Soranoha

絵のない絵本

えのないえほん

アンデルセン ハンス・クリスチャン

絵のない絵本

ふしぎなことです! わたしは、なにかに深く心を動かされているときには、まるで両手と舌とが、わたしのからだにしばりつけられているような気持になるのです。そしてそういうときには、心の中にいきいきと感じていることでも、それをそのまま絵にかくこともできなければ、言い表わすこともできないのです。しかし、それでもわたしは絵かきです。わたしの眼めが、わたし自身にそう言い聞かせています。それに、わたしのスケッチや絵を見てくれた人たちは、みんながみんな、そう認めてくれているのです。

わたしは貧しい若者で、たいへんせまい小路こうじの一つに住んでいます。といっても、光がさしてこないというようなことはありません。なにしろ、まわりの屋根ごしに、ずっと遠くの方まで見わたすことができるほど、高いところに住んでいるのですから。この町にきた、さいしょのころは、ひどくせまくるしい気がして、さびしい思いをしたものです。それもそのはず、森やみどりの丘おかのかわりに、地平線に見えるものといえば、ただ灰色の煙突えんとつばかりなのですからね。おまけに、ここには、友だちひとりいるわけではありませんし、あいさつの声をかけてくれるような顔なじみもなかったのです。

ある晩のこと、わたしはたいへん悲しい気持で、窓のそばに立っていました。ふと、わたしは窓をあけて、外をながめました。ああ、そのとき、わたしは、どんなに喜んだかしれません! そこには、わたしのよく知っている顔が、まるい、なつかしい顔が、遠い故郷からの、いちばん親しい友だちの顔が、見えたのです。それは月でした。なつかしい、むかしのままの月だったのです。あの故郷の、沼地ぬまちのそばに生はえている、ヤナギの木のあいだから、わたしを見おろしたときと、すこしもかわらない月だったのです。わたしは、自分の手にキスをして、月にむかって投げてやりました。すると、月はまっすぐわたしの部屋の中にさしこんできて、これから外に出かけるときには、まい晩、ちょっとわたしのところをのぞきこもうと、約束やくそくしてくれました。そのときからというもの、月は、ちゃんとこの約束を守ってくれています。ただ残念なのは、月がわたしのところに、ほんのわずかの間しかいられない、ということです。でも、くるたびごとに、その前の晩か、その晩に見たことを、あれこれと話してくれるのでした。

「さあ、わたしの話すことを、絵におかきなさい」と、月は、はじめてたずねてきた晩に、言いました。「そうすれば、きっと、とてもきれいな絵本ができますよ」

そこでわたしは、いく晩もいく晩も、言われたとおりにやってみました。わたしは、わたしなりに、新しい「千一夜物語」を絵であらわすことができるかもしれません。でも、それでは、あまりに数が多すぎます。わたしがここに書きしるすものは、勝手に選びだしたものではなくて、わたしが聞いたとおりの順序にならべたものなのです。すぐれた才能にめぐまれた画家なり、詩人なり、音楽家なりが、もしもこれをやってみようという気があれば、もっとりっぱなものにすることができるにちがいありません。わたしがお見せするものは、ごく大ざっぱに紙の上に書きつけた、ほんの輪郭りんかくにすぎません。そしてそのあいだには、わたし自身の考えもまじっているのです。というわけは、月はかならず、まい晩きてくれたわけではありませんし、ときには一つ二つの雲が、わたしと月のあいだにはいりこんでくることもあったからです。

第一夜

「ゆうべ」これは、月が話したとおりの言葉です。「わたしは、インドの澄すみきった空気の中をすべって、ガンジス河にわたしの姿をうつしていました。わたしの光は、古いプラタナスの葉が、ちょうどカメの甲こうのように盛もりあがって、茂しげっている生垣いけがきの中に、さしこもうとしていました。

するとそのとき、茂みの中から、カモシカのように身軽で、イブのように美しい、ひとりのインド娘むすめが出てきました。このインド娘は、なにかしら空気のように軽かろやかでしたが、それでいて、ぴちぴちとした、ゆたかなからだつきをしていました。わたしは、この娘のきゃしゃな皮膚ひふをとおして、考えていることを読みとることができました。とげのあるつる草が、娘の履物はきものを引きさきましたが、そんなことにはかまわずに、娘はいそいで先へ進んでいきました。そのとき、野獣やじゅうがのどのかわきをうるおして、河から帰ってきましたが、娘を見るとびっくりして、そばをとびすぎていきました。むりもありません。この娘は、火のもえている明りを手に持っていたのです。娘はほのおが消えないように、そのまわりに手をかざしていましたから、わたしはかぼそい指の中の、いきいきとした赤い血を見ることができました。

娘は河に近よって、明りを流れの上におきました。すると、明りは流れにつれて、くだっていきました。ほのおは、いまにも消えそうにちらちらしました。それでも、もえつづけていきました。娘の黒い、きらきらかがやく眼めは、長い絹糸のふさのような、まつ毛の奥おくから、魂たましいのこもった眼つきをして、そのほのおのあとを、じっと見おくっていました。娘は、その明りが、自分の眼に見えるかぎりのあいだ、もえつづけていれば、愛する人はまだ生きている、けれども、もしも消えてしまえば、もうこの世にはいないのだということを、知っていたのです。見れば、明りは、もえながらふるえました。娘の心も、もえあがって、ふるえました。娘は膝ひざまずいて、祈いのりました。すぐそばの草の中に、ぬらぬらしたヘビがいました。けれども娘は、梵天王ぼんてんおうと自分の花婿はなむこのことしか考えていませんでした。

『あの人は生きている!』と、娘は喜びの声をあげました。すると、山々からこだまが返ってきました。

『あの人は生きている!』」

第二夜

「きのうのことですよ」と、月がわたしに話しました。「わたしは、家にかこまれている、小さな中庭をのぞいていました。見ると、めんどりが一羽いちわ、十一羽のひなどりたちといっしょに寝ねていました。ところが、そのまわりを、ひとりのきれいな女の子が、はねまわっているのです。めんどりはびっくりして、コッコッコと鳴きながら、羽をひろげて、小さなひなどりたちをかばいました。そこへ女の子の父親が出てきて、女の子をしかりつけました。わたしはそれきり、もうそのことは考えずに、先へすべっていきました。

ところが今夜、それもほんの二、三分前のことですが、わたしは、またおなじ中庭を見おろしていたのです。はじめのうちは、ひっそりとしていましたが、まもなく、あの小さな女の子が出てきて、そっと、とり小屋にしのびよりました。そして、かんぬきをはずして、めんどりとひなどりたちのいるところへ、しのびこみました。にわとりたちは大声でさけびながら、羽をばたばた打って、飛びまわりました。けれども、女の子は、そのあとを追いかけるのです。わたしは壁かべの穴からのぞいていたので、このありさまが、手に取るようにはっきりと見えました。わたしは、このいけない子に、すっかり腹をたててしまいました。ですから、父親が出てきて、きのうよりももっとひどくしかりつけて、女の子の腕うでをつかんだときには、ほんとにうれしくなりました。女の子は、頭をうしろへそらせました。すると、青い眼めに大粒おおつぶの涙なみだが光っていました。

『おまえは、ここで何をしているんだ?』と、父親がたずねました。すると、女の子は泣きだしました。

『あたしはね』と、女の子は言いました。『この中へはいって、めんどりにキスをしてやって、きのうのおわびをしようと思ってたの。だけど、おとうさんには、どうしても、そのことが言えなかったのよ!』

それを聞くと、父親は、このむじゃきな、かわいい子のひたいにキスをしてやりました。わたしも、その眼と口にキスをしてやりました」

第三夜

「ここのすぐ近くの、せまい小路こうじで――そこはとてもせまいので、わたしは家の壁かべにそって、ほんの一分間しか光をすべらせることができません。でもその一分間に、そこに動いている世間を知るのに十分なものを見るのですが――わたしは、ひとりの女を見ました。十六年前には、この女はまだ子供でした。そして、田舎いなかの、古い牧師の家の庭で遊んでいたのでした。バラの生垣いけがきは古くなって、もう花ざかりをすぎていましたが、道の外まで生おいしげって、長い枝えだをリンゴの木立こだちの中までのばしていました。まだあちこちに咲さきのこっている花もありましたが、花の女王にふさわしいほど美しくはありませんでした。それでも、色もありましたし、香かおりもありました。しかしわたしには、牧師の小さな娘むすめのほうが、ずっと美しいバラの花のように思われました。その娘は、のびにのびた生垣の下の、足台に腰こしかけて、厚紙でこしらえた人形の、へこんだ頬ほおにキスをしていました。

それから十年たって、わたしは、その娘をもう一度見ました。こんどは、はなやかな舞踏室ぶとうしつにいるのを見たのです。そのときは、ある金持の商人の、美しい花嫁はなよめになっていたのでした。わたしは娘の幸福をよろこんで、静かな夜ごとに、たずねてやりました。ああ、それにしても、だれひとりとして、わたしの明るい眼めと、わたしのたしかな眼差まなざしとを、考えてくれる者はありません! わたしのバラの花も、牧師の家の庭のバラの花とおなじように、ずんずん若枝をのばしていきました。

日常の生活にも、悲劇があります。今夜、わたしは、その最後の一幕ひとまくを見たのです。そのせまい小路で、その女は死の病やまいにとりつかれて、寝台しんだいの上に横になっていました。ところが、その女の主人は、ただひとりの保護者であるはずなのに、乱暴で、冷酷れいこくな悪人だったものですから、その女のふとんをひきはがして、こう言いました。

『起きろ! おまえの顔を見りゃ、だれだっていやんなっちまわあ! さあ、おめかしでもしろ! 金をかせぐんだ! さもなきゃ、表へおっぽりだすぞ! 早いとこ、起きた、起きた!』

『死神しにがみが、わたしの胸の中にいるんです!』と、その女は言いました。『ああ、どうか休ませてください!』

それでも、男は女をひきずり起して、顔におけしょうをし、髪かみにバラの花をさして、窓ぎわにすわらせました。それから、火のもえている明りを、すぐそばへおいて、出ていきました。わたしは、女をじっと見つめていました。女は身動きもしないで、すわっていました。と、手が膝ひざの上に落ちました。風のために窓がはねかえって、窓ガラスが一枚、ガシャンと割れました。けれども、女はじっとすわっていました。カーテンが女のまわりを、ほのおのようにはためきました。女は、もう死んでいたのです。あけはなたれた窓から、死んだ女が、人間のありかたをといていました。牧師の家の庭の、わたしのバラの花が!」

第四夜

「わたしは、今夜、ドイツ喜劇を見てきました」と、月が言いました。「それは、ある小さな町でのことでした。馬小屋が芝居しばい小屋になっていました。つまり、馬をつなぐ仕切りはそのまま残してあって、これをかざりたてて、見物の桟敷さじきにしてあったのです。そして木造のところは、どこもかしこも色とりどりの色紙で張りめぐらしてありました。ひくい天井てんじょうからは、小さな鉄のシャンデリアがさがっていました。そしてその上には、桶おけが一つさかさにはめこまれていて、まるで大きな劇場のように、プロンプターのベルが『リーン、リーン』と鳴りひびくのを合図に、その桶の中にシャンデリアが引き上げられるようになっていました。『リーン、リーン』小さな鉄のシャンデリアが、三、四十センチばかり跳はねあがりました。こうして、喜劇が始まることになったのです。

旅行中の、ある若い公爵こうしゃくが、奥方おくがたといっしょに、ちょうどこの町を通りかかって、きょうの芝居を見物にきていました。そのため、小屋は人でいっぱいでしたが、ただシャンデリアの下だけは小さな噴火口ふんかこうのようになっていました。そこには、ろうが『ポタリ、ポタリ』と落ちるので、だれもすわる人がなかったのです。わたしは、なにもかもながめました。というわけは、小屋の中がひどくむし暑かったので、壁かべの小窓という小窓を、あけはなしておかずにはいられなかったからです。そしてどの小窓の外からも、若い男や女が中をのぞきこんでいました。もっとも、中には警官がいて棒でおどしてはいましたが。

オーケストラのすぐそばに、若い公爵夫妻が、二つの古い肘掛ひじかけいすに腰こしかけているのが見えました。いつもなら、この席には町長夫妻がすわることになっていたのですが、今夜ばかりは、ほかの町の人たちとおなじように、木のベンチに腰かけなければなりませんでした。

『まあどうでしょう。タカがタカに追われたというものですわね!』と、奥さんたちが小声で話しあっていました。なにもかもが、このために、いっそうお祭らしくなっていました。シャンデリアがおどりあがりました。のぞいている連中は、指をぶたれました。そうしてわたしは――そうです、この月のわたしは、ぜんたいの喜劇をいっしょに見たのです」――

第五夜

「きのう」と、月が言いました。「わたしはそうぞうしいパリを見おろしていました。わたしの眼めは、ルーブル宮殿きゅうでんの中のあちこちの部屋の中へ入りこんでいきました。みすぼらしい身なりをした、ひとりの年とったお婆ばあさんが――このお婆さんは貧しい階級の人でした――身分のいやしい番人の後について、がらんとした大きな玉座ぎょくざの間にはいってきました。お婆さんはこの広間を見たかったのです。見ないではいられなかったのです。お婆さんがこの部屋までくるのには、なんどもなんども、ちょっとした贈おくり物ものをしたり、言葉をつくして頼たのみこんだりしたのでした。

お婆さんはやせこけた手を合せて、まるで教会の中にでもいるように、うやうやしくあたりを見まわしました。

『ここだったんだ!』と、お婆さんは言いました。『ここだ!』

こう言って、金の縁飾ふちかざりのついている、立派なビロードの垂れさがった玉座に近づいて行きました。

『そこだ、そこだ!』とお婆さんは言いました。そして膝ひざをついて、まっかなじゅうたんにキスをしました。――お婆さんは泣いていたと思います。

『これはそのビロードじゃなかったんだよ』と、番人は言いました。そう言う番人の口もとには、微笑びしょうがただよいました。

『でも、ここでしたよ!』と、お婆さんは言いました。『こんなふうだったんですもの!』

『こんなだったかもしれないが』と、番人は答えました。『そうじゃないね。窓はたたきこわされ、戸はひっぱがされて、床ゆかの上には血が流れていたのさ! ――だがね、あんたは、わたしの孫はフランス国の玉座の上で死んだと、言おうと思えば言えるんだよ!』

『死んだ!』とお婆さんはくりかえしました。――それからは、一言ひとことも話さなかったような気がします。ふたりは、まもなくその広間を出て行きました。夕暮ゆうぐれの薄明うすあかりが消え失うせました。そのためわたしの光は、二倍に明るくなって、フランス国の玉座のまわりの立派なビロードの上を照らしました。きみは、そのお婆さんはだれだったと思いますか?――

わたしはきみに一つの物語をしてあげましょう。それは七月革命のときのこと、あの世にも輝かがやかしい勝利の日の夕暮だったのです。一軒いっけん一軒の家が城砦じょうさいとなり、一つ一つの窓が堡塁ほうるいとなっていました。民衆はチュイルリー宮へ向って突進とっしんしました。女や子供たちまでも、戦う人々の中にまじっていました。人々は宮殿の部屋や広間の中に押おし入って行きました。ぼろを着た貧しい小さな男の子がひとり、年上の人たちのあいだで勇敢ゆうかんに戦っていました。しかしそのうちに、あちこちを銃剣じゅうけんでつかれて致命傷ちめいしょうを受け、とうとう床の上に倒たおれました。それは玉座の間での出来事でした。人々は血まみれの男の子をフランス国の玉座の上に横たえて、傷のまわりにビロードを巻きつけました。血潮は王のまっかなじゅうたんの上に流れました。そのありさまはまったく一つの絵でした! 華麗かれいな広間、戦っている人々の群れ!

引裂ひきさかれた旗は床の上に落ちていました。三色旗は銃剣の先にはためいていました。そして玉座の上には、青ざめて聖きよらかな顔をした貧しい男の子が、眼を天へ向けて横たわっていました。手足は死との戦いのために、もうぐったりとしていました。あらわな胸、みすぼらしい着物、そしてその上を半ばおおっている、銀のユリの花のついた、立派なビロードのひだ。この子がまだゆりかごの中にいたころ、そのそばで『この子はフランス国の玉座の上で死ぬだろう!』という予言がなされていたのです。母親の心は、新しいナポレオンを夢ゆめみていたのでした。

わたしの光は、その子のお墓の上の不滅花むぎわらぎくの花輪にキスをしたものです。そして今夜は、年とったお婆さんのひたいにキスをしました。そのときお婆さんは、きみが絵にすることのできる『フランス国の玉座の上の貧しい男の子』の絵を、夢にみていました」

第六夜

「わたしはウプサラにいました」と、月が言いました。「わたしは作物の育たない畑と、わずかしか草の生はえていない大きな平野を見おろしました。わたしはフュリス河に自分の姿を映しました。ちょうどそのとき、蒸気船にびっくりした魚が、葦あしのあいだに逃にげこみました。わたしの下の方を雲が走っていましたが、長い影かげをオーディンの墓、トールの墓、フレイヤの墓と人々が呼んでいる小高い丘おかの上に投げていきました。これらの丘の上をおおっている薄うすい芝生しばふの中には、人々の名前が切りこまれていました。ここには旅行者たちが自分の名前を刻きざみつけることのできるような記念石もなければ、どこかに自分の姿をえがかせることのできるような岩壁がんぺきもありません。ですから、ここを訪おとずれる人々は芝生を刈かりとらせました。はだの見える地面が、大きな文字や名前となって現われています。そしてそういう文字や名前が、大きな丘の上に張られた一つの網あみのようになっているのです。いわば一種の不滅ふめつです。もっとも、それをまた新しい芝生がおおっていくのですが。

そこに、ひとりの男が立っていました。歌い手でした。男はひろい銀の輪のついた蜜酒みつしゅのさかずきを飲みほして、一つの名前をつぶやきました。そして風に向って、その名前をだれにももらさないようにと頼たのみました。ところが、わたしは聞いてしまったのです。わたしはその名前を知っていました。その名前の上には、伯爵はくしゃくの冠かんむりがきらめいています。だからこの男は、その名前を大声で言わなかったのです。わたしはほほえみました。この男の上には、詩人の冠がきらめいているではありませんか! エレオノーラ・デステの高貴さはタッソーの名前と結びついています。それからまたわたしは知っています、どこに美のバラが咲さくかということを――!」

月がこう言ったとき、一片いっぺんの雲が通りすぎました。――詩人とバラのあいだには、どんな雲も割りこまないでいてもらいたいものです。

第七夜

「波打ちぎわにそって、カシワの木とブナの木の森がひろがっています。そこはいかにもすがすがしい森で、よい香かおりがただよっています。春になると、幾百いくひゃくともしれないナイチンゲールが訪おとずれてきます。この森のすぐ近くに海があります。永遠に姿を変えている海です。そしてこの森と海とのあいだを、広い国道が通っています。馬車がつぎからつぎへと走っています。けれどもわたしは、その後については行きません。わたしの眼めは、たいてい一つの点にとまるのです。そこには一つの大きな塚つかがあります。キイチゴの蔓つるとリンボクが、石の間からのびています。ここに、自然の中の詩があるのです。きみは、人々がこれをどんなふうに考えていると思いますか? そうだ、わたしがそこで、きのうの夕方から夜にかけて聞いたことだけを話してあげましょう。

最初に金持の農夫がふたり、馬車に乗ってやってきました。

『そこらにあるのは、たいした木じゃないか!』と、ひとりが言いました。

『一本あたり、十駄じゅうだのまきはとれるよ!』と、もうひとりが答えました。

『この冬もきびしい寒さになるぜ。去年は一坪つぼ十四ターレルで売ったっけな!』

こう言って、ふたりは通りすぎて行きました。

『ここは道が悪いなあ!』と、べつの馬車で来た人が言いました。

『そりゃあ、あのいまいましい木のためさ!』と、つれの者が答えました。

『なにしろここは、海のほうからしか風が吹ふいてこないんだからね!』

こう言いながら、このふたりも通りすぎて行きました。駅馬車も通りかかりました。こんなにすばらしい景色けしきのところへ来ても、みんな眠ねむっていました。御者ぎょしゃはラッパを吹きならしました。そして心の中では、『おれの吹き方はうまいもんだ。それによ、ここへ来ると、ほんとうにいい音がでる。だが、みんなはどう思っているかな?』と、こんなことばかりを考えていました。こうして、駅馬車も行ってしまいました。

こんどは、ふたりの若者が馬をとばせてやってきました。この血の中には青春とシャンパン酒があるな、とわたしは思いました。このふたりも、口もとに微笑びしょうをうかべながら、苔こけのむした丘おかと薄うす暗い茂しげみのほうをながめました。

『水車屋のクリスチーネといっしょに、ここを散歩したいなあ!』と、ひとりが言いました。

それから、ふたりは駆かけ去りました。あたりの花は、たいへん強くにおいました。そよ風は静かにまどろみました。海はまるで、深い谷の上にひろがっている空の一部になったかのようでした。

また一台の馬車が通りすぎました。中には六人の客が乗っていました。そのうち四人は眠っていました。五人目の男は、自分によく似合うはずの、新しい夏服のことを考えていました。六人目の男は、御者のほうへからだを乗りだして、あそこに積み重ねてある石には、なにか特別のことでもあるのかとたずねました。

『いいや』と、御者は言いました。『ただ、石が積み重ねてあるだけでさあ。だが、あっちの木のほうとなると、特別のことがありますて!』

『どうしてだい?』

『ええ、特別のことがありますとも! 旦那だんな、冬になって、雪が深くつもりますってえと、何もかも一面に平らになってしまいまさ。そんなとき、あっしの目印になるのが、あの木でしてね、あいつを頼たよりにして行くからこそ、海にもはまりこまねえですむってもんでさ。だからね、あいつは特別なんですよ!』――こう言って、走り去りました。

そこへ、ひとりの画家がやってきました。その眼はきらめきました。一言ひとことも物を言いませんでした。画家は口笛くちぶえを吹きました。ナイチンゲールが歌いはじめました。一羽いちわまた一羽と、だんだん高く。

『だまれ!』と、画家はどなって、すべての色と濃淡のうたんとを非常にくわしくかきとめました。『青、薄紫うすむらさき、濃褐色のうかっしょく!』これはすばらしい絵になるでしょう! 画家は、鏡がものの姿をうつすように、それをうつしとったのです。そしてそうしながら、ロッシーニの行進曲を口笛で吹いていました。

最後にやってきたのは貧しい女の子でした。女の子は塚のそばで休んで、荷物をおろしました。美しい青白い顔を森のほうへ向けて、そこからひびいてくる物音に耳をかたむけました。海のかなたの大空を見上げたとき、女の子の眼はきらきらと輝かがやきました。両手が合されました。『主の祈いのり』をとなえたように思われます。この子は自分でも、自分自身の中を流れている感情がわかりませんでした。しかし、わたしは知っています。長い年月がたつうちには、この瞬間しゅんかんとまわりの自然とが、画家がきまった絵具でえがきだしたよりもずっと美しく、さらにいっそう忠実に、この子の思い出のうちにときおり生きかえってくるだろうということを。わたしの光は、暁あかつきの光が女の子のひたいにキスをするまで、この子の後について行きました!」

第八夜

重い雲が空一面にたれこめて、月はまったく姿を現わしませんでした。わたしは二重のさびしい思いにかられながら、わたしの小部屋の中に立って、いつも月が輝かがやき出てくるあたりの空をながめていました。わたしの思いは広くかけめぐりました。そして、毎晩あんなに美しい話を聞かせてくれたり、すばらしい絵を見せてくれたりした、偉大いだいな友だちのことに思い及およびました。

そうです、いままでにこの月の体験しなかったことがあるでしょうか! ノアの大洪水だいこうずいのときにも、その水の上を帆走ほばしったのです。そして、ちょうどいまわたしにほほえみかけているのと同じように、箱船はこぶねの上にほほえみかけて、やがて花咲さき出ようとする新しい世界の慰なぐさめをもたらしたのです。イスラエルの人民が泣きぬれてバビロンの河辺かわべに立ったとき、あの月は竪琴たてごとのかかっているヤナギの木のあいだから、悲しげにそれをのぞいたこともあるのです。ロメオが露台ろだいの上によじのぼって、まことの愛の接吻せっぷんが天使の思いのように天へとのぼって行ったとき、まるい月は黒い糸杉いとすぎのあいだに半ばかくれて、澄すみきった空に浮うかんでいたこともあるのです。また、セント・ヘレナの島に幽閉ゆうへいされた英雄えいゆうが、荒寥こうりょうたる岩頭に立って、胸に雄志を抱いだきながら大海原おおうなばらをながめやっている姿を見たこともあるのです。

そうです、月にとって話せないようなことが何かあるでしょうか! この世界の生活は、月にとっては一つのおとぎばなしなのです。なつかしい友よ、今夜わたしはきみの姿を見ません。きみの訪問の記念に、どんな絵をもかくことができません。――こうしてわたしが、夢想むそうにふけりながら雲の中を見上げますと、そこが明るくなりました。それは一すじの月の光でした。けれども、その光はすぐまた消えてしまいました。黒い雲がすべって行ったのです。しかし、それこそ挨拶あいさつでした。月がわたしに送ってくれた、やさしい晩の挨拶だったのです。

第九夜

空気はまた澄すみわたりました。幾晩いくばんか、たっていました。月は上弦じょうげんになっていました。わたしはふたたびスケッチをしようという考えを起しました。――月の話してくれたことをお聞きください。

「わたしはグリーンランドの東海岸まで、北極鳥と、泳いでいるクジラの後を追って行きました。氷と雲とにおおわれた裸はだかの岩山が谷をとりまいていました。ヤナギとコケモモが咲さきそろい、よい香かおりのするセンオウは甘あまい匂においをひろげていました。わたしの光は弱く、わたしのまるい顔も、茎くきからもぎとられて何週間も水の上をただよっているスイレンの葉のように、青ざめていました。北極光の冠かんむりが、もえさかっていました。その光の輪は広くて、光の線は渦うず巻く火柱のように大空ぜんたいにひろがって、緑と紅くれないとにきらめいていました。

この地方に住んでいる人たちが踊おどりと娯楽ごらくのために集まっていましたが、この美しさを見ても、ふだん見なれているために、だれひとり驚おどろく者はありませんでした。この人たちは、『死人の魂たましいは、海象せいうちの頭といっしょに踊らせておけばいい』という、この人たちなりの信仰しんこうに従って考えていたのです。心も、眼めも、歌と踊りにばかり向けられていました。輪になったまん中に、手太鼓てだいこを持ったひとりのグリーンランド人が毛皮も着ないで立っていて、海豹捕あざらしとりの歌の音頭おんどをとっていました。すると合唱隊は『エイア、エイア、ア!』とそれに応じました。そうして、白い毛皮を着て、まるい輪をつくって跳はねまわりました。そのありさまは、まるで北極熊ぐまの舞踏会ぶとうかいのようでした。眼と頭が、思いきりはげしく動いていました。

そのうちに、裁判と判決が始まりました。仲違なかたがいをしている人たちが前に歩みでて、まず恥はずかしめを受けた者が相手の悪いことを即興そっきょうの歌にして、大胆だいたんにあざけって言いたてました。こうしたことはみんな、太鼓に合せて踊っている最中さいちゅうに行われるのです。訴うったえられたほうの者も、同じようにずる賢がしこくそれに答えます。すると、集まっている人たちが笑いさざめきながら、ふたりのあいだに判決をくだすのでした。岩山はとどろき、氷塊ひょうかいがくずれ落ちました。落下する大きな塊かたまりが、途中とちゅうでこなごなにくだけ散りました。それはグリーンランドらしい、美しい夏の夜でした。

そこから百歩ばかり離はなれたところに、入口のひらいた、皮のテントがあって、その中にひとりの病人がねていました。その暖かい血の中にはまだ生命が流れていました。でも、もうこの男は死ななければなりませんでした。自分でもそう思っていましたし、まわりの者もみんなそう思っていたのです。ですから、その男の妻は、後になって死人のからだにさわらないでもいいように、夫のからだのまわりに皮の衣ころもをしっかりと縫ぬいつけて、たずねました。

『あんたは、あの岩の上の固い雪の中に埋うめてもらいたいの? それならわたしは、そこをあんたのカヤックとあんたの矢で飾かざってあげるよ。アンゲコックがその上を踊ってくれるだろうよ。それとも、海の中へ沈しずめてもらいたい?』

『海の中へ』と、男はささやいて、悲しげな微笑びしょうを浮うかべながら、うなずきました。

『あそこは気持のいい夏のテントだからね』と、妻は言いました。『あそこなら海豹あざらしも何千となく跳とびはねているし、足もとには海象せいうちがねむっているんだもの。漁はたしかで、おもしろいにちがいないわ!』

それから、子供たちは泣き悲しみながら、窓に張ってあった皮を引きちぎりました。こうして瀕死ひんしの病人を海へ、大波のうねっている海へ、連れだそうというのです。その海こそは、生きているあいだはこの男に食べ物を与あたえ、いまは、死んでから後の安息を与えるのです。墓標となるのは、夜となく昼となくたえず変化しながら、ただよっている氷山です。その氷塊の上では海豹がまどろみ、海つばめはその上を飛びこえて行くのです」

第十夜

「わたしはひとりの老嬢オールドミスを知っていました」と、月が言いました。「この人は冬になると、いつも黄色いしゅすの外套がいとうを着ていましたが、それはきまって新しいものでした。それがこの人にとっての、ただ一つの流行だったのです。夏には、いつも同じ麦わら帽子ぼうしをかぶっていました。そして、同じ青灰色せいかいしょくの着物をきていたような気がします。

この人は通りをへだてた向いにいる、ひとりの年とった女友だちのところへ出かけて行くだけでした。けれども、その友だちも死んでしまいましたので、去年はそれさえもしませんでした。わたしの老嬢はいつもひとりぽっちで、窓の中がわで立ち働いていました。そこには夏じゅう美しい花が咲さき、冬には毛織帽子の上にきれいなタガラシがさしてありました。ところが先月は、この人はもう窓ぎわにすわっていませんでした。でも、まだ生きてはいたのです。わたしには、それがよくわかっているのです。というのは、この人があの女友だちとよく話していた大旅行に出かけるのを、わたしはまだ見ていなかったからです。

『そうよ』と、そのとき、この人は言っていました。『わたしはいつか死んだら、一生のうちにしたよりももっと大きな旅行をするのよ。ここから六マイル離はなれたところに、わたしの家の墓地があるわ。そこへわたしは運ばれていって、親類の人たちといっしょに眠ねむるのよ』

ゆうべ、その家の前に一台の車がとまりました。人々は一つの棺ひつぎを運びだしました。それでわたしは、あの人が死んだことを知りました。人々は棺のまわりにわらをかけました。それから、車は動きだしました。そこには、去年一度も家から出たことのない老嬢が、静かに眠っていました。

車はまるで楽しい旅にでも出かけるように、すばらしい勢いで町から出て行きました。国道に出ると、いっそう早くなりました。御者ぎょしゃは二、三度そっとうしろを振ふり向きました。もしかしたらあの人が、黄色いしゅすの外套を着て、棺の上にすわっていはしないかと、心配しているようでした。そのため御者はめちゃめちゃに馬に鞭むちをあてたり、手綱たづなをぐっと引きしぼったりしました。それで、馬はふうふう泡あわをふきだしていました。馬は若くて元気でした。ウサギが一ぴき、道を横ぎりました。馬はまっしぐらに走って行きました。もの静かな老嬢は、生きているときは、年がら年じゅう家の中の同じ場所だけをゆっくりと動きまわっていましたのに、死んだいまとなって、このひろびろとした国道を真一文字に走って行くのでした。

わらのむしろで包んであった棺が跳はね上がって、道の上に落っこちました。ところが、馬と御者と車とは、そんなことにはかまわずに、荒あれ狂くるったように駆かけ去ってしまいました。ヒバリが歌いながら野から舞まいあがって、棺の上のほうで朝の歌をさえずりました。それから、棺の上にとまって、くちばしでむしろをつつきました。そのようすは、まるでさなぎを裂さきやぶろうとでもしているようでした。それからヒバリは、ふたたび歌いながら、大空に舞い上がりました。そしてわたしは赤い朝雲のうしろに引きさがったのです」

第十一夜

「婚礼こんれいの祝宴しゅくえんがありました」と、月が話しました。「歌がうたわれ、健康を祝ってさかずきがあげられました。すべてが豊かで、はなやかでした。お客たちも帰っていきました。もう真夜中をすぎていました。母親たちは花婿はなむこと花嫁はなよめにキスをしました。わたしは、花婿花嫁がふたりだけになったのを見ました。けれども、カーテンがほとんどすっかり引かれていて、ランプがこの楽しい部屋を照らしていました。

『みんな帰ってくれてありがたい!』と、花婿は言って、花嫁の両手と唇くちびるにキスをしました。花嫁はほほえみ、そして泣きました。蓮はすの花が流れる水の上に休らうように、ふるえながら花婿の胸に頭をもたせて、そしてふたりはやさしい幸福な言葉をささやきあいました。『ぐっすりおやすみ』と、花婿は言いました。花嫁はカーテンをわきへ引きよせました。

『まあ、なんてきれいなお月さまなんでしょう!』と、花嫁が言いました。『ごらんなさいな、あんなに静かで、あんなに明るいわ!』それからランプを消しました。楽しい部屋の中はまっくらになりました。しかしわたしの光は、花婿の眼めが輝かがやいていたように、輝いていました。――女性よ、詩人が生命の神秘をうたうときには、その竪琴たてごとにキスをなさい!」

第十二夜

「わたしはポンペーの一つの光景をきみに話してあげましょう」と、月が言いました。「わたしは『墓場通り』といわれている郊外こうがいにいました。そこには美しい記念碑きねんひがいくつか立っています。そのむかし狂喜きょうきした若者たちが、ひたいにバラの花を巻いて、美しいライスの姉妹しまいたちと踊おどったところです。いま、そこは死んだように静まりかえっていました。ナポリに勤務しているドイツ兵が警備にあたっていて、トランプやさいころ遊びをやっていました。

外国人の一団が警備兵につきそわれて、山の向うから町の中へはいってきました。この人たちは、わたしの照り輝かがやく光の中で、墓の中からよみがえった都市を見ようと思ったのです。そこでわたしは、広い熔岩ようがんをしきつめた街路にのこっている車輪の跡あとを見せてやりました。それからまた、戸口に書いてある名前や、昔むかしのままにかかっている看板を見せてやったりしました。その人たちは、小さい中庭では貝がらで飾かざられた噴水ふんすい受けの水盤すいばんを見ました。しかし、いまは水も噴ふき上がってはいませんでした。また金属製の犬が戸口の番をしている色あざやかな部屋々々からも、歌声一つひびいてはきませんでした。

それは死の都でした。ただベスビオの山だけは、あいもかわらず永遠の讃歌さんかをとどろかしていました。その一つ一つの詩句を、人間は新しい爆発ばくはつと呼んでいるのです。わたしたちはビーナスの神殿しんでんに行きました。それはきらきら光るまっ白な大理石でできていました。広い階段の前に高い祭壇さいだんがあって、円柱のあいだに生はえているしだれヤナギはいきいきとしていました。空気はすきとおって碧色あおいろをしていました。背景にはベスビオの山が黒々とそびえていて、そこから噴きでる火は笠松かさまつの幹のように立ちのぼっていました。煙けむりの雲が夜の静けさの中に照らしだされて、笠松のこずえのように、血のように赤くひろがっていました。

この一団の中にひとりの歌姫うたひめがいました。この歌姫はほんとうにすぐれた声楽家で、わたしはヨーロッパの大都会でこの人がほめそやされているのを見たことがあります。人々が悲劇の劇場に近づいたとき、みんなは円形劇場の石の段の上にすわりました。こうして数千年前と同じように、ふたたびこの劇場のわずかな場所が人々に占しめられたのです。舞台ぶたいはまだ昔のままになっていました。壁かべを塗ぬった側面と、背景に二つのアーチがあって、そこから以前の時代と同じ装飾そうしょくが見えました。つまりそれは自然そのもののことで、ソレントとアマルフィのあいだの山々です。

歌姫はたわむれに古代の舞台に上がって歌いました。この場所が霊感れいかんを与あたえたのです。わたしは思わずも、鼻息あらく、たてがみをなびかせつつ走り去るアラビアの野馬を思いださずにはいられませんでした。歌姫の歌には、ちょうどそれと同じ軽かろやかさと確かさとがありました。またわたしは、ゴルゴタの丘おかの十字架じゅうじかの下で苦しみ悩なやむ母親のことを思わずにはいられませんでした。ちょうどそれと同じ心にしみ入る、深い苦痛が現われていました。そしてあたりには、数千年の昔と同じように、ふたたび拍手はくしゅと歓呼かんこの声がひびきわたりました。

『しあわせな人! すばらしい才能にめぐまれた人!』と、みんなは歓声をあげました。

三分後には舞台は空からになりました。すべてが去りました。もう物音一つ聞えなくなりました。あの一団は歩み去ったのです。しかし、廃墟はいきょはあいもかわらず立っていました。これからもなお数百年のあいだ、このままに立ちつづけることでしょう。そしてこの瞬間しゅんかんの喝采かっさいのことも、美しい歌姫のことも、その歌声やほほえみのことも、だれひとり知る者もなく、忘れられ、過ぎ去ってしまうのです。わたし自身にとっても、この一時いっときはすでに消え去った思い出なのです」

第十三夜

「わたしはある編集者の窓をのぞきこみました」と、月が言いました。「そこはドイツのどこかでした。その部屋には、りっぱな家具と、たくさんの書物と、乱雑に積みかさねた新聞がありました。若い男が幾人いくにんもいました。編集長自身は大きな机のそばに立っていました。二冊の小さい本が、いずれも若い作家の書いたものですが、それが批評されることになっていました。

『この一冊はぼくに送ってよこしたものなんだが』と、編集長は言いました。『ぼくはまだ読んでいない。だが、きれいな装幀そうていだね。内容はきみたちどう思う?』

『ええ』と、ひとりが言いました。この人自身詩人でした。『とてもいいですよ。すこし長たらしくてだらだらしていますが、まあなんといっても若い人ですからね。詩句にしたって、もうすこし直すこともできるでしょう。思想はたいへん穏健おんけんです。むろん、ごくありふれた考え方ですけども。しかし、どう言うべきでしょう? 何か新しいものを見つけようったって、いつも見つかるわけじゃないんですから、ほめてやっていいと思います。といったところで、この男が詩人としてりっぱなものになろうなどとは、ぼくもけっして思ってはいません。ともかく知識もあり、すぐれた東洋学者でもあり、またたいへん穏健な批評をする人なんです。ぼくの“家庭生活についての随想録ずいそうろく”にりっぱな批評を書いたのは、この男なんですよ。若い人に対しては寛大かんだいでいてやりたいものです』

『いや、あれはまったくの愚物ぐぶつですよ』と、この部屋にいたもうひとりの紳士しんしが言いました。『詩では凡庸ぼんようということぐらい悪いことはありませんよ。それにあの男ときたら、一歩も凡庸以上に出ていないんですからね』

『かわいそうなやつ!』と、第三の男が言いました。『しかもこの男の叔母おばさんは、この男のことを喜びとしているんです。その叔母さんていうのは、編集長さん、あなたのこのあいだの翻訳ほんやくにあんなに大勢の予約者を集めてくれた人なんですよ――』

