Soranoha

文学史の第一着は出たり

ぶんがくしのだいいっちゃくはいでたり

北村 透谷

關根正直氏の手に成りたる「小説史稿」は兔に角日本文學史の第一着手なり。吾人は氏の「史稿」に於いて甚だ失望する所なきにあらず、然れども是は敢へて氏に責む可き所ならず、却て氏に許す可きは、氏が此の事業に一鞭を着け、以て吾人を勵まし、且つ吾人をして大に據る所を得せしめし事にあり。

今ま歐洲の歴史は、文學史の討究によりて局面を一變せんとす、眞正の内部、將さに從來の外部と共に照然たらんとす。文學は空漠たる想像より成れるにあらず、實は「時代」なる者の精勉して鑄作せる紀念碑なり、是れ、吾人が前に開かれたる一大卷の吾人をして讀解し、尋竅じんけうせしむる者にあらざらんや。徒らに著書の新古を鑑し、著家の系統を尋ね、其品行を説き、若くは古代の暗室に入りて其著書を探り、其文學家の行跡を一二古書の中に求むるが如きは、文學上の古物家として敬重せらるゝ人の業のみ。世願は今は眞正の歴史家あれかし、奮つて此大業に從事する者あれかし、一の時代には其宗教あり、志想あり、哲學あり、外邊あり、其根性あり、其種族あり、是等の者を觀察し、究明するは文學史を編む者の任なり、テイン氏言へるあり、貝の中に動物あるが如くに記録の中に人あり、貝を説いて以て動物を論ずるは非なり、記録を説いて人を言ふは尚ほ非なり、唯だ須らく内部に入る可しと、眞正の批評を歴史上の文學家に加ふるにも、亦た此の觀察力に據らずんばあらず、要するに歴史の最純なる者は、是を文學史に求め得べし、而して文學史を編む者は、此の大活眼あるにあらずんば能はず。

誰れか眞に今日の日本を知る者ぞ、誰れか眞に昨日の日本を知る者ぞ、又た誰か眞に明日の日本を知る者ぞ、多くの政治家あり、議論家あり、又た國粹家あり、而して眞に日本なる一國を形成する原質を詳かにする者は稀れなり、其人民の性情を窺はんと欲するが如きは、絶えてあらず、此に於いて余が文學史を望むの情一倍して來る、余が「小説史稿」を讀みて感ずる所、斯くの如し。

底本 / Source edition

底本:「透谷全集 第一卷(全三卷)」岩波書店
1950(昭和25)年7月15日第1刷発行
1956(昭和31)年2月25日第3刷発行
底本の親本:「女學雜誌 第二百十一號」女學雜誌社
1890(明治23)年5月3日発兌
初出:「女學雜誌 第二百十一號」女學雜誌社
1890(明治23)年5月3日発兌
※初出時の署名は「透谷」です。
入力:木越治
校正:Juki
2019年4月26日作成
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書誌 / Bibliography
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北村 透谷「文学史の第一着は出たり」(旧字旧仮名)、底本『透谷全集 第一卷(全三卷)』岩波書店、1950年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058491_000157, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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