Soranoha

貸借

たいしゃく

柴田 宵曲

如何なる富豪が、どれだけの金を費したにしても、自分の欲しい書物を悉く所有することは出来ない。資力に恵まれぬのを原則とする一般の読書子に在つては猶更の話である。書物の貸借は必然の結果として生ずる。それに伴つて又いろ〱な問題も起つて来る。

藤原惺窩の時代は兵戈戦乱が全くをさまらず、学を講ずる者も乏しかつたが、書物の入手も至つて困難であつた。「十八史略」を角倉与市に借りて繕写したといふ一事を見ても、その程度は察せられる。弟子の林道春が「図書編」を買つたと聞いて、再三手紙で頼んだけれども、道春は左様な事はありませんと偽つて、たうとう惺窩に貸さなかつたといふ話もある。貸与を吝んだ理由はいづれに在つたにせよ、師弟の間で譃をついてまで貸さぬといふのは、あまり愉快な逸話ではない。

新井白石は、すべて蔵書は門外に出さない、見たいといふ人には座舗を貸し、朝夕の麁飯をふるまつて、そこで見せる。若し写したい人といふ人があれば、やはりさうして写させる。この事は自分が古今の例に鑑みて、所存あるが為である、と云つてゐる。書物を読む者は必ずしも大人君子ばかりではない。殊に書物を好む者の中には、異常な愛著心を持合せてゐる人があるから、貸借の間に多少の間違無きを保しがたい。門外不出といふ鉄則は、慥にこの間違を最小限度に食止める方法である。

加藤清正が深夜厠に在つて庄林隼人介を呼び、その家来の若者に褒美を与ふべきことを命ずる話がある。その時清正の云つた、人の死生、世の治乱、身の盛衰、天地の変は測りがたい、かう思つてゐるうちに我死するか、汝死するか、彼死するかすれば、一人欠けても折角の志は無になつてしまふ、それが残念だから、深更ながら汝を呼寄せたのだ、といふ言葉は如何にも武人らしい心がけを示したものであるが、又移して諸般のものの上に及ぼすことが出来る。書物の貸借なども、さう考へて来ると軽々に行へぬ道理である。仮に寸毫の悪意が無く、無常の風に誘はれるやうなことが無いにしろ、何か一身上に急激な変化が起れば、書物の如きは下積になり易い。そんな事情の下に行方不明になつた書物は、古来いくらもありはせぬかと思ふ。

珍書、稀覯書の類ならば、貸借者共に取扱ひが慎重になる。最も気軽に貸借し得る活字本に至つては、紛失する率が極めて多い。さういふ書物を人に貸して、未だ曾て貸しなくしたことが無いとすれば、生れてから一度も銭を落したことが無いと同じやうな、幸福な人であらう。

書物の貸借に関する子規居士の意見はかうである。

世の蔵書家はどうかすると本を人に貸す事を嫌ふ者にて如何にもそれが心鄙しく感ぜられ候故、自分は「金と本とは貸すべき事」といふ掟を拵へ置候処、金は貸す金も無いが少しばかりの金貸したところで少し不自由を感ずる位で相すみ候へど、さて本を貸したのは非常の苦痛を感ずる場合屡々有之候。本といふものは朝も晩も手を離さぬといふやうなのは少き者にて、一年に一度用に立つとか二年に一度用に立つとかいふが多く候。しかし二年に一度でも三年一度でも用に立てば其時が其本の必要なる時に相違無く候処、丁度其時に其本が人に貸してあれば其本は自分のために何の用にも立たずに終り候。日頃用の無き本なればゆつくりと御覧なされ、と人に貸したる翌日急に其本の必要を感ずる事も有之候。ある本が見たいと頻り本箱を捜しても見当らず、はては焼気になつて文庫や行李の底迄捜しても見当らず、後にて聞けばそれは一年程前に某に貸してありし事分り候事も有之候。某が本を貸せとて持ち行きし儘其男の行方が知れずなど申事も有之候。世の中は一得一失、借る方に得あれば貸す方に損ありとあきらめて苦情申すべきに非ず、況して此方より読書を勧めたる程なれば少々の不便位は我慢致候。但新聞雑誌抔の期限切迫したる原稿を夜通しに大急ぎに書きつゝある場合に、一寸見たいと思ふ参考書が手もとに無きため折角の好意匠をだいなしにする時などは如何にも残念に候。

書物は朝も晩も手を離さぬといふやうなものは少く、一年に一度とか、二年に一度とか用に立つものが多いといふのは、慥に書物をよく利用する者の言葉である。起居意に任せぬ病者の言なるが故に、特に同情に堪へぬものがある。手許の本を捜しても見当らぬから、図書館へ行つて用を済ますといふやうなことも、健康者にしてはじめて出来るので、居士のやうな常病人は何事も座右の書物で用を弁じなければならぬ。これを突詰めて考へれば、又前の加藤清正の話になつて、書物の貸借などは到底出来なくなるかも知れない。けれども「金と本とは貸すべき事」は快意見である。居士が書物を貸したことから生ずる種々の不便を数へながら、猶この根本の掟に修正を加へてゐないのは、頗る愉快に感ぜられる。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆 別巻12 古書」作品社
1992(平成4)年2月25日第1刷発行
底本の親本:「書物」白揚社
1949(昭和24)年3月
入力:大久保ゆう
校正:noriko saito
2018年7月27日作成
2018年8月26日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

この表示について / About this rendering

記録は下にリンクした署名済みの TEI ファイルです。このページはそれを読むための一つの形です。読みが複数ある箇所は一つだけを本文に示し、もう一方は語の title に残しています。 / The record is the signed TEI file linked below. This page is one way of reading it. Where the text has more than one reading, the page shows one of them and keeps the other on the word itself, in its title text.

リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/058929_001832/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/058929_001832/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/058929_001832/

柴田 宵曲「貸借」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆 別巻12 古書』作品社、1992年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058929_001832, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite