## １　少年

## <ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>

三月二十日　月曜日

むかし、あるところに、ひとりの少年がいました。年は十四ぐらいで、からだは大きくアマ色の<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛をしていました。この子は、たいして役にもたちませんでした。<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っては、たべるのがいちばんの<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみで、おまけに、いたずらをするのが大すきという子だったのです。

ある<ruby><rb>日曜日</rb><rt>にちようび</rt></ruby>の朝のこと、おとうさんとおかあさんは、<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>へいくしたくをしていました。少年はシャツ一<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby>になって、テーブルのふちに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をかけ、こいつはしめた、おとうさんとおかあさんがいってしまえば、二時間ばかりはすきなことがしていられるぞ、と思いました。そこで、「よし、おとうさんの<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>をおろして、打ってやれ。だれにもおこられやしないからな。」と、ひとりごとを言いました。

けれども、おとうさんは、まるで子どもの考えていることを見ぬきでもしたようでした。だって、そうでしょう。おとうさんは出かけようとして、しきいをまたごうとしたとき、急に立ちどまったかとおもうと、子どものほうを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りかえって、こう言ったのです。

「おまえがおかあさんやおとうさんといっしょに教会へいきたくないのなら、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>にいてもいいが、せめてお<ruby><rb>説教</rb><rt>せっきょう</rt></ruby>だけは読んでおきなさい。おまえにその約束ができるかね？」

「はい、できます。」と、少年は答えました。でも、もちろん、おなかの中では、読みたいだけしか読んでやるもんか、と思っていました。

少年は、おかあさんがこんなにすばしこく何かするのを、いままでに一ども見たことがありません。おかあさんはたちまち<ruby><rb>本棚</rb><rt>ほんだな</rt></ruby>のところへいって、ルーテルの<ruby><rb>説教集</rb><rt>せっきょうしゅう</rt></ruby>をおろし、その日のお説教のところを<ruby><rb>開</rb><rt>ひら</rt></ruby>いて、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ぎわのテーブルの上におきました。それから、<ruby><rb>聖書</rb><rt>せいしょ</rt></ruby>を開いて、これも説教集のそばにおきました。さいごに、おかあさんは大きなひじかけイスをテーブルのそばに引きよせました。このイスは、去年、ヴェンメンヘーイの<ruby><rb>牧師館</rb><rt>ぼくしかん</rt></ruby>であった<ruby><rb>競売</rb><rt>きょうばい</rt></ruby>のときに買ってきたものでした。そして、いつもは、おとうさんのほかは、だれも<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけてはいけないことになっていました。

おかあさんは、よけいな<ruby><rb>世話</rb><rt>せわ</rt></ruby>をやきすぎる、と少年は心の中で思っていました。なぜって、少年としては、一ページか二ページぐらいしか読むつもりはなかったのですから。けれども、またしても、おとうさんは少年の心の中を見すかしたようでした。おとうさんは少年のそばへやってきて、きびしい<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>でこう言いました。

「よく気をつけて、ちゃんと読むんだぞ。おれたちが帰ってきたら、一ページ<ruby><rb>残</rb><rt>のこ</rt></ruby>らずきくからな。もしちょっとでも<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ばしていたら<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しないぞ。」

「お説教は十四ページ半あるのよ。」おかあさんは、まるで、はっきりさせておこうとでもいうように、こう言いました。「読んでしまおうと思うんなら、すぐにはじめなくちゃだめよ。」

こう言いのこして、おとうさんとおかあさんは出ていきました。少年は戸口に立って、あとを見送りながら、きょうは、とうとうつかまっちまった、と、あきらめました。

「おとうさんとおかあさんは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">るす</span>の間じゅう、ぼくがお説教を読んでいなければならないようにうまくしむけて、うれしがっているんだ。」

ところが、おとうさんとおかあさんにしてみれば、うれしがっているどころではありません。心から<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんでいるのでした。ふたりは<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しい<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>でした。持っている土地といえば、わずかに庭ぐらいの大きさのものでした。ふたりがここへ<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>ってきたときには、ブタを一<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby>とニワトリを二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby><ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っているだけでした。しかし、ふたりともふつうの人以上によく<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く<ruby><rb>勤勉</rb><rt>きんべん</rt></ruby>な人たちでしたから、いまでは牛やガチョウも飼えるようになりました。<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしむきもたいへんよくなっていました。ですから、子どものことさえ気にかからなかったら、こんなすばらしい朝には、はればれとした、みちたりた気もちで、教会へもいけたことでしょう。おとうさんは、少年が、ぶしょうで、なまけもので、学校へいっても何一つ<ruby><rb>勉強</rb><rt>べんきょう</rt></ruby>しようともしないし、ガチョウの<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>がどうにかこうにかつとまるといったあんばいの、のらくら者であることを、しょっちゅうこぼしていました。おかあさんは、そのことにたいしては、べつに反対はしませんでした。けれども、少年がらんぼうで、<ruby><rb>意地</rb><rt>いじ</rt></ruby>が<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>く、生き物にたいしては<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざんこく</span>で、人びとにたいしてはよくないことばかりするので、それを何よりも心配していました。

「ああ、どうか<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまがあの子のいじわるなところをなくして、心を入れかえてくださいますように！」と、おかあさんはため<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をついて言うのでした。「さもないと、いつかは、あの子もあたしたちも、ふしあわせになってしまいます。」

少年は、お説教を読んだものかどうかと、長い間じっと考えこんでいました。でも、けっきょく、いまは言いつけに<ruby><rb>従</rb><rt>したが</rt></ruby>うのがいちばんだと思いました。そこで、<ruby><rb>牧師館</rb><rt>ぼくしかん</rt></ruby>のひじかけイスに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろして、読みはじめました。けれども、低い声でしばらくブツブツ言っているうちに、<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>たくなってきて、まもなくコックリコックリしはじめました。

外はすばらしいお天気でした。まだ三月二十日になったばかりですが、少年の住んでいる村は、<ruby><rb>南部</rb><rt>なんぶ</rt></ruby>スコーネのずっと南の、西ヴェンメンヘーイにありました。そこにはもう春の<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りがみちみちていたのです。木々はまだ<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>になってはいませんが、いたるところに新しい<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>がもえでています。<ruby><rb>堀</rb><rt>ほり</rt></ruby>という堀には水がいっぱいで、堀ばたにはフキの花がひらき、<ruby><rb>石壁</rb><rt>いしかべ</rt></ruby>の上に<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている草の<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みは、つやつやとして<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>になっています。はるかかなたのブナの森は、みるみるうちに大きくふくらんでいくように見えます。空は高く、青くすんで、頭の上にひろがっています。家の戸がすこし<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いているので、部屋の中でもヒバリのさえずる声が聞こえます。ニワトリとガチョウたちは庭をあるきまわっていました。牛は、春のけはいが牛小屋の中にまではいってきたのを感じて、ときどきモウ、モウと<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きました。

少年は読んだり、コックリコックリしたり、<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るまいとがんばったりしました。「眠っちゃだめだ。」と、少年は思いました。「眠ったら、午前中にお<ruby><rb>説教</rb><rt>せっきょう</rt></ruby>は読みきれっこないぞ。」

けれども、とうとう、ねこんでしまいました。

どのくらい眠ったのか、じぶんでもわかりませんでしたが、うしろのほうで、なにか<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>い物音がするので、少年は、はっと目をさましました。少年のまん前の<ruby><rb>窓台</rb><rt>まどだい</rt></ruby>の上には、小さな鏡が一つおいてあります。その<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>には、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>じゅうのものが、ほとんどぜんぶ<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>って見えました。少年は頭をあげたとき、なにげなくこの鏡をながめました。すると、おかあさんの<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>のふたが<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けっぱなしになっているではありませんか。

おかあさんは、<ruby><rb>鉄</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>金具</rb><rt>かなぐ</rt></ruby>のついた、カシワの木でできている、大きな<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>たい長持を持っていたのですが、これはおかあさんのほかは、だれも開けてはいけないことになっていました。おかあさんは、その中に、じぶんのおかあさんからゆずられたものや、とくべつたいせつなものを一つのこらずしまっていたのです。そこには、赤い<ruby><rb>布地</rb><rt>きれじ</rt></ruby>でつくった<ruby><rb>古風</rb><rt>こふう</rt></ruby>な<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>の着物――<ruby><rb>短</rb><rt>みじか</rt></ruby>い<ruby><rb>胴着</rb><rt>どうぎ</rt></ruby>、ひだのあるスカート、<ruby><rb>真珠</rb><rt>しんじゅ</rt></ruby>の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのついた<ruby><rb>胸着</rb><rt>むなぎ</rt></ruby>――がいくつか入れてありました。それから、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のり</span>をつけて洗ったまっ白な<ruby><rb>頭巾</rb><rt>ずきん</rt></ruby>や、<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>たい<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>の<ruby><rb>装身具</rb><rt>そうしんぐ</rt></ruby>や、くさりなどもはいっていました。いまでは、こんなものを身につけようとする人はありません。おかあさんは、売ってしまおうかと思ったこともたびたびありましたが、思いきってそうする気にもなれませんでした。

ところで、少年は、長持のふたが<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いているのを、いま<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>の中にはっきりと見ました。どうしたというのでしょう。さっぱりわけがわかりません。だって、おかあさんは出かけるまえに、ふたをちゃんと<ruby><rb>閉</rb><rt>し</rt></ruby>めていったのです。だいいち、少年がひとりっきりで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">るす</span>をしているときに、長持を開けっぱなしにしておくようなことをするはずはありません。

少年はまったくきみが<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>くなってきました。どろぼうが<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>びこんできたのかもしれない……そう思うと、こわくなって、<ruby><rb>身動</rb><rt>みうご</rt></ruby>きすることもできず、じっと<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけたまま、<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>の中を見つめていました。

こうして、そこに腰かけて、どろぼうが<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をあらわすのを、いまかいまかと待っていました。そのうちに、長持のふちに<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>い<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>がさしているのを見つけました。おや、あれはなんだろう？　よくよくながめてみましたが、どうしてもじぶんの目のせいとしか思えません。けれども、さいしょは影のように見えたものが、だんだんはっきりしてきますと、それは影ではなく、ほんとうの<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>き物であることがわかりました。しかもまあ、なんということでしょう、それは、<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>ではありませんか。その小人がいま、長持のふちにまたがっているのです。

少年はいままで小人のことを話には聞いていましたが、こんなにちっぽけなものだとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも思ったことがありませんでした。いまそこの長持のふちに腰かけている小人は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せい</span>はやっと十センチかそこらです。そいつは年とった、しわだらけの<ruby><rb>顔</rb><rt>かお</rt></ruby>をしていて、ひげはありません。すその長い黒の<ruby><rb>上着</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>をきこんで、半ズボンをはき、つばの広い黒い<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶっています。なかなか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いき</span>で、スマートです。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えり</span>や、そで口には白いレースをつけ、<ruby><rb>締金</rb><rt>しめがね</rt></ruby>でとめた<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>をはき、靴下どめにはチョウ型リボンがむすんであります。ちょうどいま、小人は長持の中から<ruby><rb>縫取</rb><rt>ぬいとり</rt></ruby>のしてある<ruby><rb>胸着</rb><rt>むなぎ</rt></ruby>を取りだして、感心した顔つきでその<ruby><rb>古風</rb><rt>こふう</rt></ruby>なつくりかたを<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めています。それで、少年が目をさましているのには、すこしも気がついていません。

少年は、小人を見たときには、すっかりびっくりしてしまいましたが、べつにこわくはありませんでした。そうでしょう。こんなちっぽけなものを、こわがるわけはありませんもの。それに、小人は<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしい胸着を見るのに<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>になっていて、ほかのことは耳にも目にもはいらないようすです。そこで、さっそく、少年は、よし、あいつを長持の中におしこめて、ふたをするとかなんとか、ひとつからかってやれ、という気になりました。

でも、さすがに、小人にさわる気にはなれません。それで、何か小人をたたくものがないかと、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中を見まわしました。まず、長イスからテーブルへ、テーブルから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だんろ</span>へと目を走らせました。そして、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だんろ</span>のそばの<ruby><rb>棚</rb><rt>たな</rt></ruby>の上にのっている<ruby><rb>鍋</rb><rt>なべ</rt></ruby>やコーヒーわかしや、戸口にある<ruby><rb>水桶</rb><rt>みずおけ</rt></ruby>や、はんぶん<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いている戸棚の中に見えるさじやナイフやフォークや<ruby><rb>鉢</rb><rt>はち</rt></ruby>やお<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>まで眺めわたしました。つづいて、おとうさんの<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>を見あげました。これは、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にかかっているデンマークの国王と<ruby><rb>皇后</rb><rt>こうごう</rt></ruby>の<ruby><rb>肖像画</rb><rt>しょうぞうが</rt></ruby>のそばにかけてありました。それから、<ruby><rb>窓台</rb><rt>まどだい</rt></ruby>のところに<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いているテンジクアオイやフクシャを<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めました。こうして、いちばんおしまいに、窓の<ruby><rb>横木</rb><rt>よこぎ</rt></ruby>にかけてある古い虫とり<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>に目をとめました。

この虫とり網を見るが早いか、少年は<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねおきて、それをひっつかむと、長持のふたをさっとすくいました。と、どうでしょう。まったく、うまいものです。じぶんでもびっくりしてしまったくらいです。どうしてこんなにうまくいったのか、いっこうにわかりません。でも、ともかく、小人はこうして、<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>けどってしまったのです。かわいそうに、小人は長い<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>の底のほうに、さかさまになってころがっています。これでは、とうてい<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げられっこありません。

さて、少年は、つかまえてはみましたが、さいしょのうちは、この小人をどうしたらいいのか、<ruby><rb>見当</rb><rt>けんとう</rt></ruby>がつきませんでした。ただ、小人が<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いあがってくることができないように、ひっきりなしに網をゆり動かしていました。

そのうちに、小人が口をきいて、どうか<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>してください、といくたびもいくたびも<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みました。そして、じぶんはこの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>のために、長い間ずいぶんいいことをしてきたのだから、もうすこし、よくしてくれたっていいはずだ、もし、少年がじぶんを許してくれるなら、古いお<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>を一<ruby><rb>枚</rb><rt>まい</rt></ruby>と、<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>のさじを一本と、それに<ruby><rb>金貨</rb><rt>きんか</rt></ruby>も一枚あげよう、その金貨といったら、少年の父親の<ruby><rb>銀時計</rb><rt>ぎんどけい</rt></ruby>の<ruby><rb>側</rb><rt>かわ</rt></ruby>っくらいもある大きなものだと、言いました。

小人の申し出たお<ruby><rb>金</rb><rt>かね</rt></ruby>は、それほどたいしたものとは思いませんでしたが、少年は小人をつかまえてからというもの、なんとなくこわくなっていました。つまり、この世のものではない、きみのわるい、何かふしぎなものとかかりあいになったのを感じていたのです。ですから、小人を逃がしてやることは、じつをいえば、うれしくてたまらなかったのです。

こういうわけで、少年はすぐさまその<ruby><rb>申</rb><rt>もう</rt></ruby>し<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>を<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しました。そして、小人が<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いだせるように、網をゆり動かすのをやめました。けれど、小人が網から出かかったとき、少年は、ふと、逃がしてやるかわりに、もっといろんなものがもらえるように、きめておけばよかった、と、思いつきました。まあ、せいぜい、小人が<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>でもって、あのお<ruby><rb>説教</rb><rt>せっきょう</rt></ruby>をおぼえさせてくれることくらいは、取りきめておくべきでした。

「ただ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>がしてやるなんて、なんてぼくはバカなんだ。」と、少年は思いました。そこで、<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>がもう一ど<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>へころがり落ちるように、またまた網をゆすりはじめました。

ところが、少年が網をゆすりはじめたとたん、ほっぺたをいやっというほどなぐりつけられました。まるで、頭がメチャメチャになってしまったのではないかと思われました。そして、一ぽうの<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にたたきつけられたかと思うと、こんどはもう一ぽうの壁にぶっつかり、しまいには<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上にぶったおれて、そのまま気を<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>ってしまいました。

気がついたときには、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の中にひとりっきりでした。もう小人の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>はどこにも見えません。<ruby><rb>長持</rb><rt>ながもち</rt></ruby>のふたはちゃんとしまっています。虫とり<ruby><rb>網</rb><rt>あみ</rt></ruby>も<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ぎわのいつものところにかかっています。ですから、さっきなぐられた右のほっぺたがヒリヒリしなかったら、少年はたぶん、みんな<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>だったんだと、思ったことでしょう。

「こんなことを話したって、おとうさんやおかあさんは、そりゃ夢さ、と言うだろうな。」と、少年は思いました。「小人が来たからって、お説教をかんべんなんかしてくれっこない。いそいで読むよりほかないや。」

ところが、テーブルのほうへいこうとしますと、なんだかいつもとようすがちがっています。でも、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>が大きくなるなんてはずはありません。それなら、テーブルのところへいくのに、いつもよりずっとよけいに歩かなければならないというのは、いったいどうしたわけでしょう？　それに、イスだってまた、どうしたというのでしょう？　まえよりも大きくなったはずなどありませんが、少年が<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけようとするには、いったんイスの足のあいだの<ruby><rb>横木</rb><rt>よこぎ</rt></ruby>にのぼって、それからすわるところによじのぼらなければなりません。テーブルにしたって、すっかり同じことです。テーブルの上を見ようとすれば、イスのひじかけの上にのぼらなければならないのです。

「いったい、どうしたっていうんだ？」と、少年は言いました。「そうだ、きっと小人が、ひじかけイスにも、テーブルにも、そればかりか、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>じゅうに<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>をかけたんだな。」

<ruby><rb>説教集</rb><rt>せっきょうしゅう</rt></ruby>はテーブルの上にありました。見たところ、<ruby><rb>変</rb><rt>か</rt></ruby>わったようすはありません。でもやっぱり、ちょっと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へん</span>なところがあるようです。なぜって、少年は本の上にのぼらなければ、一字も読むことができないのです。

少年は二、三行読むと、なにげなく<ruby><rb>顔</rb><rt>かお</rt></ruby>をあげました。すると、ちょうど<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>に目がとまり、とたんに、大声でさけびました。

「やあ、あそこにまた、べつのやつがいるぞ！」

そのとおりです。少年は鏡の中に、とんがり<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶり、<ruby><rb>革</rb><rt>かわ</rt></ruby>ズボンをはいたちっぽけな小人をはっきりと見たのです。

「あいつは、ぼくとまるっきり、おんなじかっこうをしているな。」少年はこう言いながら、びっくりして手をたたきました。と、どうでしょう、鏡の中の小人も同じように手をたたくではありませんか。

そこで少年は、<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛をひっぱったり、<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をつねったり、ぐるっとまわったりして見ました。すると、鏡の中の小人も、すぐそのとおりにするのです。

それから少年は、鏡のまわりを二、三どかけまわりました。ひょっとしたら、鏡のうしろにちっぽけな者でもかくれていやしないかと思ったのです。けれども、鏡のうしろにはだれもいません。こうなると、少年はこわくなって、からだじゅうがブルブルふるえてきました。そのはずです。じぶんは小人に<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>をかけられたということが、いまはじめてわかったのですもの。鏡の中に見えたちっぽけな小人は、まちがいようもなく、少年じしんの姿だったのです。

## ガンの<ruby><rb>群</rb><rt>むれ</rt></ruby>

少年は、自分が<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>になってしまったとは、どうしても信じることができませんでした。

「こいつはきっと<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>なんだ、気の<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>いなんだ。ちょっと待ってりゃ、すぐまたもとの人間になれるだろうさ。」こう思いながら、<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>の前に立って、目をつぶりました。そして、こんなバカバカしいことが<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてなくなってしまえばいいと<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>いながら、二、三分して目をあけました。ところが、なんの<ruby><rb>変</rb><rt>か</rt></ruby>わりもありません。やっぱりまえと同じようにちっぽけなままの姿です。白っぽいアマ色の<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛、<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>の上の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そばかす</span>、<ruby><rb>革</rb><rt>かわ</rt></ruby>ズボンにあてた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つぎ</span>、<ruby><rb>靴下</rb><rt>くつした</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>、なにもかもが、もとのとおりです。そしてただ、からだだけが、ひどくちっぽけになっているのです。

いや、こうやって立って待っていたところで、どうにもなりゃしない。なんとかしなくちゃだめだ。そうだ、いちばんいいのは、小人をさがしだして、<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>なおりをすることだろう。

こう思うと、少年は<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>にとびおりて、さっそく、さがしはじめました。イスや<ruby><rb>戸棚</rb><rt>とだな</rt></ruby>のうしろから、長イスの下や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だんろ</span>のうしろまでさがしました。そのうえ、ネズミの<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>にまで<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いこんでみましたが、小人の姿はどこにも見あたりません。

少年はさがしながらも、泣いたり、<ruby><rb>祈</rb><rt>いの</rt></ruby>ったり、思いつくはしからさまざまのことを<ruby><rb>誓</rb><rt>ちか</rt></ruby>ったりしました。これからは、けっして約束をやぶったりしません。いじわるもしません。お<ruby><rb>説教</rb><rt>せっきょう</rt></ruby>のときにいねむりもしません。もう一ど人間の姿になれさえしたら、きっと、おとなしい、りっぱな、いい子になります……けれども、いくら誓ってみたところで、なんの役にもたちませんでした。

小人はよく牛小屋に<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでいると、いつだったか、おかあさんが言っていたのを、少年はふっと思いだしました。そこで、さっそく牛小屋へいって、小人がいるかどうか、さがしてみることにしました。ありがたいことに、戸口がすこし<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いていました。だって、もしそうでなかったら、<ruby><rb>錠</rb><rt>じょう</rt></ruby>まで手がとどかないのですから、戸を開けることができなかったでしょう。ともかくこうして、らくに<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>けでることができました。

<ruby><rb>玄関</rb><rt>げんかん</rt></ruby>に出たとき、じぶんの<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>はどこにあるかと見まわしました。いままで部屋の中では、<ruby><rb>靴下</rb><rt>くつした</rt></ruby>しかはいていなかったのですからね。少年は心のうちに思いました。あんなに大きな、<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>たい木靴を、いったいどうしてはいたもんだろう。

でもそのとき、よく見ますと、入口のところにちっぽけな木靴が一<ruby><rb>足</rb><rt>そく</rt></ruby>そろえてあります。おや、おや、小人は木靴まで小さくするほど気をつかっているのです。それがわかりますと、少年はひどく心配になってきて、「あいつめ、ぼくにこんなみじめな思いを長いことさせておくつもりなんだな。」と、思いました。

戸口の前においてある古いカシワの板の上を、スズメが一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>ピョイピョイととびはねていました。スズメは少年の姿を見たとたんに、さけびたてました。

「チュン、チュン、ごらんよ、ガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>のニールスを！　あのチビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>を見てごらん！　チビ小僧のニールス・ホルゲルッソンを見てごらん！」

すると、たちまち、ガチョウもニワトリも、ニールスのほうを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りむきました。そうして、みんなは、ものすごい<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いで<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きたてました。

「コケッコッコ。」と、オンドリはがなりたてました。「ばちがあたったんだ！　コケッコッコ、おれのトサカをひっぱったのはあいつさ！」

「コ、コ、コ、コ、ばちがあたったのよ！」と、メンドリたちは、鳴きたてました。そして、いつまでもいつまでもさけびつづけました。

ガチョウたちはかたまって、たがいにささやきあいました。

「だれがあんなにしたんだい？　だれがあんなにしたんだい？」

しかし、何よりもふしぎなのは、鳥のしゃべっていることがニールスによくわかることでした。ニールスはあんまりびっくりしてしまって、入口のところにつっ立ったまま、ぼんやりとただ聞いていました。

「こりゃあ、きっと、ぼくが小人になったからなんだろう。それで、鳥のことばがわかるんだ。」と、ニールスは言いました。

ニワトリたちはいつまでも、ばちがあたった、ばちがあたった、とさけびつづけています。ニールスはがまんができなくなりました。そこで、石をぶっつけて、どなりました。

「だまれ！　こんちくしょう！」

ところが、つい、だいじなことを<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れていました。それはほかでもありません、ニールスは、いまではニワトリたちからこわがられるほど大きくはないのです。ニワトリたちはニールスめがけて走ってきて、そのまわりをとりかこむと、またまた、さけびました。

「コ、コ、コ、コ、ばちがあたった！　コ、コ、コ、コ、ばちがあたった！」

ニールスは<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げようとしました。けれど、ニワトリたちがあとからとびかかってきては、大声にどなるので、耳がツンボになりそうです。もしもそのとき、ネコがそこへ来てくれなかったら、きっと逃げだすことができなかったでしょう。ニワトリたちはネコの姿を見ますと、たちまちだまりこんで、<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>をつつきまわしては、一生けんめい虫をさがしているようなふりをしはじめました。

ニールスはさっそく、ネコのところへかけていきました。

「ミーや、おまえはこの庭なら、すみのすみから<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れ<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>まで、すっかり知ってるだろう？　いい子だから、小人がどこにいるか教えておくれよ。」

ネコはなかなか返事をしませんでした。そこへすわって、しっぽをかわいらしく前足のまわりにまきつけてから、少年を<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めました。大きな黒いネコで、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>にぽっつり白いところがあります。毛なみはつやつやしていて、お日さまの光をうけると、きれいに<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きました。<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>はおさめていました。目は<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>で、まんなかに小さな黒い<ruby><rb>点</rb><rt>てん</rt></ruby>が見えました。見るからにおとなしそうな黒ネコです。

「小人がどこに<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでいるかぐらい、もちろん知ってるよ。」と、ネコはやさしい声で言いました。「といったって、きみに教えてやろうとは思っちゃいないよ。」

「かわいいミーや、ぼくを<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けておくれよ。」と、ニールスは言いました。「ぼくが<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>にかけられているのがわからないの？」

ネコが目をすこしあけますと、いじわるそうなようすがあらわれてきました。それから、満足そうにのどをゴロゴロならして、とうとうこう答えました。

「このぼくが、きみを助けるんだって？　きみはあんなにしょっちゅう、ぼくのしっぽをひっぱったじゃないか。」

ニールスは、しゃくにさわってしかたがありません。それで、いまはじぶんがちっぽけな<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>い者になっていることを、またまた<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れてしまったのです。

「よし、そんなら、もう一ど、しっぽをひっぱってやるぞ、いいか。」こう言って、ネコにとびかかりました。

その<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>、ネコはいままでのネコとは思えないほど、すっかり<ruby><rb>変</rb><rt>か</rt></ruby>わってしまいました。毛をさかだて、せなかをまるめ、足をのばしました。<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>は地面をひっかきしっぽは<ruby><rb>短</rb><rt>みじ</rt></ruby>かく<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>くなり、耳はつったち、口からは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>をふき、目は大きくひらいて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>のように<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きました。

ニールスは、ネコなんかにおどかされてたまるものかと、なおも前にでていきました。しかし、ネコはおどりあがって、ニールスにとびかかり、そこにたおしてしまいました。そして、口を大きく<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>けて、ニールスの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のど</span>をねらいながら、前足で<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をおさえつけました。

ニールスは、ネコの<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>がチョッキやシャツをとおして<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>までくいこみ、<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>いキバがのどをくすぐったのを感じました。ああ、たいへん！　ニールスは声をかぎりに<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けをもとめました。

けれども、だれも来てはくれません。ニールスは、いよいよおしまいかと思いました。ところが、どうしたわけか、そのとき、ネコは爪をひっこめて、のどもはなしてくれました。

「そら、」と、ネコは言いました。「このくらいで、もういいだろう。きょうのところはかんべんしといてやる。きみのおかあさんにめんじてだ。なあに、きみとおれとではどっちが強いか、知らせてやったまでのことさ。」

こう言いすてて、ネコは帰っていきました。そのようすは、来たときと同じように、すなおで、いかにもおとなしそうです。ニールスはがっかりして、ものを言う元気もありません。これでは、いよいよ<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>を見つけるよりほかはないのです。そこで、おおいそぎで牛小屋へ、かけていきました。

牛小屋には、牛は三<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby>しかいませんでした。ところが、ニールスが、はいっていったとたんに、三頭ともほえはじめました。まあ、そのさわがしいことといったら、どうみても三十頭は、いるのではないかと思われるほどでした。

「モウ、モウ、モウ、」と、マイルースがほえました。「この世の中にまだ<ruby><rb>正義</rb><rt>せいぎ</rt></ruby>ってものがあるのは、けっこうなことだ。」

「モウ、モウ、モウ、」と、こんどは三頭がいっせいに<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きたてました。何を言っているのやら、とてもわからないほど、メチャメチャに、がなりたてました。

ニールスは小人のことをきいてみたかったのですが、牛たちがすっかりのぼせあがっているので、じぶんの言いたいことを牛たちに聞かせることができませんでした。牛たちは、まるで見なれない犬をけしかけられたときのように、あばれるのです。<ruby><rb>後足</rb><rt>あとあし</rt></ruby>でける、<ruby><rb>首輪</rb><rt>くびわ</rt></ruby>をゆすぶる、頭をぐっと上へむけて<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>をふりたてる、といったありさまです。

「オイッ、ちょっとここへ来な！」と、マイルースが言いました。「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぐん</span>とこたえるように、<ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>けり、けってやろうじゃないか。」

「ここへおいで！」と、グルリリアが言いました。「あたしの<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>の上でちょいと<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>らせてあげるよ。」

「ここへおいでよ、おいで。おまえに<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>をぶっつけられると、どんな思いをしたものか、ひとつおまえにも知らせてあげるから！」と、シェルナは言いました。

「さあ、おいでったら。おまえがあたしの耳にハチを入れてくれたお<ruby><rb>礼</rb><rt>れい</rt></ruby>を、いましてあげるよ！」と、グルリリアはさけびました。

マイルースはいちばん年とっていて、いちばんりこうな牛でした。そして、中でもいちばん<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っていました。

「ここへこい。おまえはおかあさんから、<ruby><rb>牛乳</rb><rt>ぎゅうにゅう</rt></ruby>のしぼり<ruby><rb>台</rb><rt>だい</rt></ruby>を、なんどもなんどもひったくったな。それから、おかあさんが<ruby><rb>牛乳桶</rb><rt>ぎゅうにゅうおけ</rt></ruby>を<ruby><rb>運</rb><rt>はこ</rt></ruby>んでいるときに、いろんないたずらをしたっけな。おかあさんはおまえのために、ずいぶん<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>を流したものだ。いまそのお礼をみんなしてやるぜ。」

ニールスは、いままでのひどい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しうち</span>をどんなに<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうかい</rt></ruby>しているか話したり、小人がどこにいるかを教えてくれさえすれば、これからはきっと、いい子になる、と言いたかったのです。けれど牛たちは、ニールスの言うことなどに、てんで耳をかしてはくれません。たけりたってほえていますので、もしかして、つないである<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>が切れはしないかと心配になってきました。そこで、ニールスは、牛小屋からそっと<ruby><rb>抜</rb><rt>ぬ</rt></ruby>けだすよりほかはないと思いました。

ニールスは、やっとの思いで<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてはきましたが、すっかりがっかりしてしまいました。むりもありません。家じゅうどこへいっても、小人をさがす<ruby><rb>手助</rb><rt>てだす</rt></ruby>けをしてくれる者はないのですもの。それに、こんなぐあいでは、小人を見つけだしたところで、たいして役にはたたないでしょう。

ニールスは<ruby><rb>幅</rb><rt>はば</rt></ruby>の広い<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>によじのぼりました。石垣は<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>をとりまいていて、その上にはイバラやイチゴのつるが、いちめんにからまっていました。ニールスはそこに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろして、つくづく考えました。もしも人間の姿にもどれなかったら、いったいどうなるんだろう。おとうさんとおかあさんが<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>から帰ってきたら、どんなにびっくりするだろう。それどころか、国じゅうの人たちがみんなびっくりするだろう。そして、じぶんを<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>しようとして、東ヴェンメンヘーイからもトルプからもスクーループからも、たくさんやってくるだろう。いや、ヴェンメンヘーイじゅうの人たちが集まってくるだろう。そして、おとうさんとおかあさんは、じぶんを<ruby><rb>市</rb><rt>いち</rt></ruby>につれていって、見せ物にするかもしれない。

ああ、そんなことは思ってみただけでも、じつにこわいことです！　こうなったうえは、もうだれにも姿を見られたくありません。

ああ、それにしても、なんという、ふしあわせな少年でしょう。これほど、ふしあわせな者は、世界じゅう、どこをさがしたってありません。この子はもう人間ではないのです。いまではちっぽけな<ruby><rb>化物</rb><rt>ばけもの</rt></ruby>です。

ニールスは、もう人間ではないということが、いったいどんなことなのか、だんだんわかってきました。いまでは、すべてのものから切りはなされてしまったのです。もうほかの子どもたちと<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ぶこともできません。おとうさんおかあさんのあとつぎをすることもできません。それに、こんなじぶんのところへは、お<ruby><rb>嫁</rb><rt>よめ</rt></ruby>にきてくれるひともないでしょう。

少年は、わが<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>をながめました。それは、白くぬってある小さな<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>でした。とんがった、高いわらぶき<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>をいただいていて、まるで地面の中にめりこんでいるようなかっこうです。<ruby><rb>納屋</rb><rt>なや</rt></ruby>も小さく、そのうえ、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>の小さいことといったら、それこそ、馬でさえふりむいても見ないくらいです。だけど、どんなにちっぽけで、<ruby><rb>貧弱</rb><rt>ひんじゃく</rt></ruby>でも、いまのニールスにとっては、よすぎるほどでした。なぜって、いまのこの身の上では、牛小屋の<ruby><rb>床下</rb><rt>ゆかした</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>よりも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まし</span>な<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>に住むことなど、とても望めないことですからね。

びっくりするほどすばらしいお天気でした。少年をとりまくすべてのものが、何かヒソヒソとささやいていました。<ruby><rb>新芽</rb><rt>しんめ</rt></ruby>は、いきいきともえでて、鳥は<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しそうにさえずっていました。けれども、ニールスの心は<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでいました。これからはもう、どんなものを見ても、いままでのように、うれしいと思うことは二どとないでしょう。ニールスは、きょうのように空が青くすんでいるのを見たことがありません。見れば、<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>り鳥が<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいます。その鳥たちは遠い外国から飛んできて、バルト海をこえ、スミューエ<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>に<ruby><rb>上陸</rb><rt>じょうりく</rt></ruby>して、いましも北をさして飛んでいくところだったのです。いろんな種類の鳥がいましたが、ニールスの知っているのはガンだけでした。ガンのむれは、クサビ<ruby><rb>型</rb><rt>がた</rt></ruby>に長い<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>をつくって、飛んでいました。

ガンのむれは、もういく<ruby><rb>組</rb><rt>くみ</rt></ruby>もいく組も飛んでいきました。みんな空を高く飛んでいきましたが、それでも、「さあ、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>へいくんだ！　さあ、丘へいくんだ！」とさけんでいるのが聞こえました。

ガンは、庭をぶらぶらしているガチョウを見つけると、さっと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりてきて、「いっしょにこいよ！　いっしょにこいよ！　さあ、丘へいくんだ！」と、大きな声で<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びかけました。

ガチョウたちは、思わずしらず頭をあげて、耳をすましました。けれども、すぐにふんべつのある返事をしました。

「ここで、たくさん！　ここで、たくさん！」

まえにも言ったとおり、たとえようもないほどすばらしいお天気でした。こんなにさわやかで気もちのいい日に、あの大空を飛びまわったら、さぞ<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しいことでしょう。じっさい、新しいガンのむれが、頭の上を飛びすぎるたびに、ガチョウたちもじっとしてはいられなくなってきました。なんだか、いっしょに飛んでいきたいような気もちにさそわれて、ガチョウたちは、二、三ど、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をバタバタやってみました。でも、そのたびに、年とったおかあさんガチョウが言いました。

「バカなまねをするんじゃないよ。あの<ruby><rb>連中</rb><rt>れんちゅう</rt></ruby>は、いまにおなかがすいたり、<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>くてこごえたりするにきまってるんだから。」

まっ白な一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の若いオスのガチョウは、ガンのさけび声を聞いているうちに、どうしても<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>に出かけたくなってしまいました。そして、

「このつぎ、ガンのむれがきたら、いっしょにいこうっと。」と、さけびました。

やがて、新しい<ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>むれが飛んできました。そして、まえと同じように呼びかけました。すると、若いガチョウは、「待って、待って！　ぼくもいくよ！」と、さけびました。そうして、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をひろげて、空に<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びあがりました。けれども、飛ぶのには<ruby><rb>慣</rb><rt>な</rt></ruby>れていないものですから、バタッと地面の上に落っこちてしまいました。

でも、とにかく、若いガチョウのさけび声は、ガンのむれまで聞こえたのにちがいありません。ガンたちは向きをかえて、ゆっくりと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いもどってきました。ほんとうにいっしょにくるのかどうか、たしかめようというのでしょう。

「待って！　待って！」と、若いガチョウはさけびながら、もう一ど、飛ぼうとしました。

ニールスは<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>の上から、これをのこらず聞いていました。「あの大きいガチョウに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げられたら、<ruby><rb>大損害</rb><rt>だいそんがい</rt></ruby>だぞ。」と、少年は思いました。「教会から帰ってきて、あいつがいなかったら、おとうさんとおかあさんは、どんなにがっかりするだろう。」

こう考えたときニールスは、またもや、じぶんがちっぽけで<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>い者になっていることをすっかり忘れていました。すぐさま石垣からとびおりると、ガチョウのむれのまんなかに<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けこんで、その若いガチョウの<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>っ<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>にかじりついて、さけびました。

「<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでっちゃだめだよ、いいかい！」

ところが、ちょうどその<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>に、ガチョウは地面から飛びあがる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こつ</span>をのみこんでしまったのでした。そして、ニールスを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>すひまもなく、この子をつれたまま空に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがってしまいました。

ニールスは、上へ上へとつれていかれました。それこそ目まいがするほどものすごい早さです。ああ、これはいけない、ガチョウの首をはなさなければ、と気がついたときには、もう空高くのぼっていました。こんな高いところから落っこちれば、あっというまに死んでしまうでしょう。

せめて、もうすこしらくな<ruby><rb>姿勢</rb><rt>しせい</rt></ruby>にでもならなければたまりませんが、そのためには、ガチョウのせなかによじのぼるよりほかありません。それで、ニールスは、さんざん<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>をおって、やっとのことでガチョウのせなかにのっかりました。けれど、<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたいている二つの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のあいだの、ツルツルしたせなかにしっかりとのっかっているのは、なかなかたいへんなことでした。ですから、ころがり落ちないように、両手を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛の中までつっこんで、一生けんめいしがみついていました。

## <ruby><rb>市松</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>もよう

少年はひどく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">めまい</span>がして、長いこと何がなんだかわかりませんでした。風はピュウピュウうなりをたてて、吹きつけてきます。すぐそばでは、つばさがバタバタと<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたき、その音は、ものすごい<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のようです。十三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>のガンはニールスのまわりを<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んで、<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いよく羽ばたきながら、ガアガア<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きたてています。ニールスは目さきがチラチラし、耳がガンガン鳴っています。いったい、高いところを飛んでいるのか、低いところを飛んでいるのか、そしてまた、どこへ向かって飛んでいるのか、さっぱりわかりません。

でも、そのうちに、頭がだんだんはっきりしてきて、いったい、どこへつれていかれるのか、それを見きわめなければいけないぞ、と、ニールスは気がつきました。けれども、それは、なまやさしいことではありません。下を見る<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>なんて、とてもわいてきそうもないのです。ちょっとでも下を見ようとすれば、きっと目がまわってしまうでしょう。

ガンたちは、それほど高いところを飛んではいませんでした。というのは、新しく<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>になったあのガチョウが、空気のすくない高いところで<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をするのになれていなかったからです。それでみんなは、いつもよりも、いくらかゆっくり飛んでいるのでした。

とうとう思いきってニールスは、下を見おろしました。目の下には、まるで、とても大きな<ruby><rb>布</rb><rt>きれ</rt></ruby>がひろげられているようです。そして、その布は、大小さまざまの、かぞえきれない四角い形にわかれています。

「いったい、どこへ来たんだろう？」と、ニールスはふしぎに思いました。

見わたすかぎり、目に<ruby><rb>映</rb><rt>うつ</rt></ruby>るものは、<ruby><rb>市松</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>もようばかりです。ななめになっているものもあれば、細長いものもありますが、どれもこれも、まっすぐの<ruby><rb>線</rb><rt>せん</rt></ruby>にかこまれた四角い形ばかりです。円いのや、まがったのは一つもありません。

「下に見えるのは、なんて大きな<ruby><rb>市松</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>もようなんだろう？」だれも答えてはくれないだろうとは思いながらも、ニールスはこうひとりごとを言いました。

ところが、ニールスのまわりを<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいるガンたちがすぐにさけびました。

「<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>と<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>だよ！　畑と牧場だよ！」

そう言われてみますと、なるほど、下に見える大きな市松もようは、スコーネの<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>です。そして、それがどうしてこんな市松もように見え、いろんな色に見えるかも、だんだん、のみこめてきました。あかるい<ruby><rb>緑色</rb><rt>みどりいろ</rt></ruby>の四角が、まっさきに目につきました。それは、<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>の秋に<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>をまいたライ<ruby><rb>麦畑</rb><rt>むぎばたけ</rt></ruby>です。冬じゅう雪の下でも、ずっと緑の色をしていたのでした。黄色っぽい<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の四角は、去年の夏みのったカラス麦の畑で、いまは<ruby><rb>刈</rb><rt>か</rt></ruby>り<ruby><rb>株</rb><rt>かぶ</rt></ruby>がのこっているのです。<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>がかったのは<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたクローヴァの野原で、黒いのは<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>のあとや、いまは<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>されていない<ruby><rb>休閑地</rb><rt>きゅうかんち</rt></ruby>です。褐色で、はしの黄色い四角は、たしかブナの森にちがいありません。なぜって、そこには、森のまんなかにあって、冬には葉の落ちてしまう大きな木々も見えますし、森のへりに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている若いブナの木が、黄色くなった葉を春までつけているのも見えています。それから、まんなかがいくらか灰色の黒ずんだ四角もありました。それは黒くなった<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わらぶき</span><ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>のある大きな<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>で、<ruby><rb>前庭</rb><rt>まえにわ</rt></ruby>には石がしいてあるのです。それからまた、まんなかが緑で、ふちが褐色の四角も見えました。そこは<ruby><rb>庭園</rb><rt>ていえん</rt></ruby>でした。そこでは、<ruby><rb>芝生</rb><rt>しばふ</rt></ruby>はもう緑に色づいていたのですが、まわりのやぶや木々は、まだ、はだかで、<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>の木の<ruby><rb>肌</rb><rt>はだ</rt></ruby>を見せているのでした。

ニールスは、あんまりなにもかもが市松もように見えるので、思わずおかしくなって、ふきだしてしまいました。

けれども、ガンたちはニールスがふきだしたのを聞きつけますと、とがめるようにどなりました。

「<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えたよい<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>だ！　肥えたよい土地だ！」

ニールスはすぐ、まじめになりました。そして、「こんなこわい目にあってるというのに、ぼく、ふきだしたりして。」と、思いました。

しばらくのあいだは、まじめくさっていましたが、ニールスはすぐまた笑いだしてしまいました。

こうして、ガチョウのせなかに乗っているのにも、早く<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶのにも、なれてきますと、ニールスはしっかりしがみついているだけでなく、ようやくほかのことも考えることができるようになりました。気がついてみますと、たくさんの鳥のむれが空を飛んでいます。みんな北をめざしています。そして、たくさんの鳥のむれは、おたがいにさけびあい、話しあっています。

「おや、あんたがたは、きょう来たんですな！」と、さけぶものがあります。

すると、ガンたちは、「そうですよ。で、どうでしょう、春らしくなってますかね？」と、ききました。

「木にはまだ一枚も<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>っぱはないし、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の水もつめたいですよ！」という<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>です。

ガンたちはニワトリが<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>んでいるところへ来ますと、大声にさけびました。

「ここはなんていうとこだい？　ここはなんていうとこだい？」

すると、ニワトリが頭をぐっとあげて、答えました。

「ここは『<ruby><rb>小畑</rb><rt>こばたけ</rt></ruby>』っていうんだよ。ことしも<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>とおんなじだよ。ことしも去年とおんなじだよ！」

このへんの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>は、たいてい、その持ち<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>の名まえで、ペール・マッソンの家だとか、ウーラ・ボッソンの家だとか呼ばれています。それがスコーネ地方の<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>なのです。けれどもニワトリたちは、そうは言わないで、ニワトリ<ruby><rb>流</rb><rt>りゅう</rt></ruby>に、いちばんふさわしいと思われる名まえをつけて呼んでいるのです。そこで、ガンたちが呼びかけると、<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>な<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>に住んでいるニワトリたちは、「ここは『<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>なし』っていうんだ。」と、さけびますし、もっともっと貧乏な百姓家のニワトリは、「ここは『<ruby><rb>食物</rb><rt>くいもの</rt></ruby>なし、食物なし』さ。」と、どなります。

大きな、お金もちの<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>は、ニワトリたちからも『<ruby><rb>幸</rb><rt>さいわ</rt></ruby>い<ruby><rb>畑</rb><rt>ばたけ</rt></ruby>』とか、『<ruby><rb>卵山</rb><rt>たまごやま</rt></ruby>』とか、『<ruby><rb>宝荘</rb><rt>たからそう</rt></ruby>』といったように、すばらしい名まえをつけてもらっています。

ところで、<ruby><rb>貴族</rb><rt>きぞく</rt></ruby>のお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>にいるニワトリともなれば、こうまんちきで、ひとから、からかわれでもすると、たいへんです。そんなニワトリの一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>が、天までとどけとばかり、声をかぎりにさけびました。

「ここはデュベックさまのお屋敷だぞ！　ことしも<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>とおんなじだ。ことしも去年とおんなじだ。」

もうすこしさきへいきますと、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のニワトリが、もったいぶって呼ばわりました。

「ここぞスヴァーネホルム、その名も高きスヴァーネホルム！」

ニールスが気がついてみますと、どうやら、ガンのむれは一<ruby><rb>直線</rb><rt>ちょくせん</rt></ruby>に<ruby><rb>進</rb><rt>すす</rt></ruby>んではいないのです。みんなはスウェーデンの南部の地方を、あちこちと<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びまわっているのです。まるで、このスコーネ地方にまた来ているのがうれしくてたまらず、一つ一つの場所にいちいちあいさつしていきたいとでも思っているようです。

そのうちに、高いエントツの立っている大きな広い<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>がたくさんあって、そのまわりに小さい<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>がいくつも<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでいるところへ来ました。

「ここはヨルドベリヤの<ruby><rb>精糖工場</rb><rt>せいとうこうじょう</rt></ruby>！　ここはヨルドベリヤの精糖工場！」と、そこのニワトリたちが大きな声で言いました。

ニールスは、ガチョウのせなかで、思わずはっとしました。それなら、じぶんも知っているはずです。ここはおとうさんとおかあさんの家からそんなに遠くはありません。それに、去年、ここでガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>にやとわれていたことがあるのです。けれども、いま高い空から見おろしますと、なにもかも、すっかりようすがちがっています。

うん、そうだ！　ガチョウ番の女の子のオーサと小さいマッツは、あのときぼくの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>だったっけ。あそこにまだいるだろうか。ぼくがいま、ふたりの頭の上を<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいるのを知ったら、ふたりはなんて言うだろうなあ！

まもなく、ヨルドベリヤは見えなくなってしまいました。こんどはスヴェーダーラとスカーベル<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>のほうへ飛んでゆき、それからまたベリンゲクローステルとヘッケベリヤの上に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いもどってきました。ニールスは、たった一日でも、いままでの長い年月のあいだに見たよりも、スコーネ地方のずっといろんなところを見ることができました。

ガンのむれが地上にガチョウたちを見つけたときは、ほんとにゆかいです。そんなときには、みんなはゆっくりと飛んで、地上にむかってさけぶのでした。

「これから<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>へゆくんだぜ！　いっしょにこないかい！　いっしょにこないかい！」

けれど、ガチョウたちは答えました。

「まだこの国は冬なんですよ！　ちょっと早すぎますね！　まあ、お帰り、まあ、お帰り！」

ガンたちは、もっとよく聞こえるように、ぐっと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりて、大声で言いかえしました。

「いっしょにこないか。飛びかたも<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎかたも教えてやるぜ！」

そう言われると、ガチョウたちはプンプン<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてて、もうひとことも返事をしませんでした。

ガンたちはいまにも、地面にさわりそうになるまで下へ下へと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりて、つぎの<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>、さもびっくりしたように、さっと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがり、「オヤ、オヤ、オヤ！」と、さけびました。「なあんだ、ガチョウじゃないや！　<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>じゃないか！　羊じゃないか！」

それを聞いた地上のガチョウたちは、カンカンにおこって、どなりたてました。

「おまえたちなんか<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されちまえ！　一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のこらず、一羽のこらず！」

ニールスはこの口げんかを聞いているうちに、思わず笑いだしてしまいました。けれど、いまのじぶんの<ruby><rb>身</rb><rt>み</rt></ruby>のふしあわせを思いだしますと、<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がこみあげてきました。でも、しばらくたつと、またもや笑いだしてしまうのでした。

ニールスはふだんから馬をらんぼうに走らせるのがすきでした。でも、これほど早く<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けさせたことはありませんでした。そして、空の上はこんなにも気もちよく、しかも、下からは、土や木の<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>のヤニのにおいが、こんなにも、かんばしくにおってこようなどとは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも思ったことがありませんでした。そしてまた、こんなにも空高く飛ぼうなどとは、思ってみたこともありませんでした。こうしていると、まるで、ありとあらゆる<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しみや<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみや<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わずらわしさ</span>をのがれて、飛んでいるような気がするのでした。

  


## ２　ケブネカイセのアッカ

## 夕方

ガンのむれといっしょに<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいる大きなガチョウは、ガンの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にはいってスウェーデンの南の地方を飛びまわり、地上の<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>い鳥たちとふざけられるので、<ruby><rb>大得意</rb><rt>だいとくい</rt></ruby>になっていました。でも、おもしろくはありましたが、お<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>すぎになると、だんだん、くたびれてきました。そこで、<ruby><rb>深</rb><rt>ふか</rt></ruby>く<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>を<ruby><rb>吸</rb><rt>す</rt></ruby>って、もっと早く<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>を動かそうとしてみるのですが、どうしても、みんなからおくれてしまいます。

ずっとしまいのほうを<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいるガンたちは、ガチョウがもうこれ<ruby><rb>以上</rb><rt>いじょう</rt></ruby>ついていけそうもないのを見てとりますと、クサビ<ruby><rb>型</rb><rt>がた</rt></ruby>の<ruby><rb>先頭</rb><rt>せんとう</rt></ruby>になって、みんなを<ruby><rb>導</rb><rt>みちび</rt></ruby>いているガンにむかって呼びかけました。

「ケブネカイセのアッカさん！　ケブネカイセのアッカさん！」

「なんの用だね？」と、ガンの<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>はたずねました。

「白がおくれてます！　白がおくれてます！」

「<ruby><rb>教</rb><rt>おし</rt></ruby>えてやんなさい、早く<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶほうが、ゆっくり飛ぶより<ruby><rb>楽</rb><rt>らく</rt></ruby>だって！」と、隊長はさけびかえして、まえとおなじようにグングン早く飛んでいきます。

ガチョウはその<ruby><rb>忠告</rb><rt>ちゅうこく</rt></ruby>どおりに、早く飛ぼうと一生けんめいにやってみました。でも、そのうちに<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきって、とうとう、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>と<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>をとりかこんでいる、枝を<ruby><rb>刈</rb><rt>か</rt></ruby>られたヤナギの<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>のほうへおりていきました。

「アッカさん！　アッカさん！　ケブネカイセのアッカさん！」しまいのほうのガンたちは、ガチョウが<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>ってきたのを見ますと、またもやこうさけびました。

「なんだね、こんどは？」と、隊長のガンはたずねましたが、ひどく<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてたようすです。

「白がおりていきます！　白がおりていきます！」

「教えてやんなさい、高く飛ぶほうが、<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>く飛ぶより<ruby><rb>楽</rb><rt>らく</rt></ruby>だって！」と、隊長は大声で答えました。

ガチョウはこんどもこの忠告に<ruby><rb>従</rb><rt>したが</rt></ruby>おうとしました。けれども高くのぼろうとしますと、息ぎれがして、まるで<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>がはりさけそうです。

「アッカさん！　アッカさん！」と、またまたうしろのガンたちが呼びかけました。

「すこしはおちつかせてもらえないのかねえ。」と、<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>はどなって、まえよりもいっそうきげんが<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>くなったようです。

「白がまいりそうです！　白がまいりそうです！」

「みんなといっしょに飛べないものは、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰るがいい、と、言ってやんなさい！」と、隊長はさけびました。ガチョウのために、すこしゆっくり飛んでやろうなんて気は、まるっきりありません。あいもかわらず、ぐんぐん早く飛んでいきます。

「ああ、ガンなんてものは、みんなこんなんだろうか？」と、ガチョウは思いました。そして、ガンたちはじぶんをラプランド（ラプ人の住む北の地方）までつれていってくれるつもりはなかったことが、急にはっきりとわかってきました。ガンたちは、ただからかって、ガチョウを家からさそいだしただけなのでしょう。

ガチョウは、いま、じぶんの力がつきてしまったために、ガチョウだって、ものの役にたつことを、この<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしどもに見せてやれないのが、くやしくてくやしくてたまりません。そして、なによりも<ruby><rb>残念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>に思われるのは、ケブネカイセのアッカになんか<ruby><rb>出会</rb><rt>であ</rt></ruby>ったことでした。このガチョウは<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>い鳥ではありましたが、アッカという、百<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>にもなるガンの隊長のことは、いままでにも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うわさ</span>に聞いていました。アッカはみんなからたいへん<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>されている鳥で、どんなに、りっぱなガンでも、アッカの言いつけには<ruby><rb>従</rb><rt>したが</rt></ruby>うほどだったのです。けれども、アッカとその<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>ぐらい、ガチョウをバカにしているものもありません。それで、ガチョウは、じぶんだっておまえたちに<ruby><rb>負</rb><rt>ま</rt></ruby>けやしないということを、このガンたちに見せてやりたかったのです。

ガチョウは、いっそのこと引きかえそうかと思ったり、それとも、ついていったものかと思ったりしながら、みんなのあとからのろのろと<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。と、だしぬけに、せなかに<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>っかっているチビさんが言いだしました。

「ねえ、ガチョウのモルテンや！　いままで飛んだこともないおまえが、ラプランドなんて遠くまで飛んでいけっこないじゃないか。おまえにだってわかってるだろう。<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>のあるうちに、引きかえしたほうがよくはないかい？」

ところが、せなかの上のこのチビさんぐらい、このガチョウにとっていやなやつはありませんでした。しかもそいつまでが、じぶんにはもう<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をつづける力がないと思っているのです。そう思うと、しゃくにさわって、なんとかしてついていこうと決心しました。

「もう一ど言ってみろ。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みぞ</span>の上を通ったら、<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>り<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>してやるぜ。」と、ガチョウは言いました。<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>ったために力がわいてきたのでしょうか、こんどは、ほかのガンたちにも<ruby><rb>負</rb><rt>ま</rt></ruby>けないくらい、よく飛ぶことができるようになりました。

もちろん、こんなぐあいにして、いつまでも飛びつづけることはできないでしょう。でも、その心配はありませんでした。というのは、そのとき、ガンのむれが、グングンおりはじめたからです。そして、ちょうどお日さまが<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んだとき、ガンたちは地上に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりたのでした。こうして、ニールスもガチョウも、何がなんだかわからないうちに、ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べに<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>いていました。

「ここで<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>すごす気らしいな。」と、ニールスは思いながら、ガチョウのせなかからとびおりました。

ニールスは、せまい<ruby><rb>砂浜</rb><rt>すなはま</rt></ruby>に立ちました。目の前にはかなり大きい<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>がひろがっています。でも、あまり気もちのいい<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>ではありません。なにしろ、湖の上には氷がほとんどいちめんに<ruby><rb>張</rb><rt>は</rt></ruby>りつめていて、それがどす黒く、しかも、でこぼこしていて、いたるところに<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>け目や<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>があるのですからね。もっとも、こういったありさまは、春さきにはよく見られるのですけど。しかし、氷はもうそう長くはもちそうもありません。<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>のあたりは、もう、とけはじめていて、そこは<ruby><rb>幅</rb><rt>はば</rt></ruby>のひろい、黒くかがやく水の<ruby><rb>帯</rb><rt>おび</rt></ruby>のように見えているのです。でも、なんといってもまだ氷がのこっているために、あたりいちめんには<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さと冬らしい<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてたようすが見えています。

湖の<ruby><rb>向</rb><rt>む</rt></ruby>こうがわには、ひろびろとした気もちのいい<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>があるように見えますが、ガンたちのおりたところには、大きなマツの<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>があって、そのマツ林は、まるで、冬を自分のとこにひきとめておく力をもってでもいるようです。どこを見まわしても、<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>の上にはもう雪はないのに、大きなマツの枝の下だけには、まだ雪がずいぶんつもっています。そして、それがとけては<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>り、とけては凍って、いまでは氷のようにかたくなっているのです。

これでは、まるで冬にとざされた<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてた国に来ているようです。ニールスはたまらなくなって、大声で泣きだしたくなりました。

おなかも、ペコペコです。むりもありません。一日じゅう、なんにもたべていないのですからね。だけど、たべる物はどこにあるでしょう？　いまはまだ三月です。木にも地面にも、たべられるようなものは、一つも<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えてはいませんでした。

まったく、どこへいったら、たべるものが見つかるでしょう？　だれが<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>をかしてくれるでしょう？　だれがお<ruby><rb>床</rb><rt>とこ</rt></ruby>をのべてくれるでしょう？　そして、だれが火にあたらせてくれるでしょう？　だれがケモノをふせいでくれるでしょう？

もうお日さまは<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでしまったではありませんか。しかも<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の上からは、つめたい風が吹きつけてきます。いよいよ、<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>やみが空からおりてきました。<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいものが、うすあかりのうしろから、そっとしのびよってきました。森の中では、ガサガサという物音がしはじめました。

こうなりますと、空を<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいたときのような<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しい気もちはすっかり<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまいました。ニールスはとても心ぼそくなってきて、<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の道づれのほうを、ふりむいてみました。いまでは、この鳥のほかには、たよりになる者はありません。

ところが、そのガチョウは、じぶんよりも、もっとまいっているではありませんか。おりたところに、じっとたおれたままです。そして、いまにも死にそうなようすです。<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>はぐったり地べたにつけたまま、目はつぶって、息はかすかにハアハアといっているだけです。

「ガチョウのモルテンや。」と、ニールスはやさしく言いました。「水を<ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>くち<ruby><rb>飲</rb><rt>の</rt></ruby>んでごらん。<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>まで<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>あしとはないんだよ。」

けれど、ガチョウは身うごきひとつしませんでした。

ニールスは、いままで<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>き物という生き物をいじめてばかりいたのでした。このガチョウのモルテンのことだってそうでした。ところがいまでは、このガチョウだけがただ一つのたのみなのです。ああ、このガチョウが死んでしまったら！　ニールスは心配で心配でたまりません。

そこで、すぐさま、ガチョウを水のところまでつれていってやろうと、<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>すやらひっぱるやらしはじめました。けれど、ちっぽけなニールスにとっては、ガチョウでさえも大きく<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>くてずいぶん<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>がおれたのです。それでも、どうにか、うまくいきました。

ガチョウは、まず頭を水の中につっこみました。そうしてしばらく、やわらかい土の上にじっと横になっていましたが、やがて頭をあげると、目から水をはらい<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して、<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>から大きく息を<ruby><rb>吸</rb><rt>す</rt></ruby>いました。それから、<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いよくアシとガマのあいだを泳いでいきました。

いっぽう、ガンたちは<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の中にいました。みんなは地べたにおりるが早いか、ガチョウやニールスのほうは見むきもせずに、水の中にとびこんで、水をあびては、からだをきれいにしていました。それからこんどは、くさりかけたヒルムシロや水クローヴァをムシャムシャやりはじめました。

白ガチョウは、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>よく、小さいスズキを見つけました。すばやくそれをつかまえますと、<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>へもどってきて、ニールスの前におきました。そして、「さっき水を<ruby><rb>飲</rb><rt>の</rt></ruby>むとき助けてくれたお<ruby><rb>礼</rb><rt>れい</rt></ruby>にあげよう。」と、言いました。

こんな<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なことばを聞くのは、けさからはじめてです。ニールスはすっかりうれしくなって、ガチョウの<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>にとびつきたいくらいでした。でも、やっと思いとどまって、<ruby><rb>贈</rb><rt>おく</rt></ruby>り<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>を<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んでもらいました。さいしょは、<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をなまのままたべるなんて、とてもできやしないと思いましたが、そのうちに、まあともかく、たべてみようという気になりました。

ナイフがまだあるかしらんと思いながら、さがしてみますと、うれしいことに、ズボンのうしろのボタンにさがっていました。もちろん、これも小さくなって、マッチ<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>ぐらいの大きさになってはいましたが、これでも魚のウロコを<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して、きれいにすることぐらいはできます。こうして、まもなくスズキがたべられるようになりました。

ニールスはおなかがいっぱいになりますと、ちょっと<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>ずかしくなりました。とうとう、なまの魚をたべてしまったのです。

「ぼくはもう人間じゃない。ほんものの<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>になってしまった。」と、心の中で思いました。

ニールスが魚をたべている間じゅう、ガチョウはすぐそのそばにじっとしていましたが、ニールスがすっかりたべおわりますと、そっと小さい声で言いました。

「ぼくたちはね、<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>い鳥をバカにする、こうまんちきなガンの一<ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>に出会ったんだよ。」

「うん、ぼくもそう思っていたよ。」と、ニールスは答えました。

「もしぼくが、あいつらといっしょにラプランドまで飛んでいけて、ガチョウだって、りっぱにやれるんだってことを、あいつらに見せてやれたら、すごいんだけどねえ。」

「うん、そ、そ、そうとも。」と、ニールスはためらいながら答えました。だって、そうでしょう。このガチョウにそんなことができようとは思えませんもの。でも、べつに<ruby><rb>反対</rb><rt>はんたい</rt></ruby>する気にもなれませんでした。

「だけど、こんな長い<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をひとりでやりとおせるとは思えないんだよ。」と、ガチョウはつづけて言いました。「どうだろう、いっしょにいって、ぼくを助けてくれないかい？」

ニールスとしては、もちろん、<ruby><rb>一時</rb><rt>いっとき</rt></ruby>も早く<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰りたいと、ただそればかりを<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>っていたのです。だから、こう言われますと、びっくりして、なんて言ったらいいのか、こまってしまいました。

「でも、ぼくときみとは<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よしじゃないもの。」と、とにかく言ってみました。ところが、ガチョウのほうでは、そんなことはまるっきり<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れているようです。さっきニールスに<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>を<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けてもらったことだけが、頭にこびりついているのです。

「やっぱし、おとうさんとおかあさんのところへ帰らなくちゃ。」と、ニールスはもう一ど、とめてみました。

「うん、秋になったら、かならずおとうさんとおかあさんのところへつれて帰ってあげるよ！」と、ガチョウははっきり答えました。「それにぼくは、きみの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の入口のところにきみをおろすまでは、どんなことがあっても、きみを<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>てはしないよ。」

ニールスは、そのとき、ふと、こんなじぶんの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をもうしばらくおとうさんやおかあさんに見せないほうがいいだろう、と、思いつきました。それで、ガチョウの申し出に<ruby><rb>賛成</rb><rt>さんせい</rt></ruby>して、じゃ、そうしよう、と、言おうとしました。と、そのとき、うしろのほうでバタバタという大きな音がしました。ふりかえって見ますと、ガンがみんないっせいに<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>からあがってきて、からだから水をふるい<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>しているのです。それから、ガンのむれは、<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>を先頭にして、長く一<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>になって、ふたりのほうへやってきました。

白ガチョウは、そのガンの姿を見ますと、いやな気もちがしました。ガンはもっとじぶんたちガチョウによく<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ていて、もっと近い<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるい</rt></ruby>だとばかり思っていたのです。ところが、どうでしょう。目の前のガンたちは、じぶんよりもずっと小さくて、おまけに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の白いものは一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>もいないのです。みんながみんな<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>で、あちこちに<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>がまじっています。それに、目を見れば、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしくなるばかりです。それは<ruby><rb>黄色</rb><rt>きいろ</rt></ruby>くて、そのうしろに火がもえてでもいるように、キラキラと<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いています。ガチョウは、いままでいつも、ゆっくり、ヨタヨタ歩くのがいいと言われてきました。それなのに、この<ruby><rb>連中</rb><rt>れんちゅう</rt></ruby>ときたら、歩くどころではありません。まるで走っているようです。けれど、いちばん<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いたのは、その足です。じつに大きくて、おまけに足のうらは<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けて、ゴソゴソしています。これを見れば、ガンという鳥は、何があっても、まわり道をしないで、平気でその上を歩いていくということが、よくわかります。といっても、ほかのことにかけては、たいへんきれいずきで、きちんとしているのです。でもその足は、この<ruby><rb>連中</rb><rt>れんちゅう</rt></ruby>が野原をほっつき歩くあわれな鳥であることを、はっきりと<ruby><rb>物語</rb><rt>ものがた</rt></ruby>っています。

ガチョウがニールスに、「きみもえんりょなく話しなさい。だけど、きみが人間だってことは言わないほうがいいね。」とささやいたときには、もうガンたちはすぐそばまで来ていました。

ガンたちはふたりの前に立ちどまって、いくどもおじぎをしました。そこで、ガチョウも同じように、もっとたくさんおじぎをしました。こうして、あいさつがすみますと、ガンの<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>がきりだしました。

「あんたがたは、どういう<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>か、聞かせてください。」

「わたしのことは、とりたてて言うほどのこともありませんが、」と、ガチョウは言いはじめました。「<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>の春スカーネルで生まれました。そして秋には西ヴェンメンヘーイのホルゲル・ニールスッソンという人に買われて、それからずっとそこに<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでいます。」

「それなら、あまり<ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>のできるような家がらじゃありませんね。」と、<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>は言いました。

「ところで、あんたが、われわれガンの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>に思いきってはいって来たのは、どういうわけです？」

「わたしたち<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>い鳥だって、なにか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とりえ</span>はあるってことを、あなたがたに知らせたいからですよ。」

「へーえ、そいつはけっこう。ひとつ<ruby><rb>拝見</rb><rt>はいけん</rt></ruby>したいものです。」と、<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>は言いました。「<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶお手なみはさっき拝見しましたが、ほかのことなら、きっと、もっとおじょうずでしょう。<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎなんかは、さぞおとくいなんでしょうね？」

「いえ、いえ、ぜんぜんだめです。」と、ガチョウは答えました。ガチョウは、ガンの隊長が自分を<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰すつもりでいるんだろうと思っていましたので、どう返事したってかまやしない、と考えていたのでした。そこで、「<ruby><rb>堀</rb><rt>ほり</rt></ruby>を泳いでわたったことしかありません。」と、つづけて言いました。

「じゃあ、かけっこは早いんでしょう？」

「ガチョウがかけるのなんて、わたしはまだ見たこともありませんし、わたしもやったことがありません。」ガチョウはこう答えて、じっさいよりも<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>く見えるようにしました。

大きな白ガチョウは、こうなったからには、どうしたって、隊長がじぶんをつれていってくれるようなことはあるまい、と思いました。それだけに、隊長から、「あんたはまったく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どきょう</span>よく答えるんですねえ。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どきょう</span>のいいものは、さいしょは、からっきしだめでも、そのうちにはいい道づれになれますよ。どうです、あんたが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もの</span>になるかどうかわかるまで、二、三日いっしょにいてみたら？」と言われたときには、すっかりびっくりしてしまいました。

「そいつは、まったくありがたいですね。」と、ガチョウは心から<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>そうに答えました。

と、こんどは、隊長はくちばしでニールスをさしながら、言いました。

「あんたがそこにつれているのは、だれなんです？　そんなのは、これまで一ども見かけたことはないが。」

「わたしの友だちなんです。」と、ガチョウは言いました。「ずうっとガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をしていたんですが、いっしょに<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>につれていけば、きっと役にたちますよ。」

「そうさね、<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>い鳥には役にたつかもしれない。」と、ガンは答えました。「ところで、なんて名ですね？」

「いろんな名まえがあるんで、」と、ガチョウは、とっさになんて言ったらいいのかわからないものですから、まごまごして、言いました。なぜって、人間の名まえを持っていることは、かくしておきたかったからです。「ああ、そう、オヤユビ太郎っていうんです。」ガチョウはふっと思いついて、こう言いました。

「そうすると、<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>の<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるい</rt></ruby>ですかね？」と、<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>はききました。

「ところで、あなたがたガンは、いつごろおやすみになるんですか？」と、ガチョウはすばやくたずねました。こうして、話をかえようというわけです。

「いまごろになれば、ひとりでに目がとじてしまうんですよ。」隊長のガンは言いました。

いまガチョウと話をしているこのガンが、たいへん年とっていることは、<ruby><rb>一目</rb><rt>ひとめ</rt></ruby>でわかります。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>はすっかり白っぽい<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>で、黒いすじ一つ見えません。頭はいくぶん大きく、足はあらっぽく、足のうらは、ほかのどのガンのよりもガサガサしています。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛はこわく、<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>は骨ばっていて、<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>はやせています。これは、みんな、年のせいです。ただ目だけは若いものとすこしも変わらず、かえって、ほかのガンのよりも若々しいくらいに、キラキラしています。

そのとき、<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>はいかにももったいぶって、ガチョウのほうに向いて、言いました。

「ところで、ガチョウさん、わたしはケブネカイセのアッカというものです。どうかお見知りおきください。そして、わたしのすぐ右がわを飛ぶガンは、ユクシ、すぐ左がわを飛ぶのは、カクシといいます。右がわの二ばんめのはコルメ、左がわの二ばんめのはネリエーといい、そのうしろはヴィシと、クウシです。それから、そのあとを六<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の若いガンが、右に三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>、左に三羽飛ぶのです。どれもこれも、りっぱな<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>すじの高山ガンです。だから、そこらでちょいちょい出会う<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしどもとまちがってもらっちゃこまりますよ。それに、われわれは、じぶんがどんな血すじのものか名のらないようなものとは、いっしょに<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしはしないんですからね。」

<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>のアッカがこうしゃべっていますと、ニールスはすっとまえに<ruby><rb>進</rb><rt>すす</rt></ruby>みでました。いまガチョウが、じぶんのことはスラスラ答えたのに、ニールスのこととなると、<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げるような返事しかしなかったのが、<ruby><rb>不満</rb><rt>ふまん</rt></ruby>でならなかったのです。

「ぼくの<ruby><rb>素姓</rb><rt>すじょう</rt></ruby>をあかしましょう。」と、ニールスは言いました。「ぼくはニールス・ホルゲルッソンといって<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>の子どもです。つい、けさまでは人間だったんだけど、けさ――――」

けれど、このさきを言いつづけることはできませんでした。ニールスが人間と言ったかと思うと、たちまちガンの隊長は三歩あとへさがりました。ほかのガンたちはもっとあとへとびのきました。そして、みんな首をのばしながら、<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたててシー、シー、と言いました。

「わたしはこの<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>でおまえを見たときから、あやしいやつだと思っていた。さあ、さっさといっておしまい。人間なんかを<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>に入れておくことはできないよ。」と、アッカはどなりつけました。

「あなたがたガンが、こんなちっぽけなやつをこわがるなんて、おかしいじゃありませんか。」と、ガチョウはなだめるように言いました。「あしたになれば、きっと<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰るでしょうよ。だけど<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>だけは、いっしょにいさせてやってください。こんなあわれなチビスケを、夜ひとりっきりで、イタチやキツネのいっぱいいる中へ<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>っぱらうこともないじゃありませんか。」

ガンの<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>は前に<ruby><rb>進</rb><rt>すす</rt></ruby>みでました。しかし、こわいのをおさえるのは、なかなかむずかしいようです。

「わたしは、人間だったら、大きかろうと小さかろうと、気をつけるように<ruby><rb>教</rb><rt>おし</rt></ruby>えこまれてきたんでね。」と、隊長は言いました。「だけど、ガチョウさん、このチビさんがわれわれになんにも<ruby><rb>害</rb><rt>がい</rt></ruby>を<ruby><rb>加</rb><rt>くわ</rt></ruby>えないと、おまえさんが受けあってくれるんなら、<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>はいっしょにいてもいいということにしましょう。もっとも、今夜の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>は、おまえさんにもこのチビさんにも向いてはいないでしょうよ。なにしろ、われわれは、<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>から<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れた<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>の上にいって、ねるつもりなんだからね。」

こう言われれば、いくらなんでもガチョウも決心がつかなくなるだろうと、ガンの隊長は思っていたのでした。ところが、ガチョウは平気なものです。

「そういう安全な<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>をえらぶとは、さすがにえらいものですね。」

「だがおまえさんは、そのチビさんがあした家に帰ると、受けあってくれるでしょうね。」と、隊長は<ruby><rb>念</rb><rt>ねん</rt></ruby>をおして言いました。

「そのときは、わたしもあなたがたとお<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れしますよ。」と、ガチョウは言いました。「わたしはこのチビさんを、けっして<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>てないと、約束してあるんですからね。」

「どこへ<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいこうと、おすきなように。」と、隊長のガンが答えました。それから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をあげて、<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>の上に飛んでいきました。そのあとから、ほかのガンたちも一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>ずつ、つづいていきました。

ニールスは、ラプランドへの<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>はとてもできそうもないと思うと、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しくなってきました。それに、今夜の<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>い<ruby><rb>野宿</rb><rt>のじゅく</rt></ruby>のことも、心配でたまりません。

「こいつは、ますますひどくなるね、ガチョウくん。」と、ニールスは言いました。「だいいち、もうここの氷の上でこごえ死にするかもしれないぜ。」

ところが、ガチョウときたら、じつにほがらかです。

「あぶなくなんかありゃしないよ。さあ、おおいそぎで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わら</span>や草を、持てるだけ集めてきてくれたまえ。」

ニールスが<ruby><rb>両腕</rb><rt>りょううで</rt></ruby>にいっぱい<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れ草をかかえてきますと、ガチョウは、くちばしでニールスのシャツの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えり</span>をくわえて持ちあげ、<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>の上に飛んでいきました。そこでは、ガンたちがくちばしを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の中につっこんで、グウグウ<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていました。

「さあ、氷の上に草をひろげなさい。そうすれば、その上に<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>られるし、こごえることもないからね。きみはぼくを助けてくれた、そしてぼくも、きみを助けるってわけさ。」と、ガチョウは言いました。

ニールスは言われたとおりにしました。それがすみますと、ガチョウはまたもシャツのえりをつかんで、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下に入れました。

「ここにいれば、あたたかくて気もちがいいよ。」ガチョウはこう言いながら、ニールスをすっぽりと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の中にくるみこみました。

ニールスは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛の中に<ruby><rb>埋</rb><rt>うず</rt></ruby>まっているので、返事をすることができません。でも、これは、あたたかくて、すてきな<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>です。そして、くたびれていたので、ニールスはすぐに眠りこんでしまいました。

## 夜

ほんとうに、氷というものは、あぶなっかしくて、あてにならないものです。ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>のゆるんだ氷も、<ruby><rb>夜中</rb><rt>よなか</rt></ruby>に動きはじめて、とうとう、その一つのすみが<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>にとどいてしまいました。ちょうどそのころ、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の東がわのエーヴェードスクローステル<ruby><rb>公園</rb><rt>こうえん</rt></ruby>に住んでいるキツネのズルスケというのが、夜の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>をさがして歩きまわっていました。そしてまもなく、この氷の上にガンたちが<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ているのを見つけました。ズルスケはこの日の夕方に、ガンたちの姿を見かけていたのですが、そのときには、まだ、どれか一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>をつかまえてやろうなんて気はすこしもありませんでした。けれどいまは、いっさんに氷の上を走っていきました。

しかし、ズルスケがガンたちのすぐそばまで来たとき、ふいに足がすべって、<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>で氷をガリッとやってしまいました。その音に、ガンたちはハッと目をさまし、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をばたばたやって、<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びたとうとしました。けれども、ズルスケはそれより早く、矢のように<ruby><rb>突進</rb><rt>とっしん</rt></ruby>して、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をくわえるが早いか、ふたたび<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>のほうへかけもどりました。

けれど、この<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>、氷の上にいたのはガンたちだけではありません。からだはちっぽけでも、人間にちがいないニールスもいたのです。ニールスは、ガンが<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたいたとき、目をさましました。そして、氷の上にころげ落ちたものですから、<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ぼけまなこでぼんやりすわりこんでいました。さいしょのうちは、いったい、なんのさわぎが<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こったのやら、わけがわかりませんでした。と、とつぜん、氷の上を足の<ruby><rb>短</rb><rt>みじか</rt></ruby>い小犬が、ガンをくわえて走っていくのが、目にはいりました。

それを見るなりニールスは、犬からガンを取りもどそうと、すぐさま、かけだしました。うしろからガチョウが、「オヤユビくん、気をつけたまえ！　気をつけたまえ！」とさけんでいるのが聞こえました。しかし、なあに、あんな小犬ぐらい、こわがることなんかないと思って、かまわず、あとを追いかけました。

キツネのズルスケにひきずられていくガンは、ニールスの<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>が氷にコツコツとぶっつかる音を聞きつけました。でも、どうしてもじぶんの耳を<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じることができません。そして、「あのチビさんは、ぼくをキツネから取りかえせると思っているんだろうか？」と、心の中で思いました。すると、こんなふしあわせな目にあっていながらも、うれしそうにのどの<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>のほうでクックッと鳴きはじめました。まるで笑っているようでした。「だけど、あの子はすぐに氷の<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>れ目にでも<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>っこちるぐらいのとこだろうな。」と、ガンは心ぼそくなってきました。

まっくらな夜でした。でも、ニールスには氷の上の割れ目も穴もはっきりと見えるものですから、うまくその上をとびこえていきました。つまり、ニールスはいまでは、夜の<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>やみでもよく見える<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>の目を持っていたのでした。なにもかもが<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>で黒ぐろとしていましたが、ニールスの目には<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>も<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>も、まひると同じようにはっきりと見えました。

ズルスケは、氷が岸にくっついているところから、<ruby><rb>陸</rb><rt>りく</rt></ruby>にとびうつりました。そして、<ruby><rb>土手</rb><rt>どて</rt></ruby>をかけあがろうとしたとたんに、ニールスが大声で呼びかけました。

「そのガンを<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>せ！　やい、こそどろめ！」

キツネにはだれがどなっているのかわかりませんが、グズグズ見まわしているようなひまはありません。もっともっと早く走りだしました。

キツネは美しい大きなブナの森をめがけて、いっさんに、かけていきました。ニールスもそのあとを追いかけました。いまは、あぶないことも忘れているのです。それどころか、ニールスの頭には、この日の夕方にガンたちからバカにされたことだけが、こびりついていて<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れないのです。そこで、たとえ、からだはちっぽけでも、人間というものがどんな生き物よりもすぐれているということを、ガンたちに見せてやりたいと思っていたのです。

ニールスは、その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>を<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>せと、なんどもなんどもさけびました。

「きさまは、なんて犬だ！　ガンをぬすんだりして<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>ずかしくないのか？　すぐ放せ。放さなきゃ、<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>い目にあわすぞ！　放せったら。放さなきゃ、きさまのやったことを主人に言いつけるぞ！」

ズルスケは、じぶんがおくびょうな犬とまちがえられたかと思うと、おかしくてたまりません。つい、そのひょうしに、ガンを<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>しそうになりました。もともと、このズルスケは、野原や山でネズミや川ネズミをつかまえているだけでは<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>できず、人の家まで出かけていっては、ニワトリやガチョウをぬすんでくる、大どろぼうだったのです。そして、このあたりの人間たちからこわがられていることは、じぶんでもよく知っていました。そのじぶんにむかって、なんというおどし<ruby><rb>文句</rb><rt>もんく</rt></ruby>でしょう。こんなばかげたことは、<ruby><rb>生</rb><rt>う</rt></ruby>まれてこのかた聞いたことがありません。

ニールスは力のかぎり走りました。まるで大きなブナの木々が、うしろへ<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいくようです。ニールスとズルスケの<ruby><rb>距離</rb><rt>きょり</rt></ruby>はだんだんちぢまってきました。と、ついに追いつきました。ニールスはズルスケのしっぽにとびつきました。

「さあ、どんなことがあっても、ガンは取りかえしてみせるぞ！」と、ニールスはさけびながら、力いっぱいしっぽをひっぱりました。けれども、ニールスにはズルスケを引きとめるだけの力がありません。そのまま、このキツネにズルズルとひきずられていきました。そうしているうちに、からだのまわりには、<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れ<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>がいっぱいまつわりつきました。

ところでズルスケのほうでは、追いかけてきたやつが、たいしたものではないと見てとると、走るのをやめました。そして、ガンを地べたにおいて、<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げられないように、前足でおさえつけ、いまにもその首をかみきろうとしました。ところがそのとき、ちょいとこのちっぽけなやつをからかってやれという気まぐれを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こしました。

「さっさと主人に言いつけるがいい。いまこのガンをかみ<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>すところだからな。」と、ズルスケは、ニールスに言いました。

ニールスは、自分の追いかけている犬が、<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>がとがっていて、しゃがれた、いじわるい声をしているのに気がつくと、びっくりしました。でも、こんなどろぼうにからかわれたのが、しゃくにさわってたまりません。それで、こわいなんて気もちは、ちっとも起こりませんでした。ニールスは、ブナの<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>にからだをささえながら、ズルスケのしっぽをしっかりとにぎっていました。キツネはパクッと口をあけて、ガンののどもとにあてました。そのとたん、ニールスはあらんかぎりの力で、そのしっぽをひっぱったのです。さすがのキツネもこれにはたまらず、思わず二、三歩あとへさがりました。そのすきに、ガンはすばやく<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げました。けれども、<ruby><rb>弱々</rb><rt>よわよわ</rt></ruby>しく、ヨタヨタと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。かたほうの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>ついていたので、ほとんどその<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>を使うことができなかったのです。それに、まっくらな森の中では何一つ見えません。めくらと同じことで、どうすることもできないのです。ですから、ニールスを助けるなんてことは、思いもよりません。<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>のあいだを、あっちにぶっつかり、こっちにぶっつかりしながら、そのガンは、やっとのことで<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>まで帰ってきました。

いっぽう、ズルスケは、こんどはニールスめがけてとびかかりました。そして、「あいつは<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>りそこなったが、ほかのやつをきっと<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えてみせるぞ。」と、うなって言いました。その声のようすでは、<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>から<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っています。

「ふん、そんなことができるもんか！」と、ニールスは言いました。もののみごとに、ガンを助けてやることができたので、<ruby><rb>大得意</rb><rt>だいとくい</rt></ruby>だったのです。そして、まだキツネのしっぽをしっかりとにぎり、キツネがつかみかかろうとすると、そのたびに、反対がわへグルグルとまわってしまいます。

さあ、森の中でぐるぐる<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りがはじまりました。まわりのブナの葉はさかんに<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びちります。ズルスケは、グルグル、グルグルまわりますが、それにつれて、しっぽもグルグル、グルグルまわります。ニールスはしっぽにしっかりとつかまっているものですから、キツネには、どうしても<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えることができません。

ニールスは、うまくガンを助けてやったので、うれしくてうれしくてたまりません。はじめのうちは笑いながら、キツネをからかっていました。でも、キツネ先生は、いつまでも<ruby><rb>根気</rb><rt>こんき</rt></ruby>よくやっています。まったく、これはどこからみても、りっぱな<ruby><rb>狩人</rb><rt>かりうど</rt></ruby>です。そこで、ニールスは、この<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>では、いつかはつかまえられるかもしれないぞ、と、だんだん心ぼそくなってきました。

そのとき、ふと、そばを見ますと、<ruby><rb>竿</rb><rt>さお</rt></ruby>のようにすらりとした、小さな若いブナの木が一本<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えています。この木の上には、<ruby><rb>年老</rb><rt>としお</rt></ruby>いたブナの木々の枝がおおいかぶさっているので、その上に出れば、すぐに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げだすこともできるでしょう。

ニールスはキツネのしっぽをさっと<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>して、ブナの木によじのぼりました。しかし、キツネのほうは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むがむちゅう</span>なので、なおもじぶんのしっぽをめがけて、ぐるぐるまわりをつづけています。と、だしぬけに、「もう<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りなんかやめたらどうだい。」と、ニールスが声をかけました。

キツネはプンプン怒っていました。こんなチビスケが<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>らない<ruby><rb>面目</rb><rt>めんぼく</rt></ruby>なさに、むしゃくしゃしていました。そこで、ブナの木の下にじっと<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろして、ニールスを見はることにしました。

ところで、ニールスはいまにも折れそうな枝にのっかっているので、のんきにかまえているわけにはいきません。ところが、このブナの木は、ほかの木の枝に<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>りうつることができるほど高くはなかったのです。といって、もちろん、下へおりる気にはなれません。<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さはひどくなり、手足はしびれきって、枝につかまっているのもやっとになりました。おまけに、ひどく<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>たくなってきました。でも眠ったがさいご、地べたに<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>っこちてしまいます。それで、一生けんめいがまんしていました。

ああ、森のまんなかで、<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>じゅうこんなふうにしていなければならないなんて、なんという<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいことでしょう！　ニールスは、いまのいままで、夜ってものがどんなものであるか知りませんでした。見れば、すべてのものが石になってしまい、もう二どと生きかえってはこないように思われます。

そのうちに、夜があけはじめました。ニールスは、なにもかもがまたもとの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>にかえったのを見て、うれしくなりました。けれど、<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さは<ruby><rb>夜中</rb><rt>よなか</rt></ruby>よりも、かえっていまのほうが、きびしく感じられます。

とうとう、お日さまがのぼってきました。でも、いまは<ruby><rb>金色</rb><rt>きんいろ</rt></ruby>ではなくて、まっかです。気のせいか、お日さまは<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っているように見えます。だけど、なにを怒っているのだろう、とニールスはふしぎに思いました。きっと、お日さまのいないあいだに、夜が地上をこんなにつめたく、<ruby><rb>陰気</rb><rt>いんき</rt></ruby>にしてしまったからなんだろうか。

お日さまの光は、夜が地上で何をしていたかを見るために、ふりそそいできました。すると、空を流れる<ruby><rb>雲</rb><rt>くも</rt></ruby>、<ruby><rb>絹</rb><rt>きぬ</rt></ruby>のようにつややかなブナの<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>、<ruby><rb>細</rb><rt>こま</rt></ruby>かく入りくんだ枝、ブナの落ち葉をおおっているシモ、こうしたすべてのものがさっと赤くなりました。

お日さまの光が、ますますあかるく<ruby><rb>射</rb><rt>さ</rt></ruby>してきました。やがて、夜の<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしさも<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えました。手足のかじかみも、いまでは感じなくなったようです。すると、びっくりするほどたくさんの生き物の姿が見えてきました。赤い<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>をした黒いキツツキは、くちばしで木の<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>をつつきはじめました。リスは、クルミをかかえて<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>からチョコチョコ出てくると、木の枝にすわって、クルミをかじりはじめました。ムクドリは細い根をくわえて飛んできました。アトリは木のこずえでさえずりはじめました。

そのときニールスは、お日さまがこういう小さい生き物たちにむかって、

「さあ、目をさまして、<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>から出ておいで！　わたしはここにいるんだよ！　もうなんにもこわがることはないよ。」と言っているのを聞きました。

ガンたちが<ruby><rb>旅立</rb><rt>たびだ</rt></ruby>とうとして<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きたてている声が、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほうから聞こえてきました。それからまもなく、みんなで十四<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンが、森の上を<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んできました。ニールスは大声で呼んでみましたが、ガンのむれはずっと上のほうを飛んでいて、そこまでは声がとどきません。みんなは、きっと、ニールスはもうキツネにたべられてしまったと思っているのでしょう。そこで、もうじぶんをさがしてみようとはしないのだな、とニールスは思いました。

ニールスはすっかり心ぼそくなってきて、いまにも泣きだしそうになりました。けれども、空を見あげれば、そこにはお日さまがニコニコと<ruby><rb>金色</rb><rt>きんいろ</rt></ruby>に<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていて、世界じゅうに元気をあたえています。

「ニールス・ホルゲルッソンや、わたしがここにいるかぎり、ちっともこわがることはないよ。」と、お日さまはそう言っていました。

## ガンのいたずら

三月二十一日、火曜日

ガンが、朝ごはんをたべていると思われるあいだは、森の中ではべつに<ruby><rb>変</rb><rt>か</rt></ruby>わったこともありませんでした。ところが、それからまもなくです。一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンが<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った枝の下に<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んできました。そのガンは<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>や枝のあいだを<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬ</rt></ruby>って、ゆっくりとあちこちを飛びまわりました。キツネはガンの姿を見つけますと、すぐさま小さいブナの木の下を<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れて、そっとガンのほうへ<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>んでいきました。ところが、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いたことには、ガンはキツネをよけようともしないで、かえって、すぐ近くまで飛んでくるではありませんか。そのとたんに、ズルスケはさっと高く<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねあがりました。けれども、<ruby><rb>失敗</rb><rt>しっぱい</rt></ruby>です。ガンは<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほうへ飛んでいってしまいました。

やがて、もう一羽のガンが飛んできました。このガンもさっきのガンと同じようにやってきます。けれども、まえのよりももっと<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>く、もっとゆっくりと飛んでいます。そのうちに、ズルスケの頭の上まできました。こんどこそは、とズルスケがとびあがります。耳がガンの足にさわりました。けれど、またまたこのガンも、<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>ひとつ受けずに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてしまいました。そして、ひとことも言わないで、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほうへ飛んでいきました。

しばらくすると、また一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンがやってきました。さっきのよりも、もっと低く、もっともっとゆっくり飛んでいます。ブナの枝のあいだをすりぬけていくのが、だいぶむずかしそうに見えます。ズルスケは<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いよくおどりあがりました。と、このガンは、もうすこしのところで<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>りそうになりましたが、それでもとうとう逃げてしまいました。

このガンが見えなくなりますと、すぐに四ばんめのガンが姿を見せました。これはまた、いやにゆっくりと飛んでいます。ズルスケは、こんどこそわけなく<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えられるだろうと思いました。けれど、ゆだんをして、またしくじってはたいへんです。それで、こんどはなんにもしないで、しばらく飛ばせておいてやろうと思いました。けれども、このガンも、さっきまでの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>と同じように、ズルスケの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ま</span>上までくると、ぐっと<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>く<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。ズルスケは思わずつりこまれて、またまた力いっぱいおどりあがりました。すると、<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>のさきが、ちょっとさわりはしましたが、ガンはすばやく身をかわして、逃げていってしまいました。

ズルスケが<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をつくひまもないうちに、三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>のガンが、一列にならんでやってきました。こんども、さっきの仲間たちと同じように飛んできます。ズルスケは、またしても高くとびあがりましたが、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>も<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えることができませんでした。

そのあとから、また五<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンがあらわれました。このガンたちは、いままでの仲間たちよりも、もっとじょうずに飛んできました。そして、いかにもズルスケがとびつきたくなるようにしむけましたが、ズルスケはやっとのことで思いとどまりました。

かなりたって、また一羽のガンが姿を見せました。これで十三ばんめです。このガンはたいそう年とっていて、からだじゅうが<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>で、黒いすじ一つ見えません。かたほうの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>がうまく使えないらしく、ひどくへたくそに、かたむいて飛んでいます。そのため、いまにも<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>にさわりそうです。ズルスケはこのガンめがけて、思いきり高く<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねあがりました。が、またまた<ruby><rb>失敗</rb><rt>しっぱい</rt></ruby>です。それで、走ったりとびあがったりしながら、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>まで追いかけていきました。けれど、こんども<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>おっただけで、なんのたしにもなりませんでした。

十四ばんめのガンが飛んできました。この鳥は、からだじゅうがまっ白で、じつに美しく見えました。大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が動くたびに、<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>い森の中がキラキラとあかるくなるようでした。ズルスケはこの鳥の姿を見ますと、からだじゅうの力をこめて、木の半分ほどの高さまでおどりあがりました。しかし、この白い鳥も、まえのと同じように、<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>ひとつ受けないで逃げていってしまいました。

こうして、ブナの木の下はしばらく<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かになりました。もうガンのむれは、すっかり飛んでいってしまったようです。

そのときズルスケは、ふと、さっきの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほりょ</span>のことを思いだしました。さいしょのガンを見たときから、あのチビさんのことは<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れてしまっていたのです。そして、もちろんニールスの姿は、もうそこには見えませんでした。

しかし、ズルスケがチビさんのことを考えているひまは、あまりありませんでした。というのは、さいしょ飛んできたガンが、またも<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほうからもどってきて、木の下をゆっくりと飛びはじめたからです。ズルスケはあんなにしくじったあとで、ガンがもどってきたのを見ますと、大よろこびでした。そこでさっそく、そのガンめがけて、力のかぎりとびあがりました。けれども、あせりすぎて、よく<ruby><rb>狙</rb><rt>ねら</rt></ruby>いをつけるひまがありませんでしたから、<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>がはずれてしまいました。そのあとから、また一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>飛んできました。それから、また一羽、そうして、第三、第四、第五のガンがあらわれたと思うと、とうとうしまいには、白っぽい<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の年とったガンと、まっ白い大きなガチョウまで飛んできました。みんなはゆっくりと<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>く飛んでいます。そして、キツネの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ま</span>上までくると、キツネがつかまえたくなるように、わざわざ、もっと低く<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりるのです。それを見ると、ズルスケはそのあとを追いかけて、なんどもなんども高くとびあがりました。けれど、一羽だって<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えることはできませんでした。

キツネのズルスケは、この日ぐらいひどい目にあったことはありません。ガンたちは、あいもかわらずズルスケの頭の上を、あちこちと<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びつづけているのです。ドイツの<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>や野原でたくさんたべて<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>ってきた、この大きなすばらしいガンたちは、一日じゅう森の中でズルスケのそばをすれすれに飛びまわるのでした。ズルスケは、いくどもいくども、ガンにさわるくらい高くとびあがりましたが、すいたおなかの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たし</span>になってくれるようなガンは、一羽だってありませんでした。

冬はもう終わろうとしていました。いまズルスケは、いく日もいく<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>も、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>一ぴきつかまらずに、ブラブラほっつき歩かなければならなかった時のことを思い出しました。むりもありません。そのころは、<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>り鳥たちはよその国へいってしまい、ネズミたちは<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>った地面の下にかくれ、ニワトリたちは小屋の中にとじこめられていたのですから。けれど、冬じゅうおなかのへっていたことも、きょう一日の<ruby><rb>失敗</rb><rt>しっぱい</rt></ruby>にくらべれば、なんでもありません。

ズルスケはもう<ruby><rb>若僧</rb><rt>わかぞう</rt></ruby>ではありませんでした。犬に追いかけられたこともたびたびありますし、鉄砲のたまが耳のそばをヒュウヒュウかすめていったこともあります。また、<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>にかくれているとき、はいこんできた犬に、もうすこしで見つかりそうになったこともあります。けれども、そういうはげしい<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りの間じゅうビクビクしていた不安な気もちも、きょう、このガンたちを<ruby><rb>捕</rb><rt>と</rt></ruby>りそこなうたびに味わった、あのにがい気もちとは、くらべものになりません。

けさ、<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りがはじまったときは、ズルスケはガンたちが目を見はるほど、すばらしい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">なり</span>をしていました。なにしろ、このズルスケときたら、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はで</span>なことが大すきなのです。<ruby><rb>上着</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>はキラキラ<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>くほど赤く、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>は白く、前足は<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>、そして、しっぽがまた、鳥の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛のようにふさふさしていました。けれども、それよりももっとすばらしいのは、ズルスケが動くときに見せる力づよさ、目のらんらんとした光りかたでした。ところが、夕方になると、上着は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しわ</span>がよってクシャクシャになるし、からだは<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>びっしょり、目の光はどんよりとして、<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>はハアハアあえいでいる口からだらりとたれ、おまけに口からは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>を吹いているというありさまでした。

午後になると、ズルスケはすっかりくたびれて、もう何がなんだかわからなくなりました。とにかく、目の前をガンたちが飛んでいるということのほかは、なんにもわかりません。とうとうしまいにズルスケは、枝の間から地面の上に<ruby><rb>射</rb><rt>さ</rt></ruby>しているお日さまの光や、サナギからかえったばかりのあわれなチョウにまで、とびかかるのでした。

ガンのむれはひっきりなしに飛びつづけて、一日じゅう、ズルスケを苦しめました。ズルスケが<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れはてて、目がまわり、気もくるうばかりになったのを見ても、ちっともかわいそうだと思うようすはありません。しかも、そのズルスケはもう、ガンの姿を見ることができず、ただその影にむかってとびかかっているだけなのです。ガンのむれは、そのことをちゃんと知っていながらも、あいかわらず、キツネのまわりを飛びつづけるのでした。

こうして、キツネのズルスケが、からだじゅうの力もぬけ、いまにも気が遠くなりそうになって、つもった<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れ葉の上にぶったおれたとき、ガンのむれはやっと、キツネをからかうのをやめにしました。

「さあ、どうだい、キツネくん。ケブネカイセのアッカさまを相手にしようとする者は、どんな目にあうか、おわかりだろう！」と、ガンのむれはズルスケの耳もとでこうさけぶと、ようやく、キツネを<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>してやりました。

  


## ３　野の鳥の生活

## 農家にて

三月二十四日　金曜日

ちょうどそのころ、スコーネ地方にある<ruby><rb>事件</rb><rt>じけん</rt></ruby>が起こりました。それは<ruby><rb>大評判</rb><rt>だいひょうばん</rt></ruby>になって、新聞にまでのりました。けれども、なんとも<ruby><rb>説明</rb><rt>せつめい</rt></ruby>のつかないふしぎなできごとでしたので、たいていの人たちは、そんなものは作り話だろうと思いました。

つまり、その事件というのは、こうなのです。

ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の岸べに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えているハシバミのやぶの中で、メスのリスが一ぴき<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えられて、近所の<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>につれていかれました。農家の人たちは、年よりも子どもも、みんな、このリスの愛くるしい大きなしっぽと、もの<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしそうに<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めまわすりこうそうな目と、かわいらしい小さな足とを見て、大よろこびでした。みんなは、リスのすばしこい動きかたや、<ruby><rb>器用</rb><rt>きよう</rt></ruby>にクルミの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">から</span>をかじるところや、たのしそうに<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>ぶのを見ていれば、夏じゅうおもしろくすごせるだろうと思いました。さっそく、みんなは古いリスのかごを持ってきてやりました。このかごには、かわいい<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の家と、<ruby><rb>針金</rb><rt>はりがね</rt></ruby>でこしらえた車がはいっていました。家には戸と<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>もちゃんとついていて、これがリスの<ruby><rb>食堂</rb><rt>しょくどう</rt></ruby>と<ruby><rb>寝室</rb><rt>しんしつ</rt></ruby>というわけです。そこで、みんなは木の葉っぱの<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>と、ミルク入れと、それからクルミを二つ三つ入れてやりました。車のほうはリスの遊び場です。リスがこれにのっかって、かけのぼれば、グルグルまわる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しかけ</span>になっているのです。

人々は、リスのためにずいぶん気もちよくしてやったつもりでいました。ところが、リスはと見れば、ちっとも<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>していないようすです。みんなはびっくりしてしまいました。リスは<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>のすみっこにすわりこんで、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうに、しょげきって、ときどき<ruby><rb>訴</rb><rt>うった</rt></ruby>えるような、<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>い<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみの声をはりあげているではありませんか。もちろん、たべものにはさわりもしませんし、車だって一どもまわそうとはしません。「おっかながっているんだ。」と、農家の人たちは言いました。「あしたになれば、なれて、遊んだり、たべたりするさ。」

ところで、<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の女たちは、お<ruby><rb>祭</rb><rt>まつ</rt></ruby>りのしたくで、てんてこまいをしていました。ちょうどリスが<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えられた日は、パンを<ruby><rb>焼</rb><rt>や</rt></ruby>くことになっていたのです。ところが、ぐあいの<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことに、ねり<ruby><rb>粉</rb><rt>こ</rt></ruby>がうまくふくれあがらなかったせいでしょうか、それとも、ぐずぐずしていたせいでしょうか、ともかく、暗くなっても仕事がかたづきませんでした。

こうして、台所ではみんなが、いそがしく立ち働いていました。ですから、だれも、リスはどうしているだろうなどと考えてみるひまはなかったのでした。この<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>には、おばあさんがいましたが、あんまり年をとっているので、パン<ruby><rb>焼</rb><rt>や</rt></ruby>きの手つだいをすることができません。おばあさんは、じぶんでもそのことはよく知っていたのですが、それでもやっぱり、みんなから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のけ</span>者にされているのが、おもしろくありませんでした。こういうわけで、おばあさんはまだ<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>にもいかず、<ruby><rb>居間</rb><rt>いま</rt></ruby>の<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ぎわにすわって、外をながめていました。

台所の中は熱くてむっとするものですから、戸は開けはなしになっていました。そこからあかるい光が中庭に流れでて、中庭のまわりの建物をあかるく<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らしだしていました。それで、おばあさんには、<ruby><rb>向</rb><rt>む</rt></ruby>こうがわの<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>れ目や穴がはっきりと見えました。それから、その光がちょうどいちばん強くあたっているところにかかっている、リスのかごも見えました。見れば、リスはひっきりなしに<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>から車へ走っていったり、車から部屋へかけもどったりして、ちょっとの間もおちついてはいません。おばあさんは、きっとあのリスは<ruby><rb>妙</rb><rt>みょう</rt></ruby>に気が立っているにちがいない、光が強いために眠れないんだろう、と、思いました。

牛小屋と馬小屋のあいだに、大きな広い門があって、これも台所からのあかりに<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らしだされていました。おばあさんがしばらく見ていますと、やがて、ちっぽけな<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>が足音をそっとしのばせて、この門からはいってきました。せの高さはほんの十センチぐらいのものでしょう。<ruby><rb>革</rb><rt>かわ</rt></ruby>ズボンに<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>といった、<ruby><rb>労働者</rb><rt>ろうどうしゃ</rt></ruby>のようなかっこうです。おばあさんは、すぐに<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>だなと気がつきましたので、すこしもこわくはありませんでした。なぜかといえば、その姿はまだ見たことがありませんが、小人というものはどこか家のそばに<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでいるということを、まえから聞いていましたし、それに、小人が姿を見せるときには、きっと<ruby><rb>幸運</rb><rt>こううん</rt></ruby>がやってくるということも、よく話に聞いていたからです。

その小人は、石のしいてある中庭にはいってきますと、まっすぐにリスのかごのほうへ走っていきました。けれども、そのかごは高いところにかかっているので、手がとどきません。そこで、小人はすぐさま<ruby><rb>物置</rb><rt>ものおき</rt></ruby>のほうへかけていって、<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>を持ってくると、かごにかけ、ちょうど<ruby><rb>水夫</rb><rt>すいふ</rt></ruby>が<ruby><rb>帆綱</rb><rt>ほづな</rt></ruby>をよじのぼるようなぐあいに、スルスルとよじのぼっていきました。そして、かごのところまでのぼりますと、小さな<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の家の戸をさかんにゆすぶって、戸をあけようとしています。それを見ても、おばあさんはおちつきはらっていました。なぜなら、近所の男の子たちにリスを<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれないように、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>の子どもたちが戸に<ruby><rb>錠</rb><rt>じょう</rt></ruby>をかけておいたのを、ちゃんと知っていたからです。リスは、戸が<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>かないことがわかりますと、車から出てきました。それから、ふたりは長いあいだヒソヒソと相談をしていました。小人は、リスの言いたいことをすっかり聞いてしまいますと、また<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>をすべりおりて、いそいで門からかけだしていきました。

おばあさんは、この<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>もう一ど小人の姿が見られるとは思いませんでしたが、それでも<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ぎわにすわっていました。しばらくすると、またさっきの小人がもどってきました。ひどくいそいでいるので、まるで足が地についていないようです。こんども、リスのかごを目がけて、いちもくさんにかけていきます。<ruby><rb>遠目</rb><rt>とおめ</rt></ruby>のきくおばあさんには、それがはっきりと見えました。なおもよく見ますと、小人は手になにか持っています。もっとも、それがなんであるかはわかりません。小人は左手に持っていたものを<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>の上におきましたが、右手のものはそのまま持って、かごのほうへよじのぼりました。そして、<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>で小さい<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>をはげしくけとばしたので、ガラスがこわれて、あたりに<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びちりました。小人は、そこから、手に持っているものをリスのほうにさしだしました。それから、また<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>をすべりおりて、さっき下に置いておいたものを取りあげると、もう一ど、かごをめがけてよじのぼりました。そして、あっというまに、またもやすべりおりて、まっしぐらにかけていってしまいました。あんまり早いので、おばあさんには小人の姿がよく見えなかったほどでした。

けれども、おばあさんはもう<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中にじっとしていることができなくなりました。そこでイスからゆっくりと立ちあがって、庭へ出ていきました。そして、<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>のかげにかくれて、小人がもどってくるのを待っていました。ところが、そこにはもうひとり、さっきから小人のすることをじっと見つめて、ふしぎに思っているものがいました。それはこの<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>のネコでした。ネコはそっと<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>んでいって、あかりのさしているところから<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>あしばかり<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れた<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のそばに立ちどまりました。

ふたりは、この<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>い三月の<ruby><rb>夜空</rb><rt>よぞら</rt></ruby>に、しんぼう強く、長いあいだ待っていました。そのうちに、おばあさんは、ぼつぼつ家の中へもどろうかと考えはじめました。と、ちょうどそのときです。<ruby><rb>敷石</rb><rt>しきいし</rt></ruby>の上にコツコツという足音が聞こえました。見れば、チビの小人が、またまたもどってきたのです。こんども両方の手に何かを持っています。その持っているものは、キイキイ<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きながら、モソモソ動いています。これで、おばあさんにも、いまはじめてよくわかりました。つまり、小人はハシバミのやぶへかけていっては、そこからリスの赤ちゃんをつれてきて、うえ<ruby><rb>死</rb><rt>じ</rt></ruby>にしないようにしてやっているのです。

おばあさんは、小人のじゃまをしないように、じっとしていました。小人はおばあさんに気がつかないようです。かたほうの赤んぼうをつれてかごによじのぼろうとして、もうかたほうの赤んぼうを下におこうとしました。そのとたんに、小人はネコの青い目がそばで光っているのを見つけますと、<ruby><rb>両手</rb><rt>りょうて</rt></ruby>に赤んぼうを持ったまま、こまりきって、つっ立ってしまいました。

小人はあたりを見まわしました。と、おばあさんがいるのに気がつきました。そこですぐさま、おばあさんのところへ歩いていって、この子を受けとってくれというように、<ruby><rb>両腕</rb><rt>りょううで</rt></ruby>を高くさしあげました。

おばあさんは、小人にこうたのまれたからには、いやというわけにはいきません。そこで、からだをかがめて、リスの赤んぼうを受けとりました。そして、小人が、もうひとりの赤んぼうをつれてかごのところによじのぼり、それからまたもどってきて、あずけておいた赤んぼうをつれていくまで、しっかりと<ruby><rb>抱</rb><rt>だ</rt></ruby>いて立っていました。

つぎの朝、農家の人たちが朝ごはんに集まってきたとき、おばあさんはゆうべ見たことを話さずにはいられませんでした。それを聞くと、みんなは笑いだして、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>でもみたんでしょう、と言いました。こんな早い<ruby><rb>季節</rb><rt>きせつ</rt></ruby>には、まだリスの赤んぼうなんているはずがありませんもの。

けれども、おばあさんは<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じきっていました。それで、みんなにかごの中を見てくるように言いました。みんなは言われたとおりにしました。見れば、たしかに、小さな<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中の葉っぱの<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>の上に、生まれてからやっと二日めぐらいで、毛もろくに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていず、目もまだよく見えないリスの赤んぼうが、四ひきいました。

この<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の主人は赤んぼうリスを見て、こう言いました。

「まあ、いずれにしても、たしかにわしらは、この家で、ケモノにきかれても、人にきかれても<ruby><rb>恥</rb><rt>は</rt></ruby>ずかしいことをしていたんだ。」それから、親リスと四ひきの赤んぼうリスを、かごの中から取りだして、おばあさんの前かけに入れました。そうして、「このリスたちをハシバミのやぶへつれていって、<ruby><rb>放</rb><rt>はな</rt></ruby>してやってください。」と、言いました。

これが<ruby><rb>大評判</rb><rt>だいひょうばん</rt></ruby>になったという<ruby><rb>事件</rb><rt>じけん</rt></ruby>です。しかも、これは新聞にまでのりました。けれども、なんとも説明しようのないできごとなので、たいていの人たちは、信じようとはしませんでした。

## ヴィットシェーヴレのお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>

それから二日たって、またふしぎな事が起こりました。その朝、<ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>むれのガンが飛んできて、ヴィットシェーヴレ<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>からあまり遠くない東スコーネの<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。そのむれの中には、あたりまえの<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>のガンが十三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>と、まっ白なガチョウが一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>いました。ガチョウのせなかには、黄色い<ruby><rb>革</rb><rt>かわ</rt></ruby>ズボンをはき、<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>のチョッキを着て、白い<ruby><rb>毛織</rb><rt>けお</rt></ruby>りの<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶったチビさんがのっていました。

ここはバルト海のすぐ近くなので、ガンたちがおりた畑にも、ふつうの海岸と同じように、<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>がいっぱいありました。でも、このあたりの砂は、ほうっておくと、風に吹きとばされてしまうのでしょう。で、それをふせぐために、あちこちにマツの木がたくさん<ruby><rb>植</rb><rt>う</rt></ruby>えてありました。

ガンたちが、しばらくの間ごはんをたべていますと、畑の向こうのほうを、子どもがふたり歩いてきました。それを見ると、見はりをしていたガンが、たちまちバタバタと<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきをして、空に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。ほかのガンたちも、<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>とさとって、いっせいに飛びあがりました。ところが、白いガチョウだけは、そんなことは気にもかけずに、ノソノソと地べたを歩いています。みんなが舞いあがったのを見ますと、頭をあげて、大声で言いました。

「<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げることはないよ！　子どもがふたりっきりじゃないか！」

ところで、チビさんは、森のはずれの小山の上にすわりこんで、マツボックリを拾っては、<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>っていました。けれども、子どもたちがすぐそばにいるものですから、畑を横ぎって、白いガチョウのところまでかけてゆく<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>がありません。それで、大きな<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたアザミの葉の下にかくれて、大声で、あぶないっ、と言いました。ところがガチョウのほうは、びくともしないで、あいもかわらず、ノソノソと歩きまわっています。そして、子どもたちがどっちへいこうとしているか、そんなことには見むきもしませんでした。

そのうちに、子どもたちは小道からそれて、畑を横ぎり、だんだんガチョウに近づいてきました。ガチョウが見あげたときには、もうすぐ目の前まで来ていました。ガチョウはびっくりしてしまい、すっかりあわててしまったので、飛べるのを忘れて、ただ、つかまらないように、かけようかけようとしていました。けれども、子どもたちに追いかけられているうちに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みぞ</span>の中に追いつめられて、とうとうつかまってしまいました。そうして、大きい子にかかえられて、つれていかれました。

アザミの葉の下にしゃがんでいたチビさんは、これを見ますと、ハッと、とびあがりました。ガチョウをとり返そうというのです。しかし、そのとたんに、いまのじぶんは、ちっぽけで、力のないことを思いだしました。ああ、くやしい！　チビさんは小山の上に身を投げだして、こぶしをかためて地べたをなぐりつけました。

ガチョウは<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けをもとめて、ひっしになってさけびました。

「オヤユビくん、助けてくれ！　オーイ、オヤユビくん、助けてくれ！」すると、ニールスはこんなに<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんでいながらも、思わずにっこりして、さけびました。「よしきた！　ぼくはもう、だれでも助けてやるいい人間なんだぞ！」

ニールスは起きあがって、ガチョウのあとをつけていきました。「待てよ、ぼくにはとても助けられやしないだろう。でもまあ、どこへつれていかれるか、それだけでも見とどけてやろう。」と、言いながら。

子どもたちは、だいぶさきのほうを歩いていましたが、ニールスはその姿を見失わずについていきました。やがて、小川の流れているくぼんだところへやってきました。ここでニールスは、とびこせるぐらいの<ruby><rb>幅</rb><rt>はば</rt></ruby>のせまいところを見つけるために、しばらくまわり道をしなければならなくなりました。

小川をとびこえて道に出たときには、子どもたちの姿はもう見えなくなっていました。でも、森のほうへいくせまい道に<ruby><rb>足跡</rb><rt>あしあと</rt></ruby>がついています。それで、ニールスはそのあとをたどっていきました。

まもなく四つ<ruby><rb>辻</rb><rt>つじ</rt></ruby>に来ました。ここで子どもたちは<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れたにちがいありません。だって、両方の道に足跡がついていますもの。これでいよいよ、望みはなくなってしまったようです。

けれど、ふと、わきを見ますと、ヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている小高いところに、小さな白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が一枚落ちているではありませんか。これは、ガチョウがどっちへつれていかれるかを知らせるために、道ばたに<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>しておいたものです。そこで、ニールスはなおもさがしつづけて、森の中を通っていきました。しかし、ガチョウの姿はまだ見えません。それでも、道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>いそうなところへ来ますと、きまって白い小さな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が一枚落ちていて、道を知らせてくれるのです。

ニールスがその<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をたよりにあとをつけていきますと、やがて森をぬけ、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>を二つばかり横ぎって、<ruby><rb>道路</rb><rt>どうろ</rt></ruby>にでました。それからは、広い<ruby><rb>並木道</rb><rt>なみきみち</rt></ruby>です。見れば、並木道のはずれには、赤<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">れんが</span>の<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>と<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>がそびえていて、それについている<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りがキラキラと<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いています。それは大きなお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>です。ニールスは、いまこそガチョウがどうなったか、わかったような気がしました。

「きっと、子どもたちがあのお城へ持っていって、売ってしまったんだろう。いまごろは、もう<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されているかな。」と、ニールスはひとりごとを言いました。でも、はっきりたしかめないうちは、<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>できません。またも<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>をふるいおこして、走っていきました。さいわいにも、<ruby><rb>並木道</rb><rt>なみきみち</rt></ruby>ではだれにも出会いませんでした。こんな姿を人に見られたらたいへんだと、ニールスはビクビクしていたのです。

お城のそばまでいってみますと、それは<ruby><rb>古風</rb><rt>こふう</rt></ruby>なつくりの、すばらしい<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>でした。その建物のわきにも大きな建物が四つあって、中庭に通じる高いアーチがありました。ここまでは、ニールスはズンズンかけてきましたが、思わずここで立ちどまりました。思いきってはいっていくだけの<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>がないのです。じっとそこに立ちつくして、どうしたものだろうかと考えこみました。

そのとき、うしろのほうから、足音が聞こえてきました。ふりむいてみますと、どうでしょう。大ぜいの人たちが<ruby><rb>並木道</rb><rt>なみきみち</rt></ruby>をこっちへやってくるではありませんか。ニールスは、あわてて、アーチのそばにあった<ruby><rb>水桶</rb><rt>みずおけ</rt></ruby>のうしろにかくれました。

そこへ来たのは、二十人ばかりの中学校の生徒たちでした。みんなは、ひとりの先生につれられて、<ruby><rb>遠足</rb><rt>えんそく</rt></ruby>にきたのでした。アーチのところまで来ますと、先生はしばらく待っているようにみんなに言っておいて、じぶんだけ中へはいっていきました。このヴィットシェーヴレの古いお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>を見物させてもらえるかどうか、ききにいったのです。

生徒たちは長いあいだ歩いてきたと見えて、つかれていました。ひとりの生徒はひどく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のど</span>がかわいていたので、<ruby><rb>水桶</rb><rt>みずおけ</rt></ruby>のところへいって、身をかがめて<ruby><rb>飲</rb><rt>の</rt></ruby>もうとしました。この生徒は、<ruby><rb>植物採集</rb><rt>しょくぶつさいしゅう</rt></ruby>のドウランを<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>にかけていましたが、じゃまになるので、地べたに投げだしました。そのはずみに、ふたが<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いて、中にはいっている春の花が見えました。

ドウランはニールスのすぐ前に落ちました。これこそ、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>の中へはいって、ガチョウがどうなったかを見さだめる<ruby><rb>絶好</rb><rt>ぜっこう</rt></ruby>の<ruby><rb>機会</rb><rt>きかい</rt></ruby>です。そう思ったニールスは、すぐさまドウランの中にとびこみました。そして、アネモネやフキの下にそっと身をかくしました。

ニールスがかくれるといっしょに、生徒はドウランをひろいあげて、肩にかけ、ふたをしてしまいました。

そこへ先生がもどってきて、お城の見物がゆるされたと言いました。先生は生徒たちを、まず中庭へつれていきました。そこでみんなをとめて、この古い建物についての話をはじめました。

先生は、この国にいちばんはじめに住んでいた人びとは、<ruby><rb>洞窟</rb><rt>どうくつ</rt></ruby>や<ruby><rb>洞穴</rb><rt>ほらあな</rt></ruby>の中に<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしていたこと、その人たちが木の<ruby><rb>幹</rb><rt>みき</rt></ruby>で小屋をつくることをおぼえるまでには、長い長い時代がたったこと、そして、<ruby><rb>一部屋</rb><rt>ひとへや</rt></ruby>しかない<ruby><rb>丸太小屋</rb><rt>まるたごや</rt></ruby>から<ruby><rb>進歩</rb><rt>しんぽ</rt></ruby>して、ヴィットシェーヴレのような<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の百もあるお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>をきずくようになるまでには、長い間ずいぶん苦心もし、<ruby><rb>努力</rb><rt>どりょく</rt></ruby>もしたものだということなどを話してきかせました。

先生は、なおもいろいろと<ruby><rb>細</rb><rt>こま</rt></ruby>かに説明しました。それで、ドウランの中にはいっているニールスはいらいらしてきました。けれど、もちろんじっとしていなければなりません。でないと、ドウランの<ruby><rb>持</rb><rt>も</rt></ruby>ち<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>に気づかれてしまいます。

それから、やっと、みんなはお城の中にはいりました。けれども、ニールスが、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すき</span>をみてドウランから<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いだすなんてことは、とうていできそうもありません。なにしろ、ドウランをかけている生徒が、しょっちゅう持って歩いているのですからね。ですからニールスは、お城の中の<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>という部屋を、<ruby><rb>持</rb><rt>も</rt></ruby>ち<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>の生徒についてまわらなければなりませんでした。じつにじれったい<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>ではありませんか。それに先生ときたら、ひっきりなしに立ちどまって、説明するのです。

先生は、ちっともいそいでいませんでした。ちっぽけな生き物が、かわいそうにドウランの中にかくれていて、自分の話が早く終わるようにと<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>っていようなどとは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らないのです。

その間じゅう、ニールスはじっとしていました。いままではよくいたずらをして、<ruby><rb>穀物倉</rb><rt>こくもつぐら</rt></ruby>の戸をしめては、中にはいっているおとうさんやおかあさんをこまらせたものですが、そんなとき、おとうさんやおかあさんがどんな気もちだったかが、いまはじめてよくわかりました。そうでしょう、先生が話しおわるまでは、なん時間もなん時間もこの中にじっとしていなければならないのですからね。

ようやくのことで、先生はもう一ど中庭にきました。そして、またここで、人間が<ruby><rb>器具</rb><rt>きぐ</rt></ruby>や<ruby><rb>武器</rb><rt>ぶき</rt></ruby>や<ruby><rb>衣服</rb><rt>いふく</rt></ruby>や家や<ruby><rb>家具</rb><rt>かぐ</rt></ruby>などを考えだしてつくるのには、長いあいだ、たゆまず<ruby><rb>努力</rb><rt>どりょく</rt></ruby>したものだということを説明しはじめました。

けれども、ニールスは、この話を聞きのがしてしまいました。というのは、ドウランをかけている生徒はまた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のど</span>がかわいたので、台所へ水を飲みにいったからです。ニールスは、台所へいけば、ガチョウがどうなったかわかるぞ、と思いました。それで、からだを動かしてみますと、ぐうぜんにも、ふたにガタンとぶっつかりました――そのひょうしに、ふたがパタンと<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>きました。でも、ドウランのふたが開くことはよくありますから、生徒は気にもかけずに、またふたを<ruby><rb>閉</rb><rt>し</rt></ruby>めてしまいました。すると、それを見ていた男が、その中にはヘビでもはいっているのかい、とたずねました。

「いいえ、植物がすこしはいっているきりです。」と、生徒は答えました。けれども男は、「いや、たしかに、なんだか動いたものがあったよ。」と、言いはりました。そこで生徒は、男の言ったことがまちがいであることを見せようとして、ふたをあけて言いました。「さあ、ごらんなさい――どうです――」

と、そのことばの<ruby><rb>終</rb><rt>お</rt></ruby>わらないうちに、もうここにはいられないぞ、とさとったニールスは、ポンと<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上にとびおりるが早いか、いちもくさんにかけだしました。見ていた男は、走っていくものがなんだか、よくはわかりませんでしたが、すぐさまあとを<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>いかけました。

先生はまだ話をつづけていましたが、大きなさけび声に話をじゃまされてしまいました。

「そいつを<ruby><rb>捕</rb><rt>つかま</rt></ruby>えろ！　そいつを捕えろ！」とさけびながら、台所のほうから人びとが走ってきます。それを見ると、生徒たちもいっしょになって追いかけました。ニールスはネズミよりもすばしこくチョコチョコと<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げまわります。みんなは門のところで捕えようとしましたが、こんなちっぽけな生き物を捕えるのは、どうしてどうして、たいへんなことです。こうして、ニールスは、うまく<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げだしました。

ニールスは、思いきって、ひろびろとした<ruby><rb>並木道</rb><rt>なみきみち</rt></ruby>を走っていく<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>はありませんでした。それで、<ruby><rb>別</rb><rt>べつ</rt></ruby>の道をいくことにきめました。庭を通って、<ruby><rb>裏庭</rb><rt>うらにわ</rt></ruby>に出ました。けれど、みんなは、大声をたてたり笑ったりしながら、なおもあとから追いかけてきます。かわいそうに、ニールスは一生けんめい逃げました。

ある<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の前までかけてきたとき、ガチョウの鳴く声が聞こえました。見ると、入口の段々のところに、白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が二、三枚落ちているではありませんか。ああ、ガチョウはここにいるのです！　あまりのうれしさに、あとを追いかけてくる人たちのことはもうすっかり忘れて、ニールスは、段々をかけあがると、<ruby><rb>玄関</rb><rt>げんかん</rt></ruby>へいきました。でも、戸がしまっていて、それからさきへはいけません。中からは、ガチョウの鳴きたてている声が聞こえてきます。でも、どうしても戸は<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>きません。うしろからは、自分を追っかけてくる人たちが、ますます近づいてきます。しかも、部屋の中では、ガチョウがいよいよ<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうに鳴きさけんでいるではありませんか。せっぱつまったニールスは、<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>をふるい起こして、力まかせに戸をたたきました。

と、どうでしょう。ふしぎにも、戸が開きました。中を見れば、土間のまんなかで女の人がガチョウをおさえつけ、いましも大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をはさみ切ろうとしています。ガチョウを見つけて、つかまえたのは、この女の人の子どもたちだったのです。しかし、この人はガチョウを<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>そうというのではありません。自分のところで<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っているガチョウたちのなかまに入れるつもりで、ただ<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>べないように、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>を切ろうとしていたのでした。けれども、ガチョウにとってはこんな<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいことはありません。それで、声をかぎりに鳴き悲しんでいたのです。

でも、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>を二枚切りおとされたときです。ありがたいことに、戸が<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>いて、チビさんがしきいの上に姿を見せました。と、女の人はいままでにこんなちっぽけな生き物を見たことがないものですから、びっくりして思わず、はさみを<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>し、手を打ちあわせました。そのひょうしに、ガチョウをおさえつけるのを忘れてしまったのです。

ガチョウは、はなされたと気がつくと、すぐ戸口のほうへ走りました。そしてニールスのシャツの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えり</span>をつかんで、かかえていきました。入口の段々のところまで来ますと、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をひろげて、さっと空に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。そのときには、もう、ニールスは、スベスベしたガチョウのせなかにのっかっていました。

こうして、ふたりは飛んでいきました。ヴィットシェーヴレの人びとは、あっけにとられて、そのあとを見送っていました。

## エーヴェードスクローステル公園にて

ガンたちがキツネをからかっていた日、ニールスはずっとリスの<ruby><rb>空巣</rb><rt>あきす</rt></ruby>にねころんで、ねむっていました。夕方になって目をさましますと、ひどく<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しくなってきました。「きっと、もうじき<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰されるんだろう。そうなりゃ、どうしたって、おとうさんとおかあさんにこのみじめな姿を見られるんだ。」と、思ったのです。

ところが、ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>で<ruby><rb>水浴</rb><rt>みずあ</rt></ruby>びをしたり泳ぎまわったりしているガンたちのそばへいっても、だれからも帰れとは言われませんでした。それで、「ガチョウの白があんまりくたびれているもんだから、ぼくをのっけて帰れとは言わないんだな。」と、ニールスは思いました。

あくる朝、ガンたちは、お日さまののぼるずっとまえに目をさましました。いよいよきょうは、家に帰されるにちがいありません。ところが<ruby><rb>驚</rb><rt>おど</rt></ruby>ろいたことに、ガンたちは、ふたりとも朝の<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>にいっしょについていってもいいというのです。ニールスは帰されるのがどうしてのびたのか、そのわけはよくわかりませんでしたが、長い<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>なんだから、ガチョウがおなかいっぱいたべてから、きっと帰すつもりなんだろう、と思いました。まあ、そんなことはどっちでもかまいません。これから、おとうさんとおかあさんに会うまでのあいだは、ゆかいにすごしてやろう、と心にきめました。

ガンのむれは、エーヴェードスクローステル<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>（貴族などの地方の領地）の上に飛んできました。それは<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の東がわにある美しい公園の中にあって、見るからにすばらしいところでした。大きなお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>がそびえ立ち、<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>い<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>と<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れ<ruby><rb>屋</rb><rt>や</rt></ruby>にかこまれた中庭には、美しく石がしきつめてあって、<ruby><rb>古風</rb><rt>こふう</rt></ruby>な<ruby><rb>庭園</rb><rt>ていえん</rt></ruby>はいかにも<ruby><rb>優雅</rb><rt>ゆうが</rt></ruby>です。庭園には、きれいに<ruby><rb>刈</rb><rt>か</rt></ruby>りこまれた<ruby><rb>生垣</rb><rt>いけがき</rt></ruby>や、あずまやや、池や、<ruby><rb>噴水</rb><rt>ふんすい</rt></ruby>や、<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしい大木や、短く刈りこんだ<ruby><rb>芝生</rb><rt>しばふ</rt></ruby>が見えます。その芝生には<ruby><rb>花壇</rb><rt>かだん</rt></ruby>があって、色とりどりの春の花が、<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>きみだれています。

ガンたちが<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>の上に飛んできたのは朝早くでしたので、まだ人の姿は見えませんでした。みんなは、だれもいないことをはっきりたしかめてから、犬小屋の近くへおりていって、さけびました。

「これはなんてちっぽけな小屋なんだろう！　これはなんてちっぽけな小屋なんだろう！」

その声を聞きつけるが早いか、犬は<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>って小屋からとびだしてきて、<ruby><rb>吠</rb><rt>ほ</rt></ruby>えたてました。

「これを小屋だっていうのか？　この<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしどもめ！　大きな石づくりのお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のあるのが目にはいらないのか？　あのりっぱな<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>や、たくさんの<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>や、大きなとびらや、美しいテラスが見えないのか？　ワン、ワン、ワン。これでも小屋だってのか？　<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>や、<ruby><rb>庭園</rb><rt>ていえん</rt></ruby>や、<ruby><rb>温室</rb><rt>おんしつ</rt></ruby>や、<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>の<ruby><rb>像</rb><rt>ぞう</rt></ruby>が見えないのか？　これでも小屋だってのか？　犬小屋ってもののまわりには、ブナの<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>や、ハシバミのやぶや、こんもりとした<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みや、カシワの木や、モミの木や、おまけに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>のいっぱいいる<ruby><rb>猟場</rb><rt>りょうば</rt></ruby>まで持った公園があるのか？　ワン、ワン、ワン。これでも小屋だってのか、きさまらは？　村ぐらいもあるたくさんの<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れ屋を持った小屋ってものを見たことがあるのか？　自分の教会と自分の<ruby><rb>牧師館</rb><rt>ぼくしかん</rt></ruby>を持っていて、おまけに、お<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>や農家や小作地や、お役所までも支配している小屋ってものを知ってるとでもいうのか？　ワン、ワン、ワン。きさまらは、これでも小屋だってのか？　いいか、この小屋にはな、スコーネじゅうでいちばんすばらしいものがあるんだぞ、このこじきどもめ！　そんな高いところにぶらさがっているきさまらには、地面なんかはこれっぱかしも見えやしないんだ！　ワン、ワン、ワン。」

犬はこれだけのことを、いっきにまくしたてました。そのあいだ、ガンたちは<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>の上をいったりきたりして、犬の言うことを聞いていましたが、犬が<ruby><rb>一息</rb><rt>ひといき</rt></ruby>つきますと、こうさけびました。「きみは、どうしてそんなに<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>ってんだい？　ぼくたちはお城のことなんかききゃしないよ。きみのお<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>のことをおたずねしたまでさ。」

ニールスは、ガンたちがこんなふうにからかっているのを聞いて、思わずふきだしてしまいました。と、そのとき、ふと、ある考えが浮かんできて、すぐにまじめになりました。そして、

「ああ、もしガンたちといっしょに、スウェーデンじゅうを通ってラプランドまでいけたら、ずいぶんおもしろいことが聞けるだろうなあ！」と、ため息をつきながらひとりごとを言いました。「こんなあわれな<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>になってしまったいまでは、そういう旅でもするのが、いちばんの<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみなんだ。」

ガンたちは<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>の東がわにある広い<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>の一つに飛んでいって、そこで二時間ばかり草の根をたべていました。そのあいだ、ニールスは畑につづいている大きな公園の中にはいっていって、ぶらぶらしていました。そうして、ハシバミの<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>の枝を見あげては、<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>の秋の<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>がまだ残っていはしないかと、一生けんめいさがしていました。

こうして、公園の中をぶらついているあいだも、もうすぐ家に帰されるだろうということが、気になってしかたがありません。そして、ガンたちといっしょにいけたら、すてきだろうなあ。もちろん、おなかがすいたり、こごえそうになったりすることも、たびたびあるだろう。でも、そのかわり、<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>いたり<ruby><rb>勉強</rb><rt>べんきょう</rt></ruby>したりしなくてもいいんだから、などと、なんどもなんども<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>してみるのでした。

こんなことを考えながらさがしているところへ、とつぜん、年とった<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>のガンがやってきました。そして、なにかたべるものが見つかったかね、とききました。ニールスが、いいえ、なんにも見つかりません、と答えますと、隊長はいっしょになってさがしてくれました。でも、やっぱりハシバミの<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>は見つかりません。けれど、野バラの<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みにのこっている実を二つばかり見つけてくれました。ニールスはおいしそうにそれをたべました。でも、心の中では、自分が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">なま</span>の<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>やこおっていた野バラの<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>をたべて生きていたと、おかあさんが知ったら、なんて言うだろう、と思っていました。

やがて、ガンたちは、おなかいっぱいたべてしまいますと、また<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>へ飛んでいって、お<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごろまで、いろんなことをして遊びました。ガンたちは白のガチョウにも<ruby><rb>試合</rb><rt>しあい</rt></ruby>を申しこんで、泳ぎっこや、かけっこや、飛びっこなどをしました。大きなガチョウは一生けんめいがんばりました。でも、すばしっこいガンたちにはいつも<ruby><rb>負</rb><rt>ま</rt></ruby>けてしまいました。その間じゅう、ニールスはガチョウのせなかにのっかって、はげましていました。そして、みんなと同じように、うれしがっていました。ガアガアないたり、笑ったり、いや、そのすさまじいこと、<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>の人たちが気がつかなかったのはふしぎなくらいです。

ガンたちは遊びつかれますと、<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>の上に飛んでいって、二時間ばかり休みました。その日の午後も、午前とほとんど同じようにしてすごしました。さいしょに二時間ばかりごはんをたべて、それからお日さまが<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>むまで、水<ruby><rb>浴</rb><rt>あ</rt></ruby>びをしたり、氷のふちで遊んだりしました。お日さまが沈むと、みんなはすぐに氷の上に<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んで、眠りました。

「こんな生活なら、ぼくはすきなんだがなあ。」夕方、ガチョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下にはいりこみながら、ニールスはこう思いました。「だけど、あしたは家へ帰されるんだろう。」

眠るまえに、ニールスは、ガンたちといっしょにいくとすれば、どんな<ruby><rb>得</rb><rt>とく</rt></ruby>があるだろうかと、もう一ど考えてみました。そうなれば、なまけものだといって<ruby><rb>叱</rb><rt>しか</rt></ruby>られることもないでしょうし、だいいち、すきなように、ぶらぶら<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らすこともできるでしょう。たったひとつ心配なのは、たべるものをどうやって手に入れるかということです。でも、いまではそれもほんのわずかでたりるのですから、なんとか手に入れることもできるでしょう。

そしてまた、これからどんなものを見るだろうか、どんなにたくさんの<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>をするだろうかなどと、さまざまに<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>をめぐらしてみました。たしかに、家にいて<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>をおって働くのとは、ずいぶんちがうことでしょう。「ああ、もしガンたちといっしょに<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>にいけさえしたら、こんな姿になったのもうらめしくは思わないんだけどなあ！」と、ニールスは思うのでした。

こうなれば、気にかかるのは家に帰されるということだけです。ところが水曜日になっても、ガンたちは帰れというようなことは、ひとことも言いません。この日も、まえの日と同じようにすぎました。そしてニールスは、のびのびとした野の生活が、ますます、すきになってきました。

ニールスは、森のように大きな、このさびしい公園を、すっかり自分ひとりのものにしたような気になりました。そして、じぶんの家のせまい<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>や、ちっぽけな<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>に帰りたいなんて気もちは、ちっとも起こってきませんでした。

水曜日には、ガンたちは、じぶんをいっしょにいかしてくれるつもりなんだろうと、ニールスはそう思っていました。ところが木曜日になると、この<ruby><rb>希望</rb><rt>きぼう</rt></ruby>は<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまいました。木曜日も、まえの日と同じようにはじまったのです。ガンたちは広い<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>でごはんをたべ、ニールスはたべものをさがしに公園へいきました。しばらくすると、アッカがそばへやってきて、なにかたべるものが見つかったかい、とたずねました。けれども、いいえ、見つかりません、というニールスの答えに、アッカは<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたイブキゼリ草を見つけてくれました。それには、まだ、小さな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たね</span>がいっぱいついていました。

ニールスがたべおわりますと、アッカは、おまえさんは、ずいぶん向こうみずに公園の中をかけまわるようだけれど、おまえさんみたいなちっぽけなものが気をつけなければならない<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>が、たくさんいることは知っているのかい、と、ききました。いいえ、すこしも知りません、と、ニールスは答えました。そこで、アッカはその敵についていちいち説明しはじめました。

森へいくときには、とアッカは言います。キツネとテンに気をつけなくちゃいけないよ。<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べにいるときには、カワウソがいることを忘れるんじゃないよ。<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>の上にすわるときには、どんな小さな<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>にもはいこめるようなイタチがいることを、しょっちゅう気をつけていなけりゃいけない。それから落ち葉の上にねころんで眠ろうとするときには、まずそのまえに、落ち葉の下にマムシが<ruby><rb>冬眠</rb><rt>とうみん</rt></ruby>していないかどうか、しらべるようにするんだね。広い野原に出たら、空を<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>っているタカやハヤブサやワシなどに気をつけるんだよ。イバラのやぶでは、ハイタカにつかまらないように注意しなさい。カササギやカラスはどこにでもいるから、けっしてゆだんするんじゃないよ。暗くなってきたら、耳をすまして、大きなフクロウに気をつけなくちゃだめだよ。なにしろ、フクロウときたら、音もたてずに飛んでくるからね。すぐそばまでこなければ、気がつかないくらいなんだから。

ニールスは、自分の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>をねらっている<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>がそんなにもたくさんいることを聞かされますと、これでは、とても生きてはいられまいと思いました。死ぬことはそんなに<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいとは思いませんが、くわれてはたまりません。それでアッカに、そういう動物をふせぐのには、どうしたらいいのですか、とたずねました。

すると、アッカはすぐに答えました。リスやウサギやウソやヤマガラやキツツキやヒバリのような、森や野にいる小さな動物たちと<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よしになるようにしなさい。こういう動物たちと友だちになっていれば、<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>のときには知らせてくれるだろうし、<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れ場所も教えてくれるだろう。それに、こまりきったときには、力を合わせてかばってもくれるだろう。

そのあとで、ニールスは教えられたとおりにやってみようと思って、まずリスのハヤキチに<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けてくれるように<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>んでみました。けれども、ハヤキチは、どうみても助けてくれそうもありません。

「ぼくや小さい動物たちから助けてもらおうと思ったって、とてもだめだよ。」と、リスのハヤキチは言うのでした。「きみがガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>のニールスって<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>で、去年、ツバメの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>をぶちこわしたり、ムクドリの卵を<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しつぶしたり、カラスの赤んぼうを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みぞ</span>の中にほうりこんだり、ツグミを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わな</span>にかけてつかまえたり、リスをかごの中にとじこめたりしたってことを、ぼくたちが知らないとでも思っているのかい？　まあ、せいぜい、じぶんのことはじぶんでするさ。それよりも、ぼくたちがみんなで、きみを人間どものところへ<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>い返さないことだけでも、ありがたく思うんだね。」

こんな返事をされれば、もとのニールスなら、ただではおかないところです。けれどもこのとき、ニールスは、じぶんの<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことが、ガンたちに知れたらたいへんだぞと思っていました。そんなことにでもなれば、いっしょにいては、いけないと言われるかもしれません。それだけが、ただ、心配でした。このガンの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>にはいってからというもの、ニールスは、ちょっとしたいたずらさえもしたことがありません。もちろん、しようとしたところで、こんな小さなからだではたいしたこともできないでしょうが。それにしても、小鳥の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>をこわしたり、卵を<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しつぶしたりすることぐらいはできるでしょう。しかし、いまではニールスは、すっかりよい子どもになっていたのです。ガチョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をひきぬくようなこともしませんし、<ruby><rb>乱暴</rb><rt>らんぼう</rt></ruby>な返事ひとつしたことがありません。朝、アッカにおはようのあいさつをするときには、ちゃんと<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をとって、ていねいにおじぎをするのでした。

ニールスは、ガンたちがじぶんをラプランドへいっしょにつれていってくれそうもないのは、きっといままでじぶんが<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことばかりしたからなんだろう、と、木曜日には一日じゅう考えこんでいました。それで、その夕方に、リスのハヤキチのおくさんが人間にさらわれて、生まれたばかりの赤んぼうがおなかをへらして、いまにも死にそうになっていることを聞きますと、よし、ひとつ助けてやろう、と決心しました。そして、それをうまくやってのけたことは、さっきお話ししたとおりでした。

ニールスは金曜日にもまた公園へはいっていきました。すると、どのやぶからも、ウソたちが、歌っているのが聞こえてきました。リスのハヤキチのおくさんが、赤んぼうだけをのこして人間にさらわれていったけれど、ガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>のニールスが<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>にも、赤んぼうをおかあさんのところへつれていってやったと、ウソたちは、口々に歌っているのでした。

「いまこのエーヴェードスクローステル公園じゅうで、オヤユビさんほど、みんなから<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>われているひとはない！」と、ウソは歌いました。「ガチョウ番のニールスだったころは、あんなにこわがられていたんだけど！　いまじゃ、リスのハヤキチは、オヤユビさんにクルミをあげるし、<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>なウサギも、きっとピョンピョン<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねていっしょに遊ぶよ。キツネのズルスケが近づけば、シカはオヤユビさんを、せなかにのせて<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてくれるだろうし、ヤマガラは、タカがくるのをきっと知らせてくれるよ。それから、アトリやヒバリは、オヤユビさんの<ruby><rb>勇</rb><rt>いさ</rt></ruby>ましい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おこない</span>を歌にうたうだろうよ。」

アッカやほかのガンたちも、この歌を聞いたことはたしかです。それなのに、金曜日がすぎてしまっても、あいかわらず、ニールスがいつまでもいっしょにいていいとは言ってくれません。

土曜日までずっと、ガンたちはエーヴェードのまわりの<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>でごはんをたべましたが、一どもズルスケにおそわれたことはありませんでした。ところが、土曜日の朝早く、ガンたちが畑へ出ていきますと、ズルスケが待ち<ruby><rb>伏</rb><rt>ぶ</rt></ruby>せしていました。そして、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>から畑へと追いかけてきます。これでは、おちついてたべてもいられません。そこでアッカは、すぐに決心をして、空高く<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。そして、ほかのガンたちといっしょに、フェールスの平原やリンデレードの山の<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>をこえて、なんマイルも<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。こうして、ヴィットシェーヴレ地方に着きました。

ところが、そのヴィットシェーヴレでは、ガチョウがさらわれてしまったのでした。そして、それからどうなったかは、まえにお話ししましたね。もしもあのとき、ニールスが力のかぎり、ひっしになって助けようとしなかったら、ガチョウの姿はもう二どと見られなかったことでしょう。

土曜日の夕方、ニールスがガチョウといっしょに、ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>へもどってきたときには、きょうはすばらしいことをやってのけたと思いました。そして、アッカやほかのガンたちがなんて言うだろうかと、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみにしていました。ガンたちは、ずいぶんほめてはくれましたが、でもニールスが聞きたいと思っていることは、ひとことも言ってはくれませんでした。

日曜日になりました。ニールスが<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>で小人にされてから、ちょうど一週間になります。しかし、あいもかわらず、ニールスはちっぽけな<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>のままなのです。

ところが、そのニールスは、こんな姿になったことをそれほど<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんではいないようすでした。<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほとりの大きなヤナギの<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みにすわりこんで、ニールスはアシ<ruby><rb>笛</rb><rt>ぶえ</rt></ruby>を吹いていました。まわりにいるヤマガラやウソやムクドリたちの歌を、一生けんめい吹こうとしていたのです。でも、ニールスは笛を吹くのにあまりなれていないので、ちっともうまく吹けません。そうすると、小さな音楽の先生たちは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛をさかだて、この生徒の<ruby><rb>不器用</rb><rt>ぶきよう</rt></ruby>さかげんにがっかりして、大声を立てたり<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたいたりしています。ニールスはみんながあんまり<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>になっているので、おかしくてたまらず、笑ったひょうしに笛を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>してしまいました。

ニールスはまた吹きはじめました。やっぱり、うまくいきません。すると、小鳥たちは、口をそろえて悲しそうに言いました。

「きょうは、いつもよりへたじゃないか、オヤユビくん！　<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>がちっとも合ってないよ。きみの心はどこへいっちゃったの？」

「どこかほかにね。」と、ニールスは答えました。まったくそのとおりです。笛を吹いているあいだも、あとどのくらいガンたちといっしょにいられるだろうか、もう、きょうにも帰されるのではないだろうか、という心配が、しょっちゅう心に浮かんでくるのです。

けれども、ニールスは急に笛をすてて、<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みからとびおりました。見れば、アッカやほかのガンたちが、向こうから長く一列にならんでやってきます。しかも、みんなはいつもとちがって、しずしずと、おごそかな<ruby><rb>顔</rb><rt>かお</rt></ruby>つきをして歩いてくるではありませんか。ニールスは、いよいよじぶんの<ruby><rb>運命</rb><rt>うんめい</rt></ruby>がどうきまるのか聞かされるにちがいない、と思いました。

とうとう、ガンたちはニールスの前に立ちどまりました。そこで、アッカが口をひらいて言いました。

「オヤユビさん、わたしはあなたのおかげで、キツネのズルスケから<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>っていただいたのに、いままでお礼も言わないでいて、さぞ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へん</span>なやつだとお思いでしょう。むりもありません。しかしわたしは、ことばでお<ruby><rb>礼</rb><rt>れい</rt></ruby>を言うよりも、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おこない</span>でお礼をしたいほうなのです。それで、オヤユビさん、いまそのご<ruby><rb>恩</rb><rt>おん</rt></ruby>がえしができると思います。というのは、わたしは、あなたに<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>をかけた小人に使いをやったのです。さいしょ小人は、あなたをもとの人間の姿にかえすことを、なかなか<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しませんでした。けれども、わたしはなんどもなんども使いをやって、あなたがわたしたちのあいだで、たいへんりっぱな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おこない</span>をしていると知らせてやりました。すると、小人もとうとう<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>して、あなたが家に帰れば、すぐにもとの人間にしてあげるとつたえてくれということです。」

ところが、どうしたというのでしょう！　アッカが話しはじめたときには、ニールスはあんなに<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しそうでしたのに、話しおわったいまは、いかにも<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうに見えました。そしてひとことも言わずに、横をむいて、わっと泣きだしてしまいました。

「いったいぜんたい、どうしたというのです？」と、アッカはあっけにとられて、たずねました。「わたしがいまお話したことだけでは、ご<ruby><rb>不満</rb><rt>ふまん</rt></ruby>のようですね。」

けれどもニールスは、まいにち心配のいらないことや、おもしろおかしくすごせることや、<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>や、自由や、空高く<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をすることなどが、これからはできなくなることを思って、その<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみのために、泣いたのです。

「ぼくはもう人間なんかになりたくない！」と、ニールスは泣きじゃくりながら言いました。「きみたちといっしょに、ラプランドへいきたいんだ！」

「いいですか、あの小人はとっても<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りっぽいんですよ。」と、アッカは答えました。「だから、いまあの小人の言うとおりにしないと、こんどまたうまく言いくるめることは、なかなかできないでしょうよ。」

もともと、ニールスは変わっていました。いままで、ひとりとして人間をすきになったことはありません。おとうさんもおかあさんも、学校の先生も、学校の友だちも、<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじょ</rt></ruby>の子どもも、だれもすきにはなれませんでした。みんながニールスにさせようと思うことは、仕事でも<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>びでも、なにもかもうんざりするばかりでした。ですから、ニールスが心からしたったり、なつかしく思ったりするような人は、ひとりもなかったのです。

いくらか<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よくしていたものといえば、ガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>のオーサという女の子と、その弟のマッツという子だけでした。このふたりは、ニールスと同じように、ガチョウの番をする<ruby><rb>役目</rb><rt>やくめ</rt></ruby>でした。けれど、このふたりも心からすきだったわけではありません。

「ぼくはもう、人間になんかなりたくない！」と、ニールスは泣き泣き言いました。「きみたちについてラプランドへいきたいんだよ！　だから、ぼく、一週間もおとなしくしていたのさ。」

「あなたが、わたしたちといっしょにいきたいんなら、いっちゃいけないとは言いませんよ。」と、アッカは言いました。「だけど、それよりさきに、ほんとうに<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>へ帰りたくないのかどうか、よく考えてごらんなさい。あとで、<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうかい</rt></ruby>するかもしれませんよ。」

「いや、後悔するなんてことは、ぜったいにないよ。」と、ニールスはきっぱりと言いました。「きみたちのところにいるくらい<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しいことはなかったもの。」

「じゃ、おすきなようになさい。」と、アッカは言いました。

「ありがとう、ありがとう！」と、ニールスは大声で言いました。そして、しみじみ、しあわせを感じて、うれしさのあまり泣いてしまいました。――ついさっき、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみのあまり泣いたように。

  


## ４　グリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>

## <ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>ネズミと<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミ

スコーネ地方の<ruby><rb>東南部</rb><rt>とうなんぶ</rt></ruby>で、海からあまり遠くないところに、グリンミンゲという古いお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>があります。しっかりとした石づくりの大きなお城で、ぐるりの平野の、四、五マイルさきからでもよく見えます。高さといえば四階までしかありませんが、たいへん大きなものなので、同じ<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>の中にあるふつうの<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>は、このお城にくらべれば、まるで子どものおもちゃの家のようです。

この大きな石の<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>は、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>と<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>がたいへん<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>いので、内がわには、ただ厚い壁だけがあるようなありさまです。<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>も<ruby><rb>廊下</rb><rt>ろうか</rt></ruby>もせまくて、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>はほんのわずかしかありません。しかも、壁は、できるだけ<ruby><rb>頑丈</rb><rt>がんじょう</rt></ruby>にというので、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>も上のほうにごくすこししかついていないのです。下のほうには、小さなあかりとりのほか、窓は一つもありません。むかし、<ruby><rb>戦争</rb><rt>せんそう</rt></ruby>のあった時代には、人びとはこういう大きな<ruby><rb>頑丈</rb><rt>がんじょう</rt></ruby>なお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に、喜んで<ruby><rb>閉</rb><rt>と</rt></ruby>じこもっていたものでした。ちょうど、いまのわたしたちが<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さのきびしい冬に、喜んで毛皮にくるまっているのと同じようなものですね。けれども、やがて<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しい平和な時代がやってきますと、こんな古いお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>の、うすぐらい、ひえびえとした石の<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>なんかに、とても住んでいられるものではありません。それで人びとは、もうずっとまえに、この大きなグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>を見すてて、空気と光のさしこむ、気もちのいい<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>に<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>していってしまったのです。

ですから、ニールス・ホルゲルッソンがガンのむれといっしょにやってきたときにも、グリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>には人間はひとりもいませんでした。といっても、住んでいるものがまるっきりなかったわけではありません。夏になれば、コウノトリの<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>がきまってやってきては、屋根の上に大きな<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>をつくって住みました。また、<ruby><rb>屋根裏部屋</rb><rt>やねうらべや</rt></ruby>には二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のフクロウが住んでいましたし、<ruby><rb>廊下</rb><rt>ろうか</rt></ruby>にはコウモリがぶらさがっていました。台所のかまどには、年とったネコが一ぴき住んでいました。それから地下室には、いく百となく黒ネズミのむれが住みついていました。

ネズミというものは、いったいに、ほかの動物たちのあいだでも、あまり<ruby><rb>評判</rb><rt>ひょうばん</rt></ruby>のいいものではありません。しかし、このグリンミンゲ城の黒ネズミだけはべつで、いつもみんなから<ruby><rb>敬</rb><rt>うやま</rt></ruby>われておりました。なぜかといえば、<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>と<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>うときにはとても<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>でしたし、またこの<ruby><rb>種族</rb><rt>しゅぞく</rt></ruby>の上にふりかかってきた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わざわい</span>にもかかわらず、よくがんばりとおしたからです。つまり、この黒ネズミたちは、むかしはたいへん<ruby><rb>数</rb><rt>かず</rt></ruby>も多くて力もあったネズミ族だったのですが、いまではほろびかかっているのでした。じっさい、長い年月のあいだ、黒ネズミたちはスコーネばかりか、国じゅうをじぶんたちのものにしていたのでした。まったく、どこの<ruby><rb>地下室</rb><rt>ちかしつ</rt></ruby>にも、<ruby><rb>天井裏</rb><rt>てんじょううら</rt></ruby>にも、教会にも、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>にも、<ruby><rb>酒造</rb><rt>さけつく</rt></ruby>り<ruby><rb>場</rb><rt>ば</rt></ruby>にも、<ruby><rb>製粉所</rb><rt>せいふんじょ</rt></ruby>にも、そのほか人間の住んでいるところなら、ありとあらゆるところに住んでいたものです。それがいまではすっかり<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>いはらわれて、もう<ruby><rb>全滅</rb><rt>ぜんめつ</rt></ruby>するばかりです。人里離れた二、三の場所に、その姿を見かけることがあるだけです。その中でも、このグリンミンゲ城ぐらいたくさんいるところは、ほかにはどこにもなかったのです。

ある動物の一<ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>が死にたえるのは、たいてい人間にやっつけられるためです。しかし、黒ネズミの場合はそうではありません。もちろん、人間も黒ネズミと<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いましたが、それほどひどくやっつけることはできませんでした。つまり、黒ネズミを<ruby><rb>征服</rb><rt>せいふく</rt></ruby>したのは、同じネズミ<ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>の<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミだったのです。

灰色ネズミというのは、黒ネズミのように、ずっとむかしからこの国に住みついていたものではありません。百年ばかりまえに、リビア人の<ruby><rb>帆船</rb><rt>はんせん</rt></ruby>からマルメーに<ruby><rb>上陸</rb><rt>じょうりく</rt></ruby>した、あわれな<ruby><rb>移住</rb><rt>いじゅう</rt></ruby>ネズミの<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>がその<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>になっているのです。この<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>にたどりついた二ひきの<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしネズミは、橋の下の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くい</span>のあいだを<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎまわっては、水の中にすてられた<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くず</span>をたべて、すき<ruby><rb>腹</rb><rt>ばら</rt></ruby>をふさいでいました。そのときには、もちろん、黒ネズミの<ruby><rb>領分</rb><rt>りょうぶん</rt></ruby>である町の中へはいっていく<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>はありませんでした。

でも、灰色ネズミたちの数がふえてきますと、だんだん<ruby><rb>大胆</rb><rt>だいたん</rt></ruby>になって、町なかまではいってくるようになりました。さいしょは、黒ネズミたちのすてた古い<ruby><rb>空家</rb><rt>あきや</rt></ruby>に、ひっこしました。そして、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どぶ</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごみため</span>からたべものを見つけてきては、黒ネズミたちの見むきもしなかった、きたない<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こぼれ</span>物でがまんしていたものでした。いったい、灰色ネズミというのは、どんな苦しみでもがまんするし、どんなつまらないものにも<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>する、こわいものしらずのネズミだったのです。ですから、二、三年してひじょうに力が強くなりますと、早くも黒ネズミたちをマルメーから追いだしはじめました。まず、<ruby><rb>屋根裏部屋</rb><rt>やねうらべや</rt></ruby>や地下室や<ruby><rb>貯蔵部屋</rb><rt>ちょぞうべや</rt></ruby>をうばい取って、黒ネズミたちをうえ死にさせたり、かみ<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>したりしました。なにしろ、灰色ネズミたちは<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いをちっとも<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れなかったのですから。

マルメーをうばってからは、大小さまざまの<ruby><rb>隊</rb><rt>たい</rt></ruby>にわかれて<ruby><rb>進軍</rb><rt>しんぐん</rt></ruby>し、いよいよこの地方じゅうを<ruby><rb>征服</rb><rt>せいふく</rt></ruby>していったのです。それにしても、灰色ネズミたちがまだあんまりふえないうちに、黒ネズミたちがどうして大きな<ruby><rb>連合軍</rb><rt>れんごうぐん</rt></ruby>をととのえて、灰色ネズミをほろぼしてしまわなかったのか、そのわけはよくわかりません。ともかく、黒ネズミたちは自分の力を信じきっていましたので、自分の<ruby><rb>領土</rb><rt>りょうど</rt></ruby>を失うなんてことは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも考えなかったのです。そして、黒ネズミたちは、のんびりと日をおくっていたのでした。そのあいだに、灰色ネズミたちは<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>から農場へ、村から村へ、町から町へと、ぐんぐん<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しすすんでいったのです。そのため、黒ネズミたちはうえ死にするか、追いだされるかして、すっかりほろびてしまいました。こうして、いまでは、スコーネ地方でもグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>のほかには、どこにも住むところがなくなってしまったようなわけです。

この古い石のお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>は<ruby><rb>城壁</rb><rt>じょうへき</rt></ruby>が<ruby><rb>堅固</rb><rt>けんご</rt></ruby>なうえに、ネズミの通れるような道がほんのわずかしかありません。そのため、黒ネズミたちはここにがんばって、灰色ネズミたちが<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>めこんでくるのをふせぐことができました。<ruby><rb>毎晩</rb><rt>まいばん</rt></ruby><ruby><rb>毎晩</rb><rt>まいばん</rt></ruby>、毎年毎年、攻めるものと守るものとのあいだには、くりかえしくりかえし、<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いがつづけられました。けれども、黒ネズミたちはよく見はって、しかも、死ぬことをすこしも<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>れずに戦いました。ですから、この古いりっぱなお城のおかげで、これまでのところは、いつも<ruby><rb>勝利</rb><rt>しょうり</rt></ruby>をおさめることができました。

さて、ちょっと言っておきますが、黒ネズミたちも、<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いのさかんだったころは、いまの灰色ネズミと同じように、どの動物からもきらわれていたものでした。それもそのはずです。黒ネズミたちは、つながれているかわいそうな<ruby><rb>囚人</rb><rt>しゅうじん</rt></ruby>たちにむかっていって、苦しめたり、死人の<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby>をたべたり、<ruby><rb>貧乏人</rb><rt>びんぼうにん</rt></ruby>の地下室からカブラをぬすんできたり、眠っているガチョウの足をかみきったり、メンドリから、<ruby><rb>卵</rb><rt>たまご</rt></ruby>や生まれたばかりのヒヨコをさらってきたり、そのほかさまざまの<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことをやってのけたのですからね。ところが、不幸にみまわれてからは、そうしたことは、忘れたように、ふっつりとしなくなってしまったのです。あれほど長いこと<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>を苦しめぬいてきたこの黒ネズミ<ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>の最後のかわりかたに、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>かないものはありませんでした。

グリンミンゲ城の近くに住んでいる灰色ネズミたちは、しょっちゅう<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いをしむけては、このお城をのっとる<ruby><rb>機会</rb><rt>きかい</rt></ruby>を、いまかいまかと待っていました。ところで、灰色ネズミたちはこの国のほとんど全部をじぶんたちのものにしているのですから、せめてグリンミンゲ城ぐらいは、わずかな黒ネズミたちのものにしておいてやってもいいように思われます。でも、灰色ネズミたちはそんなことはこれっぱかしも考えてはいませんでした。それどころか、黒ネズミをいつかはほろぼしてしまわなければ、じぶんたちの<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>にかかわるんだ、と口ぐせのように言っていました。けれども、灰色ネズミのことをよく知っている者は、そんなことはうそで、ほんとうは、グリンミンゲ城を人間が<ruby><rb>穀物倉</rb><rt>こくもつぐら</rt></ruby>に使っているものだから、灰色ネズミたちは、ここを手に入れないうちは<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>できないんだ、ということをちゃんと知っていたのでした。

## コウノトリ

ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>の上で眠っていたガンたちは、ある朝早く、空から呼ぶ声に目をさましました。

「コロッ、コロッ、ツルのトリアヌートが、ガンのアッカさまほか、みなみなさまにごあいさつを申しあげます！　<ruby><rb>明日</rb><rt>みょうにち</rt></ruby>、クッラベルイで、ツルの<ruby><rb>大舞踏会</rb><rt>だいぶとうかい</rt></ruby>がございます！」

アッカはすぐに頭をあげて、答えました。

「それはどうもありがとう！　それはどうもありがとう！」

それから、ツルのむれは、むこうへ飛んでいきましたが、ツルが野原や<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>の多い丘の上を飛びながら、「トリアヌートがごあいさつ申しあげます！　<ruby><rb>明日</rb><rt>みょうにち</rt></ruby>、クッラベルイでツルの<ruby><rb>大舞踏会</rb><rt>だいぶとうかい</rt></ruby>がございます！」とさけんでいるのが、ガンたちには、まだしばらくのあいだ聞こえていました。

ガンたちは、この<ruby><rb>招待</rb><rt>しょうたい</rt></ruby>を心から喜びました。そして、白いガチョウにむかって、「きみはしあわせだぜ、ツルの大舞踏会にいけるなんて！」と、言いました。

「ツルの<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りって、そんなにすばらしいのかい？」と、ガチョウはききました。

「きみなんか、とても<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にだってみたことのないようなものさ！」と、ガンたちは答えました。

「さてと、あした、わしたちがクッラベルイにいっているあいだ、オヤユビくんの身になにもまちがいが起こらないようにするには、どうしたらいいだろう。」と、アッカが言いました。

「オヤユビくんひとり残していくわけにはいかない！」と、ガチョウが大声で言いました。「ツルがオヤユビくんに<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りを見せないというんなら、ぼくはオヤユビくんといっしょにここに残る。」

「いままで人間がクッラベルイの動物大会にいくのをゆるされたことがないんだよ。」とアッカは言いました。「そんなわけで、オヤユビくんをいっしょにつれていくことができないのさ。だけど、このことはまたあとでよく相談しよう。それよりも、まず第一に、なにかたべるものを手に入れるようにしなけりゃならない。」

こう言って、アッカは出発の<ruby><rb>合図</rb><rt>あいず</rt></ruby>をしました。この日も、キツネのズルスケのおかげで、ずいぶん遠くまで、たべもののあるところをさがして歩かなければなりませんでした。こうして、みんなは、グリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>のいくらか南にあたる、じめじめした<ruby><rb>草地</rb><rt>くさち</rt></ruby>まで飛んでいきました。

この日一日じゅう、ニールスは小さな池のほとりにすわりこんで、アシ<ruby><rb>笛</rb><rt>ぶえ</rt></ruby>を吹いていました。ツルの<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りを見にいけないと言われたので、すっかりふさぎこんでいたのです。それで、ガチョウやガンたちと口をきく気にはとてもなれなかったのです。

アッカがまだニールスを<ruby><rb>信頼</rb><rt>しんらい</rt></ruby>しきっていないなんて、まったくひどい話ではありませんか。ニールスが人間にもどるのをやめたのも、ガンのむれといっしょに<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をして歩きたいからではありませんか。だから、ガンたちを<ruby><rb>裏切</rb><rt>うらぎ</rt></ruby>るようなことはないだろうということぐらい、とうぜんわかってくれなければこまります。それに、ガンたちといっしょにいたいからこそ、いろんな<ruby><rb>犠牲</rb><rt>ぎせい</rt></ruby>までもはらったのではありませんか。それなら、せめて<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしいものでも見せてやるのが、じぶんたちの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つとめ</span>だということぐらい、わかってくれてもいいはずです。

「ぼくの気もちをすっかり話さなければいけないぞ。」と、ニールスは思いました。そのうちに、だんだん時がたっていきましたが、とうとう思いきって言いだすことができませんでした。ちょっと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へん</span>に思われるかもしれませんが、じつをいうと、ニールスはこの年とったアッカにたいしては、<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>た気もちを持っていました。ですから、アッカの考えに反対することは、なまやさしいことではなかったのです。それは、じぶんでもよく知っていました。

ガンたちがごはんをたべている、このじめじめした草地の一ぽうには、広い<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>がありました。夕方になって、ニールスがアッカと話そうと思って、頭をあげたとき、ふと、この石垣に目がとまりました。と、そのとたん、びっくりして、思わず小さなさけび声をあげました。すると、その声に、ほかのガンたちもみんないっせいに頭をあげて、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いて<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>のほうを見つめました。さいしょ、みんなは、石垣のまるい灰色の石に足がはえて、それが走りだしたのかと思いました。でも、よくよく見ますと、石垣の上をたくさんのネズミが走っているのです。ネズミのむれはかたまって、ものすごい早さで前進しています。しかも、その<ruby><rb>数</rb><rt>かず</rt></ruby>があんまりたくさんなので、しばらくのあいだは石垣をすっかりおおいかくしていたほどでした。

ニールスは、もとの、大きな力の強い人間だったときでさえ、ネズミがこわくてしかたがありませんでした。それがいまはこんなちっぽけな姿で、二ひきか三びきのネズミにも打ち負かされそうなのです。このときのニールスの気もちは、どんなだったでしょう！　ネズミの進軍をながめている間じゅう、ニールスはブルブルふるえていました。

ところが、ふしぎなことに、ガンたちもニールスと同じように、ネズミがだいきらいなようです。だれひとり、ひとことも話しかけませんでした。そして、ネズミたちがいってしまうと、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>から<ruby><rb>泥水</rb><rt>どろみず</rt></ruby>をはらい<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>そうとでもするように、からだをゆすぶりました。

「灰色ネズミがあんなにたくさん<ruby><rb>進軍</rb><rt>しんぐん</rt></ruby>しているのは、」と、ガンのユクシが言いました。「なにかよくないことの<ruby><rb>前兆</rb><rt>ぜんちょう</rt></ruby>だぞ。」

こんどこそ、ニールスはまたとない<ruby><rb>機会</rb><rt>きかい</rt></ruby>だと思って、クッラベルイにいっしょにつれていってくれなければこまる、と、アッカに言おうとしたのでした。ところが、またもやじゃまがはいりました。こんどは、大きな一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の鳥がみんなのあいだにさっと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりてきたのです。

見たところ、この鳥は<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>とくびと<ruby><rb>頭</rb><rt>あたま</rt></ruby>とを、小さな白いガチョウからでも借りてきたようです。けれども、ほかに、大きな黒い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>と、長い赤い足と、太くて長いくちばしを持っています。そのくちばしは頭のわりには大きすぎて、その<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>みのために頭がさがっているので、いかにも<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうな、心配そうなようすに見えます。

アッカはいそいで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をなおして、コウノトリのほうに近づきながら、なんどもおじぎをしました。まだ春になったばかりなのに、このスコーネでコウノトリに会ったことを、アッカはそれほど<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてもいませんでした。それはこういうわけです。つまり、コウノトリのオスは、メスがはるばるバルト海をこえてくるまえに、ひとりでさきに<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んできて、冬のあいだに自分たちの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>がいたまなかったかどうかをしらべる<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>になっているということを、アッカはちゃんと知っていたからです。それにしても、コウノトリがじぶんたちをたずねてきたのは、いったいどうしたわけなんだろうと、ふしぎに思わずにはいられませんでした。だって、コウノトリというものは、同じ<ruby><rb>種族</rb><rt>しゅぞく</rt></ruby>のものとだけつきあうのがすきなのですから。

「エルメンさん、お<ruby><rb>宅</rb><rt>たく</rt></ruby>がどうかしたわけじゃないんでしょう？」と、アッカが言いました。

コウノトリはくちばしを<ruby><rb>開</rb><rt>あ</rt></ruby>ければ、たいてい<ruby><rb>不平</rb><rt>ふへい</rt></ruby>をこぼす、とよく言われていますね。たしかに、これはほんとうのことです。このコウノトリも、ものを言うのがおっくうそうで、おまけに、ひどく<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうにしゃべります。はじめのうちしばらくは、くちばしをカチカチやっていましたが、それから、しゃがれた<ruby><rb>弱々</rb><rt>よわよわ</rt></ruby>しい声で話しだしました。すると、たちまち不平ばかりならべたてます。グリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>の屋根の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きにあった<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>が、冬の<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のためにすっかりメチャメチャになってしまった、もうこのあたりではたべものが見つからない、スコーネの人間どもが、だんだんじぶんのものを取ってしまう、<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>りかえしたり、たがやしたりしてしまう、だから、自分はスコーネから出ていって、もう二どと帰ってこようとは思わない、などと、<ruby><rb>文句</rb><rt>もんく</rt></ruby>ばかり言っています。

コウノトリがこうしてブツブツ言っているあいだ、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>もなければ<ruby><rb>保護</rb><rt>ほご</rt></ruby>してくれる者もないガンのアッカは、思わずこう考えるのでした。〈エルメンさん、もしもわたしがあんたのように、めぐまれた身の上だったとしたら、不平なんかこぼしませんよ。あんたは自由な野の鳥でありながら、人間どもに<ruby><rb>評判</rb><rt>ひょうばん</rt></ruby>がよくて、<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>で打たれたり、<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>から卵をぬすまれたりするような心配はちっともないんですからね。〉けれど、こうは思いましたが、口にだしては言いませんでした。そしてコウノトリには、ただ、「あの家が<ruby><rb>建</rb><rt>た</rt></ruby>ってから長いあいだ、ずっとコウノトリの住んでいた家を<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>ててしまうつもりだなんて、とても信じられませんね。」と、言いました。

コウノトリは、こんどは急にガンたちにむかって、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミのむれがグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>へ<ruby><rb>進軍</rb><rt>しんぐん</rt></ruby>しているのを見ませんでしたか、とききました。アッカが、たしかに、あのぞっとするようなネズミの進軍を見ましたよ、と答えますと、コウノトリは、長年のあいだグリンミンゲ城を守っている、<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>な黒ネズミのことをのこらず話してきかせました。

「でも<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>、グリンミンゲ城は<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミの手におちてしまうでしょう。」と、コウノトリはため息をつきながら言いました。

「どうしてまた今夜なんです？　コウノトリさん。」と、アッカがききました。

「だって、黒ネズミたちはほとんどみんな、ゆうべのうちにクッラベルイへ出かけてしまったんですからね。ほかの動物たちも、みんないそいでいくだろうと思ったわけなんですよ。」と、コウノトリが答えました。「だけど、ごらんのとおり、灰色ネズミは<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>にいたんです。そして、いま<ruby><rb>全員集合</rb><rt>ぜんいんしゅうごう</rt></ruby>して、<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>グリンミンゲ城に<ruby><rb>攻</rb><rt>せ</rt></ruby>めこもうというつもりなんです。つまり、今夜だと、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>を守っているのは、クッラベルイにいかれないような<ruby><rb>老</rb><rt>お</rt></ruby>いぼれの弱いネズミだけですからね。だから、きっと灰色ネズミたちは、目的をはたすでしょうよ。だけどわたしは、長いあいだ黒ネズミたちと<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よく<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしていたものですから、黒ネズミの<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>が<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>しているようなところには住みたくありません。」

これでアッカには、コウノトリがなんのためにやってきたのかが、やっとわかりました。つまり、<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてて、そのことを言いにきたのです。たしかに、コウノトリのやりかたでは、この<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>をふせぐことはとてもできないでしょう。

「エルメンさん、あなたはこのことを黒ネズミたちに知らせてやりましたか？」と、アッカがたずねました。

「いいえ、」と、コウノトリは答えました。「知らせたって、どうせむだですよ。みんなが帰ってくるまでに、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>はとられてしまいますからね。」

「そうとはかぎりませんよ、エルメンさん。」と、アッカは言いました。「わたしはある年よりのガンを知っていますがね、そのひとなら、きっと、こういうひどい<ruby><rb>悪事</rb><rt>あくじ</rt></ruby>を喜んでふせいでくれるでしょうよ。」

アッカがこう言いますと、コウノトリは頭をあげて、じいっとアッカを見つめました。むりもありません。この年とったアッカには、<ruby><rb>武器</rb><rt>ぶき</rt></ruby>になるような<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>もなければ、くちばしもないではありませんか。それに、ひるまの鳥ですから、夜になれば、いやでも眠ってしまいます。ところが、ネズミたちときたら、夜の<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>やみで<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>う動物なのです。

しかしアッカは、もう、黒ネズミを助けようと決心してしまったようです。ユクシを呼んで、ガンたちをヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>につれていくように言いました。けれども、ガンたちが<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>をしませんので、きびしく言いわたしました。

「おまえたちがわたしの言うことをきけば、それが、いちばんみんなのためにいいんだ。わたしはこれからあの大きな石のお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいかなければならない。おまえたちがいっしょについていけば、きっとあのへんの人間に見つかって、打たれてしまうだろう。だから、わたしがいっしょにつれていきたいのは、オヤユビくんだけなんだ。オヤユビくんは目がいいし、夜も起きていられるから、このうえもなく役にたってくれるだろう。」

ニールスは、この日はむしゃくしゃしているので、おとなしく言うことを聞く気にはなれません。アッカが言ったことを耳にしますと、すぐに身を起こして、両手をせなかにまわし、<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>をつんと上にむけて、前に出ました。さてそこで、ネズミとの<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いに力をかすのはごめんだ、だれかほかのものにでも助けてもらうがいい、とアッカに言ってやろうというわけです。

ところが、ニールスがあらわれでた<ruby><rb>瞬間</rb><rt>しゅんかん</rt></ruby>に、コウノトリは動きだしました。そして、コウノトリがよくやるように、頭をさげ、くちばしを首に<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しつけて立ちました。そして、まるで笑うように、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のど</span>の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>をゴロゴロやりはじめました。そして、あっというまに、くちばしをさげて、ニールスをつかんだかと思うと、やにわに、二メートルも空高くほうりあげました。しかも、この<ruby><rb>芸当</rb><rt>げいとう</rt></ruby>を七回もくりかえすのです。ニールスは<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>をあげ、ガンたちはさけびました。

「何をしようっていうんです？　エルメンさん。カエルじゃありませんよ！　人間ですよ！　エルメンさん。」

コウノトリは、やっとニールスをおろしてくれました。べつに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けが</span>はさせませんでした。それから、コウノトリはアッカにむかって言いました。

「さて、わたしはグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>へ帰るとします、アッカおばさん。わたしが出てくるときは、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に住んでるものはみんな心配しきっていました。だけど、ガンのアッカさんとチビ人間のオヤユビくんが助けにきてくれると聞かせてやったら、みんなはさぞかし喜ぶでしょう。」

こう言うと、コウノトリはくびをのばして、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をひろげました。そうして、<ruby><rb>弦</rb><rt>つる</rt></ruby>をはなれた<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>のように、<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。アッカは、コウノトリがじぶんをバカにしているとはよく知っていましたが、そんなことはちっとも気にかけませんでした。アッカは、ニールスがコウノトリに<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りおとされた<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>をさがしているあいだ、待っていました。それから、ニールスをじぶんのせなかにのせて、コウノトリのあとを追っていきました。ニールスはこんどはさからいませんでした。いっしょにいきたくないなどとは、ひとことも言いませんでした。いまはコウノトリにすっかり<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてているので、おとなしくせなかにのっかって、ほっとため息をついただけでした。それにしても、あの長い赤い足のコウノトリのやつは、こんなちっぽけな<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>はまるっきり役にはたたないだろうと、思いこんでいるのです。ニールスは、西ヴェンメンヘーイのニールス・ホルゲルッソンというのがどんな人間であるかを、はっきりと見せてやろうと思いました。

コウノトリに二、三<ruby><rb>秒</rb><rt>びょう</rt></ruby>おくれて、アッカもグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>のコウノトリの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>につきました。見れば、その巣は大きくて、りっぱなものです。車の<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>が<ruby><rb>土台</rb><rt>どだい</rt></ruby>になっていて、その上に枝や<ruby><rb>芝草</rb><rt>しばくさ</rt></ruby>がたくさんおいてあります。けれども、この巣はとても古いので、そこにある草や木には根が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えています。コウノトリのおかあさんが、巣のまんなかの<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>いところにすわって卵をだいているときには、スコーネの美しい<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めをはるかに<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しめるばかりでなく、巣のまわりの野バラやイワレンゲの花もながめることができます。

アッカとニールスは、ひとめで、ここではなにかたいへんなことが起ころうとしているんだということが、すぐわかりました。だって、そうでしょう。コウノトリの巣のふちには、灰色のフクロウが二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>と、灰色のしまのある年とったネコが一ぴきと、<ruby><rb>出</rb><rt>で</rt></ruby>っ<ruby><rb>歯</rb><rt>ぱ</rt></ruby>で、目のショボショボした<ruby><rb>老</rb><rt>お</rt></ruby>いぼれネズミが十二ひきもいっしょにいるのですもの。これは、ふだんなら、とても仲よくしていられる動物たちではありませんからね。

だれひとり、アッカのほうをふりむいて見ようともしなければ、あいさつしようとする者もありません。みんなはただじっとすわって、何もない冬の原の、あちこちに見える灰色の長い線を、ぼんやりと見つめているのです。

黒ネズミたちはみんなだまりこくっていました。なんの望みもなくしているようすが、ありありと見えます。そして、たぶん、じぶんたちの命もこの<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>もあぶないことを知っているのでしょう。二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のフクロウは大きな目をグルグルやりながら、しょっちゅう<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まゆ</span>をピクピク動かしていました。そして、ぞっとするような声で、灰色ネズミの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざんこく</span>なことを話しあっていました。なにしろ、あいつたちは卵やヒナドリまでも<ruby><rb>許</rb><rt>ゆる</rt></ruby>してはおかないということだから、どこかへ、ひっこさなくちゃなるまい、というのです。ネコはネコで、灰色ネズミがそんなにたくさんお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>に押し入ってくれば、きっとじぶんもかみ殺されるだろう、と思いこんでいます。それで、黒ネズミにむかって、ひっきりなしに<ruby><rb>文句</rb><rt>もんく</rt></ruby>を言っています。

「どうしてきみらはそんなにバカなんだい？　きみらの<ruby><rb>勇士</rb><rt>ゆうし</rt></ruby>をよそへやっちゃうなんて！　なんだってまた、灰色ネズミに気をゆるしたんだい？　まったくかんべんならん！」

けれども、十二ひきの黒ネズミは、なんとも言いません。コウノトリもこまりきってはいましたが、ちょいとネコをからかってみたくなりました。

「あんまり心配しなさんなよ、ネコくん！」と、コウノトリは言いました。「きみは、アッカおばさんとオヤユビくんがお城を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>いに来てくれたのを知らないのかい？　きっとうまくやってくれること、まちがいっこなしさ。さて、ぼくは<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るとしよう、ぐっすりとね。あした、目がさめたときには、もうお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>には灰色ネズミは一ぴきもいやしないさ。」

コウノトリが<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>のはしに立って、片足をあげて眠ろうとしたとき、ニールスはコウノトリを<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き落してやってくれと、アッカに目くばせしました。けれども、アッカはすこしも<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っていないようすで、ニールスをなだめて、言いました。

「わたしぐらい年とってるものが、これっぱかしの<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>でまいってたまるもんですか。あんたがたフクロウさんは、<ruby><rb>夜</rb><rt>よ</rt></ruby>どおし起きていられるんですから、ちょっと二つほど用事を<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>まれてくれませんか。そうすれば、なにもかもうまくゆくと思いますがね。」

二羽のフクロウは、すぐに喜んで<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しました。そこで、アッカは、フクロウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だんな</span>さんには、旅に出かけた黒ネズミたちをさがしだして、<ruby><rb>一刻</rb><rt>いっこく</rt></ruby>も早く帰ってくるようにつたえてくれと、たのみました。いっぽう、フクロウのおくさんには、ルンド<ruby><rb>寺院</rb><rt>じいん</rt></ruby>に住んでいるフランメアというフクロウのところへいってもらうことにしました。しかし、この用事はひじょうに<ruby><rb>秘密</rb><rt>ひみつ</rt></ruby>を守らなければならないものでしたから、アッカはフクロウのおくさんの耳もとに、このことをそっとささやきました。

## ネズミつかい

<ruby><rb>真夜中</rb><rt>まよなか</rt></ruby>ごろのことでした。<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミたちは、あちこちさがしまわったすえに、とうとう地下室に通じている<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を見つけたのです。それは<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のかなり上のほうについていました。けれども、ネズミたちは一ぴきずつ上へ上へと<ruby><rb>重</rb><rt>かさ</rt></ruby>なって、そこまでよじのぼりました。やがて、中でもいちばん<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>なネズミが一ぴき、その穴の中にとびこんで、いまにもグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>の中へ<ruby><rb>突入</rb><rt>とつにゅう</rt></ruby>しようとしました。ここでは、むかしから灰色ネズミの<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>たちが、ずいぶん<ruby><rb>討死</rb><rt>うちじ</rt></ruby>にしたものです。

灰色ネズミ軍の<ruby><rb>勇士</rb><rt>ゆうし</rt></ruby>はしばらく穴の中にじっとして、中から<ruby><rb>攻撃</rb><rt>こうげき</rt></ruby>されるのを待ちかまえました。<ruby><rb>防衛軍</rb><rt>ぼうえいぐん</rt></ruby>の主力がいないことはたしかですが、といって、るす<ruby><rb>部隊</rb><rt>ぶたい</rt></ruby>が<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いもしないで<ruby><rb>降参</rb><rt>こうさん</rt></ruby>するとは考えられません。おどる心をおさえながら、勇士はほんのかすかな音も聞きのがすまいと、耳をすましました。しかし、あたりはシーンとしています。そこで、まっさきかける灰色ネズミは、<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>をふるいおこして、ひえびえとした、まっくらな地下室におどりこみました。

この勇士につづいて、灰色ネズミ軍はあとからあとから<ruby><rb>突進</rb><rt>とっしん</rt></ruby>しました。みんなはじっと息をころして、黒ネズミ軍の<ruby><rb>伏兵</rb><rt>ふくへい</rt></ruby>があらわれてくるのを、待ちうけていました。でも、そのうちに、身動きすることもできないほど、いっぱいになってしまいました。そこで、思いきって、またまた前進することにしました。

灰色ネズミたちは、いままでこのお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>の中にはいったことはありませんでしたが、わけなく<ruby><rb>進路</rb><rt>しんろ</rt></ruby>を見つけだしました。黒ネズミたちが一階にいくのに使っていた<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の中の通路を、すぐに発見したのです。しかし、このせまい急な<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>をよじのぼるまえに、またもやあたりに気をくばりました。灰色ネズミたちにとっては、外で<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>うときよりも、こうして黒ネズミたちがどこにかくれているかわからない今のほうが、ずっと<ruby><rb>気味</rb><rt>きみ</rt></ruby>わるく思われました。ですから、ぶじに一階までいけたときには、じぶんたちの<ruby><rb>幸運</rb><rt>こううん</rt></ruby>がまるで信じられないほどでした。

一階に足をふみ入れると同時に、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上に高く<ruby><rb>積</rb><rt>つ</rt></ruby>んであった<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>のにおいが、プーンとにおってきました。けれども、いまはまだこの<ruby><rb>戦利品</rb><rt>せんりひん</rt></ruby>を<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しんでいるときではありません。それよりもまず、用心をしながら、うすぐらい、からっぽの<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>を、つぎからつぎへとしらべてまわりました。古い<ruby><rb>台所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>の床のまんなかにあった<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かまど</span>の上にもとびあがってみました。つぎの部屋では、もうすこしで<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>の中にころげ落ちそうになりました。小さな<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>れ目も、一つ一つしらべてみました。しかし、どこへいっても黒ネズミたちの姿は見えません。

こうして、一階を全部<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>してしまいますと、こんどは二階のばんです。灰色ネズミ軍はまたもや<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の中に、骨をおって<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>な<ruby><rb>進軍</rb><rt>しんぐん</rt></ruby>をつづけました。そのあいだも、<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>がいつあらわれるかと、ビクビクしながら、たえず息をころして待っていました。そして、<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>のすばらしい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">におい</span>にさそわれそうになっても、がまんにがまんをして、<ruby><rb>規則</rb><rt>きそく</rt></ruby>ただしく進軍しました。むかしの兵士たちの部屋や、石づくりのテーブルや、<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>や、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>の深くくぼんだところや、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>などをしらべてまわりました。この床の穴は、むかし攻め入ってきた<ruby><rb>敵兵</rb><rt>てきへい</rt></ruby>の頭に、<ruby><rb>煮立</rb><rt>にた</rt></ruby>ったチャンをかけるのに使ったものでした。

けれども、黒ネズミの姿はどこにも見えません。そこで、灰色ネズミ軍は、ご<ruby><rb>城主</rb><rt>じょうしゅ</rt></ruby>の大きな<ruby><rb>宴会場</rb><rt>えんかいじょう</rt></ruby>のあった三階へと押し進みました。そこは、さむざむとして、がらんとしていました。古い家にはこうした<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>がよくあるものです。灰色ネズミ軍は、こんどはいちばん上の四階に突き進みました。四階は大きな、だだっぴろい<ruby><rb>広間</rb><rt>ひろま</rt></ruby>になっていました。こうして、のこるところなくさがしまわりましたが、灰色ネズミたちが思いもつかず、つい、さがし忘れたところが一つだけありました。それは、<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>の上の大きなコウノトリの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>です。そこでは、ちょうどこのころ、フクロウのおくさんがもどってきて、アッカをゆり起こしていました。そして、フクロウのフランメアがアッカの<ruby><rb>頼</rb><rt>たの</rt></ruby>みをきいてくれて、アッカのほしい物をわたしてくれた、と言いました。

さて、灰色ネズミたちは、お城の中を気がすむまでさがしましたので、すっかり安心しました。黒ネズミたちは手むかいするつもりはなく、みんなどこかへ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてしまったものと思ったのです。そこで、気もはればれとして、いよいよ<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>の山にとびつきました。

ところが、灰色ネズミたちが<ruby><rb>小麦</rb><rt>こむぎ</rt></ruby>を一つぶのみこんだかのみこまないうちに、<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>のほうから、<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>い<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>が、かすかにひびいてきました。と、ネズミたちは頭をあげて、気になるようすで、耳をすましました。そして、まるで穀物のところを<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れようとでもするように、<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>あし三あしチョロチョロと走りだしました。けれど、すぐまたかけもどってきて、小麦のつぶをたべはじめました。

と、またもや<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>が、<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>くしみ入るような<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>でひびいてきました。と、どうでしょう。ふしぎ、ふしぎ、一ぴき、二ひき、いいえ、すべてのネズミが、穀物の山からとびおりると、いちばんの近道をとって、お城の外へ出ようと、いっさんに地下室めがけてかけおりていくではありませんか。それでも、なかには思いとどまるネズミもずいぶんありました。このネズミたちは、あれほど苦労してグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>を<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>したことを思いますと、そうやすやすとお城をすててしまうことができなかったのです。けれど、もう一ど笛の音を耳にしますと、たまらなくなって、みんなのあとを追いかけました。おおいそぎで穀物の山からとびおりて、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>の中のせまい<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を、<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>になって、ころがるようにかけぬけていきました。

見れば、中庭のまんなかに、ちっぽけな<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>が立っていて、<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>を吹いています。そのまわりをたくさんのネズミがとりまいて、笛の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>にうっとりと聞きほれています。チビさんがほんのちょっと<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>を吹くのをやめますと、たちまちネズミたちは、ちびさんにおどりかかって、いまにもかみ<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>しそうになります。でも、すぐまた吹きはじめますと、ネズミたちは、またもや、うっとりとなってしまいます。

こうしてチビさんは、笛の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>で灰色ネズミたちをグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>の中からすっかりさそいだして、こんどはゆっくりと中庭から道路のほうへ歩いていきました。すると、灰色ネズミたちは一ぴきのこらず、そのあとをゾロゾロついていきます。笛の音がネズミたちの耳にあんまり気もちよく美しくひびきますので、思わずしらずついていくのでした。

チビさんはネズミたちの先頭に立って、ヴァルビューへいく道のほうへさそいだしました。まがりくねった道を進み、<ruby><rb>生垣</rb><rt>いけがき</rt></ruby>をぬけ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みぞ</span>を通って歩いていきます。すると、そのあとから、ネズミたちがゾロゾロついていくのです。チビさんは、<ruby><rb>一時</rb><rt>いっとき</rt></ruby>も休まず<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>を吹きつづけています。その笛は、それはそれは小さな動物の<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>でつくってあるようでした。でも、いまでは、こんな小さい角を<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>やしている動物はどこにも見あたりません。それから、この笛はだれがつくったものなのか、知っている者もありません。この笛は、フクロウのフランメアが、ルンド<ruby><rb>寺院</rb><rt>じいん</rt></ruby>の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のくぼんだところで見つけたものでした。フランメアは、それを大ガラスのバタキーに見せました。そして、ふたりは、むかし人間が、ネズミを手なずけるためにつくったものにちがいない、ということにきめてしまいました。ところで、この大ガラスはアッカとは仲よしでした。それでアッカは、フランメアがこういう<ruby><rb>宝物</rb><rt>たからもの</rt></ruby>を持っていることを、まえから大ガラスに聞いていたのでした。

フランメアとバタキーの<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>していたことは、ほんとうでした。たしかに、ネズミたちは、<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>の<ruby><rb>音</rb><rt>ね</rt></ruby>にすっかり心をうばわれてしまいました。ニールスは<ruby><rb>先頭</rb><rt>せんとう</rt></ruby>に立って、お星さまが空に<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いている間じゅう、その笛を吹きつづけました。そして、ネズミたちも、休まずそのあとを追っていきました。夜があけはじめてもニールスは笛を吹いていました。お日さまがのぼるころにも吹いていました。その間じゅう、ネズミたちのむれは、ニールスのあとからついていき、ネズミたちは、グリンミンゲ城の大きな<ruby><rb>穀物部屋</rb><rt>こくもつべや</rt></ruby>から、だんだん遠くへ遠くへと、つれだされていきました。

  


## ５　ツルの<ruby><rb>大舞踏会</rb><rt>だいぶとうかい</rt></ruby>

三月二十九日　水曜日

スコーネには、りっぱなお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>がたくさんそびえたっています。けれども、むかしから名高いクッラベルイの<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>にくらべられるような、すばらしい<ruby><rb>城壁</rb><rt>じょうへき</rt></ruby>を持っているものは一つもありません。

クッラベルイは高い大きな山ではありません。低くて、むしろ長くのびています。広いいただきには、森も<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>もあります。またあちこちには、ヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えているところもあります。ここはとにかく美しくもなければ、人目をひくわけでもありません。見たところは、スコーネのほかの<ruby><rb>高地</rb><rt>こうち</rt></ruby>とまったく同じです。

山の<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>づたいの道をやってきた人は、思わずしらずこう言います。

「この山は、うわさほどじゃないな。これといって見るところもないじゃないか。」

けれども、その道からそれて、山のふちのほうへ歩いていき、そこから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がけ</span>を見おろしますと、<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>のいいところがたくさんあって、すっかり見つくしてしまうのに、どのくらい時間がかかるか、わからないほどです。

なぜかといえば、クッラベルイは、ほかの山のように、まわりを平地や谷にかこまれているのではなく、海の中へぐっと<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きでているのです。山の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すそ</span>には、<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>らい海の波をふせいでくれるような<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>は、これっぱかしもありません。海の波は、<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>にまで押しよせて、それを洗いながし、すきなように形をかえてしまうのです。

こういうわけで、山壁は、海とその友だちの風のために、まったくすばらしい<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをつけてもらっているのです。<ruby><rb>山腹</rb><rt>さんぷく</rt></ruby>には深くほりこまれたけわしい谷があります。たえず風に吹きさらされて、つやのでた黒い岩も見えます。水の<ruby><rb>面</rb><rt>おもて</rt></ruby>からまっすぐに<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きでてる岩の<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>もあちこちにありますし、入口のせまい、暗い<ruby><rb>洞窟</rb><rt>どうくつ</rt></ruby>も見えます。

このような<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がけ</span>や岩には、いちめんに<ruby><rb>雑草</rb><rt>ざっそう</rt></ruby>が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていて、つるや木の枝がまつわりついています。つまり、そこには木も<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えてはいるのですが、風の力がとても強いため、まるでつる草のようになって、やっとこのけわしい<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>にしがみついているのです。カシワの木は横にのびて地面を<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>っています。その葉は、<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>い<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>のように木の上におおいかぶさっています。せの低いブナの木は、大きな葉のテントのように、谷間に立っています。

目の前にひろびろとした青い海がひろがり、頭の上には<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきったあかるい空をいただいている、このすばらしい<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>には、夏の間じゅう、まいにち、見物の人びとがひっきりなしにたずねてきます。また、ここには、まい年、たくさんの動物たちが集まって、<ruby><rb>大運動会</rb><rt>だいうんどうかい</rt></ruby>をひらきます。しかし、この土地がどうしてそんなに動物たちの心をひきつけるのか、ちょっとそれは説明できません。けれども、とにかくこれは大むかしからの<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>なのです。

運動会がおこなわれるときには、シカやウサギやキツネをはじめ、ありとあらゆる<ruby><rb>四足</rb><rt>よつあし</rt></ruby>のケモノが、人間に見つからないように、まえの<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>のうちに、そっとクッラベルイへやってきます。そして、お日さまののぼるまえに、みんなは運動会場へはいります。もっとも、運動会場というのは、道の左手にある、ヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた<ruby><rb>荒地</rb><rt>あれち</rt></ruby>のことです。そこは山のいちばんはずれからそんなに遠くはありません。

運動会場は四方をまるい丘にかこまれています。ですから、人間がぐうぜんここまで<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>いこんでこないかぎり、動物たちはだれにも見つからないのです。それに、三月といえば、まず、ここまではいってくるような人はありません。秋の<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>が吹いていらい、ここ数カ月、岩のあたりを歩きまわったり、<ruby><rb>山腹</rb><rt>さんぷく</rt></ruby>をよじのぼったりする見物人の<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>は、ぱったりと見えなくなっているのです。それにまた、この<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>の<ruby><rb>燈台守</rb><rt>とうだいもり</rt></ruby>や、山の<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>のおばあさんや、お<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんや、その家族の人たちは、いつも歩きなれている道ばかりをいきますから、こんなさびしい<ruby><rb>荒野</rb><rt>あれの</rt></ruby>にまで入りこんでくるようなことはありません。

さて、ケモノたちは会場につきますと、さっそく、まるい丘の上にそれぞれ場所を<ruby><rb>占</rb><rt>し</rt></ruby>めました。同じ種類のものどうしがいっしょにかたまっています。でも、もちろんこういう日には、よく平和が守られていて、どんな動物もほかの動物におそわれる心配はありません。ですから、この日には、小さなウサギがキツネたちのいる丘をぶらついても、長い耳をなくすというようなこともないわけです。それでも、動物たちは同じ<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のものだけで、ひとかたまりになっています。これまた、むかしからの<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>なのです。

みんなは<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>につきますと、鳥たちはどこにいるかと見まわしました。ところで、この日はいつもお天気がいいのです。というのは、ツルは<ruby><rb>天気予報</rb><rt>てんきよほう</rt></ruby>がたいへんじょうずでしたから。もしも雨がふりそうだと思えば、動物たちを呼び集めはしないでしょう。ところが、きょうは空も<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきって、遠くまで見わたせるというのに、鳥の姿はどこにも見えません。まったくおかしなことです。お日さまはもう空高くのぼっています。きっと、鳥たちはもうここへ向かっているのでしょう。

見れば、平野の向こうから、小さな黒い雲がいくつか、ゆっくりと動いてきます。と、その雲の一つが、急にエーレ<ruby><rb>海峡</rb><rt>かいきょう</rt></ruby>の岸にそって、クッラベルイのほうへ向かってきます。雲は運動場のま上まできたとき、とまりました。と、同時に、その雲ぜんたいが、さえずりはじめました。まるで、その雲は、鳴き声でできているようです。高くあがったり低くなったり、そのあいだもひっきりなしに鳴きつづけています。とうとう、その雲ぜんたいが、とつぜん一つの丘におりました。と、みるみるうちに、その丘は、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>のヒバリや、美しい赤みをおびた灰色のウソや、まだらのあるムクドリや、<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>をおびた黄色いヤマガラですっかりいっぱいになってしまいました。

すぐまた、もう一つの雲が平野のむこうからやってきました。それはいろんなところに――<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>や、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>や、町や、<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>や、<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしゃば</rt></ruby>や、<ruby><rb>漁村</rb><rt>ぎょそん</rt></ruby>や、<ruby><rb>精糖工場</rb><rt>せいとうこうじょう</rt></ruby>などの上空にとまりました。そして、とまるたびに、地上からまいあがる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほこり</span>の<ruby><rb>柱</rb><rt>はしら</rt></ruby>のようなものを<ruby><rb>吸</rb><rt>す</rt></ruby>い入れました。こうして、その雲はだんだん大きくなりました。そしてさいごに、すっかりぜんぶをひき入れて、クッラベルイに向かったときには、もうこれは雲ではなくて、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>のようになっていました。しかも、その霧がこの上もなく大きいので、ヘーガネースからメルレまでのあいだの<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>を、その影ですっかりおおいかくしてしまったほどでした。それが運動場の上に来たときには、お日さまも見えなくなってしまいました。そして、お日さまがもう一どぼんやりと見えるようになったのは、一つの丘の上にしばらくのあいだ、スズメの雨がふってからのことでした。

けれども、こういう<ruby><rb>鳥雲</rb><rt>とりぐも</rt></ruby>の中でいちばん大きなのが、いまあらわれてきました。それは、あっちこっちから飛んできて、いっしょになった鳥のむれでできているのです。その雲は、暗い青みをおびた灰色で、お日さまの光も通しません。まるで<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の雲のように、うすきみわるく近づいてきます。そして、ものすごい音や、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいさけび声や、ぞっとするような笑い声や、<ruby><rb>不吉</rb><rt>ふきつ</rt></ruby>な鳴き声にみちみちています。とうとうこの雲が、たくさんのカラス<ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>となって、<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたき、鳴きさけびながら、雨のようにふりそそいできました。それを見て、運動場にいた動物たちは大よろこびでした。

それから、空には雲の形をしたものばかりでなく、いろんな形をしたものもあらわれてきました。東と北東のほうには、まっすぐな点々の線が見えてきました。それはイエーインゲ地方の林に住む鳥でした。エゾヤマドリやエゾマツドリが、二メートルずつあいだをおいて、長い<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>をつくって飛んできたのです。いままた、ファルステルブーの<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>のモークレッペン島のあたりに住んでいる水鳥たちが、三角やら、長い<ruby><rb>曲線</rb><rt>きょくせん</rt></ruby>やら、クサビ<ruby><rb>型</rb><rt>がた</rt></ruby>やら、半円やら、さまざまの妙な形をして飛んできました。

そして、ニールス・ホルゲルッソンが、ガンたちといっしょに<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をしてまわった年にも、動物大会がおこなわれました。このときには、アッカとそのむれとは、みんなよりもおくれて<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>きました。むりもありません。アッカがクッラベルイまでくるのには、スコーネじゅうを飛びこえてこなければならなかったからです。それに、アッカは目をさますと同時に、まずオヤユビくんをさがしに出かけたのです。そのオヤユビくんは、もう何時間も前に出かけていって、<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>を吹きながら、灰色ネズミたちをグリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>からずっと遠くまでさそいだしていたのです。いっぽう、フクロウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だんな</span>さんは、お日さまがのぼればすぐに、黒ネズミたちが帰ってくるという知らせを持って帰ってきました。ですから、もう<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>を吹くのをやめて、灰色ネズミたちがどこへいこうとかってにさせておいても、すこしも<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>はないわけです。

ところが、ニールスが<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミたちの長い<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>を<ruby><rb>従</rb><rt>したが</rt></ruby>えて歩いているところを見つけたのは、アッカではなく、それはコウノトリのエルメンリークくんでした。エルメンリークもニールスをさがしに出かけていたのです。そして、ニールスの姿を見つけると、すばやく<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりて、くちばしでニールスをくわえるが早いか、すぐまた<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。そして、コウノトリの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>につれもどって、ゆうべはほんとに<ruby><rb>失礼</rb><rt>しつれい</rt></ruby>しました、とあやまりました。

こう言われて、ニールスは、とてもうれしくなりました。それから、ニールスとコウノトリは、すっかり<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よしになりました。アッカもニールスに、たいへんやさしくしました。そして、年とった頭をニールスの<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>になんどもなんどもこすりつけて、こまっている者をよく<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けてくれたと言って、ほめました。

でも、ニールスはそんなにほめられたくはありません。それで、「ううん、アッカおばさん。ぼくが黒ネズミたちを助けようとして、灰色ネズミをさそいだしたなんて思っちゃいけませんよ。ぼくはただ、ぼくだって、なにかの役にたつってことを、エルメンリークくんに見せたかっただけなんですよ。」

ニールスがこう言いおわると、アッカはすぐにコウノトリのほうをむいて、オヤユビくんをクッラベルイにいっしょにつれていったらどうだろう、とききました。そして、「オヤユビくんは、わたしたちの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>と同じように<ruby><rb>信頼</rb><rt>しんらい</rt></ruby>できると思いますがね。」と、言いました。

するとコウノトリは、たちどころに、ニールスをいっしょにつれていくように、<ruby><rb>熱心</rb><rt>ねっしん</rt></ruby>にすすめました。

「アッカおばさん、オヤユビくんも、ぜひクッラベルイにつれていってやってください。」と、コウノトリは言いました。「オヤユビくんが、ゆうべぼくたちのために骨をおってくれたお<ruby><rb>礼</rb><rt>れい</rt></ruby>をする、またとない<ruby><rb>機会</rb><rt>きかい</rt></ruby>ですよ。それに、ぼくは、ゆうべオヤユビくんに失礼なことをしたのが<ruby><rb>残念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>でたまりませんから、こんどはひとつ、会場まで、オヤユビくんをせなかにのせていってやりましょう。」

こんなりこうで役にたつものたちからほめられることぐらい、うれしいことは、そうたくさんはないものです。ニールスは、ガンとコウノトリが、こんなふうにじぶんのことを話しているいまほど、うれしいと思ったことは、一どもありませんでした。

こうして、ニールスはコウノトリのせなかにのって、クッラベルイへ向かいました。これはたいへんな<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>であるとは思いましたが、ひどく心配にもなりました。というのは、エルメンリークくんはすばらしい<ruby><rb>飛行家</rb><rt>ひこうか</rt></ruby>で、ガンなどとはくらべものにならないほど、ものすごい早さで<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶからです。アッカはたえず<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきながら、まっすぐに飛んでいくのに、コウノトリはいろんな<ruby><rb>芸当</rb><rt>げいとう</rt></ruby>をやっては<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んでいるのです。ときには、ぐうんと高くあがったかとおもうと、じいっととまって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>も動かさずに空中をただよいます。また、ときには、石みたいに、地上に<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>っこちるかとおもわれるほどの早さで、さっと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおります。そうかとおもうと、つむじ風のように、大きな<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>や小さな輪をえがいて、ゆかいそうにアッカのまわりをグルグルと<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びまわります。ニールスはいままでにこんな飛びかたをしたことがありませんでした。それで、その間じゅうビクビクしていました。けれども、すばらしい飛びかたというものが、いまはじめてわかったような気がしました。

クッラベルイに<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>くまで、一どしか休みませんでした。休んだのは、ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>に来たとき、アッカが<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のものたちに、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ネズミに勝ったと知らせたときでした。それから、みんなはいっしょになって、クッラベルイをさしてまっすぐに飛んでいきました。

やがて、みんなはガンたちの場所にきめられている丘の上におりました。さてそこで、ニールスがあたりの丘を見まわしますと、ある丘にはシカの<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>が見え、またある丘には灰色のアオサギのトサカが見えました。ある丘はキツネで赤くなっており、またある丘は海の鳥で黒く白く、またべつの丘はネズミで灰色になっていました。それから、ある丘には、ひっきりなしに<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きさけんでいる黒いカラスがむらがっていました。またある丘には、じっとしていられないで、空に飛びあがっては、喜びの歌をうたっているヒバリがいっぱいいました。

クッラベルイ大運動会のいつもの<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>として、この日のプログラムは、まずカラスの<ruby><rb>飛行</rb><rt>ひこう</rt></ruby>ダンスからはじまりました。カラスたちは<ruby><rb>二組</rb><rt>ふたくみ</rt></ruby>にわかれて、たがいに両方から飛んでいって、ぶっつかっては、またもどる、そして、それをくりかえす、これがカラスのダンスです。カラスたちはこれをなんどもなんどもくりかえしました。このダンスになれていないものには、すこし<ruby><rb>変化</rb><rt>へんか</rt></ruby>がなさすぎるように思われます。ところが、カラスはじぶんたちのダンスが<ruby><rb>大得意</rb><rt>だいとくい</rt></ruby>です。見ているほかの動物たちは、このダンスが<ruby><rb>終</rb><rt>お</rt></ruby>わったときには、ほっとしました。つまり、このダンスは、冬の強い風が<ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>ひら一ひらの雪をもてあそぶのに<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ていますが、なんとなく<ruby><rb>陰気</rb><rt>いんき</rt></ruby>くさくて、おもしろみがありません。見ているほうがまいってしまいました。それでみんなは、もうすこしゆかいなものを見たいと思いました。

けれど、待つまでもありませんでした。というのは、カラスのダンスが終わると、まもなくウサギたちがピョンピョンととびだしてきたからです。ウサギたちはながながと<ruby><rb>列</rb><rt>れつ</rt></ruby>をつくって出てきました。しかし、とくにきまりがあるわけではありません。一ぴきだけのもあれば、三びき四ひきならんでいるのもあります。みんなあと足で立っていました。そして、とても早く走るので、長い耳がユラユラしました。ウサギたちは走りながら、ぐるぐるまわりをしたり、高く<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねあがったり、前足で、ポンポンとわき<ruby><rb>腹</rb><rt>ばら</rt></ruby>をたたいたりしました。つづけざまにとんぼがえりを打つものもあれば、からだをまるめて、車の<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>のようにころがるものもあります。そうかとおもうと、一本足で立って、グルグルまわるものもあれば、前足で歩くものもあります。こういうふうに、ちっともきまりはありませんが、たいへんおもしろいので、見ているたいていの動物たちは、ハッハッと息をしはじめました。いまはもう春です。やがて、<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びと<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみとにみちあふれるのです。冬はすぎさりました。夏はもう近いのです。まもなく、生きていくのに、ただ<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>んでいるだけでよくなるのです！

ウサギの<ruby><rb>遊戯</rb><rt>ゆうぎ</rt></ruby>が終わりますと、こんどは大きな林の鳥のばんです。赤い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まゆ</span>をした、<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>くばかりに黒い美しい姿のエゾマツドリたちが、運動場のまんなかに立っている大きなカシワの木をめがけて、何百羽も<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びあがりました。いちばん上の枝にとまった一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛をふくらませて、つばさをさげ、尾を持ちあげて、白い中の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>を見せました。それから、首をのばして、太いのどの<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>から<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>い声で、「チェック、チェック、チェック、」と、二、三ど歌いました。それから、目をとじて、「シス、シス、シス、――なんて美しい声なんでしょう！――シス、シス、シス、」と、ささやきました。そして、こう言うと同時に、すっかり<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>になって、何がなんだかわからなくなってしまいました。

いちばん上のエゾマツドリが、シス、シス、シスとやっているあいだに、すぐその下にいる三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>がいっしょになって歌いだしました。そして、みんなが歌いおわらないうちに、こんどは、そのまた下にいる十<ruby><rb>羽</rb><rt>ぱ</rt></ruby>が、声をそろえて歌いはじめました。こうして、枝から枝へとつたわって、とうとう、いく百というエゾマツドリが、チェック、チェック、チェック、シス、シス、シス、と歌いだしました。そして、みんなは歌っているうちに、われを忘れてしまいました。すると、それがほかの動物たちにも、うつっていきました。いままでは、からだの中を<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>が気もちよく<ruby><rb>軽</rb><rt>かる</rt></ruby>くまわっていましたが、いまははげしく<ruby><rb>熱</rb><rt>あつ</rt></ruby>く流れはじめました。「うん、たしかに春だ。」と、動物たちはみんな思いました。「冬の<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さはもうなくなってしまった。春の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>が地上にもえているんだ。」

エゾヤマドリたちは、こうしてエゾマツドリがみごとに<ruby><rb>成功</rb><rt>せいこう</rt></ruby>したのを見ますと、じっとしてはいられなくなりました。ところが、もうとまる木は一本もありません。そこで、エゾヤマドリたちは運動場にバラバラととびだしました。けれども、そこはヒースがたいそう高く<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っているため、エゾヤマドリの美しくまがった<ruby><rb>尾</rb><rt>お</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばね</span>と<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>いくちばしとがつきでて見えるばかりでした。そこでみんなは、「オル、オル、オル、」と歌いはじめました。

こうして、エゾヤマドリがエゾマツドリと<ruby><rb>歌合戦</rb><rt>うたがっせん</rt></ruby>をしているとき、思いがけないことが起こりました。動物たちはみんなエゾマツドリのほうに気をとられていました。そのあいだに、一ぴきのキツネがガンのいる丘にそっと<ruby><rb>忍</rb><rt>しの</rt></ruby>びよったのです。キツネは足音をしのばせて、だれにも気づかれないうちに、丘まで来てしまいました。と、だしぬけに、一羽のガンがキツネの姿を見つけました。そして、キツネがよくない<ruby><rb>目的</rb><rt>もくてき</rt></ruby>でやって来たのを見てとって、たちまち大声でさけびたてました。「ガンの<ruby><rb>諸君</rb><rt>しょくん</rt></ruby>、気をつけたまえ、気をつけたまえ！」とたんに、キツネはそのガンの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のどもと</span>に<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>いつきました。きっと、だまらせようというのでしょう。しかし、そのときにはもう、ガンたちはさけび声を聞きつけて、いっせいに空に飛びあがってしまいました。ガンたちが飛びたったあとを見ますと、キツネのズルスケが死んだガンをくわえて、ガンの丘に立っていました。

しかし、キツネのズルスケは、こうして運動会の日の平和をみだしたのですから、<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>い<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>を受けることになりました。つまり、ズルスケは<ruby><rb>復讐心</rb><rt>ふくしゅうしん</rt></ruby>をおさえることができないで、アッカとそのむれに、こんなふうにして近づこうとしたことを、これから一生のあいだ、<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうかい</rt></ruby>しなければならないのです。

たちまち、ズルスケはキツネのむれに取りかこまれてしまいました。そして、むかしからの<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>に従って<ruby><rb>裁判</rb><rt>さいばん</rt></ruby>をうけました。大運動会の日に平和をみだしたものは、<ruby><rb>追放</rb><rt>ついほう</rt></ruby>されるのです。どのキツネも、<ruby><rb>刑</rb><rt>けい</rt></ruby>を<ruby><rb>軽</rb><rt>かる</rt></ruby>くしてやってくれとは言いません。そこで、だれからの反対もなく、追放の刑が言いわたされました。こうして、ズルスケはスコーネに<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>むことを<ruby><rb>禁</rb><rt>きん</rt></ruby>じられました。<ruby><rb>妻</rb><rt>つま</rt></ruby>や子どもとも<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れて、いままで持っていた<ruby><rb>猟場</rb><rt>りょうば</rt></ruby>や、<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>や、<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れ<ruby><rb>場</rb><rt>ば</rt></ruby>から立ちのくように言われました。いよいよ、よその国で<ruby><rb>幸福</rb><rt>こうふく</rt></ruby>をさがさなければなりません。おまけに、ズルスケがこの地方から追いだされたことが、スコーネじゅうのキツネたちに<ruby><rb>一目</rb><rt>ひとめ</rt></ruby>でわかるように、いちばん年上のキツネが、ズルスケの右の耳の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はし</span>をかみ切ってしまいました。これがすみますと、たちまち若いキツネたちは、<ruby><rb>血</rb><rt>ち</rt></ruby>にくるったようにほえたてて、ズルスケめがけて<ruby><rb>突進</rb><rt>とっしん</rt></ruby>しました。こうなっては、<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げるよりほかありません。わかいキツネたちみんなに追いかけられて、ズルスケは、クッラベルイからいちもくさんに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げていきました。

こんなできごとがもちあがっているあいだも、エゾヤマドリとエゾマツドリは<ruby><rb>歌合戦</rb><rt>うたがっせん</rt></ruby>をつづけていました。みんなはあんまり<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>になって歌っていたものですから、何も耳にもはいらなければ、目にもうつりませんでした。ですから、もちろん、このさわぎのためにじゃまされるようなこともありませんでした。

林の鳥たちの歌合戦が終わりますと、ヘッケベリヤのシカたちが出てきて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すもう</span>を見せるばんになりました。あっちでもこっちでも、一どにいく組もの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すもう</span>がはじまりました。シカたちは、もうれつにぶっつかっては、<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>と角とがからまるほどに、はげしく角を打ちあって、<ruby><rb>相手</rb><rt>あいて</rt></ruby>を<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しもどそうとします。ヒースの<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みは、ひずめにふみにじられました。シカの口からは、ハアハアと<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>のように<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>がはきだされます。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のど</span>の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>では、ものすごいうなり声をあげています。<ruby><rb>汗</rb><rt>あせ</rt></ruby>が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>のようになって、<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>から流れ落ちています。

この<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すもう</span>のうまいシカたちがつかみあっているあいだ、まわりの丘の動物たちは、息をころして見まもっていました。こうして、見ているうちに、みんなの<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の中には新しい気もちがわいてきました。だれもが、<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>にみちて、強くなったように感じ、春のおとずれといっしょに、もう一ど力がわいてきたように感じました。そして、いまはどんな<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>でもやってみようという気になりました。たがいに<ruby><rb>敵意</rb><rt>てきい</rt></ruby>をいだいたわけではありませんが、おもわずしらず、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>があがり、くびの毛が立ち、<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>が<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>くなりました。ですから、もしもヘッケベリヤのシカたちが、もうすこし<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すもう</span>をつづけていたとしたら、丘の上でもはげしい<ruby><rb>争</rb><rt>あらそ</rt></ruby>いがはじまったかもしれません。というのは、みんながみんな、冬のあいだの<ruby><rb>弱々</rb><rt>よわよわ</rt></ruby>しさは<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまって、からだじゅうに力があふれ、元気いっぱいになったことを、見せたくてたまらなくなったからです。

しかし、ちょうどそのとき、シカたちは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すもう</span>をやめました。とたんに、「ツルが来た、ツルが来た！」というささやきが、丘から丘へとつたわっていきました。

見れば、頭に赤毛の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをつけ、つばさに美しい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛のある、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>っぽい<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>をした鳥が、飛んできます。足の長い、首のほっそりとした、頭の小さいその鳥は、いかにも<ruby><rb>優</rb><rt>やさ</rt></ruby>しく丘にすべりおりてきました。そして、なかば飛び、なかば<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りながら、ぐるぐるまわって、進みでてきました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>を<ruby><rb>上品</rb><rt>じょうひん</rt></ruby>にあげて、目にもとまらない早さで動いています。その踊りには、まことにふしぎな、ひとの心をうっとりとさせるようなものがあります。まるで、ひとの目では、はっきりと見ることのできない灰色の<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>が、踊っているのではないかと思われます。その踊りは、人里はなれた<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>の上にただよう<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>から<ruby><rb>教</rb><rt>おそ</rt></ruby>わってきたのではないかと思われます。そこには、この世のものではないふしぎな力が<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>っています。これまでクッラベルイに来たことのないものは、この<ruby><rb>運動会</rb><rt>うんどうかい</rt></ruby>ぜんたいがどうして「ツルの<ruby><rb>舞踏会</rb><rt>ぶとうかい</rt></ruby>」と呼ばれているかが、いまはじめてわかりました。ツルの踊りには、なにか、あらあらしいところがありましたが、それでいて、それがひとの心に呼びおこす気もちは、やさしいあこがれなのです。だれももう<ruby><rb>争</rb><rt>あらそ</rt></ruby>うことは考えなくなりました。いまは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のあるものも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のないものも、みんながみんな、空高く雲の上までのぼって、そこには何があるかを見たいと思いました。自分たちを地上にひきとめておく、この<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>くるしいからだをすてて、遠いむこうの世界へとただよっていきたいと思うのでした。

遠いむこうの世界、いくことのできない、ふしぎな世界へのあこがれを、動物たちがいだくのは、年にただ一どだけでした。しかもそれは、このすばらしいツルの<ruby><rb>踊</rb><rt>おど</rt></ruby>りをながめる、ただこの日一日だけでした。

  


## ６　雨の日に

<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>にでてから、はじめての雨の日でした。ガンたちがヴォンブ湖のあたりにいたあいだは、お天気がよかったのですが、北に向かって旅だった日に、雨がふりだしました。そのため、ニールスはびしょぬれになって、<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さにふるえながら、ガチョウのせなかにのっていました。

朝、みんなが出かけたころには、まだ晴れていて、おだやかなお天気でした。ガンたちは空高く<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがると、アッカを先頭に、規則ただしく、ゆうゆうと、くさび<ruby><rb>型</rb><rt>がた</rt></ruby>になって<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。地上に動物たちを見かけても、からかっているひまはありません。それでも、だまってばかりはいられないので、<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきに<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>をあわせて、いつものように、「きみはどこだい？　ぼくはここだよ！　きみはどこだい？　ぼくはここだよ！」と、さそいかけるように、ひっきりなしにさけんでいました。

みんなはこうさけびつづけていましたが、ときどき鳴くのをやめては、下に見える土地の名まえをガチョウに教えてやりました。こんどの<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>では、リンデレード<ruby><rb>山脈</rb><rt>さんみゃく</rt></ruby>の<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてた<ruby><rb>山肌</rb><rt>やまはだ</rt></ruby>や、オーヴェスホルム<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>や、クリスチャンスタッドの教会の<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>や、ベッカ森の<ruby><rb>王家</rb><rt>おうけ</rt></ruby>の<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>や、オップマンナ湖とヴェー湖のあいだのせまい<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>や、リユース山のけわしい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がけ</span>の上を飛びました。

ほんとうに、あきあきするような旅でした。ですから、<ruby><rb>雨雲</rb><rt>あまぐも</rt></ruby>があらわれてきたときには、ニールスは、かえって変わったことがあっていいだろうと思いました。いままで、下からだけ見たときには、雨雲は<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>でうっとうしいものに思われました。それが、いまこうして雲のあいだに来てみますと、まるでちがったふうに見えました。雲は、ちょうど荷物を山のようにつんで空を走っている、大きな馬車のようです。そして、ある車は、大きな灰色の<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>をつんでいます。ある車は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たる</span>をいっぱいつんでいます。また、ほかの車は、とても大きくて、一つの<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>ぜんたいをのっけることができるくらいです。そうしてまた、ある車は<ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びん</span>をものすごく高くつみあげています。こうして、空をうずめつくすほどのたくさんの馬車が走っていったあとから、だれかがその馬車に向かって<ruby><rb>合図</rb><rt>あいず</rt></ruby>でもしたのでしょうか。みるみる桶や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たる</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びん</span>や袋から、水が地上にザアザアと落ちはじめました。

春の雨がはじめて地上にふってきますと、森や草原にいる小鳥たちは、大よろこびでさえずりはじめました。そしてその声が、空じゅうにひびきわたりましたので、ニールスは、ガチョウのせなかでびっくりして<ruby><rb>跳</rb><rt>は</rt></ruby>ねあがりました。

「ああ、雨がふってきた。雨は、ぼくたちに春をつれてきてくれる。春は、花と青い葉っぱをくれる。花と青い葉っぱは虫をくれる。虫はたべものをくれる。いいたべものがたくさんあるのは、一ばんすてきだ！」と、小鳥たちは歌いました。

ガンたちも、長い冬のあいだ眠っていた、木や草たちの目をさましてやり、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の上の氷に<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>をあける春の雨がうれしかったのです。そこでもう、まじめくさってはいられなくなって、あたりいちめんに楽しいさけび声をあげはじめました。

クリスチャンスタッドのあたりの大きなジャガイモ<ruby><rb>畑</rb><rt>ばたけ</rt></ruby>――まだ<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>ぐろと、<ruby><rb>地肌</rb><rt>じはだ</rt></ruby>を見せていました――の上を飛んだとき、ガンたちはさけびました。

「さあ、目をさまして、働くんだよ！　おまえたちの目をさます春はもう来ているんだよ。おまえたちは、もう、じゅうぶん長いことなまけていたんだから。」

ガンたちは、人間がいそいで<ruby><rb>軒下</rb><rt>のきした</rt></ruby>にかけこむのを見ますと、こう教えてやりました。

「あんたたちはどうしてそんなにあわてているの？　雨は、パンやお<ruby><rb>菓子</rb><rt>かし</rt></ruby>じゃないの。それがわからないの？」

大きなモクモクした雲が、ガンのむれのあとを追っかけて、北のほうへズンズン動いていきます。ガンは、じぶんたちがその雲をひっぱっているのだと思いこんでいるのでしょう。なぜなら、下のほうに大きな<ruby><rb>果樹園</rb><rt>かじゅえん</rt></ruby>が見えたとき、いかにも<ruby><rb>自慢</rb><rt>じまん</rt></ruby>そうにこうさけびました。

「ぼくらはアネモネといっしょに来たよ。バラといっしょに来たよ。リンゴの花といっしょに来たよ。サクラのつぼみといっしょに来たよ。エンドウや、ソラマメや、カブや、タマナの花といっしょに来たよ。ほしい者には、あげよう。ほしい者には、あげよう。」

はじめてのにわか雨がふりしきっているあいだ、ガンたちはこうさけんでいました。あらゆるものがこの雨を<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んでいました。けれども、この雨は、午後のあいだもずっとふりつづいていましたので、ガンたちはいらいらしてきました。そして、ヴェー<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>のまわりの、からからにかわいている森に向かってさけびました。

「きみたちはもっと、ふれっていうのかい？　きみたちはもっと、ふれっていうのかい？」

空はますます<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>になってきました。お日さまはすっかり姿をかくしてしまって、どこにあるのかもわかりません。雨はだんだんひどくなって、ガンたちの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をはげしく打ちます。だんだん、<ruby><rb>油</rb><rt>あぶら</rt></ruby>をぬった外の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛のあいだから、<ruby><rb>皮膚</rb><rt>ひふ</rt></ruby>にまでしみこんできました。地上は<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>につつまれて、湖も山も森もぼんやりかすんでいます。どこを飛んでいるのか、けんとうもつきません。飛ぶ速さも、だんだんおそくなってきました。もう、だれも楽しそうなさけび声をたてようとはしません。ニールスはだんだん寒くなってきました。

でも、空を飛んでいるあいだは、元気がありました。そして、午後おそく、大きな<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>のまんなかに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている小さなマツの木の下におりたときにも、まだ元気をなくしてはいませんでした。おりたところは、いちめんに、ぐしゃぐしゃしていて、つめたく、ある丘は雪をかぶり、またある丘は氷がとけかかった水たまりの中に、はだかで立っていました。ニールスはそのあたりをかけまわって、ツルコケモモや<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>ったコケモモをさがしました。そのうちに、夕方になりました。くらやみがあたりをつつんで、何も見えなくなりました。すると、何もかもが<ruby><rb>妙</rb><rt>みょう</rt></ruby>にきみわるく、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしく見えてきました。ニールスはガチョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下にもぐりこみましたが、寒いのと、からだじゅうがびしょぬれなのとで、眠ることができませんでした。おまけに、あたりにはサラサラ、ガサガサと、だれかがそっと歩くような足音や、おびやかすような声が聞こえますので、恐ろしくてたまりません。もし、このままで、こごえ死にたくなかったら、どこかあたたかい火とあかるい光のあるところへいかなければなりません。

「こんや<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>だけ、人間のところへいったらどうだろう？」と、ニールスは思いました。「そうして、ちょっとのあいだ火のそばにすわらせてもらって、たべものをほんのすこしもらうんだ。そうしたって、お日さまののぼるまえに、ガンたちのところへ帰ってこられるだろう。」

ニールスは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下から<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いだして、<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>にすべりおりました。ガチョウもガンたちも、目をさましませんでした。それから、ニールスは、足音をしのばせて、だれにも気づかれずに、沼地をとおっていきました。

それにしても、ここはいったいどこなのでしょう？　スコーネでしょうか、スモーランドでしょうか、それともブレーキンゲでしょうか。

さっき、<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>におりるまえに、大きな町がチラッと見えました。そこで、ニールスはそっちのほうへ歩いていきました。すると、すぐに道が見つかりました。そして、まもなく、<ruby><rb>並木</rb><rt>なみき</rt></ruby>のある長い村道にでました。その両がわには、<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>がいくつもいくつもならんでいます。

ニールスはある大きな村にでました。高い土地にはよくありますが、平地ではめったに見られない村です。

家々は<ruby><rb>木造</rb><rt>もくぞう</rt></ruby>でしたが、たいへんきれいに建ててありました。たいていの家には<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのついた<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>があり、色ガラスのはまっているヴェランダも見えました。<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>はあかるいペンキでぬってありました。戸や<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>わくは青や緑にかがやいていました。また赤くかがやいているのも見えました。ニールスがそのあたりを歩きまわって、家々をながめていますと、あたたかい<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中から人々の話し声が聞こえてきました。話していることはわかりませんでしたが、人間の声を聞くのは、たまらなくなつかしく思われました。「ぼくが戸をたたいて、中へ入れてくださいと言ったら、みんなはなんて言うだろう？」と、ニールスは考えました。

もちろん、ニールスはそうしようと思ってやってきたのです。こうして、いまあかるい窓を見ていますと、くらやみをこわがる気もちはなくなってしまいました。でも、そのかわり、人間のそばに近づくとき、いつも感じるあのこわいような気もちが、またまた、<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こってくるのでした。「中へ入れてもらって、たべものをくださいって言うまえに、もうすこしこの村を見ておこう。」と、ニールスは思いました。

とある家の前をとおりかかったとき、<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>の戸が開いて、黄色い光が、すきとおった<ruby><rb>軽</rb><rt>かる</rt></ruby>いカーテンをとおして流れでてきました。そして、ひとりの美しい若い女のひとが出てきて、手すりによりかかりました。「雨だわ。もうすぐ春ね。」と、そのひとは言いました。ニールスはそのひとの姿を見たとき、なんともいえないふしぎな気もちになりました。なんだか泣きたいような気がしてきました。じぶんは、人間の世界からすっかり遠くはなれてしまっているのです。ニールスは、いまはじめて心ぼそくなりました。

それからまもなく、ある店の前に来ました。店の前には、赤い<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>まき<ruby><rb>機械</rb><rt>きかい</rt></ruby>がおいてありました。ニールスは立ちどまって、それをながめていましたが、とうとうその上にはいあがりました。<ruby><rb>運転台</rb><rt>うんてんだい</rt></ruby>にすわって、<ruby><rb>舌打</rb><rt>したう</rt></ruby>ちをしながら、それを動かすようなかっこうをしました。そして心の中では、こんなすばらしい機械で<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>がのりまわせたら、すてきなんだがなあ、と思いました。

ニールスは、ちょっとのあいだ、いまのじぶんを忘れていました。けれど、すぐまた思いだして、いそいで機械からとびおりました。そうすると、不安な気もちはますますつのってきました。じっさい、動物のあいだにくらしてみたあとでは、人間というものは、まったくふしぎで、りこうなものでした。

そのうちに、<ruby><rb>郵便局</rb><rt>ゆうびんきょく</rt></ruby>のそばをとおりかかりました。すると、世界じゅうの新しいできごとをまいにち知らせてくれる新聞のことを思いだしました。<ruby><rb>薬屋</rb><rt>くすりや</rt></ruby>さんとお<ruby><rb>医者</rb><rt>いしゃ</rt></ruby>さんの家を見たときには、人間は病気や死と<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>うことができるほど、大きな力を持っていることを思ってみました。それから、教会の前に来ました。すると、人間が、いま住んでいる世界とはちがった世界のことについて、神さまとか<ruby><rb>復活</rb><rt>ふっかつ</rt></ruby>とか<ruby><rb>永遠</rb><rt>えいえん</rt></ruby>のいのちとかいうことについて、<ruby><rb>教</rb><rt>おし</rt></ruby>えを聞くために、こんな教会をたてたのだということを思ってみました。

こうして、先へいけばいくほど、人間がすきになってきました。

子どもというものは、すぐ目の前のことしか考えません。そして、一ばん近くにあるものをほしがって、そのためにどんなことになるか考えもしないのです。このニールス・ホルゲルッソンが<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>のままでいたいと願ったときにも、じぶんが、どんなにたいせつなものを、なくすことになるか、わからなかったのです。でも、いまでは、もとのちゃんとした人間の姿にもどれないのではないかということが、心配で心配でたまらなくなりました。

だけど、人間にもどるのには、いったいどうしたらいいのでしょう？　ニールスはそれを知りたくてたまりませんでした。

ニールスは、ある家の<ruby><rb>段々</rb><rt>だんだん</rt></ruby>に<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いあがって、ふりしきる雨の中に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろして、物思いにふけりました。一時間も、二時間もすわりこんで、考えていました。ひたいに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しわ</span>をよせて。でも、ちっともいい考えは浮かんできません。ただいろんな考えが、頭の中でグルグルまわっているような気がします。そして、そこにすわりこんでいればいるほど、ますます、どうしていいかわからなくなりました。

「ぼくみたいに、すこししか<ruby><rb>勉強</rb><rt>べんきょう</rt></ruby>しなかったものには、むずかしすぎるんだ。」ニールスはとうとう、こうきめました。「とにかく、人間にならなけりゃならない。そのためには、<ruby><rb>牧師</rb><rt>ぼくし</rt></ruby>さんとか、お<ruby><rb>医者</rb><rt>いしゃ</rt></ruby>さんとか、先生とか、そのほか、学問があって、こういうことの<ruby><rb>治</rb><rt>なお</rt></ruby>しかたを知っている人にきかなくちゃだめだ。」

ニールスはすぐにそうしようと決心しました。そして、立ちあがって、ブルッとからだを<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りました。だって、からだじゅう水たまりにはいった犬のように、びしょぬれになっていたのですから。

ちょうどそのとき、大きなフクロウが一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>飛んできて、道ばたの木にとまりました。それを見ると、すぐに、この家の<ruby><rb>蛇腹</rb><rt>じゃばら</rt></ruby>にとまっていた森のフクロウが話しかけました。

「チーヴィット、チーヴィット、<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>フクロウさん、お帰りですか？　外国はいかがでした？」

「ありがとう、森フクロウさん、たいへん<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しかったですよ。」と、沼フクロウは言いました。「ところで、わたしの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">るす</span>ちゅうに、何か変わったことがありましたか？」

「このブレーキンゲでは、なんにもありませんでした、沼フクロウさん。でも、スコーネでは、とってもめずらしいことがあったんですって。ひとりの男の子が、小リスぐらいしかない<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>にされてしまいましてね、それからは、ガチョウにのって、ラプランドへ旅をしにいったという話ですよ。」

「そりゃ、めずらしいニュースですね、ほんとにめずらしいニュースですね。その子はもう人間にはなれないでしょう？　森フクロウさん。ねえ、もう人間にはなれないでしょう？」

「これはほんとうは<ruby><rb>秘密</rb><rt>ひみつ</rt></ruby>なんですがね、沼フクロウさん、でも、あなたのことですから、お話しするんですよ。小人が言うのには、もしその子がガチョウのせわをよくしてやって、ガチョウが、ぶじに帰れれば――――」

「で、それから？　森フクロウさん、そして、それからどうなんです？」

「あたしといっしょに教会の<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>までいらっしゃいな。そしたら、すっかりお話ししてあげますよ。ここだと、下の道でだれか聞いているかもしれませんもの。」

それから、二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のフクロウは<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。でも、ニールスはうれしくなって、<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>を空にほうりあげました。

「ガチョウがぶじに家に帰れるように、ぼくがよくせわをしてやりさえすれば、また人間になれるんだ。ばんざい！　ばんざい！　また人間になれるんだ！」

ニールスは、ばんざい！　ばんざい！　とさけびましたが、ふしぎにも家の中の人たちには聞こえませんでした。ニールスはできるだけいそいで、ぬれた<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>にいるガンのむれのところへもどってゆきました。

  


## ７　三つの<ruby><rb>段々</rb><rt>だんだん</rt></ruby>

つぎの日に、ガンのむれは、スモーランドのアルブー地方をとおって、北へ<ruby><rb>旅行</rb><rt>りょこう</rt></ruby>しようと思いました。そこで、そのまえに、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のユクシとカクシをやって、その地方のようすを見させました。ふたりは帰ってくると、水はすっかり<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>っていて、地面も見わたすかぎり雪でおおわれていると知らせました。

「それじゃ、ここにいるほうがいい。」と、ガンたちは言いました。「水もたべものもないところなんか飛んでゆけやしない。」

「もしここにいるとすれば、<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>も待たなくちゃならないだろうよ。」と、アッカは言いました。「だから、ブレーキンゲをとおって、東へ進むほうがいいと思うね。そうして、メーレ地方をとおってスモーランドへいけるかどうか、見きわめるほうがいいだろう。メーレ地方は海岸近くにあって、早く春になるからね。」

こういうわけで、ニールスはあくる日、ブレーキンゲの上を<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びました。いまはすっかりあかるくなっていましたので、ニールスの気もちもはればれとしていました。そして、ゆうべのことなんか、まるで忘れてしまいました。もちろんいまは、ラプランドへの<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>と、のびのびした<ruby><rb>野外</rb><rt>やがい</rt></ruby>の生活をやめようとは思いませんでした。

ブレーキンゲのあたりには、こい<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>がたちこめていました。そのため、下のようすはすこしもわかりませんでした。「ここはよい<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>なんだろうか？　それとも、よくない土地なんだろうか？」と、ニールスは思いました。そして、学校で<ruby><rb>習</rb><rt>なら</rt></ruby>ったことを、一生けんめい思いだそうとしました。でも、<ruby><rb>勉強</rb><rt>べんきょう</rt></ruby>をちゃんとしたことがないのですから、思いだせるはずがありません。

そのとき、急に、学校が、目の前にありありと見えてきました。ほかの生徒たちは小さなイスに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけて、みんな手をあげています。先生は<ruby><rb>教壇</rb><rt>きょうだん</rt></ruby>にすわって、<ruby><rb>不満</rb><rt>ふまん</rt></ruby>そうな顔をしています。ニールスは地図の前に立って、ブレーキンゲについて先生からきかれたことに答えなければならないのです。でも、ひとことも言うことができません。先生の顔はだんだんくもってきました。先生はほかの学科よりも、<ruby><rb>地理</rb><rt>ちり</rt></ruby>のことをやかましく言うようです。そのとき、先生は<ruby><rb>教壇</rb><rt>きょうだん</rt></ruby>からおりてきて、ニールスの手から<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>を取りあげると、ニールスを<ruby><rb>席</rb><rt>せき</rt></ruby>にかえしました。「こいつはまずいぞ。」と、ニールスは心の中で思いました。

しかし、先生は<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>のそばへ歩みよって、しばらく外をながめていました。そうして、きげんのいいときのいつものくせで、そっと<ruby><rb>口笛</rb><rt>くちぶえ</rt></ruby>を吹きはじめました。それからまた、教壇にもどって、ブレーキンゲについてみんなにすこし話してやりたいことがあると言いました。

そして、先生は話しだしました。それはたいへんおもしろい話でしたので、このときばかりはニールスもよく聞いていました。それで、先生の言ったひとこと、ひとことまでが思いだせるのでした。

「スモーランドは、<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>にエゾマツの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている高い家のようなものです。この家の前には広い<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>があって、それには三つの段々がついています。この階段にあたるところをブレーキンゲと言っているのです。

この階段はたいそうよくできています。それはスモーランド<ruby><rb>家</rb><rt>け</rt></ruby>の前面にそって、八マイルほどのびています。そして、この階段をとおってバルト海までいこうとする人は、四マイルばかり歩かなければなりません。

この階段がつくられたのは、ずいぶん、むかしのことです。そして、スモーランドとバルト海とのあいだに、<ruby><rb>便利</rb><rt>べんり</rt></ruby>な道をひらくため、この階段がたいらに、なめらかにされてからも、長い年月がたっているのです。

階段はこんなに古いのですから、いまではそれが新しかったときのように見えなくても、すこしもふしぎではありません。わたしは、そのころの人たちが、この階段のことにどのくらい気をつかっていたかは知りませんが、とにかくこんなに大きくては、それをきれいにしておくことはできなかったのです。ですから、二年ばかりたちますと、そこにはコケ<ruby><rb>類</rb><rt>るい</rt></ruby>が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えてきました。秋には<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れ<ruby><rb>葉</rb><rt>は</rt></ruby>や枯れ草が落ちかかり、春にはくずれ落ちた石や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じゃり</span>がたまりました。そうして、こういうものがみんなそこにそのままになっていましたから、しまいには階段の上に土がたくさんたまってしまいました。そして、草ばかりでなく、やがては大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">やぶ</span>や木々までも根を<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>やすようになりました。

けれども、それといっしょに、三つの段々のあいだには大きなちがいができてしまいました。スモーランド<ruby><rb>家</rb><rt>け</rt></ruby>のすぐ近くにある、いちばん上の段は、だいぶぶんが、やせた土地で、小石がいちめんにちらばっています。そこに<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>つ木といえば、わずかに、シラカバやカンバやエゾマツぐらいのものです。こういう木は、高い土地の<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さにもたえ、わずかの土地でもがまんできるのです。そこがどんなに<ruby><rb>貧弱</rb><rt>ひんじゃく</rt></ruby>で、やせた土地であるかは、森のあいだに切りひらかれている<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>がごくすくなく、そこに立っている家もひどくちっぽけで、教会と教会とのあいだもずいぶんはなれているのを見れば、よくわかります。

けれど、まんなかの段になりますと、さっきよりは土地もよくなって、寒さもそれほどではなくなります。それは、一ばん上の段よりも、高くて<ruby><rb>質</rb><rt>しつ</rt></ruby>のいい木々が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えているところからも、すぐにわかります。そこには、カエデや、カシワや、ボダイジュや、シダレカバや、ハシバミなどが<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えています。しかし、<ruby><rb>針葉樹</rb><rt>しんようじゅ</rt></ruby>はありません。さらに<ruby><rb>畑地</rb><rt>はたち</rt></ruby>がたくさんあるのと、大きな美しい家々がたっているのが目につきます。それから、ここには教会もたくさんありますし、そのまわりには大きな村もあります。どこから見ても、いちばん上の段よりは、美しくていいようです。

でも、なんといっても、いちばんいいのは、いちばん下の段です。そこは、ゆたかなよい土地にめぐまれていて、海につづいているところなどでは、スモーランドほど寒くはありません。ここにはブナの木や、クリの木や、クルミの木が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えています。しかも、教会の屋根よりも高くおい<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っているのです。それから、たいへん大きな<ruby><rb>穀物畑</rb><rt>こくもつばたけ</rt></ruby>も見られます。けれども、人々はただ畑をたがやしたり、<ruby><rb>材木</rb><rt>ざいもく</rt></ruby>を売ったりして<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしているばかりでなく、<ruby><rb>漁業</rb><rt>ぎょぎょう</rt></ruby>や<ruby><rb>商業</rb><rt>しょうぎょう</rt></ruby>や、<ruby><rb>海運業</rb><rt>かいうんぎょう</rt></ruby>もやっています。ですから、ここには、すばらしい<ruby><rb>邸</rb><rt>やしき</rt></ruby>や、りっぱな教会もあります。そして、大きな村や町も見うけられます。

