Soranoha

耳たぶの穴の一例

みみたぶのあなのいちれい

柳田 国男

奈良縣吉野郡天川村坪ノ内の寺井といふ家名の一族の人々には、耳たぶに針で突いたほどの穴があるといふ。是は昔ガタロ(川童)と約束して、此家の子孫の者は決して取らぬといふので、其しるしに耳たぶに穴をあけて置くことにしたのだと謂つて居る。川童との約束は他の多くの例のやうに、馬に惡戲して曳かれたといふのでは無く、こゝの言ひ傳へは「水蜘蛛の怪」といふ話の系統に屬する。即ち釣を垂れて居ると蜘蛛が來ては絲をかけるので、それを警戒して逆に陸の上へ引張り上げて退治したといひ、他できかぬことは、是には柿の樹にしがみついたといふ話が附いて居る。宮本常一君の吉野西奧民俗採訪録は忠實な聞書きだが、此中では天川村の記事が精彩を帶び、殊に寺井氏一門を含んだ坪内の社家の生活が、殆と湮滅の瀬戸際に於て保存せられて居る。山間生活と古代信仰との結び付きに就ては、考へさせられる事蹟が甚だ多い。

底本 / Source edition

底本:「定本柳田國男集 第十五巻」筑摩書房
1963(昭和38)年6月25日発行
初出:「民間傳承 八卷八號」
1942(昭和17)年12月
入力:フクポー
校正:植松健伍
2025年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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書誌 / Bibliography
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柳田 国男「耳たぶの穴の一例」(旧字旧仮名)、底本『定本柳田國男集 第十五巻』筑摩書房、1963年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058778_001566, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite