Soranoha

わたしの正月

わたしのしょうがつ

中野 鈴子

今日は一月一日

今日は正月だ

明けましておめでとうって

たとえのようにいうけれど

わたしらはそんなどころではないわ

年がら年じゅう米つくるが商売なのに

一片の雑煮もない

毎年ただ一本きていた

他国からの年賀状も今年は来ない

来るものは町の掛取りや

残りの年ぐ米を取りに来る地主の番頭だ

台所はポチャンポチャンと雨がもる

炭は買えず もみがらをぶすぶす燃やす

くすぶり火が家一ぱいにひろがる

七十五の婆はあつい汁もあたらず

枯木のような背中を曲げて

水鼻をすすり目をつむっている

十一の弟と七つの妹は

一生けんめい

一銭にもならない繩なうている

賑やかなのは寺の鐘ばかり

あさ早うからやかましい

いくら鐘たたいても

わたしらもうまいる気はせんわ

いくらナミアミダブツ唱いても

飢じい腹はふくれはせんわい

婆に軽いふとんの一枚も着せられないわ

子供のひびあかぎれが快うなりもせんわ

夏のさかりでも白足袋はいて

魚さかな喰って何が地獄じゃ 極楽じゃ

何が持ちつ持たれつじゃ

わたしらだとて一人前の人間だ

地主や坊主ばかりが

うまいもの喰って いい気持ちして

わたしらを家来あつかいにして

その田圃をわたしらに持たせてみろ

みんなの持ち物をおんなじにしてみろ

その上で物が言いたいわ

わたしら この腕っぷしで

いい米収ってみせるぞ

遊んでいる者が親方で

働く者が家来で

おお これを××××かえしたいわ

この腕っぷしで目に物見せたいわ

わたしは今日二十三になる百姓女

若い血が湧きたぎる

きっとやってみせる

みんなの胸たたいて

みんな手引っぱって

目に物見せてやるぞ

火ぶた切るのろしの鐘を

村から村に鳴りひびかせてみせるぞ

底本 / Source edition

底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「プロレタリア文学 第一巻第五号」日本プロレタリア作家同盟出版部
1932(昭和7)年4月25日発行
初出:「プロレタリア文学 第一巻第五号」日本プロレタリア作家同盟出版部
1932(昭和7)年4月25日発行
※初出時の署名は「一田アキ」です。
入力:津村田悟
校正:夏生ぐみ
2018年12月24日作成
2021年5月28日修正
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
913b24012e1626b47bebf5a14fd31773728229efdb088f1ceb934717c1ac800c
TEI
/works/058804_001637/tei
プレーンテキスト / Plain text
/works/058804_001637/plaintext
書誌 / Bibliography
/works/058804_001637/

中野 鈴子「わたしの正月」(新字新仮名)、底本『中野鈴子全詩集』フェニックス出版、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058804_001637, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite