Soranoha

風を喜ぶ

かぜをよろこぶ

前田 夕暮

すべての植物――日に立ちて葉照りあかるき常緑樹、おほくは灰白色の肌を風に晒す闊葉樹の群落。単子葉類の竹といふ竹、草、草、草。

野の草、水辺の草、海の草、山に、谷に、岡に、沼に、川に、田に、溝に、あるひは小路に、田の畔に、畑の畦に、歩道に、往還に、坂に。

樹のかげ、建物のかげ、山のかげに青々と茂り、みどりに照り、あるひは黒き葉に光を収斂する有毒草にいたるまで、およそ木といふ木、草といふ草のすべては風を喜ぶ。ひえびえとした朝の風、日の光を含んでほつとりとした滋味のある真昼の風、うすじめりをおびてひそ〱とさゝやく薄暮のながれ、微風のながれ、軟風の触手。彼らは風に触れ、風に吹かれて嬉々として日に光り、およぐ。

が、また木といふ木、草といふ草は、私の知れる限りに於て、彼等の秘密な歓びは、彼等の群落生活に於て、互にその葉と葉を、茎といふ茎を触れあひ、抱きあふことにはじまる。彼と彼女等との間にある空間が残されてゐる場合は、蝶や蜂の媒介者があつて、日光のなかで、愛情を交換する。が、彼等のなかでも竹程風を喜び、風によりて己れを生かすものはあるまい。

日光寂寥の昼、月光微動の夕、朝、午前、残宵、いつも彼等は風によりてその性の悦びを喚びさましてゐる。その葉ずれの言葉は、人間の言葉よりは単純なだけ、また深い心がひそまれてをり、表現されてゐる。

私は、青竹のうすあかるい幹のなかに潜んで、うすい緑衣をきた昼の童子であつた。

私は、青竹の幹をひえ〱とすべる朝の童子であつた。

私は、青竹のむら立つ林にわけ入つて、その竹の一本々々に私の青い唇をあてる夜の童子であつた。

私は風を喜ぶ――。

底本 / Source edition

底本:「日本の名随筆37 風」作品社
1985(昭和60)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「前田夕暮全集 第三巻」角川書店
1972(昭和47)年9月
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2023年3月13日作成
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リリース / Release
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TEI
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書誌 / Bibliography
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前田 夕暮「風を喜ぶ」(新字旧仮名)、底本『日本の名随筆37 風』作品社、1985年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058709_000928, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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