Soranoha

サニンの態度

サニンのたいど

伊藤 野枝

どんな性格の男に敬愛を捧げるかと云ふ問に対して理想を云へば、何れ鐘太鼓でさがしても、見つからぬやうなせひぜひ虫のいゝ事を並べても見られませうが、先まづ手つ取り早く彼あのやうな男がと云ふやうなのを云へば、これも実在の男ではありませんが、アルツバシエエフによつて描かれた、サニンが好きです。何物にも脅やかされず、どんな場合にも、大手を拡げて思ひのまゝに振舞ふ。一寸ちょっと誰にも真似の出来ない超越した態度が好きです。しかもどんな好き勝手なまねをしても、少しの無駄も、誤魔化しもなく楽々と勝手を通して行く処に、本当に力強い魅力を感じます。殊に彼が、サルウヂンと云ふ士官に決闘を申込まれて平気でそれを拒絶し、猶それによつて侮辱の言葉に耳も貸さないで済まして居たり、それから公園の散歩道で、サルウヂンのムチが持ち出されるよりも早く、彼を只だ一撃になぐり倒す油断のない機敏さや、猶その場での、他の人達の顛倒とは全まるで反対に、何にもなかつたやうな平静と、その事件によつて起つた二つの自殺――しかも、一は彼の冷酷に近い答へがその致命傷となつた事が明白に知れて居り、他もまた彼の一撃がその決心に導いた事が解つて居ながら、何の揺ぎをも見せない無関心な態度、若い理想主義者の死に対して、何の躊躇もなしに、その葬式に際して『世間から馬鹿が一人減つたのだ』と平気で云つて退ける彼が、私には少しのわざとらしさも嫌味もなく受け入れられるのです。サニンのやうな男なら、一つの命を二つ投げ出しても尊敬を捧げて見たいとおもひます。

体は出来る丈だけ男らしい肩と胸を持つた人が好きです。しかし、会つた最初にさうした肉体的な印象や圧迫を先きに、与へるやうなのは嫌です。

顔には随分好き嫌ひがありますが、先づ最初に、顔について、私の嫌ひな条件を云へば、あんまりテカ〱と血色のいゝのは何となく俗物らしい感がして嫌です。中年以上の男では猶一層のことで、殊にデコボコの多い膏あぶらぎつてブヨブヨした感じのするのなどは見るのもいやです。それから髯のないのも嫌ひです。顔の半分が髯と云つたやうなのも考へものですけれど、ちつともないのなんか本当にいやです。それから変にのつぺりした綺麗な所謂いわゆる美男子は嫌ひです。男のくせに――女だつてさうですが――自分の顔に自信をもつてゐるのなんか到底我慢の出来ないものです。しかし、顔は、造作で大ざつぱに好き嫌ひは云へないもので大抵、表情で極まるものだとおもひます。私はひげのない顔は嫌やだとたつた今書きましたけれど、好きな顔があります。音楽家の澤田柳吉氏の顔がさうです。彼の人のあの蒼白い顔色とこめかみのあたりから頬にかけての神経的な線は、他の誰にも見出せないやうな特別な魅力をもつてゐます。それから寄席芸人の猫八、あの男のたゞの時はそれ程何も感心する顔ではありませんが、彼が真剣に虫の鳴声や鳥の声をまねてゐる時は、本当にしつかりしたすきのない、いゝ顔を見せます。髯のない嫌な顔では先づ与謝野鉄幹氏。あれでも詩人なのかと思ふやうな顔だと私は思ひます。関西の方の商家の店に座つてゐる男によくあのタイプを見ます。それから役者の吉右衛門の顔。素顔よりも舞台に出ると細い少しつり上つた眼尻から、高いコツコツの頬骨のあたり、何時もかたく結んだ唇のあたり、何を演やつてゐても如何にも小心な他人の気持ばかりを覗うかがつてゐるやうな佞奸邪智ねいかんじゃちと云つた感じを強く与へます。顔のすき嫌ひに就いては、もつと、本物を捕へて書いて見たいのですが、紙数が足りませんし、いろいろまた、さし障りが出来ても困りますからこの位にしておきます。

最後に男性の嫌ひな欠点を云へとの事ですが、これはもう云つてゐれば際限がありません。阿呆あほう、ぐず、のろま、意久地いくじなしは云ふに及ばず、気取り屋、おしやべり、臆病、卑怯、未練、ケチンボ、コセツキ屋、悧巧者、ひとりよがり、逆上家、やきもち屋、愚痴こぼし、お世辞屋、偽善者、偽悪者、影弁慶。大分ゴタついて来ましたからもう此処らで止めませう。何しろ悪口ならいくらでも云へさうですが、後が恐いものですから。

[『中外』第一巻第一号、一九一七年一〇月創刊号]

底本 / Source edition

底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林
2000(平成12)年5月31日初版発行
底本の親本:「中外 第一巻第一号」
1917(大正6)年10月創刊号
初出:「中外 第一巻第一号」
1917(大正6)年10月創刊号
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
入力:酒井裕二
校正:きゅうり
2018年12月24日作成
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TEI
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書誌 / Bibliography
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伊藤 野枝「サニンの態度」(新字旧仮名)、底本『定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代』學藝書林、2000年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 057157_000416, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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