## 一

僕の書生時代の話しだから、<ruby><rb>随分</rb><rt>ずいぶん</rt></ruby>古いことだ。年代などもハッキリしないが、何でも、日露戦争のすぐあとだったと思う。

その頃、僕は中学校を出て、さて、上の学校へ入りたいのだけれど、当時まだ僕の地方には高等学校もなし、そうかといって、東京へ出て勉強させてもらう程、<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>が<ruby><rb>豊</rb><rt>ゆたか</rt></ruby>でもなかったので、気の長い話しだ、僕は小学教員をかせいで、そのかせぎためた金で、上京して苦学をしようと思い立ったものだ。ナニ、その頃は、そんなのが珍らしくはなかったよ。何しろ給料にくらべて物価の方がずっと安い時代だからね。

話しというのは、僕がその小学教員を稼いでいた間に起ったことだ。（起ったという程大げさな事件でもないがね）ある日、それは、よく覚えているが、こうおさえつけられる様な、いやにドロンとした、春先のある日曜日だった。僕は、中学時代の先輩で、町の（町といっても××市のことだがね）新聞社の編集部に勤めているＲという男を訪ねた。当時、日曜になると、この男を訪ねるのが僕の一つの楽しみだったのだ。というのは、彼はなかなか<ruby><rb>物識</rb><rt>ものし</rt></ruby>りでね、それも非常に<ruby><rb>偏</rb><rt>かたよ</rt></ruby>った、風変りなことを、実によく調べているのだ。万事がそうだけれど、たとえば文学などでいうと、こう怪奇的な、変に秘密がかった、そうだね、日本でいえば平田篤胤だとか、上田秋成だとか、外国でいえば、スエデンボルグだとかウイリアム・ブレークだとか例の、君のよくいうポオなども、先生大すきだった。<ruby><rb>市井</rb><rt>しせい</rt></ruby>の出来事でも、一つは新聞記者という職業上からでもあろうが、人の知らない様な、変てこなことを馬鹿に詳しく調べていて、驚かされることがしばしばあった。

彼の<ruby><rb>為人</rb><rt>ひととなり</rt></ruby>を説明するのがこの話しの目的ではないから、別に深入りはしないが、例えば上田秋成の「<ruby><rb>雨月</rb><rt>うげつ</rt></ruby>物語」の内で、どんなものを彼が好んだかということを<ruby><rb>一言</rb><rt>いちげん</rt></ruby>すれば、彼の人物がよくわかる。<ruby><rb>随</rb><rt>したが</rt></ruby>って、彼の感化を受けていた僕の心持もわかるだろう。

彼は「雨月物語」は全篇どれもこれもすきだった、あの夢の様な散文詩と、それから<ruby><rb>紙背</rb><rt>しはい</rt></ruby>にうごめく、一種の変てこな味が、<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らなくいいというのだ。その中でも「<ruby><rb>蛇性</rb><rt>じゃせい</rt></ruby>の<ruby><rb>淫</rb><rt>いん</rt></ruby>」と「<ruby><rb>青頭巾</rb><rt>あおずきん</rt></ruby>」なんか、よく声を出して、僕に読み聞かせたものだ。

<ruby><rb>下野</rb><rt>しもつけ</rt></ruby>の国のある里の法師が、十二三歳の童児を<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちょう</span><ruby><rb>愛</rb><rt>あい</rt></ruby>していた<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>、その童児が<ruby><rb>病</rb><rt>やまい</rt></ruby>の<ruby><rb>為</rb><rt>ため</rt></ruby>に死んで<ruby><rb>了</rb><rt>しま</rt></ruby>ったので「あまりに<ruby><rb>歎</rb><rt>なげ</rt></ruby>かせ給うままに、火に焼きて土に<ruby><rb>葬</rb><rt>ほうむ</rt></ruby>ることもせで、顔に顔をもたせ、手に手をとりくみて日を<ruby><rb>経</rb><rt>へ</rt></ruby>給うが、<ruby><rb>終</rb><rt>つい</rt></ruby>に心みだれ、生きてある日に違わず戯れつつも、その肉の腐りただるをおしみて、肉を吸い骨をなめ、はたくらいつくしぬ」という所などは、今でも僕の記憶に残っている。流行の言葉でいえば変態性慾だね。Ｒはこんな所が馬鹿にすきなのだ、今から考えると、先生自身が、その変態性慾の持主だったかも知れない。

