Soranoha

方向

ほうこう

中野 鈴子

わたしはこの頃しきりに考える

自分というものについて

わたしは下宿の二階に兄のくれる金で暮らしている

それはわずかな金だ

けれども兄の彼が夜ヒル書きつづける血のしたたりなのだ

わたしはそれで米や炭をととのえ腹を満たしている

わたしの仕事は詩を書くこと、文学の途をゆくことになっている

わたしは机に向かって本を読む

あるいは書こうとする けれども書けない

わたしはうっ伏して足りない才能をかなしむ

心はたぎっても現わせない

わたしは本を伏せ インクのふたも忘れて外へ飛び出す

友だちのところではなす

一日一日は過ぎてゆくばかり

怒った父はいま手紙をくれ、母は衣服を送ってよこす

わたしはみんなに支えられている

時間は全部一人のもの

生活費さえあたえられて

みんなは働いている

子供が夜店に絵本を売っている

失業者がうえ死にしている

わたしはうろうろと居食いをしなければならないか

文学の途は遠くひらけている

現実が下がっている

未来の夢が呼びかける

ある作家の言葉を思い出す

物書きはいい たとえ足やハナが欠けていても

屋根裏ででも紙とペンさえあれば書きあらわせる

書くことによって人は苦しみから立ち上がって行ったのだと言うことを……

一行の詩

一つの断片でもいい

薄き智能をけずり

書きつづらねばならないだろう

底本 / Source edition

底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「中野鈴子全著作集 第一巻」ゆきのした文学会
1964(昭和39)年7月10日発行
初出:「詩人 第三巻第六号」文学案内社
1936(昭和10)年6月1日発行
入力:津村田悟
校正:夏生ぐみ
2018年12月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/058803_001637/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/058803_001637/

中野 鈴子「方向」(新字新仮名)、底本『中野鈴子全詩集』フェニックス出版、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058803_001637, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite