Soranoha

一家

いっか

中野 鈴子

わたしの祖先は代々が百姓であった

八町はなれた五万石の城下町

ゆきとどいた殿様のムチの下で這いまわった

少しのことに重いチョウバツ

百たたきの音が夜気を破った

天保に生まれた祖父はいつも言った

百姓のようなつらい仕事があろうか

味無いもの食って着るものも着ず

銭ものこらん

金づちの川流れだ

わたしの父母は五人の子供を育てた

父母は子供を百姓にさせる気はなかった

二人の男の子は五つ六つから朝晩瀬戸の天神様へおまいりした

小学校を出ると学校へ入るためにズッと村をはなれた

一番目の息子は彼が二十年近くの学校生活を終えたとき

父親の油と汗、いくばくかの田地にすりかえられている自分を発見した

彼は父親の血肉と一家のたてなおしを背負って外国に仕事を見つけ海を渡った

慣れぬ異国の風は日ならずして彼をたおした

はるばる父がかけつけたとき、彼は骨になっていた

二番目の息子は休みに村へ帰っても浮かぬかおして黙っていた

そのうち 治安維持法で監獄へ入った

父母は絶望しかなしみ、門の戸を締め村人の目をさけた

町の質屋へ嫁入った上の娘のわたしは

換算される毎日の利上げが

いやらしきことの目盛りのように思われ、堪え切れず兄を頼って上京した

まん中の娘は、おとなしく美しかったが

肺をこわし 死んだ赤ん坊のあとを追った

二番目の息子が再び捕まった

こん度は父母はただかなしまなかった

決心の色をあらわし村人の白眼の中で田圃を打った

新しい別なのぞみが培われていた

いま次男と長女はそのまま帰らず

長男となかの娘は村の墓穴

小地主のあととりに嫁いだ末娘は封建的重みと生活の不安定のなかに円い体が痩せおどおどしている

門の柱はくさり 倉の壁はくずれる

仏壇の中でネズミがあばれまわる

肥っていた父の皮膚はたるみシミがふえている

目の光りは消え 歩く足下がふらつく

母のおとがいがとがり 髪がちぎれ

しゃべる言葉はみな泣き声と変らぬ

日々 借金の利上げに追われ

年々 思いがけぬ不幸が形を変えてあらわれる

ひさしの深い納屋の奥に

父母はだんだんおとろえてゆく

彼らはおとろえる

だがいま おとろえる体内に新しい考えがつよまってゆく

息子、娘の上に期待をつなぐ

薄くなった目を見開いた老いの身をふりかざしている

底本 / Source edition

底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「中野鈴子全著作集 第一巻」ゆきのした文学会
1964(昭和39)年7月10日発行
初出:「大鼓 第一巻第一号」現代文化社
1935(昭和10)年11月1日発行
入力:津村田悟
校正:夏生ぐみ
2018年9月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
/works/058598_001637/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/058598_001637/

中野 鈴子「一家」(新字新仮名)、底本『中野鈴子全詩集』フェニックス出版、1980年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058598_001637, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite