Soranoha

影

かげ

アンデルセン ハンス・クリスチャン

〔図〕fig58861_01.png

あつい国ぐにでは、お日さまが、やきつくように強く照りつけます。そこではたれでも、マホガニ色に、赤黒くやけます。どうして、そのなかでも、ごくあつい国では、ほんものの黒んぼ色にやけてしまうのです。

ところが、こんど、寒い北の国から、ひとりの学者がくしゃが、そういうあつい国へ、そんなつもりではなく出てきました。この人は国にいるじぶんの気で、こちらにきても、ついそこらをぶらつくことができるつもりでいました。でもさっそく、その考えはかえて、この人も、この国のせけんなみに、やはりじっとしていなければなりませんでした。どこの家も、それは、窓まども戸も、まる一日しめきりで、中にいる人は、ねているのか、どこかよそへ出ているとしかおもえないようでした。この人の下宿げしゅくしている高いたてもののつづきのせまい通りは、おまけに朝から晩まで、日がかんかんてりつけるようなぐあいにできていて、これはまったくたまらないことでした。

さて、さむい国からきた学者は、年は若いし、りこうな人でしたが、でもまる一日、にえたぎっているおかまの中にすわっているようで、これにはまったくよわりきって、げっそりやせてしまいました。その影かげまでが、ちぢこまって、国にいたじぶんから見ると、ずっと小さくなりましたが、お日さまには、影までいじめつけられたのです。――で、やっと晩ばんになって、お日さまが沈しずむと、人も影もはじめていきをふき返すようでした。さて、あかりがへやのなかにはいってくると、さっそく影はずんずんのびて、天井てんじょうまでつきぬけるほどたかくなります。それはまったく見ているとおもしろいようでした。影は元気をとりかえすつもりか、のびられるだけたかく、せいのびするように見えました。学者は、露台バルコニへ出ると、のびをひとつしました。きれいな大空の上に、星が出てきて、やっと生きかえったようにおもいました。町じゅうのバルコニにも――あつい国ぐにでは、窓ごとにバルコニがついているのですが、――みんなが新しい空気をすいに出てきました。

いくらマホガニ色にやけることにはなれても、すずむだけはすずまずにはいられません。すると上も下もにぎやかになってきました。まずくつやと仕立屋したてやが、それから町じゅうの人が、下の往来おうらいに出てきました。それから、いすとテーブルがもち出されて、ろうそくが、それは千本という数ものろうそくがともされます。話をするものもあれば、うたうものもあり、ぶらぶらあるくものもあります。馬車が通ります。ろばがきます。チリンチリン、鈴をつけているのです。死人が讃美歌さんびかに送られておはかにはいります。不良ふりょうどもは往来でとんぼをきります。お寺のかねがなりわたります。いやはや、どこもここも、大にぎやかなことでした。ただ、れいの外国から来た学者のすまいの、ちょうどまん前のたてものだけは、いたってしずかでしたが、やはり住んでいる人はあるようで、バルコニには花がおいてありました。それがやきつくような日の下で、美しく咲いているところを見ると、水をやるものがなければ、そうはいかないはずですから、たれか人がいるにはちがいありません。晩方ばんがたになるとその戸とは半びらきにあきました。けれど、うちの中はとにかく、おもてにむいたへやだけはまっくらで、そのくせずっと奥おくのへやからは、おんがくがきこえました。外国の学者は、このおんがくを、じつにいいものだとおもっていました。でも、それはこの人だけの想像そうぞうでそうおもっていたのかも知れません。だってこの学者は、日さえぎらぎら照らなければ、そのほかはこのあつい国のものを、なにによらず、すばらしいとおもっていたからです。下宿げしゅくの主人しゅじんにきいてみても、前の家をたれが借かりているのか知りませんでした。なにしろ、にんげんの姿すがたをみたことがないというのです。さて音楽おんがくについていえば、この下宿の主人には、それはとても、たいくつせんばんなものにおもわれていました。

主人がいうには、「どうもだれかあの家に人がいて、どうやってもひきこなせないひとつの曲きょくを、始終しじゅういじくりまわしているのですね、――それはいつもおなじ曲なのです。『どうでも弾ひきこなす』といういきごみらしいが、いつまでひいていても、ものにはならないのですよ。」

ある晩夜中に、この外国の学者は、ふと目をさましました。バルコニの戸をあけはなしたまま、ついそこにねむってしまったのです。すると風がきて、はなの先のカーテンを吹き上げました。そのとたん、ふしぎな光が、すぐ前の家のバルコニから、さしこんできたようにおもわれました。そこにあるのこらずの花が、じつにきれいな色をしたほのおのように、かがやいて見え、その花のまん中に、美しいすらりとした姿の少女が立っていましたが、この人のからだから、ふしぎな光がさしてくるようにおもわれました。学者はひどく目がくらくらするようでしたが、むりやり大きい目をあけると、それでやっと目がさめました。あわててベッドからとびおりて、そうっと、カーテンのうしろへはいっていきました。けれど少女の姿はなく、光も消きえていて、花もべつだんかがやいてもいず、ただいつものようにきれいに咲いているだけでした。戸は半開はんびらきになっていて、なかから音楽が、いかにもやさしく、いかにもあまくうつくしく、ほれぼれと引きこまれるような音ねにきこえていました。これこそまったく魔法まほうのようなわざでした。たれがそこに住すまっているのでしょう。いったい、どこが入口なのでしょう。なぜといって、下の往来にむかったほうは、店つづきで、どうもそこを通って、中へはいけないようになっていました。

ある晩、外国の学者は、バルコニに出ていました。すぐうしろのへやには、あかりがかんかんしていました。ですから、この人の影が、むこうがわの家のかべにうつるのは、まず、あたりまえの話でした。そう、そこで影は、ちょうどむこうのバルコニの花と花のあいだに、すわっていることになりました。そして、この学者がからだを動かすといっしょに、影も動きました。

そのとき、この学者はいいました。

「どうもこうしていると、わたしの影だけが、むこうの家にひとり生きて住んでいるような気がする。ほらあの通り、ぎょうぎよく、花のあいだにじっとこしをおろしている。戸は半分あいているだけだが、影はなかなかりこうものだから、ずんずん、中へはいっていって、そこらをよく見てまわって、帰ってきて、見たとおりを話してくれるにちがいない。そうだ、ぼくの影法師かげぼうし、おまえはそんなふうにして、一働ひとはたらきしてきてもらいたいものだ。」と、学者は、じょうだんにいいました。「どうかうまくするりとはいって見てもらいたい。さあどうだ、いってくれるかい。」こういって、学者は影に、あごでうなずきますと、影もうなずきかえしました。「さあ、いっておいで。だが鉄砲玉てっぽうだまのお使はごめんだよ。」

そこで、学者は立ちあがりました。すると、影も、むこうの家のバルコニで立ちあがりました。それから、学者がうしろをむくと、影がそれといっしょに、うしろむきになってむこうの家の半開きにした戸の中へ、すっとはいっていったところを、たれかみていたら、そこまでみとどけたはずでした。しかし学者は、そのままずっとへやへはいって、長いカーテンをおろしてしまいました。

そのあくる朝、学者は喫茶店きっさてんへ、新聞をよみに出かけました。

それでひなたへ出ますと、「おや、どうした。」と、この人はいいました。「はて、おれには影がないぞ。するとほんとうに、ゆうべ影のやつ、出かけていって、あれなりかえってこないのだな。いまいましいことになった。」

さあ、学者はむしゃくしゃしてきました。でも、それは影がなくなったためというよりは、影*をなくした男のお話のあるのを知っているからです。寒い国ぐにの人たちは、たれもその話を知っていました。ですから学者が国へかえって、じぶんのじっさい出あった話をしても、きっとそれは人まねだといってしまわれるでしょう。そんなことをいわれるわけはない。だから、この話はまるでしないでおこうと、おもいました。これはいかにももっともな考えでした。

*ドイツのシャミソー作小説「影をなくした男」のこと。

その晩、学者は、またバルコニに出ていました。まうしろにあかりをつけておきました。それは影というものは、いつも主人を光の前に立てて、そのかげにいたがるものだということを知っていたからですが、どうも、やはりさそいだせませんでした。ちぢんでみたり、せいのびしてみたりしましたが、やはりかげはありません。まるであらわれてこないのです。

「えへん、えへん。」知らせてみてもいっこうだめでした。どうもごうはらなことでした。

けれど、さすがに熱あつい国です。どんなものでも、じつに成長せいちょうがはやいので、一週間いっしゅうかんばかり間をおいてひなたへ出てみますと、あたらしい影が、足の先から生はえて大きくなりかけているので、すっかりうれしくなりました。してみる、と「してみる、と」はママ影の根が残っていたものとみえます。それで三週間もたつと、もうかなりな影になり、いよいよ北の国にかえるじぶんには、とちゅう旅の間にも、ずんずん成長して、しまいには、あんまり長すぎもし、大きすぎもして、もう半分でたくさんだとおもうくらいになりました。

