Soranoha

二百二十日

にひゃくはつか

高浜 虚子

きのふは二百二十日であつて、おとゝひから蒸し暑く豪雨を降らしたり嵐がおとづれたりして、たゞならん景色であつた。それがきのふ午後になつて颱風が過ぎ去つて了つたのであらう、空を見ると雲は未だ空を覆うてはをるが併しその雲の色も險惡な色は無くなつて、殊に風の方向を示して居るやうな矢のやうな雲が數多く現れてその矢のやうな雲の外に綿のやうな雲が散らばつて居て、その綿のやうな雲の間から珍しくも青空が見えて來た。その青空といふのは久しく見ることが出來無かつた深碧な色を湛へた、丁度深さの測り知られぬ湖、とでもいふやうな深い深い澄んだ空の色であつた、斯る空は去年の秋一二度眺めたことがある以來全く見ることの出來なかつた美しい色であつた。我が國は水蒸氣の多い國であるといふことは隱れも無い事實であつて、そのために春の朧月といふやうなものが現れて、美しい和やかな眺めにもなるのであるが、そのかはり本當に晴れた深碧の空を眺め見ることはめつたに無い。普通秋晴の日であつてもどことなく淀んでゐるかの如き感じがして、例へば朝鮮滿洲あたりで見る空のやうな本當にうち晴れたといふ感じのする空には接することが出來無いのである。其が斯のやうに颱風の過ぎ去つた後の空の色は丁度朝鮮滿洲のあたりで見る如き全く水蒸氣を拂拭し去つたほんたうの紺碧の空を眺め得るやうな心持がするのである。丁度それは雲の間から覗いた深い〱底無し井戸を見るやうな感じであつて、私はその深碧の色を神祕な、言葉では形容の出來ん世にも美しい色と打ち眺めるのであつた。矢の如き雲は常に形を變へつゝあつたが、その矢の方向は一定して變らなかつた。綿の如き雲も亦、消えては又生じ、消えては又生じするのであつたが、深碧の空は常にその綿雲の間に見ることが出來た。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆19 秋」作品社
1984(昭和59)年5月25日第1刷発行
1987(昭和62)年8月10日第4刷発行
底本の親本:「定本 高濱虚子全集 第九卷 寫生文集(二)」毎日新聞社
1974(昭和49)年6月30日
初出:「玉藻」
1934(昭和9)年10月
入力:合田いぶき
校正:kompass
2021年1月27日作成
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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高浜 虚子「二百二十日」(旧字旧仮名)、底本『日本の名随筆19 秋』作品社、1984年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059075_001310, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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