## 絵のない絵本

ふしぎなことです！　わたしは、なにかに深く心を動かされているときには、まるで両手と舌とが、わたしのからだにしばりつけられているような気持になるのです。そしてそういうときには、心の中にいきいきと感じていることでも、それをそのまま絵にかくこともできなければ、言い表わすこともできないのです。しかし、それでもわたしは絵かきです。わたしの<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>が、わたし自身にそう言い聞かせています。それに、わたしのスケッチや絵を見てくれた人たちは、みんながみんな、そう認めてくれているのです。

わたしは貧しい若者で、たいへんせまい<ruby><rb>小路</rb><rt>こうじ</rt></ruby>の一つに住んでいます。といっても、光がさしてこないというようなことはありません。なにしろ、まわりの屋根ごしに、ずっと遠くの方まで見わたすことができるほど、高いところに住んでいるのですから。この町にきた、さいしょのころは、ひどくせまくるしい気がして、さびしい思いをしたものです。それもそのはず、森やみどりの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>のかわりに、地平線に見えるものといえば、ただ灰色の<ruby><rb>煙突</rb><rt>えんとつ</rt></ruby>ばかりなのですからね。おまけに、ここには、友だちひとりいるわけではありませんし、あいさつの声をかけてくれるような顔なじみもなかったのです。

ある晩のこと、わたしはたいへん悲しい気持で、窓のそばに立っていました。ふと、わたしは窓をあけて、外をながめました。ああ、そのとき、わたしは、どんなに喜んだかしれません！　そこには、わたしのよく知っている顔が、まるい、なつかしい顔が、遠い故郷からの、いちばん親しい友だちの顔が、見えたのです。それは月でした。なつかしい、むかしのままの月だったのです。あの故郷の、<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>のそばに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている、ヤナギの木のあいだから、わたしを見おろしたときと、すこしもかわらない月だったのです。わたしは、自分の手にキスをして、月にむかって投げてやりました。すると、月はまっすぐわたしの部屋の中にさしこんできて、これから外に出かけるときには、まい晩、ちょっとわたしのところをのぞきこもうと、<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>してくれました。そのときからというもの、月は、ちゃんとこの約束を守ってくれています。ただ残念なのは、月がわたしのところに、ほんのわずかの間しかいられない、ということです。でも、くるたびごとに、その前の晩か、その晩に見たことを、あれこれと話してくれるのでした。

「さあ、わたしの話すことを、絵におかきなさい」と、月は、はじめてたずねてきた晩に、言いました。「そうすれば、きっと、とてもきれいな絵本ができますよ」

そこでわたしは、いく晩もいく晩も、言われたとおりにやってみました。わたしは、わたしなりに、新しい「千一夜物語」を絵であらわすことができるかもしれません。でも、それでは、あまりに数が多すぎます。わたしがここに書きしるすものは、勝手に選びだしたものではなくて、わたしが聞いたとおりの順序にならべたものなのです。すぐれた才能にめぐまれた画家なり、詩人なり、音楽家なりが、もしもこれをやってみようという気があれば、もっとりっぱなものにすることができるにちがいありません。わたしがお見せするものは、ごく大ざっぱに紙の上に書きつけた、ほんの<ruby><rb>輪郭</rb><rt>りんかく</rt></ruby>にすぎません。そしてそのあいだには、わたし自身の考えもまじっているのです。というわけは、月はかならず、まい晩きてくれたわけではありませんし、ときには一つ二つの雲が、わたしと月のあいだにはいりこんでくることもあったからです。

  


## 第一夜

「ゆうべ」これは、月が話したとおりの言葉です。「わたしは、インドの<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきった空気の中をすべって、ガンジス河にわたしの姿をうつしていました。わたしの光は、古いプラタナスの葉が、ちょうどカメの<ruby><rb>甲</rb><rt>こう</rt></ruby>のように<ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>りあがって、<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っている<ruby><rb>生垣</rb><rt>いけがき</rt></ruby>の中に、さしこもうとしていました。

するとそのとき、茂みの中から、カモシカのように身軽で、イブのように美しい、ひとりのインド<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が出てきました。このインド娘は、なにかしら空気のように<ruby><rb>軽</rb><rt>かろ</rt></ruby>やかでしたが、それでいて、ぴちぴちとした、ゆたかなからだつきをしていました。わたしは、この娘のきゃしゃな<ruby><rb>皮膚</rb><rt>ひふ</rt></ruby>をとおして、考えていることを読みとることができました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とげ</span>のあるつる草が、娘の<ruby><rb>履物</rb><rt>はきもの</rt></ruby>を引きさきましたが、そんなことにはかまわずに、娘はいそいで先へ進んでいきました。そのとき、<ruby><rb>野獣</rb><rt>やじゅう</rt></ruby>がのどのかわきをうるおして、河から帰ってきましたが、娘を見るとびっくりして、そばをとびすぎていきました。むりもありません。この娘は、火のもえている明りを手に持っていたのです。娘はほのおが消えないように、そのまわりに手をかざしていましたから、わたしはかぼそい指の中の、いきいきとした赤い血を見ることができました。

娘は河に近よって、明りを流れの上におきました。すると、明りは流れにつれて、くだっていきました。ほのおは、いまにも消えそうにちらちらしました。それでも、もえつづけていきました。娘の黒い、きらきらかがやく<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>は、長い絹糸のふさのような、まつ毛の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>から、<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>のこもった眼つきをして、そのほのおのあとを、じっと見おくっていました。娘は、その明りが、自分の眼に見えるかぎりのあいだ、もえつづけていれば、愛する人はまだ生きている、けれども、もしも消えてしまえば、もうこの世にはいないのだということを、知っていたのです。見れば、明りは、もえながらふるえました。娘の心も、もえあがって、ふるえました。娘は<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>まずいて、<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>りました。すぐそばの草の中に、ぬらぬらしたヘビがいました。けれども娘は、<ruby><rb>梵天王</rb><rt>ぼんてんおう</rt></ruby>と自分の<ruby><rb>花婿</rb><rt>はなむこ</rt></ruby>のことしか考えていませんでした。

『あの人は生きている！』と、娘は喜びの声をあげました。すると、山々からこだまが返ってきました。

『あの人は生きている！』」

  


## 第二夜

「きのうのことですよ」と、月がわたしに話しました。「わたしは、家にかこまれている、小さな中庭をのぞいていました。見ると、めんどりが<ruby><rb>一羽</rb><rt>いちわ</rt></ruby>、十一羽のひなどりたちといっしょに<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ていました。ところが、そのまわりを、ひとりのきれいな女の子が、はねまわっているのです。めんどりはびっくりして、コッコッコと鳴きながら、羽をひろげて、小さなひなどりたちをかばいました。そこへ女の子の父親が出てきて、女の子をしかりつけました。わたしはそれきり、もうそのことは考えずに、先へすべっていきました。

ところが今夜、それもほんの二、三分前のことですが、わたしは、またおなじ中庭を見おろしていたのです。はじめのうちは、ひっそりとしていましたが、まもなく、あの小さな女の子が出てきて、そっと、とり小屋にしのびよりました。そして、かんぬきをはずして、めんどりとひなどりたちのいるところへ、しのびこみました。にわとりたちは大声でさけびながら、羽をばたばた打って、飛びまわりました。けれども、女の子は、そのあとを追いかけるのです。わたしは<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の穴からのぞいていたので、このありさまが、手に取るようにはっきりと見えました。わたしは、このいけない子に、すっかり腹をたててしまいました。ですから、父親が出てきて、きのうよりももっとひどくしかりつけて、女の子の<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をつかんだときには、ほんとにうれしくなりました。女の子は、頭をうしろへそらせました。すると、青い<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>に<ruby><rb>大粒</rb><rt>おおつぶ</rt></ruby>の<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>が光っていました。

『おまえは、ここで何をしているんだ？』と、父親がたずねました。すると、女の子は泣きだしました。

『あたしはね』と、女の子は言いました。『この中へはいって、めんどりにキスをしてやって、きのうのおわびをしようと思ってたの。だけど、おとうさんには、どうしても、そのことが言えなかったのよ！』

それを聞くと、父親は、このむじゃきな、かわいい子のひたいにキスをしてやりました。わたしも、その眼と口にキスをしてやりました」

  


## 第三夜

「ここのすぐ近くの、せまい<ruby><rb>小路</rb><rt>こうじ</rt></ruby>で――そこはとてもせまいので、わたしは家の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にそって、ほんの一分間しか光をすべらせることができません。でもその一分間に、そこに動いている世間を知るのに十分なものを見るのですが――わたしは、ひとりの女を見ました。十六年前には、この女はまだ子供でした。そして、<ruby><rb>田舎</rb><rt>いなか</rt></ruby>の、古い牧師の家の庭で遊んでいたのでした。バラの<ruby><rb>生垣</rb><rt>いけがき</rt></ruby>は古くなって、もう花ざかりをすぎていましたが、道の外まで<ruby><rb>生</rb><rt>お</rt></ruby>いしげって、長い<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>をリンゴの<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>の中までのばしていました。まだあちこちに<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>きのこっている花もありましたが、花の女王にふさわしいほど美しくはありませんでした。それでも、色もありましたし、<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りもありました。しかしわたしには、牧師の小さな<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>のほうが、ずっと美しいバラの花のように思われました。その娘は、のびにのびた生垣の下の、足台に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけて、厚紙でこしらえた人形の、へこんだ<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>にキスをしていました。

それから十年たって、わたしは、その娘をもう一度見ました。こんどは、はなやかな<ruby><rb>舞踏室</rb><rt>ぶとうしつ</rt></ruby>にいるのを見たのです。そのときは、ある金持の商人の、美しい<ruby><rb>花嫁</rb><rt>はなよめ</rt></ruby>になっていたのでした。わたしは娘の幸福をよろこんで、静かな夜ごとに、たずねてやりました。ああ、それにしても、だれひとりとして、わたしの明るい<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>と、わたしのたしかな<ruby><rb>眼差</rb><rt>まなざ</rt></ruby>しとを、考えてくれる者はありません！　わたしのバラの花も、牧師の家の庭のバラの花とおなじように、ずんずん若枝をのばしていきました。

日常の生活にも、悲劇があります。今夜、わたしは、その最後の<ruby><rb>一幕</rb><rt>ひとまく</rt></ruby>を見たのです。そのせまい小路で、その女は死の<ruby><rb>病</rb><rt>やまい</rt></ruby>にとりつかれて、<ruby><rb>寝台</rb><rt>しんだい</rt></ruby>の上に横になっていました。ところが、その女の主人は、ただひとりの保護者であるはずなのに、乱暴で、<ruby><rb>冷酷</rb><rt>れいこく</rt></ruby>な悪人だったものですから、その女のふとんをひきはがして、こう言いました。

『起きろ！　おまえの顔を見りゃ、だれだっていやんなっちまわあ！　さあ、おめかしでもしろ！　金をかせぐんだ！　さもなきゃ、表へおっぽりだすぞ！　早いとこ、起きた、起きた！』

『<ruby><rb>死神</rb><rt>しにがみ</rt></ruby>が、わたしの胸の中にいるんです！』と、その女は言いました。『ああ、どうか休ませてください！』

それでも、男は女をひきずり起して、顔におけしょうをし、<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>にバラの花をさして、窓ぎわにすわらせました。それから、火のもえている明りを、すぐそばへおいて、出ていきました。わたしは、女をじっと見つめていました。女は身動きもしないで、すわっていました。と、手が<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>の上に落ちました。風のために窓がはねかえって、窓ガラスが一枚、ガシャンと割れました。けれども、女はじっとすわっていました。カーテンが女のまわりを、ほのおのようにはためきました。女は、もう死んでいたのです。あけはなたれた窓から、死んだ女が、人間のありかたをといていました。牧師の家の庭の、わたしのバラの花が！」

  


## 第四夜

「わたしは、今夜、ドイツ喜劇を見てきました」と、月が言いました。「それは、ある小さな町でのことでした。馬小屋が<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばい</rt></ruby>小屋になっていました。つまり、馬をつなぐ仕切りはそのまま残してあって、これをかざりたてて、見物の<ruby><rb>桟敷</rb><rt>さじき</rt></ruby>にしてあったのです。そして木造のところは、どこもかしこも色とりどりの色紙で張りめぐらしてありました。ひくい<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>からは、小さな鉄のシャンデリアがさがっていました。そしてその上には、<ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>が一つさかさにはめこまれていて、まるで大きな劇場のように、プロンプターのベルが『リーン、リーン』と鳴りひびくのを合図に、その桶の中にシャンデリアが引き上げられるようになっていました。『リーン、リーン』小さな鉄のシャンデリアが、三、四十センチばかり<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねあがりました。こうして、喜劇が始まることになったのです。

旅行中の、ある若い<ruby><rb>公爵</rb><rt>こうしゃく</rt></ruby>が、<ruby><rb>奥方</rb><rt>おくがた</rt></ruby>といっしょに、ちょうどこの町を通りかかって、きょうの芝居を見物にきていました。そのため、小屋は人でいっぱいでしたが、ただシャンデリアの下だけは小さな<ruby><rb>噴火口</rb><rt>ふんかこう</rt></ruby>のようになっていました。そこには、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ろう</span>が『ポタリ、ポタリ』と落ちるので、だれもすわる人がなかったのです。わたしは、なにもかもながめました。というわけは、小屋の中がひどくむし暑かったので、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の小窓という小窓を、あけはなしておかずにはいられなかったからです。そしてどの小窓の外からも、若い男や女が中をのぞきこんでいました。もっとも、中には警官がいて棒でおどしてはいましたが。

オーケストラのすぐそばに、若い公爵夫妻が、二つの古い<ruby><rb>肘掛</rb><rt>ひじかけ</rt></ruby>いすに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけているのが見えました。いつもなら、この席には町長夫妻がすわることになっていたのですが、今夜ばかりは、ほかの町の人たちとおなじように、木のベンチに腰かけなければなりませんでした。

『まあどうでしょう。タカがタカに追われたというものですわね！』と、奥さんたちが小声で話しあっていました。なにもかもが、このために、いっそうお祭らしくなっていました。シャンデリアがおどりあがりました。のぞいている連中は、指をぶたれました。そうしてわたしは――そうです、この月のわたしは、ぜんたいの喜劇をいっしょに見たのです」――

  


## 第五夜

「きのう」と、月が言いました。「わたしはそうぞうしいパリを見おろしていました。わたしの<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>は、ルーブル<ruby><rb>宮殿</rb><rt>きゅうでん</rt></ruby>の中のあちこちの部屋の中へ入りこんでいきました。みすぼらしい身なりをした、ひとりの年とったお<ruby><rb>婆</rb><rt>ばあ</rt></ruby>さんが――このお婆さんは貧しい階級の人でした――身分のいやしい番人の後について、がらんとした大きな<ruby><rb>玉座</rb><rt>ぎょくざ</rt></ruby>の間にはいってきました。お婆さんはこの広間を見たかったのです。見ないではいられなかったのです。お婆さんがこの部屋までくるのには、なんどもなんども、ちょっとした<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>をしたり、言葉をつくして<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みこんだりしたのでした。

お婆さんはやせこけた手を合せて、まるで教会の中にでもいるように、うやうやしくあたりを見まわしました。

『ここだったんだ！』と、お婆さんは言いました。『ここだ！』

こう言って、金の<ruby><rb>縁飾</rb><rt>ふちかざ</rt></ruby>りのついている、立派なビロードの垂れさがった玉座に近づいて行きました。

『そこだ、そこだ！』とお婆さんは言いました。そして<ruby><rb>膝</rb><rt>ひざ</rt></ruby>をついて、まっかなじゅうたんにキスをしました。――お婆さんは泣いていたと思います。

『これはそのビロードじゃなかったんだよ』と、番人は言いました。そう言う番人の口もとには、<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>がただよいました。

『でも、ここでしたよ！』と、お婆さんは言いました。『こんなふうだったんですもの！』

『こんなだったかもしれないが』と、番人は答えました。『そうじゃないね。窓はたたきこわされ、戸はひっぱがされて、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上には血が流れていたのさ！　――だがね、あんたは、わたしの孫はフランス国の玉座の上で死んだと、言おうと思えば言えるんだよ！』

『死んだ！』とお婆さんはくりかえしました。――それからは、<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>も話さなかったような気がします。ふたりは、まもなくその広間を出て行きました。<ruby><rb>夕暮</rb><rt>ゆうぐれ</rt></ruby>の<ruby><rb>薄明</rb><rt>うすあか</rt></ruby>りが消え<ruby><rb>失</rb><rt>う</rt></ruby>せました。そのためわたしの光は、二倍に明るくなって、フランス国の玉座のまわりの立派なビロードの上を照らしました。きみは、そのお婆さんはだれだったと思いますか？――

わたしはきみに一つの物語をしてあげましょう。それは七月革命のときのこと、あの世にも<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>かしい勝利の日の夕暮だったのです。<ruby><rb>一軒</rb><rt>いっけん</rt></ruby>一軒の家が<ruby><rb>城砦</rb><rt>じょうさい</rt></ruby>となり、一つ一つの窓が<ruby><rb>堡塁</rb><rt>ほうるい</rt></ruby>となっていました。民衆はチュイルリー宮へ向って<ruby><rb>突進</rb><rt>とっしん</rt></ruby>しました。女や子供たちまでも、戦う人々の中にまじっていました。人々は宮殿の部屋や広間の中に<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し入って行きました。ぼろを着た貧しい小さな男の子がひとり、年上の人たちのあいだで<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>に戦っていました。しかしそのうちに、あちこちを<ruby><rb>銃剣</rb><rt>じゅうけん</rt></ruby>でつかれて<ruby><rb>致命傷</rb><rt>ちめいしょう</rt></ruby>を受け、とうとう床の上に<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れました。それは玉座の間での出来事でした。人々は血まみれの男の子をフランス国の玉座の上に横たえて、傷のまわりにビロードを巻きつけました。血潮は王のまっかなじゅうたんの上に流れました。そのありさまはまったく一つの絵でした！　<ruby><rb>華麗</rb><rt>かれい</rt></ruby>な広間、戦っている人々の群れ！

<ruby><rb>引裂</rb><rt>ひきさ</rt></ruby>かれた旗は床の上に落ちていました。三色旗は銃剣の先にはためいていました。そして玉座の上には、青ざめて<ruby><rb>聖</rb><rt>きよ</rt></ruby>らかな顔をした貧しい男の子が、眼を天へ向けて横たわっていました。手足は死との戦いのために、もうぐったりとしていました。あらわな胸、みすぼらしい着物、そしてその上を半ばおおっている、銀のユリの花のついた、立派なビロードのひだ。この子がまだゆりかごの中にいたころ、そのそばで『この子はフランス国の玉座の上で死ぬだろう！』という予言がなされていたのです。母親の心は、新しいナポレオンを<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>みていたのでした。

わたしの光は、その子のお墓の上の<ruby><rb>不滅花</rb><rt>むぎわらぎく</rt></ruby>の花輪にキスをしたものです。そして今夜は、年とったお婆さんのひたいにキスをしました。そのときお婆さんは、きみが絵にすることのできる『フランス国の玉座の上の貧しい男の子』の絵を、夢にみていました」

  


## 第六夜

「わたしはウプサラにいました」と、月が言いました。「わたしは作物の育たない畑と、わずかしか草の<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていない大きな平野を見おろしました。わたしはフュリス河に自分の姿を映しました。ちょうどそのとき、蒸気船にびっくりした魚が、<ruby><rb>葦</rb><rt>あし</rt></ruby>のあいだに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げこみました。わたしの下の方を雲が走っていましたが、長い<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>をオーディンの墓、トールの墓、フレイヤの墓と人々が呼んでいる小高い<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の上に投げていきました。これらの丘の上をおおっている<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>い<ruby><rb>芝生</rb><rt>しばふ</rt></ruby>の中には、人々の名前が切りこまれていました。ここには旅行者たちが自分の名前を<ruby><rb>刻</rb><rt>きざ</rt></ruby>みつけることのできるような記念石もなければ、どこかに自分の姿をえがかせることのできるような<ruby><rb>岩壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>もありません。ですから、ここを<ruby><rb>訪</rb><rt>おとず</rt></ruby>れる人々は芝生を<ruby><rb>刈</rb><rt>か</rt></ruby>りとらせました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はだ</span>の見える地面が、大きな文字や名前となって現われています。そしてそういう文字や名前が、大きな丘の上に張られた一つの<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>のようになっているのです。いわば一種の<ruby><rb>不滅</rb><rt>ふめつ</rt></ruby>です。もっとも、それをまた新しい芝生がおおっていくのですが。

そこに、ひとりの男が立っていました。歌い手でした。男はひろい銀の輪のついた<ruby><rb>蜜酒</rb><rt>みつしゅ</rt></ruby>のさかずきを飲みほして、一つの名前をつぶやきました。そして風に向って、その名前をだれにももらさないようにと<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みました。ところが、わたしは聞いてしまったのです。わたしはその名前を知っていました。その名前の上には、<ruby><rb>伯爵</rb><rt>はくしゃく</rt></ruby>の<ruby><rb>冠</rb><rt>かんむり</rt></ruby>がきらめいています。だからこの男は、その名前を大声で言わなかったのです。わたしはほほえみました。この男の上には、詩人の冠がきらめいているではありませんか！　エレオノーラ・デステの高貴さはタッソーの名前と結びついています。それからまたわたしは知っています、どこに美のバラが<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>くかということを――！」

月がこう言ったとき、<ruby><rb>一片</rb><rt>いっぺん</rt></ruby>の雲が通りすぎました。――詩人とバラのあいだには、どんな雲も割りこまないでいてもらいたいものです。

  


## 第七夜

「波打ちぎわにそって、カシワの木とブナの木の森がひろがっています。そこはいかにもすがすがしい森で、よい<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りがただよっています。春になると、<ruby><rb>幾百</rb><rt>いくひゃく</rt></ruby>ともしれないナイチンゲールが<ruby><rb>訪</rb><rt>おとず</rt></ruby>れてきます。この森のすぐ近くに海があります。永遠に姿を変えている海です。そしてこの森と海とのあいだを、広い国道が通っています。馬車がつぎからつぎへと走っています。けれどもわたしは、その後については行きません。わたしの<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>は、たいてい一つの点にとまるのです。そこには一つの大きな<ruby><rb>塚</rb><rt>つか</rt></ruby>があります。キイチゴの<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>とリンボクが、石の間からのびています。ここに、自然の中の詩があるのです。きみは、人々がこれをどんなふうに考えていると思いますか？　そうだ、わたしがそこで、きのうの夕方から夜にかけて聞いたことだけを話してあげましょう。

最初に金持の農夫がふたり、馬車に乗ってやってきました。

『そこらにあるのは、たいした木じゃないか！』と、ひとりが言いました。

『一本あたり、<ruby><rb>十駄</rb><rt>じゅうだ</rt></ruby>のまきはとれるよ！』と、もうひとりが答えました。

『この冬もきびしい寒さになるぜ。去年は一<ruby><rb>坪</rb><rt>つぼ</rt></ruby>十四ターレルで売ったっけな！』

こう言って、ふたりは通りすぎて行きました。

『ここは道が悪いなあ！』と、べつの馬車で来た人が言いました。

『そりゃあ、あのいまいましい木のためさ！』と、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つれ</span>の者が答えました。

『なにしろここは、海のほうからしか風が<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>いてこないんだからね！』

こう言いながら、このふたりも通りすぎて行きました。駅馬車も通りかかりました。こんなにすばらしい<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>のところへ来ても、みんな<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていました。<ruby><rb>御者</rb><rt>ぎょしゃ</rt></ruby>はラッパを吹きならしました。そして心の中では、『おれの吹き方はうまいもんだ。それによ、ここへ来ると、ほんとうにいい音がでる。だが、みんなはどう思っているかな？』と、こんなことばかりを考えていました。こうして、駅馬車も行ってしまいました。

こんどは、ふたりの若者が馬をとばせてやってきました。この血の中には青春とシャンパン酒があるな、とわたしは思いました。このふたりも、口もとに<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>をうかべながら、<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>のむした<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>と<ruby><rb>薄</rb><rt>うす</rt></ruby>暗い<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みのほうをながめました。

『水車屋のクリスチーネといっしょに、ここを散歩したいなあ！』と、ひとりが言いました。

それから、ふたりは<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>け去りました。あたりの花は、たいへん強くにおいました。そよ風は静かにまどろみました。海はまるで、深い谷の上にひろがっている空の一部になったかのようでした。

また一台の馬車が通りすぎました。中には六人の客が乗っていました。そのうち四人は眠っていました。五人目の男は、自分によく似合うはずの、新しい夏服のことを考えていました。六人目の男は、御者のほうへからだを乗りだして、あそこに積み重ねてある石には、なにか特別のことでもあるのかとたずねました。

『いいや』と、御者は言いました。『ただ、石が積み重ねてあるだけでさあ。だが、あっちの木のほうとなると、特別のことがありますて！』

『どうしてだい？』

『ええ、特別のことがありますとも！　<ruby><rb>旦那</rb><rt>だんな</rt></ruby>、冬になって、雪が深くつもりますってえと、何もかも一面に平らになってしまいまさ。そんなとき、あっしの目印になるのが、あの木でしてね、あいつを<ruby><rb>頼</rb><rt>たよ</rt></ruby>りにして行くからこそ、海にもはまりこまねえですむってもんでさ。だからね、あいつは特別なんですよ！』――こう言って、走り去りました。

そこへ、ひとりの画家がやってきました。その眼はきらめきました。<ruby><rb>一言</rb><rt>ひとこと</rt></ruby>も物を言いませんでした。画家は<ruby><rb>口笛</rb><rt>くちぶえ</rt></ruby>を吹きました。ナイチンゲールが歌いはじめました。<ruby><rb>一羽</rb><rt>いちわ</rt></ruby>また一羽と、だんだん高く。

『だまれ！』と、画家はどなって、すべての色と<ruby><rb>濃淡</rb><rt>のうたん</rt></ruby>とを非常にくわしくかきとめました。『青、<ruby><rb>薄紫</rb><rt>うすむらさき</rt></ruby>、<ruby><rb>濃褐色</rb><rt>のうかっしょく</rt></ruby>！』これはすばらしい絵になるでしょう！　画家は、鏡がものの姿をうつすように、それをうつしとったのです。そしてそうしながら、ロッシーニの行進曲を口笛で吹いていました。

最後にやってきたのは貧しい女の子でした。女の子は塚のそばで休んで、荷物をおろしました。美しい青白い顔を森のほうへ向けて、そこからひびいてくる物音に耳をかたむけました。海のかなたの大空を見上げたとき、女の子の眼はきらきらと<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きました。両手が合されました。『主の<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>り』をとなえたように思われます。この子は自分でも、自分自身の中を流れている感情がわかりませんでした。しかし、わたしは知っています。長い年月がたつうちには、この<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>とまわりの自然とが、画家がきまった絵具でえがきだしたよりもずっと美しく、さらにいっそう忠実に、この子の思い出のうちにときおり生きかえってくるだろうということを。わたしの光は、<ruby><rb>暁</rb><rt>あかつき</rt></ruby>の光が女の子のひたいにキスをするまで、この子の後について行きました！」

  


## 第八夜

重い雲が空一面にたれこめて、月はまったく姿を現わしませんでした。わたしは二重のさびしい思いにかられながら、わたしの小部屋の中に立って、いつも月が<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>き出てくるあたりの空をながめていました。わたしの思いは広くかけめぐりました。そして、毎晩あんなに美しい話を聞かせてくれたり、すばらしい絵を見せてくれたりした、<ruby><rb>偉大</rb><rt>いだい</rt></ruby>な友だちのことに思い<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>びました。

そうです、いままでにこの月の体験しなかったことがあるでしょうか！　ノアの<ruby><rb>大洪水</rb><rt>だいこうずい</rt></ruby>のときにも、その水の上を<ruby><rb>帆走</rb><rt>ほばし</rt></ruby>ったのです。そして、ちょうどいまわたしにほほえみかけているのと同じように、<ruby><rb>箱船</rb><rt>はこぶね</rt></ruby>の上にほほえみかけて、やがて花<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>き出ようとする新しい世界の<ruby><rb>慰</rb><rt>なぐさ</rt></ruby>めをもたらしたのです。イスラエルの人民が泣きぬれてバビロンの<ruby><rb>河辺</rb><rt>かわべ</rt></ruby>に立ったとき、あの月は<ruby><rb>竪琴</rb><rt>たてごと</rt></ruby>のかかっているヤナギの木のあいだから、悲しげにそれをのぞいたこともあるのです。ロメオが<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>の上によじのぼって、まことの愛の<ruby><rb>接吻</rb><rt>せっぷん</rt></ruby>が天使の思いのように天へとのぼって行ったとき、まるい月は黒い<ruby><rb>糸杉</rb><rt>いとすぎ</rt></ruby>のあいだに半ばかくれて、<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきった空に<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>んでいたこともあるのです。また、セント・ヘレナの島に<ruby><rb>幽閉</rb><rt>ゆうへい</rt></ruby>された<ruby><rb>英雄</rb><rt>えいゆう</rt></ruby>が、<ruby><rb>荒寥</rb><rt>こうりょう</rt></ruby>たる岩頭に立って、胸に雄志を<ruby><rb>抱</rb><rt>いだ</rt></ruby>きながら<ruby><rb>大海原</rb><rt>おおうなばら</rt></ruby>をながめやっている姿を見たこともあるのです。

そうです、月にとって話せないようなことが何かあるでしょうか！　この世界の生活は、月にとっては一つのおとぎばなしなのです。なつかしい友よ、今夜わたしはきみの姿を見ません。きみの訪問の記念に、どんな絵をもかくことができません。――こうしてわたしが、<ruby><rb>夢想</rb><rt>むそう</rt></ruby>にふけりながら雲の中を見上げますと、そこが明るくなりました。それは一すじの月の光でした。けれども、その光はすぐまた消えてしまいました。黒い雲がすべって行ったのです。しかし、それこそ<ruby><rb>挨拶</rb><rt>あいさつ</rt></ruby>でした。月がわたしに送ってくれた、やさしい晩の挨拶だったのです。

  


## 第九夜

空気はまた<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みわたりました。<ruby><rb>幾晩</rb><rt>いくばん</rt></ruby>か、たっていました。月は<ruby><rb>上弦</rb><rt>じょうげん</rt></ruby>になっていました。わたしはふたたびスケッチをしようという考えを起しました。――月の話してくれたことをお聞きください。

「わたしはグリーンランドの東海岸まで、北極鳥と、泳いでいるクジラの後を追って行きました。氷と雲とにおおわれた<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の岩山が谷をとりまいていました。ヤナギとコケモモが<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>きそろい、よい<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りのするセンオウは<ruby><rb>甘</rb><rt>あま</rt></ruby>い<ruby><rb>匂</rb><rt>にお</rt></ruby>いをひろげていました。わたしの光は弱く、わたしのまるい顔も、<ruby><rb>茎</rb><rt>くき</rt></ruby>からもぎとられて何週間も水の上をただよっているスイレンの葉のように、青ざめていました。北極光の<ruby><rb>冠</rb><rt>かんむり</rt></ruby>が、もえさかっていました。その光の輪は広くて、光の線は<ruby><rb>渦</rb><rt>うず</rt></ruby>巻く火柱のように大空ぜんたいにひろがって、緑と<ruby><rb>紅</rb><rt>くれない</rt></ruby>とにきらめいていました。

この地方に住んでいる人たちが<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りと<ruby><rb>娯楽</rb><rt>ごらく</rt></ruby>のために集まっていましたが、この美しさを見ても、ふだん見なれているために、だれひとり<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>く者はありませんでした。この人たちは、『死人の<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>は、<ruby><rb>海象</rb><rt>せいうち</rt></ruby>の頭といっしょに踊らせておけばいい』という、この人たちなりの<ruby><rb>信仰</rb><rt>しんこう</rt></ruby>に従って考えていたのです。心も、<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>も、歌と踊りにばかり向けられていました。輪になったまん中に、<ruby><rb>手太鼓</rb><rt>てだいこ</rt></ruby>を持ったひとりのグリーンランド人が毛皮も着ないで立っていて、<ruby><rb>海豹捕</rb><rt>あざらしと</rt></ruby>りの歌の<ruby><rb>音頭</rb><rt>おんど</rt></ruby>をとっていました。すると合唱隊は『エイア、エイア、ア！』とそれに応じました。そうして、白い毛皮を着て、まるい輪をつくって<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねまわりました。そのありさまは、まるで北極<ruby><rb>熊</rb><rt>ぐま</rt></ruby>の<ruby><rb>舞踏会</rb><rt>ぶとうかい</rt></ruby>のようでした。眼と頭が、思いきりはげしく動いていました。

そのうちに、裁判と判決が始まりました。<ruby><rb>仲違</rb><rt>なかたが</rt></ruby>いをしている人たちが前に歩みでて、まず<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>ずかしめを受けた者が相手の悪いことを<ruby><rb>即興</rb><rt>そっきょう</rt></ruby>の歌にして、<ruby><rb>大胆</rb><rt>だいたん</rt></ruby>にあざけって言いたてました。こうしたことはみんな、太鼓に合せて踊っている<ruby><rb>最中</rb><rt>さいちゅう</rt></ruby>に行われるのです。<ruby><rb>訴</rb><rt>うった</rt></ruby>えられたほうの者も、同じようにずる<ruby><rb>賢</rb><rt>がしこ</rt></ruby>くそれに答えます。すると、集まっている人たちが笑いさざめきながら、ふたりのあいだに判決をくだすのでした。岩山はとどろき、<ruby><rb>氷塊</rb><rt>ひょうかい</rt></ruby>がくずれ落ちました。落下する大きな<ruby><rb>塊</rb><rt>かたま</rt></ruby>りが、<ruby><rb>途中</rb><rt>とちゅう</rt></ruby>でこなごなにくだけ散りました。それはグリーンランドらしい、美しい夏の夜でした。

そこから百歩ばかり<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れたところに、入口のひらいた、皮のテントがあって、その中にひとりの病人がねていました。その暖かい血の中にはまだ生命が流れていました。でも、もうこの男は死ななければなりませんでした。自分でもそう思っていましたし、まわりの者もみんなそう思っていたのです。ですから、その男の妻は、後になって死人のからだにさわらないでもいいように、夫のからだのまわりに皮の<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>をしっかりと<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いつけて、たずねました。

『あんたは、あの岩の上の固い雪の中に<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>めてもらいたいの？　それならわたしは、そこをあんたのカヤックとあんたの矢で<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>ってあげるよ。アンゲコックがその上を踊ってくれるだろうよ。それとも、海の中へ<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>めてもらいたい？』

『海の中へ』と、男はささやいて、悲しげな<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>を<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>べながら、うなずきました。

『あそこは気持のいい夏のテントだからね』と、妻は言いました。『あそこなら<ruby><rb>海豹</rb><rt>あざらし</rt></ruby>も何千となく<ruby><rb>跳</rb><rt>と</rt></ruby>びはねているし、足もとには<ruby><rb>海象</rb><rt>せいうち</rt></ruby>がねむっているんだもの。漁はたしかで、おもしろいにちがいないわ！』

それから、子供たちは泣き悲しみながら、窓に張ってあった皮を引きちぎりました。こうして<ruby><rb>瀕死</rb><rt>ひんし</rt></ruby>の病人を海へ、大波のうねっている海へ、連れだそうというのです。その海こそは、生きているあいだはこの男に食べ物を<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>え、いまは、死んでから後の安息を与えるのです。墓標となるのは、夜となく昼となくたえず変化しながら、ただよっている氷山です。その氷塊の上では海豹がまどろみ、海つばめはその上を飛びこえて行くのです」

  


## 第十夜

「わたしはひとりの<ruby><rb>老嬢</rb><rt>オールドミス</rt></ruby>を知っていました」と、月が言いました。「この人は冬になると、いつも黄色いしゅすの<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>を着ていましたが、それはきまって新しいものでした。それがこの人にとっての、ただ一つの流行だったのです。夏には、いつも同じ麦わら<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶっていました。そして、同じ<ruby><rb>青灰色</rb><rt>せいかいしょく</rt></ruby>の着物をきていたような気がします。

この人は通りをへだてた向いにいる、ひとりの年とった女友だちのところへ出かけて行くだけでした。けれども、その友だちも死んでしまいましたので、去年はそれさえもしませんでした。わたしの老嬢はいつもひとりぽっちで、窓の中がわで立ち働いていました。そこには夏じゅう美しい花が<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>き、冬には毛織帽子の上にきれいなタガラシがさしてありました。ところが先月は、この人はもう窓ぎわにすわっていませんでした。でも、まだ生きてはいたのです。わたしには、それがよくわかっているのです。というのは、この人があの女友だちとよく話していた大旅行に出かけるのを、わたしはまだ見ていなかったからです。

『そうよ』と、そのとき、この人は言っていました。『わたしはいつか死んだら、一生のうちにしたよりももっと大きな旅行をするのよ。ここから六マイル<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れたところに、わたしの家の墓地があるわ。そこへわたしは運ばれていって、親類の人たちといっしょに<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るのよ』

ゆうべ、その家の前に一台の車がとまりました。人々は一つの<ruby><rb>棺</rb><rt>ひつぎ</rt></ruby>を運びだしました。それでわたしは、あの人が死んだことを知りました。人々は棺のまわりにわらをかけました。それから、車は動きだしました。そこには、去年一度も家から出たことのない老嬢が、静かに眠っていました。

車はまるで楽しい旅にでも出かけるように、すばらしい勢いで町から出て行きました。国道に出ると、いっそう早くなりました。<ruby><rb>御者</rb><rt>ぎょしゃ</rt></ruby>は二、三度そっとうしろを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り向きました。もしかしたらあの人が、黄色いしゅすの外套を着て、棺の上にすわっていはしないかと、心配しているようでした。そのため御者はめちゃめちゃに馬に<ruby><rb>鞭</rb><rt>むち</rt></ruby>をあてたり、<ruby><rb>手綱</rb><rt>たづな</rt></ruby>をぐっと引きしぼったりしました。それで、馬はふうふう<ruby><rb>泡</rb><rt>あわ</rt></ruby>をふきだしていました。馬は若くて元気でした。ウサギが一ぴき、道を横ぎりました。馬はまっしぐらに走って行きました。もの静かな老嬢は、生きているときは、年がら年じゅう家の中の同じ場所だけをゆっくりと動きまわっていましたのに、死んだいまとなって、このひろびろとした国道を真一文字に走って行くのでした。

わらのむしろで包んであった棺が<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ね上がって、道の上に落っこちました。ところが、馬と御者と車とは、そんなことにはかまわずに、<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ<ruby><rb>狂</rb><rt>くる</rt></ruby>ったように<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>け去ってしまいました。ヒバリが歌いながら野から<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがって、棺の上のほうで朝の歌をさえずりました。それから、棺の上にとまって、くちばしでむしろをつつきました。そのようすは、まるで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さなぎ</span>を<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>きやぶろうとでもしているようでした。それからヒバリは、ふたたび歌いながら、大空に舞い上がりました。そしてわたしは赤い朝雲のうしろに引きさがったのです」

  


## 第十一夜

「<ruby><rb>婚礼</rb><rt>こんれい</rt></ruby>の<ruby><rb>祝宴</rb><rt>しゅくえん</rt></ruby>がありました」と、月が話しました。「歌がうたわれ、健康を祝ってさかずきがあげられました。すべてが豊かで、はなやかでした。お客たちも帰っていきました。もう真夜中をすぎていました。母親たちは<ruby><rb>花婿</rb><rt>はなむこ</rt></ruby>と<ruby><rb>花嫁</rb><rt>はなよめ</rt></ruby>にキスをしました。わたしは、花婿花嫁がふたりだけになったのを見ました。けれども、カーテンがほとんどすっかり引かれていて、ランプがこの楽しい部屋を照らしていました。

『みんな帰ってくれてありがたい！』と、花婿は言って、花嫁の両手と<ruby><rb>唇</rb><rt>くちびる</rt></ruby>にキスをしました。花嫁はほほえみ、そして泣きました。<ruby><rb>蓮</rb><rt>はす</rt></ruby>の花が流れる水の上に休らうように、ふるえながら花婿の胸に頭をもたせて、そしてふたりはやさしい幸福な言葉をささやきあいました。『ぐっすりおやすみ』と、花婿は言いました。花嫁はカーテンをわきへ引きよせました。

『まあ、なんてきれいなお月さまなんでしょう！』と、花嫁が言いました。『ごらんなさいな、あんなに静かで、あんなに明るいわ！』それからランプを消しました。楽しい部屋の中はまっくらになりました。しかしわたしの光は、花婿の<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>が<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていたように、輝いていました。――女性よ、詩人が生命の神秘をうたうときには、その<ruby><rb>竪琴</rb><rt>たてごと</rt></ruby>にキスをなさい！」

  


## 第十二夜

「わたしはポンペーの一つの光景をきみに話してあげましょう」と、月が言いました。「わたしは『墓場通り』といわれている<ruby><rb>郊外</rb><rt>こうがい</rt></ruby>にいました。そこには美しい<ruby><rb>記念碑</rb><rt>きねんひ</rt></ruby>がいくつか立っています。そのむかし<ruby><rb>狂喜</rb><rt>きょうき</rt></ruby>した若者たちが、ひたいにバラの花を巻いて、美しいライスの<ruby><rb>姉妹</rb><rt>しまい</rt></ruby>たちと<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>ったところです。いま、そこは死んだように静まりかえっていました。ナポリに勤務しているドイツ兵が警備にあたっていて、トランプやさいころ遊びをやっていました。

外国人の一団が警備兵につきそわれて、山の向うから町の中へはいってきました。この人たちは、わたしの照り<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>く光の中で、墓の中からよみがえった都市を見ようと思ったのです。そこでわたしは、広い<ruby><rb>熔岩</rb><rt>ようがん</rt></ruby>をしきつめた街路にのこっている車輪の<ruby><rb>跡</rb><rt>あと</rt></ruby>を見せてやりました。それからまた、戸口に書いてある名前や、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>のままにかかっている看板を見せてやったりしました。その人たちは、小さい中庭では貝がらで<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>られた<ruby><rb>噴水</rb><rt>ふんすい</rt></ruby>受けの<ruby><rb>水盤</rb><rt>すいばん</rt></ruby>を見ました。しかし、いまは水も<ruby><rb>噴</rb><rt>ふ</rt></ruby>き上がってはいませんでした。また金属製の犬が戸口の番をしている色あざやかな部屋々々からも、歌声一つひびいてはきませんでした。

それは死の都でした。ただベスビオの山だけは、あいもかわらず永遠の<ruby><rb>讃歌</rb><rt>さんか</rt></ruby>をとどろかしていました。その一つ一つの詩句を、人間は新しい<ruby><rb>爆発</rb><rt>ばくはつ</rt></ruby>と呼んでいるのです。わたしたちはビーナスの<ruby><rb>神殿</rb><rt>しんでん</rt></ruby>に行きました。それはきらきら光るまっ白な大理石でできていました。広い階段の前に高い<ruby><rb>祭壇</rb><rt>さいだん</rt></ruby>があって、円柱のあいだに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えているしだれヤナギはいきいきとしていました。空気はすきとおって<ruby><rb>碧色</rb><rt>あおいろ</rt></ruby>をしていました。背景にはベスビオの山が黒々とそびえていて、そこから噴きでる火は<ruby><rb>笠松</rb><rt>かさまつ</rt></ruby>の幹のように立ちのぼっていました。<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>の雲が夜の静けさの中に照らしだされて、笠松のこずえのように、血のように赤くひろがっていました。

この一団の中にひとりの<ruby><rb>歌姫</rb><rt>うたひめ</rt></ruby>がいました。この歌姫はほんとうにすぐれた声楽家で、わたしはヨーロッパの大都会でこの人がほめそやされているのを見たことがあります。人々が悲劇の劇場に近づいたとき、みんなは円形劇場の石の段の上にすわりました。こうして数千年前と同じように、ふたたびこの劇場のわずかな場所が人々に<ruby><rb>占</rb><rt>し</rt></ruby>められたのです。<ruby><rb>舞台</rb><rt>ぶたい</rt></ruby>はまだ昔のままになっていました。<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>を<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>った側面と、背景に二つのアーチがあって、そこから以前の時代と同じ<ruby><rb>装飾</rb><rt>そうしょく</rt></ruby>が見えました。つまりそれは自然そのもののことで、ソレントとアマルフィのあいだの山々です。

歌姫はたわむれに古代の舞台に上がって歌いました。この場所が<ruby><rb>霊感</rb><rt>れいかん</rt></ruby>を<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えたのです。わたしは思わずも、鼻息あらく、たてがみをなびかせつつ走り去るアラビアの野馬を思いださずにはいられませんでした。歌姫の歌には、ちょうどそれと同じ<ruby><rb>軽</rb><rt>かろ</rt></ruby>やかさと確かさとがありました。またわたしは、ゴルゴタの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の<ruby><rb>十字架</rb><rt>じゅうじか</rt></ruby>の下で苦しみ<ruby><rb>悩</rb><rt>なや</rt></ruby>む母親のことを思わずにはいられませんでした。ちょうどそれと同じ心にしみ入る、深い苦痛が現われていました。そしてあたりには、数千年の昔と同じように、ふたたび<ruby><rb>拍手</rb><rt>はくしゅ</rt></ruby>と<ruby><rb>歓呼</rb><rt>かんこ</rt></ruby>の声がひびきわたりました。

『しあわせな人！　すばらしい才能にめぐまれた人！』と、みんなは歓声をあげました。

三分後には舞台は<ruby><rb>空</rb><rt>から</rt></ruby>になりました。すべてが去りました。もう物音一つ聞えなくなりました。あの一団は歩み去ったのです。しかし、<ruby><rb>廃墟</rb><rt>はいきょ</rt></ruby>はあいもかわらず立っていました。これからもなお数百年のあいだ、このままに立ちつづけることでしょう。そしてこの<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>の<ruby><rb>喝采</rb><rt>かっさい</rt></ruby>のことも、美しい歌姫のことも、その歌声やほほえみのことも、だれひとり知る者もなく、忘れられ、過ぎ去ってしまうのです。わたし自身にとっても、この<ruby><rb>一時</rb><rt>いっとき</rt></ruby>はすでに消え去った思い出なのです」

  


## 第十三夜

「わたしはある編集者の窓をのぞきこみました」と、月が言いました。「そこはドイツのどこかでした。その部屋には、りっぱな家具と、たくさんの書物と、乱雑に積みかさねた新聞がありました。若い男が<ruby><rb>幾人</rb><rt>いくにん</rt></ruby>もいました。編集長自身は大きな机のそばに立っていました。二冊の小さい本が、いずれも若い作家の書いたものですが、それが批評されることになっていました。

『この一冊はぼくに送ってよこしたものなんだが』と、編集長は言いました。『ぼくはまだ読んでいない。だが、きれいな<ruby><rb>装幀</rb><rt>そうてい</rt></ruby>だね。内容はきみたちどう思う？』

『ええ』と、ひとりが言いました。この人自身詩人でした。『とてもいいですよ。すこし長たらしくてだらだらしていますが、まあなんといっても若い人ですからね。詩句にしたって、もうすこし直すこともできるでしょう。思想はたいへん<ruby><rb>穏健</rb><rt>おんけん</rt></ruby>です。むろん、ごくありふれた考え方ですけども。しかし、どう言うべきでしょう？　何か新しいものを見つけようったって、いつも見つかるわけじゃないんですから、ほめてやっていいと思います。といったところで、この男が詩人としてりっぱなものになろうなどとは、ぼくもけっして思ってはいません。ともかく知識もあり、すぐれた東洋学者でもあり、またたいへん穏健な批評をする人なんです。ぼくの“家庭生活についての<ruby><rb>随想録</rb><rt>ずいそうろく</rt></ruby>”にりっぱな批評を書いたのは、この男なんですよ。若い人に対しては<ruby><rb>寛大</rb><rt>かんだい</rt></ruby>でいてやりたいものです』

『いや、あれはまったくの<ruby><rb>愚物</rb><rt>ぐぶつ</rt></ruby>ですよ』と、この部屋にいたもうひとりの<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>が言いました。『詩では<ruby><rb>凡庸</rb><rt>ぼんよう</rt></ruby>ということぐらい悪いことはありませんよ。それにあの男ときたら、一歩も凡庸以上に出ていないんですからね』

『かわいそうなやつ！』と、第三の男が言いました。『しかもこの男の<ruby><rb>叔母</rb><rt>おば</rt></ruby>さんは、この男のことを喜びとしているんです。その叔母さんていうのは、編集長さん、あなたのこのあいだの<ruby><rb>翻訳</rb><rt>ほんやく</rt></ruby>にあんなに大勢の予約者を集めてくれた人なんですよ――』

『ああ、あの親切な婦人ね！　うん、ぼくはこの本をごく簡単に批評することにしたよ。疑う余地なき才能！　<ruby><rb>歓迎</rb><rt>かんげい</rt></ruby>すべき<ruby><rb>天賦</rb><rt>てんぷ</rt></ruby>の素質！　詩の<ruby><rb>園</rb><rt>その</rt></ruby>に<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いた一輪の花！　装幀もいい、などとね。ところで、もう一つの本はどうだろう！　あの著者は、ぼくにも買わせようという腹らしい。――評判がいいよ。あの男は天才をもっているんだね。きみたち、そう思わないかね？』

『ええ、みんなはそう言いたててますね』と、さっきの詩人が言いました。『だけど、すこし<ruby><rb>粗雑</rb><rt>そざつ</rt></ruby>ですよ。コンマの打ち方なんか、あまりにも天才的すぎますね』

『あの男はこきおろしてやって、ちっとは腹をたてさせたほうがためになりますよ。さもなきゃ、のぼせあがってしまいますからね』

『しかし、それは不当です』と、第四の男が大声に言いました。『そんな小さい欠点ばかりをかぞえたてないで、いいものを喜びましょうよ。しかもここには、それがたくさんあるんです。まったく、あの男は衆をぬきんでていますよ』

