Soranoha

伊豆伊東

いずいとう

木下 杢太郎

伊豆の東海岸は伊太利亜のソレントオやアマルフイイの一帯と景色が好く似てゐます。断崖の下に少しばかりの渚があり、それにさざなみが打ち寄せ打ち返すさまなどは、アトラアニなどがさうでした。そういへばソレントオは熱海あたみ、ポジタノは舞鶴まなづる、またヹズヸオの煙は大島の御神火ごじんくわに相応します。たゞ西洋は建物ががつしりとしてゐて、殊に伊太利亜では谷の低地よりも山頂、山腹に家を建てならべる習慣があつて、建築を入れた景観は向うの方に軍配が上がりませう。

小生は高等学校時代にはじめて伊東熱海間の山道を歩いて見たのですが(以前は伊東から東京に出るには普通大仁を経過したのです)、こんなに好い景色を今まで知らずにゐたかと驚きました。その後新道が開け、今では自動車が通じるやうになり、熱海伊東間は一時間半で走ります。小生は郷里に帰省するごとにいつも伊太利亜海岸の景色を思ひ出します。

伊東は小生の生れた所で、もし大地に乳房といふものがあるとしたら、小生に取つてはまさにそれです。いふべきことは余りに多く、さりとていまそれを書いてゐるひまも有りません。唯だその景色のことだけをいふと、冬が一番美しいと思ひます。雑木山がまつかに燃え、海面は鮮碧、まことにルノワアルの油絵のやうに華美で且つ温純です。夕方になると入日を受けた相州の大山が暫時ぎらぎらと光り、そしてナポリ通いの汽船かのやうに、熱海行、東京行の汽船が笛を鳴らして過ぎ行きます。

源平の昔にはこんな所に頼朝がその青春時代を送つたかと考へても、どうも鎧、兜の時代物風には想像しにくく、寧ろ牧歌的風景の中の点景人物として目に浮んで来ます。

底本 / Source edition

底本:「日本随筆紀行第一〇巻 静岡|山梨 仰ぎ見る富士は永遠」作品社
1988(昭和63)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「木下杢太郎全集 第十四巻」岩波書店
1982(昭和57)年9月21日発行
初出:「サンデー毎日 第九年第三十五號(日本百景號)」
1930(昭和5)年8月3日発行
※初出時の表題は「伊東温泉」です。
入力:浦山敦子
校正:円野
2022年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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リリース / Release
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/057376_000120/

木下 杢太郎「伊豆伊東」(新字旧仮名)、底本『日本随筆紀行第一〇巻 静岡|山梨 仰ぎ見る富士は永遠』作品社、1988年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 057376_000120, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

引用のしかた / How to cite