しかし、三つの段々についての話は、これでおしまいになったのではありません。というのは、この大きなスモーランド<ruby><rb>家</rb><rt>け</rt></ruby>の屋根に雨がふったり、そこにつもっている雪がとけたりするようなときには、水はどこかへ流れてゆかねばならないということも、考えてみなければならないからです。そういうときには、もちろん、たくさんの水がこの階段の上に流れおちたわけです。さいしょは、たぶん、階段じゅうを流れていたものでしょう。そのうちに、そこに<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>れ目ができました。そうして、だんだんにうまく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みぞ</span>をつくって、その中を流れるようになりました。そして、水はなんといってもやっぱり水です。いっときも休んではおりません。あるところでは<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>って、消えてゆきますし、また、あるところではもっとたくさんにふえます。やがて<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">みぞ</span>は谷になって、谷の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>には土がいっぱいかぶさります。それから、そこには、小さい木や、つる草や木々が<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えてきて、やがてそれがこんもりと茂って、ついには下を流れる水の流れをかくすばかりになってしまいます。けれども、流れが段と段との間のところにきますと、とうとうと流れ落ちます。そのため、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>立つ<ruby><rb>激流</rb><rt>げきりゅう</rt></ruby>になるので、水車やいろんな<ruby><rb>機械</rb><rt>きかい</rt></ruby>を動かす力をもつようになるのです。こうして、水車小屋や工場はどの<ruby><rb>滝</rb><rt>たき</rt></ruby>のまわりにもつくられたのです。

けれども、三つの段々のある土地の話は、これですっかり<ruby><rb>終</rb><rt>お</rt></ruby>わったわけではありません。もう一つ言っておきたいことがあります。むかし、この大きなスモーランド<ruby><rb>家</rb><rt>け</rt></ruby>には、年とったひとりの<ruby><rb>巨人</rb><rt>きょじん</rt></ruby>が住んでいました。巨人はたいそう年をとっていたので、わざわざ高い階段をおりて、海までサケをとりにいかなければならないのが、ひどくめんどうでした。それで、じぶんの住んでいるところまで、サケがのぼってきてくれれば、たいへんありがたいと思いました。

そこで、その大きな家の屋根にのぼって、大きな石をバルト海めがけていくつも投げました。力いっぱい投げましたので、石はぐんぐん飛んで、ブレーキンゲをこえて、海の中へ<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>っこちました。サケのほうでは、石が落ちてきたのにびっくりして、海からとびだし、ブレーキンゲのほうへ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げていきました。そして、急流をさかのぼり、<ruby><rb>滝</rb><rt>たき</rt></ruby>をとびこえて、ひと休みもせずに、年とった<ruby><rb>巨人</rb><rt>きょじん</rt></ruby>のいるスモーランドまでのぼっていきました。

この話がみんなほんとうだということは、ブレーキンゲの海岸にそって見えるたくさんの島や大きな岩を見れば、よくわかります。その島や岩は、巨人が投げたたくさんの大きな石にまちがいないのですからね。

それにまた、じっさい、サケは、たえずブレーキンゲの流れをさかのぼり、滝をとびこえ、静かな流れを泳いで、スモーランドまでやってくるのです。

ですから、この<ruby><rb>巨人</rb><rt>きょじん</rt></ruby>は、ブレーキンゲの人たちから大いに<ruby><rb>感謝</rb><rt>かんしゃ</rt></ruby>され、<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>されてもいいわけです。なぜなら、この流れでサケをとり、島々から石を切りだすことが、むかしからいままで、ずっと、この地方の人々が生きるためのしごとになっているのですから。

  


## ８　ロンネビュー川

四月一日　土曜日

キツネのズルスケにしてもガンたちにしても、おたがいにスコーネをはなれてから、また出会うことがあろうとは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも思っていませんでした。ところが、ガンたちがブレーキンゲに向かって飛んでいきますと、ぐうぜん、ズルスケもそこへいっていました。

いままで、ズルスケはこの地方の北部にいましたが、りっぱな<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>も、うまい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>のいっぱいいる<ruby><rb>猟場</rb><rt>りょうば</rt></ruby>も見つからないので、すっかり、きげんをわるくしていました。

ある日の午後、ズルスケがロンネビュー川からあまり遠くない、さびしい森の中をうろついていますと、ガンのむれが空を飛んでいるのが見えました。見ると、中に一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>白いのがまじっています。ズルスケは、ハハア、あいつたちだな、と思いました。

そこで、ズルスケはすぐさまガン<ruby><rb>狩</rb><rt>が</rt></ruby>りをはじめました。うまいごちそうにありつけるという<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみもありますが、もう一つには、いままでさんざんやっつけられたその<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みをはらそうというのです。見ていると、ガンたちは東に向かって、ロンネビュー川のほうへ飛んできました。そして、そこでむきをかえて、川にそって南のほうへ飛んでいきました。ガンたちは川岸に<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>をさがしているのです。このようすだと、わけなく二、三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>ぐらいつかまえられるでしょう。

ズルスケは、やっとガンたちのいるところをさがしあてましたが、そこは安全この上もない場所で、とうてい近よることができません。

ロンネビュー川は大きな流れではありませんが、<ruby><rb>川岸</rb><rt>かわぎし</rt></ruby>が美しいことで有名です。ときには、水の中からまっすぐに<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>き立っている、けわしい<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>のあいだをはげしく流れていきます。そのあたりには、スイカズラや、サンザシや、ハンノキや、ナナカマドや、ヤナギがいちめんに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えています。美しい夏の日に、この小さなうすぐらい川に船を浮べて、ごつごつした<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>にすがりついている<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>をながめるのは、まことに気もちのよいものです。

けれども、ガンやズルスケがこの川のところにやってきたときは、まだうすら<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>い風の吹く、春の早いころでした。木という木はみんな、はだかでした。ですから、おそらくいまでは、この川岸が美しいだろうかどうだろう、などと思って見る人はないでしょう。

ガンたちは、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>よく、けわしい<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>の下に、みんながいられるくらいの<ruby><rb>砂地</rb><rt>すなじ</rt></ruby>を見つけました。前には川がゴウゴウと流れています。雪がとけるいまごろは、水がふえて、すさまじい<ruby><rb>勢</rb><rt>いきお</rt></ruby>いで流れているのです。うしろには、とてもとおることのできない<ruby><rb>岸壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>があって、その上には木の枝がおおいかぶさっています。これ以上のかくれ場所はありません。

ガンたちはすぐに寝つきましたが、ニールスはちっとも眠ることができません。お日さまが沈みますと、くらやみと<ruby><rb>荒地</rb><rt>あれち</rt></ruby>のおそろしさにたまらなくなって、人間がこいしくなってきました。ニールスはガチョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下にもぐりこんでいるのですから、何ひとつ見えません。ただ、物音がすこし聞こえるばかりです。これでは、ガチョウの身になにか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">わざわい</span>がふりかかっても、とうてい助けてやれそうもありません。ガサガサいう音が、あっちからもこっちからも聞こえてきます。ニールスはすっかりきみわるくなって、とうとう<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下から<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いだしました。そして、ガチョウのそばにすわりました。

ズルスケは山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きに立って、ガンたちを見おろしました。

「いまのうちに、<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>いかけるのはあきらめたほうがいいかな。」と、ズルスケはひとりごとを言いました。「おれには、あんなけわしい山をおりることもできないし、あんなはげしい流れを泳ぐこともできない。それに、山の下には、ガンのねているところへいけそうな道はありゃしない。まったく、りこうなやつらだ。骨おって、追っかけるのは、もうやめだ。」

けれども、ズルスケも、ほかのキツネと同じことで、一どやろうと考えた事を、とちゅうであきらめることはなかなかできませんでした。そこで、山のはずれにすわりこんで、ガンからいっときも目をはなしませんでした。こうして、ガンを見はっていますと、いままでガンたちから、さんざんひどい目にあわされたことが思いだされてくるのでした。そうだ、おれがスコーネを追われて、こんなブレーキンゲに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてこなければならなくなったのも、あいつらのおかげだ。なにしろ、いままで、<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>もガチョウも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>のいっぱいいる<ruby><rb>猟場</rb><rt>りょうば</rt></ruby>も、何一つ見つからないんだからなあ。このおれがあいつらの<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby>を食うことができないんなら、せめてあいつらがくたばってしまえばいい。キツネはこう思うほど、むちゅうになってきました。

ズルスケの<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りがここまで高まったとき、すぐそばの大きなマツの木でキイキイいう声がしました。見れば、一ぴきのリスが、テンに<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>いまくられて、木からとびおりてきたのです。リスもテンも、キツネのいるのには気がつきませんでした。キツネはじっとして、木のあいだでおこなわれているこの<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りを<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>していました。リスは、まるで<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶように、かるがると枝から枝へにげまわっています。テンのほうは、リスほど木のぼりがじょうずではありませんが、それでも、森の道を歩くときのように、枝をのぼったりおりたりしています。

「あいつらの半分ぐらいでも木のぼりができさえしたら、」と、キツネは思いました。「あそこのやつらを<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>かしちゃおかないんだがなあ！」

まもなく<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りがおわって、リスがつかまえられますと、ズルスケはさっそくテンのところへ歩いていきました。けれども、テンの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>をとるつもりはないというしるしに、<ruby><rb>二足</rb><rt>ふたあし</rt></ruby>ばかりあいだをおいて立ちどまりました。そして、いかにもしたしそうにテンにおじぎをして、みごとな<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>まえをほめました。それから、キツネりゅうに、うまいことばをならべたてました。ところがテンは、ほとんど返事もしません。ほっそりとしたからだ、美しい頭、やわらかな<ruby><rb>毛並</rb><rt>けなみ</rt></ruby>、うす茶色のくびすじのしま、見たところでは、まるでかわいらしい美人のようですが、これでいて、じつは、ものすごい森の生き物なのです。

「あなたほどの<ruby><rb>狩人</rb><rt>かりゅうど</rt></ruby>が、リスなんかをつかまえて<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>していらっしゃるなんて、まことにおどろきいりましたな。」と、ズルスケはつづけて言いました。「すぐ近くに、ずっといい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>がいるというのに。」ここでちょっとことばをきって、返事を待ちました。しかし、テンはひとことも言わずに、ずうずうしくニヤッと笑っただけでした。そこで、ズルスケはつづけて言いました。「あなたがあそこの<ruby><rb>岸壁</rb><rt>がんぺき</rt></ruby>の下にいるガンどもをごらんにならないなんてはずがあるでしょうかねえ？　それとも、あなたはあそこまでおりていらっしゃれないんですかい？」

こんどは、答えを待つまでもありませんでした。テンはせなかをまるくし、毛をさかだてて、ズルスケにおどりかかりました。

「ナニッ、ガンを見たって？」と、テンはうなって言いました。「そいつらは、どこにいるんだ？　さっさと言え。さもないと、きさまののどくびを<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>いきるぞ。」

「オイ、オイ、おれがおまえの二<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>もあるってことをわすれるなよ。ちっとていねいにたのむぜ。おれはおまえに何もたのんじゃいないんだからな。ただガンを見せてやっただけのことよ。」と、たちまち、テンは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がけ</span>をおりはじめました。

ズルスケはそこにすわりこんで、テンがヘビのようにからだをくねらせて、枝から枝へと渡っていくのを見ていました。そして、こんなことを思っていました。「あの美しい木のぼりじょうずの<ruby><rb>狩人</rb><rt>かりゅうど</rt></ruby>くらい、ひどい、やつはない。きっと、もうすぐガンのやつらをやっつけるだろう。」

そして、ガンたちの死にぎわのさけび声がいまにも聞こえるかと待っていました。ところがどうでしょう。テンが川の中へころげ落ちて、しぶきがさっと高くあがったではありませんか。そしてすぐに、強い<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきの音が聞こえて、ガンがみんな大いそぎで飛びあがりました。

ズルスケは、すぐにガンのあとを追いかけようとしましたが、どうしてガンが<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かったのか知りたくなりました。それで、テンがあがってくるまで、そのまま待っていました。見れば、あわれにもテンはびしょぬれです。そして、ときどき立ちどまっては、前足で頭をこすっています。

「オイ、ばかやろう、どうせ川にでも落っこちるだろうと思ってたぜ。」キツネは<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>で笑いながら言いました。

「おれは、ばかじゃないぞ。へんなことを言うな。」と、テンは言いかえしました。「おれは、あのいちばん下の枝にすわって、どうやってガンのやつらを<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>してくれようかと考えていたんだ。すると、リスぐらいの大きさしかないちっぽけな<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>が、急に<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びだしてきて、力いっぱいおれの頭に石をぶっつけたんだ。それで、おれは水の中にころげ落ちて、<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いだすひまもないうちに――――」

テンはこれ以上言う<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はありませんでした。もう聞きてが、いないのです。ズルスケはガンのあとを追って、もうそのときには、ずっとむこうへいっていたのでした。

いっぽう、アッカは、新しい<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>をさがしに南へ飛んでいきました。まだうすあかるいし、それに、<ruby><rb>半月</rb><rt>はんげつ</rt></ruby>が空高くかかっていましたので、すこしはものを見ることができました。さいわい、アッカはこのあたりのことをよく知っていました。というのは、春にバルト海を<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びこえてくるとき、風のためにこのブレーキンゲまで吹き流されてきたこともたびたびあったからです。

アッカは、お月さまの光に<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らされている山々のあいだを、黒くきらめくヘビのようにうねっている川にそって、<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。こうして、ユパフォルスまできました。そこでは川が地下の<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>にもぐって、それから、ガラスでできているのかと思われるほど、清らかな<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきった流れとなります。そして、せまい<ruby><rb>谷間</rb><rt>たにま</rt></ruby>に落ちこみ、<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>の岩にあたって、しぶきをあげて飛びちっています。<ruby><rb>滝</rb><rt>たき</rt></ruby>の下の、水がものすごく<ruby><rb>渦</rb><rt>うず</rt></ruby>を<ruby><rb>巻</rb><rt>ま</rt></ruby>いて<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>をたてているところに、岩が二つ三つ<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きでています。アッカはここに<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。ここもすてきな休み場所です。ことに、こんなにおそくなっては、だれもくる人はありません。でも、<ruby><rb>夕方</rb><rt>ゆうがた</rt></ruby>だったら、ガンたちはここにとまることはできなかったでしょう。なぜって、ユパフォルスは<ruby><rb>荒地</rb><rt>あれち</rt></ruby>にあるのではありませんから。かたほうの岸には大きな<ruby><rb>製紙工場</rb><rt>せいしこうじょう</rt></ruby>があり、木々のおい<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った、けわしいもうかたほうの岸には、ユパダール公園があります。ひるまだと、この公園のつるつるしたけわしい<ruby><rb>小路</rb><rt>こみち</rt></ruby>を、大ぜいの人たちが、しょっちゅう<ruby><rb>散歩</rb><rt>さんぽ</rt></ruby>しては、谷間を流れるはげしい流れをながめるのです。

ここも、さっきの場所と同じことでした。ガンたちは、美しい有名な場所に来たなどとはすこしも考えませんでした。それどころか、はげしく<ruby><rb>渦</rb><rt>うず</rt></ruby>をまいている流れのまんなかの、すべりやすい、ぬれた岩の上に立って<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るのは、きみわるくておそろしいことだと思っていたのでした。水のためにいつ<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>し流されるかわかりません。でも、ケモノたちにおそわれたくなければ、ここでがまんしなければなりません。

ガンたちはすぐに<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>つきましたが、ニールスはどうしても<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>ることができません。そこで、みんなのそばにすわって、ガチョウの<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をすることにしました。

しばらくすると、ズルスケが川岸をかけてきました。そしてすぐに、あわ立つ<ruby><rb>急流</rb><rt>きゅうりゅう</rt></ruby>のまんなかの岩の上に、ガンたちが立っているのを見つけました。これでは、こんどもまた近づくことができないのです。でも、どうしてもあきらめることができません。それで、そのまま岸にすわりこんで、じっとガンたちをながめていました。ズルスケはひどくなさけなくなりました。<ruby><rb>狩人</rb><rt>かりゅうど</rt></ruby>としての名声が、すっかりだめになってしまったような気がしました。

とつぜん、一ぴきのカワウソが<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をくわえて川から<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いだしてきました。ズルスケはカワウソのほうへ近づいていきましたが、その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>をとるつもりはないということを見せるために、<ruby><rb>二足</rb><rt>ふたあし</rt></ruby>ばかりはなれて立ちどまりました。

「あの岩にガンがいっぱいいるっていうのに、魚をつかまえてうれしがっているなんて、きみは、まったくりこう者だよ。」と、ズルスケは言いました。けれども、このときは気がいらいらしていましたから、いつものように、うまいことばを考えるひまがありませんでした。

カワウソは、川のほうをふりむきもしません。「ぼくたちは、はじめて出会ったんじゃないぜ、ズルくん。」と、カワウソは言いました。このカワウソも、ほかのカワウソと同じように<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしもので、ヴォンブ<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>でもたびたび魚をとっていたのでした。そこで、ズルスケとも出会ったことがあるのです。「きみがぼくからマスをだましてとろうとしたとのきことを、ぼくは忘れちゃいないぜ。」

「ああ、きみかい、<ruby><rb>欲</rb><rt>よく</rt></ruby>ばりくん。」

このカワウソが<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎの名人であるとわかりますと、ズルスケはよろこんで言いました。

「じゃあ、きみがガンに目もくれないのも、ふしぎはないな。きみにはあそこまでいけやしないんだからねえ。」

けれども、カワウソとしては、足の指のあいだに水かきをもっているばかりか、カイのようにすばらしい、かたいしっぽと、水のとおらない<ruby><rb>皮膚</rb><rt>ひふ</rt></ruby>をもっているのですから、あの<ruby><rb>渦</rb><rt>うず</rt></ruby>まいている流れをわたることができないと言われては、だまっているわけにはいきません。流れのほうをふりむいて、ガンの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を一目見るなり、魚をほうり投げ、けわしい岸からとびおりて、流れの中へおどりこみました。

いまは春もだいぶ深まっていましたから、ナイチンゲールたちも、きっと、ユパダール公園にもどっていたことでしょう。そうとすれば、この<ruby><rb>欲</rb><rt>よく</rt></ruby>ばりくんと急流との<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>いを、いく<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>もいく晩も、うたいつづけることでしょう。

むりもありません。カワウソはいくども水に<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しもどされたり、深みへ引きずりこまれたりしましたが、一生けんめい<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かびあがっては、大きな岩をめがけて泳いでいきました。とうとう、岩のうしろの<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かな水のところに泳ぎつきました。そして、そっと岩に<ruby><rb>這</rb><rt>は</rt></ruby>いあがって、だんだんガンたちに近づいていきました。まったく、あぶないしごとです。たしかに、これでは、ナイチンゲールにうたわれるだけのねうちがありましょう。

ズルスケは、一生けんめいカワウソの姿を見まもっていました。カワウソはだんだんガンたちに近づいていって、いまにもガンの上におどりかかろうとしています。と、そのとたんに、とつぜんカワウソがものすごいさけび声をあげました。と、思うまもなく、カワウソは水の中にころげ落ちて、めくらの小ネコのように押し流されました。すると、すぐそのあとから、ガンたちがはげしく<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたいて、いっせいに空に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがり、ふたたび<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>をさがして飛んでいきました。

まもなく、カワウソは岸にあがってきました。けれど、ひとことも口をきかないで、かたほうの前足をなめはじめました。しかし、ズルスケが、このしくじりをバカにして笑いますと、<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>ってどなりつけました。

「おれの<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎかたがへただったせいじゃないぞ、ズルスケ。おれはガンのところまでいって、もうすこしでガンにとびかかろうとしたんだ。ところがそのとき、ちっぽけな<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>がとびだしてきて、とがった<ruby><rb>鉄</rb><rt>てつ</rt></ruby>みたいなもので、おれの足をつきさしやがった。あんまり<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>かったんで、おもわず足をすべらして、川の中へ落っこっちまったんだ。」

カワウソはそれ以上言う<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はありませんでした。ズルスケはガンのあとを追っかけて、もうずっと遠くへいってしまっていたのでした。

こうして、またもや、アッカとガンたちは夜の<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をしなければならなくなりました。さいわい、お月さまが出ていましたから、その光のおかげで、このあたりにまえから知っている<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>をさがすことができました。キラキラ光っている川にそって、ふたたび南のほうへ飛んでいきました。ユパダールの<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>の上や、ロンネビュー町のくらい<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>の上や、白い<ruby><rb>滝</rb><rt>たき</rt></ruby>の上をこえて、すこしも休まずに、ぐんぐん<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。ところで、この町からすこし南のほうにあたって、海からあまり遠くないところに、ロンネビューの<ruby><rb>温泉場</rb><rt>おんせんば</rt></ruby>があります。そこには温泉や<ruby><rb>温泉宿</rb><rt>おんせんやど</rt></ruby>や春のお客のためのホテルや<ruby><rb>別荘</rb><rt>べっそう</rt></ruby>などもあります。こうしたすべてのものが、冬の間じゅう、だれもいないために、ほったらかされています。このことを、どの鳥もよく知っていて、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の吹きすさぶ<ruby><rb>季節</rb><rt>きせつ</rt></ruby>には、たくさんの鳥がこの大きな家々の<ruby><rb>縁</rb><rt>えん</rt></ruby>がわや<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>をかくれ<ruby><rb>場</rb><rt>ば</rt></ruby>にするのでした。

ガンたちは、ここの、ある露台におりました。そして、いつものように、すぐに眠りました。けれども、ニールスは、こんやはもうガチョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下にもぐりこむ気にはなれませんでした。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下にはいってしまったら、何も見えなくなって、ただ物音がかすかに聞こえるだけになってしまいます。それでは、とうていガチョウを守ってやることができません。いまのニールスにとっては、じぶんのことよりも、ガチョウのことを考えてやるのがいちばん、だいじなのです。

ニールスのいる<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>は、南にむいていましたから、海がよく見えました。ニールスは<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>れませんでしたので、このブレーキンゲで、海と陸とがいっしょになってつくりだしている美しい景色をながめていました。

いったい、海と<ruby><rb>陸</rb><rt>りく</rt></ruby>とは、いろいろな出会いかたをするものです。

まず海のほうから考えてみましょう。海は何ひとつなく、はてしなくひろがっています。そして、くりかえしくりかえし<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の波をうねらせています。陸のほうへ近づくときには、小さな島に出会います。すると、すぐにその上に水を打ちつけて、あらゆる<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>をひきむしり、じぶんと同じように、<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>に灰色にしてしまいます。どの島も、まるで<ruby><rb>強盗</rb><rt>ごうとう</rt></ruby>の手にかかったように、裸にされ、はぎとられてしまいます。ところが、だんだんすすむうちに、小さな島がたくさんになってきます。陸がじぶんのかわいい子どもたちをよこして、海の心をなだめようとしているのがよくわかります。それで、海も、進むにつれて、だんだんやさしくなってきます。波もさっきまでのように高くはなくなり、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>もしずまります。<ruby><rb>割</rb><rt>わ</rt></ruby>れ目や<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>け目に<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている緑の草木もそのままにしておいて、じぶんは小さな<ruby><rb>瀬戸</rb><rt>せと</rt></ruby>や入江になってしまいます。

こんどは、<ruby><rb>陸</rb><rt>りく</rt></ruby>のほうを考えてみましょう。陸はどこも変わりがなく、ほとんど同じようです。陸は、たいらな<ruby><rb>穀物畑</rb><rt>こくもつばたけ</rt></ruby>か、長くのびている森つづきの山々からできています。その穀物畑のあいだには、カバの木々にかこまれた<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>があちこちに見えます。陸は、まるで穀物と、カブと、ジャガイモと、エゾマツと、マツのことしか考えていないようです。それから、入江が陸の中まで深くくいこんでいます。しかし、陸はそんなことはべつに気にもとめないで、ふつうの<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>と同じように、カバとハンノキでそのふちをかざってやります。

こういうことは、夏でないと、よく見えないのですが、それでもニールスは、<ruby><rb>自然</rb><rt>しぜん</rt></ruby>はなんておだやかでやさしいんだろうと思いました。そして、まえよりも、ずっと心がおちついてきました。と、とつぜん、<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>くきみのわるいうなり声が聞こえてきました。立ちあがって見ますと、<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>の下の<ruby><rb>芝地</rb><rt>しばち</rt></ruby>に、一ぴきのキツネが、<ruby><rb>銀色</rb><rt>ぎんいろ</rt></ruby>のお月さまの光をあびて、立っていました。もちろん、ズルスケです。またも、ガンたちのあとを追ってきたのでした。けれども、ガンたちが<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ているところを見ますと、とうてい近づくことができないとさとりました。それで、あまりのくやしさに、おもわずうなってしまったのでした。

ズルスケがうなったので、アッカは目をさましました。ほとんど何も見えませんが、その声でズルスケとわかりました。

「ズルさんかい？　こんやもおでかけかね？」と、アッカはたずねました。

「うん、おれだよ。」と、ズルスケは答えました。「ところで、どうだね、こんやのおれのやりくちは？」

「テンやカワウソをけしかけたのは、あんただって言うのかい？」と、アッカがききました。

「こんどは、おれのばんだからな。」と、ズルスケは言いました。「このあいだ、おまえたちはおれにいたずらをしやがったから、こんどはおれがおまえたちにいたずらをはじめたのさ。おまえたちが一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>でも生きているうちは、やめやしないぜ。たとえ、国じゅう追っかけたってよ。」

「ズルさん、<ruby><rb>歯</rb><rt>は</rt></ruby>と<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>という<ruby><rb>武器</rb><rt>ぶき</rt></ruby>をもっているあんたが、何もふせぐもののないわれわれを、こんなふうに追いまわすっていうのは、いったい正しいことだろうかねえ？　ちっとは考えてみるんだね。」と、アッカは言いました。

ズルスケは、アッカがこわがっているものと思いこみました。そこで、さっそく言いました。

「アッカさん、おまえさんが、たびたびおれのじゃまをしやがる、あのオヤユビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>を、投げてよこせば、おまえさんたちと仲なおりするぜ。そしてもう、おまえさんたちのあとを追っかけたりしないよ。」

「オヤユビくんはやれないねえ。」と、アッカは言いました。「わたしたちのなかには、若いものでも、年よりでも、オヤユビくんのために喜んでいのちを投げださないようなものはないんだよ。」

「きさまたちが、そんなにあいつをすきだというなら、」と、ズルスケはどなりました。「まず、あいつからやっつけて、<ruby><rb>怨</rb><rt>うら</rt></ruby>みをはらしてくれるぞ、おぼえてろ。」

アッカはもう何も言いませんでした。ズルスケはまた二、三どうなりました。それから、あたりはひっそりとしました。ニールスはずっと目がさめていました。いまアッカがキツネに言ったことばが頭にこびりついていて、眠れません。いままで、じぶんのためにいのちを<ruby><rb>捨</rb><rt>す</rt></ruby>ててくれるものがあろうとは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも思ったことがありませんでした。ニールスは<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>の手すりからたくさんの島々をながめながら、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しい思いにふけっていました。

  


## ９　カールスクローナ市

四月二日　日曜日

ここはカールスクローナです。お月さまのかがやいている、<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かな美しい<ruby><rb>夕方</rb><rt>ゆうがた</rt></ruby>でした。でも、ついさっきまでは、はげしい吹きぶりでした。人びとは、まだお天気がよくなっていないと思っているにちがいありません。だって、通りには、人っ子ひとり見えませんから。

この市がこんなにひっそりしているとき、ガンのアッカとその<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>とは、ヴェンメンヘーイやパンタルホルムをこえて、カールスクローナへやってきました。ガンたちは、島の上に安全な<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>を見つけようとして、夕方おそくまで<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいたのでした。<ruby><rb>陸</rb><rt>りく</rt></ruby>には、どこにも休むことができませんでした。というのは、どこへおりても、キツネのズルスケにじゃまされてばかりいたからです。

ニールスが高い空から海と島とを見おろしたときには、なにもかもがひどくきみわるく、まるで<ruby><rb>幽霊</rb><rt>ゆうれい</rt></ruby>のように見えました。空はもう青くはなくて、<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>のガラスの丸ぶたのように、頭の上におおいかぶさっていました。海はミルク色で、目のとどくかぎり、小さな白い波をうねらせ、<ruby><rb>銀色</rb><rt>ぎんいろ</rt></ruby>にきらめくさざなみをたてていました。なにもかも白い中に、いろんな形をした島があっちこっちに<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>ぐろと<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きでていました。大きいものも、小さいものも、草原のようにたいらなものも、岩だらけのものも、みんな同じように黒く見えました。それどころか、人の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>も教会も風車も、ふだんなら白か赤かに見えるのに、いまは<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の空に向かって、くっきりと黒い姿を見せています。ニールスは世の中が<ruby><rb>変</rb><rt>か</rt></ruby>わってしまって、じぶんはまるで、ちがった世界へ来てしまったような気がしました。

ニールスは、こんやは<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>をだして、こわがらないようにしようと決心しました。ところが、そういううちにも、ぞっとするようなものが見えてきました。それは、大きなとがった岩がごつごつしている山がいちめんにある島でした。そして、その黒い岩のあいだには、<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>のようなものがキラキラと光っていました。ニールスは、なんだか<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>の石を見ているような気がしました。

それにしても、島のまわりに大きな<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいものが、あんなにうようよしていなかったら、それほどたいしたことはなかったでしょう。その恐ろしいものは、なんだかクジラやサメやそのほか大きな海の<ruby><rb>怪物</rb><rt>かいぶつ</rt></ruby>のように見えました。けれども、ニールスはそれを海の神さまだと思いました。そして、海の神さまたちが島に住んでいる<ruby><rb>陸</rb><rt>りく</rt></ruby>の神さまたちと戦おうとして、いま島のまわりに集まって、よじのぼろうとしているのだと考えてみました。ところで、その陸の神さまたちは、きっとこわがっているのでしょう。というのは、島のいちばん高いところにひとりの<ruby><rb>巨人</rb><rt>きょじん</rt></ruby>が立って、じぶんと島とにふりかかってくるおそろしいわざわいに<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>してでもいるように、<ruby><rb>両腕</rb><rt>りょううで</rt></ruby>を高くあげているのが、はっきりと見えたからです。

アッカはこの島におりようとしました。それを見て、ニールスはびっくりしました。「だめだよ、だめだよ！」と、ニールスは、さけびました。「あそこへおりちゃいけない。」

けれども、ガンたちはどんどん<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。まもなく、ニールスは、なにもかもが、ただあんなにへんなふうに見えていただけなのを知って、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてしまいました。大きな岩と見えたのは、人間の家ではありませんか。そして、島ぜんたいは一つの市で、金色にキラキラ光っていたところは、<ruby><rb>街燈</rb><rt>がいとう</rt></ruby>やあかるい<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスなのです。島の一ばん上に立って、両腕を高くあげていた<ruby><rb>巨人</rb><rt>きょじん</rt></ruby>は、二つの<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のある教会でした。海の神さまや海の<ruby><rb>怪物</rb><rt>かいぶつ</rt></ruby>に見えたのは、島のまわりにとまっているボートや大きな船でした。陸の近くにあるのは、たいていボートや<ruby><rb>帆船</rb><rt>はんせん</rt></ruby>や小さな<ruby><rb>蒸汽船</rb><rt>じょうきせん</rt></ruby>でしたが、海に向いているほうには<ruby><rb>軍艦</rb><rt>ぐんかん</rt></ruby>が浮かんでいました。

ところで、ここはなんという市だろう？　ニールスは、たくさんの軍艦が見えたので、だいたい、けんとうがついたような気がしました。ニールスは、いままで、船がだいすきでした。といっても、池で小さな船にのったことしかありませんでしたけれど。そしてニールスは、こんなにたくさんの軍艦がいる市は、カールスクローナにちがいないと思いました。

ニールスのおじいさんは<ruby><rb>水夫</rb><rt>すいふ</rt></ruby>でした。そして、生きていたときは、カールスクローナのことをまいにちのように話してくれました。<ruby><rb>造船所</rb><rt>ぞうせんじょ</rt></ruby>のこととか、カールスクローナで見たいろんなことなどを聞かしてくれたのでした。

ニールスはすっかり安心して、家にいるような気もちになりました。そして、あんなにたびたび話に聞いていたものを、いま一つ残らず見られるのかと思いますと、とってもうれしくなりました。

けれども、ニールスが<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>や、港の入口をとざしている<ruby><rb>要塞</rb><rt>ようさい</rt></ruby>や、たくさんの建物や、<ruby><rb>造船所</rb><rt>ぞうせんじょ</rt></ruby>などをちらっとながめたとき、アッカはひらたい教会の塔の一つに<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。

ここは、キツネから<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ゆくえ</span>をくらまそうと思うものにとっては安全な場所でした。ニールスは、こんやはガチョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下にもぐりこむ気になれるものかどうか、考えてみました。うん、こんやはきっとできるだろう。それに、すこし眠ったほうが、からだのためにいいだろう。造船所や船をけんぶつするのは、あしたの朝にすればいい。

ところが、ニールスは、じぶんでもふしぎなくらい、どうしてもあしたの朝までじっと待っていることができなくなりました。五分とは眠らないうちに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下からはいだして、<ruby><rb>避雷針</rb><rt>ひらいしん</rt></ruby>と<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とい</span>をつたって、地面にすべりおりたのです。

まもなく、ニールスは教会の前の広場にでました。そこには、まるい石がしいてありました。その上を歩くのは、なかなか骨がおれました。ちょうど、おとなの人たちが草ぼうぼうの原っぱを歩きにくいのと同じことです。

さいわい、<ruby><rb>広場</rb><rt>ひろば</rt></ruby>にはだれもいませんでした。ただ、高い台の上に立っている<ruby><rb>立像</rb><rt>りつぞう</rt></ruby>が見えるばかりでした。ニールスは長いあいだ、その立像をながめていました。それは、三つの角のある<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶり、長い上着をきて、半ズボンをはき、あらい<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>をはいた大きな人の姿です。ニールスは、この人はだれだろうと思いました。その人は長いステッキを手に持っていて、その使いかたも知っているようです。なにしろ、大きなかぎ<ruby><rb>鼻</rb><rt>ばな</rt></ruby>で、みにくい口をしたその人は、おそろしいほどいかめしい<ruby><rb>顔</rb><rt>かお</rt></ruby>つきをしているのですから。

「この口ながさんは、いったいここで何をしているんだろう？」と、そのうちに、ニールスは言いました。こんやぐらい、じぶんがちっぽけでつまらないものに思われたことはありません。そこで、元気をだそうとして、立像に向かってらんぼうなことばをならべたてました。それから、立像のことは考えないで、海へ出る広い通りを歩いていきました。

けれども、まだそんなにいかないうちに、うしろのほうから足音が聞こえてきました。しき石をドシン、ドシンとふみならして、ステッキで地面を強くつきながら、広場のほうからだれかがやってくるのです。まるで、あの広場に立っていた<ruby><rb>青銅</rb><rt>せいどう</rt></ruby>の大きな<ruby><rb>像</rb><rt>ぞう</rt></ruby>が、歩きだしでもしたようなひびきです。

ニールスは通りをかけだしながら、足音に耳をすましました。すると、足音のぬしは、あの青銅の人にちがいないという気もちが、だんだん強くなってきました。大地がふるえ、家々がゆれます。こんなものすごい歩きかたをするのは、あの青銅の人のほかにはありません。さっきあの人に向かって言ったことを思いだしますと、ニールスはあわてました。うしろを振りかえって、ほんとうにあの人かどうかたしかめてみる元気は、とてもありません。

「きっと、ちょっと<ruby><rb>散歩</rb><rt>さんぽ</rt></ruby>にでかけただけなんだろう。」と、ニールスは思いました。「ぼくがさっき言ったことぐらいで、<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてるわけはないもの。わるい気で言ったんじゃないんだから。」

ニールスは、まっすぐ<ruby><rb>造船所</rb><rt>ぞうせんじょ</rt></ruby>へいかないで、東のほうへいく通りにいそいでまがりました。ともかくこうして、<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>っ<ruby><rb>手</rb><rt>て</rt></ruby>から<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げてしまいたかったのです。

ところが、青銅の人も、すぐにこっちへまがってきたようです。ニールスはすっかりこまってしまいました。どうしたらいいのでしょう？

<ruby><rb>市</rb><rt>まち</rt></ruby>の中の戸という戸はしまっています。そこにかくれ場所を見つけるなんてことが、どうしてできましょう。ふと見ると、右手のほうの、通りからすこしはなれた<ruby><rb>木立</rb><rt>こだち</rt></ruby>の中に、<ruby><rb>木造</rb><rt>もくぞう</rt></ruby>の古い教会が立っていました。ためらうひまもなく、すぐさまニールスは、教会めがけてかけていきました。「あそこへいけば、だいじょうぶだろう。」と、思ったのです。

ニールスが走っていきますと、ひとりの男が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じゃり</span>道に立って、手まねきしているのが見えました。「きっと、だれかが助けてくれようっていうんだな。」と、ニールスは思いました。そう思うと、すっかりうれしくなって、その人のほうへ<ruby><rb>夢中</rb><rt>むちゅう</rt></ruby>でかけていきました。心配のあまり、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>がドキドキしています。

けれども、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">じゃり</span>道のはずれの、低い台の上に立っている人のところまで来たとき、ニールスはびっくりしてしまいました。「この人がぼくを呼んだんじゃないはずだ。」と、ニールスは思いました。なぜって、見れば、その人は木でできているではありませんか。

ニールスはその人の前に立って、ながめました。ずんぐりした人で、足は<ruby><rb>短</rb><rt>みじか</rt></ruby>く、顔は大きく赤く、<ruby><rb>髪</rb><rt>かみ</rt></ruby>の毛は黒くピカピカしていて、まっ黒なひげをはやしていました。頭には黒い木の<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をかぶっていました。からだには<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>の木の上着をき、<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>には黒い木の<ruby><rb>帯</rb><rt>おび</rt></ruby>をしめ、大きな灰色の木の半ズボンをはいて、それに、木の<ruby><rb>靴下</rb><rt>くつした</rt></ruby>をはいていました。それから黒い木の靴をはいていました。この人はさいきんニスをぬってもらっていましたので、お月さまの光をうけて、キラキラと光っていました。見たところ、いかにも正直そうに見えました。で、ニールスはすぐにこの人をいい人だなと思いこんでしまいました。

その人は、左手に木の板を持っていました。そこにはこう書いてありました。

口のきけない者ですが

どうかお願いもうします。

わたしの<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をおあげになって

一銭入れてくださいませ。

おや、おや、この人は<ruby><rb>慈善箱</rb><rt>じぜんばこ</rt></ruby>なのです！

ニールスはがっかりしてしまいました。じつは心の中で、えらい人だろうと思っていたのです。でもこのとき、いつだったか、おじいさんがこの木の人の話をしてくれたのを思いだしました。おじいさんの話では、カールスクローナの子どもたちは、みんな、この木の人が大すきだということでした。どうやら、それはほんとうのようです。というのは、ニールスもこの木とわかれるのがつらく思われてきたからです。ところで、この人にはたいへん古めかしいところがありました。もう何百<ruby><rb>歳</rb><rt>さい</rt></ruby>にもなっているようすです。と、同時に、いかにも<ruby><rb>頑丈</rb><rt>がんじょう</rt></ruby>で、どうどうとしていて、しかも、いきいきとしています。むかしの人たちは、みんな、こんなふうだったかもしれません。

ニールスはこの木の人をながめているのが、たいへんおもしろかったので、追いかけてくる<ruby><rb>青銅</rb><rt>せいどう</rt></ruby>の人のことはすっかり忘れていました。ところがそのとき、また足音が聞こえてきました。さあ、たいへん！　青銅の人も、通りから教会の<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>のほうへはいってきたではありませんか。こんなところまで追いかけてきたのです！　さて、どこへ<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げたらいいでしょう？

ちょうどこのとき、木の人はからだをかがめて、大きな、はばの広い手をさしだしました。この人はいい人としか思えませんから、すぐさまニールスは<ruby><rb>一足</rb><rt>いっそく</rt></ruby>とびにその手の上にとびあがりました。すると木の人はニールスを<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>のところまでもちあげて、その中にいれました。

ニールスが帽子の中にかくれて、木の人がもとのように<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をおろすといっしょに、青銅の人があらわれました。そして、木の人の前に立ちどまって、ステッキで地面をドシンとつきましたから、木の人は、台の上でグラグラッとゆれました。それから、青銅の人は、よくひびく大きな声で言いました。

「そちはだれじゃな？」

木の人はギイギイと音をたてて、<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をあげ、帽子のふちに手をあてて、答えました。「<ruby><rb>陛下</rb><rt>へいか</rt></ruby>、おそれながら、ローセンブームと申すものでございます。むかしは、<ruby><rb>戦艦</rb><rt>せんかん</rt></ruby>『<ruby><rb>勇壮</rb><rt>ゆうそう</rt></ruby>』の<ruby><rb>兵曹長</rb><rt>へいそうちょう</rt></ruby>をいたしておりましたが、退役になりましてからは、<ruby><rb>提督教会</rb><rt>ていとくきょうかい</rt></ruby>の<ruby><rb>堂守</rb><rt>どうもり</rt></ruby>をしておりました。そののち、木にきざまれまして、こうして、<ruby><rb>慈善箱</rb><rt>じぜんばこ</rt></ruby>となり、この<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>に立っているのでございます。」

ニールスは、木の人が「<ruby><rb>陛下</rb><rt>へいか</rt></ruby>」と言うのを聞きますと、びっくりしました。むりもありません。そうしてみると、<ruby><rb>広場</rb><rt>ひろば</rt></ruby>に立っていたあの<ruby><rb>像</rb><rt>ぞう</rt></ruby>は、この市をたてた人の姿をきざんだものにちがいないのです。つまり、ニールスがさっき出会ったのは、カルル十一世にちがいありません。

「じぶんのことをよくしゃべりたてるやつじゃ。」と、<ruby><rb>青銅</rb><rt>せいどう</rt></ruby>の人は言いました。「ところで、こんや、町なかをかけまわっていた小僧を見かけなかったか？　なまいきなチビじゃ。つかまえたら、ひとつ<ruby><rb>礼儀作法</rb><rt>れいぎさほう</rt></ruby>を教えてくれよう。」そう言って、またもステッキで地面をドシンとつきました。ものすごく<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>っているようすです。

「おそれながら、陛下、たしかにそいつを見かけました。」と、木の人は言いました。ニールスは<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>の下にかくれて、木のすきまから青銅の人を見ていたのですが、それを聞いて、心配のあまりブルブルとふるえだしました。ところが木の人はつづけて、「陛下、ここをおいでになっては、おまちがいでございます。小僧はきっと<ruby><rb>造船所</rb><rt>ぞうせんじょ</rt></ruby>へいって、あそこにかくれるつもりでございましょう。」と言いましたので、ニールスはやっと安心しました。

「そう思うのか？　ローセンブーム、では、そんな台の上に立っておらんで、わしといっしょにきて、あの小僧をさがす手つだいをしてくれ。四つの目は二つの目よりもよいものじゃ。」

ところが、木の人は<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうな声で答えました。「どうかお願いでございますから、わたくしめは、ここにおらせてくださいませ。さいきん、ぬってもらったばかりでございますので、つやつやして元気そうには見えますが、じつはわたくしめは年をとっておりまして、動くこともできないのでございます。」

青銅の人は、じぶんの言うとおりにしなければ<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しない人です。

「なんという言いぐさじゃ！　さあ、まいれ、ローセンブーム。」こう言って、ステッキをあげて、木の人の<ruby><rb>肩</rb><rt>かた</rt></ruby>をポカッと打ちました。「そちは、まだ立っている気か？」

こうして、ふたりはカールスクローナの通りを力づよくドシンドシンと歩いていきました。やがて、<ruby><rb>造船所</rb><rt>ぞうせんじょ</rt></ruby>へ通じる大きな門の前に出ました。そこには、ひとりの水兵が立って、番をしていました。けれど、青銅の人はさっさとそのそばをとおりすぎて、門をつきあけました。水兵は気がつかないような顔をしていました。

門の中へはいりますと、木の橋でくぎられている広い大きな港が見えました。それぞれの<ruby><rb>汐留</rb><rt>しおどめ</rt></ruby>には、軍艦がはいっていました。それらは、こうして近くへきてみれば、さっき空から見たときよりも、ずっと大きくこわそうに見えました。そこで、ニールスは、「さっき海の<ruby><rb>怪物</rb><rt>かいぶつ</rt></ruby>のように見えたのも、そんなにまちがっちゃいなかったんだな。」と、思いました。

「ローセンブーム、そちはどこからさがしはじめたらよいと思うか？」と、青銅の人はたずねました。

「あいつのようなものは、<ruby><rb>模型室</rb><rt>もけいしつ</rt></ruby>にかくれるのが一ばんたやすうございましょう。」と、木の人は言いました。

門から右のほうへ、港にそってのびている<ruby><rb>狭</rb><rt>せま</rt></ruby>い陸地には、古い建物がならんでいます。青銅の人は、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のひくい、四角い窓と大きな屋根のある建物のところへ歩いていきました。そして、ステッキで戸をドシンとついて、あけました。それから<ruby><rb>踏</rb><rt>ふ</rt></ruby>みへらされた階段をズシン、ズシンとのぼっていきました。ふたりは大きな部屋にはいりました。そこには、マストをたて、<ruby><rb>網具</rb><rt>あみぐ</rt></ruby>をそなえた小さな船がたくさんならんでいました。説明を聞かなくても、ニールスはすぐに、この船は、スウェーデン海軍のために造られた<ruby><rb>軍艦</rb><rt>ぐんかん</rt></ruby>の模型であるとわかりました。

見れば、ずいぶんいろんな種類の船があります。

ニールスは、こういう船のあいだをつれて歩かれているうちに、びっくりしてしまいました。「すごいなあ、こんなに大きいりっぱな船が、このスウェーデンで造られたんだなあ！」

そこにあるものをぜんぶ見てまわったので、ずいぶん時間がかかりました。青銅の人は模型を見はじめますと、ほかのことはすっかり忘れてしまいました。すみからすみまで模型を念いりにながめて、おまけに、ひとつひとつ説明をきくのでした。すると、『勇壮』号の<ruby><rb>兵曹長</rb><rt>へいそうちょう</rt></ruby>だったローセンブームは、知っているかぎりのことを話しました。船を造った人たちのことや、船に<ruby><rb>乗組</rb><rt>のりく</rt></ruby>んだ人たちのこと、それから、その人たちがどうなったかということなどを説明しました。

ローセンブームと<ruby><rb>青銅</rb><rt>せいどう</rt></ruby>の人は、むかしの美しい木造船が一ばん気にいりました。新しい<ruby><rb>鋼鉄</rb><rt>こうてつ</rt></ruby>の<ruby><rb>軍艦</rb><rt>ぐんかん</rt></ruby>のことは、このふたりにはあまりよくわからなかったようです。

「そちは新しい軍艦のことは、何も知らんな。」と、青銅の人は言いました。「どこかべつのところへいって、ほかのものを見ようではないか。そのほうがおもしろかろう、ローセンブーム。」

青銅の人は、ニールスをさがすことを、もう忘れていました。いっぽう、ニールスも木の<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>の中にかくれているので、安心しきっていたのでした。

それから、ふたりは、<ruby><rb>帆</rb><rt>ほ</rt></ruby>をこしらえるところ、いかりを造るところ、<ruby><rb>機械場</rb><rt>きかいば</rt></ruby>、<ruby><rb>木工場</rb><rt>もっこうば</rt></ruby>などの大きな仕事場を通っていきました。そしてまた、高い<ruby><rb>起重機</rb><rt>きじゅうき</rt></ruby>や、ドックや、大きな<ruby><rb>倉庫</rb><rt>そうこ</rt></ruby>や、兵器庫や、<ruby><rb>弾薬庫</rb><rt>だんやくこ</rt></ruby>や、<ruby><rb>綱</rb><rt>つな</rt></ruby>より<ruby><rb>場</rb><rt>ば</rt></ruby>や、岩にあたってくだけたために使われなくなっている大きなドックなどを見ました。それから、海軍の艦船がつないである<ruby><rb>棧橋</rb><rt>さんばし</rt></ruby>にいって、船に乗りこみ、まるで二ひきのオットセイみたいなかっこうで船をながめまわしていました。

一ばんおしまいに、広い<ruby><rb>構内</rb><rt>こうない</rt></ruby>にでました。ここには、むかしの軍艦の<ruby><rb>船首像</rb><rt>せんしゅぞう</rt></ruby>がならんでいました。ニールスはこのくらいふしぎなものを見たことがありません。なぜなら、ここにある像は、信じられないほどものすごい、ぞっとするような顔をしています。それらの像は、おそれを知らぬ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">どうもう</span>な顔つきをしていて、いかにも、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ごうまん</span>に見えます。それらはちがった時代に、ちがった人々の手によって造られたものです。ニールスはその前に立ったとき、身がちぢまるような思いがしました。

けれども、ふたりがここへ来たとき、青銅の人が木の人に向かって言いました。

「<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>をとれ、ローセンブーム、ここにならんでいる像のために！　これはみんな<ruby><rb>祖国</rb><rt>そこく</rt></ruby>のために戦ったのじゃ。」

しかし、ローセンブームも青銅の人も、なんのために出かけてきたのか、いまではすっかり忘れていました。ローセンブームは考えもせず、すぐに帽子をあげて、さけびました。

「わたくしは、この港をえらび、造船所をつくって、海軍を<ruby><rb>再建</rb><rt>さいけん</rt></ruby>した<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>に向かって、こういうすべてのものをつくりだした王さまにむかって、<ruby><rb>脱帽</rb><rt>だつぼう</rt></ruby>いたします。」

「<ruby><rb>感謝</rb><rt>かんしゃ</rt></ruby>するぞ、ローセンブーム、よく言ってくれた。そちはりっぱな人間じゃ、ローセンブーム。だが、そこにいるのは何者じゃ？」

見れば、ローセンブームのはげ頭の上に、ニールス・ホルゲルッソンが立っているではありませんか。しかし、ニールスはもうこわくはありません。白いそり<ruby><rb>帽</rb><rt>ぼう</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>って、さけびました。「口ながくん、ばんざい！」

青銅の人は、地面をステッキでドシンと打ちました。けれども、その人が何をするつもりであったかはわかりません。というのは、そのとき、お日さまがのぼってきて、それといっしょに、青銅の人も木の人も、まるで<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>でできてでもいるように、<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えうせてしまったからです。

ニールスがじっと立ちつくして、そのあとをぼんやりながめていますと、ガンたちが教会の<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>から<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがって、市の上をいったりきたりしはじめました。まもなくニールス・ホルゲルッソンの姿を見つけますと、大きな白ガチョウが矢のように<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりてきて、ニールスをつれていきました。

上　おわり

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">10</span>　エーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>へ

四月三日　日曜日

あくる朝、ガンたちは、とある小さな島へ<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいって、たべものをひろいました。そこでみんなは、二、三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>の<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンに、出あいました。灰色ガンたちは、ガンの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を見ますと、びっくりしました。なぜなら、じぶんたちの<ruby><rb>親類</rb><rt>しんるい</rt></ruby>にあたるガンという鳥は、<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>の上ばかりを飛ぶものだと思っていたのですからね。

灰色ガンたちは、いろいろとたずねました。そこで、ガンたちは、キツネのズルスケに追いまわされていることを、のこらず話しました。話がおわると、アッカのように年とっていて、りこうそうに見える一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の灰色ガンが言いました。

「ズルスケが、スコーネから追いはらわれたのは、あなたがたにとっては、とんだ<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>でしたね。やっこさんは、かならず、ことばどおりにラプランドまででも、あなたがたを追いかけていくでしょう。もしも、わたしだったら、スモーランドを<ruby><rb>越</rb><rt>こ</rt></ruby>えて北へむかわないで、エーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>に<ruby><rb>廻</rb><rt>まわ</rt></ruby>り道をして、やっこさんを、まいちまうようにしますね。あいつの目をごまかそうと思ったら、あの島の南のはしに、二、三日とどまることですよ。あそこなら、たべものもたくさんありますし、それに、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>もおおぜい、いますからね。あそこへいって、<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうかい</rt></ruby>するようなことは、まずないでしょうよ。」

これは、たしかにもっともな<ruby><rb>忠告</rb><rt>ちゅうこく</rt></ruby>です。それでガンたちは、言われたとおりにすることにきめました。<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>ごしらえを<ruby><rb>十分</rb><rt>じゅうぶん</rt></ruby>にして、さっそくエーランド島にむかって出発しました。ガンたちの中には、いままで、そこにいったことのある<ruby><rb>者</rb><rt>もの</rt></ruby>はありませんでしたが、灰色ガンたちが、ていねいに道を教えてくれました。なんでも、ずんずん南に進んでいけば、やがて大きな「鳥の道」に出るということです。それはブレーキンゲの<ruby><rb>海岸</rb><rt>かいがん</rt></ruby>にそって、ずっとのびているそうです。冬のあいだ<ruby><rb>大西洋</rb><rt>たいせいよう</rt></ruby>の島々にいた、たくさんの鳥が、これからフィンランドやロシアへいこうとして、いまその道を飛んでいるのです。そして、みんなは、<ruby><rb>途中</rb><rt>とちゅう</rt></ruby>で一休みするために、きまってエーランド島へ立ちよるのだそうです。だから、エーランド島へいく道は、すぐにわかるという話でした。

その日は、たいへんおだやかで、まるで夏の日のようにあたたかでした。ほんとうに、海の旅をするのには、<ruby><rb>申</rb><rt>もう</rt></ruby>しぶんのないお天気でした。ただ、ひとつ、<ruby><rb>残念</rb><rt>ざんねん</rt></ruby>なのは、空がすっかり晴れわたっていないので、灰色のうす<ruby><rb>絹</rb><rt>ぎぬ</rt></ruby>をひいたようになっていることでした。あちらこちらには、大きな<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の雲が海のおもてまでたれこめていて、<ruby><rb>眺</rb><rt>なが</rt></ruby>めをさえぎっていました。

ガンたちが小さな島々から遠く<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れますと、海は<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>のようになめらかになりました。ですから、ニールスが下を見おろしたときには、まるで海がどこかへ<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまったのではないかと思われました。じぶんの下には、もはや世界がなくなって、まわりにあるものは、ただ<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>と空ばかりです。ニールスはひどく目まいがするので、ガチョウのせなかに、しがみつきました。いまは、はじめて<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>ったときよりも、ずっとこわくてしかたがありません。なんだか、ぶじに乗っていけそうもないような気がします。このあんばいでは、いまに落ちてしまうにちがいありません。

灰色ガンたちの言っていた大きな「鳥の道」に出たときには、ますますいけなくなりました。見れば、ほんとうに、鳥のむれが、いくつもいくつも同じ<ruby><rb>方向</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>に飛んでいます。そのむれのなかには、カモ、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガン、クロトリ、ウミガラス、ウミガモ、オナガガモ、アイサガモ、カイツブリ、ミヤコドリ、ウミマツドリなどがいました。

ニールスは、からだを乗りだして、海のあるはずの下のほうをながめました。すると、たくさんの鳥のむれが、水にうつって見えました。ところが、頭がくらくらしているので、どうしてそんなふうに見えるのか、よくわかりません。きっと、鳥たちはみんなおなかを上に<ruby><rb>向</rb><rt>む</rt></ruby>けて飛んでいるのだろうと、ニールスは思いこんでしまいました。なにしろ、いまは頭が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へん</span>になって、<ruby><rb>何</rb><rt>なに</rt></ruby>が何やらさっぱりわからないものですから、それを見ても、そんなにびっくりはしませんでした。

鳥たちはつかれきっていましたから、<ruby><rb>一刻</rb><rt>いっこく</rt></ruby>も早く島につこうとあせっていました。さけび<ruby><rb>声</rb><rt>ごえ</rt></ruby>をあげるものもなければ、じょうだん一つ言うものもありません。そのありさまのため、なにもかもが、この世のものとは思われませんでした。

「<ruby><rb>地球</rb><rt>ちきゅう</rt></ruby>から<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>びはなれているとしたら、どうだろう！」と、ニールスはひとりごとを言いました。「天へのぼっていくとしたら、どうだろう！」

まわりには、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>と鳥のほかは何も見えません。そのうちに、天へのぼっていくということも、そんなにふしぎなことではないような気がしてきました。そして、天へいったら、どんなものが見られるだろうかと思いますと、ニールスはとっても<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しくなりました。そう思ったとたんに、めまいは、しなくなりました。そして、いま、じぶんはこの世を<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れて、天へのぼっていこうとしているのだと考えて、たまらなく<ruby><rb>愉快</rb><rt>ゆかい</rt></ruby>になりました。

そのとき、だしぬけに、ダン、ダンと<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>の音がしました。見ると、白い<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>が<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>すじ立ちのぼっています。

そのとたんに、鳥たちは、きゅうにざわめきたって、「かりゅうどだ！　かりゅうどだ！　高く飛びあがれ！　高く飛びあがれ！」と、さけびました。

これで、ようやくニールスにも、じぶんたちは、あいかわらず海の上を飛んでいて、<ruby><rb>天上</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>にいるのではないということが、はっきりとわかりました。海の上には、かりゅうどのおおぜい乗っている<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>がずっと並んでいて、そこからダン、ダンと<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>をうっているのが見えます。いちばんさきを飛んでいく鳥のむれが、それに気づいたときには、もうおそく、みるみるうちに、黒いからだがいくつか海の上に落ちていきました。生きのこった鳥たちは、落ちていく鳥のために、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しい鳴き声をあげました。

ニールスの心は、おそろしさと悲しさに、はりさけそうでした。むりもありません。ついさっきまで、じぶんは、<ruby><rb>天国</rb><rt>てんごく</rt></ruby>にいるものとばかり思っていたのですからね。ガンの<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>アッカは、<ruby><rb>全速力</rb><rt>ぜんそくりょく</rt></ruby>で空高く<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。ガンのむれも、そのあとから力いっぱいの早さでつづきました。こうして、ガンたちは<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>一つ受けないで、ぶじに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げることができました。ニールスは心から感心して、

「アッカやユクシやモルテンみたいな鳥を<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>とうなんて、とんでもない話だ！　人間どものすることは、まったくばかばかしい！」と、言いました。

こうして、ふたたび、ニールスとガンの<ruby><rb>一行</rb><rt>いっこう</rt></ruby>は、静かな空を飛んでいきました。あたりは、まえのように、またひっそりとしてきました。ただ<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れた鳥たちは、ときおり、「すぐいけないんじゃないの？　たしかにこの道かい？」とさけびました。すると、いちばんさきを飛んでいく鳥たちは、「この道をまっすぐいけば、エーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>だよ！　この道をまっすぐいけば、エーランド島だよ！」と、答えました。

野ガモたちは、疲れきってしまいました。そのとき、そばをウミガモが通りすぎました。「そんなにいそがないでくれよ！」と、野ガモたちは、ウミガモにむかってさけびました。「きみたちは、われわれが<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>くまでに、たべものをみんなたべちまう気かい。」

「なあに、あそこには、たべものがたくさんあるから、だいじょうぶさ。」と、ウミガモたちは答えました。

ところが、ぼつぼつエーランド島が見えようというころ、まむかいから<ruby><rb>軽</rb><rt>かる</rt></ruby>い風が吹いてきました。そしてそれといっしょに、白い大きな<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>の雲のようなものが、もくもくとやってきました。まるで、どこかに火事でもおこっているようです。

鳥たちはこの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うず</span>をまいている煙に気がつきますと、<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>になって、とんでいく力をはやめました。けれども、その煙のようなものは、だんだん<ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>くなってきます。そして、とうとうしまいには、みんなをすっかりつつんでしまいました。でも、煙のようなにおいはしません。そして黒くも、<ruby><rb>乾</rb><rt>かわ</rt></ruby>いてもいず、白くて、しめっています。それで、ニールスは、ははあ、これはただの<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>なんだな、と、すぐに気がつきました。

霧は一<ruby><rb>寸</rb><rt>すん</rt></ruby>さきも見えないくらい<ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>くなってきました。と、どうでしょう、鳥たちはまるで気でもちがったようになりました。いままではあんなに、きちんと<ruby><rb>行儀</rb><rt>ぎょうぎ</rt></ruby>よく飛んでいたのに、こんどは、みんながみんな、霧の中でふざけはじめたのです。<ruby><rb>勝手</rb><rt>かって</rt></ruby>気ままに、あっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりして、たがいにほかの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>を<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>わそうというのです。

「おーい、気をつけろよ！」と、鳥たちはさけびます。「きみたちは、おんなじ所をぐるぐるまわってばかりいるじゃないか。それじゃ、とてもエーランド島へは、いかれっこないぜ。さあ、さあ、むきをかえたり、かえたり！」

エーランド島がどこにあるかは、みんな、ちゃんと知っているのですが、たがいに仲間を迷わそうとしてやっきになっているのです。「あのオナガガモを見ろよ！」と、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の中からさけぶ声が聞こえます。「<ruby><rb>北海</rb><rt>ほっかい</rt></ruby>のほうへ<ruby><rb>逆</rb><rt>ぎゃく</rt></ruby>もどりしているじゃないか！」

「おーい、ガンの<ruby><rb>諸君</rb><rt>しょくん</rt></ruby>、気をつけたまえよ！」と、また<ruby><rb>違</rb><rt>ちが</rt></ruby>ったほうからだれかがさけびます。「そんなほうへいくと、リューゲンへいっちまうぜ！」

もちろん、このあたりを<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>なれている鳥たちは、まちがった<ruby><rb>方向</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>にさそいこまれるようなことはありませんが、こまりきっているのはニールスの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のガンたちです。おどけものの鳥は、ガンたちが道に<ruby><rb>不案内</rb><rt>ふあんない</rt></ruby>なのを見てとりますと、さかんにガンたちを迷わせようとします。

「もし、ガンさん、どこへいらっしゃるんです？」と、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の<ruby><rb>白鳥</rb><rt>はくちょう</rt></ruby>が<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びかけながら、アッカのところへ<ruby><rb>近</rb><rt>ちか</rt></ruby>よってきました。いかにも、<ruby><rb>同情</rb><rt>どうじょう</rt></ruby>ぶかい、まじめな顔つきをしています。

「エーランド島へいこうと思っているんですが、はじめてなものですから。」と、アッカは答えました。この白鳥なら、<ruby><rb>信頼</rb><rt>しんらい</rt></ruby>してもいいだろうと思ったのです。

「そいつはいけませんよ。」と、白鳥は言いました。「あなたがたは、まちがった方向へさそいこまれたんですね。この道をいけば、ブレーキンゲへでてしまいますよ。さあ、わたしといっしょにいらっしゃい。<ruby><rb>道案内</rb><rt>みちあんない</rt></ruby>をしてあげましょう。」

それから、白鳥はガンの一<ruby><rb>隊</rb><rt>たい</rt></ruby>といっしょに飛んでいきました。そして、ほかの鳥たちのさけび声も聞こえないほど遠くまで、まちがった方向にひっぱっていってから、とつぜん<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の中に姿を<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>してしまいました。

ガンたちは、しばらくのあいだ、むちゃくちゃに飛びまわったあげく、やっとのことで、ほかの鳥たちを見つけました。するとこんどは、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のカモが近づいてきました。「あんたがたは、霧がはれるまで、水の上におりて<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>まれるほうがいいんじゃありませんか。どうも、あまり<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>なれてはいらっしゃらないようだから。」

こんないたずらものたちが、もののみごとに、アッカをまごつかせてしまいました。ニールスが見ていると、ガンたちは同じところを長いこと、ぐるぐる、ぐるぐるまわっています。

「おーい、気をつけたまえよ！　きみらは、上へいったり、下へいったりしているだけじゃないか。」と、一羽のウミガモがそばを飛びすぎながらさけびました。ニールスは思わずしらずガチョウの首ったまにしっかりとしがみつきました。もうさっきから、こんなことではなかろうかと、<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>していたのです。

もしもそのとき、遠くのほうで、ズドンというにぶい<ruby><rb>大砲</rb><rt>たいほう</rt></ruby>の音がきこえなかったなら、いったい、いつになって、エーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>へいけたことやら、わかったものではありません。

そのとき、アッカは首をのばし、つばさを力づよく<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>って、<ruby><rb>全速力</rb><rt>ぜんそくりょく</rt></ruby>で飛んでいきました。いまこそ、いくべきところがわかったのです。アッカは<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンから、エーランド島の南のはしにおりてはいけない、そこには大砲がすえつけてあって、人間がそれを<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>って<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>を<ruby><rb>散</rb><rt>ち</rt></ruby>らすのだ、と、おそわっていたのでした。だからアッカには、これですっかり<ruby><rb>方角</rb><rt>ほうがく</rt></ruby>がわかったのです。もうこうなれば、だれにも<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>わされるようなことはありません。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">11</span>　エーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>の南のはし

四月三日　日曜日より　六日　水曜日まで

エーランド島のいちばん南のはしに、オッテンビューという、古い<ruby><rb>王家</rb><rt>おうけ</rt></ruby>の<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>があります。これは島をよこぎって、<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>から岸へとひろがっている、かなり大きなものです。

ここには、ふしぎと、いつもたくさんの動物たちが<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでいます。十七<ruby><rb>世紀</rb><rt>せいき</rt></ruby>には王さまたちがエーランド島へよく<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りにおいでになりましたが、そのころは、領地ぜんたいがシカの<ruby><rb>猟苑</rb><rt>りょうえん</rt></ruby>になっていました。それが十八世紀になりますと、<ruby><rb>競馬用</rb><rt>けいばよう</rt></ruby>の<ruby><rb>駿馬</rb><rt>しゅんめ</rt></ruby>を<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っている<ruby><rb>飼養場</rb><rt>しようじょう</rt></ruby>や、いく百という<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>のむらがっている<ruby><rb>飼羊場</rb><rt>しようじょう</rt></ruby>となりました。いまでは、いちばん東の岸にそって古い<ruby><rb>牧羊場</rb><rt>ぼくようじょう</rt></ruby>がありますが、それは長さが四分の一マイルもあって、エーランド島一の大きな<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>です。そこでは、<ruby><rb>家畜</rb><rt>かちく</rt></ruby>たちがちょうど<ruby><rb>野原</rb><rt>のはら</rt></ruby>にいるのとおなじように、すきなように草をたべたり、遊んだり、<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けまわったりしています。それから、そこには、百年もたったかと思われるカシワの木の森があります。これが、有名なオッテンビュー森で、この森の大きな木々は、動物たちに日かげをつくってくれますし、はげしい風をもふせいでくれます。もう一つ<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れてはいけないのは、オッテンビューの長い<ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>です。これは島をよこぎって、オッテンビューとほかの土地との<ruby><rb>境</rb><rt>さかい</rt></ruby>になっています。そして、この垣のおかげで、動物たちは、古い<ruby><rb>王家</rb><rt>おうけ</rt></ruby>の<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>の<ruby><rb>境</rb><rt>さかい</rt></ruby>めを知るのです。この古い領地には、<ruby><rb>野生</rb><rt>やせい</rt></ruby>の動物たちも、たくさんむれをなしてやってきます。

そのほか、むかしいたシカの<ruby><rb>子孫</rb><rt>しそん</rt></ruby>も、まだ生きのこっています。その上、春や夏のおわりごろには、ここは、いく千という渡り鳥の休み場所になります。ことに、<ruby><rb>牧羊場</rb><rt>ぼくようじょう</rt></ruby>の下の<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>の多い東の岸には、たくさんの渡り鳥が<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりて、草をたべたり、休んだりします。

ガンたちとニールス・ホルゲルッソンが、やっとの思いでエーランド島にたどりついたときも、ほかの鳥とおなじように、みんなは<ruby><rb>牧羊場</rb><rt>ぼくようじょう</rt></ruby>の下の海べにおりました。島の上も、海の上とおなじで、一めんに<ruby><rb>濃</rb><rt>こ</rt></ruby>い<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>がたちこめていました。ところが、ニールスは、岸を見たとき、アッと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてしまいました。なぜって、そこには、目のとどくかぎり、かぞえきれないほどの鳥が、うじゃうじゃしているではありませんか。

見れば、長い<ruby><rb>砂浜</rb><rt>すなはま</rt></ruby>があって、そこには石や水たまりがあり、たくさんの<ruby><rb>海草</rb><rt>かいそう</rt></ruby>が波にうちあげられています。もしもニールスが、すきなようにおしと言われたら、とてもこんなところへおりる気にはなれなかったでしょう。ところが、鳥たちのほうでは、ここをほんとうの<ruby><rb>楽園</rb><rt>らくえん</rt></ruby>とでも思いこんでいるようすです。カモや<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンは、草地でさかんに草をたべています。水ぎわでは、シギやそのほかの海鳥たちが、はねまわっています。ウミガモは水の中にもぐっては、魚をつかまえています。なにしろ、ここにはたべものがどっさりあるので、たべものに<ruby><rb>不足</rb><rt>ふそく</rt></ruby>したというような話は、まだきいたことがありません。

たいがいの鳥は、これからもまだ旅をつづけるのです。ですから、ちょっと休むために、ここへおりているのです。それぞれのむれの<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>は、仲間のものが十分に元気をとりもどしたとみてとると、

「みんな、もういいかい？　よければ、出かけるとしよう。」と、言うのでした。

「いいえ、待ってください、待ってください！　まだそんなにたべていないんですよ！」と、仲間のものは言いました。

「おまえたち、まさか動けなくなるまで、たべさせてもらえると思っているんじゃないだろうな？」

<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>はこう言うと、<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきして飛びたちました。けれど、すぐまた<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>ってこなければなりませんでした。だって、ほかのものたちが、あとにつづかないのです。

波うちぎわの海草の山の下には、<ruby><rb>一</rb><rt>ひと</rt></ruby>むれの白鳥がいました。白鳥たちは陸の上にいかないで、波にゆられながら休んでいました。そして、ときどき長い首を水の中につっこんでは、海の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>からたべものをひろいあげました。なにかすばらしい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>をつかまえたときには、まるでラッパのような大きなさけび声をあげて<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びました。

ニールスは、<ruby><rb>浅瀬</rb><rt>あさせ</rt></ruby>に白鳥たちがいると聞きましたので、さっそく海草の山のほうへおりていきました。まだ一ども<ruby><rb>野生</rb><rt>やせい</rt></ruby>の白鳥をそばで見たことがないのです。そして、さいわいにも、きょうは、すぐそのそばまで近よることができました。

白鳥がいるという話を聞いたのは、ニールスひとりではありませんでした。ガンをはじめ、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンもウミガモも、いそいで海草のほうへ<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>いでいきました。そして、みんなは白鳥たちのまわりにぐるっと<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>になって、じっと白鳥たちを見つめました。白鳥たちは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span><ruby><rb>毛</rb><rt>げ</rt></ruby>をさかだて、つばさを<ruby><rb>帆</rb><rt>ほ</rt></ruby>のようにひろげて、首を高くのばしました。そして、ときどきそのなかの一、二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>が、ガンのところへいったり、大きなウミガモのところへいったり、また、モグリドリのところへいったりして、なにやら話しかけました。すると、話しかけられたほうは、気おくれがしてしまって、<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をするために、くちばしをひらくことさえできないようでした。

岸近くの海の上を、カモメとウミツバメが飛びまわって、魚をとっていました。

「どんな魚をとっているんです？」と、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンがたずねました。

「トゲウオだよ。エーランド島のトゲウオだよ。世界一のトゲウオさ。まだ、たべたことがないのかい？」と、一羽のカモメが答えました。そして、その小さな魚を口いっぱいくわえて飛んできて、ガンにやろうとしました。

「ウワァイ！　そんなきたない魚がくえるかい？」と、ガンは答えました。

つぎの朝は、くもっていました。ガンたちは、<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>へいって、たべものをひろいましたが、ニールスは<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べへいって<ruby><rb>貝</rb><rt>かい</rt></ruby>を集めました。そこには、貝がたくさんありました。あしたは、きっと、たべもののないところにいくだろうと思いましたので、貝を持っていけるように、小さな<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>をこしらえようと思いました。<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>でじょうぶな<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたスゲを見つけて、それで<ruby><rb>旅行用</rb><rt>りょこうよう</rt></ruby>の袋をあみはじめました。なん時間もかかって、やっとつくりあげましたが、ニールスは、それに、たいへんまんぞくしました。

お<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごはんのころ、ガンたちが、みんなでそろって走ってきました。そして、白いガチョウを見なかったかとたずねました。

「いいや、ぼくといっしょじゃなかったよ。」と、ニールスは答えました。

「ついさっきまでは、わたしたちといっしょだったんですが、どこへいったか見えなくなってしまったんですよ。」と、アッカが言いました。

ニールスはびっくりして、思わずとびあがりました。キツネかワシでも出てきたのではないだろうか、それとも、人間でも近くにきたのではないだろうかと、ガンたちにたずねてみましたけれども、ひとりとして、そんな<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>なものを見たものはありません。おそらく、ガチョウは<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の中で道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ったのでしょう。

それはそうとしても、ともかくガチョウがいなくなってしまったということは、ニールスにとっては、たいへんな<ruby><rb>災難</rb><rt>さいなん</rt></ruby>です。そこで、さっそく、さがしに出かけました。<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>がかかっているので、だれからも姿を見られずに、どこへでも走っていくことができましたが、ニールス<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>も、霧のためにさきをよく見とおすことができません。ニールスは、<ruby><rb>海岸</rb><rt>かいがん</rt></ruby>にそって南のほうへ走っていきました。そして、いちばん南のはしの<ruby><rb>燈台</rb><rt>とうだい</rt></ruby>や霧を散らすために打つ<ruby><rb>大砲</rb><rt>たいほう</rt></ruby>のところまでいってみました。あっちにもこっちにも、鳥がたくさんいますが、ガチョウの姿はどこにも見えません。で、思いきって、オッテンビューの<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>の中にはいっていきました。そして、オッテンビュー森の中を、のこらずさがしてみましたが、やっぱりガチョウの足あと一つ見あたりませんでした。

ニールスが、むちゅうになってさがしているうちに、いつのまにか<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>くなってきました。もう東の<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>にもどらなければなりません。足をひきずるようにして、みじめな気もちで歩いていきました。ああ、ガチョウが見つからなかったら、いったいどうなるだろう。なんとかして、見つけださなければならない。じぶんのためばかりでなく、大すきなガチョウのためにも！

ところが、<ruby><rb>牧羊場</rb><rt>ぼくようじょう</rt></ruby>を歩いていきますと、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の中を、なにか大きな白いものが、こっちへむかってくるではありませんか。それこそ、ガチョウでなくてなんでしょう？　ガチョウは、ぶじだったのです。そしていま、ようやくのことで、みんなのところへ<ruby><rb>帰</rb><rt>かえ</rt></ruby>る道が見つかったものですから、たいそう<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びました。霧のためにすっかり<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>ってしまって、一日じゅう、広い<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>をうろつきまわっていたということでした。ニールスは、うれしさのあまり、ガチョウの首のまわりに<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をまきつけて、これからは気をつけて、もうみんなから<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れないようにしてくれ、とたのみました。するとガチョウは、もう二どとこんなことはしない、けっして、けっしてしない、と、かたく<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>しました。

ところが、そのつぎの朝、ニールスが浜べにいって、<ruby><rb>貝</rb><rt>かい</rt></ruby>をひろっていますと、またもやガンたちが走ってきて、ガチョウの姿を見なかったかとたずねました。もちろん、ニールスはガチョウの姿を見てはいませんでした。そうしてみると、ガチョウは、またいなくなってしまったのです。きっと、きのうとおなじように、また、霧の中で道に迷っているのでしょう。

ニールスは<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いて、すぐさまさがしに出かけました。オッテンビューの<ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>に、一カ<ruby><rb>所</rb><rt>しょ</rt></ruby>こわれているところがありましたので、そこからよじのぼることができました。垣をこしますと、まず<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べをさがしていきました。そこは、だんだん広くなっていて、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>や<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>や<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>をつくろうと思えばつくれるだけの<ruby><rb>余地</rb><rt>よち</rt></ruby>は十分にありました。それからこんどは、島のまんなかにある<ruby><rb>平</rb><rt>たい</rt></ruby>らな<ruby><rb>高台</rb><rt>たかだい</rt></ruby>にのぼっていきました。そこには<ruby><rb>風車</rb><rt>ふうしゃ</rt></ruby>のほかは、<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>はなんにもありませんでした。そして、<ruby><rb>芝草</rb><rt>しばくさ</rt></ruby>がたいそううすいために、下の白い<ruby><rb>石灰質</rb><rt>せっかいしつ</rt></ruby>の<ruby><rb>地肌</rb><rt>じはだ</rt></ruby>が<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いてみえました。

けれど、どうさがしてみても、ガチョウの姿は見えません。だんだん、夕やみがせまってきましたので、もう海岸にひきかえさなければなりません。いよいよ、旅の道づれをなくしてしまったと、思うよりほかはありませんでした。ニールスは、すっかりがっかりして、どうしていいのか、わからなくなりました。

もう一ど、垣の上によじのぼったとき、すぐその近くで、石がガサガサ落ちる音がきこえました。なんだろうと思ってふりかえってみますと、垣の近くにつみかさねられている石の上で、なにかが動いているようです。そっとしのびよってみますと、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いたことに、あの白ガチョウのモルテンが、長いヒゲ<ruby><rb>根</rb><rt>ね</rt></ruby>をいくつかくわえて、つみ石の上をよたよたと歩いているではありませんか。ガチョウのほうでは、少年の姿に気がついておりません。ニールスのほうでも、ガチョウに声をかけません。なぜって、ニールスとしては、どうしてガチョウがこんなふうにして、二どまでも姿をかくしてしまうのか、そのわけを、まず知りたいと思ったのです。

そのわけは、すぐにわかりました。見れば、つみ石の上に、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の若いメスの<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンがすわっています。そして、その灰色ガンは、ガチョウのきたのを見ますと、うれしがって、大きな声をあげました。ニールスが、なおもそっと近よってみますと、ふたりの話がよくきこえました。それで、この灰色ガンは<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>ほうの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をけがしたために、飛ぶことができないのだということがわかりました。そのため、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のものは、この灰色ガンをたったひとり置きざりにして、飛んでいってしまったのです。灰色ガンは、おなかがへって、いまにも死にそうになっていたのですが、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>よく、きのう、白ガチョウがその<ruby><rb>声</rb><rt>こえ</rt></ruby>を耳にして、見つけてくれたのです。そしてそれからは、白ガチョウが<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>をおってたべものをはこんでくれているのです。ふたりは、白ガチョウが島からいってしまうまえに、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>がすっかりよくなるようにと<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>っていました。けれども、きょうになっても、まだ飛ぶことも歩くこともできません。それで灰色ガンは、たいへん<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんでいましたが、白ガチョウは、じぶんはまだしばらく旅には出ないから、安心するように、と言って、なぐさめました。それからさいごに、ガチョウはさようならを言って、あしたまたくる<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>をしました。

ニールスは、ガチョウのあとを見おくって、その姿が見えなくなってしまったとき、こんどは、じぶんがそのつみ石の上にあがっていきました。ニールスは、白ガチョウにだまされたので、プンプンおこっていました。そして灰色ガンに、あのガチョウはじぶんのもので、これから、じぶんをラプランドまでつれていってくれようとしているところだから、おまえなんかのために、こんなところで、ぐずぐずしてはいられない、と言ってやろうと思っていたのです。ところが、ニールスは<ruby><rb>若</rb><rt>わか</rt></ruby>い灰色ガンのそばまでいったとき、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてしまいました。なるほど、これでは、ガチョウが二日のあいだ、たべものをはこんでやったり、そのことを話そうとしなかったのも、むりはありません。灰色ガンは、見るからにかわいらしい、ちっちゃな頭をしています。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛は、しゅすのようにやわらかで、目には、おだやかな、うったえるような<ruby><rb>表情</rb><rt>ひょうじょう</rt></ruby>をたたえています。

灰色ガンは、ニールスの姿を見ますと、<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げようとしました。けれども、片ほうの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>ついているために、地べたをばたばたやるだけで、動くことができません。