『とんでもない！　もしあの男がほんとうの天才だとすれば、そのくらいの<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>い非難にだって<ruby><rb>耐</rb><rt>た</rt></ruby>えることができるさ。あの男を個人的にほめる者はいくらでもある。われわれはあの男を<ruby><rb>慢心</rb><rt>まんしん</rt></ruby>させないようにしようじゃないか！』

『疑う余地なき才能！』と、編集長は書きました。『だれにもありがちの不注意。この著者もまた不幸な詩句を書くことは、二十五ページに見いだされる。そこには二つの<ruby><rb>母音重複</rb><rt>ぼいんちょうふく</rt></ruby>がある。古人についてさらに研究されんことを切望する、<ruby><rb>云々</rb><rt>うんぬん</rt></ruby>』

わたしはそこを立ち去りました」と、月は言いました。「それから、その叔母さんの家の窓をのぞいてみました。そこには評判のいいおとなしい詩人が、招待されたすべての客から<ruby><rb>賞讃</rb><rt>しょうさん</rt></ruby>されてすわっていました。この人は<ruby><rb>幸</rb><rt>しあわ</rt></ruby>せでした。

わたしはもうひとりの詩人を、粗雑な詩人をさがしました。この人もまた、ひとりの<ruby><rb>後援者</rb><rt>こうえんしゃ</rt></ruby>のところに集まった大勢の人々の中にいました。そこでは、もうひとりの詩人の本が話題にのぼっていました。

『わたしはあなたの本も読みましょう』と、後援者が言いました。『しかし<ruby><rb>正直</rb><rt>しょうじき</rt></ruby>に言うと、あなたも知っての通り、わたしは自分の思っていることをなんでも言ってしまう人間ですが、こんどの本に対してはそんなに期待していませんよ。あなたはあまりに粗雑すぎる！　空想的すぎる――といっても、あなたが人間としてきわめて尊敬すべき人であることは、わたしも認めています』

ひとりの若い<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>が<ruby><rb>片隅</rb><rt>かたすみ</rt></ruby>にすわって、本を読んでいました。

――天才のほまれはどろにまみるれど、

凡庸のわざは空高くかかげらる！――

『こは古き語り草なれど、

なおつねに新たなり！』」

  


## 第十四夜

月が話しました。「森の道にそって、<ruby><rb>二軒</rb><rt>にけん</rt></ruby>の農家があります。戸口は低く、窓は上と下とについています。あたりにはサンザシやヘビノボラズが生えています。屋根は<ruby><rb>苔</rb><rt>こけ</rt></ruby>でおおわれていて、黄色い花やイワレンゲが<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いています。小さい庭にはキャベツと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばれいしょ</span>があるだけですが、<ruby><rb>生垣</rb><rt>いけがき</rt></ruby>にはニワトコが花をいっぱいに咲かせています。

その下に、ひとりの小さい女の子がすわっていました。その子は<ruby><rb>鳶色</rb><rt>とびいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>で、二軒の家のあいだに立っている古いカシワの木をじっと見つめていました。この木は<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れた高い幹を持っているのですが、その上の方は<ruby><rb>鋸</rb><rt>のこぎり</rt></ruby>でひき切られていました。そこにコウノトリが<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>をつくっていました。ちょうどいまコウノトリがその上に立って、くちばしをガチャガチャやっていました。

ひとりの小さい男の子が出てきて、女の子のそばに<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>びました。このふたりは<ruby><rb>兄妹</rb><rt>きょうだい</rt></ruby>だったのです。

『何を見てるんだい？』と、男の子はききました。

『コウノトリを見てるのよ』と、女の子が言いました。『おとなりのおばさんがね、コウノトリが今夜あたしたちに小さい弟か妹を連れてきてくれるって言ったの。だからあたし、コウノトリが来るのを見ようと思って、気をつけてるのよ』

『コウノトリなんて、なんにも持ってきやしないさ』と、男の子が言いました。『いいかい、おとなりのおばさんは、ぼくにもおんなじことを言ったけど、そう言ったとき笑ってたんだ。それでぼく、おばさんに、きっとですかって、きいたのさ。――だけどおばさんは返事ができなかったんだぜ。だからぼくには、ちゃんとわかっちゃったんだ。コウノトリの話なんて、ぼくたち子供にほんとうらしく思わせるだけのことさ！』

『だけど、そんなら赤ちゃんはどこから来るの？』と、女の子はたずねました。

『神さまが連れてきてくださるのさ』と、男の子は言いました。『神さまは<ruby><rb>外套</rb><rt>がいとう</rt></ruby>の下に入れて連れていらっしゃるんだよ。だけども、人間は神さまの姿を見ることができない。だから、神さまが<ruby><rb>赤</rb><rt>あか</rt></ruby>ん<ruby><rb>坊</rb><rt>ぼう</rt></ruby>を連れていらっしゃるのも、ぼくたちには見えないのさ』

その<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>、ニワトコの木の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>の中でザワザワという音がしました。子供たちは両手を合せて、<ruby><rb>互</rb><rt>たが</rt></ruby>いに顔を見合せました。たしかに神さまが子供を連れてきたのです。――ふたりは手を取り合いました。家の戸があきました。それはおとなりのおばさんでした。

『さあ、はいってらっしゃい』と、おばさんは言いました。『コウノトリが何を持ってきてくれたかごらんなさい。ちっちゃな弟さんよ！』すると、子供たちはうなずきました。ふたりとも、その弟が来たことを、もうちゃんと知っていたのです」

  


## 第十五夜

「わたしはリューネブルクの<ruby><rb>荒野</rb><rt>こうや</rt></ruby>の上をすべって行きました」と月が言いました。「道ばたに小屋が<ruby><rb>一軒</rb><rt>いっけん</rt></ruby>、ぽつんと立っていました。葉の散り落ちた<ruby><rb>藪</rb><rt>やぶ</rt></ruby>が二つ三つ、そのすぐそばにありました。そこでは、どこからか迷いこんできたナイチンゲールが歌をうたっていました。けれども、ナイチンゲールは夜の寒さのために死ななければなりません。わたしが聞いたのは、そのナイチンゲールのこの世での最後の歌だったのです。

<ruby><rb>暁</rb><rt>あかつき</rt></ruby>の光が<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きました。旅人の一隊がやってきました。それは外国へ移住して行く農夫の一家でした。船でアメリカへ<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>ろうとして、ブレーメンかハンブルクへ行くところだったのです。この人たちはアメリカへ行けば、幸運が、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>みている幸運が、花を開くものと思っていたのでした。女たちは小さい子供を背中に背負っていました。いくらか大きい子供たちはそのそばを<ruby><rb>跳</rb><rt>と</rt></ruby>びはねていました。やせこけた一頭の馬が、わずかばかりの家具をのせた車を引いていました。

つめたい風が<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>いてきました。それで小さい女の子は、母親のそばにぐっとからだをすり寄せました。母親は、かけはじめたわたしのまるい月の輪を見上げながら、故郷でなめてきたひどい苦労のことを思いうかべたり、<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>うことのできなかった重い税金のことを考えたりしていました。それは、この一行のだれもが考えていることでした。だから赤々と輝く暁の光は、ふたたび<ruby><rb>訪</rb><rt>おとず</rt></ruby>れてくるであろう幸運の太陽の<ruby><rb>福音</rb><rt>ふくいん</rt></ruby>のように思われたのです。いまにも死にそうなナイチンゲールの歌声を聞いても、それは悪い予言者ではなく、幸運の告知者のように聞えたのです。風がヒューヒューと鳴っていました。ですから人々には、ナイチンゲールのうたう歌がわかりませんでした。

『安らかに海を渡れ！　長い<ruby><rb>船路</rb><rt>ふなじ</rt></ruby>のために、おまえは持てるすべてのものを支払った。貧しくよるべなく、おまえはおまえのカナーンの地を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>むだろう。おまえはみずからを売り、妻を売り、子供を売らねばならない。だが、長く苦しむことはない！　<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>り高い広い葉かげに、死の<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>がすわっている。その<ruby><rb>歓迎</rb><rt>かんげい</rt></ruby>のキスは、おまえの血の中に死の熱病を吹きこむのだ。ゆけよ、ゆけ、<ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>りあがる大波を<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えて！』

旅人の一行は、喜んでナイチンゲールの歌に聞きいりました。というのは、その歌がやがて来る幸福をうたっているように思われたからです。<ruby><rb>薄雲</rb><rt>うすぐも</rt></ruby>のあいだから日が輝いてきました。農夫たちは荒野を横切って教会へ行きました。黒い着物を着て、頭を厚い白い<ruby><rb>麻布</rb><rt>あさぬの</rt></ruby>でつつんだ女たちの姿は、教会の中の古い絵からおりたってきたのではないかと思われました。このあたりを取り巻いているものは、ひろびろとした<ruby><rb>荒寥</rb><rt>こうりょう</rt></ruby>たる<ruby><rb>環境</rb><rt>かんきょう</rt></ruby>ばかりでした。<ruby><rb>乾</rb><rt>ひ</rt></ruby>からびた<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>のヒースと、うす黒く<ruby><rb>焦</rb><rt>こ</rt></ruby>げた<ruby><rb>芝草</rb><rt>しばくさ</rt></ruby>が、白い<ruby><rb>砂洲</rb><rt>さす</rt></ruby>のあいだに見えるだけでした。女たちは<ruby><rb>讃美歌</rb><rt>さんびか</rt></ruby>の本を持って、教会のほうへ行きました。ああ、<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>れよ！　盛りあがる大波のかなたの墓場へさすらい行く人々のために祈れよ！」

  


## 第十六夜

「わたしはひとりのプルチネッラを知っています」と、月が言いました。「見物人はこの男の姿を見ると、大声にはやしたてます。この男の動作は一つ一つがこっけいで、小屋じゅうをわあわあと笑わせるのです。けれどもそれは、わざと笑わせようとしているわけではなく、この男の生れつきによるのです。この男は、ほかの男の子たちといっしょに<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けまわっていた小さいころから、もうプルチネッラでした。自然がこの男をそういうふうにつくっていたのです。つまり、背中に一つと胸に一つ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こぶ</span>をしょわされていたのです。ところが内面的なもの、精神的なものとなると、じつに豊かな天分を<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えられていました。だれひとり、この男のように深い感情と精神のしなやかな<ruby><rb>弾力性</rb><rt>だんりょくせい</rt></ruby>を持っている者はありませんでした。

劇場がこの男の理想の世界でした。もしもすらりとした美しい姿をしていたなら、この男はどのような<ruby><rb>舞台</rb><rt>ぶたい</rt></ruby>に立っても一流の悲劇役者になっていたことでしょう。<ruby><rb>英雄的</rb><rt>えいゆうてき</rt></ruby>なもの、<ruby><rb>偉大</rb><rt>いだい</rt></ruby>なものが、この男の<ruby><rb>魂</rb><rt>たましい</rt></ruby>にはみちみちていたのでした。でもそれにもかかわらず、プルチネッラにならなければならなかったのです。苦痛や<ruby><rb>憂鬱</rb><rt>ゆううつ</rt></ruby>さえもがこの男の深刻な顔にこっけいな<ruby><rb>生真面目</rb><rt>きまじめ</rt></ruby>さを加えて、お気に入りの役者に手をたたく大勢の見物人の笑いをひき起すのです。

美しいコロンビーナはこの男に対してやさしく親切でした。でもアルレッキーノと<ruby><rb>結婚</rb><rt>けっこん</rt></ruby>したいと思っていました。もしもこの『美女と<ruby><rb>野獣</rb><rt>やじゅう</rt></ruby>』とが結婚したとすれば、じっさい、あまりにもこっけいなことになったでしょう。プルチネッラがすっかり<ruby><rb>不機嫌</rb><rt>ふきげん</rt></ruby>になっているときでも、コロンビーナだけはこの男をほほえませることのできる、いや大笑いをさせることのできるただひとりの人でした。最初のうちはコロンビーナもこの男といっしょに憂鬱になっていましたが、やがていくらか落ちつき、最後には<ruby><rb>冗談</rb><rt>じょうだん</rt></ruby>ばかりを言いました。

『あたし、あんたに何が欠けているか知ってるわ』と、コロンビーナは言いました。『それは<ruby><rb>恋愛</rb><rt>れんあい</rt></ruby>なのよ』

それを聞くと、プルチネッラは笑いださずにはいられませんでした。

『ぼくと恋愛だって！』と、この男は<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びました。『そいつはさぞかし<ruby><rb>愉快</rb><rt>ゆかい</rt></ruby>だろうな！　見物人は<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>になって<ruby><rb>騒</rb><rt>さわ</rt></ruby>ぎたてるだろうよ！』

『そうよ、恋愛よ！』と、コロンビーナはつづけて言いました。そしてふざけた情熱をこめて、つけ加えました。『あんたが<ruby><rb>恋</rb><rt>こい</rt></ruby>しているのは、このあたしよ！』

そうです、恋愛と関係のないことがわかっているときには、こんなことが言えるものなのです。すると、プルチネッラは笑いころげて飛び上がりました。こうして憂鬱もふっとんでしまいました。けれども、コロンビーナは真実のことを言ったのです。プルチネッラはコロンビーナを愛していました。しかも、芸術における<ruby><rb>崇高</rb><rt>すうこう</rt></ruby>なもの、偉大なものを愛するのと同じように、コロンビーナを高く愛していたのです。コロンビーナの婚礼の日には、プルチネッラはいちばん楽しそうな人物でした。しかし夜になると、プルチネッラは泣きました。もしも見物人がそのゆがんだ顔を見たならば、手をたたいて喜んだことでしょう。

ついこのあいだ、コロンビーナが死にました。<ruby><rb>葬式</rb><rt>そうしき</rt></ruby>の日には、アルレッキーノは舞台に出なくてもいいことになりました。この男は悲しみに打ち<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んだ男やもめなんですから。そこで<ruby><rb>監督</rb><rt>かんとく</rt></ruby>は、美しいコロンビーナと陽気なアルレッキーノが出なくても見物人を失望させないように、何かほんとうに愉快なものを上演しなければなりませんでした。そのため、プルチネッラはいつもの二倍もおかしく<ruby><rb>振舞</rb><rt>ふるま</rt></ruby>わなければならなかったのです。プルチネッラは心に絶望を感じながらも、<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>ったり<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねたりしました。そして<ruby><rb>拍手喝采</rb><rt>はくしゅかっさい</rt></ruby>を受けました。

『<ruby><rb>すばらしいぞ</rb><rt>ブラボー</rt></ruby>！　<ruby><rb>じつにすばらしい</rb><rt>ブラビッシモ</rt></ruby>！』

プルチネッラはふたたび呼び出されました。ああ、プルチネッラは、ほんとうに測りしれない価値のある男でした！

ゆうべ<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばい</rt></ruby>が終ってから、この小さな<ruby><rb>化物</rb><rt>ばけもの</rt></ruby>はただひとり町を出て、さびしい墓地のほうへさまよって行きました。コロンビーナの墓の上の花輪は、もうすっかりしおれていました。プルチネッラはそこに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろしました。そのありさまは絵になるものでした。手はあごの下にあて、<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>はわたしのほうに向けていました。まるで一つの記念像のようでした。墓の上のプルチネッラ、それはまことに<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しいこっけいなものです。もしも見物人がこのお気に入りの役者を見たならば、きっとさわぎたてたことでしょう。

『<ruby><rb>すばらしいぞ</rb><rt>ブラボー</rt></ruby>プルチネッラ、<ruby><rb>すばらしいぞ</rb><rt>ブラボー</rt></ruby>、<ruby><rb>じつにすばらしい</rb><rt>ブラビッシモ</rt></ruby>！』」

  


## 第十七夜

月が話してくれたことを聞いてください。「わたしは幼年学校の生徒が士官になって、はじめてりっぱな制服を着たのを見たことがあります。<ruby><rb>舞踏会</rb><rt>ぶとうかい</rt></ruby>の<ruby><rb>衣裳</rb><rt>いしょう</rt></ruby>をつけた若い<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>や、<ruby><rb>宴会服</rb><rt>えんかいふく</rt></ruby>を着て楽しそうにしている<ruby><rb>公爵</rb><rt>こうしゃく</rt></ruby>の若い<ruby><rb>花嫁</rb><rt>はなよめ</rt></ruby>を見たこともあります。けれどもどんな喜びも、わたしが今夜見たひとりの子供、四つになる小さい女の子の喜びには、とうていくらべることができません。

