Soranoha

百面相役者

ひゃくめんそうやくしゃ

江戸川 乱歩

一

僕の書生時代の話しだから、随分ずいぶん古いことだ。年代などもハッキリしないが、何でも、日露戦争のすぐあとだったと思う。

その頃、僕は中学校を出て、さて、上の学校へ入りたいのだけれど、当時まだ僕の地方には高等学校もなし、そうかといって、東京へ出て勉強させてもらう程、家うちが豊ゆたかでもなかったので、気の長い話しだ、僕は小学教員をかせいで、そのかせぎためた金で、上京して苦学をしようと思い立ったものだ。ナニ、その頃は、そんなのが珍らしくはなかったよ。何しろ給料にくらべて物価の方がずっと安い時代だからね。

話しというのは、僕がその小学教員を稼いでいた間に起ったことだ。(起ったという程大げさな事件でもないがね)ある日、それは、よく覚えているが、こうおさえつけられる様な、いやにドロンとした、春先のある日曜日だった。僕は、中学時代の先輩で、町の(町といっても××市のことだがね)新聞社の編集部に勤めているRという男を訪ねた。当時、日曜になると、この男を訪ねるのが僕の一つの楽しみだったのだ。というのは、彼はなかなか物識ものしりでね、それも非常に偏かたよった、風変りなことを、実によく調べているのだ。万事がそうだけれど、たとえば文学などでいうと、こう怪奇的な、変に秘密がかった、そうだね、日本でいえば平田篤胤だとか、上田秋成だとか、外国でいえば、スエデンボルグだとかウイリアム・ブレークだとか例の、君のよくいうポオなども、先生大すきだった。市井しせいの出来事でも、一つは新聞記者という職業上からでもあろうが、人の知らない様な、変てこなことを馬鹿に詳しく調べていて、驚かされることがしばしばあった。

彼の為人ひととなりを説明するのがこの話しの目的ではないから、別に深入りはしないが、例えば上田秋成の「雨月うげつ物語」の内で、どんなものを彼が好んだかということを一言いちげんすれば、彼の人物がよくわかる。随したがって、彼の感化を受けていた僕の心持もわかるだろう。

彼は「雨月物語」は全篇どれもこれもすきだった、あの夢の様な散文詩と、それから紙背しはいにうごめく、一種の変てこな味が、堪たまらなくいいというのだ。その中でも「蛇性じゃせいの淫いん」と「青頭巾あおずきん」なんか、よく声を出して、僕に読み聞かせたものだ。

下野しもつけの国のある里の法師が、十二三歳の童児をちょう愛あいしていた処ところ、その童児が病やまいの為ために死んで了しまったので「あまりに歎なげかせ給うままに、火に焼きて土に葬ほうむることもせで、顔に顔をもたせ、手に手をとりくみて日を経へ給うが、終ついに心みだれ、生きてある日に違わず戯れつつも、その肉の腐りただるをおしみて、肉を吸い骨をなめ、はたくらいつくしぬ」という所などは、今でも僕の記憶に残っている。流行の言葉でいえば変態性慾だね。Rはこんな所が馬鹿にすきなのだ、今から考えると、先生自身が、その変態性慾の持主だったかも知れない。

少し話が傍路わきみちにそれたが、僕がRを訪問したのは、今いった日曜日の、丁度ひる頃だった。先生相変らず机にもたれて、何かの書物をひもどいていた。そこへ僕がはいって行くと、大変喜んで、

「ヤア、いい所へ来た。今日は一つ、是非ぜひ君に見せたいものがある。そりゃ実に面白いものだ」

彼はいきなりこんなことをいうのだ。僕はまた例の珍本でも掘出したのかと思って、

「是非拝見したいものです」

と答えると、驚いたことには、先生立上って、サッサと外出の用意をし始めるのだ。そしていうには、

「外だよ。××観音までつきあい給え。君に見せたいものは、あすこにあるのだよ」

そこで、僕は、一体××観音に何があるのかと聞いて見たが、先生のくせでね、行って見れば分るといわぬばかりに、何も教えない。仕方がないので、僕はRのあとから、黙ってついて行った。

さっきもいった通り、雷でも鳴り出し相そうな、いやにどんよりした空模様だ。その頃電車はないので、半里ばかりの道を、テクテク歩いていると、身体からだ中ジットリと汗ばんで来る。町の通りなども、天候と同様に、変にしずまり返っている。時々Rが後うしろをふり向いて話しかける声が一町も先から聞える様だ。狂気になるのは、こんな日じゃないかと思われたよ。

××観音は、東京でいえばまあ浅草あさくさといった所で、境内けいだいに色々な見世物小屋がある。劇場もある。それが田舎丈だけに、一層廃はいたい的で、グロテスクなのだ。今時そんなことはないが、当時僕の勤めていた学校は、教師に芝居を見る事さえ禁じていた。芝居ずきの僕は困ったがね。でも首になるのが恐しいので、なるべく禁令を守って、この××観音なぞへは滅多めったに足を向けなんだ。随って、そこにどんな芝居がかかっているか、見世物が出ているか、ちっとも知らなかった。(当時は芝居の新聞広告なんて殆ほとんどなかった)で、Rがこれだといって、ある劇場の看板を指ゆびさした時には非常に珍しい気がしたものだよ。その看板がまた変っているのだ。

新帰朝しんきちょう百面相役者××丈じょう出演

探偵奇聞「怪美人」五幕

涙香るいこう小史のほん案あん小説に「怪美人」というのがあるが、見物して見るとあれではない、もっともっと荒唐こうとう無むけいで、奇怪至極しごくの筋だった。でもどっか、涙香小史を思わせる所がないでもない。今でも貸本屋などには残っている様だが、涙香のあの改版にならない前の菊版の安っぽい本があるだろう。君はあれのさし絵を見たことがあるかね。今見直すと、実に何ともいえぬ味のあるものだ。この××丈出演の芝居は、まあ、あのさし絵えが生きて動いているといった感じのものだったよ。

実に汚い劇場だった。黒い土蔵見たいな感じの壁が、半ばはげ落ちて、そのすぐ前を、蓋ふたのない泥溝どぶが、変な臭気を発散して流れている。そこへ汚い洟垂はなたれ小僧が立並んで、看板を見上げている。まあそういった景色だ。だが絵看板丈けはさすがに新しかった。それがまた実に珍なものでね。普通の芝居の看板書きが、西洋流の真似をして書いたのだろう、足が曲った紅毛こうもうへき眼がんの紳士や、身体中ひだだらけで、馬鹿に顔のふくれ上った洋装美人が、様々の恰好かっこうで、日本流の見えを切っているのだ。あんなものが今残っていたら、素敵な歴史的美術品だね。

湯屋ゆやの番台の様な恰好をした、無蓋むがいの札売り場で、大きな板の通り札を買うと、僕等はその中へはいって行った。(僕はとうとう禁令を犯した訳わけだ)中も外部に劣らず汚い。土間には仕切りもなく、一面に薄よごれたアンペラが敷いてあるきりだ。しかもそこには、紙屑かみくずだとかミカンや南京豆の皮などが、一杯にちらばっていて、うっかり歩いていると、気味の悪いものが、べったり足の裏にくっつく、ひどい有様だ。だが、当時はそれで普通だったかも知れない。現にこの劇場なぞは町でも二三番目に数えられていたのだからね。

はいって見るともう芝居は始まって居た。看板通りの異国情調に富んだ舞台面で、出て来る人物も、皆西洋人臭いふん装そうをしていた。僕は思った、「これは素敵だ、流石さすがにRはいいものを見せて呉くれた」とね。なぜといって、それは当時の僕達の趣味にピッタリ当あてはまる様な代物なんだから。……僕は単にそう考えていた。ところが、後になってわかったのだが、Rの真意はもっともっと深い所にあった。僕には芝居を見せるというよりは、そこへ出て来る一人の人物即すなわち看板の百面相役者なるものを観察させる為であった。

芝居の筋もなかなか面白かった様に思うが、よくは覚えてないし、それにこの話には大して関係もないから、略するけれど、神出鬼没の怪美人を主人公にする、非常に変化に富んだ一種の探偵劇だった。近頃は一向流行はやらないが、探偵劇というものも悪くないね、この怪美人には座頭ざがしらの百面相役者がふんした。怪美人は警官その他の追跡者をまく為に、目まぐるしく変装する。男にも、女にも、老人にも、若人わこうどにも、貴族にも、賎民にも、あらゆる者に化ける。そこが百面相役者たるゆえんなのであろうが、その変装は実に手に入いったもので、舞台の警官などよりは、見物の方がすっかりだまされて終しまうのだ。あんなのを、技神ぎしんに入いるとでもいうのだろうね。

僕がうしろの方にしようというのに、Rはなぜか、土間のかぶりつきの所へ席をとったので、僕達の目と舞台の役者の顔とは、近くなった時には、殆ど一間位しか隔へだたっていないのだ。だから、こまかい所までよく分る。ところが、そんなに近くにいても、百面相役者の変装は、ちっとも見分けられない。女なら女、老人なら老人に、なり切っているのだ。例えば、顔のしわだね。普通の役者だと、絵具で書いているので、横から見ればすぐばけの皮が現れる。ふっくらとしたほおに、やたらに黒い物をなすってあるのが、滑稽こっけいに見える。それがこの百面相役者のは、どうしてあんなことが出来るのか、本当の肉に、ちゃんとしわがきざまれているのだ。そればかりではない。変装する毎ごとに、顔形がまるで変って了う。不思議で堪まらなかったのは、時によって、丸顔になったり、細面ほそおもてになったりする。目や口が大きくなったり小さくなったりするのは、まだいいとして、鼻や耳の恰好さえひどく変るのだ。僕の錯覚だったのか、それとも何かの秘術であんなことが出来るのか、未いまだに疑問がとけない。

そんな風だから、舞台に出て来ても、これが百面相役者ということは、想像もつかぬ。ただ番附を見て、僅わずかにあれだなと悟る位のものだ。あんまり不思議なので、僕はそっとRに聞いて見た。

「あれは本当に同一人なのでしょうか。若もしや、百面相役者というのは、一人ではなくて、大勢の替玉かえだまを引っくるめての名称で、それが代るがわる現れているのではないでしょうか」

実際僕はそう思ったものだ。

「いやそうではない。よく注意してあの声を聞いてごらん。声の方は変装のようには行かぬかして、巧みに変えてはいるが、皆同一音調だよ。あんなに音調の似た人間が幾人もあるはずはないよ」

なる程、そう聞けば、どうやら同一人物らしくもあった。

「僕にしたって、何も知らずにこれを見たら、きっとそんな不審を起したに相違ない」Rが説明した。

「ところが、僕にはちゃんと予備知識があるんだ。というのは、この芝居が蓋を開ける前にね、百面相役者の××が、僕の新聞社を訪問したのだよ。そして、実際僕等の面前で、あの変装をやって見せたのだ。外ほかの連中は、そんなことに余り興味がなさそうだったけれど、僕は実に驚嘆した。世の中には、こんな不思議な術もあるものかと思ってね。その時の××の気焔きえんがまた、なかなか聞きものだったよ。まず欧米における変装術の歴史を述べ、現在それが如何いかに完成の域に達しているかを紹介し、だが、我々日本人には、皮膚や頭髪の工合ぐあいで、そのまま真まねられない点が多いので、それについて如何に苦心したか、そして、結局、どれ程巧たくみにそれをものにしたか、という様なことを実に雄弁にしゃべるのだ。団十郎だろうが菊五郎きくごろうだろうが、日本広しといえどもおれにまさる役者はないという鼻息だ。何でもこの町を振り出しに、近く東京の檜舞台ひのきぶたいを踏んで、その妙技を天下に紹介するということだった。(彼はこの町の産うまれなのだよ)その意気や愛すべしだが、可哀相に、先生芸というものを、とんだはき違えで解釈している。何よりも巧に化けることが、俳優の第一条件だと信じ切っている。そして、かくの如ごとく化ける事の上手な自分は、いうまでもなく天下一の名優だと心得ている。田舎から生れる芸にはよくこの類たぐいのがあるものだね。近くでいえば、熱田の神楽獅子かぐらじしなどがそれだよ。それはそれとして、存在するだけの値うちはあるのだけれど……」

このRのくわしいちゅう釈しゃくを聞いてから、舞台を見ると、そこにはまた一層の味わいがあった。そして見れば見る程、益々ますます深く百面相役者の妙技に感じた。こんな男が若し本当の泥坊になったら、きっと、永久に警察の目をのがれることが出来るだろうとさえ思われた。

やがて、芝居は型の如くクライマックスに達し、カタストロフィに落ちて、惜しい大団円だいだんえんを結んだ。時間のたつのを忘れて、舞台に引きつけられていた僕は、最後の幕がおり切って終うと、思わずハッと深いため息をついたことだ。

二

劇場を出たのは、もう十時頃だった。空は相変らず曇って、ソヨとの風もなく、妙にあたりがかすんで見えた。二人共黙々として家路についた。Rがなぜ黙っていたかは、想像の限りでないが、少くも僕だけは、あんまり不思議なものを見た為に、頭がボーッとしてしまって、物をいう元気もなかったのだ。それ程、感銘を受けたものだ。さて、銘々の家うちへの分れ道へ来ると、

「今日はいつにない愉快な日曜でした。どうもありがとう」

僕はそういって、Rに分れようとした。すると、意外にもRは僕を呼び止めて、

「いや、序ついでにもう少しつきあって呉れ給え。実はまだ君に見せたいものがあるのだ」

という。それがもう十一時時分だよ。Rはこの夜ふけに、わざわざ僕を引っぱって行って、一体全体何を見せようというのだろう。僕は不審で堪たまらなんだけれど、その時のRの口調が、妙に厳げんしゅくに聞えたのと、それに当時僕は、Rのいうことには、何でもハイハイと従う習慣になっていたものだから、それからまたRの家まで、テクテクとついて行ったことだ。

いわれるままに、Rの部屋へはいって、そこで、釣りランプの下で、彼の顔を見ると、僕はハッと驚いた。彼は真青まっさおになって、ブルブル震えてさえいるのだ。何がそうさせたのか、彼が極度にこう奮ふんしていることは一目でわかる。

「どうしたんです。どっか悪いのじゃありませんか」

僕が心配して聞くと、彼はそれには答えないで、押入れの中から古い新聞の綴つづり込こみを探し出して来て、一生懸命にくっていたが、やがて、ある記事を見つけ出すと震える手でそれを指し示しながら、

「兎とも角かく、この記事を読んで見給え」

というのだ。それは彼の勤めていた社の新聞で、日附を見ると、丁度一年ばかり以前のものだった。僕は何が何だか、まるで狐きつねにつままれた様で、少しも訳が分らなかったけれど、取敢とりあえずそれを読んで見ることにした。

見出しは「又しても首泥坊」というので、三面の最上段に、二段抜きで載せてあった。その記事の切抜きは、記念の為に保存してあるがね、見給えこれだ。

近来諸方の寺院頻々ひんぴんとして死体発掘の厄に逢うも未だ該犯人の捕縛を見るに至らざるは時節柄がら誠になげかわしき次第なるがここにまたもや忌いまわしき死体盗難事件ありその次第を記しるさんに去る×月×日午後十一時頃×県×郡×村字あざ×所在×寺じの寺男×某(五〇)が同寺住職の言いいつけにて附近のだん家かへ使つかいに行き帰途同寺けい内だいの墓地を通過せる折柄おりから雲間を出いでし月影に一名の曲者くせものが鍬くわを振ふるって新仏にいぼとけの土つちまんじゅうを発掘せる有様を認め腰を抜かさん許ばかりに打驚うちおどろき泥坊泥坊と呼よばわりければ曲者もびっくり仰天ぎょうてん雲を霞とにげ失せたり届け出いでにより時を移さず×警察×分署長××氏は二名の刑事を従え現場げんじょうに出張し取調べたる処ところ発掘されしは去る×月×日埋葬せる×村字××番屋敷××××の新墓地なる事判明せるが曲者は同人の棺かんおけを破壊し死体の頭部を鋭利なる刄物を以もって切断しいずこにか持去れるものの如く無慚むざんなる首なし胴体のみ土にまみれて残り居れり一方急報により×裁判所××検事は現場に急行し×署楼上に捜査本部を設け百方手を尽して犯人捜査につとめたるも未だ何等なんらの手掛りを発見せずと該事件のやり口を見るに従来諸方の寺院を荒し廻りたる曲者のやり口と符節を合あわすが如く恐らく同一人の仕業なるべく曲者は脳のうずいの黒焼が万病にきき目ありという古来の迷信によりかかる挙に出でしものならんか去るにても世にはむごたらしき人鬼もあればあるものなり。

そして終りに「因ちなみに」とあって、当時までの被害寺院と首を盗まれた死人の姓名とが、五つ六つ列記してある。

僕はその日、頭が余程よほど変になっていた。天候がそんなだったせいもあり、一つは奇怪な芝居を見たからでもあろうが、何となく物におびえ易くなっていた。で、此このいまわしい新聞記事を読むと、Rがなぜこんなものを僕に読ませたのか、その意味は少しも分らなんだけれど、妙に感動してしまって、この世界が何かこうドロドロした血みどろのもので、みたされている様な気がし出したものだ。

「随分ひどいですね。一人でこんなに沢山たくさん首を盗んで、黒焼屋にでも売込むのでしょうかね」

Rは僕が新聞を読んでいる間に、やっぱり押入れから、大きな手文庫を出して来て、その中をかき廻していたが、僕が顔を上げてこう話しかけると、

「そんなことかも知れない。だが、ちょっとこの写真を見てごらん。これはね、僕の遠い親戚に当るものだが、この老人も首をとられた一人なんだよ。そこの『因みに』という所に××××という名前があるだろう、これはその××××老人の写真なんだ」

そういって、一葉の古ぼけた手札形の写真を示した。見ると裏には、間違いなく新聞のと同じ名前が、下手な手蹟でしたためてある。なる程それでこの新聞記事を読ませたのだな。僕は一応合点がてんすることが出来た。しかしよく考えて見ると、こんな一年も前の出来事を何故今頃になって、しかもよる夜中、わざわざ僕に知らせるのか、その点がどうも解げせない。それに、さっきからRがいやにこう奮ふんしている様子も、おかしいのだ。僕はさも不思議そうにRの顔を見つめていたに相違ない。すると彼は、

「君はまだ気がつかぬ様だね。もう一度その写真を見てごらん。よく注意して。……それを見て何か思い当る事柄はないかね」

というのだ。僕はいわれるままに、その白髪しらが頭の、しわだらけの田舎ばばの顔を、さらにつくづくながめたことだが、すると、君、僕はあぶなくアッと叫ぶ所だったよ。そのばばあの顔がね、さっきの百面相役者の変装の一つと、もう寸分違わないのだ。しわのより方、鼻や口の恰好、見れば見る程まるで生き写しなんだ。僕は生しょうがいの中うちで、あんな変な気持を味あじわった事は、二度とないね。考えて見給え、一年前に死んで、墓場へ埋められて、おまけに首まで切られた老ろうばが、少くとも彼女と一分一厘違わないある他の人間が(そんなものはこの世にいるはずがない)××観音の芝居小屋で活躍しているのだ。こんな不思議なことがあり得るものだろうか。

「あの役者が、どんなに変装がうまいとしてもだ、見も知らぬ実在の人物と、こうも完全に一致することが出来ると思うかね」

Rはそういって、意味ありげに僕の顔をながめた。

「いつか新聞社であれを見た時には、僕は自分の眼がどうかしているのだと思って、別段深くも考えなかった。が、日がたつに随ってどうも何となく不安で堪らない。そこで、今日は幸い君の来るのが分っていたものだから、君にも見くらべてもらって、僕の疑問を晴らそうと思ったのだ。ところが、これじゃ疑いが晴れるどころか、益々僕の想像が確実になって来た。もう、そうでも考える外には、この不思議な事実を解釈する方法がないのだ」

そこでRは一段と声を低め、非常に緊張した面色おももちになって、

「この想像は非常に突飛とっぴな様だがね。しかし満更不可能な事ではない。先まず当時の首泥坊と今日の百面相役者とが同一人物だと仮定するのだ。(あの犯人はその後捕縛されてはいないのだから、これはあり得ることだ)で、最初は、あるいは死体の脳のう味みそをとるのが目的だったかも知れない。だが、そうして沢山の首を集めた時、彼が、それらの首の脳味そ以外の部分の利用法を、考えなかったと断定することは出来ない。一般に犯罪者というものは、異常な名誉心を持っているものだ。それに、あの役者は、さっきも話した通り、うまく化ける事が俳優の第一条件で、それさえ出来れば、日本一の名声を博するものと、信じ切っている。なおその上に、首泥坊で偶然芝居好きででもあったと仮定すれば、この想像説は益々確実性を帯びて来るのだ。君、僕の考えは余り突飛過ぎるだろうか。彼が盗んだ首から様々の人肉じんにくの面を製造したという、この考えは……」

おお、「人肉の面」! 何という奇怪な、犯罪者の独創であろう。なるほど、それは不可能なことではない。巧に顔の皮をはいで、はく製せいにして、その上から化粧を施せば、立派な「人肉の面」が出来上るに相違ない。では、あの百面相役者の、その名にふさわしい幾多いくたの変装姿はそれぞれに、かつてこの世に実在した人物だったのか。

僕は、あまりのことに、自分の判断力を疑った。その時の、Rや僕の理論に、どこか非常なさくごがあるのではないかと疑った。一体「人肉の面」を被って、平気で芝居を演じ得る様なそんな残酷な人鬼が、この世に存在するであろうか。だが、考えるに随って、どうしても、その外には想像のつけようがないことが分って来た。僕は一時間前に、現にこの目で見たのだ。そして、それと寸分違わぬ人物が、ここに写真の中に居るのだ。またRにしても、彼は日頃冷静を誇っている程の男だ。よもやこんな重大な事柄を、誤って判断することはあるまい。

「若しこの想像が当っているとすると(実際この外に考え様がないのだが)すてておく訳には行かぬ。だが、今すぐこれを警察に届けたところで相手にして呉れないだろう。もっと確証を握る必要がある。例えば百面相役者のつづらの中から、「人肉の面」そのものを探し出すという様な。ところで、幸い僕は新聞記者だし、あの役者に面識もある。これは一つ、探偵の真似をして、この秘密をあばいてやろうかな。……そうだ。僕は明日からそれに着手しよう。若しうまく行けば、親戚の老ろうばの供養くようにもなることだし、また社に対しても非常な手柄だからね」

遂にはRは、決然として、こういう意味のことをいった。僕も確たしかそれに賛意を表した。二人はその晩二時頃までも、非常に興奮して語り続けた。

さあそれからというものは、僕の頭はこの奇怪な「人肉の面」で一杯だ。学校で授業をしていても、家で本を読んでいても、ふと気がつくと、いつの間にかそれを考えている。Rは今頃どうしているだろう。うまくあの役者に近ちかづくことが出来たかしら。そんなことを想像すると、もう一刻もじっとしていられない。そこで、確芝居を見た翌々日だったかに、僕はまたRを訪問した。

行って見ると、Rはランプの下で熱心に読書していた。本は例によって、篤胤の「鬼神論」とか「古今妖魅考」とかいう種類のものだった。

「ヤ、この間は失敬した」

僕があいさつすると、彼は非常に落ついてこう答えた。僕はもう、ゆっくり話しの順序など考えている余裕はない。すぐ様例の問題を切り出した。

「あれはどうでした。少しは手がかりがつきましたか」

Rは少しけげん相な顔で、

「あれとは?」

「ソラ、例の『人肉の面』の一件ですよ。百面相役者の」

僕が声を落してさも一大事という調子で、こう聞くとね。驚いたことには、Rの顔が妙に歪ゆがみ出したものだ。そして、今にも爆発しようとする笑声を、一生懸命かみ殺している声音で、

「アア『人肉の面」か、あれはなかなか面白かったね」

というのだ。僕は何だか様子が変だと思ったけれど、まだ分らないで、ボンヤリと彼の顔を見つめていた。すると、Rにはその表情が余程間が抜けて見えたに相違ない。彼はもう堪まらないという様子で、矢庭やにわにゲタゲタ笑い出したものだ。

「ハハハハハ、あれは君、空想だよ。そんな事実があったら、さぞ愉快だろうという僕の空想に過ぎないのだよ。……成る程、百面相役者は実際珍らしい芸人だが、まさか『人肉の面』をつける訳でもなかろう。それから、首泥坊の方は、これは、僕の担当した事件で、よく知っているが、その後ちゃんと犯人が上っている。だからね、この二つの事実の間には、何の聯絡もないのさ。僕が、それを一寸ちょっと空想でつなぎ合せて見たばかりなのだ。ハハハハ。アア、例の老ろうばの写真かい。僕にあんな親戚なぞあるものか。あれはね、実は新聞社で写した、百面相役者自身の変装姿なのだよ。それを古い台紙にはりつけて、手品の種に使ったという訳さ。種明しをしてしまえば何でもないが、でもこの間は面白かっただろう。この退屈極まる人生もね、こうして、自分の頭で創作した筋を楽しんで行けば、相当愉快に暮せようというものだよ。ハハハハ」

これで、この話しはおしまいだ。百面相役者はその後どうしたのか、一向うわさを聞かない。恐らく、旅から旅をさすらって、どこかの田舎で朽ちはててしまったのでもあろうか。

底本 / Source edition

底本:「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」光文社文庫、光文社
2004(平成16)年7月20日初版1刷発行
2012(平成24)年8月15日7刷発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第二巻」平凡社
1931(昭和6)年10月
初出:「写真報知」報知新聞社
1925(大正14)年7月15日、25日
※「珍しい」と「珍らしい」、「ばば」と「ばばあ」の混在は、底本通りです。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2016年9月9日作成
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TEI
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プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
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江戸川 乱歩「百面相役者」(新字新仮名)、底本『江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者』光文社文庫、光文社、2004年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 057194_001779, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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