもはなしたり自分でもおもい出したりしていましたが、あの時分は木がやすくてすぐに手にはいったが当節では庭を作るということも、家を建てるよりかもっとかかりますね、しかしあの大きい松だけたすかっているのは、全くの拾い物ですね、よかったですな、かれはそういうと百年くらいの松をくるまで<ruby><rb>搬</rb><rt>はこ</rt></ruby>んだ時の苦心と、町家の間を引いて来るのに困ったと言った。その時、裏門から音のしないように<ruby><rb>這入</rb><rt>はい</rt></ruby>って来た息子の秋彦は、おやじの眼を<ruby><rb>趁</rb><rt>お</rt></ruby>うて木の間、垣根の際などをことさらに尊敬しなければならないような眼附をして、ながめた。彼はこんな眼を庭の中で他人から見られたことは、今までになかった。