その子は新しい青色の着物と新しいバラ色の<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をもらって、いまそのすばらしい晴れ着を着たところでした。みんなが明りを求めて呼んでいました。窓からさしこむ月の光だけでは十分ではないので、もっと明るい光で照らさなければならなかったのです。そこには小さい女の子が人形のように、<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を心配そうに着物からはなし、指を一本一本ひろく開いて、かたくなって立っていました。ああ、その<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>と顔ぜんたいとが、どんなに喜びに<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていたことでしょう！

『あしたは、その着物をきて、おもてへ行ってもいいのよ』と、母親が言いました。女の子は帽子を見上げたり、着物を見おろしたりしながら、<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しそうにほほえみました。

『お母さん！』と、女の子は言いました。『あたしがこんなすてきな着物を着ているのを見たら、犬たちなんて思うかしら！』」

  


## 第十八夜

「わたしは」と、月が言いました。「きみにポンペーのことを話してあげたことがありますが、あれはいきいきとした都市がたくさん<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでいる中で、さらしものにされている都市の<ruby><rb>死骸</rb><rt>しがい</rt></ruby>です。けれどもわたしは、それよりももっと<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しい、もう一つの都市を知っています。それは都市の死骸ではなくて、都市の<ruby><rb>幽霊</rb><rt>ゆうれい</rt></ruby>です。

<ruby><rb>噴水</rb><rt>ふんすい</rt></ruby>が大理石の<ruby><rb>水盤</rb><rt>すいばん</rt></ruby>の中でぴちゃぴちゃ音をたてているところではどこでも、わたしはその水に<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>んでいる都市のおとぎばなしを聞いているような気がします。たしかに、噴水の水はそれを物語っているにちがいありません。打寄せる<ruby><rb>岸辺</rb><rt>きしべ</rt></ruby>の波はそれを歌っているにちがいありません。海のおもてには、しばしば<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>がたちこめます。それは<ruby><rb>寡婦</rb><rt>かふ</rt></ruby>のベールです。海の<ruby><rb>花婿</rb><rt>はなむこ</rt></ruby>は死にました。その城とその都市とは、いまや<ruby><rb>御陵</rb><rt>みささぎ</rt></ruby>となっているのです。

きみはこの都市を知っていますか？　その通りには車のころがる音も、馬のひづめの音も聞えたことがありません。そこには魚が泳いでいて、黒いゴンドラが幽霊のように緑の水の上を走って行きます。わたしは」と、月はなおも語りつづけました。「きみにその都市の中でいちばん大きな広場を見せてあげましょう。そうすれば、きみはまるでお<ruby><rb>伽</rb><rt>とぎ</rt></ruby>の都市に来たのかと思うでしょう。広い<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>のあいだには草が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えています。夜が明けはじめると、人なれた<ruby><rb>鳩</rb><rt>はと</rt></ruby>が何千ともなく、<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れて立っている高い<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のまわりを飛びまわります。

きみは三方からアーケードに取りかこまれています。そこには長いキセルをもったトルコ人がじっとすわっています。美しいギリシャの少年が円柱によりかかって、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>の<ruby><rb>威力</rb><rt>いりょく</rt></ruby>を物語る戦勝記念標の高い<ruby><rb>旗竿</rb><rt>はたざお</rt></ruby>を見上げています。旗は<ruby><rb>喪章</rb><rt>もしょう</rt></ruby>のように垂れさがっています。ひとりの<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>がそこで休んでいます。水のはいった重い<ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>を下に置いていました。桶をかついできた棒は<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>の上にのせたまま、戦勝柱に身をもたせています。

いまきみの<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の前に見えるのは<ruby><rb>妖精</rb><rt>ようせい</rt></ruby>の城ではなくて、教会です。金めっきをした<ruby><rb>円屋根</rb><rt>まるやね</rt></ruby>とそのまわりの金の球が、わたしの光を受けて、きらきらと<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いています。その上のほうにあるりっぱな青銅の馬は、おとぎばなしの中の青銅の馬のように、旅をしてきました。はじめここへやってきて、それから行ってしまい、そうしてまた<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>ってきたのです。きみには<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>や窓の色とりどりの美しさが見えますか？　まるで天才が子供の言うなりになって、この珍しい寺院の<ruby><rb>装飾</rb><rt>そうしょく</rt></ruby>をしたのではないかと思われます。

きみにはあの円柱の上の<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>のある<ruby><rb>獅子</rb><rt>しし</rt></ruby>が見えますか？　金はいまもかわらず光っていますが、翼はしばられています。獅子は死んでいるのです。なぜならば、海の王が死んでいるからです。大きな会堂の中はからっぽです。むかし高価な絵がかかっていたところも、いまでは<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の壁がむきだしになっています。<ruby><rb>浮浪者</rb><rt>ふろうしゃ</rt></ruby>がアーチの下で<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っています。かつては、この<ruby><rb>廊下</rb><rt>ろうか</rt></ruby>には身分の高い貴族しか足を<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>み入れることができなかったものです。

深い<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>からか、それとも<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>の橋のそばの<ruby><rb>牢獄</rb><rt>ろうごく</rt></ruby>からか、一つの溜息が聞えてきます。そのむかしには、色あざやかなゴンドラの上でタンバリンの音がひびき、<ruby><rb>婚約</rb><rt>こんやく</rt></ruby>の指輪が輝かしい<ruby><rb>総督</rb><rt>そうとく</rt></ruby>の船ブーチントロから海の女王アドリアへ投げこまれたのです。アドリアよ、おまえの身を霧の中につつみなさい！　寡婦のベールをもって、おまえの胸をおおいなさい！　そしてそれを、おまえの花婿の御陵の上に、幽霊のような大理石の都ベネチアの上にかけなさい！」

  


## 第十九夜

「わたしはある大きな劇場を見おろしました」と、月が言いました。「その劇場は見物人でいっぱいでした。というのは、新しい<ruby><rb>俳優</rb><rt>はいゆう</rt></ruby>が<ruby><rb>初舞台</rb><rt>はつぶたい</rt></ruby>をふむことになっていたからです。わたしの光は<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にある小さな窓の上をすべって行きました。すると、<ruby><rb>化粧</rb><rt>けしょう</rt></ruby>をした一つの顔がひたいを窓ガラスに<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しつけていました。それがその晩の主人公だったのです。<ruby><rb>騎士</rb><rt>きし</rt></ruby>らしいひげが、あごのまわりにちぢれていましたが、その男の<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>には<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がたまっていました。それもそのはず、人々から<ruby><rb>口笛</rb><rt>くちぶえ</rt></ruby>でののしられて、舞台を引き下がってきたばかりだったのです。もっとも、ののしられても仕方がありません。あわれな男です！　才能のない者は芸術の世界では<ruby><rb>辛抱</rb><rt>しんぼう</rt></ruby>されるわけにはいかないのです。

この男は物事を深く感じもしましたし、<ruby><rb>感激</rb><rt>かんげき</rt></ruby>をもって芸術を愛しもしました。けれども、芸術のほうではこの男を愛してくれませんでした。――舞台<ruby><rb>監督</rb><rt>かんとく</rt></ruby>の鳴らすベルが鳴りひびきました。――<ruby><rb>大胆</rb><rt>だいたん</rt></ruby>に勇気<ruby><rb>凜然</rb><rt>りんぜん</rt></ruby>と主人公登場、と役割書には書いてありました――この男は、いま自分をあざけり笑った見物人の前に出なければなりませんでした。――

この<ruby><rb>芝居</rb><rt>しばい</rt></ruby>が終ったとき、わたしはひとりの男がマントにくるまって、階段をこっそり降りて行くのを見ました。それはほかならぬ、さんざんにやっつけられたその晩の騎士でした。道具方の男たちは、ひそひそ話しあっていました。わたしはこの<ruby><rb>罪人</rb><rt>つみびと</rt></ruby>のあとについて、この男の家の部屋までのぼって行きました。

首をつるのは見ぐるしい死に方だ。そうかといって、毒薬はいつも手もとにありはしない。わたしはこの男がその両方のことを考えていたのを知っています。わたしはこの男が青白い顔を鏡にうつしてみて、それから眼を半ば閉じるのを見ました。こうして、死体となってからもきれいに見えるかどうかをためしているのでした。人間は非常な不幸におちいっても、極度に<ruby><rb>見栄</rb><rt>みえ</rt></ruby>をはることがあるものです。この男は死を考えました。自殺を考えました。そして、自分自身のために泣いたように思います。――はげしく泣きました。人間は思いきり泣きつくしてしまうと、自殺などはしないものです。

そのときから、まる一年たちました。とある小さな劇場で、みじめな旅まわりの一座が喜劇を上演しました。わたしはふたたびあの見おぼえのある顔を、化粧した<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>とちぢれたひげとを見ました。この男はまたわたしを見上げて<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>しました。――けれども一分とはたたないうちに、口笛でののしられて舞台から追いだされてきたのでした。みすぼらしい劇場で、なさけない見物人のためにののしられてきたのです！

今夜、一台のみすぼらしい<ruby><rb>葬儀車</rb><rt>そうぎしゃ</rt></ruby>が町の門から出て行きました。<ruby><rb>後</rb><rt>あと</rt></ruby>にはひとりの人もついては行きませんでした。それは自殺者だったのです。口笛で舞台から追いだされた、あの化粧をしたわれわれの主人公だったのです。車を走らせている<ruby><rb>御者</rb><rt>ぎょしゃ</rt></ruby>がただひとりそばにいるだけで、ほかにはだれもついていませんでした。月のほかにはだれも。墓地の<ruby><rb>塀</rb><rt>へい</rt></ruby>の近くの<ruby><rb>片隅</rb><rt>かたすみ</rt></ruby>に、自殺者は<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>められました。そこには、やがて<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いらくさ</span>がはびこることでしょう。<ruby><rb>墓掘</rb><rt>はかほ</rt></ruby>りの男はほかの墓から<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>き取った<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いばら</span>や雑草を、そこに投げすてることでしょう」

  


## 第二十夜

「ローマから、わたしは来ました」と、月が言いました。「あの都のまん中にある七つの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>の一つに、<ruby><rb>皇帝宮</rb><rt>こうていきゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>廃墟</rb><rt>はいきょ</rt></ruby>があります。野生のイチジクが<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の<ruby><rb>裂目</rb><rt>さけめ</rt></ruby>から生えでて、広い<ruby><rb>灰緑色</rb><rt>かいりょくしょく</rt></ruby>の葉で壁の<ruby><rb>素肌</rb><rt>すはだ</rt></ruby>をおおっています。<ruby><rb>砂利</rb><rt>じゃり</rt></ruby>の積みかさなったあいだで、ろばが緑の<ruby><rb>月桂樹</rb><rt>げっけいじゅ</rt></ruby>の<ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>の上を歩いて、やせたアザミを喜んで食べています。かつては、ここからローマの<ruby><rb>鷲</rb><rt>わし</rt></ruby>たちが飛び出して、『来た、見た、勝った』と言ったものです。それがいまでは、こわれた二つの大理石の円柱のあいだに<ruby><rb>粘土</rb><rt>ねんど</rt></ruby>でこしらえた小さなみすぼらしい家を通って、入口がついているのです。ブドウの<ruby><rb>蔓</rb><rt>つる</rt></ruby>がかたむいた窓の上に、<ruby><rb>葬式</rb><rt>そうしき</rt></ruby>の花輪のようにまつわりさがっています。

ひとりの<ruby><rb>老婆</rb><rt>ろうば</rt></ruby>が小さい<ruby><rb>孫娘</rb><rt>まごむすめ</rt></ruby>といっしょにそこに住んでいて、いまこの皇帝宮を支配しています。そしてよそから来る人たちに、ここに<ruby><rb>埋</rb><rt>う</rt></ruby>もれている宝を見せているのです。りっぱな<ruby><rb>玉座</rb><rt>ぎょくざ</rt></ruby>の<ruby><rb>間</rb><rt>ま</rt></ruby>には、ただ<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の壁が残っているだけで、黒い<ruby><rb>糸杉</rb><rt>いとすぎ</rt></ruby>がむかし玉座のあったところをその長い<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>でさし示しています。土がこわれた<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上に、うず高くつもっています。いまはこの皇帝宮の娘である小さい少女が、夕べの<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>の鳴りひびくころ、よくそこの低い小さな<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけています。すぐそばにある<ruby><rb>扉</rb><rt>とびら</rt></ruby>の<ruby><rb>鍵穴</rb><rt>かぎあな</rt></ruby>を、この子は<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>と呼んでいます。その穴からのぞくと、ローマの半分を、聖ペテロ寺院の大きな<ruby><rb>円屋根</rb><rt>まるやね</rt></ruby>までも見わたすことができるのです。

今夜も、そこはいつものように静かでした。そして下のほうに、わたしの<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>く光をいっぱいに受けて、この小さい少女が出てきました。頭の上には水のはいった古代風の粘土の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かめ</span>をのせていました。見ればはだしで、短いスカートも、小さいシュミーズの<ruby><rb>袖</rb><rt>そで</rt></ruby>もきれていました。わたしはその子の美しいまるい<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>と、黒い<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>と、まっ黒なつやつやした<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛にキスをしてやりました。少女は家の前の階段をのぼってきました。階段は急で、石壁のかけらやこわれた円柱頭などでできていました。

五色のトカゲがびっくりして少女の足もとをかけて行きましたが、少女はすこしも<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きませんでした。そして早くも手をのばして、戸の呼びりんを鳴らそうとしました。ウサギの前足が一つ、<ruby><rb>紐</rb><rt>ひも</rt></ruby>にゆわえつけられてさがっていました。これがいまの皇帝宮の、呼びりんの<ruby><rb>引手</rb><rt>ひきて</rt></ruby>なのです。

少女はちょっと手をとめました。何を考えたのでしょうか。きっと、あの下の<ruby><rb>礼拝堂</rb><rt>らいはいどう</rt></ruby>にある、金と銀との着物をきた、美しい子供姿のイエスのことでも考えていたのでしょう。いま礼拝堂では、銀のランプが輝き、小さいお友だちがこの子もよく知っている歌をうたいはじめていました。でも、ほんとうに何を考えていたのか、わたしにはわかりません。

少女はまた動きました。そして、何かにつまずきました。粘土の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かめ</span>が頭から落ちて、<ruby><rb>溝</rb><rt>みぞ</rt></ruby>の<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>れている大理石の<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>の上で二つにくだけてしまいました。少女はわっと泣きだしました。皇帝宮の美しい娘は、みすぼらしいこわれた粘土の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かめ</span>のために泣きました。はだしのままそこに立って、泣いていました。もう皇帝宮の呼びりんの引手の紐を引くだけの元気もありませんでした」

  


## 第二十一夜

二週間以上も月は出ませんでしたが、いままたわたしは月を見ました。ゆるやかにのぼって行く雲の上に、月はまるく明るく<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていました。月がわたしに話してくれたことをお聞きください。

「アフリカのフェザン地方のある町から、わたしは隊商の後について行きました。<ruby><rb>砂漠</rb><rt>さばく</rt></ruby>の手前にある岩塩平原の一つで、隊商は立ちどまりました。そこは氷の表面のようにきらきら光っていて、わずかのところだけ軽い<ruby><rb>流砂</rb><rt>りゅうしゃ</rt></ruby>でおおわれていました。いちばん年上の男は<ruby><rb>腰帯</rb><rt>こしおび</rt></ruby>に<ruby><rb>水筒</rb><rt>すいとう</rt></ruby>を下げ、頭のそばにはパン種のはいらないパンをいれた<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>をもっていましたが、この男が<ruby><rb>杖</rb><rt>つえ</rt></ruby>で砂の上に正方形をえがいて、その中にコーランの中の言葉を二つ三つ書きました。隊商はみんな、この<ruby><rb>聖</rb><rt>きよ</rt></ruby>められたところを通って進んで行きました。

太陽の子であるひとりの若い商人が、物思いにふけりながら、<ruby><rb>荒</rb><rt>あら</rt></ruby>い鼻息をたてている白い馬に乗っていました。この男が太陽の子であることは、その<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>と美しい姿とで、わたしにはすぐわかりました。この男は美しい若い妻のことでも考えていたのでしょうか？　毛皮と高価な<ruby><rb>肩掛</rb><rt>かたか</rt></ruby>けで<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>られたラクダが、この男の妻を、美しい<ruby><rb>花嫁</rb><rt>はなよめ</rt></ruby>を乗せて、町の<ruby><rb>城壁</rb><rt>じょうへき</rt></ruby>のまわりを歩いたのは、たった二日前のことだったのです。<ruby><rb>太鼓</rb><rt>たいこ</rt></ruby>や<ruby><rb>袋笛</rb><rt>ふくろぶえ</rt></ruby>が鳴りわたりました。女たちは歌いました。そしてラクダのまわりには、喜びの<ruby><rb>砲声</rb><rt>ほうせい</rt></ruby>が鳴りひびきました。<ruby><rb>花婿</rb><rt>はなむこ</rt></ruby>はいちばんたくさん、いちばん強く鉄砲を打ちました。そしていまは――いまその男は、隊商といっしょに砂漠を通って行くのです。

わたしは<ruby><rb>幾晩</rb><rt>いくばん</rt></ruby>も隊商の後について行きました。そして、発育の悪いシュロの木にかこまれた泉のほとりで、この人たちが休むのを見ました。人々は<ruby><rb>倒</rb><rt>たお</rt></ruby>れたラクダの胸にナイフを<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きさして、その肉を火であぶりました。わたしの光は燃えている砂を冷やしました。またわたしの光は、大きな砂海の中の死んだ島ともいうべき黒い岩の<ruby><rb>塊</rb><rt>かたま</rt></ruby>りを人々に見せてやりました。この人たちは、人の通ったことのない道でも敵の種族に出会いませんでした。<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>も起りませんでした。旅行く人々を死にたやす砂柱も、この隊商の上にはまき起りませんでした。家では、美しい妻が夫や父のために<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>っていました。

『あの人たちは死んだのでしょうか？』と、わたしの金色の半月にむかって、美しい妻はたずねました。『あの人たちは死んだのでしょうか？』と、わたしのこうこうと輝く月の輪にむかってたずねました。

いまはもう、砂漠は隊商の後になりました。今夜は高いシュロの木の下にすわっています。そこでは<ruby><rb>鶴</rb><rt>つる</rt></ruby>が長い<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>をひろげて飛びまわり、ペリカン鳥はミモザの<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>から人々を見おろしています。<ruby><rb>生</rb><rt>お</rt></ruby>い<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った<ruby><rb>草藪</rb><rt>くさやぶ</rt></ruby>が、象の重たい足に<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みつけられています。黒人の群れがずっと<ruby><rb>奥地</rb><rt>おくち</rt></ruby>にある市場から帰ってきます。黒い<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛のまわりに銅のボタンをつけて、あい色のスカートをはいた女たちが、重い荷をつんだ<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>を追っています。その荷物の上には、<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の黒い子供が<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っています。ひとりの黒人は買ってきたライオンの子を<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>で引いています。こうした人たちが隊商に近づいているのです。あの若い商人は身動き一つしないで、<ruby><rb>黙</rb><rt>だま</rt></ruby>ってすわっています。心に思っているのは美しい妻のことです。この黒人の国にいながら、砂漠のかなたの<ruby><rb>匂</rb><rt>にお</rt></ruby>い高い、まっ白な花のことを<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>みているのです。商人は頭をあげます――！」そのとき、一つの雲が月をおおいました。それから、また一つの雲がかかりました。わたしはその晩はもう、それ以上何も聞きませんでした。

  


## 第二十二夜

「わたしは小さい女の子が泣いているのを見ました」と、月が言いました。「その子は世の中が意地悪いのを泣いていたのです。この女の子はとても美しいお人形をもらいました。それは、ほんとうにかわいい、きれいなお人形でした。もちろん、この世の中で不幸な目にあうように生れてきたわけではありません。ところが、この小さい女の子の兄さんの、大きい男の子たちがお人形をひったくって、庭の高い木の上にのせると、そのまま<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げて行ってしまったのです。

小さい女の子はお人形のところまで行くこともできないし、お人形をおろしてやることもできません。それで、泣いていたのです。お人形もたしかにいっしょに泣いていました。<ruby><rb>両腕</rb><rt>りょううで</rt></ruby>を緑の<ruby><rb>枝</rb><rt>えだ</rt></ruby>のあいだからのばして、いかにも悲しそうなようすをしていましたもの。そうだわ、これがママのよくおっしゃる世の中の災難てものなんだわ。ああ、かわいそうなお人形！

あたりは、もう<ruby><rb>薄暗</rb><rt>うすぐら</rt></ruby>くなりはじめました。もうじき夜になってしまいます。お人形は今夜一晩じゅう、おもての木の上に、ひとりぽっちですわっていなければならないのでしょうか？　いやいや、そんなことは、女の子にとっては思ってみるだけでもたまらないことです。

『あたし、あんたのそばにいてあげるわね』と、女の子は言いました。といっても、そんな勇気があるわけではありません。早くも、高いとんがり<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶった小さい小人の<ruby><rb>妖魔</rb><rt>ようま</rt></ruby>が<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みの中からのぞいているのが、はっきり見えるような気がするのです。おまけに、向うの暗い道では、ひょろ長の<ruby><rb>幽霊</rb><rt>ゆうれい</rt></ruby>が<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りをおどっていて、それがだんだんこっちへ近づいてくるではありませんか。そして両手をお人形ののっている木のほうへのばして、笑ったり、指さしたりしているのです。ああ、小さい女の子はこわくてこわくてたまりません。

『でも、なんにも悪いことをしていなければ』と、女の子は考えてみました。『悪ものだって、なんにもすることなんかできやしないわ。でもあたし、何か悪いことしたかしら？』そうして、いろいろと思いだしているうちに、

『ああ、そうだっけ』と、女の子は言いました。『あたし、足に赤いきれをつけてた、かわいそうなアヒルを笑ったことがあったわ。あんなおかしなかっこうをして足をひきずるんですもの、あたし笑っちゃったんだわ。だけど、生き物を笑うなんていけないことだわね』こう言いながら、女の子はお人形のほうを見上げました。

『あんた、生き物を笑ったことがある？』と、ききました。すると、お人形は頭を<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>ったように見えました」

  


## 第二十三夜

「わたしはチロルを見おろしました」と、月は話しました。「わたしは黒々としたもみの木に、くっきりとした長い<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>を岩の上へ投げかけさせました。わたしは<ruby><rb>幼子</rb><rt>おさなご</rt></ruby>イエスを<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>にのせた聖クリストファの画像をながめました。その絵は、このあたりの家々の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>に地面から屋根まで届くくらい、大きくかいてありました。聖フロリアンは燃えあがっている家に水をそそいでいました。キリストは血まみれになって、道ばたの<ruby><rb>十字架</rb><rt>じゅうじか</rt></ruby>にかかっていました。これは新しい時代の人々にとっては古い画像です。でもわたしは、それらが建てられるのを見てきました。一つ、また一つと、建てられるのを見てきたのです。

山腹の高いところに、ちょうどツバメの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>のように、<ruby><rb>尼僧院</rb><rt>にそういん</rt></ruby>が一つぽつんと立っています。ふたりの<ruby><rb>姉妹</rb><rt>しまい</rt></ruby>が上の<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>の中に立って、<ruby><rb>鐘</rb><rt>かね</rt></ruby>を鳴らしていました。ふたりともまだ年若く、そのためふたりの<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>は山々をこえて、はるかかなたの世間のほうへ飛んで行きました。旅行馬車が一台、下の国道を走っていました。馬車の<ruby><rb>角笛</rb><rt>つのぶえ</rt></ruby>が鳴りわたりました。すると、あわれな尼僧たちは同じ思いにかられて、眼を下の馬車にじっとそそぎました。若い妹の眼には<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がたまっていました。――やがて、角笛のひびきはだんだん弱くなっていきました。そしてそのたえだえの音を、尼僧院の鐘がかき消してしまいました。――」

  


## 第二十四夜

月が話したことを聞いてください。

「いまからもう何年も前のことです。このコペンハーゲンで、わたしはあるみすぼらしい部屋の中を窓ごしにのぞきこんだことがあります。父親と母親は<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていましたが、小さい<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>はまだ眠ってはいませんでした。そのとき、<ruby><rb>寝台</rb><rt>しんだい</rt></ruby>のまわりの花模様のついているサラサのカーテンが動いて、そこから子供の顔が外をのぞくのが見えました。

わたしは最初、その子はボルンホルム製の部屋時計を見ているんだろうと思いました。その時計は赤や緑でたいへんきれいに<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>ってありました。そして上にはカッコウがとまっていて、下には重い<ruby><rb>鉛</rb><rt>なまり</rt></ruby>のおもりが垂れ下がっていました。ぴかぴか光るしんちゅう板の<ruby><rb>振子</rb><rt>ふりこ</rt></ruby>があっちこっちに<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆ</rt></ruby>れ動いて、コットン、コットンいっていました。

ところが、その子が見ていたのはこの時計ではありませんでした。そうです、この子が見ていたのは、母親の<ruby><rb>紡車</rb><rt>つむぎぐるま</rt></ruby>だったのです。それは時計の真下に置いてありました。その紡車こそ、この子が家じゅうで一番好きなものだったのです。でも、それにさわることはできません。なぜって、ちょっとでもさわろうものなら、すぐに指先をぱんとたたかれるのですから。でも、母親が糸をつむいでいる間じゅう、この子はいつまでもそこにすわって、ぶんぶんいう<ruby><rb>紡錘</rb><rt>つむ</rt></ruby>と、ぐるぐるまわる車とをながめているのでした。そしてそれをながめながら、自分だけの思いにふけるのです。ああ、ぼくにもこの紡車でつむぐことができたらなあ！

父親も母親も眠っていました。男の子はふたりのほうを見ました。そして紡車をながめました。それからすぐに、かわいらしい<ruby><rb>素足</rb><rt>すあし</rt></ruby>が一つ<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>から出てきました。またもう一つが出てきました。こうして小さな<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>が二本現われました。コトリ！　男の子は<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上に立ちました。男の子はもう一度振り向いて、父親と母親が眠っているかどうかをたしかめました。たしかに、ふたりとも眠っています。そこで、小さな短い寝巻のまま、ぬき足さし足こっそりと紡車のところへしのびよって、つむぎはじめました。糸は<ruby><rb>紡錘</rb><rt>ぼうすい</rt></ruby>から飛び、車はすばらしい早さでまわりました。

わたしはその子のブロンドの<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛と水色の<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>にキスをしてやりました。それはほんとにかわいらしい光景でした。そのとき、母親が眼をさましました。カーテンが動いて、母親が外をのぞきました。そして、小人の<ruby><rb>妖精</rb><rt>ようせい</rt></ruby>か、さもなければ、ほかの小さな<ruby><rb>精霊</rb><rt>せいれい</rt></ruby>が来ているのではないかと思いました。

『あらまあ！』母親はこう言いながら、こわごわ夫の<ruby><rb>脇腹</rb><rt>わきばら</rt></ruby>をつつきました。父親は眼をあけると、手でこすりこすり、一心に働いている小さい少年のほうをながめました。

『あれはベルテルじゃないか』と、父親は言いました。

それから、わたしの眼はそのみすぼらしい部屋を後にして、べつのところへ向いました。なぜなら、わたしはとても広いところを見まわしているのですから。その同じ<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>に、わたしは大理石の神々が立っているバチカン宮の広間を見ていました。わたしはラオコーンの群像を照らしました。すると、石が<ruby><rb>溜息</rb><rt>ためいき</rt></ruby>をするように思われました。わたしは美の<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>ミューズの胸に、そっとキスをしました。すると、その胸が高まるような気がしました。

けれども、わたしの光はナイルの群像のところに、あの<ruby><rb>巨大</rb><rt>きょだい</rt></ruby>な神のところに、いちばん長くとどまっていました。その巨大な神はスフィンクスに身をもたせて、まるで移り行く年月のことを考えてでもいるかのように、物思いにしずんで、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>みるように横たわっていました。小さい愛の神のアモールたちは、そのまわりでワニとたわむれていました。<ruby><rb>豊饒</rb><rt>ほうじょう</rt></ruby>の角の中にはごく小さいアモールがひとり、<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を組んですわっていました。そして、おごそかな顔をした大きな河の神を見ていました。このアモールは、あの紡車のそばにいた小さい男の子にそっくりの姿をしていました。顔かたちもおんなじでした。

ここには、小さな大理石の子供がまるで生きているように、かわいらしく立っていました。けれどもその子が大理石の中からとびだして以来、年の車はもう千回以上もまわっているのです。あのみすぼらしい部屋の中の男の子が紡車をまわしたと同じ数だけ、もっと大きな年の車もぶんぶんとまわったのです。そしてこの世紀が、このような大理石の神々をつくりだす日まで、さらにさらにまわりつづけていくのです。

いいですね、これはみんな<ruby><rb>幾年</rb><rt>いくねん</rt></ruby>も前のことですよ。ところできのう」と、月は語りつづけました。「わたしはシェラン島の東海岸にある、どこかの<ruby><rb>入江</rb><rt>いりえ</rt></ruby>を見おろしていました。そこには美しい森や、小高い<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>や、赤い<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>をめぐらした古いお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>などがあって、<ruby><rb>外堀</rb><rt>そとぼり</rt></ruby>には白鳥が泳いでいます。そして、りんご園のあいだに教会の立っている小さな<ruby><rb>田舎町</rb><rt>いなかまち</rt></ruby>があります。

たくさんの<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>が、それぞれたいまつをつけて、静かな水のおもてをすべって行きました。しかし、たいまつをつけていたからといって、それはウナギを<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>るためではありません。いや、それどころか、あたりのようすからしてお祭のようでした！

音楽が鳴りひびき、歌がうたわれました。一そうの小舟のまん中には、今夜みんなが敬意を表わしている人が立っていました。それは大きなマントにくるまった、背の高い、がっしりした男で、青い眼と長い白い髪の毛を持っていました。わたしはこの人を知っていました。そしてすぐさまわたしは、ナイルの群像やあらゆる大理石の神々のあるバチカン宮のことを思い<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>べました。それといっしょに、あの小さなみすぼらしい部屋のことも思いだしました。あの小さいベルテルが短い寝巻のまますわって、糸をつむいでいたのは、たしかグレンネ街だったと思います。時の車はぐるぐるまわりました。新しい神々が、大理石の中から立ちあがったのです。――小舟の中から、ばんざいの声がひびきました。

『ベルテル・トルワルセンばんざい！』――」

  


## 第二十五夜

「わたしはきみにフランクフルトの、ある光景を話してあげましょう」と、月が言いました。「わたしはそこで特に一つの建物をながめました。といっても、それはゲーテの生れた家でもなく、古い議事堂でもありません。その議事堂の<ruby><rb>格子窓</rb><rt>こうしまど</rt></ruby>からは、そのむかし<ruby><rb>皇帝</rb><rt>こうてい</rt></ruby>の<ruby><rb>戴冠式</rb><rt>たいかんしき</rt></ruby>のときにあぶり肉にされて、人々のご<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>にされた、角のついたままの<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>の<ruby><rb>頭蓋骨</rb><rt>ずがいこつ</rt></ruby>が、いまもなお<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きでているのですが、しかし、わたしがながめていたのはそんなものではなくて、せまいユダヤ人<ruby><rb>街</rb><rt>まち</rt></ruby>の入口の<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>のところにある、緑色に<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>られた、みすぼらしい平民の家だったのです。それはロスチャイルドの家でした。

わたしは開いている戸口から中をのぞいてみました。階段のところには、あかあかと明りがついていました。そこには下男たちが重そうな銀の<ruby><rb>燭台</rb><rt>しょくだい</rt></ruby>に火のともっているろうそくを持って、立っていました。そして、<ruby><rb>轎</rb><rt>かご</rt></ruby>に乗ったまま階段を運ばれてきた、ひとりの年とった婦人に向って、ていねいにおじぎをしていました。この家の主人は<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>もかぶらず立っていて、この老婦人の手にうやうやしくキスをしました。

老婦人はこの人の母親だったのです。老婦人は<ruby><rb>息子</rb><rt>むすこ</rt></ruby>と<ruby><rb>召使</rb><rt>めしつかい</rt></ruby>たちに親しげにうなずいてみせました。それから、人々は老婦人を<ruby><rb>狭</rb><rt>せま</rt></ruby>い暗い<ruby><rb>小路</rb><rt>こうじ</rt></ruby>の中の、とある小さな家へ運んで行きました。そこにこの老婦人は住んでいました。そこで子供たちを生んだのです。そしてそこから、子供たちの幸福が花のように<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>きいでたのです。もしもいま、わたしが人からいやしまれているこの小路と小さい家とを見捨てたなら、幸福もまた息子たちを見捨てるだろう、というのが、この老婦人の信念だったのです。――」

月はこれ以上話してくれませんでした。今夜の月の<ruby><rb>訪</rb><rt>おとず</rt></ruby>れはあまりに短いものでした。しかしわたしは、人からいやしまれているその狭い小路に住む年とった婦人のことを考えてみました。このひとがたったひとこと言いさえすれば、テームズ河のほとりに光りかがやく家が立つのです。たったひとこと言いさえすれば、ナポリの入江近くに<ruby><rb>別荘</rb><rt>べっそう</rt></ruby>が立つのです。

『もしもわたしが、息子たちの幸福が咲きいでたこの小さい家を見捨てたなら、幸福も息子たちを見捨てるだろう！』――それは<ruby><rb>迷信</rb><rt>めいしん</rt></ruby>です。でもそれは、人がこの話を知り、その絵を見るときに、それを理解するためには、「母親」という二つの文字をその下に書いておきさえすればいいといった<ruby><rb>類</rb><rt>たぐ</rt></ruby>いの迷信です。

  


## 第二十六夜

「きのうの夜明けのことでした」これは月自身が言った言葉です。「大きな町の<ruby><rb>煙突</rb><rt>えんとつ</rt></ruby>は、まだどれも<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>をはいていませんでした。それでもわたしが見ていたのは、その煙突だったのです。と、とつぜん、その煙突の一つから、小さい頭が出てきました。つづいて上半身が現われて、<ruby><rb>両腕</rb><rt>りょううで</rt></ruby>を煙突のふちにかけました。

『ばんざい！』それは小さい煙突そうじの<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>でした。生れてはじめて煙突の中をてっぺんまでのぼってきて、頭を外につき出したのでした。

『ばんざい！』そうです、そのとおりです。たしかにこれは、<ruby><rb>狭苦</rb><rt>せまくる</rt></ruby>しい<ruby><rb>管</rb><rt>くだ</rt></ruby>や小さい<ruby><rb>煖炉</rb><rt>だんろ</rt></ruby>の中を<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いずりまわるのとは、いささかわけが<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>っていました。そよ風がすがすがしく<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>いていました。町じゅうが緑の森のあたりまで見わたせました。ちょうど太陽がのぼりました。まるく大きく、太陽は小僧の顔を照らしました。その顔はじつにみごとに<ruby><rb>煤</rb><rt>すす</rt></ruby>でまっ黒になっていましたが、<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しさにかがやいていました。

『さあ、おいらは、町じゅうのものに見えるんだ！』と、小僧は言いました。『お月さまにだって、おいらが見えるんだ。お日さまにだってよ！　ばんざい！』こう言いながら、小僧はほうきを<ruby><rb>打振</rb><rt>うちふ</rt></ruby>りました」

  


## 第二十七夜

「ゆうべ、わたしは中国のある町を見おろしました」と、月が言いました。「わたしの光は街路をつくっている、長いはだかの<ruby><rb>土塀</rb><rt>どべい</rt></ruby>を照らしました。あちこちに門がありましたが、どれもしまっていました。なぜかといいますと、中国人は外の世界のことなんか、ちっとも気にとめていないからです。厚いよろい戸が、家の土塀のうしろの窓をおおっていました。ただお寺だけから、弱い光が窓ガラスをとおしてかすかに<ruby><rb>射</rb><rt>さ</rt></ruby>していました。

わたしは中をのぞいてみました。すると、色とりどりの<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかさが<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>にうつりました。<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>から<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>まで、まばゆいほどの<ruby><rb>色彩</rb><rt>しきさい</rt></ruby>と金めっきをほどこした絵がかかっていました。それはこの下界における仏たちの所業をえがいたものでした。一つ一つの<ruby><rb>厨子</rb><rt>ずし</rt></ruby>の中には仏像が立っていましたが、色どりゆたかな幕や垂れ下がった旗のためにほとんど<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れていました。そしてどの仏の前にも――それはみんな<ruby><rb>錫</rb><rt>すず</rt></ruby>でつくってあります――小さい<ruby><rb>祭壇</rb><rt>さいだん</rt></ruby>があって、そこには<ruby><rb>聖</rb><rt>きよ</rt></ruby>い水と、花と、火のともっているろうそくとがありました。けれどもお寺の中のいちばん高いところには、最高の<ruby><rb>御仏</rb><rt>みほとけ</rt></ruby>である<ruby><rb>仏陀</rb><rt>ぶっだ</rt></ruby>が聖なる絹の<ruby><rb>黄衣</rb><rt>こうい</rt></ruby>を身にまとって立っていました。

祭壇の足もとに、ひとりの生きた人間の姿が、ひとりの若い<ruby><rb>僧侶</rb><rt>そうりょ</rt></ruby>が、すわっていました。この僧侶は<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>っているようすでしたが、そのお祈りのさいちゅうに何か物思いにしずんでいるようでした。それは、たしかに一つの罪でした。というのは、その<ruby><rb>頬</rb><rt>ほお</rt></ruby>は熱くほてり、頭は深く深く垂れ下がっていたからです！　あわれなスイ・ホン！

この男は街の長い土塀のうしろの、どの家の前にもある小さい花壇で働く自分の姿でも<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>みていたものでしょうか。そしてその仕事のほうが、お寺の中でろうそくの番をするよりも、ずっと好きだったのではないでしょうか。それとも、ご<ruby><rb>馳走</rb><rt>ちそう</rt></ruby>のたくさん<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでいる<ruby><rb>食卓</rb><rt>しょくたく</rt></ruby>について、一<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>ごとに銀の紙で口もとをふきたいものだと望んでいたのでしょうか。それともまた、この男の罪が非常に大きなもので、もしもそれを口にでもしようものなら、<ruby><rb>極楽</rb><rt>ごくらく</rt></ruby>が死の<ruby><rb>刑</rb><rt>けい</rt></ruby>をもってこの男を<ruby><rb>罰</rb><rt>ばっ</rt></ruby>しなければならないといったようなものだったのでしょうか。あるいはまた、その思いは<ruby><rb>野蛮人</rb><rt>やばんじん</rt></ruby>の船とともにその故郷の、はるかにへだたったイギリスへでも飛んで行ったのでしょうか。いやいや、この男の思いはそんなに遠くまで飛びはしませんでした。けれどもそれは、熱い青春の血だけが産みだすことのできるような罪深いものでした。このお寺の中の仏陀をはじめ多くの仏像の前では罪深いものだったのです。

わたしは、この男の思いがどこにあったかを知っています。この町のはずれの、平たい<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>をしいた屋根の上に――そこの<ruby><rb>欄干</rb><rt>らんかん</rt></ruby>は<ruby><rb>瀬戸物</rb><rt>せともの</rt></ruby>でできているように見えます――白い大きな<ruby><rb>風鈴草</rb><rt>ふうりんそう</rt></ruby>をさした、きれいな<ruby><rb>花瓶</rb><rt>かびん</rt></ruby>が置いてありましたが、そのそばに美しいペーが、細いいたずらっぽい眼と、ふくよかな<ruby><rb>唇</rb><rt>くちびる</rt></ruby>と、それは小さな足をしてすわっていました。<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>のために足はしめつけられていましたが、心はもっともっと強くしめつけられているのでした。<ruby><rb>娘</rb><rt>むすめ</rt></ruby>がきゃしゃな美しい<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>を上げますと、しゅすがさらさらと音をたてました。

娘の前にはガラス<ruby><rb>鉢</rb><rt>ばち</rt></ruby>が置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どり美しい<ruby><rb>箸</rb><rt>はし</rt></ruby>で、水の中をそっとかきまわしていました。何か物思いにしずんでいましたので、ほんとうに、ほんとうにゆっくりとかきまわしていました。ああ、金魚はなんて豊かな金色の着物を着ているのだろう、そしてガラス鉢の中でなんてのどかに<ruby><rb>暮</rb><rt>くら</rt></ruby>しながら、たくさんの<ruby><rb>餌</rb><rt>え</rt></ruby>をもらっているのだろう、でも、もしも自由になれたら、そしたらどんなに幸福だろう、と、きっとこんなことを思っていたのでしょう。ほんとうに、この美しいペーにはそれがよくわかっていたのです。ペーの思いは家からさまよいでました。そしてお寺へと向いました。けれどもそれは、仏のためではありません。あわれなペー！　あわれなスイ・ホン！　現世でのふたりの思いは、めぐりあいました。しかしわたしの冷たい光は、大天使の<ruby><rb>剣</rb><rt>つるぎ</rt></ruby>のように、このふたりのあいだに横たわっていました！」――

  


## 第二十八夜

「海は<ruby><rb>凪</rb><rt>な</rt></ruby>いでいました」と、月が言いました。「水は、わたしが<ruby><rb>帆走</rb><rt>ほばし</rt></ruby>っていた<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきった空気のように、<ruby><rb>透</rb><rt>す</rt></ruby>きとおっていました。わたしは海面よりもずっと下に生えている<ruby><rb>珍</rb><rt>めずら</rt></ruby>しい植物を見ることができました。それらは森の中の<ruby><rb>巨木</rb><rt>きょぼく</rt></ruby>のように、<ruby><rb>幾尋</rb><rt>いくひろ</rt></ruby>もある<ruby><rb>茎</rb><rt>くき</rt></ruby>をわたしのほうへさし上げていました。魚がその頂の上を泳いで行きました。

空高く野の白鳥の群れが飛んでいました。その中の<ruby><rb>一羽</rb><rt>いちわ</rt></ruby>は<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>の力がおとろえて、だんだん下へ<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んで行きました。その<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>はしだいに遠ざかって行く空の<ruby><rb>旅行隊</rb><rt>キャラバン</rt></ruby>の後を追っていましたが、翼をひろくひろげて、ちょうどしゃぼん玉が静かな空気の中を沈んで行くように、沈んで行きました。やがて水面に<ruby><rb>触</rb><rt>ふ</rt></ruby>れました。頭をそらして翼のあいだにつっこむと、おだやかな湖に<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>ぶ白い<ruby><rb>蓮</rb><rt>はす</rt></ruby>の花のように、静かに横たわっていました。

やがて風が<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>いてきて、きらきら<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>く水のおもてに波をたたせました。すると、水のおもては、まるでエーテルのようにきらめいて、大きな広い波となってうねりました。そのとき、白鳥が頭を上げました。きらきら光る水が、青い火のように白鳥の胸や背を洗って飛び散りました。<ruby><rb>暁</rb><rt>あかつき</rt></ruby>の光が赤い雲を照らしました。白鳥は元気を取り<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>して立ち上がると、のぼりくる太陽のほうへ、空の旅行隊の飛び去った青みがかった<ruby><rb>岸辺</rb><rt>きしべ</rt></ruby>をめざして飛んで行きました。ただひとり胸に<ruby><rb>憧</rb><rt>あこが</rt></ruby>れをいだいて飛んで行きました。青い、ふくれあがる波をこえて、ひとりさびしく飛んで行きました」――

  


## 第二十九夜

「きみにスウェーデンの光景をもう一つ話してあげましょう」と、月が言いました。「<ruby><rb>薄暗</rb><rt>うすぐら</rt></ruby>いもみの木の森のあいだ、ロクセン湖の<ruby><rb>陰気</rb><rt>いんき</rt></ruby>な岸辺近くに、古いブレタの<ruby><rb>僧院</rb><rt>そういん</rt></ruby>があります。わたしの光は<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の<ruby><rb>格子</rb><rt>こうし</rt></ruby>をとおって、広い<ruby><rb>円天井</rb><rt>まるてんじょう</rt></ruby>の部屋へすべりこんで行きました。その部屋では、王たちが大きな石の<ruby><rb>棺</rb><rt>ひつぎ</rt></ruby>の中でまどろんでいるのです。その棺の上の壁には、この世における<ruby><rb>栄華</rb><rt>えいが</rt></ruby>をあらわすもののように、一つの<ruby><rb>王冠</rb><rt>おうかん</rt></ruby>が人目をひいています。けれども、それは木でこしらえてあって、それに<ruby><rb>色彩</rb><rt>しきさい</rt></ruby>をほどこし、金めっきをしたものなのです。そしてそれは、壁に打ちこまれた一本の<ruby><rb>木釘</rb><rt>きくぎ</rt></ruby>で、しっかりととめられています。その金めっきをした木は虫に食いあらされています。クモが王冠から棺まで<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>を張りめぐらしています。これは、人間の悲しみと同じように、はかない<ruby><rb>喪章</rb><rt>もしょう</rt></ruby>の旗です！　王たちは、なんて静かにまどろんでいるのでしょう！

わたしはあの人たちのことをはっきりと覚えています！　あんなにも力強く、あんなにも決然と喜びや悲しみを語った、口もとにただよう<ruby><rb>大胆</rb><rt>だいたん</rt></ruby>な<ruby><rb>微笑</rb><rt>びしょう</rt></ruby>が、いまもなお<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>に<ruby><rb>浮</rb><rt>うか</rt></ruby>んできます。蒸気船が<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>のかたつむりのように山々のあいだをぬってきますと、ときおり旅人が会堂へやってきます。そしてこの円天井のお墓の部屋を<ruby><rb>訪</rb><rt>おとず</rt></ruby>れて、王たちの名前をたずねます。でもその人の耳には、王たちの名前は忘れられたもの、死んだものとしてひびくのです。その人は虫の食った王冠を見上げてほほえみます。そしてその人が本当に<ruby><rb>敬虔</rb><rt>けいけん</rt></ruby>な心の持主であれば、そのほほえみの中には<ruby><rb>哀愁</rb><rt>あいしゅう</rt></ruby>の色がただよいます。まどろみなさい、死者たちよ！　月はきみたちのことを覚えています。月は夜、もみの木の王冠のかかっている、きみたちの静かな王国へ、冷やかな光を送ってあげます！――」

  


## 第三十夜

「国道のすぐそばに」と、月が話しました。「<ruby><rb>一軒</rb><rt>いっけん</rt></ruby>の旅館があります。そしてその真向いに、大きな馬車小屋があります。小屋の屋根はちょうど<ruby><rb>葺</rb><rt>ふ</rt></ruby>いたばかりでした。わたしは<ruby><rb>桷</rb><rt>たるき</rt></ruby>のあいだと開いている<ruby><rb>天井窓</rb><rt>てんじょうまど</rt></ruby>から、そのうす気味悪い小屋の中をのぞいてみました。七面鳥が<ruby><rb>梁</rb><rt>はり</rt></ruby>の上で<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていました。<ruby><rb>鞍</rb><rt>くら</rt></ruby>はからっぽの<ruby><rb>秣桶</rb><rt>まぐさおけ</rt></ruby>の中に入れて、休まされていました。

小屋のまん中には、旅行馬車が一台置いてありました。その持主はまだぐっすりと<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>こんでいましたが、馬はもう水を飲まされていました。<ruby><rb>御者</rb><rt>ぎょしゃ</rt></ruby>は道のりの半分以上もよく眠ってきたのに、――それはわたしがいちばんよく知っていますが――まだ手足をのばしていました。下男部屋への戸は開いていましたが、<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>はまるでひっくり返されたかと思われるようなありさまでした。ろうそくは<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上に置いてあって、<ruby><rb>燭台</rb><rt>しょくだい</rt></ruby>の中に深く燃え落ちていました。

風が冷たく小屋の中を<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>きぬけていました。時刻は真夜中というよりは、もう明け方近いころでした。向うの馬屋の床の上には、旅まわりの音楽師の一家が眠っていました。たぶん、父親と母親は<ruby><rb>瓶</rb><rt>びん</rt></ruby>の中の燃えつくような<ruby><rb>雫</rb><rt>しずく</rt></ruby>を<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にみていたものでしょう。青白い小さな女の子は<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>の中の燃えるような雫を夢にみていました。<ruby><rb>竪琴</rb><rt>たてごと</rt></ruby>は頭のそばに置いてあり、犬は足もとに横たわっていました。――」

  


## 第三十一夜

「ある小さい<ruby><rb>田舎町</rb><rt>いなかまち</rt></ruby>でのことでした」と、月が言いました。「わたしはそれを去年見ました。しかし、まあ、そんなことはどうでもいいのです。ともかく、わたしははっきりと見たのです。今夜わたしはそのことを新聞で読みましたが、これはそんなにはっきりとはしていませんでした。

宿屋の下の部屋に<ruby><rb>熊使</rb><rt>くまつか</rt></ruby>いがすわって、夕飯を食べていました。熊は家の外のまき小屋のうしろにつながれていました。このあわれな熊は、見るからに<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしそうなようすをしていましたが、まだ一度も人に害を加えたことはありませんでした。上の屋根裏部屋では、わたしの明るい光を受けて、三人の小さい子供が遊んでいました。いちばん上の子はせいぜい六つぐらいで、いちばん下の子は二つをこしてはいませんでした。

『バタン、バタン』と階段を上ってくるものがありました。いったい、だれでしょう？　戸がガタンと開きました――それは熊でした。あの大きな、毛むくじゃらの熊ではありませんか！　熊は下の中庭に立っているのがたいくつになったのです。そして、階段を上る道を見つけたのでした。わたしはそれをのこらず見ていました！」と、月が言いました。「子供たちはこの大きな毛むくじゃらの動物を見るとびっくりぎょうてんして、めいめい<ruby><rb>隅</rb><rt>すみ</rt></ruby>っこへ<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いこみました。けれども、熊は三人ともみんな見つけてしまいました。そうして鼻でくんくん<ruby><rb>嗅</rb><rt>か</rt></ruby>ぎまわりました。でも、べつに悪いことはなんにもしませんでした。

