幸助

けさ　手紙をうけとった

やっぱり達者でいてくれたか

わたしは思わず手紙をおしいただいただ

もしやこの暑さでやられてでもいるのではないかと心配していたに

牢やの中はどんなに暑いじゃろうねい

そここそ地獄じゃもの

夏は出来るだけ暑いように冬はなるべく

寒いように仕掛けてあるんじゃろうさかいね

コンクリで囲うた窓一つない箱みたいな建て物じゃと言うでないか

ようく　<ruby><rb>障</rb><rt>さわ</rt></ruby>りなくいてくれた

苦労ばかりかけてきたお母さんに

またこのような心配させて申し訳もない

不孝者ととがめないでおくれ

今日の手紙にもこんなことを書いてあるが

幸助

それは初めのうちはそうと思っただ

五年前に年寄りの母親をひとりのこして

ポーイと江戸さ行ったきり

金を送るでなし一本のたよりも呉れず

そのあげくに牢やへたたき込まれたことがわかった時にゃ

不孝も不孝

牢やへたたきこまれると言うは

何ということだと思い

うらんだり　泣いたりしただ

<ruby><rb>在所</rb><rt>ざいしょ</rt></ruby>の者も白い眼で見るし

村さ　はなれて他国へ夜逃げでもしようかと考えただ

本当にそう思っただ

お前はズッと東京でその

労働組合というところに

いたんだか

お前はその労働組合で

何千人何万人の働いても働いても貧乏している人のために

命も牢やも物ともしないで働いていたんだか

そして命も牢やも物ともしないで働いている人がそんなにたくさんいるんかいの

大学校まで出た旦那衆の息子さんらや

大学校の先生までもいなさるんじゃってな、お前の言うことはよく分かっただ

いまは毎日、あの田の草取りだ

昼間の暑い陽ざかりにジリジリの

煮え湯の泥田を四つんばいになって這うて

歩くのじゃ

顔も手もぼんぼんにふくれ上がり

爪の先がずくずくうずくだ

六十ごけ婆がこのように

もがいても喰う米も<ruby><rb>無</rb><rt>ね</rt></ruby>いんだ

その横で地主の奥様は夏羽織で

お寺まいりなさるし、若旦那衆は

洋服で海へ行ったり

ボール投げしているだ

わたしはわかっただ

お前の言う通りだ

辛い<ruby><rb>不幸</rb><rt>ふしあわせ</rt></ruby>なお母あはわたしひとりでない

喰えないお母あや息子や、子供で一ぱいだ

何と言う者がいようと　お前のしたことは真直ぐだ

お母あの<ruby><rb>生計</rb><rt>くらし</rt></ruby>のことなんど小指ほども

心配するでない

お母あはこのように元気なのじゃもの

そのような　牢やの中で心配していると

お前の体が立たんぞも

お母あは、田圃の中で

いろりのくすり火の中で

牢やの中のお前と一つこころじゃ

<ruby><rb>力</rb><rt>りき</rt></ruby>んでいるだ

手を合わせて念じているだ

夜も　そう思うて<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>むるだ