こうして学者は国へかえると、この世の中にある真実しんじつなこと、善いいこと、美しいことについて本を書きました。さてその後、日が立って、月がたって、いくねんかすぎました。

ある晩、へやの中にいますと、そっと、こつこつ、戸をたたくものがありました。

「おはいりなさい。」と、学者はいいましたが、たれもはいってくるものはありません。そこで戸をあけますと、すぐ目の前に、それはじつに、とほうもなくやせた男が、ひょろりと立っていたので、すっかりおどろいてしまいました。そのくせ男は、みたところ、なかなかりっぱな、品のいい身なりで、いかさま身分のある人にちがいありません。

「しつれいながら、どなたでございましょうか。」と、学者はたずねました。

「いや、ごもっともで。」と、そのりっぱな客人きゃくじんはいいました。「たぶんごしょうちでしょう。なにしろこのとおり、からだができましてね。おいおい肉がつき、衣服いふくも身にそったというわけです。あなたはおそらく、ゆめにもわたしが、このような安らかなきょうぐうにいようと、お考えになったことはありますまいな。あなた、ごじぶんのむかしの影法師かげぼうしをお見忘れですか。そう、あなたはわたしがまたかえってこようなどとは、むろんお考えにならなかったでしょう。あなたにおわかれしてから、ばんじひじょうにこうつごうに運びましてね。わたしはどの点より見ても、しごく有福ゆうふくになったのです。お給金きゅうきんを払はらいもどして、一本だちの人間にんげんにしていただこうとおもえば、いつでもそのくらいのことはできるのですよ。」

こういって、その男は、とけいにつけた高価こうかなかぎたばを、がちゃがちゃと鳴ならし、首のまわりにかけた、どっしりおもい金ぐさりのあいだに、手をつっこみました。その指には、一ぽんのこらず、ダイヤモンドの指輪ゆびわがきらきら光っていました。しかも、それはみんなほんものです。

「いやはや、これはいったい、どうしたということだ。」と、学者はいいました。

「さようさ、まず世間並せけんなみのことではありませんな。」と、影はいいました。「でもあなただって世間並のほうじゃありませんよ。ごぞんじの通り、わたしはこどもの時から、ずっとあなたの足あとについてあるいてきました。そしてあなたが、わたしが十分じゅうぶん大きくなって、もうひとりで世間あるきができるとお考えになったとき、さっそくわたしはじぶんの道をいくことにしました。わたしはおよそかがやかしいきょうぐうに身をおくようになりましたが、でもやはり、あなたがおなくなりにならないまえにぜひもういちどお目にかかりたい、いわば、あこがれのようなものをいだいていました。あなたも、いずれお死ににならなければならないでしょうし、わたしも故郷こきょう忘ぼうじがたしで、このへんをもういちど見ておきたいとおもったのです。――あなたがもうひとつ、ほかの影法師をおやといになったことも、わたしは知っています。その影法師になり、またあなたになり、なにがしか借があれば、お支払いしましょうか。どうぞごえんりょなくおっしゃってください。」

「でもきみ、それはほんとうなのかい。」と、学者はいいました。「どうもまったくふしぎだよ。じぶんのむかしの影法師が、にんげんになって、またかえってくるなんて、おもいもつかんことだ。」

「なにほどお支払しはらいしたらいいか、おっしゃっていただきたい。」と、影はいいました。「なにしろ、わたしは人に借をのこしておくのが、きらいな性分しょうぶんでして。」

「なんだってそんなことをいうんだ。」と、学者はいいました。「このばあい、貸借かしかりなんて問題もんだいのありようはずがないさ。ほかのにんげんどうよう、きみは自由だよ。きみの幸運こううんにたいして、わたしはひじょうに、よろこんでいる。きゅう友ゆう、まあ、かけたまえ。そしてそのご、どういうことがあったか、あちらのあつい国ぐにで、ことに、あのむこうがわの家で、君の見たことはなにか、そんなことをすこし話してくれたまえ。」

「はあ、お話し申しましょう。」と、影はいって、こしをおろしました。「ところで、あなたにもお約束ねがいたいのですが、この町のどこぞで、わたしに出あったばあい、だれにも、わたしがむかしあなたの影法師であったということは、けっして話さないことにしてください。わたしは結婚けっこんしようと考えているのです。一家をやしなうぐらい、今ではなんでもないのですから。」

「それは安心したまえ。」と、学者はいいました。「きみの素性すじょうがなんであるか、だれにもいうものではない。このとおり手をさしのべて約束する。ひとりの男にひとつのことば。男子に二言にごんなし。」

