五月といつても陽暦と陰暦とでは一月ほど差がある。しかし五月といへば、たとへそれが今のは昔のの四月に当るにしても、木の芽は張りきれ、土の膏はうるほひ溢れ、<ruby><rb>天</rb><rt>そら</rt></ruby>の色はあたゝかみと輝きとを増して、万物に生長と活動とを促がし命ずるやうな勢を示してくる、爽快な季節である。

新緑の間に鯉<ruby><rb>幟</rb><rt>のぼり</rt></ruby>のはためく、日の光に矢車のきらめく、何と心よいものではないか。<ruby><rb>檐</rb><rt>のき</rt></ruby>の菖蒲こそ今は見えぬが、菖蒲湯のすが〱しい香り、これも一寸古俗に心ゆかしさを感じさせられる。しかし何も彼も更新の時である、菖蒲も煮くたしたやうになつては野暮だ、清らな新湯へ、さつと菖蒲を打込んだ其わづかの間に、湯烟の中から、すいとした、もたれつ気の無い<ruby><rb>匀</rb><rt>におい</rt></ruby>に浸されるところに嬉しい、新しみの強い、いき〱した、張りのあるいゝ気持をおぼえるのだ。（昭和八年五月）