少し話が<ruby><rb>傍路</rb><rt>わきみち</rt></ruby>にそれたが、僕がＲを訪問したのは、今いった日曜日の、丁度ひる頃だった。先生相変らず机にもたれて、何かの書物をひもどいていた。そこへ僕がはいって行くと、大変喜んで、

「ヤア、いい所へ来た。今日は一つ、<ruby><rb>是非</rb><rt>ぜひ</rt></ruby>君に見せたいものがある。そりゃ実に面白いものだ」

彼はいきなりこんなことをいうのだ。僕はまた例の珍本でも掘出したのかと思って、

「是非拝見したいものです」

と答えると、驚いたことには、先生立上って、サッサと外出の用意をし始めるのだ。そしていうには、

「外だよ。××観音までつきあい給え。君に見せたいものは、あすこにあるのだよ」

そこで、僕は、一体××観音に何があるのかと聞いて見たが、先生のくせでね、行って見れば分るといわぬばかりに、何も教えない。仕方がないので、僕はＲのあとから、黙ってついて行った。

さっきもいった通り、雷でも鳴り出し<ruby><rb>相</rb><rt>そう</rt></ruby>な、いやにどんよりした空模様だ。その頃電車はないので、半里ばかりの道を、テクテク歩いていると、<ruby><rb>身体</rb><rt>からだ</rt></ruby>中ジットリと汗ばんで来る。町の通りなども、天候と同様に、変にしずまり返っている。時々Ｒが<ruby><rb>後</rb><rt>うしろ</rt></ruby>をふり向いて話しかける声が一町も先から聞える様だ。狂気になるのは、こんな日じゃないかと思われたよ。

××観音は、東京でいえばまあ<ruby><rb>浅草</rb><rt>あさくさ</rt></ruby>といった所で、<ruby><rb>境内</rb><rt>けいだい</rt></ruby>に色々な見世物小屋がある。劇場もある。それが田舎<ruby><rb>丈</rb><rt>だ</rt></ruby>けに、一層<ruby><rb>廃</rb><rt>はい</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">たい</span>的で、グロテスクなのだ。今時そんなことはないが、当時僕の勤めていた学校は、教師に芝居を見る事さえ禁じていた。芝居ずきの僕は困ったがね。でも首になるのが恐しいので、なるべく禁令を守って、この××観音なぞへは<ruby><rb>滅多</rb><rt>めった</rt></ruby>に足を向けなんだ。随って、そこにどんな芝居がかかっているか、見世物が出ているか、ちっとも知らなかった。（当時は芝居の新聞広告なんて<ruby><rb>殆</rb><rt>ほとん</rt></ruby>どなかった）で、Ｒがこれだといって、ある劇場の看板を<ruby><rb>指</rb><rt>ゆびさ</rt></ruby>した時には非常に珍しい気がしたものだよ。その看板がまた変っているのだ。

<ruby><rb>新帰朝</rb><rt>しんきちょう</rt></ruby>百面相役者××<ruby><rb>丈</rb><rt>じょう</rt></ruby>出演

探偵奇聞「怪美人」五幕

<ruby><rb>涙香</rb><rt>るいこう</rt></ruby>小史のほん<ruby><rb>案</rb><rt>あん</rt></ruby>小説に「怪美人」というのがあるが、見物して見るとあれではない、もっともっと<ruby><rb>荒唐</rb><rt>こうとう</rt></ruby><ruby><rb>無</rb><rt>む</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けい</span>で、奇怪<ruby><rb>至極</rb><rt>しごく</rt></ruby>の筋だった。でもどっか、涙香小史を思わせる所がないでもない。今でも貸本屋などには残っている様だが、涙香のあの改版にならない前の菊版の安っぽい本があるだろう。君はあれのさし絵を見たことがあるかね。今見直すと、実に何ともいえぬ味のあるものだ。この××丈出演の芝居は、まあ、あの<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さし</span><ruby><rb>絵</rb><rt>え</rt></ruby>が生きて動いているといった感じのものだったよ。