「こわがらなくてもいいよ。」と、ニールスは言いました。そして、さっき、おなかの中で考えていたような、<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>ったようすは、ほとんど見せませんでした。「ぼくはね、ガチョウのモルテンの友だちで、オヤユビ太郎っていうんだよ。」と、つづけて言いましたが、そこでつまってしまって、それからあとは、なんて言ったらいいのか、こまってしまいました。

動物たちのなかにも、ときには、<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>にかけられた人間ではないだろうかと思われるようなものがあります。この<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンにも、そんなようすがありました。ニールスが、じぶんの名まえを名のりますと、灰色ガンは、いかにもしとやかに頭をさげて、とうていガンとは思えないほどの美しい声で言いました。

「あなたが助けにいらしってくださいまして、あたくし、ほんとうに、うれしゅうございます。白いガチョウさんが、あなたほど<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>くて、よいお<ruby><rb>方</rb><rt>かた</rt></ruby>はないと申しておりましたわ。」

その言いかたが、またとても<ruby><rb>品位</rb><rt>ひんい</rt></ruby>がありましたので、ニールスは、すっかりまごついてしまいました。「これはたしかに、ただの鳥じゃないぞ。」と、ニールスは心の中で思いました。「きっと、どこかのお<ruby><rb>姫</rb><rt>ひめ</rt></ruby>さまが、<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>にかけられて姿をかえているんだな。」

ニールスは、灰色ガンを助けたい気もちで、いっぱいになりました。そこで、小さな手を、ガンのつばさの下につっこんで、つばさの<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>にさわってみました。すると、骨はおれてはいませんが、<ruby><rb>関節</rb><rt>かんせつ</rt></ruby>がはずれています。そこで、「さあ、いいかい」と、言いながら、<ruby><rb>管</rb><rt>くだ</rt></ruby>のようになった骨をしっかりとつかんで、もとどおりに合わせました。こんなことをするのは、<ruby><rb>生</rb><rt>う</rt></ruby>まれてはじめてですが、そのわりには、なかなかうまく、すばやくやってのけました。でも、かわいそうに、若い灰色ガンにとっては、どんなにひどく<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>かったことでしょう。<ruby><rb>一声</rb><rt>ひとこえ</rt></ruby>するどい<ruby><rb>悲鳴</rb><rt>ひめい</rt></ruby>をあげますと、そのまま、石のあいだにぱったりたおれて、じっと動かなくなってしまいました。

ニールスは、すっかりあわててしまいました。ただ、助けてやりたいとばかり思ってしたことなのに、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンを<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>してしまったのです。ニールスは、つみ石の上からとびおりるが早いか、いっさんに<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けだしました。まるで、人間を殺したような気もちでした。

あくる朝は、空は<ruby><rb>晴</rb><rt>は</rt></ruby>れわたって、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>もすっかりはれていました。アッカは、これから旅をつづけることにする、と言いました。ガンたちはみんな喜びましたが、白いガチョウだけは、いやがりました。ニールスには、ははあ、あの若い灰色ガンのそばを<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れたくないんだな、と、そのわけがよくわかりました。けれども、アッカはガチョウのことばには耳をもかさずに、<ruby><rb>出発</rb><rt>しゅっぱつ</rt></ruby>しました。

ニールスは、ガチョウのせなかにとびのりました。白いガチョウは、いやいやながら、ノソノソとみんなのうしろを飛んでいきました。ニールスは、いっこくも早くこの島を<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れたいと思っていました。というのは、あの灰色ガンのことで、気がとがめてしかたがなかったからです。そしてまた、なおしてやろうと思っていたのに、あんなとんでもないことになってしまったいきさつを、ガチョウに話したくなかったのです。

「モルテンが、この話を知らないでいてくれれば、それよりいいことはない。」と、ニールスは思いました。でも、それといっしょに、どうして白いガチョウは、灰色ガンのところを<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れる気になったんだろう、と、ふしぎでたまりませんでした。

ところが、そのうちに、ガチョウは、きゅうに、とんでいたむきをかえました。とうとう、若い灰色ガンのことを思う気もちのほうが、勝ってしまったのです。あの若い灰色ガンが、<ruby><rb>病気</rb><rt>びょうき</rt></ruby>のまま、たったひとりのこされて、いまにも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うえ</span><ruby><rb>死</rb><rt>じ</rt></ruby>にするのではないかと思いますと、モルテンはみんなといっしょにいくことが、できなくなったのです。

まもなく、ガチョウとニールスは、つみ石のそばにもどってきました。ところが、きょうは、石のあいだに若い灰色ガンの姿が見えないではありませんか。「ダンフィン！　ダンフィン！　どこにいるの？」と、ガチョウは大声で呼んでみました。

「きっと、キツネにさらわれたんだな。」と、ニールスは心の中で思いました。

ところが、そのとき、「ここですよ、ガチョウさん、ここですよ！　朝の水あびをしておりましたの。」と、ガチョウに答える美しい声が聞こえてきました。そして、水の中から、小さな灰色ガンが、見ちがえるほど元気そうな姿をあらわしました。そして、灰色ガンは、

「オヤユビさんにつばさをなおしていただいたおかげで、すっかり元気になりました、みなさんとごいっしょに旅にいけますわ」と言いました。

灰色ガンの、しゅすのようにつややかな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の上には、しんじゅのような水のしずくがたまっていました。それを見たオヤユビくんは、この鳥はきっと小さなお<ruby><rb>姫</rb><rt>ひめ</rt></ruby>さまにちがいない、とまた思いました。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">12</span>　大きなチョウ

四月六日　水曜日

ガンたちは、下のほうにはっきりと見える、長くのびた島にそって飛んでいました。ニールスは、気もはればれとしていました。きのう、ガチョウをさがしに島を歩きまわったときは、気がめいってしかたがありませんでしたが、きょうは、心からまんぞくしていました。

島の内部にあるはだかの<ruby><rb>高地</rb><rt>こうち</rt></ruby>と、<ruby><rb>海岸</rb><rt>かいがん</rt></ruby>ぞいの<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた、よい土地が見えました。そのとき、ニールスは、ゆうべ聞いた話のいみが、ようやくわかりかけてきました。

それは、ニールスがしばらく休もうと思って、高地にあるたくさんの<ruby><rb>風車</rb><rt>ふうしゃ</rt></ruby>の一つのそばに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろしていたときでした。そこへふたりの<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いが、イヌをつれ、たくさんの羊のむれをしたがえてやってきたのです。ニールスは、風車の<ruby><rb>階段</rb><rt>かいだん</rt></ruby>の下にかくれていましたので、ちっともこわくはありませんでした。ところが、その羊飼いたちは、ニールスのかくれている階段の上に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろしてしまったのです。ですから、ニールスは、そこにじっとかくれているよりほかはありませんでした。

ひとりは若くて、見るからに<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いらしいようすをしていました。しかし、もうひとりのほうは、年とっていて、すこしかわっていました。からだつきは、がっしりとふしくれだっているのに、頭は小さくて、しかも、とってもおだやかな、やさしそうな顔つきをしているのです。なんだか、頭とからだとが、しっくり合っていないような感じです。

年よりのほうは、しばらくのあいだじっとすわって、なんともいえないほど<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきったようすで、<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の中を見つめていました。それから、つれの者にむかって話しはじめました。<ruby><rb>若者</rb><rt>わかもの</rt></ruby>のほうは、<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>の中からパンとチーズをとりだして、たべはじめました。そして、ほとんどひとことも言わずに、じっと、しんぼうして、年よりの話を聞いていました。そのようすは、しばらく、おまえさんがしゃべりたいようにしゃべらしておいてあげるよ、とでも<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>の中で思っているようでした。

「エリークさんや、おまえさんになにか話をしてあげるとしよう。」と、年とった羊飼いが言いました。「わしはな、人間も動物も、いまよりずっと大きかった時代には、チョウもうんと大きかったと思うんだ。つまり、そのころは、からだの大きさがなんマイルもあって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>といったら、海のように広いチョウがいたわけさ。その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>は、たとえようもないほど青くて、<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>のようにピカピカ<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていた。だから、そのチョウが空を飛んでいるときには、どんな動物でも立ちどまって、思わず見とれてしまったものさ。

ところが、ぐあいの<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことには、からだが大きすぎるものだから、なかなか<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>でうまくつりあいをとることができない。身のほどをわきまえて、陸地の上を飛んでいるあいだはよかったんだが、このチョウチョウさんは、それではがまんができなくなって、バルト海まで出ていったのさ。ところが、まだいくらもいかないうちに、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>におそわれて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>が<ruby><rb>破</rb><rt>やぶ</rt></ruby>れはじめたんだ。なあ、エリークさんや、チョウの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>はもろいのに、相手はすさまじいバルト海の嵐なんだから、どうなったかは、おわかりだろう。みるみるうちに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>はひきさかれ、めちゃめちゃになってしまう。そして、チョウは、海の中に落っこちてしまったのさ。さいしょのうちは、波の上をゆらゆらと、ゆられていたんだが、やがて、スモーランドの海岸ちかくの岩の上に、うちあげられた。そして、そのままそこに、大きなからだを、ながながとねそべらせてしまったのさ。

ところで、エリークさん、もしこのチョウが、陸の上に落っこちたら、あっというまに、こなみじんになってしまったろうよ。ところが、海の中に落っこちたもんだから、だんだんに<ruby><rb>石灰水</rb><rt>せっかいすい</rt></ruby>がしみこんで、しまいには、石のように<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>くなってしまったんだ。ほら、おまえさんも知ってのとおり、岸べには、よく、みょうな石があるだろう。あれは、みんな虫が<ruby><rb>化石</rb><rt>かせき</rt></ruby>したものなのさ。このチョウの<ruby><rb>場合</rb><rt>ばあい</rt></ruby>も、やっぱりおんなじで、バルト海にねころんでいるうちに、そのまま、<ruby><rb>細長</rb><rt>ほそなが</rt></ruby>い岩になってしまったと、わしは思うんだ。おまえさんは、そうは思わんかね？」

年よりは、ことばをきって、<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を待ちました。すると、若者はうなずいて、「つづけておくれ。さきを聞きたいよ。」と、言いました。

「で、エリークさん、おまえさんやわしの住んでいる、このエーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>は、じつをいえば、いま話したチョウのからだなのさ。ちょいと考えてみさえすりゃ、この島が、チョウだったってことはすぐわかるよ。北のほうへいけば、細長い<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>とまるい頭が見えるし、南のほうへいくと、<ruby><rb>下腹</rb><rt>したはら</rt></ruby>が見えるんだが、こっちのほうは、はじめは広くて、それから、だんだんせまくなり、しまいには、とがってしまうんだ。」

ここで年よりは、またことばをきって、相手の顔をのぞきこみました。相手が、じぶんの話をどう思っているだろうかと、気にしているようでした。けれども、若い<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いは、あいかわらずたべつづけながら、さきを話してくれと、うなずいてみせました。

「それで、そのチョウが<ruby><rb>石灰岩</rb><rt>せっかいがん</rt></ruby>になってしまうと、すぐにいろんな草や木の<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>が、風にはこばれてきて、その上に根を<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>やそうとしたものさ。ところが、そこがスベスベしたはだかの岩なもんだから、長いあいだ、スゲしか<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えなかった。しかし、だんだんに、ウシノケグサやモクセイソウやイバラなんかも生えてきたんだよ。けれども、この山の上のアルヴァレットでは、<ruby><rb>今日</rb><rt>こんにち</rt></ruby>になっても、あまり物が<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>たない。ここはよい土の<ruby><rb>層</rb><rt>そう</rt></ruby>がうすいので、<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>したり<ruby><rb>種</rb><rt>たね</rt></ruby>をまいたりしようとする者がない。だがね、もしおまえさんが、わしの考えにさんせいして、このアルヴァレット山と、まわりの<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>とが、チョウのからだでできているとすれば、<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>の下の土地は、いったい、何でできていると思うね？」

「うん、まったくだ。」と、若者は、なおもたべながら言いました。「そいつをききたいね。」

「じゃ、話すがね。エーランド島は、なん年ものあいだ海の中によこたわっていたんだが、そのあいだには、<ruby><rb>海草</rb><rt>かいそう</rt></ruby>だとか、<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>だとか、<ruby><rb>貝</rb><rt>かい</rt></ruby>だとか、いろんなものが波にはこばれてきて、島のまわりに集まったんだ。それから、東と西の山壁からは、石や<ruby><rb>砂利</rb><rt>じゃり</rt></ruby>が落ちてきた。こうして、この島にもだんだん広い海べができて、そこに<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>や、花や、木が<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>つようになったというわけさ。

チョウのかたいせなかにあたる、この上では、<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>や牛や子馬が、ぶらぶらしているだけで、鳥にしても、ナベゲリとチドリが住んでいるっきりさ。<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>といったら、風車と、おれたち羊飼いが雨つゆをしのぐ、石造りのおそまつな小屋が二つ三つあるだけさ。ところが、海岸のほうへおりていけば、大きな村もあるし、<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>もある。<ruby><rb>漁村</rb><rt>ぎょそん</rt></ruby>もあれば、りっぱな町もあるんだ。」

年よりは、さぐるように相手の顔を見ました。若者は、ちょうど<ruby><rb>食事</rb><rt>しょくじ</rt></ruby>をおえたところで、いましも袋の口をしめていました。そして、「あんたは、どこでその話をおしまいにする気かね？」と、言いました。

「いや、わしの知りたいのは、たった一つ。」と、<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いは言いましたが、声をおとしましたので、まるで、ささやくようにしか聞こえませんでした。そして、その小さな目で、じっと<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>の中を見つめていましたが、その目は、この世にないものをさがし<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めて、<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきっているようでした。「わしの知りたいのは、たった一つのことだけさ。つまり、<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>の下の<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>に住む<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>や、海からニシンをとってくる<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>や、ボルイホルムに住んでいる<ruby><rb>商人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>や、夏になると、まいとしやってくる<ruby><rb>海水浴</rb><rt>かいすいよく</rt></ruby>の客や、ボルイホルムの古いお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のあとを見物して歩く<ruby><rb>観光客</rb><rt>かんこうきゃく</rt></ruby>や、秋になると、ここへシャコを<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>ちにくる<ruby><rb>狩猟家</rb><rt>しゅりょうか</rt></ruby>や、このアルヴァレットの上にすわって、羊や風車を描く<ruby><rb>画家</rb><rt>がか</rt></ruby>や、そういう人たちのなかで、ひとりでも、この島が、もとは、大きなピカピカする<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>で大空を飛びまわっていたチョウだったということを、知っている者があるかどうかということなのさ。」

「ああ、いや、」と、若い羊飼いが、きゅうに言いました。「夕がた、この山壁のはしにすわって、ふもとの森でナイチンゲールの歌うのを聞きながら、カルマール<ruby><rb>海峡</rb><rt>かいきょう</rt></ruby>をながめれば、この島が、ほかの島とおなじようにしてできたものではないと思う者も、あるにちがいないよ。」

「それから、」と、年よりは話をつづけました。「この風車に、天までとどくくらいの大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をつけてやろうという人は、ないもんかなあ。この島ぜんたいを海から持ちあげて、チョウのように飛ばすことのできる、大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をさ。」

「あんたの言うことには、もっともらしいところがあるよ。」と、若者は言いました。「だって、この島の上に大空があかるく、ひろびろとひろがっている夏の夜なんかには、なんだか、この島が海から立ちあがって、空に飛んででもいきたいようなようすに見えることがあるもの。」

年よりは、とうとう、若者を話の中にひきずりこんでしまいました。しかし、若者の言うことには、あまり耳をかしませんでした。そして、さらに声を<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>くして言いました。

「このアルヴァレットにいると、どうして、そういうあこがれが<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こってくるのか、そのわけを、<ruby><rb>説明</rb><rt>せつめい</rt></ruby>できる人があるかなあ。わしは、まいにちまいにち、そういうあこがれを感じるんだ。いや、ここへくるものは、みんなそういうあこがれを感じるようだ。そういうあこがれが、わしたちに起こってくるのは、この島ぜんたいが一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のチョウで、そのチョウが、はねをほしがっているからだということを、わかる人があるだろうかなあ。」

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">13</span>　小カール<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>

## <ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>

四月八日　金曜日

ガンたちは、その夜、エーランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>の北のはしですごしました。そして、これから<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>へむかっていこうというのです。強い南風が、カルマール<ruby><rb>海峡</rb><rt>かいきょう</rt></ruby>の上を吹いていて、ガンたちは、北へ北へと<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しもどされました。それでもみんなは、<ruby><rb>速力</rb><rt>そくりょく</rt></ruby>をはやめて、ぐんぐん<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>のほうへ飛んでいきました。けれども、いちばんさいしょの島々に近づきかけていたとき、ごうごうという、ものすごい物音が聞こえてきました。まるで、つばさの強い鳥が、むれをなして飛んでくるようです。みるみるうちに、海の水はまっ<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>になってしまいました。アッカは、きゅうにつばさをおさめて、空にじっとしていました。それから、すぐに<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。しかし、ガンたちが、まだ水の上におりきらないうちに、<ruby><rb>暴風</rb><rt>ぼうふう</rt></ruby>がおそってきました。暴風は<ruby><rb>砂煙</rb><rt>すなけむり</rt></ruby>をまきあげ、海の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>を吹きとばし、小鳥をふきまくりました。ガンたちも、<ruby><rb>暴風</rb><rt>ぼうふう</rt></ruby>に追いまくられて、とうとう広い海に追い出されてしまいました。

すさまじい<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>です。ガンたちは、なんどもなんども、ひきかえそうとがんばってみましたが、どうしようもありません。だんだん、バルト海のほうへ吹き流されていきました。いまはもう、エーランド島もすぎて、目に見えるものは、ただ、ひろびろとした<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の海ばかりです。こうなっては、風にさからわないようにするほかありません。

アッカは、とうてい陸地のほうへひきかえすことはできないと見てとりましたが、といって、暴風に吹き流されていくのもまずいと思いました。そこで、水の上におりました。海の波は、<ruby><rb>刻</rb><rt>こく</rt></ruby>一刻と高くなり、はげしく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>をとばしています。まるで、たがいに高くなりっこをしたり、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>のとばしっこをしているようです。けれども、ガンたちは波のうねりをすこしもこわがりません。それどころか、かえって、とても喜んでいるようです。みんなは、<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ごうとはしないで、波のうねりに身をまかせて、ちょうど、赤ん坊が、ハンモックで喜ぶように、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しんでいました。しばらくは、こうしてうまくいきました。でも、たった一つ心配なのは、みんなが、はなればなれになってしまうことです。そのとき、<ruby><rb>暴風</rb><rt>ぼうふう</rt></ruby>に吹きまくられて、そばを飛んでいった<ruby><rb>陸鳥</rb><rt>りくどり</rt></ruby>が言いました。「泳げるものは、いいなあ。<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>がないんだもの。」

しかし、ガンたちにしても、まるっきり危険がないわけではありません。だいいち、波にゆられているうちに、たまらないほど<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>くなってきました。それで、しょっちゅう首をまげて、くちばしを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>の下につっこんでは、うとうとしようとするのです。ですからアッカは、ひっきりなしにさけびつづけました。

「眠っちゃだめだ。眠ったものは、はぐれるぞ。はぐれた者は、死んでしまうぞ。」

いくら眠らないでいようとがまんしてみても、つぎつぎに眠るものが出てきました。アッカ<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>でさえも、つい、うとうとしかけました。と、そのとたんに、なにかまるい黒いものが、波がしらに<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かびでました。

「アザラシだ！　アザラシだ！　アザラシだ！」と、アッカは、耳をもつんざく<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>いさけび声をあげながら、はげしく<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきして、空に舞いあがりました。まさに、<ruby><rb>間一髪</rb><rt>かんいっぱつ</rt></ruby>です。さいごのガンが、水からあがったときには、あやうくアザラシに足をくわえられるところでした。

こうして、ガンたちは、またも<ruby><rb>暴風</rb><rt>ぼうふう</rt></ruby>の中にはいりましたので、ますます<ruby><rb>沖</rb><rt>おき</rt></ruby>へ吹き流されました。暴風は、一時も休まず、ガンたちも、<ruby><rb>片時</rb><rt>かたとき</rt></ruby>もじっとしていることができません。もはや陸地は、<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>も形も見えず、見わたすかぎり、はてしのない海が、つづいています。

ガンたちは、思いきって、もう一ど海の上におりました。けれども、しばらく波にゆられているうちに、また眠くなってきました。そして、ほんとうに、うとうとしはじめたとき、またもやアザラシがやってきました。もしもそのとき、アッカが、すばやく目をさまさなかったら、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>も助からなかったことでしょう。

暴風は、一日じゅう休みもなく<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れくるいました。そして、この<ruby><rb>季節</rb><rt>きせつ</rt></ruby>に渡ってくる、たくさんの小鳥のむれを、さんざんな目にあわせました。小鳥たちの中には、道に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>って遠い国に吹き流され、そこで、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うえ</span>死にしたものもありますし、<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れはてて海に落ちて、おぼれ死んだものもあります。また、<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>にたたきつけられて、むざんな死にかたをしたものもあれば、アザラシの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えじき</span>になったものもあります。

とうとう、さすがのアッカも、いよいよ、じぶんたちのむれも、おしまいかと思うようになりました。いまはもう、すっかり<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきってしまいました。しかも、どこを見まわしても、休むようなところはありません。夕がたになりますと、海の上におりるわけにもいかなくなりました。というのは、とつぜん、大きな<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>のかたまりが、あっちにもこっちにもあらわれてきて、たがいにぶっつかりあっているのです。ですから、海の上におりたがさいご、そのあいだにはさまれて、こなごなにされてしまうでしょう。そこで、ガンたちは、二どばかり氷のかたまりの上におり立とうとしました。ところが、一どは暴風に吹きまくられて、水の中に落ちてしまいましたし、もう一どは、むじひなアザラシが、その氷のかたまりの上にまで、はいあがってきたのです。

お日さまの沈むころ、ガンたちはもう一ど、空に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりました。みんなは、夜のくるのをおそれながら、飛びつづけました。<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>な<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>にかぎって、なんだか、早く暗くなるような気がしてなりません。

しかも、おそろしいことに、陸地は、まだ見えないではありませんか。<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>じゅう、海の上にいなければならないとしたら、いったい、どうなることでしょう？　おそらく、氷のかたまりのあいだにはさまれて、<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>しつぶされてしまうでしょう。でなければ、アザラシにくわれるか、<ruby><rb>暴風</rb><rt>ぼうふう</rt></ruby>のために、はなればなれになってしまうよりほかありません。

空は、一めんに雲でおおわれて、月は、姿をかくしています。たちまちのうちに、まっくらやみになりました。と、どうじに、あらゆるものが、おそろしさにみちみちて、どんな勇気のある人でも、思わずひるんでしまうほどでした。弱りはてた渡り鳥たちの、助けを<ruby><rb>求</rb><rt>もと</rt></ruby>めるさけび声が、一日じゅう、むなしく、海の上にひびいていました。しかし、その声の<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>の姿も、見えなくなったいまでは、ひっしのさけび声が、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しく、おそろしくひびきました。海の上では、氷のかたまりが、すさまじい音を立てながら、ぶっつかりあっています。アザラシたちは、あらあらしい<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りの歌をうたっています。まるで、天と地とが、いまにも、くずれようとしているかのようです。

## <ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>

ニールスは、しばらく海を見おろしていました。と、とつぜん、海がまえよりも、はげしいうなり声をあげているような気がしました。はっとして、目をあげてみますと、じぶんのまっ<ruby><rb>正面</rb><rt>しょうめん</rt></ruby>に、しかもたった二メートルの<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>さきに、ものすごい<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>が、きり立っているではありませんか。その足もとには、波がまっ白な<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あわ</span>をとばして、くだけ<ruby><rb>散</rb><rt>ち</rt></ruby>っています。ガンたちは、その<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>めがけて、ま一<ruby><rb>文字</rb><rt>もんじ</rt></ruby>に飛んでいくのです。ニールスは、いまにもその崖にぶっつかって、こなごなになってしまうのではないかと、ハラハラしました。けれども、ガンたちは、あっというまに、その崖を飛びこえてしまいました。すると、前のほうに、ほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>に通じる<ruby><rb>半円形</rb><rt>はんえんけい</rt></ruby>の入口が見えました。ガンたちは、その中に飛びこんで、ようやく<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>になりました。

みんなは、じぶんの身の安全を<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ぶまえに、まず考えたことは、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のものが、ぶじに<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>いたかどうかということでした。見ると、たしかにアッカをはじめ、ユクシ、コルメ、ネリエー、ヴィシ、クウシ、それから六<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の若いガン、それにガチョウとダンフィンとオヤユビくんがいます。でも、左の列の<ruby><rb>先頭</rb><rt>せんとう</rt></ruby>を飛ぶカクシの姿が見えません。しかも、だれひとり、カクシがどうなったかを知っているものはないのです。

ガンたちは、仲間からはぐれたのが、カクシひとりだと知りますと、たいして気にしませんでした。だって、カクシは年もとっていて、りこうなガンです。それに、道もよく知りつくしていますし、仲間の<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>なども、よく知っているのです。ですから、カクシなら、きっといつかは、もどってくるでしょう。

それから、ガンたちは、ほら穴の中を見まわしました。入口からさしこんでくる光のおかげで、そのほら穴が、深くてひろいことがわかりました。みんなは、こんなりっぱな夜の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>が見つかったことを、心から喜びました。と、そのとき、仲間のひとりが、暗いすみっこのほうに、キラキラした<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の<ruby><rb>点</rb><rt>てん</rt></ruby>が、いくつも光っているのを見つけました。

「あれは目だ！」と、アッカがさけびました。「このほら穴の中には、大きな動物がいるぞ！」

みんなは、あわてて入口のほうへ飛びだしました。けれども、やみの中でもよく見えるオヤユビくんがさけびました。「<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げなくてもだいじょうぶだよ！　<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>が二、三びき、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>のそばにねているだけだから！」

ガンたちは、ほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中のほのかな光に目がなれてくるにつれて、羊たちが、はっきり見えてきました。おとなの羊たちは、ガンたちと同じくらいいるようです。なおそのほかに、子羊が二、三びきいます。長い、まがった<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>のある年とった<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>が、そのむれの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>のように見えます。ガンたちは、なんども、おじぎをしながら、その前に進みでました。そして、「いいところで、お目にかかりました！」と、あいさつしましたが、大きな<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は、ねころんだまま、ひとことも、かんげいのあいさつをしてはくれませんでした。

ガンたちは、羊のほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中に、じぶんたちがはいりこんだので、きっと羊たちがきげんを<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>くしているのだろうと思いました。「わたしどもが、ここへはいってまいりまして、さぞご<ruby><rb>不快</rb><rt>ふかい</rt></ruby>でしょうが、」と、アッカが言いました。「なにしろ、暴風に吹き流されて、どうしようもなかったのです。一日じゅう、吹きまくられてしまいました。こんや<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>だけ<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>めていただければ、まことにしあわせなんですが。」

しばらくしてから、羊の中の一ぴきが、なにか答えましたが、そのとき、そばにいる二、三びきのものが、深いため<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をつきました。アッカは、いぜんから、羊というものは、<ruby><rb>内気</rb><rt>うちき</rt></ruby>で、かわった動物だということは知っていましたが、この羊たちは、そうではなくて、どうしたらいいのか、こまっているようすです。

とうとう、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しげな、長い顔をした年よりの<ruby><rb>牝羊</rb><rt>めひつじ</rt></ruby>が、あわれっぽい声で言いました。「だれひとり、あなたがたをお<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>めするのをいやがったりするものはございません。けれども、ごらんのとおりのあばら<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>ですから、いぜんのように、お客さんをおむかえするわけにいかないのです。」

「どうぞ、そんなことは気になさらないでください。」と、アッカはいそいで言いました。「きょうは、一日じゅうひどい目にあっているものですから、ただ安心して<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>れる場所さえあれば、うれしいのです。」

アッカがこう言いますと、その<ruby><rb>牝羊</rb><rt>めひつじ</rt></ruby>は、からだを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こして言いました。「いえ、ここへお<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>まりになるよりは、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の中を飛びまわっているほうが、まだましでしょうよ。でも、そのまえに、できるだけのおもてなしはいたしますが。」

それから、<ruby><rb>牝羊</rb><rt>めひつじ</rt></ruby>は、水のいっぱいたまっている、くぼんだところへ<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>していきました。そのそばには、モミガラやキリワラが、高くつまれています。牝羊はそれを見せて、たくさん<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しあがってください、と、ガンたちに言いました。「ことしの冬は、ひどい雪でしてね。わたしどもを<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っているお<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんが、ホシグサやカラスムギのワラを持ってきてくれなかったら、わたしどもは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うえ</span>死にするところだったんですよ。ここにあるのは、その残りなのです。」

そう言われて、ガンたちはすぐさまそのたべものにとびつきました。みんなは、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>がよかったと思って、大よろこびでいました。もちろん、羊たちがたいそう心配そうにしているようすを見てはいましたが、羊というものは、ひどくおくびょうな動物だということを知っていましたから、まさか、ほんとうの<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>がせまっていようなどとは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも思いませんでした。ですから、みんなは、<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>いっぱいたべてしまいますと、いつものように、すぐ眠るつもりでいました。すると、大きな<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>が立ちあがって、ガンたちのほうへやってきました。ガンたちは、こんな大きな、がっしりとした<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>のある羊を、まだ見たことがありませんでした。しかも、そればかりではなく、ひたいは高くこぶのようになっていて、目は、りこうそうで、<ruby><rb>態度</rb><rt>たいど</rt></ruby>はじつにりっぱです。いかにも、どうどうたる<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>な動物のように見えます。

「わたしどもとして、あなたがたをここにお<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>めするからには、ここが<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>な<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>ではないということを、申しあげておかなければなりません。」と、その<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は言いました。「いまのところ、わたしどもは、夜のお客はみんなおことわりしているのです。」

アッカにも、ようやく、これはまじめで言っているのだということが、わかってきました。そこで、「あなたがたがおのぞみなら、出てもいきますが、そのまえに、いったい何でおこまりになっているのか、お話しねがえませんか？　わたしどもには、何のことやらさっぱりわかりません。だいいち、どこへ来てしまったのかさえもわからないのです。」と、アッカは言いました。

「ここは、小カール<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>です。」と、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は答えました。「ゴットランド島の西にあたります。そして、ここには羊と海鳥しか住んでおりません。」

「そうすると、あなたがたは、<ruby><rb>野育</rb><rt>のそだ</rt></ruby>ちなんですね？」と、アッカはたずねました。

「ええ、そう言ってもいいでしょうね。」と、牡羊は答えました。「人間とは、なんの<ruby><rb>関係</rb><rt>かんけい</rt></ruby>もないのですから。われわれと、ゴットランド島の、ある<ruby><rb>農園</rb><rt>のうえん</rt></ruby>のお<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんたちのあいだには、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>から、取りきめがあるのですよ。つまり、冬の雪がふるころになると、お百姓さんたちは、われわれに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かいば</span>を持ってきてくれる。そのかわりに、われわれのあいだから、多すぎるものをつれていってもいいということになっているのです。この島は、ひじょうに小さいものですから、あんまりたくさんいては、とても<ruby><rb>養</rb><rt>やしな</rt></ruby>っていけないのです。しかし、そのほかのことについては、一年じゅう、じぶんたちでしまつしなければなりません。そんなわけで、われわれは、戸や<ruby><rb>錠</rb><rt>じょう</rt></ruby>のついた小屋には住まずに、こんなほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中にいるのですよ。」

「なんですって？　冬でもこんなところにいるんですか？」と、アッカはびっくりして、ききかえしました。

「もちろんです。」と、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は答えました。「この山の上には、一年じゅう、いい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かいば</span>がありますからね。」

「そうしてみると、あなたがたは、ほかの羊よりもいいお<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしをなさっているように思われますが、」と、アッカは言いました。「いったい、その<ruby><rb>不幸</rb><rt>ふこう</rt></ruby>というのは、どんなことですか？」

「じつは、こういうわけです。」と、牡羊は話しだしました。「きょねんの冬は、ひどい寒さで、海がすっかりこおってしまいました。すると、三びきのキツネが、その氷の上をわたってきましてね、それいらい、ここに住みついているのです。あいつらさえいなければ、この島には<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>な動物は一ぴきもいないのですがね。」

「だけど、あなたがたのような動物をも、キツネはおそってくるんですか？」

「いや、<ruby><rb>昼間</rb><rt>ひるま</rt></ruby>はそんなことはありません。昼間なら、じぶんをも<ruby><rb>家族</rb><rt>かぞく</rt></ruby>をもまもれます。」と、牡羊は<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>をふりながら言いました。「ところが、あいつらは、夜、われわれがほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>で眠っているときに、こっそり、しのんできて、おそいかかるのです。もちろん、できるだけ目をさましているようにしてはいますが、だれだって、すこしは眠らなければならないでしょう。やつらは、そこをねらっているのです。ほかのほら穴の羊は、もうみんな殺されてしまいましたよ。わたしの家族と同じくらいのむれがいたのですが。」

「あたしたちが、こんなにいくじのないことをお話ししなければならないなんて、ほんとにおはずかしいことです。」と、こんどは、年よりの<ruby><rb>牝羊</rb><rt>めひつじ</rt></ruby>が言いました。「あたしたちが、もし<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>われている羊でしたら、もうすこしどうにかなるかもしれませんけれど。」

「キツネは、こんやもくるとお思いですか？」と、アッカがききました。

「まず、くると思うよりほかありませんね。」と、年よりの<ruby><rb>牝羊</rb><rt>めひつじ</rt></ruby>が答えました。「あいつらは、ゆうべもやってきて、子羊をさらっていったんですよ。わたしたちが、一ぴきでも生きのこっているあいだは、かならずやってきますね。ほかのほら穴でも、そうだったんですから。」

「しかし、このままほうっておけば、あなたがたも、ぜんめつしてしまいますね。」と、アッカは言いました。

「ええ、このあんばいでは、小カール島に、羊が一ぴきもいなくなる日は、ちかいでしょうよ。」と、<ruby><rb>牝羊</rb><rt>めひつじ</rt></ruby>はため息をつきながら言いました。

アッカは、どうしたものかと<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>っていました。また、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の中へ出ていくのもいやですし、そうかといって、そんなおそろしいお客のくる家にいるのも、ありがたいことではありません。アッカはしばらく考えてから、オヤユビくんにむかって、「いままでも、たびたび助けてもらいましたが、こんども、なんとか助けてはもらえませんか？」と、言いました。

すると、ニールスは、よろしい、しょうちした、と、答えました。

「あなたが眠ることができないのは、ほんとにお気のどくですが、」と、アッカは言いました。「どうか、こんやも目をさましていて、キツネがきたら、われわれを起こしてくれませんか。そうすれば、われわれはぶじに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げられますからね。」

これはありがたい<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>めではありませんが、嵐の中にまた出ていくよりは、ずっとましです。そこで、ニールスは、目をさましていようと<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>しました。

ニールスは、ほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の入口にいって、嵐をよけるために、石のかげにはいりこんで、見はりをはじめました。

しばらくそこにすわっているうちに、嵐はしだいに<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>まってきました。やがて、空は晴れあがって、お月さまの光が、波の上にたわむれはじめました。ニールスは入口に歩いていって、外をながめました。このほら穴は、山のかなり高いところにあって、ここへはけわしい小道がたった一つ通じているだけです。たぶんキツネは、この小道をやってくるのでしょう。

まだ、キツネの姿は見えませんが、そのかわり、とんでもないものが見えました。ひと目見ただけで、ニールスは、ふるえあがってしまいました。山の下の、わずかな<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べに、大男やら、石で造ったなにかきみの<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いものが、いくつもいくつも、立っているのです。ひょっとすると、これは、ほんとうの人間かもしれません。さいしょは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>をみているのだろうと思いました。でも、すぐに夢ではないことが、はっきりしてきました。大きな男の姿が、たしかに見えるのです。どうしたって、目のせいではありません。浜べに立っているものもあれば、まるでよじのぼろうとするように、山にぴったりとくっついているものもあります。大きな頭をしているものがあるかと思えば、ぜんぜん、頭のないものもあります。また、<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>が一本しかないものもありますし、せなかと<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>に、こぶをしょいこんでいるものもあります。ニールスは、いままで、こんな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へんてこ</span>なものを見たことがありません。

ニールスは、そこに立ったまま、あまりのきみ<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>さに、ふるえあがっていました。それで、キツネの見はりをしていることは、まるで忘れていました。と、そのとき、ガリガリと、石に<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>のぶっつかる音が聞こえました。見ると、三びきのキツネが、<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>をのぼってきます。ニールスは、いよいよ<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>がやってきたなと思ったとたんに、心がすっかりおちついて、いままでのこわい気もちは、どこかへきえてしまいました。それにしても、ガンたちだけを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こして、羊たちを<ruby><rb>見殺</rb><rt>みごろ</rt></ruby>しにしてしまうのはかわいそうです。そこで、なんとか<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をして、助けてやりたい、と、思いました。

そう思ったとたんに、ニールスは、ほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中に大いそぎで<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けもどって、大きな<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>の<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>をゆすって<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こしました。そして、すぐさま、そのせなかにとびのりました。「さあ、起きるんだよ、おじさん、キツネのやつらを、ちょっとおどかしてやろうじゃないか！」と、ニールスはささやきました。

ニールスは、できるだけ静かにしようとしましたが、それでも、キツネたちは物音を聞きつけたのにちがいありません。ほら穴の入口まできますと、はたと立ちどまって、考えこんでしまいました。

「たしかに、なにか動いたぞ。」と、一ぴきのキツネが言いました。「目がさめてるんだろうかな。」

「おい、ちょっといってみろ。」と、もう一ぴきのキツネが言いました。「なんにしたって、やっこさんたち、おれたちに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">は</span>むかえっこねえんだから。」

キツネたちは、ほら穴の中にかなりはいったところで、また立ちどまって、かぎまわしました。「こんやは、どいつをとってやろうか？」と、いちばんさきのキツネが小声で言いました。

「こんやは、あのでかい<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>をとろうぜ。」と、いちばんあとのキツネが言いました。「そうすりゃ、あとのやつらはわけなしさ。」

ニールスは、牡羊のせなかにまたがって、キツネがしのびよってくるのを見ていました。そして、

「それっ、まっすぐに<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>け！」と、牡羊に、ささやきました。

牡羊は、もうれつに突っかけました。みるまに、<ruby><rb>先頭</rb><rt>せんとう</rt></ruby>のキツネは、ほうほうのていで、入口に突きもどされました。

「それっ、こんどは左へ<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>け！」と、ニールスは言って、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>の頭を左に向けました。牡羊は、またもはげしく突っかけて、二ばんめのキツネのわき<ruby><rb>腹</rb><rt>ばら</rt></ruby>を突きさしました。すると、キツネはなんどもころげまわってから、ようやく立ちあがって<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げだしました。ニールスは、三ばんめのやつも、突いてやろうと思いましたが、そいつは早くも逃げていってしまいました。

「あのくらい、やっつけておけば、<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>のところはたくさんさ。」と、ニールスは言いました。

「わしもそう思います。」と、大きな<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>が言いました。「さあ、わしの毛の中にもぐりこんで、ねころんでください！　あんなにひどい<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の中を、おもてにいて、<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をしていてくださったんだから、こんどはあたたかく、気もちよくやすんでください。」

## <ruby><rb>地獄穴</rb><rt>じごくあな</rt></ruby>

四月九日　土曜日

そのつぎの日、大きな<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は、ニールスをせなかにのせて、島を<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>してまわりました。この島は一つの大きな岩でできていました。そして、まっすぐ切り立った<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>と、ひらたい<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>とを持った、大きな家のようでした。牡羊は、まずさいしょに、その岩の屋根にのぼって、ニールスに、そこの<ruby><rb>牧草地</rb><rt>ぼくそうち</rt></ruby>を見せました。ニールスは、この島がとくに羊のためにつくられているような気がしました。というのは、この山には、スカンポや、羊のすきな<ruby><rb>香</rb><rt>かお</rt></ruby>りのいい小さい草のほかは、ほとんど何も<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていないのです。

けれども、<ruby><rb>崖</rb><rt>がけ</rt></ruby>の上に出れば、羊のすきな草のほかに、まだ見るものがありました。それは、広い広い海です。いまは、お日さまの光をうけて、青々と<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>き、ピカピカした白い波をうねらせています。あちこちの<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>には、波がくだけて、まっ白にとびちっています。東のほうには、なだらかに長くのびた、ゴットランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>の<ruby><rb>海岸線</rb><rt>かいがんせん</rt></ruby>が見えます。南西には、大カール島が横たわっていますが、この島も小カール島と同じようにつくられたもののようです。<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>が、岩屋根のずっとはしにまで歩みよりますと、<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>が見おろせました。見ると、そこには鳥の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>がいっぱいありました。その下の青い海では、いろんな<ruby><rb>種類</rb><rt>しゅるい</rt></ruby>のカモメやカモやウミガラスやウミスズメなどが、さかんに小さなニシンをとっていました。そのありさまは、いかにものどかで、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しそうでした。

「ここは、ほんとうにめぐまれた<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>だね。」と、ニールスは言いました。「きみたちは、まったくいいところに住んでいるんだね、<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>のおじさん。」

「もちろん、ここはすばらしいところです。」と、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は言いました。まだなにかつけ<ruby><rb>加</rb><rt>くわ</rt></ruby>えて言いたいようすでしたが、なにも言わないで、ただため息をつきました。「このへんを、ひとりでぶらぶらなさるときには、この山のほうぼうにある<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめに気をつけなければいけませんよ。」と、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は、しばらくたって言いました。これは、ありがたい<ruby><rb>忠告</rb><rt>ちゅうこく</rt></ruby>です。言われてみれば、なるほど、あちこちに深くて広い<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめがあります。その中でいちばん大きいのを、じぶんたちは「<ruby><rb>地獄穴</rb><rt>じごくあな</rt></ruby>」と呼んでいる、と、牡羊は説明しました。その裂けめは、深さがいく<ruby><rb>尋</rb><rt>ひろ</rt></ruby>もあって、広さも一<ruby><rb>尋</rb><rt>ひろ</rt></ruby>ぐらいはあるということです。「その穴に落っこちたら、それこそおしまいですよ。」と、牡羊は言いました。ニールスは、牡羊の言ったことばには、なにか、特別ないみが、あるような気がしました。

それから、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>は、ニールスをせまい<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べに<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>していきました。そこには、ゆうべあんなにこわかった<ruby><rb>巨人</rb><rt>きょじん</rt></ruby>が目の前にずらりと<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでいます。いま見れば、それは大きな<ruby><rb>岩柱</rb><rt>いわばしら</rt></ruby>ではありませんか。ニールスは、もしも、石になった<ruby><rb>鬼</rb><rt>おに</rt></ruby>というものがあるならば、きっと、こんなふうに見えるにちがいない、と思いました。

下の浜べも美しいところでしたが、ニールスは、山の上のほうがずっとすきでした。だって下のほうは、きみが悪くてたまりません。なにしろ、あっちにもこっちにも、羊の死がいが、ごろごろしているんですから。つまり、キツネたちは、いつもここで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">えもの</span>を<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>っては、大さわぎをするのでした。<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby>だけ食ってしまって、骨ばかり残っているのや、半分ぐらい食いちらかしたのや、ほとんど手もつけてないのや、ともかく、見るも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">むざん</span>なありさまです。これを見れば、キツネのやつらが、ただおもしろ半分に、羊をおそっては、<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>き殺しているのだということがわかります。

大きな牡羊は、死がいの前に立ちどまらないで、だまってそばを通りすぎました。けれども、ニールスは、そのおそろしい<ruby><rb>光景</rb><rt>こうけい</rt></ruby>をすっかりながめました。見ないではいられなかったのです。

それから、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>はまた山の上にのぼりました。そして、立ちどまって、言いました。「もし力があって、<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>いかたが、この<ruby><rb>悲惨</rb><rt>ひさん</rt></ruby>なありさまをごらんになれば、キツネどもが<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>をうけないうちは、じっとしてはいらっしゃれないでしょう。」

「しかし、キツネだって、生きていかなければならないからね。」と、ニールスは言いました。

「そりゃあ、そうですとも。」と、大きな牡羊は言いました。「じぶんが生きていくのに、<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>いじょうの動物を殺さないものは、生きていたっていいですがね。ところが、あいつらときたらまったくひどいんですよ。」

「この島の持ちぬしのお<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんたちがきて、きみたちを助けそうなものだがね。」と、ニールスは言ってみました。

「お<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんたちは、なんどもきたんですが、」と、牡羊は答えました。「キツネのやつらは、いつも<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>や<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめにはいりこんでかくれてしまいますから、<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>とうにも射つことができないんですよ。」

「おじさん、きみたちやお百姓さんたちでも、どうすることもできなかったんだから、ぼくみたいなちっぽけなものには、あいつらをやっつけることなんか、とうていできないね。」

「小さな、すばしこい者のほうが、いろんなことをうまくやってのけるものですよ。」と、大きな<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>が言いました。

ふたりは、このことについては、それいじょう何も話しませんでした。そして、ニールスは、山の上で草をたべているガンたちのところへいって、そのあいだにすわりました。牡羊のまえでは、じぶんの気もちをあらわしはしませんでしたが、ニールスは、心の中では羊たちの悲しい<ruby><rb>運命</rb><rt>うんめい</rt></ruby>を、たいへん気のどくに思っていたのです。そして、なんとかして、助けてやりたいと思っていたのでした。「とにかく、アッカやガチョウのモルテンに、話してみよう。」と、ニールスは思いました。「なにか、いい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちえ</span>を、かしてくれるかもしれない。」

それからしばらくたって、白いガチョウは、ニールスをせなかにのせて、山の<ruby><rb>平地</rb><rt>へいち</rt></ruby>をよこぎり、<ruby><rb>地獄穴</rb><rt>じごくあな</rt></ruby>のほうに、むかっていきました。

ガチョウは、なに一つさえぎるもののない山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きを、へいきで歩いていきました。じぶんのからだが、まっ白で大きいなどということは、まるで考えてもいないようです。草むらや土の<ruby><rb>盛</rb><rt>も</rt></ruby>りあがったところをさがして、かくれようとするわけでもなく、かまわずまっすぐに、歩いていきます。ちっとも用心をしないのは、まことにふしぎです。なぜって、きのうの<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のために、けがをしているらしいのですから。右足は<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びっこ</span>をひいていますし、左のつばさは、まるで折れてでもいるように、地べたにひきずっているのです。

ガチョウは、<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>などは、まるでないというような顔つきで、ぶらぶら歩きまわっては、あちこちで、草の葉をつついています。ちっとも、あたりに気をくばってはおりません。ニールスも、ガチョウのせなかにながながとねそべって、青い空を見あげています。いまでは、乗っていることにもなれてきましたので、ガチョウのせなかの上で、立ったり、ねころんだりすることもできたのでした。

ガチョウも、ニールスも、こんなにのんびりしていましたので、いましも、三びきのキツネが、山の上に姿をあらわしたのには、もちろん、気がつかないようでした。

キツネのほうは、何もない<ruby><rb>平地</rb><rt>へいち</rt></ruby>で、ガチョウをつかまえることは、とてもむりだと知っていましたから、さいしょのうちは、ガチョウのあとを追うのは、よそうと思いました。けれども、そのうちに、がまんができなくなって、とうとう、長い<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめの一つの中にとびこんで、こっそりと、ガチョウのほうに近よろうとしました。キツネたちは、<ruby><rb>注意</rb><rt>ちゅうい</rt></ruby>ぶかく、そっと、近づいていきましたので、ガチョウの目には、キツネの<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>さえはいらないようでした。

キツネたちが、あまり遠くないところまできたとき、ガチョウは、飛びあがろうとしました。つばさをひろげて、<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたいてみましたが、からだがうまく持ちあがりません。キツネたちは、ガチョウが、飛ぶことができないと見てとりますと、いきおいづいて<ruby><rb>前進</rb><rt>ぜんしん</rt></ruby>しました。そして、もう裂けめの中にじっとかくれていることができなくなって、穴からとびだしました。キツネたちはなるべく草むらや岩かげに、身をひそませながら、だんだん、ガチョウに近づいていきました。それでも、ガチョウのほうは、まだ、ねらわれているとは、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らないようすです。とうとう、キツネたちは、もうすこしでガチョウにおどりかかれるほど、ちかくまでせまりました。そして、ここぞとばかり、三びきいっせいに、ガチョウめがけておどりかかりました。

ところが、<ruby><rb>間一髪</rb><rt>かんいっぱつ</rt></ruby>のところで、ガチョウは感づいたのにちがいありません。さっと、わきへとびのきました。キツネどもは、もののみごとに<ruby><rb>失敗</rb><rt>しっぱい</rt></ruby>です。けれども、まだまだ<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>はせまっています。なにしろ、ガチョウは、ほんの二メートルぐらいさきへいっただけなのですから。おまけに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">びっこ</span>をひいているではありませんか。そしてガチョウのモルテンは、あわれにも、一もくさんに<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げていきます。

ニールスは、ガチョウのせなかに、うしろむきにすわって、キツネたちにむかってさけびました。

「きさまたちは、羊の<ruby><rb>肉</rb><rt>にく</rt></ruby>を<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>って<ruby><rb>肥</rb><rt>ふと</rt></ruby>りすぎたな。やい、キツネめ。ガチョウさえつかまえられないじゃないか。」と、さかんにからかいました。<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りくるったキツネたちは、われを<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れて追いかけました。

白いガチョウは、あの大きな<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめのほうへ、まっすぐに走りました。そこまでいくと、つばさをひとうちして、ひらりと、飛びこえました。すぐそのあとには、キツネたちが<ruby><rb>迫</rb><rt>せま</rt></ruby>っています。

ガチョウは、<ruby><rb>地獄穴</rb><rt>じごくあな</rt></ruby>を飛びこえてからも、まえと同じように、早く走りつづけました。けれども、二メートル走ったか走らないうちに、ニールスが、ガチョウの首をたたいて言いました。

「もう、とまってもいいよ、モルテンや！」

そのしゅんかんに、うしろのほうで、ものすごいさけび声とどうじに、<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>でガリガリひっかく音、つづいてズシーンと、からだが落ちる音が聞こえました。そしてもう、キツネの姿は見えませんでした。

あくる朝、大カール<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>の<ruby><rb>燈台守</rb><rt>とうだいもり</rt></ruby>は、戸口の下に、一枚の木の皮がさしこんであるのを見つけました。それには、<ruby><rb>角</rb><rt>かど</rt></ruby>ばった字で、「小カール島のキツネどもが、<ruby><rb>地獄穴</rb><rt>じごくあな</rt></ruby>に落っこちたよ。早くいってごらん！」と、ほりつけてありました。

そこで、燈台守は、言われたとおりにいってみました。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">14</span>　二つの<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>

## 海の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>の都

四月九日　土曜日

おだやかな、よく晴れた夜でした。もう、ガンたちは、ほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中にかくれて眠る<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はありません。みんなは山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きに立って眠りました。ニールスはそのそばのみじかい<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れた草の中にねころんでいました。

お月さまが、あかるく<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていましたので、ニールスは、ながいこと眠れませんでした。そして、ねころんだまま、家を出てから、もうどのくらいたつだろう、と、ふと思いました。かぞえてみますと、あれからもう三週間になります。すると、こんやは<ruby><rb>復活祭</rb><rt>ふっかつさい</rt></ruby>の<ruby><rb>前夜</rb><rt>ぜんや</rt></ruby>ということになります。

「ブローキュッラから、<ruby><rb>魔女</rb><rt>まじょ</rt></ruby>たちが家へやってくるのは、こんやだな。」ニールスはそう思いながら、ちょっと笑いました。というのは、<ruby><rb>妖精</rb><rt>ようせい</rt></ruby>とか、<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>のようなものは、ふだんからこわがっていましたが、魔女なんてものが、この世の中にいるとは信じていませんでしたから。

こんや、もし魔女がくるとすれば、きっとニールスにも見えるにちがいありません。なにしろ、空はこんなにあかるく晴れわたっているのですから、これでは、どんなにちっぽけな点でも、動いてさえいれば、かならず見えるはずです。

そんなことを、あれやこれやと考えながら、あおむけにねころんで、空を見あげていますと、なんだか、とても美しいものが見えてきました。お月さまは、かなり高いところで、まんまるくあかるく<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていました。すると、お月さまのおもてをかすめて、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の大きな鳥が飛んできました。まるで、お月さまの中から飛びだしてきたようです。その鳥の姿は、あかるいお月さまを<ruby><rb>背景</rb><rt>はいけい</rt></ruby>にして、黒く見えました。ひろげたつばさは、ちょうどお月さまのはしから、はしまでとどいています。からだは小さくて、細長い首と、細長い足をしています。ニールスはすぐに、コウノトリにちがいない、と気がつきました。

まもなく、コウノトリのエルメンリークくんが、ニールスのそばにおりてきました。コウノトリは、からだをまげ、くちばしでニールスをつついて、<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こしました。

すぐに、ニールスは起きあがりました。「ねむっちゃいないよ、エルメンくん、」と、ニールスは言いました。「どうしてこんなよなかに出かけてきたの？　グリンミンゲ<ruby><rb>城</rb><rt>じょう</rt></ruby>はどんなぐあい？　アッカおばさんに<ruby><rb>会</rb><rt>あ</rt></ruby>いたいのかい？」

「こんやは、ねるのにはもったいないくらい、あかるいでしょう、」と、エルメンリークくんは答えました。「だから、<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よしのオヤユビさんをたずねに、カール島まで飛んできたんです。あなたが、こんや、ここにいらっしゃることは、カモメくんから聞きましたからね。わたしはまだ、グリンミンゲ城へは<ruby><rb>移</rb><rt>うつ</rt></ruby>らずに、あいかわらずポンメルンに住んでいるんですよ。」

ニールスは、エルメンリークくんがたずねてきてくれたのを、心から<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びました。ふたりは、古い友だちどうしのように、つぎからつぎへといろんな話をしました。さいごに、コウノトリは、こんなに美しい<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>なんだから、しばらくいっしょに遊びにいってみないか、と言いだしました。

ニールスは、お日さまののぼるまえに、ガンたちのところへつれて帰ってくれるなら、もちろん喜んでいきたい、と言いました。コウノトリは、そうすると<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>しました。そこで、ふたりは出かけました。

エルメンリークくんは、またもやお月さまをめがけて、まっすぐに飛んでいきました。高くのぼればのぼるほど、海は下へ下へと、沈んでいきました。けれども、コウノトリの飛びかたが、とってもじょうずで、いかにもふんわりとしていましたので、乗っているニールスは、まるで空にじっととまっているような気がしました。

エルメンリークくんがおりはじめて、下へ<ruby><rb>着</rb><rt>つ</rt></ruby>いたとき、ニールスは、こんどはいやに早かったな、と思いました。けれども、ほんとうは、とても遠くまで飛んできたのです。なぜなら、コウノトリは、ニールスをおろしたとたんに、口をひらいて、「ここは、ポンメルンです。あなたは、ドイツにいるんですよ、オヤユビさん。」と、言いました。それを聞いて、ニールスはあきれかえってしまいました。じぶんが外国にきていようなんて、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも知らなかったのですから。ニールスは、すばやくあたりを見まわしました。ふたりは、やわらかい、美しい<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>でおおわれている、さびしい<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べに立っていました。海べにそって、テンキ草の<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている<ruby><rb>砂丘</rb><rt>さきゅう</rt></ruby>が、長くつづいています。その砂丘は、あまり高くはありませんでしたが、ニールスには、<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>のほうが見えませんでした。

エルメンリークくんは、砂丘の上に立って、片足をあげ、頭をうしろにそらせて、くちばしをつばさの下につっこみました。

「わたしが休んでいるあいだ、しばらく浜べをぶらついてきてもいいですよ。」と、コウノトリはオヤユビくんに言いました。「けれども、またここへもどってこられないとこまりますから、あんまり遠くへいっちゃだめですよ。」

ニールスは、まず、むこうの<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>がどんなふうか見ようと思って、<ruby><rb>砂丘</rb><rt>さきゅう</rt></ruby>の一つにのぼろうとしました。ところが、二、三歩あるいたかと思うと、なにか<ruby><rb>固</rb><rt>かた</rt></ruby>いものが、<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>の先にぶっつかりました。からだをかがめてみますと、砂の上にすっかりさびついた、小さな<ruby><rb>銅貨</rb><rt>どうか</rt></ruby>が、一枚落ちています。でも、あんまりきたないので、ついひろう気にもなれず、足でけとばしてしまいました。

ところが、もう一どからだを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こしたとき、ニールスは、どんなに<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いたことでしょう！　それもそのはず、<ruby><rb>二足</rb><rt>ふたあし</rt></ruby>とは<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れない目のまえに、高い黒ぐろとした<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>と、大きな<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のある門が立っているではありませんか。

たったいま、かがんだときには、そこには、たしかに海がキラキラと、なめらかに<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていました。それが、いまは、<ruby><rb>狭間</rb><rt>はざま</rt></ruby>や<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のある壁で、かくされてしまっているではありませんか。さっき目のまえには、<ruby><rb>海草</rb><rt>かいそう</rt></ruby>がうちよせられて、山のようになっていましたが、いまは、そこには大きな門が、ひらかれているのです。

ニールスは、これはきっと、まぼろしみたいなものだろうと思いました。けれども、べつにこわがる<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はないと思いました。たしかに、これは、<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>な<ruby><rb>魔物</rb><rt>まもの</rt></ruby>や<ruby><rb>悪魔</rb><rt>あくま</rt></ruby>のようなものではありません。<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>も門も、じつに美しくできています。それで、ニールスも、つい、そのうしろにはどんなものがあるか、見たくてたまらなくなってきました。「よし、こいつはいったいなんだか、見とどけてやろう。」と、思いながら、ニールスは門を通って、はいっていきました。

アーチの下には、ニシキもようの<ruby><rb>服装</rb><rt>ふくそう</rt></ruby>をした<ruby><rb>番兵</rb><rt>ばんぺい</rt></ruby>たちが、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">え</span>の長いやりをかたわらにおいて、すわりこんで、サイコロ<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>びをしていました。みんなは、遊びにむちゅうになっていましたので、ニールスがそばを<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けていったのには、すこしも気がつきませんでした。

門にすぐつづいて、大きな<ruby><rb>平</rb><rt>たい</rt></ruby>らな石をしきつめた、<ruby><rb>広場</rb><rt>ひろば</rt></ruby>がありました。まわりには、高いりっぱな<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>が立ちならんでいて、そのあいだに、せまくて長い通りがありました。

門に面した広場には、人びとがいっぱいいました。見れば、男の人は、しゅすの<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>の上に、<ruby><rb>毛皮</rb><rt>けがわ</rt></ruby>をふちにつけた長いマントを着て、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛の<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのついたぼうしをななめにかぶり、<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>には、世にも美しい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くさり</span>をさげています。どの人もどの人も、すばらしい身なりをしているので、みんな、王さまのように見えます。

女の人たちは、ずきんをかぶり、せまいそでの長い着物をきています。やっぱり美しく着かざってはいますが、とても男の人たちの<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかさには及びません。

このありさまは、おかあさんがときどき、箱の中からとりだして見せてくれた、<ruby><rb>昔</rb><rt>むかし</rt></ruby>のお話の本の中の<ruby><rb>絵</rb><rt>え</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ています。ニールスは、なかなか、じぶんの目を信じることができませんでした。

けれども、男よりも女よりも、もっともっとふしぎに見えるのは、この<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>です。どの家も、<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>が通りに<ruby><rb>面</rb><rt>めん</rt></ruby>するようにつくられています。しかも、その破風が、きらびやかに<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りたててあって、まるで、どれがいちばん美しいかを、きょうそうしあっているようです。

新しいものを、きゅうにたくさん見ても、それをすっかりおぼえてしまうことは、なかなかできないものです。しかし、ニールスはあとになってからも、<ruby><rb>段々</rb><rt>だんだん</rt></ruby>のある<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>だけは思いだすことができました。そこには、キリストと<ruby><rb>使徒</rb><rt>しと</rt></ruby>の<ruby><rb>像</rb><rt>ぞう</rt></ruby>が、<ruby><rb>安置</rb><rt>あんち</rt></ruby>されていました。それから、壁のくぼんだところにいろいろの像が置かれている破風や、色ガラスをはめこんだ破風や、白と黒の<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>でしまをなしている<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>なども、思いだすことができました。ニールスは、すっかり感心して、こういうものをながめていましたが、とつぜん、「こんなものは、まだ、見たことがない。これからも、二どと見ることはないだろう。」と、思いました。そこで、あわてて、町の中へ<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けだしていって、通りをのぼったりおりたりしました。

通りはせまくて、まっすぐでしたが、ニールスの知っている<ruby><rb>都会</rb><rt>とかい</rt></ruby>とはちがって、ここにはいたるところに人がいました。年とった女の人たちは<ruby><rb>戸口</rb><rt>とぐち</rt></ruby>にすわって、<ruby><rb>紡車</rb><rt>つむぎぐるま</rt></ruby>をつかわずに、ただ一本の糸まき<ruby><rb>竿</rb><rt>ざお</rt></ruby>で、糸をつむいでいました。<ruby><rb>商店</rb><rt>しょうてん</rt></ruby>は、ちょうど<ruby><rb>露店</rb><rt>ろてん</rt></ruby>のようなぐあいに、通りにむかって開いていました。<ruby><rb>職人</rb><rt>しょくにん</rt></ruby>たちは、みんなおもてで仕事をしていました。あるところでは、<ruby><rb>魚油</rb><rt>ぎょゆ</rt></ruby>をにたてていましたし、またあるところでは、皮をなめしていました。またべつのところでは、なわをなっていました。

もし、時間さえあったなら、ニールスは、いろんな物の<ruby><rb>造</rb><rt>つく</rt></ruby>りかたを、残らずおぼえてしまうことができたでしょう。ニールスは、このほかにも、いろんなものを見ました。たとえば、<ruby><rb>宝石師</rb><rt>ほうせきし</rt></ruby>が<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ゆびわ</span>や<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うでわ</span>に宝石をちりばめるところや、<ruby><rb>挽物師</rb><rt>ひきものし</rt></ruby>が鉄をあつかうところ、それからまた、<ruby><rb>靴屋</rb><rt>くつや</rt></ruby>が赤いやわらかい靴をつくるところや、<ruby><rb>金糸工</rb><rt>きんしこう</rt></ruby>が金糸をぐるぐるまわすところや、<ruby><rb>織物師</rb><rt>おりものし</rt></ruby>が金や銀を<ruby><rb>反物</rb><rt>たんもの</rt></ruby>の中に<ruby><rb>織</rb><rt>お</rt></ruby>りこむところなどを見ました。

でも、立ちどまっているひまはありません。なにもかもが<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまわないうちに、できるだけたくさんの物を見ておこうと思って、ニールスは、どんどんさきへかけていきました。

高い<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>が市のまわりをとりまいていました。ちょうど、小さな<ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>が畑のまわりをとりまいているように。どの通りのはしにも、<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>と<ruby><rb>狭間</rb><rt>はざま</rt></ruby>のある壁が見えました。そして、その壁の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きには、<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>くばかりの<ruby><rb>武装</rb><rt>ぶそう</rt></ruby>をした<ruby><rb>兵士</rb><rt>へいし</rt></ruby>が歩いていました。

ニールスが、その都のはしからはしへ走っていきますと、こんどは、ちがった門に出ました。そのむこうには、ひろびろとした海と<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>が見えます。港には、まんなかにこぎての席があって前とうしろにへやのある、<ruby><rb>古風</rb><rt>こふう</rt></ruby>な船が浮かんでいました。ちょうどいま、あるものは<ruby><rb>積荷</rb><rt>つみに</rt></ruby>をし、あるものはいかりをおろそうとしていました。<ruby><rb>仲仕</rb><rt>なかし</rt></ruby>や<ruby><rb>商人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>が、いそがしそうに走りまわっていました。そこらじゅうが、がやがやしていました。

けれども、ニールスは、気がせくので、ここにも長くいるわけにはいきません。また、町の中に<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けもどって、大きな広場にきました。そこには、三つの高い<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のある。大きな教会が立っていました。その深いまる<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>のあるアーチには、たくさんの<ruby><rb>像</rb><rt>ぞう</rt></ruby>が置かれていました。そこの壁は、美しい<ruby><rb>彫刻</rb><rt>ちょうこく</rt></ruby>がほどこされていて、一つ一つの名も、みんなとくべつに<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りをつけられています。そして、その開いた門から見えるすばらしさには、ただ、ただ驚くばかりでした。金の<ruby><rb>十字架</rb><rt>じゅうじか</rt></ruby>、金で飾りたてた<ruby><rb>祭壇</rb><rt>さいだん</rt></ruby>、金の<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>を着た<ruby><rb>僧侶</rb><rt>そうりょ</rt></ruby>たち！　教会のまむかいには、ギザギザのある屋根を持った建物がありました。その屋根の上には、塔が一つ、空にむかってスラリと高くつきでていました。それはたぶん、<ruby><rb>市役所</rb><rt>しやくしょ</rt></ruby>でしょう。教会と市役所のあいだには、広場をとりかこんで、さまざまの<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りのついた、見るも美しい<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>のある家々が立ち<ruby><rb>並</rb><rt>なら</rt></ruby>んでいました。

ニールスは、あんまり駈けまわりましたので、あつくなって、くたびれてきました。もう町の中のいちばんすてきなものは見てしまったんだから、これからは、もうすこし、ゆっくり歩こうと思いました。やがて、ある通りにまがっていきました。そこは、町の人たちが美しい<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>を買うところのようでした。見れば、おおぜいの人たちが、小さな店の前に集まっています。商人は、金<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">らん</span>や、かたい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しゅす</span>や、おもたい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">にしき</span>や、ピカピカしたビロードや、うすいヴェールや、クモの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>のようにすきとおったレースなどをひろげていました。

さっき、早く走っていたときには、だれひとり、ニールスには<ruby><rb>注意</rb><rt>ちゅうい</rt></ruby>をはらいませんでした。みんなは、ちっぽけなネズミが、ちょこちょこ<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けまわっているのだろうぐらいに思っていたのです。ところがいま、ゆっくりと通りを歩いていきますと、商人のひとりが、ニールスの姿を見つけて、手まねきしました。

ニールスは、さいしょはこわくて、思わず<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げだそうとしました。けれども、商人はニコニコしながら手まねきしては、ニールスの気をひこうとするように、美しい<ruby><rb>絹</rb><rt>きぬ</rt></ruby>ビロードを、台の上にひろげてみせました。

ニールスは、頭をふりました。そして、「ぼくなんか、いつまでたっても、そんな<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>は一ヤードだって買えやしないんだ。」と、心に思いました。

ところが、こんどは、通りにならんでいる店の人たちも、みんなニールスの姿を見つけました。目のとどくかぎり、どこにもかしこにも商人が立って、手まねきしています。みんなは、りっぱなお客のことは忘れてしまって、ニールスにばかり気をとられているのです。見ていますと、<ruby><rb>商人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>たちは店のすみっこに走っていっては、いちばんいい品物を持ってきて、それを台の上にならべながら、むちゅうになって手をふっているのです。

ニールスは、かまわずどんどん歩いていきました。すると、商人のひとりが、台をとびこえてきて、ニールスをひきとめました。そして、<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>いろの<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>や、まぶしいほどピカピカ光る美しいもうせんを、ニールスの目の前にひろげてみせました。

ニールスは、ただ、ニコニコするよりほかはありませんでした。ニールスのような、ちっぽけな、まずしいものには、そんな品物を買うことができないぐらい、わかりそうなものです。ニールスは、立ちどまって、じぶんはなんにも持っていないから、このままいかせてくれということを、みんなに知らせようと思って、からっぽの両手を、ひらいてみせました。

すると、商人はうなずいて、指を一本あげてみせながら、その美しい品物の山を、ニールスのほうにつきだしました。

「この人は、<ruby><rb>金貨</rb><rt>きんか</rt></ruby>一枚で、これをみんな売るっていうんだろうか？」と、ニールスは思いました。

と、商人はおっそろしく小さな、すりへった<ruby><rb>銅貨</rb><rt>どうか</rt></ruby>を一枚とりだして、ニールスに見せました。そして、なんとかして売ろうと、むちゅうになって、さらに、大きなおもたい銀のさかずきを二つ、その山につけ加えました。

ニールスは、ポケットの中をさぐりはじめました。もちろん、銅貨一枚持っていないことは、しょうちしきっているのですが、思わずしらずそうしてみたのです。

ほかの商人たちは、このあきないがどうなることかと、じっと<ruby><rb>見守</rb><rt>みまも</rt></ruby>っていました。そして、ニールスが、ポケットの中をさがしはじめたのを見ますと、みんなは、じぶんの店にとんで帰って、金や銀の<ruby><rb>装飾品</rb><rt>そうしょくひん</rt></ruby>を手に持てるだけ持ってきて、ニールスのまえにならべてみせました。そして、<ruby><rb>銅貨</rb><rt>どうか</rt></ruby>一枚くれれば、これをみんなあげるということを、手まねで知らせました。

ニールスは、チョッキのポケットからズボンのポケットまでひっくりかえして、なんにも持っていないことを、商人たちに見せました。と、どうでしょう。ニールスよりも、ずっといい身なりをしているこの商人たちの目には、みるみるうちに<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>があふれてきました。みんなが、あんまり<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんでいるようすなので、ニールスも、すっかり心を動かされました。そして、どうにかして助けてやれないものだろうかと考えこみました。すると、ついさっき、<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べで見た、さびだらけの<ruby><rb>銅貨</rb><rt>どうか</rt></ruby>のことを、ふっと思いだしました。

ニールスは、すぐさま通りを<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けおりていきました。すると、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>よく、さいしょにはいった門のところに出ました。大いそぎでそこを通りぬけて、さっきあった小さな銅貨をさがしはじめました。

すぐに見つかりました。ところが、それを<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>いあげて、町の中へ<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けもどろうとしたとたんに、これはまた、どうしたというのでしょう。目のまえに見えるものは、ただ海ばかりで、もはや<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>もなければ、門もありません。<ruby><rb>番兵</rb><rt>ばんぺい</rt></ruby>の姿も見えなければ、通りも、家も見えません。ただ、海がひろがっているばかりです。

ニールスの目には、思わず<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がうかんできました。さいしょのうちは、じぶんがいま見たものは、まぼろしであったろうと思っていましたが、それもまもなく忘れてしまいました。ただ、なにもかもが美しかったということだけが、思いだされるのでした。そして、<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>がとつぜん消えてしまったいまは、口で言いあらわせないほどの深い悲しみをおぼえるのでした。

そのとき、コウノトリのエルメンリークくんは目をさまして、ニールスのところへいきました。けれども、ニールスは、コウノトリの来たことに気がつきませんでした。そこでコウノトリは、気づかせるために、くちばしでニールスをつつきました。

「あなたはここに立って、わたしのように眠っていたんですね。」と、エルメンリークくんは言いました。

「ああ、エルメンリークくん、」と、ニールスは言いました。「いまさっき、ここにあった<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>はなんだったの？」

「都を見たんですって？」と、コウノトリは言いました。「あなたは眠って、<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>を見ていたんですよ。」

「いいや、眠ってなんかいなかったよ。」と、オヤユビくんは言って、いま見たことを、のこらず、コウノトリに話して聞かせました。

すると、エルメンリークくんはこう言いました。「わたしの考えではね、オヤユビさん、やっぱりあなたはこの<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べで眠って、いまのことをみんな、夢にみたんだと思いますね。そのわけを、いまお話ししましょう。じつは、鳥の中でいちばん物知りのバタキーというカラスが、わたしにこんなことを話してくれたことがあるんですよ。むかし、この浜べには、ヴィネータという名まえの<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>があったそうです。その都は世界じゅうのどんな都よりもお金があって、りっぱでした。ところが、ふしあわせなことには、その<ruby><rb>住民</rb><rt>じゅうみん</rt></ruby>たちがだんだん、こうまんちきになって、はでなことがすきになったんです。バタキーの話では、その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ばち</span>があたって、ヴィネータの都は、<ruby><rb>洪水</rb><rt>こうずい</rt></ruby>のために海の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>に沈められてしまったそうです。けれども、その<ruby><rb>住民</rb><rt>じゅうみん</rt></ruby>たちはそのままで、死んではいませんし、その都にしても、やっぱりほろびてはいないんです。そして、百年めに一どずつ、むかしのままの<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかなありさまで、海の底から浮かびあがってきて、かっきり一時間だけ、この<ruby><rb>浜</rb><rt>はま</rt></ruby>べにじっとしているんです。」

「うん、その話はほんとうにちがいない。」と、オヤユビくんは言いました。「だって、ぼく、それを見たんだもの。」

「ところが、その一時間のあいだに、ヴィネータの商人が、だれかに品物を売ることができなかったばあいには、その時間がすぎると、また都は、海の底に沈んでしまうんですよ。だから、もしもあなたがね、オヤユビさん、ほんのちっぽけな<ruby><rb>銅貨</rb><rt>どうか</rt></ruby>でも持っていて、商人に<ruby><rb>払</rb><rt>はら</rt></ruby>ってやることができたら、ヴィネータはいつまでもこの浜べにとどまっていて、そこの住民たちも、ほかの人間たちと同じように、一生を<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らして、死ぬことができたでしょうよ。」

「ああ、エルメンリークくん、」と、ニールスは言いました。「どうしてきみが<ruby><rb>真夜中</rb><rt>まよなか</rt></ruby>にやってきて、ぼくをつれだしたのか、いまになって、やっとわかったよ。ぼくがあの古い都を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ってやれると、きみは思っていたんだね。だけど、きみの思うように、うまくいかなくって、ほんとうにざんねんだよ。」

ニールスは両手で顔をおおって、泣きだしました。ニールスとエルメンリークくんのどちらが、よけい<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しそうだったか、それはちょっと言うことができません。

## 生きている<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>

四月十一日　月曜日

<ruby><rb>復活祭</rb><rt>ふっかつさい</rt></ruby>の月曜日に、ガンたちとオヤユビくんは、また旅に出ました。そしてこんどは、ゴットランド<ruby><rb>島</rb><rt>とう</rt></ruby>の上にきました。

この大きな島は、みんなの下に<ruby><rb>平</rb><rt>たい</rt></ruby>らによこたわっています。地上は、スコーネと同じように<ruby><rb>市松</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>もようで、<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>や<ruby><rb>農園</rb><rt>のうえん</rt></ruby>がたくさんあります。ただスコーネとちがうのは、ここには畑のあいだに草の<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った<ruby><rb>牧場</rb><rt>ぼくじょう</rt></ruby>が多いのと、<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>が庭をとりかこんでつくられてはいないことです。それから、このゴットランド島には、たくさんの<ruby><rb>公園</rb><rt>こうえん</rt></ruby>や、高い<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>をもった、古いお<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>のある大きな<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>もありません。

ガンたちは、オヤユビくんのために、ゴットランド島の上を通ることにしたのです。なにしろ、オヤユビくんはもう二日のあいだしおれきっていて、ろくに口もきかなかったのですからね。あんなにもふしぎに、目の前にあらわれてきた古い都のことが、頭にこびりついていて、どうしても忘れることができなかったのです。ニールスは、いままであんなにりっぱな美しいものを見たことがありませんでした。そして、それを<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ってやれなかったのが、ざんねんでたまりませんでした。いつもはそんなにクヨクヨする子どもではありませんでしたが、いまはあの美しい建物や、りっぱな人たちのために、心から悲しんでいるのでした。

アッカとガチョウは、口ぐちに、そういうものはみんな夢かまぼろしなんだと言ってきかせましたが、ニールスは、そんなことばには、耳をもかそうとはしませんでした。ニールスは、だれがなんと言っても、じぶんの目で、あの都をたしかに見たんだと信じきっているのです。けれども、ニールスがあんまりひどく<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんでいるので、仲間のガンたちも、オヤユビくんのことが心配になってきました。

ニールスが悲しみにしずんでいたとき、とつぜん、年とったカクシが<ruby><rb>戻</rb><rt>もど</rt></ruby>ってきました。カクシは、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のためにゴットランド島のほうへ吹き流されて、みんなのいどころをさがすために、その島じゅうを飛びまわらなければなりませんでした。そして、やっと、カラスから、みんなが小カール島にいるということを聞いて、<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んできたのです。そして、オヤユビくんが、ゆううつになっていることを聞きますと、すぐさま、こう言いました。

「オヤユビさんが、古い都のことで悲しんでいるのなら、すぐに、なぐさめてあげられますよ。わたしについていらっしゃい。きのう、わたしの見たところへつれていってあげれば、すぐに気がはれますよ。」

それから、ガンたちは、<ruby><rb>羊</rb><rt>ひつじ</rt></ruby>たちにわかれをつげて、カクシがオヤユビくんに見せたいという場所へ、いま、むかっているところでした。オヤユビくんは、しょげかえってはいましたが、それでも、いつものように、下を見おろさずにはいられませんでした。

ニールスは、さいしょのうちは、この島も小カール島とおなじように、――もちろん、小カール島よりは、ずっとずっと大きいけれども――けわしい<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>をなしているように思いました。しかし、あとになって、この島は、ひらたくなっていることを知りました。ちょうど、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のし</span><ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>で<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ねりこ</span>のかたまりをのすように、きっと、だれかが大きな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のし</span>棒で、この島の上をのしたものでしょう。でも、それがおせんべいのようにすっかりひらたくなるまで、のしつづけたわけではありません。というのは、ガンたちが海岸にそって飛んでいるあいだに、ほら<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>や<ruby><rb>岩柱</rb><rt>いわばしら</rt></ruby>のある、白い<ruby><rb>石灰質</rb><rt>せっかいしつ</rt></ruby>の高い<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>も、あちこちに見えました。けれども、この島は、たいていのところがたいらで、浜べもなだらかに、だんだん海のほうへさがっていっています。

みんなは、ゴットランド島で、月曜日の午後を<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しくのどかにすごしました。いまは<ruby><rb>陽気</rb><rt>ようき</rt></ruby>もすっかり春らしく、あたたかくなっていました。木々には、大きな<ruby><rb>芽</rb><rt>め</rt></ruby>がもえだし、<ruby><rb>牧草地</rb><rt>ぼくそうち</rt></ruby>には、いちめんに春の花が<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>きだしていました。ポプラの木の、ほっそりと長く<ruby><rb>垂</rb><rt>た</rt></ruby>れた枝は、ゆらゆらとゆらめいていました。どの家のまわりにも、小さな庭が見えましたが、そこには、スグリの茂みが青々としていました。

あたたかな<ruby><rb>陽気</rb><rt>ようき</rt></ruby>と、もえだした芽や花が、人びとを庭や道にさそいだしました。いく人かが集まりますと、きまって、そこでは<ruby><rb>遊戯</rb><rt>ゆうぎ</rt></ruby>がはじまりました。子どもたちばかりでなく、おとなまでもいっしょに遊びました。<ruby><rb>的</rb><rt>まと</rt></ruby>をきめて石をぶっつける<ruby><rb>競争</rb><rt>きょうそう</rt></ruby>をしたり、ガンたちにとどくくらい空高く、ボールをほおり投げたりしました。おとなたちが、そうやって遊んでいるのをながめるのは、ほんとうに気もちのいい、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しいものです。ニールスも、あの古い都を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>うことができなかった悲しみを忘れることができたなら、きっと、<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んだことでしょう。

それにしても、ニールスは、この旅がすてきな旅だと思わずにはいられませんでした。いくさきざきで、楽しそうな歌声がひびいてきます。子どもたちは、まるく<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>になっておどりながら歌っていました。とある木の<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>では、黒や赤の着物を着た人たちが、おおぜいすわって、ギターをかなでたり、ラッパを吹いたりしていました。また、ある通りでは、おおぜいの人たちが歩いてきました。それは、楽しい<ruby><rb>遠足</rb><rt>えんそく</rt></ruby>をしている、<ruby><rb>禁酒会員</rb><rt>きんしゅかいいん</rt></ruby>たちでした。ニールスは、<ruby><rb>金文字</rb><rt>きんもじ</rt></ruby>で書いた大きな<ruby><rb>旗</rb><rt>はた</rt></ruby>がヒラヒラしているのを見て、すぐにそれとわかりました。その人たちは、いつまでもいつまでも、歌っていました。

それからのち、ニールスは、ゴットランド島というと、いつも<ruby><rb>遊戯</rb><rt>ゆうぎ</rt></ruby>と歌とをいっしょに思いだすのでした。

ニールスは、長いあいだ下を見おろしていましたが、ふと、目をあげてみました。いや、そのおどろいたこと！　いつのまにかガンたちは島の内部をはなれて、西にむかい、海岸に来てしまっているのです。いまは、ひろびろとした青い海が、目の前にひろがっているではありませんか！　けれども、ニールスがおどろいたのは、海ではなくて、その海岸にあらわれてきた町です。

ガンたちのむれは、東から飛んできました。お日さまは、いま、西に<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>もうとしています。みんなが、その町に近づいたとき、町の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>や、塔や、<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>のある高い家々や、<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>などが、あかるい夕空を<ruby><rb>背景</rb><rt>はいけい</rt></ruby>にして、くっきりと、黒く、浮かびあがって見えました。そのためニールスには、この町が、ありのままの姿には見えないで、ほんのちょっとでしたが、まるで、<ruby><rb>復活祭</rb><rt>ふっかつさい</rt></ruby>の<ruby><rb>前夜</rb><rt>ぜんや</rt></ruby>に見た、あの都と同じように美しいような気がしました。

ところが、その町のすぐ近くまで来てみますと、それは、あの海の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>から浮かびあがった<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>に<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>てもいますし、また、似てはいないようにも思われます。この二つの町をくらべてみますと、それはちょうど、人が、ある日には、むらさきの<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>と<ruby><rb>宝石</rb><rt>ほうせき</rt></ruby>とで身をかざり、また、ある日には、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぼろ</span>にくるまっているのを見るのと、おなじようなものです。

そうです、この町も、いつかは、あの海べで見た海の底の都のようだったこともあるでしょう。じっさい、この町も、<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>や門のある<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>で、とりかこまれています。しかし、この町は、こうして地上にとどまることをゆるされてはいますが、この町の塔には屋根がなくて、うつろで、がらんとしています。門にはとびらもないし、<ruby><rb>番兵</rb><rt>ばんぺい</rt></ruby>や、<ruby><rb>兵士</rb><rt>へいし</rt></ruby>の姿も見えません。きらびやかな<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかさは、すっかり影をひそめて、ただ、はだかの<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>骨組</rb><rt>ほねぐみ</rt></ruby>が、残っているばかりです。

ニールスは、この町の上まで飛んできたとき、大部分の家が、小さな低い<ruby><rb>木造</rb><rt>もくぞう</rt></ruby>の家であることに気がつきました。むかしのままの、高い<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>のある家や、教会は、二つ三つ、あちこちに立っているだけでした。破風のある家々は、白くぬられていて、なんの<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りもついてはいませんでした。けれども、ニールスは、ついきのうの<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>、あの海の底に沈んだ都を見たばかりでしたから、それらの家々が、あるものは<ruby><rb>彫像</rb><rt>ちょうぞう</rt></ruby>で、またあるものは黒や白の<ruby><rb>大理石</rb><rt>だいりせき</rt></ruby>で、かざられていたにちがいないと思いました。

古い教会にしても、おなじことでした。たいていのものが屋根はなく、中はがらんとしていました。<ruby><rb>窓口</rb><rt>まどぐち</rt></ruby>は<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはて、<ruby><rb>床石</rb><rt>ゆかいし</rt></ruby>はこわれて、草がぼうぼうと<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>え、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にはツタが一めんにからみついていました。しかし、ニールスには、これらの教会が、むかしはどんなふうだったか、<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>してみることができました。壁には<ruby><rb>彫刻</rb><rt>ちょうこく</rt></ruby>がほどこされ、絵がかざりつけられていたことでしょう。<ruby><rb>内陣</rb><rt>ないじん</rt></ruby>には、<ruby><rb>祭壇</rb><rt>さいだん</rt></ruby>や、金ピカの<ruby><rb>十字架</rb><rt>じゅうじか</rt></ruby>が、立っていたことでしょう。そしてそこには、金の<ruby><rb>衣</rb><rt>ころも</rt></ruby>をまとった<ruby><rb>僧侶</rb><rt>そうりょ</rt></ruby>たちが、歩いていたことでしょう。

ニールスは、せまい町の門も見ました。そこには、<ruby><rb>祭日</rb><rt>さいじつ</rt></ruby>の午後だというのに、人の姿はほとんど見えません。でもニールスは、むかしは、りっぱに着かざった人たちが、おおぜいいたことを知っていました。それから、こういう門が、むかしは、あらゆる<ruby><rb>種類</rb><rt>しゅるい</rt></ruby>の<ruby><rb>職人</rb><rt>しょくにん</rt></ruby>のいっぱいいる、<ruby><rb>仕事場</rb><rt>しごとば</rt></ruby>のようなものであったことも、ちゃんと知っていました。

けれども、この町が、いまもなお美しく、しかも、めずらしいものだということには、ニールスは、すこしも気がつきませんでした。ピカピカした<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスのうしろに、テンジクアオイのある、<ruby><rb>裏通</rb><rt>うらどお</rt></ruby>りのこじんまりとした家は、ニールスの目には、はいりませんでした。それらの家は、<ruby><rb>黒</rb><rt>くろ</rt></ruby>い<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>にかこまれて、白くふちどられていました。それから、たくさんの美しい<ruby><rb>庭園</rb><rt>ていえん</rt></ruby>や<ruby><rb>並木道</rb><rt>なみきみち</rt></ruby>も、また、草におおわれた<ruby><rb>廃墟</rb><rt>はいきょ</rt></ruby>のすばらしさも、ニールスの目にはうつりませんでした。なにしろ、ニールスの心は、ゆうべ見た、あの<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかな<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>のありさまで、いっぱいでしたので、目の前にあるものの美しさは、なにも<ruby><rb>認</rb><rt>みと</rt></ruby>めることができなかったのです。

ガンたちは、町の上を二ど三ど、いったりきたりしました。オヤユビくんに、なにもかも、すっかり見せようというのです。とうとうしまいに、ガンたちは、<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>のあとの、草の<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上におりて、そこで、<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>をすごすことにしました。

ガンたちが、ねむってしまってからも、オヤユビくんは、長いあいだ、目をさましていました。そして、こわれた<ruby><rb>天井</rb><rt>てんじょう</rt></ruby>から、うすもも色の<ruby><rb>夕空</rb><rt>ゆうぞら</rt></ruby>を、ながめていました。こうして、しばらくもの思いにしずんでいましたが、やがて、あの海の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>の都を、<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>うことができなかったからといって、もう、なげくのはよそう、と、心にきめました。

そうだ、もう、なげくのはよそう。ゆうべ見た、あの都も、もし、海の底に沈まなかったとしたら、しばらく時がたつうちには、たぶん、この町とおなじように、<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはててしまったろう。そして、あの都も、きっと時の流れにはさからえないで、しまいには、この町とおなじように、屋根のない教会、<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>り一つない家、人の姿も見えない通りとなってしまったろう。それならば、<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかな姿のままに、海の底深くしずんでいるほうが、かえっていい。

「なるようになったのが、いちばんよかったんだ。」と、ニールスは、心に思いました。「もし、ぼくに、あの都を<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>える力があったとしても、いまとなっては、もうとても、救う気にはなれない。」

ニールスは、それからはもう、このことについては、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみませんでした。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">15</span>　スモーランドの言いつたえ

四月十二日　火曜日

ガンたちは、海の上をかなり飛んで、<ruby><rb>北部</rb><rt>ほくぶ</rt></ruby>スモーランドのユスト地方におりました。この地方は、<ruby><rb>陸</rb><rt>りく</rt></ruby>になりたいのか、それとも、海になりたいのか、どっちとも、心をきめかねているようでした。つまり、いたるところに<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>がいりこんでいて、それが陸地を、島やら、<ruby><rb>半島</rb><rt>はんとう</rt></ruby>やら、<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>やらにきりわけているのです。海の力が、ひじょうに強いために、低いところは、すっかり水の下にかくされてしまって、わずかに、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>や山だけが、海の上につきでています。

ガンたちが、海のほうからやってきたときは、夕がたでした。<ruby><rb>小高</rb><rt>こだか</rt></ruby>い丘になった陸地は、キラキラ光る湾のあいだに、美しくよこたわっていました。あちこちの島々には、小屋や小さな家が見えました。そして、<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>へ進んでいくにつれて、家々も大きく美しくなりました。しまいには、大きな白いお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>も見えてきました。海岸にそって、木々が立ちならんでいました。そのむこうには、畑がありました。小さな丘の上にも、木々が立っていました。それを見ているうちに、ニールスは、おもわず、ブレーキンゲを思いだしました。そこでも、ブレーキンゲとおなじように、陸と海とが、おたがいの持っている、いちばんいい、いちばんすばらしいものを、見せあおうとでもするように、こんなにも美しく、こんなにもなごやかに、むかいあっているのです。

ガンの仲間たちは、「ガン<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>」にある、草も木も<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていない島におりました。みんなは、<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べをひとめ見て、あちこちの島にいっているあいだに、春がだいぶ深まったことがわかりました。大きなりっぱな木々は、まだ葉をつけてはいませんが、その下の<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>には、白、黄、青の、色とりどりの春の草花が<ruby><rb>咲</rb><rt>さ</rt></ruby>いています。

ガンの仲間たちは、この花の<ruby><rb>敷物</rb><rt>しきもの</rt></ruby>を見たとき、びっくりしました。南部地方で、すこしぐずぐずしすぎたと思ったのです。

そこで、アッカは、「スモーランドでやすんでいるひまはないから、あしたの朝すぐに、エステルイエートランドをこえて、北にむかって旅をつづけなければならない」と、みんなに言いました。

これでは、スモーランドはなにも見られないことになってしまいます。ニールスは、それがざんねんでたまりませんでした。というのは、まえからスモーランドのことは、ほかの地方よりも、ずっといろいろ話に聞いていたからです。で、ニールスは、ぜひとも、じぶん自身の目で見たかったのでした。

きょねんの夏、ニールスは、うまれ<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>に近いヨルドベリヤの近くの、ある<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>で、ガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>にやとわれていました。そのとき、ほとんどまいにちのように、やっぱりガチョウの番をしている、スモーランドうまれのふたりの子どもに出あいました。その子どもたちは、スモーランドのことで、たびたび、ニールスをおこらしたものでした。

もっとも、ねえさんのオーサが、ニールスをおこらせたわけではありません。この子は、りこうな子で、そんなことはしませんでした。ところが、弟のマッツのほうは、どうにもしようのない、いたずらっ子でした。

「おい、ニールスくん、きみは、スモーランドとスコーネが、どんなふうにしてできたか、知ってるかい？」と、マッツはたずねたものでした。そして、ニールスが知らないと答えますと、すぐに、スモーランドのむかしからの言いつたえを話しはじめました。

「じゃあ、話してやろう。いいかい、<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまが世界をおつくりになっていた時のことだぜ。神さまが、その仕事をなさっているところへ、<ruby><rb>聖</rb><rt>せい</rt></ruby>ペテロが通りかかったんだ。ペテロは立ちどまって、ながめていたけれど、まもなく、それは<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>のおれるお仕事ですか、と、きいたんだ。すると、神さまは、『うん、そんなにやさしくはないね。』と、お答えになったのさ。ペテロは、しばらくそこに立って見ていたんだ。神さまが、いかにもやすやすと、陸地をつぎからつぎへとおつくりになるのを見ているうちに、じぶんでもやってみたくなった。そこで神さまにむかって、『ちょっとお休みになってはいかがでしょう。そのあいだ、わたくしがかわりに、お仕事をいたしておりますから。』と、言ったんだ。でも、神さまは、そうさせたくはなかったので、『おまえにまかせておけるほど、おまえの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うで</span>はたしかかな。』と、お答えになったのさ。すると、<ruby><rb>聖</rb><rt>せい</rt></ruby>ペテロは<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてて、わたしだって、神さまとおなじように、りっぱな土地をつくることができます、と、言ったんだ。

そのときは、ちょうど神さまが、スモーランドをこしらえていらっしゃるところだった。まだ、半分もできてはいなかったけれど、ひじょうに美しい、よく<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた土地になるように見えた。ところで、神さまは、ペテロにいけないと言うのもかわいそうだと思われたんだ。それに、こんなにうまくできかけているんだから、だれがやっても、できそこなうようなこともあるまいと思われたんだね。そこで、『それなら、おまえとわしのどちらがうまくやるか、ひとつ、ためしてみようではないか。おまえは、はじめてだから、わしのやりかけたあとを、つづけてやるがいい。わしは、新しい土地をつくることにするから。』と、言われた。ペテロは、すぐにしょうちして、ふたりは、めいめいの場所で、それぞれ仕事にかかったんだ。

神さまは、すこし南へいかれて、スコーネをつくりはじめたけれど、すぐに、つくりあげてしまった。そこで、こんどは、ペテロにむかって、おまえの仕事はおわったか、と、たずねられ、新しい土地を見にきてはどうか、と、言われた。すると、ペテロは、『はい、とっくにできあがっております。』と言ったけど、その声の<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>からみると、ペテロは、じぶんのやった仕事に、いかにもまんぞくしているようだった。

ペテロは、神さまのこしらえたスコーネをながめたとき、じつによくできていると感心した。<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>すのにもってこいの、よく<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた土地で、山というようなものは、ほとんどない。見わたすかぎりが、平地なんだ。人間がそこに住んで、気もちよくくらすことができるようにとのお考えから、神さまがこしらえられたことは、はっきりしていた。ペテロは、『ほんとうに、これはよい土地ですね。けれども、わたしのつくったほうが、もっといいと思います。』と、言った。『それでは、それを見ようではないか。』と、神さまがおっしゃった。

その土地は、ペテロが仕事をはじめたときには、もう北と東は、できあがっていたんだ。だから、南と西とまんなかが、ペテロのこしらえたものだったのさ。ところが、神さまは、その土地をごらんになったとたんに、びっくりなさって、『いったい、おまえは、なにをこしらえようというのだ？』と、おっしゃった。

そう言われて、ペテロもあたりを見まわして、じぶんでも、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてしまった。さいしょ、ペテロのつもりでは、あたたかい土地をつくるのが、いちばんいいだろうと思ったんだ。そこで、たくさんの石をつみあげて、高地をきずきあげた。つまり、こうすれば、<ruby><rb>太陽</rb><rt>たいよう</rt></ruby>に近くなるから、それだけ、太陽の熱をたくさん受けられるだろうと思ったわけさ。そして、そのつんだ石の上に、ペテロは、すこしばかり土をかけて、これで、すべてがうまくいくものと思いこんでいたんだ。

ところが、ペテロが、スコーネにいっているあいだに、ものすごい<ruby><rb>夕立</rb><rt>ゆうだち</rt></ruby>が、二どばかりあったんだ。そのために、せっかくペテロのやった仕事が、台なしになってしまったのさ。神さまが、おいでになって、ごらんになったときには、土はすっかり洗い流されてしまい、いたるところに、はだかの<ruby><rb>石肌</rb><rt>いわはだ</rt></ruby>があらわれているというしまつなんだ。いちばんいいところでも、岩の上に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ねんど</span>やおもたい<ruby><rb>砂利</rb><rt>じゃり</rt></ruby>があるくらいのもので、とにかく、見るからにひんじゃくだった。だから、ここには、植物にしても、せいぜい、ネズとか、エゾマツとか、コケとか、ヒースぐらいのものしか<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えないだろうということは、<ruby><rb>一目</rb><rt>ひとめ</rt></ruby>でわかったほどさ。ところが、水だけは、じつにたくさんあった。山の<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめという裂けめに、みちあふれていたんだ。どこにもかしこにも、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>や川や小川がある。もちろん、<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>や<ruby><rb>沢</rb><rt>さわ</rt></ruby>もひろびろとひろがっている。しかし、なによりもまずいのは、ある地方では水が多すぎるっていうのに、ある地方では少なすぎるっていうことさ。なぜって、水の少ない地方では、<ruby><rb>田畑</rb><rt>たはた</rt></ruby>が、かわききった荒れ地のようなありさまで、ほんのちょっとでも、風が吹こうものなら、たちまち土や砂が、もうもうとまきあがってしまうんだもの。

『いったい、どういうつもりで、こんな土地をこしらえたんだね？』と、神さまがおききになった。すると、ペテロは、じつは、土地を高くきずいて、太陽の熱をたくさん受けるようにしたいと思ったのです、と、いいわけをした。

『だが、それなら、夜の<ruby><rb>冷気</rb><rt>れいき</rt></ruby>も、たくさん受けることになるね。』と　神さまはおっしゃった。『夜の冷気も、やはり、空からおりてくるんだからね。ここに<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>える、わずかなものも、<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>ってしまやしないだろうか。』

こういうことは、たしかに、ペテロは考えてもいなかった。

そして、神さまは、『ここは、<ruby><rb>霜</rb><rt>しも</rt></ruby>のよくおりる、やせた土地になるだろう。しかし、いまさら、どうすることもできない。』と、おっしゃったんだ。」

マッツが、ここまで話したとき、ねえさんのオーサが、ことばをはさみました。「あたし、たまらない！　だって、あんたの話を聞いてると、スモーランドは、とてもみじめな土地みたいだもの。あんたは、あそこにも、いい土地がたくさんあるのを忘れているのね。まあ、カルマール<ruby><rb>海峡</rb><rt>かいきょう</rt></ruby>のところの、メーレ地方を思いだしてごらん！　あそこぐらいよく<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた土地って、どっかにある？　あそこにも、このスコーネとおなじように、畑がいっぱいあるじゃないの。それに、とってもいい土地なんだから、どんなものだって、きっとそだつと思うわ。」

「だって、しようがないよ。」と、マッツが言いました。「ぼくは、ひとから聞いた話をしているだけなんだもの。」

「それにね、あたしは、ユストのように美しい海岸は、どこにもないって、おおぜいの人たちが言ってるのを聞いたわよ。ほら、あの<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>や、島や、<ruby><rb>荘園</rb><rt>しょうえん</rt></ruby>や、森を考えてごらんよ。」と、オーサは言いました。

「うん、ほんとにそうだね。」と、マッツは言いました。

「それから、あんたは、先生のおっしゃったことをおぼえてないの？　ほら、ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の南の地方のように、いきいきとした、<ruby><rb>絵</rb><rt>え</rt></ruby>のように美しいところは、スウェーデンじゅうどこをさがしてもないって、おっしゃったじゃないの。あの美しい湖や、岸ぞいの黄色の山々や、マッチ<ruby><rb>工場</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>のあるエンチェーピングや、ムンク湖を思いだしてごらん。それから、フースクヴァルナや、あそこにある大きな工場もさ！」と、オーサはつづけて言いました。

「うん、ほんとにそうだ。」と、マッツはもう一ど言いました。

「それから、まだまだあるわよ。ほら、あのヴィシングエー。あそこには<ruby><rb>廃址</rb><rt>はいし</rt></ruby>や、カシワの森や、むかしの言いつたえがあったわね。それから、エム川の流れている、あの谷も思いだしてごらん。村や、<ruby><rb>製粉所</rb><rt>せいふんじょ</rt></ruby>や、<ruby><rb>製材所</rb><rt>せいざいしょ</rt></ruby>や、<ruby><rb>指物工場</rb><rt>さしものこうじょう</rt></ruby>があったでしょう！」

「うん、ほんとにそうだ。」マッツは、こまったような顔をしながら、またまた、こう言いました。

そのとき、とつぜん、マッツは顔をあげて、さけびました。「そうだ、ぼくたち、うっかりしてたんだ。それはみんな、もちろんスモーランドにあるよ。それも、ペテロが仕事をはじめるまえに、神さまが、おつくりになった土地のほうにね。だから、そこが美しくてりっぱなのも、あたりまえなんだ。けれども、ペテロのこしらえたスモーランドのほうは、やっぱり、言いつたえにあるとおりさ。だから、神さまが、それをごらんになったとき、悲しまれたのも、むりないんだ。」マッツは、さっきの物語の<ruby><rb>糸口</rb><rt>いとぐち</rt></ruby>を見つけて、また、話をつづけました。「ペテロは<ruby><rb>失敗</rb><rt>しっぱい</rt></ruby>したけれども、気をおとさずに、かえって、神さまをなぐさめようとして、『そんなに<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しまないでください！　しばらく待ってくだされば、わたしが、<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>をたがやし、石だらけの山をきりひらいて、畑にする人間をつくりますから。』と、言った。

けれども、神さまは、もうがまんができないので、こうおっしゃった。『いや、おまえは、わしが<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた、よい土地にこしらえたスコーネにおりていって、スコーネ人をつくるがいい。スモーランド人は、わしがつくるから。』そこで、神さまはまずしい土地でも、<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしをたてていくことができるように、<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>くて、まじめで、しかもほがらかで、<ruby><rb>勤勉</rb><rt>きんべん</rt></ruby>で、役にたつスモーランド人を、おつくりになったのさ。」

ここまで話すと、マッツは、いつもだまりこんでしまうのでした。そして、ニールス・ホルゲルッソンも、だまっていれば、何ごともなかったでしょう。ところがニールスは、ペテロのほうは、うまくスコーネ人がつくれたかどうかと、きかずにはいられないのでした。

「ふん、きみは、じぶん<ruby><rb>自身</rb><rt>じしん</rt></ruby>をどう思うね？」と、マッツは、いかにもばかにしきった顔つきでたずねました。ニールス・ホルゲルッソンは、もう、がまんができません。たちまちマッツにおどりかかって、なぐりつけようとしました。けれども、マッツはまだ小さい子です。と見るより早く、一つ年上のオーサが、すばやく<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けよってきました。オーサは、ふだんはおとなしい子ですが、だれかが弟に手をかけようとすると、たちまち、ライオンのように<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>るのでした。

ニールス・ホルゲルッソンは、女の子とけんかをする気にもなれません。それで、そっぽをむいて、その日は一日じゅう、このスモーランドうまれの子どもたちのほうは、見むきもしないのでした。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">16</span>　カラス

## 土のかめ

スモーランドの<ruby><rb>西南</rb><rt>せいなん</rt></ruby>のはしに、スンネルブーという地方があります。そこは、ずっと平地になっています。ですから、冬、雪におおわれているときには、だれでも、その雪の下には、ほかの<ruby><rb>平地</rb><rt>へいち</rt></ruby>とおなじように、<ruby><rb>休閑地</rb><rt>きゅうかんち</rt></ruby>や、ライムギ<ruby><rb>畑</rb><rt>ばたけ</rt></ruby>や、クローヴァの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた<ruby><rb>牧場</rb><rt>ぼくじょう</rt></ruby>があるものと思います。ところが、四月のはじめになって、この地方の雪がとけてしまいますと、雪の下にかくされていたものは、かわいた、砂だらけの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地と、はだかの岩と、大きな<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>ばかりであることがわかります。畑もあっちこっちにありはしますが、とても小さなものなので、とくにとりたてて言うほどのものではありません。それから、赤や<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の小さな<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>も、ところどころに見られますが、まるで人に見られるのをこわがってでもいるように、たいていのものがブナの森の中にかくれています。

スンネルブー地方が、ハルランドと<ruby><rb>接</rb><rt>せっ</rt></ruby>するところには、<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>だらけの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地がひろがっています。そこは、はしからはしまで見とおすことができないくらい広いものです。この荒れ地には、ヒースのほかは何も<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていません。ですから、ここにほかの植物を<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>らせるのは、たいへんなことでしょう。そのためには、まず第一に、ヒースを根だやしにしなければなりません。ヒースというのは、根も枝も葉もちっぽけで、ちぢこまっているくせに、まるでじぶんでは一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>まえの木のようなつもりでいるのです。だから、ほんとうの木のように、まるで森みたいに、そこらじゅうにひろがって、しかも、しっかりとかたまっているので、その<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地の中にはいってくる木は、どんなものでもみんな<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>らされてしまうのです。

この荒れ地の中で、ヒースのはびこっていないところが一つだけありました。そこは、荒れ地をよこぎっている、低い、石だらけの山地でした。そこには、マツ林があり、また、ナナカマドや、大きな美しいブナの木も数本<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていました。ニールス・ホルゲルッソンがガンたちといっしょに旅をしていたときは、そこには一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>の小屋があって、そのまわりの土地は、すこし<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>されていました。けれども、その小屋に住んでいた人たちは、なにかわけがあって、よそへひっこしてしまっていました。だから、いまはその小屋は住む人もなく、また土地も使われてはいませんでした。

この小屋に住んでいた人たちは、立ちさるときに、<ruby><rb>用心</rb><rt>ようじん</rt></ruby>ぶかく、かまどのふたをし、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>をしめ、戸に<ruby><rb>錠</rb><rt>じょう</rt></ruby>をおろしました。けれども、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスのわれめが、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぼろ</span>でふさいだだけになっているのには、気がつきませんでした。そののち、<ruby><rb>夕立</rb><rt>ゆうだち</rt></ruby>が二どあって、その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぼろ</span>が、ちぢんでしまったところへ、カラスがやってきて、とうとうそれをつつき<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>してしまいました。

荒れ地の中にあるこの山地は、人が<ruby><rb>想像</rb><rt>そうぞう</rt></ruby>するほど、さびしくはありません。なぜかといいますと、そこにはたくさんのカラスたちが住んでいるからです。といっても、もちろん一年じゅう、そこに住んでいるわけではありません。つまり、カラスたちは、冬には<ruby><rb>外国</rb><rt>がいこく</rt></ruby>へいきます。そして秋には、イエートランドじゅうの<ruby><rb>穀物畑</rb><rt>こくもつばたけ</rt></ruby>を、つぎからつぎへと飛びまわっては、穀物をひろいます。それから夏のあいだは、スンネルブー地方の<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>にちらばって、卵や、草木の<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>や、小鳥などをたべて生きています。けれども、<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>ごもりをする春になると、このヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている荒れ地の中に帰ってくるのです。

<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスのぼろをつつき<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>したのは、白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のガルムという名まえのカラスでした。けれども、このカラスのことをちゃんと名まえどおりに、ガルムというものはひとりもなく、みんなノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>ノロ公と呼んでいました。なぜなら、このカラスは、いつも、まのぬけた、へまなことばかりやっていたからです。ノロ公は、ほかのカラスよりも、からだも大きく、力もありましたが、そんなことはなんの役にもたちませんでした。みんなからはバカにされて、いつも笑いものになっていました。それから、ノロ公がたいへんにいい家<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がら</span>の出だということも、やっぱりなんの役にもたたないのでした。ほんとうなら、ノロ公がこのカラスの一むれのお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>になるはずでした。というのは、大昔から、<ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span><ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>の一ばん年上のものが、この<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>をになうはずになっていたのです。ところが、ノロ公の生まれるだいぶまえから、この<ruby><rb>権力</rb><rt>けんりょく</rt></ruby>が白<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>族の手をはなれて、アラシという、ざんにんな野ガラスにうばわれてしまっていたのです。

このように、権力が白<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>族からアラシの手にうつったということは、じつは、カラス山のカラスたちが、生活のしかたをかえることにきめたということを物語っているのです。おそらく、たいていの人が、カラスというものは、みんなおなじような生活をしているものと思うでしょう。ところが、ほんとうは、そうではありません。つまり、中にはりっぱな生活をしているものもあって、そういうカラスたちは、<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>とか、虫とか、死んだ動物とかいうようなものだけをたべているのです。ところが、いっぽうには、まったく<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みばかりをはたらいて<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしているような、ひどいやつらもあるのです。そういうのは、ウサギの赤んぼうや小鳥をさらったり、鳥の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>を見つけしだいにおそったりするのです。

むかしの白<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span><ruby><rb>族</rb><rt>ぞく</rt></ruby>は、ぎょうぎがよくて、げんかくでした。だから、白<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>族のものがお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>だったころは、カラスたちは、ほかの鳥から<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>く言われないように、ふるまわなければなりませんでした。ところが、カラスの数はふえてきますし、それに、だんだん、<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>になってきました。そこで、いままでのように、ぎょうぎのいい生活をしていることができなくなって、やがては<ruby><rb>白</rb><rt>しら</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>族にもそむき、ついに、<ruby><rb>極悪</rb><rt>ごくあく</rt></ruby>このうえもない、大どろぼうのアラシに<ruby><rb>権力</rb><rt>けんりょく</rt></ruby>をあたえてしまったのです。ところが、その<ruby><rb>妻君</rb><rt>さいくん</rt></ruby>のハヤテというのが、アラシよりもさらにひどいやつときているのです。こうして、カラスたちは、この<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>の<ruby><rb>手下</rb><rt>てした</rt></ruby>になって、いまでは、タカよりもフクロウよりも、ほかの鳥からおそれられているような生活をはじめたのです。

もちろん、白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>などはもんだいにもされませんでした。カラスたちは、口ぐちに、ノロ公は<ruby><rb>先祖</rb><rt>せんぞ</rt></ruby>にはちっとも<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>ていない、とうていお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>になる<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がら</span>ではない、と言いました。だから、ノロ公がいつも、まのぬけたことばかりやらなかったら、たぶんだれも目もくれなかったでしょう。りこうもののカラスたちは、ときどき、「ノロ公があんなに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">あほう</span>なのは、ノロ公のためにはかえってしあわせなんだ。」と言いました。さもなければ、お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>の家<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がら</span>に生まれついているんだから、きっとアラシとハヤテのために、追いだされてしまったろうというのです。

ところが、いまでは、そのはんたいに、アラシ<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>はノロ公にたいして、いくらか<ruby><rb>親</rb><rt>した</rt></ruby>しみをもつようになっていました。そして、よそへどろぼうをしにいくときには、いつもいっしょにつれていきました。もっとも、そうすれば、じぶんたちが、とんまなノロ公よりもずっとりこうで、<ruby><rb>勇敢</rb><rt>ゆうかん</rt></ruby>なことを、みんなに見せてやることができたわけです。

<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ぼろ</span>をつつき<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>したのが、ノロ公だとは、どのカラスも知りませんでした。もし知ったとすれば、みんなはどんなにか<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いたことでしょう。なぜって、ノロ公などが、人間の<ruby><rb>住居</rb><rt>すまい</rt></ruby>に近よる<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>をもっていようとは、とても信じられませんから。ノロ公は、そのことをだれにも話しませんでした。それには、じつは、ノロ公だけのとくべつのわけがあるのです。アラシとハヤテは、<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>のあいだや、ほかのカラスたちがまわりにいるときは、ノロ公にたいしていつも<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>でした。ところが、あるまっくらな<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>のこと、<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のカラスたちが、枝の上にとまって<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていたとき、ノロ公は、とつぜんアラシ<ruby><rb>夫婦</rb><rt>ふうふ</rt></ruby>におそわれて、もうすこしで、殺されそうになったのです。それからは、まい<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>、くらくなりますと、ノロ公はじぶんのいつもの<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>をぬけだして、あき<ruby><rb>小屋</rb><rt>ごや</rt></ruby>へいくことにしているのでした。

ある日の<ruby><rb>午後</rb><rt>ごご</rt></ruby>、カラスたちは、カラス山の<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>をしゅうぜんしましたが、そのあとで、すばらしい見つけものをしました。アラシは、ノロ公とほかの二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のカラスをつれて、荒れ地の片すみにある大きなくぼ地に飛んでいきました。そのくぼ地には<ruby><rb>砂利</rb><rt>じゃり</rt></ruby>しかありませんでしたが、カラスたちは、そんなことぐらいで<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>することができません。人間がこのくぼ地を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>ったのには、なにかわけがあるにちがいないと思って、そこに飛びおりていっては、さかんにひっかきまわしました。そうしているうちに、片がわの砂利が、ガサガサと、きゅうにくずれおちました。カラスたちは、びっくりしてかけよりました。と、はたして、くずれおちた石と砂利のあいだに、木のふたをした土の大きなかめが見えるではありませんか？　もちろんみんなは、すぐに、中に何がはいっているか知りたくなりました。そこで、かめに<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>をつつきあけようとしたり、ふたをあけようとしたりしましたが、どうしてもうまくいきません。

カラスたちは、とほうにくれて、かめをながめていました。そのとき、とつぜん、

「おい、おい、カラスくん、おりていって、手つだってやろうか？」という声がしました。

みんなが、はっとして上を見ますと、くぼ地のふちに一ぴきのキツネがすわって、こちらを見おろしています。色つやも姿も、いままでに見たなかで、一ばん美しいキツネです。ただ一つおしいことには、片ほうの耳がありません。

「手つだってくれるって言うんなら、いやとは言わんぜ。」と、アラシは言うといっしょに、くぼみから飛びあがりました。ほかのカラスたちも、すぐそのあとにつづきました。すると、キツネは穴の中にとびおりて、かめをかじったり、ふたをひっぱったりしてみました。けれど、やっぱりどうしても、あけることができません。

「何がはいっているか、わかるかい？」と、アラシがたずねました。

キツネは、かめをあっちこっちにころがして、耳をすましました。

「こいつは<ruby><rb>銀貨</rb><rt>ぎんか</rt></ruby>にちがいないぞ。」と、キツネは言いました。

銀貨ならたいしたものです。カラスたちは、それほどのものとは思っていませんでした。

「ほんとうに、<ruby><rb>銀貨</rb><rt>ぎんか</rt></ruby>だと思うかい？」と、カラスたちは言いました。そして、その目は<ruby><rb>欲</rb><rt>よく</rt></ruby>にくらんでキラキラ光りました。こう言えば<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へん</span>に聞こえるかもしれませんが、なにしろカラスたちにとって、銀貨ぐらいすきなものはなかったのです。

「ほら、ガチャガチャ音がするだろう！」と、キツネはもう一ど、かめをころがしながら言いました。「しかし、どうして<ruby><rb>出</rb><rt>だ</rt></ruby>したもんだろうなあ。」

「きっと、だめさ。」と、カラスたちはため<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をついて言いました。

キツネは立ったまま、左の前足で頭をかきながら、考えました。うんそうだ、このカラスたちの助けをかりて、いつも<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げられてばかりいる、あのガチョウにのったチビスケのやつをつかまえることができるかもしれないぞ。

「おい、おれは、このかめをあけられるやつを知ってるんだがなあ。」と、キツネは言いました。

「だれだい？　だれだい？」と、カラスたちはさけびながら、むちゅうになって、また<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>の中にとびこんできました。

「あとで、そいつをおれに引きわたすと<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>するんなら、教えてもいいぜ。」と、キツネは言いました。

そして、キツネはカラスたちに、ニールスのことを話してきかせました。もし、オヤユビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>のニールスをここへつれてくることができれば、きっとこのかめはあけさせることができる、と言いました。しかし、こういう、うまい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちえ</span>をかしてやったんだから、そのお<ruby><rb>礼</rb><rt>れい</rt></ruby>に、オヤユビ小僧が<ruby><rb>銀貨</rb><rt>ぎんか</rt></ruby>を取りだしたら、すぐさま、その小僧をおれに引きわたせ、と言いはりました。カラスたちのほうでは、オヤユビ小僧なんてべつにおしいとは思いません。で、すぐにこの申し出を<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しました。

この約束はかんたんにできあがりましたが、さて、オヤユビくんとガンたちがどこにいるかを、さがしだすとなると、なかなかたいへんなことです。アラシはじぶんで十五<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のカラスを引きつれて、すぐ帰ってくると言いのこして、出かけていきました。しかし、いく日たっても、カラス山にもどってはきませんでした。

## カラスにさらわれる

四月十三日　水曜日

ニールスの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のガンたちは、エステルイエートランドにむかって旅だつまえに、たべものをとる時間が<ruby><rb>十分</rb><rt>じゅうぶん</rt></ruby>あるように、朝早く起きました。ガンたちのとまった島は、ガン<ruby><rb>湾</rb><rt>わん</rt></ruby>の中にある小さな島でした。この島には草や木は<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていませんでしたが、まわりの水の中には、いろんな<ruby><rb>水草</rb><rt>みずくさ</rt></ruby>がありましたので、みんなはそれを<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>いっぱいたべました。ところが、ニールスのほうは、たべるものがなんにも見つからなくて、ひどいめにあってしまいました。

ニールスはおなかがへって、朝の<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>さにふるえながら、あっちこっちを見まわしていました。と、ちょうどむこうにある岩ばかりの島の、木の<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>った<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>で、二ひきのリスが<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>んでいるのが目にとまりました。もしかしたら、あのリスが冬のたくわえの残りをもっているかもしれない、と、ふと思いつきました。そこで、白いガチョウに、ハシバミをすこしわけてもらいたいから、あの岬までつれていってくれ、とたのみました。

白いガチョウは、すぐにニールスを乗せて、その岬へ<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>いでいきました。ところが、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>のわるいことに、リスたちはむちゅうになって、木から木へと追いかけっこをしているものですから、ニールスの呼ぶ声がちっとも耳にはいりません。リスたちは、だんだん林の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>へ奥へとはいっていきました。ニールスも、いそいでそのあとを追いかけていきましたので、まもなくガチョウの目のとどかないところまでいってしまいました。そのあいだ、ガチョウはおとなしく<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べで待っていました。

ニールスは、白いアネモネが、あごにとどくほど高く<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている草地にはいっていきました。と、だしぬけに、だれかがうしろから、じぶんをつかんで持ちあげようとするようすです。はっとしてふりむいてみますと、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のカラスが、えりのところをつかんでいるではありませんか。ニールスは一生けんめい身をふりはなそうとしました。けれども、そうしているうちに、もう一羽のカラスが飛んできて、こんどは<ruby><rb>靴下</rb><rt>くつした</rt></ruby>をひっぱりましたので、ニールスは地べたにたおされてしまいました。

もしもこのとき、ニールスがすぐに、<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けて！　とさけびさえすれば、白いガチョウに助けてもらえたにちがいありません。ところが、ニールスは、カラスの二羽ぐらい、じぶんひとりでも平気だと思ったのでしょう。しかし、いくらなぐったり、けとばしたりしてみても、カラスたちはどうしてもはなしません。とうとう、ニールスをつかんで空に飛びあがってしまいました。しかも、わざとらんぼうに飛んで、ニールスの頭を木の枝にぶっつけました。そのぶっつけかたがあんまりひどかったので、ニールスはとうとう気をうしなってしまいました。

目をあいたときには、空高く飛んでいました。そのうちに、だんだん<ruby><rb>意識</rb><rt>いしき</rt></ruby>がはっきりしてきました。はじめは、どこにいるのかも、何を見ているのかも、さっぱりわかりませんでした。下を見おろしますと、とても大きな<ruby><rb>毛織</rb><rt>けお</rt></ruby>りのじゅうたんがひろがっているようでした。そのじゅうたんは<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>と赤とに織りだされていて、いろいろな形をしています。たいそう<ruby><rb>厚</rb><rt>あつ</rt></ruby>くて、美しいじゅうたんです。けれども、ニールスは、おしいことにひどく使い古してあるな、と思いました。じっさい、もうぼろぼろになっているのです。まんなかのところが長く<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けていますし、また<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>によっては、ちぎれて、なくなっているところもあります。そして、なによりもふしぎなのは、そのじゅうたんが<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>の上にひろげられているように見えることでした。なぜかといえば、そのじゅうたんの<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>や<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめのあるところからは、鏡があかるく、キラキラ<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いているのです。

むこうを見れば、ちょうどいま<ruby><rb>地平線</rb><rt>ちへいせん</rt></ruby>の上に姿をあらわしたお日さまが、しずかにのぼってきます。と見るまに、じゅうたんの穴や裂けめの下の鏡が、赤や金色に輝きはじめました。なんという美しいながめでしょう。ニールスはむちゅうになって<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びました。もっとも、じぶんのながめているものが、なんであるかは、ちっともわかってはいませんでした。そのとき、カラスたちは下におりはじめました。すると、いままで大きなじゅうたんに見えていたものは、じつは、緑の<ruby><rb>針葉樹</rb><rt>しんようじゅ</rt></ruby>や、葉のない<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>の<ruby><rb>闊葉樹</rb><rt>かつようじゅ</rt></ruby>の<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っている地面だったことがわかりました。そして、じゅうたんの穴や<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめに見えたのは、キラキラ光る<ruby><rb>入江</rb><rt>いりえ</rt></ruby>や小さな<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>だったのです。

ガチョウのせなかに<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>っかって、はじめて空を飛んだとき、スコーネの土地が<ruby><rb>市松</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>もようの<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>のように見えたことを、そのとき、ふと思いだしました。それにしても、ぼろぼろのじゅうたんのように見えるこの土地は、いったいどこなのでしょう？

つぎからつぎへと、いろんな<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>いがわいてきました。どうしてガチョウのせなかに乗っていないんだろう？　どうしてじぶんのまわりをこんなにたくさんのカラスが飛んでいるんだろう？　そしてまた、どうして落っこちそうになるほど、あっちこっちへ引っぱりまわされたり、ぶたれたりするんだろう？　と、たちまち、なにもかもがはっきりとしてきました。じぶんは二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のカラスにさらわれたんだ。白いガチョウは、まだ岸べで待っているにちがいない。きょうみんなは、エステルイエートランドにむかって<ruby><rb>出発</rb><rt>しゅっぱつ</rt></ruby>するはずだ。それなのに、じぶんは<ruby><rb>南西</rb><rt>なんせい</rt></ruby>のほうにつれられてゆく。お日さまがうしろのほうにあるから、きっとそうにちがいない。そうしてみると、下に見える森のじゅうたんは、きっとスモーランドだ。

「ぼくがせわをしてやれなくなったら、あの白ガチョウはどうなるだろう？」と、ニールスは思いました。そして、カラスたちに、じぶんをガンたちのところへ、すぐにつれていってくれるようにたのみました。ニールスは、じぶんのことはちっとも心配していませんでした。だって、カラスたちがじぶんをつれていくのは、ただふざけているんだろうと思っていたのです。

ところが、カラスたちは、ニールスの言うことなどには耳をもかさず、おおいそぎで飛んでいきました。しばらくすると、なかの一羽が、「気をつけな！　あぶないぜ！」とでもいうように、つばさをばたばたやりました。まもなく、みんなはエゾマツの森におりました。そして、とげとげした枝のあいだをおしわけて、地面につきました。そこで、ニールスは太いエゾマツの下におろされましたが、たいそう、うまくかくされてしまったために、これではタカでさえもニールスの姿を見つけることができません。

十五羽のカラスが、ニールスの見はりをするために、くちばしをつきだしながら、ぐるりをとりかこみました。

「おい、カラスたち、なんのためにぼくをさらったんだ。」と、ニールスがききました。

ところが、ニールスが言いおわるか、おわらないうちに、一羽の大きなカラスが、しかりつけました。

「しずかにしろ！　さもないと、きさまの目の玉をくりぬくぞ！」

カラスが<ruby><rb>本気</rb><rt>ほんき</rt></ruby>でそう言っていることはたしかです。こうなったからには、カラスの言うとおりにするほかはありません。そこで、ニールスは、おとなしくすわって、じっとカラスたちを見つめました。カラスたちもニールスをじっと見つめました。見れば見るほど、このカラスたちは気にくわないやつらです。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛は、ものすごくほこりだらけで、ぼうぼうとしています。まるで一ども水あびをしたり、油をつけたことがないようです。そして、足指や<ruby><rb>爪</rb><rt>つめ</rt></ruby>には、かわいた<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>がこびりついています。それから、くちばしのまわりには、<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>いものの残りがくっついています。同じ鳥ではあっても、ガンたちとはなんというちがいかたでしょう。このカラスたちは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ざんこく</span>で、ひきょうもので、よくばりで、しかも、だいたんふてきな顔つきをしています。まるで人殺しか、ごろつきのように見えます。

「こいつは、ほんとうの<ruby><rb>強盗団</rb><rt>ごうとうだん</rt></ruby>につかまっちまったんだな。」と、ニールスは思いました。

ちょうどそのとき、上のほうで、ガンの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>のさけぶ声が聞こえました。

「どこにいるの？　ぼくはここだよ。どこにいるの？　ぼくはここだよ。」

アッカをはじめ、みんながじぶんをさがしにきてくれたのです。けれども、<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をしようと思っているうちに、このカラスの一<ruby><rb>団</rb><rt>だん</rt></ruby>のお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>らしい、さっきの大ガラスが、ニールスの耳もとで、「<ruby><rb>目玉</rb><rt>めだま</rt></ruby>のことを忘れるな！」と、しかりつけました。これでは、だまっているよりほかはありません。

ガンの仲間は、ニールスが、こんなに近くにいようとは気がつかないようすです。ただ、ぐうぜんに、この森の上に飛んできたものでしょう。また二どばかり、ガンたちのさけぶ声が聞こえましたが、それから<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えてしまいました。

「さあ、じぶんひとりで、助かる<ruby><rb>工夫</rb><rt>くふう</rt></ruby>をしなくちゃならないぞ。」と、ニールスはひとりごとを言いました。「もう<ruby><rb>何週間</rb><rt>なんしゅうかん</rt></ruby>も、野の生活をして<ruby><rb>苦労</rb><rt>くろう</rt></ruby>しているんだから、ひとつ、その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うでまえ</span>を見せるかな。」

しばらくするとカラスたちは、出かけるしたくをはじめました。またこんども、一羽がニールスのえりをつかみ、もう一羽が<ruby><rb>靴下</rb><rt>くつした</rt></ruby>をつかんで、つれていくつもりとみえます。そこで、ニールスはあわてて言いました。

「きみたちの中には、ぼくをせなかに乗っけていけるものはないのかい？　きみたちがあんまりらんぼうに、ぼくをあつかうから、ぼくは、こなごなになっちまうんじゃないかと思ったよ。まあ、乗せてごらんよ！　せなかからとびおりたりはしないから。」

「やい、やい、どうされたって、きさまの知ったこっちゃないんだ。」と、お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>が言いました。

そのとき、いちばん大きい、つばさに白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のあるカラスが、前に進みでてきました。頭をぼうぼうにして、いかにもやぼくさいカラスでしたが、

「お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>、このオヤユビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>を<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>して、かたわにするよりも、まるまる生かしておいたほうが、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とく</span>じゃありませんか。だから、わたしがせなかに乗せていきましょう。」と、言いました。

「ノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>、てめえにできるんなら、おれに<ruby><rb>文句</rb><rt>もんく</rt></ruby>はねえ。だが、そいつをなくすんじゃあねえぞ！」と、アラシは言いました。

ありがたいことです。ニールスは大よろこびでした。

「カラスにさらわれたからって、もう気をおとすことはないぞ。きっと、こいつらをやっつけてやれるさ。」と、ニールスは思いました。

カラスたちは、スモーランドの上を<ruby><rb>南西</rb><rt>なんせい</rt></ruby>にむかって飛びつづけました。うららかに<ruby><rb>晴</rb><rt>は</rt></ruby>れわたった、あたたかい朝でした。地上の鳥たちは、やさしい<ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>の<ruby><rb>歌</rb><rt>うた</rt></ruby>をうたっていました。高い、黒々とした森の中の、エゾマツのこずえで、ツグミがつばさをたれ、のどをふくらまして、

「なんてあなたはきれいなんでしょう！　なんてあなたはきれいなんでしょう！　なんてあなたはきれいなんでしょう！　あなたほどきれいなものはない。あなたほどきれいなものはない。」と、なんどもなんども、うたっていました。

ちょうどそのとき、ニールスがこの森の上を通りかかりました。ニールスは、ツグミの歌を二ど聞いて、ははあ、ほかの歌は知らないんだな、と気がつきますと、両手をラッパのようにして口にあてて、下にむかってさけびました。

「そんな歌はまえにも聞いたよ！　そんな歌は、まえにも聞いたよ！」

「だれだい？　だれだい？　だれだい？　わたしの歌をひやかすのは？」と、ツグミは言いながら、からかったものの姿を見つけようとしました。

「カラスにさらわれたものだよ。」と、ニールスは答えました。

そのとたんに、カラスの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>がふりむいて、

「やい、チビスケ、目玉に気をつけろ！」と、言いました。

けれども、ニールスは、「ふん、そんなこと、かまうもんか。きさまなんかこわくないぞ。いまに見てろ。」と、心の中で思いました。

カラスたちは、ずんずん<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>んでいきました。いたるところに、森や<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>がありました。とあるカバの森では、葉のない枝に森バトのメスがすわって、そのまえにオスのハトが立っていました。オスのハトは、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>毛をふくらまし、頭をまっすぐに立てて、からだをあげたりさげたりするので、そのたびに<ruby><rb>胸毛</rb><rt>むなげ</rt></ruby>が枝にさわりました。そして、ひっきりなしに、

「おまえは、おまえは、森の中でいちばんかわいいね。森じゅうで、おまえぐらい、おまえぐらい、かわいいものはないよ！」と、鳴いていました。

ニールスは、その上を通りかかって、オスのハトの言うのを耳にしたとき、だまってはいられなくなりました。

「そいつの言うことを<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じちゃいけない！　そいつの言うことを信じちゃいけない！」と、ニールスはさけびました。

「おれをけなすのはだれだ？　おれをけなすのはだれだ？」と、オスのハトはクウ、クウ<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>きながら、からかったものの姿を見つけようとしました。

「カラスにさらわれたものだよ。」と、ニールスは答えました。

と、またもアラシがふりむいて、だまれ、と言いつけました。けれども、ニールスをせなかに乗せているノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>は、

「しゃべらせておきなさいよ。そうすりゃ小鳥どもは、われわれカラスが、とんちのある、おもしろい鳥になったと思いまさあ。」と、言いました。

「ふん、あいつらだって、それほどばかじゃああるめえ。」と、アラシは言いました。けれども、<ruby><rb>内心</rb><rt>ないしん</rt></ruby>ノロ公の考えが気にいったもので、それからは、ニールスのすきなように言わせておきました。

カラスたちは、たいていは、森や森のあいだにある<ruby><rb>牧場</rb><rt>まきば</rt></ruby>の上を飛んでいきましたが、ときには<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>や、村や、森のそばの小屋の上も飛びました。あるところでは、古い美しいお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>が見えました。それは、森をうしろに、海を前にして<ruby><rb>建</rb><rt>た</rt></ruby>てられていました。壁は赤く<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>ってあり、<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>はキリのように、とがっていました。お屋敷の前には、大きなカエデの木が立っていて、<ruby><rb>庭園</rb><rt>ていえん</rt></ruby>には、大きなスグリの<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>みがありました。

<ruby><rb>風見</rb><rt>かざみ</rt></ruby>の上に、ムクドリのオスがすわって、大声でさえずっていました。その声は、ナシの木の<ruby><rb>巣箱</rb><rt>すばこ</rt></ruby>の中で、卵をだいているメスにまでよく聞こえました。

「かわいい卵が四つある。」と、ムクドリは歌っていました。「まあるい、きれいな卵が四つある。巣の中は、きれいな卵でいっぱいだ。」

ムクドリが、ちょうど千べんめをうたったとき、ニールスがその上を通りかかりました。そして、両手を<ruby><rb>笛</rb><rt>ふえ</rt></ruby>のように口にあてて、さけびました。

「カササギに卵をとられるよ！　カササギに卵をとられるよ！」

「わたしをおどかそうとするのは、だれだね？」と、ムクドリはたずねながら、<ruby><rb>不安</rb><rt>ふあん</rt></ruby>そうに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をバタバタやりました。

「カラスにつかまってるものだよ！」と、ニールスは言いました。

こんどは、カラスのお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>も、だまれとは言いませんでした。それどころか、たいそうおもしろがって、みんなといっしょに、ゆかいそうに、カアカア鳴きました。

<ruby><rb>陸地</rb><rt>りくち</rt></ruby>に進むにつれて、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>は大きくなり、その中の島や<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>も多くなりました。とある湖の岸べでは、一羽のオスのカモが、メスの前で、ていねいにおじぎをしていました。

「<ruby><rb>一生</rb><rt>いっしょう</rt></ruby>のあいだ、あなたへのまごころはかわりません。一生のあいだ、あなたへのまごころはかわりません。」と、オスはねっしんに言っていました。

「ひと夏もつづかないぜ！」と、このとき通りかかったニールスが言いました。

「だれだ？」と、カモのオスはさけびました。

「カラスにぬすまれたものだよ！」と、ニールスはさけびました。

お<ruby><rb>昼</rb><rt>ひる</rt></ruby>ごろ、カラスたちは、森のあいだの、とある草地におりました。みんなはあるきまわってたべものをひろいましたが、ニールスにも何かやろうということは、だれひとり思いつきませんでした。そのとき、ノロ公が、ひからびた赤い<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>の二つ三つついている野バラの枝をくわえて、お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>のところへ飛んできました。

「お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>、これを<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しあがってください。うまいものですから、あなたにもお気にめしましょう。」と、ノロ公が言いました。

アラシは、ばかにしきったように、フフンと笑って、言いました。

「てめえ、こんなひからびた<ruby><rb>実</rb><rt>み</rt></ruby>を、おれが<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>うとでも思ってるのか？」

「よろこんでいただけると思ったんですが。」と、ノロ公は言いながら、がっかりして、その枝を投げすてました。ところが、その枝がちょうど、ニールスの目の前に落ちましたので、ニールスは、すぐさまそれをひろって、すいたおなかをふさぎました。

カラスたちはたべおわりますと、おしゃべりをはじめました。

「お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>、何を考えているんです？　あんたは、きょうは、えらくだまりこんでいますね。」と、一羽のカラスがアラシに言いました。

「おれはな、むかし、この地方に一羽のメンドリがいたのを思いだしていたところさ。そいつは、<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>い<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>のおくさんが大すきだったんだ。それで、そのおくさんを<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ばせてやろうと思って、とてつもなくでかい卵をうんでよ、それを<ruby><rb>穀物倉</rb><rt>こくもつぐら</rt></ruby>の<ruby><rb>床下</rb><rt>ゆかした</rt></ruby>にかくしておいたんだ。そのメンドリのやつめ、卵がかえったら、おくさんがさぞ喜ぶだろうと思って、ひとりでうれしがっていたのよ。おくさんのほうじゃ、メンドリの姿が長いあいだ見えないもんだから、どうしたんだろうと、ふしぎに思って、あっちこっちさがしてみた。しかし、どうしても見つかりゃしない。おい、口なが、そのメンドリを見つけたなあ、だれだかわかるか？」

「わかりますとも、お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>。だが、それじゃ、わっしもそれに<ruby><rb>似</rb><rt>に</rt></ruby>た話を、お聞かせしやしょう。お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>は、ヒンネリュードの<ruby><rb>牧師館</rb><rt>ぼくしかん</rt></ruby>にいた大きな黒ネコを、おぼえていなさるかね？　あのやろうは、子をうむと、いつも人間がとって、川んなかにほうりこんじまうもんだから、<ruby><rb>不平</rb><rt>ふへい</rt></ruby>たらたらだったんでさ。ところが、一どだけ、おもてのほし草の中に、うまくかくしたことがあるんですよ。あいつは、うまくかくしたと大よろこびでしたが、あいつよりも、じつは、このわっしのほうが大よろこびでしたのさ。」

すると、ほかのカラスたちも、むちゅうになってきて、みんながいっぺんにしゃべりだしました。

「へえ、それが、卵や赤んぼネコを<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みだす<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひけつ</span>ですかい？」と、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>が言いました。「おれなんざ、<ruby><rb>一人</rb><rt>いちにん</rt></ruby>まえになりかけた若いウサギを追いかけたもんだぜ。やぶからやぶへと追いかけてよ――」

みんなまで言いおわらないうちに、べつの一羽が口をはさみました。

「トリやネコをおこらすってのも、おもしろいかもしれねえが、人間をこまらせてやるほうが、ずっとゆかいだろうぜ。おれはな、いつだったか<ruby><rb>銀</rb><rt>ぎん</rt></ruby>のさじをぬすんでよ――」

ニールスは、もうこんなおしゃべりを、だまって聞いてはいられなくなりました。

「おい、カラスくん、ぼくの言うことを聞きたまえ！」と、ニールスは言いました。「きみたちは、そんなひどいことをしゃべりたてて、はずかしくないのかい。ぼくは三<ruby><rb>週間</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>も、ガンたちといっしょに<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしているが、聞くこと見ること、みんないいことばかりだぜ。きみたちには、<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>がいるにちがいない。きっとそいつが、そんなふうに<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>んだり殺したりさせているんだ。いまのうちに、きみたちは、<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしかたをかえるがいい。なぜって、人間は、きみたちの悪いのにすっかり<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてて、きみたちを根だやしにしようと、けんめいになっているんだよ。だから、このままだと、きみたちは、まもなくおしまいだぜ。」

アラシをはじめ、ほかのカラスたちはこれを聞くと、<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りくるって、もうすこしで、ニールスにおどりかかって、ズタズタに引きさこうとしました。ところが、そのとき、ノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>が笑いながら、カアカアと鳴いて、ニールスの前に進みでました。

「いや、いけない、いけない！　このオヤユビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>に、<ruby><rb>銀貨</rb><rt>ぎんか</rt></ruby>をださせないうちに、ひき<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>いてしまったら、ハヤテさんはなんて言うだろうかね？」と、ノロ公は言いましたが、そのようすは、いかにもおどおどしていました。

「やい、ノロ公、女をこわがるってのは、てめえのことか。」と、アラシは言いました。

けれど、とにかく、アラシもほかのカラスたちも、オヤユビくんに手だしはしませんでした。

それからまもなく、カラスたちは<ruby><rb>出発</rb><rt>しゅっぱつ</rt></ruby>しました。いままでのところでは、スモーランドは話に聞いているほど、みすぼらしい土地のようではありませんでした。森も山もありますし、川や<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほとりには、<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>された畑も見えます。まだ、ほんとうの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地には、一つも出あっておりません。しかし<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>に進めば進むほど、村も小屋もすくなくなりました。しまいには、ほんとうの荒れ地の上を飛んでいるのではないかと思われてきました。むりもありません。下に見えるものといえば、<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>と荒れ地とネズの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている丘だけなのですから。

お日さまは<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>みましたが、カラスたちはまだあかるいうちに、ヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている、あの大きな荒れ地につきました。アラシは、一羽のカラスをさきにやって、オヤユビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>をうまく見つけたことを、みんなに知らせました。すると、ハヤテは<ruby><rb>数百羽</rb><rt>すうひゃっぱ</rt></ruby>のカラスをひきつれて、出むかえに飛んできました。カラスたちが両方から、カア、カアと鳴きさけんで、あたりは、たいへんなさわぎでした。そのとき、ノロ公が、そっとニールスに言いました。

「おまえはゆかいなやつだ。おかげで旅のあいだ、とてもおもしろくすごさせてもらった。おれは、おまえがすきになったよ。だから、いいことを教えてやる。おまえは、下におろされると、すぐに、なんでもないような<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>を言いつけられるが、それをやるときには、気をつけるんだぜ。」

まもなく、ノロ公は<ruby><rb>砂利穴</rb><rt>じゃりあな</rt></ruby>の<ruby><rb>底</rb><rt>そこ</rt></ruby>に、ニールスをおろしました。ニールスは、ころがるようにおりて、そのまま、いかにも<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきったように、あおむけにねころんでしまいました。そして、たくさんのカラスが、まわりをとりまいて、<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>のように、ものすごく<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたいても、いっこうに目をあけませんでした。

「こら、<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>、起きろ！」と、アラシが言いました。「やい、仕事があるんだ。きさまには、なんでもないことだ。」

ニールスは、<ruby><rb>身動</rb><rt>みうご</rt></ruby>きもしないで、眠ったふりをしていました。すると、アラシは、ニールスの<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をつかんで、くぼ地のまんなかにある、<ruby><rb>古風</rb><rt>こふう</rt></ruby>な土のかめのところへ、<ruby><rb>砂</rb><rt>すな</rt></ruby>の上をひきずっていきました。

「やい、小僧、起きろ！」と、アラシは言いました。「さあ、このかめをあけるんだ！」

「どうして、ぼくをねかせておいてくれないんだい？」と、ニールスは言いました。「<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>は、くたびれすぎちゃって、なんにもできやしないぜ。あしたまで待ってくれよ！」

「かめをあけろったら！」と、アラシは、ニールスをゆすぶりながら、言いました。

ニールスは、しかたなくからだを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こして、かめをながめまわしました。

「ぼくみたいな、ちっぽけな子どもに、こんなかめがあけられるはずがないじゃないか。このかめは、ぼくぐらいあるぜ。」

「さっさとあけろ！」と、アラシは、もう一ど言いつけました。「あけないと、ためにならんぞ！」

ニールスは、立ちあがって、かめのところにいき、ふたをいじくりました。でも、すぐに<ruby><rb>腕</rb><rt>うで</rt></ruby>をさげてしまいました。

「ぼくは、いつもなら、こんなに<ruby><rb>弱虫</rb><rt>よわむし</rt></ruby>じゃないんだ。」と、ニールスは言いました。「あしたまで、ねかせてさえくれりゃ、このふたぐらい、きっとあけられると思うがなあ。」

ところが、アラシは、気がいらいらしていましたので、いきなり前に進みでて、ニールスの足をつつきました。しかし、いくらなんでも、カラスにこんなことをされては、だまっていられません。ニールスは、すぐさま身をふりはなして、二<ruby><rb>歩</rb><rt>ほ</rt></ruby>ほどうしろへさがりました。そして、ナイフをさやから引きぬいて、目の前につきだしました。

「やい、気をつけろ！」と、ニールスは、アラシにむかってさけびました。

アラシは、<ruby><rb>怒</rb><rt>いか</rt></ruby>りくるっていたものですから、<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>をさけようともしないで、めくらめっぽうにニールスめがけて、とびかかりました。そのため、ナイフがぐさっと目玉につきささって、頭にまでもくい入りました。ニールスは、すばやくナイフを引きぬきましたが、アラシは一、二ど、つばさをバタバタやっただけで、そのままたおれて、死んでしまいました。

「お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>が死んだぞ！　こいつがお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>を殺したぞ！」と、すぐ近くにいる、カラスたちが口ぐちにさけびました。それから、たいへんなさわぎになりました。オイオイ泣きだすものもあれば、かたきをうて、とさけびたてるものもあります。みんなは、四方八方から、ニールスめがけて<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けよりました。ノロ公が、その<ruby><rb>先頭</rb><rt>せんとう</rt></ruby>に立っていました。いつものように、ノロノロしてはいましたが、つばさをひろげて、ニールスをその下にかくし、ほかのカラスたちが、くちばしをむけてくるのをふせいでくれました。

ニールスは、<ruby><rb>進退</rb><rt>しんたい</rt></ruby>ここにきわまってしまいました。カラスたちから<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げることもできませんし、身をかくす<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>一つありません。と、そのとき、土のかめのことを思いだしました。そこで、ふたを力いっぱいつかんで、ぐいと、はずしました。そして、その中にかくれようと思って、とびこみました。ところが、ここにもかくれるわけにはいきませんでした。なぜって、かめの中は、ほとんどふちまで、小さな、うすい<ruby><rb>銀貨</rb><rt>ぎんか</rt></ruby>が、いっぱいにつまっていたのです。これでは、中にはいることもできません。そこで、とっさに、身をかがめて、銀貨をつかんでは投げはじめました。

いままで、カラスたちは、ニールスのまわりをとりまいて、つばさをバタバタやりながら、つつき<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>そうとしていました。ところが、ニールスが銀貨をほうり投げるのを見たとたんに、みんなは、たちまち、かたきうちのことなどは、忘れてしまって、あわてふためいて、銀貨をひろいはじめました。ニールスは、銀貨を手にいっぱいつかんでは投げました。すると、どのカラスもどのカラスも、ハヤテまでもいっしょになって、むちゅうで、それをひろいました。そして、うまく銀貨をひろったものは、こんどは、それをかくそうと、大いそぎで<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>のほうへ飛んでいきました。

ニールスは、かめの中の銀貨を、すっかり投げだしてしまったとき、あたりを見まわしました。すると、そのくぼ地には、一羽のカラスしか残っていませんでした。それは、つばさに白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のある、じぶんを乗せてきてくれた、あのノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>でした。

「きみには、わからないでしょうが、きみはたいへんな<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>をしてくれたんですよ。」と、ノロ公は言いました。その声も<ruby><rb>調子</rb><rt>ちょうし</rt></ruby>も、いままでとはまるでちがっていました。「それで、こんどは、わたしがきみの命をすくってあげます。さあ、わたしのせなかにお乗りなさい。<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>安心して<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>れる、<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れがにつれていってあげますから。あしたになったら、ガンたちのところへ帰れるように、なんとかしてあげましょう。」

## 小屋

四月十四日　木曜日

あくる朝、目がさめたとき、ニールスは、ベッドの中に<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ていました。そして、ぐるりには<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>があり、上には<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>があるのを見て、じぶんは、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>にいるんだな、と思いました。

「おかあさんが、じきにコーヒーを持ってきてくれるんだろうなあ？」ニールスは、ねぼけまなこで、こんなことをブツブツ言いました。そのうちに、じぶんはいまカラス山の小屋の中にいるんだ、そうだ、ゆうべ、白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>が、ここへつれてきてくれたんだっけ、と思いだしました。

ニールスは、きのうの<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>のために、からだじゅうが<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>くてたまりませんでした。ですから、じっと<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>ているのが、なによりも<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しく思われました。そして、ガンたちのところへ、つれていつてくれると<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>したノロ公がくるのを待っていました。

<ruby><rb>市松</rb><rt>いちまつ</rt></ruby>もようのもめんのカーテンが、ベッドの前にかかっていました。ニールスは小屋の中を見ようと思って、カーテンをわきにのけました。と、まあ、なんという小屋でしょう。いままでに、こんな小屋は見たことがありません！　<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>は、<ruby><rb>丸太</rb><rt>まるた</rt></ruby>が二列にならんでいるだけで、すぐそれから屋根になっています。<ruby><rb>天井張</rb><rt>てんじょうば</rt></ruby>りがないために、<ruby><rb>棟木</rb><rt>むなぎ</rt></ruby>までも見えます。小屋ぜんたいが、たいへん小さいので、ふつうの人間のために建てられたのではなくて、どちらかといえば、ニールスのような<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>のために建てられたのではないかと思われます。けれども、かまどと<ruby><rb>煙突</rb><rt>えんとつ</rt></ruby>は、とても大きくて、これより大きいのは見たことがないとさえ思われるくらいでした。入口の戸は、かまどのそばの、<ruby><rb>破風</rb><rt>はふ</rt></ruby>のある壁についていました。でも、これがまた、たいそうせまいので、戸というよりは<ruby><rb>小窓</rb><rt>こまど</rt></ruby>のようでした。もうかたほうの破風のある壁には、低くて、はばの広い窓がありました。これには、小さいガラスがたくさんはまっていました。この<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>には、動かせる<ruby><rb>家具</rb><rt>かぐ</rt></ruby>というものは、ほとんどありませんでした。<ruby><rb>腰掛</rb><rt>こしか</rt></ruby>けも、窓ぎわのテーブルも、それから、いまニールスのねている大きなベッドも、いろんな色どりをした<ruby><rb>戸棚</rb><rt>とだな</rt></ruby>も、みんな壁にくっついていました。

ニールスは、この小屋はだれのものだろう、そしてまた、どうしていまは人が住んでいないんだろう、と思わずにはいられませんでした。この小屋に住んでいた人たちは、またもどってくるつもりのようです。かまどの上には、コーヒーつぼとか、ゆなべがのったままになっていますし、<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>ばたには、まきもおいてあります。すみのほうには、火ばさみと、木べらがあり、<ruby><rb>紡車</rb><rt>つむぎぐるま</rt></ruby>は、腰かけの上にあがっています。窓の上の棚には、<ruby><rb>麻</rb><rt>あさ</rt></ruby>と、<ruby><rb>二</rb><rt>ふた</rt></ruby>かせの<ruby><rb>織糸</rb><rt>おりいと</rt></ruby>と、ロウソクと、一たばのマッチがおいてあります。

ここに住んでいた人たちは、たしかに、もう一ど、もどってくる気にちがいありません。

ベッドには、ちゃんと<ruby><rb>掛</rb><rt>か</rt></ruby>けぶとんがありますし、壁には、三人の<ruby><rb>騎士</rb><rt>きし</rt></ruby>の<ruby><rb>絵</rb><rt>え</rt></ruby>のかいてある、長い<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>もかかっています。

ところが、上の<ruby><rb>棚</rb><rt>たな</rt></ruby>に目をやったとき、ニールスは、はっとわれにかえりました。そこには、ひからびた大きな<ruby><rb>菓子</rb><rt>かし</rt></ruby>パンが二つ、くしにささっているではありませんか。もちろん、古くなって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かび</span>も<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えているようですが、パンであることにはかわりありません。火ばさみでたたきますと、そのうちの一つが下に落ちました。さっそく、すいたおなかを<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>させて、残りをポケットにいっぱいつめこみました。それにしても、パンの<ruby><rb>味</rb><rt>あじ</rt></ruby>はすばらしいものでした。

ニールスは、ほかにもなにか<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>にたつものはないだろうかと思って、もう一ど<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中を見まわしました。

「ぼくがいるものは、持っていってもいいだろう。だって、だれのめいわくにもならないんだもの。」と、ニールスは思いました。でも、ニールスには、たいていのものが、大きくて、<ruby><rb>重</rb><rt>おも</rt></ruby>たすぎました。持っていけそうなものといえば、せいぜいマッチぐらいのものでした。

ニールスは、テーブルの上によじのぼり、そこからカーテンにつかまって、窓の上の<ruby><rb>棚</rb><rt>たな</rt></ruby>にとびうつりました。ニールスが、そこで<ruby><rb>袋</rb><rt>ふくろ</rt></ruby>の中にマッチをつめこんでいますと、あの白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のカラスが<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>からはいってきました。

「ほら、きましたよ。」と、ノロ公は言いながら、テーブルの上にとびおりました。「おそくなってしまいましたが、きょうは、アラシのかわりに、新しいお<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>をえらんでいたので、なかなかこられなかったんですよ。」

「だれが、お<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>にえらばれたの？」と、ニールスはたずねました。

「それはね、<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>みや<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことをゆるさないもの、つまり、いままでノロ公と言われていた、この白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のわたしがえらばれたんです。」

ノロ公は、からだを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こして、もったいをつけながら、こう言いました。

「それは、いいひとがえらばれたね。」と、ニールスは言って、ノロ公におめでとう、と言いました。

「いや、ありがとう。」と、ノロ公は言いました。それから、アラシが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>だったころのことを話しはじめました。

と、だしぬけに、窓のそとで、よく耳なれた声がしました。

「あいつは、ここにいるのか？」と、キツネのズルスケが言っています。すると、

「ええ、この中にかくれているんです。」と、カラスの声が答えました。

「<ruby><rb>用心</rb><rt>ようじん</rt></ruby>なさいよ、オヤユビさん！」と、白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のノロ公がさけびました。「ハヤテのやつが、きみを<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>いたがっているキツネをつれて、外にきているんですよ！」

ノロ公は、それいじょう言うことができませんでした。そのとき、早くも、キツネのズルスケが窓をめがけて、おどりかかっていたからです。古い、くされかかった窓わくは、たちまちとびちって、あっというまに、ズルスケは窓ぎわのテーブルの上に立っていました。そして、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>にえらばれたばかりの、白い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>のノロ公は、<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げるひまもなく、たちまちかみ殺されてしまいました。それから、キツネは、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>にとびおりて、ニールスの姿をさがしました。ニールスはあわてて、大きな<ruby><rb>糸車</rb><rt>いとぐるま</rt></ruby>のうしろにかくれようとしましたが、ズルスケは早くも、それを見つけて、おどりかかろうと身がまえました。この小屋は、たいへん小さい上に、しかも<ruby><rb>低</rb><rt>ひく</rt></ruby>いので、もうどうすることもできません。すぐにキツネにつかまってしまいます。けれども、ふせぐ<ruby><rb>武器</rb><rt>ぶき</rt></ruby>がまったくないわけではありません。ニールスは、いそいでマッチをすって、そばの<ruby><rb>麻</rb><rt>あさ</rt></ruby>の<ruby><rb>束</rb><rt>たば</rt></ruby>に火をつけました。そして、それがメラメラと<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>えあがったのを見るや、キツネのズルスケめがけて力いっぱい投げつけました。さすがのズルスケも、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>につつまれてはたまりません。<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしさに気ちがいのようになって、もうニールスをつかまえるどころではなく、あわてふためいて、小屋からとびだしていきました。

こうして、ニールスは、やっと一つの<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>からまぬがれはしましたが、こんどは、もっと大きな危険にせまられることになりました。というのは、いまズルスケにむかって投げつけた<ruby><rb>麻</rb><rt>あさ</rt></ruby>の<ruby><rb>束</rb><rt>たば</rt></ruby>から、とうとうベッドのカーテンにまで火が<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>えうつってしまったのです。ニールスはとびおりて、あわててもみけそうとしましたが、火の手ははげしくなるばかりです。みるみるうちに、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>じゅうが<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>だらけになってしまいました。ズルスケは窓の外に立って、オヤユビくんが、部屋の中でこまっているようすをさっして、言いました。

「やい、オヤユビ<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>、そこで<ruby><rb>焼</rb><rt>や</rt></ruby>き<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されるのと、おれのところへ出てくるのと、どっちがいい？　もちろんおれは、きさまを<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>い殺してやりてえが、きさまが、かわった死にかたをするのもおもしれえや。」

ニールスは、ほんとうにキツネの言うとおりだと思いました。なぜなら、火の手は、ずんずんひろがって、もうベッドも<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>につつまれてしまいましたし、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>からも、煙が立ちのぼっています。ニールスは、かまどの上にとびあがって、パン<ruby><rb>焼</rb><rt>や</rt></ruby>きかまどの口をあけようとしました。と、そのとき、だれかが戸の<ruby><rb>鍵穴</rb><rt>かぎあな</rt></ruby>に<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>をつっこんで、しずかにまわす音が聞こえました。きっと人間がきたのにちがいありません。けれども、いまのようにこまりきっているときには、人間もこわくはありません。それどころか、大よろこびで、すぐさま戸口に<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けていきました。ちょうどそのとき、戸があいて、目の前にふたりの子どもがあらわれました。でも、その子どもたちが小屋が<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>えているのを見たとき、どんな顔をしたか、見ているひまはありませんでした。ニールスはふたりのそばをすりぬけて、おもてにとびだしました。でも、遠くへ走っていく気にはなれませんでした。なぜって、キツネのズルスケが待ちぶせしているにきまっています。だから、この子どもたちのそばにいるのが、いちばん<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>です。そこでニールスは、どんな子どもたちかと思って、ふりかえってみました。ところが、ひと<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>見るより早く、ふたりのそばにかけよって、さけびました。

「やあ、こんちは、オーサちゃん、マッツちゃん。」

ニールスは、ふたりの子どもを見たしゅんかん、じぶんがどこにいるかを、すっかり忘れてしまったのでした。カラスのことも、<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>えている<ruby><rb>小屋</rb><rt>こや</rt></ruby>のことも、<ruby><rb>動物</rb><rt>どうぶつ</rt></ruby>たちのことも、なにもかも忘れてしまったのでした。じぶんは西ヴェンメンヘーイの<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>で、ガチョウの<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をしながらあるいている、そして、すぐ近くの畑では、スモーランドうまれのこのふたりの子どもたちが、やっぱりガチョウの番をしながらあるいているような気になったのでした。そこでニールスは、ふたりの姿を見ると、すぐさま<ruby><rb>石垣</rb><rt>いしがき</rt></ruby>の上にかけあがって、「やあ、こんちは、オーサちゃん、マッツちゃん。」と、さけんだのです。

ところが、子どもたちのほうでは、そんなちっぽけな<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>き<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>が、両手をひろげて、じぶんたちのほうへ、<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けてくるのを見ますと、生きた<ruby><rb>心地</rb><rt>ここち</rt></ruby>もないほど、びっくりしてしまいました。そして、たがいにしっかりとだきあって、一、二<ruby><rb>歩</rb><rt>ほ</rt></ruby>あとへさがりました。

ニールスのほうでも、ふたりがびっくりしたのを見たとき、はっとわれにかえって、いまのじぶんの身を思いだしました。と、<ruby><rb>同時</rb><rt>どうじ</rt></ruby>に、<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>にかけられているじぶんの、ちっぽけな<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を、この子どもたちに見られるくらい、まずいことはない、と思いました。そして、じぶんはもう人間ではないという、はずかしさと<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しさとに<ruby><rb>打</rb><rt>う</rt></ruby>ちまけて、身をひるがえして、いちもくさんに<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けだしました。どこへというあてもなく。

ところが、あの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地まできますと、うれしいことが待っていました。ヒースのあいだに、なにか白いものが、チラチラしているではありませんか。と思っているうちに、白いガチョウが、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンのダンフィンをつれてニールスのほうへやってきました。ガチョウは、ニールスが一生けんめい走ってくるのを見ますと、すぐ、<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>に<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>いかけられているにちがいない、とさとりました。そこで、ニールスをせなかに乗せるが早いか、大いそぎで、空高く飛びあがりました。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">17</span>　<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>のおばあさん

四月十四日　木曜日

ニールスとガチョウのモルテンと<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンのダンフィンは、<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきったからだで、日が<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れてからも、まだ夜のかくれ<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>をさがしあるいていました。ここは、北部スモーランドの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてた<ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>です。でも、三人は、やわらかい<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>や、気もちのいい<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>をほしがるような<ruby><rb>弱虫</rb><rt>よわむし</rt></ruby>ではありませんから、きっとどこかに、みんなのがまんできるような休み場所が、見つかるでしょう。

「このずっとつづいた山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きが、もっと高くて、けわしかったら、キツネものぼれなくて、いい寝場所になるんだけどなあ。」と、ひとりが言いました。

「いままで通ってきた大きな<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>がゆるんでいて、キツネがわたれないようになっていたら、もってこいの場所なんだけどなあ。」と、もうひとりが言いました。

こまったことに、お日さまが<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでからは、モルテンとダンフィンがねむくなってきて、いまにも地上に落ちそうになるのでした。ニールスだけは、目をさましていられましたが、だんだんあたりが<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>くなってくるにつれて、<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>になってきました。

「ぼくたちが、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>や<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>のこおりついている土地へやってきたのは、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>がわるいんだ。これじゃ、どこからでもキツネがやってくる。ほかのところは、みんな氷がとけてしまってるんだけど、ここは一ばん<ruby><rb>寒</rb><rt>さむ</rt></ruby>いスモーランドなものだから、まだ春にならないんだ。どうやって、いい寝場所を見つけたらいいんだろうなあ。早く<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>な場所を見つけないと、夜のうちに、ズルスケにおそわれちまうぞ。」

どこを見まわしても、つごうのいいかくれ場所は見あたりません。<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>はまた、風と<ruby><rb>霧雨</rb><rt>きりさめ</rt></ruby>をまじえた、うすら寒い、まっくらな夜です。おまけに、あたりは<ruby><rb>刻一刻</rb><rt>こくいっこく</rt></ruby>ときみわるくなってくるではありませんか。

こういうと、へんに聞こえるかもしれませんが、ニールスたちは、どうも、<ruby><rb>農園</rb><rt>のうえん</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>めてもらう気には、なれないらしいのです。いままでにも、たくさんの<ruby><rb>部落</rb><rt>ぶらく</rt></ruby>を通りすぎてきたのですが、どの家にもよってみようとはしませんでした。森のはずれの<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>のそばにあった小さな小屋などは、<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきった<ruby><rb>旅人</rb><rt>たびびと</rt></ruby>ならだれでも大よろこびをして、<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>めてもらうところですが、ニールスたちは気にもとめませんでした。ですから、せっかくさしのべられた<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>いの手を、受けいれようとしないのでは、こまるのもあたりまえだ、と言われてもしかたがないかもしれません。

そのうちに、いよいよ空のうすあかりもすっかり<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えて、まっくらになりました。モルテンたちも、もう眠いのをがまんできなくなって、うつらうつらしながら、飛びはじめました。そのとき、一<ruby><rb>軒</rb><rt>けん</rt></ruby>だけ、ぽつんと立っている<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>が見えてきました。見れば、荒れはてているうえに、人は住んでいないようすです。<ruby><rb>煙突</rb><rt>えんとつ</rt></ruby>からは、<ruby><rb>煙</rb><rt>けむり</rt></ruby>ものぼってはいませんし、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>からは、あかりも、もれておりません。家の中には、だれもいないようにみえます。ニールスは、この家を見たとき、こう思いました。

「さあ、いまとなっては、とにかく、この家にはいってみるよりほかはない。これよりいいところは見つかりそうもないんだから。」

それから、まもなく三人は、その<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の庭におりました。ガチョウたちは、おりるといっしょに、すぐ眠りこんでしまいましたが、ニールスは、どこか<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>になるようなところはないかと思って、一生けんめいに、あちこちを見まわしました。よく見ると、この家は、小さな<ruby><rb>百姓家</rb><rt>ひゃくしょうや</rt></ruby>ではありませんでした。<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>をはじめ、牛小屋や馬小屋があるばかりでなく、<ruby><rb>乾燥場</rb><rt>かんそうば</rt></ruby>や、<ruby><rb>穀物倉</rb><rt>こくもつぐら</rt></ruby>や、<ruby><rb>物置</rb><rt>ものおき</rt></ruby>などもならんでいました。しかし、どれもこれもこわれていて、ひどくみすぼらしいものばかりでした。コケの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えた<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>は、かたむいていて、いまにもたおれそうです。<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>には、大きな<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>が口をあけていますし、戸は<ruby><rb>蝶番</rb><rt>ちょうつがい</rt></ruby>がこわれて、はずれかかっています。ひと目見ただけで、長いあいだほったらかされていたものであることがわかります。

そのうちに、ニールスは牛小屋らしい<ruby><rb>建物</rb><rt>たてもの</rt></ruby>を見つけました。そこで、ガチョウたちをゆり起こして、その入口へつれていきました。ありがたいことに、戸はかるく<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>がかけてあるだけでしたので、すぐに<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>で押しあけることができました。ニールスは、これでやっと<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>して眠れるぞ、と思って、ほっとため息をつきました。ところが、戸がギイッとあいたとたんに、一ぴきの<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>がなきだしました。

「おくさん、おそかったですね。<ruby><rb>今夜</rb><rt>こんや</rt></ruby>は、もう<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>がいただけないのかと思いましたよ。」

ニールスは、牛小屋が、からっぽではなかったので、びっくりして、戸口に立ちどまってしまいました。けれども、よく見ますと、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>が一ぴきと、ニワトリが、三、四<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>いるだけです。で、また元気をとりもどしました。

「ぼくたちは、あわれな<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>の者ですが、キツネにおそわれたり、人間につかまらないような、<ruby><rb>一夜</rb><rt>いちや</rt></ruby>の<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>をさがしているのです。ここは<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>な<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>でしょうか？」と、ニールスはたずねました。

「だいじょうぶですとも。」と、牝牛は答えました。「このとおり、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>はいたんではいますけど、これまでに、キツネがそこからはいってきたためしはありません。それに、この家には、おばさんがひとり住んでいるだけですが、あのおばあさんは、<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>き<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>をつかまえたりはしませんよ。ところで、おまえさんたちは、いったいだれですね？」と、牝牛は言いながらからだをねじまげて、ニールスたちの姿をよく見ようとしました。

「ぼくは、いまでこそ<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>にされてしまっていますが、ニールス・ホルゲルッソンといって、西ヴェンメンヘーイうまれのものです。」と、ニールスは答えました。「いっしょにいるのは、ぼくがいつもせなかに乗せてもらっている、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>で<ruby><rb>飼</rb><rt>か</rt></ruby>っていたガチョウと、新しく道づれになった<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンです。」

「こんなめずらしいお<ruby><rb>客</rb><rt>きゃく</rt></ruby>さんは、はじめてです。」と、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>は言いました。「まあ、よくきてくださいました。でも、ほんとのところは、おくさんが<ruby><rb>夕飯</rb><rt>ゆうはん</rt></ruby>をもってきてくださったんなら、もっとよかったんですがね。」

ニールスは、ガチョウたちを、かなり大きい牛小屋の中につれていって、からっぽの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かいば</span><ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>の中にいれてやりました。ガチョウたちはすぐねむりこんでしまいました。ニールスは、わらで小さな<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>をこしらえて、じぶんもすぐにねようとしました。

ところが、とても<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>るわけにはいきません。なぜって、すぐそばでは、あわれな牝牛が、夕飯をもらえないので、一ときもじっとしてはいないのです。首の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くさり</span>をガチャガチャやったり、ドタドタあるきまわったり、<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>がへった、腹がへった、と、ひっきりなしにこぼしているのです。ニールスは眠れないままに、わらの上に横になって、近ごろおこったさまざまのできごとを思いだしました。

まずさいしょに、思いがけなく出あった、ガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>のオーサとマッツのことを思いだしました。そして、じぶんが火をつけた小さな小屋は、あのふたりのスモーランド人の家にちがいない、と思いました。そういえば、いつだったか、ふたりがあんな小屋や、ヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えているひろい<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地のことを話していたことがありました。きっとふたりは、もう一どなつかしいわが家を見るために、もどってきたのです。ところが、せっかく帰ってみると、その小屋は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>につつまれていたのです。

あのふたりは、どんなに<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんだことでしょう！　しかも、それは、このじぶんのせいなのです。そう思うと、ニールスはたまらなくなりました。そして、いつか人間にもどったら、心からこのおわびをしようと思いました。

それから、思いはカラスたちのことにうつりました。そして、じぶんの命を助けてくれたものの、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かしら</span>にえらばれるとすぐに<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されてしまったノロ<ruby><rb>公</rb><rt>こう</rt></ruby>の身の上を考えますと、あまりにも悲しくなって、おもわず<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がうかんできました。

じっさい、この二、三日のあいだに、ずいぶんひどい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">め</span>にあったものです。けれども、とにかく、モルテンとダンフィンとが、じぶんを見つけだしてくれたのは、ほんとうにしあわせなことでした。

ガチョウからあとで聞いた話では、ガンたちは、オヤユビくんの姿が見えないのに気がつくと、すぐに森じゅうの小さな動物たちにたずねてみたのでした。すると、スモーランドのカラスの一<ruby><rb>隊</rb><rt>たい</rt></ruby>にさらわれた、ということがすぐわかりました。けれども、そのときには、もうカラスたちは姿を<ruby><rb>消</rb><rt>け</rt></ruby>してしまっていたのでした。しかも、カラスたちが、どっちへいったかは、だれひとり知らないのです。そこでアッカは、オヤユビくんを<ruby><rb>一刻</rb><rt>いっこく</rt></ruby>も早くさがしだすために、ガンたちに命じて、二<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>ずつわかれわかれになって、べつべつの<ruby><rb>方面</rb><rt>ほうめん</rt></ruby>をさがすことにさせました。そして、オヤユビくんが見つかっても見つからなくても、ともかく二日さがしたら、<ruby><rb>北西</rb><rt>ほくせい</rt></ruby>スモーランドのターベルイという山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きでおちあうことにきめました。その山は、まるで、先をたちきられた<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>のようにけわしいということでした。それから、アッカは、めいめいに<ruby><rb>方向</rb><rt>ほうこう</rt></ruby>をきめてやり、ターベルイにいくまでの道すじを、ていねいに教えてやりました。こうして、みんなはちりぢりになったのでした。

白いガチョウは、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>ガンのダンフィンを旅の道づれにえらびました。ふたりは、オヤユビくんのことをひどく<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>しながら、あっちこっちさがしまわりました。そうしているうちに、木の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きにとまっている一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のツグミが、「カラスにさらわれた」というやつに、からかわれたといって、泣いているのを聞きつけました。それで、さっそく、ツグミにきいてみますと、その「カラスにさらわれた」というものが、どっちへいったかを教えてくれました。それからも、森バトや、ムクドリや、野ガモにであいましたが、みんな口ぐちに、チビスケのいたずら<ruby><rb>小僧</rb><rt>こぞう</rt></ruby>に歌のじゃまをされたといっては、くやしがっていました。そして、そいつの名まえは、「カラスにさらわれたもの」とか、「カラスに<ruby><rb>盗</rb><rt>ぬす</rt></ruby>まれたもの」とか、言っていたということでした。こんなふうにして、ふたりは、スンネルブー地方のヒースの<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えている、あの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地まで、オヤユビくんのあとをたどっていくことができたのでした。

そして、モルテンとダンフィンは、オヤユビくんを見つけると、すぐに、ターベルイへいくために、北のほうをさして飛んできたのです。しかし、ターベルイまでは、ずいぶん道のりがありました。そこで、いま、山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きがまだ見えないうちに、早くも日が<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>れてしまったのでした。

「あした、ターベルイにいきさえすれば、もう<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>はないんだ。」と、ニールスは思いながら、わらの中にもぐりこんで、あたたまろうとしました。

<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>は、そのあいだじゅうさわいでいましたが、とつぜん、ニールスにむかって話しだしました。

「おまえさんたちのうちのひとりは、たしか<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>だと言いましたね？　もし、ほんとうにそうなら、牛のせわができるでしょう？」

「いったい、何がたりないのさ？」と、ニールスはききました。

「なにもかもないんですよ。」と、牝牛は言いました。「<ruby><rb>乳</rb><rt>ちち</rt></ruby>もしぼってもらえないし、せわもしてもらえない。夜の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かいば</span>もなければ、寝るところもない。おくさんは、夕方ここへきて、いつものようにせわをしてくださっていたんですが、急に気もちがわるくなって、いそいで帰ってしまいました。それっきり、こないんですよ。」

「お気のどくだが、ぼくは、このとおりちっぽけで、力もない。」と、ニールスは言いました。「とてもきみのお役にはたてそうもないよ。」

「ちっちゃいからといって、力がないとは思えませんね。」と、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>は言いました。「いままで話に聞いている<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>というのは、みんな力が強くって、車いっぱい<ruby><rb>積</rb><rt>つ</rt></ruby>んだ<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れ草をひっぱることもできるし、げんこで牛を一打ちに殺すこともできたということですよ。」

それを聞いて、ニールスは、思わずふきだしてしまいました。そして、

「ぼくは、そんな小人とはちがうんだよ。でも、きみの首の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">くさり</span>をといて、入口の戸をあけてあげるよ。そうすりゃ、きみはおもてへいって、水を<ruby><rb>飲</rb><rt>の</rt></ruby>めるだろう。それから、枯れ草の<ruby><rb>置場</rb><rt>おきば</rt></ruby>によじのぼって、きみの<ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>の中に枯れ草を投げおとしてみるよ。」と、言いました。

「ええ、そうしてもらえば、すこしは助かりますよ。」と、牝牛は言いました。

ニールスは、そのとおりにしました。こうして、牝牛の<ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>には、枯草がいっぱいになりました。ニールスは、こんどこそおちついてねられるだろうと思いました。ところが、まだわらの中にもぐりこんだか、もぐりこまないうちに、またも<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>が話しかけました。

「もうひとつお<ruby><rb>願</rb><rt>ねが</rt></ruby>いがあるんですけど、どうでしょうね？」

「ぼくにできることならばね。」と、ニールスは言いました。

「それじゃ、お願いしますが、このまむかいにある<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>にいって、おくさんのようすを見てきてください。どうかしたんじゃないかと心配でたまらないんです。」

「いや、そりゃあ、こまるよ。ぼくは人間の前にでていく<ruby><rb>勇気</rb><rt>ゆうき</rt></ruby>はないもの。」と、ニールスは言いました。

「<ruby><rb>病気</rb><rt>びょうき</rt></ruby>のおばあさんをこわがることはないじゃありませんか。それに、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中まではいっていかなくても、戸口に立って、すきまからのぞいてくれりゃいいんですもの。」と、牝牛は言いました。

「うん、それだけのことなら、ひきうけたよ。」と、ニールスは言いました。

そこで、牛小屋の戸をあけて、<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>にでました。ところが、なんという<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>でしょう。空には、お月さまもお星さまもなく、風がヒュウ、ヒュウとものすごいうなり声をあげ、雨がザア、ザアとはげしくふっています。それに、なによりも恐ろしいことには、<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>の<ruby><rb>軒</rb><rt>のき</rt></ruby>に、大きなフクロウが七<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>もならんでとまっているではありませんか。そのフクロウたちが、<ruby><rb>雨風</rb><rt>あめかぜ</rt></ruby>にむかってうなっている声を耳にしますと、思わずぞっとしてしまいます。しかも、その一羽にでも見つかったら、いったいじぶんの身はどうなるでしょう。そのときこそ、この身のさいごにちがいありません。そう思うと、ますます<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしくなりました。

それでも、ニールスは思いきって、中庭にでました。そして、「ちっぽけなものは、あわれだなあ！」と、ひとりごとを言いました。ほんとうに、そのとおりでした。なぜって、<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>につくまでに、風のために二どまでも、吹きとばされてしまったのです。一どなどは、水たまりの中に吹きたおされました。しかもその水たまりは深かったので、もうすこしでおぼれそうになりました。でも、ようやくのことで母屋にたどりつきました。

<ruby><rb>段々</rb><rt>だんだん</rt></ruby>をのぼり、しきいをこえて、<ruby><rb>玄関</rb><rt>げんかん</rt></ruby>にはいりました。部屋の戸はしまっていましたが、すみのほうに、ネコが出はいりできるくらいの<ruby><rb>穴</rb><rt>あな</rt></ruby>があいていました。ニールスは、そこから中のようすをのぞいて見ました。

ところが、ひと<ruby><rb>目</rb><rt>め</rt></ruby>見たしゅんかん、びっくりして、おもわず頭をひっこめました。<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>のおばあさんが、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上にたおれているではありませんか。身動きもしませんし、うめき声一つあげません。それでいて、顔はふしぎに白く<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていました。まるで、<ruby><rb>雲間</rb><rt>くもま</rt></ruby>にかくれたお月さまの弱い光に<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らされているようでした。

ニールスは、じぶんのおじいさんが死んだときにも、やっぱりこんなふうに、ふしぎに白い顔をしていたことを思いだしました。そうしてみると、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上にたおれているおばあさんは、きっと死んでいるのにちがいありません。おそらく、<ruby><rb>寝床</rb><rt>ねどこ</rt></ruby>にはいるひまもなく、急にたおれてしまったものでしょう。

こんな<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>い<ruby><rb>真夜中</rb><rt>まよなか</rt></ruby>に、死んだ人とふたりきりかと思いますと、たまらないほど恐ろしくなりました。ころがるように<ruby><rb>段々</rb><rt>だんだん</rt></ruby>をかけおりて、大いそぎで牛小屋にとんで帰りました。

ニールスが母屋で見てきたことを話しますと、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>はたべるのをやめて、

「それじゃ、おくさんは死んだんですね。すると、このわたしも、もうおしまいですよ。」と、言いました。

「だれか、きみのせわをしてくれる人が、じきにくるよ。」と、ニールスはなぐさめて言いました。

「ああ、おまえさんは知らないけれども、」と、牝牛は言いました。「わたしはね、ふつう<ruby><rb>屠殺台</rb><rt>とさつだい</rt></ruby>につれていかれる牛よりも、<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>も年をとっているんですよ。でも、もうあのおくさんにめんどうをみてもらえないんなら、生きていたいとも思いません。」

牝牛は、しばらくのあいだ、ひとことも言いませんでした。しかし、ニールスが気をつけて見ていますと、牝牛は眠ってもいなければ、草をたべてもいませんでした。そして、やがてまた話しはじめました。

「おくさんは、何もない<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上にたおれているんですか？」と、牝牛はたずねました。

「そうだよ。」と、ニールスは答えました。

「おくさんは、この小屋へきては、いつも苦しいことを話していましたっけ。わたしには、答えることはできませんでしたが、言うことはみんなわかりましたよ。この二、三日は、じぶんが死んだとき、だれもそばにいてくれないのが、とっても<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>だと言つていました。死んでも、目をとじてくれたり、両手を<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の上で<ruby><rb>組</rb><rt>く</rt></ruby>み<ruby><rb>合</rb><rt>あ</rt></ruby>わせてくれる人のいないのが、気になってしかたがなかったんですね。どうか、おまえさん、もう一どいって、そうしてやってくれませんか？」

ニールスはためらいました。けれども、おじいさんが死んだときには、おかあさんが、なにもかも、うまくしまつしたことを思いだしました。そして、だれかがそうしなければならないんだ、と思いました。とはいっても、こんなきみわるいよなかに、死んだ人のところへいく気にはとてもなれません。ニールスはいやとも言わず、そうかといって、戸口にいこうともしませんでした。

年とった<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>は、<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を待っているらしく、しばらくだまっていました。しかし、ニールスがなんにも言わないので、また話しだしました。でも、もう一どたのもうとするのではなくて、こんどは、おくさんのことを話しはじめました。

話したいことは山ほどありますが、まずさいしょは、おばあさんのそだてた子どもたちのことです。子どもたちは、まいにち牛小屋へきました。そして、夏になると、<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>やこんもりとした森の中に、牝牛をつれていきました。だから、この牝牛は子どもたちのことは、なんでも知っていました。どの子もじょうぶで、ほがらかで、きんべんでした。「ウシというものは、じぶんのせわをしてくれる人が、いい人かどうかを、よく知っているものですよ。」と、牝牛は言いました。

<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>についても、いろいろ話がありました。それは、たいへん大きくて、といっても、大部分が<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>や石だらけの<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れ地だったのですが、いまのようにみすぼらしいものではありませんでした。畑になるようなところこそ、あまりありませんでしたが、<ruby><rb>牧草</rb><rt>ぼくそう</rt></ruby>はどこにもたくさん<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていました。ひところなどは、牛小屋のどの<ruby><rb>区画</rb><rt>くかく</rt></ruby>の中にも、牛が一<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby>ずついましたし、いまはからっぽになっている<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>小屋にも、りっぱな牡牛がたくさんいたものでした。だから、そのころは、<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>をみても、牛小屋をみても、みんな<ruby><rb>陽気</rb><rt>ようき</rt></ruby>で、よろこびにみちあふれていました。おくさんは牛小屋の戸をあけるときは、いつも<ruby><rb>鼻歌</rb><rt>はなうた</rt></ruby>をうたっていたものですし、牛たちはおくさんがきたのをよろこんで、モウモウとないていたものでした。

ところが、この家のご主人は、子どもたちがまだ小さくて、仕事の手だすけもできないころに死んでしまいました。そのため、おくさんは<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>のことを、いっさいひとりでやらなければならなくなったのです。おくさんは男のようにしっかりした人で、じぶんで<ruby><rb>耕</rb><rt>たがや</rt></ruby>しもしたり、とりいれもしました。でも、夕がた、<ruby><rb>乳</rb><rt>ちち</rt></ruby>をしぼりに牛小屋へきたとき、くたびれすぎて、泣いていることもありました。しかし、すぐに子どもたちのことを思いだしては、元気になりました。そして、<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>をふきながら、こう言ったものでした。

「なんでもない。なんでもない。あたしにだって、またいい時がくるわ。子どもたちが大きくさえなれば。そうだわ、子どもたちが大きくさえなれば。」

しかし、子どもたちは大きくなりますと、それぞれふしぎなあこがれをもつようになりました。<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>にいるのがいやになって、みんな遠い<ruby><rb>外国</rb><rt>がいこく</rt></ruby>へいってしまいました。おかあさんは、子どもたちになにひとつ、手だすけをしてもらったことはありませんでした。それどころか、子どもたちのなかのふたりは、出かけるまえに<ruby><rb>結婚</rb><rt>けっこん</rt></ruby>していて、うまれた小さい子どもたちを、おばあさんのところにあずけて、いってしまったのです。で、こんどは、この<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>たちが、おばあさんを牛小屋につれてきました。ちょうど、むかし、子どもたちがしたように、孫たちはよく牛のめんどうをみました。ほんとうにいい子どもたちでした。おばあさんは、夕がた、<ruby><rb>乳</rb><rt>ちち</rt></ruby>をしぼりながら、くたびれすぎて、いねむりをしそうになりますと、いつも孫たちのことを考えては、気をひきたてるのでした。「わたしにだって、いつかいい時がくるさ。」と、おばあさんは、ねむけをはらいのけながら、言いました。「孫たちが大きくさえなれば。」

ところが、孫たちも大きくなりますと、<ruby><rb>外国</rb><rt>がいこく</rt></ruby>にいる、おとうさんとおかあさんのところへいってしまいました。だれひとり家にのこるものもなければ、もどってくるものもありませんでした。年とったおばあさんは、この<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>でひとりぽっちになってしまったのです。

おそらく、おばあさんは、<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>たちに、じぶんのそばにいてくれ、とはたのまなかったのでしょう。

「ねえ、赤や。おまえ、孫たちが一<ruby><rb>人</rb><rt>にん</rt></ruby>まえになったときに、ここにいっしょにいてくれ、とたのめると思うかい？」おばあさんは牛小屋へきて、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>のそばに立っては、いつもこう言うのでした。「このスモーランドにいたんじゃ、いつまでたっても<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>ぐらしだものね。」

しかし、一ばん下の孫がいってしまったときには、さすがに、おばあさんもすっかりがっかりしてしまいました。急に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>がまがり、<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>もふえてきました。そして、あるくのにもよろよろとして、まるで、動く力がなくなってしまったようでした。それからは、<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>くのもやめてしまいました。<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>のせわもしなくなりましたし、なにもかも、ほったらかしておきました。家も<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてるにまかせて、<ruby><rb>修繕</rb><rt>しゅうぜん</rt></ruby>もしませんでした。<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>も<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>も売ってしまいました。けれども、いまオヤユビくんと話をしている、年とった牝牛だけは売らずにおきました。この牝牛だけは、生かしておきたかったのです。思えば、どの子も、どの<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>も、一生けんめいせわをしてやった牛でしたから。

おばあさんは、<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>の手つだいに、<ruby><rb>下男</rb><rt>げなん</rt></ruby>や<ruby><rb>下女</rb><rt>げじょ</rt></ruby>をやとうこともできたでしょう。けれども、じぶんの子どもたちが、おばあさんを残していってしまってからは、身ぢかに<ruby><rb>他人</rb><rt>たにん</rt></ruby>を見たくなかったのです。それに、じぶんが死んだのちに、子どもたちがもどってきて、この<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>を受けつごうというわけではないのですから、<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてるにまかせておいたほうが、かえってよかったのでしょう。こうして、じぶんのものも、ちっともだいじにしませんでしたから、<ruby><rb>貧乏</rb><rt>びんぼう</rt></ruby>になっても、平気でいました。ただ、じぶんがこんなひどい<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしをしていることを、子どもたちが聞かなければいいが、と、そればかりを気にしていました。

「子どもたちの耳に、はいらなければいいが！　子どもたちの耳に、はいらなければいいが！」おばあさんは、牛小屋の中をよろよろとあるきながら、ため<ruby><rb>息</rb><rt>いき</rt></ruby>をついてはこう言いました。

子どもたちは、しょっちゅう手紙をよこしては、おばあさんにもきてくれるように言いました。しかし、おばあさんはいこうとはしませんでした。おばあさんとしては、子どもたちをじぶんから、うばってしまった国などを見たくなかったのです。おばあさんは、その国にたいして<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてていました。

「子どもたちが、あんなにすきな国をきらうなんて、わたしのほうがどうかしているんだろう。」と、おばあさんは言いました。「でも、わたしはそんな国は見たくない。」

おばあさんは、いつもいつも、子どもたちのことと、けっきょく子どもたちは、<ruby><rb>外国</rb><rt>がいこく</rt></ruby>へいかねばならなかったのだ、ということばかり考えていました。夏になると、おばあさんは<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>をつれて大きな<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>にいきました。そして、一日じゅう、手を<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>の中につっこんで、沼のはずれにすわっていました。帰り道には、きまってこう言いました。

「ねえ、赤や、ここがこんなやせた<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>ばかりでなくって、大きな<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた畑もあったら、あの子たちも、よそへはいかなくてもよかったろうにねえ。」

おばあさんは、目の前にひろびろとひろがってはいても、なんの役にもたたないこの沼地にたいして、ほんとうに腹をたてることもありました。そして、子どもたちがじぶんを残していってしまったのは、みんなこの沼地の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せい</span>だと言いたてました。

ゆうべは、おばあさんは、いつもよりもよろよろしていて、とてもあぶなっかしそうでした。<ruby><rb>乳</rb><rt>ちち</rt></ruby>をしぼることさえもできませんでした。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かいば</span><ruby><rb>桶</rb><rt>おけ</rt></ruby>によりかかりながら、さっきおばあさんをたずねてきて、この<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>を買いたいと言った、ふたりの見知らぬお<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんのことを話していました。その人たちは、沼の水をほして、畑にしようというのだそうです。この話に、おばあさんはうれしいような、<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>のような気もちになっていました。

「いいかい、赤や。いいかい。この沼にライムギが<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えるようになるんだってよ。さあ、子どもたちに手紙でも書いて、帰ってくるように言ってやろうよ。もうよその国にいっている<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はないんだよ。だって、これからは、家にいても、たべていけるようになるんだもの。」

その手紙を書くために、おばあさんは<ruby><rb>母屋</rb><rt>おもや</rt></ruby>にもどったのでした。――――

ニールスは、<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>が話しつづけるのを、もう聞いてはいませんでした。牛小屋の戸をあけて、<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>をよこぎり、さっきまではあんなにこわがっていた、<ruby><rb>死人</rb><rt>しにん</rt></ruby>のいる<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>にはいっていきました。

部屋の中は、思ったほどみすぼらしくはありませんでした。アメリカに知りあいのある人の家に、よく見られるようなものが、たくさんならんでいました。すみのほうには、アメリカ<ruby><rb>製</rb><rt>せい</rt></ruby>の<ruby><rb>揺</rb><rt>ゆ</rt></ruby>り<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">いす</span>がありますし、窓ぎわのテーブルには、美しくぬいとりをしたビロードのきれがかけてあります。それから、ベッドには美しいおおいがかけてあります。<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>には、<ruby><rb>外国</rb><rt>がいこく</rt></ruby>にいっている子どもや<ruby><rb>孫</rb><rt>まご</rt></ruby>たちの<ruby><rb>写真</rb><rt>しゃしん</rt></ruby>が、<ruby><rb>木彫</rb><rt>きぼ</rt></ruby>りの<ruby><rb>額</rb><rt>がく</rt></ruby>ぶちにいれられて、かかっています。机の上には、たけの高い<ruby><rb>花</rb><rt>か</rt></ruby>びんと、ふとい、らせん形のロウソクを立てた、<ruby><rb>一対</rb><rt>いっつい</rt></ruby>のロウソク立てがおいてあります。

ニールスは、マッチ箱をさがして、そのロウソクに火をともしました。ニールスがそうしたのは、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中をもっとあかるくするためではなくて、そうすることが死んだ人にたいする<ruby><rb>礼儀</rb><rt>れいぎ</rt></ruby>だと思ったのです。

それから、おばあさんのところへいって、しずかに目をとじてやり、両手を<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>の上に組ませてやりました。そうして、顔にかかっている、うすい<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>をきれいになおしてやりました。

ニールスは、もうちっともこわくはなくなりました。それどころか、おばあさんが死ぬときまで、子どもたちのことを思いながら、ひとりさびしく<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らさなければならなかったことを思いますと、心から気のどくになりました。そして、せめてこんや<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>は、このおばあさんのなきがらを<ruby><rb>見守</rb><rt>みまも</rt></ruby>っていてあげようと思いました。

ニールスは、<ruby><rb>讃美歌</rb><rt>さんびか</rt></ruby>の本をさがしだして、ひくい声で二つ三つ読みはじめました。ところが、読んでいるさいちゅうに、とつぜん、<ruby><rb>途中</rb><rt>とちゅう</rt></ruby>でやめてしまいました。なぜって、急におとうさんとおかあさんのことが頭に<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かんできたからです。

親というものは、こんなにまで子どものことを思っているんだなあ！　ニールスは、いままでそんなことは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも考えたことがありませんでした。子どもが遠くへいってしまえば、まるで生きがいがなくなってしまうんだなあ！　そうしてみると、このおばあさんとおなじように、ぼくのおとうさんとおかあさんも、ぼくのことばかり思っているかなあ！

ニールスはこう考えますと、うれしくなりましたが、そう<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じることはできませんでした。だって、いくらなんでも、じぶんみたいな者のことは、だれもそんなに思ってはくれないでしょうから。

でも、いままではそうであったにしても、これからは、じぶんも、もっとちがった人間になるでしょう。

ニールスは、まわりにかかっている、<ruby><rb>外国</rb><rt>がいこく</rt></ruby>へいってしまった人たちの<ruby><rb>写真</rb><rt>しゃしん</rt></ruby>をながめました。男の人も女の人も、強そうな大きな人たちです。長いヴェールをかぶった花よめもいますし、りっぱな<ruby><rb>服</rb><rt>ふく</rt></ruby>をきた<ruby><rb>紳士</rb><rt>しんし</rt></ruby>もいます。それから、美しいまっ白な服をきた、まき毛の子もいます。そして、どの人もどの人も、みんな遠くのほうを、じいっと見つめているように見えました。

「あなたがたはかわいそうに！」と、ニールスは<ruby><rb>写真</rb><rt>しゃしん</rt></ruby>にむかって言いました。「あなたがたのおかあさんは死んだんですよ。あなたがたが、おかあさんのそばを、はなれていったことを、いくら<ruby><rb>後悔</rb><rt>こうかい</rt></ruby>しても、もうそのつぐないはできないんですよ。でも、ぼくのおかあさんはまだ生きているんだ！」

ここで、ことばをきって、ひとりでうなずきながら、ニコニコしました。そして、また、

「ぼくのおかあさんは生きているんだ。おとうさんもおかあさんも生きているんだ。」と言いました。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">18</span>　ターベルイからフースクヴァルナまで

四月十五日　金曜日

ニールスは、ほとんど<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>じゅう目がさめていました。あけがたになって、すこし<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>りましたが、そのとき、おとうさんとおかあさんの<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>をみました。けれども、ふたりともすっかり年よりになっていて、<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>が多くなり、顔にはしわがよっていました。いつものおとうさんおかあさんとは思えないくらいでした。ニールスはびっくりして、どうしたんですか、とたずねました。すると、ふたりは、おまえのことばかり考えて<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>しているものだから、こんなに年とってしまったんだよ、と答えました。ニールスは、深く心をうごかされました。と、<ruby><rb>同時</rb><rt>どうじ</rt></ruby>に、<ruby><rb>驚</rb><rt>おど</rt></ruby>ろきました。だって、いままでは、おとうさんとおかあさんは、じぶんがいなくなって、<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んでいるだろうと思っていたんですもの。

目がさめたときには、もう朝になっていました。外はあかるい、よいお<ruby><rb>天気</rb><rt>てんき</rt></ruby>でした。まず<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中で見つけたパンをたべて、それから、ガチョウと<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>に朝のたべものをやりました。さいごに、牛小屋の戸をあけて、牝牛に、となりの<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>へいくように言いきかせました。となりの人たちは、牝牛がひとりでやってきたのを見れば、おばあさんに何か、かわったことでもおこったんだろうと思うでしょう。そして、みんなは、どうしたことだろうと、この<ruby><rb>荒</rb><rt>あ</rt></ruby>れはてた<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>へ<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けつけてくるでしょう。そうすれば、おばあさんのなきがらを見つけて、お<ruby><rb>葬式</rb><rt>そうしき</rt></ruby>をしてくれるでしょう。

ニールスとガチョウたちが、空に<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがりますと、まもなく高い山が見えてきました。見れば、その<ruby><rb>山壁</rb><rt>やまかべ</rt></ruby>は、ほとんど切り立っていて、<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きは切りおとされたようになっています。それこそターベルイ山にちがいありません。頂きには、アッカをはじめ、ユクシ、カクシ、コルメ、ネリエー、ヴィシ、クウシのほかに、六<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の若いガンたちが三人を待っていました。みんなは、モルテンとダンフィンがうまくオヤユビくんをさがしだしてきたのを見ますと、大よろこびで、うれしそうなさけび声をあげながら、つばさをバタバタやりました。その<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びさわぐありさまは、まったく、たいへんなものでした。

ターベルイ山の<ruby><rb>山腹</rb><rt>さんぷく</rt></ruby>には、かなり高くまで森が<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っていますが、山の<ruby><rb>頂</rb><rt>いただ</rt></ruby>きには木が一本もありません。そこからは四方八方を見わたすことができます。東を見ても、南を見ても、西を見ても、なにも<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えていない<ruby><rb>高地</rb><rt>こうち</rt></ruby>のほかはほとんど何も見えません。そこには、黒々としたモミの森と、<ruby><rb>褐色</rb><rt>かっしょく</rt></ruby>の<ruby><rb>沼</rb><rt>ぬま</rt></ruby>と、<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>におおわれた<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>と、青みがかった山の<ruby><rb>峰</rb><rt>みね</rt></ruby>とが見えるばかりです。ニールスは、いつかマッツの話していた、昔からの言いつたえを思いだしました。この地方はあまり<ruby><rb>骨</rb><rt>ほね</rt></ruby>をおらずに、大いそぎでつくられたという話だ、だがあの話は、たしかにほんとうだ、と思いました。ところが、こちらのほうを見れば、まるでちがっています。こちらは、<ruby><rb>恵</rb><rt>めぐ</rt></ruby>みぶかい心で、ていねいにつくられているように見えました。こちらのほうには、美しい山々や、低い谷や、ゆるやかにうねっている川がいくつも見えます。そして、それらの川は、ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>という、氷一つない、<ruby><rb>澄</rb><rt>す</rt></ruby>みきった大きな<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>にそそいでいるのです。ヴェッテルン湖は、まるで水のかわりに青い光でもたたえているかのように、キラキラと<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていました。

北へのながめをこんなにも美しくしているのは、まぎれもなくヴェッテルン湖です。なぜなら、青い光が一すじ、この<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>から立ちのぼって、それがこの地方ぜんたいにひろがっているように見えるのでした。こんもりとした森や、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>や、ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の岸べにそって、キラキラ光っているエンチェーピング市の<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>や、<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>などが、うす青色につつまれて、人の目をひきつけているのです。もしも天上に国があるとすれば、それもやっぱりこんなふうに青いにちがいありません。ニールスは、<ruby><rb>楽園</rb><rt>らくえん</rt></ruby>というところがどんなふうか、おぼろげながらわかったような気がしました。

ガンたちは、その日、旅をつづけることになって、その青い谷のほうへ飛んでいきました。みんなは、たのしいお<ruby><rb>祭</rb><rt>まつ</rt></ruby>り<ruby><rb>気分</rb><rt>きぶん</rt></ruby>になっていて、鳴いたり、さけんだり、大さわぎをしながら飛んでいきました。

この地方では、きょうが、ほんとうに春らしい、はじめてのいいお天気でした。いままでは、春とはいっても、雨風にたたられてばかりいたのです。それが、きょう急にすばらしい<ruby><rb>天気</rb><rt>てんき</rt></ruby>になりましたので、地上の人たちは、あたたかいお日さまの光と、<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の森が<ruby><rb>恋</rb><rt>こい</rt></ruby>しくなって、じっと仕事をしていることができなくなりました。それで、ガンのむれが<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しそうに、のびのびと空を飛んできたとき、みんなは手をやすめて、ガンのむれをながめました。

この日、ガンのむれの姿をさいしょに見た者は、ターベルイの<ruby><rb>鉱山</rb><rt>こうざん</rt></ruby>で、<ruby><rb>鉱石</rb><rt>こうせき</rt></ruby>を<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>っている<ruby><rb>鉱夫</rb><rt>こうふ</rt></ruby>たちでした。鉱夫たちは、ガンの鳴く声を耳にしますと、仕事をやめました。そして、

「どこへいくんだ？　どこへいくんだ？」と、中のひとりが、ガンたちにむかってさけびました。

ガンたちには、人間のことばはわかりません。それで、ニールスがかわって、ガチョウのせなかから身をのりだして、答えました。

「つるはしもハンマーもないところへ、いくんだよォ！」

<ruby><rb>鉱夫</rb><rt>こうふ</rt></ruby>たちは、このことばをきいたとき、ガンの声が、まるで人間のことばのように聞こえるのは、じぶんたちが心にもっている、あこがれのせいだろうと思いました。そして、

「いっしょにつれてってくれえ！　いっしょにつれてってくれえ！」と、さけびました。

「ことしはだめだよォ！　ことしはだめだよォ！」と、ニールスはさけびかえしました。

ガンのむれは、ターベルイ川にそって、ムンク<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>のほうに飛んでいきましたが、そのあいだも大さわぎをしていました。このムンク湖とヴェッテルン湖とのあいだのせまい土地には、エンチェーピング市があって、ここには、大きな<ruby><rb>工場</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>がたくさんあります。ガンのむれは、まずムンク<ruby><rb>製紙工場</rb><rt>せいしこうじょう</rt></ruby>の上を飛びました。ちょうど<ruby><rb>昼休</rb><rt>ひるやす</rt></ruby>みがおわって、大ぜいの<ruby><rb>職工</rb><rt>しょっこう</rt></ruby>たちが、工場の門をはいっていくところでした。職工たちは、ガンの鳴き声をききつけますと、ちょっと立ちどまって、

「どこへいくんだい？　どこへいくんだい？」と、さけびました。

ガンには何もわかりませんでしたが、ニールスがかわって答えました。

「<ruby><rb>機械</rb><rt>きかい</rt></ruby>もボイラーもないところへいくんだよォ！」

<ruby><rb>職工</rb><rt>しょっこう</rt></ruby>たちは、この答えをきいて、ガンの鳴き声が人間のことばのように聞こえるのは、じぶんたちが心にもっているあこがれのせいだろうと思いました、そして、

「いっしょにつれてってくれよォ！　いっしょにつれてってくれよォ！」と、みんなでさけびました。

「ことしはだめだよォ！　ことしはだめだよォ！」と、ニールスはさけびかえしました。

そのつぎには、ガンたちは、ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の岸べにある、<ruby><rb>有名</rb><rt>ゆうめい</rt></ruby>なマッチ<ruby><rb>工場</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>の上を飛びました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とりで</span>のように大きな工場で、たくさんの<ruby><rb>煙突</rb><rt>えんとつ</rt></ruby>が、空高く<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>きでていました。外にはだれもいませんでしたが、大きな<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中には、若い<ruby><rb>女工</rb><rt>じょこう</rt></ruby>たちがすわって、マッチを箱につめていました。<ruby><rb>天気</rb><rt>てんき</rt></ruby>がいいので、<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>はあけはなされていました。そこから、ガンの鳴き声が聞こえてきました。窓ぎわにすわっていたひとりの女工が、マッチ箱を手にしたまま、窓から顔をだして、

「どこへいくの？　どこへいくの？」と、さけびました。

「あかりもマッチもいらない国へ、いくんだよォ！」と、ニールスが答えました。

少女は、ガンが鳴いているのだろうと思いましたが、そのことばが、はっきり耳にはいりましたので、思わず、

「あたしもいっしょにつれてってえ！」と、さけびました。

「ことしはだめだよォ！　ことしはだめだよォ！」と、ニールスは答えました。

<ruby><rb>工場</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>の東にあたる、じつにすばらしい<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>に、エンチェーピング市があります、<ruby><rb>細長</rb><rt>ほそなが</rt></ruby>いヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の東がわと西がわには、高くてけわしい<ruby><rb>砂丘</rb><rt>さきゅう</rt></ruby>があります。けれども、南がわは、<ruby><rb>砂丘</rb><rt>さきゅう</rt></ruby>の<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>がくずれおちて、まるで大きな門のようになっています。そこを通って、ヴェッテルン湖にでることができるのです。そして、この門のまんなかに、<ruby><rb>左</rb><rt>ひだり</rt></ruby>てと右てには山をひかえ、うしろにはムンク湖、前にはヴェッテルン湖をのぞんで、エンチェーピング市があるのです。

ガンたちは、この細長い市の上を飛びながら、あいかわらず鳴きさけびました。ところが、この市では、だれも答えてくれる者はありませんでした。むりもありません。市の人たちが通りに立ちどまって、ガンにむかってさけぶなんてことは、考えられませんもの。

やがて、<ruby><rb>詩人</rb><rt>しじん</rt></ruby>ヴィクトル・リュドベルイの<ruby><rb>胸像</rb><rt>きょうぞう</rt></ruby>のある、<ruby><rb>公園</rb><rt>こうえん</rt></ruby>の上にきました。公園の中はひっそりとしていて、高い木々の下には、<ruby><rb>散歩</rb><rt>さんぽ</rt></ruby>をしている人の姿も見うけられませんでした。ところが、とつぜん、どこからともなく、力づよい声が、ガンたちの耳に聞こえてきました。

「どこへいく？　どこへいく？」

「通りも<ruby><rb>広場</rb><rt>ひろば</rt></ruby>もないところへ、いくんだよォ！」と、ニールスはさけびました。

「いっしょにつれていってくれ！」と、その力づよい声がさけびました。その声は、まるで<ruby><rb>青銅</rb><rt>せいどう</rt></ruby>の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">のど</span>からでてくるようでした。

「ことしはだめだよォ！　ことしはだめだよォ！」と、ニールスは答えました。

それから、ガンのむれは、ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の岸にそって飛びました。しばらくすると、アンナ<ruby><rb>病院</rb><rt>びょういん</rt></ruby>の上にきました。<ruby><rb>病人</rb><rt>びょうにん</rt></ruby>が二、三人、<ruby><rb>露台</rb><rt>ろだい</rt></ruby>にでて、すがすがしい春の空気をたのしんでいましたが、ちょうどそのとき、ガンの鳴き声を耳にしました。

「どこへいくの？」と、その中のひとりが、ほとんど聞きとれないくらいの、<ruby><rb>弱々</rb><rt>よわよわ</rt></ruby>しい声でたずねました。

「<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>も<ruby><rb>病気</rb><rt>びょうき</rt></ruby>もない国へ、いくんだよォ！」と、ニールスは答えました。

「いっしょにつれていって！」と、<ruby><rb>病人</rb><rt>びょうにん</rt></ruby>は言いました。

「ことしはだめだよォ！　ことしはだめだよォ！」と、ニールスはさけびました。

みんなは飛びつづけて、フースクヴァルナにきました。この村は<ruby><rb>谷間</rb><rt>たにま</rt></ruby>にあって、ぐるりの山々は、けわしいけれど美しい形をしていました。一つの川が細長い<ruby><rb>滝</rb><rt>たき</rt></ruby>になって、<ruby><rb>丘</rb><rt>おか</rt></ruby>にそって<ruby><rb>流</rb><rt>なが</rt></ruby>れ<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>ちていました。山のふもとには大きな<ruby><rb>工場</rb><rt>こうば</rt></ruby>がいくつもありました。そして、谷間には小さい庭のある<ruby><rb>職工</rb><rt>しょっこう</rt></ruby>たちの家々が、あちこちに見えました。谷間のまんなかには<ruby><rb>学校</rb><rt>がっこう</rt></ruby>がありました。ちょうど、ガンがその上にきたとき、おおぜいの<ruby><rb>生徒</rb><rt>せいと</rt></ruby>たちがならんで出てきて、たちまち<ruby><rb>校庭</rb><rt>こうてい</rt></ruby>にいっぱいあらわれました。

「どこへいくの？　どこへいくの？」と、子どもたちは、ガンの鳴き声をききつけて、さけびました。

「本も<ruby><rb>宿題</rb><rt>しゅくだい</rt></ruby>もないところへ、いくんだよォ！」とニールスは答えました。

「いっしょにつれてってよォ！」と、子どもたちはさけびました。

「ことしはだめ、<ruby><rb>来年</rb><rt>らいねん</rt></ruby><ruby><rb>来年</rb><rt>らいねん</rt></ruby>！」と、ニールスはさけびました。「ことしはだめ、来年来年！」

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">19</span>　大きな鳥の<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>

## 野ガモのヤッロー

ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>東岸</rb><rt>とうがん</rt></ruby>には、オムベルイ山がそびえています。そのオムベルイ山の東には、ダーグスモッセがあり、さらにダーグスモッセの東にはトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>があります。そして、トーケルン湖のまわりには、大きなエステルイエータ<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>がひろびろとひろがっています。

トーケルン湖は大きな美しい<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>です。けれども、むかしはもっと大きかったにちがいありません。そのころの人たちは、この湖が、<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた<ruby><rb>豊</rb><rt>ゆた</rt></ruby>かな平野を大きく<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>しているので、その水を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>してしまって、そこに<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>をつくろうとしました。しかし、みんなの考えていたように、湖ぜんぶをうまく干してしまうことはできませんでした。そのために、いまでもこんなに大きいのです。しかし、湖の水を干そうとしてからは、ずっと<ruby><rb>浅</rb><rt>あさ</rt></ruby>くなって、いまでは二メートル以上の深さのところは、ほとんどありません。岸べは<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>のようにどろどろしていますし、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の中には、<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>の小島があっちにもこっちにも<ruby><rb>水面</rb><rt>すいめん</rt></ruby>に顔を出しています。

さて、この湖には、足だけ水の中に入れて、頭と<ruby><rb>胴</rb><rt>どう</rt></ruby>を水のおもてにつきだしたがっているものがあります。それはアシです。しかも、浅くて長くつづいているこのトーケルン湖の岸べと、泥の小島のまわりぐらい、アシが<ruby><rb>生</rb><rt>は</rt></ruby>えるのにもってこいの<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>はないのです。アシは、人間の<ruby><rb>背</rb><rt>せ</rt></ruby>よりも高く、びっしりと<ruby><rb>生</rb><rt>お</rt></ruby>い<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>るものですから、<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>でさえも、その中にわけいることはできません。この湖のまわりにも、みどりのアシが広い<ruby><rb>垣</rb><rt>かき</rt></ruby>をつくっているために、人間はアシを<ruby><rb>刈</rb><rt>か</rt></ruby>りとった、ごくわずかのところにしか近づくことができないのです。

アシは人間をよせつけないかわりに、ほかのたくさんの<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>き物にとっては、<ruby><rb>絶好</rb><rt>ぜっこう</rt></ruby>のかくれ場所となるのです。アシのあいだには、静かな<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>の水をたたえた、小さな池や<ruby><rb>堀割</rb><rt>ほりわり</rt></ruby>があります。そこには、ウキクサやヒルムシロがはびこりますし、ボウフラや、魚の子や、オタマジャクシなどが、うじゃうじゃとかえります。そして、こういう小さい池や堀割にそっては、水鳥たちが、<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>におそわれたり、たべものに<ruby><rb>不自由</rb><rt>ふじゆう</rt></ruby>する<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>もなく、<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>して、卵をかえしたり、ひなをそだてたりすることのできるところがたくさんあるのです。

このアシのあいだには、信じられないほどたくさんの鳥が住んでいます。しかもそこが、すばらしい<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>みかだということが知れわたってしまいましたので、<ruby><rb>年々</rb><rt>ねんねん</rt></ruby>その<ruby><rb>数</rb><rt>かず</rt></ruby>はふえるばかりです。さいしょに、ここに住みついたのは、野ガモでしたが、いまでもまだいく千<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>も住んでいます。しかし、もう湖ぜんぶをひとりで<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>しているわけにはいきません。白鳥や、モグリドリや、黒ガモや、アビや、ハイシロガモや、そのほかたくさんの鳥に<ruby><rb>領地</rb><rt>りょうち</rt></ruby>をわけてやらなければならなくなりました。

トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>は、たしかに、スウェーデンじゅうでも、いちばん大きな、いちばんすばらしい鳥の湖です。ですから、鳥たちは、こういう<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れ<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>をもっていられるあいだは、身のしあわせをよろこばなければなりません。しかし、これからさき、どのくらいのあいだ、このアシと<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>の岸とを、鳥たちがじぶんのものとしていられるかは、ちょっと<ruby><rb>見当</rb><rt>けんとう</rt></ruby>がつきません。なぜなら、人間は、この湖が<ruby><rb>肥</rb><rt>こ</rt></ruby>えた<ruby><rb>豊</rb><rt>ゆた</rt></ruby>かな<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>の大きな<ruby><rb>部分</rb><rt>ぶぶん</rt></ruby>に、ひろがっていることを忘れてはいないからです。それどころか、人間のあいだには、またこの湖の水を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>そうかという<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>が、ときおりもちあがっているのです。もしこの<ruby><rb>計画</rb><rt>けいかく</rt></ruby>が<ruby><rb>実行</rb><rt>じっこう</rt></ruby>されることになりますと、いく千という水鳥がここから立ちのかなければならないことになるでしょう。

ニールス・ホルゲルッソンが、ガンの仲間といっしょに旅をしていたころ、このトーケルン湖に、ヤッローという名まえの野ガモが住んでいました。ヤッローは、まだ夏と秋と冬としか、すごしたことのない若い鳥でした。ですから、こんどはじめて春をむかえたわけでした。そして、ついさいきん、北アフリカから帰ってきたばかりでした。ヤッローがトーケルン湖に帰ってきたころは、まだ<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の上には氷がはっていました。

ある夕方、ヤッローは、ほかの若いカモたちといっしょに、湖の上をあっちこっち飛びまわって遊んでいました。と、とつぜん、ヒュウッと二<ruby><rb>発</rb><rt>はつ</rt></ruby>の<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>が飛んできて、ヤッローの<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>にあたりました。ヤッローは、もうだめだ、とは思いましたが、かりゅうどにつかまらないように、一生けんめい飛びました。どこへというあてはありませんが、ただ遠くへ遠くへと飛んでいきました。だんだん力が<ruby><rb>弱</rb><rt>よわ</rt></ruby>って、もうこれ以上飛ぶことができなくなったときには、トーケルン湖の上をすぎて、湖のほとりにある大きな<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の上にきていました。そして、とうとうつかれはてて、その農家の入口の前に落ちてしまいました。

まもなく、ひとりの<ruby><rb>作男</rb><rt>さくおとこ</rt></ruby>がでてきました。男はヤッローを見ると、つかつかとやってきて、いきなりヤッローをつかまえました。しかし、ヤッローの身になってみれば、ひとりで<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かに死にたいのです。そこで、なんとかしてのがれようと、さいごの力をふりしぼって、作男の指にかみつきました。

ヤッローは<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げることはできませんでしたが、あばれたおかげで、作男はヤッローがまだ死んでいないことに気がつきました。それで、そっとかかえて、家の中にはいり、おかみさんに見せました。おかみさんは、<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>そうな顔をした若い人でした。そして、すぐに<ruby><rb>作男</rb><rt>さくおとこ</rt></ruby>からヤッローを受けとって、せなかをさすってやったり、首の毛から流れおちる血をふいてやったりしました。それから、じっとヤッローをながめました。見れば、頭は<ruby><rb>濃緑色</rb><rt>こみどりいろ</rt></ruby>につやつやしていて、首すじは白く、せなかは<ruby><rb>赤褐色</rb><rt>せきかっしょく</rt></ruby>で、つばさは青く、じつに美しい鳥です。で、おかみさんは、このまま死なしてしまうのは、おしいと思いました。そこで、さっそく鳥かごをなおして、ヤッローをその中に入れてやりました。

ヤッローはひっきりなしに、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>をバタバタやっては、<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げようとしました。しかし、人間に、じぶんを殺すつもりがないことがわかりましたので、<ruby><rb>安心</rb><rt>あんしん</rt></ruby>してかごの中でじっとしていました。いまは、<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>の<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>みと<ruby><rb>出血</rb><rt>しゅっけつ</rt></ruby>のために<ruby><rb>疲</rb><rt>つか</rt></ruby>れきっていることが、じぶんでもよくわかりました。おかみさんは、かごを<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>ばたにもっていきましたが、それをおろしたときには、ヤッローはもう目をとじて、眠っていました。

しばらくすると、ヤッローはだれかにそっとつつかれて、目をさましました。目をあいたとたんに、気が遠くなるほどびっくりしました。ああ、もうだめです！　目の前には人間よりも<ruby><rb>肉食</rb><rt>にくしょく</rt></ruby>の鳥よりも、もっと<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしいものがつっ立っているではありませんか。それはセーサルです。毛の長い、あの<ruby><rb>猟犬</rb><rt>りょうけん</rt></ruby>のセーサルが、いまじぶんをかぎまわっているのです。

<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>の夏、ヤッローがまだ毛の黄色い子ガモだったころ、アシのあいだから、「セーサルがきたぞォ！　セーサルがきたぞォ！」というさけび声が聞こえるたびに、どんなに恐ろしい思いをしたことでしょう。

<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい<ruby><rb>歯</rb><rt>は</rt></ruby>をむきだした、茶と白のブチ犬が、アシのあいだをつき進んでくるのを見ますと、それこそ<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>のちぢまる思いをしました。そして、セーサルとむかいあったがさいご、もう生きてはいられないと思ったものでした。

ところが、ヤッローは、<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>のわるいことに、セーサルのいる<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>に落ちてしまったにちがいありません。なぜって、そのセーサルが目の前にいるではありませんか。

「きさまはだれだ？」とセーサルはうなりました。「どうしてこの家へきたんだ？　きさまの家は、あのアシのあいだにあるんじゃないのか？」

やっとの思いで、ヤッローはこう答えました。「ぼくがこの家へきたからって、そんなにおこらないでください、セーサルさん！　ぼくのせいじゃないんですもの。ぼくは<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>に<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>たれて、けがをしたんです。そしたら、ここの家の人たちが、ぼくをこのかごの中にいれてくれたんです。」

「ふふん。それじゃ、きさまをここにいれたのは、家の人なんだな。そうしてみると、きさまの<ruby><rb>傷</rb><rt>きず</rt></ruby>をなおしてやろうってつもりか。だが、おれはな、きさまなんか<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>っちまうほうがいいと思うな。なにしろ、きさまはもうじたばたすることは、できねえんだから。が、とにかく、ここは<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>なところよ。そんなにびくびくするこたあないぜ。ここはトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>じゃねえからな。」

こう言うと、セーサルは、まきの<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>えている<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>の前にねそべりました。ヤッローは、おそろしい<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>もぶじにすぎさったかと思いますと、たちまちくたびれを感じて、またもや眠りこんでしまいました。

そのつぎに目がさめたときには、そばに<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>と水のはいったお<ruby><rb>皿</rb><rt>さら</rt></ruby>がおいてありました。からだはまだ弱りきっていましたが、それでもおなかはすいていましたので、さっそくたべはじめました。おかみさんは、ヤッローがたべているのを見ますと、そばへやってきて、せなかをさすってくれました。そして、たいそう<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んでいるように見えました。それから、またヤッローは眠りました。こうして、<ruby><rb>数日</rb><rt>すうじつ</rt></ruby>のあいだは、眠ってはたべ、眠ってはたべてばかりいました。

ある朝、ヤッローは、からだぐあいが、だいぶよくなりましたので、かごからでて、<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>の上をあるいてみました。ところが、まだいくらもいかないうちに、ころんでしまって、もうおきあがることができなくなりました。と、そこへセーサルがやってきて、大きな口をあけて、ヤッローをくわえました。ヤッローは、もちろんかみ<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されるものと、かくごしました。けれども、セーサルは、なんにもしないで、そのまま、かごの中へつれていってくれました。このことから、ヤッローはセーサルを、とても<ruby><rb>信頼</rb><rt>しんらい</rt></ruby>するようになりました。そんなわけで、二どめにあるいたときには、ヤッローはじぶんから、セーサルのところへいって、そのそばにすわりました。それからというものは、セーサルとヤッローは、だいの<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よしになりました。そして、ヤッローは、まいにち、セーサルの足のあいだにはいって、しずかに眠りました。

けれども、ヤッローは、このセーサルよりも、おかみさんのほうが、もっとすきでした。いまでは、おかみさんを、ちっともこわがらなくなりました。それどころか、えさをもってきてくれるときなどは、おかみさんの手に<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んで頭をこすりつけました。それから、おかみさんがどこかよそへ出かけるときには、さびしがって鳴きました。そして、帰ってくると、野ガモのことばで、うれしそうにおむかえをしました。

ヤッローは、まえに、犬や人間をあんなにこわがっていたことを、すっかり忘れてしまいました。いまでは、どちらも、やさしい、<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なものに思われて、心からすきになりました。そして、早くじょうぶになって、トーケルン湖に飛んでいき、みんなに、<ruby><rb>敵</rb><rt>てき</rt></ruby>と思っていた犬や人間は<ruby><rb>危険</rb><rt>きけん</rt></ruby>なものではないから、こわがることはない、と教えてやりたいと思うのでした。

この家の人たちも、セーサルも、やさしい目つきをしているので、ヤッローはみんなが大すきでした。ところが、この家にひとりだけ、どうしても目を<ruby><rb>合</rb><rt>あ</rt></ruby>わすのが、いやでたまらないものがおりました。それはネコのクローリナでした。クローリナも、ヤッローにたいしてなんにもわるいことはしませんでしたが、でも、このネコだけはどうしても<ruby><rb>信用</rb><rt>しんよう</rt></ruby>する気にはなれなかったのです。クローリナは、ヤッローがだんだん人間をすきになるのを見て、しょっちゅう口げんかをしては、

「人間がおまえさんをだいじにしてくれるのは、おまえさんがすきだからだと思っちゃ、まちがいだよ。」と、言いました。「まあ、いまに見ておいで。おまえさんがいいぐあいに<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>ってくると、首をしめられちまうんだよ。あたしゃ、これでも人間てものをよく知ってるんだからね。」

ヤッローは、ほかの鳥とおなじように、やさしい心の<ruby><rb>持</rb><rt>も</rt></ruby>ち<ruby><rb>主</rb><rt>ぬし</rt></ruby>でした。ですから、ネコがこんなことを言うのを聞きますと、ほんとうに<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しくなってしまいました。あのおかみさんがじぶんの首をしめる！　いや、そんなことは考えられません。ぼっちゃんにしたって、そんなことをしようとは<ruby><rb>夢</rb><rt>ゆめ</rt></ruby>にも思えません。あのちっちゃなぼっちゃんは、何時間ものあいだ、じぶんのかごのそばにすわって、かわいい<ruby><rb>片言</rb><rt>かたこと</rt></ruby>でおしゃべりをしているではありませんか。ヤッローは、じぶんがおかみさんとぼっちゃんを大すきなのとおなじように、ふたりのほうでも、じぶんが大すきなんだと思っていました。

ある日、ヤッローとセーサルがいつもどおり、<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>の前にすわっていますと、クローリナがかまどの上からヤッローをからかいはじめました。

「ヤッローさん、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の水が<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>されて、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>になったら、おまえさんたち野ガモは、<ruby><rb>来年</rb><rt>らいねん</rt></ruby>は、いったいどうなさるんだね？」

「なんですって、クローリナさん？」と、ヤッローはさけびながら、びっくりしてとびあがりました。

「そうそう、おまえさんは、セーサルさんやあたしとはちがって、人間のことばがわからないんだったね。」と、ネコは答えました。「さもなけりゃ、きのう、この家にいた人たちが話していたことを聞いたはずだもの。みんなはね、トーケルン湖の水を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>してしまうから、<ruby><rb>来年</rb><rt>らいねん</rt></ruby>は、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の底が<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の<ruby><rb>床</rb><rt>ゆか</rt></ruby>のようにかわいてしまうだろうって言ってたのさ。だから、そうなったら、おまえさんたち野ガモは、どこへいくのかと思ってね。」

ヤッローは、この話を聞きますと、すっかり<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたててしまいました。

「きみは、黒ガモみたいにひきょう者だね！」と、ヤッローはクローリナにむかってどなりました。「きみは、ぼくを人間ぎらいにさせたいんだろう。だけどぼくは、人間がそんなことをしようとは思わないね。だって、あのトーケルン湖が野ガモのものだってことは、人間だって知っているはずだもの。あんなにたくさんの鳥を<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしにして、ふしあわせになんかするものか。きみは、ぼくをおどかそうと思って、そんなことを言ってるんだろう。きみなんか、ワシのゴルゴさんに<ruby><rb>八</rb><rt>や</rt></ruby>つ<ruby><rb>裂</rb><rt>ざ</rt></ruby>きにされちまうといいや！　そんなひげなんか、おくさんに切られちまうといいや！」

しかし、これだけ言っても、まだクローリナをだまらせることはできませんでした。

「じゃあ、おまえさんは、あたしがウソを言ってると思ってるんだね。」と、クローリナは言いました。「それなら、セーサルさんにきいてごらんよ。セーサルさんも、ゆうべは家にいたんだからね。それに、セーサルさんはけっしてウソは言わないよ。」

「セーサルさん、」と、ヤッローはセーサルにむかって言いました。「きみは、クローリナなんかよりも、人間のことばがずっとよくわかるね。クローリナの言ってることはウソだねえ！　だって、もしトーケルン湖を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>して、畑にしてしまったら、いったいどういうことになると思う。野ガモには、ヒルムシロもエビもなくなっちまうし、子ガモには、ボウフラも、魚の子も、オタマジャクシもみんななくなっちまうんだよ。それに、アシもなくなっちまうから、子ガモが<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>べるようになるまで<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れていられるところもなくなっちまうんだ。そうなりゃ、いやでも野ガモはあそこを立ちのいて、新しい<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>みかをさがさなきゃならない。でも、トーケルン湖のようないい<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れがは、どこにもありゃしない。ねえ、セーサルさん、クローリナはウソをついてるんだねえ。」

この話のあいだのセーサルのようすは、じつにみょうなものでした。ついさっきまでは、たしかに目をさましていたのですが、ヤッローがセーサルのほうをむいたとたんに、大きなあくびをして、長い<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>づらを<ruby><rb>前足</rb><rt>まえあし</rt></ruby>の上にのせたかとおもうと、たちまち、ぐうぐうねこんでしまったのです。

ネコはずるそうなうす笑いをうかべながら、セーサルを見おろしました。

「セーサルさんは、おまえさんに<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をするのがいやらしいね。」と、ネコはヤッローに言いました。「セーサルさんだって、ほかの犬とおなじように、もし人間が<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いことをやれば、だまっちゃいないよ。まあ、とにかく、あたしの言うことは、ほんとうさ。人間が<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>したがるわけを、いま聞かしてやるよ。おまえさんたち野ガモがトーケルン湖をひとりじめにしていたころは、人間だって湖を干そうなんて思やしなかったのさ。だって、おまえさんたちは役にたつんだからね。それが、いまじゃ、モグリドリだとか、黒ガモだとか、たべられもしない、いろんな鳥が、ほとんどアシを<ruby><rb>占領</rb><rt>せんりょう</rt></ruby>しちまっている。それで人間は、そんな鳥のために<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>をほったらかしておくことはないって考えたってわけさ。」

ヤッローは、もうクローリナには答える<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はないと思いましたが、セーサルの耳もとでこう言いました。

「セーサルさん、きみも知ってのとおり、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>には、いまでもまだ、たくさんの野ガモがいるんだよ。それをみんな人間が<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしにしてしまうなんて、そんなことはウソだねえ。」

そのとき、セーサルはとつぜんはねおきて、クローリナにおどりかかりました。ネコは、あわてて<ruby><rb>棚</rb><rt>たな</rt></ruby>の上にとびあがりました。

「やい、やい、おれがねたいときにゃ、ちったあ<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かにしているもんだ。」と、セーサルはかみなりのような声でどなりつけました。「もちろん、おれだって、ことし、あの<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>すって話のあることぐらい、知ってらあ。だが、こんな話は、いままでにもたびたびあったって、一どだって<ruby><rb>実行</rb><rt>じっこう</rt></ruby>されたためしがねえんだ。それに、湖を干すなんてこたあ、おれの知ったこっちゃねえ。あの湖が干されちまったら、<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りはいったいどうなるんだ。そんなことをいい気になってしゃべりたてやがって、この大ばかやろう。トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>に鳥が一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>もいなくなったら、おればかりか、きさまだって、おもしろいことはなくなっちまうじゃねえか。」

## <span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おとり</span>ガモ

四月十七日　日曜日

二、三日しますと、ヤッローは、すっかり<ruby><rb>元気</rb><rt>げんき</rt></ruby>になって、家じゅうを飛びまわることができるようになりました。おかみさんはたいそうかわいがってくれますし、ぼっちゃんは庭にかけていっては、春の新しい草をむしりとってきてくれます。

ヤッローは、いまではもう、いつでもすきなときに、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>へ飛んで帰れるほど、すっかりじょうぶになりました。でも、おかみさんがやさしくなでてくれたりしますと、そんなときには人間たちから、はなれたくないような気になるのでした。いや、それどころか、死ぬまで人間のところにいたいと思うようにさえなりました。

ところが、ある朝早く、おかみさんはヤッローの首に<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>なわをかけました。そのため、ヤッローはつばさが<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>えなくなりました。それから、おかみさんはヤッローを、いちばんさいしょに<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>で見つけた<ruby><rb>作男</rb><rt>さくおとこ</rt></ruby>にわたしました。作男はヤッローをかかえて、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>にいきました。

<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>は、ヤッローが<ruby><rb>病気</rb><rt>びょうき</rt></ruby>でねているうちに、すっかりとけてしまいました。<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>の秋のアシは、<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べや小島のまわりに、まだ<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れのこっていましたが、新しい<ruby><rb>水草</rb><rt>みずくさ</rt></ruby>は底深くに根をおろして、その<ruby><rb>緑</rb><rt>みどり</rt></ruby>のさきは早くも水の上にまでとどいていました。そして、たいがいの渡り鳥がもう湖の<ruby><rb>古巣</rb><rt>ふるす</rt></ruby>にもどってきていました。タイシャクシギのかぎ<ruby><rb>型</rb><rt>がた</rt></ruby>をしたくちばしが、アシのあいだからのぞいていますし、モグリドリは首のまわりに新しい毛なみをみせて、しずかに<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎまわっています。それから、コシギたちは、<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>をつくろうとして、さかんに、わらを集めています。

<ruby><rb>作男</rb><rt>さくおとこ</rt></ruby>は<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>に<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>って、ヤッローを<ruby><rb>舟底</rb><rt>ふなぞこ</rt></ruby>におきました。それから、さおをさして湖の中にでていきました。ヤッローは、このごろでは、人間はいいものとばかり<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じていましたので、そばにいるセーサルにむかって、じぶんは、湖につれてきてくれた、この人にとっても<ruby><rb>感謝</rb><rt>かんしゃ</rt></ruby>している、と言いました。だけど、じぶんは<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げるつもりはないんだから、こんなにきつくしばらなくったっていいのに、とも言いました。セーサルはなんとも<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>をしませんでした。そして、けさはまた、ひどくだまりこんでいます。

ただ一つ、ヤッローが<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へん</span>に思ったのは、その男が<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>をもっていることでした。あの<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>のいい人たちが鳥を<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>とうなんて、そんなことはとうてい信じられません。それに、セーサルの話では、いまごろはだれも<ruby><rb>猟</rb><rt>りょう</rt></ruby>にでかけないということでした。

「いまは<ruby><rb>禁猟期</rb><rt>きんりょうき</rt></ruby>なのさ。」と、セーサルは言いました。「もちろん、わしには<ruby><rb>関係</rb><rt>かんけい</rt></ruby>はないがね。」

<ruby><rb>作男</rb><rt>さくおとこ</rt></ruby>は、アシでかこまれている<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>の小島にこいでいきました。そこで、小舟からおりて、<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたアシを集めて、高くつみかさねました。そうして、そのうしろに<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろしました。ヤッローは、首に<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>なわをかけられ、長いひもで小舟につながれていましたが、そこらをあるきまわることができました。

そのとき、まえにこの<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>で、ヤッローといっしょに遊んだことのある若い野ガモたちの姿が見えました。みんなは遠くにいましたが、ヤッローは二、三ど、大きなさけび声をあげて呼びかけました。すると、たくさんの野ガモたちがそれに答えながら、近づいてきました。けれども、みんなのくるのが待ちきれずに、ヤッローは、じぶんが<ruby><rb>奇蹟的</rb><rt>きせきてき</rt></ruby>に助かったことや、人間が<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なことを話しはじめました。と、そのとき、うしろでダン、ダンという<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>の音がしました。とたんに、三<ruby><rb>羽</rb><rt>ば</rt></ruby>の野ガモがアシのあいだに<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>ちおとされました。と、見るより早く、セーサルがとんでいって、野ガモたちをくわえてきました。

これで、ヤッローには、なにもかもわかりました。人間たちは、じぶんを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おとり</span>に使おうと思って、<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けたのです。しかも、それはみごとに<ruby><rb>成功</rb><rt>せいこう</rt></ruby>したのです。野ガモが三羽も、じぶんのために殺されたではありませんか。はずかしくて、もう生きてはいられません。これでは、友だちのセーサルにも見さげられるでしょう。家へ帰ってからも、ヤッローは、いつものように、セーサルのそばへいって、ねようとはしませんでした。

つぎの朝も、ヤッローはまた、その小島につれていかれました。こんどもまた、野ガモたちの姿が見えました。けれども、みんながじぶんのほうへ飛んできそうになりますと、そのたびにさけびました。

「あっちへ！　あっちへ！　気をつけたまえ！　アシの山のうしろには、かりゅうどが、かくれているんだよ。ぼくは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おとり</span>なんだから！」

こうして、みんなが<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>のとどくところに近づかないように、うまくかばってやりました。

ヤッローは、見はりにいそがしくて、草の葉をつついているひまは、ほとんどありませんでした。鳥が近づいてくるとみれば、ただちにあぶないとさけびました。黒ガモは、野ガモたちのいちばんいい<ruby><rb>隠</rb><rt>かく</rt></ruby>れがをとってしまうので、ふだんは大きらいでしたが、その黒ガモたちにさえも知らせてやりました。いまは、じぶんのために、どんな鳥をもふしあわせな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">め</span>にあわせたくなかったのです。こうして、ヤッローが<ruby><rb>警戒</rb><rt>けいかい</rt></ruby>していたために、男は家へ帰るまで、とうとう<ruby><rb>一発</rb><rt>いっぱつ</rt></ruby>も<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>つことができませんでした。

それにもかかわらず、セーサルは、きのうよりも、きげんがよくなったようでした。夕がたには、ヤッローを口にくわえて、<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>のそばへつれていき、じぶんの足のあいだで<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>らせました。

しかし、ヤッローは<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中にいても、もう、すこしも<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しくはありませんでした。それどころか、じぶんの身をたいそうふしあわせに<ruby><rb>感</rb><rt>かん</rt></ruby>じました。人間たちがじぶんを、ほんとうにかわいがってくれているのではないと思いますと、たまらなくなりました。おかみさんや、ぼっちゃんがそばにきて、なでてくれても、くちばしをつばさの下につっこんで、眠ったふりをしました。

いく日かのあいだ、ヤッローはこんな<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しい見はり<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>をさせられました。ですから、ヤッローのことも、いまでは、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>じゅうに知れわたっていました。

ある朝のこと、いつものように、「みんな、気をつけたまえ！　ぼくに近よっちゃいけないよ！　ぼくは<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おとり</span>なんだから！」とさけんでいますと、むこうのほうからこの小島にむかって、モグリドリの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>が一つプカプカと<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>いてきました。といっても、これはべつにかわったことではありません。それは<ruby><rb>去年</rb><rt>きょねん</rt></ruby>の巣でしたが、モグリドリの巣というものは、ボートのように、水の上を動くことができるようにつくられているのです。それで、湖の上に<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>いていることもよくあるのです。けれども、ヤッローはその小島に立って、その巣をじっと見つめていました。なぜかと言えば、その巣は、まるでだれかが乗って<ruby><rb>舵</rb><rt>かじ</rt></ruby>でもとっているように、まっすぐこの小島のほうへむかってくるのです。

だんだん近づいてくるのを見れば、その<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>の中には、いままで見たこともないほどのちっぽけな人間がすわって、二本の小さな<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>でこいでいるではありませんか。そのとき、そのちっぽけな人間がヤッローにむかってさけびました。

「おーい、ヤッロー、いつでも飛べるように、できるだけ水ぎわに近よっているんだぜ。いますぐ<ruby><rb>自由</rb><rt>じゆう</rt></ruby>にしてやるよ。」

それからすぐに、その<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>は小島の近くにつきました。けれども、そのちっぽけなこぎてはすぐにでてこないで、枝とわらとのあいだにちぢこまって、かくれていました。ヤッローもほとんど<ruby><rb>身動</rb><rt>みうご</rt></ruby>き一つしませんでした。その小人が、いまにも見つかりはしないかと、ハラハラして、じっとかたくなっていたのです。

と、つづいてガンの一むれが飛んできました。それと見るや、ヤッローは、はっとわれにかえって、<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>い、と大声で<ruby><rb>注意</rb><rt>ちゅうい</rt></ruby>しました。ところが、ガンたちは、それでも、この小島の上を<ruby><rb>何回</rb><rt>なんかい</rt></ruby>も何回もいったりきたりするのです。ガンたちは、<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>がとどかないほど高いところを飛んでいますが、男は、つい<ruby><rb>射</rb><rt>う</rt></ruby>ってみたくなって、思わずダン、ダンと二発射ってしまいました。と、そのとたんに、そのちっぽけなものは、小島にとびあがって、小さなナイフをさやから引きぬくが早いか、すばやくヤッローの<ruby><rb>輪</rb><rt>わ</rt></ruby>なわを切りはなしました。そして、

「さあ、飛ぶんだ、ヤッロー、<ruby><rb>弾</rb><rt>たま</rt></ruby>をつめかえないうちに！」と、さけびながら、モグリドリの巣にとびのって、いそいで<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>をはなれました。

男はガンにばかり気をとられていましたので、ヤッローが<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>げるのには気がつきませんでした。しかし、セーサルのほうは、よく見はっていました。で、ヤッローがつばさをあげたとたんにおどりかかって、<ruby><rb>首</rb><rt>くび</rt></ruby>っ<ruby><rb>玉</rb><rt>たま</rt></ruby>をくわえました。

ヤッローは、あわれなさけび声をあげました。すると、ヤッローを<ruby><rb>逃</rb><rt>に</rt></ruby>がしてくれたチビスケが、おちつきはらって、セーサルに言いました。

「おまえの心が、おまえの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>とおなじようにりっぱだったら、こんなおとなしい鳥に、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おとり</span>のようないやしい仕事をさせておきゃあしないだろうなあ！」

セーサルはこれを聞きますと、にくにくしそうに<ruby><rb>上</rb><rt>うわ</rt></ruby>くちびるをむいて、<ruby><rb>歯</rb><rt>は</rt></ruby>を見せました。が、すぐに、ヤッローをはなしてやりました。そして、

「飛んでいけよ、ヤッロー！」と、セーサルは言いました。「まったく、おまえはひとがよすぎて、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おとり</span>にゃなれない。おれが、おまえをとめておこうとしたのは、そのためじゃない。おまえがいなくなると、家の中が、さびしくなっちまうからなのさ。」

## 湖を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>す

四月二十日　水曜日

ヤッローがいなくなってからは、家の中がほんとうにさびしくなりました。犬とネコとは、もうヤッローのことでけんかをすることもなくなったものですから、まいにち、たいくつでしかたがありませんでした。おかみさんにとっても、いままで、じぶんが、家の中へはいるたびに、<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>んで鳴きさけんだヤッローの声が聞けなくなりました。けれども、ヤッローをいちばん<ruby><rb>恋</rb><rt>こい</rt></ruby>しがったのは、ぼっちゃんのペール・オーラでした。オーラはやっと、三つになったばかりで、この家のひとりっ子でした。オーラは、これまでにヤッローのようないい<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>び<ruby><rb>相手</rb><rt>あいて</rt></ruby>をもったことはありませんでした。ですから、ヤッローがトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の野ガモたちのところへ帰ってしまったと聞かされても、どうしても、あきらめることができませんでした。そして、どうしたらヤッローをつれもどせるだろうかと、そればかり思っていました。

ペール・オーラはヤッローがかごの中にいたとき、ヤッローとなんども話をしました。そしてこの子は、じぶんの言ったことが、ヤッローにわかったものと思いこんでいました。それで、ヤッローをさがして、家へもどるように言いきかせたいから、いっしょに<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>へつれていってくれ、と、なんどもなんどもおかあさんにせがみました。もちろん、きいてはもらえませんでしたが、それでも、なかなか、あきらめようとはしませんでした。

ヤッローがいなくなったつぎの日に、ペール・オーラは<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>をかけまわって、いつものようにひとりで<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>んでいました。セーサルは<ruby><rb>段々</rb><rt>だんだん</rt></ruby>の上にねそべっていました。おかあさんはオーラをおもてにだすときには、いつもこう言いました。

「セーサルや、オーラに気をつけておくれよ！」

なにもかもが、ふだんどおりだったら、セーサルもこの言いつけをよく<ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>って、子どもを<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>いところに近よらせるようなことはしなかったでしょう。ところが、このごろのセーサルは、いつものセーサルとはちがっていました。それは、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>附近</rb><rt>ふきん</rt></ruby>に住んでいる<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>たちが、湖を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>す<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>をいくどもして、いよいよそれがきまりかかっていることを知っていたからです。そうなれば、野ガモたちは立ちのかなければなりませんし、セーサルじしんも、あのすばらしい<ruby><rb>狩</rb><rt>か</rt></ruby>りをすることができなくなってしまうでしょう。こんないやなことばかり考えていましたので、セーサルは子どものお<ruby><rb>守</rb><rt>も</rt></ruby>りを、つい忘れてしまっていました。

いっぽう、オーラは<ruby><rb>中庭</rb><rt>なかにわ</rt></ruby>にいるのは、じぶんひとりきりだと見てとりますと、いまこそトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>にいって、ヤッローと話をする<ruby><rb>絶好</rb><rt>ぜっこう</rt></ruby>の<ruby><rb>機会</rb><rt>きかい</rt></ruby>だと思ったのでしょう。<ruby><rb>小門</rb><rt>こもん</rt></ruby>をあけて、せまい道を<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>のほうにむかっておりていきました。家から見えるあいだは、ゆっくりあるいていましたが、見えなくなると、たちまち足を早めました。

オーラは、おかあさんか、だれかに<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びとめられやしないかと、びくびくしていました。べつにいたずらをするつもりはなく、ただヤッローをつれもどしたいだけなのですが、家の人に知れたら、きっと、とめられるだろうと思っていたのです。

ペール・オーラは<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べについたとき、ヤッロー、ヤッローと、なんども、なんどもよんでみました。それから、長いあいだ立って待っていました。けれども、ヤッローは<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を見せませんでした。野ガモらしい鳥はいく<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>もいましたが、みんな、オーラのほうなどは見むきもしないで、飛んでいってしまいました。それで、オーラにも、その中にはヤッローはいないのだ、ということがわかりました。

いつまでたっても、ヤッローの姿が見えないので、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の上にでていったら、もっとかんたんに見つかるだろうと思いつきました。見れば、岸べには、いい舟がいくそうもあります。どれもこれもしっかりとつないでありますが、ただ一つ、古い、水のもる<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>だけは、すぐにほどけそうです。しかし、それはとても<ruby><rb>使</rb><rt>つか</rt></ruby>いものにはなりません。けれども、オーラは、そんなことにはおかまいなく、やっとのことで、水びたしの舟の中にはいこみました。そしてまだ<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かい</span>でこぐだけの力がありませんので、すわりこんで舟をゆすぶりはじめました。もちろん、ゆすったぐらいでは、おとなだって舟をだすことはできないでしょう。ところが、水<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かさ</span>が<ruby><rb>増</rb><rt>ま</rt></ruby>していたりして、ひょっとしたはずみには、小さな子どもでも、舟を<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>にのりだすことができるものです。ペール・オーラも、まもなくトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>にのりだして、大すきなヤッローの名まえをしきりに<ruby><rb>呼</rb><rt>よ</rt></ruby>びまわりました。

こうして、この<ruby><rb>古</rb><rt>ふる</rt></ruby>ぼけた小舟が、湖の上でゆられているうちに、小舟のあちこちにある<ruby><rb>裂</rb><rt>さ</rt></ruby>けめがだんだん大きくなって、水がますますしみこんできました。ところが、ペール・オーラは<ruby><rb>平気</rb><rt>へいき</rt></ruby>なものです。前のほうの小さな<ruby><rb>舟板</rb><rt>ふないた</rt></ruby>に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけて、鳥の姿を見るたびに、ヤッロー、ヤッローと呼びました。そして、どうしてヤッローが姿を見せないのかと、ふしぎがっていました。

とうとう、ヤッローはペール・オーラの姿を見つけました。と、<ruby><rb>同時</rb><rt>どうじ</rt></ruby>に、だれかが、人間のつけてくれたヤッローという、じぶんの名まえを呼んでいるのを耳にしました。で、はじめて、このちいさなぼっちゃんが、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>まで、わざわざ、じぶんをさがしにきてくれたのだということがわかりました。ヤッローは、人間がじぶんをほんとうにかわいがってくれているということを知って、なんともいえないほど、しあわせな気もちになりました。そこで、すぐさま、ペール・オーラのところへ<ruby><rb>矢</rb><rt>や</rt></ruby>のように飛んでいきました。そしてぼっちゃんのとなりにすわって、うれしそうに、からだをこすりつけました。ふたりはめぐりあったよろこびに、むちゅうになっていましたが、とつぜん、ヤッローは舟のありさまに気がつきました。舟は水びたしになっていて、いまにも<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>みそうではありませんか。ヤッローは、なんとかしてぼっちゃんに、早くおかにあがるようにしなければいけないことを知らせようとしました。といって、ぼっちゃんは<ruby><rb>飛</rb><rt>と</rt></ruby>ぶことも<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぐこともできません。それにぼっちゃんには、ヤッローの言うことが、ちっともわかりません。こうなっては、<ruby><rb>一時</rb><rt>いっとき</rt></ruby>のゆうよもならないので、ヤッローは、<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>いをもとめに、いそいでどこかへ飛んでいきました。

しばらくして、ヤッローがもどってきました。見れば、せなかに、ペール・オーラよりもずっと小さいものをのっけています。もしも、それがしゃべったり、動いたりしなかったら、オーラはきっとお<ruby><rb>人形</rb><rt>にんぎょう</rt></ruby>だと思ったでしょう。ところが、そのチビさんは、すぐオーラに<ruby><rb>舟底</rb><rt>ふなぞこ</rt></ruby>にある細長いさおを取って、アシの島のほうにむかって、舟をうごかすように言いつけました。ペール・オーラは言われたとおりにして、ふたりは力をあわせて舟を<ruby><rb>進</rb><rt>すす</rt></ruby>めていきました。まもなく、アシにかこまれた小さな島につきますと、オーラはいそいで島にあがるように言われました。そして、オーラが島に足をおろしたとたんに、舟はすっかり水をかぶって、<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでしまいました。

ペール・オーラはこれを見て、きっと、おとうさんとおかあさんに、おこられるだろうと思いました。そして、もうすこしで<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>きだしそうになりました。が、ちょうどそこへ、一むれの大きな<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の鳥が飛んできて、島におりましたので、それに気をとられてしまいました。すると、そのチビさんは、オーラをそのむれのところへつれていって、みんなの名まえをオーラに<ruby><rb>教</rb><rt>おし</rt></ruby>えてやったり、みんなの言っていることを話してやったりしました。それがとってもおもしろいので、オーラは、ほかのことはなにもかも<ruby><rb>忘</rb><rt>わす</rt></ruby>れてしまいました。

そのあいだに、ヤッローは大いそぎで、<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>に飛んでいって、セーサルにぼっちゃんのいるところを知らせてやりました。そこで、セーサルはヤッローのあとについてきて、<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>から<ruby><rb>泥</rb><rt>どろ</rt></ruby>の小島に<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>いでわたりました。見れば、ぼっちゃんは<ruby><rb>枯</rb><rt>か</rt></ruby>れたアシの山の上にすわって、ガンや野ガモたちに取りかこまれて、うれしそうにキャッキャッと笑いながら<ruby><rb>遊</rb><rt>あそ</rt></ruby>んでいます。

セーサルは長いことその小島にいましたが、それは、ぼっちゃんのためばかりではありませんでした。うまれてはじめて、セーサルはトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の鳥たちと<ruby><rb>仲</rb><rt>なか</rt></ruby>よしになったのです。そして、鳥たちの、りこうなのには、ただ、ただ<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いてしまいました。そのうちに、みんなは、ヤッローから聞いたけれども、この<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>してしまうという話は、ほんとうかと、セーサルに聞きました。

「まだきまったわけじゃないがね、」と、セーサルが言いました。「あした、さいごの<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>をすることになっているんだよ。しかし、どうやら、こんどはきまりそうだね。あんたたちにとっては、まったくお気のどくだよ。だけど、ぼくの身になったって、こんなにいい<ruby><rb>猟場</rb><rt>りょうば</rt></ruby>がなくなっちまうんだから、じょうだんごとじゃないさ。」

ヤッローの話していたことが、いまのセーサルの話で、いよいよほんとうとわかりますと、鳥たちはなげき<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみました。このことが、つぎからつぎへとつたえられて、湖じゅうに知れわたりますと、いたるところに<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみの声があふれました。小さなアシスズメから、気ぐらいの高い<ruby><rb>白鳥</rb><rt>はくちょう</rt></ruby>にいたるまで、みんなが、なげき<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみました。ふだんは仲のわるい野ガモと黒ガモも、いっしょになって<ruby><rb>恐</rb><rt>おそ</rt></ruby>ろしい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さいなん</span>のきたことを悲しみました。

やがて、セーサルが家に帰ろうとしたとき、ガンの<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>のアッカが言いました。

「わしは、通りがかりの<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>り<ruby><rb>鳥</rb><rt>どり</rt></ruby>だから、わしにとっては、どっちでもいいことなんだが、もしおまえさんが、ほんとうに、このトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の鳥たちを、このままにしておきたいと思うんなら、このぼっちゃんのいどころを、すぐご<ruby><rb>両親</rb><rt>りょうしん</rt></ruby>に<ruby><rb>教</rb><rt>おし</rt></ruby>えちまっちゃいけないよ。」

セーサルは、目をまんまるくして、じっとアッカを見つめていましたが、

「きみは、まったくりこうだね。」と、言いました。

「そりゃあ、いままでにずいぶん、いろんな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">め</span>にあっているからね。」と、アッカが言いました。「それにしても、じぶんの子をなくすってのは、とってもつらいことなんだよ。」

「おれは、きみの<ruby><rb>忠告</rb><rt>ちゅうこく</rt></ruby>にしたがうことにするよ。」と、セーサルは言いました。「そのかわり、ぼっちゃんのことは、たのんだよ。」

いっぽう、<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の人たちは、ペール・オーラの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>が見えないので、びっくりしてさがしはじめました。<ruby><rb>納屋</rb><rt>なや</rt></ruby>から、<ruby><rb>井戸</rb><rt>いど</rt></ruby>から、<ruby><rb>地下室</rb><rt>ちかしつ</rt></ruby>までも、みんなさがしてみました。おもての道や、<ruby><rb>小道</rb><rt>こみち</rt></ruby>にもでてみました。もしかしたら、となりの<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>に<ruby><rb>迷</rb><rt>まよ</rt></ruby>いこみはしなかったかと、そこへもいってみました。とうとうしまいには、トーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べもさがしてみました。しかし、いくらさがしても、オーラの姿は見えません。

犬のセーサルは、家の人たちが、ぼっちゃんをさがしまわっていることは、ちゃんと知っていましたが、オーラのいるところへ、<ruby><rb>案内</rb><rt>あんない</rt></ruby>してやろうともせずに、知らん顔をして、ねころんでいました。

その日おそくなってから、<ruby><rb>舟着場</rb><rt>ふなつきば</rt></ruby>で、オーラの足あとが見つかりました。そして、みんなは、いつも岸にあった水びたしの古い<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>がなくなっているのに気がつきました。これで、なにもかもが、はっきりしてきました。

そこで、すぐさま、人びとはオーラをさがすために、舟をだしました。そして、夕方おそくまで、湖じゅうをさがしましたが、オーラの姿は<ruby><rb>影</rb><rt>かげ</rt></ruby>も<ruby><rb>形</rb><rt>かたち</rt></ruby>もありません。それで、あの古い小舟は<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでしまい、子どもは湖におぼれて死んだものと考えるよりほかなくなりました。

<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>がたになっても、オーラのおかあさんは、岸べをさがしまわっていました。ほかの人たちは、みんな、オーラは、おぼれてしまったものと思いこんでいましたが、おかあさんだけは、どうしても、そう<ruby><rb>信</rb><rt>しん</rt></ruby>じることができなかったのです。アシやトウシングサのあいだをわけてさがしたり、どろだらけの岸べをあるいたりしました。足がどんなにもぐろうと、<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>がどんなにぬれようと、いまはそんなことにかまってはいられません。おかあさんの心は、<ruby><rb>絶望</rb><rt>ぜつぼう</rt></ruby>のあまり、いまにもはりさけそうです。<ruby><rb>両手</rb><rt>りょうて</rt></ruby>をふりしぼりながら、<ruby><rb>訴</rb><rt>うった</rt></ruby>えるように、わが子の名まえを大きな声で呼びあるきました。

あたりには、白鳥やカモやタイシャクシギの<ruby><rb>鳴</rb><rt>な</rt></ruby>き<ruby><rb>声</rb><rt>ごえ</rt></ruby>がしていました。おかあさんには、なんだかこの鳥たちも、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみなげきながら、じぶんのあとからついてくるような気がしました。

「ああして悲しそうに鳴いているところをみれば、この鳥たちにもきっと<ruby><rb>心配事</rb><rt>しんぱいごと</rt></ruby>があるのにちがいないわ。」と、おかあさんは思いました。けれども、すぐまた、「いいえ、鳥ですもの、ああして鳴いていたって、きっとなんの<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しみもないのだわ。」と、思いかえしました。

ところが、ふしぎなことには、お日さまが<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでからも、鳥の鳴き声はいっこうにしずまりませんでした。それどころか、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>じゅうに<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでいる、それこそ<ruby><rb>数</rb><rt>かぞ</rt></ruby>えきれないほどたくさんの鳥が、いっせいに悲しい鳴き声をあげているではありませんか。中には、おかあさんのあとを、どこまでもどこまでも、ついてくるものもありますし、また<ruby><rb>軽</rb><rt>かる</rt></ruby>く<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきながら、飛び立っていくものもあります。しかも、どの鳥もどの鳥も、なげき悲しんでいるのです。

悲しみに悲しんだあげく、おかあさんの心はいくらかおちついてきました。すると、ほかの<ruby><rb>生</rb><rt>い</rt></ruby>き<ruby><rb>物</rb><rt>もの</rt></ruby>も、人間と、たいしてかわらないような気がしてきました。そう思えば、鳥たちの悲しんでいるようすが、まえよりも、ずっとよくわかるような気がします。鳥にしたって、人間とおなじように、家のことや子どものことが、いつもいつも気になるにちがいありません。たしかに、人間と鳥のあいだには、そんなに大きなちがいはないのです。

そのとき、おかあさんは、ふと、湖を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>す話を思いだしました。これはもうほとんど、きまったもおなじですが、そうなったら、いく千という白鳥や、カモや、モグリドリが、このトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>みかを<ruby><rb>失</rb><rt>うしな</rt></ruby>うことになるのです！

「鳥にとっては、この上もなく<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しいことね。」と、おかあさんは思いました。「そうなったら、みんな、いったいどこへいって、ヒナを<ruby><rb>育</rb><rt>そだ</rt></ruby>てるのかしら？」

おかあさんは立ちどまって、いろいろと考えてみました。「たしかに、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>して、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>や<ruby><rb>牧場</rb><rt>ぼくじょう</rt></ruby>にするのは、<ruby><rb>利益</rb><rt>りえき</rt></ruby>のある、いい<ruby><rb>計画</rb><rt>けいかく</rt></ruby>にちがいないわ。でも、トーケルン湖でない、ほかの湖だっていいわけだわ。こんなにもたくさんの鳥が住んでいない湖にすればいいんだわ。」

「あしたは、湖を干すかどうかが、いよいよきまるんだったわ。」と、おかあさんは考えつづけました。それが、そのまえの日のきょう、かわいい、わが子がいなくなったのには、なにかわけがあるのではないだろうか、と思ってみました。

<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまが、ああいうひどい<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>いをやめさせるために、きょうのうちに、こんな悲しみをくだされて、あたしの心を動かそうとなさっているのではないかしら？

おかあさんは、いそいで家にもどって、オーラのおとうさんに、このことを話しました。湖のこと、鳥のこと、それから、オーラがいなくなったのは、つまりは、神さまが、じぶんたちにくだされた<ruby><rb>罰</rb><rt>ばつ</rt></ruby>にちがいないと思われること、などを話しました。すると、おとうさんも同じ考えでした。

このふたりは、すでに大きな<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>をもっていましたが、もし湖をうまく干すことができれば、それこそ、その土地が、<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>ちかくにもなるのです、そんなわけで、ふたりは、ほかの<ruby><rb>地主</rb><rt>じぬし</rt></ruby>たちよりも、この<ruby><rb>計画</rb><rt>けいかく</rt></ruby>にたいしては、ずっと<ruby><rb>熱心</rb><rt>ねっしん</rt></ruby>でした。ほかの人たちは、<ruby><rb>費用</rb><rt>ひよう</rt></ruby>がかかりすぎることや、またこんども、まえのときのように、うまくいかないのではないか、と心配していました。それをオーラのおとうさんが、<ruby><rb>説</rb><rt>と</rt></ruby>きつけて、この<ruby><rb>計画</rb><rt>けいかく</rt></ruby>をたてることになったのです。それは、おとうさんもよく知っていました。オーラのおとうさんとしては、じぶんが<ruby><rb>親</rb><rt>おや</rt></ruby>からもらった<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>を、子どもには、<ruby><rb>倍</rb><rt>ばい</rt></ruby>にして<ruby><rb>残</rb><rt>のこ</rt></ruby>してやりたいと思っていたからです。そこで、おとうさんは<ruby><rb>弁舌</rb><rt>べんぜつ</rt></ruby>のかぎりをつくして、みんなを説きつけたわけでした。

それが、おりもおり、いよいよ、その<ruby><rb>相談</rb><rt>そうだん</rt></ruby>がきまろうというまえの日になって、わが子の<ruby><rb>命</rb><rt>いのち</rt></ruby>がトーケルン湖にうばわれたということは、きっとなにか<ruby><rb>神</rb><rt>かみ</rt></ruby>さまの<ruby><rb>思</rb><rt>おぼ</rt></ruby>し<ruby><rb>召</rb><rt>め</rt></ruby>しがあるのにちがいありません。ですから、おかあさんがいろいろ言うまでもなく、おとうさんもすぐに、

「うん、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>を<ruby><rb>干</rb><rt>ほ</rt></ruby>すのは、神さまの<ruby><rb>御心</rb><rt>みこころ</rt></ruby>に<ruby><rb>反</rb><rt>はん</rt></ruby>するのかもしれない。あした、このことをみんなに話してみよう。おそらく、湖はもとのままにしておくことになるだろうよ。」と、言いました。

ふたりがこんな話をしているとき、セーサルは<ruby><rb>炉</rb><rt>ろ</rt></ruby>の前にねそべっていました。そして、頭をおこして、じっと耳をすまして聞いていました。やがて、事のなりゆきがわかりますと、おかあさんのところへあるいていって、すそをくわえて、<ruby><rb>戸口</rb><rt>とぐち</rt></ruby>に引っぱっていきました。

「まあ、セーサル！」と、おかあさんは言いながら、すそをふりはなそうとしました。そして、「おまえ、オーラがどこにいるのか、知ってるのかい？」と、ききました。

すると、セーサルはうれしそうに、ワン、ワン<ruby><rb>吠</rb><rt>ほ</rt></ruby>えては、戸にからだをぶっつけました。おかあさんが戸をあけますと、セーサルはトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>のほうにむかって<ruby><rb>駆</rb><rt>か</rt></ruby>けだしました。おかあさんも、セーサルがきっと、オーラのいどころを知っているにちがいないと思いましたので、そのあとについて<ruby><rb>走</rb><rt>はし</rt></ruby>っていきました。そして、岸まできますと、たちまち湖のむこうから、子どもの<ruby><rb>泣</rb><rt>な</rt></ruby>き<ruby><rb>声</rb><rt>ごえ</rt></ruby>が聞こえてきました。

ペール・オーラは、オヤユビくんや鳥たちといっしょに、ほんとに<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しい一日をすごしました。けれども、いまは、おなかがすいてきたのと、<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>くなってきたのがこわくて、泣きだしたのでした。でも、おとうさんとおかあさんとセーサルが、むかえにきてくれたのを見て、オーラは大よろこびしました。

トーケルン湖の鳥たちは、うれしそうに<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきながら、美しいお月さまの光をあびて、みんなが家へ帰っていくのを<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>っていました。

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">20</span>　<ruby><rb>予言</rb><rt>よげん</rt></ruby>

八月二十二日　金曜日

ある<ruby><rb>晩</rb><rt>ばん</rt></ruby>、ニールスがトーケルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の中の小島で<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていますと、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かい</span>の音がするので、びっくりして目をさましました。けれども、目をあけたとたんに、まぶしい光が目にさしこんで思わずパチパチとやりました。

<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の上で、こんなにキラキラ光るのは、いったいなんだろうと考えてみましたが、さいしょのうちは、さっぱり<ruby><rb>見当</rb><rt>けんとう</rt></ruby>がつきません。でも、だんだん目がなれてきますと、一そうの<ruby><rb>小舟</rb><rt>こぶね</rt></ruby>がアシのきわにいるのが見えました。そして、その<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せんび</span>にとりつけた<ruby><rb>鉄</rb><rt>てつ</rt></ruby>の<ruby><rb>棒</rb><rt>ぼう</rt></ruby>の上で、大きなたいまつがさかんに<ruby><rb>燃</rb><rt>も</rt></ruby>えているのでした。赤い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>は、暗い夜の湖に、あかあかとうつっていました。そして、そのあかるい光が、<ruby><rb>魚</rb><rt>さかな</rt></ruby>をよび集めたのにちがいありません。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ほのお</span>の下の水の中には、たくさんの魚が集まって、ひっきりなしに<ruby><rb>泳</rb><rt>およ</rt></ruby>ぎまわっていました。

小舟には、年とったふたりの男が<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>っていました。ひとりは、すわって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かい</span>をにぎっていました。もうひとりは、かかりのあるみじかい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もり</span>を持って、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">せんび</span>に立っていました。こいでいるほうの男は、見たところ、<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しい<ruby><rb>漁師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>のようでした。こがらで、やせこけて、いかにも<ruby><rb>雨風</rb><rt>あめかぜ</rt></ruby>に打たれたという顔をしていました。そして、うすっぺらな、すりきれた<ruby><rb>上着</rb><rt>うわぎ</rt></ruby>を着ていました。どんな<ruby><rb>天気</rb><rt>てんき</rt></ruby>にでも、外にいるのになれているらしく、寒いのなどは、<ruby><rb>平気</rb><rt>へいき</rt></ruby>のように見えました。もうひとりのほうは、<ruby><rb>太</rb><rt>ふと</rt></ruby>っていて、身なりもりっぱで、<ruby><rb>何不足</rb><rt>なにふそく</rt></ruby>ないお<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんのようでした。

小舟が、ニールスのいる小島のむこうがわにきたとき、お百姓さんが、「とめろ！」と、言いました。と、<ruby><rb>同時</rb><rt>どうじ</rt></ruby>に、はげしく水の中に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もり</span>を<ruby><rb>突</rb><rt>つ</rt></ruby>っこみました。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もり</span>を引きあげたときには、みごとなウナギが突きささっていました。

「こいつを見てくれ！」と、お百姓さんは、ウナギを<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もり</span>からはずしながら、言いました。「いいウナギじゃないか。もうこのくらいでたくさんだ。ぼつぼつ帰ろうか。」

けれども、もうひとりの男は、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かい</span>も動かさないで、あたりをながめていました。そして、

「こんやは、すごくいいなあ！」と、言いました。じっさい、そのとおりでした。湖の上は風一つなく、水の上は<ruby><rb>鏡</rb><rt>かがみ</rt></ruby>のように、なめらかで、ただ小舟の通ったあとだけが、たいまつの光に<ruby><rb>照</rb><rt>て</rt></ruby>らされて、<ruby><rb>黄金</rb><rt>こがね</rt></ruby>の道のように、キラキラと光っています。

すみわたった、あい色の空には、お<ruby><rb>星</rb><rt>ほし</rt></ruby>さまがいちめんにきらめいていました。<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>べは、アシの小島にかくされて見えませんが、西のほうには、オムベルイ山が高く、黒ぐろとそびえていて、いつもよりもずっと大きく見えました。そして、まるい<ruby><rb>大空</rb><rt>おおぞら</rt></ruby>の<ruby><rb>一角</rb><rt>いっかく</rt></ruby>を、<ruby><rb>三角形</rb><rt>さんかくけい</rt></ruby>にくぎっていました。

お<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんは、まぶしい光から顔をそむけながら、あたりを見まわしました。

「なるほど、ここはきれいだなあ。」と、お百姓さんは言いました。「だが、この<ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>でのいちばんいいものは、<ruby><rb>風景</rb><rt>ふうけい</rt></ruby>の美しさじゃないよ。」

「じゃあ、いったい何がいちばんいいんです？」と、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">かい</span>をにぎっている男はききました。

「つまり、ここは、あがめられ、<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>されている地方なんだ。」

「そりゃあそうです。」

「そして、これからさきも、ずっとそうだとわかっているのさ。」

「どうして、そんなことがわかるんです？」と、こぎてがたずねました。

お<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>さんは、からだを<ruby><rb>起</rb><rt>お</rt></ruby>こして<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">もり</span>にもたれかかりました。

「わしの家には、むかしから<ruby><rb>語</rb><rt>かた</rt></ruby>りつたえられている古い話がある。その話で、これからさき、エステルイエートランドにどんな事がおこるか、ちゃんとわかるのさ。」

「じゃあ、わたしにもそれを聞かせてください。」と、こぎては言いました。

「ほんとうは、だれにも話さないことになっているんだが、むかしからの知りあいにかくしておこうとも思わない。」と、お百姓さんは言って、話しはじめました。その話しぶりからみますと、だれかに聞いたのを、そらでおぼえていて、それをそのまま話しているようでした。

「このエステルイエートランドのウルヴォーサに、ずっとむかし、ひとりの<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>がいた。その婦人は、<ruby><rb>将来</rb><rt>しょうらい</rt></ruby>どんな事がおこるかを、まるでいままでおこった事がらを言うように、ぴったりと言いあてることができた。そのことが広く知れわたると、<ruby><rb>近所</rb><rt>きんじょ</rt></ruby>の人たちはもちろんのこと、遠くからも大ぜいの人びとがやってきて、いろんな事を<ruby><rb>占</rb><rt>うらな</rt></ruby>ってもらった。

ある日のこと、その婦人が<ruby><rb>広間</rb><rt>ひろま</rt></ruby>にすわって、糸をつむいでいると――これは、そのころの<ruby><rb>習慣</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>だったんだ――ひとりの<ruby><rb>貧</rb><rt>まず</rt></ruby>しい<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>がはいってきて、<ruby><rb>戸口</rb><rt>とぐち</rt></ruby>の<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけに腰をおろした。

『あなたは、そうして、いま何を考えていらっしゃるんですか？』と、しばらくして百姓が言った。

『あたしは、<ruby><rb>気高</rb><rt>けだか</rt></ruby>い、<ruby><rb>清</rb><rt>きよ</rt></ruby>らかなもののことを考えているのです。』と、婦人は答えた。

『それでは、わたしの気にかかっていることを、おたずねするのは、やめておいたほうがいいですね。』と、百姓は言った。

『おまえの気にかかっているというのは、きっと、おまえの<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>で<ruby><rb>穀物</rb><rt>こくもつ</rt></ruby>が、たくさんとれるかどうか、というようなことでしょう。でも、あたしは、いつも、<ruby><rb>王</rb><rt>おう</rt></ruby>さまからは、<ruby><rb>王冠</rb><rt>おうかん</rt></ruby>がどうなるだろうとか、<ruby><rb>法王</rb><rt>ほうおう</rt></ruby>からは、<ruby><rb>鍵</rb><rt>かぎ</rt></ruby>がどうなるだろうとか、そういうようなことばかりきかれているのですよ。』

『そんなことは、かんたんに答えられるものじゃございませんね。』と、百姓は言った。

『ところで、わたしは、あなたが答えてくださったことに<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>して帰るものは、ひとりもないと聞いておりますが。』

<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>がこう言うと、<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>はくちびるをかみしめながら、身を起こして、<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>かけに腰をおろした。

『そんなうわさを聞いているんですね。』と、婦人は言った。『それでは、おまえのききたいことを言ってごらん。そうすれば、おまえが<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>するような<ruby><rb>返事</rb><rt>へんじ</rt></ruby>を、あたしがしてあげるかどうかが、わかるでしょう。』

そこで、百姓は、えんりょせずに、ききたいと思っていたことを言った。つまり、この百姓は、エステルイエートランドが、このさき、どうなるだろうかということをききにきたのだった。この百姓にとっては、じぶんのうまれた<ruby><rb>土地</rb><rt>とち</rt></ruby>ほど、だいじなものはなかったのだ。だから、じぶんの死ぬ日までに、このことがはっきりわかったら、どんなにかしあわせだと思っていたわけだ。

『そう、おまえのききたいことが、それだけなら、きっとおまえを<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>させられると思いますよ。なぜなら、エステルイエートランドは、いつになっても、ほかの地方に<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>れるようなものをもっていると、<ruby><rb>予言</rb><rt>よげん</rt></ruby>できますからね。』と、<ruby><rb>賢</rb><rt>かしこ</rt></ruby>い<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>は言った。

『はい、それはありがたいことです。でも、どうしてそういうことになれるのか、それがわかりさえしましたら、ほんとうに<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>できるのですが。』と、<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>は言った。

『どうして、そんなことを言うのです？』と、婦人は言った。『おまえは、エステルイエートランドが、いまでも、もう<ruby><rb>有名</rb><rt>ゆうめい</rt></ruby>なのを知らないのですか？　それとも、アルヴァストラや、ヴレタの<ruby><rb>僧院</rb><rt>そういん</rt></ruby>や、リンチェーピングの美しい<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>のようなものを、もっていると<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこ</rt></ruby>れるところが、スウェーデンのどこかにあるとでも思っているの？』

『そうかもしれませんが、』と、百姓は言った。『わたしは、年をとっておりますので、人間の心がかわりやすいものだということを、よく<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じております。ですから、アルヴァストラやヴレタにたいしても、またエンチェーピングの教会にたいしても、人びとが<ruby><rb>尊敬</rb><rt>そんけい</rt></ruby>をはらわなくなるようなときが、いつかきはしないかと、<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>なのです。』

『それは、おまえの言うとおりかもしれないけれど、』と、婦人は言った。『だからといって、あたしの<ruby><rb>予言</rb><rt>よげん</rt></ruby>を<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>わなくてもいいのですよ。あたしは、こんど、ヴァードステーナに新しい<ruby><rb>僧院</rb><rt>そういん</rt></ruby>を<ruby><rb>建</rb><rt>た</rt></ruby>てさせますが、それは、この北の地方で一ばん<ruby><rb>有名</rb><rt>ゆうめい</rt></ruby>なものになるでしょうよ。<ruby><rb>身分</rb><rt>みぶん</rt></ruby>の高い人もひくい人も、みんなそこへお<ruby><rb>参</rb><rt>まい</rt></ruby>りにやってきて、そのような<ruby><rb>神聖</rb><rt>しんせい</rt></ruby>な<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>のあるこの地方を、ほめたたえることになるでしょう。』

<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>は、いまのお話をうかがって、たいへんうれしい、と答えた。しかし、この百姓は、どんなものも、いつかはほろびるものだ、ということを知っていた。それで、そのヴァードステーナ<ruby><rb>僧院</rb><rt>そういん</rt></ruby>の<ruby><rb>名声</rb><rt>めいせい</rt></ruby>がおちてしまったら、いったい何がこの地方の<ruby><rb>評判</rb><rt>ひょうばん</rt></ruby>を高めることになるだろうかと<ruby><rb>疑</rb><rt>うたが</rt></ruby>った。

『おまえは、なかなか<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>しないのね。』と、<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>が言った。『でも、あたしには、もっとさきのことが見とおせます。ヴァードステーナ僧院の<ruby><rb>栄誉</rb><rt>えいよ</rt></ruby>がくずれないうちに、そのすぐそばに<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>が建てられて、それがその<ruby><rb>時代</rb><rt>じだい</rt></ruby>では、もっともすばらしいものとなるでしょう。<ruby><rb>王</rb><rt>おう</rt></ruby>さまをはじめ<ruby><rb>諸侯</rb><rt>しょこう</rt></ruby>が、そこにお見えになるのよ。そして、そういうすばらしい御殿のあることが、この地方の<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>となるでしょう。』

『それをうかがって、うれしゅうございます。』と、百姓は言った。『しかし、わたしは年とっておりますので、そういうこの世の<ruby><rb>華</rb><rt>はな</rt></ruby>やかなものが、やがてどうなるか、よく<ruby><rb>存</rb><rt>ぞん</rt></ruby>じております。で、その<ruby><rb>御殿</rb><rt>ごてん</rt></ruby>がほろびることになったら、いったい何が人びとの目を、この地方にひきつけておくことになるのでしょう。』

『おまえは、いろいろのことが知りたいのね。』と、婦人は言った。『でも、あたしには、もちろんそのさきも見とおせます。フィンスポングのまわりの森が<ruby><rb>開発</rb><rt>かいはつ</rt></ruby>されて、そこに<ruby><rb>製鉄場</rb><rt>せいてつじょう</rt></ruby>や、<ruby><rb>鍛冶場</rb><rt>かじば</rt></ruby>が<ruby><rb>建</rb><rt>た</rt></ruby>てられるでしょう。そして、この地方は、鉄を製するので、名高くなると思います。』

百姓は、それを聞いて、たいへんよろこんだ。

『けれども、フィンスポングの<ruby><rb>製鉄場</rb><rt>せいてつじょう</rt></ruby>のぐあいが悪くなったときには、それにかわって、エステルイエートランドの<ruby><rb>誇</rb><rt>ほこり</rt></ruby>になるようなものは、もう何もなくなると思いますが。』

『おまえは、なかなか<ruby><rb>承知</rb><rt>しょうち</rt></ruby>しないのね。でも、あたしには、そのさきも<ruby><rb>予言</rb><rt>よげん</rt></ruby>できます。がいせんした<ruby><rb>将軍</rb><rt>しょうぐん</rt></ruby>たちが、<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の<ruby><rb>岸</rb><rt>きし</rt></ruby>に、御殿のように、りっぱな大きい<ruby><rb>別荘</rb><rt>べっそう</rt></ruby>を建てるようになります。このすばらしいたくさんの<ruby><rb>別荘</rb><rt>べっそう</rt></ruby>が、やっぱりこの<ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>の<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>になるのです。』

『でも、だれもその大きな別荘をほめないようなときがきましたら？』と、<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>は言った。

『けっして、心配はいりませんよ。』と、<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>は言った。『ヴェッテルン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の近くの、メデヴィの<ruby><rb>平原</rb><rt>へいげん</rt></ruby>に、<ruby><rb>鉱泉</rb><rt>こうせん</rt></ruby>がわきでるようになります。そして、その鉱泉のおかげで、この<ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>は<ruby><rb>有名</rb><rt>ゆうめい</rt></ruby>になるでしょう。』

『それは、たいへんうれしいお話ですが、人びとが、ほかの鉱泉にいくようになりましたら？』

『そんなことを<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>する<ruby><rb>必要</rb><rt>ひつよう</rt></ruby>はありません。そのうちには、ムタラからメームにかけて<ruby><rb>運河</rb><rt>うんが</rt></ruby>が<ruby><rb>掘</rb><rt>ほ</rt></ruby>られます。そして、その運河によって、エステルイエートランドの<ruby><rb>名声</rb><rt>めいせい</rt></ruby>は、国じゅうに知れわたります。』

それでも、まだ<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>は<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>のようだった。

『ムタラ川の<ruby><rb>急流</rb><rt>きゅうりゅう</rt></ruby>では、<ruby><rb>水車</rb><rt>すいしゃ</rt></ruby>がまわりだしますよ。』と、<ruby><rb>婦人</rb><rt>ふじん</rt></ruby>は言ったが、いらいらしてきたので、ほおは赤くほてってきた。『そして、ムタラでは<ruby><rb>槌</rb><rt>つち</rt></ruby>の音がひびきますし、ノルチェーピングでは<ruby><rb>織機</rb><rt>おりき</rt></ruby>の音が聞かれます。』

『それは、けっこうなお話ですが、』と、百姓は言った。『しかし、すべては、はかないものですから、そういうものも、いつかは忘れられ、すてさられてしまうだろうと思いますが。』

百姓が、これでも<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>しないのを見ると、婦人はとうとうがまんができなくなった。

『おまえは、どんなものもほろびてしまうと言うけれども、』と、婦人は言った。『それでは、いつまでたってもかわらないものを言いましょう。それは、この地方には、おまえのように、<ruby><rb>強情</rb><rt>ごうじょう</rt></ruby>で、こうまんな百姓が、いつまでも、あとをたたないということです。』

婦人が、こう言いおわるかおわらないうちに、百姓は、うれしそうな顔をして、<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>げに立ちあがった。そして、婦人が<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>に答えてくれたことを<ruby><rb>感謝</rb><rt>かんしゃ</rt></ruby>して、じぶんはこれでやっと満足しました、と言った。

『あたしには、おまえの気もちがよくわかりません。』と、婦人は言った。

『つまり、わたしには、こう考えられるのです。』と、百姓は答えた。『<ruby><rb>王</rb><rt>おう</rt></ruby>さまや、<ruby><rb>坊</rb><rt>ぼう</rt></ruby>さんや、<ruby><rb>貴族</rb><rt>きぞく</rt></ruby>や、<ruby><rb>商人</rb><rt>しょうにん</rt></ruby>などが<ruby><rb>建</rb><rt>た</rt></ruby>てるものは、ごくわずかの<ruby><rb>年月</rb><rt>としつき</rt></ruby>しか、つづかないものだと思います。けれども、いまあなたが、エステルイエートランドには、<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>を<ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>する、がんこな百姓たちが、いつまでもあとをたたないだろうとおっしゃったのをうかがいまして、それこそ、この<ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>の<ruby><rb>名誉</rb><rt>めいよ</rt></ruby>を、いつまでも、もちつづけていくものだと思いました。なぜなら、土とともに<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>く者のみが、その地方の<ruby><rb>評判</rb><rt>ひょうばん</rt></ruby>をいつまでも<ruby><rb>保</rb><rt>たも</rt></ruby>っていくことができるのですから。』」

  


## <span data-tei-rend="text-combine-upright" style="text-combine-upright: all">21</span>　<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしい<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>いもの

四月二十三日　土曜日

ニールスは、空高くを飛んでいきました。下を見おろせば、エステルイエートランドの<ruby><rb>大平野</rb><rt>だいへいや</rt></ruby>がひろがっています。ニールスは、こんもりとした森のあいだに見える、白い<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>の<ruby><rb>数</rb><rt>かず</rt></ruby>をかぞえていましたが、すぐに五十になりました。それからあとは、ごちゃごちゃになって、ちゃんとかぞえることができなくなりました。

たいていの<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>が、<ruby><rb>白塗</rb><rt>しろぬ</rt></ruby>りの大きな二<ruby><rb>階建</rb><rt>かいだ</rt></ruby>てでした。どの家も、いかにもりっぱに見えるので、ニールスは<ruby><rb>感心</rb><rt>かんしん</rt></ruby>して、

「このあたりには、お<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>しかないところを見ると、お<ruby><rb>百姓</rb><rt>ひゃくしょう</rt></ruby>はいないんだな。」と、ひとりごとを言いました、

すると、すぐにガンの<ruby><rb>仲間</rb><rt>なかま</rt></ruby>がいっせいにさけびました。

「ここのお百姓は、<ruby><rb>金持</rb><rt>かねも</rt></ruby>ちのような<ruby><rb>暮</rb><rt>く</rt></ruby>らしをしているんだよ！　ここのお百姓は、金持ちのような暮らしをしているんだよ！」

<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>の上では、<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>も<ruby><rb>雪</rb><rt>ゆき</rt></ruby>も<ruby><rb>消</rb><rt>き</rt></ruby>えて、もう春の<ruby><rb>仕事</rb><rt>しごと</rt></ruby>がはじまっていました。

「あの<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>の上をはっている、長いカニみたいなのは何だろう？」と、しばらくしてニールスがたずねました。

「<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すき</span>と<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>だよ、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すき</span>と牡牛だよ。」と、ガンが答えました。

牡牛は、畑の上をノロノロとあるいているものですから、動いているのがほとんどわからないくらいです。それを見て、ガンたちは、

「そこへいくのに<ruby><rb>来年</rb><rt>らいねん</rt></ruby>までかかるぜ！　そこへいくのに来年までかかるぜ！」と、牡牛にむかってさけびました。

ところが、<ruby><rb>牡牛</rb><rt>おうし</rt></ruby>たちは平気なものです。<ruby><rb>鼻</rb><rt>はな</rt></ruby>づらを上にむけて、モウと大声で言いました。

「おれたちはな、おまえらみたいな<ruby><rb>宿</rb><rt>やど</rt></ruby>なしが、一生かかってするよりも、もっといいことを一時間のうちにやってのけるんだぞ！」

二、三の<ruby><rb>場所</rb><rt>ばしょ</rt></ruby>では、馬に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">すき</span>を引かせていました、馬は牛よりも、ずっとキビキビ<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>いていましたが、ガンたちは、つい、馬もからかわずにはいられませんでした。

「きみたちは、牡牛のすることなんかやって、はずかしくないのかい？」と、ガンたちはさけびました。

「おまえたちこそ、<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>じゅう、のらくらしていて、はずかしくないのか？」と、馬はいななきかえしました。

しかし、馬や牡牛は、畑で働いていましたが、<ruby><rb>納屋</rb><rt>なや</rt></ruby>の前の<ruby><rb>庭</rb><rt>にわ</rt></ruby>では、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>がぶらついていました。この羊は、近ごろ毛を<ruby><rb>刈</rb><rt>か</rt></ruby>りとられたために<ruby><rb>怒</rb><rt>おこ</rt></ruby>りっぽくなっていて、小さな子どもを<ruby><rb>押</rb><rt>お</rt></ruby>したおしたり、犬を犬小屋へ<ruby><rb>追</rb><rt>お</rt></ruby>いかえしたりして、まるでその庭が、じぶんひとりのもののような顔をして、いばってあるきまわっていました。

「羊さん、羊さん、あんた、毛はどうしたの？」と、そのとき、<ruby><rb>牡羊</rb><rt>おひつじ</rt></ruby>の上に飛んできたガンたちがたずねました。

「ノルチェーピングの<ruby><rb>羊毛工場</rb><rt>ようもうこうじょう</rt></ruby>へ、やっちゃったよお！」と、牡羊があとを長くひっぱって、答えました。

「羊さん、羊さん、あんた、<ruby><rb>角</rb><rt>つの</rt></ruby>はどうしたの？」と、ガンたちが、またたずねました。

ところが、この牡羊は、角なしなので、角のことをきかれるのが何よりもくやしいのです。それで、すっかり<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてて、しばらくは、めちゃめちゃに<ruby><rb>駈</rb><rt>か</rt></ruby>けまわったり、<ruby><rb>空</rb><rt>くう</rt></ruby>をついたりしました。

いなか道を、ひとりの男が、スコーネ<ruby><rb>産</rb><rt>さん</rt></ruby>のブタのむれを追いながらやってきました。まだうまれて、二、三<ruby><rb>週間</rb><rt>しゅうかん</rt></ruby>ぐらいの子ブタたちでしたが、これから<ruby><rb>売</rb><rt>う</rt></ruby>られるところでした。みんなは小さいけれども、<ruby><rb>勇</rb><rt>いさ</rt></ruby>ましくあるいていました。そして、たがいに<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けをもとめようとでもするように、ぴったりとかたまりあっていました。

「ブウ、ブウ、ブウ、ぼくたちは、小さいうちに、おとうさんとおかあさんに<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れてしまった。ブウ、ブウ、ブウ、こんなあわれなぼくたちは、いったいどうなるんだろう？」と、子ブタたちは言いました。

ガンたちも、こんなあわれな生き物をからかう気にはなれません。

「<ruby><rb>心配</rb><rt>しんぱい</rt></ruby>しないでもだいじょうぶ。なんとかなるよ。」と、ガンたちはさけびながら、飛びすぎました。

ガンたちは、<ruby><rb>平地</rb><rt>へいち</rt></ruby>の上を飛ぶときぐらい、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しいことはありません。そんなときには、<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>から農場へと飛んでいっては、つぎつぎに<ruby><rb>家畜</rb><rt>かちく</rt></ruby>をからかってやるのです。

ニールスがこうして<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>の上を飛んでいたとき、ふと、だいぶまえに聞いた話を思いだしました。はっきりとは思いだせませんが、なんでも、それは女の人の<ruby><rb>着物</rb><rt>きもの</rt></ruby>のことでした。その着物は、<ruby><rb>半分</rb><rt>はんぶん</rt></ruby>は<ruby><rb>金</rb><rt>きん</rt></ruby>で<ruby><rb>織</rb><rt>お</rt></ruby>ったビロードでできていて、もう半分は、<ruby><rb>灰色</rb><rt>はいいろ</rt></ruby>の<ruby><rb>手織</rb><rt>ており</rt></ruby>の<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>でできていました。けれども、その着物を持っている人は、灰色の布のほうに、たくさんの<ruby><rb>真珠</rb><rt>しんじゅ</rt></ruby>や<ruby><rb>宝石</rb><rt>ほうせき</rt></ruby>をかざりつけて、金のビロードのほうよりも、美しくりっぱに見せていたという話でした。

いま、ニールスが、エステルイエートランドを見おろしたとき、その<ruby><rb>手織</rb><rt>ており</rt></ruby>の<ruby><rb>布</rb><rt>ぬの</rt></ruby>を思いだしました。エステルイエートランドは、大きな<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>ですが、北と南にむかって、こんもりとした森の<ruby><rb>茂</rb><rt>しげ</rt></ruby>っている山がのびています。その二つの<ruby><rb>山並</rb><rt>やまなみ</rt></ruby>は、朝の光を受けて、まるで、<ruby><rb>黄金</rb><rt>こがね</rt></ruby>のヴェールにつつまれているように、青くキラキラと<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>いていました。いっぽう、平野そのものは、冬のなごりの<ruby><rb>裸</rb><rt>はだか</rt></ruby>の<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>がつづいているばかりなので、灰色の手織の布よりも美しいとは言えませんでした。

けれども、人びとは、この平野が<ruby><rb>豊</rb><rt>ゆた</rt></ruby>かで、<ruby><rb>親切</rb><rt>しんせつ</rt></ruby>なのに、<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>したものでしょう。できるだけこれを<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りたててやろうとしました。ニールスがガチョウのせなかから見おろしますと、町や、<ruby><rb>農場</rb><rt>のうじょう</rt></ruby>や、<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>や、<ruby><rb>工場</rb><rt>こうじょう</rt></ruby>や、お<ruby><rb>城</rb><rt>しろ</rt></ruby>や、<ruby><rb>停車場</rb><rt>ていしゃじょう</rt></ruby>などが、大小さまざまの<ruby><rb>飾</rb><rt>かざ</rt></ruby>りもののように、まきちらされているように見えました。<ruby><rb>屋根</rb><rt>やね</rt></ruby>は、お日さまの光をうけて、キラキラと輝き、窓ガラスは、<ruby><rb>宝石</rb><rt>ほうせき</rt></ruby>のように、きらめいていました。<ruby><rb>黄色</rb><rt>きいろ</rt></ruby>い、いなか道や、ぴかぴかした<ruby><rb>鉄道線路</rb><rt>てつどうせんろ</rt></ruby>や、青い<ruby><rb>運河</rb><rt>うんが</rt></ruby>などが、村々のあいだを、<ruby><rb>縫</rb><rt>ぬ</rt></ruby>いとりしたように走っていました。リンチェーピング市は、宝石のまわりに<ruby><rb>真珠</rb><rt>しんじゅ</rt></ruby>をはめこんだようなぐあいに、その<ruby><rb>伽藍</rb><rt>がらん</rt></ruby>のぐるりを取りまいていました。<ruby><rb>農園</rb><rt>のうえん</rt></ruby>はブローチかボタンのように見えました。あまり<ruby><rb>整然</rb><rt>せいぜん</rt></ruby>と飾りたててはありませんが、その美しさは、いつまで見ていてもあきることはありませんでした。

ガンたちは、オムベルイ<ruby><rb>地方</rb><rt>ちほう</rt></ruby>を<ruby><rb>去</rb><rt>さ</rt></ruby>って、イエータ<ruby><rb>運河</rb><rt>うんが</rt></ruby>にそって東に飛びました。ここでは、夏のためのじゅんびをしていました。<ruby><rb>人夫</rb><rt>にんぷ</rt></ruby>たちが運河の<ruby><rb>堤</rb><rt>つつみ</rt></ruby>をなおしたり、大きな<ruby><rb>水門</rb><rt>すいもん</rt></ruby>にタールを<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>ったりしていました。

どこをながめても、人びとは気もちよく、春をむかえようとして、いそがしそうに立ち<ruby><rb>働</rb><rt>はたら</rt></ruby>いていました。町なかもやっぱりそうでした。家の外では、<ruby><rb>左官</rb><rt>さかん</rt></ruby>やペンキ屋が、<ruby><rb>足場</rb><rt>あしば</rt></ruby>をきずいて、家のまわりを<ruby><rb>塗</rb><rt>ぬ</rt></ruby>っていますし、中では<ruby><rb>女中</rb><rt>じょちゅう</rt></ruby>たちが、窓ガラスをきれいにふいています。<ruby><rb>港</rb><rt>みなと</rt></ruby>では、<ruby><rb>帆船</rb><rt>はんせん</rt></ruby>や<ruby><rb>汽船</rb><rt>きせん</rt></ruby>をさかんに<ruby><rb>修理</rb><rt>しゅうり</rt></ruby>しています。

ノルチェーピングで、ガンたちは<ruby><rb>平野</rb><rt>へいや</rt></ruby>をはなれて、コルモールデンのほうにむかって飛びました。しばらくのあいだ、がけっぷちをうねったり、<ruby><rb>絶壁</rb><rt>ぜっぺき</rt></ruby>の下を通っている、けわしい<ruby><rb>旧道</rb><rt>きゅうどう</rt></ruby>について進んでいきました。と、とつぜん、ニールスが<ruby><rb>鋭</rb><rt>するど</rt></ruby>いさけび声をあげました。ニールスはガチョウのせなかにまたがって、足をぶらぶらやっているうちに、<ruby><rb>片</rb><rt>かた</rt></ruby>っぽうの<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>がぬげてしまったのです。

「おい、モルテン、モルテン！　<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>がぬげちゃったよォ！」と、ニールスはさけびました。

ガチョウは、すぐにむきをかえて、<ruby><rb>地上</rb><rt>ちじょう</rt></ruby>におりていきました。ところが、ぐうぜんにも、ふたりの子どもが、その道をあるいてきて、<ruby><rb>落</rb><rt>おと</rt></ruby>したニールスの靴をひろいあげてしまいました。それと見るや、ニールスはあわてて、

「モルテン、モルテン！」と、さけびました。「また上へ飛ぶんだよ！　おそすぎたんだ！　あの<ruby><rb>靴</rb><rt>くつ</rt></ruby>はひろわれちまったよ！」

下の道では、ガチョウ<ruby><rb>番</rb><rt>ばん</rt></ruby>のオーサと弟のマッツが、空から落ちてきた、ちっぽけな<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>を見ながら立っていました。

オーサは、しばらくだまったまま、この<ruby><rb>拾</rb><rt>ひろ</rt></ruby>い物のことを考えていました。それから、ゆっくりと、考え考え言いました。

「マッツちやん、あんたおぼえている？　ほら、あたしたちがエーヴェードスクローステルを通ったとき、<ruby><rb>農家</rb><rt>のうか</rt></ruby>の人たちが、職人みたいに、<ruby><rb>革</rb><rt>かわ</rt></ruby>の<ruby><rb>半</rb><rt>はん</rt></ruby>ズボンに、<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>をはいた<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>を見たって言ったでしょう？　それからさ、ヴィットシェーヴレにいったときには、<ruby><rb>木靴</rb><rt>きぐつ</rt></ruby>をはいた<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>がガチョウのせなかに<ruby><rb>乗</rb><rt>の</rt></ruby>って飛んでいくのを見たって、女の子が話してたじゃないの？　それにね、マッツちゃん、あたしたちだって、家へ帰ったとき、それとおなじかっこうをした小人が、ガチョウのせなかに乗って飛んでいくのを見たじゃないの？　いまこの木靴を落して、飛んでいったのは、それとおなじ<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>じゃないかしら？」

「うん、きっとそうだよ。」と、マッツは言いました。

ふたりは、木靴をさかんにひっくりかえしては、<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしそうにながめていました、だって、小人の木靴が、道に落ちているなんてことは、めったにありませんもの。

「お待ちよ、マッツちゃん！」と、オーサがさけびました。「こっちがわに、なにか書いてあるよ。」

「あっ、ほんとうだ。でも、ずいぶんちっぽけな字だね。」

「あたしに見せてごらん！　ええと――ええと、『西ヴェンメンヘーイのニールス・ホルゲルッソン』」

「こんなふしぎなことってあるかねえ！」と、マッツが言いました。

第一編　おわり

  


## その<ruby><rb>後</rb><rt>ご</rt></ruby>のニールス

さて、みなさん、ニールスは、ガンのむれといっしょに目ざすラプランドまでいき、それからまたなつかしいおとうさん、おかあさんの家まで、ぶじに帰ってくることができたでしょうか。「ニールスのふしぎな旅」<ruby><rb>続編</rb><rt>ぞくへん</rt></ruby>のあらすじを、つぎにご<ruby><rb>紹介</rb><rt>しょうかい</rt></ruby>いたしましょう。

## ラプランドさして

ニールスとガンのむれは、それからも空の<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をつづけました。みんながスウェーデンの<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>のストックホルムの<ruby><rb>上空</rb><rt>じょうくう</rt></ruby>へ飛んできたときには、もう五月にはいっていました。それまでにも、ニールスはいろいろな土地にいって、その土地の古い<ruby><rb>伝説</rb><rt>でんせつ</rt></ruby>を聞いたり、大きな町や<ruby><rb>都会</rb><rt>とかい</rt></ruby>を<ruby><rb>見物</rb><rt>けんぶつ</rt></ruby>したり、美しい<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>を<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しんだりしてきました。それからまた、いまにもクマに<ruby><rb>食</rb><rt>く</rt></ruby>われそうになりながら、そのクマが人間にねらわれていることを教えてやって、<ruby><rb>危</rb><rt>あぶな</rt></ruby>いところを<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>ってやったり、もと<ruby><rb>羊飼</rb><rt>ひつじか</rt></ruby>いをしていたオーサとマッツの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">きょうだい</span>が<ruby><rb>凍</rb><rt>こお</rt></ruby>りついた<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>の上を歩いているとき、きゅうに氷がとけはじめて、ふたりがどうしていいかこまっているのを助けてやったり、かずかずのりっぱな<ruby><rb>行</rb><rt>おこな</rt></ruby>いもしてきました。

五月六日の朝、ガンのむれが<ruby><rb>朝霧</rb><rt>あさぎり</rt></ruby>をついて、メラール<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>の上を飛んでいくと、湖の上に高い<ruby><rb>塔</rb><rt>とう</rt></ruby>や、長い<ruby><rb>窓</rb><rt>まど</rt></ruby>ガラスのある家々が見えてきました。けれども、流れる霧のために、そのような<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>はすぐまたかくれてしまいました。なにもかもが水の上に静かに<ruby><rb>休</rb><rt>やす</rt></ruby>らっているようでした。やがて、お日さまの光がすこしもれてきますと、霧はバラ色にそまりました。そして、あるいは青く、あるいは赤く、あるいは黄色く、色さまざまに<ruby><rb>輝</rb><rt>かがや</rt></ruby>きながら流れていきました。下のほうに見える家々は、お日さまの光ででもできているように、キラキラと輝き、窓ガラスや高い塔は、火のように赤くもえていました。まるで、この世のものでないようなながめでした。この「水の上に<ruby><rb>浮</rb><rt>う</rt></ruby>かぶ<ruby><rb>都</rb><rt>みやこ</rt></ruby>」こそ、ストックホルムだったのです。

ところが、ここでニールスはガチョウのせなかから<ruby><rb>落</rb><rt>お</rt></ruby>っこちて、<ruby><rb>猟師</rb><rt>りょうし</rt></ruby>につかまってしまいました。でも、さいわい、ストックホルムのスカンセンという<ruby><rb>公園</rb><rt>こうえん</rt></ruby>の<ruby><rb>番人</rb><rt>ばんにん</rt></ruby>のおじいさんにもらわれて、<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>ばかりその公園の中でくらしました。それから、そこの動物園につかまっていたゴルゴという大ワシを<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>けてやり、そのせなかに乗って、ガンのアッカたちのあとを追ったのでした。

それからは長い旅がつづきました。森また森、山また山の上を飛びつづけて、オンゲルマンランドやヴェステルボッテンをすぎて、北へ北へと進みました。この北の地方には、スウェーデンの国にとっていちばんだいじな<ruby><rb>森林</rb><rt>しんりん</rt></ruby>や<ruby><rb>鉱山</rb><rt>こうざん</rt></ruby>がたくさんありました。

## めぐりあい

ニールスはいつまでもつづく同じような<ruby><rb>景色</rb><rt>けしき</rt></ruby>にあきあきして、ワシのせなかで<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">うとうと</span>しはじめました。そうして、いつのまにか、ほんとうに<ruby><rb>寝</rb><rt>ね</rt></ruby>こんでしまいました。やがて目がさめてみますと、どうやら谷間の<ruby><rb>奥</rb><rt>おく</rt></ruby>にいるようでした。あたりを見まわしても、大ワシのゴルゴの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>がどこにも見えません。そういえば、いよいよラプランドにきたよ、とゴルゴが言っていたっけ。じゃあ、このへんにアッカたちがいるのかもしれない。ニールスはこう思って、みんなをさがしに、そろそろと歩きだしました。

六月十九日の朝早くのことです。<ruby><rb>谷間</rb><rt>たにま</rt></ruby>はひっそりとしていて、まだお日さまはのぼっていませんでした。ニールスが二あし三あしいくかいかないうちに、なんだかきれいなものが目にはいりました。近よってみますと、それは草むらの<ruby><rb>巣</rb><rt>す</rt></ruby>の中にいるメスのガンでした。そばには、オスのガンが立っています。気がついてみれば、草むらや<ruby><rb>地面</rb><rt>じめん</rt></ruby>のくぼみに、あっちにもこっちにも、ガンの巣がいっぱいありました。ガンたちはまだみんな<ruby><rb>眠</rb><rt>ねむ</rt></ruby>っていました。<ruby><rb>久</rb><rt>ひさ</rt></ruby>しぶりにガンの姿を見たニールスは、うれしくてうれしくてたまりません。ふとむこうを見ますと、草のかげに白いものが見えます。ニールスは<ruby><rb>胸</rb><rt>むね</rt></ruby>をおどらせながら、かけよりました。見れば、細いヤナギの草むらの中に、あのかわいらしいダンフィンが<ruby><rb>卵</rb><rt>たまご</rt></ruby>をだいているではありませんか！　そばには、白ガチョウのモルテンが、ダンフィンを<ruby><rb>守</rb><rt>まも</rt></ruby>るようにして、立っています。ああ、なつかしいモルテンに、やっとめぐりあえたのです！　思わずしらず、<ruby><rb>熱</rb><rt>あつ</rt></ruby>い<ruby><rb>涙</rb><rt>なみだ</rt></ruby>がこみあげてきました。アッカはと見れば、ずっとむこうの、いちだんと高いところにすわっています。まるで、谷じゅうを見はっているようでした。

「アッカおばさん、おはよう！」と、ニールスはかけよりながらさけびました。

アッカは、ニールスの姿を見つけるが早いか、飛んできました。そして、うれしそうにニールスにとびついて、くちばしで頭のてっぺんからつま<ruby><rb>先</rb><rt>さき</rt></ruby>まで、なでまわしました。

そこで、ニールスは、みんなと<ruby><rb>別</rb><rt>わか</rt></ruby>れてからのことをすっかり話しました。そして、

「それから、アッカおばさん、いま話したスカンセン<ruby><rb>公園</rb><rt>こうえん</rt></ruby>にはね、ズルスケのやつもつかまってたんですよ！」と、話してきかせました。「あいつはぼくたちをさんざん<ruby><rb>苦</rb><rt>くる</rt></ruby>しめたけど、あそこで、しょんぼりしているところを見たら、ほんとにかわいそうになりましたよ。そのうちに、ぼく、ラプランド<ruby><rb>犬</rb><rt>けん</rt></ruby>から、ひとりの男がキツネを買いにきているって話を聞いたんです。その人はどこかの島に<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>んでるんだそうですけど、なんでもその島ではキツネをみな<ruby><rb>殺</rb><rt>ごろ</rt></ruby>しにしてしまったんで、そのため、ネズミがうんとふえてきたんですって。それで、こんどは、ネズミをたやすために、またキツネをつれていくことにしたんですって。ぼく、その話を聞いたから、すぐにキツネの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おり</span>のところにとんでいって、ズルスケに言ってやりました。

『おい、ズルスケ、もうすぐ、ここへキツネを買いにくる人があるから、その人がきたら、おまえ、かくれたりしないで、おとなしくつかまるんだよ。そうすりゃ、また<ruby><rb>自由</rb><rt>じゆう</rt></ruby>になれるから。』

そしたら、ズルスケのやつ、ぼくの言うとおりにしたんです。だから、いまごろはその島へいって、きっと自由にとびまわっているでしょうよ。どうですか、アッカおばさん、ぼくのやったことはいいことでしょうか？」

「ああ、わたしだってそうしたろうよ！」と、アッカは<ruby><rb>満足</rb><rt>まんぞく</rt></ruby>そうに答えました。

## 南へ、南へ

ラプランドの夏もすぎて、いつのまにか、九月の<ruby><rb>末</rb><rt>まつ</rt></ruby>になりました。地上は見わたすかぎり、いちめんの雪におおわれて、まっ白です。雨や<ruby><rb>嵐</rb><rt>あらし</rt></ruby>の日が多くなりました。たまにお天気の日があっても、すぐに<ruby><rb>氷</rb><rt>こおり</rt></ruby>がはってしまいました。こうなっては、もうこのラプランドに、いつまでも、ぐずぐずしているわけにはいきません。さいわい、ひなどりたちもすっかり大きくなって、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はね</span>も強くなりました。そこで、十月一日の朝早く、アッカを<ruby><rb>隊長</rb><rt>たいちょう</rt></ruby>として、三十一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のガンが南をめざして飛びたちました。くるときいっしょにいた六<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>の若いガンがいなくなって、そのかわりに、新しく生まれたガンが二十二羽加わっていたのです。若いガンたちは、さいしょは旅になれないので、もうくたびれちゃったとか、おなかがへったとか、ブツブツ<ruby><rb>不平</rb><rt>ふへい</rt></ruby>ばかりこぼしていましたが、だんだんなれるにつれて、みんなといっしょに元気よく飛んでいきました。

みんなは南へ南へと飛びつづけ、イエムトランドをすぎ、ダラルナをへて、やがてヴェルムランドにはいりました。こんどもいったときと同じように、ニールスはいくさきざきで、<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしい<ruby><rb>伝説</rb><rt>でんせつ</rt></ruby>を聞いたり、美しい<ruby><rb>風景</rb><rt>ふうけい</rt></ruby>をながめたりしていました。こうして、日一日と生まれ<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>に近づくのを心から<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しみにしていました。ところが、そうしたある日のこと、カラスのバタキーから思いがけないことを聞かされました。ニールスは、いまのいままで、白ガチョウをぶじに家までつれていってやりさえすれば、自分は<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>をとかれて、もとの人間にもどれるものとばかり思っていました。ところが、どうでしょう。ほんとうは、白ガチョウを家へつれていっても、ニールスのおかあさんがガチョウを殺さなければ、ニールスは人間にもどれないというのです。それを聞いたときの、ニールスの<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>きはどんなだったでしょう！　あのモルテンを、どうしてそんなかわいそうな<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">め</span>にあわせることができましょう！　そうかといって、このままでは、じぶんは人間にもどることはできません。ニールスの心は、すっかり<ruby><rb>暗</rb><rt>くら</rt></ruby>くなってしまいました。

## <ruby><rb>小説家</rb><rt>しょうせつか</rt></ruby>のおばさん

十月六日、ガンたちはクラレルフ川にそって、ムンクフォルスまで飛びました。そこからフリューケン<ruby><rb>湖</rb><rt>こ</rt></ruby>をさして西にむかって飛んでいきましたが、まだ<ruby><rb>湖</rb><rt>みずうみ</rt></ruby>にいきつかないうちに、もう暗くなりはじめてしまいました。ガンたちは森の中の<ruby><rb>沼地</rb><rt>ぬまち</rt></ruby>に<ruby><rb>泊</rb><rt>と</rt></ruby>まり場所を見つけて、そこに<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりました。けれども、ニールスにはねるような所がありません。そこで、ただひとり森をぬけて、やがて、とある<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>のまえにでました。

あたりに人の姿が見えないのをさいわい、ニールスは庭の小道のそばにあるリンゴの木から、まっかなリンゴをもぎとりました。そして、その木の下の<ruby><rb>芝生</rb><rt>しばふ</rt></ruby>に<ruby><rb>腰</rb><rt>こし</rt></ruby>をおろして、小さく切りはじめました。と、そのとき、頭の上でかすかなうなり声がしたかと思うと、一<ruby><rb>羽</rb><rt>わ</rt></ruby>のフクロウが<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりてきました。ニールスは、ここはどこですか、ときいてみました。すると、フクロウは、ここはモールバッカというお<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>だよ、と答えました。ところが、このフクロウは、こんやはさっぱり<ruby><rb>獲物</rb><rt>えもの</rt></ruby>がなくて、プンプン<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をたてていたところでした。で、このチビスケをやっつけてやれとばかりに、ニールスのすきをうかがって、さっと<ruby><rb>襲</rb><rt>おそ</rt></ruby>いかかりました。ニールスは両手でフクロウをふせぎながら、助けてえ！　と声をかぎりにさけびました。

ここで、ちょっとお話がかわります。ニールスがガンたちといっしょに空の旅をつづけていたちょうどその年に、ひとりの<ruby><rb>小説家</rb><rt>しょうせつか</rt></ruby>のおばさんが、小学校で使う<ruby><rb>読本</rb><rt>とくほん</rt></ruby>にスウェーデンのことを書きたいと思って、いっしょうけんめい考えていました。このおばさんのつもりでは、クリスマスからつぎの年の秋までのことを、いろいろおもしろく書きたいと思っていたのです。それが、まだ一<ruby><rb>行</rb><rt>ぎょう</rt></ruby>も書けないので、すっかりこまってしまいました。そしてとうとう、「子どもたちのためになる、まじめな本、それもウソをひとことも書かない本、そういうような本は、わたしにはとても書けそうもない。だれかほかの人に書いてもらうほうがいい。」と、思いました。でも、そうは思っても、おばさんは、なかなかあきらめることができませんでした。そのうちに、ふと、こんなにじぶんが書けないのは、<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>がら<ruby><rb>年</rb><rt>ねん</rt></ruby>じゅう、<ruby><rb>壁</rb><rt>かべ</rt></ruby>だの<ruby><rb>街路</rb><rt>がいろ</rt></ruby>だのしか目にはいらない、こういう町なかにいるからじゃないだろうか。いなかへいって、<ruby><rb>畑</rb><rt>はたけ</rt></ruby>や森でも見れば、うまく書けるかもしれない、と思いつきました。

このおばさんはヴェルムランドうまれの人でした。それで、まず<ruby><rb>故郷</rb><rt>こきょう</rt></ruby>のヴェルムランドのことから書いてみようと思いました。あそこにはおもしろい話や<ruby><rb>行事</rb><rt>ぎょうじ</rt></ruby>がたくさんある。クリスマスや、お正月や、お<ruby><rb>祭</rb><rt>まつ</rt></ruby>りのようすなどを書けば、子どもたちはきっと<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>ぶだろう。おばさんはそう思って、ペンを取りました。こういうことを、おばさんははっきりとおぼえていたのです。それなのに、いざ書こうとすると、どうしてもペンが進まないのです。これは、どうしても故郷に帰るよりほかはありません。

けれども、おばさんのうまれた<ruby><rb>家屋敷</rb><rt>いえやしき</rt></ruby>は、いまでは、知らない人の手にわたっていました。ですから、じぶんのいなかとはいえ、<ruby><rb>気軽</rb><rt>きがる</rt></ruby>に帰るわけにはいかなかったのです。もちろん、おばさんがたずねていけば、いまいる人たちも、きっと気もちよくもてなしてくれるでしょう。けれど、おばさんとしては、その人たちと話をしなければならないのが、ひどく<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おっくう</span>でした。

そうはいっても、おばさんはうまれた家がなつかしくてたまらず、思いきって出かけていきました。<ruby><rb>屋敷</rb><rt>やしき</rt></ruby>の入口で馬車をおりたときは、もう<ruby><rb>夕闇</rb><rt>ゆうやみ</rt></ruby>がたちこめていました。おばさんは大きなカエデの木の下にたたずんで、あたりを見まわしました。すると、ふしぎなことに、ハトのむれが、おばさんの足もとにバラバラと<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりてきました。ハトというものは、お日さまが<ruby><rb>沈</rb><rt>しず</rt></ruby>んでからは飛ばないものですが、こんやは、あんまりお月さまが美しいので、ついさそいだされて、飛びだしてきたのにちがいありません。それとも、おばさんをなつかしがって、<ruby><rb>迎</rb><rt>むか</rt></ruby>えにきてくれたのでしょうか。おばさんのほうでもハトの<ruby><rb>姿</rb><rt>すがた</rt></ruby>を見て、なつかしそうに話しかけました。

やがて、ハトが飛んでいったとき、庭のほうでキャッというさけび声がしました。おばさんがかけよってみますと、ちっぽけな<ruby><rb>小人</rb><rt>こびと</rt></ruby>が、フクロウを<ruby><rb>相手</rb><rt>あいて</rt></ruby>にむちゅうで<ruby><rb>戦</rb><rt>たたか</rt></ruby>っているではありませんか。おばさんはあっと<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いて、思わずその<ruby><rb>場</rb><rt>ば</rt></ruby>に立ちすくんでしまいました。けれども、小人のさけび声が、ますますあわれっぽくなってきましたので、おばさんは、ふたりのあいだに分けてはいりました。すると、フクロウはすばやく木の上に飛びあがりましたが、小人のほうはそのままそこに立ちどまっています。

「おかげで<ruby><rb>助</rb><rt>たす</rt></ruby>かりました。ありがとう、おばさん！」と、その小人は言いました。「だけど、フクロウのやつがあそこで見はってるから、ぼく、帰れません！」

「じゃ、あんたの家まで、わたしが<ruby><rb>送</rb><rt>おく</rt></ruby>っていってあげればいいでしょう。」と、おばさんは言いました。

「ぼく、ほんとうは、<ruby><rb>一晩</rb><rt>ひとばん</rt></ruby>じゅうこの家にいるつもりだったんです。」と、小人は言いました。「でも、どこか<ruby><rb>安全</rb><rt>あんぜん</rt></ruby>な<ruby><rb>寝場所</rb><rt>ねばしょ</rt></ruby>を教えてくだされば、あしたの朝まで家に帰らなくってもいいんですけど！」

「わたしに、寝場所を教えてくれって？　それじゃ、あんたはここに住んでいるんじゃないの？」

「ああ、おばさんはぼくをほんとの小人だと思ってるんですね。ぼくは、おばさんとおんなじ人間なんですよ。こんな姿になってはいますけど。」

「まあ、<ruby><rb>驚</rb><rt>おどろ</rt></ruby>いた！　いったい、どうしたわけなの？　話してちょうだいな！」

そこで、ニールスはいままでの<ruby><rb>冒険</rb><rt>ぼうけん</rt></ruby>を話しはじめました。話がすすむにつれて、おばさんはますますびっくりしました。なんという<ruby><rb>珍</rb><rt>めず</rt></ruby>らしい話だろう！　おばさんは心の中で<ruby><rb>喜</rb><rt>よろこ</rt></ruby>びました。

「まあ、ガチョウのせなかに乗って、スウェーデンじゅうを<ruby><rb>旅行</rb><rt>りょこう</rt></ruby>してまわった子どもに<ruby><rb>会</rb><rt>あ</rt></ruby>うなんて、あたしはなんて<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>がいいんでしょう！」と、おばさんは思いました。「この子の話してくれたことをそのまま書けば、本になるわ。もう、これで心配はいらない！　やっぱり家に帰ってきてよかったこと！」

## なつかしいわが<ruby><rb>家</rb><rt>や</rt></ruby>に

それから、ガンたちはすこし<ruby><rb>廻</rb><rt>まわ</rt></ruby>り道をして、<ruby><rb>一月</rb><rt>ひとつき</rt></ruby>ばかりたった十一月の八日に、いよいよヴェンメンヘーイに近づきました。

<ruby><rb>霧</rb><rt>きり</rt></ruby>がうっすらとかかって、空はどんよりと<ruby><rb>曇</rb><rt>くも</rt></ruby>っていました。みんなが<ruby><rb>昼寝</rb><rt>ひるね</rt></ruby>をしているとき、アッカがニールスのそばにやってきて、

「とうぶんお天気がいいようだから、あしたあたり、バルト<ruby><rb>海</rb><rt>かい</rt></ruby>をこそうと思っているよ。」と、言いました。

「ええ、いいですとも。」と、ニールスは答えました。ニールスとしては、白ガチョウが<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>されるくらいなら、じぶんはこのまま人間にはもどらずに、みんなといっしょに<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>をつづけよう、と<ruby><rb>腹</rb><rt>はら</rt></ruby>をきめていたのです。とはいうものの、こうして、家の近くまできてみますと、やっぱり、おとうさん、おかあさんはじめ、なにもかもがなつかしくてたまりません。

「だが、おまえの家は、ここからすぐ近くなんだよ。遠い<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>に出るまえに、一ど家へ<ruby><rb>寄</rb><rt>よ</rt></ruby>っていったらどうだい？　小人の話じゃ、おまえがいなくなってからというもの、おとうさんは<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>が<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>くって、<ruby><rb>借金</rb><rt>しゃっきん</rt></ruby>はかさなるし、だいじな<ruby><rb>牝牛</rb><rt>めうし</rt></ruby>は二<ruby><rb>頭</rb><rt>とう</rt></ruby>までも売ってしまう。それに、せっかく買った馬は、びっこで<ruby><rb>役</rb><rt>やく</rt></ruby>にたたないってことだし、ひょっとすると、畑や家までも手ばなさなければならないかもしれないということだよ。だから、おまえは家へ帰って、おとうさんやおかあさんに元気をつけてあげなければいけないと思うね。ガチョウのことなら、ここにおいていけば、だいじょうぶさ！」

「ほんとに、そうですね！」と、ニールスは元気よく答えました、そう言われたのが、ほんとうは、どんなにかうれしかったのです。

「ところで、おとうさんは<ruby><rb>鉄砲</rb><rt>てっぽう</rt></ruby>を持っているかね？」と、アッカはたずねました。

「持ってますとも。その鉄砲があったからこそ、ぼくはいつかの日曜日に<ruby><rb>教会</rb><rt>きょうかい</rt></ruby>へいかないで、家に<ruby><rb>残</rb><rt>のこ</rt></ruby>っていたんですよ！」と、ニールスは答えました。

「それじゃ、家へはひとりでいっておいで。あしたの朝、スミューエ<ruby><rb>岬</rb><rt>みさき</rt></ruby>で待ってるよ！」と、アッカは言いました。

ニールスが家に着いたとき、庭にはだれもいませんでした。そこで、さっそく牛小屋をのぞいてみました。

「こんちは、マイルース！」と、ニールスはさけびながら、牛のそばへ走りよりました。「おとうさんとおかあさんはどんなふうだい？」

「あんたがいっちまってからは、<ruby><rb>苦労</rb><rt>くろう</rt></ruby>のしどおしさ！　やっとの思いで買った馬は、病気で役にもたたないしね。とにかく、あんたのことを思って、気のどくなほど、<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しんでいるよ！」と、マイルースは答えました。

ニールスはたまらなくなって、牛小屋を出ると、こんどは馬小屋にいきました。

「きみは病気だっていうけど、どこが<ruby><rb>悪</rb><rt>わる</rt></ruby>いの？」と、いかにも、じょうぶそうな馬をながめながら、たずねました。

「病気ってわけじゃないんだけど、ひずめのあいだに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とげ</span>みたいなものがささっちゃって、そいつが<ruby><rb>痛</rb><rt>いた</rt></ruby>いもんだから歩けないんだよ！」と、馬は悲しそうに言いました。

「どれ、見せてごらん！」ニールスはこう言って、ひずめの上に、なにやらきざみつけました。

そのとき、中庭のほうで<ruby><rb>人声</rb><rt>ひとごえ</rt></ruby>がしました。おとうさんとおかあさんが帰ってきたのです。まもなく、おとうさんは馬小屋にやってきて、馬のどこが悪いのか、もう一ど<ruby><rb>調</rb><rt>しら</rt></ruby>べようと思って、びっこをひいているほうの足を高く上げてみました。と、ひずめの上に、なにかきざみつけてあるではありませんか。「おや、なんだろう？」おとうさんはびっくりしてさけびました。そこには、「ひずめのあいだの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">とげ</span>をぬけ！」と、書いてあったのです。

そのとき、おかあさんがかけこんできて、うれしそうにさけびました。

「あなた、あなた、白ガチョウが帰ってきましたよ！」

ガチョウのモルテンは、もとの<ruby><rb>住</rb><rt>す</rt></ruby>みかをダンフィンに見せたくて、帰ってきたところを、ニールスのおかあさんにつかまってしまったのです。

「そうかい、こっちでも馬の病気のわけがわかったところだ！」と、おとうさんもうれしそうに言いました。

「ああ、やっと、わたしたちにも<ruby><rb>運</rb><rt>うん</rt></ruby>がむいてきましたね！」と、おかあさんは言いました。「ちょうど、もうじきお<ruby><rb>祭</rb><rt>まつ</rt></ruby>りだから、さっそくあのガチョウを<ruby><rb>殺</rb><rt>ころ</rt></ruby>しましょうよ！」

しばらくすると、<ruby><rb>台所</rb><rt>だいどころ</rt></ruby>のほうから、「助けてえ！　オヤユビさん、助けてえ！」というモルテンの<ruby><rb>悲</rb><rt>かな</rt></ruby>しいさけび声が聞こえてきました。

ニールスは台所の戸口めがけて、いっさんに走っていきました。ガチョウが殺されれば、じぶんが人間にもどれるなんてことは、いまはすっかり忘れていました。ただ、長い間いっしょに<ruby><rb>苦労</rb><rt>くろう</rt></ruby>してきたガチョウを<ruby><rb>救</rb><rt>すく</rt></ruby>いたい気もちでいっぱいだったのです。

「おかあさん、おかあさん、ガチョウを殺しちゃいけない！」ニールスは気ちがいのようにどなりながら、<ruby><rb>部屋</rb><rt>へや</rt></ruby>の中にとびこみました。

「まあ、おまえはニールス！　ニールスじゃないの！　なんて大きく、なんてりっぱになったんでしょう！」と、さけんだおかあさんの声は、うれしさにふるえていました。そうです、このしゅんかんに、小人の<ruby><rb>魔法</rb><rt>まほう</rt></ruby>がとけて、ニールスはりっぱな<ruby><rb>若者</rb><rt>わかもの</rt></ruby>になっていたのです。

## ガンたちとの別れ

あくる朝早く、ニールスはガンたちと<ruby><rb>約束</rb><rt>やくそく</rt></ruby>しておいた<ruby><rb>海岸</rb><rt>かいがん</rt></ruby>にいきました。きょうはまたすばらしいお天気で、<ruby><rb>渡</rb><rt>わた</rt></ruby>り鳥のむれがひっきりなしに飛んでいきます。

やがて、アッカたちのむれが飛んできました。みんなはニールスに気がつかないのか、そのままいきすぎようとします。ニールスはあわてて呼びとめようとしました。でも、どうしたことか、きょうは<ruby><rb>舌</rb><rt>した</rt></ruby>がこわばって、ちっとも動きません。アッカが空で呼んでいるのが聞こえても、何を言っているのか、さっぱりわかりません。

ニールスは、がまんができなくなって、「ここだよォ！　ここだよォ！」と、<ruby><rb>帽子</rb><rt>ぼうし</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふ</rt></ruby>りながら、さけびました。

ところが、それはかえってガンのむれをこわがらせてしまったのでしょう。みんなはさっと高く<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いあがって、海のかなたへと飛んでいってしまいました。

けれども、すぐまたガンたちの<ruby><rb>羽</rb><rt>は</rt></ruby>ばたきが聞こえてきました。アッカも、このままオヤユビくんとわかれるのがつらかったのです。みんなはニールスのまわりに<ruby><rb>舞</rb><rt>ま</rt></ruby>いおりてきて、口ばしでニールスのからだをなでまわしました。

それから、ニールスは長い間のすばらしい<ruby><rb>旅</rb><rt>たび</rt></ruby>のお<ruby><rb>礼</rb><rt>れい</rt></ruby>を言おうと思って、ガンたちに話しかけました。すると、ガンたちはきゅうに<ruby><rb>静</rb><rt>しず</rt></ruby>かになって、「ああ、オヤユビくんはもう人間になってしまったんだ！　だから、オヤユビくんにはこっちの言うことがわからないし、われわれのほうにもオヤユビくんの言うことがわからないんだ！」とでも言いたいように、ニールスのそばを<ruby><rb>離</rb><rt>はな</rt></ruby>れました。

やがて、<ruby><rb>楽</rb><rt>たの</rt></ruby>しそうに鳴きさけぶガンのむれにまじって、アッカたちのむれだけは、さびしそうに飛んでいきました。ニールスは、いつまでも、いつまでもそのあとを<ruby><rb>見送</rb><rt>みおく</rt></ruby>っていました。そして、もう一ど、ガンたちといっしょに飛びまわることのできる小人になりたいような気がするのでした。