『ああ、あの親切な婦人ね! うん、ぼくはこの本をごく簡単に批評することにしたよ。疑う余地なき才能! 歓迎かんげいすべき天賦てんぷの素質! 詩の園そのに咲さいた一輪の花! 装幀もいい、などとね。ところで、もう一つの本はどうだろう! あの著者は、ぼくにも買わせようという腹らしい。――評判がいいよ。あの男は天才をもっているんだね。きみたち、そう思わないかね?』

『ええ、みんなはそう言いたててますね』と、さっきの詩人が言いました。『だけど、すこし粗雑そざつですよ。コンマの打ち方なんか、あまりにも天才的すぎますね』

『あの男はこきおろしてやって、ちっとは腹をたてさせたほうがためになりますよ。さもなきゃ、のぼせあがってしまいますからね』

『しかし、それは不当です』と、第四の男が大声に言いました。『そんな小さい欠点ばかりをかぞえたてないで、いいものを喜びましょうよ。しかもここには、それがたくさんあるんです。まったく、あの男は衆をぬきんでていますよ』

『とんでもない! もしあの男がほんとうの天才だとすれば、そのくらいの鋭するどい非難にだって耐たえることができるさ。あの男を個人的にほめる者はいくらでもある。われわれはあの男を慢心まんしんさせないようにしようじゃないか!』

『疑う余地なき才能!』と、編集長は書きました。『だれにもありがちの不注意。この著者もまた不幸な詩句を書くことは、二十五ページに見いだされる。そこには二つの母音重複ぼいんちょうふくがある。古人についてさらに研究されんことを切望する、云々うんぬん』

わたしはそこを立ち去りました」と、月は言いました。「それから、その叔母さんの家の窓をのぞいてみました。そこには評判のいいおとなしい詩人が、招待されたすべての客から賞讃しょうさんされてすわっていました。この人は幸しあわせでした。

わたしはもうひとりの詩人を、粗雑な詩人をさがしました。この人もまた、ひとりの後援者こうえんしゃのところに集まった大勢の人々の中にいました。そこでは、もうひとりの詩人の本が話題にのぼっていました。

『わたしはあなたの本も読みましょう』と、後援者が言いました。『しかし正直しょうじきに言うと、あなたも知っての通り、わたしは自分の思っていることをなんでも言ってしまう人間ですが、こんどの本に対してはそんなに期待していませんよ。あなたはあまりに粗雑すぎる! 空想的すぎる――といっても、あなたが人間としてきわめて尊敬すべき人であることは、わたしも認めています』

ひとりの若い娘むすめが片隅かたすみにすわって、本を読んでいました。

――天才のほまれはどろにまみるれど、

凡庸のわざは空高くかかげらる!――

『こは古き語り草なれど、

なおつねに新たなり!』」

第十四夜

月が話しました。「森の道にそって、二軒にけんの農家があります。戸口は低く、窓は上と下とについています。あたりにはサンザシやヘビノボラズが生えています。屋根は苔こけでおおわれていて、黄色い花やイワレンゲが咲さいています。小さい庭にはキャベツとばれいしょがあるだけですが、生垣いけがきにはニワトコが花をいっぱいに咲かせています。

その下に、ひとりの小さい女の子がすわっていました。その子は鳶色とびいろの眼めで、二軒の家のあいだに立っている古いカシワの木をじっと見つめていました。この木は枯かれた高い幹を持っているのですが、その上の方は鋸のこぎりでひき切られていました。そこにコウノトリが巣すをつくっていました。ちょうどいまコウノトリがその上に立って、くちばしをガチャガチャやっていました。

ひとりの小さい男の子が出てきて、女の子のそばに並ならびました。このふたりは兄妹きょうだいだったのです。

『何を見てるんだい?』と、男の子はききました。

『コウノトリを見てるのよ』と、女の子が言いました。『おとなりのおばさんがね、コウノトリが今夜あたしたちに小さい弟か妹を連れてきてくれるって言ったの。だからあたし、コウノトリが来るのを見ようと思って、気をつけてるのよ』

『コウノトリなんて、なんにも持ってきやしないさ』と、男の子が言いました。『いいかい、おとなりのおばさんは、ぼくにもおんなじことを言ったけど、そう言ったとき笑ってたんだ。それでぼく、おばさんに、きっとですかって、きいたのさ。――だけどおばさんは返事ができなかったんだぜ。だからぼくには、ちゃんとわかっちゃったんだ。コウノトリの話なんて、ぼくたち子供にほんとうらしく思わせるだけのことさ!』

『だけど、そんなら赤ちゃんはどこから来るの?』と、女の子はたずねました。

『神さまが連れてきてくださるのさ』と、男の子は言いました。『神さまは外套がいとうの下に入れて連れていらっしゃるんだよ。だけども、人間は神さまの姿を見ることができない。だから、神さまが赤あかん坊ぼうを連れていらっしゃるのも、ぼくたちには見えないのさ』

その瞬間しゅんかん、ニワトコの木の枝えだの中でザワザワという音がしました。子供たちは両手を合せて、互たがいに顔を見合せました。たしかに神さまが子供を連れてきたのです。――ふたりは手を取り合いました。家の戸があきました。それはおとなりのおばさんでした。

『さあ、はいってらっしゃい』と、おばさんは言いました。『コウノトリが何を持ってきてくれたかごらんなさい。ちっちゃな弟さんよ!』すると、子供たちはうなずきました。ふたりとも、その弟が来たことを、もうちゃんと知っていたのです」

第十五夜

「わたしはリューネブルクの荒野こうやの上をすべって行きました」と月が言いました。「道ばたに小屋が一軒いっけん、ぽつんと立っていました。葉の散り落ちた藪やぶが二つ三つ、そのすぐそばにありました。そこでは、どこからか迷いこんできたナイチンゲールが歌をうたっていました。けれども、ナイチンゲールは夜の寒さのために死ななければなりません。わたしが聞いたのは、そのナイチンゲールのこの世での最後の歌だったのです。

暁あかつきの光が輝かがやきました。旅人の一隊がやってきました。それは外国へ移住して行く農夫の一家でした。船でアメリカへ渡わたろうとして、ブレーメンかハンブルクへ行くところだったのです。この人たちはアメリカへ行けば、幸運が、夢ゆめみている幸運が、花を開くものと思っていたのでした。女たちは小さい子供を背中に背負っていました。いくらか大きい子供たちはそのそばを跳とびはねていました。やせこけた一頭の馬が、わずかばかりの家具をのせた車を引いていました。

つめたい風が吹ふいてきました。それで小さい女の子は、母親のそばにぐっとからだをすり寄せました。母親は、かけはじめたわたしのまるい月の輪を見上げながら、故郷でなめてきたひどい苦労のことを思いうかべたり、払はらうことのできなかった重い税金のことを考えたりしていました。それは、この一行のだれもが考えていることでした。だから赤々と輝く暁の光は、ふたたび訪おとずれてくるであろう幸運の太陽の福音ふくいんのように思われたのです。いまにも死にそうなナイチンゲールの歌声を聞いても、それは悪い予言者ではなく、幸運の告知者のように聞えたのです。風がヒューヒューと鳴っていました。ですから人々には、ナイチンゲールのうたう歌がわかりませんでした。

『安らかに海を渡れ! 長い船路ふなじのために、おまえは持てるすべてのものを支払った。貧しくよるべなく、おまえはおまえのカナーンの地を踏ふむだろう。おまえはみずからを売り、妻を売り、子供を売らねばならない。だが、長く苦しむことはない! 香かおり高い広い葉かげに、死の女神めがみがすわっている。その歓迎かんげいのキスは、おまえの血の中に死の熱病を吹きこむのだ。ゆけよ、ゆけ、盛もりあがる大波を越こえて!』

旅人の一行は、喜んでナイチンゲールの歌に聞きいりました。というのは、その歌がやがて来る幸福をうたっているように思われたからです。薄雲うすぐものあいだから日が輝いてきました。農夫たちは荒野を横切って教会へ行きました。黒い着物を着て、頭を厚い白い麻布あさぬのでつつんだ女たちの姿は、教会の中の古い絵からおりたってきたのではないかと思われました。このあたりを取り巻いているものは、ひろびろとした荒寥こうりょうたる環境かんきょうばかりでした。乾ひからびた褐色かっしょくのヒースと、うす黒く焦こげた芝草しばくさが、白い砂洲さすのあいだに見えるだけでした。女たちは讃美歌さんびかの本を持って、教会のほうへ行きました。ああ、祈いのれよ! 盛りあがる大波のかなたの墓場へさすらい行く人々のために祈れよ!」

第十六夜

「わたしはひとりのプルチネッラを知っています」と、月が言いました。「見物人はこの男の姿を見ると、大声にはやしたてます。この男の動作は一つ一つがこっけいで、小屋じゅうをわあわあと笑わせるのです。けれどもそれは、わざと笑わせようとしているわけではなく、この男の生れつきによるのです。この男は、ほかの男の子たちといっしょに駆かけまわっていた小さいころから、もうプルチネッラでした。自然がこの男をそういうふうにつくっていたのです。つまり、背中に一つと胸に一つ、こぶをしょわされていたのです。ところが内面的なもの、精神的なものとなると、じつに豊かな天分を与あたえられていました。だれひとり、この男のように深い感情と精神のしなやかな弾力性だんりょくせいを持っている者はありませんでした。

劇場がこの男の理想の世界でした。もしもすらりとした美しい姿をしていたなら、この男はどのような舞台ぶたいに立っても一流の悲劇役者になっていたことでしょう。英雄的えいゆうてきなもの、偉大いだいなものが、この男の魂たましいにはみちみちていたのでした。でもそれにもかかわらず、プルチネッラにならなければならなかったのです。苦痛や憂鬱ゆううつさえもがこの男の深刻な顔にこっけいな生真面目きまじめさを加えて、お気に入りの役者に手をたたく大勢の見物人の笑いをひき起すのです。

美しいコロンビーナはこの男に対してやさしく親切でした。でもアルレッキーノと結婚けっこんしたいと思っていました。もしもこの『美女と野獣やじゅう』とが結婚したとすれば、じっさい、あまりにもこっけいなことになったでしょう。プルチネッラがすっかり不機嫌ふきげんになっているときでも、コロンビーナだけはこの男をほほえませることのできる、いや大笑いをさせることのできるただひとりの人でした。最初のうちはコロンビーナもこの男といっしょに憂鬱になっていましたが、やがていくらか落ちつき、最後には冗談じょうだんばかりを言いました。

『あたし、あんたに何が欠けているか知ってるわ』と、コロンビーナは言いました。『それは恋愛れんあいなのよ』

それを聞くと、プルチネッラは笑いださずにはいられませんでした。

『ぼくと恋愛だって!』と、この男は叫さけびました。『そいつはさぞかし愉快ゆかいだろうな! 見物人は夢中むちゅうになって騒さわぎたてるだろうよ!』

『そうよ、恋愛よ!』と、コロンビーナはつづけて言いました。そしてふざけた情熱をこめて、つけ加えました。『あんたが恋こいしているのは、このあたしよ!』

そうです、恋愛と関係のないことがわかっているときには、こんなことが言えるものなのです。すると、プルチネッラは笑いころげて飛び上がりました。こうして憂鬱もふっとんでしまいました。けれども、コロンビーナは真実のことを言ったのです。プルチネッラはコロンビーナを愛していました。しかも、芸術における崇高すうこうなもの、偉大なものを愛するのと同じように、コロンビーナを高く愛していたのです。コロンビーナの婚礼の日には、プルチネッラはいちばん楽しそうな人物でした。しかし夜になると、プルチネッラは泣きました。もしも見物人がそのゆがんだ顔を見たならば、手をたたいて喜んだことでしょう。

ついこのあいだ、コロンビーナが死にました。葬式そうしきの日には、アルレッキーノは舞台に出なくてもいいことになりました。この男は悲しみに打ち沈しずんだ男やもめなんですから。そこで監督かんとくは、美しいコロンビーナと陽気なアルレッキーノが出なくても見物人を失望させないように、何かほんとうに愉快なものを上演しなければなりませんでした。そのため、プルチネッラはいつもの二倍もおかしく振舞ふるまわなければならなかったのです。プルチネッラは心に絶望を感じながらも、踊おどったり跳はねたりしました。そして拍手喝采はくしゅかっさいを受けました。

『すばらしいぞブラボー! じつにすばらしいブラビッシモ!』

プルチネッラはふたたび呼び出されました。ああ、プルチネッラは、ほんとうに測りしれない価値のある男でした!

ゆうべ芝居しばいが終ってから、この小さな化物ばけものはただひとり町を出て、さびしい墓地のほうへさまよって行きました。コロンビーナの墓の上の花輪は、もうすっかりしおれていました。プルチネッラはそこに腰こしをおろしました。そのありさまは絵になるものでした。手はあごの下にあて、眼めはわたしのほうに向けていました。まるで一つの記念像のようでした。墓の上のプルチネッラ、それはまことに珍めずらしいこっけいなものです。もしも見物人がこのお気に入りの役者を見たならば、きっとさわぎたてたことでしょう。

『すばらしいぞブラボープルチネッラ、すばらしいぞブラボー、じつにすばらしいブラビッシモ!』」

第十七夜

月が話してくれたことを聞いてください。「わたしは幼年学校の生徒が士官になって、はじめてりっぱな制服を着たのを見たことがあります。舞踏会ぶとうかいの衣裳いしょうをつけた若い娘むすめや、宴会服えんかいふくを着て楽しそうにしている公爵こうしゃくの若い花嫁はなよめを見たこともあります。けれどもどんな喜びも、わたしが今夜見たひとりの子供、四つになる小さい女の子の喜びには、とうていくらべることができません。

その子は新しい青色の着物と新しいバラ色の帽子ぼうしをもらって、いまそのすばらしい晴れ着を着たところでした。みんなが明りを求めて呼んでいました。窓からさしこむ月の光だけでは十分ではないので、もっと明るい光で照らさなければならなかったのです。そこには小さい女の子が人形のように、腕うでを心配そうに着物からはなし、指を一本一本ひろく開いて、かたくなって立っていました。ああ、その眼めと顔ぜんたいとが、どんなに喜びに輝かがやいていたことでしょう!

『あしたは、その着物をきて、おもてへ行ってもいいのよ』と、母親が言いました。女の子は帽子を見上げたり、着物を見おろしたりしながら、嬉うれしそうにほほえみました。

『お母さん!』と、女の子は言いました。『あたしがこんなすてきな着物を着ているのを見たら、犬たちなんて思うかしら!』」

第十八夜

「わたしは」と、月が言いました。「きみにポンペーのことを話してあげたことがありますが、あれはいきいきとした都市がたくさん並ならんでいる中で、さらしものにされている都市の死骸しがいです。けれどもわたしは、それよりももっと珍めずらしい、もう一つの都市を知っています。それは都市の死骸ではなくて、都市の幽霊ゆうれいです。

噴水ふんすいが大理石の水盤すいばんの中でぴちゃぴちゃ音をたてているところではどこでも、わたしはその水に浮うかんでいる都市のおとぎばなしを聞いているような気がします。たしかに、噴水の水はそれを物語っているにちがいありません。打寄せる岸辺きしべの波はそれを歌っているにちがいありません。海のおもてには、しばしば霧きりがたちこめます。それは寡婦かふのベールです。海の花婿はなむこは死にました。その城とその都市とは、いまや御陵みささぎとなっているのです。

きみはこの都市を知っていますか? その通りには車のころがる音も、馬のひづめの音も聞えたことがありません。そこには魚が泳いでいて、黒いゴンドラが幽霊のように緑の水の上を走って行きます。わたしは」と、月はなおも語りつづけました。「きみにその都市の中でいちばん大きな広場を見せてあげましょう。そうすれば、きみはまるでお伽とぎの都市に来たのかと思うでしょう。広い敷石しきいしのあいだには草が生はえています。夜が明けはじめると、人なれた鳩はとが何千ともなく、離はなれて立っている高い塔とうのまわりを飛びまわります。

きみは三方からアーケードに取りかこまれています。そこには長いキセルをもったトルコ人がじっとすわっています。美しいギリシャの少年が円柱によりかかって、昔むかしの威力いりょくを物語る戦勝記念標の高い旗竿はたざおを見上げています。旗は喪章もしょうのように垂れさがっています。ひとりの娘むすめがそこで休んでいます。水のはいった重い桶おけを下に置いていました。桶をかついできた棒は肩かたの上にのせたまま、戦勝柱に身をもたせています。

いまきみの眼めの前に見えるのは妖精ようせいの城ではなくて、教会です。金めっきをした円屋根まるやねとそのまわりの金の球が、わたしの光を受けて、きらきらと輝かがやいています。その上のほうにあるりっぱな青銅の馬は、おとぎばなしの中の青銅の馬のように、旅をしてきました。はじめここへやってきて、それから行ってしまい、そうしてまた戻もどってきたのです。きみには壁かべや窓の色とりどりの美しさが見えますか? まるで天才が子供の言うなりになって、この珍しい寺院の装飾そうしょくをしたのではないかと思われます。

きみにはあの円柱の上の翼つばさのある獅子ししが見えますか? 金はいまもかわらず光っていますが、翼はしばられています。獅子は死んでいるのです。なぜならば、海の王が死んでいるからです。大きな会堂の中はからっぽです。むかし高価な絵がかかっていたところも、いまでは裸はだかの壁がむきだしになっています。浮浪者ふろうしゃがアーチの下で眠ねむっています。かつては、この廊下ろうかには身分の高い貴族しか足を踏ふみ入れることができなかったものです。

深い井戸いどからか、それとも溜息ためいきの橋のそばの牢獄ろうごくからか、一つの溜息が聞えてきます。そのむかしには、色あざやかなゴンドラの上でタンバリンの音がひびき、婚約こんやくの指輪が輝かしい総督そうとくの船ブーチントロから海の女王アドリアへ投げこまれたのです。アドリアよ、おまえの身を霧の中につつみなさい! 寡婦のベールをもって、おまえの胸をおおいなさい! そしてそれを、おまえの花婿の御陵の上に、幽霊のような大理石の都ベネチアの上にかけなさい!」

第十九夜

「わたしはある大きな劇場を見おろしました」と、月が言いました。「その劇場は見物人でいっぱいでした。というのは、新しい俳優はいゆうが初舞台はつぶたいをふむことになっていたからです。わたしの光は壁かべにある小さな窓の上をすべって行きました。すると、化粧けしょうをした一つの顔がひたいを窓ガラスに押おしつけていました。それがその晩の主人公だったのです。騎士きしらしいひげが、あごのまわりにちぢれていましたが、その男の眼めには涙なみだがたまっていました。それもそのはず、人々から口笛くちぶえでののしられて、舞台を引き下がってきたばかりだったのです。もっとも、ののしられても仕方がありません。あわれな男です! 才能のない者は芸術の世界では辛抱しんぼうされるわけにはいかないのです。

この男は物事を深く感じもしましたし、感激かんげきをもって芸術を愛しもしました。けれども、芸術のほうではこの男を愛してくれませんでした。――舞台監督かんとくの鳴らすベルが鳴りひびきました。――大胆だいたんに勇気凜然りんぜんと主人公登場、と役割書には書いてありました――この男は、いま自分をあざけり笑った見物人の前に出なければなりませんでした。――

この芝居しばいが終ったとき、わたしはひとりの男がマントにくるまって、階段をこっそり降りて行くのを見ました。それはほかならぬ、さんざんにやっつけられたその晩の騎士でした。道具方の男たちは、ひそひそ話しあっていました。わたしはこの罪人つみびとのあとについて、この男の家の部屋までのぼって行きました。

首をつるのは見ぐるしい死に方だ。そうかといって、毒薬はいつも手もとにありはしない。わたしはこの男がその両方のことを考えていたのを知っています。わたしはこの男が青白い顔を鏡にうつしてみて、それから眼を半ば閉じるのを見ました。こうして、死体となってからもきれいに見えるかどうかをためしているのでした。人間は非常な不幸におちいっても、極度に見栄みえをはることがあるものです。この男は死を考えました。自殺を考えました。そして、自分自身のために泣いたように思います。――はげしく泣きました。人間は思いきり泣きつくしてしまうと、自殺などはしないものです。

そのときから、まる一年たちました。とある小さな劇場で、みじめな旅まわりの一座が喜劇を上演しました。わたしはふたたびあの見おぼえのある顔を、化粧した頬ほおとちぢれたひげとを見ました。この男はまたわたしを見上げて微笑びしょうしました。――けれども一分とはたたないうちに、口笛でののしられて舞台から追いだされてきたのでした。みすぼらしい劇場で、なさけない見物人のためにののしられてきたのです!

今夜、一台のみすぼらしい葬儀車そうぎしゃが町の門から出て行きました。後あとにはひとりの人もついては行きませんでした。それは自殺者だったのです。口笛で舞台から追いだされた、あの化粧をしたわれわれの主人公だったのです。車を走らせている御者ぎょしゃがただひとりそばにいるだけで、ほかにはだれもついていませんでした。月のほかにはだれも。墓地の塀へいの近くの片隅かたすみに、自殺者は埋うめられました。そこには、やがていらくさがはびこることでしょう。墓掘はかほりの男はほかの墓から抜ぬき取ったいばらや雑草を、そこに投げすてることでしょう」

第二十夜

「ローマから、わたしは来ました」と、月が言いました。「あの都のまん中にある七つの丘おかの一つに、皇帝宮こうていきゅうの廃墟はいきょがあります。野生のイチジクが壁かべの裂目さけめから生えでて、広い灰緑色かいりょくしょくの葉で壁の素肌すはだをおおっています。砂利じゃりの積みかさなったあいだで、ろばが緑の月桂樹げっけいじゅの垣かきの上を歩いて、やせたアザミを喜んで食べています。かつては、ここからローマの鷲わしたちが飛び出して、『来た、見た、勝った』と言ったものです。それがいまでは、こわれた二つの大理石の円柱のあいだに粘土ねんどでこしらえた小さなみすぼらしい家を通って、入口がついているのです。ブドウの蔓つるがかたむいた窓の上に、葬式そうしきの花輪のようにまつわりさがっています。

ひとりの老婆ろうばが小さい孫娘まごむすめといっしょにそこに住んでいて、いまこの皇帝宮を支配しています。そしてよそから来る人たちに、ここに埋うもれている宝を見せているのです。りっぱな玉座ぎょくざの間まには、ただ裸はだかの壁が残っているだけで、黒い糸杉いとすぎがむかし玉座のあったところをその長い影かげでさし示しています。土がこわれた床ゆかの上に、うず高くつもっています。いまはこの皇帝宮の娘である小さい少女が、夕べの鐘かねの鳴りひびくころ、よくそこの低い小さな椅子いすに腰こしかけています。すぐそばにある扉とびらの鍵穴かぎあなを、この子は露台ろだいと呼んでいます。その穴からのぞくと、ローマの半分を、聖ペテロ寺院の大きな円屋根まるやねまでも見わたすことができるのです。

今夜も、そこはいつものように静かでした。そして下のほうに、わたしの輝かがやく光をいっぱいに受けて、この小さい少女が出てきました。頭の上には水のはいった古代風の粘土のかめをのせていました。見ればはだしで、短いスカートも、小さいシュミーズの袖そでもきれていました。わたしはその子の美しいまるい肩かたと、黒い眼めと、まっ黒なつやつやした髪かみの毛にキスをしてやりました。少女は家の前の階段をのぼってきました。階段は急で、石壁のかけらやこわれた円柱頭などでできていました。

五色のトカゲがびっくりして少女の足もとをかけて行きましたが、少女はすこしも驚おどろきませんでした。そして早くも手をのばして、戸の呼びりんを鳴らそうとしました。ウサギの前足が一つ、紐ひもにゆわえつけられてさがっていました。これがいまの皇帝宮の、呼びりんの引手ひきてなのです。

少女はちょっと手をとめました。何を考えたのでしょうか。きっと、あの下の礼拝堂らいはいどうにある、金と銀との着物をきた、美しい子供姿のイエスのことでも考えていたのでしょう。いま礼拝堂では、銀のランプが輝き、小さいお友だちがこの子もよく知っている歌をうたいはじめていました。でも、ほんとうに何を考えていたのか、わたしにはわかりません。

少女はまた動きました。そして、何かにつまずきました。粘土のかめが頭から落ちて、溝みぞの掘ほれている大理石の敷石しきいしの上で二つにくだけてしまいました。少女はわっと泣きだしました。皇帝宮の美しい娘は、みすぼらしいこわれた粘土のかめのために泣きました。はだしのままそこに立って、泣いていました。もう皇帝宮の呼びりんの引手の紐を引くだけの元気もありませんでした」

第二十一夜

二週間以上も月は出ませんでしたが、いままたわたしは月を見ました。ゆるやかにのぼって行く雲の上に、月はまるく明るく輝かがやいていました。月がわたしに話してくれたことをお聞きください。

「アフリカのフェザン地方のある町から、わたしは隊商の後について行きました。砂漠さばくの手前にある岩塩平原の一つで、隊商は立ちどまりました。そこは氷の表面のようにきらきら光っていて、わずかのところだけ軽い流砂りゅうしゃでおおわれていました。いちばん年上の男は腰帯こしおびに水筒すいとうを下げ、頭のそばにはパン種のはいらないパンをいれた袋ふくろをもっていましたが、この男が杖つえで砂の上に正方形をえがいて、その中にコーランの中の言葉を二つ三つ書きました。隊商はみんな、この聖きよめられたところを通って進んで行きました。

太陽の子であるひとりの若い商人が、物思いにふけりながら、荒あらい鼻息をたてている白い馬に乗っていました。この男が太陽の子であることは、その眼めと美しい姿とで、わたしにはすぐわかりました。この男は美しい若い妻のことでも考えていたのでしょうか? 毛皮と高価な肩掛かたかけで飾かざられたラクダが、この男の妻を、美しい花嫁はなよめを乗せて、町の城壁じょうへきのまわりを歩いたのは、たった二日前のことだったのです。太鼓たいこや袋笛ふくろぶえが鳴りわたりました。女たちは歌いました。そしてラクダのまわりには、喜びの砲声ほうせいが鳴りひびきました。花婿はなむこはいちばんたくさん、いちばん強く鉄砲を打ちました。そしていまは――いまその男は、隊商といっしょに砂漠を通って行くのです。

わたしは幾晩いくばんも隊商の後について行きました。そして、発育の悪いシュロの木にかこまれた泉のほとりで、この人たちが休むのを見ました。人々は倒たおれたラクダの胸にナイフを突つきさして、その肉を火であぶりました。わたしの光は燃えている砂を冷やしました。またわたしの光は、大きな砂海の中の死んだ島ともいうべき黒い岩の塊かたまりを人々に見せてやりました。この人たちは、人の通ったことのない道でも敵の種族に出会いませんでした。嵐あらしも起りませんでした。旅行く人々を死にたやす砂柱も、この隊商の上にはまき起りませんでした。家では、美しい妻が夫や父のために祈いのっていました。

『あの人たちは死んだのでしょうか?』と、わたしの金色の半月にむかって、美しい妻はたずねました。『あの人たちは死んだのでしょうか?』と、わたしのこうこうと輝く月の輪にむかってたずねました。

いまはもう、砂漠は隊商の後になりました。今夜は高いシュロの木の下にすわっています。そこでは鶴つるが長い翼つばさをひろげて飛びまわり、ペリカン鳥はミモザの枝えだから人々を見おろしています。生おい茂しげった草藪くさやぶが、象の重たい足に踏ふみつけられています。黒人の群れがずっと奥地おくちにある市場から帰ってきます。黒い髪かみの毛のまわりに銅のボタンをつけて、あい色のスカートをはいた女たちが、重い荷をつんだ牡牛おうしを追っています。その荷物の上には、裸はだかの黒い子供が眠ねむっています。ひとりの黒人は買ってきたライオンの子を綱つなで引いています。こうした人たちが隊商に近づいているのです。あの若い商人は身動き一つしないで、黙だまってすわっています。心に思っているのは美しい妻のことです。この黒人の国にいながら、砂漠のかなたの匂におい高い、まっ白な花のことを夢ゆめみているのです。商人は頭をあげます――!」そのとき、一つの雲が月をおおいました。それから、また一つの雲がかかりました。わたしはその晩はもう、それ以上何も聞きませんでした。

第二十二夜

「わたしは小さい女の子が泣いているのを見ました」と、月が言いました。「その子は世の中が意地悪いのを泣いていたのです。この女の子はとても美しいお人形をもらいました。それは、ほんとうにかわいい、きれいなお人形でした。もちろん、この世の中で不幸な目にあうように生れてきたわけではありません。ところが、この小さい女の子の兄さんの、大きい男の子たちがお人形をひったくって、庭の高い木の上にのせると、そのまま逃にげて行ってしまったのです。

小さい女の子はお人形のところまで行くこともできないし、お人形をおろしてやることもできません。それで、泣いていたのです。お人形もたしかにいっしょに泣いていました。両腕りょううでを緑の枝えだのあいだからのばして、いかにも悲しそうなようすをしていましたもの。そうだわ、これがママのよくおっしゃる世の中の災難てものなんだわ。ああ、かわいそうなお人形!

あたりは、もう薄暗うすぐらくなりはじめました。もうじき夜になってしまいます。お人形は今夜一晩じゅう、おもての木の上に、ひとりぽっちですわっていなければならないのでしょうか? いやいや、そんなことは、女の子にとっては思ってみるだけでもたまらないことです。

『あたし、あんたのそばにいてあげるわね』と、女の子は言いました。といっても、そんな勇気があるわけではありません。早くも、高いとんがり帽子ぼうしをかぶった小さい小人の妖魔ようまが茂しげみの中からのぞいているのが、はっきり見えるような気がするのです。おまけに、向うの暗い道では、ひょろ長の幽霊ゆうれいが踊おどりをおどっていて、それがだんだんこっちへ近づいてくるではありませんか。そして両手をお人形ののっている木のほうへのばして、笑ったり、指さしたりしているのです。ああ、小さい女の子はこわくてこわくてたまりません。

『でも、なんにも悪いことをしていなければ』と、女の子は考えてみました。『悪ものだって、なんにもすることなんかできやしないわ。でもあたし、何か悪いことしたかしら?』そうして、いろいろと思いだしているうちに、

『ああ、そうだっけ』と、女の子は言いました。『あたし、足に赤いきれをつけてた、かわいそうなアヒルを笑ったことがあったわ。あんなおかしなかっこうをして足をひきずるんですもの、あたし笑っちゃったんだわ。だけど、生き物を笑うなんていけないことだわね』こう言いながら、女の子はお人形のほうを見上げました。

『あんた、生き物を笑ったことがある?』と、ききました。すると、お人形は頭を振ふったように見えました」

第二十三夜

「わたしはチロルを見おろしました」と、月は話しました。「わたしは黒々としたもみの木に、くっきりとした長い影かげを岩の上へ投げかけさせました。わたしは幼子おさなごイエスを肩かたにのせた聖クリストファの画像をながめました。その絵は、このあたりの家々の壁かべに地面から屋根まで届くくらい、大きくかいてありました。聖フロリアンは燃えあがっている家に水をそそいでいました。キリストは血まみれになって、道ばたの十字架じゅうじかにかかっていました。これは新しい時代の人々にとっては古い画像です。でもわたしは、それらが建てられるのを見てきました。一つ、また一つと、建てられるのを見てきたのです。

山腹の高いところに、ちょうどツバメの巣すのように、尼僧院にそういんが一つぽつんと立っています。ふたりの姉妹しまいが上の塔とうの中に立って、鐘かねを鳴らしていました。ふたりともまだ年若く、そのためふたりの眼めは山々をこえて、はるかかなたの世間のほうへ飛んで行きました。旅行馬車が一台、下の国道を走っていました。馬車の角笛つのぶえが鳴りわたりました。すると、あわれな尼僧たちは同じ思いにかられて、眼を下の馬車にじっとそそぎました。若い妹の眼には涙なみだがたまっていました。――やがて、角笛のひびきはだんだん弱くなっていきました。そしてそのたえだえの音を、尼僧院の鐘がかき消してしまいました。――」

第二十四夜

月が話したことを聞いてください。

「いまからもう何年も前のことです。このコペンハーゲンで、わたしはあるみすぼらしい部屋の中を窓ごしにのぞきこんだことがあります。父親と母親は眠ねむっていましたが、小さい息子むすこはまだ眠ってはいませんでした。そのとき、寝台しんだいのまわりの花模様のついているサラサのカーテンが動いて、そこから子供の顔が外をのぞくのが見えました。

わたしは最初、その子はボルンホルム製の部屋時計を見ているんだろうと思いました。その時計は赤や緑でたいへんきれいに塗ぬってありました。そして上にはカッコウがとまっていて、下には重い鉛なまりのおもりが垂れ下がっていました。ぴかぴか光るしんちゅう板の振子ふりこがあっちこっちに揺ゆれ動いて、コットン、コットンいっていました。

ところが、その子が見ていたのはこの時計ではありませんでした。そうです、この子が見ていたのは、母親の紡車つむぎぐるまだったのです。それは時計の真下に置いてありました。その紡車こそ、この子が家じゅうで一番好きなものだったのです。でも、それにさわることはできません。なぜって、ちょっとでもさわろうものなら、すぐに指先をぱんとたたかれるのですから。でも、母親が糸をつむいでいる間じゅう、この子はいつまでもそこにすわって、ぶんぶんいう紡錘つむと、ぐるぐるまわる車とをながめているのでした。そしてそれをながめながら、自分だけの思いにふけるのです。ああ、ぼくにもこの紡車でつむぐことができたらなあ!

父親も母親も眠っていました。男の子はふたりのほうを見ました。そして紡車をながめました。それからすぐに、かわいらしい素足すあしが一つ寝床ねどこから出てきました。またもう一つが出てきました。こうして小さな脚あしが二本現われました。コトリ! 男の子は床ゆかの上に立ちました。男の子はもう一度振り向いて、父親と母親が眠っているかどうかをたしかめました。たしかに、ふたりとも眠っています。そこで、小さな短い寝巻のまま、ぬき足さし足こっそりと紡車のところへしのびよって、つむぎはじめました。糸は紡錘ぼうすいから飛び、車はすばらしい早さでまわりました。

わたしはその子のブロンドの髪かみの毛と水色の眼めにキスをしてやりました。それはほんとにかわいらしい光景でした。そのとき、母親が眼をさましました。カーテンが動いて、母親が外をのぞきました。そして、小人の妖精ようせいか、さもなければ、ほかの小さな精霊せいれいが来ているのではないかと思いました。

『あらまあ!』母親はこう言いながら、こわごわ夫の脇腹わきばらをつつきました。父親は眼をあけると、手でこすりこすり、一心に働いている小さい少年のほうをながめました。

『あれはベルテルじゃないか』と、父親は言いました。

それから、わたしの眼はそのみすぼらしい部屋を後にして、べつのところへ向いました。なぜなら、わたしはとても広いところを見まわしているのですから。その同じ瞬間しゅんかんに、わたしは大理石の神々が立っているバチカン宮の広間を見ていました。わたしはラオコーンの群像を照らしました。すると、石が溜息ためいきをするように思われました。わたしは美の女神めがみミューズの胸に、そっとキスをしました。すると、その胸が高まるような気がしました。

けれども、わたしの光はナイルの群像のところに、あの巨大きょだいな神のところに、いちばん長くとどまっていました。その巨大な神はスフィンクスに身をもたせて、まるで移り行く年月のことを考えてでもいるかのように、物思いにしずんで、夢ゆめみるように横たわっていました。小さい愛の神のアモールたちは、そのまわりでワニとたわむれていました。豊饒ほうじょうの角の中にはごく小さいアモールがひとり、腕うでを組んですわっていました。そして、おごそかな顔をした大きな河の神を見ていました。このアモールは、あの紡車のそばにいた小さい男の子にそっくりの姿をしていました。顔かたちもおんなじでした。

ここには、小さな大理石の子供がまるで生きているように、かわいらしく立っていました。けれどもその子が大理石の中からとびだして以来、年の車はもう千回以上もまわっているのです。あのみすぼらしい部屋の中の男の子が紡車をまわしたと同じ数だけ、もっと大きな年の車もぶんぶんとまわったのです。そしてこの世紀が、このような大理石の神々をつくりだす日まで、さらにさらにまわりつづけていくのです。

いいですね、これはみんな幾年いくねんも前のことですよ。ところできのう」と、月は語りつづけました。「わたしはシェラン島の東海岸にある、どこかの入江いりえを見おろしていました。そこには美しい森や、小高い丘おかや、赤い壁かべをめぐらした古いお屋敷やしきなどがあって、外堀そとぼりには白鳥が泳いでいます。そして、りんご園のあいだに教会の立っている小さな田舎町いなかまちがあります。

たくさんの小舟こぶねが、それぞれたいまつをつけて、静かな水のおもてをすべって行きました。しかし、たいまつをつけていたからといって、それはウナギを捕とるためではありません。いや、それどころか、あたりのようすからしてお祭のようでした!

音楽が鳴りひびき、歌がうたわれました。一そうの小舟のまん中には、今夜みんなが敬意を表わしている人が立っていました。それは大きなマントにくるまった、背の高い、がっしりした男で、青い眼と長い白い髪の毛を持っていました。わたしはこの人を知っていました。そしてすぐさまわたしは、ナイルの群像やあらゆる大理石の神々のあるバチカン宮のことを思い浮うかべました。それといっしょに、あの小さなみすぼらしい部屋のことも思いだしました。あの小さいベルテルが短い寝巻のまますわって、糸をつむいでいたのは、たしかグレンネ街だったと思います。時の車はぐるぐるまわりました。新しい神々が、大理石の中から立ちあがったのです。――小舟の中から、ばんざいの声がひびきました。

『ベルテル・トルワルセンばんざい!』――」

第二十五夜

「わたしはきみにフランクフルトの、ある光景を話してあげましょう」と、月が言いました。「わたしはそこで特に一つの建物をながめました。といっても、それはゲーテの生れた家でもなく、古い議事堂でもありません。その議事堂の格子窓こうしまどからは、そのむかし皇帝こうていの戴冠式たいかんしきのときにあぶり肉にされて、人々のご馳走ちそうにされた、角のついたままの牡牛おうしの頭蓋骨ずがいこつが、いまもなお突つきでているのですが、しかし、わたしがながめていたのはそんなものではなくて、せまいユダヤ人街まちの入口の角かどのところにある、緑色に塗ぬられた、みすぼらしい平民の家だったのです。それはロスチャイルドの家でした。

わたしは開いている戸口から中をのぞいてみました。階段のところには、あかあかと明りがついていました。そこには下男たちが重そうな銀の燭台しょくだいに火のともっているろうそくを持って、立っていました。そして、轎かごに乗ったまま階段を運ばれてきた、ひとりの年とった婦人に向って、ていねいにおじぎをしていました。この家の主人は帽子ぼうしもかぶらず立っていて、この老婦人の手にうやうやしくキスをしました。

老婦人はこの人の母親だったのです。老婦人は息子むすこと召使めしつかいたちに親しげにうなずいてみせました。それから、人々は老婦人を狭せまい暗い小路こうじの中の、とある小さな家へ運んで行きました。そこにこの老婦人は住んでいました。そこで子供たちを生んだのです。そしてそこから、子供たちの幸福が花のように咲さきいでたのです。もしもいま、わたしが人からいやしまれているこの小路と小さい家とを見捨てたなら、幸福もまた息子たちを見捨てるだろう、というのが、この老婦人の信念だったのです。――」