『これはきっと大きい犬だ』子供たちはそう思ったものですから、熊をなでてやりました。熊はごろりと<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上に横になりました。いちばん小さい男の子はその上をころげまわって遊びました。その子のちぢれた<ruby><rb>金髪</rb><rt>きんぱつ</rt></ruby>の頭は、熊の<ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>い黒い毛皮の中にかくれました。こんどは、いちばん大きい子が<ruby><rb>太鼓</rb><rt>たいこ</rt></ruby>を持ちだして、ドンドンたたきました。すると、熊は二本の<ruby><rb>後足</rb><rt>あとあし</rt></ruby>で立ちあがって、<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りだしました。それはほんとにおもしろいありさまでした！

子供たちは、めいめい<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>をかつぎました。熊も一つもらいました。そして、それをちゃんとかつぎました。これは、子供たちの見つけたすばらしい仲間です！　それからみんなは、『一、二、一、二！』と行進しました。

そのとき、戸に手をかけたものがありました。戸が開きました。それは子供たちの母親でした。その<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>の母親のようすといったら、まったく、きみに見せてあげたいものでした。物も言えない<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>き、石灰のような青白い顔、半ば開いた口、じっと見すえた<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>、そうしたようすはほんとにきみに見せてあげたいものでした。ところがいちばん小さい男の子は、心から<ruby><rb>嬉</rb><rt>うれ</rt></ruby>しそうにうなずいてみせました。そして、この子なりの言葉で大声に<ruby><rb>叫</rb><rt>さけ</rt></ruby>びました。

『ぼくたち、兵隊ごっこちているだけよ！』

そこへ熊使いがやってきました」

  


## 第三十二夜

寒い風がぴゅうぴゅう<ruby><rb>吹</rb><rt>ふ</rt></ruby>いていました。雲が飛び去って行きました。月はただときおり見えるだけでした。

「静かな大空をとおして、わたしは飛び行く雲を見おろしています」と、月は言いました。「大きな<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>が地上を走って行くのが見えます。

このあいだ、わたしは<ruby><rb>牢獄</rb><rt>ろうごく</rt></ruby>の建物を見おろしました。窓をしめた一台の馬車が、その前でとまりました。ひとりの<ruby><rb>囚人</rb><rt>しゅうじん</rt></ruby>が連れだされることになっていたのです。わたしの光は<ruby><rb>格子</rb><rt>こうし</rt></ruby>のはまっている窓から<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のところまで<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し入って行きました。囚人はこの世の別れに、何か二、三行壁にきざみつけました。しかしこの男の書いたのは言葉ではありません。一つのメロディーでした。この場所ですごした最後の夜に、心の底からほとばしり出た一つのメロディーだったのです。戸が開きました。囚人は外へ連れだされました。そのとき、わたしのまるい月の輪をふりあおぎました。――

雲がわたしたちのあいだを走りました。まるで、わたしがこの男の顔を見てはならないように、そしてまた、この男がわたしの顔を見てはならないとでもいうかのようでした。男は馬車に乗りました。馬車の戸がしめられました。むちがヒューッと鳴りました。馬はこんもりとした森の中へ<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けこんで行きました。そこでは、わたしの光は後を追って行くことができません。けれども、わたしは牢獄の格子の中をのぞいてみました。わたしの光は、あの男の最後の別れである、壁にきざまれたメロディーの上をすべって行きました。言葉の力の<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>ばないところでは、音の調べがものを言うものです。――

しかし、ただきれぎれの<ruby><rb>音譜</rb><rt>おんぷ</rt></ruby>しか、わたしの光は照らすことができませんでした。その大部分は、わたしにとってはいつまでも<ruby><rb>暗闇</rb><rt>くらやみ</rt></ruby>の中に残されることでしょう。あの男の書いたのは死の<ruby><rb>讃歌</rb><rt>さんか</rt></ruby>だったのでしょうか？　喜びの歓声だったのでしょうか？　あの男は死のもとへ行ったのでしょうか、それとも、愛人に<ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>かれるために行ったのでしょうか？　月の光は人間が書くものをさえ、ことごとく読んでいるわけではありません。

ひろびろとした大空をとおして、わたしは飛び行く雲を見おろしています。大きな影が地上を走って行くのが見えます！」

  


## 第三十三夜

「わたしは子供が大好きです」と、月が言いました。「小さい子は、ことにおもしろいものです。子供たちがわたしのことなんかちっとも考えていないときにも、わたしはカーテンや窓わくのあいだから、たびたび部屋の中をのぞいています。子供たちがひとりで、やっとこ着物をぬごうとしているのを見るのはとっても<ruby><rb>愉快</rb><rt>ゆかい</rt></ruby>です。最初に、<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の小さいまるい<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>が着物の中から出てきて、そのつぎに<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>がするっと<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>けでてきます。それから、<ruby><rb>靴下</rb><rt>くつした</rt></ruby>を<ruby><rb>脱</rb><rt>ぬ</rt></ruby>ぐところも見ます。白くて固い、かわいらしい小さな<ruby><rb>脚</rb><rt>あし</rt></ruby>が現われてきます。ほんとにキスをしてやりたいような足です。そしてわたしは、ほんとうにその足にキスをしてやるのです！」と、月が言いました。

「今夜わたしは、どうしてもこのことを話さずにはいられません。今夜わたしは、一つの窓をのぞきこみました。向い側に家がないので、その窓にはカーテンがおろしてありませんでした。そこには子供たちが、<ruby><rb>姉妹</rb><rt>しまい</rt></ruby>や兄弟たちがみんな集まっているのが見えました。その中にひとりの小さい女の子がいました。この子はやっと四つになったばかりでしたが、それでもほかの子供たちと同じように、『主の<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>り』をとなえることができました。そのため母親は、毎晩その子の<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>のそばにすわって、その子が『主の祈り』をとなえるのを聞いてやるのでした。そのあとで、その子はキスをしてもらうのです。そして母親はその子が<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りつくまで、そばにいてやります。でも小さい<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>は閉じたかとおもうと、すぐに眠ってしまいます。

今夜は、上のふたりの子がすこしあばれていました。ひとりは長い白い寝巻を着て、片足でピョンピョン<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねまわりました。もうひとりは、ほかの子供たちの着物をみんな自分のからだに巻きつけて、<ruby><rb>椅子</rb><rt>いす</rt></ruby>の上に立ちあがり、ぼくは活人画だぞ、みんなであててみろ、と言いました。三番目と四番目の子は、おもちゃをきちんと引出しの中へ入れました。もっともこれは、そうしなくてはいけないことですけども。母親はいちばん小さい子の寝床のそばにすわって、いまこの小さい子が『主の祈り』をとなえるから、みんな静かになさい、と言いました。

わたしはランプごしにのぞきこんでいました」と、月が言いました。「四つになる女の子は寝床の中で、白いきれいなシーツの中に寝ていました。そして小さい両手を合せて、たいそうまじめくさった顔をしていました。いましも『主の祈り』を<ruby><rb>声高</rb><rt>こわだか</rt></ruby>にとなえているところだったのです。

『あら、それは何なの？』母親はこう言って、お祈りの<ruby><rb>途中</rb><rt>とちゅう</rt></ruby>でさえぎりました。『おまえはきょうもわれらに日々のパンを<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えたまえと言ってから、ほかにも何か言ったのね。お<ruby><rb>母</rb><rt>かあ</rt></ruby>さんにはよく聞えなかったけど、それは何？　お母さんに言ってごらんなさい！』――すると、女の子は<ruby><rb>黙</rb><rt>だま</rt></ruby>ったまま、困りきった顔をして母親を見ていました。

『きょうもわれらに日々のパンを与えたまえと言ったあとで、おまえはなんて言ったの？』

『お母さん、<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>らないでね』と、小さな女の子は言いました。『あたし、お祈りしたのよ。パンにバターもたくさんつけてくださいまし、ってね！』」

  


## 解説

矢崎源九郎

アンデルセンといえば、おそらくその名を知らない者はないといってもよいであろう。ことに童話詩人としての<ruby><rb>彼</rb><rt>かれ</rt></ruby>の名前は、われわれにとってはなつかしい<ruby><rb>響</rb><rt>ひび</rt></ruby>きを持っているのである。しかし彼は単に童話を書いたばかりではない。小説に<ruby><rb>戯曲</rb><rt>ぎきょく</rt></ruby>に詩に旅行記に、じつに多方面にわたって筆をふるっている。なかんずく、イタリアの美しい自然を背景として美少年アントーニオと<ruby><rb>歌姫</rb><rt>うたひめ</rt></ruby>アヌンチアータとの<ruby><rb>悲恋</rb><rt>ひれん</rt></ruby>を<ruby><rb>描</rb><rt>えが</rt></ruby>いた『<ruby><rb>即興詩人</rb><rt>そっきょうしじん</rt></ruby>』のごときは忘れがたい作品の一つであるといえよう。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen ――われわれはいつのまにかアンデルセンと呼びなれているが、これはわが国独特の呼び方であろう。いったいに外国の発音をカナで書き表わすことは不可能であるが、デンマーク流の発音はアナスン、アネルセンに近い――は一八〇五年四月二日に豊かな伝説と古い<ruby><rb>民謡</rb><rt>みんよう</rt></ruby>とに<ruby><rb>恵</rb><rt>めぐ</rt></ruby>まれているデンマークのオーデンセという町に生れた。生れ故郷のオーデンセは、ブナの木の林のあいだに麦やウマゴヤシの畑がかぎりなく続いているフューン島という美しい緑の島にあった。父は貧しい<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>職人であったが、折にふれて幼いアンデルセンにおとぎばなしや物語などを読んで聞かせた。文学への興味はこのころの父の感化によって<ruby><rb>芽生</rb><rt>めば</rt></ruby>えたといってもよい。母は働く一方の女で学問はなかったが、深い<ruby><rb>信仰心</rb><rt>しんこうしん</rt></ruby>を持っていた。このふたりのもとに、幼いころはともかくも<ruby><rb>幸</rb><rt>しあわ</rt></ruby>せな日々を送ることができたのである。しかし、十一<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>のときに父を失うに<ruby><rb>及</rb><rt>およ</rt></ruby>んで、この幸福の<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>もはかなく消え去ってしまった。母は仕立屋の職人にしたいという希望を持っていたが、アンデルセンみずからは<ruby><rb>舞台</rb><rt>ぶたい</rt></ruby>に立つことを望んで、十四歳のときただひとり首都のコペンハーゲンをめざして旅立った。このときから彼にとって新しい世界が開かれるとともに、<ruby><rb>茨</rb><rt>いばら</rt></ruby>の道がはじまったのである。すなわち都に出るには出たものの、何もかもが彼の希望に反してしまった。<ruby><rb>俳優</rb><rt>はいゆう</rt></ruby>として舞台に立つこともかなえられず、持って生れた美声を<ruby><rb>頼</rb><rt>たよ</rt></ruby>りに志望した声楽家にもなることができないままに、いくどか絶望のどん底におちいった。しかし幸いなことにも、一生の恩人であるコリンに見いだされたのはこのような失意のときであった。それまでは学校教育もろくに受けておらず、物を書くのにも<ruby><rb>綴</rb><rt>つづ</rt></ruby>りがまちがいだらけというありさまであったが、このコリンの助力のおかげで学校へも行けるようになったのである。

アンデルセンは一生のあいだ旅から旅へとさすらって歩いた。旅こそは彼から切り<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>すことのできないものであった。一八三一年に初めて国外への旅行を行い、つづいて一八三三年にはドイツ、フランスをへてイタリアへの旅にのぼった。このときの旅行のあいだに、その印象をもととして書いたのが『即興詩人 Improvisatoren』（一八三五年）であって、この作によって初めて彼の名は国の内外に認められるようになった。『ただのバイオリン<ruby><rb>弾</rb><rt>ひ</rt></ruby>き Kun en Spilmand』とか、ここに訳出した『絵のない絵本 Billedbog uden Billeder』や、『スウェーデンにて I Sverige』、『わが<ruby><rb>生涯</rb><rt>しょうがい</rt></ruby>の物語 Mit Livs Eventyr』をはじめ、彼のほとんどすべての作品はこのとき以後のものである。童話についても同様、『即興詩人』が出版されてから二、三カ月後にはじめて第一集が出、それから一八七五年八月四日に<ruby><rb>永眠</rb><rt>えいみん</rt></ruby>するまでに百五、六十にも及ぶ多数の童話が書かれたのである。

『絵のない絵本』は、一八三九年から四〇年ごろを中心にアンデルセンの創作意欲の最も<ruby><rb>盛</rb><rt>さか</rt></ruby>んなときに書かれたものである。初めて本になったのは一八三九年十二月二十日で、（表紙の日付は一八四〇年となっている）そのときはわずかに二十夜を<ruby><rb>含</rb><rt>ふく</rt></ruby>むごく小さい本であった。この二十夜のうち五編はすでに一八三六年に文学誌『イリス（<ruby><rb>虹</rb><rt>にじ</rt></ruby>の<ruby><rb>女神</rb><rt>めがみ</rt></ruby>）』第二号上に発表されている。たとえば同誌に<ruby><rb>掲載</rb><rt>けいさい</rt></ruby>されている『フランス国の玉座の上の貧しい男の子』というのは第五夜の物語である。一八四〇年にはさらに数夜が発表されたが、一八四四年の第二版においてようやく三十一夜を<ruby><rb>包括</rb><rt>ほうかつ</rt></ruby>するにいたった。第三十二夜と第三十三夜は一八四八年に初めて<ruby><rb>公</rb><rt>おおやけ</rt></ruby>にされたものである。したがって一冊のまとまった本として現在のように三十三夜全部を含んだのは、一八五四年に発行された第三版が最初である。初版から三版までに多くの歳月が流れているのは、この本がデンマークにおいてはあまり問題にされなかったためであろう。つまり、この本も『即興詩人』の場合と同様、本国におけるよりもむしろドイツや英国などにおいて評判となったのである。

『絵のない絵本』はこのように小さいにもかかわらず、きわめて<ruby><rb>多彩</rb><rt>たさい</rt></ruby>な素材を含んでいる。その大部分がアンデルセンみずからの体験や印象にもとづいていることはいうまでもない。すなわち、第五夜は一八三三年のパリ<ruby><rb>滞在</rb><rt>たいざい</rt></ruby>中の体験から、第六夜は一八三七年のスウェーデン旅行の印象をもととして書かれたものである。第十五夜のリューネブルク、第二十五夜のフランクフルトには一八三三、四年に<ruby><rb>訪</rb><rt>おとず</rt></ruby>れている。一八三三年から三四年にかけてのイタリア旅行の印象は第十二夜、第十八夜、第二十夜などにあらわれている。なかでも、暗い<ruby><rb>北欧</rb><rt>ほくおう</rt></ruby>生れのアンデルセンがあこがれてやまなかった明るい南の国イタリアは、この本においても最も多く<ruby><rb>描</rb><rt>えが</rt></ruby>かれているのである。

また一方においては空想の<ruby><rb>翼</rb><rt>つばさ</rt></ruby>に乗って、遠くインドをはじめ、グリーンランドやアフリカ、中国にまでも思いを<ruby><rb>馳</rb><rt>は</rt></ruby>せている。それらは第一夜、第九夜、第二十一夜、第二十七夜となってあらわれている。そのほか子供についての話は六つほどあるが、それを描くのにあたたかい<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しい感情をもって、しかも明るいユーモアを忘れていないところはいかにも童話詩人らしい。さらにまた<ruby><rb>諧謔</rb><rt>かいぎゃく</rt></ruby>にあふれたもの、あるいは<ruby><rb>苦悩</rb><rt>くのう</rt></ruby>にみちたものもあり、人生の一断面のスケッチもある。小さい本ながら、まことに<ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>りだくさんである。しかもこの本は、月が絵かきに物語る話という形を取ってはいるものの、その<ruby><rb>特徴</rb><rt>とくちょう</rt></ruby>とするところは絵画の素材を<ruby><rb>与</rb><rt>あた</rt></ruby>えるための、<ruby><rb>眼</rb><rt>め</rt></ruby>まぐるしいばかりの場面の展開にあるのではない。一つ一つの短い物語の底に流れる、絵を絶した<ruby><rb>浪漫的</rb><rt>ローマンてき</rt></ruby><ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りも高い詩情こそその生命なのである。

<ruby><rb>翻訳</rb><rt>ほんやく</rt></ruby>のテキストとしてはコペンハーゲンの Gyldendal 書店から一九四三年に発行されている H\.C\.Andersens Romaner og Rejseskildringer（小説、旅行記集）の第四巻に収められている Billedbog uden Billeder を用いた。ただ、年少の読者にも読みやすいように、改行を多くしたことを一言おことわりしておく。（一九五二年六月二十六日）