「ひとつの影にひとつのことば。影に二言なし。」と、影もいいました。影としては、こういわなければなりますまい。

さて、影がいかにもにんげんになりきっていたのは、まったく、おどろくべきことでした。上も下もすっかり黒ずくめで、それがとてもじょうとうのきれで、その上にエナメルのくつをはき、押しつぶすと、てんじょうと縁鍔ふちつばだけになるぼうしをかぶっていました。そのほかとけいの飾金具かざりかなぐ、首にかけた金鎖きんぐさりや、ダイヤモンドのゆびわなど、すでにごしょうちのとおりですから申しません。じっさい、影は、すばらしくいい身なりをしていました。どうやら影が人間らしくとりつくろっていられたのも、まったくその身なりのおかげでした。

「ではお話し申しましょう。」と、影はいって、エナメルのくつをはいた足をのばすと、学者の足もとに、むく犬のようにうずくまっているしんまいの影の腕うでに、力いっぱいふんづけるように、それをのせました。これはわざと尊大そんだいぶってしたことか、たぶん、しんまいの影を、永劫えいごうじぶんに頭のあがらぬものにしておくつもりか、どちらかなのでしょう。でも横になった影は、そばでよく話が聞きたいので、ごくおとなしく、じっとしていました。この影も、いつかこんなふうに自由になって、主人風が吹ふかされようか、それを知りたいとおもっていました。

「れいのむこうがわの家には、だれが住んでいたかご存じですか。」と、影はいいました。「そこに住んでいたのは、すべてのものの中で一ばん美しいものでした。あれは詩しでしたよ。わたしはあの家に三週間もとまっていましたが、その間にまるで三千年もそこでくらして、昔の人の書いたものつくったもののこらず読みつくしたかとおもうほど、急になにかがしっかりしてきました。なにしろそれはお話するとおり、まちがいのないことなんでして、わたしはなんでも見て、なんでも知っていますよ。」

「詩だったか。」と、学者はさけびました。「そうだろう、そうだろう。――詩はどうかすると隠者いんじゃのように大都会に住んでいる。うん、詩だったか。そうだ、わたしも、ほんのちらりとその姿を見たには見たが、眠りが目まぶたをふさいでしまったのさ、詩はバルコニに立っていて、まるで極光オーロラのように光っていた。話しておくれ。話しておくれ。おまえは、バルコニの上に立っていた、戸をぬけて中へはいっていった、そしてそれから――。」

「入口のへやに入りました。」と、影はいいました。「あなたはいつもじっとこしをかけてそこのへやのほうを見ていましたね。あそこには、あかりというものがなく、まあうすあかりといった感じでした。でもそのうしろの戸はあいていて、それから順じゅんにへやと広間のならんだずっと奥まで見とおせたのですが、そこはまひるのようにあかるくて、かりにわたしがいきなりその女のひとのすぐそばまでいったとしたら、そこのおびただしい光にうたれて、死んでしまったことでしょう。ところがわたしは考え深く、ゆっくりかまえていたのです。人はだれでもこうありたいものですよ。」

「すると、おまえはなにを見たのだね。」と、学者はたずねました。

「なにもかも見てしまったのです。それをあなたにお話しましょう。ところで――これはなにもわたしがこうまんにかまえるわけではないのですが、しかし――自由人として、またわたしの所有しょゆうする知識ちしきにたいしても――まあ、そうとうたかい今の身分やきょうぐうのことは申しますまいが――どうかおまえよばわりだけは、やめていただきたいものですな。」

「やあ、これは失策しっさくでした。」と、学者はいいました。「昔の習慣しゅうかんは、あらためにくいものでしてね。――いや、おっしゃるとおりだ。よろしい、よく気をつけましょう。ところで、あなたのごらんになったことを、のこらずお話しねがいたいのだが。」

「話しますとも。」と、影はいいました。「なにしろ、なにもかも見て知っているのですから。」

「ではいちばんおくの広間はどんなようすでしたか。」と、学者はいいました。「若葉の森の中にでもいるようでしたか。神聖しんせいな教会きょうかいの中にでもはいったようでしたか。高い山の上に立って、星あかりの空を見るようでしたか。」

「なにもかも、そこにはありましたよ。」と、影はいいました。「もっとも、すっかりその中にはいって見たわけではないのです。わたしはいちばんてまえの、うすあかるいへやに、じっとしていたのですが、それがこの上もないよいぐあいで、なにもかも見、なにもかも知ったのです。わたしは入口のへやで、いわば、詩の大庭にいたわけです。」

「だが、なにをそこで見ましたか。太古たいこの神がみのこらずが、その大きな広間をとおっていきましたか。古代こだいの英雄えいゆうが、そこで戦たたかっていましたか。かわいらしいこどもたちが、そこであそびたわむれていて、その見た夢の話でもしていましたか。」

「わたしは申しますが、わたしはそのへやにいたのですよ。ですから、そこで見るべきものは、すべてわたしが見たということはおわかりでしょう。かりにあなたがそこにやってこられたとすれば、もうそれなり人間ではいられないところでしたろう。だが、わたしは人間になったのですよ。それと同時に、わたしはじぶんのおくのおくにかくれた本性ほんしょうもわかり、じぶんの天分てんぶんもわかり、じぶんが詩と近親きんしんの関係かんけいにあることも知りました。まだあなたのおそばにいたころ、わたしはそんなことは考えませんでした。ですが、あなたもごしょうちでしょう、太陽があがるとき、また太陽が沈むとき、いつもきまって、わたしはすばらしく大きくなりましたね。月の光のなかでは、わたしはあなた自身よりも、かえってはっきりとみえたくらいでした。そのころは、じぶんの本性ほんしょうがよくわかってはいなかったのです。けれど詩の入口で、それがはじめてあきらかになったのです。――わたしは人間になりました。――一人前になって、わたしはまたかえっていったのですが、もうその時は、あなたはあつい国のどこにもおいでがなかった。さて、人間になってみると、わたしは前のようなかっこうであるくのが恥はずかしくなりました。くつもないし、着物もないし、すべて人間を人間らしくみせる装飾品そうしょくひんがたりないのです。わたしはかくれました。まったく、あなただから打ちあけていうのですよ。けっして本に書いていただきたくないが、わたしは菓子売女の前掛の下にかくれたのです。その女は、どんなに大きなものがかけこんだか、まるで気もつきませんでした。晩になってはじめて、わたしは外へ出ました。月の光の中を、わたしは往来おうらいじゅうかけまわりました。わたしは長ながとかべにからだをのばしますと、とても気持よく背中をくすぐられるようでした。わたしは高くなったり低くなったり、かけずりまわって、一ばん高い窓まどから広間ひろまの中をのぞき込んだり、また屋根の上からだれものぞけないところをのぞきこんで、だれも見たこともないこと、見てはいけないことまで見ました。つまりそれはつまらない世界でした。もしも人間であるということが、なにかいいことのようにおもわれていなかったなら、わたしは人間なんかにはならなかったでしょう。わたしは妻つまや夫おっとや両親りょうしんや、かわいらしい天使のようなこどもたちの間にも、まさかとおもわれるようなことが、行われているのを見ました。――またわたしは、」と、影はいいました。「人間が知ってならぬことで、そのくせ知れれば知りたいだろうと思うことを、たとえば、近所の人たちのしている悪事あくじなども見ました。そのとおりしんぶんに書いたら、どんなにか読者にうけることでしょうが、わたしはじかにかんけいのある当とうのその人だけに手紙をやりました。だから、わたしがいく先ざきの町では、大恐慌だいきょうこうをおこしていました。教授きょうじゅたちは、わたしを教授にしてくれましたし、仕立屋したてやはわたしに新しい着物をくれました。それで、わたしはりっぱな身なりをしているのでさ。造幣所長ぞうへいじょちょうはわたしのために、金貨きんかを鋳いてくれました 「くれました 」はママそれから婦人たちは、わたしの男ぶりをほめてくれました。まあ、そういうわけで、わたしはごらんのとおりのにんげんになったのです。しかし、もうおいとましましょう。名刺をおいていきます。ひなたがわに住んでいます。雨ふりの日はいつも在宅ざいたくです。」

こういって、影は出ていきました。

「なにしろこれはめずらしいことだ。」と、学者はいいました。

年月がたちました。すると、影はまたやってきました。

「やあ、その後いかがです。」と、影はたずねました。

「やあ。」と。学者はいいました。「わたしは真しん善ぜん美びについてかいています。けれどだれもそんなことに耳をかたむけてはくれないので、わたしはまったく絶望ぜつぼうしていますよ。なにしろこれはわたしにはだいじなことなので。」

「わたしにはいっそうなんでもないですね。」と、影はいいました。「わたしはこのとおり肥えてあぶらぎっています。まあそうなるように心がけねばならん。そうだ、あなたはまだ世間がわかっていないのだ。そんなことをしていると病気になりますよ。旅たびをするんですな。わたしは、この夏なつ旅行りょこうをやりますが、いっしょにいかがです。わたしも道づれをひとりほしいところだ。あなたはわたしの影になって同行どうこうしてください。あなたを同伴どうはんすることは、ひじょうに、ゆかいなことにちがいない。旅費りょひはわたしが持ちますよ。」

「どうもそれはすこしひどいな。」と、学者はいいました。

「それは考えようしだいです。」と、影はいいました。「旅行すれば、あなたはまたずっとじょうぶになりますよ。わたしの影になってくだされば、旅中一切、あなたは一文いらずですよ。」

「そりゃひどすぎる。」と、学者はいいました。

「しかしそれが世間ですよ。」と、影はいいました。「どこまでいってもやはりそうでしょう。」

こういって影はいってしまいました。そののちも学者はいっこう運うんよくはなりません。悲しみと、なやみにせめつけられ、真善美についてなにをいったところで、おおくの人には、牝牛めうしにばらの花をくれたようなものでした。――とうとう学者は、ほんとうに病気になってしまいました。「まあ、あなたは影のようだ。」と、人にいわれて、学者はぞっとしました。このことではべつのいみを考えていたからです。

「それはどうしても温泉おんせんに行くほかありますまい。」と、影はまたたずねてきて、こういいました。

「ほかにしようがないのです。昔のおなじみがいに、わたしがつれていってあげましょう。旅費はわたしが出しますから、そのかわりあなたは旅行記をかいて、道みちわたしをたのしませてください。わたしは温泉にいこうとおもうのです。とうぜん生はえなければならないひげが生えないのは、これも病気なんでしょう。にんげん、ひげがなければね。まあよく思案して、わたしのいうとおりにおしなさい。道づれになって旅行するのですね。」

こうしてふたりは旅に出ました。影がいまは主人で、もとの主人がいまは影でした。ふたりはいっしょに馬車を走らせたり、馬にのったり、あるときは、そのときの太陽の位置しだいで並ならんだり、前になったり、後あとになったりしました。影はいつも、つとめていちだん上に立つように心がけていました。そういうことを学者はたいして気にしません。この人はたいへん心の善良ぜんりょうな、またなみはずれておだやかなやさしい人でした。それですから、ある日、学者は、影にこんなことをいいました。

「われわれはおたがいに、こうして旅の道づれになったのであるし、またこどもの時からいっしょにそだったなかでもあるのだから、ひとつ、きょうだいのさかずきをくみかわして、おれ、おまえで行こうじゃないか。それでいっそう親密しんみつにもなれよう。」

「きみのいうことにも一理いちりはある。」と、いまでは本式ほんしきに主人になりすました影がいいました。「だいぶ親切しんせつに卒直そっちょくにいってくれられたのだから、わたしも、やはりしんせつに卒直にいこう。きみも学者だから、いかに生うまれた天性てんせいがふしぎなものだかごぞんじだろう。人ひとによっては、ねずみ色の紙をつかめば、病気になるという者がある。ガラス板の上を釘くぎで引っかくと、骨のずいまで身ぶるいがくるという者もある。さいしょきみの下に使われていたときも、わたしはきみに、おまえといわれると、やはりおなじ感じがして、いわば地面におしふせられるようにおもったものだ。これはただ感情かんじょうの上のことで、べつだん尊大そんだいぶるわけではないのだが。どうもわたしは、きみがわたしのことをおまえというのを、許ゆるすわけにいかないのだ。けれどもわたしのほうからは、むしろ、きみをおまえと呼びたいのだ。それで、ともかく、きみののぞみもなかば達せられるわけだ。」

それからは、影は、いぜんの主人を、「おまえ」と呼びました。

「とにかくこれはひどい話だ。」と、学者はおもいました。「わたしのほうからは、あなたといわなければならないのに、あいつのほうからは、きみとか、おまえとかと呼ばれるんだから。」と、そうはおもいましたが、こうなっては、いやでもがまんしなければなりませんでした。

そこでふたりは温泉場にやってきました。そこにはたくさん外国人もきていましたが、そのなかにある国のおそろしく美しい王女が、ひとりまじっていました。その人の病気というのは、なんでもあまり物がはっきりするどく見えるので、そのためひどく落ちつかないで困るということでした。で、さっそく王女は、この新来しんらいの客人きゃくじんが、ほかのれんじゅうとはまったくかわっていることに気がつきました。

「あの人はひげをはやすためにきたということだが、わたしの見るところでは、ほんとうのわけは、じぶんの影がうつせないところにあるらしいわ。」

そこで王女は、好奇心こうきしんがうごいたので、遊歩場ゆうほじょうであうとさっそく、この外国紳士がいこくしんしに、話しかけました。なにしろ王さまのおひめさまともなれば、たいして人にえんりょする必要はありませんでした。そこで、王女はいいました。

「あなたの病気って、ごじぶんの影がささないからなんでしょう。」

「どうも殿下には、もうだいぶおよろしいほうに拝察はいさついたされますな。」と、影はこたえました。

「殿下には、なにかがあまりはっきりお目に入るのが、ご病気だということにしょうちいたしておりますが、もうそれならばとうにご全快ぜんかいです。どうして、わたくしには、世にもふしぎな影があるのでしてね。それでは、いつもわたくしといっしょにあるいております人物じんぶつが、お目にとまらないのでございますか。およそほかの者は普通ふつうの影ですましているのですが、どうもわたくしはそれがきらいなのです。よく召使めしつかいの仕着しきせに、じぶんの着料きりょうよりもじょうとうな布をもちいるものがありますが、わたくしもじぶんの影を人間にしたててあるのです。いや、そのうえ、ごらんの通り、そこへさらに、ひとつの影をすら、つけてやってあるのです。ずいぶん費用のかかることですが、どうも一風いっぷうかわったことが好きな性分しょうぶんなのでしてね。」

「そうかしら。」と、王女はおもいました。「わたしほんとうによくなったのかも知れないわ。なにしろこの温泉は、どこよりも一ばんいい温泉よ。ここの水には、いまどきまったくたいした利目ききめがあるわ。でも、わたしこの温泉を立っていこうとはおもわない。このごろやっと、ここがおもしろくなりかけたのだもの。あの外国人、ずいぶんわたし気に入ったわ。ただあの人、ひげが生えないといいわ。なぜといって、そうすると、またかえっていってしまうでしょうから。」

その晩、大きな舞踏室ぶとうしつで、王女は影とダンスしました。王女も身が軽いのに、でも影はもっともっと身軽みがるで、こんなに身の軽い人をあいてに、王女はまだおどったことはありませんでした。王女は影に、じぶんがどこからきたか話しました。影はその国を知っていました。影はそこにいたことがあったのです。もっともそれは、王女のるすのときでした。影はお城の窓を下からも上からものぞいて見ましたし、あのこと、このこと、いろいろ見ていました。そこで、影は王女の問に答えたり、おやと思わせるようなことを、ほのめかしたりすることができました。それで王女は世界じゅうに、この人ほど賢かしこい人はないと考えました。なによりもその知識ちしきに、たいした尊敬をもつようになりました。ですから、またいっしょにダンスしたとき、王女は、すっかり影が好きになってしまいました。それを影はまたじゅうぶんに見ぬくことができました。というわけは、王女はしじゅう穴のあくほど影を見つめていたからです。それからもういちどおどったときに、王女はあやうく恋をうちあけようとしたくらいですが、考えぶかい娘でしたから、生まれた国のことや、じぶんの治おさめる王国のこと、いつかはじぶんが上に立つはずの人民じんみんたちのことをおもって、えんりょしたのです。

「賢い人だとおもうわ。」王女は、腹の中で考えました。「それはいいわ、それからダンスがとてもすてきだわ。それもまたいいわ。だがあの方、いったい深い学問がおありかしら、これはどうしてだいじです。どうしてもためしてみなければならない。」

そこで王女は、影に、そろそろと、およそむずかしい問題をもちかけ始めました。それは王女自身にも答えられそうもないものでした。で、影もだいぶみょうな顔になりました。

「この問題にお答えがおできにならないの。」と、王女はいいました「いいました」はママ

「そのくらい、こどものころからならっております。」と、影はいいました。「あのとびらのところにいるわたしの影にだって、つい造作ぞうさなくできましょうよ。」

「あなたの影にですって。」と、王女はいいました。「それは、まあずいぶんおめずらしいわ。」

「かならずできるとは、うけあえませんがね。」と、影はいいました。「長年わたしのそばについていて、いろいろと、聞きかじっておりますから、たぶんこたえられるとおもいます。――たぶん、だいじょうぶだとおもいます。しかし、ご注意もうしあげますが、どうか女王殿下、かれはにんげんとおもわれることを、たいそうとくいにいたしておりますから、かれをじょうきげんにいたしておきますには――またじゅうぶんに答えさせますには、ぜひそういたさせる必要がございますので――それにはじゅうぶん、にんげんらしくとりあつかってやらねばならないのでございまして。」

「けっこうです。」と。王女はいいました。

そこで、王女は戸口とぐちにいる学者の所まで出かけていって、太陽や月やにんげんの内部と外部のことで語りあいました。そして学者は、いかにもはっきりと、りっぱに答えました。

「こんなかしこい影を持っていらっしゃるなんて、なんというえらい方だろう。」と、王女は考えました。「あのような人をおっとにえらんだならば、わたしの人民のためにも、王国のためにも、まったく幸福なことにそういない。――わたし、そうしよう。」

そこで王女と影とは、さっそくおたがいに意見がいっちしました。でも帰国するまでは、たれにもけっしてこのことを知らせないことにしました。

「これはだれにも、わたしの影にも申しません。」と、この影はいいました。それにはじぶんだけのおもわくもありました。

やがてふたりは、王女のじぶんのうちでもあるし、また王女として治おさめてもいる国へやって来ました。

「ところで、おまえ。」と、影は学者にいいました。「いよいよわたしもまあ人なみに、この通り幸福にもなり、勢力もついたのだから、おまえにもなにかとくべつなことをしてあげたいと思う。おまえには、ずっとお城の中に住んで、わたしのそばにいてもらうのだ。いっしょの王室馬車おうしつばしゃに乗せてやって、年金ねんきん十万ターレル払うことにする。そのかわり、だれからも、おまえは影法師と呼ばれていなければならない。また、かりにも、もとはにんげんであったなぞといってはならない。それから、一年に一回、わたしが、バルコニのひなたに出て、みんなに姿を見せているとき、いかにも影らしく、わたしのあしもとに寝ていなければならない。じつをいうと、わたしは王女と結婚けっこんするのだ。今晩がその結婚式だ。」

「いや、それはしかしひどすぎる。」と、学者はいいました。「それは困る。それだけはごめんです。それではこの国じゅうの人民をはじめ、王女まであざむくことになる。わたしはみんないってしまう。にんげんはわたしで、きみはただの影法師が、にんげんの着物を着ているにすぎないことを。」

「だれがそんなことを信じるものか。」と、影はいいました。「わからぬことをいうなら、番兵を呼ぶだけだ。」と、影はいいました。

「わたしはすぐ王女のところへいく。」と、学者はいいました。

「いや、わたしがさきに行くよ。」と、影がいいました。「そして、おまえをろうやにいれてやるよ。」

で、その通りになりました。それは、王女のお婿むこさまになる人のいうことに、むろん、番兵たちは従したがったからです。

「あなたはふるえていらっしゃいますね。」と、影がはいって来たとき、王女はいいました。

「なにかあったのですの。こんばん結婚式をあげようというのに、ご病気ではこまりますわ。」

「どうもこんなおそろしいめにあったことはありません。」と、影はいいました。「まあどうです――かわいそうに、まったくあんな影法師の頭には、しょい切れない重荷でした――いやはやどうです。わたしの影法師は気が狂くるってしまったのです。かれはじぶんがにんげんで、そして、わたしが――まあ――どうです――わたしが、かれの影法師だと考えているのですよ。」

「まあ、おそろしいことね。」と、王女はいいました。「でもろうやにいれてあるでしょうね。」

「もちろんです。どうも正気しょうきにはもどらないのじゃないかと心配しています。」

「まあ、かわいそうな影法師ですこと。」と、王女はさけびました。「ずいぶん不幸ですわ。それをはかない命から自由にしてやるほうが、ほんとうの功徳くどくというものでしょうね。わたしの考えでは、どうやらそれは、そのままそっと片づけてしまうのが、なによりのようですわ。」

「それはいかにもつらいことです。なにぶん忠義ちゅうぎな召使めしつかいでしたから。」こう影はいって、ためいきをつくようなふうをしました。

「りっぱなお気性きしょうですわ。」と王女はいいました。その晩、町じゅうあかりがついて、ドーン、ドーン、とお祝の大砲がなりひびきました。それから兵隊は捧ささげ銃つつしました。結婚式けっこんしきがおこなわれたのです。王女と影とは、バルコニに姿をあらわして、人民たちにあいさつをたまわり、もういちど人民たちから万歳の声をあびました。

〔図〕fig58861_02.png

学者は、まるでこのさわぎを聞かなかった、というわけは、そのまえ、もうとうに死刑にされていたからです。

底本 / Source edition

底本:「新訳 アンデルセン童話集 第二巻」同和春秋社
1955(昭和30)年7月15日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※表題は底本では、「影《かげ》」となっています。
※底本中、*で示された語句の訳註は、当該語句のある段落の下部に挿入されていますが、このファイルでは当該語句のある段落のあとに、5字下げで挿入しました。
入力:大久保ゆう
校正:小岩聖子
2020年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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アンデルセン ハンス・クリスチャン「影」(新字新仮名)、底本『新訳 アンデルセン童話集 第二巻』同和春秋社、1955年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058861_000019, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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