月はこれ以上話してくれませんでした。今夜の月の訪おとずれはあまりに短いものでした。しかしわたしは、人からいやしまれているその狭い小路に住む年とった婦人のことを考えてみました。このひとがたったひとこと言いさえすれば、テームズ河のほとりに光りかがやく家が立つのです。たったひとこと言いさえすれば、ナポリの入江近くに別荘べっそうが立つのです。

『もしもわたしが、息子たちの幸福が咲きいでたこの小さい家を見捨てたなら、幸福も息子たちを見捨てるだろう!』――それは迷信めいしんです。でもそれは、人がこの話を知り、その絵を見るときに、それを理解するためには、「母親」という二つの文字をその下に書いておきさえすればいいといった類たぐいの迷信です。

第二十六夜

「きのうの夜明けのことでした」これは月自身が言った言葉です。「大きな町の煙突えんとつは、まだどれも煙けむりをはいていませんでした。それでもわたしが見ていたのは、その煙突だったのです。と、とつぜん、その煙突の一つから、小さい頭が出てきました。つづいて上半身が現われて、両腕りょううでを煙突のふちにかけました。

『ばんざい!』それは小さい煙突そうじの小僧こぞうでした。生れてはじめて煙突の中をてっぺんまでのぼってきて、頭を外につき出したのでした。

『ばんざい!』そうです、そのとおりです。たしかにこれは、狭苦せまくるしい管くだや小さい煖炉だんろの中を這はいずりまわるのとは、いささかわけが違ちがっていました。そよ風がすがすがしく吹ふいていました。町じゅうが緑の森のあたりまで見わたせました。ちょうど太陽がのぼりました。まるく大きく、太陽は小僧の顔を照らしました。その顔はじつにみごとに煤すすでまっ黒になっていましたが、嬉うれしさにかがやいていました。

『さあ、おいらは、町じゅうのものに見えるんだ!』と、小僧は言いました。『お月さまにだって、おいらが見えるんだ。お日さまにだってよ! ばんざい!』こう言いながら、小僧はほうきを打振うちふりました」

第二十七夜

「ゆうべ、わたしは中国のある町を見おろしました」と、月が言いました。「わたしの光は街路をつくっている、長いはだかの土塀どべいを照らしました。あちこちに門がありましたが、どれもしまっていました。なぜかといいますと、中国人は外の世界のことなんか、ちっとも気にとめていないからです。厚いよろい戸が、家の土塀のうしろの窓をおおっていました。ただお寺だけから、弱い光が窓ガラスをとおしてかすかに射さしていました。

わたしは中をのぞいてみました。すると、色とりどりの華はなやかさが眼めにうつりました。床ゆかから天井てんじょうまで、まばゆいほどの色彩しきさいと金めっきをほどこした絵がかかっていました。それはこの下界における仏たちの所業をえがいたものでした。一つ一つの厨子ずしの中には仏像が立っていましたが、色どりゆたかな幕や垂れ下がった旗のためにほとんど隠かくれていました。そしてどの仏の前にも――それはみんな錫すずでつくってあります――小さい祭壇さいだんがあって、そこには聖きよい水と、花と、火のともっているろうそくとがありました。けれどもお寺の中のいちばん高いところには、最高の御仏みほとけである仏陀ぶっだが聖なる絹の黄衣こういを身にまとって立っていました。

祭壇の足もとに、ひとりの生きた人間の姿が、ひとりの若い僧侶そうりょが、すわっていました。この僧侶は祈いのっているようすでしたが、そのお祈りのさいちゅうに何か物思いにしずんでいるようでした。それは、たしかに一つの罪でした。というのは、その頬ほおは熱くほてり、頭は深く深く垂れ下がっていたからです! あわれなスイ・ホン!

この男は街の長い土塀のうしろの、どの家の前にもある小さい花壇で働く自分の姿でも夢ゆめみていたものでしょうか。そしてその仕事のほうが、お寺の中でろうそくの番をするよりも、ずっと好きだったのではないでしょうか。それとも、ご馳走ちそうのたくさん並ならんでいる食卓しょくたくについて、一皿さらごとに銀の紙で口もとをふきたいものだと望んでいたのでしょうか。それともまた、この男の罪が非常に大きなもので、もしもそれを口にでもしようものなら、極楽ごくらくが死の刑けいをもってこの男を罰ばっしなければならないといったようなものだったのでしょうか。あるいはまた、その思いは野蛮人やばんじんの船とともにその故郷の、はるかにへだたったイギリスへでも飛んで行ったのでしょうか。いやいや、この男の思いはそんなに遠くまで飛びはしませんでした。けれどもそれは、熱い青春の血だけが産みだすことのできるような罪深いものでした。このお寺の中の仏陀をはじめ多くの仏像の前では罪深いものだったのです。

わたしは、この男の思いがどこにあったかを知っています。この町のはずれの、平たい敷石しきいしをしいた屋根の上に――そこの欄干らんかんは瀬戸物せとものでできているように見えます――白い大きな風鈴草ふうりんそうをさした、きれいな花瓶かびんが置いてありましたが、そのそばに美しいペーが、細いいたずらっぽい眼と、ふくよかな唇くちびると、それは小さな足をしてすわっていました。靴くつのために足はしめつけられていましたが、心はもっともっと強くしめつけられているのでした。娘むすめがきゃしゃな美しい腕うでを上げますと、しゅすがさらさらと音をたてました。

娘の前にはガラス鉢ばちが置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どり美しい箸はしで、水の中をそっとかきまわしていました。何か物思いにしずんでいましたので、ほんとうに、ほんとうにゆっくりとかきまわしていました。ああ、金魚はなんて豊かな金色の着物を着ているのだろう、そしてガラス鉢の中でなんてのどかに暮くらしながら、たくさんの餌えをもらっているのだろう、でも、もしも自由になれたら、そしたらどんなに幸福だろう、と、きっとこんなことを思っていたのでしょう。ほんとうに、この美しいペーにはそれがよくわかっていたのです。ペーの思いは家からさまよいでました。そしてお寺へと向いました。けれどもそれは、仏のためではありません。あわれなペー! あわれなスイ・ホン! 現世でのふたりの思いは、めぐりあいました。しかしわたしの冷たい光は、大天使の剣つるぎのように、このふたりのあいだに横たわっていました!」――

第二十八夜

「海は凪ないでいました」と、月が言いました。「水は、わたしが帆走ほばしっていた澄すみきった空気のように、透すきとおっていました。わたしは海面よりもずっと下に生えている珍めずらしい植物を見ることができました。それらは森の中の巨木きょぼくのように、幾尋いくひろもある茎くきをわたしのほうへさし上げていました。魚がその頂の上を泳いで行きました。

空高く野の白鳥の群れが飛んでいました。その中の一羽いちわは翼つばさの力がおとろえて、だんだん下へ沈しずんで行きました。その眼めはしだいに遠ざかって行く空の旅行隊キャラバンの後を追っていましたが、翼をひろくひろげて、ちょうどしゃぼん玉が静かな空気の中を沈んで行くように、沈んで行きました。やがて水面に触ふれました。頭をそらして翼のあいだにつっこむと、おだやかな湖に浮うかぶ白い蓮はすの花のように、静かに横たわっていました。

やがて風が吹ふいてきて、きらきら輝かがやく水のおもてに波をたたせました。すると、水のおもては、まるでエーテルのようにきらめいて、大きな広い波となってうねりました。そのとき、白鳥が頭を上げました。きらきら光る水が、青い火のように白鳥の胸や背を洗って飛び散りました。暁あかつきの光が赤い雲を照らしました。白鳥は元気を取り戻もどして立ち上がると、のぼりくる太陽のほうへ、空の旅行隊の飛び去った青みがかった岸辺きしべをめざして飛んで行きました。ただひとり胸に憧あこがれをいだいて飛んで行きました。青い、ふくれあがる波をこえて、ひとりさびしく飛んで行きました」――

第二十九夜

「きみにスウェーデンの光景をもう一つ話してあげましょう」と、月が言いました。「薄暗うすぐらいもみの木の森のあいだ、ロクセン湖の陰気いんきな岸辺近くに、古いブレタの僧院そういんがあります。わたしの光は壁かべの格子こうしをとおって、広い円天井まるてんじょうの部屋へすべりこんで行きました。その部屋では、王たちが大きな石の棺ひつぎの中でまどろんでいるのです。その棺の上の壁には、この世における栄華えいがをあらわすもののように、一つの王冠おうかんが人目をひいています。けれども、それは木でこしらえてあって、それに色彩しきさいをほどこし、金めっきをしたものなのです。そしてそれは、壁に打ちこまれた一本の木釘きくぎで、しっかりととめられています。その金めっきをした木は虫に食いあらされています。クモが王冠から棺まで網あみを張りめぐらしています。これは、人間の悲しみと同じように、はかない喪章もしょうの旗です! 王たちは、なんて静かにまどろんでいるのでしょう!

わたしはあの人たちのことをはっきりと覚えています! あんなにも力強く、あんなにも決然と喜びや悲しみを語った、口もとにただよう大胆だいたんな微笑びしょうが、いまもなお眼めに浮うかんできます。蒸気船が魔法まほうのかたつむりのように山々のあいだをぬってきますと、ときおり旅人が会堂へやってきます。そしてこの円天井のお墓の部屋を訪おとずれて、王たちの名前をたずねます。でもその人の耳には、王たちの名前は忘れられたもの、死んだものとしてひびくのです。その人は虫の食った王冠を見上げてほほえみます。そしてその人が本当に敬虔けいけんな心の持主であれば、そのほほえみの中には哀愁あいしゅうの色がただよいます。まどろみなさい、死者たちよ! 月はきみたちのことを覚えています。月は夜、もみの木の王冠のかかっている、きみたちの静かな王国へ、冷やかな光を送ってあげます!――」

第三十夜

「国道のすぐそばに」と、月が話しました。「一軒いっけんの旅館があります。そしてその真向いに、大きな馬車小屋があります。小屋の屋根はちょうど葺ふいたばかりでした。わたしは桷たるきのあいだと開いている天井窓てんじょうまどから、そのうす気味悪い小屋の中をのぞいてみました。七面鳥が梁はりの上で眠ねむっていました。鞍くらはからっぽの秣桶まぐさおけの中に入れて、休まされていました。

小屋のまん中には、旅行馬車が一台置いてありました。その持主はまだぐっすりと寝ねこんでいましたが、馬はもう水を飲まされていました。御者ぎょしゃは道のりの半分以上もよく眠ってきたのに、――それはわたしがいちばんよく知っていますが――まだ手足をのばしていました。下男部屋への戸は開いていましたが、寝床ねどこはまるでひっくり返されたかと思われるようなありさまでした。ろうそくは床ゆかの上に置いてあって、燭台しょくだいの中に深く燃え落ちていました。

風が冷たく小屋の中を吹ふきぬけていました。時刻は真夜中というよりは、もう明け方近いころでした。向うの馬屋の床の上には、旅まわりの音楽師の一家が眠っていました。たぶん、父親と母親は瓶びんの中の燃えつくような雫しずくを夢ゆめにみていたものでしょう。青白い小さな女の子は眼めの中の燃えるような雫を夢にみていました。竪琴たてごとは頭のそばに置いてあり、犬は足もとに横たわっていました。――」

第三十一夜

「ある小さい田舎町いなかまちでのことでした」と、月が言いました。「わたしはそれを去年見ました。しかし、まあ、そんなことはどうでもいいのです。ともかく、わたしははっきりと見たのです。今夜わたしはそのことを新聞で読みましたが、これはそんなにはっきりとはしていませんでした。

宿屋の下の部屋に熊使くまつかいがすわって、夕飯を食べていました。熊は家の外のまき小屋のうしろにつながれていました。このあわれな熊は、見るからに恐おそろしそうなようすをしていましたが、まだ一度も人に害を加えたことはありませんでした。上の屋根裏部屋では、わたしの明るい光を受けて、三人の小さい子供が遊んでいました。いちばん上の子はせいぜい六つぐらいで、いちばん下の子は二つをこしてはいませんでした。

『バタン、バタン』と階段を上ってくるものがありました。いったい、だれでしょう? 戸がガタンと開きました――それは熊でした。あの大きな、毛むくじゃらの熊ではありませんか! 熊は下の中庭に立っているのがたいくつになったのです。そして、階段を上る道を見つけたのでした。わたしはそれをのこらず見ていました!」と、月が言いました。「子供たちはこの大きな毛むくじゃらの動物を見るとびっくりぎょうてんして、めいめい隅すみっこへ這はいこみました。けれども、熊は三人ともみんな見つけてしまいました。そうして鼻でくんくん嗅かぎまわりました。でも、べつに悪いことはなんにもしませんでした。

『これはきっと大きい犬だ』子供たちはそう思ったものですから、熊をなでてやりました。熊はごろりと床ゆかの上に横になりました。いちばん小さい男の子はその上をころげまわって遊びました。その子のちぢれた金髪きんぱつの頭は、熊の濃こい黒い毛皮の中にかくれました。こんどは、いちばん大きい子が太鼓たいこを持ちだして、ドンドンたたきました。すると、熊は二本の後足あとあしで立ちあがって、踊おどりだしました。それはほんとにおもしろいありさまでした!

子供たちは、めいめい鉄砲てっぽうをかつぎました。熊も一つもらいました。そして、それをちゃんとかつぎました。これは、子供たちの見つけたすばらしい仲間です! それからみんなは、『一、二、一、二!』と行進しました。

そのとき、戸に手をかけたものがありました。戸が開きました。それは子供たちの母親でした。その瞬間しゅんかんの母親のようすといったら、まったく、きみに見せてあげたいものでした。物も言えない驚おどろき、石灰のような青白い顔、半ば開いた口、じっと見すえた眼め、そうしたようすはほんとにきみに見せてあげたいものでした。ところがいちばん小さい男の子は、心から嬉うれしそうにうなずいてみせました。そして、この子なりの言葉で大声に叫さけびました。

『ぼくたち、兵隊ごっこちているだけよ!』

そこへ熊使いがやってきました」

第三十二夜

寒い風がぴゅうぴゅう吹ふいていました。雲が飛び去って行きました。月はただときおり見えるだけでした。

「静かな大空をとおして、わたしは飛び行く雲を見おろしています」と、月は言いました。「大きな影かげが地上を走って行くのが見えます。

このあいだ、わたしは牢獄ろうごくの建物を見おろしました。窓をしめた一台の馬車が、その前でとまりました。ひとりの囚人しゅうじんが連れだされることになっていたのです。わたしの光は格子こうしのはまっている窓から壁かべのところまで押おし入って行きました。囚人はこの世の別れに、何か二、三行壁にきざみつけました。しかしこの男の書いたのは言葉ではありません。一つのメロディーでした。この場所ですごした最後の夜に、心の底からほとばしり出た一つのメロディーだったのです。戸が開きました。囚人は外へ連れだされました。そのとき、わたしのまるい月の輪をふりあおぎました。――

雲がわたしたちのあいだを走りました。まるで、わたしがこの男の顔を見てはならないように、そしてまた、この男がわたしの顔を見てはならないとでもいうかのようでした。男は馬車に乗りました。馬車の戸がしめられました。むちがヒューッと鳴りました。馬はこんもりとした森の中へ駆かけこんで行きました。そこでは、わたしの光は後を追って行くことができません。けれども、わたしは牢獄の格子の中をのぞいてみました。わたしの光は、あの男の最後の別れである、壁にきざまれたメロディーの上をすべって行きました。言葉の力の及およばないところでは、音の調べがものを言うものです。――

しかし、ただきれぎれの音譜おんぷしか、わたしの光は照らすことができませんでした。その大部分は、わたしにとってはいつまでも暗闇くらやみの中に残されることでしょう。あの男の書いたのは死の讃歌さんかだったのでしょうか? 喜びの歓声だったのでしょうか? あの男は死のもとへ行ったのでしょうか、それとも、愛人に抱だかれるために行ったのでしょうか? 月の光は人間が書くものをさえ、ことごとく読んでいるわけではありません。

ひろびろとした大空をとおして、わたしは飛び行く雲を見おろしています。大きな影が地上を走って行くのが見えます!」

第三十三夜

「わたしは子供が大好きです」と、月が言いました。「小さい子は、ことにおもしろいものです。子供たちがわたしのことなんかちっとも考えていないときにも、わたしはカーテンや窓わくのあいだから、たびたび部屋の中をのぞいています。子供たちがひとりで、やっとこ着物をぬごうとしているのを見るのはとっても愉快ゆかいです。最初に、裸はだかの小さいまるい肩かたが着物の中から出てきて、そのつぎに腕うでがするっと抜ぬけでてきます。それから、靴下くつしたを脱ぬぐところも見ます。白くて固い、かわいらしい小さな脚あしが現われてきます。ほんとにキスをしてやりたいような足です。そしてわたしは、ほんとうにその足にキスをしてやるのです!」と、月が言いました。

「今夜わたしは、どうしてもこのことを話さずにはいられません。今夜わたしは、一つの窓をのぞきこみました。向い側に家がないので、その窓にはカーテンがおろしてありませんでした。そこには子供たちが、姉妹しまいや兄弟たちがみんな集まっているのが見えました。その中にひとりの小さい女の子がいました。この子はやっと四つになったばかりでしたが、それでもほかの子供たちと同じように、『主の祈いのり』をとなえることができました。そのため母親は、毎晩その子の寝床ねどこのそばにすわって、その子が『主の祈り』をとなえるのを聞いてやるのでした。そのあとで、その子はキスをしてもらうのです。そして母親はその子が眠ねむりつくまで、そばにいてやります。でも小さい眼めは閉じたかとおもうと、すぐに眠ってしまいます。

今夜は、上のふたりの子がすこしあばれていました。ひとりは長い白い寝巻を着て、片足でピョンピョン跳はねまわりました。もうひとりは、ほかの子供たちの着物をみんな自分のからだに巻きつけて、椅子いすの上に立ちあがり、ぼくは活人画だぞ、みんなであててみろ、と言いました。三番目と四番目の子は、おもちゃをきちんと引出しの中へ入れました。もっともこれは、そうしなくてはいけないことですけども。母親はいちばん小さい子の寝床のそばにすわって、いまこの小さい子が『主の祈り』をとなえるから、みんな静かになさい、と言いました。

わたしはランプごしにのぞきこんでいました」と、月が言いました。「四つになる女の子は寝床の中で、白いきれいなシーツの中に寝ていました。そして小さい両手を合せて、たいそうまじめくさった顔をしていました。いましも『主の祈り』を声高こわだかにとなえているところだったのです。

『あら、それは何なの?』母親はこう言って、お祈りの途中とちゅうでさえぎりました。『おまえはきょうもわれらに日々のパンを与あたえたまえと言ってから、ほかにも何か言ったのね。お母かあさんにはよく聞えなかったけど、それは何? お母さんに言ってごらんなさい!』――すると、女の子は黙だまったまま、困りきった顔をして母親を見ていました。

『きょうもわれらに日々のパンを与えたまえと言ったあとで、おまえはなんて言ったの?』

『お母さん、怒おこらないでね』と、小さな女の子は言いました。『あたし、お祈りしたのよ。パンにバターもたくさんつけてくださいまし、ってね!』」

解説

矢崎源九郎

アンデルセンといえば、おそらくその名を知らない者はないといってもよいであろう。ことに童話詩人としての彼かれの名前は、われわれにとってはなつかしい響ひびきを持っているのである。しかし彼は単に童話を書いたばかりではない。小説に戯曲ぎきょくに詩に旅行記に、じつに多方面にわたって筆をふるっている。なかんずく、イタリアの美しい自然を背景として美少年アントーニオと歌姫うたひめアヌンチアータとの悲恋ひれんを描えがいた『即興詩人そっきょうしじん』のごときは忘れがたい作品の一つであるといえよう。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen ――われわれはいつのまにかアンデルセンと呼びなれているが、これはわが国独特の呼び方であろう。いったいに外国の発音をカナで書き表わすことは不可能であるが、デンマーク流の発音はアナスン、アネルセンに近い――は一八〇五年四月二日に豊かな伝説と古い民謡みんようとに恵めぐまれているデンマークのオーデンセという町に生れた。生れ故郷のオーデンセは、ブナの木の林のあいだに麦やウマゴヤシの畑がかぎりなく続いているフューン島という美しい緑の島にあった。父は貧しい靴くつ職人であったが、折にふれて幼いアンデルセンにおとぎばなしや物語などを読んで聞かせた。文学への興味はこのころの父の感化によって芽生めばえたといってもよい。母は働く一方の女で学問はなかったが、深い信仰心しんこうしんを持っていた。このふたりのもとに、幼いころはともかくも幸しあわせな日々を送ることができたのである。しかし、十一歳さいのときに父を失うに及およんで、この幸福の夢ゆめもはかなく消え去ってしまった。母は仕立屋の職人にしたいという希望を持っていたが、アンデルセンみずからは舞台ぶたいに立つことを望んで、十四歳のときただひとり首都のコペンハーゲンをめざして旅立った。このときから彼にとって新しい世界が開かれるとともに、茨いばらの道がはじまったのである。すなわち都に出るには出たものの、何もかもが彼の希望に反してしまった。俳優はいゆうとして舞台に立つこともかなえられず、持って生れた美声を頼たよりに志望した声楽家にもなることができないままに、いくどか絶望のどん底におちいった。しかし幸いなことにも、一生の恩人であるコリンに見いだされたのはこのような失意のときであった。それまでは学校教育もろくに受けておらず、物を書くのにも綴つづりがまちがいだらけというありさまであったが、このコリンの助力のおかげで学校へも行けるようになったのである。

アンデルセンは一生のあいだ旅から旅へとさすらって歩いた。旅こそは彼から切り離はなすことのできないものであった。一八三一年に初めて国外への旅行を行い、つづいて一八三三年にはドイツ、フランスをへてイタリアへの旅にのぼった。このときの旅行のあいだに、その印象をもととして書いたのが『即興詩人 Improvisatoren』(一八三五年)であって、この作によって初めて彼の名は国の内外に認められるようになった。『ただのバイオリン弾ひき Kun en Spilmand』とか、ここに訳出した『絵のない絵本 Billedbog uden Billeder』や、『スウェーデンにて I Sverige』、『わが生涯しょうがいの物語 Mit Livs Eventyr』をはじめ、彼のほとんどすべての作品はこのとき以後のものである。童話についても同様、『即興詩人』が出版されてから二、三カ月後にはじめて第一集が出、それから一八七五年八月四日に永眠えいみんするまでに百五、六十にも及ぶ多数の童話が書かれたのである。

『絵のない絵本』は、一八三九年から四〇年ごろを中心にアンデルセンの創作意欲の最も盛さかんなときに書かれたものである。初めて本になったのは一八三九年十二月二十日で、(表紙の日付は一八四〇年となっている)そのときはわずかに二十夜を含ふくむごく小さい本であった。この二十夜のうち五編はすでに一八三六年に文学誌『イリス(虹にじの女神めがみ)』第二号上に発表されている。たとえば同誌に掲載けいさいされている『フランス国の玉座の上の貧しい男の子』というのは第五夜の物語である。一八四〇年にはさらに数夜が発表されたが、一八四四年の第二版においてようやく三十一夜を包括ほうかつするにいたった。第三十二夜と第三十三夜は一八四八年に初めて公おおやけにされたものである。したがって一冊のまとまった本として現在のように三十三夜全部を含んだのは、一八五四年に発行された第三版が最初である。初版から三版までに多くの歳月が流れているのは、この本がデンマークにおいてはあまり問題にされなかったためであろう。つまり、この本も『即興詩人』の場合と同様、本国におけるよりもむしろドイツや英国などにおいて評判となったのである。

『絵のない絵本』はこのように小さいにもかかわらず、きわめて多彩たさいな素材を含んでいる。その大部分がアンデルセンみずからの体験や印象にもとづいていることはいうまでもない。すなわち、第五夜は一八三三年のパリ滞在たいざい中の体験から、第六夜は一八三七年のスウェーデン旅行の印象をもととして書かれたものである。第十五夜のリューネブルク、第二十五夜のフランクフルトには一八三三、四年に訪おとずれている。一八三三年から三四年にかけてのイタリア旅行の印象は第十二夜、第十八夜、第二十夜などにあらわれている。なかでも、暗い北欧ほくおう生れのアンデルセンがあこがれてやまなかった明るい南の国イタリアは、この本においても最も多く描えがかれているのである。

また一方においては空想の翼つばさに乗って、遠くインドをはじめ、グリーンランドやアフリカ、中国にまでも思いを馳はせている。それらは第一夜、第九夜、第二十一夜、第二十七夜となってあらわれている。そのほか子供についての話は六つほどあるが、それを描くのにあたたかい優やさしい感情をもって、しかも明るいユーモアを忘れていないところはいかにも童話詩人らしい。さらにまた諧謔かいぎゃくにあふれたもの、あるいは苦悩くのうにみちたものもあり、人生の一断面のスケッチもある。小さい本ながら、まことに盛もりだくさんである。しかもこの本は、月が絵かきに物語る話という形を取ってはいるものの、その特徴とくちょうとするところは絵画の素材を与あたえるための、眼めまぐるしいばかりの場面の展開にあるのではない。一つ一つの短い物語の底に流れる、絵を絶した浪漫的ローマンてき香かおりも高い詩情こそその生命なのである。

翻訳ほんやくのテキストとしてはコペンハーゲンの Gyldendal 書店から一九四三年に発行されている H.C.Andersens Romaner og Rejseskildringer(小説、旅行記集)の第四巻に収められている Billedbog uden Billeder を用いた。ただ、年少の読者にも読みやすいように、改行を多くしたことを一言おことわりしておく。(一九五二年六月二十六日)

底本 / Source edition

底本:「絵のない絵本」新潮文庫、新潮社
1952(昭和27)年8月15日発行
1987(昭和62)年12月5日66刷改版
2005(平成17)年8月10日99刷
※底本巻末の注は省略しました。ただし、第一夜「梵天王《ぼんてんおう》」、第五夜「堡塁《ほうるい》」、第三十夜「桷《たるき》」の三語のルビは巻末注より本文に追加しました。
入力:sogo
校正:諸富千英子
2018年3月26日作成
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書誌 / Bibliography
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アンデルセン ハンス・クリスチャン「絵のない絵本──01 絵のない絵本」(新字新仮名)、底本『絵のない絵本』新潮文庫、新潮社、1952年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 058165_000019, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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