実に汚い劇場だった。黒い土蔵見たいな感じの壁が、半ばはげ落ちて、そのすぐ前を、<ruby><rb>蓋</rb><rt>ふた</rt></ruby>のない<ruby><rb>泥溝</rb><rt>どぶ</rt></ruby>が、変な臭気を発散して流れている。そこへ汚い<ruby><rb>洟垂</rb><rt>はなた</rt></ruby>れ小僧が立並んで、看板を見上げている。まあそういった景色だ。だが絵看板丈けはさすがに新しかった。それがまた実に珍なものでね。普通の芝居の看板書きが、西洋流の真似をして書いたのだろう、足が曲った<ruby><rb>紅毛</rb><rt>こうもう</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">へき</span><ruby><rb>眼</rb><rt>がん</rt></ruby>の紳士や、身体中<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ひだ</span>だらけで、馬鹿に顔のふくれ上った洋装美人が、様々の<ruby><rb>恰好</rb><rt>かっこう</rt></ruby>で、日本流の見えを切っているのだ。あんなものが今残っていたら、素敵な歴史的美術品だね。

<ruby><rb>湯屋</rb><rt>ゆや</rt></ruby>の番台の様な恰好をした、<ruby><rb>無蓋</rb><rt>むがい</rt></ruby>の札売り場で、大きな板の通り札を買うと、僕等はその中へはいって行った。（僕はとうとう禁令を犯した<ruby><rb>訳</rb><rt>わけ</rt></ruby>だ）中も外部に劣らず汚い。土間には仕切りもなく、一面に薄よごれたアンペラが敷いてあるきりだ。しかもそこには、<ruby><rb>紙屑</rb><rt>かみくず</rt></ruby>だとかミカンや南京豆の皮などが、一杯にちらばっていて、うっかり歩いていると、気味の悪いものが、べったり足の裏にくっつく、ひどい有様だ。だが、当時はそれで普通だったかも知れない。現にこの劇場なぞは町でも二三番目に数えられていたのだからね。

はいって見るともう芝居は始まって居た。看板通りの異国情調に富んだ舞台面で、出て来る人物も、皆西洋人臭い<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ふん</span><ruby><rb>装</rb><rt>そう</rt></ruby>をしていた。僕は思った、「これは素敵だ、<ruby><rb>流石</rb><rt>さすが</rt></ruby>にＲはいいものを見せて<ruby><rb>呉</rb><rt>く</rt></ruby>れた」とね。なぜといって、それは当時の僕達の趣味にピッタリ<ruby><rb>当</rb><rt>あて</rt></ruby>はまる様な代物なんだから。……僕は単にそう考えていた。ところが、後になってわかったのだが、Ｒの真意はもっともっと深い所にあった。僕には芝居を見せるというよりは、そこへ出て来る一人の人物<ruby><rb>即</rb><rt>すなわ</rt></ruby>ち看板の百面相役者なるものを観察させる為であった。

芝居の筋もなかなか面白かった様に思うが、よくは覚えてないし、それにこの話には大して関係もないから、略するけれど、神出鬼没の怪美人を主人公にする、非常に変化に富んだ一種の探偵劇だった。近頃は一向<ruby><rb>流行</rb><rt>はや</rt></ruby>らないが、探偵劇というものも悪くないね、この怪美人には<ruby><rb>座頭</rb><rt>ざがしら</rt></ruby>の百面相役者がふんした。怪美人は警官その他の追跡者をまく為に、目まぐるしく変装する。男にも、女にも、老人にも、<ruby><rb>若人</rb><rt>わこうど</rt></ruby>にも、貴族にも、賎民にも、あらゆる者に化ける。そこが百面相役者たるゆえんなのであろうが、その変装は実に手に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>ったもので、舞台の警官などよりは、見物の方がすっかりだまされて<ruby><rb>終</rb><rt>しま</rt></ruby>うのだ。あんなのを、<ruby><rb>技神</rb><rt>ぎしん</rt></ruby>に<ruby><rb>入</rb><rt>い</rt></ruby>るとでもいうのだろうね。

僕がうしろの方にしようというのに、Ｒはなぜか、土間のかぶりつきの所へ席をとったので、僕達の目と舞台の役者の顔とは、近くなった時には、殆ど一間位しか<ruby><rb>隔</rb><rt>へだた</rt></ruby>っていないのだ。だから、こまかい所までよく分る。ところが、そんなに近くにいても、百面相役者の変装は、ちっとも見分けられない。女なら女、老人なら老人に、なり切っているのだ。例えば、顔のしわだね。普通の役者だと、絵具で書いているので、横から見ればすぐばけの皮が現れる。ふっくらとしたほおに、やたらに黒い物をなすってあるのが、<ruby><rb>滑稽</rb><rt>こっけい</rt></ruby>に見える。それがこの百面相役者のは、どうしてあんなことが出来るのか、本当の肉に、ちゃんと<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しわ</span>がきざまれているのだ。そればかりではない。変装する<ruby><rb>毎</rb><rt>ごと</rt></ruby>に、顔形がまるで変って了う。不思議で堪まらなかったのは、時によって、丸顔になったり、<ruby><rb>細面</rb><rt>ほそおもて</rt></ruby>になったりする。目や口が大きくなったり小さくなったりするのは、まだいいとして、鼻や耳の恰好さえひどく変るのだ。僕の錯覚だったのか、それとも何かの秘術であんなことが出来るのか、<ruby><rb>未</rb><rt>いま</rt></ruby>だに疑問がとけない。

そんな風だから、舞台に出て来ても、これが百面相役者ということは、想像もつかぬ。ただ番附を見て、<ruby><rb>僅</rb><rt>わず</rt></ruby>かにあれだなと悟る位のものだ。あんまり不思議なので、僕はそっとＲに聞いて見た。

「あれは本当に同一人なのでしょうか。<ruby><rb>若</rb><rt>も</rt></ruby>しや、百面相役者というのは、一人ではなくて、大勢の<ruby><rb>替玉</rb><rt>かえだま</rt></ruby>を引っくるめての名称で、それが代るがわる現れているのではないでしょうか」

実際僕はそう思ったものだ。

「いやそうではない。よく注意してあの声を聞いてごらん。声の方は変装のようには行かぬかして、巧みに変えてはいるが、皆同一音調だよ。あんなに音調の似た人間が幾人もあるはずはないよ」

なる程、そう聞けば、どうやら同一人物らしくもあった。

「僕にしたって、何も知らずにこれを見たら、きっとそんな不審を起したに相違ない」Ｒが説明した。

「ところが、僕にはちゃんと予備知識があるんだ。というのは、この芝居が蓋を開ける前にね、百面相役者の××が、僕の新聞社を訪問したのだよ。そして、実際僕等の面前で、あの変装をやって見せたのだ。<ruby><rb>外</rb><rt>ほか</rt></ruby>の連中は、そんなことに余り興味がなさそうだったけれど、僕は実に驚嘆した。世の中には、こんな不思議な術もあるものかと思ってね。その時の××の<ruby><rb>気焔</rb><rt>きえん</rt></ruby>がまた、なかなか聞きものだったよ。まず欧米における変装術の歴史を述べ、現在それが<ruby><rb>如何</rb><rt>いか</rt></ruby>に完成の域に達しているかを紹介し、だが、我々日本人には、皮膚や頭髪の<ruby><rb>工合</rb><rt>ぐあい</rt></ruby>で、そのまま<ruby><rb>真</rb><rt>ま</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ね</span>られない点が多いので、それについて如何に苦心したか、そして、結局、どれ程<ruby><rb>巧</rb><rt>たくみ</rt></ruby>にそれをものにしたか、という様なことを実に雄弁にしゃべるのだ。団十郎だろうが<ruby><rb>菊五郎</rb><rt>きくごろう</rt></ruby>だろうが、日本広しといえどもおれにまさる役者はないという鼻息だ。何でもこの町を振り出しに、近く東京の<ruby><rb>檜舞台</rb><rt>ひのきぶたい</rt></ruby>を踏んで、その妙技を天下に紹介するということだった。（彼はこの町の<ruby><rb>産</rb><rt>うまれ</rt></ruby>なのだよ）その意気や愛すべしだが、可哀相に、先生芸というものを、とんだはき違えで解釈している。何よりも巧に化けることが、俳優の第一条件だと信じ切っている。そして、かくの<ruby><rb>如</rb><rt>ごと</rt></ruby>く化ける事の上手な自分は、いうまでもなく天下一の名優だと心得ている。田舎から生れる芸にはよくこの<ruby><rb>類</rb><rt>たぐい</rt></ruby>のがあるものだね。近くでいえば、熱田の<ruby><rb>神楽獅子</rb><rt>かぐらじし</rt></ruby>などがそれだよ。それはそれとして、存在するだけの値うちはあるのだけれど……」

このＲのくわしい<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ちゅう</span><ruby><rb>釈</rb><rt>しゃく</rt></ruby>を聞いてから、舞台を見ると、そこにはまた一層の味わいがあった。そして見れば見る程、<ruby><rb>益々</rb><rt>ますます</rt></ruby>深く百面相役者の妙技に感じた。こんな男が若し本当の泥坊になったら、きっと、永久に警察の目をのがれることが出来るだろうとさえ思われた。

やがて、芝居は型の如くクライマックスに達し、カタストロフィに落ちて、惜しい<ruby><rb>大団円</rb><rt>だいだんえん</rt></ruby>を結んだ。時間のたつのを忘れて、舞台に引きつけられていた僕は、最後の幕がおり切って終うと、思わずハッと深いため息をついたことだ。

## 二

劇場を出たのは、もう十時頃だった。空は相変らず曇って、ソヨとの風もなく、妙にあたりがかすんで見えた。二人共黙々として家路についた。Ｒがなぜ黙っていたかは、想像の限りでないが、少くも僕だけは、あんまり不思議なものを見た為に、頭がボーッとしてしまって、物をいう元気もなかったのだ。それ程、感銘を受けたものだ。さて、銘々の<ruby><rb>家</rb><rt>うち</rt></ruby>への分れ道へ来ると、

「今日はいつにない愉快な日曜でした。どうもありがとう」

僕はそういって、Ｒに分れようとした。すると、意外にもＲは僕を呼び止めて、

「いや、<ruby><rb>序</rb><rt>ついで</rt></ruby>にもう少しつきあって呉れ給え。実はまだ君に見せたいものがあるのだ」

という。それがもう十一時時分だよ。Ｒはこの夜ふけに、わざわざ僕を引っぱって行って、一体全体何を見せようというのだろう。僕は不審で<ruby><rb>堪</rb><rt>たま</rt></ruby>らなんだけれど、その時のＲの口調が、妙に<ruby><rb>厳</rb><rt>げん</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しゅく</span>に聞えたのと、それに当時僕は、Ｒのいうことには、何でもハイハイと従う習慣になっていたものだから、それからまたＲの家まで、テクテクとついて行ったことだ。

いわれるままに、Ｒの部屋へはいって、そこで、釣りランプの下で、彼の顔を見ると、僕はハッと驚いた。彼は<ruby><rb>真青</rb><rt>まっさお</rt></ruby>になって、ブルブル震えてさえいるのだ。何がそうさせたのか、彼が極度に<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こう</span><ruby><rb>奮</rb><rt>ふん</rt></ruby>していることは一目でわかる。

「どうしたんです。どっか悪いのじゃありませんか」

僕が心配して聞くと、彼はそれには答えないで、押入れの中から古い新聞の<ruby><rb>綴</rb><rt>つづ</rt></ruby>り<ruby><rb>込</rb><rt>こ</rt></ruby>みを探し出して来て、一生懸命にくっていたが、やがて、ある記事を見つけ出すと震える手でそれを指し示しながら、

「<ruby><rb>兎</rb><rt>と</rt></ruby>も<ruby><rb>角</rb><rt>かく</rt></ruby>、この記事を読んで見給え」

というのだ。それは彼の勤めていた社の新聞で、日附を見ると、丁度一年ばかり以前のものだった。僕は何が何だか、まるで<ruby><rb>狐</rb><rt>きつね</rt></ruby>につままれた様で、少しも訳が分らなかったけれど、<ruby><rb>取敢</rb><rt>とりあえ</rt></ruby>ずそれを読んで見ることにした。

