Soranoha

お前は此の頃よくねむる

おまえはこのごろよくねむる

中野 鈴子

お前は此の頃よくねむる

朝もなかなか目が覚めない

若いお前には深いねむりが必要なのだ

お前よ

お前は母の手に返ってきた

日本が敗けたとき

お前はわたしの子供となった

お前が生まれたとき

はじめてねむったあの時の母子のように

わたし自身によって生まれた子供として

母の誇りをもって抱くことのできる

何と言う喜びぞ

わたしは乳をしぼった

出ない乳をしぼり、つかれて痩せ夜もねむらずに

お前を育てた育てた

赤ん坊や わたしは仮の母親で

ほんとうは天皇様の子であって

お前の命は天皇様におあずけしてあるのだと

天皇の言葉を口にしながら

分けの分からぬ泪を垂らしながら

お前はだんだん 大きくなってゆく

母に甘えながら物分かりよく快活に

わたしはだんだんにかなしくなって行った

物分かりよく快活であることがかなしかった

お前の骨が太くなってゆくことがかなしかった

物思わしげなお前の目は西住軍人ママの伝記を読みはじめた

お前は言った

僕も負けないよ ね母さん

わたしはうつむいたまま立ち上がった

どうしてお前に人を殺させられよう

お前をどうして人から殺させられよう

わたしは半狂人のように

毎日めまいがつづいた

お前はわたしの手に返ってきた

日本が敗けた時

日本全土が焼け野原になったときに

たくさんの人が死に焼けただれ

家無しとみなし児になったときに

そして六か月が過ぎた

飢えと寒さにさらされたまま

荒れ果てたそのままに

そしてお前よ

何事か起ころうとしている

恐ろしい勢いで

素晴らしい力で

それはきっとお前

何も彼もが逆であったのだと言うことが

あきらかにされることなのだよきっと

どんなに歪められ胡魔化されていたかお前が天皇の子でなく

わたしの子供であったように

わたしたちの手にとりもどって来ることなのだよきっと

いまやっと十六になったばかりの

夜明けに立つお前よ

深くねむれ

今こそ出かけてゆけ

どんなに遠いところへでも

深く深く入って行け

とりもどすために

打ち樹てるために

底本 / Source edition

底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「中野鈴子全著作集 第一巻」ゆきのした文学会
1964(昭和39)年7月10日発行
初出:「新日本文学 第七号」婦人民主クラブ
1947(昭和22)年6月号
入力:津村田悟
校正:夏生ぐみ
2019年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/059056_001637/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/059056_001637/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/059056_001637/

中野 鈴子「お前は此の頃よくねむる」(新字新仮名)、底本『中野鈴子全詩集』フェニックス出版、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 059056_001637, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite