Soranoha

編輯室より

へんしゅうしつより

伊藤 野枝

□今月号は大変後れてしまひました。以後はこんなことのないやうに気をつけます、勿論これはあながち私が怠けた為でなく大部分は印刷所の都合に由るのです。

□毎号不着のハガキがきつと一二枚づゝは来ますがなるべくならば十日以前におしらせが願ひたいのです。月後半は往々品切になることがあつてお送りが出来ませんから。

□らいてう氏はしばらく胃腸病でやすんでゐらつしやいましたが此の頃は余程いゝやうです。毎週日曜日午前が面会日です。

□此度の総選挙に婦人の運動者が多かつたと云つて首相や内相が英国の女権運動の如き運動の導火線になると困るとか何とか云つて禁止の意を仄ほのめかせられたと云ふことについて新聞が大変なことのやうに挙こぞつて報道した。併しかし日本の官権の頑迷は今はじまつた事ではない。それは如何にも彼等の考へさうなことである。その彼等の心情は憫笑に価するけれども私は世間の人が気にする程戸別訪問の価値も認めないし、それが禁止されたとて何も大したことはあるまいと思ふ。また真にその禁止に向つて抵抗の出来る力をもつた婦人が幾人あるかと考へると私は到底禁止を妨害することなんか思ひもよらないことだと思ふ。もし真に必要にせまられた、根底のある、権威のある運動ならばどうしたつて官権の禁止位は何でもなく抵抗が出来る筈だ。またそんなことを気にもしてはゐないだらう。併し日本の婦人の社会的な運動がそれ程までの力をもつて現はれる日がそんなにも近い日であるとは私には思へない。その頃にはもう少しは若い人たちの権威の時代であるかもしれない。

□私の卒業した女学校に此の頃或る転機が来て頻しきりに動揺してゐる。私は学校を出てから四年の間一度もよりつかなかつたやうな冷淡な卒業生であつた。学校側でも同窓会があらうと音楽会があらうと、バザーがあらうと、一片の通知もよこさなかつた。私は全く異端視されてゐた。卒業生仲間でもさうだつた。私は学校に対しては何のつながりも感じはしなかつた。けれども学校の中心になつてゐる二先生丈だけはどうしても学校と同一視しては仕舞へないでゐた。此度その先生お二人が辞職なすつたと云ふさはぎで私は突然に再三同窓会の大会に出席することをすゝめられた。初めて学校を出てから、同窓会の出席の勧誘をうけたのだ。私は多くの人の勝手に呆あきれながらも先生への愛感に引きづられて、出席した。けれども私は、反感と侮蔑と失望でかへつて来た。私の愛する先生はあまりに理想家で単純でした。そうして炎もえさかる自分の激情の為めにかなりおちつきを失つてゐるらしく思はれました。先生の為めに、東奔西走した人たちは皆先生のその激情にまきこまれて昂奮してすべての存在を無視してたゞ先生をのみ立てやうとしてゐるらしく私には見えました。私はその心持ちに深い同感をもつことが出来る。けれども考へのない彼女等の昂奮は先生をます〱盲目にするらしく思はれました。ともすれば先生の正しい道をにごしさうになりました。私の同窓生はみんな単純な理想家でした。現実を無視してゐました。彼女等は母校と校長にもゆるやうな反感を持つてゐた。けれども彼女等は自分たちの大切な相談の上にはその対象を無視して平気でゐられるのであつた。私は不思議に思はずにはゐられませんでした。そうして大多数の人はみんなをとなしく口をつぐみ手をつかねて何でも賛成してゐさへすればいゝと云ふ態度だ。私は少しの間にすつかり退屈してしまつた。そうして今更ながらあまりにひどい思想の懸隔が気味わるくも思はれるのであつた。そして先生の十年の努力の結果がこれ丈けのものにしか現はれなかつたと云ふことを考へて私はかなしくなつた。私自身が或る愛を深く自覚しながら単純に先生を信頼し尊敬することの出来ないことを不思議だとも矛盾だとも思へなくなつて仕舞つたのだ。私はあらゆる「関係」と云ふものが意義あることに思へたりまた一方ではもつとも煩わずらはしい、呪はしい事に思はれてならない。

□自分の歩いてゆく道をぢつと見てゐるとおもしろい。この頃私は自分の目前に展開して来る事象について多く考へるやうになつた。それ丈けでもよほど自分の歩いてゐる道が以前から見るとちがつて来たことが自覚される。ましていろいろな細かいことを考へてゐたら随分さういふ実証はあげられるだらうと思ふ。自分にその歩いてゆく道の変化が見える間は大丈夫だとひそかに思つてゐる。それがわからなくなつたときは、墓をさがす時だ。何時までも進んでゆきたい。

[『青鞜』第五巻第五号、一九一五年五月号]

底本 / Source edition

底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代」學藝書林
2000(平成12)年5月31日初版発行
底本の親本:「青鞜 第五巻第五号」
1915(大正4)年5月号
初出:「青鞜 第五巻第五号」
1915(大正4)年5月号
入力:酒井裕二
校正:雪森
2017年1月12日作成
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TEI
/works/057129_000416/tei
プレーンテキスト / Plain text
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書誌 / Bibliography
/works/057129_000416/

伊藤 野枝「編輯室より──(一九一五年五月号)」(新字旧仮名)、底本『定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1――『青鞜』の時代』學藝書林、2000年。Soranoha Aozora Bunko TEI Corpus, 057129_000416, release 913b24012e16. https://doi.org/10.5281/zenodo.22718079

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