見出しは「又しても首泥坊」というので、三面の最上段に、二段抜きで載せてあった。その記事の切抜きは、記念の為に保存してあるがね、見給えこれだ。

近来諸方の寺院<ruby><rb>頻々</rb><rt>ひんぴん</rt></ruby>として死体発掘の厄に逢うも未だ該犯人の捕縛を見るに至らざるは時節<ruby><rb>柄</rb><rt>がら</rt></ruby>誠になげかわしき次第なるがここにまたもや<ruby><rb>忌</rb><rt>いま</rt></ruby>わしき死体盗難事件ありその次第を<ruby><rb>記</rb><rt>しる</rt></ruby>さんに去る×月×日午後十一時頃×県×郡×村<ruby><rb>字</rb><rt>あざ</rt></ruby>×所在×<ruby><rb>寺</rb><rt>じ</rt></ruby>の寺男×某（五〇）が同寺住職の<ruby><rb>言</rb><rt>いい</rt></ruby>つけにて附近の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">だん</span><ruby><rb>家</rb><rt>か</rt></ruby>へ<ruby><rb>使</rb><rt>つかい</rt></ruby>に行き帰途同寺<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">けい</span><ruby><rb>内</rb><rt>だい</rt></ruby>の墓地を通過せる<ruby><rb>折柄</rb><rt>おりから</rt></ruby>雲間を<ruby><rb>出</rb><rt>い</rt></ruby>でし月影に一名の<ruby><rb>曲者</rb><rt>くせもの</rt></ruby>が<ruby><rb>鍬</rb><rt>くわ</rt></ruby>を<ruby><rb>振</rb><rt>ふる</rt></ruby>って<ruby><rb>新仏</rb><rt>にいぼとけ</rt></ruby>の<ruby><rb>土</rb><rt>つち</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">まんじゅう</span>を発掘せる有様を認め腰を抜かさん<ruby><rb>許</rb><rt>ばか</rt></ruby>りに<ruby><rb>打驚</rb><rt>うちおどろ</rt></ruby>き泥坊泥坊と<ruby><rb>呼</rb><rt>よば</rt></ruby>わりければ曲者もびっくり<ruby><rb>仰天</rb><rt>ぎょうてん</rt></ruby>雲を霞とにげ失せたり届け<ruby><rb>出</rb><rt>いで</rt></ruby>により時を移さず×警察×分署長××氏は二名の刑事を従え<ruby><rb>現場</rb><rt>げんじょう</rt></ruby>に出張し取調べたる<ruby><rb>処</rb><rt>ところ</rt></ruby>発掘されしは去る×月×日埋葬せる×村字××番屋敷××××の新墓地なる事判明せるが曲者は同人の<ruby><rb>棺</rb><rt>かん</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">おけ</span>を破壊し死体の頭部を鋭利なる刄物を<ruby><rb>以</rb><rt>もっ</rt></ruby>て切断しいずこにか持去れるものの如く<ruby><rb>無慚</rb><rt>むざん</rt></ruby>なる首なし胴体のみ土にまみれて残り居れり一方急報により×裁判所××検事は現場に急行し×署楼上に捜査本部を設け百方手を尽して犯人捜査につとめたるも未だ<ruby><rb>何等</rb><rt>なんら</rt></ruby>の手掛りを発見せずと該事件のやり口を見るに従来諸方の寺院を荒し廻りたる曲者のやり口と符節を<ruby><rb>合</rb><rt>あわ</rt></ruby>すが如く恐らく同一人の仕業なるべく曲者は<ruby><rb>脳</rb><rt>のう</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ずい</span>の黒焼が万病にきき目ありという古来の迷信によりかかる挙に出でしものならんか去るにても世にはむごたらしき人鬼もあればあるものなり。

そして終りに「<ruby><rb>因</rb><rt>ちな</rt></ruby>みに」とあって、当時までの被害寺院と首を盗まれた死人の姓名とが、五つ六つ列記してある。

僕はその日、頭が<ruby><rb>余程</rb><rt>よほど</rt></ruby>変になっていた。天候がそんなだったせいもあり、一つは奇怪な芝居を見たからでもあろうが、何となく物におびえ易くなっていた。で、<ruby><rb>此</rb><rt>この</rt></ruby>いまわしい新聞記事を読むと、Ｒがなぜこんなものを僕に読ませたのか、その意味は少しも分らなんだけれど、妙に感動してしまって、この世界が何かこうドロドロした血みどろのもので、みたされている様な気がし出したものだ。

「随分ひどいですね。一人でこんなに<ruby><rb>沢山</rb><rt>たくさん</rt></ruby>首を盗んで、黒焼屋にでも売込むのでしょうかね」

Ｒは僕が新聞を読んでいる間に、やっぱり押入れから、大きな手文庫を出して来て、その中をかき廻していたが、僕が顔を上げてこう話しかけると、

「そんなことかも知れない。だが、ちょっとこの写真を見てごらん。これはね、僕の遠い親戚に当るものだが、この老人も首をとられた一人なんだよ。そこの『因みに』という所に××××という名前があるだろう、これはその××××老人の写真なんだ」

そういって、一葉の古ぼけた手札形の写真を示した。見ると裏には、間違いなく新聞のと同じ名前が、下手な手蹟でしたためてある。なる程それでこの新聞記事を読ませたのだな。僕は一応<ruby><rb>合点</rb><rt>がてん</rt></ruby>することが出来た。しかしよく考えて見ると、こんな一年も前の出来事を何故今頃になって、しかもよる夜中、わざわざ僕に知らせるのか、その点がどうも<ruby><rb>解</rb><rt>げ</rt></ruby>せない。それに、さっきからＲがいやに<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">こう</span><ruby><rb>奮</rb><rt>ふん</rt></ruby>している様子も、おかしいのだ。僕はさも不思議そうにＲの顔を見つめていたに相違ない。すると彼は、

「君はまだ気がつかぬ様だね。もう一度その写真を見てごらん。よく注意して。……それを見て何か思い当る事柄はないかね」

というのだ。僕はいわれるままに、その<ruby><rb>白髪</rb><rt>しらが</rt></ruby>頭の、しわだらけの田舎ばばの顔を、さらにつくづくながめたことだが、すると、君、僕はあぶなくアッと叫ぶ所だったよ。そのばばあの顔がね、さっきの百面相役者の変装の一つと、もう寸分違わないのだ。<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">しわ</span>のより方、鼻や口の恰好、見れば見る程まるで生き写しなんだ。僕は<ruby><rb>生</rb><rt>しょう</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">がい</span>の<ruby><rb>中</rb><rt>うち</rt></ruby>で、あんな変な気持を<ruby><rb>味</rb><rt>あじわ</rt></ruby>った事は、二度とないね。考えて見給え、一年前に死んで、墓場へ埋められて、おまけに首まで切られた<ruby><rb>老</rb><rt>ろう</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ば</span>が、少くとも彼女と一分一厘違わないある他の人間が（そんなものはこの世にいるはずがない）××観音の芝居小屋で活躍しているのだ。こんな不思議なことがあり得るものだろうか。

「あの役者が、どんなに変装がうまいとしてもだ、見も知らぬ実在の人物と、こうも完全に一致することが出来ると思うかね」

Ｒはそういって、意味ありげに僕の顔をながめた。

「いつか新聞社であれを見た時には、僕は自分の眼がどうかしているのだと思って、別段深くも考えなかった。が、日がたつに随ってどうも何となく不安で堪らない。そこで、今日は幸い君の来るのが分っていたものだから、君にも見くらべてもらって、僕の疑問を晴らそうと思ったのだ。ところが、これじゃ疑いが晴れるどころか、益々僕の想像が確実になって来た。もう、そうでも考える外には、この不思議な事実を解釈する方法がないのだ」

そこでＲは一段と声を低め、非常に緊張した<ruby><rb>面色</rb><rt>おももち</rt></ruby>になって、

「この想像は非常に<ruby><rb>突飛</rb><rt>とっぴ</rt></ruby>な様だがね。しかし満更不可能な事ではない。<ruby><rb>先</rb><rt>ま</rt></ruby>ず当時の首泥坊と今日の百面相役者とが同一人物だと仮定するのだ。（あの犯人はその後捕縛されてはいないのだから、これはあり得ることだ）で、最初は、あるいは死体の<ruby><rb>脳</rb><rt>のう</rt></ruby><ruby><rb>味</rb><rt>み</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そ</span>をとるのが目的だったかも知れない。だが、そうして沢山の首を集めた時、彼が、それらの首の脳味<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">そ</span>以外の部分の利用法を、考えなかったと断定することは出来ない。一般に犯罪者というものは、異常な名誉心を持っているものだ。それに、あの役者は、さっきも話した通り、うまく化ける事が俳優の第一条件で、それさえ出来れば、日本一の名声を博するものと、信じ切っている。なおその上に、首泥坊で偶然芝居好きででもあったと仮定すれば、この想像説は益々確実性を帯びて来るのだ。君、僕の考えは余り突飛過ぎるだろうか。彼が盗んだ首から様々の<ruby><rb>人肉</rb><rt>じんにく</rt></ruby>の面を製造したという、この考えは……」

おお、「人肉の面」！　何という奇怪な、犯罪者の独創であろう。なるほど、それは不可能なことではない。巧に顔の皮をはいで、<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">はく</span><ruby><rb>製</rb><rt>せい</rt></ruby>にして、その上から化粧を施せば、立派な「人肉の面」が出来上るに相違ない。では、あの百面相役者の、その名にふさわしい<ruby><rb>幾多</rb><rt>いくた</rt></ruby>の変装姿はそれぞれに、かつてこの世に実在した人物だったのか。

僕は、あまりのことに、自分の判断力を疑った。その時の、Ｒや僕の理論に、どこか非常な<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">さくご</span>があるのではないかと疑った。一体「人肉の面」を被って、平気で芝居を演じ得る様なそんな残酷な人鬼が、この世に存在するであろうか。だが、考えるに随って、どうしても、その外には想像のつけようがないことが分って来た。僕は一時間前に、現にこの目で見たのだ。そして、それと寸分違わぬ人物が、ここに写真の中に居るのだ。またＲにしても、彼は日頃冷静を誇っている程の男だ。よもやこんな重大な事柄を、誤って判断することはあるまい。

「若しこの想像が当っているとすると（実際この外に考え様がないのだが）すてておく訳には行かぬ。だが、今すぐこれを警察に届けたところで相手にして呉れないだろう。もっと確証を握る必要がある。例えば百面相役者の<span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">つづら</span>の中から、「人肉の面」そのものを探し出すという様な。ところで、幸い僕は新聞記者だし、あの役者に面識もある。これは一つ、探偵の真似をして、この秘密をあばいてやろうかな。……そうだ。僕は明日からそれに着手しよう。若しうまく行けば、親戚の<ruby><rb>老</rb><rt>ろう</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ば</span>の<ruby><rb>供養</rb><rt>くよう</rt></ruby>にもなることだし、また社に対しても非常な手柄だからね」

遂にはＲは、決然として、こういう意味のことをいった。僕も<ruby><rb>確</rb><rt>たしか</rt></ruby>それに賛意を表した。二人はその晩二時頃までも、非常に興奮して語り続けた。

さあそれからというものは、僕の頭はこの奇怪な「人肉の面」で一杯だ。学校で授業をしていても、家で本を読んでいても、ふと気がつくと、いつの間にかそれを考えている。Ｒは今頃どうしているだろう。うまくあの役者に<ruby><rb>近</rb><rt>ちかづ</rt></ruby>くことが出来たかしら。そんなことを想像すると、もう一刻もじっとしていられない。そこで、確芝居を見た翌々日だったかに、僕はまたＲを訪問した。

行って見ると、Ｒはランプの下で熱心に読書していた。本は例によって、篤胤の「鬼神論」とか「古今妖魅考」とかいう種類のものだった。

「ヤ、この間は失敬した」

僕があいさつすると、彼は非常に落ついてこう答えた。僕はもう、ゆっくり話しの順序など考えている余裕はない。すぐ様例の問題を切り出した。

「あれはどうでした。少しは手がかりがつきましたか」

Ｒは少しけげん相な顔で、

「あれとは？」

「ソラ、例の『人肉の面』の一件ですよ。百面相役者の」

僕が声を落してさも一大事という調子で、こう聞くとね。驚いたことには、Ｒの顔が妙に<ruby><rb>歪</rb><rt>ゆが</rt></ruby>み出したものだ。そして、今にも爆発しようとする笑声を、一生懸命かみ殺している声音で、

「アア『人肉の面」か、あれはなかなか面白かったね」

というのだ。僕は何だか様子が変だと思ったけれど、まだ分らないで、ボンヤリと彼の顔を見つめていた。すると、Ｒにはその表情が余程間が抜けて見えたに相違ない。彼はもう堪まらないという様子で、<ruby><rb>矢庭</rb><rt>やにわ</rt></ruby>にゲタゲタ笑い出したものだ。

「ハハハハハ、あれは君、空想だよ。そんな事実があったら、さぞ愉快だろうという僕の空想に過ぎないのだよ。……成る程、百面相役者は実際珍らしい芸人だが、まさか『人肉の面』をつける訳でもなかろう。それから、首泥坊の方は、これは、僕の担当した事件で、よく知っているが、その後ちゃんと犯人が上っている。だからね、この二つの事実の間には、何の聯絡もないのさ。僕が、それを<ruby><rb>一寸</rb><rt>ちょっと</rt></ruby>空想でつなぎ合せて見たばかりなのだ。ハハハハ。アア、例の<ruby><rb>老</rb><rt>ろう</rt></ruby><span data-tei-rend="bouten 傍点 right" style="text-emphasis-style: filled sesame; text-emphasis-position: over right">ば</span>の写真かい。僕にあんな親戚なぞあるものか。あれはね、実は新聞社で写した、百面相役者自身の変装姿なのだよ。それを古い台紙にはりつけて、手品の種に使ったという訳さ。種明しをしてしまえば何でもないが、でもこの間は面白かっただろう。この退屈極まる人生もね、こうして、自分の頭で創作した筋を楽しんで行けば、相当愉快に暮せようというものだよ。ハハハハ」

これで、この話しはおしまいだ。百面相役者はその後どうしたのか、一向うわさを聞かない。恐らく、旅から旅をさすらって、どこかの田舎で朽ちはててしまったのでもあろうか。